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愛知県臨床検査標準化ガイドライン 血液特殊染色アトラス 愛知県臨床検査標準化協議会 AiCCLS : Aichi Committee for Clinical Laboratory Standardization

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愛知県臨床検査標準化ガイドライン

血液特殊染色アトラス

愛知県臨床検査標準化協議会

AiCCLS : Aichi Committee for Clinical Laboratory Standardization

発刊によせて

愛知県臨床検査標準化協議会

会長 伊藤 宣夫

急性白血病の分類は、1980 年代に FAB 分類が提唱され、どこの施設でも簡便かつリー

ズナブルに行える特殊染色を基本に診断が行われるようになった。このような特殊染色の代

表的な染色法は、ペルオキシダーゼ染色、エステラーゼ染色、鉄染色、PAS(Periodic acid

Schiff)染色がある。

ペルオキシダーゼ染色は、白血病細胞の由来が顆粒球系、単球系、リンパ球系であるかを

いち早く鑑別するために、欠かすことのできない染色法である。したがって、この染色法は

特殊染色の中でも最も基本となる重要な染色法である。エステラーゼ染色は、顆粒球系細胞

あるいは単球系細胞の証明および鑑別に用いられる。特に NaF の阻害反応は、単球系細胞

の証明に有用である。鉄染色は、鉄欠乏状態や鉄過剰状態を推察でき、環状鉄芽球の証明は

鉄芽球性貧血や骨髄異形成症候群 Myelodysplastic syndromes(MDS)の鉄芽球性不応

性貧血 Refractory anemia with ring sideroblasts(RARS)の診断に直結している。PAS

染色は多糖類の証明、白血病細胞の分類(顆粒球系、単球系、リンパ球系の鑑別)、リンパ

球系細胞の予後判定因子として用いられている。また、赤芽球系細胞においては、腫瘍性の

有無を確認するために応用されている。

急性白血病の分類が FAB 分類から WHO 分類に移行した今日においても、特殊染色の意

義は変わっていない。この血液特殊染色アトラスは、古くから行われている特殊染色の特

徴を明らかにし、染色のポイントを記載した。これから血液学を学ぶ初心者から経験を積

んだベテランまで、日常業務のなかで活用して頂ける事を願っている。

愛知県臨床検査標準化ガイドライン

血液特殊染色アトラス

ペルオキシダーゼ染色

愛知県臨床検査標準化協議会

AiCCLS : Aichi Committee for Clinical Laboratory Standardization

ペルオキシダーゼ染色

1.はじめに

ペルオキシダーゼ(peroxidase:POD)は骨髄で産生される酵素であり、顆粒球系およ

び単球系の細胞に発現するミエロペルオキシダーゼ(myeloperoxidase:MPO)、好酸球

に発現する好酸球ペルオキシダーゼ(eosinophil peroxidase:EPO)、血小板、巨核球系

に発現する血小板ペルオキシダーゼ(platelet peroxidase:PPO)がある。

血液検査における POD 染色は、MPO や EPO を細胞化学的に検出し、リンパ球系細胞

との鑑別を目的として使用する染色法である。特に、急性白血病の分類には欠かせない重

要な染色法の一つである 1)。

2.染色原理

POD は、水素供与体の水素を水素受容体である過酸化物に転移させる過程に作用する酸

化還元酵素の一種である。水素受容体に過酸化水素を用い、POD の作用により水素供与体

は酸化・重合を起こし、発色した細胞を陽性とする 2)。染色原理は以下のように表される。

基質 + H2O2 基質の酸化物(発色)+ 2H2O

3.方法の概要

基質の違いにより様々な方法の報告があるが、基本的には固定→反応(染色)→後染色

の順で行われる。基質別特徴について表1に示す。

表1 基質別特徴 1),2)

