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9 September 2016 ISSN 1349-6085

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Page 1: 9 ウェアラブル - JST · だ。まだ腕時計型やメガネ型など硬いものが 主流だが、有機エレクトロニクスは、柔らかな パソコンやスマートフォン、テレビ、車、病

9September

2016

ウェアラブル

さらにその先へ

未 来 を ひ ら く 科 学 技 術

ISSN 1349-6085

Page 2: 9 ウェアラブル - JST · だ。まだ腕時計型やメガネ型など硬いものが 主流だが、有機エレクトロニクスは、柔らかな パソコンやスマートフォン、テレビ、車、病

表紙写真手の甲にセンサーシートを貼った東京大学大学院工学系研究科の染谷隆夫教授。非常にしなやかで、手のしわのような複雑な表面の形状にも追従し、ぴったりと密着させることができる。羽よりも軽くてラップより薄いため、皮膚に貼っても装着感がない。

ウェアラブルさらにその先へ

編集長:上野茂幸/企画・編集:浅羽雅晴・安藤裕輔・菅野智さと・佐藤勝昭・月岡愛美・鳥井弘之・松山桃世・村上美江・山下礼士制作:株式会社エフビーアイ・コミュニケーションズ/印刷・製本:北越印刷株式会社

羽より軽く、ラップより薄く柔らかな電子部品が世界を変える

3

September20169

12 社会への架け橋 ~シリーズ2 地球の水を考える 第2回~

新しい“山の手入れ”で、森の命と水循環を救う

16

ささいな出来事が長く記憶される仕組みを解明PTSDなどの精神疾患の治療法に期待 ほか

14

さきがける科学人 Vol.53

藤田 久美子 (京都大学 防災研究所 流域災害研究センター 特定研究員)

ウェアラブル さらにその先へ ひとの皮膚や臓器の表面に薄いシート型センサーを貼り付ければ、ス

ポーツに熱中している時でも、余暇を楽しんでいる時でも、いつでもどこ

でも体調の変化や病気の原因や兆候をつかめる――。イラストに描かれ

ているのは、間もなく実現するかもしれない、そんなSFのような世界だ。

 挑んでいるのは、東京大学大学院工学系研究科の染谷隆夫教授が率

いるERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトだ。羽より軽く

てラップより薄く、柔軟に伸び縮みする。これまでにない電子部品を次々

に開発してきた。皮膚に貼っても装着感のないもの、服のように身に着け

られるもの、体内に埋め込めるものなど、生体と調和する電子部品の実

現をめざしている。

 従来の機器では実現できなかった生体信号の計測や、体に負担の少な

い継続的なモニタリングが可能になれば、体の機能や病気の解明が進み、

新たな治療方法や健康維持の秘訣が見つかるかもしれない。ヘルスケア

や医療、福祉、スポーツ分野の一大革新が期待される。

2 September 2016

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戦略的創造研究推進事業ERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトウェアラブル さらにその先へ

■世界最軽量・最薄の柔らかい電子回路羽よりも軽く、ラップよりもはるかに薄い電子回路。くしゃくしゃに折り曲げたり、生理食塩水に2週間以上浸したり、2倍以上に伸ばしても壊れずに電気的性能を維持できる。

ウェアラブル端末を実現する鍵となる。その実現に最も近づいているのが、東京大学大学院工学系研究科の染谷隆夫教授のプロジェクトだ。 もっと薄く柔らかく、人の体になじむ素材が欲しい。各種のセンサーを皮膚の表面に貼り付けたり、さらには体内に埋め込んだりして、これまで測れなかった生体活動のデータを得ることも可能になる。ヘルスケアや医療の世界に大きな革命がもたらされるだろう。

かし、1977年に白川英樹博士らが有機材料の1つであるポリアセチレンに導電性を持たせることに成功した。これをきっかけに世界的に注目を集め、有機半導体の開発が発展していった。有機LEDや有機太陽電池はすでに実用化され、有機エレクトロニクス時代がまさに開花しつつある。 新たな応用開発の1つがウェアラブル端末だ。まだ腕時計型やメガネ型など硬いものが主流だが、有機エレクトロニクスは、柔らかな

 パソコンやスマートフォン、テレビ、車、病院の医療機器、それらの製造に関わる産業機器の数々——。便利な生活を支える、多様な製品に組み込まれているのが半導体だ。その材料には、これまでケイ素(シリコン)を中心とした無機材料が多く利用されてきた。近年では、有機材料を用いた半導体も広がりを見せている。 プラスチックやゴム、繊維や木材に代表される有機材料は、通常は電気を通さない。し

 プロジェクトは2011年8月にスタートし、これまでにいくつもの成果を挙げている。試金石となったのは、13年に開発した、世界最軽量で最薄の有機電子回路だったと振り返る。 「1.2マイクロメートルという非常に薄い高分子フィルムの上に、電気的にも高性能な電子回路の作製に成功し、薄くて壊れにくいものを作るという最初のゴールを達成しました。回路も含めても厚さ2マイクロメートルで、一般的なラップの5分の1しかありません。ラップと同じようにくしゃくしゃに丸めても壊れません。ゴムシートと貼り合わせれば伸縮自在です。2倍以上に伸ばしても性能は保たれます。しかも、この画期的なデバイスの製造には、特別な方法ではなく、既存のエレクトロニクスの製造工程を応用できたのです。他の薄膜デバイスの開発につながる重要な成果でした」。

 生体と調和するエレクトロニクスの鍵となるのは有機半導体だ。軽くて柔らかく、新しい材料を作りやすい有機物質の特徴を生かして、フレキシブルで薄いフィルムのような半導体を開発し、心電や体温など生体信号を計測するセンサーとして実用化する。 染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトでは、材料開発から、プロセスの開発、デバイス作製、検証、システム化のステップを担う5つのグループが連携して取り組んでいる。画期的なセンサーであるがゆえに、個人情報保護や倫理問題にも触れかねず、生体調和エレクトロニクスの技術や可能性を広く知ってもらうためのアウトリーチ活動にも力を入れている。

