けん玉を用いた急速上肢運動と下肢屈伸運動の関係の検討...

2
けん玉を用いた急速上肢運動と下肢屈伸運動の関係の検討 Relationship between rapid upper limb movement and lower limb flexion movement during Kendama playing キーワード:けん玉、予測姿勢制御、姿勢制御、急速上肢運動、筋活動潜時、足圧中心動揺 人間生活工学研究室 15TM1110 大賀 久美 ■Abstruct The human uses tools to expand and improve their physical functions. Kendama has contributed to the development of physical and brain- related functions. Kendama requires coordinated body movements such as postural support with the body and lower limb to achieve an upper limb movement. From the viewpoint of the whole body coordination, the lower limb has an important role to make stability and efficient movement. In this study, twelve subjects participated to the experiment which contains two conditions with allowed and not allowed the voluntary knee flexion. As the results, erector spinae muscles were activated in advance of upper limb muscles, and biceps brachii muscle's activation peak was smaller in the knee flexion condition than in restricted condition. Therefore the lower limb movement essentially facilitates the predicted postural adjustment to support whole body movement like a Kendama. 背景 ヒトは、道具を使い身体機能を拡張し生活を有利にしてきた [1] 。道具 遊びは、生理機能増進に役立っている [2] 。けん玉は、巧緻性を高める 点や多彩な技がある点を注目されている道具である。けん玉は、繰り 返し技を行うことから意欲や巧緻性の向上 [4][5] 、他の脳機能の向上に 特に効果があると考えられている。 現在、動きを身体的な分析から評価し、体の使い方を提案する研究 [8][9][10] が行われている。けん玉運動もスポーツ同様、体の動き [11] や技 がある。けん玉運動時の下肢屈伸運動は「玉を上げやすい」と経験則 で述べられているが、生理機能から検討されていない。そこで、上肢 運動と下肢屈伸運動の関係を客観的に評価しようと考えた。 ヒトは随意運動遂行のため、無意識に姿勢の安定を保つ制御を行 っている [12][13] 。急速上肢運動時に予測姿勢制御が行われるとの報告 がある [14][15] 。姿勢維持筋が主動筋よりも早く活動する。それにより、運 動の達成や姿勢の安定をもたらす。日常において物を持ち上げる、 洗濯物を干すなど、上肢運動は頻繁な動作である。そのため、上肢 運動時の姿勢制御の検討は非常に有意義であると考えられる。 下肢屈伸運動は上肢運動を支持すると仮設をたて、筋活動の観点 から検討した。 ■目的 本研究は、けん玉を用いた上肢運動と姿勢制御能の関係を検討す ることを目的とした。けん玉運動時の姿勢の乱れを予測的に和らげる ため、下肢屈伸運動が重要であると仮説を立てた。本研究を姿勢制 御の観点から体の使い方の提案に役立てたいと考えている。 ■方法 被験者は、けん玉初心者の 12 名、女性、20 代(23 歳)、四肢の病歴 のない健康な者とした。利き手は右が 11 名、左が 1 名であった。服装 は動きやすい半袖とハーフパンツを着用した。実験装置は日本けん 玉協会認定のけん玉とした。 被験者はけん玉タスクを 2 条件下で 25 回ずつ行った。条件は、下 肢屈伸運動の有無であり、下肢屈伸運動有りを自由条件、無しを固 定条件とした。けん玉運動は、けん玉の大皿という技を行う運動とした (図 1)。けん玉タスクは、被験者が開始姿勢をとったのを確認した後、 掛け声をかけ、けん玉運動を行うタスクであった(図 1)。 実験の所要時間 60 分で、条件のカウンタバランスをとった。実験手 順は、けん玉タスクを練習 5 回行った後、本番 25 回行うことを 2 回繰 り返した(表 1)。 計測項目は、筋電図と足圧中心動揺位置、角速度とした。筋電図 は、主動筋として利き腕上腕二頭筋、姿勢維持筋として左右の脊柱 起立筋 [16] を計測した。さらに、下肢屈伸運動有無を監視するため左 右の大腿直筋、左右の大腿二頭筋を計測した。筋電図アンプにより 計測した。足圧中心動揺は、左右の足を計測した。片足ずつ床反力 計に乗り実験終了まで足を乗せたままでいた。角速度は、利き腕の動 きを観察するため利き腕を屈曲する動きを正とし計測した。利き腕の 手首に角速度計を装着した。 各指標は、各被験者の生データはを条件ごとに RMS(0.1s)変換した 後加算平均し解析を行った。筋電図は筋発揮力と潜時を算出した。 潜時は、筋電図 RMS の最大値と最小値の差の 5%を超えた時点を立 ち上がりとし潜時とした。足圧重心動揺は、各ロードセルにかかった荷 重から足圧重心動揺位置変化量を算出した。有意水準を 5%としボン フェローニの多重比較検定と t 検定を行った。 表 1 実験手順 図 1 けん玉タスク 図 2 計測箇所

Upload: others

Post on 20-May-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: けん玉を用いた急速上肢運動と下肢屈伸運動の関係の検討 …humanomics.jp/wp-content/uploads/修論概要15TM1110_大賀久美.pdf · 下肢屈伸運動は、姿勢制御の観点から体の使い方が上達したと示

けん玉を用いた急速上肢運動と下肢屈伸運動の関係の検討 Relationship between rapid upper limb movement and lower limb flexion movement during Kendama playing

キーワード:けん玉、予測姿勢制御、姿勢制御、急速上肢運動、筋活動潜時、足圧中心動揺

人間生活工学研究室 15TM1110 大賀 久美

■Abstruct

The human uses tools to expand and improve their physical functions.

