変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:unwto, tourism highlights...

22
- 151 - 変容する世界航空界・その 6 インバウンド旅行市場東日本大震災 酒 井 正 子 はじめに 20113 11日東日本大震災の発生と津波襲 来、続く福島第一原子力発電所事故は、国内経 済を一時麻痺させるほどの衝撃を与えた。旅行 市場も壊滅的被害を受けたが、とりわけ手痛い 後遺症に苦しんでいるのがインバウンド旅行市 場である。事故直後に激減した訪日外国人は夏 から秋、冬期に入って回復基調に向かっている ものの、関連業種とそれに深く関わる地域にお いて、地元経済への打撃は言い知れない。 本稿の目的は、世界と国内外における最新の 旅行市場動向を概観したうえで、東日本大震災 がわが国の旅行市場に与えた影響を測り、いか にして立ち直るかを考察することにある。 1 節で、最近の世界における旅行市場の動 向をみていく。経済が米国リーマンショックに 端を発する停滞から脱するにつれて、世界の旅 行市場も、2010年夏から大きく回復しているこ とを示す。第 2 節では、日本の2010年までの旅 行市場をみる。わが国旅行市場は回復が遅れ気 味で、成長著しいアジアにあって、現状を維持 するだけで精一杯であったことを示す。続く第 3 節においては、2011年に入ってから直近まで の旅行市場を取り上げる。今時の東日本大震災 と福島第一原子力発電所事故がわが国旅行市場 にもたらしている影響の大きさを2001年米国同 時多発テロ時とも比較する。そしてわが国政府 が旅行市場振興、とりわけインバウンド観光振 興に取り組もうとしている施策について触れる。 最終第 4 節において世界旅行市場の将来需要予 測をとりあげ、それを踏まえて中国に的を絞り わが国旅行市場のサバイバルを考える。 1.世界の旅行市場 1.1 世界のインバウンド旅行市場 2010年世界のインバウンド旅行市場は、国連 世界観光機関(UNWTO)データによれば、旅行 者数 9 4,000万人、対前年比6.6%の伸びであっ た。当該旅行市場は20089 月の米国リーマン ショックに端を発する世界経済の停滞から脱す る過程にあり、旅行者数で2008年実績を追い越 した。 一方、収入規模でみると、2010US$919,000 百万、日本円で約74兆円(US$180円で計算) に相当し、対前年比 4.7 %増を記録したが、 2008年規模に戻していない。これは、後節の1.2 で触れるが、旅行者が支払う単価が世界的に減 少傾向にあることが背景にある。 インバウンド旅行産業は今日世界の主要な国 際貿易産業として上し、石油化学の産業にいでンクされる業種に成長してき た。過60の国外旅行者数は、1950年のわ 2,500 万人から、 1980 2 7,700 万人、 19904 3,500万人、20006 7,500万人、そ して20109 4,000万人へと大の一辿ている(1 )。2000年から2010年までの直近10

Upload: others

Post on 15-Jul-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 151 -

変容する世界の航空界・その 6

インバウンド旅行市場と東日本大震災

酒 井 正 子

はじめに

2011年 3 月11日東日本大震災の発生と津波襲

来、続く福島第一原子力発電所事故は、国内経

済を一時麻痺させるほどの衝撃を与えた。旅行

市場も壊滅的被害を受けたが、とりわけ手痛い

後遺症に苦しんでいるのがインバウンド旅行市

場である。事故直後に激減した訪日外国人は夏

から秋、冬期に入って回復基調に向かっている

ものの、関連業種とそれに深く関わる地域にお

いて、地元経済への打撃は言い知れない。

本稿の目的は、世界と国内外における最新の

旅行市場動向を概観したうえで、東日本大震災

がわが国の旅行市場に与えた影響を測り、いか

にして立ち直るかを考察することにある。

第 1 節で、最近の世界における旅行市場の動

向をみていく。経済が米国リーマンショックに

端を発する停滞から脱するにつれて、世界の旅

行市場も、2010年夏から大きく回復しているこ

とを示す。第 2 節では、日本の2010年までの旅

行市場をみる。わが国旅行市場は回復が遅れ気

味で、成長著しいアジアにあって、現状を維持

するだけで精一杯であったことを示す。続く第

3 節においては、2011年に入ってから直近まで

の旅行市場を取り上げる。今時の東日本大震災

と福島第一原子力発電所事故がわが国旅行市場

にもたらしている影響の大きさを2001年米国同

時多発テロ時とも比較する。そしてわが国政府

が旅行市場振興、とりわけインバウンド観光振

興に取り組もうとしている施策について触れる。

最終第 4 節において世界旅行市場の将来需要予

測をとりあげ、それを踏まえて中国に的を絞り

わが国旅行市場のサバイバルを考える。

1.世界の旅行市場

1.1 世界のインバウンド旅行市場

2010年世界のインバウンド旅行市場は、国連

世界観光機関(UNWTO)データによれば、旅行

者数 9 億4,000万人、対前年比6.6%の伸びであっ

た。当該旅行市場は2008年 9 月の米国リーマン

ショックに端を発する世界経済の停滞から脱す

る過程にあり、旅行者数で2008年実績を追い越

した。

一方、収入規模でみると、2010年US$919,000

百万、日本円で約74兆円(US$1=80円で計算)

に相当し、対前年比4.7%増を記録したが、

2008年規模に戻していない。これは、後節の1.2

で触れるが、旅行者が支払う単価が世界的に減

少傾向にあることが背景にある。

インバウンド旅行産業は今日世界の主要な国

際貿易産業として浮上し、石油、化学、自動車

の産業に次いでランクされる業種に成長してき

た。過去60年間の国外旅行者数は、1950年のわ

ずか 2,500万人から、 1980年 2 億 7,700万人、

1990年 4 億3,500万人、2000年 6 億7,500万人、そ

して2010年 9 億4,000万人へと拡大の一途を辿っ

ている(表 1 )。2000年から2010年までの直近10

Page 2: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 152 -

年間の年平均伸び率は3.4%である。

この急成長を牽引しているのが、かつては先

進国であったが、近年は新興国と呼ばれる国々

に役割が移ってきており、21世紀に入って、こ

とに中東とアジア太平洋地域の伸張が目覚まし

い(表 2 )。この 2 つの地域について旅行者受入

数を対前年比でみると、それぞれに14.1%と

12.7%伸びており、2000年から2010年の10年間

でみても、それぞれ年平均9.6%、6.3%増とい

う高率だ。この伸び率は、上述のように同期間

における世界全体の伸び率が年平均3.4%であっ

たことを勘案すると驚異的な成長率と言えよう。

収入額についても、中東とアジア太平洋地域は

前年2009年比でそれぞれ14.4%、12.8%増とい

うさらに大きな成長を示す。

急成長 2 地域のうち、アジア太平洋地域は、

2010年旅行者数で世界の21.7%、収入額でも

27.1%のシェア規模を誇る。なかでも日本、中

国、韓国を含む北東アジアのシェアがそのほぼ

半分近くを占め、北東アジアの過去10年間のイ

ンバウンド旅行者受入数の伸び率は平均6.7%

と地域全体の6.3%より0.4ポイント高い。なか

でも、中国のインバウンド旅行者数は突出して

おり、2010年5,567万人世界 3 位を占める。こ

れに韓国880万人28位、日本861万人30位が続

くのだが、韓国、日本より上位にマレーシア 9

位、香港14位、タイ16位、マカオ19位、シンガ

ポール26位が割って入っていることに注目した

い(図 1 )。

世界のインバウンド旅行者の旅行目的をみる

と、過半数51%が休暇であり、友人親戚訪問

(VFR)等が27%、業務が15%を占める。また利

用交通機関は過半数の51%が航空、自動車 41%、

鉄道 2 %、船舶 6 %という内訳である(図 2 )。

表1 世界のインバウンド旅行市場 地域別訪問者数の推移 (単位:百万人)

地 域 1990 1995 2000 2005 2008 2009

2010

実績 前年比

(%)

シェア

(%)

世界全体 435 528 675 798 917 882 940 6.6 100.0

先進国 296 334 417 453 495 474 498 5.1 53.0

その他 139 193 257 345 421 408 442 8.3 47.0

アジア太平洋 55.8 82.8 110.1 153.6 184.1 180.9 203.8 12.7 21.7

北東アジア 26.4 41.3 58.3 85.9 109.9 98.0 111.6 13.8 11.9

東南アジア 21.2 28.4 36.1 48.5 61.8 62.1 69.6 12.1 7.4

オセアニア 5.2 8.1 9.6 11.0 11.1 10.9 11.6 6.1 1.2

南アジア 3.2 4.2 6.1 8.1 10.3 9.9 11.1 11.9 1.2

アメリカ 92.8 109.0 128.2 133.3 147.8 140.6 149.8 6.4 15.9

北アメリカ 71.7 80.7 91.5 89.9 97.7 92.2 98.2 6.6 10.5

カリブ海 11.4 14.0 17.1 18.8 20.1 19.5 20.1 3.0 2.1

中央アメリカ 1.9 2.6 2.6 6.3 8.2 7.6 7.9 3.8 0.8

南アメリカ 7.7 11.7 11.7 18.3 21.8 21.3 23.5 9.7 2.5

ヨーロッパ 261.5 304.1 385.6 439.4 485.2 461.5 476.6 3.3 50.7

北ヨーロッパ 28.6 35.8 43.7 57.3 60.8 57.7 58.1 0.3 6.2

西ヨーロッパ 108.6 112.2 139.7 141.7 153.2 148.6 153.7 3.4 16.3

中東ヨーロッパ 33.9 58.1 69.3 87.5 100.0 90.2 95.1 5.4 10.1

南ヨーロッパ 90.3 98.0 133.0 153.0 171.2 165.1 169.7 2.8 18.1

アフリカ 14.8 18.9 26.5 35.4 44.4 46.0 49.4 7.3 5.2

北アフリカ 8.4 7.3 10.2 13.9 17.1 17.6 18.7 6.2 2.0

中南アフリカ 6.4 11.6 16.2 21.5 27.2 28.4 30.7 8.0 3.3

中 東 9.6 13.7 24.1 36.3 55.2 52.9 60.3 14.0 6.4

出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011

Page 3: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 153 -

表2 世界のインバウンド旅行市場(2010年)

