眼球運動計測によるrapid automatized naming (ran)課題...

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香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),29:121-128,2014 眼球運動計測によるRapid Automatized Naming (RAN)課題と音読の流暢性との関連に関する検討 ―予備的研究― 和氣 翔子 ・ 惠羅 修吉 ・ 田中 栄美子 ・ 西田 智子 大学院教育学研究科(特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育) 760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科 760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部      Rapid Automatized Naming Task and Oral Reading Fluency: Preliminary Study with Use of Eye-tracking System. Shoko Wake, Shukichi Era , EmikoTanaka and Tomoko Nishida Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522 Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522 要 旨 成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に 及ぼす影響について検討した。その結果,線画条件は数字条件や仮名条件と比べ,音読時間 の延長,停留回数の増加,復帰回数の増加が顕著であった。また,音読時間が長いほど眼球 停留回数が多いことが明らかとなった。成人のなかでも読みスキルの熟達した者では,傍中 心視を活用することにより効率的な文字認識を行っている可能性を示唆した。 キーワード RAN課題 読み 眼球運動 眼球停留 サッカード 1.はじめに Rapid Automatized Naming( 以 下,RAN) 課題は,紙面あるいはPC画面上に規則的に 配列された文字,絵,色などの刺激を連続的 にできるだけ速く呼称することを求める検査 である。提示された視覚刺激から音韻情報を 取り出す効率(処理速度)を評価し,読みの 流暢性や文章読解の発達およびその困難を予 測する指標として広く知られている課題であ る(e.g., Denckla & Cutting, 1999; Norton & Wolf,2012;Wolf & Bowers, 1999)。アルファ ベット圏の諸言語においては,発達性読字障 害(developmental dyslexia) を 予 測 す る 指 標の一つとして,その価値が認められている (Landerl, Ramus, Moll et al., 2013)。これまで の研究において,RAN課題で使用する材料(刺 激属性)や施行法を操作することで,評価指標 としての感度が検討されてきた。小林・稲垣・ 軍司・矢田部・北・加我・後藤・小池(2011)は, 「同一課題」として刺激項目が数字のみあるい は線画のみで構成された条件と「交互(rapid alternative stimulus ; RAS)課題」として数字 と線画が交互に配列された条件を設定し,通常 -121-

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香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),29:121-128,2014

眼球運動計測によるRapid Automatized Naming(RAN)課題と音読の流暢性との関連に関する検討

―予備的研究―

和氣 翔子 ・ 惠羅 修吉* ・ 田中 栄美子* ・ 西田 智子*

(大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育)

760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科*760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部      

Rapid Automatized Naming Task and Oral Reading Fluency: Preliminary Study with Use of Eye-tracking System.

Shoko Wake, Shukichi Era*, EmikoTanaka* and Tomoko Nishida*

Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522*Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522

要 旨 成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に及ぼす影響について検討した。その結果,線画条件は数字条件や仮名条件と比べ,音読時間の延長,停留回数の増加,復帰回数の増加が顕著であった。また,音読時間が長いほど眼球停留回数が多いことが明らかとなった。成人のなかでも読みスキルの熟達した者では,傍中心視を活用することにより効率的な文字認識を行っている可能性を示唆した。

キーワード RAN課題 読み 眼球運動 眼球停留 サッカード

1.はじめに

 Rapid Automatized Naming(以下,RAN)課題は,紙面あるいはPC画面上に規則的に配列された文字,絵,色などの刺激を連続的にできるだけ速く呼称することを求める検査である。提示された視覚刺激から音韻情報を取り出す効率(処理速度)を評価し,読みの流暢性や文章読解の発達およびその困難を予測する指標として広く知られている課題である(e.g., Denckla & Cutting, 1999; Norton & Wolf,2012;Wolf & Bowers, 1999)。アルファ

ベット圏の諸言語においては,発達性読字障害(developmental dyslexia)を予測する指標の一つとして,その価値が認められている(Landerl, Ramus, Moll et al., 2013)。これまでの研究において,RAN課題で使用する材料(刺激属性)や施行法を操作することで,評価指標としての感度が検討されてきた。小林・稲垣・軍司・矢田部・北・加我・後藤・小池(2011)は,「同一課題」として刺激項目が数字のみあるいは線画のみで構成された条件と「交互(rapid alternative stimulus ; RAS)課題」として数字と線画が交互に配列された条件を設定し,通常

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香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),29:121-128,2014

眼球運動計測によるRapid Automatized Naming(RAN)課題と音読の流暢性との関連に関する検討

―予備的研究―

和氣 翔子 ・ 惠羅 修吉* ・ 田中 栄美子* ・ 西田 智子*

(大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育)

760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科*760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部      

Rapid Automatized Naming Task and Oral Reading Fluency: Preliminary Study with Use of Eye-tracking System.

Shoko Wake, Shukichi Era*, EmikoTanaka* and Tomoko Nishida*

Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522*Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522

要 旨 成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に及ぼす影響について検討した。その結果,線画条件は数字条件や仮名条件と比べ,音読時間の延長,停留回数の増加,復帰回数の増加が顕著であった。また,音読時間が長いほど眼球停留回数が多いことが明らかとなった。成人のなかでも読みスキルの熟達した者では,傍中心視を活用することにより効率的な文字認識を行っている可能性を示唆した。

キーワード RAN課題 読み 眼球運動 眼球停留 サッカード

1.はじめに

 Rapid Automatized Naming(以下,RAN)課題は,紙面あるいはPC画面上に規則的に配列された文字,絵,色などの刺激を連続的にできるだけ速く呼称することを求める検査である。提示された視覚刺激から音韻情報を取り出す効率(処理速度)を評価し,読みの流暢性や文章読解の発達およびその困難を予測する指標として広く知られている課題である(e.g., Denckla & Cutting, 1999; Norton & Wolf,2012;Wolf & Bowers, 1999)。アルファ

ベット圏の諸言語においては,発達性読字障害(developmental dyslexia)を予測する指標の一つとして,その価値が認められている(Landerl, Ramus, Moll et al., 2013)。これまでの研究において,RAN課題で使用する材料(刺激属性)や施行法を操作することで,評価指標としての感度が検討されてきた。小林・稲垣・軍司・矢田部・北・加我・後藤・小池(2011)は,「同一課題」として刺激項目が数字のみあるいは線画のみで構成された条件と「交互(rapid alternative stimulus ; RAS)課題」として数字と線画が交互に配列された条件を設定し,通常

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読書時の眼球運動に着目して読みの特徴を分析する研究が数多く報告されている。以下,日本語を材料とした研究について,幾つか紹介する。藤井・熊谷・前川・柿澤・佐々木(1997)は,読み書き困難児の文章音読,黙読,読み聞かせ時における眼球運動を計測し,健常児と比較した。その結果として,黙読および読み聞かせにおいて読み書き困難児の注視頻度,サッカード頻度が少なく,文章を目で追ってはいても読むという活動を行っていないことが示された。また,奥村・若宮・鈴木・玉井(2006)は,小学4年生の読み困難群と学習に困難のない統制群における文章黙読時の眼球運動を測定した。読み困難群は,統制群に比べ,眼球運動軌跡ではreturn sweep(改行のための右から左への大きな衝動性眼球運動)の間隔が広く,逆行の衝動性眼球運動(右から左への小さな衝動性眼球運動)の頻度が高く,眼球運動が不規則な軌跡を描いていた。戻り読みをするために行った逆行する衝動性眼球運動の頻度についても,読み困難群で有意に高く,平均眼球停留時間も対象群と比べて有意に延長したと報告している。 また,関口・小林(2011)は,読み書き困難児による文章を音読する際の注視の特徴について,眼球運動計測により健常児群と比較した。その結果,読み書き困難児は,文章を読む速度が遅く,注視回数が多く,サッカード距離も短いことが明らかになった。なお,注視時間については群間に有意差はなかった。これは,読み書き困難児と健常児では,1回の注視における処理の速度は変わらないが,読み書き困難児は文章音読の処理単位が小さいために,短い距離で細かく注視点を移動していることを示唆するものである。以上の成果を基に,読みの眼球運動計測は,読み書き困難の状態像の把握に有用な研究方法であり,これを通じてさまざまな文字刺激に対する読みの特徴を明確化することが重要であると述べている。 本研究では,成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に及ぼす影響について検討することを目的とした。眼球運動については,眼球停留回数と復

