〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016....

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43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005 年6月に世銀より発刊)のバックグラウンドペーパー“Infrastructure Development and Service Provision in the Process of Decentralization”(JBICが(株)UTCE / (株)ALMEC(団長:岩田鎮夫)に委託し作成)をベースに作成したものである。 より詳細な分析結果については上記ペーパーをご参照頂きたい。 東アジア諸国では、近年、地方分権に向けた取り組みが広がっている。地方分権は、よりインフラ 利用者のニーズに見合ったサービスの提供を可能とし、サービスの効率性・質を向上させ得る。これ は地方政府の方が中央政府よりも住民に近く、より住民のニーズを汲み取りやすいことや、地方政府 は、中央政府のエージェントとして働くよりも、自立的に責任を持ってインフラ整備に取り組むほう が、高い効率性が期待できることなどによる。 しかしながら、地方分権は、同時に、インフラ整備に負の影響をもたらす可能性を有している。地 方分権とは、言わば、中央に集中していた権限や力を、非常に多くの地方自治体に分散させることで ある。「集中」していた資源が「分散」されることにより、効率かつ効果的なインフラ整備の根幹を成 す要素である、規模の経済性や正の外部性などが失われるおそれがある。こうした負の影響を緩和す るためには、周到かつ精巧な仕組みが必要となる。 本稿 *1 は、東アジア諸国の地方分権の状況を概観した上で、上述の地方分権のインパクトやそれら の背景を検討し、これらのインパクトに対処する際の検討課題や政策オプションを提言することを目 的とするものである。 Abstract Decentralization has recently spread across the East Asian region and, in some countries, the extent of the reform has been quite impressive. Decentralization has the potential to enhance the quality and the efficiency of infrastructure provision and services, since local officials are better positioned to respond to local needs and preferences. It can also provide broader opportunities for local residents to participate in decision‐making. But, at the same time, decentralization has the potential to adversely affect infrastructure provision. Since decentralization is the diffusion of power from the central government to several entities of local governments, this can result in the loss of an essential part of infrastructure provision such as economies of scale and(positive) externalities. In this regard, elaborate regulatory, institutional, human resource, and financial ar- rangements are necessary for the success of decentralization reform. Especially in infrastructure provision, there are desperate needs for such arrangements. This paper aims to observe how the structural changes posed by decentralization reforms have affected infrastructure provisions in the region and to identify the way forward for the East Asian countries. 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国のインフラ整備に対するインパクト 開発金融研究所 調査役 竹内 卓朗 2005年7月 第25号

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Page 1: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

43

*1  本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

年6月に世銀より発刊)のバックグラウンドペーパー“Infrastructure Development and Service Provision in the Process of

Decentralization”(JBICが(株)UTCE / (株)ALMEC(団長:岩田鎮夫)に委託し作成)をベースに作成したものである。

より詳細な分析結果については上記ペーパーをご参照頂きたい。

 要 旨

 

 東アジア諸国では、近年、地方分権に向けた取り組みが広がっている。地方分権は、よりインフラ

利用者のニーズに見合ったサービスの提供を可能とし、サービスの効率性・質を向上させ得る。これ

は地方政府の方が中央政府よりも住民に近く、より住民のニーズを汲み取りやすいことや、地方政府

は、中央政府のエージェントとして働くよりも、自立的に責任を持ってインフラ整備に取り組むほう

が、高い効率性が期待できることなどによる。

 しかしながら、地方分権は、同時に、インフラ整備に負の影響をもたらす可能性を有している。地

方分権とは、言わば、中央に集中していた権限や力を、非常に多くの地方自治体に分散させることで

ある。「集中」していた資源が「分散」されることにより、効率かつ効果的なインフラ整備の根幹を成

す要素である、規模の経済性や正の外部性などが失われるおそれがある。こうした負の影響を緩和す

るためには、周到かつ精巧な仕組みが必要となる。

 本稿*1 は、東アジア諸国の地方分権の状況を概観した上で、上述の地方分権のインパクトやそれら

の背景を検討し、これらのインパクトに対処する際の検討課題や政策オプションを提言することを目

的とするものである。

 

 Abstract

 

 Decentralization has recently spread across the East Asian region and, in some countries, the

extent of the reform has been quite impressive. Decentralization has the potential to enhance the

quality and the efficiency of infrastructure provision and services, since local officials are better

positioned to respond to local needs and preferences. It can also provide broader opportunities for

local residents to participate in decision‐making. But, at the same time, decentralization has the

potential to adversely affect infrastructure provision. Since decentralization is the diffusion of

power from the central government to several entities of local governments, this can result in the

loss of an essential part of infrastructure provision such as economies of scale and (positive)

externalities. In this regard, elaborate regulatory, institutional, human resource, and financial ar-

rangements are necessary for the success of decentralization reform. Especially in infrastructure

provision, there are desperate needs for such arrangements.

 This paper aims to observe how the structural changes posed by decentralization reforms have

affected infrastructure provisions in the region and to identify the way forward for the East Asian

countries.

〈特集:東アジアのインフラ整備〉

地方分権:東アジア諸国のインフラ整備に対するインパクト

開発金融研究所 調査役 竹内 卓朗

2005年7月 第25号

Page 2: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

 地方分権のうねりは開発途上国にも及び、今や

世界的なトレンドとなっている。1990年代には地

方分権の取り組みは70以上の国に広がっている

(WBI, 2004)。

 これらの中で、最も早く地方分権に取り組んで

きたのは中南米諸国である。1980年代に入ると、

大半の国において本格的に分権化改革が行われ

た。改革の多くは政治的な動機によるものであっ

たが、行政サービスの質の改善も強いモチベー

ションとなった。

 同時期、多くのアフリカ諸国でも分権化が行わ

れた。背景には、民主化、多民族の融合政策など

があったが、もっとも影響が大きかったのは世銀

やIMFの構造調整政策において、分権化の推進が

借入の条件となり、多くの国がこれに取り組んだ

ことであった。なお、欧州(東欧)においては、

地方分権は比較的最近の動きである。90年代に

入ってから、計画経済から自由主義経済への移行

の過程で分権化への取り組みが進んでいる。

 

 さて、本稿がフォーカスを当てる東アジアは、

世界的に見れば、もっとも地方分権の取り組みの

歴史が浅い地域として位置づけられる。多くの国

において、地方分権が主要なアジェンダに上って

きたのは1990年代後半であり、最近まで、ほとん

どの国で-「開発独裁」という呼び名で知られて

いるが-高度に中央集権化された体制がとられて

きた。

 このような体制の下、東アジア諸国は目覚しい

経済パフォーマンスを達成してきたため、その体

制は堅牢であるかに見えたが、近年になって、特

に97年のアジア経済危機を端緒として、インドネ

シアなどにおいて権威主義的な体制が崩壊し民主

化の流れが広まってきたことや、内戦の終結、国

際機関の影響、経済移行の流れなどの影響で、急

速に地方分権に向けた取り組みが広まってきてい

る。

 本稿は、このような東アジアにおける地方分権

の広がりを受け、

 ・「地方分権によって引き起こされる構造変化

により、東アジア地域のインフラ整備にどの

ような影響があるか」について考察し、

 ・東アジア諸国の政策担当者に対する、「地方分

権の影響への対処に係る検討の枠組みや政策

オプションの提示」を目的とする。

 

 そして、議論を進めていくにあたっての主な問

題意識は以下のとおりである。

① 地方分権は、よりインフラ利用者のニーズに

見合ったサービスの提供を可能とし、サービス

の効率性・質を向上させ得る。これは地方政府

の方が中央政府よりも住民に近く、より住民の

ニーズを汲み取りやすいことや、地方政府は、

中央政府のエージェントとして働くよりも、自

立的に責任を持ってインフラ整備に取り組むほ

うが、高い効率性が期待できることなどによる。

② しかしながら、地方分権は、同時に、インフ

ラ整備に負の影響をもたらす可能性を有してい

る。地方分権とは、言わば、中央に集中してい

た権限や力を、非常に多くの地方自治体に分散

させることである。「集中」していた資源が「分

散」されることにより、効率かつ効果的なイン

フラ整備の根幹を成す要素である、規模の経済

性や正の外部性などが失われるおそれがある。

こうした負の影響を緩和するためには、周到か

つ精巧な仕組みが必要となる。

 

 このような問題意識の下、本稿では、まずは第

2章で東アジア諸国の地方分権の状況を概観す

る。そして第3章で、地方分権によりもたらされ

る構造変化、つまりは、中央政府に「集中」して

いた権限が地方に「分散」されることによりイン

フラ整備にどのような影響がもたらされるか検討

し、第4章において、東アジア諸国の政策担当者

に向け、そうした影響に対応するための検討の枠

組みや政策オプションを考察する*2。 

第1章 序論:目的、問題意識

*2  本稿では「地方分権を行なうべきかどうか」は議論の焦点としないことをここで確認しておきたい。地方分権は、中央と地方と

の関係を規定する、いわば国家建設の根幹に関わるイシューであり、当該国の価値観に大きく左右される事項である。したがっ

て本稿では、かかる価値判断を行うのではなく、地方分権を所与の条件として、つまり、「地方分権を行うのであれば、どのよう

にすれば効率的かつ効果的にインフラ整備を行うことができるか」という点に議論の焦点を絞ることとする。

44 開発金融研究所報

Page 3: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

 本章では、地方分権のインパクトやこれへの対

応の考察の前提となる、「東アジア諸国の地方分権

の状況」を概観する。

 “地方分権”といってもその形態は一様ではな

く、権限を「どの程度」地方に委譲するか、ヒト、

カネ、権限、事務負担などのうち、「何」を地方に

移譲するかなど、その組み合わせ次第でスタイル

は無数にある。

 そこで、ここでは、1.権限委譲の度合い、つ

まりは意思決定権限まで地方に譲るのか、それと

も事務だけ地方に移し意思決定権限は中央が保持

し続けるのか、2.権限委譲する分野、つまりは

政治、財政、行政権限の中で、何を地方に移して

いるのか、との2つの角度から地方分権の状況を

見ていき、各国の特徴や課題を明らかにしていく。

 

1.「どの程度」権限委譲するか 

 国際的な定義によれば、地方への権限委譲の度

合いが大きいものから順に、

 ・Devolution(権限委譲):地方政府に関するほ

とんどの権限を委譲

 ・Delegation(一部権限委譲):人事などの重要

事項を除くテクニカルな分野を権限委譲

 ・Deconcentration(業務分散):事務を地方に

委ねるものの、決定権限は中央が保持

と分類するのが一般的。 (WBI 1999, UNDP

1999)かかる方法に従い東アジア諸国を分類す

ると概ね以下のとおりとなる。(図表2)

(1)Devolution(権限委譲)を志向:フィリピ

ン、インドネシア、タイ

 フィリピンとインドネシアは、東アジアでもっ

とも積極的に地方分権を推進している国である。

フィリピンでは、1991年に制定された地方自治法

(Local Government Code)により、保険、農業、

公共事業など重要な基本的業務につき、意思決定

権限を含む権限委譲に中央政府がコミットした。

かかる分野においては、中央官庁が脇役、自治体

が計画の推進役となることとなった。(JICA, 2001)

 フィリピンの分権化改革から10年後(2001

年)、インドネシアが“Big Bang”と呼ばれる大規

模な地方分権改革を実施。1999年に制定された地

方分権法(Law No. 22/1999)に基づき、中央政府

の管轄分野(外交、防衛、マクロ経済、金融等)

を除き、基本的に地方自治体が権限を持つことと

なった。(World Bank, 2003)

 タイにおいては、1997年憲法、1999年の地方分

権法において、フィリピンやインドネシアと同

様、地方自治体に大規模な権限委譲を行う旨、中

央政府がコミットした。しかしながら、2001年に

タクシン首相に政権交代後、2003年には中央から

派遣された知事の権力を強化するなど、同政権は

地方自治体への権限委譲には積極的ではなく、地

方分権への取り組みは後退していると見られてい

る。(CLAIR, 2003)

 

(2)DevolutionとDelegationの間:中国、

   ベトナム

 両国とも行政改革の観点から地方分権に取り組

図表1 本章の概観の枠組み(地方分権の状況)

中央政府

政治

Q2 「何」を権限委譲?

