通常学級における軽度発達障がい児支援と ユニバー …145...
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帝京科学大学教職指導研究 Vol.1 No.1
Ⅰ.はじめに 2001 年1月に文部科学省調査研究協力者会議が「21 世紀の特殊教育の在り方について~一人一人のニーズに応じた特別支援の在り方について~」という最終報告書をまとめた.ここから従来の特殊教育から新たな特別支援教育への転換が始まった.とりわけ画期的であったのは,知的には遅れがないのに深刻な学習や学校生活上の適応困難を抱えている子どもたち,すなわち,学習障がい(LD),注意欠陥多動性障がい
(ADHD),高機能自閉症などを抱える子どもたちが通常学級に在籍しており,通常学級の中で特別な支援を必要とする子どもたちであることが明記されたことである. 2002 年に文科省は「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」を実施した.その結果,学習面か行動面で著しい困難を示す児童生徒が 6.3%いることが把握された.2003 年4月の「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」によって,上記3つの障がいは正式に公教育における障がい児教育の対象になった.
本稿では,学習障がい(LD),注意欠陥多動性障がい(ADHD),高機能自閉症などの障がいを「軽度発達障がい」と呼ぶ(小貫 ,2006,p64).軽度発達障がいのある子どもたちが通常学級に在籍する場合,当然のことながら,彼らが生活しやすい環境や理解しやすい授業展開が求められる.軽度発達障がいのある子どもたちも一緒に学んでいるということを前提にして,通常学級のどの児童生徒も学びやすい教室にしていこうという試みが「ユニバーサルデザイン」という考え方のもとに取り組まれ始めている. 本稿では,ユニバーサルデザイン教育について概説し,軽度発達障がいのある子どもたちのかかわり方を見直し,彼らの在籍する通常学級での具体的実践を紹介し,ユニバーサルデザイン教育の有効性と課題について概観する.
Ⅱ.ユニバーサルデザイン教育について 本稿では,ユニバーサルデザイン教育を次のように定義する.この定義は,以下に概観する川俣(2014),長江と細渕(2005),阿部(2014a)に依拠した .
要約:ユニバーサルデザイン教育とは,視覚や触覚に訴える教室環境が準備され,児童同士の関係が支持的で間違いが許容される学級風土のなか,全ての児童が学びに参加できる,多様な学び方への柔軟な対応や必要な学習活動に十分に取り組める授業デザインをめざす教育である.学習障がい(LD),注意欠陥多動性障がい(ADHD),高機能自閉症などのある児童,すなわち軽度発達障がい児のかかわり方を,ユニバーサルデザイン教育の試みから見直し,具体的実践と課題について概観した.ユニバーサルな授業をデザインする際には,学級がどのような軽度発達障がい児やどのような傾向の学習困難感を抱える児童たちで構成されているのかを考慮して「わかる授業」を用意することが求められる.軽度発達障がいのある児童が最も敏感に反応する温かな人間関係と安定した学級風土をつくることが,ユニバーサルデザイン教育の土台づくりである.今後の課題は,従来の通常学級の論理と特別支援教育サイドからの発想とがより統合されていくような支援プランの追求や,いわゆる健常児にも軽度発達障がい児にも共通して見られる各教科の学習困難感に焦点を当てた,ユニバーサルデザイン教育の発想を生かした授業計画や授業方法の実践研究の積み重ねが求められる.
通常学級における軽度発達障がい児支援とユニバーサルデザイン教育の試み
Support for Children with Mild Developmental Disorders in Regular Classand Experiment on Universal Design in Education
大須賀隆子(帝京科学大学)Takako OSUGA(Teikyo University of Science)
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大須賀 隆子
ユニバーサルデザイン教育とは,視覚や触覚に訴える環境設定が準備され,児童同士の関係が支持的で間違いが許容される学級風土のなか,全ての児童が学びに参加できる,多様な学び方への柔軟な対応や必要な学習活動に十分に取り組める授業デザインをめざす教育である. そもそもユニバーサルデザインとは,アメ リ カ の 建 築 家 ロ ナ ル ド・ メ イ ス(Ronald Mace,1985)が中心になって試みている,年齢や性別,身体的な特徴に左右されないで誰もが使えるものにしようとする環境のデザインである.バリアフリーが,老人,妊婦,障がい者などの特定のハンディキャップをもった人々への特別な対応をさしているのに対して,ユニバーサルデザインは特定のハンディキャップの有無にかかわらず全ての人々に利用可能な環境を目指している(川俣,2014,p.10).ロナルド・メイスによるユニバーサルデザインの7原則は以下の通りである.
