韓国における子どもの貧困政策の法的検討 ·...

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Page 1: 韓国における子どもの貧困政策の法的検討 · 貧困および絶対的貧困は,ともに所得を基準として貧困を測定する指標である。しかし, 貧困児童は,教育,住居,医療など多様な側面からの支援の欠乏を経験することになるが,

は じ め に

本稿は, チョン・ウネほか『我が国子どもの貧困の特性』1) (韓国保健社会研究院2) 刊,

以下『特性』) を紹介し, 日本法への示唆を得ることを目的とするものである。 本稿で紹

介する『特性』は, 韓国の子どもの貧困政策の概要, 特徴そして課題をまとめたものであ

る。『特性』は, 日本の子どもの貧困政策の制度設計を構想するにあたり, 参考になると

45大阪経大論集・第66巻第 4号・2015年11月

1) ���・���・��・��『� �� ����� ��』(2013) (チョン・ウネ, チェ・セウン, イ・サンギュン, ハ・テジョン『我が国子どもの貧困の特性』)。 本稿では, 「子ども」 と「児童」 という語を互換的に用い, 適宜訳し分けることにする。 これは, 例えば 「貧困児童」 という語の場合, 「貧困な子ども」 と訳するとかえって混乱を招く恐れがあるからである。 なお, 児童=子どもとは, 18歳未満の者をさす (韓国児童福祉法2条1号)。

2) 韓国保健社会研究院は, 国策研究機関 (政府出捐の研究機関) のひとつである。 韓国保健社会研究院は, 1981年に韓国人口保健研究院として発足した。 これは1971年に設立された国立家族計画研究所と1976年に設立された韓国保健開発研究院とが統合されてできたものである。 その後, 1989年に現在の韓国保健社会研究院に名称変更され, 現在に至っている。 韓国保健社会研究院の沿革については, 同研究院ホームページ (https://www.kihasa.re.kr/html/jsp/english/kihasa/kihasa_02_01.jsp),鮮于悳 「韓国保健社会研究院の機関紹介」 保健医療科学59巻1号 (2010) 86頁。 なお, 以下 HP閲覧はすべて2015年8月に行った。

藤 澤 宏 樹

はじめに1 韓国における子どもの貧困の現状2 貧困集団の分類と貧困集団児童の特性2�1 研究の方法2�2 多次元的貧困と集団の分類2�3 貧困集団特性比較2�4 貧困集団児童の特性3 韓国における子どもの貧困政策3�1 人的資本開発モデル3�2 直接的貧困減退モデル4 若干の検討4�1 韓国における子どもの貧困政策の特性4�2 若干の検討おわりに

韓国における子どもの貧困政策の法的検討

Page 2: 韓国における子どもの貧困政策の法的検討 · 貧困および絶対的貧困は,ともに所得を基準として貧困を測定する指標である。しかし, 貧困児童は,教育,住居,医療など多様な側面からの支援の欠乏を経験することになるが,

考えられるため, 紹介・検討することにした。 手順としては, まず, 韓国における子ども

の貧困の現状を見る。 次に,『特性』の内容をまとめる。 最後に法的検討を加える。

1 韓国における子どもの貧困の現状

『特性』がまとめられた背景には, 韓国において子どもの貧困が深刻化しているとの認

識がある。 ここでは, 子どもの貧困深刻化を示すデータとして, 相対的貧困率と子供の貧

困率とをとりあげて, 韓国の状況をまとめる。

まず, 相対的貧困率についてである。『特性』は, 韓国における相対的貧困率は, 2006

年は10%, 2010年は8.6%, 絶対的貧困率7%→6.4%で, 高くはないとする3)。 しかし,

ある報道では, 2013年の相対的貧困率は14.5%であり, 20年前と比較すると倍近くになっ

ているとされる4)。 また, 別の報道では, 2014年, 年間所得1841万ウォン (約200万円) 以

下の貧困層世帯のうち, 年間所得1842~5524万ウォン (約600万円) の中産層に上がった

世帯比率は22.3%と最低水準を記録し, 反対に中産層から貧困層に落ちた世帯の割合は

10.9%へと上昇したという5)。

次に, 韓国の子どもの貧困率を見ると, 2010年は9.4%であるとされる6)。 一見すると,

子どもの貧困率は日本の方が高いため, 韓国は高くないようにもみえるが, 韓国で子ども

の貧困が緩和されたとの認識はない。 というのも, 2014年11月, 韓国保健福祉部が, 韓国

の子どもたちが評価した 「生活の質」 は世界最低水準であると公表したからである7)。 つ

まり, 子どもの栄養状態や貧困率については, それなりの順位が維持されたにもかかわら

ず, 「不幸度」 「児童欠乏指数」 が最下位であったことが衝撃をあたえたのであった8)。 こ

れらのデータは, 貧困世帯への生活費支援だけでは貧困問題を解決することはできず, 教

育や住宅保障, 就職斡旋など多様な支援が必要であることを示すものといえる。 こうして

見ると, 子どもの貧困を, 単に貧困率だけで見ることの限界があるということになる。 そ

こで, 子どもの貧困率以外の視点から, 子どもの貧困を検討する必要性が生じる。『特性』

はこの視点に立つ報告書である。

2 貧困集団の分類と貧困集団児童の特性

それでは,『特性』の内容をまとめる。 便宜上, 2つの章に分けて述べる。 研究の方法

大阪経大論集 第66巻第4号46

3) 『特性』9頁。4) 「貧富の差が拡大する韓国, 相対的貧困率は20年前の倍近くに―韓国メディア」

http://www.recordchina.co.jp/a89431.html。5) 「韓国, 貧困脱出は5人に1人…歴代最低」 中央日報日本語版2015年1月27日(http://japanese.joins.com/article/877/195877.html?servcode=400&sectcode=400)。

6) OECD Family database “Child Poverty” (2014). http://www.oecd.org/els/family/database.htm

7) 「韓国の子供たちが評価した生活の質……OECD最下位」 中央日報日本語版2014年11月7日(http://japanese.joins.com/article/235/192235.html)。

8) 「�時視各角�わずか60.3点, それが問題だ=韓国 (1)」 2014年11月7日中央日報日本語版(http://japanese.joins.com/article/380/192380.html?servcode=100&sectcode=120)。

Page 3: 韓国における子どもの貧困政策の法的検討 · 貧困および絶対的貧困は,ともに所得を基準として貧困を測定する指標である。しかし, 貧困児童は,教育,住居,医療など多様な側面からの支援の欠乏を経験することになるが,

(2�1), 多次元的貧困と集団の分類 (2�2), 貧困集団特性の比較 (2�3), 貧困集団

児童の特性 (2�4), 韓国における主な子どもの貧困政策の内容 (3�1,3�2) の順で

まとめる。

2�1 研究の方法

2�1�1 相対的貧困・絶対的貧困という概念の限界

『特性』は, 子どもの貧困を, 絶対的貧困率と相対的貧困率のみから把握し考察するこ

とには, 次の三つの理由から問題があるとする9)。

まず, 所得を基準とすることは, 子どもの貧困率を歪曲する可能性がある。 すなわち,

韓国においては, 中位所得世帯の減少という現象が生じている。 相対的貧困率の基準とな

る中位所得の水準が低下しているということは, 貧困集団の 「生」 の水準が低くなってい

る可能性があるのである。

次に, 所得を基準とする貧困線では, 貧困児童の生を反映することができない。 相対的

貧困および絶対的貧困は, ともに所得を基準として貧困を測定する指標である。 しかし,

貧困児童は, 教育, 住居, 医療など多様な側面からの支援の欠乏を経験することになるが,

所得貧困は, これらを反映することができない。 所得以外の多様な次元から, 貧困児童の

生活環境へ接近する, すなわち, 子どもの貧困に多角度から接近する必要がある。 子ども

の貧困の測定は, 貧困児童の実際の生の実態を明らかにするために行われなければならな

いのだから, 貧困児童の生をよく表出することができる指標を使用しなければならないの

である。 したがって, 所得貧困により把握することが困難な, 多くの諸側面をともに考慮

することの出来る多次元的な接近の仕方が必要なのである。

そして, 韓国の経済展望は明るくないため, 貧困の再生産の可能性が高くなっている。

したがって, 未来の資源である子どもたちへの投資という側面から, 子どもの貧困の特性

を綿密に把握する必要がある。

以上の理由から, 所得のみで貧困を測定する立場は妥当ではない。 そこで『特性』は,

貧困世帯の実生活上の困窮を考慮した, 多次元的な貧困接近を通じて, 子どもの貧困の特

性と構造を把握しようとする。 すなわち,『特性』は, 所得のみに着目した貧困概念を排

し, 社会的排除10) の概念を利用して子どもの貧困に接近しようとするのである。 2�2で

具体的に説明する。

2�1�2 研究方法

『特性』の用いた研究方法は次の通りである。 まず, 分析対象サンプルは, 第7次韓国

福祉パネル調査(総サンプル5,731家庭)から抽出された,1,608家庭である。 次に, これ

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 47

9) 『特性』10�11頁。10) ここで 「社会的排除」 は 「1つの社会内に住んでいる人が, その社会で, 市民として, 正常な活動に, 自分自身で統制できない理由で, 参加することのできない状態」 という定義が用いられている(『特性』23頁)。

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らの家庭を貧困集団別に分類する。 貧困集団の分類においては統計的手法を用いる。

2�2 多次元的貧困と集団の分類11)

『特性』は, 貧困を測定する指標を 「多元的貧困指標」 と名付け, これに基づいて貧困

集団を分類する。

2�2�1 次元別指標の選定・変数の定義と測定方法

『特性』によれば, 子どもの貧困を多次元的に測定することのできる指標を作成する場

合, その指標は, 子ども期に成就しなければならない事柄を中心に構成されなければなら

ない。 そこで『特性』は, 次の指標を採用する。 すなわち, 住居, 教育, 食生活, 健康/

医療, 雇用, 勤労能力, 金融である12)。 このうち, 雇用, 勤労, 金融を選定する理由は,

次の二つである。 まず, 子どものいる家庭の場合, 父母が労働市場で仕事をする場合が,

大部分だからである。 次に, 子どものいる家庭の構成員が労働市場で剥奪を経験するとい

うことは, 当該家庭で剥奪が起こっているということを意味するからである。 変数の定義

大阪経大論集 第66巻第4号48

[図表1]変数の定義と測定方法

変数名 定義と測定方法住居住居所有状態 1.月払 2.ジョンセ 3.自家 4.その他住居費過負担 1.所得対比住居費比率30%以上 2.30%未満住居生活剥奪 1.追い出される, 暖房費限りない 0.そうでない食生活食生活剥奪 1.均衡のとれた食事をとれない 0.そうでない教育教育費過負担 1.所得対比教育費支出20%以上 0.20%未満医療医療費過負担 1.所得対比医療費支出20%以上 0.20%未満医療剥奪 1.健康保険料支払えず病院に行けない 0.そうでない雇用経済活動参与状態 1.臨時, 日雇い, 自活, 失業

2.非経済活動3.雇用主, 自営業者無給家族従事者4.常傭職

勤労能力 1.勤労不可能2.単純勤労微弱者, 単純勤労可能3.勤労可能

金融金融信用不良 1.家族員に信用不良者がいる 0.いない

出典:『特性』36頁。

11) 2�2,2�3,2�4の記述は,『特性』 29�87頁を中心にまとめた。12) このほかに, 衣生活, 社会的関係網, 遊びといった指標が考えられるが,『特性』では採用されなかった。

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と測定方法は[図表1]の通りである。

2�2�2 分析対象者の貧困指標変数別特性

[図表2]は, 子どものいる家庭の特性を提示している。 雇用形態からみてみると, 臨

時や日雇のような不安定な雇用形態の比率は18.4%, 常傭は55.5%と表出される。 このデー

タをどのように見るかは諸説ありそうだが,『特性』は, 家族員が安定的な勤労所得を確

保する確率は低くないと見る。 勤労能力については, 子どものいる家庭の家族中の97%が,

勤労能力を有することが表出される。 すなわち,大部分は, 労働を通じて, 所得活動を行

うことが可能であるということになる。

住居関連領域では, 自家の比率は53.7%, 住居を所有していない比率は約41%である。

住居費支出が所得対比で過負担である比率は13.6%である。 関連して, 暖房費を出すこと

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 49

[図表2]分析対象家族の特性

区分 (N=1608) 比率と平均 (SD)雇用臨時・日雇・自活・失業 18.4非経済活動 6.7雇用中, 自営, 無給 19.4常傭 55.5勤労能力勤労不可能 0.3微弱, 単純勤労 2.7勤労可能 97.0住居所有月貰 (月払いの借間または借家) 15.3ジョンセ 25.9自家 53.7その他 5.1

住居費過負担住居費支出が所得の30%以上 13.6住居生活剥奪 4.0

教育費過負担教育費支出が所得の20%以上 18.4医療剥奪 1.9医療費過負担医療費支出が所得の20%以上 2.4信用不良家族員 4.9食生活剥奪 3.5純資産 (万ウォン/年) 25,033(42,359)可処分所得 (万ウォン/月) 449(275)相対的貧困中位所得40%未満 3.5中位所得50% 未満7.3中位所得60%未満 12.0

[出典] 『特性』 38頁。

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の出来ないとか, 追い出されたりとかする場合は, 4.0%となっている。

教育費過負担については, 18.4%もの高い比率をみてとれる。 これは, 低所得家庭のみ

ならず, 一般家庭においても, 教育関連支出が多くなるために表出されたものと判断でき

る。

医療剥奪は, 1.9%の低い比率を見て取れる。 これは, 全国民を対象とする医療保障と,

低所得家庭に対する医療保障があるためと判断される。 医療費過負担家庭の比率は, 2.4

%の低い比率と見て取れる。 しかし, 医療費過負担の場合, 所得の低い階層が, 医療欲求

があるにもかかわらず, 医療制度を利用することが出来ない比率が, 所得の高い階層より

高いことがあることに留意が必要である。

信用不良家族員がいる比率は4.9%となった。 食生活剥奪の比率は3.5%となった。

2�2�3 集団の3分類

『特性』は, 子どものいる家庭を3つの集団に分類し, これを分析の指標とする。 その

際, 剥奪指標別条件付き応答確率を使用し精査する。 条件付き応答確率とは, 分析対象家

族が, 特定の集団に所属する場合, 各剥奪指標の特定範疇に応答する確率を示したもので

ある。[図表3]がその結果である。[図表3]から,『特性』は, 住居費過負担集団, 多

次元剥奪集団, 非貧困集団の3類型に分類できるとする。

まず, 住居費過負担集団というのは, 住居費負担が高くなる確率が, ほかの集団に比し

てかなり高く表れる集団のことである。 他の指標では剥奪確率は低い。

次に, 多次元剥奪集団とは, 多くの指標で剥奪状態が見られる集団を指す。 雇用形態を

みてみると, 臨時的か日雇的自活のような, 安定的でない雇用形態の比率が, 他の集団に

比して高い確率が表出される (0.44)。 住居所有状態も, 借家である可能性が他の集団に

属する場合よりかなり高い比率であること (0.53) をみてとれる。 食生活剥奪については,

食生活剥奪可能性が相対的に高い応答確率 (0.24) を示している。 住居費過負担について

は, 応答確率が低くあらわれている。 これは, 住居費負担を減らすために, 住居環境が劣

悪な場所を選択する状況があるからと判断できる。 また, 医療費過負担及び医療保険料を

支払うことの出来ないため医療保障受給資格を停止されているなどの剥奪を経験する確率

が, 相対的に高いことがわかる。 信用不良家族員がいる確率も高い。 要約すると, 勤労能

力に関係なく, 雇用が不安定で, さまざまな領域で同時に剥奪を経験する確率が高い集団

が, 多次元剥奪集団であるということになる。

そして, 最後の集団は, 他集団に比して, 常傭である可能性が高く, 自家である確率が

かなり高い。 剥奪関連指標での応答確率は, かなり低く現れるという特徴がある。 したがっ

て, この集団は, 非貧困集団と命名できる。

大阪経大論集 第66巻第4号50

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2�3 集団間特性比較

『特性』の記述に沿って, 三つの集団を比較する。

2�3�1 家族特性

集団によって, 家族の年齢に差異があることがわかる。 多次元剥奪集団の場合, 他の2

つの集団に比して, 家族主の年齢が, 6歳から9歳程度高いことがわかる。 多次元剥奪集

団の場合, 家族主の平均年齢は50.24歳である。 住居費過負担集団と非貧困集団間でも,

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 51

[図表3] 条件付応答確率ならびに集団別事例割当比率

区分 住居費過負担 多次元剥奪 非貧困雇用形態臨時日雇自活失業 0.19 0.44 0.13非経済活動 0.03 0.32 0.03雇用主・自営・無給 0.08 0.15 0.23常傭 0.70 0.08 0.60勤労能力勤労不可能 0.00 0.03 0.00微弱・単純勤労 0.00 0.21 0.00勤労可能 1.00 0.77 1.00住居所有月貰(ウォルセ) 0.03 0.53 0.12ジョンセ 0.98 0.18 0.09自家 0.00 0.20 0.74その他 0.00 0.09 0.06食生活剥奪食生活剥奪状態である 0.00 0.24 0.01そうでない 1.00 0.76 0.99住居費過負担住居費過負担状態である 0.46 0.24 0.03そうでない 0.54 0.76 0.97住居生活剥奪住生活剥奪状態である 0.00 0.29 0.01そうでない 1.00 0.72 0.99教育費過負担教育費過負担である 0.19 0.20 0.18そうでない 0.81 0.80 0.82医療剥奪医療剥奪状態である 0.01 0.11 0.01そうでない 0.99 0.89 0.99医療費過負担医療費過負担状態である 0.01 0.14 0.00そうでない 0.99 0.86 1.00信用不良家族員信用不良家族員がいる 0.01 0.31 0.01そうでない 0.99 0.69 0.99事例割当比率 21.60 10.80 67.60[出典]『特性』42頁を一部改変。

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家族主の年齢に, 3歳程度の差異があることが表出される。 前者は44.25歳, 後者は41.43

歳である。 家族員数は, 住居費過負担集団が, 他の2つの集団より1名程度多いこともわ

かる。 高齢者が同居している比率は, 多次元剥奪集団でかなり高く24%で, つづいて住居

費過負担集団で高くあらわれている (10.2%)。 非貧困集団ではかなり低くあらわれてい

る (5.7%)。

総合してみると, 多次元剥奪集団の場合, 家族内高齢者家族員が居住している比率が高

く, 家族主の年齢が高いということになる。

2�3�2 家族主の学歴

[図表5] より,多次元剥奪集団の家族主の学歴が低いことがわかる。 基礎保障受給比

率をみると, 多次元剥奪集団の受給比率がかなり高いことが表出される。 残り2つの集団

では, 基礎保障受給世帯があることは表出されるが, その比率はかなり低く, 住居費過負

担集団と非貧困集団間では, 基礎保障受給率の差異はないことがわかる。

大阪経大論集 第66巻第4号52

[図表4]家族特性別集団間特性差異

区分 平均と比率 (%) F-value Scheffe

全体(n=1608)

住居費過負担(n=1072)

多次元剥奪(n=246)

非貧困(n=290)

p<.05 p<10

家族主年齢 44.29(8.26)

44.25(7.56)

50.24(n=246)

41.43(n=290)

71.56 2>1>3

女性家族主 7.4 4.1 33.5 4.7 110.6 1<2,2>3

家族員数 4.0(0.87)

4.07(0.86)

3.79(1.04)

3.89(0.80)

11.97 1>2,1>3

老人家族員 10.7 10.2 24.0 5.7 21.17 1<2,2>3 1>3

[出典]『特性』47頁を一部改変。

[図表5]学歴および所得水準別集団間特性差異

区分 平均と比率 (%) SD F-value Scheffe

全体(1608)

住居費過負担(1072)

多次元剥奪(246)

非貧困(290)

p<.05 p<.10

家族主学歴

中卒以下

9.4 7.4 34.8 3.1 83.86 2>1,3 1>3

高卒以下

37.5 37.6 45.5 32.9 3.92 2>3 1<2

大卒以下

46.8 48.6 17.1 55.9 38.88 1>2,2<3

1<3

大学院以上

6.3 6.3 2.5 8.0 2.98 2<3 1>2

基礎保障 5.1 1.7 33.9 1.4 208.06 1<2,2<3

[出典]『特性』48頁を一部改変。

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2�3�3 家族主の子ども期の経済的水準と家族主の父・母の学歴水準別集団間特性

[図表6]は, 児童がいる家庭の家族主の父母についての特性を集団別に表したもので

ある。 家族主の幼い頃の経済状態を見てみると, 多次元剥奪集団の家族主の場合は, 概し

て, 貧困であったと応答する比率がかなり高い。 同じく, 住居費過負担集団の家族主の場

合も, 貧困であったと応答する比率が高い。 これに対し, 家族主が幼い頃貧困であったと

応答する比率がかなり低い集団は, 非貧困集団である。 家族主の父母の教育水準について

は, 多次元剥奪集団がかなり低いことが表出された。 したがって, 多次元剥奪集団は, 貧

困を世襲している可能性が高く, 家族主父母の教育的水準も低いという特性を見ることが

できる。

2�3�4 地域, 階層と健康状態別集団間特性差異

集団別の居住地域および階層と健康特性については,[図表7] をみる必要がある。 ま

ず, 居住地域についてみると, 非貧困集団がソウルに居住している比率が高くあらわれて

おり, 広域市に居住する比率は, 他の集団に比して低いことがあらわれている。 住居費過

負担集団が広域市に居住する比率は, 非貧困集団より高くあらわれている。 次に, 主観的

階層認識についてみると, 多次元剥奪集団は, 他の集団に比して, 下層であると認識する

比率がかなり高くあらわれていて, 中下層であると認識する比率は, ほかの二つの集団よ

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 53

[図表6]家族主の子ども期の経済的水準と家族主の父・母の学歴水準別集団間特性

区分 比率 (%) F-value Scheffe

全体(1608)

住居費過負担(1072)

多次元剥奪(246)

非貧困(290)

p<.05

子ども期の経済水準

貧しい 34.7 34.6 45.5 29.6 6.48 1<2,2<3

そうでない

65.0 65.3 52.1 70.3 8.57 1>2,2<3

家族主父の教育水準

初等学校卒

47.9 49.0 61.4 37.8 13.8 2>1>3

中卒 19.6 19.0 14.3 24.1 3.92 2<3

高卒 21.1 20.0 16.4 26.9 5.04 1>3,2<3

専門大以上

9.6 10.2 2.8 10.9 5.18 1>2,2<3

家族主母の教育水準

初等学校卒

66.0 68.2 78.5 52.7 21.33 2>1>3

中卒 17.0 16.1 10.6 22.8 7.08 1<3,2<3

高卒 12.7 11.6 5.7 19.6 12.05 3>1>2

専門大卒 2.2 2.1 0.0 3.4 3.2 2<3

出典:『特性』50頁を一部改変。

Page 10: 韓国における子どもの貧困政策の法的検討 · 貧困および絶対的貧困は,ともに所得を基準として貧困を測定する指標である。しかし, 貧困児童は,教育,住居,医療など多様な側面からの支援の欠乏を経験することになるが,

り低く出ている。 したがって, 階層が中間階層とか上層であると認識する比率は, 多次元

剥奪集団で低くあらわれることになる。 そして, 主観的健康状態を見ると, 多次元剥奪集

団であればあるほど, 悪いという認識があることを見ることができ, 慢性の病気の家族員

がいる比率も, 多次元剥奪集団が高くあらわれているとみることができよう。

2�4 貧困集団児童の特性

2�4�1 貧困集団別児童剥奪特性

貧困集団の児童について, 認知領域と社会情緒領域を中心として, 児童剥奪および児童

養育環境の差異をまとめる。 認知領域については, 児童の主観的な学校成績の認識を利用

する。 国語, 数学, 英語について,5段階評価を用いる。 社会情緒領域については, 学校

ストレス, 学校紐帯感, 自我尊重感, 憂鬱, 不安, 注意集中, 自殺考慮といった関連資料

を利用する。 児童養育領域については, 父母の教育参与, 子どもに対する指導監督, 虐待

の領域を精査する。

(1) 認知剥奪の差異

[図表8] によれば, 住居費過負担集団と非貧困集団に属する児童の50%程度が2 (「で

きない」)と4 (「よくできる」)の値に位置していることになる。 これは, 「できない」 と

「よくできる」 までのところで応答した事例が50%程度ということを意味している。 しか

し, 多次元剥奪集団の場合, 50%が 「できない」 と 「普通」 のところに位置している。 多

大阪経大論集 第66巻第4号54

[図表7]地域, 階層と健康状態別集団間特性差異

区分 比率 (%) と平均 (SD) F-value Scheffe

全体(1608)

住居費過負担(1072)

多次元剥奪(246)

非貧困(290)

p<.05

地域 ソウル 18.8 15.4 18.8 29.2 16.64 1<3,2<3

広域市 26.3 29.3 23.5 18.1 8.96 1>3

市 48.7 48.8 51.8 46.9 0.56

郡 5.4 5.5 5.2 5.2 0.04

都農複合郡

0.8 0.9 0.8 0.6 0.16

主観的階層認識

下層 17.7 11.4 63.2 14.4 168.36 1<2,2>3

中下層 35.7 35.9 27.1 39.4 3.87 1>2,2<3

中間階層

40.7 45.7 9.5 40.5 42.69 1>2,2<3

上層 5.9 6.9 0.2 5.7 6.08 1<2,2<3

主観的健康状態(悪い)

1.24(0.56) 1.18(0.47) 1.84(0.86) 1.14(0.43) 128.98 1<2,2>3

慢性疾病 40.7 38.3 66.8 35.0 28.96 1<2,2>3

出典:『特性』52頁を一部改変。

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次元剥奪集団の子どもの場合, 「たいへんよくできる」 に到達することが困難であること

が分かる。

(2) 社会情緒領域の差異

[図表9]によれば, 学校ストレスの場合は, 住居費過負担集団と非貧困集団との間に

は差異がないことが表出されるが, 多次元剥奪集団はかなり低い。 これは, 多次元剥奪集

団に属する児童が, 学業に関するストレスは 「あまりない」 と答えたことによる。 その理

由としては, 貧困集団では, 父母からの学業にたいする奨励や関与が低いからという点が

考えられる。 また, 多次元剥奪集団に属する児童の場合, 父母の指導監督, 教育関与が低

いから, 学業に関するストレスが低いとも推定できる。

自殺考慮については, 住居費過負担集団と多次元剥奪集団間には, 自殺考慮の頻度につ

いて差異がないことが表出される。 しかし, 非貧困集団と住居費過負担集団との間には差

異がある。 非貧困集団のほうが, 貧困集団よりも, 若干, 自殺危険の可能性が高いことに

なる。 とはいうものの, ほとんどの子どもはまったく考えたことがないことを想起する必

要がある。

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 55

[図表9]集団別児童特性 (加重値分析)

区分 住居費過負担 (292) 多次元剥奪 (96) 非貧困 (46) F-value Scheffe

平均 SD 平均 SD 平均 SD p<.05 p<.01

学校ストレス 6.12 2.57 5.35 2.40 6.43 2.70 3.31 1>2 2<3

学校紐帯感 11.68 2.62 11.56 2.62 11.80 2.66 0.13

区分 住居費過負担 (298) 多重剥奪 (102) 非貧困 (48) F-value p<.05 p<.01

自我尊重感 25.04 5.97 25.21 5.63 23.29 6.30 2.15

憂鬱と不安 4.66 4.86 3.99 4.19 5.90 5.31 2.52 2<3

注意集中 4.17 4.29 3.44 3.29 5.01 4.32 2.28

自殺考慮 1.84 3.84 1.97 4.53 3.34 5.40 3.00 1<3

出典:『特性』80頁を一部改変。

[図表8]集団別認知剥奪差異 (加重値分析)

区分 住居費過負担 (292) 多次元剥奪 (96) 非貧困 (46) F-value Scheffe

平均 SD 平均 SD 平均 SD p<.05 p<.01

国語成績 3.27 0.95 3.23 0.87 3.22 0.90 0.08

数学成績 2.87 1.16 2.59 1.16 2.60 0.88 2.63

英語成績 3.07 1.14 2.52 1.12 2.85 1.08 7.23 1>2

出典:『特性』78頁を一部改変。

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(3) 養育環境の差異

[図表10]によれば, 養育環境の差異については, 父母の教育参与, 指導監督, 情緒虐

待領域での差異を見てとることができる。 他方, 身体虐待の領域では, 差異は認められな

い。 教育参与についていえば, 多次元剥奪と非貧困集団との間には差異があるが, 住居費

過負担と非貧困集団とのあいだには差異は認められない。 若干の差異があるともいえるが,

しかしそうだとしても, 3つの集団で大きな差異があるとみるのは困難である。 指導監督

についても同様である。

2�4�2 小括

全般的に見ると, 認知剥奪領域では, 多次元剥奪集団が低い水準にあることが表出され

たが, 社会情緒領域では, 非貧困集団がより危険であることも表出された。 子どもの養育

環境についても, 多次元剥奪集団に属する児童がほかの2つの集団より劣悪であることが

わかった。 したがって, 多次元で剥奪を経験する子どもたちの場合には, 養育環境改善の

ための政策と児童剥奪を改善するための政策を同時に考慮しなければならないことになる。

以上の分析からすると, 子どもの貧困緩和のための政策は, 所得水準を上げることも必

要だし, 養育環境をはじめとする多様な政策の実施も必要であるということになる。 前者

を直接的貧困撃退モデル, 後者を人的資本開発モデルと『特性』は呼ぶ。『特性』は, こ

の分類を用いて, 子どもの貧困政策の分析に移る。 便宜上, 人的開発モデルより紹介・検

討する。

3�1 人的資本開発モデル

(1) ドリームスタート事業14)

子どもの貧困の否定的影響を最小化するためには, プログラム提供による早期介入およ

大阪経大論集 第66巻第4号56

[図表10]集団別児童特性 (加重値分析)

区分 住居費過負担 多次元剥奪 非貧困 F-value Scheffe

平均 SD 平均 SD 平均 SD p<.05 p<.01

父母の教育参与

3.16 2.10 2.64 1.93 3.77 1.99 4.67 2<3 1>2

指導監督 7.79 2.10 7.07 2.66 7.36 2.32 3.54 1>2

身体虐待 0.13 0.37 0.08 0.28 0.21 0.46 1.88

情緒虐待 0.87 1.96 0.75 1.78 1.71 3.26 3.89 1,2<3

放任 0.25 0.85 0.23 0.94 0.54 1.41 2.20

出典:『特性』82頁を一部改変。

3 韓国における子どもの貧困政策の内容13)

13) 本章の記述は,『特性』 89�116頁をもとにまとめた。

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び父母に対する心理・情緒的支援が必要である。 このような趣旨から始められた貧困児童

支援事業が, ドリームスタート事業である。 同事業は, 貧困児童に公平な開発機会を提供

し, 貧困の世代連鎖を遮断するという政策目標を有し, 児童福祉法37条が法的根拠である。

2013年現在, 211の事業地域で実施されている。

事業対象は, 貧困家族の0~12歳の貧困児童で, 妊産婦と満12歳以下の初等学生を養育

する福祉与件脆弱家庭, 国民基礎受給および次上位階層家庭, 欠損家庭, 性暴力被害児童,

片父母家庭, 多文化家族, 祖孫家庭などが優先的に支援される。

支援手続は, 家庭訪問を通じて, 児童と家庭状況を調査し, 危機度検査15) を行った後,

地域支援と連携して, マッチュム (「あつらえ」) 型サービスを支援するという形をとる。

児童の変化とともに, 家族体系の変化まで考慮し, 身体・健康, 認知・言語, 情緒・活動,

家族の養育に区分したサービスを提供する。 特に, 家族養育の変化による, 父母を対象と

したサービスと父母教育は必須的に提供される16)。

ドリームスタート事業は, 各地に拠点としてドリームスタートセンターを設置すること

により, 運営されている17)。 ドリームスタート事業運営のため, 市・郡・区別に3億ウォ

ンが支援され, 事業費は, ソウルを除いた地域は, 100%の補助率で編成されているとい

う。

(2) 教育福祉優先支援事業18)

この事業は, 2003年に教育福祉投資優先地域支援事業として開始された。2010年, 教育

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 57

[図表11]ドリームスタートセンター規模

年度 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013事業実施市, 群, 区数 16 32 75 101 131 181 211[出典]『特性』91頁。

14) ドリームスタートについては, 松尾有美・益川浩一・森田政裕 「韓国における『ドリームスタート事業』の現状と課題」 岐阜大学総合情報メディアセンター生涯学習システム開発研究13巻1号(2014) 9頁以下が詳しい。

15) 危機度検査とは, ある支援対象児童又は妊婦とその世帯の現在の精神状態・健康状態・生活環境を客観的に把握することのできる検査のことである。 危機度検査ツールには, 妊婦用, 乳児用, 幼児用, 就学児童用の4種類があり, 妊婦用を除いた残り3つの危機度検査ツールは, ①一般危機指標,②児童発達指標, ③養育環境指標の3つがある。 妊婦用は, ①と④妊婦適用指標が用いられ, ②③は使われない。 松尾ほか前掲論文18�20頁。

16) ドリームスタートのサービス類型は, 基本サービス・必須サービス・選択サービスに分けられる。父母教育は必須サービスに含まれ, 内容としては, 身体/健康, 認知/原語, 情緒/行動の3領域別に提供される。 松尾ほか前掲論文25頁。

17) ドリームスタートセンターの最小配置人数は, 公務員3人, 児童統合サービス専門要員3人, 地域福祉士 (児童福祉教師) 1人の計7人である。 松尾ほか前掲論文14頁。

18) 脆弱階層の学生が密集する学校を選定して集中的に支援することで, 教育・文化・福祉のレベルを向上させ, 教育格差を解消することを目的とする事業である。

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福祉優先支援事業と名称変更され現在に至っている。 教育部が担当している。 教育福祉優

先支援事業の対象とされると, 当該学校在校生すべてが, 事業対象となる。 2003年,ソウ

ルと釜山でモデル事業が開始され, 2012年4月現在, 事業が推進される初・中・高等学校

は, 2,058校に及ぶ。

対象学校は, 地域社会と連携して, 児童生徒の学習力量強化, 心理・情緒支援, 福祉強

化などの統合支援体系を構築する。 この支援体系を通じて, 教育福祉優先支援事業は, 低

所得層児童の特性に基礎をおいた教育学習方案を模索し, 児童の人格発達と多様な文化的

欲求を充足させるための文化・体験活動支援を行う19)。 同時に, 放任・放置などの経験に

よって, 心理的問題をかかえていて, 学校生活に適応できない児童生徒のための治癒サー

ビスも提供する。 さらに, 近隣保健所, 民間医療機関などと連絡して, 医療サービスおよ

び健康教育支援を実施する。

本事業は, 学校内教師人力以外に, この事業を推進するための, 外部専門人力を活用す

るという特徴を有する。 2012年現在, 地域社会教育専門家として招聘された外部専門人力

は, 全部で1,463名である。 教育支援上の単位では, 監督・支援プロジェクト調整者126名,

市・道教育庁プロジェクト調整者15名などをあわせて, 計1,604名の外部専門人力が参与

している。 教育福祉優先支援事業に参与する学校と学生数は, 持続的に増加している。 事

業遂行学校の全体学生数は, 2007年326,826名 (全体学生対比4.2%), 2012年1,302,250名

(全体学生対比19.4%) で, 4倍程度増加している。

(3) 脆弱・危機児童および青少年支援事業

1) Wee プロジェクト

2008年10月から始められた教育部の担当する事業である。 この事業は, 学校・教育庁・

地域社会の緊密な連絡により, 学校不適応学生のために, 緻密で総合的な国家資源の安全

網を構築し, 運用することを目標とする20)。 これを通じて, 学校不適応学生を解消し, 学

校学生支援サービスを通じて, 学生個人の力量を極大化させることを目的として行われる。

大阪経大論集 第66巻第4号58

[図表12]教育福祉優先支援事業 (単位:ヶ所, %)

年度 幼稚園 初等学校 中学校 高等学校 計2012 257 906 831 64 2,058比率 - 15.4 26.3 2.8 -[出典]『特性』94頁。

http://m.bokjiro.go.kr/nwel/html/world/jp/WII00000020.html

19) 教育福祉支援事業については, 尾崎公子 「韓国の教育福祉政策の展開-田園学校プロジェクトに焦点をあてて-」 平田由紀江・小島優生編『韓国家族』(2014) 74頁以下参照。

20) Weeプロジェクトの現状については, 栗原慎二・宮村悠・森恵梨奈・川崎七々海・渡邉悦子 「韓国の生徒指導についての一考察-韓国の学校・研究機関の訪問から-」 学校教育実践学研究21巻(2015) 17頁以下参照。

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Weeプロジェクトの運営体系は, 2008年 Weeクラス530校, Weeセンター31カ所で始め

られ, 2010年では, Weeクラス2,530校 (22%), Weeセンター110カ所 (61.8%), Weeス

クール5校などで運用されている。

2) トゥドリームへミル事業

トゥドリームへミル事業は, 2007年より開始され, 女性家族部と韓国相談福祉開発院が

担当している。 事業対象は, 満13~24歳青少年で, 正規学校を辞めた青少年, 学業中断青

少年, 家庭保護が困難で経済的社会的職場が必要な脆弱階層青少年が含まれる21)。 おもな

支援サービスは, 学業復帰動機と自立動機を強化するための, 学業力量強化サービス, 自

立技術支援などである。 支援終了後, 月1回の事後管理を6ヶ月間進行する。 現在, 広域

自治体16カ所, 基礎自治団体34カ所等, 全部で50地域で事業所が運営されている。

3) 青少年同伴者事業

青少年同伴者事業は, 2005年よりはじめられたもので, 女性家族部が担当し, 青少年相

談福祉開発院が主管している。 事業対象は, 劣悪な家庭環境が慢性化した青少年, 家出青

少年, 非行青少年, 学業中断青少年, インターネット中毒青少年, 隠遁者などの問題を経

験した, 9~24歳の危機青少年である。 危機青少年のいる現場で, 直接会い, 相談を通じ

て, 心理的支援を提供し, 青少年が必要とする地域支援と連結した, 相談・宿食・教育・

医療・保健・余暇・職業訓練・就業などを支援している。 あわせて, 各種生活体験, 体育

活動, 文化経験などを通じて, 自己啓発と自尊感向上のためのプログラムを連携支援して

いる。

3�2 直接的貧困減退モデル22)

(1) 公的所得移転政策

代表的な脱子どもの貧困政策が, 公的所得移転を通じた所得増大政策である。 公的所得

移転の主要な手段は, 公的扶助・児童手当・家族手当・片父母手当などである。

『特性』によれば, 公的移転所得が子どもの貧困率に及ぼす影響は, 国家別に, 多少相

違があるという。 社会保障給付水準が高くなく, 公的扶助に依存して, 所得移転が行われ

る場合, 子どもの貧困率におよぼす効果は低いことが表出される。 特に, 資産調査が基盤

となる公的扶助に依存する公的移転所得の場合や, 貧困女性の就業支援を行う公的保育制

度が準備されていない場合, 子どもの貧困率減少効果は,思ったように表われない。 韓国

の場合も, 国民基礎生活保障法が施行されて以後, 公的依存所得の比重が, それ以前の時

期に比して大きく増加しており, 貧困減少効果は, さほど大きくないことが表出される。

児童手当は, 子どもの貧困緩和のための重要論題の一つである。 いったん導入されると,

女性の労働市場参加率は, 導入国家すべてで, 直接的に増加する趨勢があるという。 した

がって, 貧困家族の勤労活動参与を誘導するためには, 児童手当が有効ということになる。

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 59

21) 北朝鮮離脱・多文化青少年も含まれる。 http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kaigai/13/dl/22.pdf 「2011�2012海外情勢報告」 347頁。

22) 『特性』97頁以下。

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保育料と養育手当制度は, 満0~2歳嬰幼児にたいして, 所得・財産水準に相関なく,

保育料を支援するものである。 保育料は, 年齢別収入別に支援される。 おなじく, 満3~

5歳嬰幼児にたいしては, 所得・財産水準に相関なく, 月22万ウォンずつ支援される。

このほか, 多文化家庭の0~5歳の嬰幼児については, 多文化家族支援法23) に拠って,

所得・財産水準とは無関係に保育料を支援している。 おなじく, 満12歳以下の障害のある

子どもに対しては, 所得・財産水準と無関係に, 月39万4千ウォンの保育料を支援してい

る。

このような普遍的な保育料と養育手当の支援が, 子どもの貧困率の減少に, どのような

影響を及ぼすのかについてはさらなる検証が必要である。 女性の雇用機会増大, 養育負担

の軽減などには, 一定程度寄与するものとみられる。

(2) 勤労連携福祉政策

女性1人生計扶養者家庭では, 子どもが貧困になる危険がかなり大きい。 したがって,

直接的な所得の増大のためには, 女性1人生計扶養者の就業を全国的に支援する必要があ

る。 このためにも, 全国的労働市場政策が強化される必要がある。

あわせて, 貧困家族生計扶養者の勤労動機を高め, 実質的な勤労活動参与を引き出すた

めには, 勤労連携福祉政策が, 強化される必要がある。 この立場から, 韓国で施行されて

いるのが, 勤労奨励金制度である24)。 勤労者給与を受け取るためには, 夫婦合算総所得が,

扶養子女数ごとに決められている総所得基準額以下でなければならない。 支援額は, たと

えば, 現在, 子女が2名いる共稼ぎ夫婦の場合, 年170万ウォンまで受け取ることが出来

る。 支援額は, 今後, 拡大される予定であり, 所得基準を緩和して, 施行対象の範囲が拡

大される予定である。

(3) 現金給与中心の子どもの貧困政策

1) 片父母家庭支援事業25)

片父母家庭支援事業は, 女性家族部が担当しており, 片父母家族児童養育費, 児童教育

支援費, 生活補助金などの支援を提供している。 支援対象は, 満18歳未満 (就学時満22歳

未満) の子どもがいる片父母家庭の中で所得認定額が最低生計費の130%以下である家庭

および父母から扶養を受け取っていない満18歳未満 (就学時満22歳未満) の孫を祖父母が

大阪経大論集 第66巻第4号60

23) 多文化家族とは, 韓国人と外国人との国際結婚により構成された家族のことである。 多文化家族支援法については, 白井京 「韓国の多文化家族支援法-外国人統合政策の一環として-」 外国の立法238 (2008) 153頁以下。

24) 勤労奨励税制については, 金明中 「韓国における勤労奨励税制 (EITC) の現況」 ニッセイ基礎研レポート2011年11月号28頁以下参照。

25) 片父母家庭支援の現状については, 小島優生, 平田由紀江, 田中洋美, ホン・ミヒ, キム・ミウン「韓国のひとり親家庭を取り巻く現状と課題-教育と福祉の両面から-」 マテシス・ウニウェルサリス14巻1号 (2013) 89頁以下が詳しい。

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養育する祖孫家庭である。 根拠法は片父母家庭支援法である。 なお, 最低生計費以下の家

庭は基礎生活保障制度の対象となる。 片父母支援事業の対象に選定されたなら, 児童養育

費は, 満12歳未満の児童については, 月7万ウォンが支給され, 祖孫家庭と片父母の年齢

が満25歳以上である片父母家庭の満5歳以下児童に対しては, 1名あたり月5万ウォンの

追加支援がなされる。 片父母家庭福祉施設に入所した家族に対しては, 家族単位で月5万

ウォン支援される。

2) 青少年片父母自立支援事業

青少年片父母に, みずから子どもを育てるための養育環境を助成し, 早期自立のための

支援を行う制度である。 片父母家族の中で,父母の年齢が満24歳以下で, 所得認定額が最

低生計費の150%以下に該当する青少年片父母に対して, 最長5年間支援する。 選定され

た青少年片父母家族に対しては, 児童1名あたり月15万ウォン支援し, 検定考試学習費,

高校学費, 自立支援促進手当などが支援される。

3) 祖孫家庭支援事業

女性家族部で担当している。65歳以上の家族主あるいはその配偶者が満18歳未満青少年

と生計・住居を共にしていて, 最低生計費180%以下に該当する祖孫家族を支援する事業

である。 これらの祖孫家庭に対しては, 学識指導者派遣支援を通じて, 学習及び情緒・生

活・家事支援, 教育・文化プログラムならびに自助のための集まり支援, 住居環境改善,

類関機関連携支援などが提供される。

4) 少年少女家庭支援

保健福祉部が担当しており, 国民基礎生活保障法にもとづき, 受給者 (家族) 中で18歳

未満の児童が, 実質的に家庭を率いている状態に対して支援する26)。 すなわち, 満18歳未

満の児童だけで構成される状態で, 満18歳未満の児童が, 扶養能力がない父母と同居して

いる状態が該当する。 ただし, 15歳未満の児童だけの状態で構成する場合, 少年少女家庭

指定は禁止されており,家庭委託か共同生活家庭入所などの保護措置が実施される。

支援内容としては, 生計・教育給与・医療給与・月1人あたり12万ウォンの付加給与,

無住宅の少年少女家庭に対しては, 住宅ジョンセ謝金支援などが含まれる。 また, 情緒的

後援者の指定という仕組もある。

5) 児童発達口座 (child development account)27)

学資金, 就業, 創業, 住居準備など初期費用準備に関する貧困児童の資産形成を積極的

長期的に支援する事業である。 2007年4月より始められた。 満18歳未満の児童福祉施設,

共同生活家庭・障害者施設児童, 家庭委託・少年少女家庭児童, 基礎生活受給者家庭の児

童などがその対象である。 この事業と類似する性格で遂行されている事業としては, ソウ

ル市希望プラス, 夢の国通帳などがある。

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 61

26) 少年少女家庭の現状については, 小島優生 「少年少女家長世帯で育つ子どもたち-制度・暮らし・教育達成の観点から-」 平田ほか前掲書106頁以下。

27) 児童発達口座については, 朴光駿 「韓国における低出産対策とその課題」 佛教大学社会福祉学部論集6 (2010) 62頁など。

Page 18: 韓国における子どもの貧困政策の法的検討 · 貧困および絶対的貧困は,ともに所得を基準として貧困を測定する指標である。しかし, 貧困児童は,教育,住居,医療など多様な側面からの支援の欠乏を経験することになるが,

支援期間は, 0歳から満18歳までである。積立て方式は, 基本マッチング積立てで, 児

童が, 後援者と保護者の助力などで積立て, 自治体が月3万ウォン内で1:1マッチング

で支援する。 基本マッチングは, 最高で3万ウォンを積み立て, 児童 (保護者後援者など)

は, 月47万ウォン (年間564万ウォン) まで追加積立てが可能であり, 国家の追加支援は

ない。

3�3 そのほか

『特性』は触れていないが, このほかにも, 放課後学校や学校給食, 長期休暇中の欠食

児童給食支援なども重要な役割を果している。 放課後学校は, 学校の正規課程外で実施さ

れている有料プログラムである。提供サービスはおおよそ①教科プログラム, ②特技・適

性プログラム, ③初等保育プログラムに区分される。 近年は, 私教育費負担軽減という目

的で推進されている。 2011年現在, 放課後学校は全学校の99.9%で実施されていて, 全児

童生徒の65.2%が何らかのプログラムに参加している28)。

学校給食については, 2013年度, 初・中・高等学校の実施率は100%であり, 学生数で

は99.6%が学校給食を利用している。 給食運営方式は, 直営給食97.7%, 委託給食は2.3%

となっている29)。 近年では, 無償給食推進の是非が焦点となっている30)。

4 若 干 の 検 討

ここまで,『特性』の記述に沿って, 子どもの貧困政策の概要をまとめてきた。 以下で

若干の検討を加えたい。 まず『特性』による分析を紹介し, 次に検討を加える。

4�1 韓国における子どもの貧困政策の特徴31)

『特性』は, 韓国子どもの貧困政策の特徴 (あるいは課題) を次のとおり指摘する。

(1) 貧困児童支援のための基本計画と明瞭な政策目標不在

韓国は, 貧困児童を主要な政策対象とする総合的な支援対策と目標を提示する活動計画

をもっていない。 政府は, 2013年までの関連法に依拠した児童政策基本計画と, 貧困児童

大阪経大論集 第66巻第4号62

28) 「韓国における教育調査からの知見」 国立教育政策研究所『未来の学校づくりに関する調査研究報告書』(2013) 185�6頁。

29) 「2013年度学校給食実施現況」 教育部ホームページ(http://www.moe.go.kr/web/100066/ko/board/view.do?bbsId=318&boardSeq=53992&mode=view)。韓国では, 2007年学校給食法改正によって, 学校長が直接管理する直営給食が原則とされたため,委託給食はほとんど見られなくなりつつある。 2007年の学校給食法改正については, 藤澤宏樹 「教育と福祉の交錯-韓国における貧困層児童給食支援制度の展開-」 大阪経大論集61巻1号 (2010)183頁。

30) 「無償化めぐり揺れる韓国」 Asahi Shimbun GLOBE 2015年5月17日号6頁によれば, 韓国における無償給食実施率は, 小学校94%, 中学校76%である。

31) この節は『特性』103頁以下によりまとめた。

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のための福祉・教育・文化等支援に関する基本計画を樹立する計画を有しているものの,

上述の現実は, これまでの子どもの貧困政策が, 事案別に, 散発的で, 即時的な代用とし

て進行してきたということを意味する。

このことは, 政策を統合的に措定し管理する強力な中央機構が, 活動することができな

い実情を反映している。 この10余年間, 子どもの貧困率が, 顕著な減少を示していない事

実は, これまでの政策を点検する必要性が惹起されるということを示している。

あわせて, 貧困児童支援のための基本計画の不在は, 明瞭な政策目標の不在につながる。

簡明であっても鮮明な政策目標は, 関連政策施行者と第一線の児童福祉機関に対して, 明

白な指向点を提示することができるのである。

(2) 低い水準の児童家庭福祉支出

韓国の児童家族福祉支出は, 2009年基準で, 国内総生産 (GDP) 対比0.8%という低

い水準である。 OECD国家の平均児童家族福祉支出水準は, GDP対比2.3%であり, 比較

すると, 3分の1の水準である。

児童家族福祉支出が, GDP対比3%以上で高い国家は, アイルランド, アイスランド,

ルクセンブルク, 英国, スウェーデン, ノルウェー, ニュージーランド, ハンガリー, フ

ランス, フィンランド, デンマークなどであり, 大部分がノルディック国家とヨーロッパ

福祉国家である。 反面, アメリカ, 日本, カナダ, スペイン, ポルトガル, ギリシャなど

自由主義国家と南ヨーロッパ国家は, 児童家族福祉支出水準は, 0.7%~1.6%台で低い方

である。 韓国は, 34の調査国家中, 32位である。

たしかに, 実際のところ, 福祉支出費用の規模については, やや劣悪な実情があった。

児童1人あたりの福祉予算費用は, 1997年680ウォンから, 1997年3,500ウォン, 2008年

8,800ウォン, 2011年には20,019ウォンで, 漸次増加している。 しかし,これは, 高齢者,

障害者などの対象群と比較すると低い水準である。 2011年福祉予算を基準とすると, 高齢

者1人あたり福祉費は85万ウォン, 障害者1人あたり福祉費は26万ウォン水準であるから

である。 障害者福祉費の7.5%, 老人福祉費の2.4%であり, ほんのわずかである。

児童家族福祉費の支出規模は, 子どもの貧困率の低下と密接な関係があると見ることが

できる。 子どもの貧困の確実な減少のためには, 現在の福祉支出比重を, OECD国家平

均水準に拡大する必要がある。

(3) 現物給付と現金給付の不均衡

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 63

[図表13]福祉対象者別 1人あたりの福祉予算費用 (2011年)

区分 障害者 老人 嬰幼児 児童福祉予算 (額万ウォン) 647,539 3,714,510 2,478,380 169,1541人あたり福祉予算費用 268,806 850,933 826,275 20,019[出典]『特性』105頁を一部改変。

Page 20: 韓国における子どもの貧困政策の法的検討 · 貧困および絶対的貧困は,ともに所得を基準として貧困を測定する指標である。しかし, 貧困児童は,教育,住居,医療など多様な側面からの支援の欠乏を経験することになるが,

児童家族福祉支出は, 大きく, 現金給付と現物給付で行われる。 児童家族手当, 育児休

職, そのほかが現金給付に含まれる。 現物給付には, 保育と家事サービス, そのほかのサー

ビスが含まれる。

韓国の場合, 代表的な現金給付には, 片父母家族手当, 委託児童養育手当, 養子縁組児

童の養育手当, 障害児童手当などがあり, 出産扶助ならびに育児休職給与, 低所得層対象

の児童発達口座なども含まれる。 現物給付には, 嬰幼児保育サービス, 放課後の世話, 要

保護児童福祉サービスなどが含まれる。 現金給付の対象は, 大部分が, 選別主義を基本に

した, 伝統的な福祉施行層に限定されている。 現金給付部門を拡大して, 全体的な支出規

模を大きくする戦略が必要である。

もっとも, 直接的な現金支援は, その効果は大きくない。 道徳的弛緩と社会的合意導出

の困難を先に解決しなければならない。 したがって, 直接的な現金支援よりは, 勤労動機

付与, 就業支援拡大, 最低賃金制強化を通じて, 勤労活動に誘引して, 間接的に原所得を

向上させるための政策を考慮しなければならない。

さらに, 韓国で導入されている勤労奨励金および多様な税額控除給与を通じて, 勤労所

得と総所得を向上させることが必要である。 貧困家庭の家族主が勤労活動に参与する場合,

勤労所得によって, 現在の社会福祉給付が減っていくことを不安がることがある。 勤労奨

励金と税額控除給与を通した勤労活動をつうじて獲得した所得を控除し, 児童保育に必要

な費用を支援し, 全体的な所得増加を目指すべきである。

このような多様なサービスを通じて, 子どもが否定的な発達産物を経験しないよう保護

する支援策を提供しなければならない。 そのためには, 貧困家庭父母と子どもの選択権を

保障するため, 購買力の増大を助ける, バウチャー方式の社会サービスを強化する必要が

ある。 家族機能強化回復と児童発達産物向上を目的にした多様な社会サービスを提供し,

貧困家族父母と子どもとの間の情緒的紐帯関係が, 毀損されないようにしなければならな

い。 これらを通じて, 究極的には, 子どもたちが成長発達を遂げることができるように,

援助しなければならない。

(4) 貧困減退モデルと人的資本開発モデルの同時推進必要

OECD国家の子どもの貧困政策は, 父母の雇用を促進する労働戦略と家族給付をひき

あげる給付戦略に区分される。 豪州・英国・ドイツ・アイルランドなどの国家が労働戦略

を選択している反面, 韓国・日本・イタリア・フランス・アメリカなどの国家は, 家族給

付戦略を選択している。 とはいえ, これらの国家が選択する戦略の中で, もはや, どの国

家が, 優位な戦略を有しているとはいえない。 なぜなら, 子どもの貧困解決のための特効

薬は存在しないからである。

それよりは, 二つの戦略を柔軟に結合させて, 施行する必要性がある。 労働戦略だけを

通じては, 父母の勤労活動により生じた, 助力の空白をうめることができず, 家族給付戦

略だけでは, 根本的な所得の増大をはかるのに限界がある。 このように, 子どもの貧困は,

単純な所得の欠乏だけではなく, 発達促進に必要な物質的, 非物質的資源の欠乏も経験す

大阪経大論集 第66巻第4号64

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るものなのである。 したがって, 子どもの貧困を退治するためには, 多次元的な接近を考

慮しなければならないのである。

貧困家庭は, 父母の勤労活動参与を通じて, 所得増大が行われたとしても, 解決しなけ

ればならない他の問題がある。 それは, 貧困児童が発達過程で経験する多様な否定的事件

や出来事である。 これらの事柄に効果的に対処するため, 教育, 保健, 家族体系に対する

支援が提供されなければならない。 同様に, 劣悪な居住環境および有害な地域社会環境の

改善, 安定的で持続的な財政状態維持のための勤労奨励金, 勤労所得税額控除制度, 財政

支援策などが, 総合的に考慮されなければならない。

以上のような, 多次元的な接近を整理すると, 2つのモデルの統合的で統一的な推進が

必要であるということがわかる。 すなわち, 直接的貧困減退モデルと人的資源開発モデル

が, 同時的に推進されなければならないということになる。

(5) 貧困の直・間接的悪影響を遮断するためのサービス提供

貧困が, 子どもの発達に否定的な影響を及ぼすことは, あきらかである。 子ども期の貧

困は, 子ども期全体の身体, 認知, 社会・情緒発達など, 全般的発達を阻害するだけでな

く, 一人の人間の生涯の発達にかかわって, 否定的な影響を及ぼすことになる。 したがっ

て, 貧困から誘発される直・間接的な否定的影響を遮断し, 減少させるための専門的な社

会サービスがはやくから提供される必要がある。

貧困がおよぼす直・間接的な否定的影響を精査すると, つぎのとおりである。 まず, 貧

困児童は, 非貧困児童に比して, 低体重で, 貧血, 高血圧であることが多い。 肝機能疾病

発生可能性もかなり高い。 このように, 成長発達と健康状態が脅かされる理由は, 貧困家

庭の父母が, 適切な児童養育機能を発揮できないからである。 したがって, 父母の養育機

能を支援し, 援助機能の空白をうめることができるサービスを提供する必要がある。

次に, 貧困児童は, 非貧困児童に比して, 学業不振と学校中途脱落率がより高く, 学校

適応問題をとても多く経験する。 おなじく, 貧困児童は, 非貧困児童に比して, 自我尊重

感が低い。 不安, 憂鬱感, 攻撃性など, 社会・情緒的問題をより多く経験する。

結局, 貧困児童は, 多様な問題と非適応経験を経ることにより, 成長するための自立と

適応がうまくできず, これが, 貧困の世代連鎖という問題にあらわれることになる。 した

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 65

[図表14]貧困児童政策の分類

貧困減退モデル 公的扶助, 手当支援などを通じての所得支援勤労奨励金を通じての勤労連携福祉職業開発訓練を通じての勤労市場政策

人的資本開発モデル 初期予防と介入を通じての発達支援サービス教育成就強化のための教育福祉サービス高危険群児童のための専門社会サービス

出典:『特性』110頁を一部改変。

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がって, 貧困危険に対する脆弱性が高い, 片父母家族を中心に, 貧困児童に対する総合的

な福祉・教育・文化支援を提供しなければならない。

このことと関連して, 韓国は, 落後地域貧困児童の学校適応と学業成就向上のための,

教育福祉優先事業を施行し,また, 低所得脆弱家庭の嬰幼児と初等学校児童のための情緒

発達総合支援サービスを提供するドリームスタート事業などを実施している。 ただし, こ

れらの事業の主務部署は, 教育部, 保健福祉部, 女性家族部などにわけられていて, 統合

的な政策が施行されるのには, 限界がある。

(6) 小括

『特性』は, 以上の検討から, 小括を行い,以下の課題を示した。

第一に, 子どもの貧困政策の具体的実行計画のもと, 鮮明で強力な政策目標が設定され

る必要がある。 第二に, 多次元的で, 包括的な介入戦略を有機的に連携させるような子ど

もの貧困政策の推進モデルが必要である。 第三に, 均衡のとれた児童家族福祉支出の拡大

が必要である。 第四に, 子どもの貧困政策の統合調整機能を強化する必要がある。 第五に,

伝統的な児童福祉施設の機能を多角化して, あたらしい児童福祉欲求に対応できるような

役割を再定立し, 出口戦略を樹立しなければならない。 第六に, サービス提供方式の多様

化と児童期発達段階を考慮して, 生涯周期にあったサービスを強化する必要がある。 第七

に, 普遍的児童福祉の拡大に沿った基準の子どもの貧困政策の性格への変換が必要である。

4�2 若干の検討

本節では,『特性』が示した上記の課題のうち, 日本法に示唆が得られるであろう部分

を取り出して検討することにする。 すなわち, (1) 貧困集団の三分類について, (2) 長

期的政策目標, (3) 現金給付と現物給付, (4) 貧困減退モデルと人的資本開発モデルの

同時推進, (5) 子どもの貧困政策の方向性, である。

(1) 貧困集団の三分類について

『特性』は, 子どもの貧困を集団別に把握するにあたり, 住居費過負担集団, 多次元剥

奪集団, 非貧困集団の三つの集団を抽出した。 このうち, 住居費過負担集団という分類は,

韓国の住宅事情を反映したものとして興味深い。 韓国では, 遅くとも1960年代後半には劣

悪な住宅事情が問題となっており, すでに盧武鉉政権が, 低所得層の居住不安定による格

差拡大が問題であるとして, 居住福祉政策の充実を打ち出していた32)。 こういった政策動

向が, 住居費過負担集団の存在が抽出されることになった背景にあると考えられよう。 そ

して, この集団は, 住居費負担の軽減が実現すれば, 貧困状態からの脱出が期待できると

される点で特徴を有している。

このような, 住居の貧困と子どもの貧困を結びつけるアプローチは, 日本における子ど

大阪経大論集 第66巻第4号66

32) 韓国の状況については, 全泓奎『韓国・居住貧困とのたたかい』(2012) が詳しい。

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もの貧困を考えるにあたって参考になるのではないか。 日本では, 2015年7月より住宅扶

