[教育のための] コミュニケーションは双方向的である
Post on 14-Apr-2017
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私がお話しすること
✦ 私の大学以前の高等教育と大学教育にする雑感
✦ 原田康也氏と「理工系の学生向けの英語教育」を巡って話し合った時に出てきた話題
✦ 理工系の学生向けの英語教育に関する提案は黒田 (2009, in press a, b)を参照
✦ せいぜい話題提供であって,まとまった研究発表ではありません
背景 1/2
✦ 理工系の学生と研究者の需要に応えた早期英語教育の必要を感じている
✦ 英語教育は専門とは言えない(非常勤で英語を教えているだけ)が,工学系の国際学会で日本人の発表を数多く聞いた経験から,強い意見をもつようになった
✦ 英語教育の非効率性に以前 (自分が学生の頃) から強い不満をもっていた
✦ 端的に言うと英語教育は人文系の価値観に毒されている
背景 2/2
✦ 研究所勤務と並行して出身研究室の学生を相手に,非公式に言語学の研究指導をして来た (2003
年以来)
✦ その経験から学生の研究能力に関する観察を蓄積して来ている
✦ これらが発展して,今日の話に ...
取り上げる話題 1/2
✦ 平均的日本は対話が不得意なのか?
✦ 例えば,平均的日本人男性は,なぜ他人の話をちゃんと聞かないのか?
✦ 平均的日本は,なぜ “取引き” (特に “交渉”) が下手なのか?
✦ 平均的日本は,なぜ口頭コミュニケーションを軽視するのか?
お断り✦ これらに関して私が得た一般化は,日本の大学や研究所で行なった自分の観察に基づくもの
✦ 従って,観察の偏りが原因で代表性が欠けている可能性あり
✦ 文学部, 理学部, 工学部, 農学部, 医学部の学生や教官の挙動を観察して得た一般化
✦ 法学部, 経済学部の学生や教官について妥当か自信なし
日本人の英語 1/3
✦ 理工系の国際学会で,多くの日本の研究者の発表が
1.プレゼンテーションが下手でマトモに聞いてもらえない
2.それ以前に英語がヘロヘロで相手にされていない
3.仮に話すことができても,発表後の質疑応答がぜんぜんできていない
✦ のを観察
日本人の英語 2/3
✦ 日本人は
✦ 発表する研究の内容はマトモなのに
✦ 英語がデキないが故に国際学会で “ママっ子” 扱いされ
✦ 相当に損をしている
✦ ということ
✦ 過去10年で韓国や中国の学生の英語運用レベルは日本の学生のそれを上回った
日本人の英語 3/3
✦ 問い
✦ でも,韓国や中国の学生の英語運用力が目に見えて向上し,日本の学生ではそれが起きないのは,なぜ??
✦ 私が想定する答え
✦ 日本の英語教育は非常に非実践的で,効率が悪い
✦ 理由
✦ 実生活に直結しない大学入試に “過適応” しているため
✦ これは黒田 (2009, in press a, b) で取り上げた話題なので,本日は追求しない
英語だけか? 1/3
✦ でも,ちょっと待て
✦ これは英語教育に限ったことか?
✦ 例えば
✦ 日本人は人前で話すことを得意としない人が多い
✦ 話しコトバを軽視し,書きコトバを過度に重視する傾向がある
✦ これらの傾向は男性に顕著
英語だけか? 2/3
✦ 話しコトバ蔑視の理由としてありそうなこと
✦ 日本語は表記体系が複雑すぎて,話しコトバに実体性を感じにくいのでは?
✦ 私も日本語の表記体系の異常な複雑さを認識したのは最近になってから
✦ 言語処理学会16回での黒田ほか (2010)の発表がキッカケ
✦ 更に論点を絞ると
✦ 日本人の言語技能で音声情報が占めている割合は,他の言語を使っている人たちに較べて少ないのでは?
✦ 予想
✦ これが本当だとすると,根本的なところから変えないと外国語 (e.g., 英語)
の運用技能は効果的に上げることはできない
発表後の補足 1/2
✦ 実体性を感じていない状態とは
✦ 何かを伝える時に “話す” と “書く” 二つの選択肢があると,他の条件が同じならば “書く” 方を選ぶ
✦ こと
✦ これが該当するなら,話し手は自分の口頭表現が真実を伝えている気になれない
✦ これに対し,話しコトバに実体性を感じていると
✦ 他の条件が同じならば “話す” 方を選ぶ
✦ 理由
✦ 表記体系が複雑でない言語では話しコトバの方が書きコトバより伝達効率がいい
発表後の補足 2/2
✦ 予測
✦ 日本人が話しコトバを軽視しているならば,その合理的な帰結として,言語記憶が弱くなっている可能性がある
✦ 欧米人の学者が対話の内容を正確に記憶していて,必要に応じて復唱できるのにはしばしば驚ろかされる
✦ 間接的な証拠
✦ 少なくとも欧米人に較べて日本人は復唱能力が低い (原田康也氏の指摘)
✦ 政治家がちょっちゅう「言った」「言わない」論争をしているのは,日本人の言語記憶が弱いせい?
