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鋼の熱処理基礎知識 鉄鋼などの金属材料を加熱したり冷却したりすると、内部構 造(組織)に変化が起こり、機械性質が著しく変わる。これを 利用して、金属材料を硬くしたり、柔らかくしたりする工法を 熱処理法という。 金属は温度により自身を構成する原子の結び付き方(組織) が変化する。この組織には、状態によりそれぞれ異なった特 徴があり、金属熱処理では金属を加熱・冷却することで組織 を変化させ、金属自身の特性をコントロールする。 熱処理とは: 参考文献: (1)新・知りたい熱処理、不二越熱処理研究会著、ジャパンマシニスト社 (2)浅川熱処理() ホームページ http ://www.netushori.co.jp/story/ (3)第一鋼業() ホームページ http:// www.daiichis.com/index.html

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鋼の熱処理基礎知識

鉄鋼などの金属材料を加熱したり冷却したりすると、内部構造(組織)に変化が起こり、機械性質が著しく変わる。これを利用して、金属材料を硬くしたり、柔らかくしたりする工法を熱処理法という。

金属は温度により自身を構成する原子の結び付き方(組織)が変化する。この組織には、状態によりそれぞれ異なった特徴があり、金属熱処理では金属を加熱・冷却することで組織を変化させ、金属自身の特性をコントロールする。

熱処理とは:

参考文献:(1)新・知りたい熱処理、不二越熱処理研究会著、ジャパンマシニスト社(2)浅川熱処理(株) ホームページ http://www.netushori.co.jp/story/

(3)第一鋼業(株) ホームページ http://www.daiichis.com/index.html

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1.金属原子の並び方

(a) 面心立方形結晶構造 (b) 体心立方形結晶構造 (c) 稠密六方形結晶構造

金属は結晶から構成され、結晶は原子から構成されている。結晶における原子の並び方は次に示すように(a)面心立方形、(b)体心立方形と(c)稠密六方形の三種類がある。

(𝜶鉄)(𝜸鉄) (𝜺鉄)

原子の数=14 原子の数=9 原子の数=17

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2.純鉄原子の並び方及び温度との関係

常温

1536℃融点

変態温度

1392℃

911℃変態温度

A4変態点

A3変態点

体心立方形結晶構造(𝜶鉄)

体心立方形結晶構造(𝜹鉄)

面心立方形結晶構造(𝜸鉄)

780℃

常磁性領域。𝜷鉄(𝛼鉄から電子状態の変化が発生)

液体の鉄変態

変態

𝜶鉄⇒𝜸鉄

𝜸鉄⇒𝜹鉄

𝛼鉄は強磁性体で、780℃以上では𝛽鉄(常磁性体)になる

𝜶鉄 𝜸鉄 𝜹鉄 液体911℃ 1392℃ 1536℃

格子定数:2.93

格子定数:2.87

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3.炭素鋼の平行状態図と変態(組織変化)

炭素の含有量

温度の上昇

L=液体G=黒鉛𝑟=オーステナイト

(面心立方晶)

α=マルテンサイト(体心正方晶)

β=マルテンサイト(体心立方晶)T

em

pera

ture

[℃

]

C [wt%]

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4.実際の金属結晶の格子欠陥について

実際の金属は不完全な結晶構造で、その格子には欠陥だらけのものである。

格子欠陥にも、いろいろな形がある。ぽつぽつと原子が空席になっている欠陥を点欠陥、あるいは原子空孔という。

原子空孔は焼入れ、焼きなまし、表面処理、酸化など、高温現象に関係のある拡散に深い関わり合いがある。

(a) 線上欠陥 (b) らせん欠陥

格子欠陥 → 原子の吸収はしやすくなる(浸炭など)

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5.固溶と拡散

(a) 侵入形 (b) 置換形

鉄をA3変態点以上を加熱すると、組織は体心立方形結晶構造から面心立方形結晶構造に変態し、炭素原子を吸収しやすくなる。

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体心立方形結晶構造

6.鋼の熱処理による組織の変化

炉中冷却(炉冷)

