図画工作・美術教育の学びについて-考察 ·...

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プール学院大学研究紀要 第 57 号 2016 年,199 〜 211 図画工作・美術教育の学びについて-考察 飯 田 真 人 1.はじめに 図画工作・美術教育のあり方については、これまで多くの研究者や教育関係者が様々な研究を行い、 学校教育のみならず人間教育として不可欠なものであることを示してきた。 また、過去の学習指導要領の改訂の際には、制度の変更や学習内容の多様性により、結果として 教育課程における芸術教育の割合が減少してきたこともあり、その都度芸術教育のあり方について の議論が高まったが、課題や問題については依然として変わらないように思われる。 21 世紀を迎え、社会や日本の取り巻く状況が大きく変化しようとしている時、一つの教科の問題 や課題ではなく教育全体を根本的に整理し、見直さなければならないような状況となってきている。 子供たちにとっての本質的な「学び」とは何かが問われている。芸術教育だけの課題や問題ではなく、 教育全体の中で現状を把握しを課題や問題点を整理し、そのあり方について考察していかなければ ならない。 2.現状と課題 2−1 「学力」を取り巻く状況 学力とは、学習して得た知識と能力であり、特に学校教育を通して身につけた能力とされている。 学力は、テストの点数及び平均点、偏差値など成果が計測可能なものとしてとらえられがちである。 2007 年より文部科学省が実施している全国学力・学習状況調査は、学校教育の成果の検証や指導の 改善に役立てることを目的に始められたもので日本全国の小中学校の最高学年(小学 6 年生、中学 3 年生)全員を対象として行われているテストである。これらの結果を平均点によって、各都道府県 の教育への取組についてあたかも評価のごとく議論されるような状況を見れば、依然として学力の 見方が数的結果に基づいて判断されていることがわかる。 これまでの文部科学省としての学力のとらえ方の変化を見ていきたい。平成 10 年 11 年の学習指 導要領において、確かな学力について(文部科学省ホームページより)の解説では「これからの子 どもたちには、基礎的・基本的な『知識や技能』はもちろんですが、これに加えて、『学ぶ意欲』や 『思考力・判断力・表現力など』を含めた幅広い学力を育てることが必要です。これを『確かな学力』

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プール学院大学研究紀要 第 57 号2016 年,199 〜 211

図画工作・美術教育の学びについて-考察

飯 田 真 人 

1.はじめに

 図画工作・美術教育のあり方については、これまで多くの研究者や教育関係者が様々な研究を行い、

学校教育のみならず人間教育として不可欠なものであることを示してきた。

 また、過去の学習指導要領の改訂の際には、制度の変更や学習内容の多様性により、結果として

教育課程における芸術教育の割合が減少してきたこともあり、その都度芸術教育のあり方について

の議論が高まったが、課題や問題については依然として変わらないように思われる。

 21 世紀を迎え、社会や日本の取り巻く状況が大きく変化しようとしている時、一つの教科の問題

や課題ではなく教育全体を根本的に整理し、見直さなければならないような状況となってきている。

子供たちにとっての本質的な「学び」とは何かが問われている。芸術教育だけの課題や問題ではなく、

教育全体の中で現状を把握しを課題や問題点を整理し、そのあり方について考察していかなければ

ならない。

2.現状と課題

2−1 「学力」を取り巻く状況

 学力とは、学習して得た知識と能力であり、特に学校教育を通して身につけた能力とされている。

学力は、テストの点数及び平均点、偏差値など成果が計測可能なものとしてとらえられがちである。

2007 年より文部科学省が実施している全国学力・学習状況調査は、学校教育の成果の検証や指導の

改善に役立てることを目的に始められたもので日本全国の小中学校の最高学年(小学 6年生、中学 3

年生)全員を対象として行われているテストである。これらの結果を平均点によって、各都道府県

の教育への取組についてあたかも評価のごとく議論されるような状況を見れば、依然として学力の

見方が数的結果に基づいて判断されていることがわかる。

 これまでの文部科学省としての学力のとらえ方の変化を見ていきたい。平成 10 年 11 年の学習指

導要領において、確かな学力について(文部科学省ホームページより)の解説では「これからの子

どもたちには、基礎的・基本的な『知識や技能』はもちろんですが、これに加えて、『学ぶ意欲』や

『思考力・判断力・表現力など』を含めた幅広い学力を育てることが必要です。これを『確かな学力』

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といいます。大学や企業の人事担当者も、今の子どもについて論理的思考力や問題発見力、行動力・

