上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)...3)trapp, b. d., wujek, j. r., criste,...

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*現所属:自然科学研究機構 生理学研究所 生体恒常機能発達機構研究部門 168. 免疫機能による神経回路修飾基盤とその破綻 和氣 弘明 Key words:ミクログリア,学習,スパイン * 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 光脳回路研究部門 緒 言 中枢神経系の免疫細胞であるミクログリアは 1920, 1930 年代に Pio del Rio-Hortega によって初めてグリオーマの患 者脳で形態の変化する細胞として描写された.形態が疾患において変化するという背景から,疾患におけるミクログリ アの形態変化,またその結果としての神経毒性・保護作用に着目して多くの研究が行われてきた.その中で神経変性疾 患において,α-synuclein, アミロイド β などの異常タンパク質の蓄積がミクログリアを活性化し,その結果サイト カイン放出などによって炎症を惹起することがわかっている. そのようなミクログリアは,アストロサイトやオリゴデンドロサイトなどの他のグリア細胞および神経細胞と由来が 異なり胎生期 7.5 日の卵黄嚢に由来することがわかっている 1) .また古典的に顔面神経を傷害したモデルにおいてミク ログリアが顔面神経核に集積することが知られていた.このミクログリアには軸索切断によって過興奮となった神経 細胞を保護する作用があることが知られている.すなわち神経細胞体に投射している神経前終末をはがす‘synapse stripping’という作用があることが提唱された 2,3) .シナプスをはがすことによって神経活動の入力を減少させ,過興 奮から保護するという考え方である.しかしながら実際にはシナプス前終末と細胞体の間に入ったミクログリアの突 起が観察されただけで直接シナプスに作用するかどうかは不明のままであった. 近年,光学技術の発達から,生きた動物の中枢神経系内の構造物が可視化できるようになった.そのような光学技術 を用いて,ミクログリアは生理的な動物の脳内で絶えずその突起を動かし続けていることがわかった 4) .この動きによ って筆者らはミクログリアがシナプスに直接接すること,その接触することによってシナプスの状態をモニターしてい ること,シナプス活動によって接触特性が変化することを示した 5) .動物に脳梗塞をおこすことによって生じるシナプ ス可塑性の高い領域において,ミクログリアがシナプスのターンオーバーに関与することを示した 5) .この研究の後に シナプスへのミクログリアの接触に個体の感覚入力依存性があること 6) ,さらには発達期においてミクログリアは活動 の弱いシナプスを貪食することによって,シナプス除去過程に関与することが明らかとなった 7) .またミクログリアの 貪食過程には古典的な補体カスケードである C1q, C3, C3R が関与することが明らかとなってきた 8) .このようにミク ログリアは,発達期・障害期においてシナプスの数を制御することによって神経回路の形成を促進することがわかった. 方法および結果 1.ミクログリアの接触と神経活動 そこで本研究では2光子顕微鏡とウィルスによる蛍光タンパク質導入法を組み合わせることでミクログリアの形態 と神経細胞の機能を可視化しその相互相関を覚醒下マウスで観察することによって覚醒下におけるミクログリアの役 割を示し,その生理的な機能を破綻させたときにどのような異常を生じるか,その可能性を検証した. ミクログリアに特異的に緑色蛍光タンパク質を発現するマウスの第一次運動野第5層の神経細胞に,アデノ随伴ウィ ルスを用いてカルシウム感受性緑色蛍光タンパク質および赤色タンパク質を発現させ,神経細胞のカルシウム上昇とミ クログリアの接触の相関を調べた.ミクログリア接触中のスパインの活動は接触していないときに比して増加するこ 1 上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

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Page 1: 上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)...3)Trapp, B. D., Wujek, J. R., Criste, G. A., Jalabi, W., Yin, X., Kidd, G. J., Stohlman, S. & Ransohoff, R. : Evidence