地 域

旅行者 収 入 額

旅行者数

(百万人)

シェア

(%)

年伸び率

00-10

US$

(10億)

シェア

(%)

前年比

09-10

全世界 940 100 3.4 919 100 4.7

先進国 498 53.0 1.8 589 63.1 4.4

その他 442 47.0 5.6 339 36.9 5.1

アジア太平洋 203.8 21.7 6.3 248.7 27.1 12.8

(北東アジア) 111.6 11.9 6.7 122.4 13.3 15.9

日本 8.6 0.9 2.3 13.2 1.4 -

中国 55.7 5.9 - 45.8 5.0 -

韓国 8.8 0.9 - 9.8 1.1 -

アメリカ 149.8 15.9 1.6 182.2 19.8 5.0

(北アメリカ) 98.2 10.5 0.7 131.2 14.3 6.2

ヨーロッパ 476.6 50.7 2.1 406.2 44.2 -0.4

アフリカ 49.4 5.2 6.4 31.6 3.4 4.0

中 東 60.3 6.4 9.6 50.3 5.5 14.4

出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集

図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数 上位40ヵ国(2010年)

出典:日本政府観光局( JNTO)

注:本表の数値は2011年6月時点の暫定値

6,047

6,334

6,865

6,902

7,003

(7,189)

7,217

7,432

8,074

8,546

8,611

8,628

8,798

9,097

9,161

9,288

(9,335)

9,510

10,850

10,883

11,926

12,470

14,051

15,007

15,842

16,095

20,085

20,271

21,203

22,004

22,395

24,577

26,874

27,000

28,133

43,626

52,877

55,665

59,745

76,800

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000 70000 80000 90000

ブルガリア

チェコ

ポルトガル

チェニジア

インドネシア

アイルランド

ベルギー

アラブ首長国連邦

南アフリカ共和国

シリア

日本

スイス

韓国

デンマーク

シンガポール

モロッコ

クロアチア

ハンガリー

サウジアラビア

オランダ

マカオ

ポーランド

エジプト

ギリシャ

タイ

カナダ

香港

ロシア

ウクライナ

オーストリア

メキシコ

マレーシア

ドイツ

トルコ

英国

イタリア

スペイン

中国

米国

フランス

千人

1位

10位

20位

30位

40位

Page 4: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 154 -

アウトバウンド旅行者数(出国者数)について

もみてみたい。UNWTOによれば、2010年にお

ける出発地域別のアウトバウンド旅行者数では、

欧州諸国からの旅行者が世界全体の過半数であ

る52.8%を占め、次いでアジア太平洋諸国から

21.0%、そして米州16.4%が続く。さらにアジ

ア太平洋地域を国別にみると、中国4,766万人

世界 4 位、日本1,545万人 9 位、韓国949万人21

位のように北東アジア 3 大国が上位に名を連ね、

インバウンド旅行者受入国で上位に浮上してい

たマレーシア、香港、タイ、マカオ、シンガ

ポールなどは下位ランクになってしまう。

さて、近年成長著しいアジア太平洋地域のな

かでも、中国の最近の成長は圧倒的である。前

述のように2010年世界の旅行者受入国としてフ

ランス、米国に続く世界 3 位を誇り、スペイン、

イタリア、英国を凌ぐ。そればかりか、収入規

模においても世界 4 位に位置する(表 3 )。

世界旅行市場が現在のペースで増えていけば、

中国が米国、フランスを抜き世界トップに躍り

出る日はそう遠くない。

1.2 世界の航空旅客市場

世界の旅行市場を、移動交通手段として過半

を占める航空についてみてみたい。

世界の定期航空輸送業界は、国際航空運送協

表3-1 インバウンド旅行者受入上位10ヵ国

国名 旅行者数(百万人) 伸び率

2009 2010 08-09 09-10

1 フランス 76.8 76.8 -3.0 0.0

2 米国 55.0 59.7 -5.1 8.7

3 中国 50.9 55.7 -4.1 9.4

4 スペイン 52.2 52.7 -8.8 1.0

5 イタリア 43.2 43.6 1.2 0.9

6 英国 28.2 28.1 -6.4 -0.2

7 トルコ 25.5 27.0 2.0 5.9

8 ドイツ 24.2 26.9 -2.7 10.9

9 マレーシア 23.6 24.6 7.2 3.9

10 メキシコ 21.5 22.4 -5.2 4.4

表3-2 インバウンド旅行収入上位10ヵ国

国名 旅行収入(10億$) 伸び率

2009 2010 08-09 09-10

1 米国 94.2 103.5 -14.7 9.9

2 スペイン 53.2 57.5 -13.7 -1.2

3 フランス 49.4 46.3 -12.7 -6.2

4 中国 39.7 45.8 -2.9 15.5

5 イタリア 40.2 38.8 -12.0 -3.6

6 ドイツ 34.6 34.7 -13.2 0.1

7 英国 30.1 30.4 -16.3 0.8

8 豪州 25.4 30.1 2.5 18.6

9 香港 16.4 23.0 7.5 39.5

10 トルコ 21.3 20.8 -3.2 -2.1

出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011

会(IATA)データによれば、2010年において対前

年比で国内線6.1%増、国際線8.3%増、合わせ

て7.5%増加した。前年2009年がそれぞれ0.9%

減、2.5%減、合わせて1.9%減少であったこと

を考えると、前年からの経済金融不況から脱し

図2 全世界インバウンド旅行者の旅行目的(左図)と利用交通機関(2010年)

出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011

Page 5: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 155 -

たと言える。しかし、データ元のIATAは続け

て「しかし、市場が成熟し、かつ景気循環の底

につけている日本と米国を除く」とただし書き

を加えている。世界の航空会社は需要増にあわ

せて収支でも好転し、2010年は税引き後で高い

利益をあげている(図 3 )。

地域別に大きく伸びたのは旅客キロ・ベース

で中東の17.7%、中南米13.2%、アフリカ12.9%

であり、アジア太平洋 9 %、北米7.4%、欧州は

最少の 5 %に留まった。国別で大きく伸びたの

は、インド 20.2%、ブラジル 19.3%、中国

14.6%で、この 3 ヵ国はいずれも人口が多く、

2014年までにさらに 1 億4,000万人の増加をみる

図3 世界の航空会社の収支推移(1996~2010年)

出典:IATA, Annual Report 2011

図4 エコノミークラスとプレミアムクラス需

要の推移(2004~2011年)

出典:IATA, Annual Report 2011

であろうとIATAは予測しており、航空需要の

さらなる伸びが予想される。翻って、日本の

2010年需要伸び率は1.4%に沈んだ。

世界の航空需要は2010年に戻ったが、このこ

とが本格的回復だと断定できるのか。IATAは、

座席クラス別の実績推移をあげて、エコノミー

クラス需要は旺盛であるものの、ワンランク上

のプレミアムクラス需要は2008年以来落ち込ん

だままであると報告している(図 4 )。つまり旅

客の旅行単価は将来とも伸び悩みが続き、航空

会社の収支面からみた望ましい航空需要の本格

的回復はまだ先になると考えられる。

航空輸送業界にみる利用者低価格志向の傾向、

すなわち二極分化の流れは、他の交通手段にお

いても同様であろう。

2.日本の旅行市場

2.1 日本インバウンド旅行市場

わが国の国際旅行市場を旅行者数でみると、

2010年訪日外国人客(日本のインバウンド旅行

市場)861万人、日本人海外渡航者数(アウトバ

ウンド旅行市場)1,630万人。 2 つを足しあわせ

て、日本の国際旅行市場は2,491万人である。

これは過去最高値の2007年2,564万人と比較し

て70万人強少ない(図 5 )。

顧みれば、1990年代からのデフレ経済下「日

本の失われた10年」間においてもわが国の旅行

市場は着実な伸びをみせていたものの、2000年

代に入り2001年の 9・11米国同時多発テロ、

2003年のアジアSARS禍、2007年から2009年に

かけてのサブプライムローン、リーマンショッ

クなど不安な世界情勢を敏感に映して旅行需要

は激しい上下動を繰り返し見せた。その結果、

2000年から2010年の10年間に出入国者数10.3%

増、伸び率はわずか年平均0.99%の増加でしか

ない。これも訪日外国人旅行者が同じ10年間で

約400万人増(81.1%増)が寄与している数値で

あって、個別にみれば訪日外国人旅行者の10年

Page 6: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 156 -

間伸び率年平均6.1%増に対して、日本人海外

渡航者数は100万人減(8.5%減)、年平均0.89%

の減少率に相当する。

つぎに、日本インバウンド旅行者全体につい

て、日本渡航目的をみると、おおむね観光:商

用(業務):その他=74 : 16 : 10の割合である(表

4 )。とくに観光目的では、30年前の1980年55%、

10年前の2000年の56%という割合から2000年代

以降徐々に増加して2010年には73.9%を占める

までに上昇しているのに対して、商用目的の割

合は1995年の31.3%から2010年の16.2%にいた

るまで低下を辿っている。商用旅行者数が減少

しているわけではなく、観光を目的とする旅行

者の増加がそれをはるかに上回った結果である。

世界の人々が観光・レジャーを求めて国境を越

える旅行をより志向するようになっているなか、

日本を訪れる外国人の大多数もわが国の風土、

文化、歴史に強い関心を抱いて来日しているこ

図5 日本の出入国者数の推移(1965年~2010年)

