教科学習のレディネスと 就学期の発達課題に関する一考察 ·...

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社会学部論集第32 (1999 3 月) 教科学習のレディネスと 就学期の発達課題に関する一考察 丸山美和子 〔抄録〕 本研究は、「文字」と「数操作」の 2 領域における学習レディネスを具体的に明ら かにし、教科学習に繋がる部分での就学期の発達課題を整理することをねらいとして いる。文字学習開始のレディネスとしては、話しことばレベルでの一定の言語理解・ 表現能力、身振りと描画の表現力、音節分解・音韻抽出能力、視覚運動統合能力、空 間関係把握・統合能力を提起した。数操作学習開始のレディネスとしては、 10 以上の 数概念形成、系列化の思考、保存の概念等をあげた。合わせて意欲的側面の重視を指 摘した。そして保育の課題として、「教科」の学習を幼児期に引き下げて行なうので はなく、幼児期の「発達の主導的活動」をふまえた遊びと生活を豊かにする中で上記 の力の獲得を保障することの重要性についてふれた。 キーワード:発達課題、学習レディネス、幼児教育、保育、保育課題 I 問題の所在 学校教育現場を中心とした子どもをめぐる状況が、社会問題として考えられるようになって 久しい。 1970 年代頃より、「落ちこぼれ」という言葉がマスコミ等で使用され、低学力問題が 大きく取り上げられるようになった。その後、「校内暴力J ,-非行J ,-いじめ J ,-不登校」等、さ まざまな問題が現われてきた。最近では、少年犯罪の大幅な増加と凶悪化、及び小学校低学年 からの「学級崩壊」等が、社会病理現象として注目されてきている(九その水面下では、高度 経済成長とその後の長期不況のもとでの生活破壊及び急激な生活様式の変化の中で、姿勢が悪 い、手先が不器用、朝からボーッとしている、無気力等、子どもの発達上の問題が一般的に拡 大してきている (21 一方、そうした子どもの実態に反して、教育内容はむしろ難しくなっていると指摘されてい る。学校では、小学校低学年より、「学習がわからなしりという不全感を持っている子どもが 195

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社会学部論集第32号 (1999年3月)

教科学習のレディネスと

就学期の発達課題に関する一考察

丸山美和子

〔抄録〕

本研究は、「文字」と「数操作」の 2領域における学習レディネスを具体的に明ら

かにし、教科学習に繋がる部分での就学期の発達課題を整理することをねらいとして

いる。文字学習開始のレディネスとしては、話しことばレベルでの一定の言語理解・

表現能力、身振りと描画の表現力、音節分解・音韻抽出能力、視覚運動統合能力、空

間関係把握・統合能力を提起した。数操作学習開始のレディネスとしては、 10以上の

数概念形成、系列化の思考、保存の概念等をあげた。合わせて意欲的側面の重視を指

摘した。そして保育の課題として、「教科」の学習を幼児期に引き下げて行なうので

はなく、幼児期の「発達の主導的活動」をふまえた遊びと生活を豊かにする中で上記

の力の獲得を保障することの重要性についてふれた。

キーワード:発達課題、学習レディネス、幼児教育、保育、保育課題

I 問題の所在

学校教育現場を中心とした子どもをめぐる状況が、社会問題として考えられるようになって

久しい。 1970年代頃より、「落ちこぼれ」という言葉がマスコミ等で使用され、低学力問題が

大きく取り上げられるようになった。その後、「校内暴力J ,-非行J ,-いじめJ ,-不登校」等、さ

まざまな問題が現われてきた。最近では、少年犯罪の大幅な増加と凶悪化、及び小学校低学年

からの「学級崩壊」等が、社会病理現象として注目されてきている(九その水面下では、高度

経済成長とその後の長期不況のもとでの生活破壊及び急激な生活様式の変化の中で、姿勢が悪

い、手先が不器用、朝からボーッとしている、無気力等、子どもの発達上の問題が一般的に拡

大してきている(21。

一方、そうした子どもの実態に反して、教育内容はむしろ難しくなっていると指摘されてい

る。学校では、小学校低学年より、「学習がわからなしりという不全感を持っている子どもが

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教科学習のレディネスと就学期の発達課題に関する一考察(丸山 美和子)