*現所属:自然科学研究機構 生理学研究所 生体恒常機能発達機構研究部門

168. 免疫機能による神経回路修飾基盤とその破綻

和氣 弘明

Key words:ミクログリア,学習,スパイン *自然科学研究機構 基礎生物学研究所光脳回路研究部門

緒 言

 中枢神経系の免疫細胞であるミクログリアは 1920, 1930 年代に Pio del Rio-Hortega によって初めてグリオーマの患者脳で形態の変化する細胞として描写された.形態が疾患において変化するという背景から,疾患におけるミクログリアの形態変化,またその結果としての神経毒性・保護作用に着目して多くの研究が行われてきた.その中で神経変性疾患において,α-synuclein, アミロイド β などの異常タンパク質の蓄積がミクログリアを活性化し,その結果サイトカイン放出などによって炎症を惹起することがわかっている. そのようなミクログリアは,アストロサイトやオリゴデンドロサイトなどの他のグリア細胞および神経細胞と由来が異なり胎生期 7.5 日の卵黄嚢に由来することがわかっている 1).また古典的に顔面神経を傷害したモデルにおいてミクログリアが顔面神経核に集積することが知られていた.このミクログリアには軸索切断によって過興奮となった神経細胞を保護する作用があることが知られている.すなわち神経細胞体に投射している神経前終末をはがす‘synapsestripping’という作用があることが提唱された 2,3).シナプスをはがすことによって神経活動の入力を減少させ,過興奮から保護するという考え方である.しかしながら実際にはシナプス前終末と細胞体の間に入ったミクログリアの突起が観察されただけで直接シナプスに作用するかどうかは不明のままであった. 近年,光学技術の発達から,生きた動物の中枢神経系内の構造物が可視化できるようになった.そのような光学技術を用いて,ミクログリアは生理的な動物の脳内で絶えずその突起を動かし続けていることがわかった 4).この動きによって筆者らはミクログリアがシナプスに直接接すること,その接触することによってシナプスの状態をモニターしていること,シナプス活動によって接触特性が変化することを示した 5).動物に脳梗塞をおこすことによって生じるシナプス可塑性の高い領域において,ミクログリアがシナプスのターンオーバーに関与することを示した 5).この研究の後にシナプスへのミクログリアの接触に個体の感覚入力依存性があること 6),さらには発達期においてミクログリアは活動の弱いシナプスを貪食することによって,シナプス除去過程に関与することが明らかとなった 7).またミクログリアの貪食過程には古典的な補体カスケードである C1q, C3, C3R が関与することが明らかとなってきた 8).このようにミクログリアは,発達期・障害期においてシナプスの数を制御することによって神経回路の形成を促進することがわかった.

方法および結果

1.ミクログリアの接触と神経活動 そこで本研究では2光子顕微鏡とウィルスによる蛍光タンパク質導入法を組み合わせることでミクログリアの形態と神経細胞の機能を可視化しその相互相関を覚醒下マウスで観察することによって覚醒下におけるミクログリアの役割を示し,その生理的な機能を破綻させたときにどのような異常を生じるか,その可能性を検証した. ミクログリアに特異的に緑色蛍光タンパク質を発現するマウスの第一次運動野第5層の神経細胞に,アデノ随伴ウィルスを用いてカルシウム感受性緑色蛍光タンパク質および赤色タンパク質を発現させ,神経細胞のカルシウム上昇とミクログリアの接触の相関を調べた.ミクログリア接触中のスパインの活動は接触していないときに比して増加するこ

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 上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

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とがわかった(図1).これよりミクログリア-シナプス間に神経回路の活動を調節するようなシグナルの存在が示唆された.

図 1. ミクログリア接触時のスパイン活動.A) ミクログリア接触時のスパイン活動.緑:ミクログリア,スパイン活動.赤:スパインの形態. Scale bar :2μm.B) ミクログリアの接触とスパイン活動の相関.ミクログリアの蛍光輝度が上昇している間(ミクログリアが接触している)ミクログリアと接触しているスパインの活動はしていない時(ミクログリアの蛍光輝度が低下している間)に比して活動が上昇している.ミクログリアと接触しない隣接しているスパインの活動は変化しない.

2.炎症による中枢神経系免疫機構の変化 ミクログリアの生理的な機能を損なわせるため Lipopolysaccaride(LPS)を投与し,それに伴う中枢神経系内の免疫システムの変化を観察した.免疫染色法によってミクログリアのマーカーである Iba-1 で染色するとミクログリアが LPS の投与に伴って活性化していることが明らかとなった (図2).さらに体循環系の免疫細胞である CD3+細胞も認めるようになった(図2).そこで LPS の投与にともない,中枢神経系の血管の透過性が増し,体循環系の免疫細胞が侵入し,ミクログリアと相互作用しミクログリアを活性化させることが考えられた.

