耳下腺上皮筋上皮癌の1例 - 学校法人 川崎学園 · 2017-06-13 ·...

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26 症  例 岡山県臨床細胞学会 Ⅰ.は じ め に 上皮筋上皮癌は,唾液腺腫瘍の1%未満の稀な腫瘍 である 1) 。上皮・筋上皮成分が二相性を示し増生する 低悪性度の腫瘍で,ほとんどが大唾液腺に発生する 1) 細胞異型に乏しいことが多く,特に細胞診では良悪性 の鑑別が困難である。今回,左耳下腺に発生した上皮 筋上皮癌を経験したので,細胞学的特徴を中心に報告 する。 Ⅱ.症 60歳代,男性。左耳下部腫脹を主訴とし,他院にて 頚部エコーで左耳下腺腫瘍を指摘され,当院紹介と なった。エコーでは15×10×14 mm(図1-a),MRI では境界明瞭な分葉状腫瘤を認めた(図1-b)。穿吸 引細胞診でclass Ⅲと判定され,左耳下腺浅葉切除術 が施行された。 Ⅲ.細 胞 所 見 背景には裸核状細胞が散在しており,管状の上皮細 胞集塊とシート状で胞体の広い筋上皮細胞の二種類の 細胞を認めた(写真1-a)。管状の上皮細胞集塊は核 要旨 はじめに 耳下腺に発生した上皮筋上皮癌を経験したので,細胞像を中心に報告する。 症例 60歳代,男性。左耳下腺にエコーにて15×10×14 mm,MRIで境界明瞭な分葉状の腫瘤を 認めた。穿刺吸引細胞診においてclass Ⅲと判定,左耳下腺浅葉切除術が施行された。 細胞所見 核密度の高い管状の細胞集塊が多数出現しており,細胞は比較的小型で,核は円形〜類 円形,クロマチンは細顆粒状を示し,小型の核小体を有していた。腺管辺縁には小型で,核が濃染し た筋上皮細胞が付着していた。また,淡明な細胞質,円形〜楕円形核,細顆粒状クロマチンを示すシー ト状の筋上皮細胞集塊も認めた。 組織所見 分葉状の腫瘤で,腺腔を形成する上皮細胞と,淡明な胞体の筋上皮細胞からなる二相性 の腺管の増殖がみられた。一部に粘液様の基質を伴う筋上皮細胞優位の増殖も認めた。周囲の唾液腺 組織への浸潤がみられ,上皮筋上皮癌と診断された。 結語 本症例の細胞像は,上皮・筋上皮成分の二相性を示す組織像を著しく反映していた。二相性 を示す腫瘍として,頻度的に多形腺腫との鑑別が問題となるが,粘液腫様・軟骨基質様成分がみられ ず,豊富な管状上皮様細胞集塊,細胞境界不明瞭な淡明筋上皮細胞集塊を認めた場合には,上皮筋上 皮癌の可能性を考慮する必要がある。 Key Words:Parotid gland, Epithelial-myoepithelial carcinoma, Fine needle aspiration cytology, Case report 耳下腺上皮筋上皮癌の1例 山口 大介(CT) 1) ,原田 美香(CT) 1) ,實平 悦子(CT) 1) 小寺 明美(CT) 1) ,中村 香織(CT) 1) ,香田 浩美(CT) 1) 内野 かおり(MD) 2) ,能登原 憲司(MD) 2) 公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 臨床検査技術部 病理検査室 1) ,同 病理診断科 2) Daisuke YAMAGUCHI 1) , C.T.,I.A.C, Mika HARADA 1) , C.T.,I.A.C, Etsuko SANEHIRA 1) , C.T.,I.A.C Akemi KODERA 1) , C.T.,I.A.C Kaori NAKAMURA 1) , C.T., Hiromi KODA 1) , C.T.,I.A.C, Kaori UCHINO 2) , M.D. Kenji NOTOHARA 2) , M.D. Pathology Laboratory,Kurashiki Central Hospital 2) Department of Anatomical Pathology, Kurashiki Central Hospital 2) 論文別刷請求先:〒710-8502 岡山県倉敷市美和1-1-1 公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院臨床検査技術部病理検査室 山口 大介

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Page 1: 耳下腺上皮筋上皮癌の1例 - 学校法人 川崎学園 · 2017-06-13 · 分の二相性を示す良性腫瘍である多形腺腫が頻度とし て多いが,上皮筋上皮癌は稀に篩状構造を示すことがあ

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症  例

岡山県臨床細胞学会

Ⅰ.は じ め に

上皮筋上皮癌は,唾液腺腫瘍の1%未満の稀な腫瘍である1)。上皮・筋上皮成分が二相性を示し増生する低悪性度の腫瘍で,ほとんどが大唾液腺に発生する1)。細胞異型に乏しいことが多く,特に細胞診では良悪性の鑑別が困難である。今回,左耳下腺に発生した上皮筋上皮癌を経験したので,細胞学的特徴を中心に報告

