企業戦略としてのイノベーションの誘発 ... ·...

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59 名城論叢 2019 年 3 月 企業戦略としてのイノベーションの誘発要因に関する研究 愛知ドビー,能作の企業戦略の事例として寺 前 俊 孝 問題提起 拙稿(2019)では,企業が保有する固有の(希 少かつ)模倣困難な経営資源のなかでもとりわ け,ケイパビリティやダイナミック・ケイパビ リティに着目し,ケイパビリティの先行研究や 拙稿(2014)で論じたダイナミック・ケイパビ リティの概念をもとに,これらの経営資源がイ ノベーションの誘発要因として,どのように作 用しているのかについて検討を行った。そして, ダイナミック・ケイパビリティは,イノベー ションを誘発するための基盤としての役割を担 い,その上で必要に応じて既存の知的財産を活 用して,新しい技術開発や製品開発を目指した 研究開発といった製品イノベーションや技術イ ノベーションの実現に向けた取り組みがなされ ていることを述べた。また,こうした製品イノ ベーションや技術イノベーションの実現だけで なく,組織体制の見直し,再編成,統合といっ た組織イノベーションや,既存のサプライヤー に代わる新しいサプライヤーの獲得や新しい販 売チャネルの獲得,革新的な生産システムの確 問題提起 1.組織におけるイノベーションの位置づけ 2.企業戦略としてのイノベーション 3.事例研究 1―愛知ドビー株式会社 4.事例研究 2―能作株式会社 5.小括―事例のまとめ 6.愛知ドビーと能作における成功要因 7.愛知ドビーと能作におけるイノベーションの誘発要因 残された課題 立についても,既存のケイパビリティやダイナ ミック・ケイパビリティが大きく影響を与えて いることについて先行研究をもとに述べた。加 えて,イノベーションを誘発する上で重要なこ とは,新しいことに対して従業員が積極的に挑 戦することができる組織文化が根付いているこ とや,それを企業として支援する組織制度やし くみが確立していることが重要であることを論 じた。具体的に述べるのであれば,組織文化に ついては,たとえば新しいことに挑戦しようと する従業員の取り組みについて,トップマネジ メントが寛容であることや,関連する事業部や 部署の従業員が協力的であること,イノベー ションを実現するための新しい挑戦に積極的に 取り組むといった挑戦精神が根付いていること などが挙げられる。こうした組織文化が根付い ていなければ,たとえ大きなビジネスチャンス をもたらす可能性があるような新しい挑戦(イ ノベーション)であったとしても,そのアイデ アを思いついて従業員が最後までモチベーショ ンを持って取り組み続けることは極めて困難で あることが想定され,場合によっては,この新

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Page 1: 企業戦略としてのイノベーションの誘発 ... · いて,2つの企業の事例をもとに分析を試みる ことを目的とする。 1.組織におけるイノベーションの位置づけ

59名城論叢 2019 年 3 月

企業戦略としてのイノベーションの誘発要因に関する研究─愛知ドビー,能作の企業戦略の事例として─

寺 前 俊 孝

問題提起

 拙稿(2019)では,企業が保有する固有の(希少かつ)模倣困難な経営資源のなかでもとりわけ,ケイパビリティやダイナミック・ケイパビリティに着目し,ケイパビリティの先行研究や拙稿(2014)で論じたダイナミック・ケイパビリティの概念をもとに,これらの経営資源がイノベーションの誘発要因として,どのように作用しているのかについて検討を行った。そして,ダイナミック・ケイパビリティは,イノベーションを誘発するための基盤としての役割を担い,その上で必要に応じて既存の知的財産を活用して,新しい技術開発や製品開発を目指した研究開発といった製品イノベーションや技術イノベーションの実現に向けた取り組みがなされていることを述べた。また,こうした製品イノベーションや技術イノベーションの実現だけでなく,組織体制の見直し,再編成,統合といった組織イノベーションや,既存のサプライヤーに代わる新しいサプライヤーの獲得や新しい販売チャネルの獲得,革新的な生産システムの確

問題提起1.組織におけるイノベーションの位置づけ2.企業戦略としてのイノベーション3.事例研究 1―愛知ドビー株式会社4.事例研究 2―能作株式会社5.小括―事例のまとめ6.愛知ドビーと能作における成功要因7.愛知ドビーと能作におけるイノベーションの誘発要因残された課題

立についても,既存のケイパビリティやダイナミック・ケイパビリティが大きく影響を与えていることについて先行研究をもとに述べた。加えて,イノベーションを誘発する上で重要なことは,新しいことに対して従業員が積極的に挑戦することができる組織文化が根付いていることや,それを企業として支援する組織制度やしくみが確立していることが重要であることを論じた。具体的に述べるのであれば,組織文化については,たとえば新しいことに挑戦しようとする従業員の取り組みについて,トップマネジメントが寛容であることや,関連する事業部や部署の従業員が協力的であること,イノベーションを実現するための新しい挑戦に積極的に取り組むといった挑戦精神が根付いていることなどが挙げられる。こうした組織文化が根付いていなければ,たとえ大きなビジネスチャンスをもたらす可能性があるような新しい挑戦(イノベーション)であったとしても,そのアイデアを思いついて従業員が最後までモチベーションを持って取り組み続けることは極めて困難であることが想定され,場合によっては,この新

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しい挑戦を途中で諦めざるを得なくなることも考えられる。また,組織制度やしくみについても,知的財産を含め社内にどのような経営資源やケイパビリティがあり,社内のどこでそれを管理・運用しているのかを必要に応じて従業員が把握することが可能なしくみや組織制度が整備されていなければ,こうした経営資源やケイパビリティの存在に気づくことなく,イノベーションを実現するために取り組んでいる従業員は,実現に向けて必要以上の苦労を伴うことが想定される。つまり,従業員が持っているイノベーションのアイデアを実現するためには,全社的な支援が必要であり,そのためには社内のあらゆる経営資源やケイパビリティをフルに活用し,イノベーションの実現に向けてトップマネジメントを含めたすべての従業員が協力し合うことが重要である。そして,こうした製品イノベーションや技術イノベーションの実現だけでなく,外部環境の変化に対応するために必要不可欠な組織イノベーション(組織形態の見直し,統合,再配置)や,革新的な生産システムあるいは,それまでにはなかった新しい原材料調達先の獲得を実現するために必要に応じて,企業固有の組織文化や組織制度,あるいはしくみなどを組み換え・統合・再配置あるいは再整備を実現するための能力としてのダイナミック・ケイパビリティが重要であることを論じた。 しかし,拙稿(2019)では,あくまでの理論研究をベースに以上のことについて論じただけであり,実際の企業戦略において,企業固有の

(希少かつ)模倣困難なケイパビリティや,ダイナミック・ケイパビリティがいかに作用しているのかを論証するところまでには至っておらず,大きな課題として残されている。 そこで,本稿では企業戦略の一環として取り組まれるイノベーションの誘発要因について,企業各社が保有しているケイパビリティ,あるいはダイナミック・ケイパビリティがどのよう

に位置づけられているのか,あるいは,これらが企業戦略においてどのように機能し,企業戦略としてのイノベーション(製品イノベーション,技術イノベーション,組織イノベーション)の実現にどのように関わっているのかについて,2 つの企業の事例をもとに分析を試みることを目的とする。

1.組織におけるイノベーションの位置づけ

 企業が持続的に発展していくのは,安定した収益を常に獲得していくことが求められる。しかし,企業を取り巻く外部環境は静態的なものでなく,多くは動態的なものであり,変化する外部環境にフィットしながら安定した収益の獲得に奔走しなくてはならない。そのなかで,必要に応じて事業の多角化や,他社との業務提携あるいは,他社を買収など,それまでには持ち合わせていなかった経営資源の獲得に取り組み,持続的な発展を目指している。その過程において,企業は必要に応じて,革新的な新製品・サービスあるいは,それらを可能とする技術の実現に向けた製品・技術イノベーションや,そのために必要であれば組織の見直し・統合・再編成といった組織イノベーション,あるいは,革新的な生産システムの実現といったイノベーションや,それまでになかった競争優位の源泉となりうる新しい原材料の調達先の獲得や,それまでには存在しなかった新しい販売チャネルの獲得といったサプライチェーンの再編成といった(サプライチェーン)イノベーションの実現に向けて,こうした各種の新しい取り組みに経営資源を注いでいる。つまり,こうしたイノベーションの実現に向けた取り組みは,企業の持続的な発展において欠かすことはできず,企業戦略あるいは事業戦略において極めて重要な課題である。 しかし,企業戦略の一環として,イノベー

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ションの実現に取り組むにしても,それを支援する組織文化や組織制度やしくみがなく,全社的な合意形成がなされていなければ,たとえ革新的な取り組みでありかつ,将来的に大きなビジネスチャンスや利益をもたらすことが明らかであったとしても,成功することは極めて困難であることが想定される。これについて拙稿

(2019)では,いわゆるダイナミック・ケイパビリティがその役割を担い,その上で社内のどこに,どういった知識・ノウハウを持った人材がいるのか,あるいは,どういった知的財産や設備などの経営資源やケイパビリティが社内のどこに蓄積されているのか,を企業が把握し事業部や職能を超えて共有し相互に利用可能であること(組織制度)や,従業員の新しい挑戦に寛容である組織文化を形成することが重要であると論じている(1)。 また,多角化戦略や事業部制組織の成立過程を明らかにし,「組織は戦略に従う」という命題を残した Chandler(1962)からは,企業の持続的な発展における戦略の転換期において,

組織の再編(組織形態の見直し・統合を含む)がその企業の経営に大きく影響を与えることもうかがい知ることもできる。しかし,組織の再編を試みるにしても,方法や新しい形態を誤れば,既存の組織能力や競争優位が崩壊し,企業の存続が危ぶまれることも危惧される。このような事態に陥る理由としては,企業のトップマネージャーが自社のコア・ケイパビリティについて,それが成長するに従ってどのように変化していく,もしくは変化させていかなければならないのかを理解していないことが挙げられる。Christensen & Overdorf(2000)は,組織に備わっているコア・ケイパビリティ(競争優位の源泉となる能力)(2)が,企業の成長とともにどのように変化していくのかについて次のよう に 論 じ て い る。Christensen & Overdorf

(2000)では,自身らが実施した調査から組織にできること,できないことを規定するのは,1.経営資源,2.プロセス,3.価値基準である(3)ことを明らかにし,創業期はコアメンバーやコア技術といった経営資源が企業の成長のカ

⑴ 拙稿(2019)pp. 53―54。⑵ 本稿では,コア・ケイパビリティについて,Leonard(1995)の主張に依拠する。Leonard(1995)によれば,

