新しい構造形式である 鋼板製消化タンクに関する共同研究 ·...

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1. 研究目的 近年,化石燃料の枯渇や地球温暖化防止のため温 室効果ガス削減が課題となっている。この問題解決 のために,再生可能なカーボンニュートラルなバイ オマスエネルギーの利用促進が国策として進められ ている。 下水汚泥は,都市内における貴重なバイオマス資 源であり,そこから発生する消化ガスはカーボンニ ュートラルなクリーンエネルギーである。このよう な下水汚泥の嫌気性消化は,汚泥の減量化を図りつ つ,エネルギー回収が可能な重要プロセスとの位置 付へと転換期を迎えている。 従来,下水処理における消化タンクは,一般的に コンクリートで建設されてきたが,初期投資が高い こと,建設工期が長い等の課題があった。これに対 して,バイオマス利活用施設に多数の実績がある鋼 板製消化タンクは,これらの課題を解決する施設で ある。 本研究は,鋼板製消化タンクに関する実証実験を 実施し,自治体が導入検討する際の技術的知見を取 りまとめ,計画,設計を行う上での技術マニュアル を作成することを目的とした。 2. 研究体制 本研究は, ()神鋼環境ソリューションおよび()日本下水道新技術機構の2者による共同研究と して実施した。 3. 研究内容 本研究は,鋼板製消化タンクの実用化に向けて, 千葉市南部浄化センターをフィールドにした実証施 設での経済性,消化性能,エネルギー使用量の低減, タンク内部のみえる化などの実験・研究を通じ,そ の有効性を検討,評価した。また,従来型と比較し て建設コストの縮減,建設工期の低減が可能である こと,さらに,超音波センサーなどによる外部から の測定によってタンク内部の堆積物の様子が確認で きるなど,維持管理性についても検討,評価した。 これらに加え,放熱性能,塗装仕様など実験・研究 から得られた知見とあわせて技術マニュアルを作成 した。 図-1 実証施設の外観 新しい構造形式である 鋼板製消化タンクに関する共同研究

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Page 1: 新しい構造形式である 鋼板製消化タンクに関する共同研究 · Nm3/t-VS),消化ガスのメタン濃度55.4~60.6%で 変動し,安定的な消化性能が得られた。

1. 研究目的

近年,化石燃料の枯渇や地球温暖化防止のため温

室効果ガス削減が課題となっている。この問題解決

のために,再生可能なカーボンニュートラルなバイ

オマスエネルギーの利用促進が国策として進められ

ている。

下水汚泥は,都市内における貴重なバイオマス資

源であり,そこから発生する消化ガスはカーボンニ

ュートラルなクリーンエネルギーである。このよう

な下水汚泥の嫌気性消化は,汚泥の減量化を図りつ

つ,エネルギー回収が可能な重要プロセスとの位置

付へと転換期を迎えている。

従来,下水処理における消化タンクは,一般的に

コンクリートで建設されてきたが,初期投資が高い

こと,建設工期が長い等の課題があった。これに対

して,バイオマス利活用施設に多数の実績がある鋼

板製消化タンクは,これらの課題を解決する施設で

ある。

本研究は,鋼板製消化タンクに関する実証実験を

実施し,自治体が導入検討する際の技術的知見を取

りまとめ,計画,設計を行う上での技術マニュアル

を作成することを目的とした。

2. 研究体制

本研究は,(株)神鋼環境ソリューションおよび(公

財)日本下水道新技術機構の2者による共同研究と

して実施した。

3. 研究内容

本研究は,鋼板製消化タンクの実用化に向けて,

千葉市南部浄化センターをフィールドにした実証施

設での経済性,消化性能,エネルギー使用量の低減,

タンク内部のみえる化などの実験・研究を通じ,そ

の有効性を検討,評価した。また,従来型と比較し

て建設コストの縮減,建設工期の低減が可能である

こと,さらに,超音波センサーなどによる外部から

の測定によってタンク内部の堆積物の様子が確認で

きるなど,維持管理性についても検討,評価した。

これらに加え,放熱性能,塗装仕様など実験・研究

から得られた知見とあわせて技術マニュアルを作成

した。

図-1 実証施設の外観

新しい構造形式である

鋼板製消化タンクに関する共同研究

Page 2: 新しい構造形式である 鋼板製消化タンクに関する共同研究 · Nm3/t-VS),消化ガスのメタン濃度55.4~60.6%で 変動し,安定的な消化性能が得られた。

