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立教大学現代心理学部付属 心理芸術人文学研究所 「新しい映像環境をめぐる映像生態学研究の 基盤形成」 (平成 23 年度~27 年度) 2015 年度(平成 27 年度) 研究成果報告書 文部科学省 私立大学戦略的 研究基盤形成支援事業 研究プロジェクト

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  • 立教大学現代心理学部付属 心理芸術人文学研究所

    「新しい映像環境をめぐる映像生態学研究の

    基盤形成」

    (平成 23 年度~27 年度)

    2015 年度(平成 27 年度) 研究成果報告書

    文部科学省

    私立大学戦略的

    研究基盤形成支援事業

    研究プロジェクト

  • 映像生態学プロジェクト 2015 年度(平成 27 年度)研究成果報告書

    目次

    チーム1:新しい映像環境がもたらす心理的影響の評価

    研究進捗状況報告書 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

    1)事象関連電位を用いた一人称映像と三人称映像に対する注意の測定 芳賀 繁 ・・・・・2

    2)映像生態学とは何か -映像の制作と鑑賞に関する実験的研究およびフィールドワークに

    基づく理論的考察- 鈴木清重・・・・・・25

    3)4K超高精細映像の忠実度向上に関する制作技法の開発 佐藤一彦・石山智宏・椿学 ・・42

    チーム2:新しい映像環境がもたらす映像体験の臨床的・教育的評価 研究進捗状況報告書 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48

    1)タブレット端末を用いた安全教育用シリアスゲーム開発 芳賀繁・島崎敢・白井郁男・・49

    チーム3:新しい映像環境における映画芸術の変容に関する研究 研究進捗状況報告書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63

    付録)

    論文「ヒッチコック的 3D ――『裏窓』(1954)と『めまい』(1958)における接触と情動」

    ( in 立教映像身体学研究 第4号, 2016年3月, pp.083-102.,英文要約) 中村秀之

    チーム4:新しい映像環境における身体とイメージの変容に関する研究 研究進捗状況報告書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64

    付録)

    ・研究メンバーの関連業績一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65

    ・2015年度研究メンバーリスト ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・71

  • 1

    私立大学戦略的研究基盤形成支援事業

    『新しい映像環境をめぐる映像生態学研究の基盤形成』

    2015年度 チーム 1研究進捗状況報告書

    <チーム 1の研究プロジェクトの目的・意義 及び 研究計画概要> 新しい映像技術・技法・表現が人間に及ぼす様々な効果を測定することにより,心理的 効果が高く,かつ心身への悪影響が少ない技法・表現法の条件を探る。また,研究成果に基づく映像コンテンツを制作することにより,他の研究チームに実験・調査材料を提供する。 本年度はこれまでの研究と実践,制作作品をまとめ,発表する,4チーム合同の「映像生態学」研究成果報告会を開催するとともに,その内容を出版物,ビデオ,インターネット上のコンテンツとして公表する。 その中で,チーム1は物理的情報の効果を最大限に引き出すと同時に,心的負荷を適正な範囲にとどめるための,映像技法の制作上・使用上のガイドラインを提言する。

    <現在の進捗状況と達成度> ○2015 年度は,映像が行為者の視点で撮影された一人称映像と,第三者の視点で撮影された三人称映像が 2 次元と 3 次元に組み合わされた場合の観視者の注意,没入感に与える影響を心理尺度と脳波を使って評価し,視点の影響が大きいことを明らかにした。 ○5年間にわたる様々な条件下での実験と生理・心理学的計測から得られたデータに基づいて,次元,画角,解像度,撮影対象などの違いと組み合わせがもたらす効果を綿密に測定し,映像技法の製作,使用に資するデータをまとめることができた。 ○制作者と鑑賞者の相互作用としての「映像体験」の記述を目的とした実験的研究、および映像制作実務と映像教育のフィールドワークに基づき、映像と映像環境の概念を精緻化する理論的研究を行った。映像生態学の観点から、映像をモノではなくコトと捉える基礎研究と応用研究の重要性を提言した。 ○佐藤・石山は, 4K超高精細映像の撮影と編集における手法の応用と開発において,浮世絵の木版復刻版のように静止する被写体の「色の再現性」を,ITU-R(国際電気通信連合)が策定する高色域規格 B.T.2020 と HDR(ハイダナミックレンジ)の高階調性という双方にのっとって映示させる撮影・編集・再生・映示の一連の手法的実験をおこない実現した。 ○以上により,当初の計画をほぼ達成することができた。

    <特に優れた研究成果> ○映像制作手法の研究成果を踏まえ、鈴木清重が映像制作を担当し付録 DVD-Video への素材提供を行った書籍『見てわかる視覚心理学』(2014年新曜社)が日本アニメーション学会賞 2015特別賞を受賞した。 ○映像制作手法の研究成果を踏まえ、研究成果報告会(2015 年 6 月 6 日)の記録映像を制作した。成果報告会および記録映像を通じて、5年間の研究成果を踏まえた理論的考察を行った。 ○佐藤・石山は,4K映像の最新技術を用い, 超高解像度と色の忠実な再現性とにおいて, 従来のテレビ映像が持つ色表現能力(ブラウン管時代以来の国際規格 Rec.709)の基準を上回る高い確度で映示させることを実証的に実現した。←不要ならどうぞ削って下さい

    <問題点とその克服方法> ○特になし

    <今後の研究方針> 本プロジェクトで得られた研究成果を新しいメディア,利用目的に応用する実践的活動と,さらなる基礎研究の深度化を進める。

  • 2

    事象関連電位を用いた

    一人称映像と三人称映像に対する注意の測定

    芳賀 繁

    1. はじめに

    1-1:研究の背景

    今日において 3D 技術の発展は目覚ましく,特に家庭用テレビにおいて気軽に 3D 技術を

    使用することが可能となっており,数年前までは特定の場所などでしか楽しむことができ

    なかった 3D 技術が非常に身近な存在となっている。また,エンターテイメント向けの映

    画やゲーム,アトラクションだけでなく,医療用途や工業用途などにも使用されるなどそ

    の幅を広げている。

    今日における技術の発展に伴い多くの研究がなされてきた。特に 3D 技術においては一

    際,疲労や3D酔いといったようにネガティブな面を取り上げた研究が多いように思える。

    石垣(2014)ではそうしたことをうけ,3D 映像を「楽しむ」といったようにポジティブな

    面に目を向け研究を行った。本実験では生理測度を軸として行動測度,主観測度を用い,

    映像に対する P300 振幅を測定することで映像に対する注意,つまり,どれだけ映像に引

    き込まれるかを注意の視点から検討していく。

    一方で,一人称視点からの映像というのも近年において多く出てきた映像コンテンツの

    ひとつだと言える。過去にも一人称視点からの撮影を行った映画やとりわけエンターテイ

    メント産業におけるアトラクションなどにおいて多く使われていたが,近年ではウェアラ

    ブルカメラといった撮影者と同じ視点から撮影することのできる小型カメラなどが一般的

    に普及し始めたことを機に動画投稿サイトやテレビ番組などで一人称視点から撮影された

    映像を見る機会は数年前に比べて多くなったと言える。

    このように一人称視点からの映像を注意の側面から扱った研究は現時点では少ないとい

    え,本研究では一人称視点と三人称視点でどのように映像に対する注意が変化するのかを

    検討する。

    1-2:一人称視点映像と三人称視点映像

    1999 年にアメリカで公開された映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(原題:The Blair

  • 3

    Witch Project)では,手持ちカメラから撮影された映像のようにストーリーが展開していく

    ことから,あたかも視聴者がその場にいるかのような視点でストーリー展開を楽しむこと

    が出来ることが話題となった。また,日本国内においても記憶に新しい 2008 年公開「クロ

    ーバーフィールド/HAKAISHA」(原題:Cloverfield)や,2010 年公開「パラノーマル・アクテ

    ィビティ」(原題: Paranormal Activity)は,「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」と同じよ