の学級に在籍する小学1~6年生を対象として呼称能力の発達とひらがな読み能力との関連性について検討した。その結果,交互課題は,同一課題に比べて,6年生に至るまで呼称時間が有意に延長した。このことから,交互課題では,数字と線画それぞれ異なる処理プロセスが脳内で同時に関与するため,処理の自動性のみならず統制された意図的操作が必要となり,認知的負荷の高い検査であると考察している。 小林・加藤・ヘインズ・マカルーソ―・フック(2003)は,RAN課題の遂行成績による音読課題の予測精度について検討し,幼児においてはRAN課題の刺激材料により予測精度が異なり,数字条件と平仮名条件での成績が音読課題における速さ・正確度・総合得点に対して高い予測精度を示したと報告している。 小林ら(2011)は,数字によるRAN課題では,発達に伴い記号から音韻への変換(decodingの速度)が自動化されたレベルに達すること,その完成する時期は10歳前後であることを指摘した。一方,線画によるRAN課題においては,数字と比べて親密性が高く,意味処理が関与するため自動化の完成が遅れると推察している。松本(2009)は,幼児期・学齢期初期において音韻処理の困難があったとしても,高学年ではもはや有意味語読みの速度や1文字RAN課題への影響は少なくなるが,単純な読み成績との関連が薄れてきたとしてもより高次な読み書きの困難に問題が移行している可能性があることなど,学齢による関連性の違いについて指摘している。 RAN課題の遂行に影響を及ぼしていることが想定される要因の一つとして,眼球運動の効率性がある。眼球運動は,RAN課題に限らず,読書活動に強く関与している。私たちが文章を読む際には,視線をある場所に停留させること(注視/眼球停留;fixation)と,それを断続的に他の場所に移動させること(飛躍眼球運動/サッカード;saccade)を繰り返している(懸田,1998;Pollatsek,Rayner,Fischer,& Reichle,1999;Rayner,2009;斎田,1993)。近年,読み困難のある児童生徒を対象として,

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帰回数を指標として取り上げることにした。

2.方法

2.1.参加者 香川大学に在籍する大学生・大学院生9名(男性3名,女性6名)を対象とした。いずれの参加者も左右の視力(矯正視力を含む)に問題はなかった。すべての参加者に対し,実験開始前に研究の内容と目的について説明し,協力への同意を書面により得た。2.2.課題 RAN課題として刺激材料の異なる4つの条件を設定した。刺激属性が同じ条件として仮名条件,数字条件,線画条件の3条件を,数字と線画の2つの異なる刺激属性の項目を交互に配置した条件(以下,交互条件とする)を設定した。いずれの条件の試行も,一画面20項目の刺激で構成された。平仮名は,読み方が一通りのものからランダムに20文字を選択した。数字は,一桁の算用数字(1~9)を用いた。線画項目としては,幼児・児童連想語彙表(国立国語研究所,1981)を参考に,描画を命名する単語が幼児期までに語彙として獲得され,親近感のあるもの30項目を選択した。線画は,Snodgrass(1980)により標準化されたものを使用した。 図版の画像解析度は1280×1024 pixelsとした。各項目の大きさは,視角で2°×2°(約71×71 pixels)以内とした。刺激間の距離は,約4.5°(約156 pixels)とした。2.3.手続き 検査は,静かな実験室において,個別に実施された。検査の実施にあたり,「今から,ひらがな・数字・イラストをいくつか提示します。できるだけ速く,そして正確に,声に出して読み上げてください。イラストは,その名称を言ってください。練習の後に本番を行います。」と教示した。刺激図版が提示される直前に,図版左上隅の第一項目の位置に丸印のついた画像を3秒間呈示することで,眼球停留の初期位置を統制した。提示図版は,最後の刺激項目を参加

者が読み終わったところで検査者により消去することにした。課題遂行における参加者の音声反応は,ボイスレコーダー(Olympus社製Voice Trek DS-71)を用いて記録した。条件の実施順は,1)仮名条件,2)数字条件,3)線画条件,4)交互条件の固定順とした。各条件は,練習試行と本試行からなり,両試行は同じ刺激項目をランダムに並べ替えたものとした。試行間には,30秒以上の休憩時間を設定した。2.4.装置 眼球運動については,Tobii Technology 社製T120アイトラッカーで測定した。刺激は,参加者の前方約70cmの距離に置かれた17インチ液晶ディスプレイに提示された。本ディスプレイは,アイトラッカー専用のもので,PCにより制御された。データの解析には,Tobii Studio 解析ソフトを使用した。眼球停留フィルタについては,velocity threshold 50 pixels/window, distance threshold 70 pixelsに設定した。眼球運動計測のためのキャリブレーション(9点法)の後に,各試行を実施した。2.5.分析方法 課題遂行時における音読時間に関しては,ボイスレコーダーで記録した音声データを音声解析ソフト(インターネット社製sound it! 3.0 LE)により分析した。各試行について,最初の項目の命名開始時点から最後の項目の命名終了時点までの時間間隔を算出した。眼球運動については,眼球停留回数と復帰回数(行かえのための復帰現象は含まない)を算出した。

3.結果

 課題遂行における音読時間については,全参加者で算出した。眼球運動については,参加者のうち2名で分析可能なデータが得られなかった。ゆえに,音読時間については全参加者9名で分析し,眼球運動ならびに音読時間と眼球運動の関連については,両方のデータが得られた7名の結果を分析することにした。参加者の音読時間,眼球停留回数,復帰回数の平均と標準偏差をTable 1に示す。

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3.1.音読時間 Table 1に示したように,仮名条件と数字条件に比較して線画条件の音読時間に大きな遅延がみられた。繰り返しのある一元配置分散分析を実施した結果,条件間の差は有意であった

(F (3,24)=79.9,p<.0001)。TukeyのHSD検定を実施した結果,仮名条件と数字条件の対比以外は有意であった(ps<.001)。3.2.眼球停留回数 Table 1に示したように,線画条件において眼球停留回数が多かった。課題遂行中の眼球停留回数について繰り返しのある一元配置分散分析を行った結果,条件間の差は有意であった(F (3,18)=11.0,p<.001)。TukeyのHSD検定の結果,仮名条件と線画条件,数字条件と線画条件,数字条件と交互条件の差が有意であった(ps<.05)。3.3.復帰回数 復帰回数について,繰り返しのある一元配置分散分析を行った結果,条件間の差は有意であった(F (3,18)=3.98,p=.025)。TukeyのHSD検定を実施したところ,数字条件と線画条件に有意差が認められた(p<.05)。

Table 1. 参加者の音読時間,眼球停留回数および復帰回数の平均と標準偏差

音読時間(sec) 眼球停留回数(回) 復帰回数(回)仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互

平均 6.66 5.91 12.33 9.58 25.7 23.0 28.9 26.3 1.9 1.1 3.0 2.4標準偏差 1.44 1.36 1.31 1.49 4.6 2.7 3.6 4.3 2.0 1.2 2.6 2.1

Figure 1. RAN課題4条件における音読時間と眼球停留回数・復帰回数の散布図

Figure 2. RAN課題数字条件において刺激項目数よりも眼球停留回数が少なかった事例Aの眼球運動軌跡

10

15

20

25

30

35

40

2 4 6 8 10 12 14 16

眼球

停留

回数

(回

音読時間 (sec)

A. 音読時間 vs 眼球停留回数

仮名 数字 線画 交互

0

2

4

6

8

10

2 4 6 8 10 12 14 16

復帰

回数

(回

音読時間 (sec)

B. 音読時間 vs 復帰回数

仮名 数字 線画 交互

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香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),29:121-128,2014

眼球運動計測によるRapid Automatized Naming(RAN)課題と音読の流暢性との関連に関する検討

―予備的研究―

和氣 翔子 ・ 惠羅 修吉* ・ 田中 栄美子* ・ 西田 智子*

(大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育)

760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科*760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部      

Rapid Automatized Naming Task and Oral Reading Fluency: Preliminary Study with Use of Eye-tracking System.

