著明な自律神経障害を呈した神経サルコイドーシスの67歳男性例 ·...

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139 日サ会誌 2013, 33(1) 〔症例報告〕 著明な自律神経障害を呈したサルコイドーシスの1例 著明な自律神経障害を呈した神経サルコイドーシスの67歳男性例 藪内健一 1) ,岡崎敏郎 1) ,中村憲一郎 1) ,花岡拓哉 1) ,木村成志 1) ,森 敏雄 2) ,平野照之 1) ,熊本俊秀 1) Ken-ichi Yabuuchi 1) , Toshio Okazaki 1) , Ken-ichirou Nakamura 1) , Takuya Hanaoka 1) , Noriyuki Kimura 1) , Toshio Mori 2) , Teruyuki Hirano 1) , Toshihide Kumamoto 1) 【要旨】 症例は67歳,男性.7年前より足先の異常感覚,3年前より下肢脱力を自覚した.1年前より嚥下障害が出現し,誤嚥 性肺炎を繰り返した.筋力低下の進行から歩行不能となり当科入院となった.神経学的所見として,嚥下障害,四肢遠位 優位の筋力低下と感覚障害,深部腱反射消失,排尿障害および起立性低血圧を認めた.末梢神経伝導検査では運動感覚性 多発ニューロパチーの所見を示し,各種自律神経検査では交感神経の節前性障害が示唆された.ツベルクリン反応は陰性, 67 Gaシンチグラフィにて縦隔および鼠径部に集積を認め,右鼠径リンパ節生検にて非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を認めた. 腓腹神経生検では肉芽腫を認めなかった.以上から神経サルコイドーシスと診断した.プレドニゾロン投与により神経症 状は著明に改善し,歩行可能となった.自律神経運動感覚性ニューロパチーを伴う神経サルコイドーシスは非常に稀であ り,貴重な症例と考えられた. [日サ会誌 2013; 33: 139-145] キーワード:サルコイドーシス,嚥下障害,自律神経障害,運動・感覚多発ニューロパチー,リンパ節生検 A Male Case Aged 67 of Neurosarcoidosis with Severe Autonomic Dysfunction Keywords: sarcoidosis, dysphagia, autonomic disturbance, motor and sensory polyneuropathy, lymph node biopsy 1)大分大学医学部総合内科学第三講座 2)湯布院厚生年金病院 神経内科 著者連絡先:藪内健一(やぶうち けんいち) 〒879-5593 大分県由布市挾間町医大ヶ丘1-1 大分大学医学部総合内科学第三講座 E-mail:[email protected] 1)Department of Neurology and Neuromuscular Disorders, Oita University Faculty of Medicine 2)Department of Neurology, Welfare Pension Yufuin Hospital はじめに サルコイドーシスはリンパ節,肺,眼,皮膚のみならず, 心,腎,肝,神経,筋など全身の臓器に非乾酪性類上皮 細胞肉芽腫を生じる原因不明の疾患である.神経病変は その約10%に生じる 1) .今回,われわれは,四肢の感覚障 害と筋力低下,嚥下障害に加え,起立性低血圧や排尿障 害など著明な自律神経障害を伴った神経サルコイドーシ スの1例を経験した.起立性低血圧を含む自律神経障害 を呈した神経サルコイドーシスの報告はきわめて少なく, 文献的考察を加えて報告する. 症例提示 ●症例:67歳,男性. ●主訴:嚥下障害,四肢異常感覚と筋力低下,歩行障害, 排尿障害. ●既往歴:45歳時より糖尿病(未治療).62歳時に両側白 内障手術. ●家族歴:特記事項なし. ●職業歴:元公務員.事務職. ●喫煙歴:20本/日×25年,20年前から禁煙. ●現病歴:30歳代より健康診断にて尿糖を指摘され,45 歳時に近医で糖尿病と診断されたが未治療であった. 2004年頃より両足先の異常感覚が出現し,2007年頃から は下肢の脱力を自覚した.症状はその後も進行し,2008 年頃には階段昇降が困難になった.2010年頃よりむせる ことが多くなった.2011年1月に誤嚥性肺炎にて近医入 院し,3月にも再度誤嚥して救急搬送された.入院中も 誤嚥を繰り返したため5月に胃瘻を造設された.その間 も筋力低下が進行し,平地歩行が困難となった.進行す る四肢の筋力低下と嚥下障害の精査目的で同年6月に当 科転院となった. ●入院時現症:身長165 cm,体重41 kg.体温36.4℃,血 圧 111/54 mmHg,脈拍 76回/分・整で,眼瞼結膜に貧血 あり.耳下腺の腫脹なし.角結膜・口腔内の乾燥を認め