出典:国土交通省資料より筆者作成

表4 外国人入国者にみる渡航目的別の推移

滞 在 客一時上陸客

計 観光客

商用客 その他客構成比 前年比 構成比 構成比 構成比 構成比

1975 707,790 87.2 117 447,073 55.1 83,923 10.3 176,794 21.8 103,882 12.8

1880 1,165,010 88.5 112 728,371 55.3 115,843 8.8 320,796 24.4 151,622 11.5

1985 2,102,296 90.3 112 1,328,782 57.1 555,685 23.9 217,829 9.4 224,751 9.7

1990 3,117,592 96.3 116 1,879,497 58.1 870,738 26.9 367,357 11.4 118,268 3.7

1995 3,241,650 96.9 95.9 1,731,439 51.8 1,047,536 31.3 462,675 13.8 103,624 3.1

2000 4,614,190 97.0 107.0 2,693,356 56.6 1,292,888 27.2 627,946 13.2 142,956 3.0

2005 6,653,039 98.9 110.8 4,368,573 64.9 1,477,162 22.0 807,304 12.0 74,887 1.1

2006 7,282,544 99.3 109.5 4,981,035 67.9 1,523,013 20.8 778,496 10.6 51,533 0.7

2007 8,346,969 100.0 114.6 5,954,180 71.3 1,575,858 18.9 816,931 9.8 * *

2008 8,350,835 100.0 100.0 6,048,681 72.4 1,455,284 17.4 846,870 10.1 * *

2009 6,789,658 100.0 81.3 4,759,833 70.1 1,192,622 17.6 837,203 12.3 * *

2010 8,611,175 100.0 126.8 6,361,974 73.9 1,394,586 16.2 854,615 9.9 * *

出典:日本政府観光局(JNTO)

*:2007年からは「一時上陸客(通過客)」は「観光客」に含まれる

JNTOによれば、短期滞在者に対する訪日ビザ免除措置等により「一時上陸客」の把握ができず、2007

年度以降「観光客」に組み入れることになったもの

Page 7: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 157 -

とを示しているのではないか。日本のインバウ

ンド旅行者を倍増させようとする観光行政はこ

こに着眼して進められていることは言うまでも

ない。

2010年の日本訪問861万人の国籍は多岐にわ

たる(表 5 )。特徴的なのは、アジア諸国からの

旅行者数が圧倒的に多いことであろう。アジア

諸国から日本への旅行者数は実に 4 分の 3 を占

める(図 6 )。このことは、UNWTO報告書が、

世界 9 億4,000万人の 8 割弱が旅行者自身の属す

地域の域内旅行をしていると指摘していること

を如実に裏付けている。

訪日外国人の中でも圧倒的上位を占めるのは、

韓国、中国、台湾、米国、台湾の 5 ヵ国である。

ここで特筆すべきは、表 5 で示すように、2000

年、2005年から2010年への旅行者数推移をみる

と、米州、欧州の諸国からよりもアジア諸国か

らの訪日客数が大きく伸びている事実である。

その結果、韓国、中国、台湾、香港のアジア 4 ヵ

国からの訪問者が訪日外客全体に占める割合は、

2000年の54.1%から2005年59.0%、2010年には

65.4%へと存在感を高め、過去10年間に11.3ポ

イントも上昇している。アジア諸国がそれぞれ

大きな経済力をつけたことの証左でもあろう。

つぎに、それら 4 ヵ国からの訪日目的をみる

と、図 6 のとおり、韓国、台湾、香港からの旅

図6 訪日外国人の国籍(2010年)

出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011

表5 国籍別訪日外客数と推移 上位25ヵ国

2010年

順位 国・地域名

2000年 2005年 2010年

人数(人) 構成比% 前年比% 人数(人) 構成比% 前年比% 人数(人) 構成比% 前年比%

1 韓国 1,064,390 22.4 112.9 1,747,171 26.0 110.0 2,439,816 28.3 153.8

2 中国 351,788 7.4 119.3 652,820 9.7 106.0 1,412,875 16.4 140.4

3 台湾 912,814 19.2 98.0 1,274,612 18.9 118.0 1,268,278 14.7 123.8

4 米国 725,954 15.3 104.1 822,033 12.2 108.2 727,234 8.4 103.9

5 香港 243,149 5.1 96.2 298,810 4.4 99.5 508,691 5.9 113.2

6 オーストラリア 147,393 3.1 108.9 206,179 3.1 106.1 225,751 2.6 106.7

7 タイ 64,778 1.4 116.1 120,238 1.8 114.7 214,881 2.5 121.0

8 英国 192,930 4.1 105.5 221,535 3.3 102.7 184,045 2.1 101.4

9 シンガポール 73,745 1.6 109.2 94,161 1.4 104.6 180,960 2.1 124.6

10 カナダ 119,168 2.5 111.6 150,012 2.2 105.6 153,303 1.8 100.4

11 フランス 79,079 1.7 112.6 110,822 1.6 115.6 151,011 1.8 106.9

12 ドイツ 88,309 1.9 101.1 118,429 1.8 111.4 124,360 1.4 112.3

13 マレーシア 62,163 1.3 119.0 78,173 1.2 107.9 114,519 1.3 127.9

14 インドネシア 53,838 1.1 124.5 58,974 0.9 106.7 80,632 0.9 126.7

15 フィリピン 112,182 2.1 120.2 139,572 2.1 90.3 77,377 0.9 108.2

16 インド 38,767 0.8 107.9 58,572 0.9 110.5 66,819 0.8 113.4

17 イタリア 33,506 0.7 111.3 44,691 0.7 114.8 62,394 0.7 104.7

18 ロシア 32,000 0.7 127.4 63,609 0.9 112.5 51,457 0.6 109.6

19 スペイン 14,161 0.3 111.1 25,729 0.4 138.2 44,076 0.5 103.7

20 ベトナム 9,964 0.2 113.0 22,138 0.3 116.2 41,862 0.5 122.3

21 オランダ 27,506 0.6 113.0 30,507 0.5 103.6 32,837 0.4 105.3

22 ニュージーランド 31,252 0.7 107.9 34,981 0.5 100.9 32,061 0.4 101.6

23 スウエーデン 20,916 0.4 102.7 23,097 0.3 109.5 29,188 0.3 110.6

24 スイス 17,152 0.4 103.3 23,230 0.3 115.6 26,005 0.3 112.6

25 ブラジル 16,953 0.4 107.0 17,201 0.3 131.7 21,393 0.2 126.6

出典:国土交通省 観光庁資料より筆者作成

韓国28.3%

うち観光目的80.9%

中国16.4%

うち観光目的

58.9%台湾14.7%

うち観光目的89.8%

香港5.9%

うち観光目的

93.0%

その他アジア 10.4%

米大陸11.0%うち観光目的62.5%

欧州 9.9%うち観光目的62.1%

アフリカ 0.3%うち観光目的33.5% オセアニア3.0%

うち観光目的79.0%

Page 8: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 158 -

行者は2010年において観光目的が80%~90%強

という圧倒的多数を占める反面、中国からの旅

行者の観光目的は58.9%とまだ過半に留まって

いるなど、他の 3 ヵ国と比較して少ないことが

特徴として挙げられる。

ただし、訪日中国人旅行者数を2000年から

2010年までの10年間推移でみると、その間の伸

び率は年平均14.9%という驚異的な数値を示し

ており、2000年時点の韓国、台湾に続く 3 位か

ら2010年には台湾を抜いて 2 位に浮上したのも

頷ける。しかも、観光目的の中国人渡航者数を

みると、2000年の訪日旅客数35.2万人のうち観

光目的が4.5万人12.9%であったが、2010年に

142万人のうち観光目的が83.1万人58.9%にまで

伸びて、年平均33.8%という信じ難いほどの伸

び率だ(図 7 )。

中国人の訪日観光目的の割合が、今後、他の

アジア 3 ヵ国と同じ80%から90%程度の水準ま

で伸びていくと考えられるから、これを日本の

インバウンド旅行市場から俯瞰すれば、中国を

視野に入れた旅行振興政策を誤ることさえなけ

れば、日本インバウンド旅行市場はまだまだ大

きな将来性を残していると言えるのではないだ

ろうか。

2.2 日本アウトバウンド旅行市場

日本人海外旅行者(日本人アウトバウンド旅

行者)の目的国についてみよう。

訪日客の国籍と裏返しに、日本人が海外旅行

に出掛ける上位 5 ヵ国は相手国として中国、米

国(ハワイを含む)、韓国、香港、台湾と続き、

国の順が微妙に入れ替わる。米国が 2 位に食い

込んでいるからだ。 6 位以下ではタイに続き、

グアム、そしてアジアと欧州の各国が連なって

いく(表 6 )。

旅行情報誌などで人気の高い欧州各国や米国

本土だが、日本から 1 万数千km離れ、最速交

通機関で最短でも10時間を要する遠距離国への

日本人渡航者数は決して多くはなく、たとえば

表 5 から、2010年の訪日ドイツ人が12万人(旅

行者全体構成比1.4%)であるのに対して、表 6

からドイツを訪問する日本人旅行者は60万人

(同3.6%)にも達する。日独両国間の旅行者数

には大きな乖離があると言えよう。この乖離は

近距離国間でも同様で、日中間では、2010年の

訪日中国人が141万人(同16.4%)であるのに対

し、中国を訪問する日本人旅行者は373万人(同

22.4%)である。つまり、日本旅行市場にはイ

ンバウンド旅行市場とアウトバウンドのそれと

に大きな不均衡が存在するのだ。

日本人が向かうアジア 4 大国につ

いてもう少し詳細にみていきたい。

中国、韓国、香港、台湾の 4 ヵ国

が海外渡航先として旅行者を送り出

している相手国を人数の多いところ

から挙げると、中国からは香港・シ

ンガポール・タイ・韓国・日本の順、

韓国からは中国・日本・タイの順、

香港からは中国・台湾・タイ・日本

の順、台湾からは中国・香港・日本

の順となる。ここから分かることは、

アジア各国において中国が域内旅行

国人気ナンバーワンに座っている事

実だ。中国が経済的に米国に次いで

図7 訪日外国人に占める中国人旅行者比率

(折線、右軸)の推移

出典:国土交通省資料より筆者作成

6

8

10

12

14

16

18

0

30

60

90

120

150

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

万人 中国人の割合(%)