分野 分野 分野

財政 行政

地方政府

地方政府

地方政府

地方政府

Q1 「どの程度」権限委譲?

権限

(事務処理のみ?or意志決定も?)

権 限

図表2 権限委譲の度合い(地方分権)

ラオス カンボジア ベトナム 中国 タイ インドネシア フィリピン

権限委譲度が小 権限委譲度が大

Devolution

Deconcentration

Delegation

出所)筆者

第2章 東アジア各国の地方分権の    状況

452005年7月 第25号

Page 4: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

んでいる。中央への過度な権限と業務の集中を解

消し、地方に負担を分散するというのが改革のモ

チベーション。ただし大型案件の採択など重要事

項については中央政府が権限を保持。試行錯誤を

繰り返しながら序々に地方の裁量を増大させてい

る。

 

(3) Deconcentration:カンボジア、ラオスな

 両国とも地方分権に取り組む意向を表明。ただ

し、カンボジアでは改革は緒についたばかりであ

り、ラオスでは未だ改革に進展が見られていない。

 

(4)その他:マレーシア

 中央政府が太宗の権限と責任を保持。地方分権

を進めるとの意向を特に示していない。

 

2.「何」を権限委譲するか(分野毎の権限  委譲状況) 

 次に、東アジア各国が「どの分野」において権

限委譲を進めているのか、政治、財政、行政権限

の分野毎に概観する。

 

(1)政治面での地方分権

 まずは政治面について。地方自治の根幹は、地

方政府が自ら意思決定できるかどうかにあるが、

東アジアの多くの国では、歴史的に、中央政府機

構が地方にも張り巡らされ、人事は中央に握ら

れ、行政の意思決定においても中央政府の意向が

地方の隅々に行き届く強固な中央集権体制がとら

れてきた。しかしながら、近年になって、このよ

うな強固なトップダウン体制が変容し、選挙の導

入などにより、地方が自らリーダーを選ぶことや

地方住民の声を反映させられる体制ができつつあ

る。

 ここでは、政治面での地方分権の度合いを測る

ため、国毎に①地方政府の首長選挙導入状況、②

コミュニティーや市民の意思決定への参加状況を

見ていく。

 フィリピンでは、東アジア地域では例外的であ

るが、地方政府の首長は(マルコス政権下の一時

期を除き)1947年以降直接選挙により選出されて

きた。また住民参加の面でも、1991年の地方自治

体法において州、市、町のそれぞれに地方開発協

議会(development councils)が設立され、自治体

の代表やNGOなどが開発計画や案件の選定を議

論することとされるなど、地方住民の意向が政策

に反映される制度的枠組みが整っている。(World

Bank, 2003) しかしながら、 住民参加の前提とな

る情報の欠如や、地方ボスによる介入などを背景

に、このような枠組みの実効性という意味では未

だ課題が多い。

 インドネシアでは、近年、首長選挙導入の面で

進境著しい。これまで長期にわたり、州知事は大

統領により、市長は内務大臣より任命されていた

が、1999年の地方分権法施行後、両ポストとも地

方議会による間接選挙が導入され、さらに2004年

図表3 政治面での地方分権状況(選挙、住民参加など)

選挙の導入状況1) マレーシア ラオス カンボジア ベトナム 中国 タイ インドネシア フィリピン

中間自治体(州、県など)

基礎自治体(市、村など)

Voice and Accountability 指標(世銀2003a): High(0.5〉), middle(‐0.5~+0.5), low(〈‐0.5)

A:by king

H or A

A:by state

‐0.13

A

A:bypresident

A:by primeminister

‐1.05

A:by king

A:by CG

A:by CGor IE

‐0.77

IE

IE

IE

‐1.29

IE

IE

IE or DE 2)

‐1.11

A:by king

IE

DE &IE

0.37

DE

DE

DE

‐0.4

DE

DE

DE

0.53

注1)DE:直接選挙、IE:間接選挙、A:中央政府や上位政府等からの任命、H:世襲 なお、CGは中央政府を示す。注2)大衆の自治組織である(政府機関でない)村の首長は直接選挙で選出。出所)CLAIR 2000a, 2004, JICA2001, World Bank 2003を基にUTCE and ALMECが作成。

46 開発金融研究所報

Page 5: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

に直接選挙に移行した。他方、住民参加の面では、

1999年の地方分権法において地方政府に対しコ

ミュニティーの意思決定への参加を義務付けるな

ど制度的な枠組みができたものの、実践面で課題

が多い。(World Bank 2003)

 タイでは、1997年憲法において、「首長は住民に

よる直接又は間接選挙により選出すべき」とさ

れ、一部、選挙が導入されている。具体的には、

県自治体(PAO)の首長は直接選挙で選ばれる県

議会の互選により、市長は直接選挙により選出さ

れることになった。しかしながら、これらは「地

方自治体」の体を成しているものの権限は限られ

ており、地方行政の実権を握る中央の出先機関で

ある「県」や「郡」の長は依然として内務省から

派遣されている。なお、住民参加については、選

挙や住民による公聴会の導入などにより以前より

も機会が増えているが、これらの取り組みは始

まったばかりであり、まだ充分な成果が現れてい

ない。

 中国やベトナムでは、共産党による一党支配体

制の下、地方政府は地方における国家行政機関で

あり、中央政府を頂点とし命令=服従関係におか

れている。地方の首長は、それぞれ、直接選挙で

選ばれる人民代表大会(中国)や人民評議会(ベ

トナム)の互選により選出されるが、首長候補者

に名を連ねるには党の序列が大きく左右される。

(CLAIR 2000a, 2004, 森田2000) 住民参加やその

前提となる情報公開については、両国とも東アジ

アの他の国に比べ取り組みが遅れている。(World

Bank 2003)

 ラオスやマレーシアでは、全地方政府レベルに

おいて首長は上位政府からの任命。カンボジアに

おいては、2002年に地方の最小行政単位であるコ

ミューンにおいて首長の間接選挙を導入された

が、それ以外は中央政府等からの任命制。住民参

加の面では、マレーシアは比較的進んでいるが、

ラオス、カンボジアにおいてはコミュニティー参

加の制度的枠組みが未だ整っていない。(CLAIR

2004)

 

(2)財政面での地方分権

 続いて、財政面での地方分権について。行政の

様々な権限や意思決定が地方に委譲されても、「カ

ネ」がなければ実効性を伴わない。その意味で財

源委譲は地方分権が機能するかどうかの鍵となる

要素である。

 財政の観点から東アジアの分権化を眺めると興

味深い。すなわちDevolutionを志向し積極的に地

方に権限委譲している国ほど、全財政に占める地

方財政のウエイトが低く、一方で、慎重に分権化

改革を進めている国のほうが地方財政のウエイト

が高い(図表4)。

図表4 財政面の地方分権の状況

地方歳出/全歳出 (%)

地方歳入(除く、中央政府資金移転)/全歳入(%)

地方政府の自主財源比率(%)

13.9(18.4)1)

12.5

78.4

n.a.

n.a.

n.a.

n.a.

n.a.

n.a.

41.0

24.1

46.0

66.6

51.1

69.5

9.8

3.1

19.1

33.1(18.5)2)

9.04)

(5.35)2)

7.2(17.3)2)

25.6(10.0)3)

7.2

36.2(55.3)3)

注) 1)1980年、2)2000年、3)1987年、4)2001年出所)マレーシア:Economic Report of Malysia、中国:Statistical Yearbook、ベトナム:Statistical Yearbook 2002/2003、タイ:Stapa, 2004、

インドネシア:JBIC 2003b, JICA 2001, World Bank 2003、フィリピン:CLAIR 2004, JICA 2001, Manasan 2002, Statistical Yearbook 2002を基にUTCE and ALMECが作成。

マレーシア ラオス カンボジア ベトナム 中国 タイ インドネシア フィリピン

2003 2003 1999 2002 2002 2001

権限委譲の度合い

 Devolution 

 Delegation 

Deconcentration 指標

472005年7月 第25号

Page 6: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

 この“逆転”現象は何を意味するか? 1つは、

地方分権に積極的に取り組んでいる国々(フィリ

ピン、インドネシア)では、委譲された権限に比

して、資金が十分に配分されていない可能性があ

るということである。もう1つは、慎重に分権化

を進めている国(中国、ベトナム)ほど地方財政

が占めるウエイトが高いが、これらの国では、地

方に必ずしも多くの“裁量”が与えられていない

ことを考えると、シェアの数字が“財政面での分

権度”を意味するかどうかは吟味が必要であると

いうことである。以下、国毎に状況を見ていく。

 積極的に地方分権を推進しているフィリピン、

インドネシアでは、歳入、歳出に占める地方政府

のシェアは、それぞれ6.9%、20.2%(フィリピ

ン)、9.0%、15.0%(インドネシア)と小さい*3 。

これは中央政府が深刻な財政難に陥っており地方

に充分に財源が委譲されていないことや、財産税

など自主財源の徴税能力が低いもしくは徴税権限

が付与されていないことが背景にある。つまり、

委譲された権限に比して、財源がそれに見合って

いない。

 両国とも地方政府の主要財源は、中央政府から

の資金移転であるが、これに過度に依存すること

で、自主財源の拡大努力へのインセンティブが損

なわれているとの側面が窺える。実際、地方財政

に占める自主財源の比率は、フィリピンでは17.3

%(2000年)から7.2%(2002年)へ、インドネシ

アでは50.9%(1987年)から30.4%へ(2000年)

へと低下しており、これをいかに増やせるかが、

資金不足を解消していく上での課題である。

 タイにおいては、地方歳出シェアを、2001年に

20%、2006年には35%まで拡大させるとの大胆な

目標に、中央政府がコミットしたが、進捗は遅れ

ており、同政府はすでにかかる目標は達成できな

いとの声明を出している。なお、予算局によれば、

2005年予算における地方の歳出シェアを24‐5%

と見積もられている。(Webster and Theeratham,

2004)

 地方政府のシェアの大きさが傑出しているの

は、中国及びベトナムである。両国の歳入に占め

る地方政府シェア(それぞれ51.1%、41%)は

フィリピンやインドネシアの倍以上である。

 ただし、かなりの資金が地方向けに使われてい

るものの、必ずしも地方の一存では使途を決めら

れる訳ではないことに留意が必要。中国では、投

資先セクターの優先順位の決定など上流部分の重

要な政策決定は依然として中央で行われている。

これ以上に中央のグリップが強いのがベトナムで

あり、地方政府予算は国家予算の中で承認され、

歳入や歳出にかかるすべての政策決定は中央レベ

ルで行われている。(CLAIR 2000a, 2002, World

Bank 2002b)

 ラオスとカンボジアでは、地方政府予算の配分

は中央が行っており、すべての地方政府の財源は

中央が賄ってカンボジアのコミューンの一部財源

を除き、地方政府が独自に収入を徴収する権限が

与えられていない。(UTCE and ALMEC, 2004)