衝風冷却

空気中冷却(空冷)

恒温冷却

油中冷却(油冷)

水中冷却(水冷)

加熱

A:オーステナイト組織

P組織

P: パーライトA: オーステナイトM: マルテンサイトB: ベイナイトPF:細いパーライトPM:中位のパーライトPC:粗いパーライト

M組織

針状

B組織針状層状

M+PF組織 PF組織 PM組織 PC組織

針状層状

層状 層状 層状

急冷

徐冷

常温

A3変態点

焼なまし焼入れ 焼ならし

マルテンサイト パーライト+フェライト

マルテンサイト+パーライト+フェライト

𝑪素が排出し、鉄と結び付き、𝑭𝒆𝟑𝑪を作る

面心立方形結晶構造

組織変態

急冷の場合、𝑪素排出に間に合わなく、C素原子が体心立方形結晶に残留し、マルテンサイト組織が生じる

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7.各組織の性質及び状態

相の名称 記号結晶構造

性質・状態

フェライト 𝛼 bccCをランダムに固溶した侵入型固溶体727℃で最大固溶限0.022wt%純鉄では912℃以下で安定

オーステナイトA組織

𝛾 fccCをランダムに固溶した侵入型固溶体1147℃で最大固溶限2.14wt%純鉄では912~1391℃で安定

𝛿 − 𝐹𝑒 𝛿 bccCをランダムに固溶した侵入型固溶体1490℃で最大固溶限0.08wt%純鉄では1391~1536℃で安定

パーライトP組織

𝛼 + 𝐹𝑒3𝐶 𝛼相と𝐹𝑒3𝐶が積層された共析複合組織

セメンタイト 𝐹𝑒3𝐶 FeとCの化合物。Cを6.7wt%含む。硬くて脆い

マルテンサイトM組織

𝛼′ bct𝛾域からの急冷時に無拡散変態により形成される準安定相

オーステナイト=柔らかい組織(材料の靭性を決める組織)マルテンサイト=硬い組織(材料の硬さを決める組織)

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マルテンサイトの変態:

炭素鋼を水中に焼入れすると非常に硬くなり、その組織を調べると、針状で細かいマルテンサイト組織になる(ドイツ人発見者マルテンスの名前)。

このマルテンサイト組織が非常に硬く、腐食しにくく、それを200℃(焼き戻し温度制限)程度に加熱すると、少し腐食しやすいものに変化していく。

焼入れしたままの、観察用の腐食液で腐食しにくいものを「αマルテンサイト」、少し温度を上げて腐食しやすくなった組織のものを「βマルテンサイト(焼戻しマルテンサイト)」と区別している。

焼入れしてから焼戻し(250℃程度以下)までの温度による変化は、「マルテンサイトが焼戻しマルテンサイトになることでねばさが増す。

焼き戻し:

「αマルテンサイト」 ⇒ 「βマルテンサイト」

焼き戻し目的: 材料に靱性(ねばさ)を持たせること

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8.鋼の代表的な組織写真

層状パーライト組織 層状パーライト組織球状パーライト組織

(a)パーライト組織:

走査電顕パーライト写真 電顕レプリカパーライト写真

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(b)マルテンサイト組織: (c)トルースタイト組織: (d)ソルバイト組織:

(e)オーステナイト

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1.焼入れについて

鋼を硬化させるために、変態点以上の温度に保持した後(オーステナイト領域まで加熱した後)に「急冷」する操作を「焼入れ」と言う(Hardening)

高炭素を含有する鋼を変態点以上に加熱してオーステナイト組織(面心立方格子)の状態のものが、急冷されると、マルテンサイト組織(体心正方格子)に変化する

冷却には水、油、熱浴、空気などを用い、それらを静止したり、撹拌したりして冷却速度を調節する。

熱処理工法の紹介

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焼入れ時の組織変化及び体積膨張:

体心立方晶(bcc)の基本格子

面心立方晶(fcc)の基本格子

体積膨張硬くなる

焼入れ

面心立方晶のオーステナイトが体心立方(正方)晶のマルテンサイトに変わると、体積が膨張し、硬さが非常に高くなる。

C素原子が残留

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A3

A

P

温度上昇

加熱

M

パーライト マルテンサイト

T

S

トルースタイト

ソルバイト

オーステナイト

(非常に硬くて脆い組織)

(柔らかい組織)

2.焼き戻しについて

焼き入れ焼き戻し

焼き入れ

急冷

温度上昇

焼き入れ

焼戻し

マルテンサイト変態

マルテンサイト組織パーライト組織 焼戻し組織

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焼き戻しの目的:

焼入れした時のマルテンサイトを微細化させ、靱性を持たせる。

オーステナイトから急冷して出来たマルテンサイトは、硬くて脆いので、焼戻しすることにより靱性を保たせる(マルテンサイト変態した時に内部応力が発生し、応力が鋭角の所に集中しそのままの状態で放置しておくと鋭角部から割れが発生する)。

マルテンサイトを焼戻し(一般には160℃~250℃程度)すると、マルテンサイトが焼戻しマルテンサイトになることでねばさが増す、硬さが若干低下し、ねばさ(強靭性)が増加する。

硬さと強さの両方が必要な、高硬度で使うナイフや工具などは、一般的には、この焼戻し温度範囲を採用する。つまり、焼戻しをしないと、欠けたり折れたりしやすいということになる。

250℃以上に、もっと焼戻し温度を上げていくと、次第に焼き戻し後の硬さが低下するが、組織的には、炭化物が析出する「共析反応」が進んでいる。

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焼戻し温度と材料機械性能の関係:

図1 SLDの焼き戻し硬さ曲線

焼入れ温度

A. 焼戻し温度と硬さとの関係

焼戻し温度 (℃)

硬さ(H

RC

)

焼き入れまま

焼き戻し限界温度=250℃焼き戻し推薦温度=160~250℃

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図2 SLDの焼き戻し温度と残留オーステナイト量の関係

B. 焼戻し温度と残留オーステナイト量との関係

焼戻し温度 (℃)

残留オーステナイト量(%)

焼入れ温度

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残留オーステナイト及びその役割:

焼入れした鋼の中に残っているオーステナイトを「残留オーステナイト」と言う。

残留オーステナイトが多ければ、 悪い点としては、①焼入れした時の硬さの低下; ②弾性限が低下したり、経年変化が出やすい; ③着磁力の低下。

良い点としては、適度な残留オーステナイトはじん性を向上させ、ショックアブソーバーとなって、焼き割れや使用中の割れを防ぐ。

残留オーステナイト量は指定の焼入れ温度範囲を超えると急激に増加。冷却速度が遅い場合にも増加。

残留オーステナイトは、C・Mn・Ni・Crなどの合金成分が多いほど、多く残留。

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図3 SLDの焼戻し回数とシャルビー衝撃値の関係

C. 焼戻し温度とシャルビー衝撃値との関係

焼戻し回数

シャルピー衝撃値(J

/cm

2)

520℃焼戻し

200℃焼戻し

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シャルビー衝撃実験

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/シャルピー衝撃試験

原理図

試験片

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図4 SLDの焼戻し温度と抗折じん性の関係

D. 焼戻し温度と抗折じん性との関係

焼戻し温度 (℃)

破断荷重

(N

) 破断荷重

たわみ

1010℃焼入れ各1時間2回焼戻し

たわみ

(m

m)

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3.焼なまし(焼鈍)

焼きなまし「英: annealing、焼き鈍し、焼鈍(しょうどん)とも」とは、金属材料を適当な温度に加熱し、鋼をオーステナイト組織の状態で十分保持した後、炉中で徐冷する熱処理工法