うち観光客数訪日中国人数

Page 9: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 159 -

世界 2 位の実力を誇り、数千年の歴史をもつ都

市を多数擁し、世界遺産の登録件数においても

地域内において圧倒的優位性をもち、その他、

物価の安さ、食事・民族など多様性に富む旅行

先として重層的魅力をもっていることは疑いよ

うがない。

2.3 わが国旅行市場の収入規模

2010年現在、日本のインバウンド旅行市場の

収入規模(国際観光収入)は国連世界旅行機関

(UNWTO)2011データによれば旅客輸送を含ま

ない場合、US$13,199百万、つまり約 1 兆円

(US$ 1=80円で計算)規模で、世界19位である。

わが国のGDP世界ランキングからすれば低位置

に沈んでおり、アジア太平洋地域内でも 9 位。つ

まり中国、オーストラリア、香港、タイ、マ

レーシア、マカオ、インド、シンガポールの後

塵を拝している。一方、日本人の海外旅行支出

あるいはアウトバウンド旅行市場の支出規模

(国際観光支出)は、航空輸送費用を含めない場

合、最近 4、5 年で約 3 兆円から2.4兆円ライン

を前後する(表 7 )。この支出額は世界 4 位の中

国に次いで 9 位、世界トップテンに入る。ただ

し、この額は逓減傾向にある。

わが国の国際旅行収支は、上記 2 つの引き算

によって、2 兆円から 1 兆5,000億円の持ち出し

(赤字)という構造だ。

日本は、歴史的には1960年代まで訪日外国人

の数が出国日本人数を上回り、国際旅行収支に

おいて黒字国であった。1964年東京オリンピッ

ク開催以後、経済の高度成長とともに出国日本

人数が飛躍的に伸びて、赤字国になっていった。

中国が近年国際観光収支において黒字国から赤

字国になったのをみるように、新興国が経済の

発展に伴って海外旅行者数が増大していき、国

の国際旅行収支が赤字に移行していく例は少な

表6 日本人海外渡航者数の推移 上位25ヵ国

2010年

順位 国・地域名

2000年 2005年 2010年

人数(人) 構成比% 前年比% 人数(人) 構成比% 前年比% 人数(人) 構成比% 前年比%

1 中国 2,201,513 12.4 118.7 2,440,139 14.0 99.9 3,731,200 22.4 112.5

2 米国 5,061,377 28.4 114.9 3,883,906 22.3 103.6 3,386,076 20.4 116.0

(うちハワイ) 1,048,813 5.9 119.5 1,522,356 8.7 102.7 1,229,762 7.4 105.3

3 韓国 2,472,054 13.9 113.2 3,389,976 19.5 101.7 3,023,009 18.2 99.0

4 香港 1,382,417 7.8 117.7 1,124,334 6.5 126.7 1,316,618 7.9 109.3

5 台湾 916,301 5.1 110.9 1,210,848 7.0 107.5 1,080,153 6.5 107.9

6 タイ 1,202,164 6.7 113.4 1,196,654 6.9 98.7 993,674 6.0 98.9

7 グアム 1,048,813 5.9 99.5 685,330 3.9 96.5 893,667 5.4 108.3

8 ドイツ 914,635 5.1 111.7 730,232 4.2 102.1 605,231 3.6 112.5

9 フランス 685,000 3.8 107.4 666,000 3.8 114.5 - - -

10 シンガポール 929,887 5.2 108.0 588,500 3.4 98.3 528,817 3.2 107.9

11 ベトナム 152,755 0.9 134.6 340,027 2.0 112.8 442,089 2.7 123.1

12 マレーシア 455,981 2.6 158.9 517,879 3.0 84.1 415,881 2.5 105.1

13 マカオ 144,888 0.8 99.7 169,115 1.0 138.4 413,507 2.5 109.0

14 オーストラリア 720,400 4.0 101.8 351739 2.0 91.9 398,188 2.4 112.0

15 インドネシア 662,045 3.7 109.2 320,605 1.8 120.0 375,552 2.3 78.9

16 フィリピン 390,517 2.2 100.8 415,456 2.4 108.7 358,744 2.2 110.4

17 スペイン 300,828 1.7 83.8 181,050 1.0 120.2 332,697 2.0 144.7

18 スイス 623,296 3.5 118.0 335,199 1.9 - 297,562 1.8 108.0

19 カナダ 940,095 5.3 98.1 441,783 2.5 101.1 243,040 1.5 118.2

20 英国 557,000 3.1 112.5 332,000 1.9 95.7 220,000 1.3 93.4

21 イタリア 843,636 4.7 96.2 281,278 1.6 91.1 - - -

22 オーストリア 293,728 1.6 106.9 278,686 1.6 108.6 210,193 1.3 105.8

23 トルコ - - - 116,969 0.7 181.9 195,404 1.2 132.4

24 カンボジア 19,906 0.1 111.3 137,849 0.8 116.7 151,795 0.9 103.8

25 エジプト 86,131 0.5 158.8 27,284 0.2 118.2 126,393 0.8 136.8

出典:日本航空協会「航空統計要覧」より筆者作成

Page 10: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 160 -

くない。一方で国際旅行収支が黒字であり、国

家収入に大きく貢献している国も少なくない。

その代表例に米国、スペイン、フランス、イタ

リア、オーストラリア、トルコ、タイ、マレー

シアなどを挙げることができる。

つぎに、日本人旅行者による国内旅行市場を

含む国全体の収入規模をみていこう。

国土交通省観光庁データによれば、2008年度

において、わが国の旅行市場は23.6兆円(日帰

り4.9兆円を含む)であったが、リーマンショッ

クによる世界経済ならびに国内経済の停滞によ

り、翌2009(平成21)年度においては、22.1兆円

(日帰り4.8兆円を含む)のように前年度を下回っ

ている。この逓減傾向は最近数年間変わらない。

2009年度の市場別内訳をみると、日本

人国内宿泊旅行14.9兆円(67.1%)、日

本人国内日帰り旅行4.8兆円(21.7%)、

日本人海外旅行1.2兆円(5.6%)、そし

て訪日外国人旅行 1.2兆円(5.5%)で

あった(図 8 上)。

旅行産業は輸送・宿泊・飲食業など産

業界に大きな裾野を広げている。そこに

直接・間接に雇用される人々の消費効果

なども含めると、旅行産業によって生み

出される経済効果は大きい。2009年度

旅行消費額22.1兆円がわが国経済にも

たらした直接的な経済効果は、直接の

付加価値誘発効果が11.0兆円(国内総

生産(名目GDP)の2.3%)、雇用誘発効

果が211万人(全就業者数の3.4%)と推計される。

さらにこの旅行消費をもたらした間接的な効果

を含めた経済波及効果は48.0兆円(産業連関表

国内生産額の4.9%)、付加価値誘発効果は24.9

兆円(名目GDPの5.2%)、雇用誘発効果は406万

人(全就業者数の6.3%)と推計されている(図 8

下)。この経済効果は国の重要な税収となる。

同年度に直接効果として 2 兆円弱、誘発・波及効

果を含めれば 4 兆円強の税収を生んだ。

(注:これを2009年(暦年)でみると、国内旅行

消費額は25.5兆円、生産波及効果53.1兆円、雇

用効果は総就業者数の7.3%に当たる462万人と

なる。)

なお、観光白書2011によれば、観光の2009年

表7 わが国の国際旅行収支の推移 (単位:億円)

区 分 暦年 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

国際旅行収支

(旅客輸送を含まない)

受取 12,192 13,710 9,848 10,990 11,186 9,641 11,582

支払 41,380 41,369 31,258 31,189 28,818 23,527 24,911

収支-29,188 -27,659 -21,410 -20,199 -17,632 -13,886 -13,329

国際旅行収支

(旅客輸送を含む)

受取 15,522 17,149 13,359 14,611 14,254 11,702 13,456

支払 52,114 52,978 43,791 43,844 40,275 32,487 34,826

収支-36,592 -35,829 -30,432 -29,233 -26,021 -20,785 -21,370

貿易収支

受取 582,981 626,319 716,309 797,253 773,349 508,572 639,203

支払 443,928 522,971 621,665 674,030 733,071 468,191 559,234

収支 139,053 103,348 94,644 123,223 40,278 40,381 79,969 出典:国土交通省 観光庁「観光白書」

図8 国内における旅行消費額と経済波及効果(2009年度)

出典:国土交通省 観光庁 「観光白書 2011」

Page 11: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 161 -

度における生産波及効果(生産誘発係数)は1.73

であるという。これは、公共事業投資や科学技

術関連投資、情報化投資の生産誘発係数がそれ

ぞれ1.96、1.61、1.86であるのと比較して同程

度に高い。国がインバウンド観光産業の振興に

力を入れる所以である。

日本の国内旅行市場の最近動向を、ひとつの

例として国民一人当たり国内宿泊観光回数およ

び宿泊数の推移の形で触れてみよう。2005年か

ら2010年までの 5 年間に宿泊数が2.92日から

2.12日に短縮傾向にあり、年間の宿泊観光回数

も1.78回から1.34回へ減少している(図 9 )。こ

れは一例にすぎないものの、わが国の国内旅行

市場は21世紀に入ってからあらゆる指標におい

て元気がない。本項目については非常に簡単だ

が紙面の都合上、次項に譲りたい。

2.4 日本の航空旅客市場

わが国は四方を海で囲まれている

ことから、利用できる交通機関は海

と空に限られ、実際、日本入国の外

国人者全体の90%強が、出国日本人

99%弱が航空機利用者である(表 8 )。

その航空機利用者のうち、日本入国

者の約 7 割弱が、日本人出国者の約

9 割が 3 大都市圏の 4 大ハブ空港す

なわち首都圏の 2 空港(成田と羽田)

と関西空港、中部空港を利用する。

入国外国人と出国日本人とでは、これら 4 大ハ

ブ空港を除くいわゆる地方空港の利用割合が異

なることに注目したい。それは海上輸送につい

ても同様に言える。言葉を換えれば、出国日本

人が 4 大ハブ空港を主に利用しているのに対し

て、入国外国人は地方空港や海上輸送を積極的

に利用している実態が浮かび上がる。

空港ごとの定期路線についていえば、わが国

では新千歳や福岡など大都市拠点空港を除くい

わゆる地方空港に、本邦航空会社は国際路線を

ほとんど定期運航していない。1990年前後の

「地方の時代」に本邦航空会社は積極的に地方

空港から定期国際線を運航したのだが、旅客需

要規模に見合ったより小型の航空機(座席数が

100席以下)の調達ができずに撤退した経緯が

表8-1 入国外国人の旅客輸送状況(2005~2010年) (単位:千人)