コア・ケイパビリティとは「企業にとっての競争優位をつくり出す能力」と述べるとともに,コア・ケイパビリティは,「時間をかけて築き上げられたものであり,簡単に模倣することができるものではない」と論じている。また,コア・ケイパビリティは,1.従業員が持つスキルと知識,2.物理的・技術的システム(長年かけて蓄積されたデータベースやソフトウェア,情報システムなどの物理的なシステムや組織風土・文化など)であり,これらの重要な知識を蓄積することに加え,知識を方向づけ制御する,3.マネジメント・システム(スキルや知識の評価に関するしくみや,経営資源の蓄積と展開を導く組織ルーティン),4.価値(価値観と規範(どのような知識を育てるか,どのような知識構築活動を受け入れ奨励していくかは,組織の価値観や規範によって決定する))といった 2 つの相互依存的な局面をもっていると論じている。出所:Leonard(1995)pp. 4―5,pp. 19―28(邦訳,pp. 4―5,pp. 29―43)。

⑶ ここでの経営資源とは,人材,設備,技術,資金といった有形なものと,商品デザイン,情報,ブランド,サプライヤー,販売代理店,顧客との関係性といった無形なものと両方あるが,経営資源だけでは組織の能力の全容を判断することはできないと論じている。これらの価値をより高いものにするためにプロセスがあり,プロセスとは,相互作用,調整,コミュニケーション,意思決定のパターンを指すものであると論じている。これらに加えて,企業固有の「価値基準(重要なことや優先すべきことを判断するための評価基準)」があることによって,従業員たちは顧客からの注文や要望あるいは,新商品・サービスのアイデアが優れているか否かを判断することができ,トップマネジメントは新商品やサービスあるいはプロセスに投資をすべきかどうかを決定することができると論じている。出所:Christensen & Overdorf(2000)pp. 68―70(邦訳,pp. 69―74)。

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ギを握っていることが多いが,企業が成長し規模が拡大していくにつれ,それまでの成功体験に依存し,それを成し遂げてきたプロセスや判断基準が正しいものであると判断するようになることから,企業の成長に伴ってプロセスや価値基準へとシフトしていくと論じている(4)。加えて,Christensen & Overdorf(2000)は,破壊的イノベーションにしろ持続的イノベーションにしろ,イノベーションに対応するために組織が新しい能力を求め,そのためのプロセスや価値基準が必要な時は,それを開発できる組織形態を構築することが必要であると論じている(5)。また,藤本(2003)によれば組織能力とは,1.ある経済主体が持つ経営資源・知識・組織ルーチンなどの体系であり,2.その企業独特のものであり,3.他社がそう簡単に真似できない(優位性が長もちする)ものであり,4.結果としてその組織の競争力・生産能力を高めるもの(6),と定義している。加えて,企業の競争は顧客からは直接見えない「深層」レベルでの競争であり,「深層」レベルでの競争は企業同士の能力の差異によって勝敗が分かれることから,いわば能力構築に基づいた競争であるとも論じている(7)。この 2 つの先行研究に依拠するのであれば,イノベーションを誘発する組織の要素としては,企業固有の模倣困難な経営資源を基礎として,それを組み換え,統合,再構築するために必要なプロセスや価値基準であると捉えることができ,この点については拙稿(2019)と同様である。しかし,持続的イノベーションと破壊的イノベーションについて

は,それぞれ求められるプロセスや価値基準が異なってくると考えられる。持続的イノベーションとは,既存の製品に付随する機能や部品性能の向上などといったように既存製品の改善としての意味合いが強いが,破壊的イノベーションについては,持続的イノベーションに見られる既存製品の改善というよりも,既存製品が担ってきた価値を代替するだけでなく,新しい市場を創造し,既存製品の市場を駆逐するものである。つまり,持続的イノベーションと破壊的イノベーションは,まったく異なった性質を持ったイノベーションであるということは,Christensen(1997)で言及されているとおりである。すなわち,Christensen & Overdorf

(2000)に依拠するのであれば,持続的イノベーションと破壊的イノベーションは,プロセスや価値基準がまったく異なるものであると考えられる。持続的イノベーションについては,既存のプロセスや価値基準に則って研究開発がなされ実現されていくものであると考えられるが,破壊的イノベーションについては,時としてこうした既存のプロセスや価値基準さえも一度リセットし,新しいプロセスや価値基準を構築していくことが求められるのではないかと考えられる。このようなケースの場合,新製品・サービスの研究・開発だけでなく,これらを展開し製品化するために必要な新しいプロセスや価値基準の再構築自体そのものが企業戦略の一環として取り組まれていくとのではないかと考えられる。

⑷ Ibid., pp. 66―71(邦訳,pp. 67―77)。⑸ Christensen & Overdorf(2000)では,これについて 1.企業内部に新しい組織構造を構築し,そこで新しい

プロセスを開発する,2.既存の組織から分離独立した独立組織をつくり,そのなかで必要なプロセスを開発し,価値基準を生み出す,3.直面する課題にふさわしいプロセスと価値基準とを併せ持つ別の組織を買収する,といった方法を提示している Ibid., p. 73(邦訳,p. 81)。

⑹ 藤本(2003)p. 28。⑺ 同上,pp. 43―46。

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2.企業戦略としてのイノベーション

(1)戦略の二面性と破壊的イノベーション 企業戦略の一環としてイノベーションが推進される場合,Mintzberg., et al(1998)で述べられている戦略の二面性(計画的側面(計画的戦略)と創発的側面(創発的戦略))と同様に,それが計画的なものなのか,あるいは創発的なものなのかに二分化されると考えられる(8)。具体的に述べるのであれば,たとえば,製品イノベーションについていえば,Bower & Christensen

(1995)では,既存の優良企業に破壊的なダメージを与える技術や製品を生み出すのは,たいていの場合,その業界の先行企業や経営に優れている企業ではなく後発企業に多いことを述べている。その理由として,先行企業や経営に優れた企業は,新しい製品・技術あるいは,既存の製品スペックや技術をダウングレードして新製品のコア技術として応用し新しい製品として世に出していくことは,既存市場における顧客ニーズの獲得のために投資した経営資源を否定することになりかねない行為であり,まったく先行きの見通しが立たない市場や顧客に経営資源を振り向けることは懐疑的になる。こうした企業の多くは,既存の市場で競合他社よりもいかに優位な地位を獲得するのかを重視する傾向が強くなるため,こうした大胆な投資や新しい事業を設立するのであれば,まず,1.そのカテゴリーに該当する技術を見極めること,2.こうした新しい技術の開発や製品の開発について,既存の市場構造や既存の顧客ニーズに振り回されることがないように,主力事業とは切り離して完全独立した組織をつくることが求められる

と論じている(9)。このことから考えるのであれば,破壊的イノベーションのような既存の市場を駆逐する新製品・サービスあるいは,既存の技術を応用したクリエイティブな製品開発などといった新しい付加価値を生み出す行為(戦略)は,一見するとMintzberg., et al(1998)で指摘されている戦略における創発的側面(創発戦略)であると考えられる。戦略における創発的側面では,あらかじめ意図的に実践された戦略ではなく,最終的な結果として,そこに至るまでの従業員一人一人の行動や組織行動の 1 つ 1つが集積され,行動の 1 つ 1 つ発生するごとに生まれる新しい経験や学習の過程で戦略の一貫性やパターンが形成されると述べられている(10)。つまり,破壊的イノベーションのような製品・サービス開発や,クリエイティブな製品・サービス開発に関する一連の組織活動そのものは,ターゲットとする顧客層や販売価格など基本的なことについては,ある程度意図した上で進められると考えられる。しかしながら,最終的な結果をあらかじめ予測した(意図した)上で実践されるものではなく,すべてが手探り状態のなかで従業員一人一人の創意工夫や行動あるいは,組織としての意思決定に基づいた行動の 1 つ 1 つと,そこから生まれた経験や結果が知識として結集されていくなかで,顧客や市場・競合他社を驚愕させるような新しい製品やサービスが生み出されていく。そして,場合によっては,既存市場を駆逐し新しい市場を創造する,あるいは既存の市場構造を一変させるような結果を導き出すことにつながっていくと考えられる。こうした一連のプロセスを実現していくには,市場の発展に関する非連続性をいち

⑻ Mintzberg(1987)や Mintzberg., et al(1998)における戦略の二面性については,Mintzberg., et al(1998),あるいは,これについてふれている拙稿(2017)を参照されたい。

⑼ Bower & Christensen(1995)pp. 43―45(邦訳,pp. 3―6).⑽ Mintzberg., et al., op. cit., pp. 9―15(邦訳,pp. 10―17)。

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早く察知することに加え,既存市場の発展パターンを把握することが重要である。この 2 つの要因をトップマネジメントが理解できていない場合,市場の発展に関する非連続性をいち早く察知するができたとしても,その素性を理解することは困難であるだけでなく,既存市場の発展メカニズムとどのように異なっているのか,あるいはカギとなる技術は何であるのかを判断することも困難である(11)。 こうした一連の組織活動や組織行動,あるいは従業員一人一人の取り組む行動の根底にあるのは,あらかじめ組織全体として掲げられている目標(ビジョン)や組織の方針・文化,あるいは,それまでの学習による経験の蓄積などに基づいて,ある程度意図的に取り組まれていると考えられる。すなわち,企業戦略としてのイノベーションとは,計画的側面と創発的側面の両方が混ざり合うことで,実現される戦略であると推察できる。

(2)安定性の創造 企業戦略としてのイノベーションについて,McGrath(2013)の研究を踏まえながら,もう少し検討すると次のように考えられる。McGrath(2013)は,自身らが実施した調査の結果を踏まえながら,急速な環境変化とダイナミズムにさらされているなかで,例外的に大きく成長している企業は,不確実性と市場の変化に極力直面しないようにするために,1.こうした企業のリーダーたちは,並外れた野望を抱き高い目標を持っていると論じている。企業のリーダーが壮大な野望を抱くことは長期的な変革にとっても重要であり,企業が独りよがりに陥って過去の優位性の追求で満足しないためにも重要である。また不確実性と市場の変化に直

面しないために,2.共通のアイデンティティと文化,リーダーシップ開発に着目し,価値観,文化,連携に細心の注意を払い研修に投資している。なぜなら,組織文化や共有された価値観の創造が競合他社との差別化要因として機能することを McGrath は自身らが実施した調査から明らかになったためである。次に,一連の優位性から別の新しい優位性へ移行できる企業は,3.人員配置や人材開発(従業員のスキルアップ)に意識的に注力していると述べている。人員配置や人材開発に注力している企業は,競争環境が変化した時に,従業員を解雇するのではなく,変革に対処するために必要とされる部署・部門に必要な人材を配置することが可能となる。すなわち日ごろから将来の変革を見据えて人材開発に注力することで,従業員が配置転換されたとしても適応しやすいよう基礎知識が身についているため,安定的に組織変革を行うことが可能であると述べている。加えて,McGrath(2013)では,自身らが実施した調査を踏まえ,大きな市場の転換期を幾度となく向かえても,こうした企業のリーダーは,市場環境の混乱を社内に持ち込まず,少数の戦略的優先事項,企業文化の構築,有能な人材育成の重要性,いくつかの中核能力の活用の必要性を説き,これについて 4.強いリーダーシップをもって戦略的に取り組んでいると論じている。そして,McGrath(2013)によれば,こうした企業の共通点として,5.顧客やエコシステムパートナーと極めて安定的な関係を築いていることが多いことについても言及している(12)。