1 誰でも公平に利用できること2 使う上で自由度が高いこと3 使い方が簡単ですぐわかること4 必要な情報がすぐに理解できること5 うっかりミスや危険につながらないこと6 無理な姿勢をとることなく,楽に使用でき
ること7 アクセスしやすいスペースと大きさを確保
すること
福祉施設の建築を手がけてきた坂本(2012,p.8)は,バリアフリーとユニバーサルデザインは中核となる理念が重なり,デザイン領域的にも重なるところも少なくないが,住宅デザインの世界ではバリアフリーデザインからユニバーサルデザインへと変化してきていると述べている. 建築界の変化の流れは,特別支援教育の変化と重なるものがあると川俣(2014,pp.10-11)は言う.2007 年に学校教育法の中に特別支援教育が位置づけられた当初は,支援ニーズのある子どものアセスメントに基づき支援計画を立て実施するという,バリアフリーのスタイルでスタートした.しかし,特別支援教育の実施が進むにつれて,児童生徒には様々なニーズがあり,教育的な「バリア」が明らかになるたびに対応していく方式では学級の授業計画が立てにくいという問題が起こってきた.そうした経緯のなかで教育のユニバーサルデザインという試みが始まったと川俣(2014,pp.10-11)は述べている.
長江と細渕(2005)はユニバーサルデザイン教育の7原則を次のように提示している.
1 全ての児童が学びに参加できる授業2 多様な学び方に対し柔軟に対応できる授業3 視覚や触覚に訴える教材・教具や環境設定
が準備されている授業4 欲しい情報がわかりやすく提供される授業5 間違いや失敗が許容され,試行錯誤をしな
がら学べる授業6 現実的に発揮することが可能な力で達成感
が得られる授業7 必要な学習活動に十分に取り組める課題設
定がなされている授業
建築家ロナルド・メイスによるユニバーサルデザインの7原則では「エラー」を少なくすることが重要な原則として掲げられているが,長江・細渕のユニバーサルデザイン教育の7原則は「間違いや失敗が許容され,試行錯誤をしながら学べる授業」を掲げている. 「授業のユニバーサルデザイン研究会湘南支部」顧問の阿部(2014a,pp.9-10 )は,ユニバーサルデザインの発想は「使う人の側に立ってデザインする」ことであり,これを教育にあてはめるならば,「学ぶ側に立った」発想をするのが教育におけるユニバーサルデザインであると述べている.阿部は,これまでの「特別でない特別支援教育」を目指して現場の教師と共に支援のデザインを考えていく取り組みのなかで,学習につまずきのある児童を支える教育とは「より多くの子どもたちが『ぼくにもできた,わたしにもわかった』と実感し,ワクワクしながら楽しく学べるような教育の場」であると考えるようになった.そこで,阿部(2014a,pp.9-10 )は「教育におけるユニバーサルデザインとは,
“『より多く』の子どもたちにとって,わかりやすく,学びやすく配慮された教育のデザイン”である」と定義している. 阿部の考えるユニバーサルデザイン教育は,図1に示すように3つの柱から成っている. 1 つ目の柱である「授業のユニバーサルデザイン化」の特徴を阿部は5つ挙げている.・視覚化を工夫し、子どもを「ひきつける」授業・子どもと学びを「むすびつける」「つなげる」授業・焦点化し「方向づける」授業・理解を「そろえる」授業・「わかった」「できた」と実感させる授業
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図1 ユニバーサルデザイン教育の3つの柱(阿部利彦作成 ,2014a,p.11)
ユニバーサルデザイン化された授業では,教師は目の前の子どもの反応を見ながら,理解度に合わせた声掛けや教え方を心掛け,場合によっては授業内容までも変えていくという「学ぶ側に立った授業」を展開することを旨とする.全ての子どもが「わかる・できる」授業を目指すが,当然、個別の対応や配慮をしなくてはならない場合もある.阿部(2014a,pp.12-13)は,授業のユニバーサル化とは、基礎的環境整備(教育の土台作り)であり,その上で細やかな配慮を行っていく取り組みであると述べている. 2つ目の柱である「教室環境のユニバーサルデザイン化」のポイントを阿部(2014a,p.14)は3つ挙げている.・ルールのある空間で,皆が快適に生活するための環境を作る・暗黙のルールなど,目に見えないものを見えるようにする(視覚化)・子どもの「いいところ」が発揮されやすい環境をつくる 阿部(2014a,pp.13-14)は,かつて就労支援に携わっていた際に,自閉症スペクトラム傾向のある人が暗黙のルールを働きながら自然に身につけることがいかに困難であるかを実感した体験から,教室環境のさまざまなルールを,掲示物などで示す,つまり視覚化することによって特定の子どもだけでなく周りの子どもたちも快適に過ごせるようになると指摘している.そうやって教室の暗黙のルールが「見える化」されることによって,子どもたちは安心して自己発揮ができると阿部は述べている. 3つ目の柱である「人的環境のユニバーサルデザイン化」は,学級の子どもたちがソーシャ
ルスキルを身につけることによって子ども同士の関係を改善して,誰かの間違いを冷やかしたり失敗を笑ったりという雰囲気をなくし,誰もが「わからない」ことを正直に言える学級を目指している.阿部は,そのためのソーシャルスキルトレーニングとして「あいさつに関するスキル」「自己認知スキル」「相互理解やセルフコントロールのための気持ち認知スキル」などを挙げている(2014a,pp.14-16). Ⅲ.軽度発達障がいについて一般的定義 軽度発達障がいのある児童の支援のためのユニバーサルデザイン教育を概観するにあたって,一般的定義と状態像についてふれておきたい.1.学習障がい (learning disabilities:LD) わが国の LD の定義は,アメリカ合衆国連邦法や全米学習障害合同委員会の定義を参考にして,1999(平成 11)年に次のようになされた(文部科学省,2004).
学習障害とは,基本的には全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な障害を指すものである.学習障害は,その原因として,中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが,その視覚障害,聴覚障害,知的障害,情緒障害などの障害や,環境的な要因が直接の原因となるものではない.
この定義のポイントは,(1)知的発達に遅れがない,(2)特定の学習能力に著しい不適応状態が見られる,(3)中枢神経系の機能障害が推定される,の三点である. 小貫(小貫 ,2006,p65)は,LD と判断された子どもたちの学習の困難の実際例のうち代表的な例を表1のように挙げている.
表1 軽度発達障害児における学習面・社会性に関する不適応状態の実際例(小貫悟作成 ,2006,p65)<学習面>読み文字の弁別ができない / 極端なたどり読み /行飛ばし・2 回読み / 語尾の変化(例「する」→「します」)/ 意味理解ができない書き左右反転の文字(鏡映文字)/ 文章中の文字
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イプに分類されている.学校生活において多動性 - 衝動性優勢型の児童は早期から気づかれることが多いが,不注意優勢型の児童の場合は症状が目立たないために気づかれにくい(鳥居,2007,p.132).3.高機能自閉症 (high functioning autism) 自閉症障害は,DSM- Ⅳ -TR(2004)の診断基準によると,次の三つの特異的障害(1)固執性(こだわり),(2)対人関係,(3)言語的コミュニケーション,がある場合に該当する.アスペルガー障害は,(1)(2)のみをもつ場合に該当する.高機能自閉症は,自閉症障害とアスペルガー障害のうち知的水準の高さが確認された場合に教育分野では高機能自閉症と捉えることが一般的になっている(小貫,2006,p.67). Ⅳ.軽度発達障がい児童の個別的かかわり方の見直しとユニバーサルデザイン授業における留意点 阿部 (2014 a,pp.16-38) は,ユニバーサルデザイン教育を実践するなかで,軽度発達障がいのある児童のかかわり方を見直すことを提案している.1.学習障がい (LD) 児童のかかわり方 LD 児のかかわり方の見直しについては,横浜市教育委員会特別支援教育課指導主事を務めた佐々木(2007,pp.121-127)に拠る. 「読字障がい」のある児童は,文字がだぶって見えたり,反転して見えたりするなど視覚的認知の問題を抱えているため,読むことに絶えず困難感がつきまとう.支援の仕方としては,読みやすいように指を添えたり,1行だけが見えるような枠を作って教科書の上に重ね,枠の中を読むようにする.また,字は読めるが,内容が把握できない場合は,順序よく絵や図が描いてある本を基に理解を促す.「算数障がい」のある児童は,数の概念,合成・分解などを繰り返し練習しても定着しにくい.支援としては,棒,積木,チップなどを使って5,10 の数の合成分解を学習する.九九の苦手な個所を図式化し,意味を理解し習熟を促す.計算が苦手な場合は,マスのあるノートを利用することにより計算の桁ズレを防ぐ.計算練習の際には計算機で答えを確認する習慣をつける. 佐々木は(2007),それぞれの児童の困難さに合わせた支援方法を工夫する必要はあるが,「苦手な部分を繰り返し取り組ませるより,むしろ得意なところを使って理解を進めていくことが
抜け / 視写ができない / 聴写ができない / 作文内容がまとまらない計算数字の大小がわからない / 位取りの概念が理解できない / やさしい加減算でも指を使わないとできない / 繰り上がり・繰り下がりの理解できなさ・運用の困難 / 筆算における頻繁な桁ずれ / 少数・分数概念の理解できなさ<社会性>学校場面で指示どおり動けない / 集団遊びについていけない・ルール理解の困難 / 勝ち負けを理解することができない / 言葉でのコミュニケーションが苦手 / 自分の気持ちを伝えられない / 相手の立場に立つことができない・理解できない / 状況理解・判断ができない
ここに挙げられている学習面や社会性の不適応状態は,どのような子どもたちにも学習や小学校入学後の初期段階には見られる事態である.しかし,LD の子どもたちは,こうした不適応による困難感を長期にわたって,あるいは一生涯もち続けるのである.2.注意欠陥多動性障がい (attention deficit/hyperactivity disorder:ADHD) ADHD は,DSM(アメリカ精神医学会による精神疾患の診断マニュアル)に基づく医学的診断名である.文部科学省(2003)による定義は次のようになっている.
ADHD とは,年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力,及び / 又は衝動性,多動性を特徴とする行動の障害で,社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものである.また,7歳以前に現れ,その状態が継続し,中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される.
この定義のポイントは,(1)年齢に不釣り合いな不注意,及び / 又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害,(2)7歳以前に現れる,
(3)中枢神経系の機能障害が推定される,の三点である.活動的な幼児はしばしば見られるので,その診断は小学校年齢になってからなされる.出現頻度はおよそ3~5%であり,男女比は3~4:1で男児に多く出現する. DSM- Ⅳ -TR(2004)によると, ADHD の主症状は不注意,衝動性,多動性の三つであるが,その現れ方によって(1)混合型,(2)不注意優勢型,(3)多動性 - 衝動性優勢型の三つのタ
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り組み,いったん頼まれた仕事も丁寧にやり遂げる律義さがある.教室において高機能自閉症児が上手く適応するために,他者とのかかわり方を具体的に教えることが必要である.いくつかの場面を図解して,状況に応じたふるまい方や話し方を具体的に丁寧に教えると有効である.また,予定外の行事や取り組みが入る場合には,高機能自閉症児には個別の配慮やサポートをすることによってパニックを防ぐことができる.