4. 技術の特徴

鋼板製消化タンクは,従来のコンクリート製消化

タンクと比べ,次の特徴を有している。

4.1 建設費の低減

コンクリート製消化タンクと比較して,おおむね

1/2以下に建設費低減が可能である。主な理由とし

て,躯体の材質変更により,コンクリート製タンク

に比べて軽量化が図れ,また,タンク本体を地中に

埋設しないため基礎工事および仮設工事が軽減でき

る。

4.2 耐用年数

ビニルエステル樹脂系塗料による防食塗装で 20

年以上の耐用年数があると評価した。

4.3 建設工期の短縮

コンクリート製消化タンクと比較して,1/2以下

に建設工期短縮が可能である。

4.4 省エネルギー

インペラ式かくはん機の採用によって,消費電力

がドラフトチューブに比べ 1/4以下に低減が可能で

ある。また,外部放熱量がコンクリート製消化タン

クと比較して同等以下である。

4.5 優れた維持管理性

センサー類,サイトグラス等の設置が容易かつ自

由度が高く,内部状況の「見える化」により,運転

状況の把握が可能である。

5. 実証研究

千葉市南部浄化センター内に設置した鋼板製消化

タンクでの実証試験および,塗装の防食性評価実験

をおこなった。研究は 2010 年 10月から開始し,実

証施設の設計および,建設,試運転を経て 2011年

12 月から試験データの取得を開始した。

5.1 実証試験方法

本実証実験設備は,図-2に示すように,鋼板製

消化タンク,インペラ式かくはん機,消化汚泥循環

ポンプ,消化汚泥熱交換器からなる。消化タンクの

仕様は,タンク容量 750 m3,直径 10 m,高さ 11 m

の円筒形で,2段のかくはん翼のインペラ式かくは

ん機を有する。

5.2 実験方法

消化タンクに機械濃縮汚泥を 15 m3/日,重力濃縮

汚泥を 15 m3/日を受け入れ,滞留日数 25日,消化

温度 37℃で消化した。

濃縮汚泥 M

温水(高温)

温水(低温)

消化ガス

消化汚泥P

鋼板製

消化タンク

容量750m3

Φ10m×H11m

熱交換器

インペラ式攪拌機

消化汚泥

引き抜き弁

図-2 実証施設の処理フロー

また,塗装の防食性評価実験は,「下水道コンクリ

ート構造物の腐食抑制技術及び防食技術マニュア

ル」※2に準じ,試験片を D種品質規格の耐酸性の評

価方法である 10%の硫酸に 120日間浸漬し,剥がれ

等の有無の外観観察と,硫黄侵入深さ等で評価した。

5.3実証研究の結果

5.3.1 コスト試算

従来のコンクリート製消化タンクと比較した鋼板

製消化タンクの躯体の建設コスト比較を表-1に示

す。表中の値はコンクリート製消化タンクの費用を

100%とした時の鋼板製タンクの割合を示す。鋼板製

消化タンクは,土木コストが大きく低減できること

で,初期投資を抑えて建設が可能である。

また,建設費年価および機械電気費と維持管理費

を加えたLCCコストも,コンクリート製消化タン

クと比べて同等以下である。

表-1 鋼板製消化タンクの経済性比較表

消化タンク容量

(m3)