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139日サ会誌 2013, 33(1)

〔症例報告〕著明な自律神経障害を呈したサルコイドーシスの1例

著明な自律神経障害を呈した神経サルコイドーシスの67歳男性例

藪内健一1),岡崎敏郎1),中村憲一郎1),花岡拓哉1),木村成志1),森 敏雄2),平野照之1),熊本俊秀1)

Ken-ichi Yabuuchi1), Toshio Okazaki1), Ken-ichirou Nakamura1), Takuya Hanaoka1), Noriyuki Kimura1), Toshio Mori2),Teruyuki Hirano1), Toshihide Kumamoto1)

【要旨】症例は67歳,男性.7年前より足先の異常感覚,3年前より下肢脱力を自覚した.1年前より嚥下障害が出現し,誤嚥

性肺炎を繰り返した.筋力低下の進行から歩行不能となり当科入院となった.神経学的所見として,嚥下障害,四肢遠位優位の筋力低下と感覚障害,深部腱反射消失,排尿障害および起立性低血圧を認めた.末梢神経伝導検査では運動感覚性多発ニューロパチーの所見を示し,各種自律神経検査では交感神経の節前性障害が示唆された.ツベルクリン反応は陰性, 67Gaシンチグラフィにて縦隔および鼠径部に集積を認め,右鼠径リンパ節生検にて非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を認めた.腓腹神経生検では肉芽腫を認めなかった.以上から神経サルコイドーシスと診断した.プレドニゾロン投与により神経症状は著明に改善し,歩行可能となった.自律神経運動感覚性ニューロパチーを伴う神経サルコイドーシスは非常に稀であり,貴重な症例と考えられた.

[日サ会誌 2013; 33: 139-145]キーワード:サルコイドーシス,嚥下障害,自律神経障害,運動・感覚多発ニューロパチー,リンパ節生検

A Male Case Aged 67 of Neurosarcoidosis with Severe Autonomic Dysfunction

Keywords: sarcoidosis, dysphagia, autonomic disturbance, motor and sensory polyneuropathy, lymph node biopsy

1)大分大学医学部総合内科学第三講座2)湯布院厚生年金病院 神経内科

著者連絡先:藪内健一(やぶうち けんいち) 〒879-5593 大分県由布市挾間町医大ヶ丘1-1 大分大学医学部総合内科学第三講座 E-mail:[email protected]

1) Department of Neurology and Neuromuscular Disorders, Oita University Faculty of Medicine

2) Department of Neurology, Welfare Pension Yufuin Hospital

はじめにサルコイドーシスはリンパ節,肺,眼,皮膚のみならず,

心,腎,肝,神経,筋など全身の臓器に非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を生じる原因不明の疾患である.神経病変はその約10%に生じる1).今回,われわれは,四肢の感覚障害と筋力低下,嚥下障害に加え,起立性低血圧や排尿障害など著明な自律神経障害を伴った神経サルコイドーシスの1例を経験した.起立性低血圧を含む自律神経障害を呈した神経サルコイドーシスの報告はきわめて少なく,文献的考察を加えて報告する.

症例提示●症例:67歳,男性.●主訴:嚥下障害,四肢異常感覚と筋力低下,歩行障害,排尿障害.●既往歴:45歳時より糖尿病(未治療).62歳時に両側白内障手術.

●家族歴:特記事項なし.●職業歴:元公務員.事務職.●喫煙歴:20本/日×25年,20年前から禁煙.●現病歴:30歳代より健康診断にて尿糖を指摘され,45歳時に近医で糖尿病と診断されたが未治療であった.2004年頃より両足先の異常感覚が出現し,2007年頃からは下肢の脱力を自覚した.症状はその後も進行し,2008年頃には階段昇降が困難になった.2010年頃よりむせることが多くなった.2011年1月に誤嚥性肺炎にて近医入院し,3月にも再度誤嚥して救急搬送された.入院中も誤嚥を繰り返したため5月に胃瘻を造設された.その間も筋力低下が進行し,平地歩行が困難となった.進行する四肢の筋力低下と嚥下障害の精査目的で同年6月に当科転院となった.●入院時現症:身長165 cm,体重41 kg.体温36.4℃,血圧 111/54 mmHg,脈拍 76回/分・整で,眼瞼結膜に貧血あり.耳下腺の腫脹なし.角結膜・口腔内の乾燥を認め