    うに主観的な視点から撮られた映像でストーリーが進む作品として例に挙げることができ

    る。 これらの主観的な視点から撮られた映像は POV(Point Of View)映画と言われている。

    Edward(1984)によると,POV とは,登場人物自身の視点から見ているものを視聴者が見る

    映像と定義をしている。これらの映画や映像における POV と同じく,特にゲーム分野など

    では FP(First Person view = 一人称視点),TP(Third Person view = 三人称視点)といった表現

    も存在している。

    身近な技術では,ウェアラブルカメラと呼ばれる身につけて常に撮影するカメラが普及

    してきており, 撮影者の視界とほぼ同等である一人称映像が記録でき,一人称視点からの

    ライフログ映像が多く撮影されているとある(岡本・柳井,2013)。実際に動画投稿サイト

    などを見てもユーザーによって多くの一人称視点から撮影された映像を視聴することがで

    き,ウェアラブルカメラなどの登場により一人称視点映像が手軽に撮影されるようになっ

    たのは容易に理解することができる。

    一方で,Virtual Reality(VR=仮想現実)と呼ばれる技術が工業用だけでなく一般用途にも

    展開を広げている。廣瀬 (1995)では計算機によって人工的に生成された現実とあ

    り,HMD(Head Mounted Display)などを用いることであたかもその場に入り込んでいるよう

    な体験が映像を通して体感できる臨場感や没入感があるという。この VR 技術で使用され

    ている映像や CG 映像は主観的な視点,つまり,一人称視点から撮影または作成された映

    像を用いており,普段見ている視点に非常に近いものとなっていることが多くの映像から

    伺うことができる。このように一人称視点で撮られた映像を視聴する機会が多くなってい

    る。

    1-3:3D 映像技術と現状

    Rick・Christy・Michael(2014)においては様々な 3D 技術の発展により 3D にはアクティブ

    3D,パッシブ 3D,オートステレオスコピック 3D の 3 種類が主流になりつつあり,またオ

    ートステレオスコピック 3D(以下:AS3D)においては従来型と違い 3D の視聴の際に必

  • 4

    要であった専用のメガネが不必要であることを述べた上で 3 種類の 3D に関する質や快適

    さを様々な映像を用いて比較している。その結果,3D の質ではアクティブ 3D が最も高い

    質があると評定されており,次いでパッシブ 3D,AS3D の順となった。また,快適さでは

    パッシブ 3D,アクティブ 3D,AS3D の順となり,アクティブ 3D 視聴用グラスがパッシブ

    3D 視聴用グラスに比べて約 35g 重いことも影響したのではないかと考察している。この点

    においても従来の 2D とは違い,様々な用途で変化に対応できる 3D の発展を伺うことが出

    来る。

    西村・岩田・村田(2010)では,3D ビデオゲーム使用による視覚系神経機能への客観的

    影響を,2D ビデオゲームと比較しており,3D ゲームとしてゲーム内の主人公から見た視

    界が 3DCG で立体的に表示される一人称視点のゲームを使用した。また,3D ゲームでは,

    実験参加者の操作に合わせ画面内の映像が視点を動かすような感覚で 3 次元的に動き,2D

    画面でありながらリアルな奥行きを表現することが出来るとある。一方,2D ゲームでは

    3D 映像のような 3 次元感覚は全く得られない終始平面的な画面で進行するゲームを使用

    した。各ゲーム遂行の開始前と終了直後に生理的影響(VDT 近点計を用いた近点距離,視

    覚誘発電位,フリッカー値,視力測定)と主観的影響(疲労に関する自覚症状調査)を検

    討した結果,主観的影響では「眠気・だるさ」および「身体違和感」に関する自覚症状数

    が有意に増加しており,生理的影響では左眼における近点距離のみが 3D ゲーム遂行後に

    有意に延長していた。

    1-4:事象関連電位(ERP)

    事象関連電位(event-related potential:ERP)とは,外的あるいは内的な事象に時間的に

    関連して生じる脳の一過性の電圧変動である(入戸野・堀,2000)。ERP は脳の状態を意図

    的に揺さぶって変化した状態を観察していることから心理学的な解釈をすることが可能と

    なっている。

    また,主観・行動指標と比較した際の ERP の長所の一つ目に顕在反応を求めなくても測

    定することが出来ることが挙げられる。参加者の認知活動を歪めることなく並行して記録

    できることでより日常環境に近い状況での測定が可能となっている。また,日常環境化に

    近い形での測定が可能であることから今まで測定が難しかった特定の状況下,例えば運転

    時や危険な作業中などに似た状況でのデータの収集が可能となっている。

    二つ目に時間軸に沿って複数の測度が入手できる点が挙げられる。これは顕在反応が生

  • 5

    じる前の状態や主観指標には上がらない状態も測定,分析することが出来る。これらはい

    ずれも Suzuki & Nittono & Hori(2005)を参考にした。 また,入戸野他(2000)では ERP

    波形の個人差について述べており,ERP 波形の個人差は非常に大きいため,出来るだけ被

    験者内比較デザインを用いることが好ましいとあり,個人差が生まれる理由として頭蓋骨

    の厚さなどの解剖学的な個人差に由来することや行動目標に対する方法戦略の違いなどが

    挙げられている。

    事象関連電位を測定する際によく用いられる手続きとしてオドボール課題が挙げられる

    が,オドボール課題については 1-6 で述べる。

    1-5:P300

    P300 とは,ある事象に対して注意を向けている際に稀な事象(非頻出事象)が生じた約

    300ms-600ms 後に陽性波の事であり P3 とも呼ばれることがある。知覚-中央処理資源を反

    映していると言われており,逸脱刺激などの不随意的な注意に対して鋭敏に反応を表すと

    されている P3a(novelty P3)と P3a よりも 60ms-80ms 長く随意的な注意と生じた事象を記

    号化するのに関連している P3b の少なくとも 2 種類の成分から構成されていると考えられ

    ている(Suzuki, et al., 2005)。また,P300 は主に振幅と潜時を検討することで,ある作業

    に対するメンタルワークロードを検討することが多い。入戸野(2006)では,ERP の中で

    も P300 波は高振幅で出現し,同様の周波数帯域の活動が背景脳波に含まれないために,

    単一試行での分析がしやすいなどの利点も挙げられている。

    1-6:オドボール課題

    オドボール課題とは,2 種類以上の刺激事象を出現頻度を変えて呈示する手続きであり,

    ERP を測定する際によく用いられる(入戸野,2005)。

    例として聴覚刺激によるオドボール課題を挙げる。多くの研究における聴覚刺激として

    出現した際ボタン押しなどの反応を求める標的刺激,反応を求めない標準刺激や逸脱刺激

    など 2 音もしくは 3 音を用いて課題を行うことが多く,これらのプローブ刺激に対する顕

    在反応を求める方法を関連プローブ法と呼ばれる。一方でプローブ音に対して顕在反応を

    求めない実験もあり,これらは非関連プローブ法と呼ばれている。しかし,入戸野(2006)

    ではプローブ刺激法を用いた ERP 測定の際には,反応時間には P300 振幅とは異なる処理

    資源が反映されていると考えられているため,実験参加者に顕在反応を求めた方が良いと

  • 6

    考察されている。また,オドボールには変りものという意味が本来あり,顕在反応を求め

    る標的刺激が反応を求めない標準刺激よりも低頻度で呈示されることに由来がある。

    1-7:映像に対する注意を測る

    入戸野(2006)においては関連プローブ法を用いた聴覚プローブ課題に対する事象関連電

    位(以下 ERP)を測定することで映像に対する注意を測定し,測定した ERP 振幅を映像に対

    する興味水準,つまり,どれだけ映像に引き込まれているかを測定した。その結果,事前

    に行われた予備実験により有意に面白いと判断された面白い映像群が面白くもつまらなく

    もない普通映像群や静止画に比べて,より多くの注意資源を使用することで,興味水準が

    普通映像群よりも面白い映像群のほうがより高いことを明らかにした。

    また,入戸野(2008)では,実験参加者にさまざまな映画の予告編を視聴してもらい,視聴

    した映像に対する主観評価と脳電位との関連性について調べており,N140 振幅において,

    興味をもって映像を見ているほど,その間のプローブ刺激に対する振幅が小さくなったと

    ある。このように映像に対する注意では興味や関心をもって映像を見れば見るほど,プロ

    ーブ刺激に対する振幅が小さくなったとある。

    1-8:本研究の目的

    このように,映像そのものに対する興味水準を測定した実験や 3D 映像のみを扱った実

    験や研究はされてきたものの未だ2D映像と3D映像間の興味水準に違いがあるのかを検証

    した研究は少ないといえ,また,多くの研究は大型のスクリーンへ投影する映画館や遊園

    地のアトラクションに対して使用される 3D 映像技術を想定としており,家庭用テレビに

    おける 3D 映像技術に対する研究は少ない。

    加えて,一人称視点から撮影された映像などを見る機会が増えているだけでなく,自ら

    一人称映像など主観的な映像を撮影することが容易になった。しかしながら心理学におけ

    る主観的視点から撮影された一人称視点映像と従来の客観的な視点から撮影された三人称

    視点映像の比較はいまだ行われていない。

    そこで本研究では,2D 映像と 3D 映像の間に映像に対して配分する注意の違いがあるの

    か,そして一人称視点から撮影された映像と三人称視点から撮影された映像との間にどの

    ような違いがあるのか,それぞれを映像に対する注意という観点からどれだけ没入してい

    るかを比較,検討する。

  • 7

    1-9:本研究における仮説

    1-9-1 主観測度

    本研究では主観測度として映像もしくは画像を視聴した各ブロック後に質問紙に主観評

    価を記入させた。主観評価の各項目では,入戸野(2006)を参考にし,音に向けた注意の量(1:

    少ない-9:多い),映像を視聴したブロックでは映像に向けた注意の量(1:少ない-9:多い)と映

    像の面白さ(1:退屈した-9:面白い)を全て 9 件法にて評定させた。加えて,自由に意見や感

    想を記述することのできる内省報告欄を設け,回答させた。

    9-1A: 音に向けた注意の量では,聴覚課題として用いているオドボール課題に対して

    どれだけ注意を向けているかを主観評価として評定させることを目的としており,映像に

    注意を向けていれば向けているほど,音に向けた注意量は減ることが確認されている(入

    戸野,2006)。本研究においては,一人称 3D,一人称 2D,三人称 3D,三人称 2D の順で

    音に向けた主観的注意量が減り,一方で映像に向けた注意の量は上記の順で多くなるだろ

    う。(9-1B)

