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21 「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で ――地域秩序をめぐる競争と ASEAN の対応―― 庄司 智孝 <要旨> 本稿は、中国が主導する「一帯一路」構想と、日米が推進する「自由で開かれたイ ンド太平洋」のビジョンに関する、ASEAN の対応を比較考察した。ASEAN は域内の 連結性を強化する目的から、「一帯一路」構想を積極的に受け入れ、域内諸国では中国 の支援を受けた様々なインフラプロジェクトが進行している。「債務爆弾」に対する懸 念の高まりを背景に、マレーシアやミャンマーはいくつかのプロジェクトに関して中 国と再交渉し、中国も見直しに柔軟な姿勢を示した。現在、 ASEAN における「一帯一路」 の展開は、再び軌道に乗った感がある。一方「自由で開かれたインド太平洋」につい ASEAN は、特に米国の中国との対決姿勢に強い懸念を示している。ASEAN は独自 の「インド太平洋」概念を提示し、米国のイニシアチブを間接的に否定した。総じて、 ASEAN は「一帯一路」構想により具体的な将来性を見出しており、中国が地域秩序を 担う新たな時代の到来を予期している。 はじめに 現在、アジアのみならずグローバルな舞台において、米中の覇権争いが展開中である。 軍事や経済にまたがって多岐にわたる争いの中で、最も国際社会の耳目を集めている のが貿易戦争であり、また 5G など IT 覇権をめぐる争いであるが、より抽象的かつ広 義の地域秩序をめぐる競争も激化している。中国は近年、「一帯一路」構想を強力に推 進している。この構想は、中国から中央アジアを経て欧州に至る「シルクロード経済 ベルト」と、中国から東南アジアの海域、インド洋を経て地中海に至る「21 世紀の海 上シルクロード」を整備することにより、一帯の発展を目指す広域経済協力構想である。 同構想に基づき中国は、主として政府系金融機関による融資を通じ、地域各国のイン フラ開発を強力に支援している。これに対し日本や米国は、「自由で開かれたインド太

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で――地域秩序をめぐる競争と ASEANの対応――

庄司 智孝

<要旨>

本稿は、中国が主導する「一帯一路」構想と、日米が推進する「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンに関する、ASEANの対応を比較考察した。ASEANは域内の連結性を強化する目的から、「一帯一路」構想を積極的に受け入れ、域内諸国では中国の支援を受けた様々なインフラプロジェクトが進行している。「債務爆弾」に対する懸念の高まりを背景に、マレーシアやミャンマーはいくつかのプロジェクトに関して中国と再交渉し、中国も見直しに柔軟な姿勢を示した。現在、ASEANにおける「一帯一路」の展開は、再び軌道に乗った感がある。一方「自由で開かれたインド太平洋」について ASEANは、特に米国の中国との対決姿勢に強い懸念を示している。ASEANは独自の「インド太平洋」概念を提示し、米国のイニシアチブを間接的に否定した。総じて、ASEANは「一帯一路」構想により具体的な将来性を見出しており、中国が地域秩序を担う新たな時代の到来を予期している。

はじめに

現在、アジアのみならずグローバルな舞台において、米中の覇権争いが展開中である。軍事や経済にまたがって多岐にわたる争いの中で、最も国際社会の耳目を集めているのが貿易戦争であり、また 5Gなど IT覇権をめぐる争いであるが、より抽象的かつ広義の地域秩序をめぐる競争も激化している。中国は近年、「一帯一路」構想を強力に推進している。この構想は、中国から中央アジアを経て欧州に至る「シルクロード経済ベルト」と、中国から東南アジアの海域、インド洋を経て地中海に至る「21世紀の海上シルクロード」を整備することにより、一帯の発展を目指す広域経済協力構想である。同構想に基づき中国は、主として政府系金融機関による融資を通じ、地域各国のインフラ開発を強力に支援している。これに対し日本や米国は、「自由で開かれたインド太

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平洋」を提唱している。このビジョンは、アジアとアフリカをインド洋と太平洋で連結する観点から、自由貿易とインフラ整備を通じて一帯の経済発展を図る。またこの考えは、法の支配に基づく地域秩序や海洋における航行の自由を維持するため、地域諸国間の安全保障協力の推進を掲げる。「自由で開かれたインド太平洋」に関する日米の認識は必ずしも同一ではないが、法の支配や航行の自由の重視、地域の開発への関与といった基本的な考えは共有されている。競合する「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」という 2つの地域秩序構

想の双方において、地理的にも戦略的にも中心的な位置を占めるのが東南アジアである。東南アジアは、太平洋とインド洋の結節点であり、かつ南シナ海やマラッカ海峡など国際的に主要な海上交通路を擁する、地政学上重要な地域である。中国にとっての東南アジアは、同国と中東やアフリカ、果ては欧州までをつなぐ海上交通路の要衝であるのみならず、特に大陸部東南アジアは、中国南部に隣接する観点から、同国の安全保障上重要な意味を持つ。また「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンにおいて、日米はいずれも東南アジア諸国連合(ASEAN)の重要性を指摘しているが、これは、地政学上の重要性と同時に、力強く経済発展を続ける ASEAN諸国との協力が、ビジョンの実現にとって不可欠であるとの認識に基づいている。米中両大国はこうして、今後の地域秩序をめぐる覇権争いを演じているが、2つの地

域秩序構想のせめぎ合いの中で、ASEANはどのように対応し、インド太平洋地域でいかなる位置を占めようとしているのか。このような問題意識に基づき本稿は、「一帯一路」構想と「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンに関する ASEANの認識と対応を比較考察する。考察にあたっては、ASEANの対外政策にみられる大きな特徴の 1

つである「均衡」を軸に論じる。ASEANはこれまで、経済と安全保障の間の均衡を図り、自らの経済発展に資する目的で中国との経済協力を進めると同時に、南シナ海問題など中国をめぐる地域の安全保障課題に関しても、ASEAN諸国の戦略利益を守ることに努めてきた。一方、米中 2大国の間で ASEANは、どちらか一方を選択することを避け、対米関係と対中関係の均衡を求めた。特に、中国の軍事的台頭の観点からは、米国の安全保障面での関与を保ちつつ、中国を牽制する方法を追求してきた 1。本稿は、こうした分野や相手国に関する均衡の観点から、並び立つ 2つの地域秩序構想に対する ASEANの対応を探る。

1 防衛研究所編『中国安全保障レポート 2019 アジアの秩序をめぐる戦略とその波紋』23頁。

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で

1.「一帯一路」構想と ASEAN ――「ASEAN連結性」強化をめざして

中国の「一帯一路」構想に関する ASEANの認識を探るにあたって、まず「ASEAN

連結性」の概念を検討する。「ASEAN連結性」(ASEAN Connectivity)は、2015年末に発足した ASEAN共同体(ASEAN Community)構築の一環であり、より強靭で(resilient)うまくつながった(well-connected)ASEANになることを目指す。ASEAN連結性は、物理的(physical)、制度的(institutional)、「人と人との」(people-to-people)つながりからなり、ASEAN共同体の経済、政治安全保障、社会文化の支柱(pillars)の基礎となる 2。連結性強化の考えはこのように、2003年から ASEANが追求してきた共同体構築の事業と不可分であり、ASEAN共同体の発足後も、加盟国間のより緊密な協力を可能にするための継続的な取り組みとなっている。

ASEANは 2009年 10月、タイのフアヒンで行われた首脳会議において「ASEAN連結性に関する首脳声明」を発表し、連結性構想を初めて公式かつ包括的に表明した。同声明は、連結性の概念を提示しつつ、同概念に基づきソフト・ハード両面において様々な事業を進めるにあたっての基本方針を明らかにした。声明はまず、インド太平洋の中心に位置するという東南アジアの地政学的重要性に留意しつつ、連結性強化に資する方策として東南アジア域内を物理的につなぐ道路、鉄道、海空路といった輸送インフラの整備と各種輸送手段のネットワーク化の必要性を指摘した。その目的はまず、輸送インフラを整備することによって域内の貿易、投資、観光の開発を促し、特に“CLMV”と呼ばれるカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの ASEAN後発加盟

4か国の経済発展に寄与することである。これら 4か国と発足時加盟の 5か国(ブルネイを加えると 6か国)間にある経済格差、いわゆる「ASEANディバイド」を解消することが、ここでは連結性強化の主目的となっている 3。すなわち連結性強化の取り組みは、ASEAN共同体の 3つの支柱の 1つである ASEAN経済共同体(ASEAN Economic

Community, AEC)構築の一環として位置づけられた。首脳声明は、連結性強化がもたらす経済開発面での便益のほか、物理的その他のつ

ながりが、地域統合の促進や地域の一体感を醸成することへの期待感も示した。声明は、域内における人々の交流の促進にも触れ、人と人との接触の増加が ASEAN共同体の建設に資すると述べた 4。こうした議論は、連結性強化が ASEAN共同体の 3つの支柱のうち ASEAN社会文化共同体(ASEAN Socio-Cultural Community, ASCC)構築も促す

2 ASEAN, “Master Plan on ASEAN Connectivity 2025,” August 2016, pp. 3, 8.3 ASEAN, “ASEAN Leaders’ Statement on ASEAN Connectivity,” Cha-am Hua Hin, Thailand, October 24, 2009.4 Ibid.

