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第3回 ハイドロジェノミクス研究会 2020 年 8 ⽉ 20 ⽇(⽊)、21 ⽇(⾦)、オンライン開催 世話⼈: 福⾕克之(東⼤),⼤友季哉(KEK),常⾏真司(東⼤) 8 ⽉ 20 ⽇(⽊) 10:25 Opening 福⾕克之(東⼤) 10:30 講演 1(招待) 吉信 淳 (東⼤) ⽔素雰囲気中の固体表⾯を観察する 11:00 講演 2(⼀般) ⼭川 紘⼀郎(原研) マトリックス分離した⽔素の核スピン転換の⾮破壊観測 11:30 講演 3(⼀般) 岡 弘樹 (早⼤) ⽔素貯蔵を可能とする⾼分⼦ 12:00 Lunch 13:00 講演 4(招待) 宮岡裕樹(広島⼤) 錯体⽔素化物のアンミン錯体に関する研究 13:30 講演 5(⼀般) 横森 創 (東⼤) 新規 Zn ジチオレン錯体結晶における ⽔素結合を介した電⼦移動がもたらす ベイポクロミズム 14:00 講演 6(招待) 越智 正之(阪⼤) 遷移⾦属酸⽔素化物の電⼦状態:第⼀原理計算に基づく結晶構造の解析および ⾮従来型超伝導体の提案 14:30 講演 7(⼀般) ⼩澤 孝拓(東⼤) チャネリング NRA の開発 -サブサーフェス ⽔素位置の同定- 15:00 break 15:30 講演 8(招待) ⾨野 良典(KEK) TiO2 中の格⼦間⽔素に付随する⼤きなポーラロン状態 16:00 講演 9(⼀般) 三浦 ⼤輔(⼭形⼤・原⼦⼒構) スピンントラスト中粉末結晶構造解析の開発 16:30 講演 10(⼀般) 吉川 司(東⼤) 成されCa-Al-H系新構造の理論予1

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第3回 ハイドロジェノミクス研究会

2020 年 8⽉ 20 ⽇(⽊)、21⽇(⾦)、オンライン開催 世話⼈: 福⾕克之(東⼤),⼤友季哉(KEK),常⾏真司(東⼤)

8 ⽉ 20 ⽇(⽊) 10:25 Opening 福⾕克之(東⼤) 10:30 講演 1(招待) 吉信 淳 (東⼤)

⽔素雰囲気中の固体表⾯を観察する 11:00 講演 2(⼀般) ⼭川 紘⼀郎(原研)

マトリックス分離した⽔素の核スピン転換の⾮破壊観測11:30 講演 3(⼀般) 岡 弘樹 (早⼤)

⽔素貯蔵を可能とする⾼分⼦ 12:00 Lunch 13:00 講演 4(招待) 宮岡裕樹(広島⼤)

錯体⽔素化物のアンミン錯体に関する研究 13:30 講演 5(⼀般) 横森 創 (東⼤)

新規 Zn ジチオレン錯体結晶における ⽔素結合を介した電⼦移動がもたらす ベイポクロミズム

14:00 講演 6(招待) 越智 正之(阪⼤) 遷移⾦属酸⽔素化物の電⼦状態:第⼀原理計算に基づく結晶構造の解析および ⾮従来型超伝導体の提案

14:30 講演 7(⼀般) ⼩澤 孝拓(東⼤) チャネリング NRA の開発 -サブサーフェス ⽔素位置の同定-

15:00 break 15:30 講演 8(招待) ⾨野 良典(KEK)

TiO2中の格⼦間⽔素に付随する⼤きなポーラロン状態 16:00 講演 9(⼀般) 三浦 ⼤輔(⼭形⼤・原⼦⼒機構)

スピンコントラスト中性⼦粉末結晶構造解析法の開発16:30 講演 10(⼀般) 吉川 誠司(東⼤)

⾼圧合成された Ca-Al-H系新構造の理論予測

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8 ⽉ 21 ⽇(⾦) 10:30 講演 11(招待) 北野 政明(東⼯⼤)

窒化物系材料を利⽤した貴⾦属フリーアンモニア合成触媒 11:00 講演 12(⼀般) ⼤政 義典(東⼤)

⽔素クラスター物質 Li(CB9H10)および 0.7Li(CB9H10)-0.3Li(CB11H12)に おけるクラスター秩序化過程

11:30 講演 13(⼀般) 佐藤 ⿓平(東⼤) Li(CB9H10)系の Li輸送機構に関する分⼦動⼒学計算

12:00 Lunch 13:00 講演 14(招待) 福井 賢⼀(阪⼤)

グラファイト電極上に形成される電気⼆重層における⽔分⼦およびイオンの 動的挙動の解析

13:30 講演 15(⼀般) Sidik Umar(阪⼤) Dynamics of Electric Field-Driven Proton Diffusion and Corresponding Resistance Modulation on NdNiO3 Thin Films

14:00 講演 16(招待) ⼭⽥ 鉄兵(東⼤) プロトンの溶媒和エントロピーによる熱電発電

14:30 講演 17(⼀般) ⻄⾕ 侑将(東⼤) ペロブスカイト型ニッケル酸化物における⽔素化による電気伝導特性の変化

15:00 break 15:30 講演 18(招待) ⼩松 ⼀⽣(東⼤)

中性⼦回折から⾒る氷VII-VIIIおよび氷VII-X相転移 16:00 講演 19(⼀般) 番場 凌太(北⼤)

α-Al2O3のΣ7粒界における⽔素拡散の異⽅性 16:30 Closing ⼤友季哉(KEK)

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水素雰囲気中の固体表面を観察する

Observation of solid surfaces in ambient hydrogen

𠮷信 淳 1

1 東大物性研 Jun Yoshinobu 1

1 ISSP, Univ. of Tokyo

水素曝露後あるいは水素雰囲気中の良く規定された固体表面(モデル触媒表面)を高分解能 X 線

光電子分光(HR-XPS)、赤外反射吸収分光(IRAS)、走査型トンネル顕微鏡(STM)により研究

した。HR-XPS を用いると、水素そのものを観測することはできないが、表面原子、バルク原子、

水素と相互作用している原子を表面内殻準位シフト(SCLS = surface core level shift)を介して

見分けることができる。IRAS を用いると、吸着水素原子と表面間の振動モードを観測することに

より、水素原子を直接検出することができる。STM を用いると、固体表面の構造(局所電子状態)

を原子スケールで観察することができる。本講演では下記の3つの系について報告する。 (1) Pd(110):Pd(110)表面を水素に曝露すると、水素分子は解離吸着し表面再構成が生じること

が良く知られており、吸着・脱離プロセスを含めて過去に数多くの研究がある[例えば 1−5]。水素雰囲気中での表面プロセスを STM と HR-XPS で詳細に観測し、表面 Pd 原子の不均一

な動的挙動と化学状態の変化についての知見を得た。 (2) PdAg 合金、PdCu 合金:水素ガスの超高純度化のために、PdAg や PdCu は水素透過膜と

して実際に用いられている合金である。水素吸着・水素雰囲気中における合金表面の変化に

ついて、真空中および雰囲気中の HR-XPS で観測した [6,7]。 (3) 単原子合金モデル触媒 Pd-Cu(111):最近、単原子合金触媒(single-atom alloy catalysis:

SAAC)[8]の研究が世界的に活発化している。Pd-Cu(111)表面の水素曝露による変化を

IRAS と HR-XPS で観測し、スピルオーバー水素の証拠となる Cu-H 振動を検出した[9]。 【参考文献】 [1] H. Conrad, et al., Surf. Sci. 41, 435 (1974). [2] K. H. Rieder et al., Phys. Rev. Lett. 51, 1799 (1983). [3] R. J. Behm, et al., J. Chem. Phys. 78, 7486 (1983). [4] J. Yoshinobu et al., Phys. Rev. B 51, 7 (1995). [5] S. Ohno et al., J. Chem. Phys. 140, 134705 (2014). [6] J. Tang, et al., Applied Surface Science 463, 1161 (2019). [7] J. Tang, et al., Applied Surface Science 480, 419 (2019). [8] R. T. Hannagan et al., Chem. Rev. (2020). https://doi.org/10.1021/acs.chemrev.0c00078 [9] W. Osada et al., in preparation (2020).

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マトリックス分離した水素の核スピン転換の非破壊観測

Non-destructive observation of nuclear spin conversion in matrix-isolated hydrogen

山川紘一郎 1,石橋篤季 2,波吉敏信 2,荒川一郎 2

1 原子力機構, 2学習院大理

Koichiro Yamakawa1, Atsuki Ishibashi2, Toshinobu Namiyoshi2, Ichiro Arakawa2

1 Advanced Science Research Center, Japan Atomic Energy Agency

2 Department of Physics, Gakushuin University

スピン 1/2 の水素原子核を回転対称位置に有する分子には,合成スピン I の値で区別される核

スピン異性体が存在する.同種粒子の不可弁別性により,異性体は特定の回転状態のみをとる.

孤立分子系では禁制である異性体間の転換は,凝縮系では数秒から数時間のオーダーで進行する

ことが知られ,その機構に興味が持たれている.赤外吸収分光法は,不活性分子固体(マトリッ

クス)中に分離した多原子分子(e.g. H2O, CH4)の核スピン転換を,非破壊に観測する有力な手

法だが[1,2],赤外不活性である H2の測定にはそのまま適用できない.そこで本研究では,CO2を

マトリックス種に用い,分極した H2の微弱な赤外吸収を検出することで,転換速度を測定した[3].

実験は全て超高真空下で行った.気体導入系において CO2と H2を分子数比 CO2 / H2 = 100で混

合し,5.4 Kに冷却した金基板上へ凝縮した.入射角 80°の反射配置で赤外吸収スペクトルを測定

し,凝縮後の時間変化を観察した.以下,凝縮終了時刻を t = 0 sとする.

Figure 1に示す通り,CO2薄膜内で分極した H2による微弱な赤外吸収バンドの時間変化を観測

した.Fig.1 (b)は,変化が収まった t = 3360 sのスペクトルを表しており,この非対称形状のバン

ドは,中心波数が 4149 cm-1(G1),4147 cm-1(G2)である 2つのガウス関数により良くフィッテ

ィングできた.一方,Fig.1 (a)に示す t = 240 sの吸収バンドは,中心波数が 4138 cm-1の G3を加え

た 3 つのガウス関数により再現された.G2は時間に依存しなかったのに対し,G1(G3)は時間と

共に成長(減衰)した.積分強度の時間依存性を解析することで,G1はパラ(I = 0),G3はオル

ソ(I = 1)異性体による吸収であることを見出し,オルソからパラへの転換の速度を 9.4×10-4 s-1

と求めた.本発表では,t < 240 sにお

ける時間変化からG2の帰属も決定し,

H2の核スピン転換機構を議論する.

[1] K. Yamakawa et al., Eur. Phys. J.

D 71, 70 (2017).

[2] K. Yamakawa and K. Fukutani, J.

Phys. Soc. Jpn. 89, 051016 (2020).

[3] K. Yamakawa et al., Phys. Rev. B 102,

041401(R) (2020). Fig. 1 CO2薄膜内に分離した H2の赤外吸収の時間変化 [3].

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水素貯蔵を可能とする高分子

Polymers as a Hydrogen Storage Material

岡 弘樹、小柳津 研一

早大先進理工

Kouki Oka, Kenichi Oyaizu Waseda University

【緒言】

有機レドックス高分子は、可逆に酸化還元するレドックス活性な部位をもつ高分子である。有

機レドックス高分子が少量の電解質を含んで非晶質に凝縮した相は、授受反応に基づき固体であ

っても素早く電荷輸送するとして基礎解明・応用に向けた研究・開発が進んでいる。そこで、授受

反応に基づく電荷の輸送・貯蔵を水素(プロトン)に拡張し、同じ原理で水素を輸送・貯蔵できる

新たな有機レドックス高分子を創出できると着想した。

【結果と考察】

本報告では、有機レドックス高分子の水素授受反応の解明、それを創蓄電デバイスに適用した。

具体的には、高い出力・耐久性・環境適合性をもつ有機-空気(図) [1]や有機-マンガン二次電

池 [2]、温和な条件(~100℃, 1 気圧)でも素早く応答する水素吸蔵高分子[3]、その他領域内での

共同研究についてその最新の展開を報告する。

図 有機空気二次電池

【関連文献】

[1] K. Oka et al. ChemSusChem, 13(9), 2280-2285, 2020.; K. Oka et al. Chem. Commun.,56(29), 4055–4058, 2020.

[2] K. Oka et al. ChemElectroChem, in press, 2020.[3] K. Oka et al. ACS Appl. Polym. Mater., 2(7), 2756–2760, 2020.本研究は、「新学術領域研究 ハイドロジェノミクス : 高次水素機能による革新的材料・デバイ

ス・反応プロセスの創成(ハイドロジェノム)」のご支援の下、実施されました。

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錯体水素化物のアンミン錯体に関する研究

Research on Ammonia Absorption Process of Complex Hydride

宮岡裕樹

広島大先進理工

Hiroki Miyaoka

Graduate School of Advanced Science and Engineering, Hiroshima University

背景・目的

アンモニア(NH3)は,重量水素密度が 17.8%と高く,且つ室温で液化するため高い体積水素密度

も有することから,次世代エネルギー(水素)キャリアとして注目されている。この NH3 を利用す

るための要素技術の一つとして,NH3 吸蔵物質の研究が挙げられる。LiBH4 に代表される錯体水

素化物は,分子状のアンモニアを吸蔵しアンミン錯体と呼ばれる安定相 LiBH4(NH3)xを形成する。

これらアンミン錯体は,吸蔵体の種類や NH3との組成により,異なる物性(熱力学的安定性,結晶

構造等)を示すことから,エネルギー貯蔵,アンモニア捕集,イオン伝導体等の様々な利用を目的

とした研究が行われている。一方で,これらの機能性発現メカニズムについては未だ完全には理

解されていない。そこで,我々は,これらアンミン錯体の反応機構や物性を理解することを目的

とした基礎研究を行っている。

研究方法

実験には,市販の高純度錯体水素化物及びハロゲン化物を用いた。NH3 吸蔵平衡圧力及び吸蔵

量は,NH3用圧力-組成-等温線(PCI)測定により評価した。固体試料については,粉末X線回折(XRD)