 

(3)行政面での地方分権

 行政面での地方分権とは、各種の行政業務や決

定権限の地方への委譲である。行政業務の領域は

広範にわたりすべてをカバーするのは困難である

ため、ここでは議論を単純化し、①主たる権限委

譲先の自治体レベル(中間レベル(州や県)か、

それとも基礎自治体(市や村)のレベルか?)、②

委譲されている分野数*4、 ③人事面での裁量の度

合い、の三尺度でもって、行政面での地方分権の

状況を概観する。

 フィリピンでは、基礎自治体(市及び町)に、

保健、環境、資源、農業、公共事業など多くの権

限が委譲され、中間自治体(州)にあまり権限が

与えられていない。

 委譲された分野数について言うと、地方分権の

大方針としてdevolutionを志向してはいるもの

の、政治家の介入(地方経費の多くが“ポークバ

レル資金”という個々の国会議員に割り当てられ

た資金から捻出され中央政府予算に計上)などに

より、地方政府の裁量領域には一定の制約があ

*3  ただし地方分権後のシェアの「伸び」は著しい。たとえば、歳出ベースでは、フィリピンでは4.2%(1987年)から20.2%(2000

年)へと、インドネシアでは18.5%(2000年)から33.1%(2002年)へと大幅に増加している。

*4  ここでは、一般的に見て地方政府が担うことが多い行政サービス分野(ここでは基本地方サービス分野という:ゴミ収集、地方

道、教育、保健、住宅)よりも委譲されている分野が多いか少ないか(又は同等か)について測る方法を採用。

48 開発金融研究所報

Page 7: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

る。

 他方、人事面ではかなりの裁量がある。地方公

務員比率を見ると、地方自治法施行後(1991年)

に、70,000人が中央から地方公務員に移管された

結果16 .7%(1985年)から29%(1999年)に増

加。また同法により、各地方自治体に、中央政府

のガイドラインに沿って、職員の採用、解雇、昇

進などを決定する権限が付与されている。

 インドネシアでは、1999年施行の地方分権法

(Law No22/1999)において、中央に固有の分野

(外交、防衛、治安、司法、金融、財政等)や国全

体の見地から見た開発計画などを除き、全分野に

おいて地方政府に権限委譲するとの、かなり大胆

な分権化の方針を提示*5 。

 権限の委譲先としては、フィリピン同様、基礎

自治体(県や市)が中心である。中間自治体(州)

については、非常に限定的な形でしか権限は与え

られず、さらに州は県や市の上位には位置づけら

れず、同等とされた*6 。

 さらに人事面では、210万人の公務員が中央か

ら地方に移り、1999年に12.2%であった地方公務

員比率は2001年には66.7%にまで急増した。また

地方政府の裁量という意味でも東アジア諸国で

もっとも高い水準にあり、採用、解雇、定員の決

定などにつき、かなり自由度が高い。(World Bank

2004a)

 タイでは、1997年憲法や1999年の地方分権法に

おいて、住民の基礎的サービス分野(ゴミ収集、

地方道、教育、保健、住宅等)を権限委譲すると

の大方針が示された。タイについては、フィリピ

ンやインドネシアよりは時間をかけバランスを

とった形で地方分権を進めるとの方針が示され、

地方に権限委譲するにあたっても、中央政府の監

督とコントロールの下で執り行うとされ、未だ権

限委譲は作業途上にある。

 権限委譲先という意味では、中間自治体(県)

と基礎自治体(郡や市)のそれぞれに見合った役

割を付与していく方向であると見られるが、中間

自治体に充分な財源が与えられておらず、その能

力を低く評価する声が多い。(JICA 2001, CLAIR

2003)

 人事の面では、権限は徐々に地方に移管されて

図表5 行政面での地方分権の状況

キャリアマネージメント(採用、解雇など)4)

成果のマネージメント(昇進など)4)

1

2

1

1

1

1

1‐2

1‐2

2‐3

2

2

2

2

3

3

3

注)1)基礎自治体:3、中間自治体:2 なおここではdevolutionを志向している国のみrating。2)基本地方サービス分野よりも、(3:多くの分野数、2:同等の分野数、1:少ない分野数)を委譲。3)全公務員に占める地方公務員の比率が、3:60%より多い 2:60%~30%、3:30%未満。4)裁量の度合い。3:地方政府に裁量あり、2:中央政府の監督下で地方政府が概ね裁量を有している、1:中央政府がコントロール出所)Webscot 2002, World Bank 2004a, CLAIR 2004, CLAIR 2000a, 2000b, JICA 2001, World Bank 2003を基にUTCE and ALMECが作成。

マレーシア ラオス カンボジア ベトナム 中国 タイ インドネシア フィリピン

‐ ‐ ‐ ‐ ‐ 2‐3 3 3

権限委譲の度合い

 Devolution 

 Delegation 

Deconcentration 

指標

2 1 1 1‐2 2 2 3 2

1 n.a. n.a. 2 3 1 3 1

人事面の裁量

権限委譲先(自治体レベル)1)

権限委譲された分野数2)

職員数3)

*5  かなり大胆な地方分権の内容であったことから、当時“Big Bang”と言われた。

*6  ただし、2004年の改正地方分権法(Law No.32/2004)において中間自治体(州)の役割の重要性が見直され、県・市と同格とす

るとの条項は廃止され、一段広い見地から、県や市の監督や調整にあたるとの役割が付与されている。

492005年7月 第25号

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いるが、2002年の段階で地方公務員比率が17%に

留まるなど、委譲された権限に比して人員手当て

は不十分であるといわれている。また、1999年の

地方分権法により、地方政府に一定の人事政策決

定権限が与えられたが、政府高官人事について

は、依然として中央がグリップを握っていると見

られる。(JICA 2001)

 中国においては、不透明な面がかなりあるもの

の、1980年以降、投資案件採択や資金調達など

様々な分野において、試行錯誤を繰り返しつつ実

験的に地方に権限委譲を行い、その結果、地方の

裁量は相当に増加したと言われている。ただし地

方政府レベル間の役割分担については複雑かつ不

明確で良く分かっていない。(Cynthia, 2002)

 人事面でもかなり分権化が進められ、採用など

については各地方レベルの人民代表大会により行

われ、一定レベルまでは幹部職員の管理が地方の

手に委ねられるようになった。ただし上級幹部に

ついては、依然として中央が管理している。(森

田、2000)

 ベトナムでは、地方政府が経済・社会インフラ

整備などにつき一定の裁量権をふるうことが可能

となってきたが、中央が依然として強い影響力を

有している。 地方の議決機関である人民評議会は

「地方における国家権力」 と位置づけられ、中央及

び上位政府から監視を受ける体制になっている。

地方公務員については上位政府に任免の権限があ

り、高官の任命は共産党での序列に基づき決定さ

れる。(Eden 2002, CLAIR 2002)

 マレーシアでは、地方政府は自治体というより

は連邦政府の地方業務を執行しているとの位置づ

けであり、上下水道やごみ収集以外はほとんどの

事項が中央政府の管轄となっている。マレーシア

では、地方の事項につき、地方政府よりも民間を

活用する傾向が強く、地方公務員数も59,000人

(1995年)から42,500人(2000年)に減少し、全体

の中でのシェアも4.7%にすぎない。(CLAIR

2000b, UTCE and ALMEC, 2004)

 ラオスにおいては、地方分権は、8大国家優先

開発プログラムの1つに位置づけられているが、

具体的な進展はあまり見られていない。カンボジ

アにおいては、最小単位であるコミューンへの基

礎的な行政サービスの委譲が進められているが、

人員や財源の手当てが充分ではなく運営が軌道に

乗るまでには多くの課題がある。

 

3.まとめ 

 以上、権限委譲の「度合い」と「分野」の観点

から、東アジア各国の分権化動向を見てきたが、

これをまとめると下図(図表6)のようになる。

 総括すれば、インドネシア、フィリピンでは、

強い政治的ニーズに応える形で、権限委譲の「度

合い」及び「分野」の双方の観点から見て、大胆

な地方分権改革が進められてきた。また(インド

ネシアでは最近見直しの動きがあるが)権限の太

宗を中央から一気に末端の基礎自治体に委譲され

た点も共通。 両国は東アジアでもっとも積極的に

地方分権に取り組んできているが、財政面で委譲

された権限に見合った財源が委譲されていないの

が課題。 

 タイでは、1997年憲法や1999年の地方分権法に

おいて、2006年までに地方歳出のシェアを35%に

まで増加させるなど、大胆に地方分権を行う方向

性が示されたが、2001年の政権交代後、政府の地

方分権への取り組みが後退し進捗が遅れている。

選挙の導入や地方政府への人事面での裁量の付与

など、徐々に改革は進んできているが、今後、1997

年憲法で示されたような形で地方分権が進むかど

うかは不透明。

 中国やベトナムでは、過度に中央に集中した業

務負担を効率化するとの行政改革のコンテクスト

の中で地方分権が進められている。中国では、大

規模案件への投資や上級幹部の人事など重要事項

については中央がグリップを維持しているが、試

行錯誤を繰り返しつつ、徐々に財政や行政権限を

委譲している。ベトナムでは中国に比べると依然

として中央の影響力が強い。

 カンボジアでは2002年にコミューンレベルで

選挙が導入されるなど地方分権改革がはじまって

いるが、改革は緒に就いたばかりであり、ラオス

では1991年憲法において地方政府に自治権が付

与されたが、まだ実質を伴っておらず改革に進展

は見られない。なお、マレーシアは特に地方分権

を進める意向を示しておらず、むしろ中央政府が

グリップを利かせつつ、地方行政の運営に民間活

50 開発金融研究所報

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力を導入して取り組んでいる。

 

 以上を踏まえ、次章では「地方分権のインフラ

整備へのインパクト」を議論していくが、その際、

主たるフォーカスをインドネシア、フィリピン、

タイに当てる。

 その理由は、第1に、これらの国(特にフィリ

ピン、インドネシア)は、東アジアにおける地方

分権への取り組みの先行国であることが挙げられ

る。蓄積された経験のストックももっとも多く、

今後地方分権に取り組む国にも、有益な事例や検

討課題を提供してくれると考えられる。

 第2は、これらの国においては、いずれも高度

に中央集権化された体制が分権化の出発点となっ

ていることが挙げられる。そのため地方政府で

は、ヒト、カネ、ノウハウに乏しく、こうした初

期条件は、地域内の他の国にとって共通であり、

有益な検討材料を提供すると考えられる。

 第3は、(特にフィリピンやインドネシアにおい

て)短時間で、多くの分野を、頂点(中央)から

末端(基礎自治体)に一気に委譲するとの大胆な

改革が行われている点が挙げられる。このような

大胆な改革は、地方分権が引き起こすインパクト

がもっとも如実に現れるケースであり、ここに焦

点をあてることが有益であると考えられる。

 以下、「地方分権のインフラ整備へのインパク

ト」の議論に移る。

 

図表6 東アジアの地方分権状況

マレーシア ラオス カンボジア ベトナム 中国 タイ インドネシア フィリピン

1 1 1 1 1 2 3 3

権限委譲の度合い

 Devolution 

 Delegation 

Deconcentration 

指標

2 1 1 1 1 2 2 3

首長選挙1)

アカウンタビリティー2)政治面

キャリアマネージメント(採用、解雇など)9)

成果のマネージメント(昇進など)9)

1

2

1

1

1

1

1‐2

1‐2

2‐3

2

2

2

2

3

3

3

1 n.a. n.a. 2 3 1 3 1職員数8)