※1 国際血液標準化委員会(ICSH)が推奨している標準法

※2 有機溶媒にて退色するので注意

基質 略称 陽性顆粒の色調 種類

3,3′-diaminobenzidine DAB法 ※1 茶~黄褐色

ベンチジン誘導体 benzidine dihydrochloride BDH 法 ※1 緑褐色ないし黄褐色

BB(benzidine base) Mc.Junkin 法 黄褐色

2,7-diaminofluorene FDA 法 緑黄色~緑褐色 フルオレイン誘導体

α-naphthol-brilliantcresylblue α-naphthol法

暗紺色 ナフトール誘導体

4-chloro-1-naphthol 黒灰色 ※2

3-amino-9-ethylcarbazole 3AC 法 ※1 赤~黄褐色 ※2 カルバゾール誘導体

POD

AiCCLS 愛知県臨床検査標準化協議会

血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

国際血液学標準化委員会(International Committee for Standardization in

Hematology;ICSH1984)は 3-amino-9-ethylcarbazole(3AC)、

3,3′-diaminobenzidine(DAB)、benzidine dihydrochloride(BDH)を基質とする

方法を推奨している。ICSH が推奨する BDH は、ベンチジンに発癌性があるとされ、日本

では昭和 47年 10月の労働安全衛生法でベンチジンの製造および使用が制限された。しか

し、αナフトールやクロロナフトールの反応が鋭敏であることから用いられてきた 3)。現

在では、試薬調整や染色手技が簡便であることから DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法の

染色キットが販売され、最も普及しているのはDAB 法である。

4.染色のポイント

・過酸化水素の劣化や量の過不足は反応が減弱し偽陰性を示すことがあるので、試薬の保

存管理、染色操作には十分注意する。

・標本の染色は検体採取日の染色を基本とするが、室温保存する場合でも 4~5 日くらいは

染色可能である。さらに長期間保存する際には、標本を-80℃で凍結保存をする 1)。

・固定液は室温に戻してから使用する。固定時間は細胞数に応じて延長する。固定が不十

分だと赤血球が溶血する場合があり、見にくい標本となる。固定液の劣化は陽性顆粒が

綺麗な顆粒状を呈さなくなる。

・後染色の前に、水洗を丁寧に時間をかけてよくすすぐことで背景の過剰な染色顆粒が落

ち、陽性細胞が鑑別しやすくなる。

5.臨床的意義

POD は骨髄芽球に発現しリンパ芽球には発現しないため、非リンパ性白血病の鑑別に有

用である。急性白血病の FAB分類において白血病細胞の 3%以上が陽性像を示せば、由来

を骨髄性白血病(M0、M5a、M6、M7 を除く)とする。ただし、POD は一次顆粒に蓄

積されるため、顆粒が十分に発現していない非常に未熟な分化段階の細胞では、光学顕微

鏡レベルでは検出できないことがある。したがって陽性細胞が 3%未満であっても、顆粒球

系細胞を否定できないことを念頭におく必要がある 3)。

そのほかに、成熟好中球の POD 欠損症(先天性、後天性)があり、後天性では骨髄異形

成症候群によくみられる。また、POD は好中球や単球の殺菌能に関与するため、酵素欠損

症などの場合は細胞機能検査としても利用できる 4)。

6.染色態度

正常な血液細胞の POD 活性は、

顆粒球系の各成熟段階の細胞で認め

られる(一部骨髄芽球、単芽球を除

く)。なお単球は一般に弱陽性を呈

し、リンパ球系、赤芽球系、巨核球

系・血小板系は全て陰性を示す。好

酸球は強陽性、好塩基球も陽性を呈

するが、顆粒が水溶性のため湧出し

やすく見かけ上は陰性を示すことが

ある(表2)。染色態度はキットの

基質により差が生じることがあるた

め、自施設の試薬の特性を理解して

おく必要がある。実際の染色態度は、

次ページより末梢血液および症例の

骨髄写真で示す。

7.その他検査と矛盾した結果がでた場合

目的とする細胞の鑑別時に、他の特殊染色や細胞表面抗原の結果と矛盾した場合、染色

手技や試薬管理の不備を除外して初めて異常な結果だと言える。POD 陰性で細胞表面抗原

に顆粒球系のマーカーが発現している場合は、脂質の証明により細胞鑑別に使用されるズ

ダン黒 B(SBB)染色や、抗 MPO 抗体を使用した細胞内免疫染色、電子顕微鏡下の観察

を行うことが有用である。また、MPO 酵素を作り出す遺伝子の有無などを検索する方法も

ある 3)。

血球の種類 染色態度 ※3

骨髄芽球 (-)~(+)

前骨髄球~成熟好中球 (+)~(⧺)

好酸球 (⧺)

好塩基球 (+)

単芽球 (-)~(±)

単球 (±)~(+)

リンパ球 (-)

形質細胞 (-)

赤芽球 (-)

骨髄巨核球 (-)

血小板 (-)

表2 各種血球の POD 染色態度 2)

※3(-):陰性 (±):弱陽性 (+):陽性 (⧺):強陽性

【末梢血液 好中球】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに陽性~強陽性

AiCCLS 愛知県臨床検査標準化協議会

血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

【末梢血液 好酸球】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに陽性~強陽性

メイ・ギムザ染色と同様に、細胞質に大型の顆粒が密に充満し、好中球より明瞭に染まる。

AiCCLS 愛知県臨床検査標準化協議会

血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

【末梢血液 好塩基球】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに陽性

好塩基球の顆粒は水溶性のため湧出しやすく、見かけ上は陰性を呈することがある。

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血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