測定を用いて相同定を行った。また,試料の化学状態については,NH3 用環境セルを用いたフー

リエ変換赤外(FT-IR)吸収分光,核磁気共鳴(NMR)分光,ラマン分光測定を用いて評価した。尚,

試料調整及び測定の全行程は空気非接触下で実施した。

結果・考察

LiBH4の PCI測定において,アンモニア吸蔵に伴い多段のプラトー及びスロープが観測された。

プラトー領域は,整数比の組成を有するアンミン錯体相の形成を示す二相共存領域,スロープは

連続的に熱力学的安定性が変化する液体のアンミン錯体相を含む領域であると考えられる。In-situ

ラマン分光測定では,NH3吸蔵に伴い B-H 伸縮振動と N-H 伸縮振動が連動して変化するという結

果が得られた。これは,(BH4)-錯イオン中の Hδ-と NH3中の Hδ+の相互作用が組成により変化する

ことを示唆している。このような Hδ-と Hδ+の相互作用は,NaBH4の NMR 及びラマン分光測定に

おいても観測されている。講演では,その他の研究成果を合わせて示し議論すると共に,最近の

取り組みについても紹介する。

謝辞 本研究の一部は,JSPS 科研費新学術領域”ハイドロジェノミクス”公募研究:JP19H05059

の助成の下行われた。

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新規 Znジチオレン錯体結晶における

水素結合を介した電子移動がもたらすベイポクロミズム

Vapochromism Induced by Electron Transfer through Hydrogen-bonding

in Single Crystal of Novel Zinc Dithiolene Complex

⚪横森 創,出倉 駿,藤野 智子,河村 光晶,尾崎 泰助,森 初果

東大・物性研

○So Yokomori, Shun Dekura, Tomoko Fujino, Mitsuaki Kawamura, Taisuke Ozaki, Hatsumi Mori

The Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo, Japan

外部刺激や摂動による電子機能性の可逆制御は、センサー等のデバイス応用のみならず、

基礎研究の観点からも重要である。近年、新たな機能性制御のツールとして、分子性機能性

物質における水素結合が注目されている。これまで水素結合は主に分子配列・結晶構造を変

調する要素として利用されてきたが、最近我々は、水素結合中 H+ (D+) ダイナミクスによっ

て π共役電子系の伝導性と磁性をスイッチングすることに成功した [1]。水素結合を介した

電子状態変調によって磁性や伝導性のみならず幅広い機能性の制御が可能になれば、新しい

機構による機能性制御の可能性を提示できるだけでなく、変幻自在な水素を自在に使いこな

す学理構築にも繋がると期待できる。

一方、外部刺激に応答する機能性物質の一群として、蒸気に曝すことで色が変化するベイ

ポクロミック物質が、目に見えない周囲の環境を色変化として可視化できることから注目さ

れている [2]。これまでのベイポクロミック物質は、蒸気吸着に伴う分子構造変化 [3]や分子

配列変化 [4]によるものであり、水素結合を介した電子状態の直接的な変調によるベイポクロ

ミズムは報告されていなかった。

本研究では、プロトン受容性の S 原子上に大きく広がった分子軌道を有し、水素結合形成

によってその分子軌道エネルギーが有意に変調されることが期待できる Zn ジチオレン錯体

からなる結晶 (Ph4P)2[Zn(4-mxbdt)2] (1, Fig. 1 top,

4-mxbdt = 4-methoxybenzenedithiolate)を新規に合成し、

その可視光吸収と発光の蒸気応答性 および蒸気応

答メカニズムを明らかにすることを目的とした。結

晶 1 は水またはメタノール蒸気に曝すことで、単結

晶性を保ったまま蒸気分子とZn錯体のS原子間に水

素結合を形成し、可視光吸収及び発光特性が変化す

ることが明らかになった (Fig. 1 bottom)。分子間相互

作用を考慮した第一原理計算 [5]によってこの結晶

の電子状態変化を詳細に調査した結果、このベイポ

クロミズムが分子構造変化ではなく水素結合を介し

た電子移動に起因した新しいメカニズムに基づいて

いることを見出した。References

[1] A. Ueda et al. J. Am. Chem. Soc., 136, 12184 (2014) [2] E. Li et al. Chem. Soc. Rev., 49, 1517 (2020) [3] P.

Kar et al. Angew. Chem. Int. Ed., 56, 2345 (2017) [4] K. Fujii et al. Cryst. Growth Des., 11, 4305 (2011) [5] T.

Ozaki, Phys. Rev. B, 67, 155108 (2003); T. Ozaki and H. Kino, Phys. Rev. B, 69, 195113 (2004); 72, 045121

(2005); OpenMX website (http://www.openmx-square.org/)

Fig 1. Novel Zn dithiolene complex salt

(top) and the color and photoluminescence

changes of the crystal with vapor sorption

(bottom).

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遷移金属酸水素化物の電子状態:第一原理計算に基づく結晶構造の解析

および非従来型超伝導体の提案

Electronic structure of transition metal oxyhydrides: First-principles study

on their crystal structures and theoretical proposal for unconventional

superconductivity

越智 正之 1,北峯 尚也 1,黒木 和彦 1

1 大阪大学大学院理学研究科

Masayuki Ochi1, Naoya Kitamine1, and Kazuhiko Kuroki1 1 Department of Physics, Osaka University

固体電子系において新しい物質機能をうみだす手段として、複数種のアニオンを用いる戦略が

近年、強い注目を集めている[1]。特に、酸化物において酸素の一部を水素におきかえた酸水素化

物は、O2-と H-との著しい性質の違いから、興味深い研究対象である。このような戦略は、酸化物

に対する膨大な知見を活かしつつ、物質設計の可能性を大きく広げる点で魅力的である一方、「酸

素を置換する水素はどのように配列するか、またそれを何が決定づけるか」「どのような物性機能

が期待できるのか」といった基本的な問いに対して、明確な答えが未だ存在していない。

本講演では、これら二つの問いに答えるため、遷移金属酸水素化物に対する理論研究の成果を

紹介したい。まず一点目について、SrVO2H において実現している規則的なアニオン配置の起源

を、第一原理計算に基づいて解析した[2]。様々なアニオン配置をもつ結晶構造の全エネルギーを

比較したところ、アニオン配置を決める二つの重要な因子を見出した。一つは、VO4H2八面体に

おける V3+の結晶場が、水素の trans 配位をエネルギー的に好むことである。もう一つは、V-H-Vと V-O-V とで前者のほうが短い長さを好むことから、水素が隣接して(まとめて)置換するほど、

構造変化が整合的に起きて安定化することである。実験で実現する結晶構造はこれら両方の観点

から理想的なものである。また二点目の「どのような物性機能が期待できるのか」という点につ

いて、遷移金属酸水素化物が非従来型超伝導の有望な舞台となりうることも明らかにした。我々

の提案する候補物質系は二種類ある。一つは二層 Ruddlesden-Popper 化合物をベースとした酸水

素化物である。そこでは、水素の s 軌道が遷移金属の t2g軌道とはパリティが異なり結合を持たな

いことから、rung 方向の結合(ここでは層間結合)の強い梯子型電子状態が実現する可能性があ

り、非従来型超伝導の実現に有利である。もう一つは一層 Ruddlesden-Popper 化合物をベースと

した酸水素化物であり、水素置換によって得られる特異な結晶場分裂に由来して、多軌道性を利

用した超伝導性の増強が生じうることが明らかになった[3]。

[1] H. Kageyama et al., Nat. Commun. 9, 772 (2018). [2] M. Ochi and K. Kuroki,arXiv:2008.00656 (2020). [3] N. Kitamine, M. Ochi, and K. Kuroki, arXiv:2007.01553 (2020).

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チャネリング NRAの開発 -サブサーフェス水素位置の同定-

Development of channeling NRA -Site determination of subsurface hydrogen in crystals-

小澤孝拓 1,原山勲 2,杉澤悠紀 2,関場大一郎 2,福谷克之 1,3

1 東大生研,2 筑波大学大学院数理物質科学研究科,3 原子力機構先端研

Takahiro Ozawa1, Isao Harayama2, Yuki Sugisawa2, Daiichiro Sekiba2, Katsuyuki Fukutani1,3

1 Inst. Indust. Sci., Univ. of Tokyo

2 Institute of Applied Physics, University of Tsukuba

3 Asrc, JAEA

固体中における水素の位置は,時に物質の電気伝導特性や磁気特性を左右し,水素拡散の

動的ダイナミクスを決める鍵でもある.水素位置の理解と制御は,基礎・応用の両面から重

要である.特にサブサーフェス水素は,新奇物性や触媒反応,水素吸蔵・放出などの観点か

ら注目度が高い.しかし,物性や拡散に関する理論計算が発展する一方,水素位置に関する

実験データは依然不足している.これまで用いられてきた中性子散乱法や ERDAといった手

法も感度や深さ分解能などの観点から十分ではない.そこで我々は,固体中の水素濃度測定

に用いられる共鳴核反応法(NRA)と不純物評価などに用いられるイオンチャネリングに着目

し,水素位置を同定する手法としてチャネリング NRAの開発を行った.

イオンチャネリングとは,イオンビームの入射軸と固体の結晶軸の角度によってビームが

結晶の隙間を通過していく現象である.NRAは N15と Hの核反応を用いて水素量の深さ分布

が得られる非破壊的手法であるが,チャネリング条件下では母体格子の陰に位置する水素は

核反応を起こさず検出されない.すな

わち,NRAの入射ビーム角度を掃引す

ることで結晶中の水素の位置と量を決

めることができる.さらに深さ分解能

を有する点がチャネリング NRA の特

徴である.今回,新たに 3軸の回転機

構を持ち 50 K 程度まで冷却できる試

料ステージを作製し,測定用超高真空

槽に導入した.図 1 に~50 K で取得し

た Pd(100)単結晶の RBS 二次元マップ

を示す.<100>軸,[100], [010], [110],

[11̅0]面チャネリングが確認できる.現

状と今後の展望について報告する.

図 1. Pd(100)の RBS二次元マップ.

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TiO2中の格子間水素に付随する大きなポーラロン状態

A large polaron state associated with interstitial hydrogen in TiO2

門野良典 1,平石雅俊 1,岡部博孝 1,幸田章宏 1,下村浩一郎 1,R.C. Vilao2

1KEK物構研, 2コインブラ大 R. Kadono1, M. Hiraishi1, H. Okabe1, A. Koda1, K. Shimomura1, R.C. Vilao2

1Institite of Materials Structure Science, KEK 2Department of Physics, University of Coimbra

酸化物半導体の電気活性はしばしば微量の不純物や格子欠陥によって大きく左右されることが

知られているが、中でも水素は最も普遍的に存在する不純物としてその振る舞いが近年大きな関

心を集めている。光触媒からワイドギャップ半導体まで広範な応用が期待される材料である TiO2

(ルチル)も例外ではなく、その光・電気活性を水素との関係で理解することは基礎的学理とし

ても重要なテーマである。 一方で、特にバルク材料中での微量な水素の局所電子状態を調べる実験手法は限られている。そ

のような数少ない手法のひとつとして、電子スピン共鳴(EPR)や電子-核二重共鳴(ENDOR)はこれまで様々な不純物水素中心の電子状態を明らかにしてきたが、そこでは光照射、還元雰囲

気下の熱処理など、ある種の非平衡状態においてのみ不対電子の信号が観測されるという不自由

さがある。このような状況で、ミュオンを水素(H)の軽い同位体(擬水素:Mu)として材料中に注入し、その局所電子状態をミュオンスピン回転法(µSR)で観測することで得られる情報は、H-ENDORを補完するものとして極めて有用である。 我々は、2015年に TiO2中におけるMuの電子状態を報告し、5〜10 Kの低温でMuと酸素が

OH結合を形成する一方で、余剰となった電子が Tiサイトに局在するポーラロン的な不対電子として存在すること、およびその信号が高温側で消失することから熱励起による伝導帯への電子供

与が起きている、すなわち浅いドナーとして電気活性を持つことを示した[1]。ところが、そこで明らかになったMuの局所電子状態は先行する EPR/ENDORで示唆されるHの状態[2]とは異なっている上に、その後のMuについての研究で 5 K以下でHの場合と類似した構造を持つMuの状態が出現することも報告され [3]、これらの結果をどう首尾一貫して理解するかが問題となっている。さらに 3者に共通する問題として、いずれの場合も観測される超微細相互作用が Tiサイトに完全に局在する電子では説明できないほど小さい点が挙げられ、「大きなポーラロン」的な電

子状態を考える必要を示唆している。 本講演では TiO2中のH/Muに関するこのような状況を改めて整理し直すとともに、昨年から始めた文献[3]の研究グループとの共同研究の進捗状況について報告する。 参考文献:[1] K. Shimomura et al., Phys. Rev. B 92, 075203 (2015). [2] A.T. Brant et al., J. Appl. Phys.

110, 053714 (2011). [3] R.C. Vilao et al., Phys. Rev. B 92, 081202(R) (2015).

10

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スピンコントラスト中性子粉末結晶構造解析法の開発

Development of spin-contrast-variation neutron powder diffractometry

三浦大輔 1, 2,熊田高之 2, 岩田高広 1, 宮地義之 1, 他 1 山形大理, 2 日本原子力開発機構物質科学研究センター

Daisuke Miura1, Takayuki Kumada2, Takahiro Iwata, Yoshiyuki Miyachi 1 Department of Physics, Yamagata University

2 Materials Science Research Center, Japan Atomic Energy Agency スピンコントラスト法は中性子の水素に対する散乱長が互いのスピンの向きに強く依存する性

質を用いた構造解析手法である[1]。本手法は偏極中性子と試料中の水素核偏極の向きを変えるこ

とにより、同一試料から水素に対する散乱長が異なる複数の散乱プロファイルを得ることができ

る。これらの散乱プロファイルを比較することで、偏極度に依存して変化する水素に起因する散

乱だけを抽出することができる。本手法は小角散乱・反射率法において水素が関与するソフトマ

テリアルのナノ構造や界面の構造を導き出してきた [2, 3]。一方、回折法では結晶試料の核偏極

が困難なためスピンコントラスト法は行われていない。しかしながら、我々が開発した結晶試料

に核偏極を施す技術[4] を用いることで, スピンコントラスト中性子粉末結晶構造解析が可能と

なった。 本研究は原理実証を目的とし、構造が既知である L-グルタミン酸を結晶試料として採用し、動的

核偏極により核偏極を施した。3 点の偏極度で得られた回折強度はそれぞれの偏極度に応じて変

化した。このピーク強度の偏極度依存性はピーク

毎に異なり、各ピーク強度に対する水素の結晶構

造因子の比を表した。正・負・無偏極時のピーク

強度を比較することで、水素の結晶構造因子を試

料中の水素位置を仮定することなく直接抽出す

ることに成功した。抽出した結晶構造因子は予想

されるものとおおよそ一致した。本手法は水素機

能材料などの構造決定に貢献できると考察して

いる。本講演はスピンコントラスト中性子粉末結

晶構造解析法の開発とその現状について報告

する。 Reference [1] W. Knop et.al, Journal of Applied Crystallography, 22, 4 (1989). [2] Y. Noda et.al, Journal of Applied Crystallography, 49, 6 (2016). [3] T. Kumada et.al, Journal of Applied Crystallography, 52, 1054 (2019). [4] D. Miura et.al, Progress of Theoretical and Experimental Physics,2019, 3 (2019).

線 : 抽出した水素の結晶構造因子

塗りつぶし : 予想される水素の結晶構造因子

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高圧合成された Ca-Al-H 系新構造の理論予測

Theoretical prediction for new structure of high-pressure synthesized Ca-Al-H system

吉川 誠司 1,佐藤 龍平 1,齋藤 寛之 2,折茂 慎一 3,常行 真司 1

1東大理, 2 量研, 3 東北大 WPI-AIMR/金研

Seiji Yoshikawa1, Ryuhei Sato1, Hiroyuki Saitoh2, Shinichi Orimo3, Shinji Tsuneyuki1

1 Dept. of Phys., Univ. of Tokyo, 2 QST, 3 Tohoku Univ. WPI-AIMR/IMR

Al-Ca 系合金を高温高圧下で水素化することで得られる新規水

素化物について、実験の粉末 X 線回折(XRD)データをもとに第

一原理計算に基づく結晶構造予測を行った。本水素化物は水素貯

蔵材料として期待されるが、組成比が定まっていないため構造決

定が困難となっている。

本研究ではまず、実験の XRD パターンから推定されるセルパラ

メータを用いて、XRD にほとんど寄与しない H 原子を除いた

Al-Ca のみについて、Al:Ca 比を変えながらデータ同化 MD シミ

ュレーションを行った。得られた XRD パターンの一致が良い

Al12Ca20構造に対して、H 原子を含めた構造緩和を行い、図 1 の

ような新構造を発見した。本構造は、実験の XRD パターンと比較

するとピーク強度に多少のずれがあるものの、DFT 計算では既知

構造(AlCaH5 + CaH2)よりも安定であった。さらに、DFT 計算

をもとに Ca-Al-H 系におけるニューラルネットワークポテンシャ

ルを構成し、図 1 の構造を出発点として H 原子を増減させた場合

の構造探索を行っている。

図 1. c 軸(上図)および

a 軸(下図)方向から見

た Al12Ca20H76新構造

12

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窒化物系材料を利用した貴金属フリーアンモニア合成触媒

Noble metal free ammonia synthesis catalysts using nitride-based materials

北野政明 1,2,細野秀雄 1

1 東工大, 2 JST さきがけ

Masaaki Kitano1,2, Hideo Hosono1

1 Materials Research Center for Element Strategy, Tokyo Institute of Technology

2 PRESTO, JST

アンモニアは、人工肥料(窒素肥料)やナイロンなどの合成繊維原料としての用途があるだけ

でなく、水素貯蔵材料としても期待されている。近年、低温でのアンモニア合成の研究が盛んに行

われており、電気化学的還元法、光触媒、金属錯体、プラズマ法など多くの研究が報告されてい

る。我々は、電子や H−イオンを含有する新材料を利用したアンモニア合成触媒の報告を行ってき

た。固体触媒を用いた低温でのアンモニア合成の研究では、ほとんどが Ru を活性金属種とするも

のである。 本研究では、希土類を含む酸窒素水素化物(BaCeO3-xNyHz)および窒化物(LaN)を担体

に用いた Ru フリーの高性能触媒を開発し、その触媒特性について詳細に調べた 1,2)。

BaCeO3-xNyHzは、CeO2と Ba(NH2)2を物理混合し NH3ガス雰囲気下 300-600℃で加熱するこ

とにより得られ、これに遷移金属ナノ粒子を担持すると合成時の温度の上昇に伴って活性が大き

く向上し、550C で合成したものが最大活性となった。BaCeO3に Co や Fe を担持した触媒はほ

とんど活性を示さないが、Co や Fe を担持した BaCeO3-xNyHzは、Ru/CeO2や Cs-Ru/MgO のよ

うな既存の Ru 触媒や Ru/C12A7:e−のようなエレクトライド系触媒よりも高いアンモニア合成活

性を示した。同位体を用いた実験により、BaCeO3-xNyHz 触媒上でのアンモニア合成は、格子窒

素および水素が関与するMars-van Krevelen型の反応機構でアンモニア合成反応が促進されてい

ることが示唆された。

格子窒素の役割をより明確にするために、N2活性化能が無い Ni を活性金属種としてアンモニ

ア合成反応を行ったところ、C12A7:e−に Ni を担持した触媒でも全く触媒活性を示さないのに対

し、Ni/LaN は高いアンモニア合成活性を示した。DFT 計算などにより Ni/LaN 上でのアンモニ

ア合成は、まず Ni 上で解離した水素種が LaN 上の格子窒素を水素化し、アンモニアが生成する

と同時に窒素空孔が形成される。この窒素空孔で窒素分子が活性化され、Ni 上の水素による逐次

水素化によりアンモニアが生成し、格子窒素が再生されるメカニズムで反応が進行することが示

された。全体の反応では、LaN の格子窒素が水素化されるステップが律速段階であることが示唆

された。以上のように、希土類を含む窒化物系材料を用いると、窒素欠陥サイトが活性点として働

くため、Fe, Co, Ni 等の遷移金属触媒のアンモニア合成活性を著しく向上できることを明らかに

した。

1) M. Kitano, H. Hosono, et al. J. Am. Chem. Soc., 141, 20344 (2019)

2) T. N. Ye, M. Kitano, H. Hosono, et al. Nature 583, 391 (2020)

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水素クラスター物質 Li(CB9H10)および 0.7Li(CB9H10)-0.3Li(CB11H12)における クラスター秩序化過程

Cluster-ordering processes in hydrogen cluster materials Li(CB9H10) and

0.7Li(CB9H10)-0.3Li(CB11H12)