(3)戦略的俊敏性 さらに述べるなら,McGrath(2013)はこうした安定性を創造するだけでなく,戦略的な俊

⑾ Mintzberg, H (1987) pp. 73―75(邦訳,pp. 213―222)。⑿ McGrath (2013) pp. 32―41(邦訳,pp. 37―48)。

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敏性を持つことの重要性についても論じ,変革期において例外的に大きな成長を遂げた企業の多くは,1.日ごろから現時点での市場での立ち位置に安住することなく,日々小さな変革を重ねていることや,2.資源の抱え込みを許容しないように必要に応じて資源の配分と評価に取り組んでいる。加えて,こうした企業は 3.効率性重視の決められた価値観に則って仕事をするのではなく柔軟性を重要視しており,柔軟性を強化するための投資に力を入れていると述べられている。柔軟性を重視することで,衰退著しい事業に対して過去の栄光にとらわれることなく早期に見切りをつけて,必要とされる事業や部門・部署に経営資源を再配分することが可能となる。さらに,こうした企業の多くは,4.イノベーションを本業として捉え,部門横断的なイノベーション・パイプラインを管理する方法やプロセスを持っていると論じている。また,こうした企業の多くは,5.小さな初期投資を繰り返し行い,市場の可能性が見出せそうであれば,本格的な投資を行い,魅力的に見える市場へ競合他社よりもいち早く参入する傾向があることも指摘している。この場合,仮に初期投資を行って市場の可能性を見出すことができなかったとしても,早い段階で投資をやめれば,大きな損失を被ることもなく,反対に可能性を見出すことができれば,競合他社よりも先に大きな利益を獲得することができると述べている(13)。

(4)戦略の二面性,安定性の創造,戦略的俊敏性

 以上のことから,企業戦略としてイノベーションを実現するには,Mintzberg., et al(1998)が主張するような計画的側面と創発的側面のどちらか一方ではなく,二面性の両方を持ってい

るのではないかと推察できる。なぜなら,McGrath(2013)で述べられているように,急速な環境変化とダイナミズムにさらされているなかで,例外的に大きく成長を遂げている企業が安定的に成長できた 5 つの要因や戦略的な俊敏性を生み出すための 5 つの要因がイノベーションの推進力となっていることは上述のとおりである。では,企業戦略としてイノベーションを推進し発展していくためには,安定的な成長の源泉となる 5 つの要因(野望(ビジョン),組織文化や価値観,人材配置と人材開発,強いリーダーシップ,安定的な関係)と,戦略的な俊敏性の源泉となる 5 つの要因(日々小さな変革を重ねる,資源の抱え込みを許容しない,柔軟性(を強化する),イノベーションを本業として捉える,小さな初期投資を繰り返す)が,Mintzberg., et al(1998)で述べられている戦略の二面性とどのように関連し企業戦略としてのイノベーションに作用しているのか。これについては明白であり,McGrath(2013)で述べられている安定的な成長の源泉となる 5 つの要因は,あらかじめ意図して取り組まれた各従業員および組織としての行動 1 つ 1 つから得られた経験や学習によって創造・再編・共有されるものであることから,Mintzberg., et al(1998)が主張する計画的側面にあると考えられる。また,戦略的な俊敏性の源泉となる 5 つの要因については,ある程度あらかじめ意図して取り組むことは可能であるのかもしれないが,日々変化していく市場環境を見極めながら新しいビジネスチャンスを模索していくといった取り組みについては,具体的なところまで事前に意図して実践することは困難であり,変化の状況に合わせたフレキシブルさがとても重要となることを考慮すれば,創発的側面が強いと考えられる。

⒀ Ibid., pp. 43―49(邦訳,48―58)。

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(5)安定性の創造および,戦略的俊敏性とダイナミック・ケイパビリティ

 安定性の創造と戦略的俊敏性がイノベーションを推進するために戦略的に大きな意味を持っていることは上述したとおりである。しかも,この 2 つの要素の源泉には,ケイパビリティ,ダイナミック・ケイパビリティが大きく作用していることもすでに論じたことから明らかである。イノベーションの誘発要因とケイパビリティ,あるいはダイナミック・ケイパビリティとの関係については,拙稿(2019)で論じたとおりであるため,ここでは説明しないが,上述した安定性の創造における 5 つの源泉のうちの,「2.共通のアイデンティティと文化,リーダーシップ開発に着目し,価値観,文化,連携に細心の注意を払い研修に投資している。」や,

「3.人員配置や人材開発(従業員のスキルアップ)に意識的に注力している。」あるいは,「4.強いリーダーシップをもって戦略的に取り組んでいる。」といった要因については,その企業独自の模倣困難なケイパビリティ,あるいはダイナミック・ケイパビリティの創造,蓄積,醸成であると考えられる。 なぜなら,拙稿(2014)や拙稿(2019)でも論じたように,ケイパビリティとは,「1.経営資源の束を組織のヒエラルキーや各部門(事業部)を超えて全社横断的に有効に活用するためにつなぎ合わせる役割を担うもの,2.模倣困難な独自の知識資産,3.技術・ノウハウ,企業文化,従業員の各自のバックグランド,提携先・取引企業,地理的環境など模倣困難な有機的・無機的なコンピタンス」である。加えて,ダイナミック・ケイパビリティとは,「市場環境の変化に対応するために有機的・無機的な経営資源を統合,構築,再配置する企業の能力であり,その過程におけるプロセスや学習によっ

て新たに確立された諸プロセスの経路であり,イノベーションを促進するもの」である(14)。 すなわち,安定性の創造の源泉で挙げられている,共通のアイデンティティと文化,リーダーシップ開発に関連した研修への投資(人材育成・人材開発)や,人員配置や人材開発に意識的に注力していること,および,これらについて強いリーダーシップをもって戦略的に取り組むことは,時々刻々と変化している市場環境の変化を対応するための新しい組織能力の育成と既存の組織能力の強化および,新しい活用方法の創造を支援するための投資や企業文化の創造・醸成・共有に寄与する取り組みであり,イノベーションを誘発するために欠かすことができない組織能力の構築・強化・共有に向けたものであると考えられる。 また,戦略的俊敏性における 5 つの源泉として挙げられていた要素を見ても,「1.日々小さな変革を重ねること」や「2.資源の抱え込みを許容しないよう必要に応じて資源の配分と評価に取り組む」,「3 柔軟性を重視し,柔軟性を強化するための投資に力を入れる」,「4.イノベーションを本業として捉え,部門横断的なイノベーション・パイプラインを管理する方法やプロセスを持っている」,「5.初期投資を繰り返し行い,市場の可能性を見出せるようであれば,本格的な投資を行い,魅力的に見える市場へ競合他社よりもいち早く参入する」といったそれぞれの要素についても,ケイパビリティ,あるいはダイナミック・ケイパビリティをいか創造的に活かしていくのか,といったことを重要視していることを垣間見ることができる。それは,ケイパビリティにしろダイナミック・ケイパビリティにしろ,戦略的俊敏性には,これらの有機的・無機的な経営資源や組織能力を常に無駄にすることなく全社横断的に共有するだ

⒁ 拙稿(2014)p. 14,p. 18,拙稿(2019)p. 52。

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67企業戦略としてのイノベーションの誘発要因に関する研究(寺前)

けでなく,必要に応じて統合,構築,再配置する能力がイノベーションを誘発・促進するために必要不可欠であり,こうした一連のプロセスから得た経験知や学習行為もまた蓄積され,次のイノベーションを誘発する際の知識やノウハウといった一種のケイパビリティとして活用されることは明らかである。 以上のことを踏まえ,以下では 2 つの企業の事例を取り上げ,イノベーションの誘発要因としてケイパビリティやダイナミック・ケイパビリティがどのように作用しているのかについて検討していく。

3.事例研究 1―愛知ドビー株式会社

(1)愛知ドビーの概要と歴史 愛知ドビー株式会社(以下,愛知ドビー)は,1936 年に鋳物の工業部品を製造する土方鋳造所として創業した。第 2 次世界大戦後の 1947年に日本国内における繊維産業の成長をみて,有限会社愛知製作所を設立し,愛知式各種ドビー機を開発し「ドビー機」(15)のメーカーとなった。その後,国内の繊維産業の発展を契機に現在の社名である愛知ドビー株式会社に社名を変更した(16)。やがて,国内の繊維産業が衰退と併せて,海外製のドビー機が普及したことを受けて,愛知ドビーは,1980 年代後半にドビー機の生産から撤退し,創業当初に生業とし

ていた鋳物工業部品(船舶用油圧部品や建機部品(クレーン車の油圧部品)など)や,機械加工などの下請け業務に従事していた(17)。 その後,現在の社長である土方邦裕氏(以下,邦裕氏とする)が 2001 年に入社し,会社の業績を改善するために,次のことに着手したとされている。まず,当時の工場内では従業員が自身の担当以外の仕事を覚えていなかったことから,誰かが仕事を休むとラインが止まるという状況であったことを受けて,邦弘氏自身がすべての機械を扱えるようになることを目指し,機械の操作を覚えることから始めた。これについて,「問題のある工程を把握することができるようになるだけでなく,従業員にも指示をだすことができる」と,邦弘氏は考えていた。この経験によりその後,従業員の世代交代(長年勤めていた従業員が定年退職し,新人が入社)の時に新人に機械の使い方を邦裕氏自ら指導することができたとされている。そして,「頻繁に生産工程を見直し,現状維持は悪という意識を若手社員に植え付けたことで,後に変化を恐れず工夫を重ねる企業風土」をつくりあげることにつながったとされている(18)。加えて,愛知ドビーは鋳造と機械加工の両方を得意とし,一貫生産による高品質かつ短納期という強みを活かして新規顧客の開拓にも取り組んだことにより,2006 年には売上高を 4 億円にまで回復させることができたとされている(19)。

⒂ ドビー機とは,織機のひとつであり,無地やチェック柄,ストライプ柄,小紋柄などを折るための織機のことである。

⒃ 当時,愛知ドビーの所在地である愛知県名古屋市を含む尾張地方は,多くの繊維メーカーや繊維製品の卸売を生業とする企業が多数存在する繊維産業の一大集積地であったこともあり,繊維産業の発展を見越してドビー機の生産に参入した。そして,ピーク時には,売上高が 5 億円を超え,70 人以上の従業員を抱えるまでに成長した。出所:北方・永井(2012)p. 16,福永(2014)pp. 44―45,愛知ドビー WEB サイト(沿革),https://www.vermicular.jp/company/。

