米沢富美子先生を偲んで396 日本物理学会誌 vol. 74, no. 6, 2019 ©2019...

1
396 日本物理学会誌 Vol. 74, No. 6, 2019 ©2019 日本物理学会 米沢富美子先生を偲んで 辻 和彦 * ktsujitmtv.ne.jp2019 1 17 日,米沢富美子先生が 逝去された.80 歳だった.米沢さん は日本物理学会正会員の選挙によって, 女性初の会長に選ばれ, 1996 年に副会 長,1997 年に第 52 期会長として,年 会・分科会の諸問題の検討を進めるな ど重責を果たされた. 米沢さんは京都大学大学院理学研究 科物理学専攻の松原武生先生の研究室 で学ばれ,1966 年に博士課程を修了, 同年,湯川秀樹先生のおられた京都大 学基礎物理学研究所助手に採用された. 1970 年に東京工業大学理学部の助手, 1976 年に京都大学基礎物理学研究所 助教授, 1981 年には慶應義塾大学理工 学部に物理学科が新設されたときに招 聘され,助教授,教授として活躍され, アモルファス半導体や液体金属などの 研究を進められた.2004 年には慶應 義塾大学を定年退職され,同大学の名 誉教授の称号を授与されている. 米沢さんは不規則系の理論的研究に おいて多くの業績をあげている.物性 物理学では,原子が周期的に並んだ結 晶については研究が進んでいたが,液 体やアモルファスなどのように原子の 配置に長周期性がない不規則系におい ては,新しい研究手法が必要であった. 不規則系の電子状態を調べるための新 しい手法であるコヒーレント・ポテン シャル近似法はほぼ同時期に世界の 4 人の若者によって独立に発表された. 米沢さんはそのうちの一人であり,そ の方法は数学的に最も優れたもので あって,この業績により世界的に著名 である.また,コンピュータを用いて 原子の運動をミクロに調べることが不 規則系の物性研究に有用であることに 初期の頃から着目していた.荻田直史 先生,上田顕先生,松原武生先生,松 田博嗣先生と米沢さんの計算機実験グ ループがイジング系の秩序無秩序現象 の計算機実験を行い,時間変化パター ンの映画化に世界で最初に成功してい る.その後も,計算機実験により,不 規則系物質の物性や動的構造,相転移 などの研究を行い,計算物理の分野を 拓いた.1991 年から始まった,高山一 先生を代表者とする科研費重点領域研 究計算物理学物性研究における新展 では,米沢さんは主要メンバーと して分子動力学シミュレーションによ るアモルファスの研究などを行ってい る. 私と米沢さんとの関わりは,私が京 都大学理学部物理学科で液体金属やア モルファス半導体などの不規則系の実 験を行っていた遠藤裕久先生の研究室 に所属していたとき,研究室のゼミに 米沢さんが参加してこられたときに始 まる.米沢さんのコヒーレント・ポテ ンシャル近似の理論はより高次の近似 まできれいに計算できるものだったの で,外国でその結果を得意になって発 表したところ,「ところでその理論は どんな現象の理解に役立つのか」と聞 かれて,答えに詰まり,実験結果がわ かる理論家になる必要があると考えた からだと聞かされた.この後も,サン シャイン計画のアモルファス太陽電池 の研究開発に,当時としては異例の, 理論家として参加したり,理論実験を 通した科研費重点領域研究の複雑液体 の協力現象を代表者として推進された りしている.私が 1985 年に米沢さん がおられた慶應義塾大学に移った後は, 京都大学の遠藤研時代と同様に,理論 の米沢研と実験の辻研の合同セミナー を毎週続け,流体セレンの非金属金属 転移の問題などを一緒に考えたりした. 米沢さんたちはその起源を理論的に調 べて,新しいタイプの金属非金属転移 を提唱された.このほか私は米沢さん と,2001 年の第 11 回液体及びアモル ファス金属国際会議の開催や,猿橋賞 を授賞している「女性科学者に明るい 未来をの会」の法人化,『人物でよむ 物理法則の事典』の編集などで共同作 業を行った. 米沢さんは女性研究者の先駆者と して評価され,女性科学者の目標とな り励みを与えている.1984 年猿橋賞, 1996 年エイボン女性大賞, 2005 年ロレ アル ユネスコ女性科学賞など,女性 科学者に与えられる賞を多く受賞した ほか,2002 年には福沢賞を受賞して いる. 米沢さんは,1961 年に結婚.3 人の 娘を出産し,研究者,妻,母の一人三 役で奮闘した様子を『二人で紡いだ物 語』として出版した.また,大阪に住 む要介護 5 90 歳代の母親を,東京 に住む 70 歳代の米沢さんが新幹線で 行ったり来たりしながら介護する様子 を『朗朗介護』として出版した.同時 期に自らの研究を専門書の教科書とし て残そうとして『金属 非金属転移の 物理』と『不規則系の物理 コヒーレ ント・ポテンシャル近似とその周辺』 を執筆し出版した.前者は英文でも出 版されたが,後者の英文版の執筆中の 2018 4 月に大阪で脳梗塞のため倒れ, その後驚異的に回復されたが,年の暮 れから体調を崩され,東京の自宅で力 尽きられた.残念です. 心からご冥福をお祈りします. 2019 2 26 日原稿受付) 米沢富美子先生(1938/10/192019/1/17 * 慶應義塾大学名誉教授

