第3節 産業力強化のための研究開発の推進 · 2018-11-09 ·...

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225 科学技術を先導していく上で計測分析技術・機器の整 備は極めて重要であるが、我が国は最先端の計測分析技 術・機器の研究基盤の多くを海外に依存している。そこ で、「産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・ 機器開発】」 (独立行政法人科学技術振興機構)を通じ、我 が国発の世界最先端の計測分析技術・機器の開発に向け た取組を推進している。 2010年度には、吸着等圧線の測定時間の大幅な短縮化 や高圧下での水素貯蔵材料の吸放出速度測定を可能とす る「高圧定圧吸着量測定装置」が開発された。既存の測 定法では吸着等圧線の測定に数週間を要したが、本装置 により測定時間が数日程度と大幅に短縮され、新規貯蔵 材料開発の加速が期待される。 ②スーパー・アナライザー開発テクノロジー研究 独立行政法人理化学研究所では、独自の鏡面加工技術 を高度化し、ナノレベルの表面精度を持ち、光学素子に 必要な非球面などの複雑形状(100nm 以下の階段状のマ イクロ形状等)の加工技術を確立した。今後は、「観察す る」 「加工する」 「解析する」クリティカルコンポーネント (心臓部品)をオンデマンドで開発するプラットフォーム 構築を目指していく。 「ものづくり技術」は、製品、プロセス等に新たな価値 を付加し、産業の国際競争力の強化のほか、生活水準の 向上や安全・安心などの国民生活の課題解決に貢献する ものである。第3期科学技術基本計画においては、国の存 立にとって基盤的であり国として取り組むことが不可欠 な研究開発課題を重視して研究開発を推進する「推進4分 野」の1つとして位置付けられ、これまで重点的に推進さ れてきた。また、2010年に総合科学技術会議において決 定された第4期科学技術基本計画へと繋がる「科学技術に 関する基本政策について」の中でも産業競争力の強化へ 向け、「ものづくり技術」の共通基盤の構築の必要性が求 められている。今後も引き続き、ものづくりを基盤とし たイノベーション創出に向け、最先端の計測分析技術・ 機器、高精度シミュレーション技術の研究開発並びに最 先端の大規模研究開発基盤の着実な整備及び共用を通じ て、我が国独自の価値創造型ものづくり基盤技術の研究 開発に取り組むことが重要である。 (1)ものづくりのフロンティアを開拓する最先端 の計測分析技術・機器の研究開発 ①ものづくりのニーズに応える新しい計測分析技術・機 器や精密加工技術の研究開発 1. ものづくりに関する基盤技術の研究開発 産業力強化のための研究開発の推進 第3節 コラム 高感度・高分解能な極微量質量分析装置 ~「はやぶさ」が持ち帰った微粒子の分析に利用予定~ 日本電子株式会社、大阪大学らは、産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】にて、極微 量元素の超高感度分析をナノメートルオーダーの高い空間分解能で、かつ超高真空下でコンタミネーションの影 響を受けずに正確に行うことができる質量分析装置を開発した。 本装置は、我が国で開発されたマルチターン技術を導入した我が国独 自の質量分析装置である。小惑星「イトカワ」から帰還した「はやぶさ」 が持ち帰ってきたサンプルの分析にも利用される予定であり、太陽系物 質科学に多くの知見をもたらすことが期待される。 「はやぶさ」のサンプル解析以外でも、量産時のコスト削減や性能向 上に向けた半導体の微細化、鉄鋼金属の高純度化等に貢献する分析技術 として、産業界からのニーズが高い、不純物の極微小領域高感度分析に 貢献できると考えている。 高感度極微量質量分析システム 3 4 ものづくりの基盤を支える教育・研究開発

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Page 1: 第3節 産業力強化のための研究開発の推進 · 2018-11-09 · 「sacla」は、太陽の100億倍のさらに10億倍という明るさのx線を発振することができる究極のレーザー施