⒄ 2001 年に現在の社長である土方邦裕氏が入社した時には,売上高はおよそ 2 億 5000 万円,従業員数も 20 人まで減少するなど業績は悪化していた。出所:北方・永井(2012)p. 16,福永(2014)p. 45。

⒅ 北方・永井(2012)p. 17。⒆ 同上,p17。

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(2)バーミキュラの開発に至った背景 また,2006 年には,邦裕氏の弟であり,自動車メーカーで原価管理や会計の仕事をしていた土方智晴氏(以下,智晴氏とする)が入社し,二人で「町工場からの脱却」をめざし,そのための 1 つの目標として,自社ブランドの完成品の開発を掲げた(20)。自社ブランドの完成品の開発を掲げた理由としては,上述したように鋳造と機械加工を得意とし,高品質な製品を一貫生産が可能な高い技術を持ち合わせているにもかかわらず,下請け仕事が中心であったことから,従業員が仕事に誇りを持てず仕事に対して高いモチベーションを持つことが困難な状況にあった。そのため,メーカーとしての誇りを取り戻すことと,自社の強みを活かした「脱下請け」を目指して,最終消費者に直接販売できる消費財の開発を目指したとされている(21)。 自社ブランドの消費財を開発するのにあたり,まず愛知ドビーが持っている強みを見出すことに重点をおき,「日ごろ見逃してしまうようなものに競争力の源泉がある」と智晴氏は考え,鋳物と機械加工という愛知ドビーが持ち合わせている 2 つの強みを活かせる消費財を調べた結果,鋳物が鍋などの調理器具に向いていること,鋳物ホーロー鍋が遠赤外線効果などにより,素材にじっくり熱を伝えることができ,素材本来のうまみを引き出せることから,人気を集めていたことがわかった(22)。その後,調理

器具に絞って調査を継続していくなかで,フランス製のカラフルでおしゃれな鋳物ホーロー鍋の存在と,ステンレス製で鍋と蓋の密閉性が極めて高い無水調理ができる鍋が世界で評価されていたことを突き止めた(23)。これを踏まえ,高い鋳物の鋳造技術とドビー機を生産する時に培った高い精密加工技術を併せ持っている愛知ドビーであれば,鍋と蓋の密閉性が高い無水調理が可能な世界一の鋳物ホーロー鍋を開発する,ことが可能であると智晴氏は考え,2007年から開発に着手したとされている(24)。

(3)バーミキュラの研究開発 しかし,いざ開発に着手すると,鋳物にガラス粉末を吹き付け高温焼成でホーロー加工を施す工程でゆがみが生じ,この問題を解決するのに 1 年を費やしたとされている(25)。その後,リーマンショックの影響により既存事業の受注量が激減し,業績が一時的ではあったものの 3割落ち込み,経営環境が悪化するなかで,すでにフランスの鋳物ホーロー鍋と同水準の鍋をつくることは可能なところまで研究開発は進んでいたが,「すでにあるモノと同じ品質のモノを販売しても意味はなく,『世界一の鍋』を開発し販売してこそ,日本のモノづくりであり,職人が誇りを取り戻すことができる」と考え,さらなる品質の向上と安定した品質を維持し,かつ量産化が可能なモノの実現を目指し,さらに

⒇ 福永(2014)p. 45。21 また,産業財ではなく消費財の新製品開発を目指した理由としては,当時,取引していた企業が生産拠点を海

外に移転する動きを加速させ,それまで愛知ドビーに発注していた仕事を引き上げることが増えていたため,それまでの主要事業に危機感を持っていたとされている。出所:北方・永井(2012)p. 17,福永(2014)p. 45。

22 北方・永井(2012)pp. 17―18,福永(2014)pp. 45―46。23 北方・永井(2012)p. 18,福永(2014)p. 46。24 同上。25 ホーロー加工は,ガラスの粉末を吹き付け,800 度で焼成するが,740 度を超えると鋳物の組成が変わり,組

織内の炭素が気化し表面に気泡ができてしまいゆがみが生じたとされている。出所:北方・永井(2012)p. 18,福永(2014)p. 46。

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69企業戦略としてのイノベーションの誘発要因に関する研究(寺前)

1 年半の時間を費やし 1 万個以上の試作を重ねた(26)。これについて,邦洋氏は,「やるからには一番をめざすのです。二番ではダメです。ただし,一番とはまったく新しいものである必要はありません。「鋳物ホーロー鍋×無水調理鍋」のように,創造とは,既存要素の掛け合わせなのです」と述べている(27)。こうした苦労を重ねて研究開発に取り組んだ結果,量産体制を整えることに成功した(28)。さらに,100 分の 1 ミリ以下という精度で削り加工を施すことによって鍋とふたの隙間を極限まで埋め他の商品にはない高い密閉性を実現にも成功した。鍋の密閉性が高まったことに加え,ホーロー加工(ガラス成分の吹き付け)が施されたことにより,ホーローの元であるガラス成分の特徴である遠赤外線効果が発揮され,食材をゆっくり芯からあたためていくことが可能になり,食材の旨味成分が蒸発することを防ぎ,食材の旨味を活かした調理を実現することが可能となった(29)。 また,バーミキュラは鋳物加工で生産されているため,重量が 4.2 キロと一般家庭向けの鍋としては重たいものであったが,持ちやすさを考慮して蓋と鍋のいずれにもハンドルがついているだけでなく,ハンドルには指がしっかり入り持ちやすい設計になっていることに加え,洗いやすさから蓋の置きやすさなど細部までこだわって作りこまれている(30)。さらに,7 種類の

色のバリエーションの商品を用意するだけでなく,パール加工を施しキラキラしたデザインの鍋に仕上げられているとされている。こうしたデザインの工夫を施した上で,2010 年 2 月に世界初の無水調理対応の鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」が発売された(31)。 バーミキュラの発売後も,生産能力を超える多くの最終消費者からの注文に対応するために,金融機関から資金調達を行いホーロー加工工程の内製化する設備を整えるだけでなく,従業員からも生産工程に関するカイゼンのアイデアが次々と提案され実施していった結果,生産工程の大きな効率化を実現することが実現し,当初月産 2,000 個だった生産能力が 3,000 個へと大幅に拡大した。その結果,2011 年 11 月期の売上高は,およそ 7 億 4,000 万円にまで拡大し,そのうちのおよそ 3 億 4,000 万円がバーミキュラによってもたらされ,さらに 4 万個(金額換算でおよそ 10 億円)のバックオーダーを抱えるまでになったとされている(32)。

(4)バーミキュラの販売戦略―いかに顧客をつかんだか―

 上述したように,愛知ドビーは世界初の無水調理対応の鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」を開発することに成功した。しかし,愛知ドビーは,これまで企業向けの製品を中心に手掛けて

26 試作を繰り返していた当時,同じ条件で試作を繰り返していたにもかかわらず,不良品が繰り返しできてしまうといった安定した品質を維持した生産体制をなかなか確立できなかったため,あらゆる要因を記録し,成功時と失敗時の差を分析し続けたとしている。その結果,微妙な温度や湿度の違いが出来不出来に影響を与えていたことや,想定外の理由が次々と発覚したため,改善を繰り返しながら原因の解消に地道に取り組んでいったとされている。出所:北方・永井(2012)pp. 18―19,福永(2014)p. 46。

27 福永(2014)p. 46。28 同上,pp. 46―47。29 松浦龍夫(2018)「国産鍋「バーミキュラ」,米国進出へ 愛知ドビー,ホーロー鍋ヒットで下請けから脱却」『日経ビジネス』,https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278209/042500208/?P=1,2018 年 4 月 26 日。

30 福永(2014)pp. 46―47。31 北方・永井(2012)pp. 18―19。32 同上,p. 19。

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きた中小企業であったため,最終消費者向けの商品が完成したとはいっても,愛知ドビーに対する最終消費者の認知度は,高いものであるとはいいがたい。いうなれば,どれだけよいモノをつくることができても,それが顧客に認知されなければ販売することは難しいとされる。しかも,バーミキュラは細部にまでこだわって作り込まれた無水調理対応の鋳物ホーロー鍋であったことから販売価格も 21,000 円と安いものではなかった(33)。つまり,最終消費者の認知度を高めブランドを確立することが販売に向けての大きな課題であった。 この課題に対応するために,愛知ドビーは

「販売前から入荷待ちの状態をつくること」を目指して,販売する半年前から,料理研究家や料理ブロガーに鍋を使ってもらい,その評価をネット上で発信してもらい,口コミによって認知度を少しずつ高めていった(34)。こうした地道な広報活動を続けていく中で,やがて複数のメディアで取り上げられるまでになり,話題になったとされている。その結果,発売前の先行受注の時に 300 個の注文を受け付けることに成功し,販売開始後,発売日から数カ月待ちの受注を受けるまでに知名度が高まった(35)。また,バーミキュラの販売は当初ネット販売によって行われていたため,上述したように販売価格が21,000 円と安いものではなかったが,工場直売であったため流通コストが省かれていることが

最終消費者に知れわたったことが,人気を集めた要因のひとつにもなったとされている(36)。 バーミキュラは発売開始直後から,最終消費者に支持を得ることができたが,話題性が先行していたことから,顧客からすぐにあきられることを危惧して,「バーミキュラ オーナーズ専用デスク」というバーミキュラオーナーの電話相談窓口を開設し,注文や使い方,トラブルの対応方法についての相談窓口を設けるだけでなく,ホーロー加工が剥がれた時に,有償で再度コーティングを施すリペアサービスなどを開始や,社内にキッチンスタジオを設け,レシピの開発や調理の様子を動画配信するだけでなく,顧客が開発したレシピをバーミキュラのWEB サイト上に掲載していただくといった顧客との双方向のコミュニケーションにも取り組んでいる(37)。また,相談窓口では顧客からバーミキュラを活用したレシピの相談などにも応じ,顧客の要望にできるだけ応えるために社内のキッチンスタジオで専属のシェフと相談しながら,レシピの開発を行い,顧客に提案するといったことにも取り組んでいるとされている(38)。 愛知ドビーがこうした取り組みに力を入れた理由は,「顧客は商品を購入する存在ではなく,商品を使用する存在として位置づけ,生涯サポートをする」ことを念頭において,顧客と新たな価値を共創する基盤としてのブランド構築を重視していたためである(39)。また,こうし

33 同上,p. 19。34 福永(2014)p. 47。35 同上,p. 47。36 同上,p. 47。また,当初はネット販売による販売のみであったが,その後,さらに話題性が高まり TV などの

マスメディアなどで取り上げられることが増えていくにしたがって,大手百貨店や家電量販店などとの取引もはじまり,近年では全国の百貨店や家電量販店などでも取り扱われるようになっている。

