座談会 神経内科領域におけるsma診療 - together in sma...主催:...

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主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療 経験の集積が求められている。そこで、先行する国内外の施設からSMAの成人患者に対するスピンラザ 治療の経験をご共有いただき、治療の重要性・意義、今後の取り組みについてディスカッションしていた だいた。 神経内科領域におけるSMA診療 出席者 金井 数明 先生 順天堂大学脳神経内科准教授 岸田 日帯 先生 横浜市立大学附属市民総合医療センター神経内科講師 佐橋 健太郎 先生 名古屋大学神経内科 橋口 昭大 先生 鹿 児 島 大 学 病 院 脳・神 経 センター 脳 神 経 内 科 講 師 Ira A. and Mary Lou Fulton Chair in Motor Neuron Disorders / Director, Fulton ALS and Neuromuscular Center Barrow Neurological Institute Shafeeq S. Ladha 先生 宇津見 宏太 先生 国立病院機構新潟病院神経内科 中島 孝 先生 国立病院機構新潟病院院長 勝野 雅央 先生 名古屋大学神経内科教授 開催 2018年5月24日 会場 ホテルオークラ札幌 3階 チェルシー 司会 座談会 (ご発言順)

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Page 1: 座談会 神経内科領域におけるSMA診療 - TOGETHER IN SMA...主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療

主催:

脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療経験の集積が求められている。そこで、先行する国内外の施設からSMAの成人患者に対するスピンラザ治療の経験をご共有いただき、治療の重要性・意義、今後の取り組みについてディスカッションしていただいた。

神経内科領域におけるSMA診療

出席者

金井 数明 先生 順天堂大学脳神経内科准教授

岸田 日帯 先生 横浜市立大学附属市民総合医療センター神経内科講師

佐橋 健太郎 先生 名古屋大学神経内科橋口 昭大 先生 鹿児島大学病院脳・神経センター脳神経内科講師

Ira A. and Mary Lou Fulton Chair in Motor Neuron Disorders/Director, Fulton ALS and Neuromuscular Center Barrow Neurological Institute

Shafeeq S. Ladha 先生

宇津見 宏太 先生 国立病院機構新潟病院神経内科

中島 孝 先生国立病院機構新潟病院院長

勝野 雅央 先生名古屋大学神経内科教授

開催 2018年5月24日 会場 ホテルオークラ札幌 3階 チェルシー

司会

座 談 会

(ご発言順)

Page 2: 座談会 神経内科領域におけるSMA診療 - TOGETHER IN SMA...主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療

スピンラザ治療患者の病型別年齢分布(258例)(スピンラザ使用患者登録に基づく、2018年5月18日集計)(予定を含む)図1

病型別の割合Ⅳ型1%

年齢0 10 20 30 40 50 60 70 (歳)

2例

48例

116例

92例 Ⅱ型45%

Ⅰ型36%

Ⅲ型19%

Ⅳ型

Ⅲ型

Ⅱ型

Ⅰ型

Biogen社内資料

病型別の年齢分布

中島 本日は、日々脊髄性筋萎縮症(SMA)の

診療に取り組んでいらっしゃる国内外の先生方

にご参集いただき、SMAの成人患者に対する

治療について議論を深めたいと思っています。

 わが国では昨夏の承認・発売以来2018年

5月18日までの9ヵ月足らずで、投与予定を

含めて258例のSMA患者にスピンラザ治療が進められてい

ます(図1)。対象はⅠ型からⅣ型まで様々ですが、258例中、

単純に、年齢、SMN2遺伝子コピー数の観点から、臨床試験の

組入れ基準に該当しているのは102例のみです。主に神経内

科が担当しているのは成人患者で、臨床試験の対象ではなかっ

た患者層です。また、その中でも20~40歳の歩行可能なⅢ型・

Ⅳ型患者への治療はまだ行き届いていない面もうかがえます。

 スピンラザは主にⅠ型の乳児患者を対象としたENDEAR

試験1、及び主にⅡ型又はⅢ型の小児患者を対象とした

CHERISH試験2において効果と安全性が確認され、全病型の

SMAを適応として承認されました。しかし、SMAの成人患者

についての臨床試験成績はないのが実態です。今後、神経内

科領域においてSMAの成人患者に対するスピンラザ治療を

どのように進めるべきか。その臨床評価法や長期効果につい

ての検討を進める必要があります。本日は皆さんのご経験や

お考えをご教示いただければ幸いです。

●思春期以降発症のSMAは鑑別に要注意勝野 では、まずShafeeq S. Ladha先生に米国におけるSMA

成人患者に対する治療の実際をご紹介いただきましょう。

Ladha SMAの成人患者にどのように

スピンラザを適用していくべきかという問

題は、まさに今、私たちも直面している問題

です。本日はその経験を紹介できればと思

います。

 乳児型以外のSMA、特に思春期以降

発症のSMAは他の疾患と誤診されていることが少なくあり

ません。また、それだけではなく、SMAと診断されていたもの

が実は他の疾患ということもあるので、診断は慎重に行わな

ければなりません。

 SMAにおける筋力低下は通常、左右対称に、体の中心に

近い近位筋から生じ、上肢より下肢が先行します。近位筋の中

で特に侵されやすい部位の傾向はなく、その点は類似疾患と

対照的です。よくSMAと間違われるのが肢帯型筋ジストロ

フィーです。肢帯型筋ジストロフィーの2A型では大腿内転筋や

ハムストリングから、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーでは

上腕二頭筋及び三頭筋から筋力低下が生じます。したがって、

そうしたパターンではSMAではない可能性を考慮する必要が

あります。肢帯型筋ジストロフィーでは、筋肥大もよく認められ

ます。一方、SMAでは舌萎縮がよく認められます。肢帯型筋

ジストロフィーでは舌萎縮が認められませんので、鑑別のヒント

になります。もちろん、筋電図検査を行えば、それがSMAを

含む神経原性疾患であるか否かは、より明らかです。

●ほぼ全例が「スタミナの改善」を実感Ladha 当施設で診療しているSMA患者は全て成人です

が、その多くは小児病院からの引き継ぎ例です。現在、50例

ほどを診療しており、中には受診間隔が不定期かつ長い患者

もいますが、多くは定期的にフォローができています。75%が

公的保険加入者、25%が民間保険加入者であり、米国では

残念ながら公的保険でスピンラザは償還の対象になって

いません。そこで、現在、民間保険加入者を中心に15例に

スピンラザ治療を行っています。

 年齢は18~59歳で20代が最も多いです。ほとんどの症例

が歩行不可能で車椅子を使用しており、側弯症例や横隔膜の

筋力低下などによる呼吸障害合併例もいます。スピンラザ

の投与は半数が診察室、半数がX線ビデオ透視下で行って

います。これまでに合計40~50回の投与を行っていますが、

今のところ重篤な合併症は認められていません。感染症や

アレルギー反応は1例もなく、各種検査値なども正常です。

 ほとんどの症例の治療期間が12ヵ月間以下であるため、

客観的な指標に基づいた長期のデータは、まだ持ち合わせて

いません。しかし、患者の主観的な報告によると、ほとんど

の症例は筋力の改善を感じており、転倒の減少、車椅子・

ベッド間の移動時の負担軽減、食事・入浴などのセルフ

ケアの改善など、良好な反応が得られています。ほぼ全例

が「スタミナの改善」(more energy)を口にしており、それ

こそ主観的ではありますが、ほぼ全例が感じているのは

意味があると思います。こうした変化を患者が口にしはじ

めるのは負荷投与が終わった段階、あるいは初回の維持

投与後です。

●あらかじめ治療目標やその判定期限を設定し、治療の継続/中止を判断

岸田 成人患者に対するスピンラザの維持投与は6ヵ月間隔

ですが、6ヵ月の終わり頃に効果が減じて筋力低下などが

起こるようなことはありませんか。

Ladha 米国では乳児型SMAと乳児型以外のSMAで用法・

用量は共通であり、維持投与は成人でも4ヵ月間隔ですが、

それで投与間隔の終盤に症状が悪化するような経験はあり

ません。

勝野 治療の継続や中止はいつ頃、どのように判断しますか。

Ladha 最初に患者とともに治療目標を決め、その達成を

どのように評価するかが課題です。私は任意に1年という

タイムポイントを設定して、治療を続けるべきか否かを患者と

じっくり話し合います。

 最も重要なのは、こうした話し合いを持つことをあらかじめ

決めておき、治療を続ける価値がない場合もあることを伝え

ておくことです。患者の期待値を治療開始前にコントロール

することで、やみくもに治療を続けたがるような患者はいなく

なるはずです。

中島 次に国内の施設から症例をご提示いただきます。最初

は橋口昭大先生です。

●発症から50年経過、重度の側弯症を伴う症例橋口 現在までに2例のスピンラザ治療を

開始しておりますので、紹介します。

 1例目は52歳女性、Ⅲa型の患者です。

20ヵ月齢時に転倒しやすいことから大学

病院を受診し、筋電図検査及び筋生検により

SMAと診断されました。11歳時より側弯症

が出現しはじめ、歩行も困難となり、車椅子の使用を開始し

ました。大学卒業後、就職しましたが、筋力低下が進行し、食事

中の呼吸困難感などのため、2013年からは在宅酸素療法を

導入しています。SMN1遺伝子エクソン7/8は欠失、SMN2

遺伝子エクソン7/8は3コピーです。

 かなり痩せていて、BMIは14kg/m2。嚥下に関しては食事

はできますが、飲み込みづらさを感じています。移動は電動車

椅子を使用しています。modified Rankin Scale(mRS)4~5

で、寝たきりではありませんが、常に介護が必要な状態です。

入院時に血液ガスを調べたところ、二酸化炭素分圧(pCO2)が

71.4mmHgと高く、非侵襲的陽圧換気療法(BiPAP)を導入

しました。徒手筋力テスト(MMT)は各部位とも1~3で、筋力

低下がかなり進行しています。発症から50年が経過しており、

側弯症が非常に重度であったため、スピンラザをどうやって

投与しようかと苦慮しました(図2)。

単純X線と3D-CTで腰椎穿刺の部位と方向をL4/5間に設

定し、スピンラザを髄腔内投与しました。腰椎穿刺がうまくい

かない場合はX線透視下での穿刺に切り替えるよう準備して

いましたが、幸いにしてその必要はありませんでした。MMT

の結果を投与前と2回投与後で比較すると、下腿から先がよ

く動くようになったことが明らかでした。また、右手を挙上し

た時に右の側頭部にまでしか届かなかったのが、頭頂部を通

り越して左の側頭部まで届くようになったと患者から報告が

ありました。さらに、体幹が安定して車椅子での座位を保持し

やすくなったことも実感されているようです。

1. 神経内科領域におけるSMA診療の課題

2. 米国におけるSMA成人患者に対する治療の実際

Shafeeq S. Ladha 先生

紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

中島 孝 先生

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Page 3: 座談会 神経内科領域におけるSMA診療 - TOGETHER IN SMA...主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療

