新人看護師の転倒防止に対する認識と その認識を変化させる...

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36 日看管会誌 Vol 11, No 2, 2008 The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol 11, No 2, pp 3646, 2008 新人看護師の転倒防止に対する認識と その認識を変化させる臨床経験 Recognition for Fall Prevention of New Nurses and Clinical Experiences Which Changes Recognition 丸岡直子 1) 泉キヨ子 2) Naoko Maruoka Kiyoko Izumi Key words : fall, fall prevention, new nurse, clinical experience, recognition キーワード:転倒,転倒防止,新人看護師,臨床経験,認識 Abstract The purpose of this study is to clarify the change in attitudes about fall prevention in newly employed nurses between the time of initial employment and the completion of 1 year of clinical experience, and to identify the clinical experience which changed recognition for fall prevention. The study targeted 19 nurses that completed 1 year of clinical experience after initial employ- ment. Attitude about fall prevention for hospitalized patients at initial employment and at 1 year of employment was evaluated and factors influencing the change of fall prevention recognition were identified through semi-structured interview method. Data obtained through interviews were analyzed qualitatively and inductively, and the following results were obtained: 1. Recognition for fall prevention : At the time of initial employment, Not so serious,Cannot be helped,Feel like blaming patients,Unaware of risks,Feel that the patients will be fine,and Cannot develop measures.At the completion of 1 year of employment, Cannot get away with letting patients fall,It is not so easy to prevent falls,It is not so difficult to pre- vent falls,Became sensitive to the risk of falls,Feel responsible for trying to prevent as much as possible,and Struggle to perform prevention measures.2. Clinical experience which change recognition were The positive effect of measures for fall prevention,Lack of effect of measures for fall prevention,Encountering situations in- volving falls,Descriptions of hiyari-hatto report,Reading documents,Observing experi- enced nurses,and Advice and instruction from experienced nurses.3. Recognition that falls are unavoidable and insignificant changed during the 1st year after initial employment recognition of responsibility to be aware of the risk of falls and perform pre- vention measures. New nurses recognized that this change came influence a consideration of their own fall prevention actions and relationship with experienced nurses. Importance of the re- lation that considered contents of learning from clinical experience and a cognitive change to a new nurse was suggested. 要  旨 本研究は,看護師 1 年目に焦点を当て,就職当初と臨床経験 1 年を経過した時点での転倒防 受付日:2007 3 30 日  受理日:2007 9 12 1) 石川県立看護大学 Ishikawa Prefectural Nursing University 2) 金沢大学大学院医学系研究科保健学専攻 Division of Health Science, Graduate School of Medical Science, Kanazawa University 報告

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36 日看管会誌 Vol 11, No 2, 2008

The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol 11, No 2, pp 36─46, 2008

新人看護師の転倒防止に対する認識と その認識を変化させる臨床経験

Recognition for Fall Prevention of New Nurses and

Clinical Experiences Which Changes Recognition

丸岡直子1) 泉キヨ子2)

Naoko Maruoka Kiyoko Izumi

Key words : fall, fall prevention, new nurse, clinical experience, recognition

キーワード:転倒,転倒防止,新人看護師,臨床経験,認識

AbstractThe purpose of this study is to clarify the change in attitudes about fall prevention in newly

employed nurses between the time of initial employment and the completion of 1 year of clinical experience, and to identify the clinical experience which changed recognition for fall prevention. The study targeted 19 nurses that completed 1 year of clinical experience after initial employ-ment. Attitude about fall prevention for hospitalized patients at initial employment and at 1 year of employment was evaluated and factors influencing the change of fall prevention recognition were identified through semi-structured interview method. Data obtained through interviews were analyzed qualitatively and inductively, and the following results were obtained:

1. Recognition for fall prevention : At the time of initial employment, “Not so serious,” “Cannot be helped,” “Feel like blaming patients,” “Unaware of risks,” “Feel that the patients will be fine,” and “Cannot develop measures.” At the completion of 1 year of employment, “Cannot get away with letting patients fall,” “It is not so easy to prevent falls,” “It is not so difficult to pre-vent falls,” “Became sensitive to the risk of falls,” “Feel responsible for trying to prevent as much as possible,” and “Struggle to perform prevention measures.”

2. Clinical experience which change recognition were “The positive effect of measures for fall prevention,” “Lack of effect of measures for fall prevention,” “Encountering situations in-volving falls,” “Descriptions of hiyari-hatto report,” “Reading documents,” “Observing experi-enced nurses,” and “Advice and instruction from experienced nurses.”