1 n.a. n.a. 2 3 1 2 2

1 n.a. n.a. 2 3 1 2 1

地方歳出/全歳出(%)3)

地方歳入(除く、中央政府資金移転)/全歳入(%)4)

財政面

3 n.a. n.a. 2 2 1 2 2地方政府の自主財源比率(%)5)

権限委譲先(自治体レベル)6)

権限委譲された分野数7)

‐ ‐ ‐ ‐ ‐ 2‐3 3 3

2 1 1 1‐2 2 2 3 2

行政面

人事面

注)Ratingの基準1)3:直接選挙、2:間接選挙、1:(中央政府等からの)任命2)世銀Voice & Accountability指標(World Bank 2003a)が、3>0.5, 0.5>2>‐0.5, 1<‐0.53)地方歳出のシェアが、3>60%, 60%>2>30%, 1<30%4)地方歳入のシェアが、3>40%, 40%>2>20%, 1<20%5)自主財源比率が、3>60%, 60%>2>30%, 1<30%6)基礎自治体:3、中間自治体:2。なおここではdevolutionを志向している国のみrating。7)基本地方サービス分野よりも、(3:多くの分野数、2:同等の分野数、1:少ない分野数)を委譲。8)全公務員に占める地方公務員の比率が、3:60%より多い 2:60%~30%、3:30%未満。9)裁量の度合い。3:地方政府に裁量あり、2:中央政府の監督下で地方政府が概ね裁量を有している、1:中央政府がコントロール出所)前掲の図表3~5を参照

512005年7月 第25号

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 フィリピンやインドネシアにおいては、大胆な

改革を実施したことから、分権化が行われた当

初、行政サービスの混乱、中断、質の低下、及び

大量に地方に移った公務員への給与未払いなどを

懸念する声が多く示された。ところが、いざ蓋を

開けてみると、目立ったサービスの混乱や給与未

払いは生じず、周囲の予想以上に良好な滑り出し

を見せた。また、中には、地方政府が手がけたこ

とにより学校校舎建設コストが下がった(フィリ

ピン)、教育などで行政サービスの質が向上した

(インドネシア)等、業務効率化やサービス改善の

ケースも出てきた。(USAID 1998, World Bank

2003)

 しかしながら、インフラ整備に関して言えば、

非常に課題が多いことに留意が必要である。

 そもそも、インフラの特質を考えてみると

 ・資本集約性:整備に大規模資本が必要

 ・規模の経済性:生産規模の拡大に伴ってコス

トが下がり効率が上昇、

 ・ネットワーク性:単体よりもネットワークで

機能、

 ・利害の複雑性:インフラ建設の受注をめぐる

ものや、インフラからの受益、土地収用を巡

るものなど様々な利害があり複雑に絡み合

う、

 ・建設技術の高度性:(コミュニティーレベル

の単純作業で建設するようなものを除き)発

電所、送電網、鉄道、高架橋、港湾など多く

の分野で建設に高度な技術が必要、

などの要素を有し、インフラ建設には高度な計画

能力、調整能力、技術的専門性や大規模な資金な

どを要する。その意味で、本来、権限や人材を中

央に集中させ、ノウハウの蓄積を図ることや、資

金を集中させ大規模な資金需要に対応するなど、

中央に資源を「集中」させることに一定の合理性

がある。

 他方、地方分権とは、従来、中央政府に集中さ

せていたこれらの権限や資源を地方に「分散」さ

せる効果を持ち、調整メカニズムを構築すること

なくこれを推進した場合、

 ・全国各地でバラバラ・こま切れに小規模投資

が行われ規模の経済性が喪失する、

 ・それぞれの自分の自治体のことしか考えずに

投資することにより、ネットワーク性や正の

外部性が失われる、

 ・地方には技術的専門性をもった人材の蓄積が

なく、さらに大都市を除き個々の自治体では

インフラ建設の機会も多くないため経験を蓄

える機会にも恵まれず、有能な人材や技術が

不足し、

 ・地方に資金が分散し、インフラ整備を行う上

で、個々の自治体資金では足りない、

などの問題が生じる恐れがある。

 つまり、地方分権の下で、インフラ整備をして

いくためには、こうしたインフラの特質を充分に

勘案し、それらが損なわれることがないよう調整

メカニズムを構築することが不可欠となる。

 しかしながら、フィリピンやインドネシアで

は、先述のとおり、強い政治的プレッシャーの下、

短期間で大規模な改革を実施したことから、こう

した調整メカニズムを構築する時間はなく、半ば

見切り発車的に分権化を進め、インフラ整備上、

多くの負の影響が出てきている。

 そこで本章では、地方分権に伴う構造変化など

以下の5つの観点から、分権化がインフラ整備に

及ぼしている影響を概観していく。

 1.規模の経済性や正の外部性の喪失

 2.地域間格差の増大

 3.地方政府の資金不足

 4.地方政府の能力不足

 5.レントシーキング

 

1.規模の経済性・正の外部性の喪失 

 まずは、規模の経済性や外部性の問題である。

多くの識者がフィリピンやインドネシアなどで、

地方分権の弊害として、規模の経済性や正の外部

性が喪失していることを指摘している。(Webster

2001, Hofman and Kaiser, 2002)ここでは、これ

らの影響を生じさせている構造的要因を考察し、

いくつかの事例を紹介する。

 

第3章 東アジア諸国のインフラ    整備に対する地方分権の    インパクト

52 開発金融研究所報

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(1)過度に細分化された自治体

 地方に権限を委譲する際、委譲される側の地方

政府に一定の規模(面積)、人口、資金、優秀な職

員等が備わっていれば上述の問題は特に生じな

い。

 ところが、インドネシア、フィリピン、タイで

は、中間、基礎自治体とも(効率的なインフラ整

備の見地からすれば)過度に細分化されており、

規模の経済性確保を困難にし、外部性を喪失させ

る要因となっている。その中でも、インドネシア、

フィリピンでは、数が多く規模が小さい末端レベ

ルの自治体に多くの権限を移していることから、

いっそう影響が大きい。

 たとえば、フィリピンでは、2003年時点で、州

が79、市や町が1,610存在し、東アジア地域の中で

も、国土面積や人口に比して自治体の数が極めて

多く、基礎自治体ひとつあたりの人口規模は中国

の10分の1、マレーシアの3分の1にすぎないな

ど(図表7)、行政効率が悪いとの指摘が多い。

(JICA 2001)

 またインドネシアでも、Hofman and Kaiser

(2002)が指摘するように、自治体数が過剰である

上に、さらに中央政府補助金に誘発され自治体が

増加傾向にあり更なる規模の縮小が進んでいる。

(たとえば2002年に州が約23%、県や市が約17%

増加。)その上自治体間で規模の格差が大きく、た

とえば基礎自治体間で、人口が最小24,000人から

最大410万人まで幅があり、大多数を占める小規

模自治体においては、大きな自治体と同等に規模

の経済性の確保や効率的なサービスを追求するの

は困難であると指摘されている。

 

(2)不充分な中間自治体の調整機能

   (Missing Middle)

 インドネシアやフィリピンでは、相当数の基礎

自治体に権限が分散されたうえに、横の調整(基

礎自治体間の調整)や縦の調整(中間自治体と基

礎自治体の調整)が充分に行われておらず、規模

の経済性や正の外部性が喪失する重大な要因と

なっている。

 調整という意味では、横であれ縦であれ、中間

自治体が役割を果たすことが重要である。しかし

ながら、中間自治体に権限が充分に与えられてい

ない、資金がない、そもそも役割が不明確である

などの要因により、調整機能が非常に弱く、調整

の問題の最大のネックであると考えられる(いわ

ゆる“Missing Middle”の問題)。

 たとえば、インドネシアでは、1999年の地方分

権法において、権限がほとんど中間自治体(州)

に与えられなかった上に、州と基礎自治体の間に

上下関係はなく同等とされ、権限上、州政府が基

礎自治体間の調整にあたることができる余地はほ

図表7 東アジア諸国の地方政府の階層、人口、面積

マレーシア ラオス カンボジア ベトナム 中国 タイ インドネシア フィリピン

330 237 181 330 9,597 514 1,919 300Area (000 km2)

23.8 5.4 12 78.5 1,270 61.2 211.7 78.3Population (million)

16 17 24 61 33 75 32 79State/Province

145 142 171 715 2,457 1,133 416 1,610Local Governments

- 10,868 1,510 10,594 45,462 6,738 - 41,944Communes/

Subdistricts

184 38 70 110 517 54 509 49Municipality/DistrictsAverage

Population Size (000) Communes/

Subdistricts

出所)CLAIR. 2004, MRI. 2003, CLAIR. 2000a, 2000b を基にUTCE and ALMECが作成。

Municipality/Districts

- 0.5 7.9 7.4 27.9 0.9 56.3 1.9

*7  ただし、州と基礎自治体を同等とする規定は、2004年の地方分権法改正時に廃止され、今後は州政府は基礎自治体を監督・調整

するとされ、これがうまくいけば、状況が改善する可能性がある。

532005年7月 第25号

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とんどなかった*7。

 タイでは、中間自治体である県自治体につい

て、役割や権限が不明確(地域計画の策定権限が

付与されていないなど)、1994年以降、草の根レベ

ルの自治体(タムボン)を約6,000創設した際に、

県自治体の財源の多くがタムボンに移管された、

組織や職員の能力などに問題がある、などの要因

により調整能力が弱いと指摘されている。(JICA

2001, Webster 2002)

 フィリピンでは、これらの国に比べれば、中間

自治体(州)がより強い調整機能を果たすべく、

権限が付与されているが、資金不足によりその役

割を充分に果たせていない。1991年の地方分権法

においては、州が37%の権限を、市や町が43.2%

の権限を、残りを(町内会的な性格を有する)バ

ランガイに権限が与えられたが、中央政府からの

財政移転の原資は、市や町の57%に対し、州には

23%しか付与されず、権限と資金の間に大きなミ

スマッチが生じている。(Manasan 2004)

 

(3)事例(規模の経済性・外部性の喪失)

 以上、規模の経済や正の外部性喪失の構造的要

因を眺めてきたが、実際どのようなことが起きて

いるのか、ここでは2つ具体例を取り上げる。

 まずは、フィリピン・メトロマニラにおける

ケースについて。Cavite and Laguna provinces

(CALA)地域は、メトロマニラ郊外に位置し、20

以上の自治体から成るが(図表8)、地方分権の結

果、各自治体が領域内の利益ばかりを追求するあ

まり、域外(広域)に利益が及ぶ、幹線道路、大

規模港湾、汚水処理などの大規模案件への投資が

おろそかになり、これらのインフラが非常に不足

している問題が指摘されている。(Webster 2001)

 たとえば、同地域内を南北に結ぶ南北回廊事業

について、地方分権の結果、かつては中央政府が

全てのコスト負担をしていた土地収用費につき市

が50%を負担することとなったが、大規模案件の

コスト負担が困難であるとしてDasmarinas市の

市長がコスト負担に反対し、州政府の調整も不調

に終わり、同事業の進捗が中断した。

 インドネシアでは、地方分権の結果、土地利用

計画や都市内交通の建設計画が各自治体に委ねら

れるようになった。しかしながら自治体間の調整

が充分になされておらず、 本来であれば(ポジ

ティブな)外部効果発現のポテンシャルを有して

いるものの、充分に発揮されていない事例が多

い。たとえば、ジャカルタ大都市圏では、都市内

交通路線の重複や、路線が接続されずネットワー

クにならないなど、開発計画上様々な問題が生じ

ている。その背景には、地方政府間の調整不足や

偏狭な利益追求姿勢があるとの指摘がある。

(JICA 2004)また、幹線道路や地方道ネットワー

ク建設、バス運行サービスなどについても同様の

自治体間の調整不足により外部効果が充分に発現

図表8 CALA地域(フィリピン・メトロマニラ)

National HighwayExpresswayRailway

METRO MANILA

TO LAS PINAS

CAVITE CITYBacoor

Kawit

Tanza

NoveletaRosario

NORSDRIVE

General Trias

Dasmarinas

TO MUNTINLUPAPROVINES

GOVER

TRECE MARTIREZ

Silang

LDO

Imus

San Pedro

San Rosa

BinanGeneral Mariano Alvanez

Cabuyao

Calamba

LAGUNA

出所)Webster 2001

54 開発金融研究所報

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しない問題が生じている。

 

2.地域間格差の増大 

 続いてのインパクトは地域間格差の増大であ

る。これは地方分権を行う場合、避けて通れない

問題である。というのも、都市の経済力は地方よ

りも大きいのが一般的で、通常、地域間には経済

格差が存在する。これを是正するのが、中央政府

の富の再配分機能であるが、地方分権によりその

比重が低下(または消滅)すれば、富める地域は

(中央政府への納入負担が減り)より豊かになり、

貧しき地域は、(中央政府からの再配分が減り)さ

らに貧しくなるのは必然である。

 ではフィリピンやインドネシアではどうか? 