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という考えに基づいていた。「ASEAN連結性に関する首脳声明」はほかに、連結性強化と対外関係との関連で、中国を含むASEAN対話国や国際援助機関からの支援を積極的に追求する考えを明らかにした。域外からの支援は特にインフラ整備を強調しており、そこでは技術支援もさることながら、とりわけ財政支援を強く期待する文言となっていた。ただ、支援を強く期待するアクターとして声明に明示されていたのは、アジア開発銀行(ADB)、国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)、ASEAN東アジア経済研究所(ERIA)であった 5。ADBや ERIAを名指ししていることは、それらの機関を主として担う日本の役割を特に重視し、期待する姿勢を示したといってよい。換言すれば、2009年当時、中国に対する期待は相対的にそれほど大きなものではなかった。

2009年のフアヒン声明に基づき、翌 2010年にハノイで行われた ASEAN首脳会議は「ASEAN連結性に関するマスタープラン」(ハノイ・マスタープラン)を発表した。同マスタープランは、インフラ整備(物理的連結性)、効率的な制度・メカニズム・手続き(制度的連結性)、人的交流の促進(人と人との連結性)という、2015年の共同体発足までに ASEANが達成すべき連結性強化の 3つの方向性を提示した 6。そのうち第 1の物理的連結性は輸送、情報通信技術(ICT)、エネルギーの 3分野から構成された 7。マスタープランは、上記 3分野のうち、輸送分野において特に推進すべき事業とし

て ASEAN高速道路ネットワーク(AHN)とシンガポール―昆明鉄道(SKRL)をあげた。いずれの事業についても広域にわたる「欠落したつながり」(missing link)が問題であり、例えば AHNにおいてはミャンマーの 230kmにおよぶ未開通部分や ASEAN各国総計5,300kmもの未整備道路を早急に開発することが課題であった。またSKRLに関して、特に大陸部の低開発国を中心に 4,100kmにおよぶ未開通部分があり、対話国や国際機関からの技術的・財政的支援を確保することが重要であるとの考えを示した。さらに港湾についても、ASEANはインドネシア、マレーシア、フィリピンといった地域の海洋国家を中心に 47の港湾を「汎 ASEAN輸送ネットワーク」における主要港に指定し、これらを重点的に整備する必要性を強調した 8。マスタープランはこうして、輸送を中心とし、情報通信技術とエネルギーの分野を

含めた「物理的連結性強化のための主要戦略」として、① AHNの完了、② SKRLの完了、③内陸部水路ネットワークの確立、④海洋輸送システムの確立、⑤ ASEANが東アジ

5 Ibid.6 ASEAN, “Mater Plan on ASEAN Connectivity,” Hanoi, October 28, 2010, p. i.7 Ibid., p. 2.8 Ibid., pp. 11-13.

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アのハブとなるための、統合され、シームレスかつ多様な輸送システムの確立、⑥各国における情報インフラの整備、⑦エネルギーインフラプロジェクト実施にあたっての制度的問題の解決、の 7つの優先課題を指定した 9。総じて「ハノイ・マスタープラン」において ASEANは、道路、鉄道、港湾の整備を重視し、そのための技術的・財政的支援を対話国から強く期待していたといえる。

ASEANは、2015年末に ASEAN共同体の設立を宣言した。共同体設立に先立つ同年11月、ASEAN首脳会議がクアラルンプールで開催され、加盟各国は設立後も共同体建設の取り組みを継続することで合意した。その際 ASEANは、2025年までの基本方針として「ASEAN共同体ビジョン 2025」を発表し、その中で特に経済共同体構築との関連で、連結性強化に引き続き取り組むことを言明した 10。ビジョンの基本方針を受け 2016年 8月、「ハノイ・マスタープラン」の改訂版として、連結性強化の今までの取り組みを総括するとともに今後の事業計画を策定した「ASEAN連結性に関するマスタープラン 2025」(新マスタープラン)が発表された。新たなマスタープランは、「ハノイ・マスタープラン」が提示した物理的・制度的・人と人との、という連結性の 3概念を維持しつつ、①持続性あるインフラ、②デジタル革新、③シームレスなロジスティクス、④規則の汎地域的な普及、⑤人的移動の活発化、という 5つの戦略領域を設定した 11。「持続性あるインフラ」の整備が冒頭に掲げられたことにより、道路、鉄道、港湾等物理的インフラの整備が最も優先順位の高い課題であることを新マスタープランは改めて示したといえよう。また具体的な事業計画の一環として同プランは、ASEAN加盟各国のインフラ需要に対応するためには毎年 1,100

億ドル以上の投資が域内で行われることが必要との試算を明記するとともに、そうした巨額の資金を調達するにあたり、域外国政府からの支援を含め、多様な手段を探る必要性を強調した 12。

9 Ibid., p. 38.10 ASEAN, “ASEAN Community Vision 2025,” Kuala Lumpur, November 21, 2015.11 ASEAN, “Master Plan on ASEAN Connectivity 2025,” pp. 9-10.12 Ibid., pp. 24, 43.

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2.「一帯一路」構想と ASEAN連結性の「連結」 ――連結性強化の文脈での積極的受容

前節で述べた通り、ASEANが推進する連結性の強化は、物理的インフラ整備を最優先課題として掲げていた。同時に、インフラ整備には巨額の資金が必要であり、その資金調達には域外国からの積極的な支援を前提としていた。この意味で、中国からの資金提供を含む支援によって各国・各地域のインフラ整備を推進する「一帯一路」構想は、ASEANにとって、連結性と「連結」する性質を本質的に有していたといえよう。このため ASEANは「一帯一路」が提唱された際、直ちにそれを歓迎し、積極的に受容する態度をとった。

ASEANは実際、「一帯一路」構想が中国によって正式に提起される前から、地域のインフラ整備に対する中国からの支援を期待していた。2009年 10月、ASEANが初めて連結性を定式化したフアヒン・サミットと同時期に開催された中 ASEAN首脳会議の議長声明は、中国からの協力(への期待)について「ASEAN首脳は、インフラ開発を促進する中国のイニシアチブを強く歓迎する」と述べ、投資協力に関する中 ASEAN

基金 100億ドルをはじめとする中国の対 ASEAN融資に言及した。また同声明は、メコン流域開発、特にミャンマーとカンボジアにおける高速道路建設と、シンガポール―昆明間の複線鉄道建設への中国の支援に強い期待を表明した 13。

2015年に中国が「一帯一路」構想を打ち上げた後、ASEANの基本姿勢はこれに積極的に参加することであった。2016年 9月にラオスの首都ビエンチャンで行われた中ASEAN首脳会議共同声明は次のように述べている。

我々は相互に利益をもたらす連結性の分野で協力を強化し続ける。特に「ASEAN連結性に関するマスタープラン 2025」にある能力構築と資源動員を通じ、同マスタープランと中国の「一帯一路」構想に明示された共通の優先課題を複合的に取り扱うことによって、両者間の連結性を改善する方策を探る。また国際金融機関の積極的な関与を促進する 14。

また同議長声明には次のようにある。

13 ASEAN, “Chairman’s Statement of the 12th ASEAN-China Summit,” Cha-am Hua Hin, Thailand, October 24, 2009.14 ASEAN, “Joint Statement of the 19th ASEAN-China Summit to Commemorate the25th Anniversary of ASEAN-China

Dialogue Relations: Towards a Closer ASEAN-China Strategic Partnership,” Vientiane, Lao PDR, September 7, 2016.

