空間的ポリフォニーのための習作 -...

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空間的ポリフォニーのための習作 「重なりの手法」を用いた壁面の空間性に関する考察 あるいはバルセロナの壁面構成を設計に応用する手法の研究 建設工学専攻 me13004 池 いけだ 田 拓 たくま 空間デザイン研究 指導教員 谷口 大造 0-1. 研究動機と背景 「" カベ " の役割、またその可能性とは?」 床が人間の居場所を確保し、屋根によって自然からの庇護 を目的としたものであるならば、「壁」とは内外を仕切り、領 域を隔てることであると言えるだろう。一方で単なる空間の 分断は、内外環境の関係を断絶する。 私が留学し、滞在したバルセロナアシャンプラ地区は、典 型的なヨーロッパの「街路型都市」である。しかしそのファ サードは、バルコニーや隙間を持ち、極めて寛容な都市空間 を提供しているように感じた。(fig.001) このような特性を分 析、一般化を行い、応用手法を考察することは、今後の建築 設計に対して有効な示唆を与えられるだろう。 fig. 001 バルセロナの都市風景 - 寛容な都市空間 0-2. 研究目的と意義 本研究は、Barcelona Eixample 地区での近・現代建築にお けるファサードの収集・分析を行うことを通じて、" カベ " の 役割・機能を考察し、再定義することを目的としている。 つまり、単なる「分離」ではない 「空間性を有する " 壁 "」 は如何にして生み出すことができるだろうか? を探るプロジェクトである。 0-3. 研究方法と構成 1章では、ファサードの歴史を概観することで、ファサー ドの位置づけの変遷について確認する。さらに現代において 多様化するファサードを例に挙げ、その傾向を把握する。 2章では、日本に焦点を絞り、思想やその空間構造の把握 を行うことで、伝統的な日本建築の持つ、重層的な空間構造 について概観する。 3章では、バルセロナ・アシャンプラ地区を例に、近・現 代建築のファサードの現れ方について、( ⅰ ) 構成要素 ( ⅱ ) 周辺環境から、その特徴を明らかにし、構成の一般化を行う。 4章では、壁面における空間性の獲得を目的として、パウル・ クレーの用いた試み―「絵画的ポリフォニー」を空間的に応 用する手法について考察する。 以上の結果を踏まえ、終章では、東京・神田川にて設計を 行い、「空間的ポリフォニー」の建築設計における有用性を示 すことで、本研究の結びとしたい。 0. 本論に関して 1. ファサードの歴史 2-1. 思想 ― 自然を許容する 日本における自然とは、恵みを与えるものであると同時に、 その脅威から耐え忍ぶ対象であったことから、その関係性に おいて極めて寛容な姿勢を生み出すことで、両者の共生が可 能となったといえよう。同時に自然を抽象化して建築に用い る手法によって枯山水や盆栽・借景など鑑賞そのものを美の 対象として昇華させた。 2-2. 空間構造 ― 重層するカベ 伝統的な日本の空間構造は、門―前庭―玄関、ミセ空間、 路地といったように、中間に自然や外部空間を取り入れなが ら、重層するレイヤー的な空間構造をとっていた。自然を自 身のコントロール下に置く西洋に対して、「すき間」を持ち、 自然を取り入れた、環境まで含めたものが日本のファサード といえる。(fig.003) 2. 日本の空間 1-1. 歴史的変遷 近代以前におけるファサードは、中世の教会建築に代表さ れるように象徴としての役割が強く、彫刻的・装飾的なモニュ メンタルな存在であった。近代の装飾の否定と機能主義 (= 平 面志向)の中でその相対的意義を失ったファサードは、ポスト・ モダニズムの象徴主義によってその重要性を獲得するが、そ れもすぐに形骸化し、再びその意義を失うこととなる。 1-2. 多様化するファサード 現代におけるファサードは、建築立面における壁面装飾を 基本とした「二次元的手法」と、空間的奥行きを持つ「三次 元的手法」の二つに大別が可能である。その中で三次元的手 法は建築単体のデザインに留まらず、建築内外の空間的連続 性の検討によって、その周辺環境まで含めた計画とその実践 という側面を持っており、魅力的な都市空間のデザインに関 して有効な手段となると考えられる。(fig.002) 小結 ( 1章 / 2章 )「" 中間 " を取り入れる壁面」 多様化する現代における関心の一つとして、「三次元的」 な空間への意識が確認できた。そこで、自然を許容し、取り 入れる伝統的な日本の空間構成を再解釈し、応用する手法の 検討は、一つの有用な示唆を与えることができると考える。 fig003. ファサードの変遷 fig003. 伝統的に本建築の空間構造 Normal 重層的壁面 連続する空間 Japanese Architecture 武家屋敷 町家 ミセ 土間 window void media louver green eaves pattern volume LOIS VITTON L LO OI IS SV VI T TO O ON N L LO OI IS SV VI T TO O ON N L O O IS S S V T T O ON N LO L LO O O O OIS S IS SV SV V V V IT T T TT T T TO O O ON N ON N N N L L O O IS S S V V V IT T TT T TO O ON N N N X L Modern Pre - Modern Post - Modern Historical Architecture Contemporary Architecture Surface Surface

