論文...電子情報通信学会論文誌2011/9 vol. j94–b no.9 図3 低結合回路の構成図...
TRANSCRIPT
論 文 高度で多様化する無線通信を支えるアンテナ・伝搬技術論文特集
近接配置 2素子小形アンテナの 2周波数低結合化手法*
佐藤 浩†a) 小柳 芳雄† 小川 晃一†† 高橋 応明†††
A Method of Dual-Frequency Decoupling for Closely Spaced Two Small
Antennas∗
Hiroshi SATO†a), Yoshio KOYANAGI†, Koichi OGAWA††,and Masaharu TAKAHASHI†††
あらまし 近年の情報端末では,音楽,映像等の大容量データを安定して通信すべく,通信品質の確保,通信容量の向上が求められており,対策として MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)技術の導入が検討されている.MIMOでは,複数のアンテナが必要になるが,これらを近接配置し,1箇所に集約できれば,素子配置に用いる体積減少によるデザイン性向上や,アンテナから無線部への RF 線路引回し削減による伝搬損低減のメリットが得られる.しかし,強い素子間結合によるアンテナ効率の減少,高い相関係数によるスループット減少の懸念がある.本論文では,近接配置した MIMO アンテナの結合除去方法として,所望周波数でのアンテナ素子のインピーダンスに依存せずに,複数周波数同時に結合を低減する手法を提案した.基礎検討として,2 素子モノポールアンテナ及び 2素子メアンダアンテナを近接配置したモデルで検討を行い,低結合回路をアンテナ給電点間に配置することで,所望 2 周波数を同時に低結合化可能であることを示した.またこの対策により,アンテナ効率向上,相関係数の低減が得られることを確認した.
キーワード MIMO,アンテナ,2 周波数共用低結合回路,アンテナ効率,相関係数
1. ま え が き
近年の情報端末では,音楽,映像等の大容量デー
タを安定して通信すべく,通信容量向上が求められて
おり,対策としてMIMO(Multiple-Input Multiple-
Output)技術 [1]の導入が検討されている.MIMO技
術を導入した情報端末においては,高スループットの
実現とともに,小形かつ高いデザイン性が同時に要求
される.そこで複数のアンテナを 1箇所に近接配置で
きれば,素子配置に用いる体積減少によるデザイン性
向上や,アンテナから無線部への RF線路引回し削減
による伝搬損失低減のメリットが得られる.しかしな
†パナソニックモバイルコミュニケーションズ株式会社,横浜市Panasonic Mobile Communications Co., Ltd., 600 Saedo-cho,
Tsuzuki-ku, Yokohama-shi, 224–8539 Japan††富山大学,富山市
Toyama University, 3190 Gofuku, Toyama-shi, 930–8555
Japan†††千葉大学,千葉市
Chiba University, 1–33 Yayoi-cho, Inage-ku, Chiba-shi,
263–8522 Japan
a) E-mail: [email protected]
* 本論文はアンテナ・伝播研究専門委員会推薦論文である.
がらアンテナ素子間結合によるアンテナ効率の減少と,
相関係数の上昇により,スループットの減少が問題と
なる [2].
この対策として,アンテナ間GNDにEBGやスリッ
トを挿入することで低結合化する方法 [3], [4]や,2素
子の逆 F アンテナのショートピン同士を接続するこ
とで結合を減少させる方法 [5] など,各種結合対策が
提案されている.しかしアンテナ間 GNDに EBGや
スリットを挿入する方法は,素子間にスペースが必要
であり,近接している素子では挿入が困難であったり
GND条件が限定されるなど,小形化に課題がある.
一方,平行近接した 2素子のモノポールアンテナ間
を集中定数を介して接続し,低結合化する方法 [6], [7]
が提案されている.この手法は,小形化に適した低結
合化手法であるが,移相器が必要であるとともにアン
テナ素子単体で所望周波数での整合が得られている必
要があるため,1周波数のみで有効な手法である.す
なわちこの手法では,実装面積の縮小化,コスト削減
のための移相器の不使用,アンテナ素子のインピーダ
ンスに限定されない低結合化実現や,低結合帯域の多
共振化,広帯域化などの課題がある.
1104 電子情報通信学会論文誌 B Vol. J94–B No. 9 pp. 1104–1113 c©(社)電子情報通信学会 2011
論文/近接配置 2 素子小形アンテナの 2 周波数低結合化手法
本論文では,近接配置したMIMO用アンテナの結
合除去方法として,移相器を使用せず給電点間に集中
定数で構成する低結合回路を配置する.これにより所
望周波数でのアンテナ素子のインピーダンスに依存せ
ずに複数周波数同時に結合を低減する手法を提案する.