中島 本日は、日々脊髄性筋萎縮症(SMA)の

診療に取り組んでいらっしゃる国内外の先生方

にご参集いただき、SMAの成人患者に対する

治療について議論を深めたいと思っています。

 わが国では昨夏の承認・発売以来2018年

5月18日までの9ヵ月足らずで、投与予定を

含めて258例のSMA患者にスピンラザ治療が進められてい

ます(図1)。対象はⅠ型からⅣ型まで様々ですが、258例中、

単純に、年齢、SMN2遺伝子コピー数の観点から、臨床試験の

組入れ基準に該当しているのは102例のみです。主に神経内

科が担当しているのは成人患者で、臨床試験の対象ではなかっ

た患者層です。また、その中でも20~40歳の歩行可能なⅢ型・

Ⅳ型患者への治療はまだ行き届いていない面もうかがえます。

 スピンラザは主にⅠ型の乳児患者を対象としたENDEAR

試験1、及び主にⅡ型又はⅢ型の小児患者を対象とした

CHERISH試験2において効果と安全性が確認され、全病型の

SMAを適応として承認されました。しかし、SMAの成人患者

についての臨床試験成績はないのが実態です。今後、神経内

科領域においてSMAの成人患者に対するスピンラザ治療を

どのように進めるべきか。その臨床評価法や長期効果につい

ての検討を進める必要があります。本日は皆さんのご経験や

お考えをご教示いただければ幸いです。

●思春期以降発症のSMAは鑑別に要注意勝野 では、まずShafeeq S. Ladha先生に米国におけるSMA

成人患者に対する治療の実際をご紹介いただきましょう。

Ladha SMAの成人患者にどのように

スピンラザを適用していくべきかという問

題は、まさに今、私たちも直面している問題

です。本日はその経験を紹介できればと思

います。

 乳児型以外のSMA、特に思春期以降

発症のSMAは他の疾患と誤診されていることが少なくあり

ません。また、それだけではなく、SMAと診断されていたもの

が実は他の疾患ということもあるので、診断は慎重に行わな

ければなりません。

 SMAにおける筋力低下は通常、左右対称に、体の中心に

近い近位筋から生じ、上肢より下肢が先行します。近位筋の中

で特に侵されやすい部位の傾向はなく、その点は類似疾患と

対照的です。よくSMAと間違われるのが肢帯型筋ジストロ

フィーです。肢帯型筋ジストロフィーの2A型では大腿内転筋や

ハムストリングから、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーでは

上腕二頭筋及び三頭筋から筋力低下が生じます。したがって、

そうしたパターンではSMAではない可能性を考慮する必要が

あります。肢帯型筋ジストロフィーでは、筋肥大もよく認められ

ます。一方、SMAでは舌萎縮がよく認められます。肢帯型筋

ジストロフィーでは舌萎縮が認められませんので、鑑別のヒント

になります。もちろん、筋電図検査を行えば、それがSMAを

含む神経原性疾患であるか否かは、より明らかです。

●ほぼ全例が「スタミナの改善」を実感Ladha 当施設で診療しているSMA患者は全て成人です

が、その多くは小児病院からの引き継ぎ例です。現在、50例

ほどを診療しており、中には受診間隔が不定期かつ長い患者

もいますが、多くは定期的にフォローができています。75%が

公的保険加入者、25%が民間保険加入者であり、米国では

残念ながら公的保険でスピンラザは償還の対象になって

いません。そこで、現在、民間保険加入者を中心に15例に

スピンラザ治療を行っています。

 年齢は18~59歳で20代が最も多いです。ほとんどの症例

が歩行不可能で車椅子を使用しており、側弯症例や横隔膜の

筋力低下などによる呼吸障害合併例もいます。スピンラザ

の投与は半数が診察室、半数がX線ビデオ透視下で行って

います。これまでに合計40~50回の投与を行っていますが、

今のところ重篤な合併症は認められていません。感染症や

アレルギー反応は1例もなく、各種検査値なども正常です。

 ほとんどの症例の治療期間が12ヵ月間以下であるため、

客観的な指標に基づいた長期のデータは、まだ持ち合わせて

いません。しかし、患者の主観的な報告によると、ほとんど

の症例は筋力の改善を感じており、転倒の減少、車椅子・

ベッド間の移動時の負担軽減、食事・入浴などのセルフ

ケアの改善など、良好な反応が得られています。ほぼ全例

が「スタミナの改善」(more energy)を口にしており、それ

こそ主観的ではありますが、ほぼ全例が感じているのは

意味があると思います。こうした変化を患者が口にしはじ

めるのは負荷投与が終わった段階、あるいは初回の維持

投与後です。

●あらかじめ治療目標やその判定期限を設定し、治療の継続/中止を判断

岸田 成人患者に対するスピンラザの維持投与は6ヵ月間隔

ですが、6ヵ月の終わり頃に効果が減じて筋力低下などが

起こるようなことはありませんか。

Ladha 米国では乳児型SMAと乳児型以外のSMAで用法・

用量は共通であり、維持投与は成人でも4ヵ月間隔ですが、

それで投与間隔の終盤に症状が悪化するような経験はあり

ません。

勝野 治療の継続や中止はいつ頃、どのように判断しますか。

Ladha 最初に患者とともに治療目標を決め、その達成を

どのように評価するかが課題です。私は任意に1年という

タイムポイントを設定して、治療を続けるべきか否かを患者と

じっくり話し合います。

 最も重要なのは、こうした話し合いを持つことをあらかじめ

決めておき、治療を続ける価値がない場合もあることを伝え

ておくことです。患者の期待値を治療開始前にコントロール

することで、やみくもに治療を続けたがるような患者はいなく

なるはずです。

中島 次に国内の施設から症例をご提示いただきます。最初

は橋口昭大先生です。

●発症から50年経過、重度の側弯症を伴う症例橋口 現在までに2例のスピンラザ治療を

開始しておりますので、紹介します。

 1例目は52歳女性、Ⅲa型の患者です。

20ヵ月齢時に転倒しやすいことから大学

病院を受診し、筋電図検査及び筋生検により

SMAと診断されました。11歳時より側弯症

が出現しはじめ、歩行も困難となり、車椅子の使用を開始し

ました。大学卒業後、就職しましたが、筋力低下が進行し、食事

中の呼吸困難感などのため、2013年からは在宅酸素療法を

導入しています。SMN1遺伝子エクソン7/8は欠失、SMN2

遺伝子エクソン7/8は3コピーです。

 かなり痩せていて、BMIは14kg/m2。嚥下に関しては食事

はできますが、飲み込みづらさを感じています。移動は電動車

椅子を使用しています。modified Rankin Scale(mRS)4~5

で、寝たきりではありませんが、常に介護が必要な状態です。

入院時に血液ガスを調べたところ、二酸化炭素分圧(pCO2)が

71.4mmHgと高く、非侵襲的陽圧換気療法(BiPAP)を導入

しました。徒手筋力テスト(MMT)は各部位とも1~3で、筋力

低下がかなり進行しています。発症から50年が経過しており、

側弯症が非常に重度であったため、スピンラザをどうやって

投与しようかと苦慮しました(図2)。

単純X線と3D-CTで腰椎穿刺の部位と方向をL4/5間に設

定し、スピンラザを髄腔内投与しました。腰椎穿刺がうまくい

かない場合はX線透視下での穿刺に切り替えるよう準備して

いましたが、幸いにしてその必要はありませんでした。MMT

の結果を投与前と2回投与後で比較すると、下腿から先がよ

く動くようになったことが明らかでした。また、右手を挙上し

た時に右の側頭部にまでしか届かなかったのが、頭頂部を通

り越して左の側頭部まで届くようになったと患者から報告が

ありました。さらに、体幹が安定して車椅子での座位を保持し

やすくなったことも実感されているようです。

神経内科領域におけるSMA診療座談会

3.日本におけるSMA成人患者に対する治療の実際

鹿児島大学病院脳・神経センター脳神経内科における治療経験

橋口 昭大 先生

3

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鹿児島大学病院の症例:Ⅲa型、52歳女性図2

鹿児島大学病院の症例:Ⅲb型、20歳男性表1

【側弯症の評価】発症後50年の経過で側弯症は非常に重度

胸椎

腰椎

橋口昭大先生ご提供

【患者からの報告】●投与前から投与開始1ヵ月後(2回目投与前)の変化について、「特に変わったようには感じない」

【6分間歩行試験・握力】●6分間歩行試験(6MWT)において、歩行継続時間と歩行距離が延長した。●握力も改善した。

橋口昭大先生ご提供

6分間歩行試験(6MWT)

  歩行継続時間

  歩行距離(m)

  速度(m/分)

握力(kg、右/左)

1分51秒(111秒)

115

62.16

13.6 / 17.8

3分17秒(197秒)