    9-1C: 入戸野(2006)では,映像の面白さの主観測度として新しいビデオは反復された

    ビデオよりも面白いと評価されており,映像に対して注意を向けると評価されるほど映像

    の面白さも増加すると考えることが出来ることから,映像の面白さの項目では,一人称 3D,

    一人称 2D,三人称 3D,三人称 2D の順で主観評価が高くなるだろう。

    1-9-2 行動測度

    反応時間では,静止画を見る統制条件と映像を見る条件では有意に違いがあることが分

    かっており,映像を見ている際の方が静止画を見ている時よりも反応時間が有意に長くな

    った(Suzuki, et al., 2005)。また,入戸野(2006)では,誤反応率は全体に低く条件差は有

    意でなかったことから,本実験では静止画を見る統制条件と映像を視聴する一人称 3D,一

    人称 2D,三人称 3D,三人称 2D の各条件間に反応時間および誤反応率がどのように変化

    するのかを検討した。

    1-9-3 生理測度

    9-3A: Suzuki, et al.(2005)および入戸野(2006)では視覚刺激を見ている時の状態を,

    プローブ刺激に対する脳電位反応によって検討しており,その結果,映像が面白ければ面

    白いほど,プローブ刺激が惹起する P300 振幅は低下することが確認されている。そのこ

    とから,本実験においては一人称 3D,一人称 2D,三人称 3D,三人称 2D,統制条件の順

  • 8

    でプローブ刺激が惹起する P300 振幅が低下するだろう。

    9-3B: 逸脱刺激に対する P300 は標的刺激に対する P300 に比べて主課題に向けられる

    処理資源の量を敏感に反応すると示唆している(Suzuki, et al., 2005)ことから,本研究に

    おいても同様の結果が得られるだろう。

    9-3C: 入戸野(2006)では静止画を見たビデオなし条件の方がビデオを視聴した条件に

    比べて有意差はないものの,潜時が短くなったことが分かっていることから,本実験では

    統制条件と一人称条件,三人称条件間にどのような差があるのか検討する。また,2D 映像

    と 3D 映像を視聴している際に潜時において有意差が認められるのかを検討する。

    1-10:予備実験

    本実験を行うに先立ち,映像刺激の選定を目的として予備実験を行った。

    立教大学所属 5 名(男性 3 名,女性 2 名:平均年齢 21 歳)の実験参加者に対して付録 1 に

    添付した質問紙に回答をしてもらった。

    ここでは映像全体の長さの 70%以上が一人称視点から撮影された映像を一人称映像とし

    て,主に人物が第三者の視点から撮影された映像を三人称映像として定義した上で,一人

    称映像を 4 本,三人称映像を 10 本,各映像 3 分間で視聴してもらい,各映像を見終わった

    毎に質問紙に回答をした。また,映像自体または,映像を含んだ映画作品を一度でも見た

    ことのある参加者のデータは除外をして分析を行った。分析は各参加者から得られたデー

    タを平均し,4 つの一人称映像の各値に最も近い値を示した三人称映像 4 本を平均値が近

    似している一人称映像とペアにし,4 つのペアを作成した。その中でも最も興味得点の高

    いペア A を本実験に使用した。

    各参加者による映像評定の詳細を以下の表 1 に示した。

  • 9

    表 1 各参加者による映像評定

    * 値の入力されていないセルは除外されたことを示す。

    以上の表 1 より,ペア A(映像 1,映像 9,平均=6),ペア B(映像 2,映像 7,平均=4),ペア

    C(映像 5,映像 11,平均=5.11),ペア D(映像 6,映像 10,平均=5.6)を作成した。また,各ペア

    で使用した映像の詳細を以下の表 2 に記載する。

    表 2 各映像ごとの作品名および呈示区間

    映像ID 視点 1 2 3 4 51 一人称 7 6 3 7 7 62 一人称 2 4 6 3 6 4.23 三人称 1 2 5 6 4 3.64 三人称 2 3 5 6 3 3.85 一人称 6 6 4 3 6 56 一人称 6 4 6 6 7 5.87 三人称 2 2 7 4 4 3.88 三人称 2 2 4 2 4 2.89 三人称 - 3 7 6 8 6.010 三人称 - 4 5 6 7 5.511 三人称 - 2 7 6 6 5.312 三人称 6 7 8 8 8 7.413 三人称 3 7 8 9 8 714 三人称 5 8 8 9 9 7.8

    参加者ID

    視点 映像ID 作品名 呈示区間

    ペアA 一人称映像 1 「The Best of 3D」 4:51-7.48

    三人称映像 9 「Over the Edge: Ultimate Speed Riders」 2:40-5:40

    ペアB 一人称映像 2 「The Best of 3D」 0:01-3:01

    三人称映像 7 「Over the Edge: Ultimate Speed Riders」 11:45-14:25

    ペアC 一人称映像 5 「Over the Edge: Ultimate Speed Riders」 38:40-41:40

    三人称映像 11 「ゼログラビティ」 57:28-1:00:28

    ペアD 一人称映像 6 「Over the Edge: Ultimate Speed Riders」 28:30-31:30

    三人称映像 10 「ゼログラビティ」 08:45-11:45

  • 10

    2. 方 法

    本実験は立教大学現代心理学部研究倫理審査委員会の承認を得て実施された。

    2-1:実験者

    実験者は立教大学心理学科 4 年 1 名および心理学科 3 年 5 名であった。

    2-2:実験参加者

    実験参加者は立教大学所属大学生・大学院生 27 名(男性 16 名,女性 11 名:平均年齢 20.6

    歳)であった。全実験参加者は実験開始前にインフォームドコンセントをうけ,実験に参加

    した。また,視力(矯正視力)と聴力は正常であった。

    2-3:実験期間および実験場所

    2015/11/10~2015/11/25 までの 15 日間, 全て立教大学新座キャンパス 6 号館 6 階生理心

    理学室にて行った。

    2-4:刺激

    2-4-1 プローブ刺激

    プローブ刺激として,1800Hz(p=.70,標準刺激),2000Hz(p=.15,標的刺激),500Hz(p=.15,逸

    脱刺激)の 3 つの純音刺激を各 70ms の長さでイヤホンからランダムな順序で呈示。音刺激

    と音刺激のインターバルは 1000ms であった。全刺激呈示数は 165 回であった。

    2-4-2 映像刺激

    予備実験より得られた主観評価得点から,平均した主観評価得点が近い一人称視点映像

    と三人称視点映像を 3 ペアに分け,その中で最も平均値の高い A ペアを映像刺激として呈

    示した。統制刺激として静止画像(夕焼けの風景)をテレビに呈示した。いずれの映像も音

    声なし・字幕なしで呈示を行った。使用した映像などは第 1 章 1-10:予備実験にて記載し

    た。

    2-5:装置・実験器具

    シールドルーム(協立電子工業製),脳波計 Polymate AP1000(デジテックス研究所製),脳

  • 11

    波用電極ペースト(日本光電工業製),皮膚前処理剤スキンピュアー(日本光電工業製),マル

    チトリガーシステム(メディカルトライシステム製),脳波モニタープログラム AP Monitor

    Program,トリガー識別マルチビューワープログラム EP multi Viewer System ,トリガー識別

    加算ツールプログラム Trigger Select Average Tool,グランド加算ツールプログラム Grand

    Average Tool(いずれも NoruPro Light Systems 社製),40J9X REGZA 4K デジタルハイビジョ

    ンテレビ,FPT-AGT1 3D トランスミッター,FPT-AG03J 3D グラス(いずれも東芝製),スピ

    ーカー(ナナオ社製),分析用パーソナルコンピューター2台(NEC製,EPSON製),BDZ-AT350

    Blu-ray disc/DVD レコーダー,CECH-3000 PlayStation 3 (いずれも SONY 製)。

    2-6:手続き

    実験開始前のインフォームドコンセントを取得後,シールドルーム(2m×3m×高さ 2.3m)

    内に移動し,映像刺激呈示用テレビから 4H(テレビの高さの 4倍の距離,画面から 220cm)

