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-89- 観光開発の要素、主体、背景 観光の多面的性格については第1章で強調したとこ ろである。ツーリストは多様な施設やサービスを捜し 求めるが、これらは旅行や休暇の色々な段階で、多数 の異なる提供者によって提供される。本章では供給面 での概説を行い、多様な開発主体の役割と機能につい て考察し、観光開発の背景を考慮する重要性に力点を おいている。決して網羅的ではないものの、ここでの 一連の考察においては、観光開発の過程を分析するた めの基盤を提供する。また、第3章で検討される類型化 についても簡単に触れることにする。 供給要素 観光がマーケット(出発地) - 結合 - 目的地という システムから把握されるとすれば、ツーリストの求め るサービスと施設の多くは、目的地において見出され ることになる。このため、観光開発文献の多くは目的 地志向であり、アトラクションや宿泊施設、支援施設、 インフラといった側面に焦点を当てている。輸送部門 ではマーケットと目的地との基本的つながりを提供 し、旅行もそれぞれこの提供域内で発生することにな る。しかし、旅行に関する卸しと小売りの機能の多く は、ツアー・オペレーターと旅行代理店とがともに、 パッケージ旅行や個人旅行を販売・促進するような マーケットに認められるものである。 アトラクション 様々なアトラクションによって、ツーリストは特定 の地域を訪問し、そこで休暇を過ごすようになる。こ れらは色々な方法で分類されている。第一の区分は土 地形状、動植物といった自然特性と聖堂、カジノ、 モニュメント、歴史的建造物、遊園地といった歴史的 ないし現代的人工物との間にみられる。次いで一般的 分類として、言語、音楽、民俗、舞踊、料理などにみられ るヒトとその文化である。アトラクション研究の最近 の調査においてルーは、三つの基本的視点が用いられ ていることを指摘している。すなわち、アトラクショ ンを図式化するという視点、許容量、時空尺度といっ た要素を説明する系統的視点、ツーリストの知覚とア トラクション体験とを統合した経験的認識に基づく 視点の三つである。なお、より詳細なアトラクション とその評価手法とは第5章で検討する。 宿泊施設 多様な宿泊施設を現代のツーリストは利用するこ とが可能である。これは商業部門(ホテル、モテル、ゲ スト・ハウス、休暇用キャンプなど)と個人部門(友人 親戚を泊めるのに使われる個人住居が代表的)、それ に別荘(「通常別の場所に住んでいる世帯の一時的居 住に供せられる建造物で、基本的にレクリエーション 目的で用いられる」と定義づけられる)のように大き く分けられる。キャンプとキャラバンは、個人のテン トやキャラバンが商用キャンプ場に設営されるとい うこともあり、中間的な分類に入れられている。ある 種の休暇地域は基本的に別荘から成り立っており、高 級ホテルは隔絶的に建設された選り抜きのリゾート が基盤である。しかし、大抵の目的地は様々な宿泊施 設から成り立っており、その多様性はリゾートと顧客 層の性格に依存する。 一般的に、ホテルやゲスト・ハウスのように伝統的 なサービスを提供する宿泊施設から、器具の完備した ダグラス・ピアス 内藤嘉昭(訳) 翻訳

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観光開発の要素、主体、背景

 観光の多面的性格については第1章で強調したところである。ツーリストは多様な施設やサービスを捜し求めるが、これらは旅行や休暇の色々な段階で、多数の異なる提供者によって提供される。本章では供給面での概説を行い、多様な開発主体の役割と機能について考察し、観光開発の背景を考慮する重要性に力点をおいている。決して網羅的ではないものの、ここでの一連の考察においては、観光開発の過程を分析するための基盤を提供する。また、第3章で検討される類型化についても簡単に触れることにする。

供給要素 観光がマーケット(出発地) - 結合 - 目的地というシステムから把握されるとすれば、ツーリストの求めるサービスと施設の多くは、目的地において見出されることになる。このため、観光開発文献の多くは目的地志向であり、アトラクションや宿泊施設、支援施設、インフラといった側面に焦点を当てている。輸送部門ではマーケットと目的地との基本的つながりを提供し、旅行もそれぞれこの提供域内で発生することになる。しかし、旅行に関する卸しと小売りの機能の多くは、ツアー・オペレーターと旅行代理店とがともに、パッケージ旅行や個人旅行を販売・促進するようなマーケットに認められるものである。