37 北方・永井(2012)p. 19,福永(2014)p. 47,バーミキュラ WEB サイト。38 松浦龍夫(2018)「国産鍋「バーミキュラ」,米国進出へ 愛知ドビー,ホーロー鍋ヒットで下請けから脱却」『日経ビジネス』,https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278209/042500208/?P=1,2018 年 4 月 26 日。

39 北方・永井(2012)p. 19。

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た顧客からの要望に向き合い,顧客との双方向のコミュニケーションに力を入れてきたことにより,顧客から寄せられ意見を取り入れた商品開発にも取り組んだ結果,「バーミキュラで米を炊くと非常においしく炊くことができるといった」顧客の意見や,「バーミキュラで米を炊く時の火加減が難しい」といった意見が多く寄せられていたことから,IH 調理器(米を炊くための最適な温度管理ができるようプログラムしたもの)を開発し,この IH 調理器と鋳物ホーロー鍋(バーミキュラ)と組み合わせた炊飯器「バーミキュラ・ライスポット」を開発し,バーミキュラを活用して誰でも簡単かつおいしく米を炊くことができることを実現した。バーミキュラ・ライスポッドは,およそ 8 万 6,000円と炊飯器の価格としては非常に高価格での販売になったが,話題性もあり最終消費者だけでなく飲食店からも多くの注文を受け,発売から1 年で 5 万台以上を販売し,結果,販売を開始した 2017 年の売上高は 40 億円を超えるまでに

成長した。今後は海外展開を見据えて,その第一歩としてアメリカ支社を設立し,海外転換に力を入れていくとしている(40)。

4.事例研究 2―能作株式会社

(1)能作株式会社の概要と歴史 能作株式会社(以下,能作とする)は,1916年に富山県高岡市(41)で創業し,当初は仏具や茶道具,花器などの鋳物素材を提供する生地メーカーであった(42)。そのため能作の製品は,生地を問屋に販売し,それが問屋を介して,研磨メーカーや彫金メーカー,着色メーカーなどの元にわたり,加工が施され完成した製品が日本全国の届けられるという販売形態が一般的であったため,能作の存在や能作が手掛けた製品が広く認知されることはなく,能作側からも完成品がどこで,誰に販売されているのか,あるいは自社が手掛けた生地がどのような加工を施されて,どのような製品になっているのかを把

図 1 バーミキュラ オーブンポットラウンド出所:愛知ドビー WEB ページ。 図 2 バーミキュラ ライスポッド

出所:愛知ドビー WEB ページ。

40 松浦龍夫(2018)「国産鍋「バーミキュラ」,米国進出へ 愛知ドビー,ホーロー鍋ヒットで下請けから脱却」『日経ビジネス』,https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278209/042500208/?P=1,2018 年 4 月 26 日。

41 富山県高岡市は,400 年以上の歴史を持っている高岡銅器の産地であり,真鍮などの銅合金を用いた鋳物づくりを生業とする企業が現代においても数多く事業を行っている地域である。日本の銅器のおよそ 9 割が高岡市でつくられているとされている。また,高岡銅器は,伝統工芸の産地でみられるように町ぐるみの分業制で生産されている(製品の原型づくりからはじまり,鋳造,仕上げ加工,着色といった工程をそれぞれ得意とする企業同士が連携して生産している)。出所:加賀谷(2013)p. 49。

42 吉村(2014)p. 52,能作 WEB ページ。

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握することもできない状態であった(43)。

(2)生地メーカーから消費財の生産にシフトした背景

 こうした状況が長く続くなかで,現在の社長である能作克治氏(以下,能作氏とする)は1985 年に能作に入社し,鋳物の製作現場で 17年間修行をして,全工程の技術を身に着けた後,2003 年に 4 代目の社長に就任した。社長に就任するまでの 17 年間の修行のなかで,異業種から伝統工芸の世界に入り,修行を続けていくなかで鋳物の魅力にひかれ,なにより取引先に製品を納めるまでの社内での製造工程のなかで,自身が手掛けた製品ができあがっていくのを目のあたりにすることができる中小企業ならではの魅力にひかれ,鋳物の技術を従来とは異なった方向に活かしていくことを目標に,商品開発に取り組むようになったとされている(44)。やがて,能作氏が「お客様の顔を見たい,ユーザーの声を聞きたいと思うようになり,チャンスがあれば自社商品を開発したいと」考えていた時に転機が訪れた。それは,能作が手掛けた茶道具が 2001 年に高岡市内で開催された勉強会で講師として招かれたクリエイターの立川裕大氏の目に留まり,東京で能作の製品を集めた単独の展覧会「能作の鋳器『鈴・林・燐』」を開催することになった。そして,この展覧会で社長がデザインしたベルなどの製品が訪れた人々から高く評価され,社長が手掛けたベルを取り扱いという企業も現れ,最終消費者に向け

た初めての販売が実現した(45)。しかし,このベルが予想に反して売れなかったため,問題点を考えるために最終消費者と直接コミュニケーションを取りながら商品を販売している販売員の意見を聞き,販売員から寄せられた「(能作さんのベルは)格好がよく音も綺麗ですから,風鈴にしたらどうでしょうか」といった助言をもとに,ベルを風鈴(図 3)に再加工して販売した結果,多くの最終消費者から支持を集め,累計 2 万 3000 個以上を販売することができたとされている(46)。この経験を踏まえ,2003 年から本格的に自社商品の開発に着手したとされている。

(3)金属製食器の研究開発 能作の商品開発は「素材とデザイン」をコンセプトとして,「金属素材のよい部分を引き出しつつ,その時々の「時代を映すデザイン」を盛り込み,より身近な生活工芸としての金属の可能性を追求する」ことをめざして取り組まれているとされている(47)。 商品開発に本格的に取り組んでいくのにあたり,ベルをリメイクして風鈴にすることを助言した販売員の意見を踏まえ,金属製の食器を開発に取り組んだ。しかし,能作が扱いなれている銅合金は,食品衛生法による規制のため食器には向いていないと判断し,自社の職人が持つ技術で鋳造でき,かつ食器に適した素材として錫(48)

に着目した(49)。そして,能作は新商品の素材として環境や・リサイクル性を考慮して,鉛フ

43 加賀谷(2013)p. 49。44 同上,p. 50。45 同上,p. 49。46 同上,pp. 49―50。47 同上,p. 50。48 錫は,空気中や水中で腐食せず,殺菌作用があるといった特性に加え,「手に馴染む」あるいは「お酒を注ぐ

とまろやかな味になる」ともいわれていたとされている。出所:同上。49 同上。

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リーの純度 99.9%純錫を採用(50)し,他との差別化をはかることを決め,食器の開発に着手した。 そして,能作の製品づくりの特徴である製品の表面を磨かず生地の美しさを活かした純錫鋳物を活用したビアカップやシャンパングラス,タンブラー,盃などの商品に加え,ぐい呑み「山岳シリーズ」を開発し,2011 年に立山連峰のパノラマを器の外側と底に巻きつけた形状のぐい呑み「立山」(図 4)を発売した。さらに,第 2 弾として富士山をモチーフにしたぐい呑み

「富士山」(図 5)を開発するなど,商品数を順調に増やしていったとされている(51)。 しかし,純錫で原料した食器は,他の素材と比べて柔らかく曲がりやすいという特性をもっていることから,研磨や切削などの加工が難しいという問題も抱えていた。商品点数を増やしていくためには,この問題をクリアにすることが大きな課題となっていた。この問題について,2007 年に商品開発について著名なデザイナーに相談した際に,このデザイナーから曲げて使える商品を開発することを提案され,これをきっかけに能作を代表する商品のひとつである「曲がる器」のコンセプトが生まれたとされている。そして,手に馴染むように曲げたり,くぼみを増やしたりすることができる「NAJIMタンブラー」や,自由に曲げて子どもの手にフィットする形をつくることができる赤ちゃん用のスプーン「LEAF」が誕生しただけでなく,2009 年には,四角い「スクエア」,花をかたどった「ダリア」,

「ベルフラワー」など,曲げ方によって食器や小物入れ,ボトルホルダー,花かごにまで器を自由に変形させ多様な用途で使用することができる「KAGO」シリーズ(図 6)を開発・販売し,大きな注目を集めた。この「KAGO」シリーズを開発するにあたり,最も困難を極めたのが,鋳型(砂型)によるバリ(金属製品の加工時に生じる不必要な細かい突起)が製品に生じてしまうことであった。純錫は,柔らかいため他の硬い金属とは異なりバリを削ったり磨いたりして取り除くことが難しい特性を持っている。この問題を解決するために,能作では純錫の融点が低いという特性を活かして,4 年をかけてゴムや樹脂成形に用いられるシリコーン鋳型を純錫の錫鋳型に応用する技術を確立し,「KAGOシリーズ」の製品化を実現したとされている。また,シリコーン鋳型は,1 つ砂型(鋳型)で通常 1 つしか鋳造できないのに対し,寿命が長く1 つの鋳型で 500 個から1,000 個の製品を生産することが可能であるという利点もあった(52)。 このようにして生まれた「KAGO」シリーズは,2013 年の第 5 回モノづくり日本大賞において「伝統技術の応用部門」で経済産業大臣賞を受賞するだけでなく,世界各地の展覧会や見本市でも,高い評価を得た(53)。

(4)能作のものづくりと理念―地域産業との結びつき―

 能作は,多くのクリエイター(54)との意見交

50 一般的に,錫を素材として用いて加工する場合,アンチモンや銅や鉛などの合金であるピューターを用いることが多いとされている。出所:同上,p. 50。

51 同上。52 加賀谷(2013)p. 50,佐藤・久冨・森(2012)p. 31。53 加賀谷(2013),pp. 50―51,事業構想大学院大学出版部(2014)。54 本稿を執筆する上で参照した能作に関する文献や WEB サイトでは,現在の能作を代表する製品の研究開発の

際に協力や助言を行った専門家について,「クリエイター」あるいは,「デザイナー」といった表現が文献やWEB サイトごとに異なり,混在している。そのため,本稿ではこうした専門家を表現する言葉として広義の意味で用いられることが多い,「クリエイター」という言葉で統一する。ただし,「デザイナー」という表現で記載されている箇所を引用している場合は,「デザイナー」と表記する。