180

54.82

14.5 / 20.7

投与前 投与開始1ヵ月後

Cobb角:75度

●歩行可能例では歩行時間と距離の延長がよい指標、肢帯型筋ジストロフィーの疑いもあった症例

橋口 2例目は20歳男性、Ⅲb型の患者です。出生及び発達に

課題は指摘されず、小学生のうちは、徒競走で常に最下位で

あるものの、体育の授業は何とかついていけました。しかし、

中学生の時に下半身の筋力低下を自覚し、近医を受診。高

クレアチンキナーゼ(CK)血症を指摘され、近くの神経内科で

電気生理学的検査が施行されましたが、明らかな異常は認め

られませんでした。しばらくは肢帯型筋ジストロフィーの疑い

で経過観察されていましたが、鑑別のための遺伝学的検査で

SMN1遺伝子エクソン7の欠失、SMN2遺伝子エクソン7の

4コピーが判明し、SMAの診断が確定しました。

 現在も杖を使いながら歩行可能で専門学校に通っています。

スピンラザ投与前の所見としては、mRS 2で活動に制限は

ありますが、日常生活は自立している状態です。MMTも部

位によっては3を切りますが、多くは4~5を維持しています。

ただし、握力は右13.6kg/左17.8kg、6分間歩行試験

(6MWT)は1分51秒115mで途中終了でした。スピンラザ

治療を開始し、2回目の投与前に状態の変化を聞いたところ、

特に変わったようには感じないという回答でしたが、6MWT

は3分17秒180m、握力は14.5kg/20.7kgと、わずかながら

改善しました(表1)。

今回、発症後50年を経過したⅢa型患者と、まだ歩行可能な

比較的若いⅢb型患者のいずれにおいても、スピンラザ治療

による運動機能の改善が示唆されました。重度の側弯症例で

も、事前の画像検査などで腰椎穿刺の部位や方向を十分に

検討することで問題なく髄注を実施できました。また、歩行可

能な症例では6MWTによる歩行時間と距離の延長がよい評

価指標になるのではないかと考えられました。今後、SMAの

成人患者の運動機能を評価する適切な尺度を検討する必要

があると思います。

勝野 6MWTが完了できないような症例は、筋力をみる

ことに加えて持続力をみるとよいのではないかと思います。

重症筋無力症の重症度を評価するQMG(Quantitative

Myasthenia Gravis)スコアなどが参考になるかもしれません。

橋口 1つの評価指標だけでみていると、それができなく

なった時に困りますので、複数の評価指標が必要だと思って

いたところでした。

中島 発症から50年が経過している重度の側弯症例に

おいて、なお下肢のMMTが改善しているのは驚きです。

橋口 その点は私も治療開始前に疑問に思い、投与すべき

かどうかを悩みました。50年かけて減少してきた運動ニュー

ロンがそう簡単に再生するわけはありません。しかし、実際に

効いているのをみると、神経筋接合部の伝導など、何か別の

部分で機能の回復があり、運動機能の改善が得られている

のではないかということも仮説として考えられます。

中島 続いて岸田日帯先生に症例をご紹介いただきます。

●Ⅱ型、29歳の側弯症例岸田 当施設には現在6例(Ⅱ型2例、Ⅲ型4例)のSMA患者が通院

しており、このうち5例に対してスピンラザ治療を開始しています。

 スピンラザ治療中の5例のうち、症例1は

29歳女性、1歳6ヵ月時にⅡ型SMAと診断

され、その後、幼児期より車椅子を使用して

います。20歳時、車椅子での座位保持は

何とか可能なものの、嚥下機能が低下しは

じめ、当施設へ紹介受診。28歳時、嚥下機能

の低下から胃ろうの造設を試みましたが、側弯症もあって胃が

高位のため不可。ぎりぎりの生活をしていましたが、今回、

遺伝学的検査を施行し、SMN1遺伝子エクソン7/8欠失、

SMN2遺伝子エクソン7が2コピー、エクソン8が3コピーと

判明し、スピンラザ治療を開始しました。

 体重は25kg、るい痩、側弯症が強く、MMTは1~3。起立、

歩行、座位保持、寝返り、いずれも不可能で、全介助の状態

です。当然、6MWTは施行できず、Hammersmith運動機

能評価スケール(HFMSE)2点、ALS機能評価スケール改訂版

(ALSFRS-R)24点でした。投与3ヵ月後の評価では、HFMSE

やMMTに変化はみられませんが、母親より「少し体重が増え、

腕が太くなった」という報告がありました。

●Ⅲb型、71歳:18歳時には筋ジストロフィーとの診断も44歳時にSMAと診断、独居継続が治療希望の理由

岸田 症例2はⅢb型の71歳男性です。10歳時に走るのが

遅くなり、18歳時、筋生検の結果、筋ジストロフィーと診断

され、そのまま過ごしていましたが、44歳時に当施設を受診。

筋電図検査、筋生検でⅢ型SMAと臨床診断し、その後、55歳

時に遺伝学的検査で確定診断となりました。61歳からは屋外

の移動は車椅子を使用、屋内はつたい歩きという状態で、最近

では下肢の筋力低下が著しく、起立することも困難になり、

独居がようやくできている状況でした。

 ただし、日常生活動作(ADL)の低下は病状の進行によるも

のだけでなく、加齢によるものもあるはずです。また、高齢患者

におけるスピンラザ治療は有効性も副作用も未知です。こうし

たことを患者によく説明し、1週間熟慮いただいたうえで、患者

本人の希望によりスピンラザ治療を開始しました。今のところ

3ヵ月経過時点でHFMSEは23点のまま、ALSFRS-Rも35点の

ままで、治療開始前から変化は認められていません。

●歩行可能な3例:Ⅲb型/53歳(16歳時より診断不明、44歳時にSMAと診断)、Ⅲa型/45歳、Ⅲa型/16歳

岸田 症例3はⅢb型の53歳男性です。11歳時に走るのが遅く

なり、16歳時に神経・筋生検を施行されましたが、診断は不明。

その後、29歳時に神経原性筋萎縮症と診断され、43歳時に

当施設を受診し、44歳時に他施設での遺伝学的検査の結果、

ようやくⅢ型SMAと確定診断されました。53歳現在、こちら

からの情報提供以前に患者からの希望があり、スピンラザ

治療を開始しています。投与前の状態は、2本杖で歩行可能、

6MWTは224m、HFMSEは36点でした。

 症例4はⅢa型の45歳女性です。1歳時に歩けるようになった

がよく転び、3歳時に小児病院でSMAと診断されていますが、

21歳頃から年1回の通院もしなくなり、結婚、出産を経て、

43歳で外出はほぼ車椅子、45歳時に屋内はつたい歩きの

状態となり、やはりスピンラザ登場を知って他施設を久々に

受診した後、当施設へ紹介となりました。この方も下肢近位筋

の筋力低下が進行していて、数歩歩ける程度です。治療開始

前のHFMSEは54点でした。

 症例5はⅢa型の16歳男性。3歳時に転びやすく、4歳時に

小児病院を紹介され、筋生検によりⅢ型SMAと診断されま

した。16歳時にスピンラザ治療のため当施設へ紹介。まだ

歩行も可能ですが、6MWTは4分間で32m(途中終了)です

から、かなり厳しい状態です。

●早期の正しい診断と治療の継続/中止の判断が課題岸田 治療開始から間もない症例が多く、効果の判定はまだ

できていません(図3)。一方、これまでの経験から、SMAの幼

少期の発症例は早期に診断されることが多いですが、10歳

以降の発症例は診断が遅れる傾向があり、筋ジストロフィー

などの診断例の中にSMAが埋もれている可能性も考えられ

ます。患者が通院しなくなってしまい、医療機関と関わってい

ないケースもあると思われ、潜在的な患者を早期に発見する

のが今後の課題の1つです。また、高齢患者を含め成人例で

ディスカッション

横浜市立大学附属市民総合医療センター神経内科における治療経験

4

Page 5: 座談会 神経内科領域におけるSMA診療 - TOGETHER IN SMA...主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療

岸田日帯先生ご提供

横浜市立大学附属市民総合医療センターにおける5症例の経過図3

歩行可能 歩行不可能 スピンラザ 診断時期

年齢 10 20 30 40 50 60 70症例1Ⅱa

2Ⅲb

3Ⅲb

4Ⅲa

5Ⅲa

(歳)