3. Recognition that falls are unavoidable and insignificant changed during the 1st year after initial employment recognition of responsibility to be aware of the risk of falls and perform pre-vention measures. New nurses recognized that this change came influence a consideration of their own fall prevention actions and relationship with experienced nurses. Importance of the re-lation that considered contents of learning from clinical experience and a cognitive change to a new nurse was suggested.

要  旨本研究は,看護師1年目に焦点を当て,就職当初と臨床経験1年を経過した時点での転倒防

受付日:2007年3月30日  受理日:2007年9月12日1) 石川県立看護大学 Ishikawa Prefectural Nursing University2)  金沢大学大学院医学系研究科保健学専攻 Division of Health Science, Graduate School of Medical Science, Kanazawa

University

報告

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Ⅰ.はじめに

近年,医療環境は医療技術の進歩,患者の高齢化・重症化や平均在院日数の短縮化により大きく変化しており,医療における安全の確保と質の高い看護の提供はより重要な課題となっている.新人看護師は基礎教育を終えて数か月で看護業務全般を担当しなければならず,このようななかで新人看護師にもリスクマネジメント能力が求められている.厚生労働省のヒヤリ・ハット事例収集(2004)に

よれば,インシデント事例の当事者の約13%が1

年目の看護師であると報告されている.さらに,療養上の世話に関して発生したインシデントでは転倒(転落を含む)が最も高率(川村,2003)であり,高齢入院患者の転倒率は10~20%であると報告(加藤ら,2000)されている.このことから,多くの新人看護師が入院患者の転倒に遭遇していることが考えられる.このようななかで,新人看護職員の臨床実践能力の向上に関する検討会報告(日本看護協会出版会,2005)では,看護師に求められている臨床実践能力の一つとして転倒防止策の

適用の判断と実践が示された.看護師に求められる転倒のリスクマネジメントとは,日々変化する患者の状況を的確に捉えた転倒予測に基づく防止策の実行であり,患者を取り巻く医療従事者と連携をとりながら患者の転倒防止に向けた活動であると考える.新人看護師に対して転倒のリスクマネジメントの能力を育成するための卒後の研修を検討するには,新人看護師の転倒や防止活動に対する認識が臨床経験を重ねることによりどのように変化するかを,まず明らかにする必要があると考える.新人看護師のリスクマネジメントに関する研究

では,インシデントや事故発生の環境要因の分析(Ebright et al., 2004),医療事故の認識調査(菅原,原,2004),インシデント報告の分析(土井ら,2003)がみられるが,転倒防止に焦点を当てた研究はみられない.そこで,本研究は,新人看護師の転倒に対する

リスクマネジメント能力の向上を支援するための示唆を得るために,インシデント事例の当事者のうち最も比率の高い看護師1年目に焦点を当て,転倒防止に対する認識とその認識を変化させた臨

止に対する認識とその認識を変化させた臨床経験を明らかにすることを目的とした.対象は1年の臨床経験を有する看護師19名である.就職後1年を経過した時点に,半構成的面接法を用いて,就職当初と就職後1年の2時点における入院患者の転倒防止に対する認識,および認識の変化に影響を与えた経験の内容を調査した.面接で得たデータを質的帰納的に分析し,以下の結果を得た.

1.転倒防止に対する認識:就職当初は〔重大なことではない〕〔仕方がない〕〔患者を責める気持ちをもつ〕〔リスクに気づかない〕〔大丈夫と甘い判断をする〕〔対策を考えられない〕であった.就職後1年では,【転ぶだけではすまない】【簡単に防げない】【防げないものではない】【リスクの存在に敏感になる】【できることは最大限行う責任がある】【防止策の実行に葛藤がある】であった.

2.認識の変化に影響を与えた要因は,《防止策の効果》《防止策の無効》《転倒場面への遭遇》《ヒヤリ・ハットの記載》《記録を読む》《先輩の行動にふれる》《先輩のアドバイスや指摘》であった.

3.就職後1年間において,転倒は仕方がない現象であり重大なことではないという認識は,リスクの存在に関心をもち,防止策を実施する責任の自覚に変化した.新人看護師は,この変化は自己の転倒防止行動に対する省察や先輩看護師との関わりが影響していたと認識していた.新人看護師には臨床経験からの学びの内容や認識の変化を考慮した関わりの重要性が示唆された.

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床経験を明らかにすることを目的とした.

Ⅱ.研究方法

1.対象一総合病院に勤務し,1年の臨床での経験を有

する看護師で本研究の趣旨・方法に同意を得た19名である.対象となった看護師の概要を表1に示した.

2.調査方法半構成的面接法を用いて,対象者が就職して2

年目となった2004年4月に調査を実施した.調査内容は,就職後の1年を振り返り,①就職当初(就職直後から概ね3か月の間)と1年後(面接時点)における転倒防止に対する認識,②その認識を変化させた臨床経験の内容についてである.面接内容は,対象者の了解を得て録音した.