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Page 1: 空間的ポリフォニーのための習作 - shibaura-it.ac.jp事例の類型化をもとに、壁面の空間性の獲得に関して4つの項目にまとめた。 Ⅰ.立面表現型

空間的ポリフォニーのための習作「重なりの手法」を用いた壁面の空間性に関する考察

あるいはバルセロナの壁面構成を設計に応用する手法の研究

建設工学専攻 me13004 池いけだ田 拓

たくま馬

空間デザイン研究 指導教員 谷口 大造

0 - 1 . 研究動機と背景

「"カベ "の役割、またその可能性とは?」

 床が人間の居場所を確保し、屋根によって自然からの庇護

を目的としたものであるならば、「壁」とは内外を仕切り、領

域を隔てることであると言えるだろう。一方で単なる空間の

分断は、内外環境の関係を断絶する。

 私が留学し、滞在したバルセロナアシャンプラ地区は、典

型的なヨーロッパの「街路型都市」である。しかしそのファ

サードは、バルコニーや隙間を持ち、極めて寛容な都市空間

を提供しているように感じた。(fi g.001) このような特性を分

析、一般化を行い、応用手法を考察することは、今後の建築

設計に対して有効な示唆を与えられるだろう。

fi g. 001 バルセロナの都市風景 - 寛容な都市空間

0 - 2 . 研究目的と意義

 本研究は、Barcelona Eixample 地区での近・現代建築にお

けるファサードの収集・分析を行うことを通じて、" カベ " の

役割・機能を考察し、再定義することを目的としている。

 つまり、単なる「分離」ではない

「空間性を有する "壁 "」

は如何にして生み出すことができるだろうか?

を探るプロジェクトである。

0 - 3 . 研究方法と構成

 1章では、ファサードの歴史を概観することで、ファサー

ドの位置づけの変遷について確認する。さらに現代において

多様化するファサードを例に挙げ、その傾向を把握する。

 2章では、日本に焦点を絞り、思想やその空間構造の把握

を行うことで、伝統的な日本建築の持つ、重層的な空間構造

について概観する。

 3章では、バルセロナ・アシャンプラ地区を例に、近・現

代建築のファサードの現れ方について、( ⅰ ) 構成要素 ( ⅱ )

周辺環境から、その特徴を明らかにし、構成の一般化を行う。

 4章では、壁面における空間性の獲得を目的として、パウル・

クレーの用いた試み―「絵画的ポリフォニー」を空間的に応

用する手法について考察する。

 以上の結果を踏まえ、終章では、東京・神田川にて設計を

行い、「空間的ポリフォニー」の建築設計における有用性を示

すことで、本研究の結びとしたい。

0 . 本論に関して 1 . ファサードの歴史

2 - 1 . 思想 ― 自然を許容する

 日本における自然とは、恵みを与えるものであると同時に、

その脅威から耐え忍ぶ対象であったことから、その関係性に

おいて極めて寛容な姿勢を生み出すことで、両者の共生が可

能となったといえよう。同時に自然を抽象化して建築に用い

る手法によって枯山水や盆栽・借景など鑑賞そのものを美の

対象として昇華させた。

2 - 2 . 空間構造 ― 重層するカベ

 伝統的な日本の空間構造は、門―前庭―玄関、ミセ空間、

路地といったように、中間に自然や外部空間を取り入れなが

ら、重層するレイヤー的な空間構造をとっていた。自然を自

身のコントロール下に置く西洋に対して、「すき間」を持ち、

自然を取り入れた、環境まで含めたものが日本のファサード

といえる。(fi g.003)

2 . 日本の空間

1 - 1 . 歴史的変遷

 近代以前におけるファサードは、中世の教会建築に代表さ

れるように象徴としての役割が強く、彫刻的・装飾的なモニュ

メンタルな存在であった。近代の装飾の否定と機能主義 (= 平

面志向 )の中でその相対的意義を失ったファサードは、ポスト・

モダニズムの象徴主義によってその重要性を獲得するが、そ

れもすぐに形骸化し、再びその意義を失うこととなる。

1 - 2 . 多様化するファサード

 現代におけるファサードは、建築立面における壁面装飾を

基本とした「二次元的手法」と、空間的奥行きを持つ「三次

元的手法」の二つに大別が可能である。その中で三次元的手

法は建築単体のデザインに留まらず、建築内外の空間的連続

性の検討によって、その周辺環境まで含めた計画とその実践

という側面を持っており、魅力的な都市空間のデザインに関

して有効な手段となると考えられる。(fi g.002)