●歩行可能例では歩行時間と距離の延長がよい指標、肢帯型筋ジストロフィーの疑いもあった症例

橋口 2例目は20歳男性、Ⅲb型の患者です。出生及び発達に

課題は指摘されず、小学生のうちは、徒競走で常に最下位で

あるものの、体育の授業は何とかついていけました。しかし、

中学生の時に下半身の筋力低下を自覚し、近医を受診。高

クレアチンキナーゼ(CK)血症を指摘され、近くの神経内科で

電気生理学的検査が施行されましたが、明らかな異常は認め

られませんでした。しばらくは肢帯型筋ジストロフィーの疑い

で経過観察されていましたが、鑑別のための遺伝学的検査で

SMN1遺伝子エクソン7の欠失、SMN2遺伝子エクソン7の

4コピーが判明し、SMAの診断が確定しました。

 現在も杖を使いながら歩行可能で専門学校に通っています。

スピンラザ投与前の所見としては、mRS 2で活動に制限は

ありますが、日常生活は自立している状態です。MMTも部

位によっては3を切りますが、多くは4~5を維持しています。

ただし、握力は右13.6kg/左17.8kg、6分間歩行試験

(6MWT)は1分51秒115mで途中終了でした。スピンラザ

治療を開始し、2回目の投与前に状態の変化を聞いたところ、

特に変わったようには感じないという回答でしたが、6MWT

は3分17秒180m、握力は14.5kg/20.7kgと、わずかながら

改善しました(表1)。

今回、発症後50年を経過したⅢa型患者と、まだ歩行可能な

比較的若いⅢb型患者のいずれにおいても、スピンラザ治療

による運動機能の改善が示唆されました。重度の側弯症例で

も、事前の画像検査などで腰椎穿刺の部位や方向を十分に

検討することで問題なく髄注を実施できました。また、歩行可

能な症例では6MWTによる歩行時間と距離の延長がよい評

価指標になるのではないかと考えられました。今後、SMAの

成人患者の運動機能を評価する適切な尺度を検討する必要

があると思います。

勝野 6MWTが完了できないような症例は、筋力をみる

ことに加えて持続力をみるとよいのではないかと思います。

重症筋無力症の重症度を評価するQMG(Quantitative

Myasthenia Gravis)スコアなどが参考になるかもしれません。

橋口 1つの評価指標だけでみていると、それができなく

なった時に困りますので、複数の評価指標が必要だと思って

いたところでした。

中島 発症から50年が経過している重度の側弯症例に

おいて、なお下肢のMMTが改善しているのは驚きです。

橋口 その点は私も治療開始前に疑問に思い、投与すべき

かどうかを悩みました。50年かけて減少してきた運動ニュー

ロンがそう簡単に再生するわけはありません。しかし、実際に

効いているのをみると、神経筋接合部の伝導など、何か別の

部分で機能の回復があり、運動機能の改善が得られている

のではないかということも仮説として考えられます。

中島 続いて岸田日帯先生に症例をご紹介いただきます。

●Ⅱ型、29歳の側弯症例岸田 当施設には現在6例(Ⅱ型2例、Ⅲ型4例)のSMA患者が通院

しており、このうち5例に対してスピンラザ治療を開始しています。

 スピンラザ治療中の5例のうち、症例1は

29歳女性、1歳6ヵ月時にⅡ型SMAと診断

され、その後、幼児期より車椅子を使用して

います。20歳時、車椅子での座位保持は

何とか可能なものの、嚥下機能が低下しは

じめ、当施設へ紹介受診。28歳時、嚥下機能

の低下から胃ろうの造設を試みましたが、側弯症もあって胃が

高位のため不可。ぎりぎりの生活をしていましたが、今回、

遺伝学的検査を施行し、SMN1遺伝子エクソン7/8欠失、

SMN2遺伝子エクソン7が2コピー、エクソン8が3コピーと

判明し、スピンラザ治療を開始しました。

 体重は25kg、るい痩、側弯症が強く、MMTは1~3。起立、

歩行、座位保持、寝返り、いずれも不可能で、全介助の状態

です。当然、6MWTは施行できず、Hammersmith運動機

能評価スケール(HFMSE)2点、ALS機能評価スケール改訂版

(ALSFRS-R)24点でした。投与3ヵ月後の評価では、HFMSE

やMMTに変化はみられませんが、母親より「少し体重が増え、

腕が太くなった」という報告がありました。

●Ⅲb型、71歳:18歳時には筋ジストロフィーとの診断も44歳時にSMAと診断、独居継続が治療希望の理由

岸田 症例2はⅢb型の71歳男性です。10歳時に走るのが

遅くなり、18歳時、筋生検の結果、筋ジストロフィーと診断

され、そのまま過ごしていましたが、44歳時に当施設を受診。

筋電図検査、筋生検でⅢ型SMAと臨床診断し、その後、55歳

時に遺伝学的検査で確定診断となりました。61歳からは屋外

の移動は車椅子を使用、屋内はつたい歩きという状態で、最近

では下肢の筋力低下が著しく、起立することも困難になり、

独居がようやくできている状況でした。

 ただし、日常生活動作(ADL)の低下は病状の進行によるも

のだけでなく、加齢によるものもあるはずです。また、高齢患者

におけるスピンラザ治療は有効性も副作用も未知です。こうし

たことを患者によく説明し、1週間熟慮いただいたうえで、患者

本人の希望によりスピンラザ治療を開始しました。今のところ

3ヵ月経過時点でHFMSEは23点のまま、ALSFRS-Rも35点の

ままで、治療開始前から変化は認められていません。

●歩行可能な3例:Ⅲb型/53歳(16歳時より診断不明、44歳時にSMAと診断)、Ⅲa型/45歳、Ⅲa型/16歳

岸田 症例3はⅢb型の53歳男性です。11歳時に走るのが遅く

なり、16歳時に神経・筋生検を施行されましたが、診断は不明。

その後、29歳時に神経原性筋萎縮症と診断され、43歳時に

当施設を受診し、44歳時に他施設での遺伝学的検査の結果、

ようやくⅢ型SMAと確定診断されました。53歳現在、こちら

からの情報提供以前に患者からの希望があり、スピンラザ

治療を開始しています。投与前の状態は、2本杖で歩行可能、

6MWTは224m、HFMSEは36点でした。

 症例4はⅢa型の45歳女性です。1歳時に歩けるようになった

がよく転び、3歳時に小児病院でSMAと診断されていますが、

21歳頃から年1回の通院もしなくなり、結婚、出産を経て、

43歳で外出はほぼ車椅子、45歳時に屋内はつたい歩きの

状態となり、やはりスピンラザ登場を知って他施設を久々に

受診した後、当施設へ紹介となりました。この方も下肢近位筋

の筋力低下が進行していて、数歩歩ける程度です。治療開始

前のHFMSEは54点でした。

 症例5はⅢa型の16歳男性。3歳時に転びやすく、4歳時に

小児病院を紹介され、筋生検によりⅢ型SMAと診断されま

した。16歳時にスピンラザ治療のため当施設へ紹介。まだ

歩行も可能ですが、6MWTは4分間で32m(途中終了)です

から、かなり厳しい状態です。

●早期の正しい診断と治療の継続/中止の判断が課題岸田 治療開始から間もない症例が多く、効果の判定はまだ

できていません(図3)。一方、これまでの経験から、SMAの幼

少期の発症例は早期に診断されることが多いですが、10歳

以降の発症例は診断が遅れる傾向があり、筋ジストロフィー

などの診断例の中にSMAが埋もれている可能性も考えられ

ます。患者が通院しなくなってしまい、医療機関と関わってい

ないケースもあると思われ、潜在的な患者を早期に発見する

のが今後の課題の1つです。また、高齢患者を含め成人例で

岸田 日帯 先生

神経内科領域におけるSMA診療座談会

5

Page 6: 座談会 神経内科領域におけるSMA診療 - TOGETHER IN SMA...主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療

順天堂大学における25歳男性、Ⅲ型症例:診断までの経緯表2

金井数明先生ご提供

順天堂大学における25歳男性、Ⅲ型症例:入院時生理検査図4

金井数明先生ご提供

●思春期発症・慢性経過で進行する四肢近位筋優位の筋力低下と筋萎縮●腱反射は低下又は消失●感覚障害は伴わない●血清CKの上昇を認める●筋疾患筋ジストロフィー/ミオパチー:   ベッカー型筋ジストロフィー炎症性筋疾患  多発性筋炎

●神経疾患〈近位筋優位の筋力低下を呈する疾患〉 脊髄性筋萎縮症(SMA) 球脊髄性筋萎縮症(SBMA)

針筋電図から非常に経過の長い慢性の神経原性変化

●運動単位電位:非常に高振幅で持続時間が長い    収縮時の干渉波も不良  長期の慢性的な経過を示唆する神経原性変化●急性脱神経所見はない

針筋電図検査(上腕二頭筋)