(阿部,2014a,pp.22-23)4.軽度発達障がい児のいる通常学級におけるユニバーサルデザイン授業実施の留意点 以上,軽度発達障がいのある児童の学習や生活上の困難感や特徴を理解しながらのかかわり方の見直しを概観したが,こうした児童の在籍する教室においてユニバーサルデザインな授業を展開する際の留意点について阿部(2014a)は次のように述べている. 「わかる授業」「楽しい授業」は,ADHD 傾向のある児童と高機能自閉症傾向のある児童では,教師の取り組みや工夫が相入れない場合がある.例えば,ADHD 児はサプライズや先が読めないワクワク感によって集中を持続できる.しかし,高機能自閉症児の多くは,ルーティン化された授業の流れの中で安心感をもって取り組むことができるので,視覚的な工夫によって授業全体の見通しをもたせることが有効な手立てとなる.従って,授業をデザインする際には,学級がどのような軽度発達障がいの児童やどのような傾向の児童たちで構成されているのかを考慮して「わかる授業」「楽しい授業」を用意することが求められると阿部は提言している.(阿部,2014a,pp.26-27) さらに,阿部は,学級全体に目を向けた支援の重要性について次のように述べている.学級観察を通して阿部は,最近の児童の「気になる傾向」を4つ挙げている.(阿部,2014a,pp.27-29)・先生に自分だけ大切にされたい傾向・自分に敏感で、相手に鈍い傾向・楽しいこと、ラクなことに流れる傾向・気持ちを切り替えることが苦手な傾向 こうした4つの「気になる傾向」は,軽度発達障がい児の適応困難のいくつかの問題に重なるとの指摘を阿部はしている.従って,通常学級において最優先すべきことは「学級の安定を図る」ことだと言う.そのためには,個々の児童の問題や個性に合わせた指導を工夫する前に,
有効である」と重要な指摘をしている.さらに,「わからない場合は,教師や周りの友だちに聞くことができるような学級作りが望ましい」とユニバーサルデザイン教育につながる指摘をしている(佐々木,2007,p.128).2.注意欠陥多動性障がい (ADHD) 児のかかわり方 ADHD 児は,注意の持続時間が短い,幅が狭いといった「アテンション・スパン」の課題,勉強中に他のことに気をとられたり,人の話が聞けなかったりと「注意の転動性が高い」という問題,「過集中」して切り替えられないという問題もある. 成長とともに多動性が,「非多動性多動」になり,貧乏ゆすり,「手の多動」,おしゃべりが止まらない「口の多動」が見られるようになる.考えずに即行動してしまう衝動性の問題,禁止事項を示されると敢えて破りたくなるなどの傾向もみられる.(阿部,2014a,pp.17-19) 阿部(2014a,pp.19-20)は,ADHD 児の上記の行動傾向を「いつも元気一杯,エネルギーに満ちあふれている子と考える」こともできると述べている.彼らのありあまるエネルギーをどのようにコントロールしたらよいのかという方略は,彼らと一緒に考えて彼ら自身からコントロールの方法を引き出すとよいとも指摘している.また,ADHD 児は大好きな人や尊敬する大人に出会うとその人に認められたい気持ちを強くもつので,その児童と信頼関係を築き一緒に問題を乗り越えようとするスタンスをとると良い方向に向かっていくと述べている.3.高機能自閉症児のかかわり方 高機能自閉症児は,他者の表情から感情を察知することが難しかったり,言語によるコミュニケーションも一方通行であったり表面的であったりと対人関係のつまずきが目立つ.また,場の雰囲気を読み取って,その場にふさわしい振舞いをしたり周りの人々と気持ちを共有したりすることが苦手である.さらに特定のことにこだわりのある場合が多く,同じ生活パターンや手順を好み,予測不可能なことや不規則なこと,急激な変化に対応することに大きな困難を感じる.(阿部,2014a,pp. 21-22) 高機能自閉症児は,ある分野に強い関心をもち専門的にとことん追究する傾向がある.彼らの独自のこだわりの世界の中に蓄えられた情報の豊かさや緻密さは素晴らしいものがある.また,彼らは決まった日課や活動にはきちんと取