羽より軽く、ラップより薄く 柔らかな電子部品が世界を変える

通しているのは、車の自動運転、生活支援ロボット、人工知能、IoT(モノのインターネット)など、生体と機械の調和である。 「細胞など生体組織は硬い素材に触れると容易に炎症反応を起こしてしまいます。素材の柔らかさを生かす視点から、生体との親和性を高めることを優先に取り組んでいます」。 有機半導体には、印刷というどこにでもある作業工程で、大面積のデバイスが簡単に作れる利点もある。薄くて大きなセンサーを作り、広い面積を一度に計測することで、より詳しく正確な生体データを取得できる。 「新たな付加価値をエレクトロニクスに持たせたという点で、独自の立ち位置にいるはずです。もちろん、シリコン半導体の微細化という主軸は今後も変わらずに重要ですが、有機半導体を生かした技術を組み合わせることによって、ウェアラブルやインプランタブルというフロンティアを拡大できると考えています」。

壊れない、耐久性のある電子部品だ。15年ほど前から、有機半導体の土台となる基材をどんどん薄くすることに取り組んできた。柔軟性の高い有機材料は、薄くすればするほど曲げたときに表面にかかる歪みが小さくなる。その結果、さらに曲げやすく、しかも曲げても壊れず特性が変化しない電子部品ができる。 「ウェアラブル端末は、服のように身に着ける機器ですが、皮膚に貼り付けて一体化するような電子部品をさらに進めて、体の中に埋め込むインプランタブル電子部品の開発を狙っています。人と機械が一体化し、調和することで新たな価値を生み出していく世界を実現するためのエレクトロニクスという意味を込めて、プロジェクト名を『生体調和エレクトロニクス』としました」と、目的を語る。 エレクトロニクス分野は、これまでシリコン半導体の微細化による性能向上や消費電力低減が主流だった。近年の新たな技術潮流に共

 染谷さんは、有機エレクトロニクスをウェアラブル端末に使う利点について、こう説明する。「無機材料と比べて、軽く、柔らかく、加工しやすく、低コストです。分子設計によって新しい材料を作りやすいなど、優れた点も多くあります。それらの特徴を生かすことで、フレキシブルで薄いフィルムのような有機電子部品が実現できるのです」。 もともとは、ロボットの触覚センサーを研究していた。2005年には、温度と圧力が同時に測れ、伸び縮みする皮膚のようなセンサーを開発し、米国TIME誌に紹介された。 「その薄く柔らかいセンサーを、機械ではなく人の皮膚に貼り付けたら、新しい世界がひらけるのではないかと考えたことが、現在の研究の出発点です」。 電子部品というと、硬くて、無理に曲げれば壊れるのが一般的だが、染谷さんが一貫して追究してきたのは、曲げやすく、伸ばしても

機械はどこまで人と親しくなれるか

世界が注目、3年で500件の論文引用も

有機エレクトロニクスの新しいかたち

1997年東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了、博士(工学)。97年東京大学生産技術研究所助手、98年同講師、2000年同大学先端科学技術研究センター講師、02年同助教授。03年東京大学大学院工学系研究科助教授、09年より現職。15年より理化学研究所主任研究員、創発物性科学研究センター(CEMS)チームリーダー。09年~ 11年CREST研究代表者。11年よりERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト研究総括。

染谷 隆夫 (そめや たかお)  東京大学大学院工学系研究科教授

54 September 2016

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■服に印刷できる導電性インク伸縮性のある布地にも、電極や配線を一度に印刷できる導電性インク。元の長さの3倍以上に伸ばしても導電性が保たれる。着るだけで筋電が計測できるセンサーを実現した。

ウェアラブル さらにその先へ

■大気中で安定に動作する超柔軟有機LED厚さ3マイクロメートルの柔らかい有機LED。貼るだけで皮膚がディスプレイになる。有機光検出器と組み合わせることで、装着感なく血中酸素濃度や脈拍数を計測して表示できる。

戦略的創造研究推進事業ERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト

着方式で性能を確保しつつ、今後の実用化に向けて、低コストで大面積のデバイス製造が可能な印刷方式のプロセスも確立していく計画です。とても薄いフィルムなので、製造時の取り扱いには細心の注意が必要です。量産化に向けた課題ですが、成果を実社会で役立てていくため、1つ1つクリアしなければいけません」。 生体と親和性が高く、自由に伸び縮みする素材として、布地に細かな電気回路を印刷できる導電性インクも開発している。

 薄く柔らかい有機デバイスの製造技術を開発しているのが「バイオ印刷グループ」だ。グループリーダーを務める、東京大学大学院工学系研究科の横田知之講師は、こう語る。 「半導体デバイスの製造方法には、真空中で材料を加熱して気化させ、基材に付着させる蒸着方式と、大気中で印刷する方式があります。私たちのデバイスは、どちらの方法でも製造できますが、蒸着方式の場合、薄いフィルムの基材にダメージを与えないように温度を低く抑える工夫が必要でした。まずは、蒸

■印刷できるフレキシブル体温計印刷と同じ工程で作製できる体温計。赤ちゃんでも長時間装着できる。皮膚に直接貼り付けて体温を常時モニターできる。

■フレキシブル圧力センサー曲げても正確に計測できる圧力センサー。ゴム手袋のように柔らかな曲面上に貼っても圧力を測定できることから、これまで医師の感覚に頼っていた触診を定量化するデジタル触診などに応用できる。

有機半導体の製造プロセス確立へ

有機光検出器

ディスプレイ

 このインクで布地に印刷した電極や配線は、元の長さの3倍以上に伸ばすことができる。印刷に特別な設備は必要なく、スポーツウェアに使われるような伸縮性の高い布地で生体信号センサーを簡単に作ることができる。当面は、スポーツ時の体の動きの計測や、高齢者のモニタリングをする筋電センサーとしての活用が期待されているが、大面積で、筋電以外の生体信号を取得できるようになれば、応用範囲も広がる。