    に着席させた。全電極が付け終わり次第,オドボール課題の説明や映像を見ながら標的音

    に対して利き手でスイッチを押すように教示した上で,課題中のまばたきは可能な限り抑

    えるよう教示を行った。

    その後,統制条件である静止画を呈示した後,映像条件を呈示した。各映像ごとに小休止

    を取り,小休止中に入戸野(2006)を参考として作成した音に向けた注意の量(1:少ない

    ‐9:多い),映像に向けた注意の量(1:少ない‐9:多い),映像の面白さ(1:退屈した

    ‐9:面白かった),自由記述欄からなる主観評価を行った。主観評価シートは付録 2 に添

    付した。また,オドボール課題は各映像刺激呈示後,15 秒で呈示を開始した。シールドル

    ーム内の配置を図 1 に表した。

  • 12

    図 1 シールドルーム内配置図

    2-7:ERP測定

    脳波は国際 10-20 法を基準として鼻尖を基準とした正中線上 3 か所(Fz,Cz,Pz)から

    記録した。基準電極として左耳朶(A1)を,生体アースとして(FPz)を使用した。眼球運動

    を監視するため,右目上下および目尻,左目尻に電極を付け,合計 11 か所を使用した。実

    験は全ての部位で電極のインピーダンスが10kΩ以下になることを確認してから開始した。

    2-8:分析

    2 要因(2D/3D×一人称/三人称)各 2 水準の混合計画(2D/3D は実験参加者間,一人称/

    三人称は参加者内要因)の 2 要因混合計画で分析を行った。聴覚プローブに対する正反応

    時間は標準刺激呈示後 200ms-1200ms とした。ERP 波形は,刺激呈示前 200ms から刺激呈

    示後 800ms までの区間を加算平均し求めた。標的音および逸脱音に対する ERP 波形では,

    刺激呈示後 250ms-500ms 間で最大陽性ピークを P300 として分析を行った。統計検定には

    反復測定を考慮した多変量分散分析を用い,多重比較では Bonferroni の方法を用い,有意

    水準は p

  • 13

    3. 結 果

    3-1:主観測度

    3-1-1:音に向けた注意量

    視聴方法(2D,3D)×視点(統制条件,一人称条件,三人称条件)の 2 要因混合分析を

    行った結果,視点の主効果が 1%水準で有意であった(F(2,48)=13.31,p

  • 14

    (F(1,24)=4.12,p

  • 15

    図 4 視聴方法ごとの映像の面白さ

    図 5 視点ごとの映像の面白さ

    3-2:行動測度

    標的音に対する反応時間において視聴方法(2D,3D)×視点(統制条件,一人称条件,

    三人称条件)の 2 要因混合分析を行った結果,視点における主効果に対する有意差は認め

    られなかったものの,有意傾向があった(F(1.38,33.02)=2.95,p

  • 16

    効果は認められない結果となった(F(1,24)=.09,n,s)。視聴方法×視点では交互作用は見られ

    なかった(F(1.38,33.02)=.816,n,s)。

    誤反応率については,視点において 5%水準で主効果が認められ(F(1.55,37.18)=3.80,p

  • 17

    図 7 2D 映像条件における部位と視点に対する標的音 P300 振幅

    図 8 3D 映像条件における部位と視点に対する標的音 P300 振幅

    3-3-2 逸脱音に対する P300 振幅

    逸脱音に対する P300 振幅における,視聴方法(2D,3D)×視点(統制条件,一人称条

    件,三人称条件)×部位(Fz,Cz,Pz)の反復測定を考慮した多変量分散分析を行った結果,

    視点において 1%水準で主効果が認められた(F(1.63,22.83)=24.45,p

  • 18

    視点において静止画を呈示した統制条件では,映像を呈示した一人称条件,三人称条件

    よりも大きな P300 振幅であったことから静止画よりも映像を見ている時の方がより処理

    資源を使用していることが分かった。また,3D 映像条件において三人称視点で映像を見て

    いるときよりも一人称視点で映像を見ている際の P300 振幅が小さくなる有意傾向が見ら

    れた。

    図 9 逸脱 P300 に対する各条件ごとの ERP 波形

    図 10 2D 映像条件における部位と視点に対する逸脱音 P300 振幅

  • 19

    図 11 3D 映像条件における部位と視点に対する逸脱音 P300 振幅

    3-3-3 P300 潜時

    標的音に対する P300 潜時では優性部位である Pz での潜時を視聴方法(2D,3D)×視点

    (統制条件,一人称条件,三人称条件)の反復測定を考慮した 2 要因分散分析を行った結

    果,視聴方法(F(1.68,24.43)=.348, n,s,)および視点(F(1,14)=.732, n,s,)では有意差は認め

    られない結果となった。交互作用も認められない結果となった。

    逸脱音に対する P300潜時では,優性部位にあたる Cz における潜時を視聴方法(2D,3D)

    ×視点(統制条件,一人称条件,三人称条件)の反復測定を考慮した 2 要因分散分析を行

    った。その結果,視点における主効果が 5%水準で有意であり(F(2,28)=4.02, p

  • 20

    4. 考 察

    4-1:主観測度

    主観評価による評定では主に視点における違いを全ての項目で確認することができた。

    一人称条件,三人称条件に比べて統制条件では音に対して注意を最も配分しており,有意

    差はないものの三人称条件に比べて一人称条件が音以外に注意を配分しているため,三人

    称視点から撮影された映像よりも一人称視点で撮影された映像の方がより映像に対して注

    意を配分していたことになる。この結果は映像に向けた注意量,映像の面白さの項目にお

    いても同様の結果となった。まず,映像に向けた注意量から見ていく。一人称映像と三人

    称映像に有意差こそ認められなかったものの,主効果は有意傾向であった。次に映像の面

    白さの項目では,1%水準で三人称映像よりも一人称映像の方が面白いと評定された。また,

    他の項目では見られなかった 2D 映像,3D 映像の違いである視聴方法に有意差が確認され

    た。

    以上のことから,主観による評価から一人称映像は三人称映像よりも面白く,そして静

    止画である統制条件や三人称映像よりも映像に対して没入したことが分かった。加えて,

    音や映像に対してどれだけ集中したか,注意を向けたかでは主観的な違いは認められない

    が,映像の面白さの項目のみ 2D 映像よりも 3D 映像の方が面白いと評価されたことが分か

    った。これは入戸野(2006)の結果と一致しており,映像に興味を持って見ているほど映

    像に対する注意は増え,音に対する注意の主観評価が減る結果となった。また,仮説 9-1A

    および 9-1B は支持されない結果となったが,9-1C は一部支持される結果となった。

    内省報告からは,三人称映像に比べて一人称映像では,「主観目線の映像で,見ていて迫

    力があった」や「映像が面白かった分,音への注意がいかなかった」,「映像よりも音に注

    意を向けていた,見入った」など面白かった,音に対して注意が向かなかったなどの報告

    なども挙げられており,「三人称視点映像よりも面白かった」など直接的な映像の面白さに

    対する意見もあった一方で,一人称視点から撮影された映像では「酔った」や「動きが速

    くて気持ち悪くなりそうだった」など三人称映像に比べていわゆる,乗り物酔いの様な報

    告も数名報告していた。一方 2D に比べて 3D 映像では,「迫力があった」や「夢中になっ

    ていた」など映像に対して注意を向けていた報告もある一方で「目が疲れた」,「まばたき

    が多くなってしまった」などの眼精疲労に関わる報告も2D映像条件に比べて多くなった。

  • 21

    映像自体に関しては「作品に関連することが好きなので映像に見入ってしまった」,「VFX

    がどのような技術によって作られているのか気になってしまった」など映像そのものによ

    り注意配分に違いが出た報告もあった。

    4-2:行動測度

    反応時間では,映像を見ている際の方が静止画を見ている時よりも反応時間が有意に長

    くなるという Suzuki, et al.(2005)を支持する結果となり,仮説 9-2A は支持された。

    4-3:生理測度

    P300 振幅において,標的音と逸脱両方で視点に関しての主効果が認められた。また,標

    的音では部位間での有意差も認められる結果となった。視点において 2D 映像条件で標的

    音に対する P300 振幅を除く全ての項目で静止画である統制条件と映像を視聴する一人称

    条件,三人称条件間で有意差が認められ,3 条件の中で統制条件に対する最大陽性ピークが

    最も大きかったことから静止画よりも映像を見ている方がより処理資源を配分していた。

    これは Suzuki, et al.(2005),入戸野(2006)とも一致しており 9-3A は一部支持された。また,

    3D 映像条件での逸脱音に対する P300 振幅では三人称映像よりも一人称映像を見ていた方

    が映像に注意を配分していた傾向があった。これは Suzuki, et al.(2005)でもあるように,

    逸脱 P300 の方が標的音に対する P300 よりも主課題,本研究では映像を視聴することに対

    して向けられる処理資源を敏感に反映するという提案に一致していることから仮説 9-3B

    は支持された。

    一方,部位においては Cz(平均振幅=-6.78)

