秋田県の地域活性化事例...1...

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2008 年 1 月 25 日発行 秋田県の地域活性化事例 熱狂的に支持される地域限定キャラクター~「超神ネイガー」 B級グルメによるまちおこし~横手市「横手やきそば」

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Page 1: 秋田県の地域活性化事例...1 総務省統計局『統計でみる都道府県のすがた2007』2007 年による。 2 国土交通省社会資本整備審議会都市計画・歴史的風土分科会都市計画部会第一回中心市街地再生小委員会

2008 年 1 月 25 日発行

秋田県の地域活性化事例

① 熱狂的に支持される地域限定キャラクター~「超神ネイガー」

② B級グルメによるまちおこし~横手市「横手やきそば」

Page 2: 秋田県の地域活性化事例...1 総務省統計局『統計でみる都道府県のすがた2007』2007 年による。 2 国土交通省社会資本整備審議会都市計画・歴史的風土分科会都市計画部会第一回中心市街地再生小委員会

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要 旨

秋田県は、様々な経済指標において全国順位が芳しくなく、また人口減少が 1955 年

以降続いているなど、都道府県の中でも長らく厳しい衰退に苦しんでいる地域といえ

る。これに対し、国や自治体は産業育成や社会資本の整備などを中心に、様々な対策を

施してきたが、衰退に歯止めをかけるにはいたっていない。こうした中、秋田県ではこ

れまでの発想とは違う地域活性化の試みが民間セクター発で行われている。これが今回

とりあげる秋田発のキャラクター「超神ネイガー」プロジェクトであり、B 級グルメブ

ームの先駆けを担う「横手のやきそば」である。これらは、これまでのハード重視策と

異なり、ソフト重視の活性化策であり、秋田県内ではもちろん全国的にも注目されてい

る。

超神ネイガーは正義の主人公が悪を働く組織に挑む、勧善懲悪型のヒーローものであ

る。元プロレスラーを中心とする若者グループが地域活性化のためにプロレスラーの特

技を生かせるアクロバットショーを考案したが、単純なショーでは意味がないとして、

各地のヒーローものを徹底的に研究し、秋田県に特化したオリジナルキャラクターを生

み出した。登場人物、その衣装、台詞などはすべて秋田県にちなんだものである。日頃

は農業を営んでいる主人公が、ヒーローに変身して秋田県民を堕落させる悪の組織に立

ち向かうというストーリーのショーは、その世界観が受けて、秋田県では子供から人気

が爆発し、今では県を代表する人気キャラクターとなっている。週末は様々なイベント

に引っ張りだこで、なおかつ数多くのキャラクターグッズの売り上げも伸びている。全

国展開を考えないという姿勢がかえって外部の注目を集め、テーマソングを収録した

CD や主人公のフィギュアは、全国的にかなりの注目を集めるようになった。このプロ

ジェクトは秋田県民を叱咤激励するものとして、地域活性化策に新たな境地を開いた、

稀有な成功事例といえる。

次にとりあげる「横手やきそば」は、横手市で昔から親しまれてきたメニューが新たな

食のブランドとして認知されることに成功した事例である。地域活性化は地域固有の資

源を活用すべきとされ、その地域資源として食材は従来から注目されてきた。しかし都

市でも容易に地方の新鮮な食材が手に入るようになると、よほどの付加価値をつけない

限り、わざわざ地方に行ってまで食材を求めようとはしなくなっている。この状態を打

破するのが現地特有の調理技術のブランド化である。やきそばのような大衆食にも地域

特有の調理方法があることが徐々に知られるようになり、このような大衆食は「B 級グ

ルメ」と呼ばれ、最近は地域活性化の有力ツールとなりつつある。横手やきそばは同じ

く特徴ある「富士宮やきそば」「太田やきそば」と組んで、全国各地のイベントに積極

的に出店し、食べ比べてもらうことで、やきそばにも違いがあることを幅広く認知させ