Shoko Wake, Shukichi Era*, EmikoTanaka* and Tomoko Nishida*

Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522*Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522

要 旨 成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に及ぼす影響について検討した。その結果,線画条件は数字条件や仮名条件と比べ,音読時間の延長,停留回数の増加,復帰回数の増加が顕著であった。また,音読時間が長いほど眼球停留回数が多いことが明らかとなった。成人のなかでも読みスキルの熟達した者では,傍中心視を活用することにより効率的な文字認識を行っている可能性を示唆した。

キーワード RAN課題 読み 眼球運動 眼球停留 サッカード

1.はじめに

 Rapid Automatized Naming(以下,RAN)課題は,紙面あるいはPC画面上に規則的に配列された文字,絵,色などの刺激を連続的にできるだけ速く呼称することを求める検査である。提示された視覚刺激から音韻情報を取り出す効率(処理速度)を評価し,読みの流暢性や文章読解の発達およびその困難を予測する指標として広く知られている課題である(e.g., Denckla & Cutting, 1999; Norton & Wolf,2012;Wolf & Bowers, 1999)。アルファ

ベット圏の諸言語においては,発達性読字障害(developmental dyslexia)を予測する指標の一つとして,その価値が認められている(Landerl, Ramus, Moll et al., 2013)。これまでの研究において,RAN課題で使用する材料(刺激属性)や施行法を操作することで,評価指標としての感度が検討されてきた。小林・稲垣・軍司・矢田部・北・加我・後藤・小池(2011)は,「同一課題」として刺激項目が数字のみあるいは線画のみで構成された条件と「交互(rapid alternative stimulus ; RAS)課題」として数字と線画が交互に配列された条件を設定し,通常

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読書時の眼球運動に着目して読みの特徴を分析する研究が数多く報告されている。以下,日本語を材料とした研究について,幾つか紹介する。藤井・熊谷・前川・柿澤・佐々木(1997)は,読み書き困難児の文章音読,黙読,読み聞かせ時における眼球運動を計測し,健常児と比較した。その結果として,黙読および読み聞かせにおいて読み書き困難児の注視頻度,サッカード頻度が少なく,文章を目で追ってはいても読むという活動を行っていないことが示された。また,奥村・若宮・鈴木・玉井(2006)は,小学4年生の読み困難群と学習に困難のない統制群における文章黙読時の眼球運動を測定した。読み困難群は,統制群に比べ,眼球運動軌跡ではreturn sweep(改行のための右から左への大きな衝動性眼球運動)の間隔が広く,逆行の衝動性眼球運動(右から左への小さな衝動性眼球運動)の頻度が高く,眼球運動が不規則な軌跡を描いていた。戻り読みをするために行った逆行する衝動性眼球運動の頻度についても,読み困難群で有意に高く,平均眼球停留時間も対象群と比べて有意に延長したと報告している。 また,関口・小林(2011)は,読み書き困難児による文章を音読する際の注視の特徴について,眼球運動計測により健常児群と比較した。その結果,読み書き困難児は,文章を読む速度が遅く,注視回数が多く,サッカード距離も短いことが明らかになった。なお,注視時間については群間に有意差はなかった。これは,読み書き困難児と健常児では,1回の注視における処理の速度は変わらないが,読み書き困難児は文章音読の処理単位が小さいために,短い距離で細かく注視点を移動していることを示唆するものである。以上の成果を基に,読みの眼球運動計測は,読み書き困難の状態像の把握に有用な研究方法であり,これを通じてさまざまな文字刺激に対する読みの特徴を明確化することが重要であると述べている。 本研究では,成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に及ぼす影響について検討することを目的とした。眼球運動については,眼球停留回数と復

の学級に在籍する小学1~6年生を対象として呼称能力の発達とひらがな読み能力との関連性について検討した。その結果,交互課題は,同一課題に比べて,6年生に至るまで呼称時間が有意に延長した。このことから,交互課題では,数字と線画それぞれ異なる処理プロセスが脳内で同時に関与するため,処理の自動性のみならず統制された意図的操作が必要となり,認知的負荷の高い検査であると考察している。 小林・加藤・ヘインズ・マカルーソ―・フック(2003)は,RAN課題の遂行成績による音読課題の予測精度について検討し,幼児においてはRAN課題の刺激材料により予測精度が異なり,数字条件と平仮名条件での成績が音読課題における速さ・正確度・総合得点に対して高い予測精度を示したと報告している。 小林ら(2011)は,数字によるRAN課題では,発達に伴い記号から音韻への変換(decodingの速度)が自動化されたレベルに達すること,その完成する時期は10歳前後であることを指摘した。一方,線画によるRAN課題においては,数字と比べて親密性が高く,意味処理が関与するため自動化の完成が遅れると推察している。松本(2009)は,幼児期・学齢期初期において音韻処理の困難があったとしても,高学年ではもはや有意味語読みの速度や1文字RAN課題への影響は少なくなるが,単純な読み成績との関連が薄れてきたとしてもより高次な読み書きの困難に問題が移行している可能性があることなど,学齢による関連性の違いについて指摘している。 RAN課題の遂行に影響を及ぼしていることが想定される要因の一つとして,眼球運動の効率性がある。眼球運動は,RAN課題に限らず,読書活動に強く関与している。私たちが文章を読む際には,視線をある場所に停留させること(注視/眼球停留;fixation)と,それを断続的に他の場所に移動させること(飛躍眼球運動/サッカード;saccade)を繰り返している(懸田,1998;Pollatsek,Rayner,Fischer,& Reichle,1999;Rayner,2009;斎田,1993)。近年,読み困難のある児童生徒を対象として,

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帰回数を指標として取り上げることにした。

2.方法

2.1.参加者 香川大学に在籍する大学生・大学院生9名(男性3名,女性6名)を対象とした。いずれの参加者も左右の視力(矯正視力を含む)に問題はなかった。すべての参加者に対し,実験開始前に研究の内容と目的について説明し,協力への同意を書面により得た。2.2.課題 RAN課題として刺激材料の異なる4つの条件を設定した。刺激属性が同じ条件として仮名条件,数字条件,線画条件の3条件を,数字と線画の2つの異なる刺激属性の項目を交互に配置した条件(以下,交互条件とする)を設定した。いずれの条件の試行も,一画面20項目の刺激で構成された。平仮名は,読み方が一通りのものからランダムに20文字を選択した。数字は,一桁の算用数字(1~9)を用いた。線画項目としては,幼児・児童連想語彙表(国立国語研究所,1981)を参考に,描画を命名する単語が幼児期までに語彙として獲得され,親近感のあるもの30項目を選択した。線画は,Snodgrass(1980)により標準化されたものを使用した。 図版の画像解析度は1280×1024 pixelsとした。各項目の大きさは,視角で2°×2°(約71×71 pixels)以内とした。刺激間の距離は,約4.5°(約156 pixels)とした。2.3.手続き 検査は,静かな実験室において,個別に実施された。検査の実施にあたり,「今から,ひらがな・数字・イラストをいくつか提示します。できるだけ速く,そして正確に,声に出して読み上げてください。イラストは,その名称を言ってください。練習の後に本番を行います。」と教示した。刺激図版が提示される直前に,図版左上隅の第一項目の位置に丸印のついた画像を3秒間呈示することで,眼球停留の初期位置を統制した。提示図版は,最後の刺激項目を参加

者が読み終わったところで検査者により消去することにした。課題遂行における参加者の音声反応は,ボイスレコーダー(Olympus社製Voice Trek DS-71)を用いて記録した。条件の実施順は,1)仮名条件,2)数字条件,3)線画条件,4)交互条件の固定順とした。各条件は,練習試行と本試行からなり,両試行は同じ刺激項目をランダムに並べ替えたものとした。試行間には,30秒以上の休憩時間を設定した。2.4.装置 眼球運動については,Tobii Technology 社製T120アイトラッカーで測定した。刺激は,参加者の前方約70cmの距離に置かれた17インチ液晶ディスプレイに提示された。本ディスプレイは,アイトラッカー専用のもので,PCにより制御された。データの解析には,Tobii Studio 解析ソフトを使用した。眼球停留フィルタについては,velocity threshold 50 pixels/window, distance threshold 70 pixelsに設定した。眼球運動計測のためのキャリブレーション(9点法)の後に,各試行を実施した。2.5.分析方法 課題遂行時における音読時間に関しては,ボイスレコーダーで記録した音声データを音声解析ソフト(インターネット社製sound it! 3.0 LE)により分析した。各試行について,最初の項目の命名開始時点から最後の項目の命名終了時点までの時間間隔を算出した。眼球運動については,眼球停留回数と復帰回数(行かえのための復帰現象は含まない)を算出した。