航空輸送 海上

輸送 合計

小計 新千歳 成田 羽田 中部 関西 福岡 那覇 地方空港

2005 7,022 201 3,852 221 482 1,339 320 61 547 428 7,450

(94.3) (2.7) (51.7) (3.0) (6.5) (18.0) (4.3) (0.8) (7.3) (5.7) (100.0)

2006 7,607 267 4,016 344 516 1,471 387 65 542 501 8,108

(93.8) (3.3) (49.5) (4.2) (6.4) (18.1) (4.8) (0.8) (6.7) (6.2) (100.0)

2007 8,486 301 4,376 441 596 1,647 433 84 608 666 9,152

(92.7) (3.3) (47.8) (4.8) (6.5) (18.0) (4.7) (0.9) (6.6) (7.3) (100.0)

2008 8,448 311 4,283 533 596 1,641 426 106 550 698 9,146

(92.4) (3.4) (46.8) (5.8) (6.5) (17.9) (4.7) (1.2) (6.0) (7.6) (100.0)

2009 7,147 298 3,789 512 415 1,349 320 88 376 435 7,581

(94.3) (3.9) (50.0) (6.8) (5.5) (17.8) (4.2) (1.2) (5.0) (5.7) (100.0)

2010 8,741 363 4,196 751 507 1,745 484 140 555 703 9,444

(92.6) (3.8) (44.4) (8.0) (5.4) (18.5) (5.1) (1.5) (5.9) (7.4) (100.0)

注:訪日外国人の数は、法務省データからとっており、先出の図 5 や表 4 の数値と一致しない。

図9 国民一人当たり国内宿泊観光回数及び宿泊数の推移

出典:国土交通省 観光庁「旅行・観光消費動向調査」

Page 12: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 162 -

ある。それらの地方空港に、その後近隣アジア

諸国の航空会社が代わって進出し、空港経営の

自治体から有形無形の支援を受けて路線運航を

続けており、いわゆる外航各社の独壇場となっ

ているのが実態だ。その結果、日本の地方空港

は近隣アジア諸国からの日本インバウンド旅行

の貴重な出入り口の役割を果たしている。

海上利用者は表 8 でみるとおり、出入国者数

全体のごくわずかであり、2010年実績で、年間

1 万人を超す出入国者があった海港は、大阪、境

港、下関、小倉、博多、厳原(対馬)、比田勝

(対馬)、長崎、鹿児島、那覇、石垣であり、韓国、

中国、台湾に近い西日本に集中している。

3.大震災・原発事故と地元振興策

3.1 東日本大震災直後の交通状況

2010年の日本経済は景気回復の途上にあり、

旅行市場も同様の動きで、2011年は年初からイ

ンバウンド旅行市場における旅行者数と収入規

模の復調が期待された。そこに2011年 3 月11日

東日本大震災が発生した。これに続いて襲来し

た最大級の津波によって、東北地方の道路・港

湾・鉄道が甚大な被害を受けて交通が全面マヒ

に陥った。一方、空港施設は比較的軽微な損害

で済んだが、仙台空港だけは滑走路も空港ビル

も濁流のなかに水没した。

幹線交通機関は被災地再興の動線確保のため

復旧が急がれ、東北新幹線は突貫工事のすえ、

震災後50日で完全復旧を果たした。ちなみに

過去の震災による新幹線復旧では、阪神・淡路

大震災時の山陽新幹線の場合83日、新潟県中越

地震の上越新幹線は66日かかっている。東北新

幹線は 3 月11日の運行停止後、4 月22日に福島

まで、4 月25日仙台まで運行を再開し、GW初

日の 4 月29日新青森まで全線復旧した。新幹線

復旧に至る間、首都圏から航空および高速バス

が代替交通機能を受け持ち、3 月12日から 4 月

30日までの50日間で約71万人が利用した。新幹

線復旧の進捗状況にあわせて、高速バス増発が

逐次実施され、航空臨時便は 5 月31日までに

2,488本(片道ベース)が福島、山形、花巻の 3 空

港を軸に、さらに 4 月13日仙台空港の運用再開

後は、おもに同空港を拠点として実施された。

空港施設の震災対応をいましばらく続けたい。

TVなどマスコミで水没風景が頻繁に放映され

た仙台空港では、復旧作業が昼夜兼行で進めら

れ、3 月中に1500mと3000mの 2 本の滑走路が使

用可能になって被災地復興事業の一大拠点とし

て寄与していくのだが、先に挙げた 3 空港でも

震災直後は諸施設被害のなか、空港24時間運

用の非常体制を敷いて支援した(図10)。

東日本大震災は津波被害だけでは済まなかっ

た。東京電力福島第一原子力発電所の事故対応

表8-2 出国日本人の旅客輸送状況(2005~2010年) (単位:千人)

航空輸送 海上

輸送 合計

小計 新千歳 成田 羽田 中部 関西 福岡 那覇 地方空港

2005 17,187 114 9,577 360 1,644 3,862 777 51 804 216 17,404

(98.8) (0.7) (55.0) (2.1) (9.4) (22.2) (4.5) (0.3) (4.6) (1.2) (100.0)

2006 17,347 110 9,636 423 1,926 3,861 702 51 638 187 17,535

(98.9) (0.6) (55.0) (2.4) (11.0) (22.0) (4.0) (0.3) (3.6) (1.1) (100.0)

2007 17,107 102 9,548 466 1,974 3,688 679 49 602 188 17,295

(98.9) (0.6) (55.2) (2.7) (11.4) (21.3) (3.9) (0.3) (3.5) (1.1) (100.0)

2008 15,791 90 8,751 640 1,782 3,337 633 42 516 196 15,987

(98.8) (0.6) (54.7) (4.0) (11.1) (20.6) (4.0) (0.3) (3.2) (1.2) (100.0)

2009 15,240 103 8,281 780 1,576 3,184 676 40 595 205 15,446

(98.7) (0.7) (53.6) (5.1) (10.2) (20.6) (4.4) (0.3) (3.9) (1.3) (100.0)

2010 16,450 114 8,713 1,194 1,640 3,349 732 45 663 187 16,637

(98.9) (0.7) (52.4) (7.2) (9.9) (20.1) (4.4) (0.3) (4.0) (1.1) (100.0)

出典:国土交通省 観光庁「観光白書」

Page 13: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 163 -

が断続的に今日に至るまで続いており、広域に

わたる避難が地元住民を苦しめ、早期の事故収

束は望むべくもない。これが地元と日本全体の

経済に与えた影響は言うまでもないが、さらに

は旅行市場を暗転させ、収縮させている。

100年に一度と言われる国難を前に、日本国

内では旅行など不要不急の消費差し控えを起こ

し、就中海外旅行を自粛する動きが一挙に顕在

化した。一方国外では放射能汚染を忌諱して訪

日旅行回避の動きが急速に拡大していくのを止

める術はなかった。成田と羽田の両空港におけ

る出入国者数データがこれを如実に物語る。国

土交通省によれば、3 月11日から 4 月18日までの

間に、成田空港では出国者39%減、入国者45%

減を記録し、羽田空港では震災前10日間との比

較で出国者と入国者がそれぞれ28%減と29%

減であったという。

日本人海外渡航(日本人アウトバウンド)の動

きは、事故直後 1 ヵ月間は10%近くまで減少し

たものの、幸い 4 月からGW明けにかけて収束

する気配を見せ始め、夏休み期に入って 7 月対

前年比プラスに転じ、 8 月には旅行者数が過去

最高だった2001年 8 月に匹敵する179万人を記

録するなどリバウンドしている(表 9 左段)。

一方、訪日外国人(インバウンド旅行)市場は

深刻な状況から脱していない。原発事故による

放射性物質拡散が災いして、事故直後の 3 月12

日~31日には過去最大の前年同期間比72.7%減、4

月には、62.5%を記録した。ホテル・旅館では宿

泊予約キャンセルが相次ぎ、需要が全国で36%減

少するなど深刻な影響を受けた。4 月~ 6 月の訪

日外国人の消費総額は日本政府観光局( JNTO)

発表によれば1,208億円と前年同期比46.9%減と

なった。6 月に入って旅行者数に改善の兆しが

みられたものの、原発事故による放射性物質汚

染の風評は簡単には収束せず、夏休みの 7 月、

図10 空港施設関係の主な被災・復旧状況

出典:国土交通省HPから

Page 14: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 164 -

8 月も客足は回復からはほど遠かった(表 9 右

段)。7 月の航空運賃値上げが旅行意欲を下押し

し、1 US$80円を割る円高追い打ちをかけたの

であろう。日本へのインバウンド旅行 4 大国の

韓国、中国、台湾、香港からの回復は鈍かった

(表10)。

東日本大震災の影響を1995年 1 月17日発生の

阪神・淡路大震災の影響になぞらえる向きがあ

るが、今時の被災地域は津波襲来によって、阪

神・淡路大震災におけるそれとは比較にならな

いほどに広範囲な地域に及び、当該地域はわが

国製造業を下支えする産業・企業群の集積地で

あったことから、12月現在なお震災前の状態に

復していない企業は少なくない。そのために、

たとえばトヨタの自動車生産が一時期深刻な減

産に追い込まれて、わが国全体の製造業輸出産

業が不振を極めたことなどはその代表例であろ

う。さらに、福島第一原発事故による放射性物

質汚染問題が復旧作業、費用、期間に膨大で長

期間を必要としており、住民の避難問題など解

決は簡単ではない。

3.2 米国多発テロ等の影響との比較

2001年 9 ・11米国同時多発テロ、および2003

年東南アジアを中心に発生したSARS禍がわが

国に及ぼした影響と比較したい。

まずは、成田空港における国際航空旅客数の

推移をみる(図11)。

2001年米国同時多発テロと2003年SARS禍に

はさまれた2002年は前後年に比較すると、国際

的イベントリスクがなかったばかりか、6 ~ 7月

に日韓サッカーW杯が開催されて航空輸送業界

にあっては平穏な 1 年間であった。一方、2009

年は前年央のリーマンショックから市場回復の

途上にあり、東日本大震災が発生する翌年には

さまれた2010年は秋場まで市場は活況を取り戻

す勢いがあった。その中間の 1 年を図11ではい

ずれも実線で表している。実線とそれぞれ前後

年の国際旅客数の落ち込み具合をみると、2001

~2003年(図11左)のグラフから、2001年米国同

時多発テロは需要の回復に2002年 3 月までの

6 ヵ月間を要しており、2003年SARS禍では、同

年10月~11月までの 7 ~ 8 ヵ月間を要している

ことが見てとれる。一方、2009~2011年(図11

右)のグラフからは、2011年大震災の折れ線グ

ラフの回復が10月実績でも2010年水準に戻して

表9 国際旅行市場の月別推移

日本人出国数 訪日外国人

2010年 16,637,224 ( +7.7) 8,611,500 (+26.8)