3.分析方法1)�転倒防止に対する認識およびその変化に影響を与えた経験の分析

分析は,集団を構成する人々のものの見方や考え方,行動を記述する方法であるSpladley(1979)のエスノグラフィの分析手法を応用した.まず,面接内容から作成した逐語録から,就職当初における転倒防止に対する認識を示す文章や言葉を理解可能な最小単位として抽出し,これをコードとした.そして,コードの類似性と差異性を検討し,共通する意味をもつコードを集めカテゴリ化をすすめた.この際,カテゴリを構成する構成単位間の結びつきの関係をSpladley(1979)が示している,種類や根拠など9つの意味関係を手がかりと

した.カテゴリは再編,移動,融合を繰り返し,複数の階層を形成し,カテゴリ間の関係が不動となった段階で分析を終了した.同様な分析方法で,1年後の転倒防止に対する認識および転倒防止に対する認識の変化に影響を与えた臨床経験について分析した.また,Spladley(1979)は人々の経験や人々が作り出している考えなどは,事実から構成され,その事実は人々が使用している言語によって表されると述べている.したがって,カテゴリの表現は新人看護師がインタビューの中で語った言葉を用いた.2)臨床経験がもたらした認識の変化の分析既存の知識,スキルや信念が直接・間接的経験によって修正・追加されるというKolb(1984)の経験学習理論に基づいた経験と学習の関係性の枠組み(松尾,2006)を活用し,転倒防止に対する[就職当初の認識]が[転倒に関連した経験]によって変化した[就職1年後の認識]という一連の組み合わせを,再度逐語録を読み返しながら取り出した.そして,明らかになったカテゴリと照合しながら,臨床経験による認識の変化を分析した.なお,結果の真実性を確保するために,質的研究の経験をもつ研究者に分析結果を提示し審議した.また,病院の看護師教育担当者に結果を提示し,内容の妥当性を確認した.

4.倫理的配慮一総合病院の看護部長に本研究の趣旨と方法を文書および口頭で説明し,研究協力を得た.看護部長から紹介された看護師に対し,研究の趣旨,方法,研究参加は自由意思であり辞退しても不利益を被らないこと,データは秘密厳守し厳重に管理すること,結果の公表を行う際に個人が特定されないことを文書および口頭で説明し,文書による同意を得た.表1 対象者の概要

性  別 男性 0名  女性 19名

教育背景 看護系大学卒 2名  看護専門学校卒 17名所属病棟 外科系:8名,内科系:4名,小児・混合:4名,

精神科:2名,産科・婦人科:1名

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Ⅲ.結果

1.転倒防止に対する認識就職当初および就職後1年の転倒防止に対する

認識は,いずれも6カテゴリから示すことができた.以後,就職当初を〔 〕で,就職後1年を【 】で示す.1)就職当初の転倒防止に対する認識(表2)就職当初は,転倒発生に対する認識として,〔重

大なことではない〕〔仕方がない〕〔患者を責める気持ちをもつ〕があり,自己の転倒防止能力に対するものとしては〔リスクに気づかない〕〔大丈夫と甘い判断をする〕〔対策を考えられない〕があった.〔重大なことではない〕とは,入院患者の転倒を安易に考え,防止活動への関心の低さを示していた.〔仕方がない〕とは,転倒が防ぎようのないことと考えていることを示しており,防止活動の期待の低さを示していた.〔患者を責める気持ちをもつ〕とは,転倒発生の原因を患者に責任転嫁する感情をもつことを意味していた.〔リスクに気づかない〕〔大丈夫と甘い判断をする〕〔対策を考えられない〕とは,1年目看護師の就職当初の転倒防止能力の自己評価の内容を示しており,転倒の予測能力の欠如,判断力の甘さ,患者の状況に応じた防止策の適用の判断と実行が適切にできない

ことを意味していた.2)就職1年後の転倒防止に対する認識(表3)就職1年後では,転倒の発生は【転ぶだけでは

すまない】【簡単に防げない】【防げないものではない】と認識しており,転倒防止行動の自己評価として【リスクの存在に敏感になる】【できることは最大限行う責任がある】【防止策の実行に葛藤がある】と感じていた.【転ぶだけではすまない】とは,転倒発生後の患者および自分自身に引き起こされた負の影響を意味していた.【簡単に防げない】とは防止策を実行しても転倒が発生していることや転倒予測の難しさに起因する転倒防止の困難性の認識であり,一方【防げないものではない】とは防止活動により転倒は防止することができるという可能性の認識を意味していた.【リスクの存在に敏感になる】とは環境や患者の身体状況や日常生活行動の中に転倒リスクが存在することや,看護師自身の判断力の適否も転倒発生の要因となりうるという自覚を表していた.【できることは最大限行う責任がある】とは転倒防止は看護師の責務であり,可能な限り対策を講じなければならない看護師としての姿勢を意味していた.【防止策の実行に葛藤がある】は行動制限による転倒防止と患者の行動範囲を維持拡大することの優先度を判断することに躊躇する

