肝炎ウィルスの感染症を持っている患者さんの診療...

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Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/ Title Author(s) �, �; �, Journal �, 116(4): 338-340 URL http://hdl.handle.net/10130/4070 Right

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Page 1: 肝炎ウィルスの感染症を持っている患者さんの診療 …ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/4070/1/116_338.pdf338 歯科学報 Vol.116,No.4(2016) ―88 ―

Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,

Available from http://ir.tdc.ac.jp/

Title肝炎ウィルスの感染症を持っている患者さんの診療を行

う上で注意するべき点はなんですか。

Author(s) 野村, 武史; 西田, 次郎

Journal 歯科学報, 116(4): 338-340

URL http://hdl.handle.net/10130/4070

Right

Page 2: 肝炎ウィルスの感染症を持っている患者さんの診療 …ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/4070/1/116_338.pdf338 歯科学報 Vol.116,No.4(2016) ―88 ―

はじめに

グローバル化した我が国において,感染症は以前にもまして社会的な問題となっています。近年では,蚊を媒体としたデング熱が猛威を奮いましたし,インフルエンザ,ノロウィルスなどは毎年のように流行感染し,伝播しないよう注意喚起がなされています。また,医療機関においても,手洗いの励行,ワクチンの接種が義務付けられ,感染者に対して個室管理にする,あるいは医療機関に滞在しないようにするなど特別の配慮を行っています。さらに特定感染症である HIV 感染患者は,我が国において今もなお増加の一途をたどり,院内感染対策だけでなく,日和見感染としての様々な口腔内症状に対応するだけの知識と対応が歯科医師に求められています。以前は梅毒,結核,ウィルス性肝炎,HIV感染患者に対する院内感染の対策が歯科治療上の重要項目でしたが,現在はそれ以外の様々な感染症に対する備えをしないと安全な歯科医療を患者に提供できない時代になっています。このような中で,肝炎ウィルスによる感染症は比較的古くから歯科治療に関わりのある,重要なウィルス性疾患として知られていますが,国内の感染状況の変化,治療法の進歩など,我々歯科医師は,ウィルス性肝炎の最新事情について再考しておく必要があります。

ウィルス性肝炎の現状

肝炎ウィルスは現在A~E型の5型が知られています。その中で,我が国での慢性肝疾患の原因としては,B型肝炎とC型肝炎が全体の約9割を占めています。A型およびE型肝炎ウイルスは主に水や食べ物を介して感染し,B型,C型およびD型肝炎ウイルスは主に血液・体液を介して感染します。A型肝炎ウィルスは,通常一過性の感染で終わり,その後終生免疫を獲得できます。D型感染はそれ自体では発症せず,B型肝炎を背景として重複感染することが明らかとなっています。またE型肝炎は,A型肝炎と同様に慢性化することはなく,劇症肝炎の発症率は高いものの,我が国ではまだ発症頻度が低いです。以上のことから,現時点で歯科治療上重要とされるのは,B型肝炎とC型肝炎ということになります。

B型肝炎

B型肝炎ウイルス(HBV)は,日本では約1%(およそ100人に1人)が感染していると推定されています。その原因の多くは垂直感染(母子感染)であり,その他は性行為による水平感染といわれています。成人で HBV に感染すると,2~6か月の潜伏期間を経て急性肝炎に移行し,ごく一部で肝炎が持続し

臨床のヒント

Q&A52

関連医学系

Q&Aコーナーは,東京歯科大学の3病院の臨床研修歯科医から寄せられた質問に対しての回答です。回答は本学3施設の専門家にお願い致します。内容によっては基礎や臨床,あるいは歯科や医科と複数の回答者に依頼する場合もあります。毎号掲載いたしますので,会員の皆様もご質問がございましたら,ぜひ東京歯科大学学会までeメールかファックスで依頼していただきたいと存じます。必ずご期待に添えることと思います。今号はウィルス性肝炎患者の歯科治療に関する質問です。

Question

肝炎ウィルスの感染症を持っている患者さんの診療を行う上で注意するべき点はなんですか。

Answer

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慢性肝炎から肝硬変,さらには肝がんへと進展します。また HBV にはAからJの9つの遺伝子型が知られていて,日本では以前はBやCの遺伝子型が大挙を占めていましたが,最近は欧米に多いA遺伝子型による感染も増加し,その一部の慢性化が問題となっています。B型肝炎は,血液を介しての感染なので医療従事者の感染が問題となります。このため医療従事者は HB ワクチンの接種が強く推奨されています。HB ワクチンの効果は年齢と共に低下し,40歳を過ぎてからのワクチン接種では,免疫を獲得できるのは約80%と言われています。針刺し事故などによる感染予防の観点からも,高い抗体獲得が期待できる若年例での早期のワクチン接種が求められます。また慢性肝炎に移行した多くの患者は,経口の抗ウィルス薬(エンテカビルなど)を継続服用しており,このことに注意する必要があります。口腔疾患で服薬困難な場合でも,内服を中止すれば肝炎が再燃をきたし,重症化する危険性が高いので,できるだけ継続することが重要です。無症候性キャリアの場合は感染対策を,急性肝炎の場合はすみやかに医療機関での治療を,そして慢性肝炎の場合は感染対策,抗ウィルス薬の服薬歴の確認,そして後述の歯科治療上の注意をよく守る必要があります。またがん化学療法中の患者では,B型肝炎ウィルスの再活性化が問題となるのでがん治療の際は注意が必要です。いずれにせよ,歯科治療が必要な場合は,必ず内科主治医への対診が必要です。