実は、このような経路での地域間格差の増大はほ

とんど見られない。これは、前章でも紹介したが、

両国では地方は財源のかなりの部分を中央政府か

らの資金移転に依存し、自主財源の比率が非常に

小さいことに拠る。両国では依然として中央政府

が地方にかなりの資金を配分している。

 しかしながら、地域間格差の問題は存在する。

これは、両国の中央からの資金移転の設計上、格

差是正の機能が充分でないことに起因している。

 たとえばインドネシアでは、中央政府からの資

金移転において、資源が豊富な地域がかなり優遇

されることから、持てる地域と持たざる地域の格

差が増大する仕組みとなっている。その背景に

は、同国を地方分権に向かって旋回させた最大の

力は、地方に鬱屈していた「中央政府に、長年、

富を搾取されてきた」との思いであり、特に資源

が豊富な地域において濃厚であったことが挙げら

れる。その結果、地方分権の制度設計に際し、中

央政府は非常に強いプレッシャーを受け、資源を

産出する地域にかなりの政治的配慮を行う必要性

が生じた。

 その産物として、“hold harmless” policy(地方

分権前に各地方が中央から受けていたグラントの

金額は減額しないとの政策)や、中央政府の各地

域への資金移転額の算定公式において「地方政府

の収入額」(この申請額が多ければ多いほど中央政

府から配分される資金移転額が減る)に、天然資

源からの収入を含めないことを認める*8、 などの

措置が施された。その結果、2002年度には、一人

あたり収入で見て、もっとも富める地域がもっと

も貧しい地域の50倍となるなど、富の著しい偏在

が生じている*9。 (World Bank, 2003)

 フィリピンでは、中央政府の資金移転が一定の

格差是正効果を発揮しているが、人口、面積など

を基に資金移転額が算出される一方、貧困の度合

いなどが考慮されないため、中央と地方の収入格

差が依然として大きい。下図のとおり、メトロマ

ニラに次いで豊かな平均所得が1,500Php(ペソ)

超の6つの州が一人当たりで見て平均1,765Php

図表9 フィリピンにおける州政府収入の地域間格差(2000年)

メトロマニラ

一人当たり所得(Php:ペソ)

1,000 ‐ 1,499

500 ‐ 999

合計(平均)

出所) Bureau of Local Government Finance website; 2003 Philippine Statistical Yearbook.

1,500超

*8  つまりは、収入を過少申告し、より多くの資金移転を受けることが認められた。

*9  ただし、2004年の修正地方分権法において、hold harmless policyが2008年に廃止されることとなったことは注目される。一部

識者の間では、格差是正の措置としては不充分との指摘があるが、インドネシア政府が格差是正の方向に向かって取り組んでい

ることは確かであり評価される。今後の動向が注目される。

州 一人あたり所得(単位:mil Php)(2000)

州の数人口

000(2000)自主財源 借入

1 9,933 2,266 16

6 628 88 164

10 2,548 49 57

80 70,333 394 7

合計

2,994

2,018

1,202

960

中央政府からの資金移転

712

1,765

1,096

559

46 30,699 89 2 684593

500未満 17 26,525 87 0 470383

552005年7月 第25号

、 、 、 、

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の中央政府からの資金移転を受け取っているのに

対し、もっとも貧しい平均所得500Php未満の17州

は平均383Php(一人当たり)しか受け取っていな

い。

 

3.地方政府の資金不足 

 第3のインパクトは、地方分権に財政措置が

伴っていないために、地方政府が委譲された責任

を果たすのが困難になっているとの問題である。

 前章で述べたとおり、東アジア諸国では、地方

分権後に全予算に占める地方政府シェアの伸びが

著しい。たとえば歳出ベースで、フィリピンでは

4.2%(1987年)から20.2%(2000年)へと、イン

ドネシアでは18.5%(2000年)から33.1%(2002

年)へと地方のシェアが大幅に増加している。

 しかしながら、問題はこの予算規模をもってし

ても、地方に委譲された権限をカバーできない点

にある。

 たとえばフィリピンでは、予算額が委譲された

権限に見合っていない(=地方に委譲された業務

のコストが予算を上回る)自治体は、1998年に州

レベルで82%(65州)、県では87%(1,336県)、市

では51%(35市)となっている。(Manasan, 2004)

 またインドネシアにおいては、地方全体で見れ

ば、委譲された権限数に見合った予算が割り当て

られているとの見方もあるが(World Bank ,

2003)、同国では少数の天然資源産出州に富が非常

に偏っており、それらの地域ではむしろ予算は

余っていると思われるが、大多数の天然資源を持

たない地域においては予算が不足していると考え

られる。(図表10)

 ここでは、なぜこうした問題が生じているの

か。その要因を検討していく。

 

(1)中央政府による財源委譲の躊躇

 多くの東アジア諸国、特にインドネシア、フィ

リピンでは、中央政府自身が多額の累積債務を抱

え、財政再建の必要性に迫られている。そのため、

中央政府自身がコストを切り詰め、余剰資金を新

図表10 インドネシア 各州の収入(ルピア/1人当たり、2001年)

3,500,000Revenues per Capita, Rp.

3,000,000

2,500,000

2,000,000

1,500,000

1,000,000

500,000

Kallan

0

lija Rau

Dl Aoeh

Kanung

Maluuu Utara

Mauku

SutangBall

JambiSutut

BenrikuluSuitra

Kaaed

SurberNTT

Gorotaio

Barka BellungSuler

Kabar

Dl Yogya

SuntralNTBSurrut

LampurgJatimJathngJabarJabar

Berithen

Central Development spending in regionDAUShared RevenuesOwn Revenues

注)DAU:中央政府から地方政府への一般交付金 出所)World Bank 2003

56 開発金融研究所報

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たに産み出さなければならず、できるだけ財源を

中央政府内に留めておきたいとの意向が働き、地

方に委譲することに躊躇している。

 たとえばインドネシアでは、中央政府が地方へ

の税源委譲に消極的であり、一般的に地方の管轄

となることが多い土地税や建物税などの税源を中

央が手放していない。地方分権下では、中央が税

を徴収しても多くが地方に配分されるが、中央政

府は税徴収にあたり9%の手数料をとっており、こ

れらの財源を失いたくないと考えている。(World

Bank, 2003)

 フィリピンにおいては、地方分権法の第17条に

例外規定が設けられ、地方に委譲するとされた業

務について、特別法の定めがあれば引き続き中央

が権限を保持できるとされ、中央省庁の多くが、

これに依拠して予算を中央に留めている。そのた

め、1994年~1997年の間、中央から地方政府への

資金移転額が平均15%しか伸びなかった一方

で、多くの権限が地方に委譲された農業省の予算

が年平均48%増、保健省が年平均25%増加するな

ど、中央の予算がかえって増加するとの現象が起

きている。(Manasan, 2004)

 

(2)税源の不充分な開拓

 地方への税源委譲が不充分であることに鑑みれ

ば、地方政府は、少なくとも委譲された税源につ

いては、十分に活用し収入を確保していく必要が

ある。しかしながら、現状、委譲された税源につ

き徴税可能額を十分に集められていない。

 この背景には、地方政府が中央からの資金移転

に依存する体制の影響で、地方が自助努力での収

入確保に駆り立てられないとのインセンティブの

問題や、地方に税率設定の権限が与えられていな

いとの問題、そして有権者からの反発をおそれ増

税に反対する政治家の圧力などがある。

 たとえばフィリピンでは、財産税や事業税―地

方の主要財源―において、地方政府は税率設定に

制約が課され、税率の上限も低く設定されてい

る。税率変更は5年に1度しか認められず、10%

以上増やすことは認められていない。さらに、徴

税に際しても、地方政府職員の能力不足、汚職、

政治家の介入等により、課税ベースとなる財産価

格の算定は時価の30%程度に抑えられている。(図

表11)この中でも、特に州知事や地方議員の抵抗

の影響が大きく、有権者の支持を失なうことを恐

れ、税率引き上げへの反対が強い。(Manasan

2004)

 

(3)開発予算への充当困難

 上述の問題に加え、地方予算における開発予算

の優先度が低いことが、インフラ整備にさらなる

影響を与えている。

 概して、予算配分の優先順位は人件費などの経

費予算向けが高く、さらに既述の通り東アジア諸

国では自治体が過多であり行政効率がよくないた

め、相当額が人件費に流れている。たとえば、世

銀のスタディーによれば、インドネシアにおいて

は、人口が10万人以下の都市では、1人当たりで

見て、公務員の人件費が人口50万人クラスの都市

の2倍以上かかっているとの試算がある。

(Hofman and Kaiser, 2002)

 削減すれば人々(公務員)の生活に直接影響す

る人件費に比べると、どうしても開発予算は緊急

LGU

Bacoor

財産税(milPhp) 事業税(milPhp)

徴収額('99)徴収可能額 徴収額('99)

55 350 90

徴収可能額

400

Binan 277 350 137 400

Cabuyao 713 713 838 838

Calamba 358 358 394 400

Carmona 845 845 712 712

Cavite City 111 350 182 400

Dasmarinas 76 350 95 400

G.M. Alvarez 21 350 50 400

G. Trias 377 377 121 400

Imus 93 350 183 400

Kawit 51 350 155 400

Los Banos 127 350 123 400

Naic 97 350 78 400

Noveleta 66 350 105 400

Rosario 242 350 151 400

San Pedro 115 350 199 400

Tanza 119 350 92 400

Trece Martirez City 763 763 705 705

図表11 フィリピン・メトロセブ(CALA地域)     の各自治体の徴税状況 

出所)UTCE and ALMEC (2004)

572005年7月 第25号

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度において劣後させられることが多く、なかなか

これに予算が向けられないとの現実がある。フィ

リピンにおいては特にこの傾向が顕著であり、

2000年の地方の1人あたり開発予算額は5ドル

で、これはインドネシアの半分の水準にすぎな

い。(ちなみに中央政府予算は、1人当たり19ドル

で、インドネシアの60%の水準。)

 