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で

ASEAN首脳は、「ASEAN連結性に関するマスタープラン 2025」実施への支援を通じ、ASEANと地域内の連結性強化を継続的に支援する中国に謝意を表する。我々はASEANと地域の連結性強化を推進するにあたり、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の積極的な関与と貢献を期待する。我々は ASEANと中国の連結性を強化する協力を探ると同時に、既存のメカニズムや投じられた資源を最大限に活用することを固く決意している 15。

こうして ASEANは、連結性と中国の「一帯一路」を明確に結びつけ、中国のイニシアチブの中で自らの事業計画を実現していく意向を明らかにした。中国のイニシアチブを受け入れる ASEANの姿勢は、アジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加にも表れていた。ASEANのすべての加盟国は、2015年末に中国主導で設立された AIIBに当初から参加し、その中には、当時南シナ海をめぐり中国と鋭く対立していたアキノ政権下のフィリピンも含まれていた。ASEANの姿勢は、中国の資金力が持つ抗いがたい魅力を示すものであった。

表1 ASEAN諸国のAIIB出資額と出資割合国名 出資額(億ドル) 出資割合(%)ブルネイ 0.52 0.054カンボジア 0.62 0.064インドネシア 33.6 3.48ラオス 0.43 0.045マレーシア 1.1 0.11ミャンマー 2.65 0.27フィリピン 9.8 1.01シンガポール 2.5 0.26タイ 14.3 1.48ベトナム 6.63 0.69中国 297.8 30.8

(出所)AIIBホームページ

ASEAN連結性と「一帯一路」構想の「連結」を背景に、ASEAN各国首脳は、2国間レベルで中国からの支援を積極的に受け入れる姿勢を示した。特に積極的であったのが、ナジブ・ラザク(Najib Razak)政権のマレーシアとフン・セン(Hun Sen)政権のカンボジアである。マレーシアのナジブ・ラザク首相は、2017年 5月に北京で行わ

15 ASEAN, “Chairman’s Statement of the 19th ASEAN-China Summit to Commemorate the25th Anniversary of ASEAN-China Dialogue Relations: Turning Vision into Reality for a Dynamic ASEAN Community,” Vientiane, Lao PDR, September 7, 2016.

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れた「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム参加時のインタビューで、中国の強調する「ウィン―ウィン協力」に賛意を示しつつ、中国・ラオス間の鉄道、インドネシアとタイの高速鉄道、そしてマレーシア東海岸鉄道(ECRL)といった「一帯一路」関連の鉄道建設プロジェクトを列挙し、これらを「流れを一気に変える(game-changing)インフラプロジェクト」として中国の支援を称賛した。特にECRLについては「ECRLは、マレーシアの低開発地域である東海岸の連結性と経済成長を促し、アフリカ、中東とアジアの物資の運搬に資する、コストと時間の両面において効率的な陸橋として機能するだろう」と述べ、強い期待を示した 16。ナジブ首相の発言は、ASEANにおいて「一帯一路」を強く支持する意見を代弁するものであった。カンボジア、ラオス、ミャンマーといった大陸部東南アジア諸国首脳も、「一帯一路」

構想への支持を次々と表明した。カンボジアのフン・セン首相は、同フォーラム出席前の記者会見で、中国が提唱する「一帯一路」構想はインフラ開発で途上国に希望を与えると述べる一方、ラオスのブンニャン・ヴォーラチット(Bounnhang Vorachith)国家主席は同フォーラムにおける演説で、「ラオス人民共和国は『一帯一路』構想の重要性を高く評価し、同戦略を支持する」と述べ、両国は中国のイニシアチブに対する支持を表明した 17。さらにミャンマーのアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)国家最高顧問も同フォーラムで習近平国家主席と会談し、「『一帯一路』構想は地域と世界に平和、和解、繁栄をもたらすであろう」と称賛した 18。

表2 第1回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム (2017年5月14-15日、北京)へのASEAN諸国首脳出席者一覧

カンボジア フン・セン首相インドネシア ジョコ・ウィドド大統領ラオス ブンニャン・ヴォーラチット国家主席マレーシア ナジブ・ラザク首相ミャンマー アウン・サン・スー・チー国家最高顧問フィリピン ロドリゴ・ドゥテルテ大統領シンガポール ローレンス・ウォン国家開発相タイ ドーン・ポラマットウィナイ外相他閣僚 4名ベトナム チャン・ダイ・クアン国家主席

(出所) “Belt and Road Attendees List,” The Diplomat, May 12, 2017.

16 South China Morning Post, May 12, 2017.17 CCTV.com, May 12, 2017, Ministry of Foreign Affairs of Lao PDR, “Statement by H.E. BounNhang VORACHITH, President

of the Lao People’s Democratic Republic at the Leaders Roundtable of the Belt and Road Forum,” May 15, 2017.18 Ministry of Foreign Affairs of the People’s Republic of China, “Xi Jinping Meets with State Counselor Aung San Suu Kyi of

Myanmar,” May 16, 2017.

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で

ASEANにおける「一帯一路」の展開には、次の 3点の特徴がある。第 1に、地域にまたがって鉄道建設や港湾開発といった大型プロジェクトが多数、同時進行している点である。鉄道建設の例としては、前述の通り中国雲南省昆明とラオスの首都ビエンチャンを結ぶ高速鉄道、タイの首都バンコクと東北部の都市ナコンラチャシマを結ぶ高速鉄道があり、これらは現在計画段階にあるラオスとタイを結ぶ路線や、マレーシアとシンガポールを結ぶ高速鉄道と共に、ゆくゆくは中国南部からシンガポールまで縦貫する一大鉄道路線となる壮大な計画である。また各国内の鉄道プロジェクトとしては、マレーシアの ECRL、カンボジアのプノンペン―シアヌークビル間の高速鉄道、インドネシアのジャカルタ―バンドン間の高速鉄道がある。港湾開発の例としては、カンボジアのコーコンやシアヌークビル、ミャンマーのチャウピュー、マレーシアのクアンタンやマラッカがある。このように「一帯一路」関連プロジェクトの実施状況は、ASEAN連結性が鉄道や港湾のインフラ開発を重視する方針と合致している。「一帯一路」構想と ASEAN連結性の「連結」は、ASEANと中国の協力関係を一層緊密化する機会となった。第 2に、プロジェクトの多様性と複合性である。上記大型プロジェクトのほか、一

般道路や発電所の建設といった比較的小規模なインフラも多数、各国で計画され、その一部は建設中である。また鉄道建設や港湾開発とセットでの経済特区の開発、カジノ、ホテル、住宅の一体的なリゾート開発、スマートシティ計画など、複合的な総合開発プロジェクトも多数進行中である。第 3の特徴として、「一帯一路」構想の東南アジアにおける展開の偏在性がある。「一

帯一路」関連プロジェクトは、ASEAN 10カ国でまんべんなく行われたわけではなく、マレーシア、カンボジア、ラオス、ミャンマーといった特定の国々に集中していた。こうした偏在ぶりは、中国が大陸部東南アジア諸国との協力を重視する傾向を示す一方、例えばマレーシアのナジブ・ラザク首相や、カンボジアのフン・セン首相といった、特定の国々の為政者と中国との良好な関係を反映するものでもあった。ただ、インドネシアやフィリピンといった海洋部諸国も「一帯一路」構想に無関心

であったわけではない。これらの国々も、協力を積極的に進める国々同様、中国からの支援に大きな関心を寄せていた。そうした姿勢は、第 1回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムに、ジョコ・ウィドド(Joko Widodo)大統領やロドリゴ・ドゥテルテ(Rodrigo Duterte)大統領といった各国の最高指導者が出席したことにも表れていた。先進国シンガポールは、自国のインフラ開発に中国からの支援を特段必要とはしていないが、「一帯一路」構想に莫大なビジネスチャンスを見出していた。実際、中国は国際的な金融センターであるシンガポールを大いに活用していた。シンガポールの国

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防衛研究所紀要第 22 巻第 2号(2020 年 1 月)

際政治学者アラン・チョン(Alan Chong)によると、中国の対外投資の 3分の 1はシンガポールを経由しており、特に ASEANにおける「一帯一路」関連の融資の 3分の 2は、シンガポールにある金融機関が関与していた 19。中国は、シンガポールを通じて「一帯一路」の融資を実施することにより、融資の国際的な信用度を高め、「一帯一路」構想自体の信頼度も高める効果を期待した。ベトナムは、ASEANの他の国々同様、「一帯一路」を支持し、構想への参加を表明

している。ただ、他の国々と異なりベトナムは、中国の財政支援を受けて大規模なインフラ開発プロジェクトを具体的に実施することには、きわめて慎重な姿勢を貫いている。南シナ海における中国との緊張が続く中、特に 2014年のオイルリグ事案によってベトナムの中国に対する政治的信頼が著しく低下して以後、ベトナムは中国に対する経済的依存が深まることに一層警戒的となった。そのためベトナムは、自国のインフラ整備支援に対する他国からの支援に関し、中国への依存度が高まることがないよう、日本をはじめとする他の選択肢を重視している。ここには、特に南シナ海においてベトナムの戦略利益を損ねることがないよう、中国に対する政治的・外交的レバレッジを確保しようとするねらいがある 20。

表3 「一帯一路」関連大規模インフラプロジェクトの例

カンボジアコーコン港開発シアヌークビル港周辺開発プノンペン―シアヌークビル高速道路

インドネシア ジャカルタ―バンドン高速鉄道ラオス ビエンチャン―ボーテン高速鉄道

マレーシア東海岸鉄道(クランタン―クアンタン―クラン)クアンタン港開発マラッカ・ゲートウェイ

ミャンマー チャウピュー港開発

(出所)各種資料より筆者作成。

19 Alan Chong, “Singapore Engages China’s Belt and Road Initiative: The Pitfalls and Promises of Soft Strategies,” presentation paper for NIDS ASEAN Workshop, February 27, 2019, pp. 10-11.

20 Le Hong Hiep, “The Belt and Road Initiative in Vietnam: Challenges and Prospects,” Perspective (ISEAS Yusof Ishak Institute, Singapore) March 29, 2018, pp. 3-4.

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で

図1 ASEANにおける「一帯一路」構想の展開

3.「一帯一路」の戦略的含意 ――中国海軍基地建設疑惑

「一帯一路」構想については、インフラ開発を中心とする経済協力に加え、中国の「隠れた意図」が取り沙汰されてきた。その意図とは、中国がインフラ開発支援の名目で各国の港湾を整備し、その一部について排他的な使用権を獲得し、そうした港湾が将来的には人民解放軍の海軍基地となり、中国海軍の世界展開の一助となる、という疑惑である。疑惑の代表例は、パキスタンのグワダルであり、同様にスリランカのハンバントタや南太平洋のバヌアツにも疑惑の目が向けられた。南アジアや太平洋島嶼国については、米国の関係者をはじめ、インドや豪州の専門家も、「一帯一路」における中国の隠れた意図を強く疑ってきた。東南アジアにおいても、米国は中国の動向、特に南シナ海における島嶼の軍事化を

はじめとする軍事プレゼンスの増大と、「一帯一路」構想に代表される経済的影響力の拡大が結びつき、中国の包括的な影響力が地域で支配的となり、米国が主導してきた地域秩序を脅かしかねないとの強い懸念を抱いてきた。こうした懸念を背景に、カンボジアのコーコンが「疑惑」の対象として浮上した。コーコン州では「一帯一路」関連プロジェクトとして大規模な深水港の建設が計画されており、これが中国海軍の基

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防衛研究所紀要第 22 巻第 2号(2020 年 1 月)

地に転用されるのではないかとの懸念が持ち上がった。2018年 11月 15日付の『アジア・タイムズ』は、ASEAN関連会合とアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議に参加するためシンガポールとパプアニューギニアを訪問するマイク・ペンス(Mike Pence)米副大統領が、いずれかの会合でこの問題を提起する可能性がある、と報じた 21。実際は、会議の場での問題提起はなかったようであるが、ASEAN関連会合出席後のシンガポールからの帰途において、カンボジアのフン・セン首相はペンス副大統領からの手紙を受け取り、そこには疑惑に対する米国の懸念が表明されていたという 22。米国の懸念に対しフン・セン首相は、憲法上の規定もあり、カンボジアに外国軍の

基地を置くことはないと述べ、疑惑を完全否定した 23。またカンボジア政府関係者は疑惑を、米国がカンボジアを牽制するために仕掛けた「心理戦」であり、事実無根であると断じた 24。カンボジア現地でも、コーコンに中国が海軍基地を置くのではないかとの噂はあるが、真相は明らかではない。カンボジア、そして中国側が繰り返し否定しているにもかかわらず、米国の疑念は

全く払しょくされていない。米国はコーコンに加え、今度は、カンボジアのシアヌークビルにあるリアム海軍基地にも疑惑の目を向けるようになった。『ウォール・ストリート・ジャーナル』の報道によると、カンボジアは中国との間で、同国に対してリアム海軍基地を 30年間貸し出す秘密協定を締結したという 25。米国防総省のジョゼフ・フェルター(Joseph Felter)国防次官補(南アジア・東南アジア担当)はカンボジアのテ・バイン(Tea Banh)国防相に対し、手紙で米国の懸念を伝達したが、テ・バイン国防相は疑惑を否定した 26。このように「中国海軍基地建設疑惑」が浮上する条件を、他のケースとの比較で抽

出すると、①「一帯一路」構想の一環として、中国の支援を受けて港湾開発が行われている、②開発の行われている国と中国との 2国間関係が、当該国家の政治首脳と中国政治指導部との個人的関係を含め、極めて良好である(逆に米国との関係はあまり良好ではない)、③融資や開発規模が経済合理性に照らし合わせて過大である、④中国、特に想定される中国海軍の将来的な世界展開にとって、戦略的に重要な地点である、といった点があげられよう。上記の 4つの条件を念頭に、改めてカンボジア基地疑惑を検討してみると、①と②

21 Asia Times, November 15, 2018.22 ANN Asia News Network, December 11, 2018.23 Khmer Times, November 20, 2018.24 The Phnom Penh Post, November 26, 2018.25 The Wall Street Journal, July 22, 2019.26 Nikkei Asian Review, July 1, 2019.

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で

の条件は適合する。③については、2017年までに中国の対カンボジア直接投資は約 130

億ドルに達し、その相当部分はコーコンとシアヌークビルの開発に向けられている。近接する 2つの地域で同時に大規模開発を行うことは、経済合理性の点から疑問なしとはいえない。問題は④であろう。コーコ

ンのダラ・サコール港は大規模な港湾として開発され、中国海軍艦艇が寄港し、兵站支援を受けるのに十分な設備を備えうると考えられている。確かに、カンボジアの海岸は南シナ海に近接しており、中国による南シナ海のコントロール強化、という戦略目的が浮かび上がる。しかし、コーコンやリアムは南シナ海に近接しているものの、面してはいない。中国が南シナ海における島嶼の軍事化を進め、同海域のコントロールを強化しようとしている折、カンボジアに新たに海軍基地を持つことが戦略的に必要かどうかは、検討の余地がある。またコーコンやリアムは、中国のいわゆる「マラッカ・ジレンマ」を解決する位置

にもない。もし、中国の支援によってタイの半島部を横断する運河が開発された暁には、「マラッカ・ジレンマ」は解消し、中国海軍がカンボジアに拠点を持つことの戦略的意味が飛躍的に高まるという議論がある 27。しかし現時点では、莫大なコストが想定される運河開発が現実味を帯びる可能性は低いと考えられている。総じて、中国が戦略的な選択肢の 1つとしてカンボジアに恒久的な基地を持つことは意味を持ちうるが、戦略的に必須の地とは言い難く、基地の維持管理に莫大なコストがかかり(カンボジアにコストを負担する財政能力はない)、他関係国(特に米国やベトナム)の激しい反発を招く選択肢でもある。また基地ができることにより、カンボジアと米国やベトナム、そしてタイとの関係も悪化する可能性がある 28。中長期的

27 Devin Thorne and Ben Spevack, “Harbored Ambitions: How China’s Port Investments Are Strategically Reshaping the Indo-Pacifi c,” C4ADS, 2017, p. 61.

28 South China Morning Post, January 13, 2019.

図2 コーコンとシアヌークビル

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防衛研究所紀要第 22 巻第 2号(2020 年 1 月)

な中国(海軍)の展開に注意する必要はあるものの、現状ではカンボジアにおける中国海軍基地建設の可能性は必ずしも高くはなく、例えば開発された港湾は軍民両用として活用され、中国海軍艦艇の寄港がより頻繁になる、という可能性は考えられよう。ただ近年の米中対立の激化によって、中国海軍の海外展開がより早期に本格化する、特に南シナ海近辺において行動が活発化する可能性は否定できない。その際には、カンボジアの戦略的重要性は急速に高まるであろう。

4.「一帯一路」関連プロジェクトの見直しと ASEANの再適応

ASEANは「一帯一路」構想に積極的に参加してきたが、2018年には積極姿勢の「揺り戻し」ともいえる政策の変化がいくつかの国で起こった。各国の政策に影響を与えた最大の要因の 1つは、スリランカのハンバントタ港が、債務の返済に行き詰ったことが原因で、99年という超長期リース契約に基づき中国の管理下に入ったことである。スリランカの例を目の当たりにし、ASEAN各国は「一帯一路」構想と自国の領土主権を結び付けて考えるようになり、「債務爆弾」への恐怖から、関連プロジェクトの採算性と債務の返済可能性を見直すようになった。その代表例がマレーシアである。ナジブ政権時代のマレーシアは、中国との間で

ECRLをはじめとする様々な大型インフラ開発プロジェクトに合意し、その中には採算性を疑問視される事業が含まれていたが、ナジブ首相は「問題ない」と繰り返し言明していた。2018年 5月の総選挙の結果、マレーシア史上初の政権交代が起こり、マハティール・モハマド(Mahathir Mohamad)首相が 2003年の引退以来の再登板を果たした。マハティール首相は、財政再建を含む前政権の「負の遺産」の清算を政策の優先課題に掲げ、「一帯一路」関連プロジェクトの見直しに着手した。見直しの優先課題は、ECRLであった。就任直後のマハティール首相は、ECRLにつ

いては中国と再交渉し、クアラルンプール―シンガポール間の高速鉄道はプロジェクト自体をとりやめる意向を示した。2018年 8月、マハティールは訪中し、習近平国家主席や李克強首相と会談した。会談においてマハティールは、ECRLを含むいくつかのプロジェクトを中止する旨中国側に伝達した 29。

2019年 1月 7日付の『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、ナジブ前首相の汚職疑惑と「一帯一路」構想との関係を報じた。同記事によると、前首相が私的に資金

29 New Straits Times, August 21, 2018.

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で

を流用し、資金洗浄にも使っていたと疑われる国営投資会社 1MDBが経営難に陥った際、中国が救済を申し出た。その見返りとしてマレーシア政府は、中国の国営企業との間で多数のインフラ建設プロジェクトを契約することを申し出た。その後マレーシアは、中国の金融機関が融資して中国人労働者が建設する、総額 340億ドルに上る鉄道やパイプラインの建設プロジェクトを契約したとのことである 30。2019年 1月下旬、マレーシア政府は ECRLに関する中国交通建設公司との契約を破棄し、新たな建設業者を募集することを決定した 31。その後、ECRLをめぐるマレーシアと中国の再交渉は、前者に大幅に有利な形で妥

結した。2019年 4月、マハティール首相は中国との間で合意した新たな計画を発表した。発表によると、当初計画に比べて総コストは約 3分の 1削減され、マレーシア政府の債務も削減された。さらに中国側は、マレーシアからパーム油を輸入することについても、マレーシア側に有利な取り計らいをすることを約束したという 32。ECRLをめぐる再交渉は国際社会に対し、マハティールの外交巧者ぶりとともに、中国が「一帯一路」構想に対する関係各国の懸念を解消し、構想への参加を維持するために、非常に柔軟に対応する用意があることを示した。マレーシアに影響を受けたかは定かではないが、ミャンマーでも同様の動きが起こっ

た。ミャンマー政府も、チャウピュー港の開発に関わる事業費が高すぎるとの懸念から、中国と再交渉した。結果、2018年 11月にミャンマー政府と中国中信集団をはじめとする企業連合との間で基本合意書が署名された。2015年に合意された当初の計画では総工費は 72億ドルで、第 1期計画は 16億ドルであったが、今回は事業を全 4期とし、1

期ごとに採算性を確認する形式に改められた。また第 1期の総工費は 13億ドルと見積もられており、中国側の出資比率も 85%から 70%に下げられた 33。マレーシアやミャンマーの再交渉を背景に当時、インドネシアのジャカルタ―バンドン高速鉄道事業の工期の大幅な遅れや、タイの鉄道事業における融資交渉の難航など、ASEANの「一帯一路」関連プロジェクトに関するさまざまな問題点がクローズアップされた。ただこうした「一帯一路」関連事業の見直しや問題点の提起は、あくまで採算性や負債の返済可能性に基づく事業の再検討、場合によっては再交渉を意味し、中国との経済協力自体の縮小を意味するものではなかった。実際、マレーシア新政権による「一帯一路」関連プロジェクトの見直しが注目され、

30 The Wall Street Journal, January 7, 2018.31 The Straits Times, January 23, 2019.32 Channelnewsasia, April 15, 2019.33 『毎日新聞』2019年 11月 8日、Irrawaddy, November 9, 2018.

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イニシアチブの後退が取り沙汰される一方、他の ASEAN加盟国との間で中国は、関連プロジェクトを着実に進めた。ASEANにおけるプロジェクトのなかで最も順調な事業の 1つが、ラオスの鉄道建設である。同事業は中国の昆明とラオスの首都ビエンチャンを高速鉄道で結ぶ計画であり、今回の建設事業は全長 420kmに及ぶ。工事は 2021年の開通を目指して 2016年に着工し、2018年 12月の時点では、ラオスとの国境地帯にある、中国雲南省のシーサンパンナ・タイ族自治州における一連のトンネル工事が完成した 34。鉄道建設にかかる総工費は約 58億ドルと見積もられており、ラオスの GDP

の半分近くになる。ただ、トンルン・シースリット(Thongloun Sisoulith)首相は東京で開催された国際会議において、「ラオスの負担割合は総工費の 5分の 1程度であり、ラオスは自らの債務負担に関して特に懸念していない」と発言し、ラオスが負うであろう債務は「爆弾」にならないと楽観的な見通しを示した 35。インドネシアも、ジャカルタ―バンドン間の鉄道建設のほか、総額 600億ドルに及ぶ各種インフラプロジェクトに関し、「一帯一路」の一環としての契約を中国企業に持ちかけている 36。また 2018年 9月、ミャンマーと中国は中緬経済回廊(CMEC)建設に関する覚書に調印した。同回廊は昆明からミャンマーの中核都市であるマンダレー、ヤンゴンを経てチャウピュー港に至る 1,700kmに及び、両国はインフラから農業、金融に至るまで様々な協力分野を想定している 37。CMECの一環として、中国との国境地帯に経済特区の建設が計画されているほか、新たな鉄道建設プロジェクトに関する協議も始まった。ECRLで中国と妥結したマレーシアも、一転して「一帯一路」構想への参加に再び意欲を示すようになった。マハティールは中国によるマレーシアの都市開発を再開したほか、ファーウェイの 5G技術の導入にも積極的である 38。このほか中国との協力を推進するフィリピンのドゥテルテ政権も、「一帯一路」構想

への積極的参加を表明し、習近平国家主席がフィリピンを訪問した際、両国は様々な経済協力協定に調印した。ドゥテルテ政権は現在、「Build, Build, Build政策」(BBB政策)と呼ばれる大規模なインフラ整備計画を推進中である。この政策は、高速道路、橋梁、鉄道、空港といった交通インフラを整備することにより、フィリピン全土でバランスのとれた雇用と経済成長を実現し、貧困問題の解決に資することを目的とする。インフラ整備計画の総額は 1,800億ドルにも上り、これは当然国内資金で賄えるものではな

34 Xinhuanet, December 1, 2018.35 Nikkei Report, June 21, 2018.36 The Straits Times, December 6, 2018.37 Tridivesh Singh Maini, “China and Myanmar: The Limits of the Belt and Road?” Future Directions International, October 17,

2018.38 The ASEAN Post, April 20, 2019.

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で

く、他国からの支援を前提としている 39。その相手国の1つは明らかに中国である。実際、2019年 4月に北京で行われた第 2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムへの出席の際、習近平国家主席と李克強首相双方と個別会談を行ったドゥテルテ大統領は、投資の面から BBB政策を支援することについて中国からの同意を取り付けた 40。またドゥテルテ訪中の際に両国は、エネルギー開発、インフラ整備、食品生産、通信等に関し、総計 120億ドルに達する商取引に合意した 41。さらに同年 6月、中国電力建設集団有限公司は「一帯一路」に関連し、電力開発のほか鉄道、高速道路など 11の開発プロジェクトに計 30億ドルを投資する計画を表明した 42。こうして「一帯一路」構想の ASEANにおける展開は、再び軌道に乗った感がある。