表2 就職当初の転倒防止に対する認識

カテゴリ サブカテゴリ

重大なことではない 子どもの頃の転んだときのイメージ,そんなに発生するものではない,軽く考える,気にとまらない,ああ転んだという程度の感覚

仕方がない ずっと観ているわけにはいかない,予測がつかないで発生する,どれだけ注意しても起きる,発生の可能性はどこにでもある

患者を責める気持ちをもつ 勝手に動いたからと思う,私は悪くはない

リスクに気づかない 高齢者は不安や慣れない環境が引き金になることがわからない,廊下に車椅子を無造作に置いてしまう,麻痺のある患者がハイリスクであると実感できない,ハイリスク患者といわれてもピンとこない

大丈夫と甘い判断をする 昼間大丈夫だから夜も大丈夫と考えてしまう,このくらいなら大丈夫と判断する,未確認の情報だけで判断してしまう,ちょっとぐらいはいいだろうと思ってしまう

対策を考えられない どんな情報をつかんだらいいのかわからない,環境を整えることが頭にない,ベッド柵の効果的使用法が考えられない,対策の選択肢が少ない

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という意味であった.

2.転倒防止に対する認識を変化させた臨床経験(表4)対象の看護師がインタビューの中で語った転倒

防止に対する認識を変化させた臨床経験は,7つのカテゴリ(《 》で示す)にまとめられた.その内容は,《防止策の効果》《防止策の無効》《転倒場面への遭遇》《ヒヤリ・ハットの記載》《記録を読む》《先輩の行動にふれる》《先輩のアドバイスや指摘》であった.《防止策の効果》《防止策の無効》とは転倒防止策

の実行の結果であり,《転倒場面への遭遇》《ヒヤリ・ハットの記載》は転倒発生の経験とその振り返りであり,《記録を読む》は情報を獲得する方法であり,《先輩の行動にふれる》《先輩のアドバイスや指摘》は先輩看護師との関わりを意味し,新人看護師が1年間に臨床現場で経験した内容であった.

3.臨床経験がもたらした認識の変化1)�《防止策の効果》と《防止策の無効》がもたらす変化(図1)

《防止策の効果》の経験は,〔重大なことではな

表4 転倒防止に対する認識を変化させた臨床経験

カテゴリ サブカテゴリ

防止策の効果 患者との関わりが密になることで穏やかになり1人で動かなくなる,付き添うことで安心して行動,統一した対策の実施により転ばなくなる

防止策の無効 柵を外して1人で動く,不穏が強くなり柵を外そうとする,いろいろ説明してもわかってもらえない

転倒場面への遭遇 姿勢を保持できなくなりバランスを崩して転倒,身体症状の変化による転倒,1人で動いてしまって転倒,大丈夫と判断した患者の転倒,予期できなかった行動をとって転倒,目を離したすきに転倒

ヒヤリ・ハットの記載 ケア中に発生した転倒のヒヤリ・ハットを書く,発見した転倒場面のヒヤリ・ハットを書く

記録を読む ヒヤリ・ハット綴りを読む,転倒カンファレンス記録を読む

先輩の行動にふれる 先輩の防止行動場面の遭遇,カンファレンスでの先輩の発言を聞く,転倒患者の申し送りを聞く

先輩のアドバイスや指摘 ハイリスク患者の特徴,ベッド柵の使用,危険性が予測できる患者の行動,危険性のある環境,夜間の防止体制,安全な環境の整え方

表3 就職1年後の転倒防止に対する認識

カテゴリ サブカテゴリ

転ぶだけではすまない 重大なことにつながる,転倒後に悩んでしまう,怖いと感じる

簡単に防げない リスクが高いとわかっていながら対策がみつからない,予想外に発生する,予測が難しい,患者の側についていられない

防げないものではない 関わりを変えれば防げる,対策を統一すれば発生回数は減る,見守るだけでリスクを下げる

リスクの存在に敏感になる 患者は絶えずリスクをもっている,環境の中にリスクがある,生活動作の中にリスクがある,大丈夫やつもりには危険が潜んでいる

できることは最大限行う責任がある

患者の行動範囲の中でリスクを見つける,自分で安全を確かめる,大丈夫と思っても1人にしない,環境を整える,約束した時間を守る,忙しいときこそ患者に声をかける,側を離れるときは姿勢を整える,みんなで考えて実行する