実行力などについて課題があると指摘しています。また、全国的・国際的な学力調査では、今の日

本の子どもたちは、学ぶ意欲や判断力、表現力に課題があることが指摘されています。各学校では、

子どもたち一人一人に応じて指導するなど『わかる授業』を行い、『確かな学力』を育むことができ

るように努めています。」とある。

 その後の平成 20 年の改訂では、「学校教育法第 30 条第2項に示されている『生涯にわたり学習す

る基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解

決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態

度を養うこと、特に意を用いなければならない。』を受けていわゆる学力の三要素から構成される確

かな学力のバランスのとれた育成が重視されることとなった。」とより概念化される。

 さらに、今現在審議されている次期学習指導要領等の改訂においては、「教育基本法や学校教育

法が目指す普遍的な教育の根幹を踏まえ、グローバル化の進展や人工知能(AI)の飛躍的な進化な

ど、伝統や文化に立脚した広い視野を持ち、志高く未来を創り出していくために必要な資質・能力

を子供たち一人一人に確実に育む学校教育の実現」や「『よりよい学校教育を通じてよりよい社会を

創る』という目標を学校と社会が共有し、連携・協働しながら、新しい時代に求められている資質・

能力を子供たちに育む『社会に開かれた教育課程』を実現」、「『何を学ぶか』という指導内容の見直

しに加えて、『どのように学ぶか』『何ができるようになるか』の視点から学習指導要領を改善。社

会において自律的に生きるために必要な『生きる力』を育むという理念のさらなる具現化を図るため、

学校教育を通じてどのような資質・能力が身に付くのかを、以下の三つの柱に沿って明確化。『①生

きて働く「知識・技能」の習得、②未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成、

③学びを人生や社会に生かそうとする「学ぶに向かう力・人間性」の涵養』」、「『主体的・対話的で

深い学び』である『アクティブ・ラーニング』の視点」のように、数値的結果をともなう学力とい

う認識から学力は生きていくための考える力へとより踏み込んで学力のとらえ方の変化を求めてい

る。

 それらを踏えて、図画工作・美術のあり方についても、議論が行われている。いわゆる「ゆとり

教育」政策の課題や問題点を踏まえ大きく転換しようと試みられ、学力のとらえ方が大きく変化す

る中、学校教育における美術、教科としての造形教育における学力については、まず「次期学習指

導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ(案)平成 28 年8月 19 日、第2部各学校段階、各教科

等における改訂の具体的な方向性 2各教科・科目等の内容の見直し(8)図画工作、美術、芸術(美

術、工芸)」の中で現行学習指導要領の成果と課題として、「図画工作、美術科、芸術科(美術、工芸)

においては、創造することの楽しさを感じるとともに、思考・判断し表現するなどの造形的な創造

活動の基礎的な能力を育てること、生活の中の造形や美術の働き、美術文化に関心を持って、生涯

にわたり主体的に関わっていく態度を育むこと等に重点をおいて、その充実を図ってきたところで

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ある。一方で、感性や想像力等を豊かに働かせて、思考・判断し、表現したり鑑賞したりするなど

の資質・能力を相互に関連させながら育成することや、生活を美しく豊かにする造形や美術の働き、

美術文化について実感的な理解を深め、生活や社会と豊かに関わり態度を育成すること等について

は、さらなる充実が求められるところである。」のように指摘をしている。これは、「図画工作や美

術の授業では、それぞれが楽しく意欲的に学習に取り組むことはできたが、それを受けて今後生き

ていく上での関わりにはつながっていない。」「学校で楽しい授業は美術だったという思い出にしか

なっていない。」となる。つまり、学校での学習活動が学び・学力に結びつけられていないというこ

とでもある。

2−2 授業アンケート

 図画工作・美術の学力については、学生に行った授業アンケートからも見えてきた。

 その授業アンケートは、図画工作や造形の授業において、学生が充実した内容で有意義な授業を

推進するために、それに対する意識や学生自身が抱える図画工作・美術の課題調査を目的に各授業

の第1回目(2016 年4月)に実施した。

 アンケートの対象者は、本学の学生の中で幼児教育、初等教育及び特別支援学校教育を学ぶ 132

名の学生で、その内訳は「教科図画工作」受講2名(4)と1名(4)、「初等図画工作」受講 42 名

(2)と 35 名(2)、「図画工作科教育法」受講の4名(4)、25 名(3)、33 名(3)である。(但:

カッコ内の数字は年次)

 このアンケートの調査目的には、2つの側面があった。一つは、この授業で講義する内容が学生

の実態を踏まえ、最適なものにするために、これまでの造形経験や鑑賞体験などの美術に関係する

調査であること、もう一つは、保育士、幼稚園及び小学校の教員を目指すに当たって、造形、図画

工作や美術の教科指導としての意識調査である。対象の学生の多くは年齢が 19 歳から 22 歳であり、

小学校を 7年から 10 年程度前に卒業しているので、現行の小学校学習指導要領図画工作の全面実施

が平成 23 年であるので平成 14 年度実施の学習指導要領に基づいた学習によるものである。(現行と

の違いは、目標において「感性を働かせながら」という文言が加えられたことや評価規準等に変更

があった。また、内容のA表現(1)が「楽しい造形活動」から「造形遊び」と呼び方が変わった

こと、〔共通事項〕の新設、言語活動の充実や材料や用具の扱い、鑑賞指導における美術館等との連

携などが改善点として加わった。アンケート結果から、そのことによって学校現場での具体的な題

材や学習内容に大きな変化することはなく、依然変わらない題材内容で同じような指導と評価が延々

続けられている場合も依然として多くあると考えられる。)

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202 プール学院大学研究紀要第 57 号

 まず、はじめに図画工作・美術について、根本的な質問から行った。

美術や図画工作は好きですか とても好き 17 12.8%

好き 55 41.4%

嫌い 16 12.0%

とても嫌い 12 9.0%

どちらとも言えない 33 24.8%

美術や図画工作で作品を描いたり、 得意 9 6.8%

つくったりすることは得意ですか どちらかといえば得意 24 18.2%

少し苦手  44 33.3%

とても苦手 43 32.6%

どちらとも言えない 12 9.1%

 53.1% の学生が、好きな教科でもあるにもかかわらず、描いたりつくったりすることに対して

65.9% もの学生が苦手意識を持っているということがわかる。

 次に、「図画工作を勉強して、その後役立ちましたか」という教科の学びの成果、つまりが学力の

定着へのつながりに対する質問では、約半数 47.7% の学生が役立たなかったと回答している。

小学校で図画工作を勉強して、 とても役立った 7 5.4%

その後役立ちましたか 役立った 36 27.7%

あまり役立たなかった 48 36.9%

役立たなかった 14 10.8%

どちらでもない 25 19.2%

 ここから、改訂の具体的方向性の中で課題としてあげられていたことと同様に、図画工作の教科

としての学びができていないということが推測される。これについては、国立教育政策研究所が全

国の小学校 6年生を対象に学習の状況を調査した「小学校学習指導要領実施状況調査、教科別分析

と改善点(図画工作)調査結果の概要(平成 24 年度実施、平成 27 年2月公表)」の質問紙調査の

まとめにおいても、「『図画工作の学習をすれば、ふだんの生活や社会に出て役立つ』、『図画工作の

授業がどの程度できますか』という質問に対して、肯定的な回答をした児童の割合は、それぞれ

60.0%、74.5%であり、前回調査(H16)と比べて肯定的な回答をした児童の割合が 10%以上高くなっ

ている。『図画工作の授業で、友達といっしょにつくる活動は好きですか』、『日本の伝統や文化を感

じる作品に興味はありますか』、『美術館や博物館などに行きたいと思いますか』等について肯定的

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な回答をした児童の割合が高いのに対して、そのようなことを意識した授業を行っていると回答し

た教師の割合は低くなっている。」と報告がされている。調査対象は小学校 6年生であったので、今

後において図画工作の学習がどのように学習や生活と結びつくかは想像の範囲ではあるが、学習し

ていながら役立つという実感が乏しいという子供たちが 4割もいるということである。アンケート

を回答した学生においては、すでに図画工作の学習を終え、中学校、高等学校、大学において実際

に図画工作・美術の学びを受けて、実社会での経験したことからの判断であるので、質問紙調査よ

りも現実的な判断がなされている。その中で図画工作と社会の関わりについて、半数近くが否定的

だったことは、深刻にとらえていかなければならない課題であることがわかる。

 では、小学校の6年間の中でいつ、何が原因で、図画工作の学びから離れていったかを具体的に

検証するために、低学年、中学年、高学年ごとに図画工作の授業に対して取り組みの姿勢の変化を「楽

しかった」という基準で尋ねた。

小学校の時、図画工作の授業は楽し とても楽しかった 46 34.6%

かったですか(低学年1、2年生) 楽しかった 57 42.9%

楽しくなかった 11 8.3%

辛かった 9 6.8%

どちらでもない 10 7.5%

小学校の時、図画工作の授業は楽し とても楽しかった 31 23.3%

かったですか(中学年3、4年生) 楽しかった 61 45.9%

楽しくなかった 17 12.8%

辛かった 12 9.0%

どちらでもない 12 9.0%

小学校の時、図画工作の授業は楽し とても楽しかった 26 19.7%

かったですか(高学年5、6年生) 楽しかった 56 42.4%

楽しくなかった 22 16.7%

辛かった 11 8.3%

どちらでもない 17 12.9%

 変化として、「とても楽しかった」が減り、「楽しくなかった」が学年を追うごとに増加していっ

たことがわかる。

 さらに、「楽しくなかった」とか意図した学生に、その具体的な理由を自由記述で回答させた。様々

な理由があったが、大きく2つのグループに分類できた。まずは、グループ①は指導側の課題に起

因しているものであった。また、グループ②は個々が抱いている図画工作のイメージや学習のつま

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づきによるものであり、特に絵画に対する苦手意識が高く、学年が上がるにつれてその苦手意識が

強くなっていくことがわかった。

グループ①

用意が嫌い。絵の具で汚れる。風景画ばかりだった。成績が良くなかったから。先生の評価が

厳しかった。作ったものを否定されることが多くあった。作るものが大体決まっていたから。

無理やりやらされていた。(アンケートから一部抜粋)

グループ②

絵が下手。絵の具が苦手。不器用。5、6年になり細かい作業が増え、友達との差が広がった。

絵が好きではない。思った通りにできなかった。鉛筆は好きだが色を塗ると嫌いになった。低

学年で出来ない自分が悔しかった。無理やりやらされ中学年で描く意義が見出せなかった。だ

んだん難しい課題で苦手意識が強まったから。自分の作りたいものや描きたいものをうまく表

現できなかった。自分の思った通り絵が描けないから。(アンケートから一部抜粋)

 多くの学生が、「楽しかった」という印象が残っているように楽しく取り組める教科であるにもか

かわらず、このような回答をしている。考えられる理由として、低学年では、幼児期にもみられる

ように自分中心の限られた視点で物事を見て判断する傾向が残り、絵画において表現されたものに

対してもさらにそういった見方となるので、上手い下手という判断には至らないと考えられる。ピ

アジェが、自己中心性と呼んだように自分と他者の視点が区別できないのである。中学年と高学年

では、学習や遊びによって形成される他者との人間関係の構築が行われはじめ、その過程で自分と

他者との違いを意識するようになる。それに伴って他者との視点の比較や技能的な違いなどを認知

できるようになり、技能的な側面を評価の対象とした指導が行われた場合には、より違いを認知す

るようになるとともに、社会性を意識することによって、同一の様式に固執するようにもなる。そ

こで絵画において、自分たちの中で上手や下手などの基準ができ、それのよって判断され、アンケー

トの回答のように楽しくなかった経験が増加してしまうことが考えられる。これは発達の遅れとい

う問題ではなく、その際の規準ではなく基準での指導と評価によるところが大きいと思われる。

 さらに、中学校の美術については、美術に対する見方がはっきりと二分化されるようになる。

中学校の時、美術の授業は楽し とても楽しかった 17 13.1%

かったですか(1年の時) 楽しかった 46 35.4%

楽しくなかった 27 20.8%

辛かった 16 12.3%

どちらでもない 24 18.5%

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205図画工作・美術教育の学びについて-考察

中学校の時、美術の授業は楽し とても楽しかった 15 11.5%

かったですか(2、3年の時) 楽しかった 43 33.1%

楽しくなかった 32 24.6%

辛かった 13 10.0%

どちらでもない 27 20.8%

 中学校では、小学校とは違って美術専門の教員による指導にもかかわらず、その傾向がさらに深

まるとともに、「どちらでもない」であった学生が約 20%となったことは、教科が「辛かった」に加え、

関心すら持てなかったことが含まれる可能性もある。

 また、図画工作の活動では「絵」「立体」「工作」「造形遊び」「鑑賞」など様々な活動がある中、「絵」

と「立体・工作」を比較した場合、絵画は親しみがある程度あるが、実際に制作するとなると立体

的な表現の方が取り組みやすい傾向も見られた。

「絵」と「立体・工作」のどちらが 絵 16 11.9%

好きですか(鑑賞も含む) どちらかといえば絵 33 24.6%

どちらかといえば立体・工作 39 29.1%

立体・工作 20 14.9%

どちらでもない 26 19.4%

「絵」と「立体・工作」のどちらが 絵 11 8.3%

得意ですか どちらかといえば絵 24 18.2%

どちらかといえば立体・工作 34 25.8%

立体・工作 15 11.4%

どちらでもない 48 36.4%

 これは、絵画は現実の空間である3次元の世界を平面である2次元の空間に置き換える作業をし

なければならない。一方、立体では、発想の段階で空間的なイメージを捉える必要があるものの、

材料自体はすでに空間に存在し、それらと関わりながら発想や構想することも可能である。そのた

め感覚的に試行錯誤しながら、制作を進められる。絵画では、ある程度のやり直しや描きながら考

えることも可能ではあるが、限られた枠の中で進めていくためには、はじめのイメージの有無が大

きく左右する。また、立体では、目の前に確実に物質として存在しているので、制作の過程や現状

の把握がわかりやすい面がある。

 指導にあたっても、絵画における発想や構想、空間表現など、難しい点が多くあり、指導方法に

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206 プール学院大学研究紀要第 57 号

よる影響が起因することも考えられる。

 つまり、絵画に対するとらえ方によって、図画工作に対する学習意欲や学びの実感が変わってく

ることが考えられる。

 また、アンケートのもう一つの調査目的である小学校の教員養成課程として図画工作をどのよう

にとらえられているか、図画工作の授業に実践について尋ねたところ、次のような回答であった。

もし、あなたが先生になったとして 十分教えられる 0 0.0%

図画工作を教える自信はありますか 教えられる 8 6.2%

あまり自信がない 67 51.5%

とても不安 47 36.2%

どちらとも言えない 8 6.2%

 もちろん、このことは実際に小学校での図画工作の授業実戦の経験は全くないので、自信がない

のは当たり前だが、その具体的な理由として、

 絵が下手。絵が苦手。センスがない。絵が嫌い。自分自身がうまく表現できない。

など 107 のコメント中 58 が自分自身の図画工作の能力が低いと感じており、そのため指導に自信が

ないと答えている。また、さらに、その中で「絵」「絵画」が苦手と明確に示している学生の回答が

24 もあった。ここにおいても絵画の学習に対するとらえ方によって、指導にも影響されることが見

えてくる。それは、教えることに対しての不安のほとんどが自分自身の図画工作の能力、つまりこ

れまでの学習の成果である図画工作の学力が定着していないと感じていることではないだろうか。

 その一方で、図画工作を好き嫌いだけで判断し指導を敬遠しているのではなく、学校教育の中で

の図画工作・美術の必要性については、下記の回答のように多くの学生が感じている。

小学校の授業で、図画工作は必要 とても必要だと思う 44 33.8%

な教科だと思いますか ある程度必要だと思う 75 57.7%

あまり思わない 7 5.4%

必要ではない 0 0.0%

どちらとも言えない 4 3.1%

2−3図画工作・美術での学び

 では、図画工作・美術でつけさせたい力とは何か、改めて考えていきたい。

 ハーバート・リードは、「教育の一般的な目的は、個々の人間に固有の特性の発達をうながし、同

時に、そうして引き出された個人的な特性を、その個人が所属する社会的集団の有機的な結合と調

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207図画工作・美術教育の学びについて-考察

和されることである、と考えることができます。この過程において、『美的教育』が根本的な役割を

果たす」と教育の基盤として位置付けている。

 我が国の図画工作・美術の方向性としては、小学校学習指導要領図画工作の目標に「表現及び鑑

賞の活動を通して、感性を働かせながら、つくりだす喜びを味わうようにするとともに、造形的な

創造活動の基礎的な能力を培い、豊かな情操を養う。」と示されている。これらを「学力の三要素」

と照らし合わすと、「感性を働かせながら」は「主体的に学習に取り組む」であり、「造形的な創造

活動の基礎的な能力を培い」の「基礎的な能力」の中に「知識及び技能の習得」と「思考力・判断力・

表現力等」が相互に働いて培われる学力であり、「豊かな情操を養う」によってさらなる学びに向か

う力・人間性となる。他の教科であれば学習意欲の上に知識・技能の学力を得て、思考力・判断力・

表現力を得ることができる。次にそれを土台として、そこから主体的に新たな学習を求めて、より

深まるような学びのサイクルを生み出すことができる。

 次への学習へと移行するにあたって、土台がしっかりとしたものであることを確認するために、

学習の定着を測るテストが成立し、学力の定着を測る方法の一つとなる。それによって学習内容や

学習計画又は指導や評価方法について検証することができる。

 しかし、図画工作や美術では、例えば、スケッチや絵の具の使い方や色彩の混色についての知識

を得てからどのような題材にしようかと発想や構想する場合や、動物を立体で作りたいという発想

や構想が先にあり、その材料を粘土や木材どちらが適しているかを決めてからその材料に対応する

ための技能を習得する場合もある。また、学年が変わっても同じ題材(例えば風景など)で授業が

行われることもある。他の教科と違って、図画工作や美術のように、知識・技能と思考力・判断力・

表現力が常に相互に子ども自身の中で行き来し、お互いが働き合いながら学習する教科では、段階

的な学力の定着の判断がしにくく、このことがこの教科の最大の長所でもあり、同時に短所でもある。

 仮に、他の教科と同様に段階的に学習の定着を図りながら行う学習内容を考えたとする。例えば、

絵画の学習において、図1の「鳥」の図版を見ながらそのまま写す練習を繰り返し行い、その後図

版を見なくても同じ図を描くことができるかを試す。それができると、その図版をもとに羽ばたい

ている状態を描くことができるかを試し、さらに発展的にその他の種類の鳥も描くことを挑戦する

という流れで学習を行ったとすれば、他の教科同様に知識技能の定着を確認することができると考

えられる。

               図1

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208 プール学院大学研究紀要第 57 号

 日本の美術の長い歴史においては、そのような教育方法も行われてきた。例えば、「葛飾北斎

(1760-1849)が挿絵が人気となり、当時の他の絵師の中に私淑するものや門人が増え、さらに工芸

職人たちも流行として図様を用いた。50 代半ば頃から多様な手本を出版しはじめるようになり、亡

くなるまで出版続けられたのが『北斎漫画』である。その図版の数はおよそ 3900、15 冊に及ぶ。(北

斎絵事典より)」など、手本帳としての「北斎漫画」は、その教育方法である。その他にも伝統工芸

において陶器の絵付けや染織の意匠の見本帳など、見本を繰り返し写すことによって、描写力を学

習する方法が多く見られ、今もそういった方法により伝統技術が守られている。日本の学校教育に

おける美術教育においても、山本鼎以前では「新定畫帖」のように模写や作図方などが中心となっ

ていたことからも、何かの手本をもとに写し取ることから始められていたことは、自然な日本の美

術教育の流れであることがわかる。

 また、現代においても工芸分野だけではなく、漫画やアニメーションなどでは、幼少期に漫画が

好きになり、自分の気に入ったキャラクターをひたすら模写することから始まり、ある程度自由に

アレンジができるようになればストーリーを展開し、やがて影響を受けながらでもオリジナルのキャ

ラクターを生み出し、出版社等に投稿し漫画家へと歩んでいく。そして、画風を共有できる漫画家

のアシスタントとなり、経済的な援助とともにいわゆる弟子としてさらに漫画作りの完成度を高め

ていく。(ただし、近年では一部の芸術系大学や専門学校で他の絵画や彫刻もしくはデザインのよう

に専門のコースで学習し、漫画家として活躍する者もいる。)

 なぜ、図画工作・美術ではこのような学習方法がとられていないのか。写し取ることで得られる

技術で作品というものはできるかもしれないし、絵画の技術を習得するにあたって、日本の美術や

漫画に見られるように素晴らしい芸術作品が生み出された実績ある指導方法として成立する可能性

は十分にある。また、芸術作品が生み出されないまでも、形や色が再現できたという達成感によって、

図画工作に対する自信を得ることも可能となり、アンケートのような苦手意識の解消にもつなげる

可能性もある。

 しかし、学習指導要領の目標にある「造形的な創造活動」は、「自分の思いを形や色などで表したり、

よさや美しさを感じ取ったりするなどの活動」であり、「基礎的な能力を培い」は、造形のための優

れた技術ではなく、「これを実現するために必要な能力である。具体的には発想や構想、創造的な技能、

鑑賞などの能力になる。」とあり、さらに、「創造的な技能」は「材料や用具を用いたり、表現方法

をつくりだしたりするなど、自分の思いを具体的に表現する能力」としている。つまり、作品づく

りのための技術の習得を目標としていない。

3.まとめ

 芸術が様々な様式や形態があるように、図画工作・美術の教育も、様々なとらえ方や考え方を持

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つことができる。学習指導要領で定められた目標をもとに行わなければならないが、題材設定や指

導計画など子供たちの実態に応じて指導者に委ねられている割合が大きい教科でもある。それゆえ

幅が広く、奥が深く、立ち位置を見失いがちになってしまう教科でもある。

 立ち位置を見失わないためにも、この教科の前提でもある「表現」という言葉のとらえ方から確

認する必要があるのではないだろうか。

 表現とは一般的に、「心的状態・過程または性格・思考・意味など総じて内面的・精神的・主体的

なものを、外面的・感性的形象として表すこと。また、この客観的・感性的形象そのもの、すなわ

ち、表情・身振り・動作・言語・作品など。表出。」という意味がある。小学校学習指導要領解説図

画工作編では「児童が感じたことや想像したことなどを造形的に表す。」とされている。表出するこ

とにあるにもかかわらず、言語活動のように他者に伝わることと、とらえられているように思われる。

それゆえ、描いたものが何であるかそれらが何を意味しているか一見して分からなければならない

と誤解されているのではないだろうか。

 「伝える」ということについては、学習指導要領の中では、第5学年及び第6学年の内容において「A

表現(2)」の「ア」の中で「感じたこと、想像したこと、見たこと、伝えあいたいことを見付けて

表すこと。」ではじめて出てくる。

 「伝えあいたいこと」については「学校や地域など、社会の一員として意識をもち始め、他の人の

気持ちを考えながら行動するようになる高学年の発達に応じて示している。自分を見つめ、他者や

社会にかかわろうとする意図や目的のある内容で、例えば、自分が使って楽しむもの、自分の想い

を伝えるもの、身の回りを楽しくしたり生活の幅を広げたりするものなどが考えられる。」としてい

る。つまり中学校や高等学校または一般的に言われるデザイン・工芸分野の内容につながることと

してとらえており、小学校の学習指導要領の中では一部の指導内容である。

 このように、あくまで表出する活動であり、その主体はその児童自身である。その表現は伝達や

記録を目的とした言語のような表現ではなく、「感じたことや想像したこと」などの発想や構想、技

能的な過程が大切であり、それらを頭の中だけではなく、表出させることによって、さらに深く思

考力・判断力・表現力を高めていくための表現である。芸術の中でも特に図画工作・美術は、言語

や記号に頼ることなく、「色」、「形」を手掛かりに「イメージ」を高めていく唯一の教科である。表

現にいたる過程が、図画工作での学びである。つまりそれは「発想や構想する能力」と「創造的な

技能」が相互に働くことによって育まれる。

 もしも、図画工作・美術の授業で芸術家やデザイナーを養成することを目標とする教科であれば、

徹底した技術指導やそれに関わる知識の習得し、何をどのように伝えるかという「鑑賞者」がある

ことを前提とした創作活動を目標に行わなければならない。反対に全く自由に思い思いの表現をし

ていればいいというわけではない。教師が子供たちに題材を提供することによって、その子供自身

がどのように発想や構想の広げ深め、創造的な技能を生み出していくかを見ることが、図画工作の

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学習であり授業である。

 しかし、それは、表現として表出されることもあれば、内在したままになっていることもある。

このことが教師にとって図画工作の指導と評価が難しいという課題になる。それゆえに、つい目に

見える学習成果を求めるあまり、逆にマニュアル化された技法書に頼る実践事例も多くある。

 図画工作・美術教育における学力は、子供たちの学びの課題ではなく、教師の指導と評価による

ところが大きいと考える。そのためにも教員養成課程や教員研修等で指導力の向上と充実させてい

かなければならないと改めて考えさせられた。

 また、それと同時に図画工作・美術の教科のみならず芸術文化に対する社会の深い理解が必要と

なる。今後は、教科教育にかかわる研究とともに社会と芸術のより良い接続を考察することによって、

図画工作・美術教育の充実を図っていきたいと考える。

<参考文献>

小学校学習指導要領解説図画工作編(平成 20 年8月)文部科学省

国立教育政策研究所が全国の小学校 6年生を対象に学習の状況を調査した「小学校学習指導要領実施状況調査、

教科別分析と改善点(図画工作)調査結果の概要(平成 24 年度実施、平成 27 年2月公表)

「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ(案)」(平成 28 年8月)文部科学省

ハーバート・リード「芸術による教育」宮脇理、岩崎清、直江俊雄 訳、フォルムアート社

永田生慈 監修「北斎絵事典【完全版】」 株式会社東京美術 2014 年)

石ノ森章太郎「石ノ森章太郎のマンガ家入門」秋田文庫 1965 年

 

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(ABSTRACT)

About learning of education of arts.

IIDA Masato 

JapaneseGovernment isreconsideringabouteducation,andconsideration for thishave

beenheldrightnow.Theyalsoargueaboutarts. I regard this situationasagoodchance to

considereducationofarts. Ihad investigatedaboutaproblemofeducationoffineartsat the

sessionsofPooleGakuinUniversity, andgavesomequestions to the students. 64.2%of them

answered "I like theclassofarts".But65.9%answered "Idon't likedrawingapicture". 47.7%

answered "Studyofartswasn'tuseful,"buttheyalsoanswered "Studyofartscouldbeuseful in

mywholelife."Theresultbyanationalinvestigationalsoshowsthesimilarresult.Ihaveanalyzed

thoseresultsofthequestionnaires.Ialsoconsultedtheeducationalmaterialwhichthegovernment

tookout.Iwasthinkingabout"TheEducationalStateofArts".Ithinkit'simportantforteachersto

reconfirmtheeducationaltargetofarts.Teachersshouldmaketheprocessoftheartisticactivities

more important thancompletingworksbychildrenbyexpressionoffinearts.Educationoffine

artswillbesociallyusefulinmywayofthinking.