 ウェアラブルのその先、生体内に埋め込むインプランタブル電子部品の実現に向けた研究も進めている。体内埋め込み型のエレクトロニクス機器は、心臓ペースメーカーや人工内耳がよく知られているが、有機材料を利用した、よりフレキシブルなセンサーを体内に埋

生体の炎症反応を抑えるめ込むことで、失われた機能を補ったり、病気の早期発見に役立てたりすることが期待されている。 生体との親和性の高いセンサーを作るのに大切なのは、組織に直接触れる素材の生体適合性を高めることだ。特に、体内に埋め込む

場合、異物から体を守るために起こる炎症反応を抑えなければ、長期間安定して生体信号を計測するのは難しい。 「医用電子システムグループ」では、炎症反応のない生体埋め込み用電極の開発をめざしている。グループリーダーである大阪大学産

横田 知之(よこた ともゆき)バイオ印刷グループグループリーダー

医療やヘルスケアへの展開が期待されていますが、ファッションやゲームへの応用からスタートしてもいいと思っています。超柔軟有機LEDを皮膚に貼り付けて模様を浮かび上がらせるとか、日常生活を楽しくするアイテムとして使うのも面白そうですね。

 成果を発表してから約3年間で、関連する論文の中には500件近くも引用され、大きな反響を呼んでいるものもある。同じ時期に開発した世界最軽量で最薄の柔らかい有機LED、先んじて成功していた世界最軽量で最薄の有機太陽電池を合わせると、半導体の主要な素

子がほぼすべて、薄膜フィルム上に作製できた。生体調和エレクトロニクスの可能性を示すのに十分な成果だった。 プロジェクトの中盤で必要な要素技術がほぼ揃ったことで、後半には、その組み合わせで、体温を計測できる柔らかな温度セン

サー、曲げても測れる圧力センサー、血中酸素濃度や脈拍数を計測できる有機光検出器など、より高度なセンサーを実現できた。また、それらのセンサーに離れた場所から電力やデータを供給できるシステム技術にも取り組んでいる。

76 September 2016

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ウェアラブル さらにその先へ 戦略的創造研究推進事業ERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト

 カルシウムイオンの濃度変化を捉えるセンサーそのものは、半導体ではなく化学材料だが、インプランタブル電子部品の重要な要素技術として、「生体調和電子材料グループ」が開発してきた。グループリーダーは、東京工業大学科学技術創成研究院化学生命科学研究所の福島孝典教授だ。 福島さんたちの成果の1つが、紙おむつの

 生体からの信号には、さまざまな種類がある。脈拍や脳波、体を動かすときに脳から筋肉に伝えられる生体電位信号のほか、体内の情報伝達物質として働くカルシウムイオンの濃度変化もその1つだ。カルシウムイオンは通常、細胞の内側で低い濃度に、外側で高い濃度に保たれ、その細胞内外の濃度変化によって、生体活動に必要な情報を伝えている。

 紹介してきたセンサーについては、実際に生体の計測やイメージングをしながら、技術的な改良を図っている。その活動を担っているのが、東京大学大学院工学系研究科の関野正樹准教授の「生体調和イメージンググループ」だ。 関野さんは、医学と工学の融合領域である生体工学の立場で、横田さんのフレキシブル温度センサーや福島さんのカルシウムイオンセンサーを生体に適用し、メリットや課題を探っている。 医療分野への応用に、関野さんは確かな手応えを感じている。「共同研究者である多くの医師から、活用のアイデアや計測したい生体信号の要望を得て、開発に反映しています。脳外科や心臓外科、皮膚科、形成外科、麻酔科など、いろいろな診療科へ議論に行きま

■紙おむつの材料から新しいカルシウムセンサー紙おむつの材料であるポリアクリル酸に、特殊な色素を組み込み、ゲル状のカルシウムセンサーを開発した。これまでのセンサーでは捉えられなかった高濃度のカルシウムイオンが検出できる。

すが、関心は日毎に高まっているようです」。 動物実験などを通じてデバイスの有用性も試している。フレキシブル温度センサーを使って、実際に呼吸しているラットの肺の表面温度を計測してみた。呼気と吸気で肺の温

度差は0.1度しかないことを世界で初めて実測した。恒温動物が高精度に体温を一定に保つ仕組みを、実際の計測で確認した成果だ。これは、薄く柔らかい温度センサーがあって初めて実現できたもので、医学や生物学にお

ゲル電極層

有機インバーターシート

有機トランジスタースイッチシート

入力容量シート

■生体適合性を持つ柔らかいシート型生体信号増幅回路炎症反応が起こりにくく、生体内に長期間埋め込むことができる、柔らかくて導電性の高い生体適合性ゲル電極。この電極と有機増幅回路を組み合わせて、シート型の柔軟な生体信号増幅回路を開発した。心臓に貼り付ければ微弱な心電信号でも計測できる。

吸水剤であるポリアクリル酸を原料としたカルシウムセンサーである。 「カルシウムイオンの濃度変化を検出するセンサーは、すでにたくさんの種類がありますが、これまでは細胞内の濃度が低い場合にしか検出できないものでした。めざしているのは、生体内に埋め込んで、細胞外の高濃度のカルシウムイオンも検出できるセンサーです。

カルシウムイオンの新しいセンサー

生体動物の体温維持を計測

業科学研究所の関谷毅教授は、これまでの成果をこう説明する。 「カーボンナノチューブと親水性のハイドロゲルを均一に混ぜることで、生体適合性と柔軟性、導電性に優れたゲル素材を作ることに成功しました。フレキシブルな有機薄膜電極にゲル素材を薄く塗布する手法も開発し、生体適合性ゲル電極を有機薄膜電子回路と集