3.結果

 課題遂行における音読時間については,全参加者で算出した。眼球運動については,参加者のうち2名で分析可能なデータが得られなかった。ゆえに,音読時間については全参加者9名で分析し,眼球運動ならびに音読時間と眼球運動の関連については,両方のデータが得られた7名の結果を分析することにした。参加者の音読時間,眼球停留回数,復帰回数の平均と標準偏差をTable 1に示す。

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3.1.音読時間 Table 1に示したように,仮名条件と数字条件に比較して線画条件の音読時間に大きな遅延がみられた。繰り返しのある一元配置分散分析を実施した結果,条件間の差は有意であった

(F (3,24)=79.9,p<.0001)。TukeyのHSD検定を実施した結果,仮名条件と数字条件の対比以外は有意であった(ps<.001)。3.2.眼球停留回数 Table 1に示したように,線画条件において眼球停留回数が多かった。課題遂行中の眼球停留回数について繰り返しのある一元配置分散分析を行った結果,条件間の差は有意であった(F (3,18)=11.0,p<.001)。TukeyのHSD検定の結果,仮名条件と線画条件,数字条件と線画条件,数字条件と交互条件の差が有意であった(ps<.05)。3.3.復帰回数 復帰回数について,繰り返しのある一元配置分散分析を行った結果,条件間の差は有意であった(F (3,18)=3.98,p=.025)。TukeyのHSD検定を実施したところ,数字条件と線画条件に有意差が認められた(p<.05)。

Table 1. 参加者の音読時間,眼球停留回数および復帰回数の平均と標準偏差

音読時間(sec) 眼球停留回数(回) 復帰回数(回)仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互

平均 6.66 5.91 12.33 9.58 25.7 23.0 28.9 26.3 1.9 1.1 3.0 2.4標準偏差 1.44 1.36 1.31 1.49 4.6 2.7 3.6 4.3 2.0 1.2 2.6 2.1

Figure 1. RAN課題4条件における音読時間と眼球停留回数・復帰回数の散布図

Figure 2. RAN課題数字条件において刺激項目数よりも眼球停留回数が少なかった事例Aの眼球運動軌跡

10

15

20

25

30

35

40

2 4 6 8 10 12 14 16

眼球

停留

回数

(回

音読時間 (sec)

A. 音読時間 vs 眼球停留回数

仮名 数字 線画 交互

0

2

4

6

8

10

2 4 6 8 10 12 14 16

復帰

回数

(回

音読時間 (sec)

B. 音読時間 vs 復帰回数

仮名 数字 線画 交互

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3.4.音読時間と眼球停留回数・復帰回数との関連性

 RAN課題4条件における音読時間と眼球停留回数,音読時間と復帰回数の関連性について確認するため,Figure 1に散布図を示す。音読時間と眼球停留回数(Figure 1A)については,4条件の結果を合わせてみると,音読時間が長いほど眼球停留回数が多くなるという傾向がみられた。一方,音読時間と復帰回数(Figure 1 B)については,一貫性を示すような特徴はなく,個人差が大きいことが見受けられた。3.5.事例分析 数字条件において最も早い音読時間を示した事例Aは,刺激項目数(20字)よりも眼球停留回数(18回)の方が少なかった。事例Aの数字条件遂行時における眼球運動の軌跡をFigure 2に示す。2行目と3行目の右端の数字に対して眼球停留が生じておらず,第4列の数字から次の行頭の数字へとサッカードが出現していた。 眼球停留回数の個人差が最も大きかった条件は,仮名条件であった。そこで,仮名条件において最も眼球停留回数が少なかった事例A,最も眼球停留回数が多かった事例B,最も音読時間が長かった事例Cのそれぞれの眼球運動軌跡をFigure 3に示す。なお,最も眼球停留回数が少なかった事例Aは,参加者のなかでも最も音読時間が短かった。Figure 3Aにみられるように,事例Aの眼球運動は,各項目に対して眼球停留1回で正確に走査していた。一方,事例Bは,項目から外れた位置への眼球停留が特徴的であった(Figure 3B)。事例Cは,軌跡が事例Aに類似しているが,眼球停留が複数回生じた項目が認められた(Figure 3C)。

4.考察

4.1.課題条件による音読時間の差 本研究では,刺激材料により課題遂行が大きく異なり,全体として線画に対する音読時間が最も長かった。この傾向は,個々の参加者においても共通して出現しており,仮名条件や数字条件と比べて,線画条件で音読時間が延長して

事例 A

事例 B

事例 C

Figure 3. RAN課題仮名条件において眼球停留回数が最少の参加者(事例A),最多の参加者(事例B),音読時間が最も長かった参加者(事例C)の眼球運動軌跡

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いたが,仮名条件と数字条件の差はほとんどなかった。このことは,就学前児から小学生を対象とした小林らの一連の研究(小林ら,2003;Kobayashi,Haynes,Hook,& Macaruso,2007;Kobayashi,Haynes,Macaruso,Hook,& Kato,2005)の結果と一致していた。仮名条件と数字条件で差がなかったことは,就学前6歳児を対象としてRAN課題を実施した金子・宇野・春原(2004)が指摘したように,数字と仮名文字の情報処理過程が近似していることによるものと考えられる。 線画条件の音読時間が他の条件に比べて有意に延長したことは,対象が成人であっても,線画の意味的符号化に時間がかかってしまい,言語刺激に比べて処理の自動化には至らない可能性が想定される。また小林ら(2011)が指摘したように,数字条件では10歳頃に自動化が完成され,成人においても同様に自動化により音読時間を短くしていると考えられる。4.2.RAN課題遂行時の眼球運動パタン 本研究では,一試行あたりの刺激項目数は,全ての条件で一貫して20項目に設定した。このことから,平均値で見ると,いずれの条件も項目数以上の眼球停留回数が確認された。これは,注視点の復帰現象や,刺激のない位置へのサッカードが生じていることを示唆するものである。なかでも線画条件や交互条件と比べて,数字条件が有意に眼球停留回数の少ない理由として,数字条件遂行時において,行かえにおける眼球運動軌跡の短縮が生じていた参加者が存在していたことが考えられる。また,線画条件と比べて,数字条件は,復帰回数が有意に少なかったことも,数字条件の眼球停留回数が少ないことと関係しているだろう。4.3.音読時間と眼球停留パタンとの関係 眼球運動の計測が可能であった7名のうち,数字条件において,事例Aは,音読時間が3.82secで最も成績が良好であり,かつ眼球停留回数が刺激項目数である20回よりも少ない18回であり,2行目および3行目の改行において眼球運動の短縮が生じていた(Figure 2)。2行目と3行目の末尾の数字については眼球停留

を行わなくとも行動上での音読に欠落がなかった。このことは,事例Aの文字認識における有効視野が他の参加者よりも広く,刺激の間隔が4.5°という広さであっても,眼球停留を行わずに刺激情報の読み取りに成功していた可能性が考えられる。 関口・吉田(2012)は,日本人の読み書き障害児と健常児における読みの有効視野の特徴について比較しており,その結果として読み書き障害児の読みの有効視野は,健常児に比べて狭いことを報告している。その原因の一つとして,読み書き障害児は,読みの困難から中心視での処理に注意の多くを費やしており,そのために周辺視野へ分配する注意の量が少なくなっている可能性があると推察している。また,池田(1988)によれば,アメリカ人が視野制限をした状態で読む英文と,視野制限を行わずに読む日本文の眼球運動の軌跡が類似していた。これらのことから,文字認識における有効視野の広さと読み能力には関係性があるといえよう。今回,読みスキルの熟達が期待される成人を対象としたRAN課題で,全体的に数字条件の眼球停留回数が少なかったことは,他の条件に比べて数字条件では有効視野が広く,傍中心視が効果的に活用されていたのではないかと考えられる。50音のパタンがある仮名条件や,一つひとつの絵に対して意味処理が必要となる線画および交互条件と比べて,1から9までの候補しかない数字で構成されている数字条件は明らかに処理負荷が低いといえる。その結果,事例Aのような特に読みの熟達した参加者においては,傍中心視を利用して文字認識を達成することができ,音読遂行の効率を上げることが可能になったのではないかと考えられる。 事例Aは,仮名条件においても,最も成績が良好であり,音読時間は4.99secであった。眼球停留回数20回であり,数字条件でみられた短縮行動はなかったが,刺激項目数と同数の眼球停留であり,効率的な眼球運動であったといえる(Figure 3A)。仮名条件において眼球停留回数が35回と最も回数の多かった事例B(Figure 3B)と音読時間が8.83secと最も長かっ