大政義典 1,金相侖 2,折茂慎一 2,3,秋葉宙 1,山室修 1

1東大物性研,2東北大金研,3東北大材料科学高等研

Y. Ohmasa 1, S. Kim2, S. Orimo2,3, H. Akiba 1, O. Yamamuro 1

1 ISSP, Univ. of Tokyo, 2 IMR, Tohoku Univ., 3 AIMR, Tohoku Univ.

水素クラスター物質 Li(CB9H10)および Li(CB11H12)は、それぞれ 350 K, 400 K 以上の高温で

高いリチウムイオン伝導率を示すが、室温付近では水素クラスターの秩序化を伴う相転移に

より、伝導率が大きく低下することが知られていた。ところが最近、混合系 0.7Li(CB9H10)−

0.3Li(CB11H12)では、相転移が抑制され、25℃でも 6.7 × 10−3S cm−1の高いリチウムイオン伝

導率を示すことが見出された [1]。そこで我々は、Li(CB9H10)および 0.7Li(CB9H10)

-0.3Li(CB11H12)におけるクラスター秩序化過程を調べるため、断熱型熱量計による熱容量測

定を行った。図1(左)に熱容量の測定結果を示す。Li(CB9H10)は 350 K 付近に明確な熱容量

ピークをもつ相転移を経て高温相に転移する。一方、0.7Li(CB9H10)−0.3Li(CB11H12)では、200

K から 350 K の広い温度範囲で熱容量異常が現れた。図 1 (右)は振動熱容量を差し引くこと

で得られた過剰熱容量から計算した過剰エントロピーである。その飽和値は両試料で同程度

であり、0.7Li(CB9H10)−0.3Li(CB11H12)でもクラスターの秩序化が徐々に起こっていることが

分かった。過剰エントロピーと無秩序構造との関係やクラスター秩序化過程とリチウムイオ

ン伝導の関係などについて議論を行う。なお、この研究は JSPS 科研費 No.JP18H05513 と

JP18H05518 の助成を受け実施した。

[1] S. Kim et al., Nature Commun. 10, 1081 (2019).

図 1:Li(CB9H10)と 0.7Li(CB9H10)-0.3Li(CB11H12)の熱容量(左)と過剰エントロピー(右)

14

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Li(CB9H10)系の Li 輸送機構に関する分子動力学計算

Molecular Dynamic study of Li-ion migration mechanism in Li(CB9H10) system

佐藤 龍平 1, 佐藤 豊人 2, 吉川 誠司 1, 本田 孝志 3, 大友 季哉 3, 折茂 慎一 2,4, 常行 真司 1

1東大理, 2 東北大金研, 3高エネ研(KEK), 4東北大 WPI-AIMR

Ryuhei Sato1, Toyoto Sato2, Seiji Yoshikawa1, Takashi Honda3, Toshiya Otomo3,

Shin-ichi Orimo2, Shinji Tsuneyuki1

1 Dept. of Phys., Univ. Tokyo, 2 Tohoku Univ. IMR, 3KEK, 4Tohoku Univ. WPI-AIMR

全固体型 Li イオン電池は可燃性、液漏れ、エネルギー密度といっ

た問題を解決する次世代の電池の有力な候補の 1 つである。全固体

型 Li イオン電池の実現には室温付近においても高い伝導度を示す

Li イオン伝導性電解質が必要不可欠であり、高エネルギー密度の

実現には Li 金属アノードに対する安定性が重要である。近年、こ

れらを満たす材料として Li(CB9H10)の様な Li 系クロソ化合物が

注目を集めている。Li(CB9H10)は、330K 付近で錯体の disordering

により低温相から高温相へと相転移し高いLiイオン伝導性を示す。

したがって、錯体の disordering が Li イオン伝導に大きく寄与し

ており、錯体の回転運動及びこれと関連付けた Li イオン輸送の解

析が重要である。そこで、本研究は第一原理計算及びニューラル

ネットポテンシャルを用いた分子動力学計算を利用して

LiCB9H10の輸送機構の解析を行った。

LiCB9H10の高温相は(CB9H10)−錯体が disordering しており、AIMD

計算で取り扱うことの可能なセルサイズで一意に構造を決定する

ことができない。そこで、実験 XRD の値を利用したデータ同化

分子動力学計算により得られた構造の中で最も実験の XRD 回折

パターンと計算値がよく一致した図 1 の構造を初期構造として分

子動力学計算を行った。AIMD 計算中の Li の初期座標からの変位

(√MSD) 及び錯体の z(c)軸方向に対する回転角 θの経時変化を図 2

に示す。図の様に MD 計算中、Li イオンは錯体の回転に合わせて

変位しており、Li 輸送は錯体の回転により誘発されているもので

あることが確認された。発表ではこの Li 輸送現象の温度依存、

錯体の回転運動との相関について、ニューラルネットポテンシャ

ルの結果も併せて詳細に議論する。

図 1 実験 XRD 回折パターンを

用いたデータ同化MD計算より

得られた Li(CB9H10)構造

(a=6.8,b=11.8,c=10.5,

α=β=γ=90˚)

図 2 LiCB9H10 の AIMD 中の Li

の√MSD(Å)及びの θ変化@200K

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グラファイト電極上に形成される電気二重層における

水分子およびイオンの動的挙動の解析

Dynamic behavior of water molecules and electrolyte ions in the electric double layer formed

at graphite electrode analyzed by EC-FM-AFM and MD simulation

福井 賢一 1,2

1 阪大院基礎工, 2分子研

Ken-ichi FUKUI1, 2

1 Grad. Sch. Engineer. Sci., Osaka Univ., 2 IMS

電解液中の電極近傍には,厚さ 1 nm程度の電気二

重層が形成され、その中に電界液中の電位勾配が集中

する。電解液の溶媒が水の場合には、電荷が偏った水

分子の配向と電解質イオンが電気二重層を形成し,水

素結合ネットワークをもつ水の特殊性が反映される。

本講演では、界面の水の構造化と動的挙動に注目した

実験および計算科学的解析結果について紹介したい。

固体である電極と液体である電界液の界面を力計

測することで,界面近傍の液体の密度や構造化の程度

を評価できる[1]。図 1(A)上段の図は、グラファイト

電極が正電荷を帯びた場合に界面近傍の水がより構

造化する(“硬くなる”)ことを示している。しかし,

電解質が異なる図1(B)では全く逆の変化が起こる。

こうした計測結果の分子論的描像を与えるのに,電

荷をもつ電極との界面での水分子および電解質イオ

ンの動的挙動の解析が有効である[2]。電極と接する水

分子の配向は,電極がもつ電荷と周りの水分子

との水素結合能のバランスで決定される。周囲

の水分子との有効水素結合数と水分子の動き

易さ(拡散係数)に明らかな相関があることが

分かる(図 2)。電荷質イオンの違いも拡散に

影響を与えており,図 1のモデルを微修正して

計測結果を定性的に説明できることを示す。

[1] Chem. Commun. 50, 15537 (2014), Bull.

Chem. Soc. Jpn. 91, 1210 (2018).

[2] Phys. Chem. Chem. Phys. 22, 1767 (2020).

図 1. 電解液中での電極電位に応じた水の構造化の力による計測(EC-FM-AFM).

図 2. 電解質水溶液中で,電荷をもつグラファ

イト電極に接する水分子の動き易さと有効

水素結合数との関係(MD計算による結果).

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Dynamics of Electric Field-Driven Proton Diffusion and Corresponding Resistance

Modulation on NdNiO3 Thin Films

Umar Sidik, Azusa N. Hattori, and Hidekazu Tanaka

Institute of Scientific and Industrial Research, Osaka University, Osaka, Ibaraki 567-0047, Japan

In recent years, a reversible and huge resistance modulation through chemical reaction has

been successfully demonstrated to the family of strongly correlated RNiO3 (R = rare-earth elements).

For example, proton-doped SmNiO3 thin film, where protons are dissociated from hydrogen molecules

by utilizing Pt catalytic effect and then doped into the thin film, can lead to a colossal resistance

increase at 300 K.1 The vast resistance modulation is considered to be governed by proton motion in

the RNiO3 such as diffusion within the thin film. In the hydrogenation process, while proton dopant

would be diffused by thermal hopping and concentration gradient effect, electric field is also expected

to be a driving force to diffuse the positively charged proton within thin film. However, the dynamics

of such external control of proton diffusion, namely electric field, has not been clearly revealed.

In this work, we prepared NdNiO3 (NNO) thin film resistor with heteroelectrodes (Pt and

Au/Ti) and observed the effect of electric field-assisted hydrogenation. Figure 1(a) shows that the rise

of the resistance modulation (Rr = R(t) / R(t=0)) corresponds to the hydrogenation. The color change

(transparent region, ℓp = proton migration length) of NNO film at the Pt electrode edge (see: inset and

right panel of Fig. 1(a)) shows that the hydrogen dissociates on the Pt but not on the Au/Ti electrode.

Figure 1(b) confirms that ℓp with V = +10 V was wider than that with V = -10 V at all T. Figure 1(c)

shows that Rr demonstrated similar trend to that of ℓp, where those of samples with V = +10 V

significantly increased with a higher T which contrasts with V = -10 V samples where no noticeable

changes of ℓp and Rr were observed (except at 473 K). These results mean that the Rr in NNO film

during hydrogenation is associated with the ℓp controlled by thermal-assisted electric field. This

suggests that the electric field can effectively control the hydrogenation with assistance from thermal

effect. In presentation, we will explain this observation based on simulation model connecting

time-dependent resistance modulation and dynamics of electric field-assisted proton diffusion.

Figure 1(a) Rr and ℓp of the NNO film resistor after hydrogenation at T = 473 K with V = +10 V for

1800 sec. Polarity dependence of (b) ℓp and (c) Rr for fixed T of 300-473 K at V = ±10 V.

Reference: [1] J. Shi et.al. Nat. Commun. 5, 4860, 2014

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プロトンの溶媒和エントロピーによる熱電発電

Thermoelectric generation by the utilization of the solvation entropy of proton

山田 鉄兵

東京大学 大学院理学系研究科化学専攻

Division of Chemistry, Graduate School of Science, The University of Tokyo

熱化学電池は酸化還元平衡の温度依存性を利用した熱電変換素子である。酸化還元活性種の水

溶液を用いることから、長期安定性などは半導体に劣ること、キャリアがイオンであるため伝導

度が低く、熱電変換効率が低いことなどの課題があるが、近年性能指数が大幅に向上しており、

用途によっては Bi2Te3系半導体に比肩すると期待されている。

私は分子科学的な視点でこの熱化学電池を研究してきた。熱化学電池のゼーベック係数は一般

に酸化還元反応エントロピーΔSrcに比例する。多くの酸化還元反応において、この ΔSrcの大部分

を溶媒和エントロピーの変化が占める。そこで本研究ではプロトン共役電子移動(PCET)反応を

利用して熱化学電池のゼーベック係数の増大を目指した。PCET反応は、触媒化学や生体内の代謝

反応といった酸化還元反応の活性化エントロピーの制御のために利用されているが、エネルギー

分野での利用は色素増感太陽電池などに限られていた。本研究では PCET 反応により放出される

プロトンの溶媒和エントロピーを利用することで熱化学電池のゼーベック係数の向上を目指した。

1電子 2プロトンの PCET反応を示すことが報告されている Ru(Hnbiim)3錯体を水/アセトニト

リル混合溶媒に溶解し、リン酸緩衝液を用いて pHを制御した熱化学電池を構築したところ、−2.9

mV/K の比較的高いゼーベック係数が得られた。ここでアンモニア系の緩衝液では小さなゼーベ

ック係数しか得られない一方、リン酸イオン(HPO42−/PO4

3−)やクエン酸イオン(C6H5O73−/C6H6O7

2−)

を緩衝液に用いた場合には高いゼーベック係数が得られた。この傾向は無機イオンの水和エント

ロピーの傾向と良い一致を示す。すなわち緩衝液中では、放出されたプロトンはリン酸イオンに

取り込まれて電荷が変化し、リン酸イオンの

溶媒和エントロピーが変化すると考えられ、

この溶媒和エントロピーの変化により高いゼ

ーベック係数が得られたことがわかった。

PCET 反応を起こす他のルテニウム錯体や

バナジウム錯体を用いて熱化学電池を作製し

た際も同様の傾向が見られ、プロトンの緩衝

液中の多価アニオンへの結合による溶媒和エ

ントロピーの変化により高いゼーベック係数

を示すことが明らかになった。

H+

H+

H+

H+

H+

H+

HOTCOLD

1-1-

1+ 1+

H

H

H

H

H

-

IIH

H

H

H

H

-

II

H

H

-

III

-

-

-

H

H

-

III

-

-

-

e-

e- e-

e-

18

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ペロブスカイト型ニッケル酸化物における水素化による電気伝導特性の変化

Colossal resistance enhancement by hydrogen doping in a perovskite nickelate

西谷侑将 1,小澤孝拓 1,Umar Sidik2,服部梓 2,田中秀和 2,福谷克之 1

1 東京大学生産技術研究所, 2 大阪大学産業科学研究所

Yusuke Nishiya1, Takahiro Ozawa1, Umar Sidik2, Azusa N. Hattori2, Hidekazu Tanaka2,

Katsuyuki Fukutani1

1 Institute of Industrial Science, The University of Tokyo

2 The Institute of Scientific and Industrial Research, Osaka University

ペロブスカイト型ニッケル酸化物では,温度変化による金属絶縁体転移だけでなく,結晶

へ水素原子を導入することにより,新たな絶縁相が発現することが報告されている[1].しか

しながら,結晶中水素濃度の定量的な測定データが不足しているため,抵抗上昇の起源や水

素濃度との関係は明らかになっていない.本研究では NdNiO3薄膜試料に対し,共鳴核反応

法(NRA)を用いた結晶中水素濃度の定量測定と,電気抵抗測定を行った.