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日サ会誌 2013, 33(1)140

著明な自律神経障害を呈したサルコイドーシスの1例〔症例報告〕

た.表在リンパ節は触知せず,皮疹も認めなかった.神経学的には,意識清明,瞳孔は3.0 mm大で不同はない.対光反射は消失していたが,輻輳調節反射は保たれ,いわゆる偽性Argyll-Robertson瞳孔を認めた.両側眼輪筋の筋力低下を認め,軟口蓋反射は消失し,挺舌は不良で舌運動は緩慢であったが,舌の萎縮はなかった.運動系では両側小手筋,前腕および下腿に筋萎縮を認め,徒手筋力試験で上下肢とも近位筋4,遠位筋が2の両側対称性の筋力低下を認めた.深部腱反射は両側とも上肢遠位部で減弱し,下肢では消失していた.病的反射は陰性であった.感覚系では四肢遠位部優位に異常感覚を認め,振動覚は外踝と膝で消失していた.協調運動に異常を認めなかった.Romberg徴候は陰性で,体幹失調はなかった.自律神経系では起立性低血圧,排尿困難,陰萎と便秘を認めた.●検査所見:血液検査では,肝胆道系酵素の上昇に加え,Hb 7.8 g/dLと貧血を認めた.HbA1c(JDS)は7.2%,空腹時血糖 211 mg/dLと糖尿病の所見であった.赤沈は113 mm/hr,CRP 2.68 mg/dL,IgG 2,448 mg/dL,sIL-2R 2,153 U/mLと高値であり,慢性的な炎症の存在が疑われた.抗核抗体,リウマトイド因子,抗SS-A/Ro および 抗SS-B/La抗体は陰性であった.血清ACE, リゾチームおよびCa値は正常範囲内であったが,ツベルクリン反応は陰性であった.甲状腺ホルモンおよびビタミンは正常で,M蛋白質は認めなかった.脳脊髄液検査では細胞数 1/mm3未満,蛋白 45.0 mg/dL, 糖 84 mg/dL, IgG index 0.48であった(Table 1).

針筋電図検査では四肢に高振幅, 長持続時間の運動単位など神経原性変化を認め,遠位筋ほど異常が強かった.下肢には脱神経所見を認めた.末梢神経伝導検査では,運動神経は四肢ともに著明なCMAPの低下を認め,正中神経では右36.3 m/s, 左33.4 m/s,脛骨神経では右32.1 m/s, 左 32.7 m/sと伝導速度が低下していた.感覚神経では四肢とも波形が導出されなかった. F波はいずれにおいても潜時,伝導速度とも低下していた.体性感覚誘発電位

(somatosensory evoked potential: SEP) ではN9–N13が両側性に延長していた(Table 2).

自律神経検査では,チルトテーブルによる起立負荷試験において,立位直後から著明な血圧低下を認め,5分後に最低値(49/36 mmHg)となった.そのときの心拍数は98回/分であり,安静時(80回/分)から代償性に増加していた.試験中の血中ノルアドレナリン濃度は,臥位で0.21 ng/mL,起立後0.44 ng/mLと正常範囲内であった.心電図R-R間隔変動(CVR-R)は0.72%と低下していたが,123I-MIBG心筋シンチグラフィでは,早期相,後期相とも集積低下を認めなかった.点眼試験では,5%チラミンにて明らかな散瞳を認め,5%コカインにて軽度の散瞳を認めたことから,節前性の障害が示唆された.膀胱機能検査では尿意は減弱し,随意性排尿はほぼ不能であった.残尿は400 mLであり,膀胱内圧は低下し,無緊張性収縮パターンであった(Table 3).

胸部X線写真(Figure 1),および全身CTにて両側肺門リンパ節腫脹を認めたが,肝,膵,腎など主な全身臓器に異常を認めなかった.67Gaシンチグラフィでは縦隔,

HematologyWBC 4,600 /µLRBC 289×104 /µLHb 7.8 g/dLHt 25.1 %Plt 20.0×104 /µL

BiochemistryTP 7.1 g/dLAST 68.7 IU/LALT 73.7 IU/LALP 789 IU/Lγ-GTP 172 IU/LLDH 195 IU/LCPK 15.0 IU/LBUN 16.5 mg/dLCre 0.44 mg/dLFBS 211 mg/dLHbA1c 7.2 %

PPD1×1 mm (−)