ることに成功した。いまでは「B 級グルメ」といえばやきそばといわれるほど、メジャ

ーな地位を獲得し、地元の老舗やきそば店には行列もできるほどである。全国各地のイ

ベントから引っ張りだこで、不足する職人向けに地元では新規雇用が発生している。横

手やきそばは潜在的な地域資源の発掘に成功した事例といえよう。

〔政策調査部 岡田豊〕

本誌に関するお問い合わせは みずほ総合研究所株式会社 調査本部 電話(03)3201-0579 まで。

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1. 熱狂的に支持される地域限定キャラクター~「超神ネイガー」 人口密度(全国 45 位)、年少人口割合(46 位)、高齢者割合(2 位)、従業員 1 人あたり

の工業製品出荷額(最下位)、納税義務者 1 人あたりの課税所得(最下位)、大学・大学院

卒の割合(最下位)。これらの指標は、秋田の現状の厳しさを象徴しているといえる1。1950年代に人口がピークであった県は全部で 11 あるが、秋田県はその中の一つとなっており、半

世紀以上前から人口減少社会に突入しているなど、長らく厳しい衰退に苦しんでいる地域の

一つといえる。 さらにこのような衰退状態は、秋田県随一の大都市で、県庁所在地である秋田市でも顕著

にみられる。特に、まちづくり 3 法改正に伴う国の審議会に提出された資料2は衝撃的であっ

た。同資料では秋田市の中心市街地にある広小路商店街が衰退する商店街の代表例として

度々登場している。そこでは、92 年から 2002 年にかけての 10 年間で休日の人通りが半分以

下となって、90 年代から大型商業施設の閉店や移転が相次ぎ、空き地や駐車場が次々に広が

っていき、かつては「秋田の三越」と呼ばれた名門デパート「木内」も今では 2 階以上をす

べて閉店し、1階しか営業していない3など、驚くべき中心市街地の衰退ぶりが明らかにされ

ている。

(金曜日夜の秋田中心市街地の様子(2006 年 10 月 20 日)。同地は、JR 秋田駅・バスターミナ

ルから徒歩すぐ、という交通至便のところにあり、非常にきれいに整備された歩行者専用道路と

アーケードに加え、周辺に西武・イトーヨーカドー、秋田を代表する宿泊施設「秋田ビューホテ

ル」という大型集客施設がある。このような秋田市内で最もにぎわいが期待できる場所で、国重

要無形民俗文化財であり、秋田一のお祭り「秋田竿燈まつり」を模した集客イベントが行なわれ

ていた日の様子がこの写真だが、こうした日でも見学者は多いとは言いがたい。なお本稿の画像

は全て、筆者が撮影したもの)

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「説明資料 6」(2005 年)による。 3 「木内」は日本百貨店協会を 90 年に脱退し、文字通り「デパート」ではなくなった。今では 1 階の衣料品

売り場のみに特化している。

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こうした中、秋田県ではこれまでの発想とは違う地域活性化の試みが成果をあげつつある。

これが今回とりあげる秋田発のキャラクター「超神ネイガー」プロジェクトであり、B 級グ

ルメブームの先駆けを担う「横手やきそば」である。これらは旧来がハード重視であったの

に比べてソフト重視の活性化策であるが、秋田県内ではもちろん全国的に浸透しつつある成

功事例といえる。

(1) 秋田を徹底的に意識した「ローカルヒーロー」 超神ネイガーは正義の主人公が悪を働く組織に挑む、勧善懲悪型のヒーローものである。

「仮面ライダー」のようなものと考えればわかりやすい。

(左:超神ネイガーの面。実際にショーで使われているものを、「超神ネイガー」役の海老名氏

に見せていただいた。 右:超神ネイガーの主要武器の一つである「カマクラ・ナックル」。主人公を演じる海老名氏の事

務所にて。グローブ型で、これを握って敵を殴るものである。右にある大きめの人形が悪の組織

に属する「ホジナシ怪人」の一種で、顔にカタカナの「ホ」の字が入っている。なお「ホジナシ」

とは、秋田弁で「いくじなし」「だらしない」といった悪いイメージをもつ言葉である)

キャラクターの作り込みは基本的に秋田県を意識したものとなっている。登場人物、衣装

などはすべて秋田県にちなんだものであり、台詞は秋田弁が中心となっているなど、あらゆ

る面で徹底している。日頃は農業を営んでいる主人公「アキタ・ケン」が、ヒーロー(超神ネ

イガー)に変身して、秋田県民を堕落させる悪の組織に立ち向かうというのが、基本的なス

トーリーである。ネイガーとは、秋田の名物行事「なまはげ」の台詞「悪い子いねいが(い

ないか)」からとってきたものである。ネイガーの使う武器・防具は「かまくら」4「ハタハ

タ」5「竿燈」6といった秋田名物を模したものである。また悪事を働く組織のリーダーは米農

4 「かまくら」は秋田県横手市の名物。 5 「ハタハタ」は秋田県の「県魚」。以前は秋田県では広く一般に食卓に並んでいたが、漁獲高の減少により、

今では高級魚となりつつある。 6 「竿燈」は稲穂を模した巨大構造物に多数の提灯を吊るしたもので、「竿燈祭り」では、この重くて大きな

構造物を、額、肩、腰などに立てたまま、器用に練り歩く。特に夜は多数の提灯が映える。2 ページの画像

では、人が巨大構造物を持っているが、その巨大構造物が竿燈である。

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業の天敵「カネコムシ」をかたどった面をかぶっている。このように徹底的に秋田にこだわ

ったキャラクターの作り込みこそ、秋田県民から熱狂的な支持を受けている理由である。超

神ネイガーのショーでは悪の組織を倒す際の歓声に加えて、「秋田を堕落させる」という悪

の組織のシニカルな設定に対する笑いが絶えず、非常に盛り上がる構成に仕上がっている。 最近、彦根城の「ひこにゃん」7や秋田県の 2007 年国体のマスコット「スギッチ」8のよう

に、キャラクターによる地域活性化が注目を集めるようになっている。今回とりあげる超神

ネイガーもこのような地域限定キャラクターによる地域活性化事例の一つといえよう。

(2) 若手「出戻り」組による仕掛け 仕掛け人は元プロレスラーを中心とする若者グループである。ネイガーを演じるのは中心

人物である海老名氏。秋田県出身で、現在は秋田市から電車で1時間ほどの、秋田県南部の

にかほ市にトレーニングジムを構えている。海老名氏は幼少期に「タイガーマスク」に熱中

し、高校卒業後は恵まれた体格を生かすべく、東京のプロレス有力団体9の門をたたいた。し

かし練習中に脳挫傷という重症を負い、ドクターストップによってプロレスラーとしての道

は断たれてしまった。

(左:秋田県南部のにかほ市にある海老名氏経営のトレーニングジム「F2-ZONE」。まわりには

農地と住宅がほとんどという中でドーム型の施設が目立つ。超神ネイガープロジェクトの本部は

2007 年夏までこのジムに置かれていた。 右:超神ネイガーを演じる海老名氏。上記ジムにて取材に応じていただいた)

7 彦根城のマスコット。キャラクターのデザインをデザイナーの同意なく、発注者である彦根市が改ざんした

として、著作隣接権の問題でも有名になった。 8 秋田の名産「秋田杉」を模したキャラクター。前出のひこにゃんやこのスギッチは「かわいらしいけど、ど

こか変」という意味で「ゆるキャラ」(「ゆるいキャラクター」の略)と呼ばれている。スギッチはテレビ

東京系の人気番組「TV チャンピオン」の「ゆるキャラ選手権」(2006 年放映)で優勝し、ゆるキャラでは

絶大な人気を得ている。各種キャラクターグッズの売れ行きが好調であることもあって、当初は 2007 年開

催の国体限定のキャラクターとして誕生しながら、国体後も秋田県のマスコットとして存続されることにな

った。 9 海老名氏は、エンターテイメント志向の強いプロレスに対抗して、本格的な格闘技を志向し熱狂的な支持を

集め、格闘技ファンの間ではいまなお伝説的な存在とされる「第二次 UWF」の練習生であった。

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海老名氏は、若者が地域に熱い志をもちながらも、なかなかそれを遂げることができない

地元の現状を憂い、同じような危機感を抱く幼馴染と共に、若者に希望を与える地域活性化

策を検討することになった。海老名市自身は幼児期より「仮面ライダー」にあこがれていた

こともあって、プロレスラー断念後のアクション俳優としての経験を生かしたアクロバット

ショーを考えた。しかし単純なショーでは秋田の観客に対する訴求力があまりないので、関

係者間で各地のローカルヒーローものを徹底的に研究し、秋田県に特化したオリジナルキャ

ラクターである超神ネイガーを生み出した。彼らのいう「地産地消型」キャラクターの誕生

であった。 そのような背景から、超神ネイガーはそのキャラクター背景が徹底的に作りこまれるとと

もに、ショーの台本やショーで使う衣装や小物作りにも安易に妥協せず、観客に受けるため

の仕掛けが追求されている。ここには海老名氏のアクション俳優の経験が生かされており、

またアクション俳優時代同様に、自らが衣装や小物を作ることで、運営費のコストダウンに

も大きく寄与することになっている。つまり超神ネイガープロジェクトは、メンバーの熱い

思いに加え、徹底的な先行事例研究を背景にしたメンバーによるキャラクターの念入りな作

り込みと、海老名氏のアクション俳優としての豊富な経験がプロジェクトに生かされたもの

であるといえる。

(海老名氏に紹介いただいた地域限定誌に登場する超神ネイガー。雑誌の冒頭1ページを使って、

キャラクターが紹介されており、秋田ではまさにヒーローの扱いである) ここに地域活性化の成功要因のいくつかを見ることができよう。第一に、現状の危機感を

嘆くばかりでなく、前向きに、自らのできることから打開策を探ろうとしたこと。第二に、

様々な先行事例の成功・失敗要因を掴むことを怠らなかったこと。第三に、自らのアイデア

を第三者の立場で見つめなおすマネジメント能力が備わっていたということ。第四に、現地

で受け入れられることを最優先に考えたこと。これらはプロジェクトメンバーの中に若手、

特に海老名氏のように一度は地元を出て大都市に行きながら、地域に帰ってきた「出戻り」

組が存在したことが大きいように思われる。地域活性化では現状に安住せず、変革を求める

気持ちと、その気持ちを実現するための冷静なマネジメント能力が重要であるが、そのため

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には地域の現状に満足しない若手と、その思いを冷静に受け止めることができる第三者の目