上腕二頭筋

大腿四頭筋

+

+

InsAct Fibs Pos

wave

myodiscage

normalMUP polyphasic

Very high

Very high

振幅

減少

減少

干渉

5mV 運動単位電位

のスピンラザ治療の有効性を検証し、投与の継続/中止の判

断基準や、有効性が期待できる患者プロファイルなどを明ら

かにしていくことも今後求められます。

佐橋 5症例において舌の線維束性収縮の頻度はどのくら

いでしたか。また、スピンラザ治療によって線維束性収縮は

減少しましたか。

岸田 線維束性収縮の頻度はもともと高くありませんでした。

症例5に線維束性収縮がありましたが、2回投与後において

特に変化は認めていません。

中島 症例3と5はまだ歩行が可能ということなので、今後

6MWTなどに改善が得られるのかどうかが大変注目されます。

岸田 私たちもそれを楽しみにしており、引き続き評価を行う

予定です。

勝野 では、次に金井数明先生に症例をご紹介いただき

ます。

●筋ジストロフィーの疑いで紹介された25歳男性の診断と治療の経験

金井 症例は25歳男性で、主訴は下肢優位

の筋力低下です。発達は正常でしたが、小児

期から転びやすく、12歳時から走りづらさを

自覚、15歳時には階段を昇るのに手すりが

必要になりました。21歳時に平地でも歩行

困難となって近医を受診し、筋ジストロ

フィーの疑いで当院へ紹介となりました。

 この時の所見としては、上肢近位筋の筋力低下及び下肢

近位筋優位の筋力低下があり、腱反射はほぼ消失、感覚は

正常で、血清CKは859IU/Lでした(表2)。骨格系に大きな問題

はなく、心電図も問題なし。呼吸機能に軽度の低下を認めて

います。神経伝導検査にも特に大きな問題はありませんで

した。ただし、針筋電図では顕著な神経原性変化を示唆する

高振幅の運動単位電位が出現(図4)。そこで、これは経過の

長い慢性の脱神経所見であり、近位筋優位の筋力低下を引

き起こす神経疾患、すなわちSMAや球脊髄性筋萎縮症

(SBMA)が考えられると推論し(表2)、遺伝学的検査の結果、

SMN1遺伝子欠失、SMN2遺伝子エクソン7/8が4コピーと

判明し、Ⅲ型SMAの診断が確定しました。

 この症例は、その後22歳時に歩行器なしの屋外歩行が困難

になり、2016年に失職。しかし、2017年にスピンラザが発売

となり、乳児型以外にも適応が拡大されたため、2018年1月

からスピンラザ治療を開始しています。この時点で下肢近位筋

の筋力低下は4年前より明らかに進行し、腸腰筋や大腿四頭

筋のMMTはそれぞれ2でした。3回目の投与が終わり、現在に

至っています。私たちはSMAの評価項目に加えてSBMAの

治験で設定されていた評価項目も検討しています。

 治療開始3ヵ月ではまだはっきりしたことはいえませんが、

腸腰筋のMMTが2から3に、前脛骨筋のMMTが4+から5に

改善しており、ALSFRS-Rも1点改善しました。投与初期には

補助があっても階段昇降はできませんでしたが、現在は補助

があれば可能です。引き続き治療を行い、フォローアップを

行っていく予定です。

Ladha SMAは患者数が少ないことから、いかにデータを

集積するかが世界共通の課題であり、そのためには共通の

評価指標が重要です。

金井 私たちはSMAの国際的な治験と同じ評価項目を測定しつつ、日本で実施されたSBMAの治験のデータとも整合性

を検討したいと考えています。

勝野 少数例である以上は、ある程度共通した評価指標を

使うことが、やはり重要なことだと思います。ただ、個々の症例

をみる時には、症状の程度にかなりバリエーションがあります

から、共通する評価指標を少しカスタマイズして評価していか

なければならないこともあると思います。

勝野 次に、宇津見宏太先生に症例をご紹介いただきます。

●Ⅲ型の3症例、うち2例はHAL併用宇津見 当院からはⅢ型の3例及びⅡ型の1例

におけるスピンラザ治療の経過をご報告させ

ていただきます。当院ではロボットスーツHAL

(Hybrid Assistive Limb)を利用したSMA患

者のリハビリテーションにも取り組んでおり、

その評価もあわせてご報告します。

 スピンラザとHALの併用療法の目標は、立位保持・歩行

機能の改善もしくは再獲得、上肢機能の改善によるADLの

向上及び長期維持です(表3)。

 まず、症例1はⅢ型の59歳男性です。発症は15歳頃で、50歳

頃までは比較的緩徐な進行でしたが、50歳以降は日常の8割

以上を車椅子で過ごすようになり、上肢の筋力低下が目立ち

始めました。ADLの低下が顕著になってきたところで、HALを

併用しつつスピンラザ治療を開始しました。SMN1遺伝子

エクソン7/8が欠失、SMN2遺伝子エクソン7/8が4コピー

です。投与前は立位や数歩のつたい歩きがやっとという状態

でした。この症例は以前にもHALの下肢タイプでリハビリの

経験がありますが、今回は足の骨折があったため肩関節用の

HAL単関節タイプを併用しています。

 症例2はⅢ型の64歳男性で、こちらは20歳頃の発症です。

20歳以降、徐々に下肢を中心に筋力低下が進み、52歳時

に電動車椅子を使用開始。50代半ばから上肢の筋力低下も

進み、ADLの低下が顕著になりました。SMN1遺伝子エク

ソン7が欠失、エクソン8が2コピー、SMN2遺伝子エクソン7

が4コピー、エクソン8が2コピーです。投与前は歩行が免荷

条件下でも10m以下という状態でした。HALの下肢タイプ

を使用したリハビリの経験がありますが、今回のスピンラザ

治療においては併用していません。

 症例3はⅢ型の61歳女性です。15歳頃の発症で、徐々に

下肢の筋力低下が進み、50代半ばから屋外での車椅子使用を

開始。その後、60歳時に上肢の筋力低下も進行し、現在に至っ

ています。SMN1遺伝子エクソン7/8が欠失、SMN2遺伝子エ

クソン7/8が4コピーです。投与前は手すり歩行で300mまで

可能でした。今回、スピンラザ治療とともにHALの下肢タイプ

及び上肢の単関節タイプを併用したリハビリも行っています。

 以上の3症例はスピンラザ投与前の経過に共通点が多く

認められました(表4)。

●髄注には外科用CアームによるX線ビデオ透視画像を利用

宇津見 スピンラザの髄注に当たっては全例脊椎X線又は

腹部CTなどで事前に評価を行い、穿刺部位を選定します。

順天堂大学脳神経内科における治療経験

金井 数明 先生

ディスカッション

6

Page 7: 座談会 神経内科領域におけるSMA診療 - TOGETHER IN SMA...主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療

新潟病院におけるⅢ型3症例のスピンラザ投与前の経過概要表4

SMA成人患者に対するスピンラザ+HALなど運動療法による複合治療における目標・仮説表3

宇津見宏太先生ご提供

宇津見宏太先生ご提供

3症例ともに●運動機能発達指標の最高到達点は、全員健康な人と同様のレベルとなり、思春期以降(15~20歳)の下肢症状(歩行時のつまずきや階段昇降の困難さ)として発症。

●40代後半までは、機能低下は比較的緩やかだが、50代半ば以降より徐々に上肢機能の低下がおき、50歳前後から車椅子主体の生活に移行する。

●60歳前後以降、歩行機能の低下がさらに進行し、短距離のつたい歩きも負担が大きくなる。手すり歩行が可能な症例もあるなど個人差がある。

●今回の3症例のスピンラザ投与はそれぞれ発症から44年、44年、46年後である。

●成人発症の3症例には重度の側弯症などはなかった。

1. 立位・歩行が可能な症例の場合●立位・歩行が可能な期間を延長し、機能低下を遅らせられるか●歩行距離の延長や補助・介助レベルの軽減や自立などが可能か●上肢の機能改善・維持が可能か

2. 立位・歩行が不可能な症例の場合●立位・歩行能力の再獲得が可能か●上肢の運動機能を高め、着替え動作などのADL向上が可能か

のスピンラザ治療の有効性を検証し、投与の継続/中止の判

断基準や、有効性が期待できる患者プロファイルなどを明ら

かにしていくことも今後求められます。

佐橋 5症例において舌の線維束性収縮の頻度はどのくら

いでしたか。また、スピンラザ治療によって線維束性収縮は

減少しましたか。

岸田 線維束性収縮の頻度はもともと高くありませんでした。

症例5に線維束性収縮がありましたが、2回投与後において

特に変化は認めていません。

中島 症例3と5はまだ歩行が可能ということなので、今後

6MWTなどに改善が得られるのかどうかが大変注目されます。

岸田 私たちもそれを楽しみにしており、引き続き評価を行う

予定です。

勝野 では、次に金井数明先生に症例をご紹介いただき

ます。

●筋ジストロフィーの疑いで紹介された25歳男性の診断と治療の経験

金井 症例は25歳男性で、主訴は下肢優位

の筋力低下です。発達は正常でしたが、小児

期から転びやすく、12歳時から走りづらさを

自覚、15歳時には階段を昇るのに手すりが

必要になりました。21歳時に平地でも歩行

困難となって近医を受診し、筋ジストロ

フィーの疑いで当院へ紹介となりました。

 この時の所見としては、上肢近位筋の筋力低下及び下肢

近位筋優位の筋力低下があり、腱反射はほぼ消失、感覚は

正常で、血清CKは859IU/Lでした(表2)。骨格系に大きな問題

はなく、心電図も問題なし。呼吸機能に軽度の低下を認めて

います。神経伝導検査にも特に大きな問題はありませんで

した。ただし、針筋電図では顕著な神経原性変化を示唆する

高振幅の運動単位電位が出現(図4)。そこで、これは経過の

長い慢性の脱神経所見であり、近位筋優位の筋力低下を引

き起こす神経疾患、すなわちSMAや球脊髄性筋萎縮症

(SBMA)が考えられると推論し(表2)、遺伝学的検査の結果、

SMN1遺伝子欠失、SMN2遺伝子エクソン7/8が4コピーと

判明し、Ⅲ型SMAの診断が確定しました。

 この症例は、その後22歳時に歩行器なしの屋外歩行が困難

になり、2016年に失職。しかし、2017年にスピンラザが発売

となり、乳児型以外にも適応が拡大されたため、2018年1月

からスピンラザ治療を開始しています。この時点で下肢近位筋

の筋力低下は4年前より明らかに進行し、腸腰筋や大腿四頭

筋のMMTはそれぞれ2でした。3回目の投与が終わり、現在に

至っています。私たちはSMAの評価項目に加えてSBMAの

治験で設定されていた評価項目も検討しています。

 治療開始3ヵ月ではまだはっきりしたことはいえませんが、

腸腰筋のMMTが2から3に、前脛骨筋のMMTが4+から5に

改善しており、ALSFRS-Rも1点改善しました。投与初期には

補助があっても階段昇降はできませんでしたが、現在は補助

があれば可能です。引き続き治療を行い、フォローアップを

行っていく予定です。

Ladha SMAは患者数が少ないことから、いかにデータを

集積するかが世界共通の課題であり、そのためには共通の

評価指標が重要です。

金井 私たちはSMAの国際的な治験と同じ評価項目を測定しつつ、日本で実施されたSBMAの治験のデータとも整合性

を検討したいと考えています。

勝野 少数例である以上は、ある程度共通した評価指標を

使うことが、やはり重要なことだと思います。ただ、個々の症例

をみる時には、症状の程度にかなりバリエーションがあります

から、共通する評価指標を少しカスタマイズして評価していか

なければならないこともあると思います。

勝野 次に、宇津見宏太先生に症例をご紹介いただきます。

●Ⅲ型の3症例、うち2例はHAL併用宇津見 当院からはⅢ型の3例及びⅡ型の1例

におけるスピンラザ治療の経過をご報告させ

ていただきます。当院ではロボットスーツHAL

(Hybrid Assistive Limb)を利用したSMA患

者のリハビリテーションにも取り組んでおり、

その評価もあわせてご報告します。

 スピンラザとHALの併用療法の目標は、立位保持・歩行

機能の改善もしくは再獲得、上肢機能の改善によるADLの

向上及び長期維持です(表3)。

 まず、症例1はⅢ型の59歳男性です。発症は15歳頃で、50歳

頃までは比較的緩徐な進行でしたが、50歳以降は日常の8割

以上を車椅子で過ごすようになり、上肢の筋力低下が目立ち

始めました。ADLの低下が顕著になってきたところで、HALを

併用しつつスピンラザ治療を開始しました。SMN1遺伝子

エクソン7/8が欠失、SMN2遺伝子エクソン7/8が4コピー

です。投与前は立位や数歩のつたい歩きがやっとという状態

でした。この症例は以前にもHALの下肢タイプでリハビリの

経験がありますが、今回は足の骨折があったため肩関節用の

HAL単関節タイプを併用しています。

 症例2はⅢ型の64歳男性で、こちらは20歳頃の発症です。

20歳以降、徐々に下肢を中心に筋力低下が進み、52歳時

に電動車椅子を使用開始。50代半ばから上肢の筋力低下も

進み、ADLの低下が顕著になりました。SMN1遺伝子エク

ソン7が欠失、エクソン8が2コピー、SMN2遺伝子エクソン7

が4コピー、エクソン8が2コピーです。投与前は歩行が免荷

条件下でも10m以下という状態でした。HALの下肢タイプ

を使用したリハビリの経験がありますが、今回のスピンラザ

治療においては併用していません。

 症例3はⅢ型の61歳女性です。15歳頃の発症で、徐々に

下肢の筋力低下が進み、50代半ばから屋外での車椅子使用を

開始。その後、60歳時に上肢の筋力低下も進行し、現在に至っ

ています。SMN1遺伝子エクソン7/8が欠失、SMN2遺伝子エ

クソン7/8が4コピーです。投与前は手すり歩行で300mまで

可能でした。今回、スピンラザ治療とともにHALの下肢タイプ

及び上肢の単関節タイプを併用したリハビリも行っています。

 以上の3症例はスピンラザ投与前の経過に共通点が多く

認められました(表4)。

●髄注には外科用CアームによるX線ビデオ透視画像を利用

宇津見 スピンラザの髄注に当たっては全例脊椎X線又は

腹部CTなどで事前に評価を行い、穿刺部位を選定します。

宇津見 宏太 先生

国立病院機構新潟病院神経内科における治療経験

神経内科領域におけるSMA診療座談会

ディスカッション

7

Page 8: 座談会 神経内科領域におけるSMA診療 - TOGETHER IN SMA...主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療