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換を通して,産地にはない発想を学び,伝統工芸のあり方を見直し,新しいコンセプトのモノづくりを体現してきた。 このように数々のイノベーションを生み出してきた能作ではあるが,能作氏は「イノベーション=古いものを新しくするとは限らない。むしろ伝統の継承と革新は一体である」と述べるとともに,「技術とは,伝統を守ってつないでいくものだと思われますが,なかには進化する必要のある伝統技術もある。新しい方向性を見いださないと,伝統は消えてしまう。だから伝統とは革新であり,新商品開発などを通じて新しい方向に伝統を変化させる努力を続けて百年たつと,それが新しい伝統になるのです」と述べている(55)。 能作は,日本国内での販路の開拓だけでなく海外進出にも力を入れているが,能作の海外展開は,海外への販路の開拓を目指したものであり,一般的にみられるモノづくり企業の海外展開のような生産拠点を移転させるものではない。これについて能作氏は「われわれ伝統産業は,高岡という土地柄があって初めて成り立つのであり,海外生産は絶対にできない。日本製でモノがいいのは当たり前。最近はモノに付随する伝統などの『コト』の部分に加え,日本でも中国でも『心』の部分を欲しがる人が増えていて,うちの職人がどんな気持ちでこの製品をつくったのかをききたい,というお客様もいるのです」と述べている(56)。これに加え,高岡銅器は上述したように分業制で成り立っている伝統産業であり,景気が悪くなれば町全体が打撃を受ける産業構造となっている。そこで能作が取り組んでいることは,1.問屋を通した既存の(流通)ルートを守ること,2.能作の自社

ビジネスに地元の巻き込み,外注先に積極的に仕事を委託すること,3.高岡の PR であると述べている。1.問屋を通した既存の(流通)ルートを守ることとは,県外に向けの商品はすべていちから自社で開発・生産したものであり,消費財の開発に取り組み始めるよりも前から手掛けてきた製品については,地元の問屋を通して販売し,問屋との競合をさけるように取り組んでいるということである。次に,2.能作の自社ビジネスに地元の巻き込み,外注先に積極的に仕事を委託することとは,能作が始めた純錫の鋳物を含めて,自社が確立したノウハウや道具を外注先に持ち込んで指導するだけでなく,能作社内の職人と同等の人件費で仕事を発注することなど,高岡の伝統産業に携わる企業全体の活性化に取り組んでいるということである。そして,3.高岡の PR とは,能作は県外の大都市に展開している百貨店や高級ホテルへの出店だけでなく,高級ホテル和食店の天井面に使われる真鍮版や換気フードの装飾などを高岡の職人たちと共に手がけ,こうした仕事を通して高岡の鋳物職人の技術と伝統産業の魅力を地元の職人たちと共に発信することを第一に考えながら事業の展開に取り組んでいるとされている(57)。

(5)能作の販売戦略 上記で挙げたように能作は,多くのクリエイターや販売に携わる人の意見を取り入れながら,これまでにはない発想で純錫を用いた鋳物製品を数多く製品化してきた。しかし当初,こうした製品は地元で販売するのではなく,すべて県外で販売していた。それは,上述したように産地の企業同士の結びつきが強く,自前で最終商品化して販売するという取り組みがこれま

55 加賀谷(2013)p. 51。56 同上,p. 52。57 同上,pp. 52―53。

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75企業戦略としてのイノベーションの誘発要因に関する研究(寺前)

で産地で長く続いている共存共栄のモノづくりの理念に反するものであった。加えて,産地の卸売業者を介して県外の販路に製品を供給することを当初は考えていたが,それをできる卸売業者が産地になかった。つまり,伝統産業はモノづくりに携わる企業だけでなく,それを市場に届ける流通にも問題を抱えていることが発覚したため,自ら市場と販路を開拓することを余儀なくされたが,そこには大きな可能性があると考えていたとされている(58)。そこで,下請けメーカーであり最終消費者への販路を持っていなかった能作が取り組んだことは,県外の展示会に出展し,そこで訪れた人に能作の製品をみてもらい,能作の高い技術力を知ってもらった上で,注文を受けた製品を販売するという手法をとっていた(59)。この地道な取り組みが功を奏し,やがて 2009 年に東京の大手百貨店から出店要請を受けるようになり,県外に自前の販売店舗を設けるに至ったとされている(60)。この百貨店への出店の時に能作がこだわったのは,高岡の職人技術を最終消費者にしっかりと伝えていくことであり,そのために,自社の従業員が店舗を運営する直営店を出店するということであった。また,直営店の出店や運営において,能作が重視していたのは,店舗設計や什器をすべて 1 人のデザイナーに任せて統一感を出すだけでなく,ウェブやカタログ,会社案内などの冊子も含めデザインに統一感を出すことであったとされている(61)。こうした店舗設計

と製品のコンセプトとがかみ合い,徐々に顧客から支持を得るだけでなく,製品のデザイン性や機能性が話題を集め,注目されるようになっていったと考えられる。その結果,東京だけでなく,大阪や名古屋,福岡だけでなく,能作が本社を構えている富山にまで販売店舗を出店するだけでなく,2018 年には産業観光をコンセプトにした新社屋を開設した。この施設内では自社商品を販売する店舗を設けるだけでなく,オフィスや工場,カフェを併設し,能作の製品が出来上がるまでの工程を見学することや,その場で商品を購入することができるようになっており,工場と地域の魅力を発信する観光施設となっている(62)。 上記を見ると,能作は国内での販売拡大に力を入れていることがわかるが,海外への展開についても早くから力を入れてきたとされている。能作の海外展開のはじまりは,2008 年に,上記で挙げたベルがニューヨーク近代美術館

(MOMA)の販売品として認定を受けたことにはじまった(63)。その後,2010 年にパリで開催されたヨーロッパ最大級のインテリア・デザイン見本市である「メゾン・エ・オブジェ」への出展し,以降 3 回連続で出展しただけでなく,ドイツや上海の展示会にも出店し,取引先や人脈を広げていった(64)。こうした地道な取り組みが功を奏し,当初は,日本で販売していた製品をそのまま海外に持ち込んでいたため,現地のニーズとミスマッチが生じ,売れなかっ

58 事業構想大学院大学出版部(2014)。59 能作では,現在でも一般的な営業活動による販路の開拓ではなく,国内外の展示会や企画展に出展し,そこで

訪れた企業を相手にプレゼンテーションを行って,新しい取引先を開拓していくという営業活動に注力している。出所:経済産業省(2013)。

60 加賀谷(2013)pp. 52―53,能作 WEB ページ(沿革)。61 事業構想大学院大学出版部(2014)。62 加賀谷(2013)pp. 52―53,今村(2017),能作 WEB ページ(ニュースリリース(2017 年 4 月 10 日))。63 能作 WEB ページ。64 吉村(2014)p. 53。

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た(65)。しかし,こうした見本市への出展を通して,現地のデザイナーとの人脈を築くことができた結果,2013 年には,フランスの著名なデザイナーと組んで,ホテルやレストラン向けの食器

「シルビーライン」シリーズを開発し販売すると,「フランス人がフランス人のためにデザインした」ものであったことから,現地の人々に高く評価してもらうことができた(66)。つまり,現地のデザイナーと共同したことにより,現地の人々の嗜好や

ニーズを知ることができ,それに加えて能作が持っている製品開発に関する高い技術とノウハウが合わさったことで,それまでになかった新しい価値を生み出すことにつながったと考えられる。また,こうした見本市に出展を通して築いた人脈を活用したことで,2014 年のミラノでの販売店の出店や,2015 年の香港での期間限定販売店の出店や,2017 年の台北への販売店の出店につながったとされている(67)。また,販売店の

65 こうした海外の見本市への出展には,多額の費用(「メゾン・エ・オブジェ」への出展料は 4,000 万円)がかかっていたが,JETRO から支援を受けたり,「メゾン・エ・オブジェ」への 1 回目の出展時より台湾企業から大きな受注を得ることができたりしたことにより,出展をはじめた当初から成果を上げていたといわれている。出所:同上,p. 53。

66 同上,pp. 52―53。67 ミラノの店舗については,店舗運営を海外の商社経営者に任せていたため,経営者の都合により,2016 年 9

月末に閉店したとされている。出所:吉村(2017),能作 WEB ページ。

図 4 ぐい呑み―立山出所:能作 WEB ページ。

図 5 ぐい呑み―富士山出所:能作 WEB ページ。

図 6 KAGO―ピオニー出所:能作 WEB ページ。

図 3 風鈴―スリム出所:能作 WEB ページ。

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77企業戦略としてのイノベーションの誘発要因に関する研究(寺前)

出店だけでなく,フランス,イタリア,ドイツ,アメリカ,台湾,香港,上海,タイなどで開催される展示会や企画展への出展やこれらの国でのワークショップの開催などを通して,海外での認知の向上と販路の開拓に取り組んでいるとされている(68)。

 以上で述べた,こうした能作のものづくりについての考え方や,産地の対する考え方とこれらを実践するために上述したようなことに取り組んできた結果として,現在の能作における認知度の向上やブランドとしての価値を高めることに寄与しただけでなく,高岡銅器のという高岡の伝統産業への注目が高まっているのではないかと考えられる。

5.小括―事例のまとめ

 上記で挙げた愛知ドビーと能作の 2 社は,「脱下請け」と「事業構造の転換(BtoC 市場への参入)」を目指し,既存の主力事業で培った鋳物の技術を活かし,工業製品の生産から消費財の生産へ転換を果たすことに成功し,大きく発展した。 2 社についてそれぞれ見ていくと,まず,愛知ドビーは,長年,鋳物工業部品の製造と機械加工などの下請け業務を営んできたことによって培った製品の一貫生産が可能な高い技術を持っていた。しかし,請負による仕事が中心であったため,当時の従業員のモチベーションが高いものでなかったことを危惧し,この問題をクリアにするために「脱下請け」を目指し,消費財の新製品開発として,世界初の無水調理ができる鋳物ホーロー鍋の開発に着手し,3 年の研究開発を経て「バーミキュラ」を発売するに至った。「バーミキュラ」の開発というイノベー

ションに成功した要因としては,「脱下請け」に対する高いモチベーションと,鋳物工業部品の製造や機械加工によって培った,高い技術水準による鋳物製品の生産技術と製品の加工技術といった高い組織目標と技術ケイパビリティであると考えられる。いうなれば,組織イノベーションと製品イノベーション(技術イノベーション)の両方を同時並行的に実行したと捉えることができる。また,「バーミキュラ」の販売戦略として,販売前から料理研究家や料理ブロガーによる口コミによる認知度の向上を起点に,メディアによる広報や,ネット販売による工場直売であることによる徹底した流通コストのカットからはじまった。そして,次に購入者のアフターフォローとして,購入者の電話相談窓口の開設による使い方やメンテナンス方法,トラブル対応や,レシピの相談や提案,あるいは注文,さらには顧客から寄せられた意見を商品開発に活かすなどきめ細かく対応し,顧客との双方向のコミュニケーションを重視してきた。その結果,第 2 の製品イノベーションとして IH 調理器とバーミキュラを組み合わせた炊飯器「バーミキュラ・ライスポット」を開発し,炊飯器としては高価格であったにも関わらず,最終消費者だけでなく飲食店という新しい顧客の開拓にもつながった。 一方,能作の事例は,長年,地域の伝統産業としての高岡銅器の生産の担い手として鋳物製品の素材である生地を生産・供給する事業を営んできたことによって培った高い鋳物加工の技術を持っていた。しかし,完成品の生産や販売に至るまでの一連の過程を地域のそれぞれの企業が分業して担うという商習慣があったことから,自社の製品がどこでどのように加工を施されて販売されているかが把握できないことから,自社で完成品を手掛け消費者と直接取引を

