音程と音律の数学 (作成途中版, 12/11/24 小島...

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音程と音律の数学        (作成途中版, 12/11/24 小島 順) 音高(tone, pitch) tone は 音程(interval)との対比で一つの音を意識するときの用語,tone は音についての音質を も含む広い意味を含む。pitch は音の高い低いに限定した意味をもつ。音高は二つの捉え方があ る。一つは物理的な振動数として,二つ目は心理的,脳神経科学的な(あるいは音楽として の)”音” としての捉え方である。 振動数としての音高 ピアノの”中央の” A は 440 Hz のように,一定のピッチが定められる。この「一定のピッチ」は 様々であり,演奏会では 442 Hz などのより高いピッチが普通であるし,バロック音楽において はチェンバロを 415 Hz あたりに定めることが多い。古典派音楽の(同時代楽器での)演奏では 430 Hz 前後が使われることが多い。A = 440 Hz と定めたときは中央の C(ド)は平均律の場合 C = 2 9 12 440 Hz = 261.63Hz となる。 任意の音高 X に対して 振動数(ピッチ)の倍率 x が定まり X = x C となる。この x は C を基準 として X を表現する数値であり,言わば X の ”座標”である。 例えば平均律での G については G = 2 7 12 C = 1.4983C = 2 2 12 A = 0.89090 × 440 Hz = 392.00 Hz のようである。C に関する G の(乗法的,あるいは物理的)座標が 2 7 12 = 1.4983 である。絶対 的音高ではなくて C に関する座標,すなわち相対的音高がここでは本質的である。 振動数の比 G C = 2 7/12 C C = 2 7 12 = 1.4983 が分母の C を分子の G に運ぶ。音高 C は ( 乗法的に)1.4983 だけ上昇して音高 G に達する。これが C から G への乗法的(物理的)音程 である(完全5度 just fifth の近似)。 二つの音高,例えばここでは G と C 1 = 2C に対して G から 2C への(乗法的)音程は C 1 G = 2C 2 7/12 C = 2 2 7/12 = 2 5 12 = 1.3348 である(完全4度 just fourth の近似)。G を C 1 にうつす倍率の 2 5 12 = 1.3348 が G から C 1 への 音程(乗法的音程)である。 対数による加法的音程への移行 振動数の倍率 2 は音程として音楽で特別の位置をしめる。これはオクターブと呼ばれている。心 理的に(加法的に)捉えたオクターブを P8と書く(完全8度,just eighth, perfect eighth)。 乗法的音程(倍率) x に対する “2を底とする対数” log 2 x を使う。log 2 2 = 1 であり,写像 int : x ! (log 2 x )P8 で,乗法的音程が加法的(心理的,音楽的)音程に移行する。この写像 int に 1

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音程と音律の数学        (作成途中版, 12/11/24 小島 順)

音高(tone, pitch)tone は 音程(interval)との対比で一つの音を意識するときの用語,tone は音についての音質をも含む広い意味を含む。pitch は音の高い低いに限定した意味をもつ。音高は二つの捉え方がある。一つは物理的な振動数として,二つ目は心理的,脳神経科学的な(あるいは音楽としての)”音” としての捉え方である。

振動数としての音高ピアノの”中央の” A は 440 Hz のように,一定のピッチが定められる。この「一定のピッチ」は様々であり,演奏会では 442 Hz などのより高いピッチが普通であるし,バロック音楽においてはチェンバロを 415 Hz あたりに定めることが多い。古典派音楽の(同時代楽器での)演奏では 430 Hz 前後が使われることが多い。A = 440 Hz と定めたときは中央の C(ド)は平均律の場合

C = 2− 912 440Hz = 261.63Hz

となる。任意の音高 X に対して 振動数(ピッチ)の倍率 x が定まり X = xCとなる。この x は C を基準

として X を表現する数値であり,言わば X の ”座標”である。 例えば平均律での G については

G = 2

712 C = 1.4983C

= 2−212 A = 0.89090 × 440Hz = 392.00Hz

のようである。C に関する G の(乗法的,あるいは物理的)座標が 2712 = 1.4983である。絶対

的音高ではなくて C に関する座標,すなわち相対的音高がここでは本質的である。

振動数の比 GC

= 27/12 CC

= 2712 = 1.4983 が分母の C を分子の G に運ぶ。音高 C は (

乗法的に)1.4983 だけ上昇して音高 G に達する。これが C から G への乗法的(物理的)音程である(完全5度 just fifth の近似)。二つの音高,例えばここでは G と C1 = 2Cに対して G から 2C への(乗法的)音程は

C1G

= 2C27/12 C

= 227/12

= 2512 = 1.3348

である(完全4度 just fourth の近似)。G を C1にうつす倍率の 2512 = 1.3348 が G から C1 への

音程(乗法的音程)である。対数による加法的音程への移行振動数の倍率 2 は音程として音楽で特別の位置をしめる。これはオクターブと呼ばれている。心理的に(加法的に)捉えたオクターブを P8と書く(完全8度,just eighth, perfect eighth)。乗法的音程(倍率) x に対する “2を底とする対数” log2 x を使う。log2 2 = 1 であり,写像

int : x! (log2 x)P8で,乗法的音程が加法的(心理的,音楽的)音程に移行する。この写像 int に

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より,振動数倍率(乗法的,物理的音程)2112 は int(2

112 ) = 1

12⋅P8 = m2 のように,オクター

ブを 12 等分した半音 m2 に写される(移される)。m2 は短3度(minor second)の記号で,これはオクターブを12等分した半音のことである。さらに半音を100等分した一つが セント(Cent)である: P2 = 100 Cent 。一般に,倍率 x に対応する加法的音程は int(x) = (log2 x)P8 = (12 log2 x)P2 = (1200 log2 x) Cent

である。例えば

int(2712 ) = 7

12⋅P8 = 7 ⋅m2 = 700Cent = P5

である(記号の説明は以下に)。

平均律の音程はオクターブ P8 を12等分した半音 m2 で生成される。音程の全体は

m2 ⋅! = {n ⋅m2 | n∈!} の形の自由アーベル群である。それに属する(オクターブ以内の)音程

の表は,「音律について(修正版)」の3ページ図4である。である。

m2 ⋅!の演算(加法)は(その定義により)可換乗法群 (21/12 )! = { 2

n12 | n∈! }の乗法 を写像

int によって移植したものである。例えば,

M3+ m3 = int(2412 ) + int(2

312 ) = int(2

412 ⋅2

312 ) = int(2

712 ) = 7m2 = P5

上記の図4では 1度 = ユニゾン = P1 = 0 Cent短2度 = 半音 = m2 = 100 Cent長2度 = 全音 = M2 (Major Second) = 200 Cent短3度 = m3 ( minor third) = 300 Cent長3度 = M3 = 400 Cent完全4度 = P4 = 500 Cent増4度 = A4(Augmented fourth)= 600 Cent= 減5度 = d5 (diminished fifth)= 600 Cent完全5度 = P5 = 700 Cent短6度 = m6 = 800 Cent長6度 = M6 = 900 Cent短7度 = m7 = 1000 Cent長7度 = M7 = 1100 Centオクターブ = P8 = 1200 Centとなっている。これらは(オクターブとユニゾンを除き)純正律における音程を近似する対応物である。

音程の自由群の音高への作用

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対数で加法化された音程は音高に作用する。例を挙げると              C + M3 = E, E + m3 = G

のようである。これは振動数についての 2412 ⋅C = E, 2

312 ⋅E = G の翻訳である。(ここでは音

高については対数を使う置き換えを行っていない。音程についてだけ置き換えを行っている。)

2412 ⋅C = D,2^\frac{3}{12} ⋅音程の和の,音高への作用についての基本的な”結合律”を確認する。

例として C+ P5 = C + (M3+m3) = (C +M3) + m3 = E + m3 = G

のような。

純正律についてピタゴラスの長3度 M3 := 2P5 - P8 に対して,純正律の長3度 は振動数 5/4 に対応している。ピタゴラス音律は振動数比 として 2と 3 だけを使うが純正律では 2, 3 と合わせて(次の素数) 5 を使う。「音律について(修正版)」の6ページで述べたように,純正率の長3度はピタゴラス音律の長3度よりはシントニック・コンマ 81/80, すなわち,21.5 セントだけ低い。これを コンマの記号をつかって ,M3 と書き,M3 と区別することにする。

純正律での音程の全体は P8 ⋅! + P5 ⋅! + ,M3⋅! = {n ⋅P8 + m ⋅P5 + l⋅,M3 | n, m, l ∈! }

のように,P8(オクターブ),P5(完全5度),,M3(長3度)という3個の生成元をもつ自由アーベル群である。これに属する音程は上記の生成元に関する成分が定まり,この成分で決定される。以下の表では (1,0,0) のような表現を受け付けないので,仕方なしに [1,0,0] のように書いている。

音程名 音程(乗法的) 音程(加法的)単位はセント

成分表示 構成 具体化の例

ユニゾン P1 1 0 [0,0,0] cc

オクターブ P8 2 1200 [1,0,0] cc1

完全5度 P5 /8 702.0 [0,1,0] cg

長3度 ,M3 2−15 = 5 / 4 386.3 [0,0,1] c ,e

完全4度 P4 22 ⋅3−1 = 4 / 3 498.0 [1,-1,0] P8 - P5 gc1

短3度 ‘m3 2 ⋅3⋅5−1 = 6 / 5 315.6 [0,1,-1] P5 - ,M3 ,eg

短6度 ‘m6 235−1 = 8 / 5 813.7 [1,0,-1] P8 - ,M3 ,ec1

長6度 ,M6 3−1 ⋅5 = 5 / 3 884.4 [1,-1,1] P8 - ‘m3 = P8 - P5 + ,M3

g,e1

全音 M2 23 ⋅32 = 9 / 8 203.9 [-1,2,0] 2P5 - P8 c ,e

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音程名 音程(乗法的) 音程(加法的)単位はセント

成分表示 構成 具体化の例

半音 ‘m2 24 ⋅3−1 ⋅5−1 = 16 /15 111.7 [1,-1,-1] P4 - M3 = P8 - P5 - M3

,hc1

短7度

長7度

小全音 ,M2 2 ⋅3−2 ⋅5 = 10 / 9 [1,-2,1] M3 - M2 d ,e

大短7度 ‘m7 P8 - ,M2 ,ed1

増4度 A4 f ,h

減5度 d5 ,h-1 f

半音階的半音 f ,fis

音高は点,音程はベクトル(矢線)である。音高は基点 C に関する位置ベクトルによって座標を与えることができる。「音律について(修正版)」の7ページ 図1はそのような,音程の座標の表であった。今回新しい表 (図21)を用意した。”(1,0,0)などと書いたのは (1,0,0) という記入ができないための方策。上の {1,0,0]と同じもの。

純正律の作り方を C-Dur からの出発として説明する。まず f, c, g , d を5度間隔で(純正に,この場合はピタゴラス的に)とる。次に f, c, g の上に純正の長3度で,それぞれ ,a と ,e と ,h をとる。ピタゴラスの e = 81/64 に対して 純正の ,e = 5/4 は シントニック・コンマだけ低い(乗法的には 81/80 だけ,加法的に 21.51 Gent だけ)。” コンマ” の記号でそれを示そうとしている。しかし,これは ,a, ,e, ,h のように並列すると訳が分からなくなる,という欠点がある。

つぎの図(図20)ははじめから9個の音階を一緒に描いていて,分かりにくい面があるが,その中央に C-Dur がある。縦の破線は平均律の半音 H の線である(100セントの刻み)。c, g, d, f の範囲では 平均律との差は目立たない(とは言え,f は破線の少し下に,d は破線の少し上に位置することは分かる)。しかし ,e ,h ,a については図からも大きなずれがはっきり読み取れる。

C-Dur, ,a-moll, F-Dur, ,d-moll, B-Dur という移行で,一つづつ音高が変わる。d から ,d へ,つぎに ,h から b へ,g から ,g へ,,e から es へ,というように(図20 は a-moll, d-moll と書いていて不正確)。反対方向に C-Dur, ,e-moll, G-Dur, ,h-moll, D-Dur という移行がある。ここでも f から ,fis へ,,a から a へ,c から ,cis へ,,e から e へ,という一つの音高づつの変更がある。それはシントニック.コンマ(81/80, 21.5 セント)と半音階的半音 (135/128, 92.2 セント) だけの変化である。

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C-dur の中でも d-moll の要素は必要で,純正の短3和音 を作るためには d-f-a でなくて,,d-f-a を使うことになる。

図 20

音名 座標 振動数比(分数)

振動数比(実数)

セント 備考

c “(0,0,0) 1 1 0 ユニゾン

d “(-1,2,0) 2−332 = 9 / 8 1.125 203.9 大全音

,e “(0,0,1) 2−25 = 5 / 4 1.25 386.3 長3度

f “(1,-1,0) 223−1 = 4 / 3 1.3333 498.0 完全4度

g “(0,1,0) 3⋅2−1 = 3 / 2 1.5 702.0 完全5度

,a “(1,-1,1) 3−15 = 5 / 3 1.6667 884.4 長6度

,h “(0,1,1) 2−33⋅5=15/8 1.8750 1088.3 長7度

c1 “(1,0,0) 2 2 1200 オクターブ

,d “(1,-2,1) 2 ⋅3−25 = 10 / 9 1.1111 182.4 小全音,,d-f-,a は短3和音

b “(2.-2,0) 2432 = 16 / 9 1.7778 996.1 小短7度, b-,d-f は長3和音

,g “(2,-3,1) 233−3 ⋅5 = 40 / 27 1.4815 680.4 ,g-b-,d は短3和音

es “(2,-3,0) 253−3 = 32 / 27 1.1851 294.1 ピタゴラスの短3度, es-,g-b は長3和音

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音名 座標 振動数比(分数)

振動数比(実数)

セント 備考

,fis “(-1,2,1) 2−5325 = 45 / 32 1.4203 590.2 増4度,,h-d-,fis は短3和音

a “(-1,3,0) 2−433 = 27 /16 1.6875 905.9 ピタゴラスの長6度, d-,fis-a は長3和音

,cis “(-2,3,1) 2−7335 = 135 /128 1.0547 92.18 半音階的半音,,fis-a-,cis は短3和音

e “(-2,4,0) 2−634 = 81/ 64 1.2656 407.8 ピタゴラス長3度, a-,cis-e は長3和音

‘b “(0,2,-1) 325−1 = 9 / 5 1.8 101.8 大短7度,g-’b-d は短3和音

‘es “(0,1,-1) 2 ⋅3⋅5−1 = 6 / 5 1.2 315.6 短3度,c-’es-f は短3和音

‘as “(1,0,-1) 235−1 = 8 / 5 1.6 813.7 短6度, f-’as-c は短3和音

‘des “(1,-1,-1) 243−15−1 = 16 /15 1.0667 111.7 半音, b-‘des-f は短3和音

‘f “(-1,3,-1) 2−2335−1  = 27 / 20 1.35 519.6 d-’f-a は短3和音

図21

短調の音階 例えば,,g-moll のトニックは ,g-b-,d ということになるが,そうでなくて g-moll でg-’b-dを使うほうが自然な状況が多いだろう。図22の緑色の音高がこれらを示している。

図22

Euler(オイラー)の Tonnets (音高のネットワーク)図23はオイラーのTonnets(tone-network)と呼ばれる図式である。三つの生成元のうち,P5と ,M3 が生成する2次元の部分を取り出したものである。このネットワークの中の移動(左右へ

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の移動など)で,調性の間を歩くことができる。,M3 の軸を斜めにしたのは,その横成分を音程変化として P5 と統一的に扱えるようにしたのである。

図23

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