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科学技術を先導していく上で計測分析技術・機器の整備は極めて重要であるが、我が国は最先端の計測分析技術・機器の研究基盤の多くを海外に依存している。そこで、「産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】」(独立行政法人科学技術振興機構)を通じ、我が国発の世界最先端の計測分析技術・機器の開発に向けた取組を推進している。

2010年度には、吸着等圧線の測定時間の大幅な短縮化や高圧下での水素貯蔵材料の吸放出速度測定を可能とする「高圧定圧吸着量測定装置」が開発された。既存の測定法では吸着等圧線の測定に数週間を要したが、本装置により測定時間が数日程度と大幅に短縮され、新規貯蔵材料開発の加速が期待される。

②スーパー・アナライザー開発テクノロジー研究独立行政法人理化学研究所では、独自の鏡面加工技術

を高度化し、ナノレベルの表面精度を持ち、光学素子に必要な非球面などの複雑形状(100nm 以下の階段状のマイクロ形状等)の加工技術を確立した。今後は、「観察する」「加工する」「解析する」クリティカルコンポーネント

(心臓部品)をオンデマンドで開発するプラットフォーム構築を目指していく。

「ものづくり技術」は、製品、プロセス等に新たな価値を付加し、産業の国際競争力の強化のほか、生活水準の向上や安全・安心などの国民生活の課題解決に貢献するものである。第3期科学技術基本計画においては、国の存立にとって基盤的であり国として取り組むことが不可欠な研究開発課題を重視して研究開発を推進する「推進4分野」の1つとして位置付けられ、これまで重点的に推進されてきた。また、2010年に総合科学技術会議において決定された第4期科学技術基本計画へと繋がる「科学技術に関する基本政策について」の中でも産業競争力の強化へ向け、「ものづくり技術」の共通基盤の構築の必要性が求められている。今後も引き続き、ものづくりを基盤としたイノベーション創出に向け、最先端の計測分析技術・機器、高精度シミュレーション技術の研究開発並びに最先端の大規模研究開発基盤の着実な整備及び共用を通じて、我が国独自の価値創造型ものづくり基盤技術の研究開発に取り組むことが重要である。

(1)ものづくりのフロンティアを開拓する最先端の計測分析技術・機器の研究開発

①ものづくりのニーズに応える新しい計測分析技術・機器や精密加工技術の研究開発

1.ものづくりに関する基盤技術の研究開発産業力強化のための研究開発の推進第3節

コラム

高感度・高分解能な極微量質量分析装置~「はやぶさ」が持ち帰った微粒子の分析に利用予定~

日本電子株式会社、大阪大学らは、産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】にて、極微量元素の超高感度分析をナノメートルオーダーの高い空間分解能で、かつ超高真空下でコンタミネーションの影響を受けずに正確に行うことができる質量分析装置を開発した。

本装置は、我が国で開発されたマルチターン技術を導入した我が国独自の質量分析装置である。小惑星「イトカワ」から帰還した「はやぶさ」が持ち帰ってきたサンプルの分析にも利用される予定であり、太陽系物質科学に多くの知見をもたらすことが期待される。「はやぶさ」のサンプル解析以外でも、量産時のコスト削減や性能向

上に向けた半導体の微細化、鉄鋼金属の高純度化等に貢献する分析技術として、産業界からのニーズが高い、不純物の極微小領域高感度分析に貢献できると考えている。

高感度極微量質量分析システム

第3節

産業力強化のための研究開発の推進

第4章 ものづくりの基盤を支える教育・研究開発

Page 2: 第3節 産業力強化のための研究開発の推進 · 2018-11-09 · 「sacla」は、太陽の100億倍のさらに10億倍という明るさのx線を発振することができる究極のレーザー施

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②イノベーション創出の基盤となるシミュレーションソフトウェアの研究開発ものづくりに必要となる高性能・精緻化した最先端の

複雑・大規模シミュレーションソフトウェアの研究開発を緊密な産学連携体制の下で推進した(イノベーション創出の基盤となるシミュレーションソフトウェアの研究開発事業)。本事業で開発したソフトウェアは、フリーソフトウェアとして広く一般に公開している。2010 年度は、中小企業を含む産業界のニーズを踏まえたシミュレーションソフトウェアの実用化に向けた評価・試験を実施した。また、更なる産業界への普及促進のため、共通基盤的なユーザインターフェースの開発を実施し、2010年度は詳細設計及びプロトタイプ開発を行った。