そのため、従来とは根本的に異なる材料が必要となりました」と、開発の経緯を語った。 そこで着目したのが、ポリアクリル酸だ。カルシウムイオンと結合すると凝集する性質を持つことが知られている。凝集で発光する色素を組み込むことで、濃度変化を検出するセンサーとして利用できないかと考えた。 たくさんの化合物を試して条件に合う色素を見つけ出して組み込んだ新しい物質は、カルシウムイオンがあると光り、濃度変化を可視化できる。ゲル状のため、大面積のシートでも微粒子でも、さまざまな形に加工できる。このセンサーは、土壌や食品中のカルシウムイオン濃度の検査などにも使えそうだと見ている。 物理有機化学が専門の福島さんは、別の側面からもプロジェクトに期待している。「工学領域であるエレクトロニクスの研究成果を

実用化していく中で、必ず課題が出てくるでしょう。それを、理学の領域にフィードバックすることで、さらに一段と新しい研究テーマを

開拓できます。エンジニアリングとサイエンスを車の両輪のようにして発展させていくモデルケースになるといいですね」。

■ラットの脳に埋め込むための 超薄型フレキシブル刺激電極わずか2マイクロメートルの薄さであるため、脳の表面に沿って貼り付けることができ、MRI測定とも干渉しない。電極から電気刺激を与えて、誘発される脳活動をMRIで観察できる。生体適合性に優れた金とパリレン

(有機薄膜)から作られている。

積化したシート型の生体電位センサーを作製しました。ゲル電極は、1カ月近く生体内に埋め込む試験で、従来の生体内埋め込み型の金属電極と比べて、炎症反応が極めて小さいことを確認しています」。 シート型電位センサーには信号増幅回路も組み込まれ、生体活動で発生する微弱な信号を安定して計測できる。関谷さんたちは、ラッ

トの心臓表面に貼り付けて血液供給が急に不足する虚血部位を見つける実験も行い、協力した医師からも高い評価を得ている。この開発を始めたきっかけは、「医師から生体適合性の高い、柔軟な電極の必要性と、それを活用した治療への熱い思いを聞いたこと」だという。求める電極に少しでも近づくため、ゲル素材のさらなる改良などに取り組んでいる。

福島 孝典(ふくしま たかのり)生体調和電子材料グループグループリーダー

条件に合う色素を見つけるまでに無数の化合物を作りました。材料開発はトライアンドエラーの繰り返しですが、分子の気持ちになって考えれば、いい結果につながります。石割文崇助教(中央)が、カルシウムイオンセンサー開発の立役者です。

関谷 毅(せきたに つよし)医用電子システムグループグループリーダー

生体内埋め込み型電極は、難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)などで体の自由を失った方々が意思疎通を行うツールとして、開発が進められています。将来は、炎症反応の起こらない材料を開発して、病気で苦しんでいる方を1人でも多く助けることに貢献していきたいです。

98 September 2016

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イラストレーション(P3): Junichi Kishi、写真提供:東京大学染谷研究室(P5 〜 8、P9下、P11)、東京工業大学福島研究室(P9上)

ウェアラブル さらにその先へ 戦略的創造研究推進事業ERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト

 プロジェクトの最終目標は、成果の実用化である。東京大学大学院工学系研究科の伊藤章特任研究員の「インターフェースグループ」は、その出口に向けた仕上げの部分を担う。開発した生体信号センサーを組み合わせ、必要な材料の改良を重ねながら、実用的なセンシングシステムに仕上げる。 インターフェースグループには、もう1つ重要な役割がある。「産業界からも注目され、たくさんの問い合わせがあります。それら1件1件に対応して、踏み込んだ議論や、製品化の可能性の調査など、産業界との窓口の役割も担っているのです。私は長らく企業の開発部門におり、社内での新事業立ち上げなども経験してきました。開発から、実証、事業化といった企業の一連の流れを知っていますから、その経験を生かしていきます」。 プロジェクトは、今年1月に米国ラスベガスで開催されたエレクトロニクス製品の見本市「CES2016」に、導電性インクを使った伸縮性導体を出展し、伊藤さんは現地での案内役を務めた。 「米国には新しいものに対する好奇心が強い方が多く、導電性インクも関心を集めました。海外の反応に直接触れることで、実用化への思いがさらに強くなりました」。

 産業応用が期待されるプロジェクトの成果はいろいろとある。昨年11月には、布地に電子回路を印刷したテキスタイル型電子部品に関する特許をもとに、ベンチャーとしてゼノマ社を設立した。当初は、プロジェクト終了後に起業する予定だったが、世界的にウェアラブ

 材料開発も含めてこれほど多くの成果を生み出している理由は何か。染谷さんはその疑問にこう答える。 「やはり、各グループがそれぞれの強みを明確に持ち、それらを融合させるグループ間の連携がとれたことが大きかったですね。プロジェクトの最大の特徴であり、誇りとしている点です。発表した論文のほとんどが複数グループの共同執筆です。めざしてきたのは、多くの研究者がそれぞれ役割を果たしながら連携して初めて開発できるものですが、それができたのも、CRESTとERATOでJSTの研究支援を受けながら、研究仲間が増え、優秀な若手研究者が育ってきたおかげです」。 染谷さんは常に、「このプロジェクトはアポロ計画ほど大きくはないけれど、われわれにとっての月に行く(目標)とは何だろう、月に

 染谷さんがもう1つ力を入れているのが、プロジェクトの目的や研究成果を広く社会に知らせていくためのアウトリーチ活動だ。ウェブサイトでの情報発信、ニュースレターの発行、高校への出張授業、研究室見学の受け入れなど、研究の合間に積極的に活動している。 その理由を、「研究にかける思いや重要性を、研究者自身がナマの言葉で伝えることが重要だから」と語る。「これだけ大きな予算規模の研究をしているからには、やはり説明責任があります。論文の発表はもちろん、広く一般の方々に理解してもらうには、研究の面白さや大切さを、私やグループリーダー1人1人が語らなければいけません。さらに、そのことを通じて、支援の輪を広げていきたいという思いもあります」。 科学技術と社会とをつなぐ領域は、研究者だけでつくれるものではない。特に、ウェアラブルやインプランタブルなデバイスで生体信号を計測して役立てていくには、個人情報の保護と活用や、社会と個人の倫理という問題にも踏み込んでいく必要がある。 「科学的根拠を持って、社会の1人1人にきちんと考えてもらうため、正しい情報を伝えておきたいのです。われわれだけでできる活動には限りがあります。そもそも理系の技術者は説明が苦手ですが、自分たちがわくわくしながら、寝る間も惜しんで取り組んでいる研