4.地方政府の能力不足 

 第4のインパクトは、地方政府の能力の問題で

ある。インフラ整備は、その計画、設計、ファイ

ナンス、建設、維持・管理など様々な側面で高度

な技術と専門性を要するが、東アジア諸国の多く

の地方政府にとって、かかるニーズを満たす人材

の確保が困難である。

 地方に人材が足りないというのは、途上国に広

く共通したイシューで、これは中央に比べ地方の

方が、一般に学歴が低く、トレーニング機会が少

なく、そして学習やトレーニング設備が不足して

いることなどに拠る。

 さらに東アジアにおいては、かつての過度に中

央集権的であった体制の影響が大きい。地方分権

前には、中央政府の機構が、地方自治体と平行し

て、あらゆるレベルで張り巡らされ、地方インフ

ラであっても中央政府の地方事務所が建設するこ

とが多くあった。その結果、インフラ計画、予算

やその他の高度な専門性を要する分野において、

経験やノウハウを蓄積するのは中央の職員ばかり

で、地方の職員にはかかる機会が乏しく、経験が

蓄積されていない。

 そのため各国では、地方分権改革において、中

央の優秀な人材を地方に移すことが企図された

が、これがスムーズに行われていない。たとえば、

タイにおいては、地方への権限委譲に伴い、中央

政府職員が地方に移るよう斡旋しているが、給

与、ステータスやキャリアアップにならない等の

障害により移管は進んでいない。(World Bank,

2004a) また、フィリピンでも、給与の問題などが

ネックとなり、中央から地方への公務員の移管が

うまくいっていない。1991年の地方分権法におい

て、1年以内にすべての中央政府の地方事務所を

閉鎖すべきとされたが、既得権益などを背景にほ

とんど閉鎖されなかった。また地方政府の側で

も、高賃金の中央政府職員の受け入れに二の足を

踏むところが多い。

 フィリピンでは、地方分権に伴い総延長8,000

㎞の道路が中央から地方政府の所管に移ったが、

前述の資金不足の問題とあいまって、この地方政

府の能力不足の問題を盾に、道路整備の義務を負

うことに抵抗するとの事態が生じるなど(UTCE

and ALMEC, 2004)、地方政府の能力不足の問題

はインフラ整備に影響を及ぼしている。

 

5.レントシーキング(地方ボスやエリー  トの介入) 

 第5のインパクトはレントシーキングである。

東アジア諸国では、まだ代議制による意思決定能

力は弱く、地縁社会の秩序、すなわち地方ボスや

エリートの影響が非常に強い。インフラ建設にお

いて、地方ボスがレントシーキング的な行動をと

り、これらが私物化していくおそれがある。

(JICA 2001)

 そうなれば、地方分権といっても、開発の担い

手が中央政府から地方エリートの手に移るのみ

で、結局、住民のニーズがインフラ整備に反映さ

れないこととなり、従来にも増して、インフラ整

備の効率性が阻害される可能性がある。

 こうした環境にあるため、東アジア地域におい

ては、地方分権改革は、代議制、アカウンタビリ

ティー及び住民参加の強化とセットにし、地方の

受け皿をしっかりと作ることが重要である。前章

で述べたとおり、東アジア諸国では、様々なアカ

ウンタビリティーや住民参加の強化に向けた取り

組みが始まっているが、まだ発展途上であり成果

は充分ではない。この問題については、次章にお

いて更に議論する。

 

 以上の概観を踏まえ、本章では、効率的かつ効

果的なインフラ整備の観点から、東アジア政府の

政策決定者が、地方分権の枠組みやその影響への

対処を検討する際の材料や政策オプションを提言

する。

第4章 提言

58 開発金融研究所報

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 既に見てきたとおり、地方分権は、適切な条件

が整えば、インフラ整備やサービスの質や効率性

を向上させ得る。地方政府の職員の方が中央の職

員よりも地方の状況を熟知し、住民のニーズに適

切かつ迅速に対処しやすい。また、地方職員の方

が住民と接し、直接プレッシャーを受ける機会が

多く、パフォーマンス向上へのインセンティブが

より強く働きやすい。

 その一方で、地方分権は、中央に一極「集中」

していた、意思決定、権限、機能、事務、資金な

どを、様々な地方自治体に「分散」させるとの側

面を有し、充分な調整メカニズムなくしてこれを

行えば、インフラ整備の重要な側面である規模の

経済性や正の外部性喪失、地域間格差の増大など

を招く恐れがある。

 従って、東アジア諸国の政策担当者にとって

は、こうした地方分権のリスクを認識し、リスク

回避(または軽減)の枠組みを構築しつつ、地方

分権の果実を引き出していくことが重要となる。

これを実現していく上での検討材料や政策オプ

ションにつき、1.組織、2.カネ、3.ヒト、

4.制度の順に考察していく。

 

 1.【組織】政府の機構的デザイン

 2.【カネ】資金不足への対応

 3.【ヒト】地方政府の能力向上

 4.【制度】アカウンタビリティー強化

 

1.政府の機構的デザイン(中央=地方政  府の役割設定) 

 中央政府の事業を洗い出し、それぞれにつき(完

全に地方に委譲するとのオプションを含め)中央

と地方の役割を検討する政府の「機構的デザイ

ン」の議論は、税財政の議論とともに“地方分権

改革”の両輪をなす要素である。

 この機構的デザインにおいて、効率的かつ効果

的なインフラ整備の観点から特に重要となるの

は、インフラの特質、とりわけ、規模の経済性や

外部性などが損なわれることがない体制を築くこ

とである。

 ここでは、このような課題を達成するための機

構的デザインのあり方を考察していくが、国毎に

初期条件(中央集権度、自治体数、自治体の区割

りや階層構造、政治と行政のパワーバランス等)

が異なることを踏まえ、様々な初期条件をもった

国々が共通して用いることができる検討の枠組み

に焦点を当て議論を進めていく。

 

Step 1 各インフラセクターの特質を見分ける

 政府機構を具体的にデザインしていく際には、

改革の初期段階における、政治レベルでの“中央

か地方か”といった二者択一的な議論ではなく、

黒と白の間のグレーゾーンに解を見出していかな

ければならない。(WBI 1999) とりわけインフラ

建設を一緒くたに取り扱うのではなく、インフラ

セクター毎にその特質を見極め、規模の経済性や

外部性のメリットを担保するとの視点が重要であ

る。

 セクター毎の特質を見極める枠組みとしては、

Kessides(2000)で、コミュニティー主導の開発

(Community Driven Development: CDD)の議論

において用いられている枠組みが有用である。こ

こでは、同枠組みをベースに、①規模の経済性、

②外部性、③政府間の調整の必要性、④インフラ

が影響を及ぼす範囲の4つの観点から各セクター

Step 1:インフラの特徴を見分ける ○対象セクター(例)道路セクター

規模の経済性 外部性 (利害)調整の必要性インフラがインパクト

を与える領域

高速道路

都市間道路

地方道

High

Medium

Low

High

High

Medium/Low

High

High

Medium/Low

Nation/State

State

City

出所)Kessides (2000)を基にUTCE and ALMECが作成。

592005年7月 第25号

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(インフラ)の特徴を判別する枠組みを用いる。

 下記の分析例においては、道路セクターを取り

上げた。ここでのレーティングは、多くの国にとっ

て一般的と考えられるラインに則っている*10 。

 

Step 2 各レベルの政府に役割を与える

 次のステップは、各レベルの政府(中央政府、

中間自治体、基礎自治体)への役割の付与である。

①(前項で論じた)インフラの特質、②当該国全

体としての分権化の方針(できるだけ末端に権限

委譲したい or 中間および基礎自治体にバランス

よく権限を配分したい等)、そして③権限委譲先の

地方政府のキャパシティー、を勘案し、インフラ

整備にかかる役割を各レベルの政府に割り当てて

いく。

 下図においては、「できるだけ末端レベル(基礎

自治体)に権限を委譲する」との方針を持つが、

「地方政府のキャパシティーが低い」国において、

地方道路セクターの役割分担を行うとの設定でシ

ミュレーションを行っている。

  は、中央政府

レベルで、国全体の広い見地から、効率的セクター

運営、社会インパクト、一定のサービス水準の確

保等を勘案しつつ行うケースが多い。ただし国や

セクターによっては、中間自治体のレベルで規制

を行う場合がある。

 

の機能は、中央、中間、基礎自治

体のいずれも担い得る。どのレベルにこの機能を

持ってくるかは、インフラのインパクト領域やイ

ンフラ計画やデザインにおいて求められる技術水

準等に左右される。本ケースでは基礎自治体の役

割としたが、キャパシティーに問題があり、当初

は中央省庁がテクニカル・アシスタンスを供与す

ることとしている。

  に

ついては、中央政府又は中間自治体が主体となり

得る。当該インフラの外部性、調整の必要性、イ

ンフラのインパクト領域、中間自治体の調整能力

などに左右される。本ケースにおいては、外部性

規制の制定や運用 (regulation) 

計画、設計、プロジェクト選定(planning/de-

sign/selection) 

ステークホルダー間の調整 (coordination)

*10 したがって、ここでのレーティングはすべての国に当てはまる訳ではない。たとえば、タイの最小行政単位のタンボンは規模が

非常に小さいため、地方道建設において、別のタンボンの地方道と連結する度合いが非常に高い。その意味で、Step 1において

は、他国に比して②外部性を検討しなければならない必要性が高く、上記のものとは異なるレーティングになる。

Step 2:各レベルの政府に役割を与える (具体例)○対象セクター○前提条件 ①セクターの特質  (Step 1の分析結果) ②国の分権化の方針: ③地方政府の能力:   ○役割分担

機能/役割 どの政府レベルに権限付与?

規制の制定・運用

計画、設計、プロジェクトの選定

ステークホルダー間の調整

中央政府

基礎自治体(市、村)。能力が低いので当初は中央省庁がサポート。

中間自治体(州、県)。能力が低いので当初は中央省庁がサポート。

地方道路 規模の経済性:low 、外部性:medium/low、調整の必要性:medium/low、インパクト領域:city基礎自治体(末端)に可能な限り権限委譲弱い(財政面および職員のキャパシティー)

プロジェクトの建設

維持・管理

資金負担 

基礎自治体(市、村)。能力が低いので当初は中央省庁がサポート。

基礎自治体(市、村)。

基礎自治体(市、村)。財政負担能力が低いので、中央政府が補助金を供与し、同補助金は中間段階政府が基礎自治体間の配分を決定。

60 開発金融研究所報

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や調整ニーズが限られているため、中間自治体に

権限を付与。ただしキャパシティーに問題がある

ため、当初は中央省庁がテクニカル・アシスタン

スを与えることとしている。

 

の担当は、規模の経済性、インフ

ラのインパクト領域、地方政府のキャパシティー

などを基に判断される。本ケースでは、インパク

ト領域が自治体内であるため、当該自治体に権限

を与え、当初は中央政府がテクニカル・アシスタ

ンスを供与、としている。

  については、規模の経済

性、インフラのインパクト領域や地方政府の財政

能力に左右される。本ケースでは基礎自治体がそ

の主たる役割を担いつつも、財政負担能力に制約

があるため、一定期間中央政府が補助金により支

援することとしている。

 