(3)最先端の大規模研究開発基盤の整備・活用の推進

① X 線自由電子レーザー(XFEL)施設の整備・共用X 線自由電子レーザー(XFEL)施設は、従来の10億倍

を上回る明るさの X 線レーザーを発振し、レーザーと放射光の特徴を併せ持つ光を用いて原子レベルの超微細構

(2)IT を駆使した次世代ものづくりシミュレーション技術の研究開発

①先端的 IT による技術情報統合化システムの構築に関する研究開発独立行政法人理化学研究所では、既存のソフトウェア

(CAD)では表現できなかった物体内部の複雑な構造を表現できる「VCAD(ブイキャド)データ形式」を開発した。この技術を用いることにより、設計から解析、加工、計測を同一システム内で扱うことが可能となる。特に、設計図面のない物体のデータ化が可能となったことから、生きた細胞の精密なモデルを作成し、その中で低分子化合物やタンパク質がどのように移動し機能するかを体系的・定量的に解明するための研究開発を進めた。

また、本システムについては、累計51本の基本プログラムをインターネット上で無償公開するとともに、ユーザーである企業と共に立ち上げた特定非営利活動法人VCAD システム研究会において、開発してきたソフトウェアの普及を積極的に推進し、解析技術の成熟化をさらに促すとともに、ものづくりの現場における具体的課題の解決に取り組んだ。

コラム

日本のものづくり技術の結晶 ~X線自由電子レーザー施設「SACLA」~「SACLA」は、太陽の100億倍のさらに10億倍という明るさの X 線を発振することができる究極のレーザー施

設である。この新しい光を使えば、超高速で動き回る原子や分子の様子を、1兆分の1秒以下のコマ送りで静止画像のようにとらえることができるようになる。

米国で既に稼働している X 線自由電子レーザー(XFEL)施設「LCLS」は全長3.7km であるのに対して、それを超える性能を持った日本の

「SACLA」はわずか全長700m。このコンパクトで省エネルギーな「SACLA」を支えているのは日本人技術者・研究者の世界最先端のものづくり技術である。「SACLA」の光は、加速器で光速近くまで加速した電子を、強力な磁

石を並べたアンジュレータという装置で、小刻みに揺らして発生させる。電子を加速するのに用いる C バンド加速管は、日本オリジナルの技術により世界一効率よく電子を加速することができ、また、アンジュレータの磁石を真空中に封じ込めて磁力をより強力にする技術も日本が開発した世界初の技術である。さらに、これらの装置を並べる床は100μ mの凹凸もないように完全な水平に磨き抜かれている。こうした技術の粋を集めて、世界一コンパクトかつ高性能な日本の XFEL 施設が作り上げられている。

そして、このような日本のものづくりの結晶が、日本に世界初の研究成果をもたらそうとしている。原子レベルで細胞内の動きを見ることによる植物の光合成の機能解明や、原子や電子の状態の詳細な分析による革新的な燃料電池・蓄電池・太陽電池等の開発も期待される。

XFEL 施設「SACLA」の鳥瞰図

C バンド加速管

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コラム

ジスプロシウムを使わない高保磁力ネオジム磁石粉末ハイブリッド自動車・電気自動車のモーター用高性能磁石に現状必須の高価な重希土類元素(ジスプロシウム)