【末梢血液 単球】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに弱陽性~陽性

DAB 法では顆粒状に染まり、FDA 法、α-naphthol 法では細顆粒状に染まる。

AiCCLS 愛知県臨床検査標準化協議会

血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

【末梢血液 リンパ球】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに陰性

AiCCLS 愛知県臨床検査標準化協議会

血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

【症例 1】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

WHO 分類:Acute myeloid leukaemia with t(8;21)(q22;q22);RUNX1-RUNX1T1

FAB分類:AML M2

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに陽性~強陽性

DAB 法、α-naphthol 法では、顆粒が核の上に載り、細胞の鑑別がしづらくなる。それに

比べて FDA 法では鑑別しやすい。後染色の前に水洗を丁寧に行うことで余分な顆粒をある

程度洗い流すことができる。

AiCCLS 愛知県臨床検査標準化協議会

血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

【症例 2】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

WHO 分類:Acute myeloid leukaemia with inv(16)(p13.1q22) or

t(16;16)(p13.1;q22);CBFB-MYH11

FAB分類:AML M4Eo

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに陽性

DAB 法、α-naphthol 法では、顆粒が核の上に載り、細胞の鑑別がしづらくなる。それに

比べて FDA 法では鑑別しやすい。後染色の前に水洗を丁寧に行うことで余分な顆粒をある

程度洗い流すことができる。

AiCCLS 愛知県臨床検査標準化協議会

血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

【症例 3】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

WHO 分類:Acute promyelocytic leukaemia with t(15;17)(q22;q21);PML-RARA

FAB分類:AML M3

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに強陽性

DAB 法、α-naphthol 法では、顆粒が核の上に載り、細胞の鑑別がしづらくなる。それに

比べて FDA 法では鑑別しやすい。後染色の前に水洗を丁寧に行うことで余分な顆粒をある

程度洗い流すことができる。

AiCCLS 愛知県臨床検査標準化協議会

血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

【症例 4】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

WHO 分類:Acute myeloid leukaemia with minimal differentiation

FAB分類:AML M0

<染色態度>

DAB 法、FDA 法は陰性、α-naphthol 法は一部の細胞で陽性

この症例のように染色態度が乖離する場合があるが、基質の違いによるものと思われる。

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【症例 5】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

WHO 分類:Acute myeloid leukaemia without maturation

FAB分類:AML M1

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに陽性

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに、顆粒状または塊状に染まる。

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【症例 6】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

WHO 分類:Acute monoblastic and monocytic leukaemia

FAB分類:AML M5a

<染色態度>

DAB 法は一部陽性、FDA 法、α-naphthol 法は陰性

DAB 法では一部の細胞が顆粒状に染まる。

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血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

【症例 7】

メイ・ギムザ染色 ×1000 DAB 法 ×1000

FDA 法 ×1000 α-naphthol 法 ×1000

WHO 分類:T lymphoblastic leukaemia/lymphoma

FAB分類:ALL L2

<染色態度>

DAB 法、FDA 法、α-naphthol 法ともに陰性

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血液特殊染色アトラス ペルオキシダーゼ染色

7.参考文献

1) 安藤秀実:ペルオキシダーゼ染色,スタンダード検査血液学第 3版,109~110,

医歯薬出版,2014.

2) 後藤文彦:ペルオキシダーゼ染色,月刊 Medical Technology 別冊 最新染色法の

すべて,296~301,医歯薬出版,2011.

3) 三浦玲子:ペルオキシダーゼ染色,スタンダード検査血液学第2版,128,医歯薬

出版,2008.

4) 阿南健一:血球の光顕細胞化学,形態学からせまる血液疾患,458~488,近代出

版,1999.

ガイドライン作成委員会

作成委員長 牧 俊哉 (名古屋第一赤十字病院)

作成委員 赤座 久美子 (名鉄病院)

作成委員 今井 正人 (愛知医科大学病院)

作成委員 梶浦 容子 (名古屋大学医学部附属病院)

作成委員 蒲澤 康晃 (厚生連 稲沢厚生病院)

作成委員 川崎 達也 (厚生連 江南厚生病院)

作成委員 酒巻 尚子 (厚生連 豊田厚生病院)

作成委員 佐藤 聖子 (藤田保健衛生大学病院)

作成委員 田中 里枝 (愛知県がんセンター中央病院)

作成委員 藤原 妙 (医療法人豊田会 刈谷豊田総合病院)

問い合わせ先

愛知県臨床検査標準化協議会事務局

〒450 - 0002

名古屋市中村区名駅五丁目 16 番 17 号

花車ビル南館 1 階

公益社団法人 愛知県臨床検査技師会事務所

Tel 052 - 581 - 1013

Fax 052 - 586 - 5680

愛知県臨床検査標準化協議会

愛知県臨床検査標準化ガイドライン

血液特殊染色アトラス

ペルオキシダーゼ染色

発行 平成27 年9月吉日

発行所 愛知県臨床検査標準化協議会

発行者 伊藤宣夫

編集者 所嘉朗・内田一豊・牧俊哉