Step 3 インセンティブを与える

 中央政府、中間、基礎自治体の役割が固まった

後、これを紙上の“プラン”に終わらせず、実効

性を持たせる作業をしていかなければならない。

 実効性を与えるうえで、第1に考えなければな

らないのは中央政府、中間自治体、基礎自治体へ

のインセンティブの付与である。理論的に優れて

いても、現実社会では、各レベルの政府の利害に

合わず改革が頓挫するケースが多くある。ただ単

に中央の業務を地方に移すだけでは、新たな業務

負担への地方政府の抵抗、権限を失うことへの中

央省庁の抵抗等々、様々な抵抗の中で分権化が機

能しないおそれがあり、東アジアにおいてもかか

る事例が散見される。

 その意味で、役割を与えるのとセットで、それ

ぞれの主体が適切に役割を果たしたくなるメカニ

ズムを機構のデザインに組み込むことが重要であ

る。そのためには、各レベルの政府の強味や弱味

を踏まえ、予算などを媒体にアメ(reward)とム

チ(pressure)をうまく織り込んでいく必要があ

る。

 具体的に、どのようにインセンティブを与えて

いくかについては、優れた事例を紹介するのが

もっとも有益であろう。ここでは、非常にインセ

ンティブを巧みに用いて、国際的にベストプラク

プロジェクトの建設や維持・管理(construc-

tion and O&M)

資金負担(finance)

ティスと高評価を受けている、チリの地方電化事

業を紹介する。

 

■ チリの地方電化事業(効果的なインセンティ

ブ付与の事例)

 

 チリの地方電化事業は1994年に始まったプ

ロジェクトで、1992年に53%であった同国の地

方電化率を2002年には86%にまで引き上げる

など高い成果を挙げている。国際社会からもベ

ストプラクティスとして賞賛されている本事業

の好パフォーマンス要因として特筆されるの

は、巧みにインセンティブを用いている点であ

る。

 まず、市政府には、良質な電化事業の候補案

件を探し、案件リストを州政府に提出する役割

が与えられ、「良い案件を多く選定し、それが上

位政府に認められればより多くの予算を入手で

きる」とのインセンティブが与えられている。

 州政府には、市政府より提出された案件を選

定し、中央政府から供与された資金を配分する

役割が与えられている。中央政府から資金を獲

得するためには他の州との競争に打ち勝つ必要

があり、競争に打ち勝つためには、高い電化率

のパフォーマンスを示す必要がある。州政府に

は、「州内の市政府から提出された案件の中から

よりよい事業を選び、効率よく電化率が改善す

れば、より多くの予算が得られる」とのインセ

ンティブが与えられている。

 中央政府は、 「前年度に電化がどの程度進ん

だか」と「依然として電気にアクセスできない

戸数」の2つの尺度でもって地方電化資金を配

分することとされている。中央政府は、市政府

や州政府を適切に導いていくことで、「低コスト

で地方電化率を向上させ、地域間格差を是正し

ていく」モチベーションが満たされる仕組みと

なっている。(Jedresic 2000, World Bank 2000

a, 2004b)

 

 

Step 4 再中央集権化を防ぐ

 地方分権のプランを実効的なものにするため、

次に検討しなければならないのは、中央政府に過

612005年7月 第25号

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大な権限を持たせないことである。

 通常、中央政府は専門技術、人的資源、資金力

などにおいて地方政府を圧倒する力を有してお

り、同じ土俵で競争すれば地方政府がこれに太刀

打ちするのは困難である。

 中央、中間、基礎自治体間の役割分担に際し、

中央政府にはインフラ計画や調整、資金負担など

の役割が与えられ得るが、いずれも重要な役割で

ある。したがって地方政府が裁量を発揮できる余

地なしに、中央に重要な権限を与えると、地方政

府は中央の決定を実施するだけのエージェントの

ような存在になってしまうおそれがある。

 特に、インドネシアのように、「中央から支配さ

れ搾取され続け、地方分権により自治を取り戻

す」との感情が分権化の政治的モチベーションと

なっている国では、Step 2において、ある権限を中

央に“残す”ことが適切と判断された場合でも、

それに対し強い抵抗が起きる可能性がある。

 こうした抵抗が改革の足枷とならないよう、地

方サイドが受け入れられる計画とするべく、“再中

央集権化”を未然に防ぐメカニズムを明示し、地

方の裁量を確保しつつ分権化を進めなければなら

ない。

 かかるメカニズムの具体的アイデアとしては、

たとえば、以下のものが挙げられる。

① 重要な意思決定権限(プロジェクトの選定

等)は地方に与える。

② 権力の分散:プロジェクトの選定、調整、資

金負担など重要な権限は一箇所に集中させず

分散させる(例:チリの地方電化事業、中央

政府:資金負担、中間自治体:資金の配分、

基礎自治体:プロジェクトの選定)。

③ 透明性の向上:中央政府の判断基準など透明

性を向上させ、恣意性を働かさせない。

④ サンセット条項:地方のキャパシティー不足

によりやむなく中央に権限を持ってくる場合

には、かかる関与を時限的なものとし、関与

が恒久化しないようにする。また中央の関与

の必要性につき定期的にレビューする仕組み

にする。

 

Step 5 政治への配慮

 実効的なプランとする上で最後の検討事項は、

政治への配慮である。インフラ整備は、膨大な資

金を要し、地域戦略上枢要な位置を占め、その成

果が目に見え、(多大な利益を生み得る)独占企業

体が事業を実施する機会が多いなど、政治家が強

い関心を持つ分野である。それゆえ、Step 1から

Step 4の検討の結果、テクノクラートから見て“適

切な”プランができても、それが政治家の利害に

反する場合には、当該プランが実現困難となるお

それがある。

 具体例を挙げれば、本稿で再三必要性を議論し

てきた、インフラ整備における、中間自治体によ

る調整(missing middleの問題への対応)につい

て、フィリピンでは、テクノクラート的には正し

い対応であるが、政治的には実現困難であるとの

指摘がある。その背景には、基礎自治体間で連携

して大プロジェクトを実施すれば、利害関係者が

増え、特定の自治体に強いコネクションを持つ政

治家にとって見返りを受けられるチャンスが低く

なり、それに抵抗するからとのことである。

(Medalla 2004)

 誤解を避けるために確認しておくと、本稿で

は、「政治家の既得権益を害する改革は行うべきで

はない」とのスタンスはとっていない。しかしな

がら、テクノクラートが政治家の利害を完全に無

視し改革に邁進しても、それが実らない恐れがあ

ることを認識することは重要であると考える。対

応はさまざまあると考えられるが、分権化改革を

真に実践可能なものとするために、政治とどう向

き合っていくか視野にいれ、対応を検討していか

なければならない。

 

2.資金不足への対応 

 地方に権限を委譲する際、必要な予算やヒトが

セットとなって地方に委譲されないと、改革に実

効性が伴わない。たとえば、多くのアフリカ諸国

においては、必要な財政手当てなしに、行政サー

ビスが地方に移管されたため、改革前に比べ行政

サービスの質が低下した。(World Bank 2000b)

前章で述べたとおり、フィリピンやインドネシア

の多くの自治体が、委譲された行政サービスに比

して、財源が充分になされていない状況に直面し

ており、この資金ギャップの解消が急務である。

62 開発金融研究所報

Page 21: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

 資金不足を解消する手段は2つしかない。支出

を抑制するか、収入を増やすか、である。

 どちらのオプションについても、地方の予算

ニーズvs国全体のマクロ経済の安定、地方政府の

増税の必要性vs住民の抵抗等、様々なトレードオ

フがあり、これらのバランスを勘案しながら、現

実的な対応を検討していく必要がある。ここで

は、地方政府による支出抑制策、収入増加策につ

き、いくつかの具体策を紹介する。

 

(1)支出の抑制

 地方政府は、地方の状況を良く知り、住民との

繋がりが深く、様々な情報を有している。こうし

た地方政府のアドバンテージを活用し効率的に行

政サービスを提供するのが地方分権の経済合理性

の一つであり、ここでは、はいくつかの優れた取

り組みを紹介する。

 

① 身の丈にあったプロジェクトデザイン

 プロジェクトを自分達の状況に見合ったものに

していくことは支出抑制の効果的手段である。

 インフラは投資額が大きく、寿命が長期にわた

り、住民の目に見えやすく為政者のアピール材料

になる等々の理由から、地方政府にとっては、で

きるだけ高品質のものや見栄えが良いインフラが

欲しくなるものである。

 しかしながら、そうした欲求を抑え、事業計画

に際し自己の財政能力に見合ったテクノロジーを

選択することにより、大幅にコストダウンできる

余地がある。その好例として、ブラジルのクリチ

バ市の都市交通整備事業がある。

 

■ クリチバ市(ブラジル)の都市交通整備

 

 クリチバ市においては、1950年代から70年代

にかけ人口が急増し、限られた予算で都市交通

をいかに整備するかが課題となった。

 同時期、人口が100万人以上ある都市につい

ては地下鉄や鉄道整備が必要という認識が一般

的で、ブラジルの他の大都市でも、(最終的には

中央政府が肩代わりをしてくれるとの期待の

下、)高速道路建設など巨額の資本を必要とす

るプロジェクトを行ったところが多かった。

 しかしながら、クリチバ市は、その財政負担

能力に鑑みれば、地下鉄など多額の資本を必要

とする投資や、住民の乗用車所有を促し政府が

道路建設ニーズに追われるような状況は現実的

ではないと考えた。そこで、ネットワーク拡大

のコストが安い「バス」を中核に都市交通整備

を行うこととし、多くの車線をバスレーンに設

定するなどして利便性を高め、住民に公共交通

機関の利用を促し、道路建設ニーズを抑制しつ

つ都市交通を整備していった。

 かかる戦略が奏功し、75%の通勤・通学者が

バスを利用するなど、ブラジルの都市の中で

もっとも高水準の公共交通機関利用率を達成

し、利用者増⇒収入増⇒サービスの質の向上の

好循環を作り出すことに成功した。 同市は、 

「1㎞あたりの投資コストは、バスは地下鉄の

450~500分の1であった」としている。(WBI

2004)

 

 

② コミュニティーの参画

 これは良好なコミュニケーションが前提となる

が、コミュニティーにプロジェクトに参画しても

らい、労働提供などを受けることで大幅なコスト

削減を達成することが可能である。

 たとえば、インドネシアのKecamatan開発事業

においては、コミュニティーが事業計画の立案や

実施に参画することで、中央政府が実施した場合

に比べ、コストが半分、又は中には3分の1に抑

えられるなど、大幅に抑制されている。コミュニ

ティーは、労働、材料、土地の提供など様々な形

で事業に貢献し、全コストの19.2%を負担してい

る。(World Bank 2001)

 

③ 地方の安価な財や役務を有効活用

 地方政府は、地域内の安価な財や役務のサービ

スについて多くの情報を有している。これを活用

することによりコストダウンを図ることが可能で

ある。

 たとえばフィリピンでは、学校建設の事業にお

いて、校舎の建設費用が、中央政府が実施した事

業よりも30~40%安いなど、資材、コンサルタン

ト、建設事業者をすべて地方で調達した結果、大

632005年7月 第25号

Page 22: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

幅なコストダウンが達成されている。(UTCE and

ALMEC, 2004)

 