本手法では,素子間が強結合である 2素子モノポー
ルアンテナを近接配置したモデルに対し,インダクタ
とキャパシタの並列回路で構成する低結合回路を給電
点間に配置している.このことで,2周波数同時に結
合が低減され,アンテナ効率向上及び相関係数の低減
を実現している.
更に,結合によるアンテナ効率の各種損失要因と各
損失量の分析を行い,更なるアンテナ効率向上方法を
示すとともに,その効果を確認している.
最後に,本手法を,電気的に小形な 2素子メアンダ
アンテナに対して適用し,2周波数での低結合化が端
末用内蔵アンテナでも適用可能であることを確認して
いる.このことは,本結合対策手法が各種のアンテナ
形式にも有効であることを示唆している.
2. 2素子モノポールアンテナの 2周波数での低結合化
2. 1 解析モデル
本論文では,1.5 GHz及び 2.5 GHzの 2周波数に対
応した 2 × 2 MIMO通信を想定している.
図 1 に示す平行近接した 2 素子モノポールアンテ
ナを,きょう体 GND 上部中央に配置する.きょう
体 GND 部は 100 × 50mm,片面銅で厚さ 0.8 mm
の FR-4 板で構成し,26 × 1.4 mm のアンテナ 2 素
子を最近接部分が 4.6 mmとなる間隔で平行に配置す
る.GND~アンテナ素子間の 2 箇所に整合回路を配
置した給電点を設ける.電磁界シミュレータは CST
社MW-studio [8]を使用し解析を行った.
図 2 に S パラメータのシミュレーション結果及び
実測結果を示す.インダクタ,キャパシタは村田製作
所 LQG15,GRM15 シリーズを用いた.図 2 (a) は
図 1 の素子 2 を削除し,素子 1 と整合回路のみの状
態,図 2 (b)は 2素子と整合回路のみで低結合対策を
行っていない状態での Sパラメータである.いずれも
2周波数で S11 が −10 dB以下であり,整合を確保で
きていることが確認できる.
低結合対策を実施していない 2 素子では,アンテ
ナ素子が近接配置しているため,図 2 (b)の状態での
結合が 1.5 GHz で −1.9 dB,2.5 GHz で −4.4 dB と
図 1 GND 板上 2 素子モノポールアンテナFig. 1 2-element monopole antenna on the GND
plane.
(a) 1 素子モノポールアンテナ
(b) 2 素子モノポールアンテナ(低結合対策なし)
図 2 S パラメータFig. 2 S-parameter.
強い.このため,アンテナ効率は,低結合対策を行っ
ていない 2 素子を 1 素子と比較すると,1.5 GHz で
6.7 dB,2.5 GHzで 5.0 dBの劣化が生じる.アンテナ
効率に関しては 3. 1 で詳細に示す.そこで,既に検
討されている単一周波数での低結合化手法 [6] を拡張
し,複数周波数同時に低結合化が可能な低結合回路を
導出し,アンテナ効率の改善を図る.
2. 2 単一周波数での低結合化手法
2 素子平行近接モノポールアンテナに対し,1 周波
数で低結合化を行った文献 [6] の,低結合回路の構成
1105
電子情報通信学会論文誌 2011/9 Vol. J94–B No. 9
図 3 低結合回路の構成図Fig. 3 Decoupling circuit.
図を図 3に示す.
振幅 α,位相差 φ で結合しているアンテナ 2 素子
を観測面 1©で表す.アンテナ素子後段に位相量 θ を
与える移相器を 2箇所に追加し,観測面 2©で表す.更に移相器の後段にアンテナ間を接続するサセプタンス
jB を配置し,観測面 3©で表す.ここでは特に,サセプタンス jB を低結合回路と総称する.最終段 2箇所
に整合回路を配置し,観測面 4©で表す.また簡単化のため,構造,回路定数は左右対称とし,アンテナ,移
相器は 50 Ω 整合が得られているとの仮定のもと,低
結合回路 jB の導出を行う.
文献 [6]では,マイクロストリップ線路で構成される
移相器により,結合の振幅 α を変化させずに,所望の
位相量 θ を得るため,アンテナ素子と移相器を共に特
性インピーダンス 50 Ω で設計している.そのため観
測面 1©で不整合は発生しない.結合による位相量は φ
で,移相器 1個の位相量は θ のため,観測面 2©での位相差は φ +2θ となり,Sパラメータは式 (1)となる.
[S 2©]=
[S 2©11 S 2©12
S 2©21 S 2©22
]=
[0 αe−j(φ+2θ)
αe−j(φ+2θ) 0
]
(1)
観測面 3©での結合は,式 (1)と低結合回路 jB をそ
れぞれ Y行列に変換し和として表し,式 (2)を導出す
る.ここで Y0 は特性インピーダンスの逆数を表す.