  • 22

    でも挙げたように,入戸野(2006)での有意差はないものの,映像を見ている時の方が潜

    時が長くなることを支持する結果となった。

    4-4:総合考察

    全体を通して静止画を見る統制条件と映像を見る条件間では映像を見る方がより注意資

    源を配分することが確認された。視点間では主観測度により最も面白いと評価された主観

    視点から撮影された一人称映像が生理測度においても他の条件より最も注意が配分されて

    いたことから一人称映像には三人称映像などに比べて映像に没入しやすい可能性があるこ

    とが示唆された。また,視聴方法間においては 2D 映像と 3D 映像間に明確な違いがあると

    は言えない結果となったが,標的 P300 や主観測度の一項目である映像の面白さから 2D 映

    像よりも 3D 映像の方がより面白く,そして注意を配分しやすい傾向があることが示唆さ

    れた。しかしながら,映像を音声,字幕なしで見ることは日常生活において少なく,映像

    そのものの面白さが直接反映された可能性がある。

    一人称映像には三人称映像にはない,普段から見ている視点から様々な場面やシーンを

    見ることによって一種の VR 体験のような臨場感が三人称映像よりも高いためにこのよう

    な結果になった可能性はあるものの,一人称映像にどのような要素が含まれているかは明

    らかになっていない。また,3D 映像には 2D 映像を視聴している際には感じることのない

    躍動感や迫力を感じていることが主観評価からも分かった一方で,やはり 2D 映像よりも

    目の渇きや眼精疲労などの眼に関する違和感があることも従来の研究通り挙げられた。

    4-5:今後の課題

    今後の研究を行うにあたり,いくつかの課題がある。まず,今回行った研究においては

    一人称映像,三人称映像が 1 本ずつ計 2 作品からの呈示となったことが挙げられる。事前

    に行った予備実験で映像自体の面白さが影響するのを最小限に抑えるために興味得点の近

    い映像同士を呈示するに至ったものの,各水準 1 本のみにとどまったことから映像そのも

    のの面白さの差が反映されてしまった可能性は拭えない。そのため,今後は各水準様々な

    ジャンルや種類から映像をサンプリングした上で呈示するのが好ましいと言える。その際

    に気を付けたいこととして,入戸野他(2000)でも挙げられているように,全ての実験条

    件で最低加算回数である 20 回以上の加算回数が得られ,なおかつ実験参加者が疲れてしま

    う前に記録が終わるような実験デザインを立てることを薦める。これに関連して,本実験

  • 23

    では ERP 波形,特に P300 振幅が浅い,もしくは,出現していない波形も見られた。これ

    は個人差によるものでもあるが,電極のつけ方や脳波計の扱い方などハード面での再確認

    や,記録用ソフトや分析ソフトなどのソフト面の両面から今一度確認することが多いよう

    に感じた。また,波形が小さかった理由として,オドボール課題の音量が小さかったこと

    や,映像にあまり集中せずに課題を進めた可能性も挙げられる。ERP 波形は課題に集中す

    ることで大きく現れるが,なんらかの影響で注意が散漫となった状態で課題を遂行するの

    を低減させるため,簡易的な映像の内容を問う質問をしてみるのも検討してみたい。本実

    験での教示では,なるべく映像に対して注意を向けて欲しいために,音刺激に対してので

    きるだけ早く正確にスイッチを押すという教示を弱いニュアンスで伝えてしまった可能性

    があることから,今後の実験においてはまばたきを抑えて欲しいことに加えて音刺激に対

    する教示も按排する必要がある。

    次に,実験参加者数の少なさを挙げることができる。分析対象とした人数が 8 人と分析

    に耐えられる最小限の人数であることから,より多くの参加者を募り分析にかけることで

    本実験では出なかった差が出るかもしれない。また,ERP は個人差が大きいことで知られ

    ているが,被験者間要因をなるべく用いない,被験者内要因のみで構成された実験計画を

    用いることも検討したい。

    最後に,ERP や P300 には他手法などには劣る面も多くある方法であるが,そういった

    短所を見るのではなく,ERP や P300 が強みとして持っている長所をなるべく活かすこと

    のできる実験デザインで実験を行うことで今後の心理学の発展に寄与できると考える。ま

    た,2D や 3D,そして本研究でも扱った一人称映像や三人称映像など様々な要素において

    も同様に,石垣(2014)でも挙げられているように,ネガティブな面を研究することも大

    いに価値のある事であるが,ポジティブな面に関して心理学的な側面から分析を試みるこ

    との意味も大いにあることから以上の課題を踏まえた上で,再検討をしていく。

    引用文献

    Branigan, E. (1984). Point of View in the Cinema: A Theory of Narration and Subjectivity in

    Classical Film, Genthiner Strasse 13 D-10785 Berlin / Germany.

    Burks, R., Harper, C., Bartha, M. C. (2014). Examining 3-D Technologies in Laptop Displays.

    Ergonomics in Design: The Quarterly of Human Factors Applications, 22(3), 17-22.

  • 24

    廣瀬通孝 (1995). バーチャルリアリティ用ディスプレイ 電気情報通信学会

    78(7),699-704.

    石垣紘香(2014). 3D 映像に対する注意の測定―P300 から見る注意への影響― 立教大学

    2014 年度卒業論文,2.

    関東神経生理検査技術研究会(2002). 注意の集中度の評価~P300~ 2002 年 5 月 2 日

    (2015 年 11 月 30 日)

    入戸野宏(2005). 心理学のための事象関連電位ガイドブック 北大路書房,6-7.

    入戸野宏(2006). 映像に対する注意を測る-事象関連電位を用いたプローブ刺激法の応用

    例- 生理心理学と精神生理学,24(1),5-18.

    入戸野宏・堀忠雄(2000). 心理学研究における事象関連電位(ERP)の利用 広島大学

    総合科学部紀要Ⅳ理系編,26,15-31.

    入戸野宏(2008). プローブ刺激法を用いた興味の認知心理生理学的研究 科学研究費助

    成金研究成果報告書,20730476.

    入戸野宏(2004). 心理生理学データの分散分析 生理心理学と精神心理学 22,3,275-290.

    岡本昌也・柳井啓司(2013). ウェアラブルカメラを用いた道案内映像の自動作成 研究

    報告コンピュータビジョンとイメージメディア(CVIM),5,1-8.

    Suzuki, J., Nittono, H., Hori, T.( 2005) . Level of interest in video clips modulates

    event-related potentials to auditory probes. International Journal of Psychophysiology , 55,

    35-43.

    謝辞

    本論文で報告したデータは現代心理学部心理学科 4年の西川巧君の卒業研究で得られた

    ものである。また,脳波計測の方法と分析について広島大学の入戸野宏先生からご指導を

    いただいた。記して感謝の意を表します。

  • 25

    映像生態学とは何か

    -映像の制作と鑑賞に関する実験的研究および

    フィールドワークに基づく理論的考察-

    鈴木 清重

    目 的

    本研究の目的は、映像生態学プロジェクト最終年度の公開シンポジウム(2015 年 6 月)お

    よび公開講演会(2016 年 3 月)を受け、映像生態学の背景を整理し、映像生態学とはどのよ

    うな学問か論じることである。特に心理学の観点を重視し、映像心理学(鈴木, 2016)の視点

    から映像生態学の特質を考察する。同様に、映像生態学の基礎となる映像環境の概念を精緻

    化することを目的とする。本研究では特に「映像」に関する実験的研究とフィールドワーク

    を通じた理論的研究(鈴木, 2015 b, 2016)に基づき、映像環境の概念を考察する。映像環境

    の概念に基づき、本プロジェクトが基盤形成を目指した映像生態学とは何か論じる。

    映像研究の課題

    本節では、鈴木(2008, 2015)に基づき本プロジェクトの主題である映像という概念を再考

    し、既存の映像研究の枠組みと課題を概観する。鈴木(2015)より、映像に関する研究の難

    しさは、そもそも映像という概念を定義する難しさにあると考えられる。岡田(2000)によ

    れば、映像という概念が創出された当初、「影像(心的像)」という用語が用いられた。寺田

    寅彦の随筆の中には、「影像(心的像)」と「映像」の用語が混在していたという。映像関係

    の研究活動を通じて知る限り、映像の研究者たちは映像とは何かという議論を繰り返し行っ

    てきた。「映像」という言葉が指し示す内容は時代と共に拡張し続けていると考えられ、議論

    の決着はみられていない。

    鈴木(2008)によれば、映像に関する最古の研究は古代の影、鏡像、ピンホールカメラの

    原理に関する研究と考えられる。古代中国の墨子(墨翟, 紀元前 470 - 390) は「経篇 下」

    「経説篇 下」の中で、1)影に関する種々の現象、2)鏡面に反射する画像、3)さらに光

    束の交わる先に倒立した画像が生じる現象を記述した(薮内, 1996; J. Needham, 1962 橋本訳,

    1977; R. K. G. Temple, 1986 牛山訳,1992)。光束の先に倒立画が生じる光学的現象の記述は、

    ピンホールカメラ(カメラ・オブスキュラ)の原理に関する世界最古の記述であり、映像研

    究の萌芽とみることができる。墨家の思想と研究が後世に受け継がれたかどうか、また受け

    継がれた場合はどのように受け継がれたかは不明である。古代ギリシアの Aristoteles(紀元

    前 384 - 322)は、日食の中で木の葉の隙間を通じて日食の影が地面に投映される現象を記述

    したといわれる(大日方, 2004; 森山, 2004)。K. Suzuki, L. Sugano & N. Masuda(2013)より、

    日食が生じている自然環境下で周囲を観察できれば、比較的容易に様々な視覚現象を記述で

    きると考えられる。Aristoteles は視覚残像に関する記述をしたことでも知られ(鬼沢, 1977)、

    観察と分類を重視する心理学の源流と考えられる。Aristoteles が日食にまつわる視覚現象を

    記述したとしても不思議はないが、実際にそのような記述を行ったことを示す原典の所在は

    必ずしも明確でない。

  • 26

    ピンホールカメラ( カメラ・オブスキュラ)そのもの に関する世界最古の記述は、中世

    アラブの科学者 Ibn al -Haytham(ラテン名 Alhazen, 965 - 1038) の研究にみられる (T. J.