をもつキーマンが必要である。海老名氏のような「若手の出戻り」組は、そのような役目を

担う貴重な存在であり、今後の地域活性化では決定的な役割を果たす可能性が高いと思われ

る。

(3) 「地産地消」型キャラクターの意義 海老名氏は最初のショーの観客の好反応で、このプロジェクトの成功を確信したという。

それほど超神ネイガープロジェクトは入念な準備のもとに展開された仕掛けであった。秋田

住民向けの「地産地消型」キャラクターが受けて、秋田県では子供から人気が爆発し、今で

は県を代表する人気キャラクターとなっている。週末は様々なイベントに引っ張りだこであ

り10、秋田では前例のないといわれるほど大勢の観客がショーに殺到している。主人公である

「超神ネイガー」だけでなく、キャラクターものの人気のバロメーターともいえる敵役の人

気もうなぎのぼりである。敵役は「秋田を堕落させる」という、かなりシニカルなキャラク

ター設定ながら、大勢のファンを獲得し、単独でキャラクターグッズが展開されたり、また

ラジオ番組のコーナーを単独で任されることもあるほどだ。人気はまさに超神ネイガープロ

ジェクト全体に拡大しているのがわかる。 また県民の間に、この超神ネイガープロジェクトの支援の輪が徐々に広がっていることも

見逃せない。秋田県の企業を中心に、数多くのキャラクターグッズが展開され、売り上げも

伸びている。秋田県のメディアは積極的にこのプロジェクトを取り上げ、雑誌で数多く取り

上げられるだけでなく、ラジオやテレビの番組も放映されている。地元に拠点をもつ民間企

業の中には、地域の現状を危惧し、地域活性化のために貢献したいと思う企業が少なくない

が、秋田県内の企業にとって超神ネイガープロジェクトは、本業と地域活性化を密接に絡ま

せることができる、貴重な機会を与えてくれる存在になっているといえる。 さらに「全国展開は基本的に考えない」という姿勢が、かえって秋田県外からの興味を集

めていることも特筆できる。テーマソングを収録した CD11や主人公のフィギュアは全国向け

メディアにも度々取り上げられるなど、県外からもかなりの注目を集めるようになっている。

超神ネイガープロジェクトの優れたノウハウに対する県外からの要望も多く、それにこたえ

る形で、同プロジェクトでは各地のローカルヒーロー作りのコンサルタントを務めるなど、

県外にも活動が広がりつつある12。

10イベントの予約が数ヶ月先まですべて埋まってしまうほど、超神ネイガーの人気は爆発している。なお秋田

市を中心とする数多くの出演交渉に対応するため、ネイガープロジェクトでは、それまでのにかほ市から秋

田市に事務所を移転した。 11CD には、アニメソング界の大御所である水木一郎が歌う『豪石!超神ネイガー~見だが おめだぢ~』な

どがある。 12超神ネイガープロジェクトでは、2007 年に超神ネイガーの弟分という位置づけで、岩手県のローカルヒー

ロー「岩鉄拳(いわてっけん)チャグマオー」を誕生させた。

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(左:敵役「ホジナシ」のストラップ。敵役に人気が波及するのは、作品全体の世界観が広く支

持されている証左といえる。右のタオルとともに取材時に海老名氏より提供いただいたもの。 右:超神ネイガーのタオル。「ネイガープロジェクトのマーク」(真ん中上の丸囲み)、上部の

「竿灯スオード」(超神ネイガーが使用する盾。秋田一のイベント竿燈祭りで使用される竿燈を

模したもの)、「カマクラ・ナックル」(超神ネイガーが使用する武器。秋田県横手市名物のか

まくらをイメージしたもの)などがデザインされている。画像下部のキャッチコピー「綿 100%だス。すげ吸水性だべ」の秋田弁がユーモラスである。その他にも酒、サイダー、クッキーなど

の飲食料品、T シャツなどの衣料品など、キャラクターグッズを幅広く展開している)

(地元自動車販売店から超神ネイガープロジェクトに提供された自動車。超神ネイガープロジェ

クトではこの車を使って、全国で 6 番目に広い秋田県各地のイベントに出かけている。このよう

にこのプロジェクトを応援していこうという企業も少なくない)

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このように超神ネイガープロジェクトは秋田県民から熱狂的な支持を受け、まさに社会現