2019年 4月に開催された第 2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムには第 1

回同様、ASEAN諸国からほぼすべての政治首脳が参加した。参加者名簿を単純に比較するだけでも、第 1回会議に比べて各国首脳の参加度は高まっており、これは ASEAN

にとっての「一帯一路」構想の重要性を端的に示している。中国側も事業の透明性を重視する姿勢を示すなど、「一帯一路」構想への関係国の支持をつなぎとめようとしている。より洗練された支援スキームに変化する可能性のある「一帯一路」構想は、ASEAN連結性の観点からも、ASEAN・中国関係の強化に寄与している。

39 伊藤裕子「フィリピン・ドゥテルテ政権の『国家安全保障戦略 2018』と対中認識」『China Report』Vol. 36(日本国際問題研究所、2019年 3月 31日)。

40 Manila Bulletin, April 29, 2019.41 Manila Standard, April 27, 2019.42 Philippine News Agency, June 22, 2019.

表4 第2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム (2019年4月25-27日、北京)へのASEAN諸国首脳出席者一覧

ブルネイ ハサナル・ボルキア国王カンボジア フン・セン首相インドネシア ユスフ・カラ副大統領ラオス ブンニャン・ヴォーラチット国家主席マレーシア マハティール・モハマド首相ミャンマー アウン・サン・スー・チー国家最高顧問フィリピン ロドリゴ・ドゥテルテ大統領シンガポール リー・シェンロン首相タイ プラユット・ジャンオーチャー首相ベトナム グエン・スアン・フック首相

(出所)“Second Belt and Road Forum Top-level Attendees,” The Diplomat, April 27, 2019

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5.「自由で開かれたインド太平洋」と ASEAN

日本が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」は、インド太平洋を介してアジアとアフリカの連結性を向上させ、地域全体の安定と繁栄を促進することを目的とし、法の支配の定着、経済的繁栄の追求、平和と安定の確保、の 3本柱からなる 43。「自由で開かれたインド太平洋」の主眼の 1つはインフラ開発支援であり、安倍首相は 2018

年 6月、地域のインフラ整備を目的として 500億ドルの投融資枠組みを設立する計画を表明した 44。日本は ASEAN各国に対し、「自由で開かれたインド太平洋」への支持取り付けのため活発な外交活動を展開している。外務省の発表資料によると、ASEANの国々の反応をざっと列挙すると次のようになっている。

・ ブルネイ:「歓迎」(2018年 7月外相会談)・ カンボジア:「歓迎し、支持」(2017年 8月首脳会談)・ インドネシア:「インドネシアが議長を務める環インド洋機構(IORA)とも連携していきたい」(2017年 1月首脳会談)

・ ラオス:「日本のリーダーシップは重要なものであり、ラオスも ASEAN内での議論に積極的に参加していきたい」(2018年 6月首脳会談)

・ マレーシア:「対立や緊張は望ましくなく、航行の自由を確保することが重要」(2018

年 6月首脳会談)・ ミャンマー:「日本の支援に感謝する、日本の様々な支援はミャンマーの国づくりにとって重要」(2017年 12月安倍首相とティン・チョウ大統領との会談)

・ フィリピン:「連携を強化」(2019年 5月首脳会談)・ タイ:「支持」(2017年 11月外相会談)・ ベトナム:「地域と世界の平和、安定及び繁栄に貢献する日本のイニシアチブを支持」(2017年 6月首脳会談)

ASEAN諸国は基本的に、「自由で開かれたインド太平洋」にある連結性の向上と経済発展の側面に賛意を示している。その中で一部、明確な賛意の言質を与えることを回避するものや、支持を正面から明確にしない場合があり、ASEANの慎重姿勢が見え隠れする。またシンガポールは、『ストレーツ・タイムズ』紙のインタビューで河野外

43 外務省「自由で開かれたインド太平洋に向けて」2019年 1月。44 『日本経済新聞』2018年 6月 11日。

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で

相が明らかにしたように、「これまでのところ、自由で開かれたインド太平洋戦略には完全には賛同して」いない 45。米国は日本の考えに賛意を示しつつ、独自のインド太平洋戦略を練り上げていった。

2018年 10月にシンガポールで行われた米 ASEAN首脳会議においてマイク・ペンス副大統領は、米国の意思として「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンを実現し、同ビジョンの推進にあたっては繁栄、安全保障、原則の共有に焦点を当てると言明した。ペンス演説は ASEANに関し、米国はコントロールではなく協力を求め、ASEANは「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンの実現にとって中心的な存在であり、欠くことのできない戦略的パートナーであると強調した。一方でペンス副大統領は演説において「インド太平洋において帝国や侵略に場所はない」「インド太平洋ビジョンはいかなる国も排除しないが、いかなる国も隣国に敬意を払い、他国の主権と国際秩序に関するルールを尊重することを求められる」と述べ、中国の南シナ海における活動を暗に批判した。また米国は東南アジアにおけるデジタルインフラ投資を活発化させると述べ、デジタル分野での中国の進出に警戒感を示した 46。米国は、ASEANをはじめとする各地域へのインフラ開発支援のための制度整備にも

乗り出した。2018年 10月、米政府は「発展へとつながる投資のよりよい活用」法(Better

Utilization of Investment Leading to Development, BUILD Act)を成立させた。同法によって、米政府の開発金融機関である海外個人投資会社(OPIC)と国際開発庁(USAID)を統括する国際開発金融会社(DFC)が設立され、米政府が主導し、より戦略的かつ効率的な私企業による投資を可能とする。米国は、各地域のインフラ整備支援にあたって、日本や豪州との協力を視野に入れている 47。では、日米から指名を受け、協力が期待されている ASEAN側の反応はどのような

ものであろうか。ASEANは基本的に、台頭する中国とのバランスをとる観点から、地域に対する日米の積極的な関与を望んでいる。この意味で「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」が競合することは、ASEANが追求する大国間の関係において均衡を追求するやり方にかなうものである。しかし ASEANは以前から、米国のインド太平洋戦略に懸念を抱いてきた。懸念の

要因は第 1に、米国が戦略を練り上げるプロセスにおいて次第に明確な輪郭をともなってきた、中国との対決姿勢である。ASEANは確かに、地域安全保障における米国の

45 外務省「ストレーツ・タイムズ紙(シンガポール)による河野外務大臣インタビュー(2018年 7月 27日付)」2018年 7月 31日。

46 The White House, “Remarks by Vice President Pence at the 6th U.S.-ASEAN Summit,” November 14, 2018.47 OPIC, “A New Era in U.S. Development Finance,” https://www.opic.gov/build-act/overview .

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防衛研究所紀要第 22 巻第 2号(2020 年 1 月)

絶対的な力を必要とし、特に南シナ海での中国の影響力拡大に際しては、米国の関与に頼ってきた。しかし一方で ASEANは、中国の推進する「一帯一路」に深く関わり、今や特に経済的に、中国は ASEANにとって不可欠のパートナーとなっている。そのため ASEANは、中国との対決に際して米国側につくよう求められると、米中いずれかの側に立つことはできないというジレンマに陥る。

ASEANは「自由で開かれたインド太平洋」と日米豪印 4カ国の安全保障協力(Quadrilateral Security Dialogue, QUAD)を関連付ける傾向にある。「自由で開かれたインド太平洋」の目標は中国封じ込めではなく、中国の拡大するパワーがルールに基づく秩序に挑戦し、それを包囲し、無視するために使われることがないよう力を合わせ、究極的には中国や他の国々を既存のルールや原則に従うよう促すことである 48。しかし、中国側の警戒感も相まって、ASEANも QUADに代表される安全保障協力枠組みを「自由で開かれたインド太平洋」の一環ととらえ、それが中国封じ込めの目的を持つのではなないかという警戒感を持っている。これは ASEANにとって、対外関係の均衡という行動原則からの逸脱を意味する。第 2に、ASEANの中心性と一体性が損なわれる恐れである。米国は同盟国との協力

を重視しており、ASEANは中心的役割を担う立場にない。従来「アジア太平洋」を中核的な地域概念として、自らが中心となって安全保障や経済の様々な多国間協力枠組みを発展させてきたと自負する ASEANにとって、インド太平洋戦略は地域における自らの役割を低下させかねないものと映る。また「インド太平洋」という地域概念は、価値観の共有の側面を併せ持っている。もしインド太平洋戦略に加わる国々は、戦略が掲げる価値観の共有を必要とするならば、ASEANの加盟国すべての参加は必ずしも自明ではない。この場合、ASEANの一体性と、一体性が保障されることによってはじめて可能となる ASEANの中心性が担保される保障はない。「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンに対する ASEANの対応には当初、3つの態様があった。第 1に、独自案の提示である。インドネシアは、2018年 4月にシンガポールで行われた ASEAN非公式首脳会議において、「自由で開かれたインド太平洋」とは異なる独自の「インド太平洋協力」戦略を打ち出した。その基本原則は①包括的、透明性があり、総合的な枠組みの設立、②地域のすべての国々にとって長期的に利益となる、③平和、安定、繁栄を維持するためインド太平洋諸国の共同の取り組みに基づく、④国際法と ASEAN中心性の尊重、の 4点である。こうしてインドネシアは日

48 John Lee, “The ‘Free and Open Indo-Pacific’ and Implications for ASEAN,” Trends in Southeast Asia, No. 13 (ISEAS Yusof Ishak Institute), 2018, pp. 3-5.