目的:加工硬化による内部の残留ひずみ(残留応力)を取り除き、組織を軟化させ、展延性を向上。焼なましによって金属組織の格子欠陥が減少し、再結晶が行われるため組織が均質化し残留応力も減少するため軟化。

焼なましはその目的により温度と冷却速度が異なったいくつかの種類に分けられる。

完全焼なましは、材料を再結晶温度以上に保った後徐冷することによって、内部応力の無い組織とすることであり、これによって材料は軟化。

球状化焼なましは、一旦オーステナイト組織にした鋼を急冷することにより組織内部の炭化物を層状から球状に変化させる処理で、これによって焼き割れしにくく、靭性に富む鋼が得られる。工具鋼の加工前に行われる熱処理。

このほか、塑性加工や切削加工前に焼なましを行い、材料を軟化させて被工作性を増す処理を軟化焼なまし、残留応力除去のため比較的低温で行う、応力除去焼なましなどがある。

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金属原子

加工により歪んだ金属結晶組織再結晶化により均質化結晶組織

焼きなまし

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4.焼きならしについて 焼きならし(normalizing)とは、加工による内部のひずみを取り除いたり、組織を標準の状態に戻したり、微細化したりする熱処理である。鋼をオーステナイト組織の状態で十分保持した後、空気中で十分に冷却

鍛造や鋳造、圧延などによって造られた鋼材は、過熱異常組織や炭化物の部分的凝集、結晶粒の粗大化及び不均一なものが多い。このような鋼材について、結晶粒を均一に微細化し機械的性質を向上させ、また、機械加工性などを改善する目的で行う熱処理を焼ならしという。つまり、鋼材の金属組織を標準状態にする処理である。

A3又はAcm点以上50℃程度高い温度に加熱して、オーステナイト一相としたのち大気中で放冷(空冷)を行う。この時変態点を上下することによって繊維組織は消失し、過熱組織や鋳造組織が改善され、また、冷却によって結晶粒が微細化すると共に硬く強く、伸び、絞り性の良い微細なパーライトが得られ、残留応力も除去される。

機械的性質の向上、機械加工性の向上など目的として行う熱処理である

焼きならしをすると、強度、延性が高くなる。焼入れの予備処理としても使われる

(熱処理前の組織) (パーライト組織)

焼きならし

凝固組織加工組織

(パーライト変態)温度

徐冷

ぎょうこ

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5.熱処理後の寸法変化

寸法変化の原因:(1)残留応力ひずみ; (2)変態ひずみ; (3)自重ひずみ

① 残留応力歪み:加工時の残留応力放出によるもの(加熱後)② 変態歪み:オーステナイトからマルテンサイトに変態する時

の体積膨張③ 自重歪み:製品の重さによる変形量(加熱後)

加工の影響も含まれるので、熱処理によるひずみの予測が極めて困難であるが、歪み量を少なくすることが可能。

三つの要因が1つとなって、寸法変化が発生

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6.材料焼き入れ性

焼入れの際の冷却材は、(冷却能力の高い順から)水・油・ソルト・窒素ガス、空気などが用いられるが、鋼材の表面で焼きが十分に入る(50%がマルテンサイトに変わる)最低の冷却速度を「臨界冷却速度」といい、硬化の深度と硬さの関係を「焼入れ性」として表現する。

急冷の度合いは鋼種によって異なるが、水冷ではなく油冷、油冷ではなく空冷というように、ゆっくりと冷やしても硬化する材料を「焼入れ性」が良い鋼種と言う。

「空気焼入れ鋼」と言われるものは、空冷で硬化する、非常に焼入れ性が高いものである。

焼入れ性は、Mn(マンガン)・Cr(クロム)などの焼入れ性を高める合金元素量が影響する。

ジョミニ焼入試験などのように、試験片の端面を冷却して、端面からの表面硬さを測る方法や、規定の表面硬さや中心硬さが得られる最大直径を示すことなどでそれを表す。

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7.材料の焼入れ性を評価するジョミニ焼入試験

出典: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%BC%E5%85%A5%E3%82%8C%E6%80%A7