を、安価な希土類元素(ネオジム)で置換することで、量を大幅に減らすことを目的としたものである。これまでは、結晶と結晶の境界(結晶粒界)部分において、結晶粒界部分にジスプロシウムなどの重希土類元素を使う必要があると考えられていたが、結晶粒間の磁気的な結合を切ることにより、保磁力を強化できるという発想から、融点の低いネオジム銅合金を結晶粒界に沿って拡散させ、結晶粒界のネオジム組成を改善する方法を提案した。それにより、ジスプロシウムを全く使わずに保磁力を20キロエルステッドまで高めることが可能であることを見出した(従来は12キロエルステッド程度)。本研究は焼結磁石よりも約一桁微細な結晶粒径を持つ HDDR 法による磁粉に適用され、250ナノメートル程度の微細結晶粒を用いた高保磁力を実証したものであり、今後この原理を用いて25キロエルステッド程度の保磁力の実現を目指している。 また、実用化のためには、この原料粉の結晶方位を配向させて、高い密度で固化する必要があり、今回見出された方法を活用し、実用に耐えうる緻密焼結体磁石の実現を目指している。

本研究は文部科学省元素戦略プロジェクトの「低希土類元素組成高性能異方性ナノコンポジット磁石の開発」の一環として物質・材料研究機構と日立金属の共同で行われた。「元素戦略プロジェクト」では、上記のような先端技術産業において極めて重要なレアメタル等について、材料の特性に寄与するメカニズムを原理的に解明することにより、豊富で無害な元素で代替する革新的な材料の研究開発を推進しており、これらの研究成果が、将来の日本の産業競争力強化に貢献することが期待される。

http://www.nims.go.jp/apfim/project/NdCu_NdFeB_j.html

ンフラ(HPCI)は、次世代スーパーコンピュータ「京」を中核とし、全国の大学や研究所などに設置されている主要なスーパーコンピュータをネットワークで結び、利用者の多様なニーズに応える計算環境を実現するものである。「京」は2012年6月までに10ペタフロップスを達成し、同年11月には共用開始の予定であり、また HPCIは、「京」の共用開始に合わせて運用を開始することとしている。2010年度は「京」の製造を開始し、2011年3月末に一部稼働した。

また、「次世代ものづくり」を含む戦略分野※における研究開発や我が国の計算科学技術体制の整備を行う

「HPCI 戦略プログラム」を実施。2010年度は、2011年度からの本格実施に向けた準備研究を行った。

※戦略分野:「京」を中核とした HPCI を最大限利用して画期的な成果を創出し、社会的・学術的に大きなブレー

造、化学反応の超高速動態・変化を瞬時に計測・分析することを可能とする世界最高性能の研究基盤施設である。2010年9月には本体整備が完了しており、今後は2012年3月に広く研究者の利用に供することを目指して整備・調整運転を実施していくこととなる。本施設の共用により、医薬品や燃料電池の開発、光合成のメカニズムの解明など、幅広い研究分野で革新的な成果が生まれることが期待されている。

さらに、2011年3月には、本施設の名称が SACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laserの略称)に決定した。

②革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・イ

鉄 - ネオジム - 銅合金の拡散処理前後の比較走査電子顕微鏡写真a)拡散処理前、b)拡散処理後(粒界にネオジム銅合金が集積している)

第3節

産業力強化のための研究開発の推進

第4章 ものづくりの基盤を支える教育・研究開発

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の開発にも成功した。

②社会的ニーズに応える材料の高度化のための研究開発高温の燃焼ガスにさらされる発電タービン・ジェット

エンジンに活用可能な超耐熱合金や、高効率で耐久性に優れた次世代の白色 LED 照明用材料、次世代太陽電池材料等の研究開発を行うとともに、構造材料の信頼性や安全性を確保するための研究開発を実施している。2010年度は、重希土類元素(重レアアース)であるジスプロシウム

(Dy)を用いずに保磁力を高め、省資源化と小型軽量化を実現できる高性能磁石材料、将来の人工光合成につながる高効率な可視光応答型光触媒材料を開発した。また、携帯電話等から、需要の大きい希少元素(金、コバルト)を効率的に分離・回収する技術の開発に成功した。

(1)大学等と企業等の共同研究、技術移転のための研究開発、成果の活用促進ものづくり基盤技術の高度化や新事業・新製品の開拓

につながる多様な先端的・独創的研究成果を生み出す「知」の拠点である大学等と企業の効果的な協力関係の構築は、我が国のものづくりの効率化や高付加価値化に資するものである。こうした産学官連携活動は、2004年4月の国立大学法人化などに伴い着実に実績を挙げている。2009年度においては、リーマンショック後の世界的な経済不況の影響もあり(景気動向指数が2009年3月に過去