(2)収入の増加

 東アジア諸国においては、これまで(いくつか

の国にとっては現在も)、高度に中央集権化された

体制の下、財源が中央政府に集中管理されてき

た。フィリピンやインドネシアにおいては、地方

分権後、従来に比べれば、かなり多くの財源が地

方に移管されたが、まだ充分ではない。その意味

で、収入ソースとしてまず検討すべきは中央政府

からの支援であろう。

 中央政府によるサポート手段としては、税源委

譲、資金移転、補助金、貸出、保証など様々なも

のが考えられるが、もっとも優先度の高い検討事

項は、地方の税率設定の自由度の拡大や税源委譲

など、徴税力の強化であると考えられる。

 その理由としては、まずは、地方において徴税

の余地がかなりあることが挙げられる。たとえ

ば、一般的に地方税として広く用いられている財

産税を例に挙げれば、フィリピンやタイにおいて

は、徴税可能額を大きく下回る額しか徴収できて

おらず、税率設定の裁量があれば税収が向上する

余地がある。またインドネシアにおいては、そも

そも地方税ではなく国税として取り扱われ、地方

政府が課税ベースの拡大などに取り組める素地が

ない。

 第2には、フィリピンやインドネシアでは、本

来地方に移管することとなっていた税源を中央が

保持し続けているものがあるからであり、それら

の地方への移管を早急に実施すべきである。

 第3に、自主税源の増加がより地方分権の本旨

に適っているとの側面も重要である。地方歳入に

占める自主徴税額の割合が増えれば、より住民に

対する説明責任が強まり、効率的な支出、換言す

れば、支出の抑制につながる可能性がある。

 税源委譲のほかには、さらに中央政府から資金

移転を行うとの選択肢もあるが、これは地方政府

にとって、自主財源拡大へのインセンティブを弱

める効果があるのと、行政サービスの無駄を省く

インセンティブが弱まるおそれがあり、望ましい

方向性ではないだろう。

 ただし、地域間格差を是正するために、資金移

転のメカニズムを改善していくことは重要であ

り、貧困人口などを勘案した枠組みを構築してい

くべきである。自主財源の増加は望ましい姿であ

るが、地域間格差の拡大と表裏一体であるため、

常に一定水準の中央政府の所得再分配の機能は維

持していくべきであろう。

 なお、地方政府の自助努力が重要なのも言うま

でもない。税徴収の効率性の改善や土地台帳の整

備など、まだまだ努力の余地がある。マーケット

からの借入なども含め可能なオプションについて

あらゆる方策を行っていくべきであろう。

 

3.地方政府の能力向上 

 地方政府における人材不足の問題は、地方分権

に取り組む多くの国にとって共通の課題である。

(World Bank 2000b)人材育成には時間と根気を

要し、継続的な努力が欠かせない。そして能力向

上には、制度、機構、予算等々包括的な取り組み

が求められる。以下、地方政府の能力向上に向け、

重要と考えられる要素を列挙していく。

(1)人事政策における裁量

 まずは、地方政府に対し、職員の採用、昇進や

配置など人事面の決定に際し、かなりの裁量を働

かせられる権限を与えることが重要である。かか

る裁量は、人事権的にも、そして、それを支える

予算配分の面でも担保されていなければならな

い。東アジアの多くの地方政府は予算や人員の制

約に直面しており、各地域で、選択的かつ戦略的

に優先課題にメリハリの利いた柔軟な対処ができ

る土壌を整える必要がある。このような観点か

ら、インドネシアやフィリピンでは、地方政府に

一定の人事上の権限が与えられており、前向きに

評価できる。

 

(2)予算

 予算の問題も重要である。たとえば、タイにお

いては地方政府歳出の総額に占める人件費の比率

は40%が上限とされている。確かに、かかる制限

なしに財源を地方に委譲した結果、放漫な支出を

招きマクロ経済の安定が崩れたかつての中南米諸

国の例に鑑みれば(World Bank 2002, Shah

64 開発金融研究所報

Page 23: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

1997)、一定の制限の必要性が認められるが、その

一方で、フィリピンやタイなどでは地方政府の低

賃金が能力の高い職員を雇用する上での障害と

なっており、かかるボトルネックを除去するとの

側面からもバランスのとれた配慮が求められる。

 

(3)中央政府の支援

 東アジア諸国では中央政府は、専門家の数、経

験やノウハウの蓄積、資金、設備などあらゆる分

野において、地方政府に対しアドバンテージを有

している。テクニカル・アシスタンスの供与や専

門家の地方への出向など支援形態は様々なものが

考えられる。

 

(4)アカウンタビリティー向上

 第4に、職員の能力を引き出す環境作りという

意味で、アカウンタビリティーの向上が重要であ

る。地方政府職員は、住民からもっとも近い存在

であり、その声が届きやすい。住民からの要望(プ

レッシャー)が強くなったり、その数が増えれば、

職員はそれに対応する必要が生じ、オン・ザ・

ジョブ・トレーニングの機会が増加する。コロン

ビアでの研究において、住民参加の機会の向上と

地方政府職員の能力向上には正の相関関係がある

ことが報告されている。(World Bank 1995)

 

(5)リーダーの指導力、サポート

 これがもっとも重要かもしれないが、人材育成

にはリーダー、特に首長の強力かつ継続的なサ

ポートが不可欠である。上述の施策はすべて強い

政治的コミットメントを要するものである。さら

に自治体が小規模になればなるほど、高度な能力

をもった職員が希少で、リーダー自身が他の職員

の啓発にあたる貴重な戦力となる事が多いとの側

面も重要である。

 

 なお人材育成のための取り組みは、一朝一夕で

効果が出るものはなかなか無く、継続的な取り組

みが必要とされるものが多いが、地方政府は予算

がなく人材もいない中で、いかにしてインフラ整

備を推進するかとの困難な課題に直面している。

こうした“喫緊の”人材ニーズに取り組むにあた

り、いくつか優れた工夫があるのでここで紹介し

ておく。

 

○地方自治体間の専門家の共有: フィリピン

において、Bulacan州の6つの市(Calumpit、

Hagonoy、Bustos、Marilao、Meycauayan、Sta.

Maria)の市長が専門家を共有。これは専門家の

雇用には多額のコストが要る一方、それぞれの

自治体は常に専門家を必要とする訳ではないた

め、費用分担により専門家をプールし、それぞ

れが必要なときに活用する。(UTCE and

ALMEC, 2004)

 

○ Project Management Office / Unit

(PMOs/PMUs):プロジェクトベースで外部

の専門家を雇用する委員会を作るもので、政府

の機構外に設置するため、政府の機構定員や人

件費の制約を受けず、高額の賃金を払いインセ

ンティブを与えられる。ベトナム、カンボジア

(Almec and UTCE 2004)、コロンビア。(World

Bank 1995)など様々な国で事例がある

 

 

4.アカウンタビリティーの強化 

 最後に、アカウンタビリティーの強化につい

て。前章で述べたとおり、東アジア諸国において

は、地方エリートやボスの影響力が強く、地方分

権は、単に中央政府から地方エリートやボスに権

力が委譲されるだけ、という結果を招きかねな

い。

 地方分権の合理性は、意思決定権限を住民の近

くに持っていき、住民のニーズをより汲み取りや

すくし、住民ニーズに見合った行政サービスを提

供することにあり、地方エリートやボスがインフ

ラビジネスを私物化することになっては、権限を

委譲する意味がないだろう。

 そこで、住民の意向を政策に反映させる枠組み

の構築が不可欠となるが、まず必要となるのは「選

挙」であろう。その意味では、長年首長を直接選

挙で選んできたフィリピンをはじめ、インドネシ

アでは直接選挙を導入、またタイでも市長レベル

の選挙が導入されるなど、徐々に選挙の導入が広

がってきており評価できる。

652005年7月 第25号

Page 24: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

 ただし選挙には一定の限界があることを認識す

る必要がある。有権者の投票行動は、必ずしも候

補者の政策内容ではなく、候補者のイメージに左

右されることが多い。そのため、住民の意向を政

策に反映させる補完的枠組みが必要であり、パブ

リックフォーラムや、インフラ建設の意思決定に

住民代表が参加するなど、様々な仕組みを検討す

る必要がある。

 なおアカウンタビリティーについては、制度を

つくるよりも、それを実践することの方がはるか

に困難で、東アジアでも、制度はできたが機能し

ていないという例が散見される。これは、多くの

場合、政府は情報公開に前向きではないことによ

るところが大きいと考えられ、いかにして「義務

づけるか」、そしてより理想的な方向として、いか

に「インセンティブを持たせるか」検討すること

が課題となる。

 誰にどのような形でインセンティブを与えれば

よいか? その候補として考えられるのは選挙で

選ばれる首長や地方議員であろう。アカウンタビ

リティーの向上によりもっとも恩恵をこうむるの

は住民であり、その住民(選挙民)へのアピール

にもっとも強いインセンティブを有しているのは

首長や地方議員である。透明性を高めたり、住民

参加を促すことがアピールになって、有権者の支

持率向上につながった事例があり、前向きな対応

が期待できる主体である。(WB 2004b)

 また、中央政府や中間自治体にも、基礎自治体

の良いパフォーマンスを担保するメカニズムとし

て、アカウンタビリティーの活用を提言できるか

もしれない。たとえば、ブラジルのシエラ州にお

ける市(郡)政府への保健サービスの委譲に際し、

住民のサービスへの理解向上を市(郡)政府のモ

ニタリングに活用。州政府職員は、市や郡の住民

に政府から受けられるサービス内容や質を説明

し、市(郡)政府のサービスがそうしたレベルに

達しない場合には市長への評価に跳ね返る仕組み

をつくり、同州の保健プログラムの質の改善に貢

献している。(Tendler, 1997)

 このように、アカウンタビリティー向上は、「言

うは易し行うは難し」の分野であり、これに実効

性を持たせていくために、政策担当者には様々な

工夫が求められる。

 本稿では、東アジア諸国の地方分権の状況を概

観した上で、地方分権、すなわち、中央に集中し

ていた権限や資源を地方に分散させることに伴う

インフラ整備へのインパクトやそれらの背景を検

討し、それに対処する際の検討課題や政策オプ

ションを考察してきた。

 冒頭で触れたとおり、東アジアは、国際的に見

て、地方分権への取り組みの歴史がもっとも浅い

地域であり、逆に言うと、タイミング的に見て、

まだまだ機構や制度を改善していける余地があ

る。たとえば、最も地方分権に積極的なインドネ

シアでは、2001年以降、導入、強化、安定の3時

期に分け、分権化を進めているが、まだ中間段階

の強化期にあり、改善の機会はまだまだある。フィ

リピンでは、1991年の地方分権法において5年毎

に成果をレビューするとされていたが、まだ一度

しかレビューが行われておらず、同法に基づけ

ば、見直しの機会が作られて然るべきであろう。

タイやその他の国では、まだ分権化途上にあり、

中央と地方の役割分担など、本格的な分権化のプ

ロセスは今後進展していくものと思われる*11。

 本稿では、再三にわたり、特にインドネシアと

フィリピンについて、短期間で大胆な地方分権改

革を進めてきた反動として、インフラ整備に様々

なインパクトを与えていることを指摘し、これに

対応する調整メカニズムの必要性を議論してき

た。インフラ整備の観点から言えば、本来、こう

した調整メカニズムを十分に整備した上で分権化

を進めることが望ましかったが、政治的にみれば

このような進め方は止むを得なかったであろう。

仮に分権化導入時に、時間をかけ調整メカニズム

を作っていたとしたら、政治的な機運を逃したか

もしれない。

 その意味で、重要なのはこれからであり、地方

分権の枠組みを、実務的に真に機能するものにし

ていくことが重要である。かかる取り組みにおい

*11 ただしタイでは現政権(タクシン政権)が地方分権に後ろ向きと言われ、今後の改革の見通しは不透明。

第5章 おわりに

66 開発金融研究所報

Page 25: 〈特集:東アジアのインフラ整備〉 地方分権:東アジア諸国の ... · 2016. 4. 19. · 43 *1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005

て、本稿がわずかながらでも貢献できれば幸いで

ある。

 

<本稿のベースとなったペーパー>

UTCE and ALMEC (2004), “Infrastructure De-

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Process of Decentralization”

 

<参考文献>

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