    Lombardo, 1987 河野 訳, 2000) 。Alhazen は中世にあって近代の知覚理論を先取りしたア

    リストテレス主義者であり、光の観察に基づき視覚論を飛躍的に発展させた。Lombard(1987

    河野訳,2000)によれば、Alhazen(1000) がカメラ・オブスキュラを初めて記述した後、

    Leonard da Vinci(1452-1519) がカメラ・オブスキュラを考察した。カメラ・オブスキュラ

    は、イスラムで誕生した自然科学の影響を受けながら、 Lombardo (1987, 河野 訳, 2000) が

    指摘するように視覚光学理論の研究対象となったと考えられる。J. Crary (1990, 遠藤訳, 2005)

    はヨーロッパ世界に視聴覚文化が普及した背景を論じており、カメラ・オブスキュラの果た

    した役割を強調した。カメラ・オブスキュラの普及に伴い、今日の映像体験に関する種々の

    概念が普及したと考えられる(鈴木, 2008)。宇野(2015)は、映像生態学プロジェクトの講

    演の中でカメラ・オブスキュラが西欧社会で果たした役割に言及した。カメラ・オブスキュ

    ラが映像と知覚のモデルとなったことに伴い、カメラ・オブスキュラのとらえ方に基づき映

    像と知覚に関する考え方に幾つかの制約が生じた可能性がある。知覚心理学の研究方法が研

    究者自身の信奉する方法論の制約を受ける可能性があるように、認識に関する理論は当該の

    理論を構築した主体の認識そのものを制約する可能性がある。

    鈴木(2015 b)より、映像の概念は知覚の概念と表裏一体に発展した可能性がある。Lombard

    (1987, 河野 訳, 2000) および菅野(2012)は、古代ギリシャの視覚観について述べた。古代

    ギリシャの哲学者たちは、ものが見えるためには見る対象と見られる対象の間に何らかの接

    触がある筈だと考えたという。目と対象がどのように接触するかという考えが、最初期の視

    覚に関する考え(視覚論)であったと考えられる。視覚論の歴史に関する考察は、映像生態

    学プロジェクトチーム4が企画した講演会でも取りあげた(L. U. Marks, 2015 程 訳, 2015)。

    菅野(2012)によれば、それら古代の視覚観は互いに独立に確立しており、内送理論、外送

    理論、媒介理論の3種類に分類できる。古代の社会では互いの地域に交流はなく、それらの

    考えを比較したり統合する機会はなかったと考えられる。中世に入り、視覚に関するそれぞ

    れの考えがイスラム世界に渡り比較や統合の機会を得たと考えられる。

    内送理論は、古代の原子論者たちの視覚に関する考えであった。対象の薄層(エイドラ)

    が眼に接触し、視覚が成立すると考えた。エイドラ仮説とよばれる。Lombard (1987, 河野 訳,

    2000) および菅野(2012)によれば、ギリシャ語の「エイドラ」はラテン語で「シムラクラ」

    であり、「シミュレーション」の語源である。シミュレーション仮説とも呼ばれる視覚観では、

    モノを見ることをモノの代替物や表象と眼が接触することと考える。内送理論の視覚観は、

    映像概念草創期の「影像(心的像)」という言葉や表象概念に基づく映像論の考え方に符合す

    る。一方、Lombard (1987, 河野 訳, 2000) によれば、古代の視覚観にみられる「画像アナロ

    ジー」の考え方は、現代の視覚論の成立に影響を与えてきた。特に、モノが見える仕組みを

    説明することを目的とする視覚の機構論(柿崎, 1993)に影響を及ぼしたと考えられる。「網

    膜像」という「現実の写像」を意識や脳に代表される「内的処理」を通じて見ることが「知

    覚」であるという知覚観は「間接知覚論」と呼ばれ、「表象」という考え方に符合する。映像

    概念と視覚概念の萌芽は共に古代の哲学にみられ、互いに関連して発展した可能性がある。

    映像に関する考察の歴史は長いが、映像を体系的に扱える理論は構築されていない(鈴木,

  • 27

    2008)。映像に関する研究を行って来た今日までの研究分野を挙げれば、哲学、光学、美学、

    心理学、芸術学、映画学、社会学、教育学、工学、デザイン学、情報学など様々な分野にま

    たがる。これらの分野を統合する試みとして、映像学、映像身体学(本学現代心理学部の試

    み)などの新しい学際分野の構築が試みられてきた。本プロジェクトによる映像生態学とい

    う新しい学問分野の基盤を形成する試みも、このような新しい学際領域を創出する試みの1

    つと位置づけられるだろう。

    様々な学問分野をまたぐ学際領域の創出過程では、研究者間の方法論の違いが顕在化する

    場合がある。例えば、映像生態学プロジェクトが取り組んで来た研究成果の公開方法には、

    論文による成果公開と作品による成果公開の2種類があった。研究期間を通じて、双方の成

    果の公開方法へ理解が進んだと考えられる。また、論文による成果公開の方法の中にも、論

    文という形式に則り研究成果というコンテンツを説明する方法と、論文それ自体を映像体験

    の記述という一種の作品として提示する方法があったと考えられる。学際研究を通じてはじ

    めて理解できる異種領域間の相違点が数多くあり得る。学際的研究では、内包する学問分野

    の個々の成果と成果公開の方法、考え方に等しく価値をみとめ、今後の研究に活用できる方

    法で研究成果をアーカイブして行くことが重要である。個々の研究者が既存の学問の背景を

    重視しつつ、研究者間の建設的な議論と対話を通じて新しい研究の考え方と方法を創出する

    必要がある。

    心理学とは何か

    本節では、鈴木(2010, 2016)に基づき、本研究で重視した心理学の観点を論じる。学際的

    な研究成果を一般公開する過程では、各研究が内包する学問分野の考え方や方法を基本に立

    ち返り整理する必要がある。学際領域を共に構築する研究者間でも、双方の研究分野の基礎

    を相互に確認し理解することが重要である。本節では、心理学とは何かという観点で可能な

    限り基礎的な問題から整理したい。

    心理学はヒトと動物の行動と内的過程に関する実証科学といわれてきた。一般に誤解され

    やすく各種メディアで混同されている自己啓発法や読心術、占いとは異なる。さらに、必ず

    しも「心の科学」といえる訳でもない。心理学は誕生の当初より、「心」に相当する概念を排

    除した理論も内包してきた。つまり、一口に「心理学」といっても、実際には正反対の立場

    や理論も内包している学問分野である。そのため、現代の心理学を一口に肯定することも批

    判することも難しい。例えば、心理学のある分野に対する批判は、別の分野には全く当ては

    まらないという事態が容易に起こりうる。学際研究にみられる心理学への言及は、当の心理

    学者にとっては心理学のどの点に関する言及なのかわかりづらい場合がある。心理学の隣接

    領域は数多く個々の研究は多種多様であるため、極端な例を挙げれば、異なる領域の心理学

    者間で互いに全く知らない研究を行っている場合すらあり得る。さらに、大学以外では心理

    学の教育を受けられる機会がほとんどないため、一般に心理学とは何か知ることのできる機

    会は少ない。心理学への誤解とは気付かれず、誤解されることもあり得る。仮に何らかの分

    野の研究者であっても学生時代に心理学の科目を意図的に履修した経験がなければ、心理学

    の全貌を知る機会は少ない可能性がある。反対に、心理学を専攻した学生が心理学以外の研

    究領域を学ぶ機会を逸する可能性も考えられる。

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    現代の心理学は、それ自体が学際的な学問分野といえる可能性がある。学際的であるため、

    隣接する自然科学分野との融合は比較的活発に進んだ可能性がある。誕生当初の心理学は、

    具体的には物理学、生物学、生理学に隣接する自然科学の1分野として誕生した。他の自然

    科学同様に根底には、哲学があった。心理学が 19 世紀末以降に哲学から独立した自然科学の

    1分野として成立した後は実験科学としての要件を整え、その後、種々の研究方法を採る複

    数の分野へ細分化した。細分化した領域の中には、社会科学、人文科学と隣接する分野も生

    まれ今日に至る。心理学の細分化の過程では、学者個人が担う総合的な研究から組織が担う

    細分化した研究へと変質し、新しい横断的な研究が難しい状況が生まれたと考えられる。映

    像生態学の構想は、このような現代の心理学の状況を踏まえた新しい試みの1つと考えるこ

    ともできる。

    心理学の分類 様々な分野に細分化した心理学を分類する基準として、1)研究対象、2)