象といえるブームを巻き起こし、秋田県民を叱咤激励するものとして、地域活性化策に新た

な境地を開いたといえる13。ローカルヒーローとして成功を収めるだけでなく、地元でのブー

ムが地域外への注目につながるという好循環をもたらしつつある点では、地域活性化の理想

的な成功事例ともいえる存在になっている。

2. B 級グルメによりまちおこし~横手市の「横手やきそば」 次にとりあげる「横手やきそば」は、横手市の一般世帯で昔から親しまれてきたメニュー

が新たな食のブランドとして認知されることに成功した事例である。地域活性化は地域固有

の資源を活用するのが王道とされ、その地域資源として新鮮な食材は以前から注目されてき

た。産地ならではの新鮮さは、産地でしか味わえないとして、都市部からの観光客誘致に大

きな役割を果たしてきた。 しかし冷蔵技術の進化により、都市部でも容易に地方の新鮮な食材が手に入るようになっ

た。加えてインターネットを使った販売によって、「産直」が一般化した。近年は「お取り

寄せグルメ」が圧倒的な人気を呼ぶようになっている。この結果、食材によほどの付加価値

をつけない限り、わざわざ地方に行ってまで食材を求めたりしなくなってきた。 この状態を打破するのが現地特有の調理技術を生かしたブランド化である。例えばラーメ

ンがその代表例である。喜多方ラーメンや博多ラーメンなどはラーメンでよく知られた地域

ブランドといえる。これらの地域の有名店の中には、首都圏などの都市部への支店展開を進

めているところもあるが、わざわざ現地に出向いて食べる観光客も相当数に上る。現地在住

の職人の腕の存在によるところが大きく、調理技術まで完全に支店で再現するのが難しいか

らである。消費者もそれを理解しており、本場でこそホンモノが味わえると考えて、地方の

本店の味を求めて地方に行く。ラーメンでは都市部への出店は、単なる支店展開にとどまら

ず、本店への来店を促す宣伝をも兼ね備えた戦略といえる。 やきそばは誰もが手軽に食べることができる大衆食であるが、近年はラーメンのように地

域特有の調理方法がいくつかあることが知られるようになってきた。そのためやきそばは「B級グルメ」として、最近では地域活性化の有力ツールとなっている。

13超神ネイガープロジェクトは 2005 年に開始された新しい活動であるが、トリノ五輪カーリングの活躍で全

国的にブームを巻き起こした「チーム青森」(青森市は「カーリングの街」を標榜し、カーリングによるま

ちづくりを進めている)などと共に「2006 年 NHK 東北ふるさと賞」を受賞するなど、現地ではその地域

活性化効果が非常に高く評価されている。

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(1) 「発掘」された地域資源 横手市の高橋氏14などによると、横手やきそばのルーツは戦後直後に遡る。横手では安価で

手軽に楽しめるお好み焼きが子供を中心に大人気であったが、そのお好み焼きの鉄板を利用

してできる新たなメニューとしてやきそばが選ばれた。必要な調理道具の少なさや調理方法

の簡便さから、駄菓子屋が店先で販売するなど、やきそばを提供する店が増え、横手市では

やきそばブームが起こった。 しかし、食品の衛生管理が厳しくなり、また大手製麺業者によって家庭用やきそば麺が開

発されるようになると、駄菓子屋などで外食としての横手やきそばは衰退し、家庭内や一部

の店舗に残るだけにいたった。

(左:横手やきそばの名店とされる「出端屋(いではや)」。週末の店内は県内外の客で賑わう。

画像右には横手やきそば業者の組織である「横手やきそば暖簾会」所属を示すのぼりがある。横

手市内で多数はためいており、イエローとブラックという色使い派手さもあって、非常に目立つ。 右:この「出端屋」は、覆面審査員による食べ比べの結果、2002 年の横手やきそばグランプリを獲

得するにいたった)

(前述の「出端屋(いではや)」の横手やきそば。太麺、汁気の多い薄味ソース、目玉焼き、福

神漬けといった、横手やきそばの主な特徴が出ている)

14高橋智和「身近な外食「やきそば」を地域振興の素材に」(財団法人地域活性化センター『月刊地域づくり』

2005 年 10 月)による。

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このような横手やきそばが再度「表舞台」に登場したのは、横手市の職員が普段食べてい