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図 2. LPS 投与後のミクログリアと免疫細胞.A) LPS 投与後ミクログリアの活性化と体循環系免疫細胞の中枢神経内への侵入を認めた.Scale bars : A 上段20μm, 下段 200μm.B) Scale bars : 500μm, 高倍率 20μm.

3.炎症による学習への影響 そこでミクログリアの生理的な機能が個体の学習機能にどのような影響を及ぼすかを検証するため,全身性に LPSを投与しミクログリアを活性化させることによって生理的な機能を消失させ,運動学習行動を行わせた.運動学習としてはレバー引きによる水報酬課題を行わせた.LPS 投与群では正常群に比してレバー引きの総回数は変化しないものの,学習効率が低下することがわかった(図3).

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図 3. LPS 投与後の学習効率.LPS 投与後のレバー引きの総回数は変化しないが,学習効率は低下する.

考 察

 近年,中枢神経系の免疫細胞であるミクログリアのシナプス制御機構に注目が集まっている.これまで2光子顕微鏡を用いてミクログリアが生理的な条件下でも絶えずその突起を伸張・退縮させていることがわかり,さらに神経活動依存的にシナプスに接触し,発達期・障害期においてはシナプスを貪食することによってシナプス数を制御することが知られている.本課題では覚醒マウスのシナプスとミクログリアの相関を検証し,ミクログリアを活性化させることによって生理的な機能を破綻させ,その結果学習障害を引き起こすことを示した.今後より詳細なメカニズムの検証が必要である.

共同研究者

本研究の共同研究者は自然科学研究機構基礎生物学研究所の松崎政紀教授,加藤大輔研究員である.最後に本研究のご支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝いたします.

文 献

1) Ginhoux, F., Greter, M., Leboeuf, M., Nandi, S., See, P., Gokhan, S., Mehler, M. F., Conway, S. J., Ng, L. G.,Stanley, E. R., Samokhvalov, I. M. & Merad, M. : Fate mapping analysis reveals that adult microglia derivefrom primitive macrophages. Science, 330 : 841-845, 2010.

2) Blinzinger, K. & Kreutzberg, G. : Displacement of synaptic terminals from regenerating motoneurons bymicroglial cells. Z. Zellforsch. Mikrosk. Anat., 85 : 145-157, 1968.

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3) Trapp, B. D., Wujek, J. R., Criste, G. A., Jalabi, W., Yin, X., Kidd, G. J., Stohlman, S. & Ransohoff, R. :Evidence for synaptic stripping by cortical microglia. Glia, 55 : 360-368, 2007.

4) Nimmerjahn, A., Kirchhoff, F. & Helmchen, F. : Resting microglial cells are highly dynamic surveillants ofbrain parenchyma in vivo. Science, 308 : 1314-1318, 2005.

5) Wake, H., Moorhouse, A. J., Jinno, S., Kohsaka, S. & Nabekura, J. : Resting microglia directly monitor thefunctional state of synapses in vivo and determine the fate of ischemic terminals. J. Neurosci., 29 :3974-3980, 2009.

6) Tremblay, M. E., Lowery, R. L. & Majewska, A. K. : Microglial interactions with synapses are modulatedby visual experience. PLoS biology, 8 : e1000527, 2010.

7) Paolicelli, R. C., Bolasco, G., Pagani, F., Maggi, L., Scianni, M., Panzanelli, P., Giustetto, M., Ferreira, T. A.,Guiducci, E., Dumas, L., Ragozzino, D. & Gross, C. T. : Synaptic pruning by microglia is necessary fornormal brain development. Science, 333 : 1456-1458, 2011.

8) Schafer, D. P., Lehrman, E. K., Kautzman, A. G., Koyama, R., Mardinly, A. R., Yamasaki, R., Ransohoff, R. M.,Greenberg, M. E., Barres, B. A. & Stevens, B. : Microglia sculpt postnatal neural circuits in an activity andcomplement-dependent manner. Neuron, 74 : 691-705, 2012.

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