試料は SrTiO3基板上にパルスレーザー堆積法(PLD)によりNdNiO3薄膜(120nm)を成長さ

せたものを用いた.最上部には Pt(10nm)を島状に堆積させており,水素曝露を行うことで

Pt を介して水素原子を NdNiO3結晶中に導入できる.図 1 が各水素化段階における NRA測

定による結晶中水素濃度の深さ分布であり,図 2が 20~80nm領域における平均水素濃度と

抵抗値の関係である.水素濃度が x = 0.4程度に相当する点で急峻に抵抗が上昇する結果が得

られた.一方で,水素化による抵抗上昇が飽和した後真空下加熱したところ,水素濃度はわ

ずかに減少しているにも関わらず抵抗は室温で1.5倍程度上昇しており,結晶格子の乱れ等,

水素濃度以外の要因もNdNiO3における抵抗上昇に寄与している可能性が示唆された.

図 1. NdNiO3薄膜中水素濃度の深さ分布 図 2. 平均水素濃度と抵抗値の関係

[1] J. Shi et al. , Nat. Commun. 5, 4860 (2014).

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中性子回折から見る氷 VII-VIIIおよび氷 VII-X相転移

Neutron diffraction studies for ice VII-VIII and ice VII-X phase transitions

小松一生 1

1東大・院・理 地殻化学実験施設

Kazuki Komatsu1

1 Geochemical Research Center, Graduate School of Science, The University of Tokyo

氷には氷 Ih, Ic, II―XVIII まで、少なくとも19種類もの多形が存在することが知られて

いる。しかしながら、ほとんどの多形は 2 GPa 以下の低圧下で見出されており、2 GPa 以上

では、水分子が bcc 構造を持つ氷 VII, VIII, X と、つい最近発見された fcc 構造を持つ氷 XVIII

に限られ、氷が持つ構造多様性は高圧下では影を潜めているように見える。氷 VII は 2 GPa

から 60 GPa まで広い圧力領域で安定であり、この圧力領域の中では、氷 VII は明瞭な構造

変化を示さず bcc 構造を保っているように見える。しかし、電気伝導度や水素の拡散係数、X

線照射による水分子の解離速度が 10 GPa 付近で最大となることや、ラマン散乱スペクトル

のピークが 10 GPa 付近で最もシャープになること、また、X 線回折のピークは逆に最もブ

ロードとなることなど、様々な実験結果が 10 GPa 付近を境に低圧側と高圧側で異なるトレ

ンドを示すことが知られている。最近発表者らは、氷 VII とその秩序相である氷 VIII に注目

し、この秩序―無秩序相転移の速度が 10 GPa 付近で最も遅くなることを、中性子回折から

発見した[1]。そして、この現象が、加圧によって水分子の回転運動が遅くなると同時に、隣

接する酸素分子への水素の移動が速くなるというモデルで説明できることを示した。

一方、氷 X は、氷 VII および氷 VIII の高圧相で、水素結合が対称化した状態であることが、

分光学的に示差されている。しかし、対称化する圧力は H2O で 60 GPa, D2O で 70 GPa 以上と

非常に高く、これまで技術的な困難さから、中性子回折を用いた水素結合対称化の直接観察は行

われてこなかった。ここ数年、超高圧下における中性子回折実験を目指して、ナノ多結晶ダイヤ

モンドをアンビル材に用いた圧力セルを開発してきた。最近、この新たな圧力セルを用いて、82

GPa までの氷 VII (あるいは氷 X)の中性子回折パターンの取得に成功した[2]。本発表では、これ

までの圧力セルの開発や、現状の予察的な構造解析の結果を簡単に報告し、今後の方針を議論し

たい。

[1] K. Komatsu, S. Klotz, S. Machida, A. Sano-Furukawa, T. Hattori and H. Kagi: Proc. Nat.

Acad. Sci., 117, 6356-61 (2020).

[2] K. Komatsu, S. Klotz, S. Nakano, S. Machida, T. Hattori, A. Sano-Furukawa, K. Yamashita

and T. Irifune: High. Press. Res., 40, 184-93 (2020).

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Page 21: 第3回 ハイドロジェノミクス研究会第3回 ハイドロジェノミクス研究会 2020 年 8 20 ( )、21 ( )、オンライン開催 世話 : 福 克之(東

α-Al2O3のΣ7粒界における水素拡散の異方性

Anisotropic hydrogen diffusion along the Σ7 grain boundary of α-Al2O3

番場凌太,國貞雄治,坂口紀史

北大院工

Ryota Bamba1, Yuji Kunisada 2, Norihito Sakaguchi 2

Grad. School of Eng., Hokkaido Univ.1, Faculty of Eng., Hokkaido Univ.2

【緒言】近年深刻化する環境問題対策として水素エネルギー社会の実現が期待されている。

しかし、水素環境下におかれる材料では水素脆化という問題が発生する。水素脆化対策の一

つとしてセラミックス被覆膜による保護がある。しかし、多結晶のセラミックス被覆膜では

粒界が水素の拡散パスとして働くため、単結晶の場合よりも被覆膜の遮蔽特性が低下するこ

とが報告されている。[1] 本研究では、被覆膜として水素遮蔽特性に優れた α-Al2O3 に着目

し、α-Al2O3中の粒界における水素原子の安定性と拡散挙動を解明することを試みた。具体的

には、密度汎関数理論に基づく第一原理電子状態計算を援用し、α-Al2O3のバルクと粒界にお

ける水素原子の安定性と拡散特性を調査した。

【計算方法】第一原理計算コードは VASP、交換相関汎関数は GGA-PBE を用いて計算を行っ

た。まず、α-Al2O3のバルク及び粒界に水素原子を 1 原子ずつ固溶させた場合の最安定構造を

調査した。今回、粒界は α-Al2O3において安定な Σ7 粒界を取り扱った。次に、バルクと粒界

における原子の拡散障壁を Nudged Elastic Band 法を用いて調査した。水素の拡散方向は[101̅1]

と[1̅21̅0]の2つを考えた。なお、本研究中で算出した水素原子の不純物形成エネルギーの原

点は、孤立したセラミックスと水素分子のエネルギーの和とした。このとき、不純物形成エ

ネルギーが正であれば気相の水素分子、負であればセラミックス中に固溶したほうが安定で

あることを示す。

【結果】α-Al2O3のバルクと Σ7 粒界での最安

定固溶サイトにおける不純物形成エネルギー

の比較から、水素原子は Σ7 粒界よりもバルク

に固溶しやすい傾向にあることが分かった。

Fig. 1 に Σ7 粒界中の水素の拡散にともなうエ

ネルギー変化を示す。[101̅1]方向の水素原子

の拡散障壁は 0.905 eV、[1̅21̅0]方向では 0.167

eV となり、[1̅21̅0]方向の方が障壁は低いこと

が分かった。また、バルクの α-Al2O3中での水

素の拡散障壁は 1.117 eV であり、Σ7 粒界は水

素の優先的な拡散パスとして作用することが示された。

【参考文献】[1] F. Wang, W. Lai, R. Li, B. He, S. Li, Int. J. Hyd. E., 41 (2016) 22214-22220

Fig. 1 Diffusion barrier of hydrogen diffusion along

the Σ7 grain boundary of α-Al2O

3.

[101̅1]

[1̅21̅0]

21