SerologyESR 113 mm/hrCRP 2.68 mg/dLIgG 2,448 mg/dLIgA 832 mg/dLIgM 75 mg/dLIgE 602 IU/mLANA <40 倍ds-DNA 3.0 IU/mLSS-A 2.3 倍SS-B 3.3 倍PR3-ANCA 1.1 U/mLMPO-ANCA 1.0 U/mLRF <10 倍sIL-2R 2,153 U/mLACE 18.2 IU/Llysozyme 9.6 µg/mLfT4 1.23 ng/dLTSH 2.4 µIU/mLVitamin B1 50 ng/mLVitamin B12 671 pg/mLM蛋白質 (−)

CSF cell <1 /µL mono 100 % poly 0 %protein 45.0 mg/dLglucose 84.0 mg/dLsIL-2R <54.5 U/mLMBP <31.2 pg/mLoligoclonal band (−)IgG index 0.475

Table 1. 入院時検査所見

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141日サ会誌 2013, 33(1)

著明な自律神経障害を呈したサルコイドーシスの1例 〔症例報告〕

肺門部に加え,耳下腺と鼠径部リンパ節に異常集積がみられた(Figure 2).脊髄MRIでは髄内に異常信号なく,神経根の腫大や異常造影効果を認めなかった.気管支肺胞洗浄液(BALF)中の総細胞数は2.57×105 /mLと上昇を認めなかったが,リンパ球分画が19%と上昇していた.BALF中のCD4/CD8比は3.03と高値であった.超音波気管支鏡下での縦隔リンパ節生検では.類上皮細胞肉芽腫は指摘できなかった.同じく67Gaの集積があった右鼠径リンパ節生検にて,多数の類上皮細胞肉芽腫と,ラングハンス型多核巨細胞が散見され,サルコイドーシスの所見を認めた(Figure 3).左腓腹神経生検では,HE染色にて類上皮細胞肉芽腫や血管周囲の炎症細胞浸潤は認めず,アミロイドーシスの所見もなかった.エポン包埋トルイジンブルー染色横断標本では,大径,小径とも有髄線維の密度が高度に低下しており,ミエリンオボイド様

の線維とともに,菲薄化したミエリンをもつ線維も認められた(Figure 4).ときほぐし標本では,軸索変性が15%,節性脱髄が10%,それぞれ認められた.

眼科診察では前部ぶどう膜炎や硝子体混濁を認めなかった.Saxonテストでは1.6 mL/2分と唾液分泌量の低下を認め,Schirmerテストでは 右5mm, 左8mmと涙液分泌も低下していた.口唇生検では腺房の萎縮がみられたが,50個以上のリンパ球集簇はみられなかった.●臨床経過:四肢遠位部優位の感覚障害と筋力低下で発症し,嚥下障害を繰り返した病歴と,神経学的所見,針筋電図,末梢神経伝導検査および各種自律神経検査から自律神経運動感覚性ニューロパチーと診断した.

原因疾患として,上記検査所見より神経サルコイドーシスと考え,治療として入院早期よりリハビリテーションを処方し, さらにプレドニゾロン50 mg/日(1mg/

Table 2. 電気生理学的検査所見

SEP 両側性にN9–N13の延長あり.針筋電図 四肢に高振幅,超持続時間の運動単位を認める.下肢では脱神経所見を認める.末梢神経伝導検査

MCV(m/s) CMAP(mV) FWCV(m/s) SCV(m/s)正中神経(右) 36.3 2.15 44.6 正中神経(右) 波形描出なし正中神経(左) 33.4 1.57 42.1 正中神経(左) 波形描出なし尺骨神経(右) 56.5 1.59 46.7 尺骨神経(右) 波形描出なし尺骨神経(左) 47.2 1.02 44.3 尺骨神経(左) 波形描出なし脛骨神経(右) 32.1 0.74 32.8 腓腹神経(右) 波形描出なし脛骨神経(左) 32.7 1.39 34.9 腓腹神経(左) 波形描出なし

Table 3. 自律神経検査所見

■起立負荷試験臥位 起立1分 3分 5分 10分

血圧(mmHg) 114/68 55/39 55/30 49/36 54/39心拍数(/min) 80 91 93 98 104ノルアドレナリン(ng/mL) 0.21 - - 0.37 0.44(0.15–0.57)

■心電図R-R間隔変動 0.72%■123I-MIBG-心筋シンチグラフィ H/M比は早期相で265.5%,後期相で201.8%.Washout率48.5%

■点眼試験1%フェニレフリン 散瞳あり 7.0 mm5%チラミン 散瞳あり 7.0 mm5%コカイン 軽度散瞳 5.0 mm0.25%ピロカルピン 軽度縮瞳 2.5 mm

■膀胱機能検査残尿 400 mL膀胱容量 >500 mL最大尿流速 22 mL/s最大尿流速時の排尿筋圧 44 cm H20随意排尿は不能,尿意は減弱あり.溢流性尿失禁あり.蓄尿時に不随意収縮頻発.

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143日サ会誌 2013, 33(1)

著明な自律神経障害を呈したサルコイドーシスの1例 〔症例報告〕

Figure 5. 臨床経過

考察本症例は,両下肢異常感覚で発症し,慢性進行性の四

肢の筋力低下から誤嚥性肺炎を繰り返すという経過をとった.精査により,胸部X線写真上の両側肺門リンパ節腫脹,67Gaシンチグラフィでの耳下腺,縦隔・肺門および鼠径リンパ節への異常集積,ツベルクリン反応の陰転化およびBALF中のCD4/CD8比の高値が判明し,さらに右鼠径リンパ節生検にて多核巨細胞を伴う非乾酪性類上皮細胞肉芽腫が認められたことから,診断基準2)に従いサルコイドーシス(組織診断群)と診断した.

本症例の神経症状として,①両側顔面,舌咽・迷走, 舌下の各脳神経障害,②四肢遠位優位の筋萎縮と筋力低下,③左右対称性,手袋・靴下型の異常感覚,④深部腱反射の減弱・消失,⑤著明な自律神経障害,が認められ,脳神経を含む自律神経運動感覚性多発ニューロパチーの像を呈していた.これらのいずれもがステロイド療法によって著明に改善した.神経サルコイドーシスはサルコイドーシス全体の約10%を占め1),その内訳として中枢神経病変が48%, 髄膜病変が22%, 水頭症が7%, 脳神経麻痺が53%とされる3).Gascón-Bayarriらの検討4)によれば,脳神経障害の中では,顔面神経麻痺がもっとも多く32%に, 舌咽・迷走神経の障害は6%に,それぞれみられるとされる.サルコイドーシスにおける嚥下障害の原因として,舌咽・迷走神経障害のほかに,食道自律神経の機能不全による食道アカラシア5)や,輪状咽頭筋のミオパチー 6)など,稀な原因によるものの報告もあるが,本症例では食道の拡張や咽頭部の狭窄所見を欠き,嚥下内視鏡にて軟口蓋反射の消失と嚥下運動不能が確認されたことから,最終的に舌咽・迷走神経麻痺によるものと結論した.

末梢神経障害は,神経サルコイドーシスの4–20%を占

めるとされ7),慢性感覚運動性多発ニューロパチー,多発単ニューロパチー,小径線維ニューロパチーを含む感覚性ニューロパチー,Guillain-Barré症候群様の急性神経根炎および慢性炎症性脱髄性多発神経炎(いわゆるCIDP)など多彩な型をとりうる8–13).

診断は通常神経生検によって行われ,非乾酪性類上皮細胞肉芽腫の存在をもって確定診断となるが,壊死性血管炎や微小血管炎も同様の診断的価値をもつとされる10).サルコイドーシスに伴うニューロパチーの発症機序は依然未解明であるが,①サルコイド結節による機械的な圧迫と免疫介在性の要素,②血管炎による虚血,の二つ(あるいは両者の混在)が提唱されている14–16).本症例は,初期から左右対称性の多発ニューロパチーの形をとっており,積極的に血管炎を疑うものではなかった.腓腹神経生検において,有髄線維の高度の減少,軸索変性と脱髄の両者の所見が得られ,電気生理学的所見を裏付けたが,類上皮細胞肉芽腫や血管炎は認めなかった.

以上から前出の診断基準2)に照らして,神経サルコイドーシス(probable群) と診断した. 肉芽腫や血管炎を認めなかった理由として,腓腹神経の生検部位より近位側に病変が存在していた可能性を考える.木村らの報告17)では,腓腹神経生検を施行されたサルコイドニューロパチー 30例のうち,6例では類上皮細胞肉芽腫,血管炎とも認めなかった.