多く存在すると言われている。外罰的と言われる最近の子どもたちであるが、こと学習に関し

ては、「わからないのは勉強しない自分が悪い」と考えている子どもが多いと聞く。そして、

「わかるように勉強しない自分は駄目な人間。存在価値がない。」と自己否定していく子ども

もいる。

このような中で、幼児期の親は「我が子は、就学後の学習についていけるだろうか」という

大きな育児不安を抱える。「幼児期はのびのびとしっかり遊ばせたし)J という思いの一方で、

将来の学習への準備が心配になり、その気持ちは大きく揺れ動く。そのような親の不安や揺れ

る気持ちにうまく取り入ろうとするのが、「早期教育」の看板を掲げた教育産業だと言えるの

ではないだろうか。 '3 歳からでは遅すぎる」とか、,~歳で~ができる」という、親を焦らせ

るようなキャッチプレーズが巷に溢れている。家庭には勧誘の電話が毎日のようにかかってく

る。「近所の00ちゃんも頑張ってますよ。」という競争心を閣るような勧誘も多い。事実、就

学が近くなってくると、幼稚園や保育所のような公的な集団保育の場を休んで早期教育の塾へ

通う子どもも出てきている。

我が子に確かな学力を着けたいという親の願いは当然である。しかし、現在の「早期教育」

「超早期教育」がその保障になるとは思えない。早くから教えさえすれば確かな学力が身につ

くというものではないからである。子どもが何かを学習し、ある力を獲得するためには、それ

を可能とする前提の力、つまりレディネスが必要である。しかし、大部分の「早期教育」にお

いては、「子どもは教え、訓練しただけ伸びる」という子どもを受け身の存在として位置付け

る子ども観が根底にあり、レディネスを無視した指導がなされている。

このことは幼児教育・保育の世界にも多大な影響を与えている。小学校における学習内容を

幼稚園・保育所において事前に教えておくべきかどうかの議論は、古くからなされている。実

践的には、「早期教育導入・推進型」と「指導否定型」の保育が存在しており、保護者の判断

によって選択されている。行政的には、あまりに加熱した「早期教育型J 'つめこみ型」保育

に対する批判もあり、現行の「幼稚園教育要領J (1988年) ,保育所保育指針J (1989年)への

改訂が行なわれた。これは、一方で、「指導」を否定し幼児教育・保育において保障しなけれ

ばならない個々の子どもの発達課題をあいまいにしたことで実践現場に大きな混乱をもたらし

はした(句人「早期教育導入・推進型」の幼児教育・保育を改善することには繋がらず、一部

幼稚園・保育所における経験的教科指導は相変わらず続けられている。

障害児教育の分野においても同様の混乱が存在している。「小学校に入学したのだから教科

指導を行うのは当然」として、発達段階に合わない指導がなされている実践が存在する。例え

ば、単調な「なぞり書き」を繰り返し練習させられるのみで、系統的な指導を受けられていな

い子どもがいる。「まだこの子どもには発達的には早すぎて無理をさせる」と思いつつも、「子

どもの将来のために、せめて文字が読み書きでき、数の計算ができるようになって欲しい」と

いう切実で当然な保護者の願いの前で、話しことばも不十分な子どもに文字の読み書きや計算

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社会学部論集第32号 (1999年3月)

を機械的に指導している場合もある。善意からの発想であったとしても、子どもの発達段階に

応じない指導がなされることにより、結果的に子どもの発達権が奪われている。

このような状況の下で、現在、全ての子どもに確かな学力を保障するため、教科学習のレデ

ィネスを明らかにすることが早急の課題となっているのではないか。本研究は、発達のみちす

じを踏まえて教科学習のレディネスを具体的に明らかにし、教科学習に繋がる部分での就学期

の発達課題を整理することをねらいとしている。そのことによって、指導の系統性を明らかに

し、幼児教育・保育及び障害児教育の実践における動揺や混乱を解決する糸口を発見したいと

考えている。その際、小学校に入学してからの教科学習の中心となリ、最も関心を持たれる領

域は、やはり「国語科」を中心にした「文字学習」と、「算数科」入門期の「かずの学習」で

あろうと思われる。従って、この 2つの領域の学習レディネスとして、どのような能力が求め

られるのかを考察したい。

11 文字学習開始のレディネス

1.言語能力的側面

「文字」は、書きことばの道具として位置づいている。子どもは、文字を獲得することによ

って、話しことばの世界から書きことばの世界へと言語能力を発展させ、あわせて認識や思考

能力を高めていく O 故に、文字学習開始のレディネスとしては、話しことばのレベルにおける

一定の言語能力がまず要求される O

乳児期から幼児期にかけて、以下に述べるような発達のみちすじで、子どもは話しことばを

獲得し、豊かにしていく。

子どもは、まず乳児期前半に笑顔と笑い声を獲得し(へその力をコミュニケーションの土台

とする(51。さらに乳児期後半、大人の指差しに反応したり、「ちょうだ、いJ rはい」というよう

なことばに合わせて物のやりとりをしたり、リズミカルなことばや歌に合わせて大人と一緒に

手や身体を動かすような「動作のやりとり遊び」等を通して、「ことばの前のことばJ(61の力を

豊かにしていく。そして、 1歳から l歳半頃を中心に一語文を獲得し、 2歳半から 3歳半噴に

かけて二語文から多語文さらに対話へと話しことばを拡大していく o 4歳頃は、話しことばの

「一応の完成期J(71とも言われ、キャッチボールのようにやりとりを発展させる対話が成立す

る時期である。さらに、 5歳半頃になると、自らの経験を手がかりを使いながらある程度筋道

立てて他者に伝えることもできるようになる。このように話しことばが豊かになった時点で文

字学習を開始すると、その文字を使って、書きことばの世界への移行期に入ることができるヘ

先にも述べたように、文字は書きことばの道具である。従って、「文字の獲得イコール書き

ことばの力の獲得」とは決してならない。書きことばは文字を使った言語活動であるが、文字

そのものは単なる道具にすぎない。

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書きことばは、完成された言語体系である。話しことぼと異なり、イントネーションや身振