Kendama has contributed to the development of physical and brain-

related functions. Kendama requires coordinated body movements

such as postural support with the body and lower limb to achieve an

upper limb movement. From the viewpoint of the whole body

coordination, the lower limb has an important role to make stability

and efficient movement. In this study, twelve subjects participated to

the experiment which contains two conditions with allowed and not

allowed the voluntary knee flexion. As the results, erector spinae

muscles were activated in advance of upper limb muscles, and biceps

brachii muscle's activation peak was smaller in the knee flexion

condition than in restricted condition. Therefore the lower limb

movement essentially facilitates the predicted postural adjustment to

support whole body movement like a Kendama.

■背景 ヒトは、道具を使い身体機能を拡張し生活を有利にしてきた[1]。道具

遊びは、生理機能増進に役立っている[2]。けん玉は、巧緻性を高める

点や多彩な技がある点を注目されている道具である。けん玉は、繰り

返し技を行うことから意欲や巧緻性の向上[4][5]、他の脳機能の向上に

特に効果があると考えられている。

現在、動きを身体的な分析から評価し、体の使い方を提案する研究[8][9][10]が行われている。けん玉運動もスポーツ同様、体の動き[11]や技

がある。けん玉運動時の下肢屈伸運動は「玉を上げやすい」と経験則

で述べられているが、生理機能から検討されていない。そこで、上肢

運動と下肢屈伸運動の関係を客観的に評価しようと考えた。

ヒトは随意運動遂行のため、無意識に姿勢の安定を保つ制御を行

っている[12][13]。急速上肢運動時に予測姿勢制御が行われるとの報告

がある[14][15]。姿勢維持筋が主動筋よりも早く活動する。それにより、運

動の達成や姿勢の安定をもたらす。日常において物を持ち上げる、

洗濯物を干すなど、上肢運動は頻繁な動作である。そのため、上肢

運動時の姿勢制御の検討は非常に有意義であると考えられる。

下肢屈伸運動は上肢運動を支持すると仮設をたて、筋活動の観点

から検討した。

■目的

本研究は、けん玉を用いた上肢運動と姿勢制御能の関係を検討す

ることを目的とした。けん玉運動時の姿勢の乱れを予測的に和らげる

ため、下肢屈伸運動が重要であると仮説を立てた。本研究を姿勢制

御の観点から体の使い方の提案に役立てたいと考えている。

■方法

被験者は、けん玉初心者の 12 名、女性、20 代(23 歳)、四肢の病歴

のない健康な者とした。利き手は右が 11 名、左が 1 名であった。服装

は動きやすい半袖とハーフパンツを着用した。実験装置は日本けん

玉協会認定のけん玉とした。

被験者はけん玉タスクを 2 条件下で 25 回ずつ行った。条件は、下

肢屈伸運動の有無であり、下肢屈伸運動有りを自由条件、無しを固

定条件とした。けん玉運動は、けん玉の大皿という技を行う運動とした

(図 1)。けん玉タスクは、被験者が開始姿勢をとったのを確認した後、

掛け声をかけ、けん玉運動を行うタスクであった(図 1)。

実験の所要時間 60 分で、条件のカウンタバランスをとった。実験手

順は、けん玉タスクを練習 5 回行った後、本番 25 回行うことを 2 回繰

り返した(表 1)。

計測項目は、筋電図と足圧中心動揺位置、角速度とした。筋電図

は、主動筋として利き腕上腕二頭筋、姿勢維持筋として左右の脊柱

起立筋[16]を計測した。さらに、下肢屈伸運動有無を監視するため左

右の大腿直筋、左右の大腿二頭筋を計測した。筋電図アンプにより

計測した。足圧中心動揺は、左右の足を計測した。片足ずつ床反力

計に乗り実験終了まで足を乗せたままでいた。角速度は、利き腕の動

きを観察するため利き腕を屈曲する動きを正とし計測した。利き腕の

手首に角速度計を装着した。

各指標は、各被験者の生データはを条件ごとにRMS(0.1s)変換した

後加算平均し解析を行った。筋電図は筋発揮力と潜時を算出した。

潜時は、筋電図 RMS の最大値と最小値の差の 5%を超えた時点を立

ち上がりとし潜時とした。足圧重心動揺は、各ロードセルにかかった荷

重から足圧重心動揺位置変化量を算出した。有意水準を 5%としボン

フェローニの多重比較検定と t 検定を行った。

表 1 実験手順

図 1 けん玉タスク

図 2 計測箇所

Page 2: けん玉を用いた急速上肢運動と下肢屈伸運動の関係の検討 …humanomics.jp/wp-content/uploads/修論概要15TM1110_大賀久美.pdf · 下肢屈伸運動は、姿勢制御の観点から体の使い方が上達したと示