本症例の特徴は,起立性低血圧や排尿障害などの著明な自律神経症状を呈した点である.鑑別として糖尿病,Sjögren病あるいはアミロイドーシスに伴うニューロパチーを考えた.一般に糖尿病性では感覚障害が優位であり,本症例のように運動障害が強い点は非典型的である.さらに,前医からのインスリン治療を継続しステロイド

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日サ会誌 2013, 33(1)144

著明な自律神経障害を呈したサルコイドーシスの1例〔症例報告〕

Table 4. 自律神経症状を伴ったサルコイドニューロパチーの報告例

報告者 年齢・性別 末梢神経症状 自律神経症状 神経生検 肉芽腫 血管炎 治療風早ら(1985)19) 31歳女性 両Ⅰ,Ⅴ,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ脳神経麻痺

右Ⅺ脳神経麻痺四肢深部反射消失両下腿以下の全知覚低下

瞳孔不同起立性低血圧排尿障害

正常 (−) (−) 無治療自然軽快

小田ら(2000)20) 49歳女性 左顔面神経麻痺胸背部異常感覚両上肢筋力低下

Adie瞳孔起立性低血圧

未施行 PSL 40 mg著効

木村ら(2008)17) 51歳男性 四肢筋力低下両手の異常感覚Th4-11レベルの異常感覚両側大腿前面の錯感覚

起立性低血圧便秘インポテンツ

軸索障害 (−) (+) PSL 40 mg著効

本症例 67歳男性 両Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ,Ⅻ脳神経麻痺四肢筋力低下四肢深部反射減弱〜消失四肢遠位の異常感覚

偽性Argyll-Robertson瞳孔起立性低血圧排尿障害インポテンツ

軸索障害 (−) (−) PSL 50 mg著効

PSL:プレドニゾロン

治療前までに HbA1c 4.8%と改善していたにもかかわらず神経症状は改善をみせず,ステロイド治療により著明な改善をみせた.本症例における糖尿病の関与は完全には否定できないが,神経症状の一次的な原因とは考えにくいと判断した.Sjögren症候群については,角結膜・口腔内の乾燥症状を有し,Saxon,Schirmer両テスト陽性から強く疑ったが,抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体は陰性で,口唇生検にてリンパ球浸潤がごく軽度にとどまり,診断に至らなかった.サルコイドーシスにおいても同様に外分泌機能低下をきたすことが報告されており17, 18),本症例の乾燥症状はサルコイドーシスによるSicca症候群と考えた.アミロイドーシスについては,腓腹筋生検のみならず,十二指腸生検,口唇生検のいずれでもアミロイド沈着の所見を認めず,否定的であった.

次に本症例の自律神経検査所見から,想定される障害部位について考察する.起立負荷試験にて血圧低下を認めたが,血漿ノルアドレナリン濃度は正常域にあり,立位反応も認められた.123I-MIBG心筋シンチグラフィでは取り込み低下なく,以上から交感神経の節後性の障害は否定的と考える.点眼試験ではチラミンにて明らかな散瞳を認め,コカインでは散瞳が減弱しており,節前性障害として矛盾しない.副交感神経系については,ピロカルピンでの過敏性縮瞳が生じなかったことから節後性障害は否定的である.本症例の排尿障害においては尿意の低下と随意性排尿不能を認め,運動知覚路両者の障害が示唆される.残尿は多量で,膀胱機能検査では無緊張性収縮パターンに加え自律性収縮もみられたことから,自律性膀胱と考えられた.脊髄MRIにて馬尾の病変を指摘できなかったことを併せ,副交感神経の節前性障害が示唆された.以上から,本症例の自律神経障害はいずれも節前性の障害であると考えられる.

検索する限りで,本例のような著明な自律神経障害を呈したものの報告は,風早ら19),小田ら20)および,木村ら17)の3例のみであった(Table 4).木村らの報告では,腓腹神経生検にて血管炎を認め,自律神経障害は節後性

であった.風早らの報告では,腓腹神経生検は正常で,節前性の自律神経障害をきたしていた.その機序として脊髄神経根レベルに肉芽腫あるいは血管炎を生じている可能性を考察している.本例でも,F波の伝導遅延を考えあわせると,より神経根に近い部位の障害により,節前性に自律神経障害を生じた可能性がある.

結論慢性進行性の四肢異常感覚と筋力低下に加え,嚥下障

害と著明な自律神経障害をきたし,ステロイドが著効した神経サルコイドーシスの稀な1例を経験した.自律神経運動感覚性ニューロパチーの鑑別として,サルコイドーシスは考慮すべきであると思われた.

引用文献1) ATS/ERS/WASOG Statement on Sarcoidosis. Am J Respir

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