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「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で

米が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」と台頭する中国の間の「第 3の道」を模索する姿勢を示した 49。第 2に、ASEANの反応を受けた日米の再検討待ちである。2018年の ASEAN議長国であるシンガポールのリー・シェンロン首相は、「自由で開かれたインド太平洋」は進化の過程にあり、「我々は、最終的な産物が、すべての国が平和的かつ建設的な方法で相互に関与する、包括的で開かれた地域アーキテクチャとなることを望んでおり、互いに敵対するブロックが形成され、各国がどちらかの側につかなければならないような状態となることを望んでいない」と述べ、「自由で開かれたインド太平洋」が ASEANの希望を汲む形で変化するよう望んでいることを明らかにした 50。日米もASEANの慎重姿勢を認識しており、例えば 2018年 8月の一連の ASEAN会合の場でポンペオ国務長官と河野外相はそろって、「自由で開かれたインド太平洋」におけるASEANとの協力の重要性と、ASEAN中心性の保障を強調した 51。第 3に、ASEANでの立場表明である。2018年 8月の ASEAN外相会議の共同声明は

「我々は、ASEANの域外パートナーから我々の地域の協力を深めるための新たなイニシアチブ、例えば『インド太平洋』『一帯一路』『質の高いインフラのための拡大パートナーシップ』に関する概念や戦略を議論した。我々は ASEAN中心性、特に平和と安定の促進、我々の地域における貿易・投資・連結性の深化に関して互恵的な協力を探り、これらのイニシアチブとのシナジーを創出することで合意した。我々は開放的で透明性があり、包括的でルールに基づく ASEAN中心の地域アーキテクチャを強化する必要性を再確認した」52と言明し、「自由で開かれたインド太平洋」、特にインフラ整備と経済協力の側面での協力に関心を示した。それに加え同声明は、「我々はインドネシアのインド太平洋概念に関するブリーフィングに留意した。我々は、ASEAN中心性、開放性、透明性、包括性、ルールに基づくアプローチ、を包含し、相互の信頼、敬意、利益に貢献するインド太平洋概念に関するさらなる議論に期待している」と言及し、インドネシアのイニシアチブに基づきASEANで議論を進める、という意思を表明した 53。このように ASEANは当時、日米のイニシアチブを正面から扱うことは回避し、イ

ンドネシアのイニシアチブに基づき ASEANで議論を進める、という意思表明にとどまった。こうした言説の背景には、インド太平洋ビジョンは安全保障偏重ではないか、

49 Vibhanshu Shekhar, “Is Indonesia’s ‘Indo-Pacific Cooperation’ Strategy a Weak Play?” PacNet#47, July 17, 2018.50 “Responses by Prime Minister Lee Hsien Loong to Questions from Australian Media.”51 The Straits Times, August 4, 2018, 外務省「日 ASEAN外相会議」2018年 8月 2日。52 ASEAN, “Joint Communiqué of the 51st ASEAN Foreign Ministers’ Meeting,” Singapore, August 2, 2018, p. 23.53 Ibid.

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そして米国は同ビジョンから中国を排除するつもりなのではないか、との ASEANの懸念があった。同時に ASEANには、2018年秋の一連の ASEAN会合にトランプ大統領が出席しなかったことから、大統領個人が ASEANの多国間主義へ無関心であることを懸念する向きもあった。

6.ASEANの「インド太平洋」概念 ――米国への回答

2019年 6月 1日、米国防総省は「インド太平洋戦略報告書」(Indo-Pacific Strategy

Report、以下「報告書」)を発表した。「報告書」は、中国を「法の支配に基づく秩序の価値と原則を棄損する」「修正主義国家」と明記し、中国は軍事力や経済力を用いて短期的にはインド太平洋の地域覇権を追求し、長期的にはグローバルな超大国になることを目指している、と断じた 54。「報告書」では、中国の挑戦を受ける現覇権国米国がインド太平洋戦略を実施するにあたり、パートナーシップが主要な政策の 1つとしてあげられている。パートナーシップを維持強化する対象国として、多くの ASEAN諸国が次のように区分けされ、列挙されている。

・ 同盟国:フィリピンとタイ・ 戦略的パートナーシップ国:シンガポール・ 新たなパートナー国:ベトナム、インドネシア、マレーシア・ 今後協力強化を模索すべき国:ブルネイ、ラオス、カンボジア

このように「報告書」は、ミャンマー以外のすべての ASEAN諸国に関して、各国の現状を踏まえつつ、今後どのように協力強化を図っていくかを個別に詳述している 55。ここには、米国のインド太平洋戦略における ASEANの重要性が表れている。米国は、ASEAN各国との 2国間協力の強化を提唱する一方、中心性をめぐる

ASEANの懸念を理解し、その不安を解消しようとしているふしはある。「報告書」は、戦略の実施に際してもう 1つの政策である「ネットワーク化された地域の促進」において、多国間協力を通じた地域機構の強化に言及している。そこでは、ASEANは米国のインド太平洋戦略が内包する海洋の自由、市場経済、良好なガバナンス、明確で透

54 The Department of Defense, Indo-Pacific Strategy Report: Preparedness, Partnerships, and Promoting a Networked Region, June 1, 2019, pp. 7-8.

55 Ibid., pp. 28-40.

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明性あるルールに基づく秩序の尊重、といった価値や政策を促進するにあたってのカギとなるパートナーと位置付けられている。また米国は ASEANのコンセンサスに基づく意思決定のモデルを尊重する、と ASEANの基本理念を重視すると同時に、東アジア首脳会議(EAS)、ASEAN地域フォーラム(ARF)、拡大 ASEAN国防相会議(ADMM

Plus)といった ASEANの多国間協力枠組みへの米国の関与を強調している 56。米国からのアプローチに対して ASEANは、米中対立が激化する中、自らの戦略

的自律性の確保を目指し、米国でも中国でもない「第 3の道」を選択した。それは、ASEAN独自の「インド太平洋」概念の提示である。当該概念を取りまとめるにあたってイニシアチブをとったのは、インドネシアであった。インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、2018年 4月にシンガポールで行われた ASEAN非公式首脳会議において、前述の通り、「インド太平洋協力」戦略を発表した。インドネシアの提案を受け、ASEANは同年 8月の外相会議で、ASEANとしてインド太平洋概念に関する議論を進めることで合意した 57。

2019年 6月 23日、ASEAN首脳会議は「インド太平洋に関する ASEANの見通し」(ASEAN Outlook on the Indo-Pacific、以下「見通し」)を発表した。同「見通し」は 2018

年から本格化した ASEAN内での議論の集大成とはいえ、日付上、米国の「報告書」に対する ASEANの返答のような形となり、また実際、米国に対する回答のように読み取れる箇所もある。5ページほどの「見通し」の内容は、50ページにわたる米国の「報告書」に比べて一般的かつ抽象的で、個別具体性に乏しいものであるが、それも ASEAN内で様々な利益や思惑を持つ 10カ国の意見を総合した結果と考えれば、致し方ない側面もある。「見通し」の特徴として、次の 3点をあげることができる。第 1に、「中国封じ込め」に対する婉曲的な参加拒否である。「見通し」はその冒頭で、インド太平洋の地域情勢を概括し、「経済的・軍事的な大国の台頭によって、不信、計算違い、ゼロ・サムゲームに基づく行動パターンなどを回避する必要がある」として、米中対立への懸念を表明している。そして大国間の戦略競争に際して ASEANの取るべき対応として、「競合する利益の戦略環境のなかで、誠実な仲介者であり続ける必要」があり、「競合ではなく対話と協力のインド太平洋地域」を創出すべきと論じる。ここではゼロ・サムではなく戦略的信頼やウィン・ウィン関係の構築等、米国の姿勢と相反する ASEANのインド太平洋に関する地域イメージが、繰り返し述べられている 58。

56 Ibid., pp. 46-47.57 ASEAN, “Joint Communiqué of the 51st ASEAN Foreign Ministers’ Meeting”, Singapore, 2 August 2018.58 ASEAN, ASEAN Outlook on the Indo-Pacific, pp. 1-3.