小結 ( 1章 / 2章 )「" 中間 " を取り入れる壁面」

 多様化する現代における関心の一つとして、「三次元的」な空間への意識が確認できた。そこで、自然を許容し、取り入れる伝統的な日本の空間構成を再解釈し、応用する手法の検討は、一つの有用な示唆を与えることができると考える。

fi g003. ファサードの変遷 fi g003. 伝統的に本建築の空間構造

Normal

重層的壁面

連続する空間

Japanese Architecture

武家屋敷

町家

ミセ

土間

window

void

media

louver

green

eaves

pattern

volume

LOIS VITTONLLOOIISS VVITTOOONNLLOOIISS VVITTOOONNLOOISSS V TTOONNLOLLOOOOOISSISS VS VVVVITTTTTTTTOOOONNONNNNLLOOOISSSS V VVITTTTTTOOOONNNN

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XLXL XLXLXL

XL XLXLXL

ModernPre - Modern Post - Modern

Historical Architecture

Contemporary Architecture

SurfaceSurface

Page 2: 空間的ポリフォニーのための習作 - shibaura-it.ac.jp事例の類型化をもとに、壁面の空間性の獲得に関して4つの項目にまとめた。 Ⅰ.立面表現型

[ 注 ] 設計の詳細、また参考文献・引用等は本論を参照のこと

 壁面を単なる空間を仕切るための、あ

るいは装飾の手段とすることに留まら

ず、空間を生む手段として、複合的に設

計へ応用することで、環境を取り入れ、

「中間的な存在」としての建築設計が可

能となり、より良質な都市空間の提供

が可能となると考えられる。(fi g.012)

3 . 事例研究 - Barcelona Eixample 地区 4 . ポリフォニー - 「重なりの手法」

5 . P r o j e c t - 『空間的ポリフォニーのための習作』

6 . 結章 ― 『「中間の世界」を生み出す建築』

3 - 4.事例における考察

 3-3 より得られた事例の分類をもとに、形態に関してその構

成的側面と意味的側面から考察を行っている。

(考察1) 形態の構成的側面 (fi g.006)

 事例の類型化をもとに、壁面の空間性の獲得に関して4つの項目にまとめた。

 Ⅰ .立面表現型 ― 壁面に情報を取り入れる。

 Ⅱ .壁面凹凸型 ― 庇護的空間の創出。

 Ⅲ .壁面後退型 ― 外部環境を取り入れる。

 Ⅳ .ヴォイド型 ― パブリックスペースへの接続

( 考察2) 形態の意味的側面 (fi g.007)

 事例に対して、時代的背景からその構成の意味とそれによる応用方法を考察する。

 ファサード ( 立面表現型 )

    ― 壁面自体のデザイン。

 一次的空間 ( 壁面凹凸型 / 壁面後退型 )

    ― 建築と街路の接点としての空間を生み出す。

 二次的空間 ( ヴォイド型 )

    ― オモテとウラをつなぐ中間的空間を生み出す。

3 - 1.バルセロナ・アシャンプラ地区

 都市計画家イルデフォンソ・セルダの当初の構想では、街

区は 400m× 400mのユニットを9つの街区に分けた構成を

基本としており、一区画内二側面のみに4階建て・高さ 16m

の建物とし、中央を庭園空間をすることで、緑溢れる豊かな

街となるはずであった。しかし相次ぐ規制の緩和により、街

区は4面全てがひと続きとなり、今日の八角形街区が完成、

中庭空間も建て詰まり、その存在は内側へと姿を消した。

 1976 年以降、居住環境などの改善を目的として、バルセロ

ナ市は「拡張地区再生プラン」を作成、既存建築の建て替え

に当たり、中庭空間の再整備を義務づけ、2009 年 7月までに

合計 40街区の中庭が生み出されている。

3 - 2.分析対象

 分析対象は、実際の街歩きを通して 100 の建築を写真に収

め、事例としている。

3 - 3.事例の分類

 分類1、2の二つの段階で分析を行い、それぞれの指標に

従って特徴を抽出していく。その際の分析手法を以下に示す。

(分類1) ファサードの構成要素に関する分類 (fi g.004)

( 分類 2) ファサード構成と環境の関係に関する分類 (fi g.005)