アトラクション 様々なアトラクションによって、ツーリストは特定の地域を訪問し、そこで休暇を過ごすようになる。これらは色々な方法で分類されている。第一の区分は土地形状、動植物といった自然特性と聖堂、カジノ、

モニュメント、歴史的建造物、遊園地といった歴史的ないし現代的人工物との間にみられる。次いで一般的分類として、言語、音楽、民俗、舞踊、料理などにみられるヒトとその文化である。アトラクション研究の最近の調査においてルーは、三つの基本的視点が用いられていることを指摘している。すなわち、アトラクションを図式化するという視点、許容量、時空尺度といった要素を説明する系統的視点、ツーリストの知覚とアトラクション体験とを統合した経験的認識に基づく視点の三つである。なお、より詳細なアトラクションとその評価手法とは第5章で検討する。

宿泊施設 多様な宿泊施設を現代のツーリストは利用することが可能である。これは商業部門(ホテル、モテル、ゲスト・ハウス、休暇用キャンプなど)と個人部門(友人親戚を泊めるのに使われる個人住居が代表的)、それに別荘(「通常別の場所に住んでいる世帯の一時的居住に供せられる建造物で、基本的にレクリエーション目的で用いられる」と定義づけられる)のように大きく分けられる。キャンプとキャラバンは、個人のテントやキャラバンが商用キャンプ場に設営されるということもあり、中間的な分類に入れられている。ある種の休暇地域は基本的に別荘から成り立っており、高級ホテルは隔絶的に建設された選り抜きのリゾートが基盤である。しかし、大抵の目的地は様々な宿泊施設から成り立っており、その多様性はリゾートと顧客層の性格に依存する。 一般的に、ホテルやゲスト・ハウスのように伝統的なサービスを提供する宿泊施設から、器具の完備した

ダグラス・ピアス内藤嘉昭(訳)

翻訳

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モテルやレンタル・アパートのような柔軟性の高い機能的施設に需要が移行しつつある。所有権の柔軟性も顕著である。リゾート・アパートやコンドミニアムは多くの場所で制約無しに購入が可能であろうが、色々なリース・バック方式、あるいは最近では、複数の所有者が一年のうち特定期間だけその所有権を行使できるというタイム・シェアリング方式も用いられている。多様な集合式宿泊施設もヨーロッパでは出現しているが、特に大衆向け観光政策との関連でみられる。これは一般的に休暇キャンプという形態をとることが多く、客室には共同ダイニングや共同ラウンジ、それに各種娯楽やレクリエーション施設が併設されている。こうした施設の多くは国家や地方政府、労働組合からの出資によっているが、現地村落に似せた地中海クラブも基本的には同じ形式である。

その他の施設とサービス こうした集合式施設の提供以外にも、極めて多くの支援サービスをツーリストは要求するものである。各種商店も必要だろうし、みやげもの店やスポーツ用品店といった、特にツーリスト向け店舗が必要である。また、一般用品(例えば、薬品、食料品、衣料品など)を提供する店舗も必要であろう。さらに、これ以外にも必要なサービスとして、レストラン、銀行、理容室や病院を指摘できる。このような付加的なサービスと施設の多くは、住民による利用にもっぱら供される。そして、このサービスの境界は利用される頻度によって異なる。ドゥフェールは、伝統的リゾートにおけるこうしたサービスの発達に関する階層モデルを提案している。毎日利用するサービス(例えば、牛乳店、カフェ、食料品店など)は最も店舗数が多く最初につくられるものである。これに対して、宝石店や毛皮店といったハイランクのサービスは、より大きな顧客層が存在する後の段階で登場してくるものである。しかし、今日ではリゾート開発は極めて急速であり、この結果ぜいたくなサービスでも最初から提供されるものもある。

インフラ 適切なインフラが上記の施設やサービスを支援す

るために必要となる。輸送インフラ(道路、駐車場、空港、鉄道、港湾)に加えて、電気や下水処理といった公共設備も必要となってくる。こうしたインフラの大半はまた、住民の利用やその他の目的(例えば、農業)に供せられるが、開発の形態によっては特にツーリスト用に開発されて、拡大していくものもある。インフラに関する批判は、それが必須のものであるにせよ、基本的に開発には出費がかさむというものである。有料道路のような若干の例外を除けば、インフラ自体から直接収入が生まれるわけではない。下水からはほとんど収入が得られないし、また、施設を適切に維持するのに失敗すると、観光開発でよくみられる逆効果が生じるのは、世界中で多くの事例で実証済みである。