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ンタジー),また練習をしたいと強く思うようになる話である . 桂 (2014,p.58) は,国語の授業のわかりにくさは「内容理解のイメージ」が目標になっていることにあるとして,文学教材の心情の読み取り方,主題のとらえ方を「論理」的に読み取る指導を授業目標にした.その理由として,「論理的に読むことで,内容理解のイメージも深まる」,
「論理は明解なので,人の気持ちを読み取ることが苦手な子どもにもわかりやすい」という2点を桂は挙げている. 上記の授業目標を実現すべく,「授業を焦点化する(シンプル)」「授業を視覚化する(ビジュアル)」の要件を授業デザインに桂は取り入れている.国語の授業は,聴覚情報優位の話し合い活動が中心であるが,センテンスカードを黒板に貼って,指差しながら説明したほうが分かりやすく,写真や動画の資料の活用,音読や動作化などの諸感覚を動員した活動も有効であると桂は述べている.こうした工夫をしても,活動が停滞する児童がいる場合は,例えば,漢字の苦手な児童には振り仮名付きプリントを与えたり,書くことが苦手な児童には個別に問いかけるという配慮を桂はする.(桂,2014,pp.58-59) 「五十回をすぎたころから,うでがだんだん軽くなった.足がふらつき,目が回る.」というセンテンスカードを黒板に貼って,全員で音読すると,児童たちから「おかしいよ!」「変だよ!」という声が上がる.一箇所ずつ「変な」言葉や言い回しの入ったセンテンスカードを6枚黒板に貼って,児童同士ペアを組んで「変な」ところ探しをする.その後,全員で誤った箇所を確認し合うのだが,その際に発表者は黒板に貼られたセンテンスカードを指差しながら正解を言う.例えば,「五十回をすぎたころから,うでがだんだん軽くなった.足がふらつき,目が回る.」の場合,「軽くと重くでは,どう違うの?」と必ず問い返しをする.「軽くだったら調子が出る感じだけれど,重くだったらもう疲れたあって感じがする」など,ワタルの心情を引き出すことが目的だからだ.また,波打ち際の動画を投影して,ワタルになったつもりで波が来る度に素振りをするように指示をすることで,ワタルの懸命な素振りを追体験することを児童たちに促す.(桂,2014,pp.60-61) 「この話はね,はじめ,○○な気持ちだったワタルが,○○によって,最後は○○な気持ちになる話なんだよ.」と言って,主人公のワタルの
クラスの子どもたちと信頼関係を築き,子どもたちが集団の楽しさを体験することが支援のベースであると述べている.軽度発達障がいのある児童が「今年は落ち着いている」と言われるときには,その子ども自身の成長だけではなく,学級の子ども同士の関係が和やかで温かなときに,その相互作用によって落ち着いてくるのである. 佐藤(2004,p.2)は,延べにすると 800 あまりの学校や幼稚園・保育園を訪れ,そこで出会った子どもや教師(保育者),保護者の実践や事例を基に具体的な支援の手だての数々を提示している.その佐藤 (2004, p.4) も次のように述べている. 特別支援教育というと,「個別支援」や本人の「自立」といった,「個」の育ちにばかり目が奪われがちである.しかし,(中略)集団としての機能が失われた学級では,
「個別支援」がまったく通用しなくなる.
さらに,佐藤(2004,p.103-104)は,学級崩壊に陥ったクラスで,しばしば発達障がいのある児童が取りざたされているが,それについては次のように否定している. しかしこの子たち(発達障がいのある児童)は,学級が崩れる原因ではない.騒然とした教室の雰囲気に,むしろ彼らはいちばん影響を受けやすい.実際,進級して集団が変わると,前年のことがうそのように落ち着く場合がある.
学級の子どもたちが,例えば,ソーシャルスキルを身につけることによって子ども同士の関係が温かで支持的なものになることによって学級が和やかな雰囲気に変わっていくと,もっとも敏感に反応して一番早くに落ち着いていくのが軽度発達障がいのある児童であると佐藤は証言しているのである.