る横手やきそばが他のやきそばにない特徴をもつことに気づき、地域活性化に使えるのでは

ないかと考えたからである。普通のやきそばは細い縮麺に濃口のソースを使ってしっかり焼

いて香ばしく調理するのに対し、横手やきそばは太麺で薄口のソースを使ってしっとりとし

た仕上がりになっている。また目玉焼きや福神漬けが添えられるなども、他の地域のやきそ

ばにあまりない特徴であった。見た目では目玉焼きなどの特徴しかわからないが、実際に食

べてみると一般的なやきそばとその違いが明確にわかるものとなっている。折しも全国各地

で地域資源を活用した地域活性化が勧められており、地域資源を「創作する」事例と「発掘

する」事例の2タイプがあると思われるが、前述の「超神ネイガー」は「創作する」タイプ

で、横手やきそばは「発掘する」タイプといえる。

(2) 業者、消費者、行政の「三位一体」 横手やきそばのように地域資源を「発掘する」タイプの地域活性化の場合、地域資源に対

する関係者の様々な思いが既に存在するので、それらの思いを集約するのは容易ではない。

例えば横手やきそばといっても、各店で出しているやきそばには様々なバリエーションが既

にあるため、特徴の定義づけも容易ではなかったと思われる。自分の店で出しているやきそ

ばが「横手やきそば」でないといわれてしまえば、プライドは傷つく上、死活問題に繋がり

かねないからだ。 この点で、横手やきそばの普及に関して大きな役割を果たしたのは、業者の団体である「横

手やきそば暖簾会」(2001 年創設)であっただろう。普及初期に様々な業者が横手やきそば

振興のために大同小異の考えで一致団結し、連絡団体が立ち上がったことは、横手やきそば

の普及にとって非常に懸命な選択であったといえよう。共通のサイトが設けられ、横手やき

そばのルーツや店舗情報など、統一された情報がわかりやすく発信され始めたことは、その

後の成功に直結していると思われる。 またそれらを支える形で、消費者である住民と行政が横手やきそばを積極的に応援してい

ったことも見逃せない。2000 年には横手市役所内に行政組織として「横手やきそばプロジェ

クト推進本部」が設立された。そこでは横手やきそばを低予算で宣伝する方策検討や情報収

集が進められ、観光関連サイトで紹介したり、様々なイベントで横手やきそばを実演するな

どして売り出すことになった。また 2001 年には住民によって「横手やきそば研究会」が作ら

れ、横手やきそばグランプリの制定など、消費者からみた横手やきそばの宣伝が進められる

こととなった。 現在、全国各地で様々な地域活性化が進められているが、有力な地域資源を抱えながらも、

住民、業者、行政の思いが必ずしもうまくつながっていない例が少なくない。地域活性化が

うまくいかない地域は、地域資源の有無や知名度の高低などを嘆く前に、大同小異の考えで

住民、企業、行政がしっかりと連携することを最優先に考えるべきであろう。

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(3) ブランド化に向けた優れた戦略 このような三位一体の連携によって、横手やきそばの知名度は徐々に上がっていったが、

さらに知名度を高めた方策として、他の地域と連携した PR 活動をあげることができる。 横手やきそばが盛り上がり始めた頃、同じくやきそばに特徴ある静岡県富士宮市の「富士

宮やきそば」15と群馬県太田市の「太田やきそば」16でも横手市と同様に、やきそばを地域資

源として発掘し、「やきそばの街」を標榜して、地域活性化に生かす試みが進められていた。

そこで横手やきそばはこれらと組んで、全国各地のイベントに積極的に出店する PR 戦略をと

った。横手やきそば単独の出店に比べ、3つのやきそばを食べ比べてもらうことで、やきそ

ばに違いがあることを広く認知してもらうことに成功したのである。ここでも住民、業者、

行政の連携で見られた大同小異の考えが生かされているといえる。違いがあることでライバ

ル視するよりも、そのライバル関係を逆に利用することで、それぞれがさらに知名度をあげ

ることができるという戦略である。「三国同盟」ならぬ、「三国同麺」なる協定を三者が結

び、やきそばの普及に関して、三者が互いに連携していくことになった。

(2006 年 11 月の横手市内でのイベントの様子。「横手やきそば」「富士宮やきそば」「太田や

きそば」を横一列に並べて出店させることで、やきそばそのものへの注目を集めることができる)