C型肝炎

C型肝炎ウイルス(HCV)は,日本では約2%(およそ50人に1人)が感染していると言われ,慢性肝炎を起こすウィルス性肝炎の大部分を占めています。したがって,歯科治療上最も遭遇する確率の高いウィルス性肝炎と言えます。感染の原因は主に輸血などによる血液感染であり垂直感染や性行為による感染は少ないとされています。現在は輸血や血液製剤の投与による感染はほぼなくなりましたが,HCV に汚染された注射器の使用や,刺青などの感染経路が考えられています。HCV を予防するワクチンはなく,いったん感染すると約70~80%が慢性化することから歯科治療中の針刺しに十分注意する必要があります。また慢性肝炎は,約30%で肝硬

変,肝がんに移行します。肝硬変,肝がんの患者については現在の治療状況と全身状態を内科主治医に確認し,歯科治療が可能かどうか判断しなくてはなりません。HCV のマーカーとしては,HCV 抗体が陽性であれば現在感染しているか,感染の既往があると判断します。続いて HCV RNA 検査が陽性であれば感染していると診断し,AST,ALT などの検査で肝炎の活動性を評価する必要があります。また HCV は少なくとも6つの遺伝子型が存在するといわれ,抗ウィルス療法の選択基準となっています。C型慢性肝炎の治療は,近年目覚ましい進歩をとげており,飲み薬である DAA(Direct ActingAntivirals,直接作用型抗ウィルス薬)による抗ウィルス療法が標準治療となり,これらの併用療法により,完全治癒が期待できる時代になりました。しかし遺伝子型,年齢,重症度などの複数の因子で治療の選択肢が異なるため,我々歯科医師は以前にもまして内科主治医への対診が必要です。

肝疾患患者の臨床的特徴(表1)

我々歯科医師は,肝疾患を疑う臨床サインを知っておく必要があります。超高齢社会の現在,以前にもまして基礎疾患の罹患者数は増えていることから,問診による全身疾患の把握が我々歯科医師にも求められます。肝疾患を疑う場合,問診や身体所見がとりわけ重要となります。会社の健康診断などで肝障害が疑われた既往があること,以前に手術歴があること,輸血,血液製剤の投与を受けたことがあること,家族で肝疾患と診断されたことがあるか,生活歴(入れ墨が入っている,麻薬常習者など),飲酒歴などを参考に判断します。また,眼球結膜や顔色から黄疸を疑ったり,手掌紅斑(手のひらが赤く

表1 肝疾患を疑う問診・診療上のポイント(文献1)より改変)

問診事項•肝疾患の受診歴•手術歴,輸血・血液製剤使用の有無•両親(とくに母親),兄弟の肝疾患の有無

身体所見•黄疸•手掌紅斑•クモ状血管腫

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むくんでいる)やクモ状血管腫(胸部や鼻などの皮膚にみられる)を認めた場合は速やかに医療機関へ紹介することが望ましいです。

ウィルス性肝炎の歯科治療上の注意

大きく分けると,ウィルス性肝炎患者の歯科治療上の注意は,1)出血傾向への配慮,2)食道静脈瘤に対する配慮,3)創傷の治癒遅延,4)投薬上の注意,5)スタンダードプリコーションの徹底の5つが挙げられます。出血は主として肝機能の低下により止血に必要な血液凝固因子と線溶系因子の産生低下によるものと,脾腫による血小板数の減少に起因します。抜歯などの観血処置が必要な場合は止血に関わる最新の検査値を確認する必要があります。また肝硬変患者では,門脈圧の亢進により食道静脈瘤を併発します。歯科治療によるストレスで静脈瘤が破裂する可能性がありますので,内科主治医の返書をよく確認する必要があります。また肝疾患患者は血清アルブミンが低下するため,創傷の治癒遅延が起こり,術後感染に配慮する必要があります。さらに肝代謝型の薬剤(マクロライド系抗菌薬など)の投与は禁忌であり,抗菌薬なら肝障害が少ないペニシリン系かセフェム系を選択します。また

NSAIDs は肝機能を悪化させることがあるので最小限の投与にとどめます。最後にスタンダードプリコーションの徹底が重要です。感染予防対策を確実に守ること,医療安全に務めることは現代の歯科医師にとってもはや常識であります。日常診療からの感染に人一倍留意することは,我々医療従事者の責務と心得てください。最後に「肝疾患をもつ患者の歯科治療の手順」を図1に示しますので参考にしてください。

Answer:野村武史1),西田次郎2)

1)東京歯科大学オーラルメディシン・口腔外科学講座2)東京歯科大学内科学講座

文 献1)西田次郎,片倉 朗:歯科医のための内科疾患ファイルFile1肝疾患.The Quintessence,32:124-128,2013.

2)慢性肝炎・肝硬変の診療ガイド(日本肝臓学会編).文光堂.東京,2013.

3)インフォームドコンセントのための図説シリーズ 肝炎ウィルス-B型・C型(熊田博光編).医薬ジャーナル社,東京,2012.

4)歯科医療における新感染予防対策と滅菌・消毒・洗浄(ICHG 研究会編).医歯薬出版,東京,2015.

図1 肝疾患をもつ患者の歯科治療の手順(文献1)より改変)

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