助の上限額が多くの地域で引き下げられた。 これは2008~2013年度の家賃物価指数を反映

させることなどが目的とされているが, この引き下げによって, 引越しを余儀なくされる

など, 生活環境が変わる世帯が出る可能性がある。 そしてその世帯が子育て世帯である場

合, 子どもへの影響を考慮しないわけにはいかないだろう。 こうしてみると, 住居費過負

担をいかに軽減し, 子どもの貧困の緩和につなげていくかというアプローチは検討に値す

るのではないか33)。

(2) 長期的政策目標

『特性』は, これまで子どもの貧困解決のための長期的政策目標が不在であったから,

目標設定が必要であるとする。 しかし, これまで韓国に, こういった長期的政策目標が存

在しなかったと断言することはできない。 すなわち, 憲法・児童福祉法が忘れられている。

韓国憲法34条1項は 「すべて国民は, 人間らしい生活を営む権利を有する」 と国民の権

利を定め, 同条2項は 「国は, 社会保障および社会福祉の増進に努める義務を負う」 とこ

れに対応する国の義務を定める。 同条4項は 「国は, 老人と青少年の福祉向上のための政

策を実施する義務を有する」 として, 青少年に対する福祉推進義務を定める。 また, 韓国

憲法36条は,1項で 「婚姻および家族生活は, 個人の尊厳および両性の平等を基礎として

維持されなければならないし, 国はこれを保障する」 と定め, 2項で 「国は, 母性の保護

のために努めなければならない」 とする。 さらに, 韓国児童福祉法3条は, 児童の差別禁

止, 児童の最善の利益などの規定を有している。 このような,政策目標として参照すべき

法令が存在するにもかかわらず, これらを採用しないのは何故なのか, これらを採用して

何の不都合があるのか, 理解に苦しむ。 しかも, 韓国の場合, 学校給食や保育については

国家責任で行うとの理念が定着しつつあるとの評価もある34)。 そうであれば, 憲法や児童

福祉法に拠って, 国家責任を明確に位置づけることは, むしろ望ましいことのように思わ

れる。 つまり, 憲法や児童福祉法を基礎に据えることによって, 児童福祉支出の増加の根

拠が強化されると考えられなければならないということである。

(3) 現金給付と現物給付

『特性』は, 現金給付に, どちらかというと, 懐疑的な立場をとっているように見える。

現金給付の拡大の必要性を述べながら, 他方で, 現金給付は道徳的弛緩を招き, 社会的合

意も得られないから, その解決が先決であるとするからである。 しかし, たとえば, 子ど

もの教育費という点から見ると, 学用品調達のための現金給付は, 親に道徳的弛緩がおこ

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 67

33) 阿部彩『子どもの貧困Ⅱ』(2014) 185頁は, 「これまで議論されてこなかった点として, 住宅費の負担を軽減する政策をあげたい」 として, 住宅費負担軽減の必要性を指摘している。『特性』の分類は, この指摘と見解を同じくするものであり, 興味深い。

34) 勅使千鶴 「韓国の保育教師養成および補習教育の現状と課題-保育の『公共性』と『質の向上』への取り組み-」 日本福祉大学子ども発達学論集3 (2011) 1頁以下。

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ろうとおこるまいと, 必ず必要になる。 給食費についても同じことで, 親がどのような状

態になっても, 子どもの給食費は必要である。 さらに, これらの費用が学校教育を受ける

際に必ず必要なものであることについての社会的合意もできている。 こうしてみると, 現

金給付全般が, 即, 道徳的弛緩を招き, 社会的合意の困難を招くということにはならない

はずである。 この点についての考慮を『特性』は欠いている。

また,『特性』は, 現金給付の必要性を述べながら, 「勤労動機付与, 就業支援拡大, 最

低賃金制強化を通じて, 勤労活動に誘引して, 間接的に原所得を向上させるための政策を

考慮しなければならない」 として, 現金給付より労働市場への誘導を優先すべきとの立場

をとる。 たしかに, 親を労働市場への誘導すること, それ自体は子どもの貧困減退のため

に不可欠な施策である。 しかし, 働くことができない事情や理由がある場合がある。 労働

市場への誘導に急なあまり, 各々の事情が無視されるようなことがあるかもしれない。 そ

の際, 子どもが様々な困難に直面する可能性が高くなり, 子どもの成長にマイナスの影響

を及ぼす可能性が高くなる。 このように考えると, 直接的な現金給付を, 間接的な所得向

上政策より, 劣位に置く必要はなく, 両者は対等の重みを持つものと考えておくべきであ

る。『特性』も, 現金給付より現物給付を優先すべきとまでは述べていないのだから, 過

度に現金給付のマイナス面を強調する必要はない。

(4) 貧困減退モデルと人的資本開発モデルの同時推進

同様のことが, 貧困減退モデルと人的資本開発モデルの同時推進についても言える。 こ

れらのモデルは同時に推進されるのが望ましく, どちらかが優先されるという性質のもの

ではない。 ただし, 幾つかの留意点が考えられるので, ここで指摘すると, 第一に, この

ようなモデルを推進するにあたっては, 推進のためのインフラ整備が不可欠である。 片父

母世帯の就労促進のための保育所整備が例としてあげられるだろう。 第二に, 勤労インセ

ンティブを高める必要性を否定するつもりはないが, 働けない事情があったり, 働いても

十分な収入を得られない場合もある。 繰り返しになるが, 個別の事情があるわけで, これ

を無視ないし軽視することは妥当ではない。 個別の事情を考慮せず, 単に就労を促すだけ

では, 貧困=自己責任論に限りなく近づいていくという帰結を招くだけである。 このよう

な事態を招くのであれば, 同時推進モデルの存在意義は無くなってしまうだろう。

(5) 子どもの貧困政策の方向性-ドリームスタート・教育福祉優先支援事業を例として-

『特性』は 「普遍的児童福祉拡大の基準に沿った」 子どもの貧困政策を推進すべしとし

ている。 もっとも, 詳細については何も説明していないため, 「普遍的児童福祉拡大」 と

いうのがどのような意味なのかは不明である。 しかし,『特性』の記述から推察できると

ころがあること, また, 日本法への示唆を考えるにあたり, 普遍的制度について考察する

ことは意義があると考えられることから, 検討を加えることにする。 ここでは, ドリーム

スタート事業と教育福祉優先支援事業をとりあげて考えてみたい。 なぜなら, 近年の韓国

子どもの貧困政策のうち, 注目すべきものと考えられるからである。

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ドリームスタートという名称は, イギリスのシュア・スタートにならったものと考えら

れるが, シュア・スタートと比較すると, その内容はかなり異なる。 シュア・スタートは,

「特定の個人や家庭だけでなく, 重点地域全体をカバーするため, スティグマ……の問題

が生じないという利点」35) が強調されている。 他方, ドリームスタートも地域指定を行う

点では変わらないが, 支援対象は, 脆弱世帯を選定することとなっており, 対象は限定さ

れる。 スティグマの問題は十分に考慮されておらず, 性格が異なるといっても過言ではな

い。 この点については, ドリームスタートよりも, 教育福祉優先支援事業のほうが, 学校

全体を支援対象としており, シュア・スタートと共通点を有していると言える。 しかし,

教育福祉優先支援事業のほうは, 学校が対象となる点で, シュア・スタートとは性格が異

なる。 ドリームスタートも教育福祉優先支援事業も, シュア・スタートの一部分を取り出

して制度化したような印象がある。 有り体にいえば 「中途半端」 なのである。

また, シュア・スタートは 「幼児教育の無償化, さまざまな手段による保育機会の拡充,

保育従事者のキャリア・アップの仕組み」 などが底を支えているとされる36)。 では, ドリー

ムスタートや教育福祉優先支援事業は, 何が底を支えているのか。 これもいまひとつ鮮明

でない。 ドリームスタートについていえば, 無償化の理念が制度を支えているわけでもな

いし, 保育機会の拡充も対象児童を限定しているために, 十分なものとはならない。 教育

福祉についても, 同様のことが言えるだろう。 教育福祉について, 「新自由主義的政策を

進めていく中で現れてくる矛盾を取り繕う弥縫策とみることもできる」 との評価がある37)

が, 首肯できるものがある。

こうしてみると, ドリームスタートも教育福祉優先支援事業も, 問題だらけにしか見え

ない。 しかしながら, こういった取り組みを 「無駄」 として切って捨てる必要はない。 ド

リームスタートで提供されるサービスは, 日本ではすでに保育所で提供されているように

みえるからである。 子どもの貧困対策として保育所を積極活用すべきとの指摘はすでにな

されており38), 筆者も賛成する。 ドリームスタートや教育福祉優先支援事業については,

現在のところ, 親への支援を積極的に行っているなどの事業内容が参考になる,そして,

保育所の積極活用の傍証となる,という評価が妥当であると思われる。

お わ り に

以上, 韓国子どもの貧困政策の概要をまとめ, 検討を加えてきた。 子どもの貧困率の上

昇を抑えようとする韓国の苦闘は, 日本の子どもの貧困対策を考える上で参考になるもの

と思われる。 最後にもう一度触れておくと, 貧困集団の三分類, 長期的政策目標について,

韓国における子どもの貧困政策の法的検討 69

35) 岩重佳治 「現地調査から学ぶイギリスの子どもの貧困対策」 「なくそう!子どもの貧困」 ネットワーク編『イギリスに学ぶ子どもの貧困解決』(2011) 15頁。

36) 埋橋玲子 「シュア・スタートとイギリスの乳幼児・家族支援」 「なくそう!子どもの貧困」 ネットワーク編前掲書61頁。

37) 尾崎前掲論文98頁。38) 阿部前掲書163�4頁。

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政策実施の方法, 方向性 (普遍的な方向へ) といった論点はとりわけ興味深い。 これらの

点は, 日本の制度を考える際に, 参考になるものと思われる。 まず, 住居費過負担集団と

いう概念は, 管見の限りでは, 日本では聞いたことがない。 こういった捉え方があること

自体が興味深く, 検討に値する概念ではないかと考えられる。 次に, 長期的政策目標の不

在は, 憲法論の深化が必要ということになる。 これは日本の憲法学の課題を示していると

も言えよう。 そして, 本稿で紹介した韓国の諸制度が, 対象者を限定しない普遍的な方向

に進むのか, それとも対象者を限定する方向に進むのかという点については, 大雑把な見

立てではあるが, 筆者は, 紆余曲折ありながらも, 少しずつ普遍的な方向に進むのではな

いかと考えている。 今後も韓国の政策動向を注視していきたい。

追記:本稿は, JSPS科研費 (24530039) による成果の一部である。

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