Ⅴ.小学校・ユニバーサルデザインな国語授業の実践例 小学校 3 年生文学教材「海をかっとばせ」を,筑波大学附属小学校教諭の桂(2014,pp.57-58)が,
「(複数の情報処理が苦手,言語理解が困難,落ち着いて学習することが難しい)Aさんを想定したユニバーサルデザイン的な『指導の工夫』や,バリアフリー的な『個別の配慮』によって,全員が楽しく『わかる・できる』国語授業づくり」を目指して展開した実践事例を紹介する.山下明生「海をかっとばせ」(光村図書『国語三年・上』)は,野球の試合に出たいと思っていた主人公のワタルが,海岸で波の子との練習によって(ファ
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ザインの発想は「使う人の側に立ってデザインする」ことであり,これを教育にあてはめるならば「学ぶ側に立った」発想をするのが教育におけるユニバーサルデザインであるからだと述べている(阿部,2014b,p.97).つまり,それぞれのクラス担任は,どのような軽度発達障がいを抱え,どのような学習困難感や生活不適応感を抱えている児童がいるのかをアセスメントしつつ,そうした児童の「学ぶ側に立った」授業や教室環境をデザインしていくことが,ユニバーサルデザイン教育の発想なのである. 長江と細渕(2005)が提示したユニバーサルデザイン教育の7原則のうち,「間違いや失敗が許容され,試行錯誤をしながら学べる授業」の原則は,佐藤(2004)も指摘するように,子ども同士の関係性が支持的で,間違いや失敗が許されて試行錯誤しながら成長したり学習できる学級風土に最も敏感に影響されるのが,軽度発達障がいのある児童なのである.温かな人間関係と安定した学級風土をつくることが,ユニバーサルデザイン教育の土台づくりであると言えよう. 特別支援学校主任教諭の川上 (2014,p.65) は,ユニバーサルデザイン教育は,当初,特別支援教育サイドからの発信であり,教室環境や発問・指示等の見直しには寄与したが,通常学級の論理と乖離した不自然な支援プランも少なくなかったと述べている.今後の課題としては,誰にとって「不自然な支援プラン」であったのか,どのように「通常学級の論理」と乖離していたのかを明らかにしていき,改めて軽度発達障がい児童が在籍する学級が通常学級であるという捉え直しに基づいた支援プラン,従来の通常学級の論理と特別支援教育サイドからの発想とがより統合されていくような支援プランが求められるのでないだろうか. さらに,桂(2014)の国語の授業実践に見られるように,「国語の授業のわかりにくさは『内容理解のイメージ』が目標になっている」という理解のもと「文学教材の心情の読み取り方,主題のとらえ方を『論理』的に読み取る指導を授業目標」にするという発想の転換,「国語の授業は,聴覚情報優位の話し合い活動が中心であるが,センテンスカードを黒板に貼って,指差しながら説明したほうが分かりやすく,写真や動画の資料の活用,音読や動作化などの諸感覚を動員した活動も有効」といった五官を多様に動員する授業方法の工夫から,次のような今後
変化を図解(図2)して桂は示す.
図2 ワタルの変化を図にして示す(桂 聖作成,2014,p.62)
子どもたちは,この図解を見ながら,ワタルの変化を表現する練習をする.「はじめ夏の大会までには何とか試合に出たいと思っていたワタルが,波の子との練習によって,試合に出たいという勇気がついた話」と堂々と言える児童を意図的に指名して発表させた後に(モデルを示した後に),各自自分の言葉でペアの児童に表現するように桂は指示する.その表現を,授業最後の5分間でノートに書かせ,教師のところにもってこさせて個別指導を行うという展開である.(桂,2014,pp.62-63) 以上の桂実践に対して,東京都立青山特別支援学校主任教諭の川上(2014 ,pp.63-65)は,「計算し尽くされたしかけの連続であり,深い教材研究とつまずきのある子の学び方への温かい配慮に裏付けられた実践である」と評価している.
Ⅵ.おわりに:ユニバーサルデザイン教育とその課題 以上,通常学級における軽度発達障がい
(LD,ADHD, 高機能自閉症)を抱える子どもたちの支援を,ユニバーサルデザイン教育の観点を活かして取り組んでいる実践と研究を概観した.
「特別でない特別支援教育」を目指して現場の教師と共に支援のデザインを考えてきた阿部(2014b)は,わかりやすくするためにカードを使う,見通しをもたせるためにルーティン化するという単純な発想がユニバーサルデザイン化ではないと言い,同じ学校内であっても,あるクラスのユニバーサルデザインと別なクラスのユニバーサルデザインとは当然異なっていなければならないと言う.なぜならば,ユニバーサルデ
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