行くためのロケット(手段)は何だろう。それに自分はどう貢献(役割分担)できるのだろう」ということを明確にするよう言い続けてきた。 プロジェクトの全員が共通の目標を持ち、自らの責任を果たすのは、決して簡単なことではない。資金だけでなくマネジメントも含めた研究支援の下、そうしたことがしっかり実現できるプロジェクトに育ったことが、数々の成果に結びついているのだろう。 成果の確実な実用化に向け、知財戦略にも力を入れている。「われわれの研究が社会に貢献していくには、成果を産業界に橋渡しすることが欠かせません。そのために重要となるのが、使いやすく強い特許を実現するという戦略に基づいた特許出願です。これは研究者だけでできるものではないので、知財の専門家にもプロジェクトに加わってもらい、いろいろ

究の価値が伝えられたら、製品化する人だけでなく、使う人も含めた支援者が増えると信じています」と力を込めた。 プロジェクトの最終段階として、それぞれのデバイスの実用化に向けた改良を進めるとともに、生体調和エレクトロニクスがめざす

「究極の無装着感」を実現するための研究にも着手している。 その狙いを染谷さんはこう語る。「無装着感を実現するには、無装着感というぼんやりしたコンセプトを、科学的根拠に基づいて、数値化して評価できるようにしなければなりません。人それぞれ異なる感覚なので難しいところはありますが、プロジェクト終了後も継続して発展させていきたいと長期的視野に立っ

な角度から取り組んでいます。当然、費用もかかりますが、JSTの支援の仕組みを活用し、新しい産業に貢献できるような、強い特許基盤が築かれつつあります」と手応えを示す。 このほかにも、成果を産業界に橋渡しする取り組みとして、「フレキシブル医療IT研究会」を立ち上げた。フレキシブル有機デバイスの医療やヘルスケア分野での産業応用をめざす産学連携の研究会だ。設立から3年で法人会員が100社を超え、今年7月には9回目となる研究会を開いた。プロジェクトからの情報発信だけでなく、市場調査やロードマップ作成など、会員による主体的な活動も広がっている。国内外の企業から技術に対する関心が寄せられる中で、こうした産学連携がフレキシブル医療ITという新たな産業分野の創出につながると期待される。

て研究を進めています」。 羽よりも軽く、ラップよりも薄く、柔軟に伸び縮みして、体の表面にあっても内部にあっても違和感のない電子部品——。これまでにないエレクトロニクスの領域がひらかれようとしている。これが一大領域として発展するとき、ヘルスケアや医療だけにとどまらない社会のさまざまな領域が大きく変わり、日本が強みとしてきたモノづくりの世界にも、新たな風を呼び込むことになるだろう。 「将来は、すべての電子部品が柔らかく生体と調和するものとなって、フレキシブルとわざわざ言う必要もなくなるかもしれません」。 夢を語る染谷さんの顔には自信があふれていた。

けるフレキシブル有機デバイスの応用可能性を示したといえる。 「柔軟性があるので、肺や心臓のように動く臓器でも、追従して生体信号を計測できるのが利点ですね。複数の素子を集積化すれば、

温度や電気抵抗の信号を一度に、広い面積で、しかも継続して計測できます」。 そのようなデバイスは、今のところ世界でも例がない。計測データという物理量から、いかにして意味のある情報を取り出すかが、

今後の重要な課題になる。 「データ解析や情報処理の専門家とも連携して、その領域に切り込み、体内埋め込み型デバイスの実現に向けて、デバイスの長寿命化にも取り組んでいきます」と展望を語る。

プロジェクトを訪れた広尾学園中学校の生徒とフレキシブル有機デバイスについて議論した。

ル技術や関連市場が急速に動き出していることから前倒しした。ゼノマ社では、生体調和エレクトロニクスの先駆けとして、着用者の全身の情報を計測できる、装置感のないテキスタイル型電子部品の商品化をめざしている。

産業界との連携で、実用化を加速する

「アポロ計画」に例え、目標を共有する

個人情報保護、倫理問題にも踏み込む

関野 正樹(せきの まさき)生体調和イメージンググループグループリーダー

普通の電子部品はMRIに入れると問題が起きてしまいますが、フレキシブルセンサーは有機材料で、しかも非常に薄いので、MRIに入れることができます。ラットの体内に埋め込んで生体を刺激した反応を、MRIで精密にモニタリングする実験もしています。

伊藤 章(いとう あきら)インターフェースグループグループリーダー

企業の研究部門では、実験は仕事の一部でしたし、実験で手を動かすことは大好きでした。もともとの専門である有機合成化学の知見を生かして、必要に応じた材料開発も行っています。

1110 September 2016

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出典:林野庁 森林資源の現況(平成24年3月31日現在)

 「水管理には、人工林の50%間伐が有効」と、CRESTの研究代表者、恩田裕一筑波大学アイソトープ環境動態研究センター教授は指摘する。研究チームは、全国5か所の人工林で50%前後の間伐を実施し、降水、蒸発、表面流、地下水流などのデータから間伐の有効性を実証した。

 日本は国土の約65%を森林が占める「森の国」である。これまで輸入材の増加で国産木材価格が低迷し、林業従事者の高齢化もあって人工林の荒廃が進んでいた。鬱蒼と茂った森林は豊かに水を蓄えているように見えるが、雨水は枝葉から蒸発してしまい、土壌にまでは浸透しない。森の機能を回復させる有力な対策が、間伐である。適切な間伐により、雨水の蒸発が減り、光が森林下層にまで届くことで下草が回復し、土壌への浸透能力が高まる。同時に、表面流による土砂流失や濁水も防ぐことができる。 JSTのCREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」研究領域における「荒廃人工林の管理による流量増加と河川環境の改善を図る革新的な技術の開発」では、水源林の視点から、適切な間伐による森林管理について研究した。

新しい“山の手入れ”で、森の命と水循環を救う

「50%間伐」で、流域の渇水問題にも貢献

1990年筑波大学大学院博士課程地球科学研究科地理学・水文学専攻修了。理学博士。90年日本学術振興会特別研究員(PD)、92年名古屋大学農学部助手。95年米カリフォルニア大学バークレー校 地理・地球物理学部客員研究員。99年筑波大学講師、03年同助教授、09年同教授。12年アイソトープ環境動態研究センター副センター長、13年福島大学 環境放射能研究所副所長を兼務。15年より現職。

恩田 裕一 (おんだ ゆういち)

筑波大学アイソトープ環境動態研究センター 教授

渇水による影響の発生状況日本の森林面積と人工林の構成全森林のうち約40%が人工林

CREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」研究領域荒廃人工林の管理による流量増加と河川環境の改善を図る革新的な技術の開発

 間伐の有効性は、これ以前のCRESTでの研究『森林荒廃が洪水・河川環境に及ぼす影響の解明とモデル化』(2003-2008年)の成果として得られた。 管理放棄された人工林の下層に太陽光が届かず、下草が衰え、土壌浸透力が低下して表面流が増加する実態を明らかにした。「下草の回復には50%の間伐が必要なことを証明したのです」と先行研究の成果を語る。 日本の人工林の間伐は一般的に30%程度とされる。成果を実証するには実際に50%伐採を行う必要があった。今回の研究では、地質や気候などが異なる栃木、愛知、三重、高知、福岡のスギ、ヒノキ林で30 〜 60%の間伐をし、水循環の変化を観測した。 森林の水循環(降水から蒸発散、表面流、地下水流など)のデータを集めることは容易

ではない。調査する森林の内外に雨量計を設置し、表面流や林地から排出される水の量を測り、全体の流れを把握する。さらに、樹木からの蒸発散量、林床からの蒸発量を測定するセンサー、幹に沿って流れる水量の測定装置、水質を調べる装置などを要所に設置して、総合的に水循環をとらえる「水文観測システム」を整備した。 このシステムを作り、まず伐採前の基礎データを収集した。その後、斜面に沿って帯状に伐採する「列状間伐」、等間隔に伐採する

「点状間伐」で、伐採前後のデータを比較して効果を確かめた。

 この大がかりな観測システムによって、降雨が樹木の枝葉にとどまる「樹冠遮断量」の変化を明らかにした。伐採前の人工林では、森林が存在しない草地に比べて5 〜 8割程度しか雨水が地面に到達しない。残りは枝葉にとどまって降雨の間にも蒸発してしまう。50%間伐を行うと樹冠遮断量が減少し、間伐前には約3割だったのが間伐後には2割に減った。間伐後は下草からの蒸発量が増えるものの、土壌への浸透は確実に増加した。土壌への浸透が増えると、豪雨の際にも河川への流出を抑え、地下水としての貯蔵力を高めることになる。 人工林から河川への流出量も増加し、栃木県内の森林調査では年流量が約1.4倍に増えた。また、間伐に伴う土砂の流出は下草が回復するにつれて抑えられ、河川の水質への影響もほとんどないことを確かめた。 「特に、渇水期の夏場の河川流量が増える

水循環と水の収支をとらえる「水文観測システム」

人工林を持続的に利用していく

社 会への架け橋 ~シリーズ2 地球の水を考える 第 2回~

その他136万ha

天然林1343万ha

人工林1029万ha総面積

2508万ha

水循環モデル

統合モデル水流出量を増加させ、水質の向上が望める画期的な水供給技術の開発および河川環境の改善。

レーザー観測による森林現況の推定

土砂流出

蒸発散

蒸発散増加

濁水

濁水表面流の発生

林床裸地化

土壌侵食増加

森林管理モデル

林内雨の増加

水質の向上

表面侵食減少

雨水浸透

蒸発散減少

林床被覆の回復

地下水への涵養

渇水流量の向上

水流出

水質

土壌水

荒廃人工林 間伐後の人工林強度間伐

樹液流量計

水文観測システムの概要

ことを実証できたことに大きな意味があります」と恩田さん。利根川流域などでの渇水が心配されているだけに、心強い結果である。 この5年間のCRESTの研究では、航空機レーザー測量なども活用し、森林状態の変化に対応する水と土砂の流出モデルをまとめ、濁りを抑えつつ渇水時の水量を最大化するための「森林管理手法シナリオ」の提示も行った。 2011年3月の東日本大震災に伴う原子力発電所事故後には、栃木県内などに設置してあった「水文観測システム」のデータが、原子力発電所からの放射性物質の移行に関する研究(J-RAPID)にも貢献した。 「人工林は30年、50年単位で植林、育林、伐採を繰り返すことで持続的に利用できます。これまでの森林管理は経済性や生態系保全が中心でしたが、水管理の面からも間伐の有効性を実証したのは初のケースです。この研究が、私たちにとって大切な水源である森を守り利用していくために、貢献できればと願っています」と恩田さん。 この成果は、里山や公園、街路樹の管理にも活用できるというから心強い。

出典:国土交通省ホームページhttp://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk2_000015.html

1983年から2012年の30年間に渇水で上水道の減断水のあった年数

0年1年2 ~ 3年4 ~ 7年8年以上

1312 September 2016

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好きな形に切った後でもきれいに表示できる。

口大国に普及できる技術開発が必要である」と指摘しました。 橋本PDは戦略的な研究における国際連携は慎重にすべきこと、技術普及と企業収益とのバランスを考慮すべきことを述べた上で、ALCAのさらなる飛躍の期待とPDとしての決意を表明しました。企業からの参加者が約6割を占め、ALCA発の新技術への注目の高さがうかがえる中、ALCAの存在をさらに強く印象づけることができました。