りや表情等の補助的な手がかりとなるものがない。話しことばでは、省略が多くても、また

少々の文法的誤りがあっても、言語以外の手がかりに補完されてその内容は伝達され得る。そ

して表現そのものはその場で消えてしまう場合が多い。最近では、機器を使用して録音すると

いう手段を用いれば、話しことばを記録することは可能であるが、その場合の話しことばは、

事前に考えをまとめて話すことが多く、言語のメカニズムとしては、書きことばに近いものと

なろう。一方、補助的な手がかりを伴わず、しかも記録としての要素を強く持つ書きことばで

は、省略が多いと意味が伝わらなくなる。主語と述語の対応、助調の使い方、係り結びの適切

さ等が求められ、文法的にもきちんとした文章であることが要求される。故に、話しことばよ

りも高い完成度を持つ言語体系と言える。そして、この書きことばの発達に伴い、子どもは具

体的思考の世界から抽象的思考の世界へとその認識力・思考力を発展させていく(針。文字その

ものは、このような性格をもっ書きことばの道具として位置付いている。

逆に言えば、文字が読み書きできても、それを用いて書きことばの世界に入っていくことが

できなければ、文字を習得したと評価することはできない。早くからパターン的に文字を教え

られた子どもの中には、平仮名一文字づっは読めるにも関わらず文意を読み取れない、あるい

は、一文字づっ書けるけれども日記や作文のような文章を撮ることができないという子どもも

いる。そうならないように、文字の獲得が書きことばに繋がるようにするためには、適切な時

期に適切な文字の指導を系統的に行なう必要があると言えよう。

文字学習開始のレディネスとして考えられる話しことばの発達水準としては、日常生活にお

いて馴染みのある抽象度の低い内容であれば人の話しを聞いて概ね理解でき、自分の気持ちゃ

経験を羅列的ではあってもある程度筋道たてて人に伝えられる力を獲得しているレベルが求め

られよう。つまり発達としては 5歳半頃の言語能力が必要なのではないかと考えている。

このように、文字獲得の前提条件のーっとして、話しことばによる理解力と表現の豊かさを

位置付けるならば、幼児期には文字を直接的に教える以前に、生活の中で対話を豊かにしたり、

ごっこ遊びを楽しく行ったり、絵本を読み聞かせたりというような経験の中で、話しことばを

豊かにしておくことがとりわり重要と言えるであろう。

なお、話しことばが育ち文字学習を開始した子どもが、さらに書きことばの世界へ入ってい

くためには、言語能力ばかりでなく表現能力そのものの豊かさも問題とされる。

ヴィゴツキーは、話しことばから書きことばへという言語発達のみちすじにおいては、幼児

期の主たる表現手段である「話しことば」と「絵」と「身振り」を統合して発展させたところ

に書きことばの世界が広がると指摘している叱彼は、子どもが話しながら画用紙の上に何か

を描いていく姿や、手や身体を使って表現する姿の中に、書きことばの「前史J を見い出した。

そして、「身振りは……空気中での文字であり」 ω、描画は「話しコトパを基礎として発生する

図解コトパである」仰と解釈した。

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社会学部論集第32号 (1999年 3月)

系統的な文字学習の開始以前に、話しことばの発達を保障することと合わせて、絵と身振り

による表現を豊かにする指導が大切になる。一般的に保育所や幼稚園の保育の中で積極的に行

なわれている表現活動は、やがて就学後の学力に何らかの形でつながっていくものと位置付け

られよう。

2.技術的側面

言語理解・表現能力が一定の水準に到達していても、技術的側面の能力が伴わなければ文字

学習の開始は困難である。技術的側面としては、「音節分解・音韻抽出」のような言語活動の

中でのものばかりでなく、「視覚運動統合能力」のような言語活動以外のものも必要となる。

(1) 音節分解・音韻抽出

日本語における文字学習は、一般的には平仮名から始まる。平仮名は、表音文字である。従

って、文字を理解するためには、音を正しく聞き取り、それを平仮名という記号に置き換える

力が必要となる。

子どもが話しことばを獲得していく初期には、一つ一つの音にあまり注目していない。最初

は、音の固まりとしてことばを聞き取っている。例えば、「団子」なら「ダンゴ」というまと

まりの音をことばとして理解しているのである。しかし、文字で表記する場合には、それが

「ダ・ン・ゴ」という 3つの音で構成されていることぼであり、 3つの文字で表現するものだ

ということがわからなければならない。

幼い子どもは音節を意識してことばを理解していないが故に、長いことばになると聞き取り

や模倣が不正確になる場合が多い。例えば、「とうもろこし」ということばを聞いて、「トウロ

モコシ」と真似したり、「トウモコロシ」と言ったりするのをよく耳にする。「じゃがいも」と

いうのも言いにくそうで、「ガジャイモ」となったりする。一つ一つの音に着目できるように

なると、「ト・ウ・モ・ロ・コ・シJ ,-ジャ・ガ・イ・モ」と正確に理解し、模倣できるように

なる。このように、ことばを一つ一つの音に分けることを「音節分解」と言い、さらに分解し

た音の中の一つに注目し、取り出して理解することを「音韻抽出」と呼ぶ。

筆者は、子どもが文字学習のレディネスのーっとしての音節分解の力を獲得しているかどう

かを見るために、一音に一回づっ手を叩きながらことばを言わせることがある。「タ・イ・

コ」と言いながら 3回手を叩くことができるか、「テ・ン・ト・ウ・ム・シ」と言いながら 6

回手を叩けるか等、実行させてみる。 3歳頃の発達段階の子どもは、「サカ・ナ」と言いなが

ら2回手を叩いたり、日常的には「サカナ」と発しているにも関わらず 4回手を叩きながら

「サカアナ」と発音したりする。

このような力は、日常生活の遊びを通して観察することも可能である。音節分解と音韻抽出

の力を用いた典型的な遊びとしては、「しりとり遊び」が挙げられよう。「しりとり遊び」では、

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教科学習のレディネスと就学期の発達課題に関する一考察(丸山 美和子)

語尾の音を抽出し、それが語頭にくることばを考えなければならない。また、「逆さことば遊

び」も音節分解・音韻抽出の力が必要となる。幼児は年長になると好んで「逆さことば遊び」

をし始める。自分の名前の音を逆に言ったり、,rしんぶんし』の反対は 『しんぶんし』だ」

と言ってことばのおもしろさを楽しんだりする。平仮名を学習する一つの条件が育っている姿

と言えよう。ジャンケンをしてー音一歩づっ前進する遊びなども同様である。「チョキ」で勝

てば、「チ・ヨ・コ・レ・エ・ト」と言いながら 6歩前進し、「パー」なら「パ・イ・ナ・ツ・

プ・ル」で 6歩、「グー」なら「グ・リ・コ」で3歩進む遊びがある。これも、音節分解・音

韻抽出の力を使った遊びと言えよう。

こうした遊びを就学前の幼児が十分に経験していれば、文字獲得の一つの土台が育っている

と考えることができる。逆に、このような遊びのルールが理解できなかったり、遊びに入る力

が育っていない場合には、たとえ生活年齢が高くても、文字指導の段階ではないと言える。障

害児教育実践においては、系統的な文字指導を開始する前に、まず音節分解・音韻抽出の力を

育てる指導をする場合が多いω。「早期教育」の名の下にストレートな文字指導を 3~4 歳で

行うことは、子どもの発達段階を無視しているばかりでなく、文字の意味そのものも理解でき

ていない、つまり教材研究のなされていない指導と言うことができょう。

(2) 視覚運動統合能力、空間関係把握・統合能力

文字は、そもそも図形を用いた記号である。平面上に描く様々な形で音や意味を表現する。

従って、子どもの文字獲得の前提条件としては、言語の力だけでなく、視覚運動統合能力、空

間関係把握・統合能力等も必要となる。

子どもが形を書けるようになる力にも発達のみちすじがある。 1 歳 2~3 ヵ月の子どもが鉛

筆やクレヨン・マジック等の筆記具を手に持つと、その先を紙の上につけ、肘または肩のどち

らか 1つを支点として往復させるように動かす。その結果、紙の上には、何度も同じところを

重ね書きしたようなぐり書きが残る。手の往復運動の痕跡である。 1歳半頃の発達の質的転換

期を越えると、同じなぐり書きでも形が変わる。手首を動かす力が育ったことにより手の運動

の支点が 2つになり、円錯画が描けるようになる。

さらに 2歳頃になると、縦線・横線の模写が可能となる。そして 3歳頃になると、模倣して

閉じた円を描くことができるようになる。そうすると子どもは、単に手の運動の痕跡としての

描画ではなしてわを描こう」とイメージを先行させた描画を描くようになる。例えば、「オ

カアサン」と言いながら、大きな丸の中に小さな丸を入れてお母さんの顔を描いたりする。

3歳半頃になると、縦線と横線を交差させて十字を模写することを始める。縦線と横線を組

み合わせる力を撞得したのである。縦線・横線が描けても、それを組み合わせて十字を描ける

ようになるためには、一定の力の飛躍が必要となる。縦線・横線の模写が可能な 2歳代の子ど

もに十字を模写させると、一本の長い横線の上下にそれぞれ短い縦線を 2本描いたり、一点か

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社会学部論集第32号(1999年 3月)