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第 2に、ASEAN中心性と、ASEANの多国間協力枠組みの重要性の再確認である。「見通し」は、ASEAN中心性をインド太平洋で協力を促進するための基本原則と位置づけ、ASEANの多国間枠組みの中で特に東アジア首脳会議(EAS)を、協力促進の場として活用することを訴える 59。ここでは、米国の強調する同盟とパートナーシップという、2国間の安全保障協力枠組みのネットワーク化ではなく、ASEANが大国関係の中心となって彼らの利害を調整するという、ASEANが今まで追求してきた地域協力のあるべき姿を再確認している。また ASEAN中心性を担保するのは、ASEANの一体性である。米国の「報告書」には、理由は不明であるが、ミャンマーへの言及がない。米国による ASEAN中心性の保証に ASEANが疑念を抱く所以が、ここにもある。第 3に、安全保障ではなく経済へのフォーカスである。これは対立ではなく協力を

強調するという、「見通し」の基本路線を反映している。「見通し」はインフラ投資の促進を中軸とする連結性向上や持続的成長を重視し、同時に環インド洋機構(IORA)、ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ(BIMSTEC)、赤道アジア(BIMP-EAGA)などのサブ地域レベルの枠組みや、東アジア地域包括経済連携(RCEP)を中心とする地域の経済統合枠組みとの相乗効果を期待する。ASEANは、このように多種多様な協力枠組みとの連携によって、多層的な地域協力の秩序を志向している。また海洋に関しても、安全保障面での対立ではなく、資源、連結性、環境汚染対策、科学技術協力といった協力面に焦点を当てている 60。「見通し」で使われている文言は、通例の ASEANの諸文書に比べても非常に注意深く選ばれており、かつその表現は曖昧である。これは、ASEANが米中対立の扱いに神経をとがらせていることの証左であろう。ここでは「南シナ海」に言及もなく、「米国」「中国」といった国名すら出てこない。従来の文書より一層曖昧さを帯びた今回の「見通し」は、米中対立の激しさと対立に関する ASEANの強い懸念を示すと同時に、米中どちらの側にも立たないという ASEANの立場ややり方を再確認した。ただ、ウィン・ウィン関係や経済の強調、RCEPへの期待、南シナ海をはじめとする安全保障問題への言及の回避、といった点を考慮すると、ASEANのビジョンはむしろ中国の「一帯一路」構想と親和性を持っている。インドネシア当局者によると、ASEAN首脳会議で「見通し」を採択するにあたり、シンガポールはさらなる議論を要求し、採択プロセスは一時停滞したという 61。シンガポールの慎重姿勢の理由は明らかではないが、米国との戦略的パートナーシップが自国の安全保障と緊密に結びついている同国にとって、米国の

59 Ibid., p. 1.60 Ibid., pp. 3-4.61 Asia One, June 16, 2019.

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戦略を否定するかのような文書に賛意を示すことにためらいを見せたのかもしれない。もっとも、現在の ASEANの姿勢は、米中間で顕著に「中国寄り」である。シンガ

ポールの東南アジア研究所(ISEAS Yusof Ishak Institute)が 2018年末に行った、主として ASEAN諸国の専門家(政府、学術、ビジネス、マスコミ関係者)に行った世論調査は、ASEANの対米、対中認識に関して非常に興味深い、かつ衝撃的な結果を示した。調査によると、「米国のグローバルなパワーと影響力は1年前に比べてどうか」との問いには、半数以上が「低下」ないしは「非常に低下」と回答し、「トランプ政権下で米国の東南アジア関与のレベルはどうか」との問いには、7割近くが「低下」ないしは「非常に低下」と回答した。さらに「戦略的パートナー・地域安全保障のプロバイダーとしての米国を信頼するか」との問いには、3割以上が「全く」ないしは「ほとんど信頼していない」とし、約 3割が「確信していない」と答えた。ASEANにおける米国の信頼度が目に見えて低下していることを、当該調査は端的に示した。これに対し中国については、約半数が中国の「一帯一路」構想の展開によって ASEANは中国の影響圏に入りつつあると回答、7割が中国の「債務の罠」に警戒すべきと回答し、中国に対する警戒感を示しつつも、東南アジアに対して最も経済的影響力のある国は中国との回答が7割、政治的・戦略的に最も影響力のある国についても、米国の 3割に対し、中国は 4割以上、との結果が出た 62。ASEANは、米国ではなく中国を、好むと好まざるとにかかわらず、将来の地域秩序を担うパワーとみなしているのである。日米にとって、こうした劣勢からの巻き返しが課題となろう。

おわりに

本稿は、ASEANの「一帯一路」構想と「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンへの対応を考察してきた。総じて、ASEANは「一帯一路」構想へ積極的に参加してきた。2018年に一部の国で関連プロジェクトの見直しや再交渉の機運が顕在化したが、中国側の柔軟姿勢もあり、そうした問題はそれぞれ 2国間で適切に処理された。「債務爆弾」への警戒感は完全に払しょくされたわけではないが、ASEANの「一帯一路」構想への積極的な参加は再び軌道に乗った感がある。その根底には、自らが渇望するインフラ整備資金の有力な提供先として、中国を除外することは非現実的であり、不可能である、との ASEANの基本認識がある。この意味で、「一帯一路」と ASEAN連結性は強く結

62 ISEAS Yusof Ishak Institute, “The State of Southeast Asia: 2019 Survey Report.”

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合している。一方、「自由で開かれたインド太平洋」については、ASEANの現在の反応は全般的に慎重かつ受動的であり、日米の提唱する戦略をそのまま受け入れる姿勢を示してはいない。米国がインド太平洋戦略を策定するにあたり、中国との対立姿勢を明確にしたことにより、ASEANが賛意を示すことは一層困難となった。しかし、中国が「一帯一路」構想を推進し、中国の経済的な影響圏に ASEANが包摂されつつある状況は、政治安全保障面での ASEANの自律性の低下をも意味する。また中国の提示する地域ビジョンは ASEANにとって常に魅力的なわけではなく、中国が志向する(と考えられる)垂直的な秩序は、平等とコンセンサスを理念としてきたASEANの流儀にも適合しない。ASEANはそのため、日米が ASEANにとって適切な方法で関与することを求めているという意味で、「自由で開かれたインド太平洋」に期待している側面もある。これは、ASEANが対外関係において長年直面してきた課題、すなわち米中との関係

の均衡をどのようにとるかという課題に直結する考えである。ASEANの対外行動の基本原理は「均衡」、とくに米中間の均衡にある。その意味では中国の推進する「一帯一路」に一方的に包摂されるのではなく、同時に日米の提唱する「自由で開かれたインド太平洋」への参加の可能性を模索することこそが、ASEANのとるべき道となる。いずれの側にも肩入れせず、かついずれとも良好な関係を保とうとする ASEANのやり方は可能かという議論は、いみじくも 2つの地域秩序(構想)は 1つの地域に併存しうるのか命題にもつながる。そのため、ASEANは自らの「インド太平洋」概念を公にした。ただ、ASEANが米中対立を解消し、インド太平洋地域の平和と安定を実現する妙案を持ち合わせているわけでもない。また「見通し」にある、大国間の利害調整の場として EASを活性化するという発案の有効性を、彼らがどこまで確信しているのかも定かではない。米中 2

大国とそれぞれが推進する地域秩序構想の間で、ASEANが自らの戦略的自律性を保つことができるか、その強靭さが問われているともいえよう。

(しょうじともたか 地域研究部米欧ロシア研究室長)