JIS G 0561:2011 鋼の焼入性試験方法(一端焼入方法)

試験片

試験片

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8.鉄鋼中の元素の役割(1)

鋼の成分:Fe、Si、Mn、P、S、C

添加量:C:0.04~1.5%; Si: 0.1~0.4%; Mn:0.5~0.8%;P:0.04%以下; S: 0.04%以下

硬さ、強さ又は耐摩耗性、耐疲労性、耐食性などを向上するためにCr、Mo、W(タングステン)、V(バナジウム)、Ni、Co(コバルト)、B(ホウ素)、Ti(チタン)などの特殊元素を加える

焼入れ性向上 : W、Cr、Mo、V、Ni

切削性/耐摩耗性向上: Mo、W、V

靱性増加 : V、Mo

快削性向上 : S

焼き戻し軟化を向上

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鉄鋼中の元素の役割(2)各元素の役割:

【C】: 主役で、硬さ、強さを増加させる最も重要な元素。【Si】: 硬さ、強さを増す元素、Si1%に付き引張り強さ約98Mpa上昇する。【Mn】:焼入れ性をよくし、強じん性を与える働きをする。【P】: 有害な元素で、寒い時に鋼を脆くする性質がある。つまり、冷間脆性

を起こしやすく、偏析を生じやすい元素の1つ。【S】: Pと同様有害元素で、Pとは逆に赤めたときに脆くする性質がある。

これを熱間脆性と呼んでいる。【Cr】: 耐摩耗性、耐食性を増加させる元素。また、浸炭を促進し、

焼入れし易くする働きもある。【Mo】:焼入性をよくする最も優れた元素。高温における結晶粒の粗大化を防ぎ、

高温引張り強さも上昇させる。Cr、Mn、Wなどと一緒に添加されるさらに効果的である。

【Ni】: 低温における耐ショック性を増加させ、また、耐食性を向上させる。【V】: 結晶粒を細かくし強じん性を与え、さらに硬い炭化物を形成するため耐摩

耗性の向上にも役立つ。【W】: 高温における軟化抵抗が大きく、Vと同様硬い炭化物を形成する。

また、Moと同じ作用し、Mo1%とW2%が大体同じ効果がある。【Co】:鋼中に溶け込み熱に強い性質、つまり、赤熱軟化抵抗を増大させる元素【B】: 0.003%下の添加だけで良く焼きが入る性質を与える元素。【Ti】: 焼きを入りにくくする元素、ただし、ステンレス鋼に添加されると耐食性が

増加する。

以上の元素はフェライト中へ固溶するもの、また、炭化物を形成し有効に作用するものとがある。Ni、Co、B、Mo、Crはフェライト中に固溶して強じん性、耐熱性、焼入性、耐食性などの向上に付与し、Cr、Mo、V,Ti、Wなどは硬い炭化物を形成し耐摩耗性の向上に役立つ。

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鋼材 記号 C Mn Ni Cr Mo

機械構造用炭素鋼 S45C 0.45 0.60-0.90

マンガン鋼 SMn438 0.38 1.35-1.65

ニッケルクロム鋼 SNC631 0.31 0.35-0.65 2.50-3.00 0.60-1.00

ニッケルクロムモリブテン鋼

SNCM439 0.39 0.60-0.90 1.60-2.00 0.60-1.00 0.15-0.30

クロム鋼 Scr440 0.40 0.60-0.85 0.90-1.20

クロムモリブデン鋼 SCM435 0.35 0.60-0.85 0.90-1.20 0.15-0.30

ステンレス鋼 SUS420 0.26-0.40 1.0以下 12.0-14.0

高炭素クロム軸受鋼 SUJ2 0.95-1.10 0.5以下 1.30-1.60

炭素工具鋼 SK4 0.90-1.0 0.5以下

鍛鋼 SF45.50

鋳鋼 FC、FCD

ハダ焼鋼

9.機械部品の常用鋼材

SCM (S:Steel; C:Chromium; M:Molybdenum); SCr (S:Steel; C:Chromium);SNC (S:Steel; N:Nickel C:Chromium); SNCM (S:Steel; N:Nickel C:Chromium; M:Molybdenum)