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た事例C(Figure 3C)の眼球運動の軌跡は興味深いものであった。 事例Bについては,眼球運動の軌跡が不安定であり,次の刺激項目に視線を移動するまでに,刺激項目とは異なる位置への眼球停留が頻繁に出現していた。この眼球運動パタンは,奥村ら(2006)が指摘した逆行の衝動性眼球運動とは異なるものである。戻り読みのための眼球運動ではなく,ターゲットとなる刺激項目に対して適切に眼球を飛躍させることが効率的に出来ていない様子であり,比較的小さな調整的サッカード(corrective saccade)が出現していたと考えられる。なお,事例Bは,このような眼球運動軌跡が生じていたにもかかわらず,音読時間の延長は見られなかった。本研究のRAN課題が読みスキルが熟達した成人にとっては比較的単純な課題であったことが,眼球運動の効率の悪さが課題遂行に影響を及ぼさなかった原因ではないかと考えられる。なお,認知処理の負荷が高まる複雑な条件によるRAN課題や文章音読課題を行った際には,事例Bのような不規則な眼球停留が生じた場合には,文字認識が完了する前に他の場所へ視線が動いてしまうことで処理に時間がかかり,その結果,音読時間が延長するといった影響を被る可能性があるのではないかと推察される。 事例Cについては,基本的には刺激周辺で眼球停留が行われているが,一度の注視で次項目の刺激へ移動するのではなく,同じ刺激項目上で複数回の眼球停留が生じていた。つまり事例Cは,眼球停留の位置を少しずらしながらも,文字認識が完了して音声に表出するまで,その刺激項目への注視を継続していたと考えられる。音読時間の延長は,こうして同じところを何度も見ていることで生じている可能性がある。なお,事例Cのような眼球運動の軌跡も,より複雑なRAN課題の条件を設定することで,音読時間だけでなく眼球停留回数においても顕著な増加がみられるかもしれない。 以上の事例分析より,事例Aの課題遂行成績が良好であったのは,一度の眼球停留,つまり刺激項目数に対して最小限の眼球停留回数で,

文字の視覚処理を実行することができていたために,流暢な音読が達成されたといえよう。 RAN課題4条件において,音読時間と眼球停留回数の関係から,音読時間が長いほど眼球停留回数が多くなるという結果を得た。これは読み能力が,文字の再符号化だけではなく,眼球停留回数が少ない効率的な眼球運動を達成する能力とも関係があることを示唆するものである。さらに眼球停留回数を少なくするために,読みスキルの熟達した成人の読者は,傍中心視における文字認識を向上させることで,また一度の注視でより多くの視覚情報を得られていることで,RAN課題の効率的な遂行を達成していたと考えられる。

付記

 本論文は,第一筆者が香川大学大学院教育学研究科に提出した修士論文の一部をまとめ直したものである。本論文に掲載された執筆者の所属は,研究当時のものである。

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読書時の眼球運動に着目して読みの特徴を分析する研究が数多く報告されている。以下,日本語を材料とした研究について,幾つか紹介する。藤井・熊谷・前川・柿澤・佐々木(1997)は,読み書き困難児の文章音読,黙読,読み聞かせ時における眼球運動を計測し,健常児と比較した。その結果として,黙読および読み聞かせにおいて読み書き困難児の注視頻度,サッカード頻度が少なく,文章を目で追ってはいても読むという活動を行っていないことが示された。また,奥村・若宮・鈴木・玉井(2006)は,小学4年生の読み困難群と学習に困難のない統制群における文章黙読時の眼球運動を測定した。読み困難群は,統制群に比べ,眼球運動軌跡ではreturn sweep(改行のための右から左への大きな衝動性眼球運動)の間隔が広く,逆行の衝動性眼球運動(右から左への小さな衝動性眼球運動)の頻度が高く,眼球運動が不規則な軌跡を描いていた。戻り読みをするために行った逆行する衝動性眼球運動の頻度についても,読み困難群で有意に高く,平均眼球停留時間も対象群と比べて有意に延長したと報告している。 また,関口・小林(2011)は,読み書き困難児による文章を音読する際の注視の特徴について,眼球運動計測により健常児群と比較した。その結果,読み書き困難児は,文章を読む速度が遅く,注視回数が多く,サッカード距離も短いことが明らかになった。なお,注視時間については群間に有意差はなかった。これは,読み書き困難児と健常児では,1回の注視における処理の速度は変わらないが,読み書き困難児は文章音読の処理単位が小さいために,短い距離で細かく注視点を移動していることを示唆するものである。以上の成果を基に,読みの眼球運動計測は,読み書き困難の状態像の把握に有用な研究方法であり,これを通じてさまざまな文字刺激に対する読みの特徴を明確化することが重要であると述べている。 本研究では,成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に及ぼす影響について検討することを目的とした。眼球運動については,眼球停留回数と復

の学級に在籍する小学1~6年生を対象として呼称能力の発達とひらがな読み能力との関連性について検討した。その結果,交互課題は,同一課題に比べて,6年生に至るまで呼称時間が有意に延長した。このことから,交互課題では,数字と線画それぞれ異なる処理プロセスが脳内で同時に関与するため,処理の自動性のみならず統制された意図的操作が必要となり,認知的負荷の高い検査であると考察している。 小林・加藤・ヘインズ・マカルーソ―・フック(2003)は,RAN課題の遂行成績による音読課題の予測精度について検討し,幼児においてはRAN課題の刺激材料により予測精度が異なり,数字条件と平仮名条件での成績が音読課題における速さ・正確度・総合得点に対して高い予測精度を示したと報告している。 小林ら(2011)は,数字によるRAN課題では,発達に伴い記号から音韻への変換(decodingの速度)が自動化されたレベルに達すること,その完成する時期は10歳前後であることを指摘した。一方,線画によるRAN課題においては,数字と比べて親密性が高く,意味処理が関与するため自動化の完成が遅れると推察している。松本(2009)は,幼児期・学齢期初期において音韻処理の困難があったとしても,高学年ではもはや有意味語読みの速度や1文字RAN課題への影響は少なくなるが,単純な読み成績との関連が薄れてきたとしてもより高次な読み書きの困難に問題が移行している可能性があることなど,学齢による関連性の違いについて指摘している。 RAN課題の遂行に影響を及ぼしていることが想定される要因の一つとして,眼球運動の効率性がある。眼球運動は,RAN課題に限らず,読書活動に強く関与している。私たちが文章を読む際には,視線をある場所に停留させること(注視/眼球停留;fixation)と,それを断続的に他の場所に移動させること(飛躍眼球運動/サッカード;saccade)を繰り返している(懸田,1998;Pollatsek,Rayner,Fischer,& Reichle,1999;Rayner,2009;斎田,1993)。近年,読み困難のある児童生徒を対象として,

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帰回数を指標として取り上げることにした。

2.方法

2.1.参加者 香川大学に在籍する大学生・大学院生9名(男性3名,女性6名)を対象とした。いずれの参加者も左右の視力(矯正視力を含む)に問題はなかった。すべての参加者に対し,実験開始前に研究の内容と目的について説明し,協力への同意を書面により得た。2.2.課題 RAN課題として刺激材料の異なる4つの条件を設定した。刺激属性が同じ条件として仮名条件,数字条件,線画条件の3条件を,数字と線画の2つの異なる刺激属性の項目を交互に配置した条件(以下,交互条件とする)を設定した。いずれの条件の試行も,一画面20項目の刺激で構成された。平仮名は,読み方が一通りのものからランダムに20文字を選択した。数字は,一桁の算用数字(1~9)を用いた。線画項目としては,幼児・児童連想語彙表(国立国語研究所,1981)を参考に,描画を命名する単語が幼児期までに語彙として獲得され,親近感のあるもの30項目を選択した。線画は,Snodgrass(1980)により標準化されたものを使用した。 図版の画像解析度は1280×1024 pixelsとした。各項目の大きさは,視角で2°×2°(約71×71 pixels)以内とした。刺激間の距離は,約4.5°(約156 pixels)とした。2.3.手続き 検査は,静かな実験室において,個別に実施された。検査の実施にあたり,「今から,ひらがな・数字・イラストをいくつか提示します。できるだけ速く,そして正確に,声に出して読み上げてください。イラストは,その名称を言ってください。練習の後に本番を行います。」と教示した。刺激図版が提示される直前に,図版左上隅の第一項目の位置に丸印のついた画像を3秒間呈示することで,眼球停留の初期位置を統制した。提示図版は,最後の刺激項目を参加