ら上下左右の 4方向へ 4本の直線を号|いたりすることが多い。 2方向を組み合わせるという力

は、田中の言う、「二次元可逆操作」の力が育ってきて初めて可能となる叱

「二次元可逆操作」の力獲得し、さらに充実させる中で、 4歳噴には四角形の模写が可能と

なり、 5歳から 5歳半頃三角形の模写を始める。意識的に斜めの線を号|き、しかもそれらを組

み合わせることができ始めるのである。そして 6歳半頃、つまり小学校入学前に、斜線のみを

組み合わせて菱形の模写をすることが可能となる。

このように、菱形が描ける程度の視覚運動統合能力が育てば、平仮名の模写も容易である。

逆に、こうした力を獲得していない場合は、平仮名の学習に困難を伴う。平仮名は、カーブや

斜めの線が多く、幼い子どもにとっては書きにくい形をしているため、文字を弁別して読むこ

とが可能でも同じ形を書くことはできない場合が多い。

筆者の発達相談の経験の中では、障害等の理由により発達の遅れを持ち三角形の模写ができ

ない子どもたちに文字指導を行なった場合、平仮名の形が歪になることが多く観察された。む

しろ、「田」とか「日」のように縦線と横線のみを組合せた斜線の無い漢字の方をきれいに書

くことができた。この漢字は 1音を表すため、比較的理解しやすいのではないかと考えられる。

また、文字学習のレディネスとしては、空間関係把握・統合能力も必要となる。漢字の「偏

と芳J ,-冠と足」のように、左と右の形や上と下の形をバランス良く組み合わせなければ、全

体としてきちんとした形にならない文字が沢山ある。平仮名でも同様である。例えば、ベンダ

ーゲシュタルト検査 (Bendervisual mortor gestalt test)の項目にあるような、円と三角形

の統合等に困難さを示す子どもは、書字学習につまずきやすい。

さらに、文字学習の基礎として形を模写する力を考える場合には、手の運動の方向性にも注

意を払わなければならない。横線は左から右へ、縦線は上から下へ、丸は右回りで書けること

が必要となる。これは、左利きの子どもの場合も同様である O 平仮名は全てその方向の線を組

み合わせたものとなっている O カーブの線も全て右回りである。運動系列が逆であると、鏡映

文字を書きやすくなる。また、利き手と利き目が逆である等のラテラリティの混乱を持つ子ど

もも書字学習には困難を示しやすく、配慮を必要としているω。

このように、文字学習に入る前には、視覚運動統合能力、空間関係把握・統合能力が一定の

水準に達しており、自由に線が引げ形が書ける力が育っていることが子どもに要求される。こ

のような力を就学前に育てておくことが大切と言えよう。そのためには、直接的に形を書く練

習をするのではなく、生活と遊びの中で、様々な経験を通して視覚運動統合能力や空間関係把

握・統合能力、構成能力等を培っておくことが重要だと言えるであろう。

3.意欲的側面

文字学習開始のレディネスを考える場合には、当然の事として、能力的側面ばかりでなく意

欲的側面を考慮しなければならない。子どもの中に、文字に対する興味や関心が育っているの

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教科学習のレディネスと就学期の発達課題に関する一考察(丸山 美和子)

かということは、学習意欲と関わる大きな問題である。

一般的には、 5歳半頃から多くの子どもは文字に興味を持ち始める。看板等を見て、「あれ、

なんて書いてあるの ?Jとしばしば大人に尋ね始める。頻繁に絵本を読んでもらっている子ど

もでは、まだ文字が読めなくても、絵本の表紙の文字を一文字ずつ押さえながら覚えているタ

イトルを一音ずつ発音し、まるで読んでいるような様子を見せることがある。また、知ってい

る文字に出会うと、「あれは、 Oって書いてあるんだよね」と、得意そうに話す子どももいる。

5歳半頃になると、子どもは自らが成長しつつある存在であることに気付いている。できな

かったことがだんだんできるようになる自己、わからなかったことがだんだんわかるようにな

る自己を理解し始める時期である。従って、読めなかった文字が読める、一歩大人に近づいた

自己を発見して喜び、友達に自慢もしたくなる。このような文字に対する興味や関心は、文字

学習開始の重要な条件である。興味を持っていない子どもへの押しつけ的文字指導は、むしろ

学習意欲を低下させ、効果を減少させる要因となろう。

就学前の保育の中では、絵本の読み聞かせをしっかりする、手紙を読み聞かせる、保育室や

家庭のいろいろなところに機械的な50音表ではなく意味のある文字が書かれているというよう

な場面設定を積極的に行い、文字への興味を育てていくことが大切と言えよう。

ただし、文字を読むことと書くことは、厳密に区別することが必要である。文字を読めるよ

うになったからと言って、すぐに書く練習をしない方が良い場合が多い。先にも述べたように、

文字指導開始には技術的側面もあるため、本来系統的になされるべきものであると言えよう。

時として、興味の偏りや発達上のアンバランスのために、言語能力や技術的側面での学習レ

ディネスが育っていないにも関わらず、文字への拘りを示す子どもがいる。例えば、画用紙を

もらうと絵を書こうとせず、無意味に知っている文字を書き並べたり、数字やアルファベット

を羅列したりする子どもがいる。白閉的傾向を持っている子どもには典型的に表れやすい。そ

の場合、子どもの発達特徴を整理し、発達課題を全体的に明らかにすることと生活の内容を見

直すことが先決であり、安易に興味の偏りを助長してしまわないよう留意する必要があろう。

皿 数操作学習開始のレディネス

1.数概念の形成

小学校入学説明会等では、入学前に子どもに育てておいて欲しい力として、「自分の名前が

読めて書けるJ rあいさつができる」等と合わせて、 rlO程度の数が理解できる」という内容が

挙げられていることが多い。筆者も、それは大切なことだと考えている。数字が読めるとか書

けるというようなことは問題ではない。しかし、「算数」の教科学習を開始しようとするなら

ば、 10以上の数概念が形成されていて、 10のまとまりを理解する能力が必要であろう。

数概念の形成については、筆者は「数唱J r計数J r概括J r抽出」の 4つの操作が可能かど

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社会学部論集第32号 (1999年 3月)