新潟病院における実際の穿刺部位の決定(症例:Ⅱ型、37歳女性)図5 新潟病院におけるX線ビデオ透視を用いた

腰椎穿刺の実施(症例:Ⅱ型、37歳女性)図6

宇津見宏太先生ご提供 宇津見宏太先生ご提供

重度の側弯症のため前屈姿勢はとれず、背中はベッド面に対して垂直にならない。CTの再構成画像も参考にして穿刺部位の選定を行う

Cアームの角度は15度で調整髄腔内投与前に患者参加で適切な視野を得る条件や穿刺部位の検討を行っておくと、投与当日はスムーズに実施できる

X線ビデオ透視下でスパイナル針の先端位置を確認しつつ、L4/5間への刺入角度を模索

L4

L5

L4

L5

髄注時には適切な刺入角度の検討、針先位置の深さの確認など

のため外科用CアームによるX線ビデオ透視画像を利用します。

 ここで髄注の工夫についてⅡ型の1例を提示します。症例は

重度の側弯症を伴う37歳女性です。1ヵ月健診で哺乳力の弱さ

を指摘され、8ヵ月齢時に寝返りや座位保持が可能になりまし

たが、起立・歩行機能は獲得できませんでした。SMN1遺伝子

エクソン7/8が欠失、SMN2遺伝子エクソン7/8が3コピー

です。胸椎全体が右側弯、腰椎は極端な前弯を呈しており、

3D-CTを併用して穿刺部位を慎重に検討しました。そのうえで、

Cアームを利用して実際の穿刺部位を決定しました(図5)。

当日はX線ビデオ透視下で腰椎穿刺を行いましたが、最初は

L5の椎体に当たってしまい、次に反対側である腹側の椎体同

士の間隙を狙ったところ、無事刺入できました(図6)。

 髄注成功後はCアームの角度、穿刺部位のマーキング、

スパイナル針の深さなどを記録しておき、次回投与に役立て

るようにしています。髄注後の副作用は、当院の4例のうち

1例で初回投与直後に頭痛が認められたのみです。

 運動機能の評価に関しては、HALを併用した症例1と症例

3でHFMSE及びMMTの改善がみられました。ただし、HAL

を使用した部位以外にもMMTの改善が認められており、ス

ピンラザの効果も示唆されます。HALを併用していない症例

2では、スピンラザ治療後にHFMSEの低下は認めておらず、

より長期的な評価や自然経過との比較が重要と考えられます。

●スピンラザとHALの併用に期待宇津見 なお、HALはSMAを含む神経筋疾患8疾患30例を

対象とした医師主導治験において、2分間歩行テストの歩行

距離を改善し、これらの疾患に対する保険適用が認められて

います。今回紹介したⅢ型の症例2では最初にHALを用いた

リハビリを実施してから歩行距離が改善し、その後、再び低下

してきているものの、2年半後もベースライン以下には低下

しておらず、進行を2年以上遅らせることができたと考えてい

ます。今後、スピンラザとの併用により、これが再びどこまで

改善できるか評価していきたいと思います。

 症例3に対してはHALの下肢タイプ及び上肢の単関節

タイプを併用し、これまでにスピンラザの評価(EWHOMM、

HFMSE)を1回目の投与直前及び2回目の投与翌日に実施し、

HALの評価(MMT、2分間歩行テスト)をリハビリ開始前及び

1回目のスピンラザ投与の後に実施しています。その結果、2分

間歩行テストでは28.16mから61.50mに改善していました。

 発症から長期間経過したSMAの成人患者においてスピン

ラザの効果を評価するためには、症例数を増やすと同時に

変化を検出できる指標や方法をさらに検討していく必要が

あります。スピンラザとHALを併用した複合療法は有望で

あり、詳細な観察研究をまず行い、将来的に前向き研究の実施

も検討していく予定です。

岸田 重度の側弯症を伴う症例にCアームを使ってX線ビデオ

透視下で髄注を行う場合、それは正中からですか。それとも、

側方からですか。

宇津見 今回は運よく、正中から投与できる症例でしたが、

ケースバイケースで考えるべきと思います。

勝野 Ⅲ型の3症例は側弯症がなかったようですが、側弯症

がなくてもCアームを毎回お使いですか。

宇津見 髄注を行う際に適切な深さで穿刺できるように

Cアームを使いました。また、当初は側弯症がなければC

アームの利用は必要ないとも考えていたのですが、重度の

側弯症例も予定されたので、その際の不測の事態に備える

ためのシミュレーションの目的もありました。

●より鋭敏な評価指標の可能性と潜在患者の早期診断中島 ここまでのご発表の中で繰り返し指摘されているの

は、やはりSMAの成人患者においてスピンラザ治療の効果

をいかに判断するかという問題です。そこで、少し視点を変え

て、勝野雅央先生が中心になって進めていらっしゃるSBMA

の治療における評価指標についてお聞きしたいと思います。

勝野 SBMAの原因はアンドロゲン受容体

(AR)遺伝子のCAGリピート異常伸長で

あり、異常なARがテストステロンと結合し

て核内に蓄積することにより発症します。

したがって、テストステロン分泌を低下さ

せるリュープロレリンがSBMA治療に有用

であると考えられ、動物実験での検証を経て、臨床試験が行

われました。しかし、変異ARの蓄積や血清CKなどのバイオ

マーカーに低下がみられた一方、臨床試験の主要評価項目で

ある咽頭部バリウム残留率には低下がみられませんでした。

そこで、対象を罹病期間10年未満の患者に絞ったところ有効

性が確認されました3。

 このように前臨床試験と臨床試験の間には深い谷があり、

そこをどう克服するかが問題です。対象を絞り込むという

のが1つの方法です。また、別の治療法と併用して検証する

という方法もあります。さらに、評価の時間軸を延長したり、

より鋭敏な評価指標を用いたりすることによって、差が明ら

かになることもあります。私たちはALSFRS -Rを基に、

SBMAにより適したSBMA機能評価スケール(SBMA-FRS)

を作りました。また、嚥下、呼吸、上肢、体幹、下肢の筋力

や機能を測る5つの指標をZスコアで統合した複合指標に

ついて検討したところ、より鋭敏な指標になりうることが

示唆されました。こうした考え方はSMAにも応用できる

はずです。

 私たちは2008~2016年に診断目的で811例の筋生検を

行っており、その病理学的分析だけで確定診断が可能だった

群について、臨床診断と突き合わせを行いました(表5)。

 その結果、臨床的には多発性筋炎/皮膚筋炎、筋ジストロ

フィー、封入体筋炎、ミトコンドリア病と思われていたものが、

実は神経原性疾患だったということが少なくありません

(表6)。こうした症例の中にSMAが含まれている可能性も

あると思います。実際、これまでの症例報告にもあったように、

発症が遅かったり、進行が緩徐だったりすると、筋ジストロ

フィーなど他の疾患に誤診され、そのまま長い間、適切な治療

の機会が失われることになりかねません。スピンラザ治療が

導入された今、そうした長期経過のSMAの成人患者における

治療効果を評価することに加え、できるだけ早期に診断を

確定し、治療を開始することが重要になってくるのではない

かと思います。

●関連病院におけるSMA患者の診断促進と治療効果判定のためのバイオマーカー開発に向けて

勝野 では、続いて佐橋健太郎先生から、SMAの成人患者

における治療効果をいかに評価すべきかという課題に対する

具体的な取り組みを紹介していただきます。

ディスカッション

8

Page 9: 座談会 神経内科領域におけるSMA診療 - TOGETHER IN SMA...主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療

筋生検による病理診断と臨床診断の対比:試験概要表5

筋生検による病理診断と臨床診断の対比:結果表6

国立病院機構鈴鹿病院脳神経内科 木村正剛先生、勝野雅央先生ご提供

国立病院機構鈴鹿病院脳神経内科 木村正剛先生、勝野雅央先生ご提供

対象・方法:

A群:

B群:

C群:

D群:

名古屋大学神経内科において2008~2014年の6年間に診断目的で実施した611例の筋生検の診断を下記の4群に分類し、A群の症例(377例)を対象として、臨床診断との突き合わせを行った。

筋生検で病理学的に診断を確定

筋生検の病理学的分析だけでは診断せずに、臨床情報をあわせて診断

病理所見では筋原性変化のみ

病理所見では非特異的

*筋ジストロフィー:ジストロフィン異常症(デュシェンヌ型・ベッカー型筋ジストロフィー) 、         ジスファーリノパチー、カルパイノパチー、筋強直性ジストロフィー**10例中1例で病理診断が臨床診断と一致***24例中23例で病理診断が臨床診断と一致

多発性筋炎/皮膚筋炎(n=177)

筋ジストロフィー(n=70)

封入体筋炎(n=42)

ミトコンドリア病(n=18)

運動ニューロン疾患(n=20)

その他(n=50)