者が読み終わったところで検査者により消去することにした。課題遂行における参加者の音声反応は,ボイスレコーダー(Olympus社製Voice Trek DS-71)を用いて記録した。条件の実施順は,1)仮名条件,2)数字条件,3)線画条件,4)交互条件の固定順とした。各条件は,練習試行と本試行からなり,両試行は同じ刺激項目をランダムに並べ替えたものとした。試行間には,30秒以上の休憩時間を設定した。2.4.装置 眼球運動については,Tobii Technology 社製T120アイトラッカーで測定した。刺激は,参加者の前方約70cmの距離に置かれた17インチ液晶ディスプレイに提示された。本ディスプレイは,アイトラッカー専用のもので,PCにより制御された。データの解析には,Tobii Studio 解析ソフトを使用した。眼球停留フィルタについては,velocity threshold 50 pixels/window, distance threshold 70 pixelsに設定した。眼球運動計測のためのキャリブレーション(9点法)の後に,各試行を実施した。2.5.分析方法 課題遂行時における音読時間に関しては,ボイスレコーダーで記録した音声データを音声解析ソフト(インターネット社製sound it! 3.0 LE)により分析した。各試行について,最初の項目の命名開始時点から最後の項目の命名終了時点までの時間間隔を算出した。眼球運動については,眼球停留回数と復帰回数(行かえのための復帰現象は含まない)を算出した。

3.結果

 課題遂行における音読時間については,全参加者で算出した。眼球運動については,参加者のうち2名で分析可能なデータが得られなかった。ゆえに,音読時間については全参加者9名で分析し,眼球運動ならびに音読時間と眼球運動の関連については,両方のデータが得られた7名の結果を分析することにした。参加者の音読時間,眼球停留回数,復帰回数の平均と標準偏差をTable 1に示す。

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3.1.音読時間 Table 1に示したように,仮名条件と数字条件に比較して線画条件の音読時間に大きな遅延がみられた。繰り返しのある一元配置分散分析を実施した結果,条件間の差は有意であった

(F (3,24)=79.9,p<.0001)。TukeyのHSD検定を実施した結果,仮名条件と数字条件の対比以外は有意であった(ps<.001)。3.2.眼球停留回数 Table 1に示したように,線画条件において眼球停留回数が多かった。課題遂行中の眼球停留回数について繰り返しのある一元配置分散分析を行った結果,条件間の差は有意であった(F (3,18)=11.0,p<.001)。TukeyのHSD検定の結果,仮名条件と線画条件,数字条件と線画条件,数字条件と交互条件の差が有意であった(ps<.05)。3.3.復帰回数 復帰回数について,繰り返しのある一元配置分散分析を行った結果,条件間の差は有意であった(F (3,18)=3.98,p=.025)。TukeyのHSD検定を実施したところ,数字条件と線画条件に有意差が認められた(p<.05)。

Table 1. 参加者の音読時間,眼球停留回数および復帰回数の平均と標準偏差

音読時間(sec) 眼球停留回数(回) 復帰回数(回)仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互

平均 6.66 5.91 12.33 9.58 25.7 23.0 28.9 26.3 1.9 1.1 3.0 2.4標準偏差 1.44 1.36 1.31 1.49 4.6 2.7 3.6 4.3 2.0 1.2 2.6 2.1

Figure 1. RAN課題4条件における音読時間と眼球停留回数・復帰回数の散布図

Figure 2. RAN課題数字条件において刺激項目数よりも眼球停留回数が少なかった事例Aの眼球運動軌跡

10

15

20

25

30

35

40

2 4 6 8 10 12 14 16

眼球

停留

回数

(回

音読時間 (sec)

A. 音読時間 vs 眼球停留回数

仮名 数字 線画 交互

0

2

4

6

8

10

2 4 6 8 10 12 14 16

復帰

回数

(回

音読時間 (sec)

B. 音読時間 vs 復帰回数

仮名 数字 線画 交互

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香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),29:121-128,2014

眼球運動計測によるRapid Automatized Naming(RAN)課題と音読の流暢性との関連に関する検討

―予備的研究―

和氣 翔子 ・ 惠羅 修吉* ・ 田中 栄美子* ・ 西田 智子*

(大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育)

760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科*760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部      

Rapid Automatized Naming Task and Oral Reading Fluency: Preliminary Study with Use of Eye-tracking System.

Shoko Wake, Shukichi Era*, EmikoTanaka* and Tomoko Nishida*

Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522*Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522

要 旨 成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に及ぼす影響について検討した。その結果,線画条件は数字条件や仮名条件と比べ,音読時間の延長,停留回数の増加,復帰回数の増加が顕著であった。また,音読時間が長いほど眼球停留回数が多いことが明らかとなった。成人のなかでも読みスキルの熟達した者では,傍中心視を活用することにより効率的な文字認識を行っている可能性を示唆した。

キーワード RAN課題 読み 眼球運動 眼球停留 サッカード

1.はじめに

 Rapid Automatized Naming(以下,RAN)課題は,紙面あるいはPC画面上に規則的に配列された文字,絵,色などの刺激を連続的にできるだけ速く呼称することを求める検査である。提示された視覚刺激から音韻情報を取り出す効率(処理速度)を評価し,読みの流暢性や文章読解の発達およびその困難を予測する指標として広く知られている課題である(e.g., Denckla & Cutting, 1999; Norton & Wolf,2012;Wolf & Bowers, 1999)。アルファ

ベット圏の諸言語においては,発達性読字障害(developmental dyslexia)を予測する指標の一つとして,その価値が認められている(Landerl, Ramus, Moll et al., 2013)。これまでの研究において,RAN課題で使用する材料(刺激属性)や施行法を操作することで,評価指標としての感度が検討されてきた。小林・稲垣・軍司・矢田部・北・加我・後藤・小池(2011)は,「同一課題」として刺激項目が数字のみあるいは線画のみで構成された条件と「交互(rapid alternative stimulus ; RAS)課題」として数字と線画が交互に配列された条件を設定し,通常

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読書時の眼球運動に着目して読みの特徴を分析する研究が数多く報告されている。以下,日本語を材料とした研究について,幾つか紹介する。藤井・熊谷・前川・柿澤・佐々木(1997)は,読み書き困難児の文章音読,黙読,読み聞かせ時における眼球運動を計測し,健常児と比較した。その結果として,黙読および読み聞かせにおいて読み書き困難児の注視頻度,サッカード頻度が少なく,文章を目で追ってはいても読むという活動を行っていないことが示された。また,奥村・若宮・鈴木・玉井(2006)は,小学4年生の読み困難群と学習に困難のない統制群における文章黙読時の眼球運動を測定した。読み困難群は,統制群に比べ,眼球運動軌跡ではreturn sweep(改行のための右から左への大きな衝動性眼球運動)の間隔が広く,逆行の衝動性眼球運動(右から左への小さな衝動性眼球運動)の頻度が高く,眼球運動が不規則な軌跡を描いていた。戻り読みをするために行った逆行する衝動性眼球運動の頻度についても,読み困難群で有意に高く,平均眼球停留時間も対象群と比べて有意に延長したと報告している。 また,関口・小林(2011)は,読み書き困難児による文章を音読する際の注視の特徴について,眼球運動計測により健常児群と比較した。その結果,読み書き困難児は,文章を読む速度が遅く,注視回数が多く,サッカード距離も短いことが明らかになった。なお,注視時間については群間に有意差はなかった。これは,読み書き困難児と健常児では,1回の注視における処理の速度は変わらないが,読み書き困難児は文章音読の処理単位が小さいために,短い距離で細かく注視点を移動していることを示唆するものである。以上の成果を基に,読みの眼球運動計測は,読み書き困難の状態像の把握に有用な研究方法であり,これを通じてさまざまな文字刺激に対する読みの特徴を明確化することが重要であると述べている。 本研究では,成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に及ぼす影響について検討することを目的とした。眼球運動については,眼球停留回数と復