防止策の実行に葛藤がある 行動制限は抵抗を感じる,ニーズを満たしながら安全を確保することに戸惑う

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い〕〔仕方がない〕といった就職当初の転倒発生に対する認識を,転倒は【防げないものではない】という認識に変化させた.看護師Dは,夜間にトイレに行こうとして頻回に転倒していた患者に対して講じた対策の効果から転倒は防ぐことができると考えるようになったことを,次のように述べていた.肺がんから脳転移となった患者さんは,夜間にト

イレに行こうとして何度も転ぶので,転倒は仕方

がないことだし,転倒自体を重大なことと考えて

いなかった.しかし,カンファレンスで決めた“0

時にトイレに誘導し,次にトイレにいく時刻を約

束する”という防止策をみんなで実施したら,転倒

しなくなった.看護チームと患者さんと一緒に考

え,みんなで統一して対策を実施すれば,転倒は

防げないものではないと思うようになった.

一方,《防止策の無効》の経験により,転倒の発生は〔重大なことではない〕という考えから,転倒

は【簡単に防げない】ものであるという転倒を防止することの困難性を認識するに至ったことを,看護師Mは次のように述べていた.就職当時は ICU担当で,転倒に遭遇したことがな

かったから,あまり転倒って考えたことがなく,

重要なことだとは感じていなかった.むしろ,ド

レーントラブルに気をつかっていた.脳外科の病

室担当に替わり,1人で担当する患者が多くて目が

届かない.いろんな対策を練ってもやはり発生し

ているので,転倒を防ぐのは難しい.

2)�《転倒場面への遭遇》や《ヒヤリ・ハットの記載》がもたらす変化(図2)

1年目看護師が勤務中に体験した《転倒場面への遭遇》は,転倒の発生は〔重大なことではない〕という認識を【転ぶだけではすまない】という認識に変化させた.転倒の発生により,患者が身体的損傷を被り,多くの職員が対応に従事した経験から,転倒発生の重大性を認識したことを,看護師

就職当初

【転ぶだけではすまない】 【簡単に防げない】【防げない

ものではない】【リスクの存在に敏感になる】

【できることは最大限

行う責任がある】

【防止策の実行に葛藤する】就職後1年

防止策の無効防止策の効果

〔重大なことではない〕

〔対策を考えられない〕

〔大丈夫と甘い判断をする〕

〔リスクに気づかない〕

〔患者を責める気持ちをもつ〕〔仕方がない〕

図1 《防止策の効果》や《防止策の無効》がもたらす変化

就職当初

【転ぶだけではすまない】 【簡単に防げない】【防げない

ものではない】【リスクの存在に敏感になる】

【できることは最大限

行う責任がある】

【防止策の実行に葛藤する】就職後1年

〔重大なことではない〕

〔対策を考えられない〕

〔大丈夫と甘い判断をする〕

〔リスクに気づかない〕

〔患者を責める気持ちをもつ〕〔仕方がない〕

転倒場面への遭遇 ヒヤリ・ハットの記載

図2 《転倒場面への遭遇》と《ヒヤリ・ハットの記載》がもたらす変化

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Cは次のように述べていた.就職当初は,患者さんが転んでも「あー尻もちつい

た」という程度の感じ方だった.でも,車椅子の

フットレストにつまずいて転倒し,大腿骨頸部骨

折で手術になってしまい,転倒後は,主治医に報

告したり,検査をしたり.高齢者は転倒すると骨

折しやすいとは知っていたが,実際に転倒事故に

あって,転んだだけではすまないと感じ,危機感

をもった.

また,《転倒場面への遭遇》は就職当初の〔リスクに気づかない〕や〔大丈夫と甘い判断をする〕という転倒予測ができないという能力の自覚を,【リスクの存在に敏感になる】という自覚に変化させていた.看護師Fは病室からベッド柵を動かす音がした後に転倒している患者を発見したことから,音に敏感になり危険性を感じるようになったことを,次のように述べていた.ベッド柵のガタンという音がしても,誰かがベッ

ドから降りようとしているとしか思わなかった.

夜中にガタンと音がした病室に行くとポータブル

トイレの横に尻もちをついていた.今では,ガタ

ガタという音がすると,患者がベッドから降りよ

うとしている,危ないと思って病室に向かってい

る.