15市民と行政からなる「富士宮やきそば学会」が 2000 年に設立された。 16観光協会を中心に「上州太田焼きそばのれん会」が 2002 年に設立された。

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(左:富士宮やきそば。蒸した太麺、削り節が特徴で、独特の食感が人気を博している。 右:「太田やきそば」。茹で太麺、濃いソース、しいたけが特徴である)

この戦略をさらに進めたものが「B-1 グランプリ」の開催と「愛 B リーグ」の結成である。

やきそばの成功事例を目の当たりにした各地では、調理食品を地域資源にした地域活性化が

活発に進められていた。ここでも連携精神が発揮され、様々な地域の調理食品がそれぞれ連

携し、普及活動を進めることになった。様々な地域の調理食品のうち「安くてうまい」と地

域で広く愛されているものを「B 級グルメ」と総称し、各地の B 級グルメが一同に会するイ

ベントとして「第一回 B-1 グランプリ」が 2006 年に青森県八戸市で開催された。その B-1グランプリには全国から 10 の B 級グルメが集まり、各種メディアにも取り上げられ、大成功

を収めた。それをきっかけに各地の B 級グルメ推進団体の連携組織として「愛 B リーグ」17が

結成された。その後、愛 B リーグは順調に参加団体を増やし、それらによって「第 2 回 B-1グランプリ」が 2007 年に富士宮市で開催された。このイベントは、全国放送向けに多数の首

都圏の TV 局が中継し、10 万人を超える観客が文字通り「殺到する」など、B 級グルメがま

さに大ブームを巻き起こしていることを体言するものとなった。 いまでは B 級グルメといえばやきそばといわれるほど18、横手やきそばをはじめとする地

域限定やきそばはメジャーな地位を獲得し、横手では老舗やきそば店には行列もできるほど

といわれる。また、農林水産省は 2007 年に、現地の農林水産物ではないものの、人気料理と

して現地で定着している 23 品を「御当地人気料理特選」として選定しているが、それにはご

当地料理でダントツの知名度を誇る「大阪お好み焼き」と並んで、横手やきそばも選定され

ている。短期間の活動でここまでの知名度の高さを築いたのは驚異的な成果といえよう。今

では全国各地のイベントからは引っ張りだこで、不足するやきそば職人として若者の雇用ま

で発生している。今後は持続的な成功に向けた地道な活動が課題であるが、現段階では横手

やきそばは食による地域活性化のベストプラクティスの一つといって過言でないであろう。

17正式には「B 級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会」。米国の「アイビーリーグ」を模したもの。現

在 22 の B 級グルメ推進団体が加盟している。 18消費者の投票による第一回、第二回のグランプリに富士宮やきそばが輝くなど、B 級グルメにおいてやきそ

ばの存在は大きい。

Page 14: 秋田県の地域活性化事例...1 総務省統計局『統計でみる都道府県のすがた2007』2007 年による。 2 国土交通省社会資本整備審議会都市計画・歴史的風土分科会都市計画部会第一回中心市街地再生小委員会

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(左:富士宮市で開催された 2007 年 B-1 グランプリの表彰式。富士宮やきそばが B-1 グランプ

リを連覇した。観客、メディアが多数集まり、非常に盛り上がったイベントとなった。 右:2007 年 B-1 グランプリの横手やきそばのブース。神社の境内を利用した会場であったが、10万人を越える観客が殺到したため、横手やきそばだけでなくどのブースでも観客が長蛇の列を作

ることになった。数時間待ちも少なくなかった。なおこの B-1 グランプリで横手やきそばは観客

の人気投票で 10 位にとどまったが、これは人気の無さを表すものではない。実際に食事した観客

が投票する仕組みであったが、横手やきそば関係者がこれほどの観客を予想していなかったのか、

食材が全く足りず、早々に売り切れてしまい、横手やきそばを食べることができた観客数が少な

かったため、横手やきそばの順位が低くなったとみられる)