病理診断

臨床診断

153

11

1

1

0

5

2

32

2

0

0

9

9

5

27

0

1

1

1

1

0

14

0

1

8

17

11

3

19

10**

4

4

1

0

0

24***

多発性筋炎/皮膚筋炎

筋ジストロフィー*

封入体筋炎

ミトコンドリア病

神経原性疾患 その他

髄注時には適切な刺入角度の検討、針先位置の深さの確認など

のため外科用CアームによるX線ビデオ透視画像を利用します。

 ここで髄注の工夫についてⅡ型の1例を提示します。症例は

重度の側弯症を伴う37歳女性です。1ヵ月健診で哺乳力の弱さ

を指摘され、8ヵ月齢時に寝返りや座位保持が可能になりまし

たが、起立・歩行機能は獲得できませんでした。SMN1遺伝子

エクソン7/8が欠失、SMN2遺伝子エクソン7/8が3コピー

です。胸椎全体が右側弯、腰椎は極端な前弯を呈しており、

3D-CTを併用して穿刺部位を慎重に検討しました。そのうえで、

Cアームを利用して実際の穿刺部位を決定しました(図5)。

当日はX線ビデオ透視下で腰椎穿刺を行いましたが、最初は

L5の椎体に当たってしまい、次に反対側である腹側の椎体同

士の間隙を狙ったところ、無事刺入できました(図6)。

 髄注成功後はCアームの角度、穿刺部位のマーキング、

スパイナル針の深さなどを記録しておき、次回投与に役立て

るようにしています。髄注後の副作用は、当院の4例のうち

1例で初回投与直後に頭痛が認められたのみです。

 運動機能の評価に関しては、HALを併用した症例1と症例

3でHFMSE及びMMTの改善がみられました。ただし、HAL

を使用した部位以外にもMMTの改善が認められており、ス

ピンラザの効果も示唆されます。HALを併用していない症例

2では、スピンラザ治療後にHFMSEの低下は認めておらず、

より長期的な評価や自然経過との比較が重要と考えられます。

●スピンラザとHALの併用に期待宇津見 なお、HALはSMAを含む神経筋疾患8疾患30例を

対象とした医師主導治験において、2分間歩行テストの歩行

距離を改善し、これらの疾患に対する保険適用が認められて

います。今回紹介したⅢ型の症例2では最初にHALを用いた

リハビリを実施してから歩行距離が改善し、その後、再び低下

してきているものの、2年半後もベースライン以下には低下

しておらず、進行を2年以上遅らせることができたと考えてい

ます。今後、スピンラザとの併用により、これが再びどこまで

改善できるか評価していきたいと思います。

 症例3に対してはHALの下肢タイプ及び上肢の単関節

タイプを併用し、これまでにスピンラザの評価(EWHOMM、

HFMSE)を1回目の投与直前及び2回目の投与翌日に実施し、

HALの評価(MMT、2分間歩行テスト)をリハビリ開始前及び

1回目のスピンラザ投与の後に実施しています。その結果、2分

間歩行テストでは28.16mから61.50mに改善していました。

 発症から長期間経過したSMAの成人患者においてスピン

ラザの効果を評価するためには、症例数を増やすと同時に

変化を検出できる指標や方法をさらに検討していく必要が

あります。スピンラザとHALを併用した複合療法は有望で

あり、詳細な観察研究をまず行い、将来的に前向き研究の実施

も検討していく予定です。

岸田 重度の側弯症を伴う症例にCアームを使ってX線ビデオ

透視下で髄注を行う場合、それは正中からですか。それとも、

側方からですか。

宇津見 今回は運よく、正中から投与できる症例でしたが、

ケースバイケースで考えるべきと思います。

勝野 Ⅲ型の3症例は側弯症がなかったようですが、側弯症

がなくてもCアームを毎回お使いですか。

宇津見 髄注を行う際に適切な深さで穿刺できるように

Cアームを使いました。また、当初は側弯症がなければC

アームの利用は必要ないとも考えていたのですが、重度の

側弯症例も予定されたので、その際の不測の事態に備える

ためのシミュレーションの目的もありました。

●より鋭敏な評価指標の可能性と潜在患者の早期診断中島 ここまでのご発表の中で繰り返し指摘されているの

は、やはりSMAの成人患者においてスピンラザ治療の効果

をいかに判断するかという問題です。そこで、少し視点を変え

て、勝野雅央先生が中心になって進めていらっしゃるSBMA

の治療における評価指標についてお聞きしたいと思います。

勝野 SBMAの原因はアンドロゲン受容体

(AR)遺伝子のCAGリピート異常伸長で

あり、異常なARがテストステロンと結合し

て核内に蓄積することにより発症します。

したがって、テストステロン分泌を低下さ

せるリュープロレリンがSBMA治療に有用

であると考えられ、動物実験での検証を経て、臨床試験が行

われました。しかし、変異ARの蓄積や血清CKなどのバイオ

マーカーに低下がみられた一方、臨床試験の主要評価項目で

ある咽頭部バリウム残留率には低下がみられませんでした。

そこで、対象を罹病期間10年未満の患者に絞ったところ有効

性が確認されました3。

 このように前臨床試験と臨床試験の間には深い谷があり、

そこをどう克服するかが問題です。対象を絞り込むという

のが1つの方法です。また、別の治療法と併用して検証する

という方法もあります。さらに、評価の時間軸を延長したり、

より鋭敏な評価指標を用いたりすることによって、差が明ら

かになることもあります。私たちはALSFRS -Rを基に、

SBMAにより適したSBMA機能評価スケール(SBMA-FRS)

を作りました。また、嚥下、呼吸、上肢、体幹、下肢の筋力

や機能を測る5つの指標をZスコアで統合した複合指標に

ついて検討したところ、より鋭敏な指標になりうることが

示唆されました。こうした考え方はSMAにも応用できる

はずです。

 私たちは2008~2016年に診断目的で811例の筋生検を

行っており、その病理学的分析だけで確定診断が可能だった

群について、臨床診断と突き合わせを行いました(表5)。

 その結果、臨床的には多発性筋炎/皮膚筋炎、筋ジストロ

フィー、封入体筋炎、ミトコンドリア病と思われていたものが、

実は神経原性疾患だったということが少なくありません

(表6)。こうした症例の中にSMAが含まれている可能性も

あると思います。実際、これまでの症例報告にもあったように、

発症が遅かったり、進行が緩徐だったりすると、筋ジストロ

フィーなど他の疾患に誤診され、そのまま長い間、適切な治療

の機会が失われることになりかねません。スピンラザ治療が

導入された今、そうした長期経過のSMAの成人患者における

治療効果を評価することに加え、できるだけ早期に診断を

確定し、治療を開始することが重要になってくるのではない

かと思います。

●関連病院におけるSMA患者の診断促進と治療効果判定のためのバイオマーカー開発に向けて

勝野 では、続いて佐橋健太郎先生から、SMAの成人患者

における治療効果をいかに評価すべきかという課題に対する

具体的な取り組みを紹介していただきます。

4.神経内科領域におけるSMAの啓発について

勝野 雅央 先生

神経内科領域におけるSMA診療座談会

9

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名古屋大学の症例:Ⅲ型、40歳女性表7

佐橋健太郎先生ご提供

SMN1遺伝子欠失、SMN2遺伝子3コピー遺伝性球状赤血球症の合併 SMAの家族歴なし

発症及び経過●【乳児期】発達は正常●【3歳】歩行に異常を認め、転倒が増えた●【6歳】走ることが困難になった(SMAの診断)●【18歳】歩行が困難になった●【30歳】車椅子を使用するようになった●【30代前半】車の運転は可能●【39歳】立って料理することは可能 現症●膝歩き、上肢の挙上、料理、掃除などは可能●疲れやすさ、筋力低下の日内変動や日差変動の愁訴●肩の筋肉痛、右股関節痛