うかで判断している。

「数唱」とは、文字通り数を唱えることである。 1から順番に数を唱えることができるとい

うことは、出発点としては当然必要な力である。しかし、数が唱えられるだけでは、数を理解

したことにはならない。以前、 4歳の男の子が、数を数えながら肩叩きをしている場面に出会

った。 4歳では、発達的に上記2つの動作を同時に行なうこと自体が難しく、数を唱えること

に気持ちがいくと手はお留守になりがちであった。それは当然なのだが、その子どもは数が30

までいった次に、突然40へと飛躍をした。「…、 28、29、30、40、50Jと数え、その次はわか

らなくなってしまった。その子どもは、 30までの数を数えることができているけれども、大人

が考えているように30までの数を理解している訳ではない。数操作の学習に入る以前に数概念

の獲得こそが発達課題となる段階と言えよう。

次の、「計数」とは、数調と具体物を一対一対応させながら数えていく操作を示している。

「数唱」ができる子どもでも、具体物を数えさせると、具体物を一つずつ押さえていく指の動

きのリズムと数詞を唱えていくリズムがバラバラになり、数調と具体物が一対一対応しない時

期がある。つまり、「数唱」はできるが「計数」ができていないのである。 5個の物を、一つ

ずつ押さえながら r1、2、3、4、 5Jと数えられた時、 5個の「計数」ができたと評価し

得る。

次に、数の「概括」ができるかどうかも重要である。「概括」とは、全体を一つにまとめて

考えられる力を示す。例えば、子どもに 5個の物を「計数」させた後、「いくつあった ?J と

尋ね、 r5個あった」と答えられれば、 5個という数量を「概括」できたと言える。しかし、

中にはもう一度数え始めたり、 r1、2、3、4、5あった」と答えたりする子どももいる。

それぞれの具体物に数詞を与えることはできるのだが、最後が r5 J の数調で終わった場合、

それまでの物を全て含めて r5個」であるという理解ができていない。「計数」できても、数

量概念は形成されていない状態と言える。

「概括」ができた子どもには、さらに「抽出」の操作をさせてみる。たくさんある物の中か

ら一定数を取り出すことができるがどうかを観察する。「この中から、 O個ちょうだい」と言

った時に、子どもがその数を正確に取り出せるようになっていれば、「抽出」できるのであり、

その数についてはきちんと概念形成できていると評価し得る。

算数学習開始の時、つまり一般的には小学校入学の時点、で、以上の「数唱J r計数J r概括」

「抽出」の 4つの操作を通して、 10以上の数概念が形成されていることが望ましい。しかし、

この力は幼児期に「教科」のように取りたてて指導や訓練をするものではないと考える。幼児

期の数量概念は、以下に述べるように、生活と遊びの中で言語の発達に支えられて、徐々に育

っていくものであるからだ。

子どもが、 2つの物を比較し選択し始めるのは、概ね 1歳半頃の力を獲得する時期である。

2つの物を提示され、「どっちがいい ?J と尋ねられると、見比べて選択を行なう。この頃か

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教科学習のレディネスと就学期の発達課題に関する一考察(丸山 美和子)

ら子どもは、感覚的なレベルで量の比較を始める。例えば、自分の好きな食物であれば、 2つ

の物を見比べて多い方や大きい方を取ろうとするようになる。あるいは、大きさの異なる 2つ

の入れ物があると、試行錯誤もしながら大きい入れ物の中に小さい入れ物を入れたりすること

ができ始める。その内、入れ物が 3つ以上あっても、順番に重ねていくことをし始める。まだ

「多い」とか「大きい」とかいうような言語を理解することはできないが、感覚運動操作を通

して量の比較をしているである。

ところが、 2歳半頃になると、言語を用いて量の比較をすることが可能になる。「大きい

小さいJ r多いー少ないJ r長い一短い」というようなことばを理解する。 2つの物を提示して、

「どっちが大きい ?J と尋ねると、子どもは比較して、「こっち」と大きい方を指摘すること

ができるようになる。厳密には、最初は、「大きい 小さしりではなく、「大きい一大きくな

いJ と一方を否定する形で対位概念を獲得していくのだとも言われている制。故に、 2~3 歳

頃の子どもは、しばしば「きれいくない」とか「好きくない」というような間違ったことばを

使用する。

子どもの言語の撞得は、一般的には名詞から始まる。最初は、「ワンワンJ rブーブー」とい

うような、いわゆる「あかちゃん語」といわれるものから使い始める。 2歳前噴から動詞の語

意を獲得することで、二語文を話すようになり、やがて三語文多語文へと発展していく。「あ

かちゃん語」が「犬J r自動車」といった大人の言語に切り替わっていくのは、一般的には 2

歳代と言われている。筆者は、 2歳半前後に「わんわん、犬が来たね。」というように、大人

が意識的に「あかちゃん語」と大人の言語を重ねてことば掛けを行い、スムーズに大人の言語

への移行ができるよう配慮すべきだと考えている。そして、まさにこの頃から、子どもは形容

詞の語意を獲得していく。その中で「大きい 小さいJ r多い 少ない」のような「未測量」

の概念を形成していくのである。

やがて子どもは、生活の中の様々な経験を通して、「集合づくり」と「一対一対応」の操作

を可能とする。これが、数概念の形成の土台となる力と言われている。

「集合づくり」とは、同じ要素を持つものを一つのグループにまとめることである。「集合

づくり」と意識せずとも、生活の中にはその操作を必要とする色々な場面が存在する。例えば、

遊んだ後の片付けの際には、絵本は絵本の所へ、ブロックはブロックの入れ物へ、積み木は積

み木、人形は人形というように、同じ種類の物を集める。大きさの違いで入れ分けることもあ

るだろう。一定の要素を基準としてグルーピングしている。

「一対一対応」の操作も色々な場面で必要となる。例えば、一人に一枚ずつ画用紙を配ると

か、一つの机の上に一本ずつ牛乳を乗せて配っていくとかというような経験の中でも、子ども

は「一対一対応」の力を獲得していく。これらの操作は、保育のような集団生活の場面でより

多く経験することができるであろう。

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社会学部論集第32号 (1999年 3月)

2.系列化の思考

「未測量」の概念の獲得、「集合づくり」と「一対一対応」の力を土台として、さらに子ど

もが、「系列化の思考」と「保存の概念」を獲得し始めたときに、数概念はしっかり確立し、

計算という数の操作の段階に入ることができるようになると考えられる円

「系列化」とは、一つの要素に着目し、それを基準として系統立てた順序に物事を整理して

いくことである。例えば、一人ひとりの人聞は色々な要素を持っているが、「身長」という要

素のみに着目して背の高い順番に並ぶとか、「年令」という要素に着目して生年月日順に並ぶ

というような力は、「系列化の思考」を必要とする活動と言える。筆者が発達診断を行なう際

には、 A4の紙を縦半分に折った細長い紙を子どもの前に横向きに提示し、紙の端から順番に

指差しをしながら、「小さい丸からだんだん大きい丸を書いて」とか「小さい丸から大きい丸

まで順番にいっぱい書いて」というような教示を行なう。これは、大きさを用いて系列化の思、

考がどの程度育っているかを評価するために行なうものであるが、子どもは、 5歳半頃からそ

れらしき物を書き始め、 7歳頃にはほぼ完成させる。

この系列化の思考は時間概念を獲得する土台の力とも言われているが、順序数を理解するた

めのレディネスであるとも考えられる。系列化の思考の芽生え以前に、教科としての算数学習

を始めることは、発達段階に合わない指導ということができょう。一般的には幼児期にあたる

算数学習開始以前に、具体物を一定の基準で順番に並べるというような操作を十分に経験して

おくことが必要と言えよう。

3.保存の概念

「系列化の思考」と合わせて、「保存の概念」が確立していくことも重要であると考える。

液体の保存の概念形成は難しく、抽象思考の芽生えの力が必要となるが、分離量の保存の概

念は、系列化の思考の成立と同様、 5歳半頃から 7歳頃に確立してくる。

例えば、子どもの前に 5個の積み木を出して「計数」と「概括」をさせた後、子どもの目の

前で積み木の間隔を広げて列を長くし、「今度はいくつになった ?J と尋る。「保存の概念」を

獲得している子どもは、「同じに決まってるよ。」と答え、その理由を説明する。「長くなった

けど、聞も広くなってる。J (相補性の思考)とか、「元に戻したら同じ長さ。J (可逆性の思

考)とか、「何も取ったり足したりしてない。J (同一性の思考)等と話してくれる叱しかし、

時々引っ掛かる子どもがいる。「いくつになった ?J と聞かれ '6つになった。」と答えたりす

る場合がある。「保存の概念」が成立していないと、目前の形態の変化に惑わされてしう。こ

のような場合には、機械的に計算の仕方を教え込んだりするよりも、前段階の数量概念の確立

こそが発達課題であることを踏まえる必要があろう。

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4.意欲的側面

文字学習開始の際にも述べたが、子どもが何らかの学習に入る場合、その内容に対する興味

・関心が育っているのかという点は重要である。教科学習に入る前、つまり幼児期に、生活や

遊びの中で量や数に接し、興味や関心を育てておくことは必要であろう。具体物を必要な場面

で配る・分ける・取り出すというような操作を経験することによって子どもたちは、量や数へ

の興味を広げていく。

例えば保育場面では、 5歳児になれば、当番活動の中で班の友達の数だけ画用紙を取り出し

て持って行き配るというような経験をすることもある。また、割算を知らない子どもたちでは

あるが、一定数の具体物を何人かで分けることもあるかもしれない。まず、一定数ずつ全員が

取って、さらに残りを少しずつ取るというような試行錯誤を繰り返し、分けていく。このよう

な経験を通して、生活の中で数や量に対する関心が育っていくのではないだろうか。さらに、

遊びの中で数概念が必要になることもある。 ro人グループ作ろう J r次はO人グループ」とい

うような数を使った遊びを、就学前の子どもたちが喜んで行う。トランプや双六で遊ぶことも

あるであろう。

このように、集団保育の中の当番活動や遊びを通して、実は小学校入学後の学力に繋がる力

を育てていると言える。

N 就学期の発達課題をふまえた保育標題

文字学習と数撮作学習のレディネスを中心に、教科学習に繋がる面での就学期の発達課題を

整理した。それに基づく就学前幼児教育・保育の課題について、若干の私見を述べておきたい。

直接的教科学習を開始する前に、上記のようなレディネスが必要であるとするならば、就学

前の幼児教育・保育において、その力を育んでおくことがまず重要な課題となろう。

文字学習開始のレディネスとしての、話しことばレベルでの一定の言語理解・表現能力、身

振りと描画の表現能力、音節分解・音韻抽出能力、視覚運動統合能力、空間関係把握・統合能

力、合わせて、数操作学習開始のレディネスとしての、 10以上の数概念の形成、系列化の思考、

保存の概念等は、幼児期の発達過程の中で、一定の順序に従って獲得されていく。それは、一

般的にはとりたてた授業等の中で教えられていくのではなく、生活の中での諸経験と遊びを通

して子どもの中に取り込まれていくものである。

子どもは教えられたことを覚えていく受け身の存在では決してない。子どもの発達の原動力

は矛盾を乗り越えようとして取り組む子ども自身の主体的・能動的活動である叱そして、就

学前幼児後期の「発達の主導的活動」は「ごっこ遊び」であるとされており側、保育の中では、

「ごっこ遊び」を質・量共に豊かに組織することが重要な課題であると言われている。先に述

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社会学部論集第32号 (1999年3月)