   Ⅰ .Analysis Sketch ― トレース・スケッチを用いた虫瞰的な空間把握

   Ⅱ .Axometric Drawing ― アクソメ図の作成による鳥瞰的把握

   Ⅲ .Typology ― ファサードの構成要素の類型化

4 - 2.空間的ポリフォニー

 パウル・クレーの用いた試み―「絵画的ポリフォニー」を

空間へ応用することで、これまでの壁面の分析・類型を統合し、

建築設計へ用いる手法について考察を行う。(fi g.008)

5 - 1 . I n t r o d u c t i o n

 本計画では、敷地として東京・神田川沿いを想定し、断絶

した河と道をつなぐ建築の設計を通じて、本研究で得られた

設計手法の一つの応用手法として提案を行う。(fi g.010)

5 - 2 . 壁面から空間へ

 実際の設計に当たり、その手順を以下に示す。(fi g.011) Ⅰ .2枚の壁面のスタディ ― 類型の変形・発展を行い、モデルを作成。

 Ⅱ .ヴォリューム・スタディ ― モデルを環境要因に合わせて組み合わせる。

 Ⅲ .空間スタディ ― トレース・スケッチを用いた空間デザイン。

 Ⅳ .建築設計 ― 実際の設計を行う。

fi g010. 本論への応用手法 fi g011. 壁面から空間へ

fi g012. 外観パース

fi g009. 壁面から空間的ポリフォニーへ

fi g004. ファサードの構成要素の分類

Standard

Renovation2parasite Renovation Extension

Eaves Louver Barcony

Overhang Cut

Separate

Void Volume

Normal

Normal

None

Low High

Grass

Flame

Slab

Window

fi g005. 事例分析のデータシート

Credit Year

Architect

Adress

Uses

Number

Architecture Name

Axometric Drawing

Evaluation

Main Photo

Comment

Anarysis Sketch

Typologypage. 052page. 052

2. 事例研究 - Barcelona Eixample 地区

DrawingD i

X: 重層性 / Y: 透明性 X: 分節性 / Y: 素材性

広報

看板

銀行窓口入り口

B A N C O P A S T O R

BANCOPASTOR

八角形街区の角地に建ち、両脇がクラシカルな建築に挟まれるこの建築はとても異

質に見える。全体を見ると二階以降の本体が一階と屋上部の看板に挟まれたような

作りになっており、高反射ガラスの窓も含めて臙脂色で統一されている。

一見街区ラインに沿って平坦に見えるファサードは立体的な凹凸の操作がされてお

り、不思議な陰影を作り出している。

年代  : 1982

建築家 : Josep M Fargas

所在地 : Pg. de Gracia 54

用途  : Bank

色彩  : C060/M059/Y068/K009

0060

対象資料

- Barcelona Architecture

情報として環境を取り込む

凹凸による庇護空間 壁面の後退がアクティビティを取り込む

オモテとウラをつなぎ、中間的な空間を提供する

一次空間 : 街路と建築ファサードの接点の空間

壁面 : カベ自体のデザイン

二次空間 : 街路と建築内部をつなぐ空間

fi g007. 各類型の応用手法fi g006. 壁面構成の4つの類型

情報として環境を取り込む

壁面の後退がアクティビティを取り込む

オモテとウラをつなぎ、中間的な空間を提供する

凹凸による庇護空間

fi g008. 「Polyphonic White」の立体的展開

小結(3章 / 4章)「示唆的な " 面 "」

 本来単なる面である壁を重ね、中間の空間を生み出すことで内外の連続性を保った建築の提案が可能である。(fi g.009)

壁面の凹凸 : 街路と建築ファサードの接点の空間をつくる

通常の壁面 : 内外の空間が断絶

レイヤー的壁面 : 外部を取り込む、曖昧な空間の連続

重なりの壁面 : 見え隠れする閉じない空間

壁面の開口 : 街路と建築内部をつなぐ空間

壁面の凹凸

: 街

路と

建築

ファ

サー

ドの

接点

の空

間を

つく

レイヤー的壁面

: 外

部を

取り

込む

、曖

昧な

空間

の連

壁面の開口

: 街

路と

建築

内部

をつ

なぐ

空間

重なりの壁面

: 見

え隠

れす

る閉

じな

い空

“河と道をつなぐ” : オモテとウラをつなぎ、その関係を再考する

“河の景をつくる” : 現在の景観を守り、また更新する

“空間的ポリフォニー” : 二つを統合する概念として

:

THESIS DESIGN SCHEME

対象事例 トレースを用いた空間の分析 ドローイングを用いた構成の把握 要素の類型化

2枚の壁面構成のスタディヴォリューム・スタディ建築へ トレース・スケッチを用いた空間のスタディ

虫瞰的把握

BCN

Rese

rch

Arch

itect

ure

Desig

n

鳥瞰的把握 抽象化