    研究方法、3)研究目的、4)方法論を挙げることができる。研究対象は、何を研究するか

    を表す。研究対象を明確にできなければ、どのような学問分野といえるか明確にできない。

    心理学は、ヒトと動物の行動と内的過程を研究してきたといわれる。心理学独立当初の研究

    対象は、感覚・知覚と意識であった。研究対象を名称に関した「何々心理学」という分野の

    名称が複数ある。例えば、知覚心理学、学習心理学などがある。

    研究方法は、どのような方法を用いて研究するかを表す。現代の心理学には、実験的方法、

    非実験的方法、歴史学的方法の3つの研究手法があると考えられる。実験的方法は、実験と

    いう方法を用いて仮説を検証する研究法である。非実験的方法は、一般に観察、調査、相関

    法、事例研究という研究方法から成る。歴史学的方法は、主に資料収集と文献研究を行う。

    3つの手法をとる研究分野の代表的な例として、実験心理学、臨床心理学、理論心理学を挙

    げることができる。日本では理論心理学を専攻する研究者が相対的に少ない現状があり、日

    本の心理学研究の多様性を確保する上では課題が残されている。理論心理学は、映像生態学

    プロジェクト内で構築したチーム4の哲学的研究との親和性が高い分野と考えられる。本研

    究の理論的考察も、理論心理学の知見を活かして行っている。

    研究目的とは、何を目的に研究するかということである。これまでの心理学研究が目的と

    してきたことをまとめると、記述、説明、予測と制御、人間の生活の質の向上という4つの

    目的があるといわれてきた。記述とは、研究対象とした現象を種々の方法でデータ化するこ

    とであり、言語化し整理し概念を構築することである。説明とは、2つの事象間の因果関係

    を明らかにすることである。予測と制御とは、生活体(ヒトと動物)の行動と環境の相互作

    用を研究し、生活体の行動を予測し制御することである。人間の生活の質の向上とは、研究

    の応用を通じて QOL(Quality of life)の向上を目指すことである。心理学者は各自の研究で

    これらの目的を設定してきた。1つの研究が複数の目的を設定する場合もあるが、4つの目

    的は独立であり複数の目的を設定する研究が多いとはいえない。

    心理学的理論の2つの源流 自然科学としての心理学を形成した直接の基盤は、物理学者

    による精神物理学と実験美学の研究、生物学者による進化論と表情の機能に関する研究、生

    理学者による神経機構と感覚に関する研究であったと考えられる。あらゆる学問の源流は哲

    学であったといえ、自然科学の根底にも哲学の潮流がある。心理学にみられる理論の源流も、

    遡れば哲学者の思索に行き着くと考えられる。例えば、 Lombard (1987, 古崎・境・河野・北

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    島・菅野・曽我・福田 訳, 2000) は、生態学的心理学(生態心理学)を創始した J. J. Gibson

    (1904-1979) の理論の源流を古代哲学から現代まで辿り考察した。Lombard (1987) の指摘は、

    哲学史が指摘する近代哲学の合理論と経験論に代表される2つの思想の潮流とも整合する。

    心理学の理論や学説の中にも合理論と経験論に基づく「空間視」(大山, 1994)、「性格」(サト

    ウ, 2003)、「言語」(梅本, 1994) に関する生得説と経験説の論争があった。

    鈴木(2015 b, 2016)は、Lombard (1987, 古崎・境・河野 他 訳, 2000) の理論心理学的研

    究に基づき、心理学的理論の2つの源流を「モノ志向」と「コト志向」と呼んだ。モノ志向

    とコト志向ということばは、近年のアートとデザインに関する研究で用いられることばであ

    る。複雑な歴史上の事象に基づく学術的な姿勢の結果を、たった2つに分類する試みは乱暴

    なことではあるが、モノ志向とコト志向の区分はアートとデザインに関する研究の中で心理

    学的理論にみられる2つの哲学の違いを明確化できる可能性がある。以下に両者の特徴を素

    描する。

    モノ志向の理論は、「実在するのはモノである」とする立場をとる。「モノに内在する性質」

    を追求する立場であり、研究対象を文字通り対象化(モノ化)し対象の中身を割ってみる「分

    析」を行い、対象の振る舞いを司る「原理」や「法則」を探求する。原理や法則は、数学的

    に記述されうる。原理や法則により、対象の振る舞いを説明することを目的とする理論であ

    る。歴史的には古代ピタゴラス派の系譜に連なる問いが源流となり、パルメニデスの時代に

    顕在化した立場と考えられる。パルメニデスの考え方はプラトンに影響を与え、デカルト

    (1596-1650)の心物二元論や反射概念の創始を経て合理論、生得説、演繹法に至った。一方、

    イスラムの自然科学の影響を受けた英国の経験論はデカルトの影響を経てロック、ヒューム、

    バークリーらの連合心理学(連合主義)を生んだ。連合主義がとった「因果は直接知覚でき

    ない」といった考えは現代の「心理主義」へ通ずる考え方であり、19 世紀末に生理学から心

    理学を独立させたヴントの意識主義、要素(構成)主義心理学へ受け継がれた。現代の心理

    学では、心脳同一説を採る認知心理学や、対象の知覚心理学といえる間接知覚論、知覚の機

    構論(柿崎, 1993)へ受け継がれている。

    コト志向の理論は、「実在するのは関係(コト)である」とする立場をとる。モノ志向的に

    あえて「説明」すれば「モノ同士の関係」を追求する立場と呼べるかも知れないが、正確な

    説明とはいえない。コト志向では研究対象をモノ化することを避けながら、規則性の記述と

    分類を行う。記述の単位は、研究の目的や体験の質(種類)に応じて変容すると考えられる。

    種々の水準で体験し知覚できる事象(できごと)の記述と分類を通じて、実在する関係の記

    述を目的とする理論である。歴史的には哲学の祖と呼ばれるタレスの系譜に連なる問いが源

    流となり、ヘラクレイトスの時代に顕在化した立場と考えられる。ヘラクレイトスは「同じ

    川に2度入ることはできない」という言葉で知られる。ヘラクレイトスにみられる「動き」

    や「関係」を重視する考えは、アリストテレスの博物学的な記述と分類の姿勢に受け継がれ、

    中世のイスラム世界へ受け継がれたと考えられる。アリストテレスの影響を受けてイスラム

    世界で確立した自然科学は、スコラ哲学のロバート・グロステスト(1170 頃-1253)、ロジャ

    ー・ベイコン(1214 頃-1294)、フランシス・ベイコン(1561-1626)を経て経験論、経験説、

    帰納法に至った。F. ブレンターノ(F. Brentano,1838-1917)は、16 歳で入学したベルリン大

    学でトレンデレンベルグ(1802-1872)よりアリストテレスを学んだ。19 世紀末草創期の心

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    理学では、ブレンターノの創始した作用心理学にコト志向の系譜が受け継がれた。ブレンタ

    ーノは「経験こそが我が師である」という言葉で知られる。ブレンターノは、ウィーン大学

    で現象学の創始者フッサールと精神分析の創始者フロイトを指導したことでも知られる。フ

    ッサールは志向性の概念をブレンターノより受け継いだ。心理学が哲学に影響を及ぼした代

    表的な事例の1つといえるだろう。20 世紀の心理学では、ブレンターノ立場がゲシュタルト

    心理学の成立に大きな影響を与えた。同様に、「因果は直接知覚できる」という考えを実験的

    方法により示した A. ミショットの実験現象学に影響を与えた(小松, 2002)。アメリカでは、

    ゲシュタルト心理学のコフカを通じて J. J. ギブソンの生態学的心理学に影響を与えた。ミ

    ショットとギブソンの立場は直接知覚論と呼ばれ、ギブソンの理論的立場は知覚の機能論(柿

    崎, 1993)といえる。現代の心理学では、事象の知覚心理学といえる直接知覚論、知覚の現象

    論(柿崎, 1993)へ受け継がれている。映像生態学プロジェクトチーム4の講演会で B.

    Massumi (2015 三宅 訳, 2015) が例示した カニッツァの三角形を創出した G. カニッツ

    ァ(G. Kanizsa, 1913-1993)もまた、ブレンターノの系譜を受け継ぐ心理学者である。ドイツ

    で学んだ ベヌッシ(1878-1927)がブレンターノの孫弟子に当たり、カニッツァはベヌッシ

    の孫弟子に当たる。カニッツァは、日本では 『視覚の文法』(G. カニッツァ, 1979 野口 訳,

    1985)の著者として有名である。カニッツァは知覚心理学者であると同時に画家でもあり、

    供覧(デモンストレーション)に基づくコト志向的な研究領域を開拓した。非感性的完結化

    (アモーダル・コンプリーション)やプレグナンツの原理(簡潔化の原理)に関する数多く

    の研究をはじめとして、日本の知覚心理学者とも交流が深かった。

    ここまでモノ志向とコト志向という区分に関する考察の概要を述べた。哲学と心理学の歴

    史は、実際にはより多くの人物の様々な経緯の絡み合いにより生じた種々の研究の集合から

    成る。必ずしも本節で想定した単純なつながりと流れで、心理学の全貌を理解することはで

    きない。現代までの心理学研究を個別に吟味すると、1人の研究者の概念や理論が2つの源

    流をまたいでいた事例もあった。しかし、理論の源流は大別して2種類あると考えることで

    現代の多岐に亘る複雑な心理学の理論を、2本の縦糸の絡み合いとして理解できる可能性が

    ある。

    モノ志向は今日の心理学の多数派であり、一般に心理学と考えられている理論体系の多く

    がモノ志向の系譜に連なることだろう。そもそもニュートン(1642-1727)の光学にはじまる

    自然科学の多くが、モノ志向的といえる。しかし、古代よりコト志向の考え方と研究の試み

    が常に並行して継続してきたことに注目すべきである。例えばニュートンの時代には、ゲー

    テとの間で色彩論争があった。ただし、ゲシュタルト心理学の変遷にみられるように、コト

    志向の理論的成果を「説明」しようとする際には、コト志向の概念や理論や研究にモノ志向

    的な概念が混在することとなり、コト志向を徹底できた理論は希有である。境(2002)に基

    づき考察すれば、 J. J. Gibson(1979)のアフォーダンスという概念はコト志向の徹底を意図

    した概念といえる。同様に、 J. J. Gibson (1979) が考察した包囲光配列の概念は、映像の概

    念を環境と考える発想に立っていたと考えられる。J. J. Gibson (1979) の創始した生態学的視

    覚論は、今日の新しい芸術観にも影響を及ぼしている。

    コト志向の研究は、「説明」という研究手法にはそぐわない特徴があり、説明が難しいが故

    におそらくは理解も難しい。そのため、今日の心理学の多数派とはいえないが、一方で強固

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    な理論集団を形成してきたともいえる。例えば、知覚心理学とは記述の単位が異なるが、B. F.