Y 3©21 = Y 3©12 = Y0
[−2αe−j(φ+2θ)
1−α2e−j2(φ+2θ)
]−jB (2)
また S12 を Y行列で表すと式 (3)となる.
S 3©21 = S 3©12 =−2Y 3©21Y0
Y 20 +2Y 3©11Y0+(Y 3©11)2−(Y 3©21)2
(3)
低結合化するには,式 (3)を S 3©21 = S 3©12 = 0 と
すること,つまり分子を 0 とするため Y 3©21 = 0 と
なる移相器の位相量 θ と低結合回路の定数 B を導出
する.
移相器の位相量は θ であるが,式 (2) の (φ + 2θ)
が ±π/2 となるとき,式 (2)の [ ]内は純虚数となり,
その虚数を相殺する jB を用いることで式 (2)は 0と
なる.よって S 3©21 = S 3©12 = 0 となり結合は除去さ
れる.つまり低結合となる移相器 θ の条件は式 (4)と
なる.
φ + 2θ = ±π/2 ⇒ θ = (±π/2 − φ)/2 (4)
低結合回路の定数 B であるが,式 (2) に式 (4) を
代入し,低結合となる B の条件は式 (5) となる.ま
た条件式 (5)で導出した B が正の場合はキャパシタ,
負の場合はインダクタを配置する.
Y0
[−2α ×±j
1 + α2
]− jB = 0 ⇒ B =
±2α
1 + α2Y0
(5)
以上の条件で結合を抑制した上で,観測面 4©では最終的に整合が得られるよう整合回路を配置する.
2. 3 複数周波数での低結合化手法
本節では,無線システムのマルチバンド化に対応す
るため,低結合化手法の帯域拡大を行う.
ここでは移相器を複数周波数で任意に調整すること
は困難であるとともに,コストと実装面積削減の観点
より,移相器を用いず,素子間に配置するサセプタン
ス jB のみで低結合化を行う.この場合,低結合化の
条件である式 (4)で定める図 3の観測面 2©での結合位相差 φ が厳密に π/2 でなくなり,式 (2)の Y 3©12 の
実部が存在する場合が生じる.
この対策として,アンテナ素子の Y12 の実部がほぼ
0とみなせる帯域を使用することで,移相器を使用せ
ずに低結合化が可能となる.また Y12 の虚部に関して
は,所望周波数で同値となるサセプタンスが得られる
低結合回路を導出し,給電点間に配置することで,複
数周波数での低結合化手法とする.
図 4 に図 1 のモデルを用いた 2 素子のみのアドミ
タンス Y12 を,図 5 (a)に Sパラメータを示す.アン
テナ素子長を調整することで,Y12 の共振を所望周波
数 1.5 GHzと 2.5 GHzの間である 1.8 GHz近傍に発
生させ,両所望周波数で Y12 の実部が 0mSに近い値
である状態を得ることで低結合化を行う.この場合,
1106
論文/近接配置 2 素子小形アンテナの 2 周波数低結合化手法
図 4 アドミタンス Y12(2 素子のみ)Fig. 4 Admittance Y12 (2-element only).
図 5 (a)から素子単体では 2 GHzで整合が得られてい
るが,1.5 GHz,2.5 GHz では得られておらず,所望
周波数で 50 Ω 整合のアンテナを使用する文献 [7]の考
え方とは異なるアプローチである.
次に低結合回路の導出を行う.本論文の目的は 2周
波数で低結合化が実現できる低結合回路を提案するこ
とであるが,まず達成すべき結合量の目標値を明確に
する.そのため,最初に 1.5 GHz,2.5 GHzの各単一
周波数において低結合特性が得られるインダクタ値,
キャパシタ値の導出を行い,それらを用いた場合の低
結合特性を評価した.
インダクタ L とサセプタンス B,キャパシタ C と
サセプタンス B の関係は式 (6) で表せる.ω は角周
波数である.
B = − 1
ωLB = ωC (6)
式 (6)をインダクタ及びキャパシタを導出する形に
変形し式 (7)となり,単一周波数での低結合回路導出
に用いる.
L = − 1
ωBC =
B
ω(7)
図 4より,1.5 GHzの Y12 虚部は −j 12.10 mSであ
り,式 (7)よりインダクタ 8.8 nHを得た.この理想イ
ンダクタを給電点間に配置することで,図 5 (b)に示
す S12 = −31.3 dBが得られる.
同様に 2.5 GHz の Y12 虚部は +j 7.46 mS であ
り,式 (7) よりキャパシタ 0.5 pF を得た.この理
想キャパシタを給電点間に配置し,図 5 (c) に示す
S12 = −13.2 dBを得た.
1.5 GHzと 2.5 GHzの 2周波数対応低結合回路はイ
ンダクタとキャパシタの並列回路を給電点間にシリー
ズ接続することで実現する.
インダクタ L,キャパシタ C,サセプタンス B の
(a) 2 素子のみ
(b) 理想素子 8.8 nH 配置
(c) 理想素子 0.5 pF 配置
(d) 理想素子 4.1 nH//1.5 pF
村田部品 5.1 nH//1.3 pF 配置
図 5 S パラメータFig. 5 S-parameter.
関係は式 (8)で表せる.
B = ωC − 1
ωL(8)
所望周波数 1と所望周波数 2のサセプタンスを B1
1107
電子情報通信学会論文誌 2011/9 Vol. J94–B No. 9
と B2,角周波数を ω1,ω2 と定義する.この 2周波
数でのサセプタンス,角周波数を同時に満たす並列回
路定数インダクタ L とキャパシタ C は,式 (9)とな
り 2周波数低結合回路導出に用いる.
L =(ω2 + ω1)(ω2 − ω1)
ω1ω2(ω1B2 − ω2B1)
C =ω2B2 − ω1B1
(ω2 + ω1)(ω2 − ω1)(9)
式 (9)より低結合回路は L = 4.1 nH,C = 1.5 pF
となる.この理想素子からなる低結合回路を配置した
場合の Sパラメータを図 5 (d)に示す.S12 は 1.5 GHz
で −32.9 dB,2.5 GHz で −12.4 dB となり,いずれ
も単一周波数と同等性能の低結合化を実現している.
以上より,文献 [6]のような移相器を使用せずに,素
子単体として Y12 の実部がほぼ 0 とみなせる帯域を
所望周波数として選択する.かつ所望周波数での Y12
虚部と同値のサセプタンスが得られる低結合回路を給
電点間に配置することで,複数周波数を同時に低結合
化可能であることを示した.
3. 2周波対応低結合回路の効果
3. 1 アンテナ効率
理想素子の低結合回路は,4.1 nH と 1.5 pF の並列
回路であるが,図 5 (d) で表すインダクタ,キャパシ
タに村田製作所 LQG15,GRM15 シリーズを用いた
解析では 5.1 nHと 1.3 pFにおいて 2周波数の S12 が
最小となった.
図 6 には,低結合回路使用,かつ整合回路を介し,
2 周波数で整合を得た状態での S パラメータを示す.
また,このときの回路構成を図 7に示す.本構成では,
2周波数で整合,結合ともに −10 dB以下の性能が得ら
れ,図 2 (b)に示す低結合回路なしの場合と比較し,結
合が 1.5 GHzで 10.6 dB,2.5 GHzで 7.1 dB改善した.
図 8に,アンテナ効率のシミュレーション結果及び
実測結果を示す.図 8では,図 2で Sパラメータを示
した 1素子のみの状態を細い実線で,低結合化対策を
実施していない 2素子のみの構成を破線で示す.また,
図 7の回路構成に示した 2周波数対応低結合回路を使
用して低結合化した場合の効率を太い実線で示す.
シミュレーション,実測共に,給電以外のポートは
50 Ω 終端としている.図 8より,低結合化に伴い,低
結合回路なしの 2 素子のモデルと比較し 1.5 GHz で
4.8 dB,2.5 GHz で 3.6 dB 効率が改善している.ま
た,シミュレーションでも同様な傾向となっており,
2 素子モノポールアンテナ(低結合対策あり)
図 6 S パラメータFig. 6 S-parameter.
図 7 回路構成・定数Fig. 7 Circuit constants.
図 8 アンテナ効率Fig. 8 Antenna efficiency.
解析結果の妥当性が明らかである.
なお,図 8では,低結合化しても,1素子のみと比
較して,1.5 GHz で 2.0 dB,2.5 GHz で 1.4 dB 及ば
ないため,次節ではこの要因分析と改善策について検
討を行う.
3. 2 アンテナ効率劣化の損失要因検討
低結合化によるアンテナ効率変化の要因分析と低結
合時の更なるアンテナ効率向上対策を行う.そのため,
1108
論文/近接配置 2 素子小形アンテナの 2 周波数低結合化手法
図 9 アンテナにおける電力損失の概念図Fig. 9 Conceptual diagram of power attenuation in
antennas.
図 8でアンテナ効率を示した 1素子のみ,2素子で低
結合対策なし,2素子で低結合対策ありの 3構成に対
し,各種損失電力を電磁界シミュレーションにより導
出し,アンテナ効率への影響を確認した.
図 9 にアンテナにおける電力損失の概念図を示す.
給電ポートを Port1 とし,Port1 の有能電力を Pav,
アンテナからの放射電力を Pr,損失電力の総量を Pt
とし,アンテナ効率 η を式 (10)で定義する [9].
損失電力の算出方法を式 (11) に示す.Pm はイン
ピーダンス不整合による損失電力,Pd は結合により
Port2 の負荷で消費される電力であり,共に S パラ
メータより算出する.PΩ は整合回路と低結合回路の
抵抗成分で消費される損失電力であり,全インダクタ,
キャパシタ部品ごとに流れる電流値と抵抗成分を等価
回路導出ツール [10] より導出し算出する.Pdie は誘
電体で消費される損失電力であり,全誘電体で電界を
積分し導出する [11].FR-4の媒質定数は 1.5 GHzで
比誘電率 εr = 4.4,tan δ = 0.00733,2.5 GHz で比
誘電率 εr = 4.4,tan δ = 0.01176 とした.Pcon は
導体損により消費される損失電力であり,導体の表
面インピーダンスを算出し,導体全表面の磁界を積
分することで導出する [11].銅の媒質定数は,導電率
σ = 5.8 × 107 S/m,透磁率 μ = 4π × 10−7 H/m で
計算した.
η =Pr
Pav=
Pav − Pt
Pav
Pt = Pm + Pd + PΩ + Pdie + Pcon (10)⎧⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎨⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎩
Pm = |S11|2Pav Pd = |S12|2Pav
PΩ =1
2
∑R|I|2
Pdie =1
2σ
∫|E|2dV = πf tan δ ε0εr
∫|E|2dV
Pcon =1
2RS
∫|H|2dS =
1
2
√ωμ
2σ
∫|H|2dS
(11)
表 1 アンテナ効率と各要因での損失Table 1 Antenna efficiency and loss due to each
factor.
(a) 1.5GHz
(b) 2.5GHz
表 1に,片ポートを励振させた場合のアンテナ効率
の実測値,シミュレーションより求めたアンテナ効率
値,シミュレーションを用いて,図 9の Port1の有能
電力 Pav を 1 Wと仮定した場合の各要因による損失
電力を,(a) 1.5 GHz,(b) 2.5 GHzに示す.
シミュレーションにより,放射界の全立体角に渡る
積分から求めたアンテナ効率値と,式 (10),(11)より
算出したアンテナ効率値の一致を確認している.また
アンテナ効率の実測値とシミュレーション値の差分は
微小であることから,実測値における損失要因内訳に
対しても,ほぼ同様の傾向が想定される.
いずれのアンテナ構成及び周波数帯においても,S11
が −10 dB以下の整合状態のため,Pm は 0.1 W以下
と低く,また整合回路で発生する PΩ も 0.1 W程度と
低いことが確認できる.
2素子で低結合対策なしでは,アンテナ素子間の強
結合により,Pd が約 0.38~0.64 Wとなり,アンテナ
効率劣化の主因である.一方,2素子で低結合対策あ
りは,Pd が 0.08 W以下に抑えられているものの,低
結合回路による損失 PΩ が 0.1~0.18 W程度,誘電体
損 Pdie が 0.13~0.16 W程度発生しており,これら二
つの損失が主要な効率劣化要因となっている.そこで
本論文では,アンテナ効率向上のためこれら二つの損
失について考察する.
図 10 は,低結合回路使用時に基板誘電体 FR-4 の
tan δ を変化させた場合の 1.5 GHzと 2.5 GHzでの誘
1109
電子情報通信学会論文誌 2011/9 Vol. J94–B No. 9
図 10 tan δ と誘電体損 Pdie
Fig. 10 tan δ and dielectric loss Pdie .
(a) 低結合対策なし (b) 低結合対策あり
図 11 電流分布(1.5GHz)Fig. 11 Current distribution. (1.5GHz)
電体損 Pdie を示す.また図中の � と◆のシンボルはFR-4本来の tan δ での PΩ を示している.本論文で
は基板材料として tan δ が約 0.01程度の比較的損失が
大きい FR-4 を用いた.しかし,tan δ が約 0.001 程
度のより低損失なフッ素樹脂などの基板材料を用いる
ことで,誘電体損の低減が可能であることが図より明
らかである.この検討に基づき以下では,低結合回路
の損失 PΩ の低減化についてより詳細な考察を加えた.
3. 3 低結合対策時のアンテナ効率改善策
図 11に (a) 2素子で低結合対策なしと,(b) 2素子で
低結合対策ありにおいて,それぞれ左ポートに 1.5 GHz
正弦波を印加した場合の電流分布を示す.(b)では,低
結合化により右ポートへの電流流入抑圧が確認できる.
一方,低結合回路には大きな電流が流れている.すな
わち,特に低結合回路に抵抗分が存在する場合,低結
合回路でのオーム損失が多く発生する.2素子で低結
合対策ありが 1素子のみのアンテナ効率に及ばない理
由は,低結合回路のオーム損失が原因である.そこで,
低結合化時の更なるアンテナ効率向上策として,低結
合回路の抵抗値を下げる対策を行う.
表 2 インダクタ・キャパシタの等価回路と電気定数Table 2 Equivalent circuit and Electric constant.
(a) インダクタ 5.1 nH
(b) キャパシタ 1.3 pF
図 12 インダクタの抵抗値とオーム損失 PΩ
Fig. 12 Inductor’s resistance and ohmic loss PΩ.
表 2に図 8での低結合回路で用いた,インダクタ:
村田製作所製 LQG15シリーズ 5.1 nH,キャパシタ:
村田製作所製 GRM15 シリーズ 1.3 pF の等価回路,
定数を示す.値は 2GHzのものである.
アンテナ効率の改善方法として,低結合回路に用い
たインダクタ 5.1 nH を,より低抵抗なものに交換す
る.図 12 にインダクタの抵抗値を変化させた場合の
1.5 GHz と 2.5 GHz でのインダクタで発生するオー
ム損失 PΩ を示す.低抵抗なインダクタの使用によ
り,インダクタのオーム損失 PΩ の減少が確認され
る.今回,インダクタを村田製作所製 LQG15シリー
ズから,村田製作所製 LQW15 シリーズに交換する.
図中の●と � のシンボルは両インダクタのオーム損失 PΩ を示す.抵抗値が 1.09 Ω から 0.65 Ω に低減す
ることで PΩ も減少し,アンテナ効率は 1.5 GHz で
0.3 dB,2.5 GHzで 0.2 dB上昇することが確認でき,
低抵抗な低結合回路を採用することのアンテナ効率改
善効果が期待できる.更に図 12より 2.5 GHzに比べ
て 1.5 GHz では抵抗低減の効果が顕著である.例え
ば,抵抗値を 0.2 Ωに低減することで PΩ は 0.05 Wと
なり,1.5 GHz におけるアンテナ効率は元の LQG15
シリーズから 0.6 dB の向上が期待できることが分
かった.
1110
論文/近接配置 2 素子小形アンテナの 2 周波数低結合化手法
図 13 相 関 係 数Fig. 13 Correlation coefficient.
3. 4 相 関 係 数
移動環境下では伝搬経路が複雑に変化するので,平
均化の意味で,一様な到来波分布の場合の相関係数で
評価する.
アンテナ効率とともにMIMO通信の性能指標とな
る相関係数は,アンテナ指向性の類似性を表す指標で
あり,一般に全立体角の振幅・位相指向性から算出され
る [12]が,Sパラメータからも算出可能である [13].
ρe =|S∗
11S12+S∗21S22|2
{1−(|S11|2+|S21|2)}{1−(|S22|2+|S12|2)}(12)
低結合回路の有無による相関係数を図 13に示す.
図 13 より低結合回路を付加することで,相関係数
が 1.5 GHz で 0.24 から 0.03 に,2.5 GHz で 0.49 か
ら 0.01 に改善し,2 周波数において低相関化が確認
できる.これは提案の低結合回路を用いることで,S
パラメータは図 2 (b)から図 6へと整合を得られた状
態で低結合化できる.このため,式 (12)で S11,S22,
S12,S21 の絶対値が小さいこと,つまり反射かつ結
合が低い状態が得られ,分子に対し分母が大きくなる
からである.
2× 2 MIMO通信を想定した場合,低相関化により
第 2固有値が改善し,スループットの向上が見込める.
3. 5 放射指向性
図 2 (b) で S パラメータを示した低結合対策なし
と,図 6 の低結合対策ありにおける指向性を,図 14
に xy 面,図 15に yz 面を示す.指向性は図 1の給電
点 1に励振し,図 13の相関係数が特に低相関化された
2.5 GHzを示す.モデルは対称構造のため,給電点 2
を励振した状態の指向性は,図の左右対称形状となる.
低結合対策により,利得向上が得られるとともに垂
直成分指向性のピークが逆方向を向く,アンテナ間で
(a) 低結合化対策なし (b) 低結合化対策あり
図 14 2.5GHz xy 面指向性(+5~−25 dBi)Fig. 14 Radiation pattern. (xy plane)
(a) 低結合化対策なし (b) 低結合化対策あり
図 15 2.5GHz yz 面指向性(+5~−25 dBi)Fig. 15 Radiation pattern. (yz plane)
より異なった指向性となり,このことが低結合対策に
よる低相関化の要因と考えられる.
4. 低結合化手法の他アンテナ形状への適用
4. 1 2素子メアンダアンテナ
低結合化の効果確認として,図 1の 2素子モノポー
ルアンテナを用いたが,更に本提案の低結合化手法の
適用範囲確認のため,文献 [14]の 2素子メアンダアン
テナへの適用を確認する.このアンテナは電気的に小
形であり,携帯端末への実装上有利である.
図 16 にアンテナ構成を示す.厚さ 0.8 mm,幅
50mm,長さ 87mmの片面銅板 FR-4を GNDとし,
幅 22mm,長さ 23 mm,素子幅・間隔 1 mm のメア
ンダ 2素子を最近接距離 6 mmにて平行かつ対称に配
置する.
アンテナ素子単体の Sパラメータを図 17に,Y12 パ
ラメータの実測値を図 18 に示す.本構成では素子単
体で整合が得られ,かつ Y12 の実部が約 0 mS,虚部
が正である 670 MHzと,整合は得られていないが,同
じく Y12 の実部が約 0mS,虚部が負である 510 MHz
の 2周波数で低結合化検討を行う.
1111
電子情報通信学会論文誌 2011/9 Vol. J94–B No. 9
図 16 2 素子メアンダアンテナの構成Fig. 16 2-element meander line antenna.
図 17 S パラメータFig. 17 S parameter.
図 18 Y パラメータ (Y12)
Fig. 18 Y parameter. (Y12)
4. 2 2周波数低結合回路,整合回路の設計
図 18 より,アンテナ単体の Y12 は 510MHz で
−0.04 − j 3.31 mS,670MHz で −3.03 + j 19.52 mS
である.低結合回路は,2素子モノポールアンテナ同
様,インダクタとキャパシタの並列回路を給電点間に
シリーズ接続することを想定し,式 (9)から理想素子
C = 12.4 pF,L = 7.2 nH を導出した.更に実測に
おいて 2 周波数で S12 が最小となるよう低結合回路
を選択し,村田製作所 GRM15,LQG15 シリーズの
12 pFと 7.5 nHを配置した.
低結合回路後段の両ポートに整合回路を配置し
図 19 S パラメータ(低結合回路,整合回路配置)Fig. 19 S parameter with decoupling and matching
circuits.
た最終形態の回路構成を図 16 に,S パラメータを
図 19に示す.これより 510 MHzで S11 = −10.1 dB,
S12 =−13.2 dB,670MHzで S11 =−10.3 dB,S12 =
−13.3 dB が得られ,低結合,整合を同時に満たすこ
とが確認された.また低結合対策を行わず,整合回路
により 2周波数で S11,S22 ともに −10 dB以下とし
整合を得たものに対し,低結合対策を行った図 16 の
構成では,アンテナ効率が,510 MHzで −12.2 dBか
ら −10.8 dBと 1.4 dB上昇,670 MHzで −5.9 dBか
ら −4.1 dBと 1.8 dB上昇することを確認した.
すなわちモノポールアンテナだけでなく,メアンダ
アンテナ素子に対しても,低結合回路による 2周波数
同時の低結合化が可能であり,提案した低結合化手法
の有効性が確認された.
5. む す び
本論文では,近接して配置した結合が強い MIMO
用 2素子モノポールアンテナに関して,2周波数で動
作する低結合回路の提案を行った.
インダクタとキャパシタの並列回路で構成される
2周波数共用低結合回路を給電点間に配置した.これ
により,所望 2 周波数に対して 1.5 GHz で 10.6 dB,
2.5 GHz で 7.1 dB 結合が改善され,アンテナ効率が
1.5 GHz で 4.8 dB,2.5 GHz で 3.6 dB 改善されるこ
とを確認した.また,相関係数が低下し,1.5 GHzで
0.03,2.5 GHzで 0.01の低相関係数を得た.
また本低結合化手法を電気的小形な 2素子メアンダ
アンテナに適用し,2周波数で低結合化可能であるこ
とを確認した.
以上より,2周波数共用低結合回路の設計方法とその
妥当性を示した.また低結合回路を用いることで所望
2周波数において,低結合,高アンテナ効率,低相関
1112
論文/近接配置 2 素子小形アンテナの 2 周波数低結合化手法
係数を同時に得ることが可能となり,高スループット
が得られるMIMO通信用アンテナが実現可能である.
今後の課題として,周波数の更なる多共振化,広帯
域化を図るとともに,伝搬環境における,本低結合手
法を用いたMIMOアンテナの性能評価が必要である.
文 献[1] I.E. Telatar, “Capacity of multi-antenna Gaussian
channels,” Tech. Rep., AT&T-Bell Labs, June 1995.
[2] 坂口 啓,高田潤一,“MIMO 伝搬特性の測定装置・測定方法・解析方法・モデル化,”信学論(B),vol.J88-B, no.9,
pp.1624–1640, Sept. 2005.
[3] 伊藤 淳,道下尚文,森下 久,“マッシュルーム構造を用いた逆 F アンテナ間の相互結合抑制,” 信学論(B),vol.J92-B, no.6, pp.930–937, June 2009.
[4] 大石崇文,大舘紀章,関根秀一,庄木裕樹,“地板にスリットを有する低相関・低結合なパターンダイバーシチアンテナ,” 信学論(B),vol.J90-B, no.9, pp.844–853, Sept.
2007.
[5] A. Diallo, C. Luxey, P. Le Thuc, R. Staraj, and G.
Kossiavas, “Study and reduction of the mutual cou-
pling between two mobile phone PIFAs operating in
the DCS1800 and UMTS bands,” IEEE Trans. An-
tennas Propag., vol.54, no.11, pp.3063–3074, Nov.
2006.
[6] S.-C. Chen, Y.-S. Wang, and S.-J. Chung, “A decou-
pling technique for increasing the port isolation be-
tween two strongly coupled antennas,” IEEE Trans.
Antennas Propag., vol.56, no.12, pp.3650–3658, Dec.
2008.
[7] C.-Y. Lui, Y.-S. Wang, and S.-J. Chung, “Two
nearby dual-band antennas with high port isolation,”
IEEE Antennas Propag. Society International Sym-
posium, pp.1–4, July 2008.
[8] CST STUDIO SUITE 2010 http://www.cst.com/
[9] 小川晃一,林 俊光,山本 温,“最適整合による MIMO
ダイポールアレーの伝送容量最大化とそのメカニズム解析,” 信学技報,A·P2010-5, April 2010.
[10] Murata Chip S-Parameter and Impedance Library
http://www.murata.com/products/design support/
mcsil/
[11] 本間尚樹,陳 強,澤谷邦男,“FDTD法を用いたマイクロストリップ共振器のQ値の解析,”信学技報,EMCJ98-65,
Oct. 1998.
[12] M.A. Jensen and Y. Rahmiht-Samii, “FDTD analysis
of PIFA diversity antennas on a hand-held transceiver
unit,” IEEE Antennas Propag. Society International
Symposium, pp.814–817, July 1993.
[13] S. Blanch, J. Romeu, and I. Corbella, “Exact rep-
resentation of antenna system diversity performance
from input parameter description,” Electron. Lett.,
vol.39, no.9, pp.705–707, May 2003.
[14] R.A. Bhatti, S. Yi, and S.-O. Park, “Compact
antenna array with port decoupling for LTE-
standardized mobile phones,” IEEE Antennas Wirel.
Propag. Lett., vol.8, pp.1430–1433, Jan. 2009.
(平成 22 年 12 月 27 日受付,23 年 4 月 14 日再受付)
佐藤 浩 (正員)
平 10 武蔵工大・工・電子通信卒.平 12
同大大学院電気工学専攻修士課程了.現在,パナソニックモバイルコミュニケーションズ(株)主任技師.
小柳 芳雄 (正員)
平元電通大・電気通信・応用電子卒.同年松下通信工業(株)入社.以来,ディジタル携帯電話を中心とした移動無線通信機用小形アンテナ,端末用 MIMO アンテナ,人体と電磁波の相互影響の研究に従事.平 15
千葉大大学院博士後期課程了.現在,パナソニックモバイルコミュニケーションズ(株)商品開発第一センター電気設計第二グループ参事.工博.IEEE 会員.
小川 晃一 (正員)
昭 54 静岡大・工・電気卒.昭 56 同大大学院修士課程了.同年松下電器産業(株)(現パナソニック(株))入社.以来,研究開発部門において,マイクロ波・ミリ波機器,衛星通信無線システム,移動体通信用アンテナ・高周波部品の研究に従事.デンマー
ク・オールボー大学客員教授(平 17).千葉大学・非常勤講師(平 12~16)及び特任教授(平 15~平 20).兵庫県立大学・非常勤講師(平 21).富山大学・工・教授(平 22).工博(東工大).平 2 オーム技術賞.平 13 テレコムシステム技術賞受賞.平 19 ISAP2007 Paper Award 受賞.平 21本会 Best Paper
Award受賞.IEEE AP-S Kansai Chapter Chair.IEEEシニア会員.
高橋 応明 (正員:シニア会員)
平元東北大・工・電気卒.平 6 東工大大学院博士課程了.同年武蔵工大・工・電気・助手.同年講師を経て,平 12東京農工大・工・電気電子・助教授.平 16 千葉大・フロンティアメディカル工学研究開発センター・准教授.衛星放送受信用アンテナ,平面ア
ンテナ,小型アンテナ,RFID,RLSA,環境電磁工学,人体と電磁波の相互作用の研究に従事.工博.IEEE シニア会員.
1113