2.産学官連携を活用した研究開発の推進

クスルーが期待できる分野として、以下の5つの分野が設定されている。

分野1:予測する生命科学・医療及び創薬基盤分野2:新物質・エネルギー創成分野3:防災・減災に資する地球変動予測分野4:次世代ものづくり分野5:物質と宇宙の起源と構造

(4)その他のものづくり基盤技術開発独立行政法人物質・材料研究機構においては、幅広い

分野に波及する、計測分析基盤技術やナノ構造創製制御技術等のナノテクノロジー共通基盤技術の研究開発を推進するとともに、次世代を担う革新的シーズを創製するナノスケール新物質創製・組織制御研究や、社会的ニーズに応える材料研究開発を実施している。

①ナノテクノロジーを活用する新物質・新材料の創成のための研究有害物質(農薬、ウイルスなど)除去や人工透析膜な

ど超高速で異物を除去できる革新的分離膜の材料合成技術や、半導体材料の合成方法の改良といった基礎研究及び基盤的研究開発を実施している。2010年度は、「究極のメモリ」として期待される強電体メモリ開発の基盤技術として、2種類の酸化物ナノシートを交互に積み重ねた人工超格子の作製に成功した。また、人工眼につながる、極低消費電力で動作し、光を電気信号で検出し記憶する

「光原子スイッチ」素子、抗血栓性と血管内皮形成を促す機能を合わせ持つ薬剤徐放が可能な薬剤溶出性ステント

18,000

16,000

14,000

12,000

10,000

8,000

6,000

4,000

2,000

0

7,248

8,864

11,054

12,489

13,79014,974 14,779

(件数)

03 04 05 06 07 08 09 (年度)

資料:文部科学省「平成21年度大学等における産学連携等実施状況について」

図432-1 国公私立大学等と民間企業との共同研究件数

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づくり産業の活性化にも資するものである。そのため、大学等において、研究成果の民間企業への移転を促進し、それらを効果的にイノベーションに結びつける観点から、戦略的な産学官連携機能の強化を図っている。

1998年に制定された「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」(大学等技術移転促進法)は、上記のような研究成果移転の促進により、我が国の産業の技術の向上と大学等における研究活動の活性化を図ることを目的とした法律であり、本法に基づき実施計画を承認された技術移転機関(TLO)は、2011年3月31日現在で全国で42機関に上る。2009年度の TLO からの特許出願件数は国内で合計2,823 件、海外で合計1,297件に上っており、2009年度における民間企業との特許実施許諾件数は累計2,707件に上っている。

また、第2期科学技術基本計画(2001年3月30日閣議決定)を受けて、文部科学省では、大学等の知的財産の戦略的な創出・管理・活用を図るモデル的な体制の整備を進めてきた。その後、第3期科学技術基本計画(2006年3月28日閣議決定)においても、イノベーション創出に向けた持続的・発展的な産学官連携システムを構築することが提言され、事業化支援、人材育成、技術指導などの多面的な産学官連携活動を行う体制へと移行する動きも見られるようになった。

このため、文部科学省は、2008年度から「産学官連携戦略展開事業」(2010年度からは「大学等産学官連携自立化促進プログラム」として実施)を開始し、大学等の研究成果を戦略的に創出・管理・活用を図る体制の強化(国際的な基本特許の権利取得及び大学間連携による知的財

最大規模の下降率を記録)、大学等と民間企業との共同研究は1万4,779件と、前年度と比べて若干落ち込んでいるものの(図432-1)、2003年度に比べて総じて増加している。大学等における民間企業からの受託研究は、2009年度において6,185件が実施されており(図432-2)、大学発ベンチャー数は累計2,027社を数えている。