また,看護師 Iは車椅子に乗車している患者が落ちた物を拾おうとして前のめりになり転倒した場面に遭遇した際に,「どうして呼んでくれなかったのか」と〔患者を責める気持ちをもつ〕という感情を抱いたが,ヒヤリ・ハットを記載しながら,

車椅子に乗車中の患者の側を離れるときは,転倒の引き金になることがないよう整えておくなどの【できることは最大限に行う責任はある】と自覚し,患者のニーズを確認するようになったと述べていた.さらに,《ヒヤリ・ハットの記載》という経験は,

〔仕方がない〕〔リスクに気づかない〕〔対策を考えられない〕という就職当初の認識や自覚を【リスクの存在に敏感になる】という自覚に変化させた.このことを,看護師Gは次のように述べていた.はじめの頃は,転倒はどうして起こるのだろう,

どうしようもないなと思っていた.転倒患者を発

見して,ヒヤリ・ハットを書きながら振り返ると,

柵が外れやすくなっていたことや物がとりやすい

位置になかったことなど,転倒につながる状況が

見えてきた.似たような場面では,リスクがある

と感じる.柵がついているか確認し,必要なもの

がベッド周囲に揃っているかを患者に確認するよ

うになった.

3)《記録を読む》ことが変化させたこと(図3)新人看護師はヒヤリ・ハット報告や転倒カン

ファレンス記録などの《記録を読む》ことにより,〔リスクに気づかない〕という就職当初の自己の転倒リスクマネジメント能力に対する認識を,【リスクの存在に敏感になる】や【できることは最大限行う責任がある】という認識に変化させた.看護師Nはヒヤリ・ハット報告を読むことにより,転倒要因に気づいてその後の転倒防止行動が変化したことを次のように述べていた.

就職当初

【転ぶだけではすまない】 【簡単に防げない】【防げない

ものではない】【リスクの存在に敏感になる】

【できることは最大限

行う責任がある】

【防止策の実行に葛藤する】就職後1年

〔重大なことではない〕

〔対策を考えられない〕

〔大丈夫と甘い判断をする〕

〔リスクに気づかない〕

〔患者を責める気持ちをもつ〕〔仕方がない〕

記録を読む

図3 《記録を読む》ことがもたらす変化

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転倒を防止するには何に気をつければいいのかわ

からなかった.ヒヤリ・ハットを読むと,夜間に

トイレに行こうとして転倒する患者が多く,頭が

ふらついたことが原因と書いてあった.夜間,患

者が動くときは特に注意しなければならないと気

づいたので,夜勤中,リスクの高い患者さんが歩

いているのを発見したときはすぐに付き添う.

4)�《先輩の行動にふれる》や《先輩のアドバイスや指摘》がもたらした変化(図4)

新人看護師が《先輩の行動にふれる》ことにより,〔リスクに気づかない〕や〔大丈夫と甘い判断をする〕という転倒リスクマネジメント能力の自覚が【リスクの存在に敏感になる】や【できることは最大限行う責任がある】という自覚の変化を認識していた.看護師Fは転倒リスクが低いと甘い判断をした患者に対する先輩看護師の転倒防止行動を目撃したことにより,転倒リスクを確認しながら転倒防止策を考えるようになったことを,次のように述べていた.入院患者さんを病室に案内したときは普通に歩い

ていたので危ないとは思わなかった.先輩も病室

に入ってきて,ベッド柵がないことに気づいて,

柵を持ってきて,患者さんに慣れないベッドでの

生活は危険であることを説明しながら柵をつけて

いた.患者はしっかりしていたけど,高齢で慣れ

ない環境では危険が増すのだと感じた.それから

は,患者さんの年齢や動き方に注意して,ベッド

柵が必要かを考えるようになった.

Ⅳ.考察

1.新人看護師の転倒防止に対する認識の変化新人看護師の転倒防止に対する認識は,転倒の

発生という現象の捉え方と転倒防止に対するリスクマネジメント能力の自己評価の2側面に大別され,それぞれ変化がみられた.就職当初の新人看護師は,医療施設で発生して

いる入院患者の転倒に対して,〔重大なことではない〕や〔仕方がない〕ことであると捉えており,重大性の認識は低いものであったと考えられる.しかし,1年後には,転倒の発生は【転ぶだけではすまない】という重大な影響を患者に及ぼすものであるという認識に変化した.これは,高齢患者の多い医療施設での転倒場面に遭遇し,転倒後の患者の身体機能の変化や転倒後の対応に直面したためと考える.また,就職当初の新人看護師の関心は,診療の補助業務の遂行にあると考えられ,転倒より薬剤関連のヒヤリ・ハット報告の比率が高率であることから,新人看護師の転倒に対する重大性の認識や関心が低くなったものと考える.また,所属病棟で実施されている防止活動に

よって効果がみられた経験から,転倒発生は不可抗力で仕方がないという考えは,対策を検討し統一した防止行動をとることで,防ぐことが可能な現象であると自覚するようになり,【防げないものではない】という考えに変化した.このことが,看護師としての責務の自覚につながったと考える.