✦ 90年代日本でのFAX普及率の異様な高さは話しコトバへの “不信” の現われでは? (原田康也氏の示唆)
英語だけか? 3/3
✦ 極端なことを言えば
✦ 平均的な日本人は話しコトバへの “不信感” 故に,対話を
“軽視” (あるいは “蔑視”) している のでは?
✦ もっと言えば日本文化は対話を “蔑視” する文化なのでは?
✦ と思えることが少なくない
✦ 発展的な疑問
✦ これが英語教育の非効率性の下地になっているのではないか?
論点の整理 1/3
!✦ 日本人は (特に英語の運用に関して) 次の形で一方的な発信を強いられている
✦ 相手の英語が聞き取れないにもかかわらず,学会発表で一方的に話す訓練を強いられる
✦ 相手と英語で意見交換ができないのに,英語で論文を書いて発表することが求められる
✦ これらの下地は,日本人の口頭コミュニケーションの軽視では?
論点の整理 2/3
!✦ すこし大胆な一般化
✦ 自分の意見を一方的に述べて,相手の意見を考慮しない傾向は,日本人 (男性) のコミュニケーションの特性であるように思える
✦ 少なくとも
✦ この傾向は霞が関で日本の「設計」と「運営」をしている方々に顕著だが,市井の市民の態度もあまり変わらない
✦ いわゆる “オヤジ” は人の話を聞かない連中
非公式な観察 1/4
✦ 日本では大学で初めて口頭発表の機会をもつ学生が稀ではない
✦ 口頭発表とは,自分にとって身近でない,不特定多数の聞き手を相手に,自分の考えを表現すること
✦ 黒板に割当てられた問題の答えを書くのは口頭発表とは違う
✦ 更に,ここで言う口頭発表は,自分の考えを一方的に述べるだけでなく,発表中か後に聞き手と “やり取り” する手順も含むとする
✦ それ以前に,立場の異なる相手との対話技能をしっかり身につけていない学生は数多い
非公式な観察 3/4
✦ 事実の確認
✦ 日本の初等/中等/高等教育では
✦ 小学校以降,授業の典型は教師による “講義” 形式
✦ 学ぶ者と教える者が “対話” する状況に置かれるのは,大学の専門課程が最初
✦ 予測
✦ これなら日本人の大半が対話を不得意になっても当然??
非公式な観察 4/4
✦ 素朴な疑問
✦ なぜ高校までに対話技能の修得を促進しないのか??
✦ 派生的な疑問
✦ それぞれの家庭でやることだから,外的な教育機関が学びの機会を提供する努力は不要?
✦ 問題を少し整理しましょう...
公式教育と非公式教育 1/4
✦ 有用な区別
✦ 公式教育は公式制度 (formal institution) の一部
✦ 非公式教育は非公式制度 (informal institution) の一部
✦ 制度の(非)公式性の区別の詳細は Jaeger (1999) などを参照
✦ この区別の基にして言うと
✦ 対話技能の修得は (日本では) 公式教育が担当していない
✦ それは家庭や交友関係を通じた相互訓練という非公式教育に任されている
公式教育と非公式教育 2/4
✦ 私は大学入学後に所属サークルの仲間とやった
✦ 数々の議論と数々の卓上ゲーム (board games)
✦ 特に Diplomacy という交渉ゲーム
✦ から,対話技能に関して非常に多くのことを学んだ
✦ けれど大学の講義からは,実質的に何も学ばなかった
✦ 学部に進んでも,指導教官とのやり取りからは学ぶことがなかった
✦ 問い
✦ サークル仲間との相互訓練は,教育(制度)の一部か?
公式教育と非公式教育 4/4
✦ 先ほどの主張の通りだとすれば,次の発展的な問いかけが可能
✦ 日本で対話技能を獲得し損なう人の数が多いのは,その獲得機会は非公式教育でしか提供されないためではないか?
✦ その率は,公式教育に依存した度合いが高いほど高いのではないか?
✦ 更に
✦ これは,いわゆる “秀才” の方が対話能力と交渉能力に欠けることを説明するのではないか?