独立行政法人科学技術振興機構においては、このような産学連携により大学等の研究成果の実用化を促進するため、企業との実用化に向けた共同研究開発、大学発ベンチャー創出等、特定企業と特定大学(研究者)による知的財産を活用した研究開発を総合的かつシームレスに推進する「研究成果最適展開支援事業(A-STEP)」及び、複数の大学等研究者と産業界によるプラットフォームを活用した研究開発を推進する「産学イノベーション加速事業」を実施するとともに、大学等の外国特許出願への支援や大学等の研究者から企業への新技術の説明等を行う場の提供等により大学等の知的財産活動を専門的に支援する「技術移転支援センター事業」を実施している。

また、共同研究などを通じた試験研究を促進するため、民間企業等が大学等と行う試験研究のために支出した研究費の一定割合を、法人税や所得税から控除することができる税制上の特例措置を設けている。

(2)大学等における研究成果の戦略的な創出・管理・活用のための体制整備大学等の優れた研究成果を活かすためには、成果を統

合発展させ、国際競争力のある製品・サービスとするための産業界との協力の推進が不可欠であり、これはもの

8,000

7,000

6,000

5,000

4,000

3,000

2,000

1,000

0

5,457

6,359 6,292 6,179 6,005 5,9456,185

(件数)

03 04 05 06 07 08 09 (年度)

資料:文部科学省調べ。※国公私立大学等を対象。※大学等とは大学、短期大学、高等専門学校、大学共同利用機関法人を含む。

図432-2 国公私立大学等と民間企業との受託研究件数

第3節

産業力強化のための研究開発の推進

第4章 ものづくりの基盤を支える教育・研究開発

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図432-3 大学等産学官連携自立化促進プログラム【機能強化支援型】実施機関地域分布図

中国・四国 地区

近畿 地区

九州・沖縄 地区

北海道・東北 地区

関東 地区

中部 地区

実施数 59件/67機関

宮城工業高専 (※)

山形大学

東北大学

室蘭工業大学・北見工業大学 (※)

盤基

岩手大学・帯広畜産大学 (※)

色特

北海道大学

際国

お茶の水女子大学

盤基

青山学院大学

創価大学

東京工業高専・長野工業高専 (※)

慶應義塾大学(理化学研究所、産業技術総合研究所) 財知

情報・システム研究機構

日本大学

東海大学

芝浦工業大学

電気通信大学

東京海洋大学

群馬大学・茨城大学 ・宇都宮大学・埼玉大学 (※)

早稲田大学

東京理科大学

慶應義塾大学

東京工業大学

東京農工大学

東京医科歯科大学

筑波大学

色特

東京大学

際国

富山工業高専(※)

盤基

名古屋大学・名古屋工業大学(産業技術総合研究所)

静岡県立大学 (※)

浜松医科大学 (※)

財知

北陸先端科学技術大学院大学

三重大学 (※)

静岡大学・豊橋技術科学大学 (※)

信州大学 (※)

金沢大学 (※)

富山大学

名古屋大学 (※)

長岡技術科学大学・国立高等専門学校機構 (※)

色特

山梨大学・新潟大学 (※)

際国

京都工芸繊維大学 (※)

盤基

同志社大学

大阪大学

立命館大学 (※)

大阪府立大学・大阪市立大学

奈良先端科学技術大学院大学

大阪大学

京都大学

神戸大学 (※)

色特

京都大学

際国

山口大学

香川大学

盤基

岡山大学・鳥取大学 (※)

色特

広島大学

際国

久留米大学

宮崎大学 (※)

大分大学 (※)

佐賀大学

盤基

九州工業大学

色特

九州大学

際国

注:(※)は連携機関を有する実施機関 平成21年度より ・バイオ:バイオベンチャー創出環境の整備 ・知財:知財ポートフォリオ形成モデルの構築 を新たに実施

20件/23機関

6件/8機関

13件/16機関

10件/9機関

4件/5機関

6件/6機関

平成23年3月現在 国際 16件/17機関 特色 22件/30機関 基盤 17件/19機関

バイオ 2件/2機関 知財 2件/3機関

資料:文部科学省調べ

図432-4 大学等産学官連携自立化促進プログラム【コーディネーター支援型】配置先一覧

資料:文部科学省調べ

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事業」 に取り組んでいる。2010年度においては、これまでのクラスター形成事業