佐橋 私たちは現在、SMAの小児期発症の

成人移行例、それから成人期発症のSMA、

この2つを合わせたSMAの成人患者に対

する治療効果の評価方法について研究を

計画しています。

 治療効果のバイオマーカーを開発する

ため、多岐にわたる検査を予定しています――握力、ピンチ

力、舌圧、上肢モジュール改訂版(RULM)、SMA機能評価

スケール(SMA-FRS)、ALSFRS-R、嚥下障害質問票(SDQ)、

DEXA(Dual Energy X-ray Absorptiometry)法による

筋肉量、骨格筋CT、神経伝導検査におけるCMA P

(Compound Muscle Action Potential)、F波潜時、血液・

尿・脳脊髄液(CSF)中RNAなど。立位及び上肢の挙上が困難

な患者も多いため、HFMSEが評価項目として適切かどうか

は今後の検証が必要だと考えています。

 症例を提示します。SMN1遺伝子欠失、SMN2遺伝子3

コピーのⅢ型、40歳女性SMA患者(表7)に対してスピンラザ

治療を開始しました。小児期発症の成人移行例で、ADLは

比較的保たれており、膝歩きや上肢の挙上、家事はできている

というレベルです。しかし、非常に疲れやすく、筋力低下の日内

変動や日差変動を強く訴え、肩の筋肉痛や右股関節痛に

苦慮しています。構音障害、嚥下障害、呼吸障害はありま

せん。関節の拘縮や脊柱の変形はありませんが、椅子から

立ち上がることは困難で、近位筋や下肢の筋力低下が進んで

います。

 運動機能の評価指標のうちRULMは37点中27点、

SMA-FRSは50点中30点、ALSFRS-Rは48点中38点で

した。したがって、この症例では今後運動機能の改善を評価

するのに、スケールの幅と点数からSMA-FRSがわかりやす

いのではないかと考えられました。

 SMAの成人患者に対するスピンラザ治療の効果は、治療

開始の時期や重症度に影響される可能性があります。つまり、

発症前や発症早期に治療をすれば効果が高いのではないか。

また、重症例よりも非重症例で効果が高いのではないか。

関節の拘縮や脊柱の変形があったり、末梢の病態の合併、

栄養不良や低酸素状態があったりすると、反応性が低くなる

可能性も考えられます。さらに、髄腔内も含めて中枢神経の

スペースの大きさも治療効果に影響するかもしれません。こう

いった因子も考えながら、引き続きSMAの成人患者に適した

バイオマーカーの開発に努めていきたいと思います。

Ladha 神経生理学的検査として運動単位数推定法

(MUNE)は行わないのですか。

勝野 MUNEは私たちもSBMAの検査としてよく使ってい

ますが、精度が検者のスキルに依存し、ある程度トレーニング

をしないと安定した数値が得られないということがあります。

検者が代わるとそれだけで値がぶれてしまうので、再現性が

問題になるのではないかと思います。

金井 最近は技術の進歩により、ほぼ自動でMUNEができ

るようなシステムも開発され、発売されています。私たちも

今、試験的に使っていますが、そういった技術の進歩を積極的

に取り入れて、評価に組み入れることも今後重要ではないか

と考えています。

勝野 最後に、先生方から全体を通じてコメント、あるいは

質問も含めて何かございましたらお願いします。

橋口 私たちはまだスピンラザ治療を始めたばかりで短期的

な効果しかみていないところではあるのですが、今後有効な

評価指標などを用いて、その改善だけではなく、維持もでき

るようになればと思いながら診療しているところです。それ

が今から非常に楽しみでもありますし、名古屋大学の先生方

のご尽力でよいバイオマーカーが見つかることを期待してい

ます。

岸田 私たちのところでは、まだプログラムとしてリハビリを

併用していなくて、そこは個人任せになってしまっています。

本日、HALのデータを拝見して、一緒に運動ニューロンを刺激

することが非常に大切だと痛感しました。明日からまた患者とと

もにリハビリを併用しながら治療に取り組みたいと思います。

金井 今後、SMAの最適な評価指標とともにバイオマーカー

を探して確立していくことが非常に重要であり、かなり難しい

仕事になるかとは思いますが、是非それを実現しなければなり

ません。それから、SMAの患者をいかに早く見つけて診断し、

治療に結びつけていくかという観点も、ますます重要になって

きます。皆が経験を持ち寄って、それが広く敷衍できるかどう

かを議論するような機会があるとよいのかもしれません。

宇津見 SMAの早期診断、バイオマーカーの開発、治療効果

の判定などで非常に難しい問題を抱えていることは、皆さん

の共通認識となっており、様々な試みがされていることに本日

は感銘を受けました。

佐橋 スピンラザが効いているのか、効いていないのかとい

うことも大事なのですが、実は、その作用機序が本当にSMN

タンパク質を増やすことによるものなのかどうかについて

明確なエビデンスがあるわけではありません。死後検体に

よる検討はありますが、それを生体でもみられるような研究

も必要ではないかと感じました。

Ladha 日本では米国よりもスピンラザが導入されて日が

浅いのに、すでにここまで治療が実践されて、様々な取り組み

につながっていることに感服いたしました。是非このままご尽力

を続けていただきたいと思いますし、SMAの成人患者における

スピンラザの位置づけを明らかにすべく協力を進めていきたい

と思います。

勝野 Disease-Modifying Therapyということが様々な

疾患でいわれていますが、その中でもスピンラザは成功した

例ではないでしょうか。あまりにも開発のスピードが早かった

ので、評価指標となる自然歴のデータをとる暇がなかったと

いうのが現実です。

 それをどうしていくかというのが大きな課題です。本日の

お話をお聞きしていると、下肢を中心によくなっている方が

多いですが、個々の患者を日常診療で診ていて、もしあまり

変化がなかった時にどう考えるべきか、どのくらい待ったう

えで、それをよかった、又は悪かったと考えるのかというの

は、これからの課題の1つだろうと思います。

 また、痩せている患者が多いので、今後、筋力低下だけでは

なく、嚥下機能や栄養状態についても、もっと考慮に入れる

べきです。さらに、疲労も定量的に評価していくと、もう少し

総合的な患者の状態や治療の評価につながるのではないか

と思いました。

中島 私はこのスピンラザが、このような形で米国と日本の

研究者をつないでくれたことを嬉しく思います。もちろん患者

が幸せになることが一番の目的であり、患者に還元するという

ことでは、やはり評価指標を確立しなければなりません。神経

内科学を研究しているとバイオマーカー主体になりがちです

が、やはりバイオマーカーと臨床的な評価指標の両方が必要

です。それを皆で再認識したという意味でも、本日はとても

貴重な会だったと思います。ありがとうございました。

佐橋 健太郎 先生

ディスカッション

5.おわりに

10

Page 11: 座談会 神経内科領域におけるSMA診療 - TOGETHER IN SMA...主催: 脊髄性筋萎縮症(SMA)の成人患者に対するスピンラザ髄注12mgの試験データは限られており、治療

佐橋 私たちは現在、SMAの小児期発症の

成人移行例、それから成人期発症のSMA、

この2つを合わせたSMAの成人患者に対

する治療効果の評価方法について研究を

計画しています。

 治療効果のバイオマーカーを開発する

ため、多岐にわたる検査を予定しています――握力、ピンチ

力、舌圧、上肢モジュール改訂版(RULM)、SMA機能評価

スケール(SMA-FRS)、ALSFRS-R、嚥下障害質問票(SDQ)、

DEXA(Dual Energy X-ray Absorptiometry)法による

筋肉量、骨格筋CT、神経伝導検査におけるCMA P

(Compound Muscle Action Potential)、F波潜時、血液・

尿・脳脊髄液(CSF)中RNAなど。立位及び上肢の挙上が困難

な患者も多いため、HFMSEが評価項目として適切かどうか

は今後の検証が必要だと考えています。

 症例を提示します。SMN1遺伝子欠失、SMN2遺伝子3

コピーのⅢ型、40歳女性SMA患者(表7)に対してスピンラザ

治療を開始しました。小児期発症の成人移行例で、ADLは

比較的保たれており、膝歩きや上肢の挙上、家事はできている

というレベルです。しかし、非常に疲れやすく、筋力低下の日内

変動や日差変動を強く訴え、肩の筋肉痛や右股関節痛に

苦慮しています。構音障害、嚥下障害、呼吸障害はありま

せん。関節の拘縮や脊柱の変形はありませんが、椅子から

立ち上がることは困難で、近位筋や下肢の筋力低下が進んで

います。

 運動機能の評価指標のうちRULMは37点中27点、

SMA-FRSは50点中30点、ALSFRS-Rは48点中38点で

した。したがって、この症例では今後運動機能の改善を評価

するのに、スケールの幅と点数からSMA-FRSがわかりやす

いのではないかと考えられました。

 SMAの成人患者に対するスピンラザ治療の効果は、治療

開始の時期や重症度に影響される可能性があります。つまり、

発症前や発症早期に治療をすれば効果が高いのではないか。

また、重症例よりも非重症例で効果が高いのではないか。

関節の拘縮や脊柱の変形があったり、末梢の病態の合併、

栄養不良や低酸素状態があったりすると、反応性が低くなる

可能性も考えられます。さらに、髄腔内も含めて中枢神経の

スペースの大きさも治療効果に影響するかもしれません。こう

いった因子も考えながら、引き続きSMAの成人患者に適した

バイオマーカーの開発に努めていきたいと思います。

Ladha 神経生理学的検査として運動単位数推定法

(MUNE)は行わないのですか。

勝野 MUNEは私たちもSBMAの検査としてよく使ってい

ますが、精度が検者のスキルに依存し、ある程度トレーニング

をしないと安定した数値が得られないということがあります。

検者が代わるとそれだけで値がぶれてしまうので、再現性が

問題になるのではないかと思います。

金井 最近は技術の進歩により、ほぼ自動でMUNEができ

るようなシステムも開発され、発売されています。私たちも

今、試験的に使っていますが、そういった技術の進歩を積極的

に取り入れて、評価に組み入れることも今後重要ではないか

と考えています。

勝野 最後に、先生方から全体を通じてコメント、あるいは

質問も含めて何かございましたらお願いします。

橋口 私たちはまだスピンラザ治療を始めたばかりで短期的

な効果しかみていないところではあるのですが、今後有効な

評価指標などを用いて、その改善だけではなく、維持もでき

るようになればと思いながら診療しているところです。それ

が今から非常に楽しみでもありますし、名古屋大学の先生方

のご尽力でよいバイオマーカーが見つかることを期待してい

ます。

岸田 私たちのところでは、まだプログラムとしてリハビリを

併用していなくて、そこは個人任せになってしまっています。

本日、HALのデータを拝見して、一緒に運動ニューロンを刺激

することが非常に大切だと痛感しました。明日からまた患者とと

もにリハビリを併用しながら治療に取り組みたいと思います。

金井 今後、SMAの最適な評価指標とともにバイオマーカー

を探して確立していくことが非常に重要であり、かなり難しい

仕事になるかとは思いますが、是非それを実現しなければなり

ません。それから、SMAの患者をいかに早く見つけて診断し、

治療に結びつけていくかという観点も、ますます重要になって

きます。皆が経験を持ち寄って、それが広く敷衍できるかどう

かを議論するような機会があるとよいのかもしれません。

宇津見 SMAの早期診断、バイオマーカーの開発、治療効果

の判定などで非常に難しい問題を抱えていることは、皆さん

の共通認識となっており、様々な試みがされていることに本日

は感銘を受けました。

佐橋 スピンラザが効いているのか、効いていないのかとい

うことも大事なのですが、実は、その作用機序が本当にSMN

タンパク質を増やすことによるものなのかどうかについて

明確なエビデンスがあるわけではありません。死後検体に

よる検討はありますが、それを生体でもみられるような研究

も必要ではないかと感じました。

Ladha 日本では米国よりもスピンラザが導入されて日が

浅いのに、すでにここまで治療が実践されて、様々な取り組み

につながっていることに感服いたしました。是非このままご尽力

を続けていただきたいと思いますし、SMAの成人患者における

スピンラザの位置づけを明らかにすべく協力を進めていきたい

と思います。

勝野 Disease-Modifying Therapyということが様々な

疾患でいわれていますが、その中でもスピンラザは成功した

例ではないでしょうか。あまりにも開発のスピードが早かった

ので、評価指標となる自然歴のデータをとる暇がなかったと

いうのが現実です。

 それをどうしていくかというのが大きな課題です。本日の

お話をお聞きしていると、下肢を中心によくなっている方が

多いですが、個々の患者を日常診療で診ていて、もしあまり

変化がなかった時にどう考えるべきか、どのくらい待ったう

えで、それをよかった、又は悪かったと考えるのかというの

は、これからの課題の1つだろうと思います。

 また、痩せている患者が多いので、今後、筋力低下だけでは

なく、嚥下機能や栄養状態についても、もっと考慮に入れる

べきです。さらに、疲労も定量的に評価していくと、もう少し

総合的な患者の状態や治療の評価につながるのではないか

と思いました。

中島 私はこのスピンラザが、このような形で米国と日本の

研究者をつないでくれたことを嬉しく思います。もちろん患者

が幸せになることが一番の目的であり、患者に還元するという

ことでは、やはり評価指標を確立しなければなりません。神経

内科学を研究しているとバイオマーカー主体になりがちです

が、やはりバイオマーカーと臨床的な評価指標の両方が必要

です。それを皆で再認識したという意味でも、本日はとても

貴重な会だったと思います。ありがとうございました。

【文献】 1. Finkel RS, et al.: N Engl J Med. 2017;377(18):1723-1732.2. Mercuri E, et al.: N Engl J Med. 2018;378(7):625-635.3. Katsuno M, et al.: Lancet Neurol. 2010;9(9):875-884.

掲載されている薬剤の使用にあたっては各薬剤の添付文書を参照してください。

神経内科領域におけるSMA診療座談会

スピンラザ髄注12㎎〈効能・効果に関連する使用上の注意〉1. 遺伝子検査により、SMN1遺伝子の欠失又は変異を有し、SMN2遺伝子のコピー数が1以上であることが確認された患者に投与すること。

2. SMN2遺伝子のコピー数が1の患者及び4以上の患者における有効性及び安全性は確立していない。これらの患者に投与する場合には、本剤投与のリスクとベネフィットを考慮した上で投与を開始し、患者の状態を慎重に観察すること。

3. 永続的な人工呼吸が導入された患者における有効性及び安全性は確立していない。これらの患者に投与する場合には、患者の状態を慎重に観察し、定期的に有効性を評価し投与継続

の可否を判断すること。効果が認められない場合には投与を中止すること。【使用上の注意】(抜粋)2. 重要な基本的注意 (1)本剤の投与は、脊髄性筋萎縮症の診断及び治療に十分な知識・経験を持つ医師のもと

で行うこと。7. 適用上の注意 (2)投与時 1) 重度の脊柱変形を生じている患者では、確実に髄腔内に刺入できるよう、

超音波画像等の利用を考慮すること。

11

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2018年10月作成SPI-JPN-0652SPI047MA01