✦ 話を広げれば,これが霞が関のお役人に対話能力がない理由では?
交渉的対話✦ 論点の明確化
✦ 対話と言っても,問題なのは自分と意見と異なる,自分に好意的とは限らない相手と交渉的対話ができるかどうか
✦ 注意すべき点
✦ 誰でも自分の “仲間” との交渉は日常的にやっている
✦ だが,その種の対話術は自分に対して好意的でない人間とのやり取りには転用できない
蛇足: 非公式教育の重要性!
✦ 交渉的対話技能の獲得プロセスに限らず,私は自分が公式教育よりも非公式教育からより多くの恩恵を受けていることを確信している
✦ それから派生する (些か論争を呼ぶ) 論点
✦ 私が “独創的” だったり他の研究者より “創造的” だとすれば,それは
✦ 公式教育を幾つかの面で意識的に拒絶し
✦ それを補う非公式教育で運が良かった
✦ からなのかも知れない
お話したこと✦ 出発点
✦ 日本の英語教育は非実践的であり,非効率である
✦ 理由の追求
✦ 部分的には人文系バイアスが原因だが,根本的には日本人が口頭コミュニケーションを軽視していることが原因かも知れない
✦ 平均的な日本人に交渉力がないのは,非協調的な相手との対話力がないから
✦ 予想
✦ 公式の教育制度と非公式の教育制度の統合が必要だろう
参照文献✦ 黒田 航 (2009). 日本の英語教育における「人文系バイアス」とその望まれざる帰結:
理工系(のエリート育成)のための英語教育の必要性. URL: http://clsl.hi.h.kyoto-u.ac.jp/
~kkuroda/papers/english-education-for-science-elites.pdf
✦ 黒田 航 (in press a). 日本の英語教育から “人文系バイアス” を取り除け: 理工系の(エリート)学生育成のための英語教育に向けて. In 山本 昭夫 (Ed.), 「理工系英語教育を考える会」論文集. 早稲田大学情報教育研究所.
✦ 黒田 航 (in press b). 理工系の学生向けの英語の聞き取り訓練: 英語の授業で The
Feynman Lectures on Physics を仮想受講する.
In 山本 昭夫 (Ed.), 「理工系英語教育を考える会」論文集. 早稲田大学情報教育研究所
✦ 黒田 航, 風間 淳一, 村田 真樹 and 鳥澤 健太郎 (2010). Web文書にも対応できる日本語異表記の認定基準. In 言語処理学会第16回年次大会発表論文集, pp. 990–993.
✦ Timothy J. Yeager (1999). Institutions, Transition Economies, and Economic Development. Westview Press. [ティモシー. J. イェーガー:
新制度派経済学入門 (翻訳: 青木 繁), 東洋経済新報社, 2001.
対話の回避
✦ 問い
✦ 公式教育が対話技能修得をターゲットにしない理由は何か?
✦ ありそうな答え
✦ そういう技能の修得は個人的交友関係の中で起こることで,公式な教育制度が面倒を見る範囲にはない
✦ もっと現実に則した答え
✦ 対話技能修得をターゲットにすると,授業の効率化の障害になる
対話の回避✦ 日本の教育制度が体現する “教育観”
✦ 教育は教える者 (習熟者) から学ぶ者 (未熟者) への一方的な知識の伝達
✦ 教える者と学ぶ者の対話が成立するのは,質問に対する回答の場などに限られる
✦ 指摘したいこと
✦ 日本では公式教育のほとんどの場で一方的コミュニケーションが成立
一方向性の利点と不利点✦ 利点
✦ 知識の伝達の効率を最大化できる
✦ 異なる解答をもつ者の “意見の対立” の顕在化を避ける
✦ 取引き費用を下げる効果がある
✦ 不利点
✦ どんな誤解が起りえるのか,起こった誤解にどう対処するかを学ぶ機会を失う
✦ 特に対立意見の解決手段としての交渉術とその前提となる対話術を修得し損ねる
✦ 他人の誤りから学ぶ機会を失う
✦ 特に誤りをする人への理解や共感が形成されない
一方向性の副作用✦ 副作用
✦ 一方向的なコミュニケーションに過適応すると,そうでない場面でうまく対処できなくなる
✦ これが平均体な日本人が取引きを苦手とする理由だろうと私は思う
✦ 現実
✦ 自分と意見が違う人間とのやり取りを,大学に入って (更に極端な場合には大学卒業後に) 急に始める
✦ 交渉術の修得はもっと早く始めるべきだが,現状では早期化は難しい
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