2011年

1月 1,282,348 (+1.4) 714,099 (+11.5)

2月 1,391,193 (+7.9) 679,398 ( +2.2)

3月 1,420,584 (-9.1) 352,666 (-50.3)

4月 1,114,906 (-8.1) 295,826 (-62.5)

5月 1,152,239 (-8.7) 357,783 (-50.4)

6月 1,267,227 (-3.5) 432,883 (-36.1)

上期 7,628,597 (-3.5) 2,832,655 (-32.6)

7月 1,465,379 (+4.3) 561,489 (-36.1)

8月 1,786,412 (+8.8) 546,503 (-31.9)

9月 1,645,000 (+6.7) 539,000 (-24.9)

10月 1,510,000 (+5.1) 615,800 (-15.3)

出典:日本政府観光局(JNTO)

表10 アジア地域からのインバウンド旅行者月別推移(2011年)

韓国 中国 台湾 香港

1月 268,368 (+15.6) 99,131 ( +7.6) 97,115 ( +8.1) 34,410 (+12.7)

2月 231,640 (+17.1) 105,362 (-13.3) 93,446 (-11.4) 49,311 ( -5.6)

3月 89,115 (-47.4) 62,449 (-49.4) 42,093 (-53.0) 14,115 (-61.2)

4月 63,790 (-66.4) 76,164 (-49.5) 35,800 (-67.4) 5,774 (-87.6)

5月 84,104 (-58.3) 58,608 (-47.8) 67,958 (-40.5) 11,584 (-71.7)

6月 103,817 (-42.0) 61,417 (-40.8) 87,693 (-23.0) 28,522 (-39.9)

7月 140,053 (-40.7) 86,963 (-47.3) 113,460 (-25.8) 40,524 (-41.1)

8月 147,030 (-40.4) 102,640 (-40.2) 99,126 (-12.6) 38,436 (-25.4)

9月 122,400 (-36.9) 122,600 (-18.0) 84,800 (-17.5) 28,500 (-15.6)

10月 132,300 (-31.7) 106,300 ( -0.0) 108,400 ( +2.6) 35,500 (+16.7)

出典:日本政府観光局(JNTO) 表 9 と表10における 9月・10月は暫定値

Page 15: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 165 -

おらず、テロの2001年やSARS禍の2003年より

遅いように見受けられる。ただし、成田空港は

羽田空港2010年10月からの再国際化で国際旅客

を一部羽田に奪われている結果、マイナス実績

が大震災の影響以上に出ていることに留意する

必要があろう。今後の動向が注目される。

比較をもうひとつ。観光庁が全国の旅行代理

店から国内主要旅行業者58社の旅行取扱状況を

毎月発表している。公表データのうち総取扱額

について比較したい(表11)。日本人の海外旅行

(アウトバウンド)と外国人の訪日旅行(インバ

ウンド)そして国内旅行の取扱額を時系列に並

べてみると、先の成田空港における国際旅客数

の増減とは様相の異なる実態がみえてくる。

9・11テロではアウトバウンドが10ヵ月近くに

わたって甚大な影響をうけているのに対して、

国内旅行は国際テロを忌諱する人々が国内旅行

に振り替えた恩恵をうけて比較的軽微な減少幅

で済んでいると言える。インバウンドは先に述

べたように2002年 6 ~ 7 月に開催された日韓

サッカーW杯の観戦のため、この間例年の 2 倍

という外国人を呼び込む幸運に恵まれた。一方、

3・11地震災害ではインバウンドが前例のない

落ち込みを記録し、官民挙げての訪日キャン

ペーンも必ずしも集客に結実せず、半年経った

10月実績でなお20%超の減少に沈んでいる。災

害直後の 4 月77%、5 月60%という激減は、世界

各国が日本への渡航の自粛・延期勧告を災害発

図11 成田空港における2001~2003年(左)と2009~2011年の国際航空旅客推移比較

万人 万人

出典:成田国際空港㈱ HPから筆者作成

表11 主要旅行業者による2001~2003年(左)と2010~2011年の旅行取扱額比較

年 月 海外旅行 外国人旅行 国内旅行 合 計 年 月 海外旅行 外国人旅行 国内旅行 合 計

2001年 9月 -25.7 30.7 0.3 -12.0 2010年 9月 -1.7 45.5 7.9 -5.0

10月 -46.2 2.3 -5.9 -21.4 10月 11.7 14.6 2.0 5.3

11月 -52.9 -15.5 -2.9 -21.9 11月 16.9 32.9 1.2 6.5

12月 -40.1 -3.0 -0.3 -18.0 12月 5.1 4.7 2.6 3.5

2002年 1月 -29.1 -21.9 -0.4 -13.1 2011年 1月 9.8 22.3 4.3 6.4

2月 -25.9 11.7 0.4 -10.9 2月 9.2 24.1 2.8 5.3

3月 -19.2 21.8 -2.6 -9.5 3月 -11.2 -34.7 -31.5 -23.8

4月 -9.9 12.2 -5.9 -7.4 4月 -11.3 -77.0 -26.7 -22.1

5月 -6.5 10.0 -3.0 -4.3 5月 -13.1 -60.4 -16.7 -16.0

6月 -15.1 139.6 -9.1 -10.9 6月 -11.6 -45.7 -10.0 -11.0

7月 -11.9 97.8 -4.9 -7.4 7月 -1.9 -28.5 -7.6 -5.8

8月 -12.1 -23.0 -2.0 -6.9 8月 2.3 -40.5 2.0 1.7

9月 24.7 -24.8 -4.1 7.2 9月 4.0 -29.0 1.3 2.2

10月 77.9 36.7 -0.2 20.5 10月 4.7 -20.8 0.5 1.6

出典:国土交通省 観光庁資料より

注 :2001~2002年データは国土交通省総合政策局観光部が主要旅行業者50社をとりまとめたもの。

Page 16: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 166 -

生直後から継続し、日本と諸外国を結ぶ航空便

の一部運航縮小が団体旅行、個人旅行をキャン

セルに追い込んだ結果だった。

軽々な判断は慎むべきあるが、今時の大震災

は、前節でも述べたとおり、1995年阪神・淡路

大震災などの天災とは明らかに様相が異なる。

東北地方海岸地帯が想定外の高さの津波に襲わ

れたばかりか、もうひとつ、原発事故も併発し

ているからだ。この問題解決には過去に経験の

ない広域で複雑な被災地復興と、そして原子

炉・放射性物質関係処理に非常に長い年月を要

することを勘案すると、訪日インバウンド旅行

市場の将来には不断の需要喚起策なくして復活

再生への期待は寄せられまい。

ところが、インバウンド誘致については、次

節で詳しく述べるが、2009年12月「訪日外国人

3,000万人プログラム」が政府から発表され、

「2013年までに1,500万人、2016年までに2,000万

人、2019年までに2,500万人、将来的には3,000

万人を目標とする」とする野心的な目標値が掲

げられている。

3.3 観光庁施策とインバウンド政策

日本の観光政策は、2003年 1 月31日、当時の

小泉純一郎総理大臣が年頭の施政方針演説にお

いて「2010年に訪日外国人旅行者数を1,000万

人へ」とする『観光立国』方針を表明し、政府

がビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)に

着手することで、国民経済にかかわる主要な産

業として認知されたところから始まったと言っ

て過言でない。そこから、インバウンド誘致の

旅行振興政策が幅広く展開されるようになった。

手短かにその後の動きを振り返ってみよう。

2006年12月「観光立国推進基本法」成立、

2007年 1 月 1 日施行。同法は観光立国の実現を

21世紀のわが国の経済社会の発展に不可欠な課

題と位置づけ。同法に基づき、観光立国の実現

に関する諸政策の総合的かつ計画的な推進を図

るためのマスタープランである「観光立国推進

基本計画」を2007年 6 月閣議決定した(図12)。

基本計画では、観光立国の実現に関する諸施

策についての基本的な方針ならびに下記の 5 つ

の目標を掲げて計画期間を策定後 5 年間とし、

その達成のために必要な施策等を定めた。

①訪日外国人旅行者数を2010年までに1,000

万人にする

②日本人の海外旅行者数を2010年までに2,000

万人とする

③国内における観光旅行消費額を2010年度ま

でに30兆円とする

④日本人の国内観光旅行による一人当たりの

宿泊数を2010年度までに年間 4 泊にする

⑤わが国における国際会議の開催件数を2011

年までに 5 割以上増やす

2008年10月 1 日、国土交通省の外局として

「観光庁」発足。

2009年10月、各分野の有識者で構成する「国

土交通省成長戦略会議」が開催され、同年12月

「新成長戦略(基本方針)―輝きのある日本」

を閣議決定し、観光立国の推進を 6 つの成長戦

略の一つと位置付けた。観光は財政出動に頼ら

ない経済成長を実現する新たな成長産業分野で

あるとの認識のもと、国土交通大臣を本部長と

し、全府省の副大臣等で構成する「観光立国本

部」を同月に立ちあげて、3 つのワーキング

チームを設置。すなわち、(ⅰ)中国訪日観光査

証の問題を含む外客誘致に係る課題の解決に向

けた調整を行う「外客ワーキングチーム」、

(ⅱ)エコツーリズム、グリーンツーリズム、文

化観光、産業観光、医療観光、スポーツ観光等

多彩な観光メニューについて総合的な振興策の

検討を行う「観光連携コンソーシアム」、(ⅲ)