に関して、地域と大学等との組織的な連携を強化し、一層の地域の自立化を促進するため、大学における産学官連携の体制整備を行う事業と一本化し、新たに 「イノベーションシステム整備事業(地域イノベーションクラスタープログラム)」 として全国40地域で実施している(図432-5、432-6)。

②クラスター形成の成果これまでの地域科学技術振興施策の取組によって創出

された技術シーズを基に、商品化・実用化・企業化に向けた取組が進められ、大学等の研究機関の持つ優れた技術シーズが着実に産業界へ移行しつつあり、2010年度までに計3,434件の事例が蓄積されている。

また2010年度は、我が国全体として地域イノベーションを推進する観点から、公設試験研究機関がどのような役割を果たしていくべきかについて検討するため、2010年7月に「地域イノベーション推進のために公設試験研究機関が果たすべき役割に関する検討会」を開催し、地域イノベーション推進のために公設試験研究機関が果たすべき役割や、その実現に必要となる施策等について検討を重ね、報告書をとりまとめたところである。

産活動体制の構築などに対する支援(59か所:2011年3月31日現在))(図432-3)や、産学官連携コーディネーター(49名:2011年3月31日現在)を通じた大学等の産学官連携活動の支援(研究成果の社会還元などの推進)を実施している(図432-4)。

(3)産業力強化のための地域科学技術振興地域における科学技術の振興は、地域産業の活性化や

地域住民の生活の質の向上に貢献するものであり、ひいては我が国全体の科学技術の高度化・多様化につながるものとして、国として積極的に推進している。

また、都道府県等においても科学技術振興策を審議する審議会等を設置するとともに、独自の科学技術政策大綱や指針等を策定するなど科学技術振興への積極的な取組がなされている。

①クラスター形成に向けた取組文部科学省では、2002年度より地域のイニシアティブ

の下で、優れた研究開発ポテンシャルを有する大学等の公的研究機関が核となり、企業ニーズを踏まえた研究開発が行われ、その成果を地域産業の高度化や新商品の開発・サービスの向上等につなげることにより、他の地域や海外から人材、企業、情報や投資を惹きつける 「知的クラスター創成事業」 及び 「都市エリア産学官連携促進

図432-5 2010年度地域イノベーション戦略支援プログラム(グローバル型)実施地域

26

資料:文部科学省調べ

(3)産業力強化のための地域科学技術振興

地域における科学技術の振興は、地域産業の活性化や地域住民の生活の質の向上に貢献

するものであり、ひいては我が国全体の科学技術の高度化・多様化につながるものとして、5 国として積極的に推進している。

また、都道府県等においても科学技術振興策を審議する審議会等を設置するとともに、

独自の科学技術政策大綱や指針等を策定するなど科学技術振興への積極的な取組がなされ

ている。

10 ①クラスター形成に向けた取組

文部科学省では、2002 年度より地域のイニシアティブの下で、優れた研究開発ポテンシ

ャルを有する大学等の公的研究機関が核となり、企業ニーズを踏まえた研究開発が行われ、

その成果を地域産業の高度化や新商品の開発・サービスの向上等につなげることにより、

他の地域や海外から人材、企業、情報や投資を惹きつける「知的クラスター創成事業」及び15 「都市エリア産学官連携促進事業」に取り組んでいる。

2010 年度においては、これまでのクラスター形成事業に関して、地域と大学等との組織

的な連携を強化し、一層の地域の自立化を促進するため、大学における産学官連携の体制

整備を行う事業と一本化し、新たに「イノベーションシステム整備事業(地域イノベーショ

ンクラスタープログラム)」として全国 40 地域で実施している(図 432-5、432-6)。 20

図 432-5 2010 年度地域イノベーション戦略支援プログラム(グローバル型)実施地域

資料:文部科学省調べ

静岡県浜松地域[オプトロニクス技術の高度化による安全・安心・快適で、持続可能なイノベーション社会の構築]