FCD (F:Ferrum; C:Casting; D:Ductile)

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10.炭素鋼の炭素含有量と硬度、焼入れ硬度の関係

種類・記号

炭素含有量(C%)

焼入れ硬度(HRC)(水)

種類・記号

炭素含有量(C%)

焼入れ硬度(HRC)(水)

機械構造用炭素鋼鋼材

S10C 0.08~0.13 S35C 0.32~0.38 49-56

S12C 0.10~0.15 S38C 0.35~0.41 51-57

S15C 0.13~0.18 S40C 0.37~0.43 52-59

S17C 0.15~0.20 S43C 0.40~0.46 53-60

S20C 0.18~0.23 S45C 0.42~0.48 54-60

S22C 0.20~0.25 S48C 0.45~0.51 55-61

S25C 0.22~0.28 S50C 0.47~0.53 57-62

S28C 0.25~0.31 S53C 0.50~0.56 60-63

S30C 0.27~0.33 S55C 0.52~0.58 60-63

S33C 0.30~0.36 S58C 0.55~0.61 60-63

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11.はだ焼き入れとズブ焼き入れ

はだ焼き:

鋼材の表面だけを硬くする方法ははだ焼きと呼ばれる。

表面硬化のために設計されている鋼は、ハダ焼き鋼と呼ばれる。

ズブ焼き:

表面だけではなく、中心部に近い芯のほうにまで熱処理を行うことで鋼全体を硬くする方法はズブ焼きと呼ばれる。ズブ焼き鋼とは、芯部のほうまで熱処理を施した鋼、もしくは施すことを意味する。

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現場でよく使われている熱処理工法

1. 浸炭焼入れ

2. 浸炭窒化焼き入れ

3. 高周波焼入れ

4. 真空浸炭焼き入れ(無酸化焼入れ)

http://www.ht-solution.jp/solution/salt.html参考文献:

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熱処理のヒートパターン:

浸炭 拡散

(浸炭深さによって決める)温度A

冷却

C濃度 C濃度

C濃度

(材料のC量によって決める)温度B

浸炭深さ = 𝐾 𝑡 (𝐾 =定数; 𝑡 =時間)

均熱

𝑡1 𝑡2 𝑡3

1.浸炭焼入れ

http://www.daiichis.com/salt/process.html

温度C

焼き戻し

𝑡4

Cp1% Cp2%

Cp2%

参考資料:

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浸炭焼入れ後の組織比較:

マルテンサイト組織

焼入れ温度が適正であればこのような均一組織となり、64HRC程度以上

の硬さが得られる。マルテンサイトは細かく、針状で、かなり冷却が速くなければこのような均一の組織は得られない。

マルテンサイトと残留オーステナイト

通常の焼入れ温度よりかなり高い温度(1030℃)から水焼入れした組織で、組

織は粗く、未変態の残留オーステナイト(白い部分)が多く見られる。

倍率=約400 倍率=約400

0.8%Cの炭素工具鋼+水焼入れ[ナイタール(硝酸アルコール)で腐食]

1.1%Cの炭素工具鋼+水焼入れ[ナイタール(硝酸アルコール)で腐食]

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2.浸炭・窒化焼き入れ

浸炭 拡散

冷却Cp1%

C濃度 C濃度

温度B

温度C

焼き戻し

温度A

Cp2%

NH3

V1m3/h

均熱

熱処理のヒートパターン:

𝑡1 𝑡2 𝑡3 𝑡4

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3.高周波焼入れ 高周波焼入れ(Induction hardening)とは、金属に高周波の電磁波による電磁誘導を起こし、表面を加熱させて焼入れを行う熱処理の手法。

主に炭素量0.3%以上の鋼に適する方法である。

金属に銅線を巻きつけてコイル状にし、銅線に交流を流すと、コイル内部に電磁誘導による磁力が発生すると同時に、金属内に渦電流が発生する。 この渦電流は金属表面のみに集まるので(表皮効果)、金属表面を電流が流れていることになる。

電流が発生すると、焼入れする金属の持つ電気抵抗Rによりジュール熱が発生する

(誘導加熱)。水などをかけて冷却する。この高周波焼入れ・焼戻しする一連の作業を高周波焼入れ・焼戻し(Induction hardening and tempering)と、ひとくくりに言うこともある。

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利点:•調整が簡便

•焼入れ深さを決める際は、コイルに流す周波数を調整すればいい。交流の周波数を調整することは簡単なので、焼入れ深さの調整をしやすい。

•短時間で処理が出来る•材料をコイルに近付け交流電流を流すだけなので、短時間で処理することが可能である。

欠点:•大きな材料の焼入れ

•材料が大きくなればコイルも大型化するが、出力が小さな電源ではそれに見合う磁場を発生させられないため、高周波焼入れが困難である。高出力な電源があれば大きなコイルでも強力な磁界を発生させられるため、大型のものでも焼入れできるが、そのような電源は一般に高価である。

•複雑な形状の焼入れ•入り組んだものなど複雑な形状のものは内部の渦電流が一定にならないため、場所によって温度差が出る。そのため高周波焼入れは適さない。

適用部品:比較的小型な軸、歯車、平板などに広く使われている。大きな材料や複雑な形状のものに焼入れをする際は、主に火炎焼入れが使われる。

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4.真空浸炭焼き入れ

鋼を大気中で高温に加熱すると、酸化被膜が付着したり表面脱炭などの変質などが起る。

これらが発生すると、表面の硬さが充分に出なかったり、焼割れの原因になる。これを防ぐために、ソルトバス熱処理、窒素ガス雰囲気での加熱、大気を排気しながら光輝状態で品物を熱処理する真空熱処理などが行われる。

鋼の加熱中の酸化を防ぐ熱処理法を総称して「無酸化熱処理」と呼び、現状では工具鋼などの高級鋼における熱処理方法の主流となっている。

もっともポピュラーな真空熱処理の多くは、各種の真空ポンプを使って脱気しながら電熱で加熱昇温するが、宇宙のような高い真空度にすると高温になるほど鋼中から合金元素が抜ける現象が生じるために、「低真空(または中真空)」の脱気状態で加熱するか、加熱時の熱効率を高めるために、脱気しながら微量の窒素ガスを流して光輝状態を保つ方法が主流で、焼入れ冷却の際には大量の窒素ガスで冷却する装置を用いる場合が多く、高価な熱処理法である。

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機械装置の熱処理の必要性について

• 機械部品の表面(例えば、歯車などの歯面)を硬化させることにより、機械部品の表面接触強度を伸ばすことができる

• 薄肉構造部品(例えば、波動歯車装置のカップ状薄肉外歯車など)の表面を硬化させることにより、機械部品の引っ張り強度を伸ばすことができる

• 硬い機械素材を熱処理により、柔らかくして、加工しやすくなる

• 内部残留応力のある機械部品や素材を熱処理により、残留応力を除去し、残留ひずみを発生させないようにすることができる

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出典:http://www.daiichis.com/salt/process.html

「第一鋼業」社のソルトバス熱処理写真

①かごにセット ②予熱

③焼入れ温度に加熱 ④取り出し

⑤焼入れ ⑥引き続き焼き戻し

高温加熱用ソルトバス(中央)

中温ソルトバス1000℃までの焼入れ用加熱段階加熱(予熱)にも使用

参考資料: