公益資本主義実践協会設立趣意書公益資本主義実践協会設立趣意書...

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公益資本主義実践協会設立趣意書 アメリカは1980 年代以降、会社は株主のものであり、株主の利益を最大化するために経営されるべきであるという 株主資本主義の思想を自国で広め、さらに世界にも広めることでグローバル化を押し進めました。この結果、短期志 向経営が助長され、時間のかかる製造業や流通業など実体経済を支える産業よりも、プライベート・エクイティなど お金を回すだけで利益の上がる投機的金融業が主役につくようになってきました。彼らが実体経済を支える産業の大 株主となると、内部収益率(IRR)を競うので、短期志向は投機的経営へとつながります。投機は必ずバブルをつくり バブルは必ず破裂します。毎年のように全米各地で起きるこのゼロサムゲームの過程で中間層は没落し、貧困層が増 える一方で、一握りの超富裕層が生まれてきました。株主資本主義の結果、今後も富裕層への富の一極集中は加速す る陰で、中間層から下に位置する人たちの収入は減り続け、格差社会を深刻化させるでしょう。民主主義が機能する ための前提である中間層が失われた結果、世界にポピュリズムがはびこり、暗雲を広げています。 同時に、実体経済を内部収益率や金融の物差しで測る手法は、企業の短期主義を助長し、長期的な研究開発投資を 忌避する傾向を強めました。80 年代には機能していたベンチャーキャピタルも無から有を生み出し中長期で事業を作 り上げることには関心を失い、できるだけリスクを避け、短期で大きなリターンを狙う傾向がシリコンバレーで顕著 となりリスク・マネーを供給する主体でなくなりました。昨今は破壊的イノベーションを起こすような新しい技術を 生み出すベンチャー企業はアメリカから出にくくなり、その代わりに既にあるものを組み合わせて、金融の仕組みを 取り込んだ事業モデルがはやるようになってきました。さらにグローバル化は人材や技術のアウトソーシングに拍車 をかけ、アメリカの産業は空洞化してきました。 一方、日本では 1990 年代後半、政官財学を挙げて、日本的経営の批判を展開し、日本型資本主義をアメリカ型の株 主資本主義へと変える構造改革に邁進しました。戦後の大企業が行ってきた日本的経営がそのまま 21 世紀でも通用す るとは全く考えていませんが、だからと言って、格差社会や短期志向経営をもたらすことが明らかになり始めている 米英の株主資本主義を日本に導入するのは誠にばかげたことであります。我々日本人がすべきことは、英米の制度を 導入するのではなく、英米の制度の欠点を見極めたうえで新しいものを生み出し、まずは日本で実践して、その成果 を見せたうえでアメリカをはじめ全世界に対して啓蒙普及していくことです。 にもかかわらず、1997 年には商法改正によりストックオプション制度が導入され、自社株買いが可能になり、米国 にならった社外取締役制度が導入された結果、アメリカで発生している株主資本主義の弊害が日本でも現実化してい ます。アメリカ風に「自己の株式の取得は、配当と同様に株主還元の一つである」という考え方も浸透しつつあり、 配当性向に替わり総還元性向(配当総額と自己の株式の取得額の合計を、当期純利益等で除して株主還元率を示す考え 方)を採用する上場会社も現れています。この結果、自社株買いの 2018 年度の実績は 6.7 兆円を記録しました。本来 ならば事業経営のイノベーションに向かうべき資金だったと考えると背筋に寒いものを感じます。また、2000 年代以 降、株主配分の伸び率が従業員給与の伸びをはるかに上回るようになっていることは、日本の活力を損なう大きな要 因の一つにもなっていると考えます。 このまま、実体経済をむしばむ株主資本主義が将来もたらす弊害を座視することはできません。そこで、2000 年頃 より「会社は社会の公器」として捉える「公益資本主義」を提唱して参りました。「公益資本主義」は、米英ではびこ る「株主資本主義」の弊害を是正した21 世紀の資本主義経営を担う哲学でありますが、2008 年のリーマンショック・ 世界金融危機が起きるまで、株主資本主義のほころびが目立たなかったので、注目されることがありませんでしたが、 最近では、21 世紀に必要不可欠な資本主義の形であると認識されるようになり、ハーバードやMIT などからも講演・ 講義を依頼されるようになり時代の変化を感じます。

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Page 1: 公益資本主義実践協会設立趣意書公益資本主義実践協会設立趣意書 アメリカは1980年代以降、会社は株主のものであり、株主の利益を最大化するために経営されるべきであるという

公益資本主義実践協会設立趣意書

アメリカは1980 年代以降、会社は株主のものであり、株主の利益を 大化するために経営されるべきであるという

株主資本主義の思想を自国で広め、さらに世界にも広めることでグローバル化を押し進めました。この結果、短期志

向経営が助長され、時間のかかる製造業や流通業など実体経済を支える産業よりも、プライベート・エクイティなど

お金を回すだけで利益の上がる投機的金融業が主役につくようになってきました。彼らが実体経済を支える産業の大

株主となると、内部収益率(IRR)を競うので、短期志向は投機的経営へとつながります。投機は必ずバブルをつくり

バブルは必ず破裂します。毎年のように全米各地で起きるこのゼロサムゲームの過程で中間層は没落し、貧困層が増

える一方で、一握りの超富裕層が生まれてきました。株主資本主義の結果、今後も富裕層への富の一極集中は加速す

る陰で、中間層から下に位置する人たちの収入は減り続け、格差社会を深刻化させるでしょう。民主主義が機能する

ための前提である中間層が失われた結果、世界にポピュリズムがはびこり、暗雲を広げています。

同時に、実体経済を内部収益率や金融の物差しで測る手法は、企業の短期主義を助長し、長期的な研究開発投資を

忌避する傾向を強めました。80 年代には機能していたベンチャーキャピタルも無から有を生み出し中長期で事業を作

り上げることには関心を失い、できるだけリスクを避け、短期で大きなリターンを狙う傾向がシリコンバレーで顕著

となりリスク・マネーを供給する主体でなくなりました。昨今は破壊的イノベーションを起こすような新しい技術を

生み出すベンチャー企業はアメリカから出にくくなり、その代わりに既にあるものを組み合わせて、金融の仕組みを

取り込んだ事業モデルがはやるようになってきました。さらにグローバル化は人材や技術のアウトソーシングに拍車

をかけ、アメリカの産業は空洞化してきました。

一方、日本では1990 年代後半、政官財学を挙げて、日本的経営の批判を展開し、日本型資本主義をアメリカ型の株

主資本主義へと変える構造改革に邁進しました。戦後の大企業が行ってきた日本的経営がそのまま21 世紀でも通用す

るとは全く考えていませんが、だからと言って、格差社会や短期志向経営をもたらすことが明らかになり始めている

米英の株主資本主義を日本に導入するのは誠にばかげたことであります。我々日本人がすべきことは、英米の制度を

導入するのではなく、英米の制度の欠点を見極めたうえで新しいものを生み出し、まずは日本で実践して、その成果

を見せたうえでアメリカをはじめ全世界に対して啓蒙普及していくことです。

にもかかわらず、1997 年には商法改正によりストックオプション制度が導入され、自社株買いが可能になり、米国

にならった社外取締役制度が導入された結果、アメリカで発生している株主資本主義の弊害が日本でも現実化してい

ます。アメリカ風に「自己の株式の取得は、配当と同様に株主還元の一つである」という考え方も浸透しつつあり、

配当性向に替わり総還元性向(配当総額と自己の株式の取得額の合計を、当期純利益等で除して株主還元率を示す考え

方)を採用する上場会社も現れています。この結果、自社株買いの 2018 年度の実績は 6.7 兆円を記録しました。本来

ならば事業経営のイノベーションに向かうべき資金だったと考えると背筋に寒いものを感じます。また、2000 年代以

降、株主配分の伸び率が従業員給与の伸びをはるかに上回るようになっていることは、日本の活力を損なう大きな要

因の一つにもなっていると考えます。

このまま、実体経済をむしばむ株主資本主義が将来もたらす弊害を座視することはできません。そこで、2000 年頃

より「会社は社会の公器」として捉える「公益資本主義」を提唱して参りました。「公益資本主義」は、米英ではびこ

る「株主資本主義」の弊害を是正した21 世紀の資本主義経営を担う哲学でありますが、2008 年のリーマンショック・

世界金融危機が起きるまで、株主資本主義のほころびが目立たなかったので、注目されることがありませんでしたが、

近では、21 世紀に必要不可欠な資本主義の形であると認識されるようになり、ハーバードやMIT などからも講演・

講義を依頼されるようになり時代の変化を感じます。

Page 2: 公益資本主義実践協会設立趣意書公益資本主義実践協会設立趣意書 アメリカは1980年代以降、会社は株主のものであり、株主の利益を最大化するために経営されるべきであるという