68 加賀谷(2013)p. 51,能作 WEB ページ。

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行うことへの強い思いが生まれ,やがてそれが能作氏の目標となった。そして,能作が持っている伝統工芸品の製造に関する技術やノウハウを活かして,既存のモノにとらわれない新しいかたちの製品の研究開発に取り組み,風鈴やビアカップ,ぐい呑み,NAJIM タンブラー,曲がる器「KAGO」シリーズなど,長年の事業を通して培ってきた鋳物加工の技術やノウハウを活かすだけでなく,多くのクリエイターや販売店の店員の意見を踏まえながら絶え間ない研究開発を継続していった。その結果,こうした数々の新しい製品を開発し販売していったことで,既存の製品では広く発信していくことが困難であった高岡市の伝統産業である高岡銅器の魅力をより多くの消費者に広く発信していくことにつながるだけでなく,能作が目指していた消費者との直接取引を実現することができた。加えて,能作は産地のなかで一人勝ちを目指すのではなく,従来から取引してきた産地の企業の支援や,伝統産業である高岡銅器の魅力をより多くの人に広く発信することを目指して,国内外の展示会への積極的な出展,あるいは,自社工場内の作業の様子を見学できるスペースの設置や製品の販売店を設けるなど,高岡銅器の魅力を発信する拠点として本社を位置づけて,認知度の向上に努めるなど,自社および地域産業の活性化やマーケティング活動にも積極的に取り組んでいる。いうなれば,能作は長年の事業と絶え間ない研究開発,多くのクリエイターや販売員の意見を踏まえ,完成品メーカーへのビジネスモデルの脱却を目指して,製品イノベーションの実現し消費者向けの製品の開発・販売を実現した。 本稿で取り上げた,愛知ドビーと能作に共通していることは,鋳物に関連した事業を創業当初から営んでいたこと,既存の BtoB 事業では接することが困難な「消費者の顔が見える事業」への参入を目指して,消費財の研究開発・生

産・販売に取り組んだことであると考えられる。しかしながら,両者とも自社が持つ高い鋳物技術と絶え間ない研究開発や自社を取り巻く多くの専門家(クリエイター,料理研究家,料理ブロガー,販売員,顧客(消費者))の意見に耳を傾けながら,地道に製品開発(研究開発)やマーケティング活動に取り組んだことによって,下請けビジネスからの脱却を果たし,オンリーワンの製品を多くの消費者に認知してもらい,目標としていた「消費者の顔が見える事業」への参入と,そこでの大きな利益を獲得することに加え,事業構造の転換に成功したと考えられる。

6.愛知ドビーと能作における成功要因

 愛知ドビーと能作がイノベーションを実現し,事業構造の転換をはかることができた要因としては,1.既存の事業で培った技術や経験知(ノウハウ),2.事業転換を実現するための組織文化の再構築,3.研究開発,4.自社を取り巻く専門家との協調,5.販売戦略(マーケティング戦略)を挙げることができると考えられる。それぞれについて述べると,まず,1.既存の事業で培った技術や経験知(ノウハウ)とは,いうまでもないが,愛知ドビーについては長年,鋳物工業部品や機械加工の下請け事業で培ってきた鋳物製造に関する技術や経験知(ノウハウ)と,機械加工に関する技術や経験知(ノウハウ)であり,能作については,鋳物製品の素材である生地づくりで培った素材に関する知識や加工技術あるいは加工に関する経験知(ノウハウ)がこれにあたる。すなわち,両社の事業における模倣困難なケイパビリティであると考えられる。こうした独自の模倣困難なケイパビリティを固定概念にとらわれることなく,自社が所有する独自の技術や経験知(ノウハウ)を活用して,世の中にない新しい優れたモノを

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開発すること,あるいは「脱下請け」や「消費者の顔がみえる事業への転換(BtoB から BtoCへの転換)」を掲げて,2.事業転換を実現するための組織文化の再構築や,3.研究開発,に取り組んだとされている。これは,既存の事業で培ったケイパビリティを活用し,新しい事業への参入を目指すだけでなく,既存の組織文化を打ち壊し,目指すべき新しい事業で成功を収めるための新たな組織文化の創造・構築と,既存の事業で組織内に蔓延した「下請け」を主力事業とすることに伴った従業員のモチベーションの低下に歯止めをかけ,従業員や職人に対して技術を強みとする組織としての誇りを取り戻させ,新製品の開発と新規事業への参入に対して高いモチベーションをもって取り組んでもらうことを意味している。つまり,これは,高い技術を持った従業員や職人のモチベーションの向上と,新しい組織文化の創造・構築に必要な組織内の意識改革であり,上述したダイナミック・ケイパビリティの定義に含まれている「市場環境の変化に対応するために有機的・無機的な経営資源を統合,構築,再配置する企業の能力」とも合致する。加えて,3.研究開発については,愛知ドビーの場合は,既存の所有する鋳物加工に関する技術と合わせて機械加工に関する技術によって実現していた一貫生産のノウハウに加え,当時,世の中で話題となっていた密閉性が極めて高く無水調理が可能なフランス製の鋳物ホーロー鍋に着目し,単に類似品を生産するのではなく,『世界一の鍋』の開発を目指し,妥協することなく,時間をかけて研究開発に取り組んだことが挙げられる。また,能作の場合,既存の所有する鋳物加工に関する技術をベースに消費者目線の消費財を開発するために,多くのクリエイター,あるいは最終消費者と直接コミュニケーションをとりながら商品を販売している販売員と接する機会があれば,その機会を無駄にすることなく,こうした専門家

からの助言を背極的に受け止め,新製品の研究開発に取り組んでいたことが挙げられる。こうした両社の絶え間ない研究開発に関する取り組みが実現した背景には,先に述べた「脱下請け」,あるいは「消費者の顔が見える事業」への転換を組織目標として掲げ,従業員や職人の仕事に対する誇りやモチベーションを高めたことが大きく影響していると考えられる。組織全体としての目標の共有は,モチベーションの維持・向上にもつながり,新しいことへの挑戦を後押しするだけでなく,組織の活性化にも寄与すると考えられる。これについては,2 社の企業の事例から自明であることはいうまでもない。 また,こうした研究開発や組織文化の再構築を後押した要因として,4.自社を取り巻く専門家との協調にも注目する必要があると考えられる。専門家との協調について,愛知ドビーの場合は,製品開発ではなく,販売後の無水調理鍋「バーミキュラ」の活用に方法について,顧客の要望に応えるに社内に設けたキッチンスタジオの専属シェフと相談しながら,顧客にニーズに対応したレシピの開発・提案による「バーミキュラ」の多様な活用術を顧客に提案できたことが,「バーミキュラ」の人気の向上や,既存の顧客による口コミ効果によって新規顧客の開拓にもつながったと考えられる。すなわち,愛知ドビーの場合は,自社を取り巻く専門家との協調によりマーケティング効果を生み出すことができた点が「バーミキュラ」が多くの最終消費者から支持された要因の 1 つであると考えられる。また,これに対して能作は,多くのクリエイターと交流できる機会を模索し,積極的に国内外の展覧会や見本市に出展し,国内外の多くのクリエイターとの交流をはかった。多くのクリエイターとの交流を通して,能作のものづくりについて積極的に助言を求めるだけでなく,実際の直接最終消費者とコミュニケーションをはかりながらモノを販売している販売員か

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らの助言を仰ぐだけではなく,能作が所有している長年の事業を通して培ってきた鋳物の加工技術やノウハウを組み合わせて,試行錯誤を繰り返しながら,風鈴や「NAJIM タンブラー」,

「LEAF」,さらには「KAGO」シリーズなどの開発に成功し,国内外の展覧会や見本市で高く評価されるまでになった。こうした組織の外部の有識者と連携をはかることで,能作の社内に新しい知識や経験(ケイパビリティ)が蓄積されるだけでなく,従業員や職人の高いモチベーションの維持・向上にも寄与し,数多くのヒット商品を生み出す原動力にもなったと考えられる。 5.販売戦略(マーケティング戦略)について,愛知ドビーは,販売前から料理研究家や料理ブロガーを巻き込んでネットを活用した口コミによるマーケティングと,メディアを活用した広報活動が功を奏し,「販売前から入荷待ち状態」をつくりあげるだけでなく,販売開始後も購入者の相談窓口を設け,購入した商品のメンテナンス方法や修理などのトラブルについての対応方法だけでなく,社内にキッチンスタジオを設け,レシピ開発や調理の様子を動画配信するだけでなく,顧客が開発したレシピを WEB サイト上に掲載するなど顧客との双方向のコミュニケーションに関する取り組みも支持された。そして,こうした地道な取り組みによって,顧客から出てきた要望を商品開発に取り入れたことによって,「バーミキュラ ライスポッド」といった次のヒット商品を生み出すことにもつながった。これに対して能作も愛知ドビーと同様に自前の販路を持っていなかったが,当初から県外の展示会に出展し,そこで注文を受けた製品を販売するという地道な方法で少しずつ認知度を高め,顧客を増やすことに成功するだけでなく,大手百貨店からの出店要請を受け,県外に自前の販売店舗を設け,こだわりをもって生産した自社製品を自社の従業員の手で販売する

ことができるまでに発展した。加えて,能作に関しては近年,海外への見本市への出展に積極的に取り組むだけでなく,地元の高岡市に産業観光をコンセプトとしたオフィス,工場,カフェを併設した新社屋を構え,能作の多種多様な製品が出来上がるまでの工程を見学してもらい,その場で商品を販売するといったように能作のモノづくりのバックグランドにあるストーリーを顧客に伝え,商品へのこだわりを PR するといった自社商品のマーケティング活動と地域産業に関するマーケティング活動を兼ねた取り組みにも力を入れている。

7.愛知ドビーと能作におけるイノベーションの誘発要因

 以上のことを踏まえ,本稿の目的である企業戦略の一環として取り組まれているイノベーションの誘発要因について,企業が保有しているケイパビリティやダイナミック・ケイパビリティがどのように位置づけられ,機能しているのかについて,2 社の事例を通して次のことが明らかとなった。 まず,上述した戦略的俊敏性における 5 つの源泉のうちの「4.イノベーションを本業として捉え,部門横断的なイノベーション・パイプラインを管理する方法やプロセスを持っている」については,企業規模の問題もあり,すべてが合致するわけではないが,少なくとも「イノベーションを本業として捉え」取り組んできたことは明らかである。なぜなら,2 社は「脱下請け」と「最終消費者の顔が見える仕事をする」ことを単に目指すだけでなく,新しい事業を始めるのであれば,まだ世の中になく,世界一の品質のモノづくりに取り組むことを念頭に置いて出発している。このことは,まさにSchumpeter. J. A(1926)が定義したイノベーションとも合致する。加えて「1.日ごろから