報告がありました(特に森教授は「ステージゲート評価で頭と心が鍛えられた」とユーモアを交え、会場の笑いを誘っていました)。 パネルディスカッションでは、ALCA国際評価委員の池上徹彦元会津大学長が、「CO2

排出低減という明確な目標を掲げたプログラムであるのでトップダウンマネジメントは有効である。さらに国際的な取り組みが必須だが現時点では不十分」と指摘しました。また、本部和彦東京大学教授は「インドや中国など人

開催報告 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)

開催報告 知財活用支援事業

 坂本修一文部科学省科学技術・学術政策局産業連携・地域支援課長は、オープンイノベーションへの期待の高まりを背景とする組織トップが関与する「組織」対「組織」の本格的な産学官連携の推進、そのための大学における研究経営システムの確立、大学の知的財産マネジメント強化を呼びかけました。 後藤吉正JST理事は、「先進大学で成功した知財・技術移転ロールモデル(一気通貫モデル)

 日本の持続的な発展のため、大学の研究成果に基づくイノベーション創出が強く期待されています。そんな中、今年3月に文部科学省の検討会にて、報告書「大学の成長とイノベーション創出に資する大学の知的財産マネジメントの在り方について」がとりまとめられました。 そこで取り上げた大学の知的財産マネジメントのあり方を、産学官が共有し、意見交換することを目的として、文部科学省とJST主催シンポジウム「イノベーション創出を促進する大学の知的財産マネジメント〜大学の成長とイノベーション創出の実現に向けて〜」が開催され、400人を超える参加がありました。 「日本の競争力低下を大いに危惧している。大学経営力強化の一環としての大学知財マネジメントこそが重要で、日本再生にも不可欠である」と、濵口道成JST理事長が開会早々に強調しました。

 人間は脳に蓄えられているさまざまな記憶情報を関連付けることで知識を得ています。記憶が関連付けられる仕組みが解明されることで、トラウマの記憶から起きるPTSDなどの精神疾患の治療につながることが期待されています。

 脳は常に経験したことを記憶しますが、時間の経過とともに記憶は薄れてしまいます。ただ、とても辛い出来事や大きな事件に遭遇した前後のささいな記憶を、妙に鮮明に覚えていることがあります。 富山大学大学院医学薬学研究部の井ノ口馨教授らは、マウスを使い、通常ならすぐに忘れてしまうようなささいな出来事でも、その前後に強烈な体験をした場合、ささいな出来事が長く記憶される、そんなメカニズムを解明しました。 マウスにささいな出来事(弱い学習課題)と強烈な体験(新規環境の経験)の両方を与え、いつまで記憶が保存されているか調べた結果、30分後までは覚えているのに24時間後には忘れてしまうようなささいな出来事の場合でも、その弱い学習課題を行う前後1時間以内に強烈な体験を経験したマウスでは、24時間後のテストでもささいな出来事を覚えて

いました。それぞれの学習時に共通の神経細胞が働くことで、ささいな出来事の記憶と強烈な体験の記憶が相互作用し、ささいな出来事が長時間記憶される行動タグが成立することを見いだしました。

記憶が神経細胞の集団として符号化され、脳内に蓄えられる様子。

自由に切って、表示できるディスプレイを開発

ささいな出来事が長く記憶される仕組みを解明PTSDなどの精神疾患の治療法に期待

初の公開シンポジウム開催将来の低炭素技術におけるALCAの役割を強くアピール

イノベーション創出を促進する大学の知的財産マネジメントの実現に向けて

 文字や絵を表示できる一般的なディスプレイは、スマートフォンなどの電子機器をはじめ、私たちの身の回りで幅広く使用されています。 柔らかいものや薄いものなど、ディスプレイの多様化が進む中で「液晶」と「有機EL」がよく知られていますが、どちらも完成後にディスプレイを切って再度使用することはできません。また、「不揮発性」であるエレクトロクロミックディスプレイは、酸化還元状態を維持することにより外部からの電力供給がなくても継続表示が可能ですが、実用化に耐えられる材料が少ないため、応用箇所は限られていました。 物質・材料研究機構の樋口昌芳グループリーダーの研究グループは、電気をかけることで色が変わるエレクトロクロミック特性を持つポリマー材料を使用して、ハサミで好きな形に切れる新しいディスプレイシートを開発しました。

研究成果戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)研究領域「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」 研究課題「超高速・超低電力・超大面積エレクトロクロミズム」

研究成果戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)研究領域「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」研究課題「細胞集団の活動動態解析と回路モデルに基づいた記憶統合プロセスの解明」

 地球温暖化問題が深刻化し、対策に向けて世界の気運が再び高揚しています。発足6年目を迎えた先端的低炭素化技術開発(ALCA)は、これまでの取り組みや成果を広くアピールするための、初めての公開シンポジウムを6月30日に横浜で開催しました。 基調講演では橋本和仁プログラムディレクター(PD)より、昨年のCOP21で日本が国際的に約束したCO2排出削減目標は、現状の技術の延長線上では達成できず、革新的な低炭素技術開発が必要であること、そのためのALCAにおける“ゲームチェンジング”な研究開発課題の採択と、研究成果を節目毎に厳しくチェックする“ステージゲート評価”の取り組みが紹介されました。 また成果紹介では、「ALCAの主力技術である次世代蓄電池の研究は世界のトップである」(首都大学 金村聖志教授)、「独自の手法で大口径、高品位な窒化ガリウム結晶成長が飛躍的に進歩」(大阪大学 森勇介教授)との

パネルディスカッションにおいて話題提供する池上元学長(右から2番目)

基調講演を行う橋本プログラムディレクター

 このディスプレイシートは、回路全体を曲げて使うことのできるフレキシブル基盤を使います。透明電極を付けた基盤に、ポリマーをスプレーでコートして製膜したものと、固体電解質層を取り付けたものとを合わせて作製します。このポリマーの、湿気や酸素に対する高い安定性により、ハサミで切っても電圧を加えることにより繰り返し表示させることができます。また、電源を切っても表示が保持