1,000 2,000 4,000 6,000

対 PC 製

卵形※1

建設費 46% 52% 54% 53%

建設費

年価

73% 83% 87% 86%

LCC 94% 96% 97% 96%

対 RC 製

※2

建設費 54% 55% 57% 60%

建設費

年価

86% 88% 93% 97%

LCC 97% 97% 98% 99%

※1 卵形消化タンク他都市の実績から算出した費用関数

※2 RC製は,「バイオソリッド利活用基本計画策定マニュ

アル」平成 16 年 3 月 国土交通省都市・地域整備局下水

道部 社団法人日本下水道協会

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5.3.2 建設工期の短縮

実証実験施設の現地での建設工期は,基礎築造後

から 70日間であった。

また,タンク容量 4,000 m3規模で消化タンクの全

体工期を比較した結果,鋼板製消化タンクでは,K

市のコンクリート製卵形消化タンクの実質工期と比

較して,以下に示す主な理由から 50%以下となり,

1年以下の工期に短縮される。したがって,単年度

予算での建設も可能である。

①鋼板製消化タンクは,工場製作の鋼板製の側板

を組み立てるため,RC製消化タンクと比べて,工期

が短い。

②鋼板製消化タンクは,地下工事がなく,地表面

に組み立てるため,掘削,土留め,配筋,型枠の土

木工事の負荷が低減できる。

③タンクの基礎工事から据え付けまで機械設備工

事として一括発注が可能である。

図-3 1段目の側板設置状況

図-4 外形の完成時概観

図-5 屋根の設置状況

図-6 タンク内面からの溶接状況

5.3.3 消化性能の確認

図-7に示すとおり 1年間以上の運転実績から,

投入 VSあたりのガス発生量は,月毎の投入 VS当り

の消化ガス発生量 472~578Nm3/t-VS(平均 501

Nm3/t-VS),消化ガスのメタン濃度 55.4~60.6%で

変動し,安定的な消化性能が得られた。

020406080

100120140160180200

0 100 200 300 400

ガス発生量積算値

[1,0

00×

Nm

3 ]

投入VS量積算値 [t]

図-7 投入汚泥 VS当りのガス発生量の推移

傾き=

投入汚泥 VS当りのガス発生量

=501m3N/t

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5.3.4 省エネルギー

インペラ式かくはん機のかくはん動力密度は 1.0

W/m3で十分な消化性能が得られた。「汚泥消化タンク

改築・修繕技術資料」2007年 3月,財団法人下水道

新技術推進機構に示されているスクリュー式かくは

ん機のかくはん動力密度の 4.6 W/m3に対して 1/4以

下になる。

図-8 実証施設のインペラ式かくはん機

また,実証試験設備の鋼板製消化タンクの保温材

には 80mmのポリスチレンフォームを使用した(図-

9参照)。

図-9 実証実験設備の鋼板製消化タンクの保温材

消化タンク側面材の保温性能を,合成熱伝導率を

用いて,コンクリート製消化タンクの実績と比較し

た。コンクリート製消化タンクの例は,1.14W/(m2・

K),0.78W/(m2・K)になるのに対して,鋼板製消化

タンクの保温材は 0.38 W/(m2・K)となり,それぞ

れコンクリート製消化タンクに比べ,3倍,2.1 倍保

温性が優れている。

表-2消化タンク側壁部の熱伝導率の比較

対象とする 消化タンク

側面材構造 合成熱

伝導率 W/(m2・K)

鋼板製消化タンク(実証設備)

ポリスチレン 80mm 0.38

(1.0)

コンクリート製消化タンク壁上部

鉄筋コンクリート 600mm ポリスチレン 15mm

1.14 (3.0)

コンクリート製消化タンク壁鉛直部

鉄筋コンクリート 700mm 空気 400mm コンクリートブロック150mm

0.78 (2.1)

図-10 に月ごとの投入熱量と消費熱量,図-11

に月ごとの投入熱量と消費熱量の割合を示す。今回

の実証実験施設では,平均外気温 5.2℃の2月で投

入熱量の 19%の放熱量があり,年間平均では 11%が

放熱によって失われる結果となった。

0

5

10

15

20

25

30

0500

100015002000250030003500

2011

/12

2012

/1

2012

/2

2012

/3

2012

/4

2012

/5

2012

/6

2012

/7

2012

/8

2012

/9

2012

/10

2012

/11

2012

/12

平均

気温

(℃)

熱量

(MJ/月

)外部への放熱 潜熱汚泥加熱 タンクの温度変化

図-10 消化タンクの熱収支の推移

0

20

40

60

80

100

消費

熱量

割合

(%

図-11 消化タンクの熱収支割合の推移

5.3.5 塗装の防食性評価

表-3の塗装の防食性評価実験結果に示すとおり,

ビニルエステル樹脂系の試験片は,すべての塗装種

において基準値未満であり,D 種の耐酸性基準を満

足した。また,メーカーR塗装を除くビニルエステ

ル樹脂系塗料では,10年寿命を担保できるD種規格

の定量的な基準値である 100μm の1/2を下回っ

た。したがって,ビニルエステル樹脂系塗料であれ

ば,20年の耐用年数があると評価した。

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表-3 塗装の防食性評価実験結果

設計

腐食

環境

塗料種 試験結果 D種

合否

判定

硫黄侵入

深さ

(μm)

硫黄侵入

深さ/設

計厚さ

(%)