する。

Ⅱ.症 例

60歳代,男性。左耳下部腫脹を主訴とし,他院にて頚部エコーで左耳下腺腫瘍を指摘され,当院紹介となった。エコーでは15×10×14 mm(図1-a),MRIでは境界明瞭な分葉状腫瘤を認めた(図1-b)。穿吸引細胞診でclass Ⅲと判定され,左耳下腺浅葉切除術が施行された。

Ⅲ.細 胞 所 見

背景には裸核状細胞が散在しており,管状の上皮細胞集塊とシート状で胞体の広い筋上皮細胞の二種類の細胞を認めた(写真1-a)。管状の上皮細胞集塊は核

要旨 はじめに 耳下腺に発生した上皮筋上皮癌を経験したので,細胞像を中心に報告する。 症例 60歳代,男性。左耳下腺にエコーにて15×10×14 mm,MRIで境界明瞭な分葉状の腫瘤を認めた。穿刺吸引細胞診においてclass Ⅲと判定,左耳下腺浅葉切除術が施行された。 細胞所見 核密度の高い管状の細胞集塊が多数出現しており,細胞は比較的小型で,核は円形〜類円形,クロマチンは細顆粒状を示し,小型の核小体を有していた。腺管辺縁には小型で,核が濃染した筋上皮細胞が付着していた。また,淡明な細胞質,円形〜楕円形核,細顆粒状クロマチンを示すシート状の筋上皮細胞集塊も認めた。 組織所見 分葉状の腫瘤で,腺腔を形成する上皮細胞と,淡明な胞体の筋上皮細胞からなる二相性の腺管の増殖がみられた。一部に粘液様の基質を伴う筋上皮細胞優位の増殖も認めた。周囲の唾液腺組織への浸潤がみられ,上皮筋上皮癌と診断された。 結語 本症例の細胞像は,上皮・筋上皮成分の二相性を示す組織像を著しく反映していた。二相性を示す腫瘍として,頻度的に多形腺腫との鑑別が問題となるが,粘液腫様・軟骨基質様成分がみられず,豊富な管状上皮様細胞集塊,細胞境界不明瞭な淡明筋上皮細胞集塊を認めた場合には,上皮筋上皮癌の可能性を考慮する必要がある。

 Key Words: Parotid gland, Epithelial-myoepithelial carcinoma, Fine needle aspiration cytology, Case report

耳下腺上皮筋上皮癌の1例

山口 大介(CT)1),原田 美香(CT)1),實平 悦子(CT)1),小寺 明美(CT)1),中村 香織(CT)1),香田 浩美(CT)1),

内野 かおり(MD)2),能登原 憲司(MD)2)

公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 臨床検査技術部 病理検査室1),同 病理診断科2)

Daisuke YAMAGUCHI1), C.T.,I.A.C, Mika HARADA1), C.T.,I.A.C, Etsuko SANEHIRA1), C.T.,I.A.C Akemi KODERA1), C.T.,I.A.C Kaori NAKAMURA1), C.T., Hiromi KODA1), C.T.,I.A.C, Kaori UCHINO2), M.D. Kenji NOTOHARA2), M.D.Pathology Laboratory,Kurashiki Central Hospital2)

Department of Anatomical Pathology, Kurashiki Central Hospital2)

  論文別刷請求先:〒710-8502 岡山県倉敷市美和1-1-1          公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構          倉敷中央病院臨床検査技術部病理検査室          山口 大介

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27VOL. 35 2016

Ⅳ.組 織 所 見

腫瘤は20×15×16mmで,灰白色の分葉状であった(写真2)。腺腔を形成する上皮細胞と,淡明な細胞質の筋上皮細胞からなる二相性の腺管の増殖がみられた

(写真3,4-a)。一部に粘液様の基質を伴った筋上皮細胞優位の増殖も認めたが(写真4-b),基質成分が優位な領域はみられなかった。周囲の唾液腺組織への浸潤がみられ,上皮筋上皮癌と診断された。

密度が高く,構成する細胞は比較的小型で,核は円形~類円形,クロマチンは細顆粒状で,小型の核小体を認めた(写真1-b)。集塊辺縁の一部には,細胞は小型で,濃染核を有す筋上皮細胞が付着していた。シート状に集塊を形成する筋上皮細胞は,淡明な細胞質を有し,細胞境界不明瞭で,核は円形~楕円形,クロマチンは細顆粒状,小型の核小体を認めた(写真1-c)。以上の2種類の細胞が標本上に出現していたことから,二相性を示す腫瘍として多形腺腫を鑑別に挙げた。しかし,典型像である粘液腫様・軟骨基質様成分は認められず,上皮筋上皮癌など悪性腫瘍の可能性も否定できなかったため,class Ⅲ,Atypical cells と判定した。