需要の平準化を通じた旅行コストの低減や観光

産業の生産性の向上・雇用の安定化等様々な効

果をもたらす休暇取得の分散化について検討・

調整を行う「休暇分散化ワーキングチーム」で

あり、関係省庁間で観光産業推進のための検討

を進めている。

Page 17: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 167 -

2009年12月、民主党政府は前述のように「訪

日外国人 3,000万人プログラム」を設定し、

「2013年までに1,500万人、2016年までに2,000万

人、2019年までに2,500万人、将来的には3,000

万人を目標とする」と発表した。

「観光立国推進基本計画」は計画期間 5 年間、

策定後毎年度点検を行い、おおむね 3 年後を目

処に見直しすることが義務づけされており、本

計画策定から 3 年後にあたる2010年の実績は、

①訪日外国人旅客数1,000万人に対して861万人

②日本人海外渡航者数2,000万人に対して1,664

万人

③国内の観光消費額30兆円に対して22兆円

④日本国内観光旅行宿泊数 4 泊に対して2.39泊

⑤国際会議開催50%増について252件

という結果に終わった。①から④はいずれも目

標値に達っしなかったが、⑤の国際会議開催件

数は目標値を大きく突破した。

観光庁は、旅行がわが国全体にもたらす経済

効果の大きさを国民に訴えて、(ⅰ)国際競争力

の高い魅力ある観光地の形成、(ⅱ)観光産業の

国際競争力強化および観光の振興に寄与する人

材の育成、(ⅲ)国際観光の振興、(ⅳ)観光旅行

促進のための環境整備、など広範な観光施策の

促進を図ろうとしてきた。

そうした最中に東日本大震災と福島原発事故

が発生した。未曾有の事態に政府はさまざまな

緊急施策を講じている。

「平成23年度版観光白書(観光白書2011)」は

直後の 5 月から 7 月にかけて執筆編集されたと

考えられるが、他の白書同様に『がんばろう!

日本』と表紙に標語を刷り込み 8 月24日に発行。

同白書では、第Ⅰ部第 2 章「東日本大震災の被

害と復興に向けて」第 3 節「被害・影響」に

①登録旅館・ホテル等の被害、②宿泊施設、旅

行業者等への影響、③MICE(国際会議)の現状

図12 「観光立国推進基本計画」(2007年6月閣議決定)

出典:国土交通省 観光庁「観光白書」

Page 18: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 168 -

と今後、④訪日外国人旅行者・出国者の 4 項目

について 3 ~ 4 月実績を緊急報告。第 4 節「国内

旅行復興と訪日旅行需要の回復・促進に向け

て」では、国内旅行振興キャンペーンとボラン

ティア・パッケージを展開、ならびに日本政府

観光局( JNTO)を通して海外に多言語による正

確な情報発信によって訪日旅行需要の回復・促

進を謳う。

政府はそのほか、東日本大震災復興構想会議

を設立し「復興への提言―悲惨のなかの希望」

(2011. 6 .25)を発表。その「観光」項目におい

て、地域観光資源の活用と新たな観光スタイル

の創出、そして復興を通じた人の交流と観光振

興を提言。また、東日本大震災復興対策本部は

「大震災からの復興の基本条件」(2011. 7 .29)をま

とめ、「観光」の項目では、外国人インバウン

ド旅行者招致も念頭において「風評被害防止の

ための情報発信や観光キャンペーン強化、外国

人観光客の受入環境の整備などで国内外の旅行

需要を回復、喚起する」としている。

今時の災害を奇貨として新たな旅行スタイル

の創出あるいは旅行産業におけるイノベーショ

ンを積極的に進めることが、過去10年間停滞気

味のわが国旅行市場に活況を呼び戻す契機にな

るのではあるまいか。

4.アジア旅行市場の取り込み

4.1 世界の旅行市場予測と日本

世界の旅行者2010年 9 億4,000万人のうち、ア

ジア太平洋地域におけるインバウンド旅行者は

2 億人に達し、世界旅行市場の21.7%を占める

(表 1 )。2000年代に入って、米州と欧州におけ

る旅行市場の伸びは、過去10年間でそれぞれ

1.6%、2.1%と穏やかであり、2010年現在米州

1 億5,000万人、欧州 4 億8,000万人、米欧合わせ

て66.6%のシェアを占める。

米欧ア 3 地域のなかで、将来において世界旅

行市場を牽引していくのはどの地域であろうか。

UNWTOが2010年に発表した世界インバウンド

旅行市場の将来予測によれば、米欧が世界旅行

市場に占めるシェアは2020年には64.0%に後退

する一方、アジア太平洋のシェアは2020年26.7%

に飛躍するという(図13)。中国を筆頭に香港、

韓国、タイ、インドネシアなどについても大き

く成長すると予測している。

図13 世界のインバウンド旅行将来予測(UNWTO)

出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011

Page 19: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 169 -

憂慮すべきは、アジア太平洋地域諸国に占め

る日本シェアの著しい後退である。わが国は、

経済において成長期からすでに成熟期に入って

久しい。新興国の興隆で、米欧諸国と同様に相

対的に市場が小さくなってみえるのは致し方の

ないところであろうが、わが国が生気を失い存

在感までも失っていくことには耐え難いものが

ある。そうならないために、アジア太平洋地域

の旅行市場において、プレゼンスを失わない旅

行振興策を真剣に実施していかねばならない。

閑話休題。わが国の旅行市場動向を考える。

ここでは、筆者が長年調査研究してきた航空に

的を絞って、日本の国際旅行市場を支える主要

交通機関として、少し触れたい。国家基幹イン

フラのひとつといわれるハブ空港の整備が完了

したことに関してである。

2010年に入って、首都圏や中部、関西におい

て代表的な 4 つの拠点空港がいずれも長期間に

わたった公共工事を終えて一応の完成をみた。

わが国の空港政策を顧みれば、3 大都市圏に

おける拠点空港整備が1980年代(第 5 次空港整

備 5 カ年計画、三大プロジェクト)に着手され、

2000年代に入って順次実りの時代を迎えた。海

上沖合に新設された中部、 2 本目滑走路を得た

関空は言うに及ばず、年間発着30万回が 2、3

年以内に実現することになった成田、そして 4

本目滑走路の完成によって再国際化を果たした羽

田、これら 4 つの拠点空港が現在フルスケール

で稼働し始めた。長年懸案だった日米航空自由

化協定が2010年10月に締結し、これを皮切りに

オープンスカイに舵をきることができたのも首

都圏空港の発着枠大増強があったればこそであ

る。1980年代後半から2000年の間に航空会社は

規制緩和政策によって、自由度の高い経営を手

にしたが、2010年にようやく、わが国航空各社

が国内外で存分に競い合えるアリーナ(空港)環

境が整ったのである。国際線旅客の過半が出入

りする成田において、本邦航空会社をながく苦

しめてきた発着制約の重しがとれたことはとくに

大きい。

それあって、全日空は香港資本と組んで本年

春に本邦初の格安航空会社(LCC)であるピー

チ・アビエーション(本拠地は関空)を立ち上げ、

夏には、エアアジアと成田を拠点にするエアア

ジア・ジャパンを立ち上げた。日本航空も、カ

ンタス航空の子会社ジェットスターと拠点を成

田に置くジェットスター・ジャパンを立ち上げ

た。いずれも2012年中に運航開始予定であり、

2012年はまさしく「LCC元年」となろう。また、

スカイマークは、世界最大機のエアバス社A380

を大量発注し、2 、3 年後をめどに長距離国際線

チャーター運航を開始すると発表。同社はその

前哨戦として、本年10月末、国内線成田に参入

して紛れもない『格安』運賃による運航を開始

した。その後那覇と福岡に拡げていく計画だ。

日本にもようやく本格的LCCや国際チャーター

会社が実現し、航空運賃の価格破壊が一気に進

むとみられる。

米欧では格安航空会社(LCC)が1990年から急

速に伸張して航空需要を底上げし、アジアにお

いても2000年以降LCCが驚異的な進出をとげて

きた。これまで航空とは無縁であった社会的下

層にバス並みの超低運賃を提供することにより、

新たな需要層の掘り起こしに成功したのである。

LCCのシェアは米欧において30%を超えている

が、アジア全域においても20%に近い。その

LCCがこれまで日本に存在せず、海外LCCの日

本乗り入れも低調だった。理由はいろいろあっ

たろうが、新興航空会社が拠点にしたい最大需

要の首都圏空港に十分な発着配分を受けられな

かったことが大きい。積年のハブ空港における

容量制約がわが国の航空需要に、旅行市場の発

展に大きなボトルネックになっていたことは間

違いない。そのボトルネックが解消したのだ。

近未来2012~2015年の予測をするならば、前

途は明るい。2011年10月から12月にかけての

「旅行・ホテル」業種は、「震災後の自粛ムード

が一巡し、旅行需要は国内、海外とも持ち直す。

Page 20: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 170 -

とくに海外旅行は円高を追い風に、アジア方面

が引き続き伸びそう。国内旅行では西日本は堅

調」(日本経済新聞2011.10.3朝刊)。日本航空や

全日空などによるLCC立ち上げとともに、見逃

せないのは、近隣諸国LCC各社の日本乗入れ

ラッシュであり、東京-札幌、福岡の日帰り旅

行やアジア旅行の増加など、生活スタイルが大

きく変わる可能性がある。LCC運航が人口に膾

炙したときにわが国の旅行市場は新たなステー

ジに入ることになろう。

4.2 アジア新興需要を取り込め

2010年わが国はGDP世界 2 位の地位を遂に中

国に譲った。中国は経済力はたしかに大きく伸

びてはいるものの、国民一人当たりGDPでみれ

ば、わが国の未だ10分の 1 にすぎない(表12)。一

国の旅行市場は経済成長と強い相関性をもって

発展していくと考えられるが、中国人の国外旅

行市場をみるとき、13億4,000万人という人口規

模を加味した場合、表12のとおり、2010年現在人

口 1 千人当たり出国者数は42.8人となり、日本

の130.5人と比較して極端に小さい(g 列)。さら

に中国人の日本訪問旅行者数( 1 千人口当たり訪

日中国人旅行者数)についてみると、1.1人とい

う一層小さな数値に留まる(e 列)。日本海を隔

てて両国間の首都は2,000km余りしか離れてい

ないにも拘わらず、人口 1 千人当たり訪日中国

人の少なさは注目されるべきであろう。

中国は、経済力がさらに躍進して国民一人当

たりGDPが増加するに従い富裕層が拡大して国

外旅行者が増え、人口当たり訪日中国人旅行者

数も数十倍に高まる可能性を秘めている。同じ

隣国の韓国における人口 1 千人当たり訪日韓国

人が49.9人(e 列)であることをみればあながち無

謀な予測とは言い切れまい。仮に訪日中国人が

現在の141万人(a 列)から10倍になれば、わが

表12 訪日外客数上位25ヵ国と人口当たり諸指標

2010年

順位 国・地域名

旅行者数(千人)

一人当り

GDP

($)

実質経済

成長率

(%)

人口

(千人)

(d)

人口1千人

当り訪日

外客数

(人)

(e)=(a/d)

人口1千人

当り受入

外客数

(人)

(f)=(b/d)

人口1千人

当り出国

者数(人)

(g)=(c/d)

訪日

外客数

(a)

日本人

訪問者数

外国人訪

問受入数

(b)

出国者数

(c)

日本 - - 8,611 16,637 42,820 3.9 127,483 - 67.5 130.5

1 韓国 2,439 3,012 8,798 12,488 20,591 6.1 48,909 49.9 179.9 255.3

2 中国 1,412 3,731 55,665 57,387 4,382 10.3 1,341,414 1.1 41.5 42.8

3 台湾 1,268 1,080 5,567 9,415 18,458 10.8 23,328 54.4 238.6 403.6

4 米国 727 3,386 59,745 61,419 47,284 2.8 309,997 2.3 192.7 198.1

5 香港 508 1,316 20,085 6,824 31,591 6.8 7,122 71.3 2,820.1 958.2

6 オーストラリア 225 398 5,885 7,111 55,590 2.7 22,226 10.1 264.8 319.9

7 タイ 214 993 15,842 4,535 4,992 7.8 63,878 3.4 248.0 71.0

8 英国 184 220 28,133 54,928 36,120 1.3 62,222 3.0 452.1 882.8

9 シンガポール 180 528 9,161 7,342 43,117 14.5 5,165 34.8 1,773.7 1,421.5

10 カナダ 153 243 16,095 28,678 46,215 3.1 34,059 4.5 472.6 842.0

11 フランス 151 697 76,800 21,281 41,019 1.5 62,960 2.4 1,219.8 338.0

12 ドイツ 124 605 26,874 72,300 10,631 3.5 81,603 1.5 329.3 886.0

13 マレーシア 114 415 24,577 - 8,423 7.2 28,251 4.0 870.0 -

14 インドネシア 80 375 7,003 5,053 3,015 6.1 234,377 0.3 29.9 21.6

15 フィリピン 77 358 3,520 3,066 2,007 7.3 94,013 0.8 37.4 32.6

16 インド 66 124 5,584 11,067 1,265 10.4 1,215,939 0.1 4.6 9.1

17 イタリア 62 320 43,626 29,060 34,059 1.3 60,340 1.0 723.0 481.6

18 ロシア 51 78 20,271 39,323 10,437 4.0 140,367 0.4 144.4 280.1

19 スペイン 44 332 52,677 12,844 30,639 -0.1 46,018 1.0 1,144.7 279.1

20 ベトナム 41 442 5,050 - 1,174 6.8 88,257 0.5 57.2 -

21 オランダ 32 119 10,883 18,408 47,172 1.7 16,605 1.9 655.4 1,108.6

22 ニュージーランド 32 87 2,525 2,026 32,145 1.5 4,369 7.3 577.9 463.7

23 スウエーデン 29 45 4,951 11,699 48,875 5.5 9,327 3.1 530.8 1,254.3

24 スイス 26 297 8,628 11,147 67,246 2.6 7,789 3.3 1,107.7 1,431.1

25 ブラジル 21 59 5,161 4,952 10,816 7.5 193,253 0.1 26.7 25.6

出典:「経済財政白書」とJNTO資料より筆者作成

Page 21: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 171 -

国へのインバウンド旅行者数は861万人から

2,130万人に急増する計算だ。

中国の躍進は、実は航空運送事業にあって

2003年以降2004年から2010年にかけてすでに実

証されている(図14)。中国の航空旅客量(旅客

キロ・ベース)は2004年から2010年までの 6 年

間で年平均14%強で伸びている。その同じ 6 年

間に年平均マイナス1.6%という停滞減少過程

を示したわが国と好対照をなす。UNWTOや航

空機メーカーなどの将来需要予測によれば、

マーケットシェアで米欧を追うアジアが2020年

あるいは2025年までに世界一の地域になるとす

るが、それを強力に牽引するトップバッターが

中国である。中国の国外旅行市場の成長に伴い、

政治問題や歴史問題など日中両国間で政治的懸

案事項が再燃することが無ければ訪日中国人旅

行需要ことに観光需要も着実に伸びていくと考

えられよう。その時、わが国のインバウンド旅

行市場は大きく伸びていくはずだ。

すでに言い尽くした感があるが、日本人の国

内旅行市場は、国内航空旅客需要という物差し

でみる限り、過去10年間飽和状態にある。一

方海外旅行市場については、これも国際航空旅

客需要という物差しでみれば、21世紀に入って

極端な上下動のなか微増にとどまっている。つま

りわが国の内外の旅行市場は、現状のまま拱手傍

観していれば、経済の先行き不透明と人口減の

要素など諸々の要素が絡み合って、今後飛躍的

に伸びる可能性がほとんど考えられない。

しかし、航空運送事業における新しいビジネ

スモデルである国内外のLCCの動向如何では悲

観ばかりでもあるまい。それがあればこそ官民挙

げて、海外LCCの日本乗り入れの促進、日本版

LCCが根付くための諸規則の改訂、専用の空港

ターミナルビル建設など諸設備の整備、流通取

引コストを削減するためのインターネットなど

I T活用の販売システム構築等などの環境整備

が現在早手回しに進められている。

それらは、成長著しいアジア近隣諸国の旺盛

なエネルギー果実を積極的に吸収するためであ

り、表 7 に示した国際旅行収支を黒字転換に繋

げていくためである。その点で、隣国の中国は

図14 日本と中国の航空旅客量の推移(1987-2010)

(単位:左軸 百万旅客キロ、右軸:GDP伸び率%)

出典:ICAO資料、経済統計資料より筆者作成

Page 22: 変容する世界の航空界・その 6 - teikyo-u.ac.jp...出典:UNWTO, Tourism Highlights 2011より筆者編集 図1 世界各国・地域へのインバウンド旅行者受入数

- 172 -

世界で最有望の旅行市場すなわち航空市場であ

る。2004年にわが国の航空需要規模(国内・国

際の旅客キロ・ベース)を追い抜いて以来、図14

にみるように、毎年 2 桁成長を遂げて、世界 2

位の座を得ている。日本政府は中国人訪日個人

観光ビザの発給条件を2009年 7 月以来、数回に

わたって緩和している。この国からインバウン

ド旅客を呼び込むことが、わが国航空旅客市場

の活性化、つまりは旅行市場の再生、ひいては

本邦経済の持続的発展の鍵を握っているからだ。

おわりに

少子高齢化時代に入って、わが国は旅行観光

産業を経済活性化の切り札としてその規模の拡

大に取り組んできた。その矢先、東日本大震災

発生で一時後退を余儀なくされている。旅行観

光産業の一日も早い復活を願いつつ本稿を執筆

したが、校正段階で諸データを渉猟するなか、

2011年12月末から 1 月中旬にかけて、日本政府

観光局( JNTO)の最新値が舞い込んだ。

暫定値だが11月の訪日旅行者数は前年同月比

13.1%減の551,900人、12月が11.7%減の572,300

人と発表された。これは震災が起きた 3 月から

10カ月連続の前年割れながら、減少率は表 9 に

おける10月の15.3%より縮小しており、その結

果2011年暦年では前年比27.8%減の622万人とな

るもよう。

減少率縮小に大きく貢献したのが中国だ。訪

日中国人旅行者数は、表10における10月0.0%

(前年同月並み)から11月、12月は30%台とい

う増加を記録し、この 2 カ月が月別集計で同国

から過去最高の来日者数となりそうだ。中国で

は経済成長とともに都市人口がいよいよ農村人

口を追い越す勢いであり、富裕層とりわけ中間

層の人口が増大して、人々の足はより一層海外

旅行に向かうことだろう。しかも債務不安をか

かえる欧州が旅行先として敬遠され、近場の日

本旅行が見直されることも想像に難くない。

3 月の大震災で一時は絶望的なまでに沈み込

んだ日本の旅行市場だったが、その後国民的な

忍耐と絆の拡がりを得て着実に回復の道に踏み

出して、世界を驚かせている。世界旅行ツーリ

ズム協議会(WTTC)が2011年12月に発表したレ

ポート(注 1 )によれば、「日本旅行市場は大震

災発生当初に考えられた 3 つのシナリオのうち、

最も楽観的だったシナリオよりも一層早く回復

を遂げている」と分析し、「未だ回復途上のイ

ンバウンド市場でも2012年の早い時期に旧に復

するであろう」と予測している。是非にもこれ

が現実になって欲しい。

本稿を終えるにあたり、東日本大震災で被災

された東北地方が一日も早く復興されることを

心から祈念しております。本稿がそのための一

助になれば幸いです。

注1:The Tohoku Pacific Earthquake and Tsunami

― Impact on Travel & Tourism, December

2011 Update, World Travel & Tourism

Council (WTTC), 2011.12

参考文献

1 .ICAOのHP, http://www.unwto.org/facts

2 .IATAのHP, http://www.iata.org

3 .国土交通省のHP, http://www.mlit.go.jp

4 .UNWTO Tourism Highlights (2011 Edition)

5 .「日本の国際観光統計」(各年),日本政府観

光局( JNTO)

6 .「国土交通白書」(各年),「国土交通省観光

白書」(各年),国土交通省

7 .「経済財政白書」(各年), 内閣府

8 .「日本の統計」(各年),「世界の統計」(各年),

総務省統計局

9 .「航空統計要覧」(各年), (財)日本航空協会

10. 成田国際空港 , 関西国際空港 , 日本航空 ,

全日本空輸など各社HP