■結果

けん玉直上時の筋活動が最も大きくなった。自由条件の方が、けん

玉直上時の上腕二頭筋の筋活動が小さかった(図 3)。自由条件のほう

が同側脊柱起立筋の筋活動が大きかった(図 4)。対側脊柱起立筋も

大きかった(図 5)。同側・対側脊柱起立筋筋の潜時が有意に小さかっ

た(図 6)。左右重心動揺が有意に小さかった。

■考察

下肢屈伸運動は、上腕の運動の支持、積極的な姿勢制御がなされ

たと考えられる。けん玉の直上時の筋活動のピークが小さかったため、

上体の姿勢の乱れを抑制したことが考えられる。上肢運動は下肢屈

伸運動に支持された。けん玉運動時は脊柱起立筋の筋活動が大きく、

姿勢の乱れに対抗したことが考えられる。姿勢を安定させるため筋の

活動を大きくすることが分かった。同側・対側脊柱起立筋の筋活動の

潜時が小さかったため、早期に姿勢制御がはじまったと考えられる。

下肢屈伸運動は早期に姿勢維持筋を活動させることが分かった。左

右の重心動揺変化量が小さかったことから、姿勢制御の程度が大き

かった。以上より下肢屈伸運動は、上肢の運動を助け早期の積極的

な予測姿勢制御をもたらすと示唆された。下肢屈伸運動は、体の使い

方を向上させると言える。

■まとめ

けん玉を用いた全身的な遊びを姿勢制御の観点から評価した。け

ん玉タスクを下肢屈伸運動の有無で 25 回ずつ行った。筋電図、足圧

中心動揺を計測した。

下肢屈伸運動は、体の使い方を向上させることが示唆された。上腕

二頭筋の筋活動は有意に小さくなり、直上を助けることが分かった。

脊柱起立筋の筋活動が有意に大きくなったことから、姿勢を積極的に

制御していることが分かった。同側・対側脊柱起立筋の活動が早まる

ことから、予測的姿勢調節を早めたと言える。

下肢屈伸運動は、姿勢制御の観点から体の使い方が上達したと示

唆された。

■引用文献

[1] 日 本 生 理 人 類 学 会 , 人 間 科 学 の 百 科 事 典 , 丸 善 出

版,p420,p429,2015

[2] 馬場悠男ら,人類の進化―最新研究から人間らしさの発達を探

る― ,Anthropological Science (Japanese Series), 122(1),p102-

p108,2014

[3] 渡辺貴文ら,仮想道具による体像拡張の評価手法に関する研究,

信学技報,105,74,p.47-50,2005

[4] 清水歌ら,小学生の手指の巧緻性の発達について(第 3 報) : 紐

結びの指導・練習の効果,日本家庭科教育学会誌,35,2, p27-31

[5] 浅川 淳司,幼児期における計算能力と手指の巧緻性の特異的

関係,発達心理学研究,22,2, p130-139,2011

[6] 佐々木和夫ら ,新生理科学大系 10 運動の生理学 ,医学書

院,p330,1999

[7] 公益社団法人日本けん玉協会, http://kendama.or.jp/

[8] 浅野敏郎ら ,テニス・スウィングの解析と定量評価 ,精密工学

会,2007,73(2),p281-p285,2007

[9] 岡秀朗, 兵庫教育大学研究紀要,卓球におけるフォアハンド技

術の筋電図的研究,2000

[10] 瀧 剛志ら,チームスポーツにおける集団行動解析のための特徴

量とその応用(動画像処理論文特集),電子情報通信学会論文

誌,2(8), p1802-p1811,1998

[11] 伊藤万利子ら ,けん玉熟練者における視覚情報の探索過

程,cognitive Studies,21,p325-p343,2014

[12] Takakusaki et al. ,Role of basal ganglia-brainstem pathways in

the control of motor behaviors,Neurosci Res,50,p137-p151,2004

[13] 藤原勝夫,姿勢制御の神経生理機構,安林書院,p48,2011

[14] S. Bouisset,Posture, dynamic stability, and voluntary movement,

Neurophysiologie Clinique/Clinical Neurophysiology,38,p345-

p362,2008

[15] Lee,Anticipatory control of postural and task muscles during

rapid arm flexion,J.Motor Behav,12,p185-p196,1980

[16] 河合良訓,肉単,株式会社エヌ・ティー・エス,2004

図 3 利き腕上腕二頭筋の RMS

図 4 同側脊柱起立筋の RMS

図 5 対側脊柱起立筋の RMS

図 6 筋活動潜時