の学級に在籍する小学1~6年生を対象として呼称能力の発達とひらがな読み能力との関連性について検討した。その結果,交互課題は,同一課題に比べて,6年生に至るまで呼称時間が有意に延長した。このことから,交互課題では,数字と線画それぞれ異なる処理プロセスが脳内で同時に関与するため,処理の自動性のみならず統制された意図的操作が必要となり,認知的負荷の高い検査であると考察している。 小林・加藤・ヘインズ・マカルーソ―・フック(2003)は,RAN課題の遂行成績による音読課題の予測精度について検討し,幼児においてはRAN課題の刺激材料により予測精度が異なり,数字条件と平仮名条件での成績が音読課題における速さ・正確度・総合得点に対して高い予測精度を示したと報告している。 小林ら(2011)は,数字によるRAN課題では,発達に伴い記号から音韻への変換(decodingの速度)が自動化されたレベルに達すること,その完成する時期は10歳前後であることを指摘した。一方,線画によるRAN課題においては,数字と比べて親密性が高く,意味処理が関与するため自動化の完成が遅れると推察している。松本(2009)は,幼児期・学齢期初期において音韻処理の困難があったとしても,高学年ではもはや有意味語読みの速度や1文字RAN課題への影響は少なくなるが,単純な読み成績との関連が薄れてきたとしてもより高次な読み書きの困難に問題が移行している可能性があることなど,学齢による関連性の違いについて指摘している。 RAN課題の遂行に影響を及ぼしていることが想定される要因の一つとして,眼球運動の効率性がある。眼球運動は,RAN課題に限らず,読書活動に強く関与している。私たちが文章を読む際には,視線をある場所に停留させること(注視/眼球停留;fixation)と,それを断続的に他の場所に移動させること(飛躍眼球運動/サッカード;saccade)を繰り返している(懸田,1998;Pollatsek,Rayner,Fischer,& Reichle,1999;Rayner,2009;斎田,1993)。近年,読み困難のある児童生徒を対象として,

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帰回数を指標として取り上げることにした。

2.方法

2.1.参加者 香川大学に在籍する大学生・大学院生9名(男性3名,女性6名)を対象とした。いずれの参加者も左右の視力(矯正視力を含む)に問題はなかった。すべての参加者に対し,実験開始前に研究の内容と目的について説明し,協力への同意を書面により得た。2.2.課題 RAN課題として刺激材料の異なる4つの条件を設定した。刺激属性が同じ条件として仮名条件,数字条件,線画条件の3条件を,数字と線画の2つの異なる刺激属性の項目を交互に配置した条件(以下,交互条件とする)を設定した。いずれの条件の試行も,一画面20項目の刺激で構成された。平仮名は,読み方が一通りのものからランダムに20文字を選択した。数字は,一桁の算用数字(1~9)を用いた。線画項目としては,幼児・児童連想語彙表(国立国語研究所,1981)を参考に,描画を命名する単語が幼児期までに語彙として獲得され,親近感のあるもの30項目を選択した。線画は,Snodgrass(1980)により標準化されたものを使用した。 図版の画像解析度は1280×1024 pixelsとした。各項目の大きさは,視角で2°×2°(約71×71 pixels)以内とした。刺激間の距離は,約4.5°(約156 pixels)とした。2.3.手続き 検査は,静かな実験室において,個別に実施された。検査の実施にあたり,「今から,ひらがな・数字・イラストをいくつか提示します。できるだけ速く,そして正確に,声に出して読み上げてください。イラストは,その名称を言ってください。練習の後に本番を行います。」と教示した。刺激図版が提示される直前に,図版左上隅の第一項目の位置に丸印のついた画像を3秒間呈示することで,眼球停留の初期位置を統制した。提示図版は,最後の刺激項目を参加

者が読み終わったところで検査者により消去することにした。課題遂行における参加者の音声反応は,ボイスレコーダー(Olympus社製Voice Trek DS-71)を用いて記録した。条件の実施順は,1)仮名条件,2)数字条件,3)線画条件,4)交互条件の固定順とした。各条件は,練習試行と本試行からなり,両試行は同じ刺激項目をランダムに並べ替えたものとした。試行間には,30秒以上の休憩時間を設定した。2.4.装置 眼球運動については,Tobii Technology 社製T120アイトラッカーで測定した。刺激は,参加者の前方約70cmの距離に置かれた17インチ液晶ディスプレイに提示された。本ディスプレイは,アイトラッカー専用のもので,PCにより制御された。データの解析には,Tobii Studio 解析ソフトを使用した。眼球停留フィルタについては,velocity threshold 50 pixels/window, distance threshold 70 pixelsに設定した。眼球運動計測のためのキャリブレーション(9点法)の後に,各試行を実施した。2.5.分析方法 課題遂行時における音読時間に関しては,ボイスレコーダーで記録した音声データを音声解析ソフト(インターネット社製sound it! 3.0 LE)により分析した。各試行について,最初の項目の命名開始時点から最後の項目の命名終了時点までの時間間隔を算出した。眼球運動については,眼球停留回数と復帰回数(行かえのための復帰現象は含まない)を算出した。

3.結果

 課題遂行における音読時間については,全参加者で算出した。眼球運動については,参加者のうち2名で分析可能なデータが得られなかった。ゆえに,音読時間については全参加者9名で分析し,眼球運動ならびに音読時間と眼球運動の関連については,両方のデータが得られた7名の結果を分析することにした。参加者の音読時間,眼球停留回数,復帰回数の平均と標準偏差をTable 1に示す。

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3.1.音読時間 Table 1に示したように,仮名条件と数字条件に比較して線画条件の音読時間に大きな遅延がみられた。繰り返しのある一元配置分散分析を実施した結果,条件間の差は有意であった

(F (3,24)=79.9,p<.0001)。TukeyのHSD検定を実施した結果,仮名条件と数字条件の対比以外は有意であった(ps<.001)。3.2.眼球停留回数 Table 1に示したように,線画条件において眼球停留回数が多かった。課題遂行中の眼球停留回数について繰り返しのある一元配置分散分析を行った結果,条件間の差は有意であった(F (3,18)=11.0,p<.001)。TukeyのHSD検定の結果,仮名条件と線画条件,数字条件と線画条件,数字条件と交互条件の差が有意であった(ps<.05)。3.3.復帰回数 復帰回数について,繰り返しのある一元配置分散分析を行った結果,条件間の差は有意であった(F (3,18)=3.98,p=.025)。TukeyのHSD検定を実施したところ,数字条件と線画条件に有意差が認められた(p<.05)。

Table 1. 参加者の音読時間,眼球停留回数および復帰回数の平均と標準偏差

音読時間(sec) 眼球停留回数(回) 復帰回数(回)仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互

平均 6.66 5.91 12.33 9.58 25.7 23.0 28.9 26.3 1.9 1.1 3.0 2.4標準偏差 1.44 1.36 1.31 1.49 4.6 2.7 3.6 4.3 2.0 1.2 2.6 2.1

Figure 1. RAN課題4条件における音読時間と眼球停留回数・復帰回数の散布図

Figure 2. RAN課題数字条件において刺激項目数よりも眼球停留回数が少なかった事例Aの眼球運動軌跡

10

15

20

25

30

35

40

2 4 6 8 10 12 14 16

眼球

停留

回数

(回

音読時間 (sec)

A. 音読時間 vs 眼球停留回数

仮名 数字 線画 交互

0

2

4

6

8

10

2 4 6 8 10 12 14 16

復帰

回数

(回

音読時間 (sec)