Upload: others

Post on 14-Oct-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 米沢富美子先生を偲んで396 日本物理学会誌 Vol. 74, No. 6, 2019 ©2019 日本物理学会 米沢富美子先生を偲んで 辻 和彦 * 〈ktsuji@tmtv.ne.jp〉 2019年1月17日,米沢富美子先生が

396 日本物理学会誌 Vol. 74, No. 6, 2019

©2019 日本物理学会

米沢富美子先生を偲んで辻   和 彦 * 〈ktsuji@

tmtv.ne.jp〉

2019年 1月 17日,米沢富美子先生が逝去された.80歳だった.米沢さんは日本物理学会正会員の選挙によって,女性初の会長に選ばれ,1996年に副会長,1997年に第 52期会長として,年会・分科会の諸問題の検討を進めるなど重責を果たされた.米沢さんは京都大学大学院理学研究科物理学専攻の松原武生先生の研究室で学ばれ,1966年に博士課程を修了,同年,湯川秀樹先生のおられた京都大学基礎物理学研究所助手に採用された.1970年に東京工業大学理学部の助手,1976年に京都大学基礎物理学研究所助教授,1981年には慶應義塾大学理工学部に物理学科が新設されたときに招聘され,助教授,教授として活躍され,アモルファス半導体や液体金属などの研究を進められた.2004年には慶應義塾大学を定年退職され,同大学の名誉教授の称号を授与されている.米沢さんは不規則系の理論的研究において多くの業績をあげている.物性物理学では,原子が周期的に並んだ結晶については研究が進んでいたが,液体やアモルファスなどのように原子の配置に長周期性がない不規則系においては,新しい研究手法が必要であった.不規則系の電子状態を調べるための新しい手法であるコヒーレント・ポテンシャル近似法はほぼ同時期に世界の4人の若者によって独立に発表された.米沢さんはそのうちの一人であり,その方法は数学的に最も優れたものであって,この業績により世界的に著名である.また,コンピュータを用いて原子の運動をミクロに調べることが不規則系の物性研究に有用であることに初期の頃から着目していた.荻田直史先生,上田顕先生,松原武生先生,松田博嗣先生と米沢さんの計算機実験グ

ループがイジング系の秩序無秩序現象の計算機実験を行い,時間変化パターンの映画化に世界で最初に成功している.その後も,計算機実験により,不規則系物質の物性や動的構造,相転移などの研究を行い,計算物理の分野を拓いた.1991年から始まった,高山一先生を代表者とする科研費重点領域研究計算物理学―物性研究における新展開―では,米沢さんは主要メンバーとして分子動力学シミュレーションによるアモルファスの研究などを行っている.私と米沢さんとの関わりは,私が京都大学理学部物理学科で液体金属やアモルファス半導体などの不規則系の実験を行っていた遠藤裕久先生の研究室に所属していたとき,研究室のゼミに米沢さんが参加してこられたときに始まる.米沢さんのコヒーレント・ポテンシャル近似の理論はより高次の近似まできれいに計算できるものだったので,外国でその結果を得意になって発表したところ,「ところでその理論はどんな現象の理解に役立つのか」と聞かれて,答えに詰まり,実験結果がわかる理論家になる必要があると考えたからだと聞かされた.この後も,サンシャイン計画のアモルファス太陽電池の研究開発に,当時としては異例の,理論家として参加したり,理論実験を通した科研費重点領域研究の複雑液体の協力現象を代表者として推進されたりしている.私が 1985年に米沢さんがおられた慶應義塾大学に移った後は,京都大学の遠藤研時代と同様に,理論の米沢研と実験の辻研の合同セミナーを毎週続け,流体セレンの非金属金属転移の問題などを一緒に考えたりした.米沢さんたちはその起源を理論的に調べて,新しいタイプの金属非金属転移を提唱された.このほか私は米沢さんと,2001年の第 11回液体及びアモル

ファス金属国際会議の開催や,猿橋賞を授賞している「女性科学者に明るい未来をの会」の法人化,『人物でよむ物理法則の事典』の編集などで共同作業を行った.米沢さんは女性研究者の先駆者として評価され,女性科学者の目標となり励みを与えている.1984年猿橋賞,1996年エイボン女性大賞,2005年ロレアル‒ユネスコ女性科学賞など,女性科学者に与えられる賞を多く受賞したほか,2002年には福沢賞を受賞している.米沢さんは,1961年に結婚.3人の娘を出産し,研究者,妻,母の一人三役で奮闘した様子を『二人で紡いだ物語』として出版した.また,大阪に住む要介護 5の 90歳代の母親を,東京に住む 70歳代の米沢さんが新幹線で行ったり来たりしながら介護する様子を『朗朗介護』として出版した.同時期に自らの研究を専門書の教科書として残そうとして『金属‒非金属転移の物理』と『不規則系の物理 コヒーレント・ポテンシャル近似とその周辺』を執筆し出版した.前者は英文でも出版されたが,後者の英文版の執筆中の2018年 4月に大阪で脳梗塞のため倒れ,その後驚異的に回復されたが,年の暮れから体調を崩され,東京の自宅で力尽きられた.残念です.心からご冥福をお祈りします.

(2019年 2月 26日原稿受付)

米沢富美子先生(1938/10/19‒2019/1/17)

�* 慶應義塾大学名誉教授