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現時点での市場での立ち位置に安住することなく,日々小さな変革を重ねていること」についても,愛知ドビーは「「頻繁に生産工程を見直し,現状維持は悪という意識を若手社員に植え付けたことで,後に変化を恐れず工夫を重ねる企業風土」をつくりあげた」と邦裕氏が述べていたように,常にカイゼンに対する意識をもって変化を恐れることなく取り組める企業風土を構築した点を踏まえて考えれば,合致すると考えられる。 また,愛知ドビーの事例についていえば,こうした取り組みが安定性の創造における 5 つの源泉として掲げられている「2.共通のアイデンティティと文化,リーダーシップ開発に着目し,価値観,文化,連携に細心の注意を払い研修に投資している。」に合致し,若手社員に対して,新しい共通のアイデンティティや文化,価値観を根付かせることに寄与していることも明らかである。一方,能作は「技術とは,伝統を守ってつないでいくものだと思われますが,なかには進化する必要のある伝統技術もある。新しい方向性を見いださないと,伝統は消えてしまう。だから伝統とは革新であり,新商品開発などを通じて新しい方向に伝統を変化させる努力を続けて百年たつと,それが新しい伝統になるのです」と能作氏が述べていることを踏まえて考えれば,日々小さな変化を恐れることなく,時代の流れや嗜好の変化に合わせて変化を恐れることなくモノづくりに取り組んでいると考えられる。実際,こうした能作氏の技術や伝統についての考え方が,能作のモノづくりには色濃く反映され,数々のデザイン性や機能性に富んだ製品を生み出すことに寄与していると考えられる。また,安定性の創造における 5 つの源泉から 2 社の事例を考えるのであれば,両社ともに,新しい事業とビジョンの実現に向けて

「1.企業のリーダーが並外れた野望を抱き高い目標を持っている」「4.強いリーダーシップをもって戦略的に取り組んでいる。」ことも 2 社の事例から明らかとなったことはいうまでもない。 次に,本稿で取り上げた 2 社の事例は,Christensen(1997)が主張するような既存の技術や市場を駆逐するようなものではないが,自社が所有している既存の技術をそれまでには考えもしなかった新しい視点から捉え,(能作の場合は多くのクリエイターや販売員の助言を踏まえながら,)研究開発に取り組み既存の技術を応用して,それまで世の中には存在しなかった新しい製品を生み出すことを実現した。こうしたことから,この 2 社が,長年の事業で培ってきた鋳物加工に関する高い技術や知識・経験・ノウハウ(愛知ドビーの場合は,これに加え機械加工に関する高い技術や知識・経験・ノウハウも含む)といった経営資源を目指すべき製品の開発を実現できるかたちに統合・構築・再配置するといったことに取り組み,その過程で新たに学習した経験知が,既存の技術・知識・経験・ノウハウと合わさったことに加え,「脱下請け」,「最終消費者の顔が見える仕事をする」といったビジョンの実現に向けた組織文化や組織風土の再構築と相まって実現された戦略であり成果物であると考えられる。すなわち,これらの能力そのものが愛知ドビーと能作におけるダイナミック・ケイパビリティであると考えられる。 また,上述した 2 社の成功要因における共通点で挙げていた「3.研究開発」については,Rogers(1995)が主張しているイノベーションの誘発要因でもあり,こうした研究開発に加え,市場を先導するリードユーザーの存在が商業化には必要不可欠である(69)。このリードユー

69 Rogers(1995)pp. 152―153,pp. 166―167(邦訳,p. 70,pp. 80―81)。

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ザーの存在について,愛知ドビーのケースでは,販売前から取り組んだ料理研究家や料理ブロガーといった有識者を巻き込んだネットでの口コミによるマーケティングに触発され,販売前から予約購入の注文を行った顧客そのものであると考えられる,一方,能作のケースにおけるリードユーザーについては,出展した国内外の見本市や展示会で,能作の製品に興味を示した国内外の多くのクリエイター,あるいは助言をしてくれた販売員が該当するのではないかと考えられるが,この点については,さらに調査研究を継続し検討していくことが必要であると考えられる。 次に,上述した 2 社の成功要因における共通点で挙げていた「4.自社を取り巻く専門家との協調」については,すでに論じたとおりであり,こうした専門家と連携して製品開発のアイデアやコンセプトを模索するだけでなく,アフターフォローやマーケティング活動に活かすことができた点を考慮すれば,連携できた専門家の存在(専門家との関係性)そのものが 2 社のケイパビリティであると捉えることができる。加えて,愛知ドビーにおいては,料理研究家や料理ブロガーといった料理の専門家の協力を得て,ネットを介して口コミで地道に認知度を向上させたことやメディアを介した広報活動による販売前から話題づくりに徹した。販売後も,

「バーミキュラ オーナーズ専用デスク」を設置し,アフターフォローやバーミキュラの活用術の紹介など双方向のコミュニケーションに徹したことにより,次の製品開発につながり結果として「バーミキュラ ライスポッド」を販売し,次の成功を生み出すきっかけとなった。一方,能作においても,国内外の見本市や展覧会に積極的に出展したことで,国内外の多くのクエリエイターや販売員との関係を構築することができただけでなく,こうした専門家らの助言をもとに,鋳物加工の新しい可能性を突き詰め

た新製品を次々と開発し販売するに至った。そして,能作の場合は,自社の新社屋に自社製品の販売店舗や工場,カフェを併設し,自社製品が出来上がるまでの過程を訪れた人々が見学できるようにしたことで,自社製品に込められた思いやストーリーを発信するだけでなく,地場産業でもあった鋳物製品の魅力を発信することにも寄与し,自社の販売戦略そのものが地域の鋳物産業における認知度の向上にもつながったと考えられる。つまり,こうした顧客に寄り添ったマーケティング戦略や,外部の専門家を巻き込んだ製品開発戦略あるいは販売戦略そのものについては,2 社の販売戦略あるいは,マーケティング戦略に関する取り組みからもわかるように,次のイノベーションを誘発するための源泉となりうるものであることは明らかである。しかしながら,こうした取り組みが作用し成功を収めることができた背景については,愛知ドビーにしても能作にしても,まだ世の中にない新しいモノづくりに対して妥協することなく取り組むといった組織文化や組織風土が社内に形成され,全社的に共有されていることが必要であると考えられる。加えて,2 社が掲げていた

「脱下請け」や「消費者の顔が見える仕事をしたい」といった新しい挑戦に向けたビジョンを明確に持ち,組織のトップが強いリーダーシップをもって,ビジョンを実現するために全社的にその思いを共有し,本稿で述べた取り組みに取り組んでいったことで,特に能作のケースでは多くのクリエイターや販売員と接する機会にも恵まれ,こうした専門家の意見に真摯に耳を傾けて取り組んだことで実現されたものであると考えられる。すなわち,こうした戦略そのものは,Mintzberg., et al(1998)で論じられている計画的側面(計画的戦略)と創発的側面(創発戦略)の 2 つの要素が混在したものであると考えられる。つまり,イノベーションの誘発要因として最も重要な要素は,こうした組織の

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83企業戦略としてのイノベーションの誘発要因に関する研究(寺前)

リーダーによる強いリーダーシップや,それを実現するために必要な組織文化あるいは組織行動を恐れることなく従業員が取り組むことができる組織風土を形成することが重要であり,こうした要素はまさに,その企業におけるダイナミック・ケイパビリティであると考えられる。

残された課題

 本稿では,企業戦略の一環として取り組まれるイノベーションの誘発要因について,企業各社が保有しているケイパビリティ,あるいはダイナミック・ケイパビリティがどのように位置づけられているのか,あるいは,これらが企業戦略においてどのように機能し,企業戦略としてのイノベーション(製品イノベーション,技術イノベーション,組織イノベーション)の実現にどのように関わっているのかについて,2つの企業の事例をもとに分析を試みることを目的として,企業戦略論の視点からイノベーションの誘発要因について論じた。本稿を通して明らかになったことは次のとおりである。まず,本稿で取り上げた 2 社において,イノベーションを実現できた要因としては,上述したように1.既存の事業で培った技術や経験知(ノウハウ),2.事業転換を実現するための組織文化の再構築,3.研究開発,4.自社を取り巻く専門家との協調,5.販売戦略(マーケティング戦略)にあると考えられる。また,こうした要因を実現するに至った 2 社におけるイノベーションの誘発要因については,「イノベーションを本業として捉えている」,「日々小さな変革を重ねている」,「共通のアイデンティティと文化,リーダーシップ開発に着目し,価値観,文化,連携に細心の注意を払いながら取り組んでいる」,

「組織のリーダーが並外れた野望(ビジョン)を抱き,強いリーダーシップをもって戦略的に野望(ビジョン)の実現に向けて取り組む,あ

るいは,組織のリーダーが高い目標をもっている」といったことを挙げることができ,これらの要因は,組織独自の模倣困難なケイパビリティやダイナミック・ケイパビリティであると考えられる。 ただし,本稿には次のような課題があることも事実である。それは,本稿では,イノベーションの誘発要因として,それを実現するために組織全体として失敗や変化を恐れることなく,積極的に新しい試みに挑戦していくことを後押しする組織文化や組織風土を形成していくことが重要であると述べた。しかし,こうした組織文化や組織風土の形成がいかにしてなされるのか,あるいは,イノベーションを誘発するために必要不可欠な様々な組織行動を生み出す源泉には組織のトップによる強力なリーダーシップ以外に,どのようなものがあるのか。さらには,本稿では,製品イノベーションや組織イノベーション,新しい販売網の開拓についての議論に偏りすぎているが,Schumpeter(1926)における「新結合」(イノベーション)の定義では,新しい生産方式の導入や,まったく新しい市場の開拓などについては取り上げていない。また,企業の事例分析についても,本稿では 2 社を取り上げて論じているが,これだけでは不十分であり,さらなる事例の分析も必要であると考えられる。 しかしながら,企業戦略としてのイノベーションの誘発要因として,組織文化や組織風土といったダイナミック・ケイパビリティを基盤として,その上にモノづくりに関する技術やそれまでの事業活動を通して学習・蓄積されたノウハウ・知識・経験を持った人材の存在や,組織のトップによる強いリーダーシップといったケイパビリティが存在し機能することによって,新しいモノづくりやイノベーションの誘発要因となることを明らかにしたことは,本稿における意義であると考えている。

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謝 辞 本研究は,平成 29 年度名城大学経済経営学会研究助成を受けて実施した調査研究の成果である。研究助成を受けたことについて,ここに記して謝意を表する。なお,本稿に関する誤謬に関しては,すべて筆者に帰するものである。

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