B. 音読時間 vs 復帰回数

仮名 数字 線画 交互

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3.4.音読時間と眼球停留回数・復帰回数との関連性

 RAN課題4条件における音読時間と眼球停留回数,音読時間と復帰回数の関連性について確認するため,Figure 1に散布図を示す。音読時間と眼球停留回数(Figure 1A)については,4条件の結果を合わせてみると,音読時間が長いほど眼球停留回数が多くなるという傾向がみられた。一方,音読時間と復帰回数(Figure 1 B)については,一貫性を示すような特徴はなく,個人差が大きいことが見受けられた。3.5.事例分析 数字条件において最も早い音読時間を示した事例Aは,刺激項目数(20字)よりも眼球停留回数(18回)の方が少なかった。事例Aの数字条件遂行時における眼球運動の軌跡をFigure 2に示す。2行目と3行目の右端の数字に対して眼球停留が生じておらず,第4列の数字から次の行頭の数字へとサッカードが出現していた。 眼球停留回数の個人差が最も大きかった条件は,仮名条件であった。そこで,仮名条件において最も眼球停留回数が少なかった事例A,最も眼球停留回数が多かった事例B,最も音読時間が長かった事例Cのそれぞれの眼球運動軌跡をFigure 3に示す。なお,最も眼球停留回数が少なかった事例Aは,参加者のなかでも最も音読時間が短かった。Figure 3Aにみられるように,事例Aの眼球運動は,各項目に対して眼球停留1回で正確に走査していた。一方,事例Bは,項目から外れた位置への眼球停留が特徴的であった(Figure 3B)。事例Cは,軌跡が事例Aに類似しているが,眼球停留が複数回生じた項目が認められた(Figure 3C)。

4.考察

4.1.課題条件による音読時間の差 本研究では,刺激材料により課題遂行が大きく異なり,全体として線画に対する音読時間が最も長かった。この傾向は,個々の参加者においても共通して出現しており,仮名条件や数字条件と比べて,線画条件で音読時間が延長して

事例 A

事例 B

事例 C

Figure 3. RAN課題仮名条件において眼球停留回数が最少の参加者(事例A),最多の参加者(事例B),音読時間が最も長かった参加者(事例C)の眼球運動軌跡

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いたが,仮名条件と数字条件の差はほとんどなかった。このことは,就学前児から小学生を対象とした小林らの一連の研究(小林ら,2003;Kobayashi,Haynes,Hook,& Macaruso,2007;Kobayashi,Haynes,Macaruso,Hook,& Kato,2005)の結果と一致していた。仮名条件と数字条件で差がなかったことは,就学前6歳児を対象としてRAN課題を実施した金子・宇野・春原(2004)が指摘したように,数字と仮名文字の情報処理過程が近似していることによるものと考えられる。 線画条件の音読時間が他の条件に比べて有意に延長したことは,対象が成人であっても,線画の意味的符号化に時間がかかってしまい,言語刺激に比べて処理の自動化には至らない可能性が想定される。また小林ら(2011)が指摘したように,数字条件では10歳頃に自動化が完成され,成人においても同様に自動化により音読時間を短くしていると考えられる。4.2.RAN課題遂行時の眼球運動パタン 本研究では,一試行あたりの刺激項目数は,全ての条件で一貫して20項目に設定した。このことから,平均値で見ると,いずれの条件も項目数以上の眼球停留回数が確認された。これは,注視点の復帰現象や,刺激のない位置へのサッカードが生じていることを示唆するものである。なかでも線画条件や交互条件と比べて,数字条件が有意に眼球停留回数の少ない理由として,数字条件遂行時において,行かえにおける眼球運動軌跡の短縮が生じていた参加者が存在していたことが考えられる。また,線画条件と比べて,数字条件は,復帰回数が有意に少なかったことも,数字条件の眼球停留回数が少ないことと関係しているだろう。4.3.音読時間と眼球停留パタンとの関係 眼球運動の計測が可能であった7名のうち,数字条件において,事例Aは,音読時間が3.82secで最も成績が良好であり,かつ眼球停留回数が刺激項目数である20回よりも少ない18回であり,2行目および3行目の改行において眼球運動の短縮が生じていた(Figure 2)。2行目と3行目の末尾の数字については眼球停留

を行わなくとも行動上での音読に欠落がなかった。このことは,事例Aの文字認識における有効視野が他の参加者よりも広く,刺激の間隔が4.5°という広さであっても,眼球停留を行わずに刺激情報の読み取りに成功していた可能性が考えられる。 関口・吉田(2012)は,日本人の読み書き障害児と健常児における読みの有効視野の特徴について比較しており,その結果として読み書き障害児の読みの有効視野は,健常児に比べて狭いことを報告している。その原因の一つとして,読み書き障害児は,読みの困難から中心視での処理に注意の多くを費やしており,そのために周辺視野へ分配する注意の量が少なくなっている可能性があると推察している。また,池田(1988)によれば,アメリカ人が視野制限をした状態で読む英文と,視野制限を行わずに読む日本文の眼球運動の軌跡が類似していた。これらのことから,文字認識における有効視野の広さと読み能力には関係性があるといえよう。今回,読みスキルの熟達が期待される成人を対象としたRAN課題で,全体的に数字条件の眼球停留回数が少なかったことは,他の条件に比べて数字条件では有効視野が広く,傍中心視が効果的に活用されていたのではないかと考えられる。50音のパタンがある仮名条件や,一つひとつの絵に対して意味処理が必要となる線画および交互条件と比べて,1から9までの候補しかない数字で構成されている数字条件は明らかに処理負荷が低いといえる。その結果,事例Aのような特に読みの熟達した参加者においては,傍中心視を利用して文字認識を達成することができ,音読遂行の効率を上げることが可能になったのではないかと考えられる。 事例Aは,仮名条件においても,最も成績が良好であり,音読時間は4.99secであった。眼球停留回数20回であり,数字条件でみられた短縮行動はなかったが,刺激項目数と同数の眼球停留であり,効率的な眼球運動であったといえる(Figure 3A)。仮名条件において眼球停留回数が35回と最も回数の多かった事例B(Figure 3B)と音読時間が8.83secと最も長かっ

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た事例C(Figure 3C)の眼球運動の軌跡は興味深いものであった。 事例Bについては,眼球運動の軌跡が不安定であり,次の刺激項目に視線を移動するまでに,刺激項目とは異なる位置への眼球停留が頻繁に出現していた。この眼球運動パタンは,奥村ら(2006)が指摘した逆行の衝動性眼球運動とは異なるものである。戻り読みのための眼球運動ではなく,ターゲットとなる刺激項目に対して適切に眼球を飛躍させることが効率的に出来ていない様子であり,比較的小さな調整的サッカード(corrective saccade)が出現していたと考えられる。なお,事例Bは,このような眼球運動軌跡が生じていたにもかかわらず,音読時間の延長は見られなかった。本研究のRAN課題が読みスキルが熟達した成人にとっては比較的単純な課題であったことが,眼球運動の効率の悪さが課題遂行に影響を及ぼさなかった原因ではないかと考えられる。なお,認知処理の負荷が高まる複雑な条件によるRAN課題や文章音読課題を行った際には,事例Bのような不規則な眼球停留が生じた場合には,文字認識が完了する前に他の場所へ視線が動いてしまうことで処理に時間がかかり,その結果,音読時間が延長するといった影響を被る可能性があるのではないかと推察される。 事例Cについては,基本的には刺激周辺で眼球停留が行われているが,一度の注視で次項目の刺激へ移動するのではなく,同じ刺激項目上で複数回の眼球停留が生じていた。つまり事例Cは,眼球停留の位置を少しずらしながらも,文字認識が完了して音声に表出するまで,その刺激項目への注視を継続していたと考えられる。音読時間の延長は,こうして同じところを何度も見ていることで生じている可能性がある。なお,事例Cのような眼球運動の軌跡も,より複雑なRAN課題の条件を設定することで,音読時間だけでなく眼球停留回数においても顕著な増加がみられるかもしれない。 以上の事例分析より,事例Aの課題遂行成績が良好であったのは,一度の眼球停留,つまり刺激項目数に対して最小限の眼球停留回数で,

文字の視覚処理を実行することができていたために,流暢な音読が達成されたといえよう。 RAN課題4条件において,音読時間と眼球停留回数の関係から,音読時間が長いほど眼球停留回数が多くなるという結果を得た。これは読み能力が,文字の再符号化だけではなく,眼球停留回数が少ない効率的な眼球運動を達成する能力とも関係があることを示唆するものである。さらに眼球停留回数を少なくするために,読みスキルの熟達した成人の読者は,傍中心視における文字認識を向上させることで,また一度の注視でより多くの視覚情報を得られていることで,RAN課題の効率的な遂行を達成していたと考えられる。

付記

 本論文は,第一筆者が香川大学大学院教育学研究科に提出した修士論文の一部をまとめ直したものである。本論文に掲載された執筆者の所属は,研究当時のものである。

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