先輩の行動にふれる

先輩のアドバイスや指摘

就職当初

【転ぶだけではすまない】 【簡単に防げない】【防げない

ものではない】【リスクの存在に敏感になる】

【できることは最大限

行う責任がある】

【防止策の実行に葛藤する】就職後1年

〔重大なことではない〕

〔対策を考えられない〕

〔大丈夫と甘い判断をする〕

〔リスクに気づかない〕

〔患者を責める気持ちをもつ〕〔仕方がない〕

図4 《先輩の行動にふれる》や《先輩のアドバイスや指摘》がもたらす変化

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自己の転倒に対するリスクマネジメントの能力についての認識は,転倒予測ができない,危険認知力に乏しく,対策が考えられないという能力の低さを示すものであった.しかし,1年後には,転倒の原因はどこにでも存在するという意識が高まった.つまり危険認知力が向上したことを新人看護師は自覚していたといえる.

2.認識を変化させた臨床経験の内容1年目看護師の転倒防止に対する認識を変化さ

せた経験として4点あげられる.まず,第1点目には所属病棟が有している転倒

リスクマネジメントに対する考え方や行動規範にそった防止行動の経験である.経験の内容には,ベッド柵の設置や環境整備といった転倒防止策の実行,ヒヤリ・ハット報告や転倒カンファレンス記録の閲覧や院内手順に従った転倒ハイリスク患者のスクリーニングが含まれていた.このように所属病棟において,新人看護師は所属病棟で臨床経験を重ねながら,転倒防止を重要な臨床問題として捉え,できる限りの対策を実行する責務を自覚したと考える.第2点目には,転倒場面への遭遇とヒヤリ・

ハット報告の記載があげられる.これは,転倒場面に遭遇したことにより,自らの転倒防止行動を振り返ったという経験である.本田(2003)は,看護師が心動かされる驚きの経験に直面したとき,何らかの手だてを模索すると述べている.病院という環境の中で経験した患者の転倒は,新人看護師にとってまさに驚きの経験であり,転倒に対する自らの姿勢を振り返り,転倒原因を探る行為は,看護師に求められる転倒防止に必要な態度を導き出す契機となったと考える.川村(2005)によれば,転倒は看護師非介入下での事故であり,危険性を予測し,すべきことをすることで防止できると述べている.新人看護師は転倒場面に遭遇し,その後ヒヤリ・ハット報告を記載することで,転倒予測の根拠につながるリスク認知力を高めていた.つまり,環境,患者の身体的・精神的状況,時間帯,患者の行動の中にリスクが存在し

ていることに気づいたということである.これらは,看護基礎教育においてすでに学習した知識であるが,臨床における転倒や転倒ハイリスク患者の看護体験を通して,知識として定着し,転倒を予測する直観力の向上につながると考える.看護実践における看護師の直観は,入院患者の転倒予測に有用であると報告(泉ら,2001a,2001b)されており,転倒場面と防止行動を省察する行為は,新人看護師の直観力を高めることにつながったと考える.第3点目には先輩看護師の言動にふれるという経験である.人間はその行動の大半を他者の行動を観察することで学習し,自分の行動とその結果に対する心的なイメージを発達させている(上田,2003)といわれている.つまり,他者を観察することで得られた知識や脳裏に焼き付いたイメージに基づいて人間は行動をし,自分にとって望ましい結果を経験することで,その行動の妥当性を確信するということである.新人看護師にとって先輩看護師とは,転倒リスクの判断と転倒防止行動を示してくれるモデル的存在であったと考える.また,先輩看護師の転倒カンファレンスでの発言や記録の内容は,転倒防止に対して安易な考えをもっていた新人看護師に対して,患者の安全を保証する看護師としての責任や,ものの考え方を新人看護師に伝授する役割を果たしていた.第4点目は,転倒防止策の結果を経験したことである.看護チームで患者の関わり方や一貫性のある転倒防止策の実行により,患者の不穏がおさまり患者が予期しない行動をとらなくなったことや,夜間の転倒が減少した経験によって,転倒は〔仕方がない〕ことであるという認識を,転倒は【防げないものではない】という考えに変えており,転倒防止行動をとる意義を見出していた.一方,さまざまな対策をとっても転倒を繰り返す患者の存在や自らの防止行動の不備から転倒場面に遭遇するという経験は,新人看護師に医療施設における転倒防止の困難性をよりいっそう強く自覚させたと考える.