図1a.左耳下腺エコー画像  15×10×14 mmの境界明瞭な腫瘤を認めた。b.MRI  左耳下腺に分葉状の腫瘤を認めた。

a b

写真1穿刺吸引細胞診標本

a.裸核状細胞を背景に,管状上皮様細胞集塊とシート状の筋上皮細胞集塊が出現(Pap×10)b.核密度の高い管状上皮様細胞集塊(Pap×40)c.シート状の胞体の広い筋上皮細胞集塊(Pap×40)

a cb

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28 岡山県臨床細胞学会

Ⅴ.考 察

上皮筋上皮癌は,上皮細胞と筋上皮細胞の二相性増殖を特徴とする。典型的には,腺腔を形成する導管上皮細胞と,その外側を明るい細胞質をもつ淡明筋上皮細胞が裏打ちする明瞭な腺管形成が主体であるが,嚢胞状変化や乳頭状構造,篩状構造も一部の症例で認められる。また,筋上皮細胞が優位にあるいは単独で増殖する場合もある。その細胞学的特徴については詳しく報告されており (表1)2),ライトグリーン好性で全体的に均一な形態を呈する導管上皮細胞に比して,筋上皮細胞はライトグリーン淡染性の淡明な細胞質を有し,核やクロマチンパターンにばらつきがあるといった点が,2種類の細胞を見分ける上で重要である。

上皮筋上皮癌の鑑別疾患としては,上皮と筋上皮成分の二相性を示す良性腫瘍である多形腺腫が頻度とし

て多いが,上皮筋上皮癌は稀に篩状構造を示すことがあり,その場合には腺様嚢胞癌との鑑別も問題となる3, 4)。本症例には篩状構造や粘液球はみられず,多形腺腫との鑑別が問題となった。自験例の典型的な多形腺腫と本症例を比較してみると,いずれも上皮細胞成分は結合性がよく,細胞異型に乏しかった。筋上皮細胞成分は本症例では豊富な細胞質を有する淡明筋上皮細胞集

写真2割面像

腫瘍径は20×15×16mmで,灰白色の分葉状の腫瘤であった。 写真3腺腔を形成する上皮細胞と,淡明な胞体の筋上皮細胞からなる二相性の腺管の増殖がみられた。(HE染色×4)

写真4a.二相性を示す腺管(HE染色×20)b.粘液腫様の基質を伴った筋上皮細胞が優位な増殖を示す部分(HE染色×20)

a b

表1 導管上皮細胞と淡明筋上皮細胞の細胞学的特徴

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29VOL. 35 2016

塊として出現しており(写真5-a),多形腺腫では本症例よりも細胞質が狭く,密度の高い細胞集塊として認められ,多彩な形態を示していた(写真5-b)。また,多形腺腫に特徴的な粘液腫様・軟骨基質様成分(写真6)1)は本症例には認められなかった。

Ⅵ.結 語

本症例の細胞像は,組織像を顕著に反映し,管状の導管上皮細胞集塊と,淡明筋上皮細胞がシート状集塊もしく上皮集塊辺縁に出現していた。多形腺腫との鑑別には,粘液腫様・軟骨基質様成分を欠き,筋上皮細胞は,比較的均一な形態で多くが淡明な細胞質を有することが重要である。導管上皮細胞と淡明筋上皮細胞が認められた場合には,上皮筋上皮癌の可能性を考慮する必要がある。

文 献

1) 日本唾液腺学会編,唾液腺腫瘍アトラス.金原出版2007;106〜109.

2) 河原明彦,原田博史,横山俊朗,鹿毛政義:上皮筋上皮癌の細胞像:J.jpn.Soc.Clin.Cytol.2006;45(1):50〜54.

3) 前田勝彦,伊藤真子,笠井久豊,中野 洋,石原明徳:耳下腺上皮筋上皮癌の1例:J.jpn.Soc.Clin.Cytol.1999;38(4):323〜327.

4) 那須篤子,井上博文,藤田 勝,濱田香菜,松岡博美,今井みどり 他・:耳下腺上皮筋上皮癌の1例:日臨細胞会岡山会誌:2011;30:40-42.

写真5本症例と多形腺腫の筋上皮細胞の比較

本症例a.豊富な細胞質を有する淡明筋上皮細胞集塊(Pap染色×40)多形腺腫b.細胞質が狭く密度の高い筋上皮細胞集塊(Pap染色×40)

a b

写真6多形腺腫 粘液腫様・軟骨基質様成分(Pap染色×40)