事業団防食

塗装基準D種※1

100μm

以下

5%以内 10年の

耐用年数

P塗装 ビニル

エステル

樹脂系

<2μm <0.57 合格

C塗装 <2μm <0.33 合格

R塗装 24μm 3.4 合格

N塗装 <2μm <0.29 合格

E塗装 エポキシ

樹脂系

169μm 45 不合格

※1 「下水道コンクリート構造物の腐食抑制技術及び防

食技術マニュアル」 平成 24 年 4 月 地方共同法人日本

下水道事業団

5.3.6 維持管理性

本技術の消化タンクは鋼板製であることから,セ

ンサー類,サイトグラス等の設置が容易かつ自由度

が高いため,コンクリート製消化タンクでは実現で

きなかったタンク内部の「見える化」が可能であり,

安定運転に対する取り組みが可能である。

堆積物の測定は,壁面から高出力型の超音波発振

装置を用いて測定し,中間と中心については,上部

から探触子を垂らして測定することが可能であっ

た。

図-12 側面からの堆積物調査状況

図-13 超音波探傷装置

5.3.7 堆積物と堆積物防止運転

堆積物調査は,タンク中心から外側の遠心方向に

向けて 1.2 m,2 m,3 m,4 mの位置を上部から

の探触子による棚取りで,最高位を高出力型の超音

波発振装置によって外壁面から測定した。

測定結果を図-14および図-15に示す。超音波で

測定した最高位を5m(壁面)と推定した。その内側

の4 m 部に谷があり,そこから3 m,2 m,1.2 m

と徐々に盛り上がる傾向である。壁面部の堆積物は

2012年 3月 27日から検出され始め,2012年 8 月 27

日に最大の 73cmに到達した。堆積物の堆積は,消化

タンクの容量の 3.5%に達した。

その後,2012 年 9 月 21 日より,堆積の抑制のた

めに,かくはん機の逆転時に同期した消化汚泥の引

抜きを行い堆積物の低下を確認した。

以上の結果より,同運転方法を適用することで,

堆積物を溜めない運転が可能と考える。

今回の実証実験で,消化タンク容量の 3.5%の堆

積物が生じたが,逆回転に同期した引き抜き運転に

より 3%以下に堆積物増加を抑制することができた。

01020304050607080

0 1000 2000 3000 4000 5000

堆積

物高さ

(cm

)

図-14 堆積物高さ調査の結果(堆積抑制運転前)

01020304050607080

0 1000 2000 3000 4000 5000

堆積

物高さ

(cm

)

図-15 堆積物高さ調査の結果(堆積抑制運転後)

6. 技術マニュアル

本研究の成果を「鋼板製消化タンク技術マニュア

ル」として取りまとめた。

技術マニュアルには,概要と特徴を説明するとと

もに,導入の際の計画・設計・施工・試運転・維持

2012/9/20

2012/11/13

2012/12/21

2013/01/21

タンク中心

堆積物面

2012/8/27

2012/7/26

2012/5/11

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管理の手順・留意点等を解説したものである。

技術マニュアルの構成は以下のとおりである。

第1章 総 則

第1節 目 的

第2節 適用範囲

第3節 用語の定義

第2章 技術の概要

第1節 技術の概要

第2節 特徴と導入効果

第3章 設備の計画

第1節 設備の適用条件

第2節 設備の計画手順

第4章 設備の設計

第1節 設備の構成と設計手順

第2節 容量計算

第3節 防食塗装

第4節 運転操作

第5章 設備の施工・試運転

第1節 設備計画の立案

第2節 設計手順

第3節 試運転

第6章 設備の維持管理

第1節 設備の維持管理

第2節 設備の保守点検

資料編

1. 実証試験

2. モデル設計

3. 特記仕様書

4. 特許等

5. 問い合わせ先

7. まとめ

今後,下水汚泥の嫌気性消化法は,創エネルギー

の観点からますます重要視されていくことが予想さ

れる。鋼板製消化タンクは,将来のニーズ動向や技

術の進歩に合わせた汚泥プロセスの変更や柔軟な更

新・改築を可能とする市施設として普及が期待され

る。本研究の成果が,創エネルギーや地域における

地球温暖化防止対策として,下水道事業者に活用さ

れることとなれば幸いである。

●この研究を行ったのは ●この研究に関するお問い合わせは

資源循環研究部長 石田 貴 資源循環研究部長 石田 貴

資源循環研究部副部長 落 修一 資源循環研究部副部長 落 修一

資源循環研究部主任研究員 福沢 敬三 資源循環研究部主任研究員 福沢 敬三

資源循環研究部研究員 小川 裕正 資源循環研究部研究員 小川 裕正

【03-5228-6541】