札幌周辺を核とする道央地域[最先端の分析系・活性評価系研究に基づいた高機能食品・

有用素材の開発・実用化による健康科学産業の創出]

関西広域地域[「創薬」と「先端医療」を中心とした国際競争力を有するバイオクラスターの形成]

福岡・北九州・飯塚地域[世界をリードする先端システム

LSI開発拠点の形成]

広域仙台地域[先進予防技術の活用による、予防・健康サービスの提供を目指した健康社会創成クラスターの形成]

長野県全域[新たなナノテクノロジー・材料の高度活用の実現による、国際的に優位な信州型スーパークラスターの形成]

京都およびけいはんな学研地域[地球環境問題解決に貢献するナノテクノロジーを基盤に高機能部材開発の世界拠点の形成]

富山・石川地域[バイオ系先端機器の開発による予防と健康のライフサイエンス研究開発拠点の形成]

第Ⅱ期

グローバル拠点育成※重点支援枠により採択

東海広域[先進プラズマナノ科学・工学を核とした

環境調和型高度機能部材の創製をめざして]

函館地域[海を貴重な資源を生み出す巨大な生産システムと捉え、

持続的に発展可能なマリン産業クラスターの形成]

山口地域[省資源・省エネルギーグリーン部材の世界最先端拠点]

久留米地域[がんペプチドワクチンを核とする世界の高度先端医療開発拠点の形成]

徳島地域[「世界レベルの糖尿病研究開発臨床拠点」の形成]

ふくしま地域※[「Haptic-Optical技術による優しさと安全性を備えた先端医療機器の開発」~世界に誇れる医療機器設計・

製造ハブ拠点の形成に向けて~]

びわこ南部地域※[「いつでも・どこでも高度先端医療」を実現する診断・治療技術の開発]

いわて県央・釜石地域※[「いわて発」高付加価値コバルト合金による

イノベーションクラスターの形成]

富士山麓地域※[先端的ながん診療技術の開発による

ファルマバレー・メディカルクラスターの形成]

資料:文部科学省調べ

第3節

産業力強化のための研究開発の推進

第4章 ものづくりの基盤を支える教育・研究開発

Page 8: 第3節 産業力強化のための研究開発の推進 · 2018-11-09 · 「sacla」は、太陽の100億倍のさらに10億倍という明るさのx線を発振することができる究極のレーザー施

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図432-6 2010年度地域イノベーションクラスタープログラム(都市エリア型)実施地域

資料:文部科学省調べ

コラム

多患者細胞自動培養装置の開発に成功 ~世界初のヒト iPS細胞の自動培養にも寄与~髙木 睦 北海道大学大学院教授らの研究成果をもとに、川崎重工業株式会社が「多患者細胞自動培養装置」を開

発した(JST 独創的シーズ展開事業 委託開発(2010年度より研究成果最適展開支援事業(A-STEP))。従来の手作業による細胞培養は汚染防止のため長時間作業室に拘束されるなど制約が大きく、困難が伴うため、

自動培養装置による一定品質の細胞の安定した供給が望まれていた。本装置は、滅菌技術と画像処理技術、ロボット技術などを使った自動培養技術を用い、培養・増殖用の複数の個室と共通作業部を区分して蒸気滅菌し、培地交換や継代培養などの作業をロボットで行い、画像処理を取り入れることで、ほぼ人手を介さずに複数患者の細胞を同時かつ安定的に自動培養することができるようにする。

現在、企業では本装置を商品化し、既に、独立行政法人国立成育医療研究センター及び独立行政法人産業技術総合研究所と共同で世界初のiPS 細胞の自動培養に成功するなど(2010年6月発表)、特に再生医療への応用展開に大きな期待が寄せられている。

なお、本装置は第4回ロボット大賞(主催:経済産業省、社団法人日本機械工業連合会)のサービスロボット部門で、優秀賞を受賞した

(2010年11月受賞)。 多患者細胞自動培養装置