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3.転倒リスクマネジメントの能力の向上における臨床経験の意味新人看護師の転倒防止に対する認識は,入院患

者の転倒に対する捉え方や新人看護師が自覚する転倒リスクマネジメント能力の内容に大きな変化がみられた.すなわち,新人看護師が就職後1年間で経験したさまざまなことは,自らの転倒防止行動を省察させ,転倒防止に求められる看護師としての態度や資質を見出す契機となっていたと考える.新人看護師は転倒場面の遭遇や転倒ハイリスク

患者の看護に対して自身の考えや行動を省察したり,先輩看護師の言動を観察したりふれることにより,転倒リスクの存在に気づき,より具体的な防止策の実行を促進させていた.Kolb(1984)は,知識を創造するプロセスは,新しい経験に自らを巻き込み,その経験を省察することにより活動の新しい意義や概念を作り出し,それを活用して意思決定や問題解決にあたることであると述べている.つまり,新人看護師は自らが学習する能力を基盤にしながら,臨床で経験するさまざまな内容から,転倒リスクマネジメント能力を高めていたことが示唆された.経験は「知識・スキルの変化を促す外界との相

互作用」を意味し,直接あるいは間接的な経験によって,既存の知識,スキルや信念の一部を修正・追加し変化させる(松尾,2006).新人看護師は1年の臨床での経験において,転倒を予測するための根拠となる情報収集や,多様な防止策の実行の可能性,防止する責務の自覚や転倒発生がもたらす多様な影響を知り得たことにより,新しい知識や考え方を修正・追加したものと考える.松尾(2006)は知識や技術の向上に影響する経験

として,上司や先輩から学ぶ経験,サービスの対象との相互作用,タスクの特性とその結果の4点をあげている.これは,新人看護師が転倒防止に対する認識を変えたと述べていた,転倒防止策の実行の結果,転倒発生の体験とその振り返り,先輩看護師との関わりや記録からの学びの経験と一致すると考える.すなわち,新人看護師は転倒場

面に遭遇することに限らず,先輩看護師の転倒防止に関する言動,所属病棟の転倒防止マニュアルにそった防止活動とその結果を経験したことが,転倒防止に対する認識を変化させるとともに,転倒のリスクマネジメント能力を向上させたと推察される.

4.新人看護師の転倒防止策の適用の判断と実践力の育成への示唆今回明らかになったように,就職後の1年間に

おける多くの臨床経験が看護師として求められる転倒防止に対する認識を形成していた.看護師の転倒リスクマネジメント能力を育成するには集合教育では限界があり,患者の療養環境や患者の身体的・精神的状況を捉えた転倒予測とその判断に基づいた防止策の決定と実施は,日々の看護業務の中で教育されることが望ましいと考える.新人看護師の臨床経験からの学びの内容や認識の変化を考慮した関わりの重要性が示唆された.

5.本研究の限界と課題本研究は,一総合病院の看護師を対象としてお

り,結果を新人看護師集団に適用するのには限界がある.また,今回,看護師に対して半構成的面接を行ったことは,看護師の転倒防止に対する認識を明らかにするうえで有効であったと考えるが,認識の内容と実際の転倒防止行動との整合性を確認する必要がある.今後は,面接法に観察法を併用したデータ収集を行い,結果の妥当性を高めたい.

Ⅴ.まとめ

本研究は,新人看護師の転倒に対するリスクマネジメント能力の向上を支援するための示唆を得るために,転倒防止に対する認識とその認識を変化させた経験の内容を検討した.1年の臨床経験を有する看護師19名を対象に,半構成的面接法を行い以下の結果を得た.

1.就職当初の転倒防止に対する認識の内容は,

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〔重大なことではない〕〔仕方がない〕〔患者を責める気持ちをもつ〕〔リスクに気づかない〕〔大丈夫と甘い判断をする〕〔対策を考えられない〕であった.就職1年後では,【転ぶだけではすまない】【簡単に防げない】【防げないものではない】【リスクの存在に敏感になる】【できることは最大限行う責任がある】【防止策の実行に葛藤がある】であった.

2.認識の変化に影響を与えた要因は,《防止策の効果》《防止策の無効》《転倒場面への遭遇》《ヒヤリ・ハットの記載》《記録を読む》《先輩の行動にふれる》《先輩のアドバイスや指摘》であり,新人看護師が1年間の臨床現場で経験した内容であった.

3.就職後1年間において,転倒は仕方がない現象であり重大なことではないという認識は,リスクの存在に関心をもち,防止策を実施する責任の自覚に変化した.新人看護師は,この変化は自己の転倒防止行動に対する省察や先輩看護師との関わりが影響していたと認識していた.新人看護師には臨床経験からの学びの内容や認識の変化を考慮した関わりの重要性が示唆された.

謝辞:本研究を進めるにあたり,多大なるご協力

をいただきました病院の看護部長および看護師の皆

様に心より感謝申し上げます.

本研究は平成16~18年度科学研究費基盤研究(C)

課題番号16592120の助成を受けて行ったものの一部

であり,第24回日本看護科学学会(2004,東京)にお

いて発表した.

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