    スキナーの徹底的行動主義(行動分析学)はモノ思考の概念を意図的に排除した完成された

    理論体系をもっておりコト志向的といえる。ギブソンの理論とスキナーの理論には関連を指

    摘する研究者もいる。今後の映像研究の分野では、コト志向的な実験現象学と生態学的心理

    学(生態心理学)のアプローチに加え、行動分析学のアプローチによる研究を試みる必要が

    あると考えられる。映像生態学プロジェクト内では、チーム2の研究が、既に応用行動分析

    の手法を用いた研究を行ってきたと考えられる。

    仮に、モノ志向からコト志向への理論的立場とアプローチの変容を検討した場合、コミュ

    ニケーションモデルや知覚論の変容を促すと考えられる。例えば、従来のモノ志向的なコミ

    ュニケーションモデルは、コミュニケーションをコンテンツ(内容)という球を投げ合うキ

    ャッチボールのようなものと捉えてきた。送り手から受け手に正確に球が渡ればコミュニケ

    ーションが成功したと考えられてきた。機械論的なコミュニケーション論である。キャッチ

    ボールモデルは、コンテンツ(内容)としての「意味」を伝えることを目的とした映像体験

    の説明には適したモデルであり、映像の機構と機構に関連する機能を語る上では有効なモデ

    ルと考えられる。しかし、芸術としての映像で体験するような「共感」や「感動」の体験を

    語りづらい短所があると考えられる。

    コト志向のコミュニケーションモデルは、複数の人が次第に集まりながら一緒に「たき火」

    を作り、複数の人が火種から薪に火がつき「たき火」が成立するというプロセス(過程)を

    共有して「たき火」のありさまを体感し、共感するようなモデルを要求するように感じる。

    必ずしも説明はできず、供覧による研究成果公開を必要とするアプローチのように思われる。

    知覚と映像に関する研究では、感覚情報を処理して得たコンテンツとしての情報が脳内でど

    う統合されるか説明するモノ志向的な知覚論(機構論)から、映像体験を制御している環境

    変化の記述を行うコト志向的な知覚論(機能論)や、映像体験のありさまを記述するコト志

    向的な知覚論(現象論)への変容が考えられる。両者のモデルや考え、研究の仕方に優劣は

    なく、研究の目的と研究者自身の生き方に応じた使い分けが必要である。

    映像心理学とは何か

    本節では、鈴木(2012 a, 2016)に基づき、本研究が重視した映像心理学の視点を論じる。

    前節で示した通り、「心理学」が冠する言葉は、当該の心理学の研究対象もしくは方法を表す。

    映像心理学とは、次に示す2つの意味をもつ学問分野といえる。1)動画像と静止画像の総

    称としての「映像」を研究対象とする心理学である。2)心理学研究の方法に映像の活用を

    積極的に進め、新しい研究成果を得ようとする心理学の一領域である。1)の定義に従えば、

    映像心理学は「映像の心理学」である。2)の定義に従えば、映像心理学は「映像による心

    理学」である。例えば、心理学の観察法に映像を用いることで研究を飛躍的に発展させられ

    る。従来の学会組織では主に1) の意味で定義づけられてきたと考えられる。本研究では、

    映像心理学を双方の定義のいずれかに該当する心理学の総称と考える。

    以下に、映像を研究した心理学者の研究例を抜粋する。末尾の数字は西暦で出版年を表す。

    M. ウェルトハイマー 映画の原理といわれる運動視(φ現象)の研究 1912

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    H. ミュンスターバーグ 劇映画の心理学的考察 1916

    R. アルンハイム 映画をはじめとする芸術心理学の研究 1932

    F. ハイダー & M. ジンメル 事象知覚、社会的因果性に関する研究 1944

    A. ミショット 事象知覚、機械的因果性に関する研究 1963

    J. ホッホバーグ 映像の空間と動きの知覚に関する機能論的研究 1978

    J. J. ギブソン 包囲光配列の発想による面の知覚、事象知覚の研究 1979

    以上の研究例からみてとれる通り、映像を研究対象とする「映像の心理学」は、知覚心理

    学、産業心理学、芸術心理学を基盤に発展してきた研究領域である。「映像の心理学」は、a)

    映像体験の記述、b)映像体験の説明、c)映像体験の予測と制御、d)映像体験の質の向上と

    いう4つの目的をとりうる。前節で述べた通り、これら4つの目的は独立であり、個々の研

    究が複数の目的をとる必要はない。映像制作者を養成する専門教育機関では、c)の基礎研究

    と、d)の応用研究が重要になるだろう。映像生態学プロジェクトにも4つの目的を網羅する

    研究があったと考えられる。本プロジェクトは心理学以外の研究分野も含むことから、映像

    生態学は映像心理学よりも幅広い学問領域といえる。

    以下、鈴木(2016)に基づき、2015 年までに実施した映像心理学の主な研究方法と事例、

    教育現場での応用事例を紹介する。

    作品の事例研究 採録法と呼ぶ研究方法(鈴木, 2011; 他)を用いて、鑑賞者の映像体験を

    記述する研究を行ってきた。採録シートと呼ぶ観察者の反応測定用の書式を用いて、映像の

    観察者自身が映像作品の観察を通じて体験した「できこと」を時系列で記述した。例えば、

    動画像系列に知覚される事象の同一性に関する研究(藤本, 2012; 鈴木, 2013)では、2種類

    の採録シートを考案した。採録シート A は、作品の鑑賞体験を採録する書式であった。鑑賞

    した作品の、1)提示時間、2)事象(できごと)、3)カット・被写体、4)カット提示時間、

    5)つながり(前後のカット間の連続性評定)、6)台詞・ナレーション、7)音声、8)BGM

    の 8 項目ごとに鑑賞体験を採録した。採録シート B は、同一と知覚された複数の作品の鑑賞

    体験を細密に比較するための形式であった。同一事象と知覚される動画像系列間の体験を横

    断的に採録する形式であり、1)ショット番号、2)事象、3)カメラ操作、4)アングル、5)

    被写体、6)動き、7)開始時フレームの内容、8)変化、9)終了時フレームの内容、10)提

    示時間の 10 項目ごとに鑑賞体験を記録した。「変化」の項目では「事象」の項目に記述した

    大きな事象(できごと)のまとまりを、より小さな事象(できごと)のまとまりに分け記述

    した。各事象の推移を「変化 1」から「変化 n」まで提示時間ごとに記述した。これら、体験

    に関する各種のデータは映像の技法と体験の関係としてプロットできる。採録法は、作品ご

    とに特徴的な映像体験を可視化するための研究方法といえる。作品の特徴を可視化すること

    で制作技法と鑑賞体験の関係に関する仮説を生むことができる。

    作品の事例研究の指導を映像教育の教材とする試みでは、受講生である観察者自身が好む

    作品を題材に、各種の教育効果の実現を目指した。教材としての導入初期に期待される教育

    効果は、a)まずは採録そのものを体験し日頃の映像体験そのもに目を向けること、b)映像

    表現の「技法」を観察できる視点へ導くことである。教育現場で事例研究の方法を指導する

    過程では、作品の著作権にまつわる種々の問題を紹介しながら著作物の引用方法も指導した。

  • 33

    実験的研究 事例研究に基づく仮説を検証する実験的研究を行ってきた。実験的研究では、

    仮説が想定する原因と結果の関係を実験室内で再現する。仮説の命題で原因に相当する「独

    立変数」を操作することで、仮説の命題で結果に相当する「従属変数」が随伴的に変化する

    か測定する。測定に際して、独立変数以外に従属変数に影響を及ぼすことがわかっている要

    因を「剰余変数」として統制する。剰余変数の統制は、具体的には値を一定にするか0(ゼ

    ロ)にすることで行う。映像体験のように日常の体験に近い現象を研究対象とする実験的研

    究では、日常体験に則した独立変数と剰余変数を特定することが主要な研究課題になると考

    えられる。

    事象知覚の研究 映像作品や「おべんとう絵本」(長谷川, 1988)を研究対象と