講演に聴き入る参加者JSTの知財マネジメントの今後の方針を提言する後藤吉正JST理事

を全国の大学に普及させ、知財マネジメント強化をぜひとも図ってほしい」と提言しました。 「大学がめざすべき知財マネジメントについて方向性を共有できた。知財マネジメントの高度化と重要性を改めて実感。各大学と研究機関で、知財マネジメントなどの方針について議論を深めてほしい」と、伊藤洋一文部科学省科学技術・学術政策局長は、シンポジウムを締めくくりました。

されるため、表示を変えた後は電源ユニットからディスプレイを取り外すこともできます。 エレクトロクロミックは近年世界的に研究が盛んになっていますが、このシートの作製に成功したことから、今後は乗り物や建物、サングラス、レインコートなどさまざまなものを透明にしたり着色させたりできる、「色の着替えを楽しむ新しいライフスタイル」を提案していく予定です。

1514 September 2016

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September 2016最新号・バックナンバー

発行日/平成28年9月1日編集発行/国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)総務部広報課〒102-8666東京都千代田区四番町5-3サイエンスプラザ電話/ 03-5214-8404 FAX / 03-5214-8432E-mail / [email protected] ホームページ/ http://www.jst.go.jpJSTnews / http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/

に通訳をしていた時でした。アジアの国々から来て、日本で防災技術を学び笑顔で帰国した彼らが、1年もたたずに別の道に進むと耳にしました。技術を生活に組み込むつなぎ役と、流域全体での連携した対策がなく、せっかくの技術を活かせなかったのです。 もどかしさから一念発起し、米国に渡りコロンビア大で環境学を学びました。英語学が専門だったため、まったく分野の違う気象学や地学、毒物学などをゼロから学ぶことに苦労しました。無理のきいたあの頃を懐かしく思います。 大学院修了後は、ベトナムやインドネシアの現場で経験を積みました。いつ、誰から、どのような情報を人々に伝えるかが鍵です。財産も移住先も、代わりの職も保障してくれな

い政府が、いくら防災情報や技術を提供しても、人々は動きません。現地の事情を把握して人と技術をつなぐ人文系の研究者と、防災技術の開発者が力を合わせれば、きっと人を救えるはずだと確信を持つようになりました。

 幼少期から海外に憧れ、関西外語大に進みました。留学前に海外でのサバイバル術を大学で徹底的に学びました。自分のことは自分で決断する。トップダウンで物事を進める。まず結論を伝える。こうした精神面から、感染症を避ける入浴法や香水のつけ方などの生活面まで、幅広い内容でした。 当時は、米国に行けば米国流に合わせ、日本に戻れば大和撫子に戻る方法を学ぶ時代でした。今、私は日本人らしさを大切にしています。現地の文化を尊重しながらも、「ハグは苦手」などと、自分の習慣にないことは伝えます。 髪や肌の色から言葉までがすべて違うインドネシアの小学校に、7才から放り込まれた息子は、他人との違いに極めて寛容です。日本の保育園では「男の子らしくない」とからかわれ、ひた隠しにしていたピアノも、今は人前で堂々と披露します。私も息子も、自分らしさを見つけてそれぞれ勝負する時代なのでしょうね。 民間企業から財団法人、国際公務員、NPO、大学など、さまざまな組織を渡り歩く中で、私らしさが発揮できる場は、被災地の人と技術の間にあると気付きました。国籍も組織も研究分野も違うさまざまな人のつなぎ役として、これからも私らしく、現場に通い続けます。

(JST広報課・松山桃世)

 テロ事件がなければ、今年の夏もバングラデシュで調査をするつもりでした。洪水で雨季ごとに地形が変わる砂州を訪れ、住人の話を聞きます。今まで洪水に何度遭ったか、災害の情報はどこから得るか、いつ、どう逃げるのか。こうした調査に出向くといつも笑顔で迎えられ、データ集めには苦労しません。 現地の習慣に合わせ、毎食カレーを食べ、露出の少ない服装で出かけます。文化が違うように、洪水の形態や規模も日本とは大違いです。水位はじわじわと上がり、2 〜 3ヵ月間は水が引きません。毎年、国土の3割ほどが浸水します。その間、家を捨てて土地を移り、水が引くのをじっと待つのが彼らの防災対策です。 洪水そのものによる人身被害よりも、畑が水面下に沈み、収入が途絶え、食べ物が手に入らずに餓死するのです。道ばたに倒れ、そのまま命を失っていく姿を初めて見た時の衝撃は忘れられません。気候変動で洪水の頻度や規模が変化する一方で、人口は日本よりも増え続け、貧困層はより危険な場所に住まざるをえなくなっています。 災害に苦しむ人々を、なぜ最先端の技術で救えないのだろうか。疑問に思ったのは、20代後半にJICA(国際協力機構)の研修生相手

息子ともども自分らしさで勝負

防災技術を現地の生活に活かす

現地の人に囲まれ、熱心に話を聞く藤田さん(右下)。

言葉のつなぎ役から、人と技術のつなぎ役へ

vol.53

プロフィール 1995年、関西外国語大学米英語学科を卒業。財団法人 日本国際協力センターや財団法人 砂防・地すべり技術センターなどを経て、2007年、米国コロンビア大学 国際公共学部で修士(環境科学政策学)を、12年に京都大学大学院地球環境学舎で博士(地球環境学)を取得。ユネスコのコーディネーターなどで海外勤務を経験し、14年より現プロジェクトに参加。

京都大学 防災研究所流域災害研究センター 特定研究員

藤田 久美子F u j i t a K u m i k o

 バングラデシュでは、高潮や洪水などの災害が繰り返し、貧困が加速しています。この負のスパイラルを断ち切るため、ハザードマップを作成し、河岸侵食や堤防決壊、有害物質の拡散による被害を抑える対策を提案しています。避難システムを開発して、災害に強い地域社会の構築をめざします。

地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)防災領域研究課題「バングラデシュ国における高潮・洪水被害の防止軽減技術の研究開発」