べた教科学習のレディネスの力も、基本的には「発達の主導的活動」としての「ごっこ遊び」

を中心とした諸活動と、集団生活における様々な経験の中で獲得されていくものであろうと考

えられる。

元来、小学校に入学してから学ぶべきものを「人より一歩先んじよう」として始まった「早

期教育」が、競争社会の中での「他者より一層早く」という発想を加熱させ、教科指導をどん

どん低年令化させている傾向がある。しかし、幼児期に育てておくべき力の獲得を飛び越した

教科指導の低年令化は、単に、情緒や対人関係の発達の歪み等、別の面での問題が生じるので

はないかという危慎を抱かせるのみではなく、実はレディネスを無視しているという点で、教

科指導そのものを歪曲させていると言えるのではないだろうか。

幼児期の発達課題を幼児期の「発達の主導的活動」を中心とした諸活動の中で追求すること

こそが、就学前の重要な保育課題であろう。

なお、 I章の「問題の所在」の中でふれた障害児教育における教科指導の開始については、

発達年令と生活年令とのギャップや発達上の領域聞のアンバランス等を考慮し、一定の配慮を

必要とするであろう。筆者は以前に、障害児学級担任者との共同研究の中で、障害児教育の中

では、文字学習がすべての教科学習の土台であることも考慮し、発達年令4歳頃の段階から系

統的文字指導の開始が可能且つ必要であり、「かず」の指導は 5歳半頃の発達段階から開始す

べきではないかという仮説を提起したω。ただし、その場合も上記の教科学習のレディネスそ

のものを育てる指導、つまり教科学習に繋がる系統的な指導を平行して追求することが前提条

イ牛となると考えている。

以上、教科学習のレディネスの検討を通して、教科学習に繋がる部分での就学期の発達課題

を考察した。本来、就学期の発達課題・保育課題としては、本稿で取り上げた部分以外に、運

動能力、手指操作能力、対人関係を結ぶ能力、生活能力等の面での分析・考察が必要である。

それらを全体的に明らかにすることによって、保育課題とその内容を構造的に示すことができ

る。しかし、それは紙面の都合もあり、今後の課題としたい。本稿が、幼児後期における文字

.計算の直接的指導をどのように考えるかという議論に一つの視点を投げ掛けることができた

としたら幸いである。

i主

(I) 秋葉英則他編「学級崩壊からの脱出』、フォーラム・ A、1998

(2) 正木健雄・野口三千三編『子どものからだは蝕まれている』柏樹社、 1979

正木健雄編『新版子どものからだは蝕まれている』柏樹社、 1990

(3) 保育研究所編『どうみる新保育所保育指針』草土文化、 1990

(4)丸山美和子『どう考える おねしょ・指すい・かみつき』フォーラム・ A、1996

(5) デ・べ・エリコニン著、駒林邦男訳『ソビエト・児童心理学』明治図書、 1964

(6) ゃまだようこ『ことばの前のことば』新曜社、 1987

(7) 大久保愛『幼児のことばとおとな』三省堂、 1977

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教科学習のレディネスと就学期の発達課題に関する一考察(丸山 美和子)

(8) 丸山美和子「学童期の発達と生きるカ」、大阪保育研究所編『学童期の生活と指導』一声社、 1993

(9) 向上書。

ω) ヴィゴツキー著、柴田義松・森岡修一訳『子どもの知的発達と教授』明治図書、 1975

凶同上書、 P39

仰向上書、 P49

ω)丸山美和子他「障害児のかな文字指導J r研究紀要』第96号東大阪市教育研究所、 1994

U4l 田中昌人『人開発達の理論』青木書庖、 1987、他

同丸山美和子「言語性優位の子どもの理解と指導~言語性優位の子どもの神経心理学的特徴につい

て~J r研究紀要』第99号東大阪市教育研究所、 1997

岡大久保愛 r幼児のことばとおとな』三省堂、 1977。7) 東大阪市教育研究所共同研究障害児教育研究部門「障害児の『かず」の指導J r研究紀要』第97号

東大阪市教育研究所、 1995

U8) ピアジェ・シュミンスカヤ著、遠山啓・銀林浩・滝沢武久訳 r数の発達心理学』国土社、 19620

側デ・べ・エリコニン、前掲書。

(泊) デ・べ・エリコニン、前掲書。

ω 丸山美和子他「障害児のかな文字指導J r研究紀要』第96号東大阪市教育研究所、 19940

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(まるやま みわこ 社会福祉学科)

1998年10月14日受理