輸送 歴史的にみると観光開発は輸送技術の発達と密接に結びついている。そして、輸送技術によってマーケットと目的地間の移動は容易なものとなってきた。温泉地と海浜リゾートの初期段階における発達は、鉄道開発にその多くを依存している。戦後の急速な自家用車保有率の上昇によって、欧米では国内観光が大幅に増加し、また、航空技術の発達は国際旅行ブームをもたらすことになった。しかし、ツーリスト数の増加に加えてこうした輸送部門の発達は、ツーリスト・フローのパターンを変え、結果的に開発パターンをも帰ることになった。ランドグレンとラジョットは、いかに旅行パターンがより柔軟になり拡散するようになったかを、移動性の高い自動車が直線的移動に制限される鉄道や河川船舶に取って代わったことをあげて説明している。カールソンやディージーといった往時の研究もまた、自動車が旅行パターンに及ぼし始めた影響や、目的地の人気の盛衰と宿泊施設の種類について言及している。特に、伝統的な輸送手段がサービスを提供する地域を超えて開発は広がってゆく。例えば、大型の駅前ホテルはその座を幹線道路沿いの宿に譲り、最終的にはこれもモテルに代わっている。しかし、ランドグレンはまた幹線道路網の整備によってアクセスがよくなり、これが再び旅行者の「方向を変えて」しまったとする。近代的な航空旅行システムは、結

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節点としての性格を有するものであるが、特に国際観光の拡大に伴い、新規結節点(空港)の開発とこれらの結節点とを結ぶルートとの関わりが深くなっている。初期における空路によるツーリスト旅行の成長の大半は、定期便によるものであったが、これは依然として特に南太平洋のような地域で重要性をもつ。だが、地中海におけるマス・ツーリズムの発達は大部分が、マーケットと目的地を相互により直接的に結ぶ、チャーター便の出現によるものである。航空技術の向上に伴い大規模なツアー・オペレーターが出現し、チャーター旅行の相対的費用が減少すると、地中海では遠方にある新規マーケットが開発されるようになっていった。ヨーロッパと地中海地域内でみたイギリスのチャーター便の平均旅行区間距離は、1963年の1175kmから1969年には1381km、1974年には1530kmにまで拡大している。これはギリシアやマルタ、チュニジアといった目的地に加え、スペインが加わったからである。 目的地域内での輸送サービスもまた重要である。この中にはツーリスト向きのものもあるが(例えば、遊覧ツアー、展望台へのゴンドラ)、ツーリストが利用する様々な公共輸送(バス、地下鉄など)は、基本的に地域住民の利用に供せられるものである。長距離輸送システムと地域輸送システムとの結びつきもまた、非常に重要である(例えば、空港から市街地やリゾートのホテルへの公共輸送)。それぞれの次元でこうした輸送システムは、方法、ルート、稼動様式(例えば、定期か非定期か)の点から定義づけることが可能である。

マーケット向けサービス 目的地への輸送とそこでの輸送機関の提供、さらに上記で概説したサービスもまた、マーケット内部で提供されるサービスによって補完される。特定の目的地へ旅行するということは、その地が一般的に認識されるかどうかで左右されるので、多くの国家的・地域的観光機関は潜在的ツーリストが情報を入手できるよう、その国や地域の観光事務所を主要なマーケットに設置している。外国旅行(また多くの場合往復の旅行)ではチケットが輸送業者(特に航空会社)の営業所か、

あるいは、旅行代理店で事前にマーケット地で購入される。また、輸送業者も旅行代理店も観光の経験に関わる要素(宿泊施設、見物など)を、個人向けやパッケージ・ツアーの一部として、あるいは、ツアー・オペレーターが企画する包括旅行として、予約や販売を行うことがある。欧州民間航空会議(the European Civil Aviation Conference)では包括旅行を次のように定義している。 周遊旅行や回遊旅行のうち航空機を利用してその一部、もしくは、すべてを移動するもので、旅行会社が企画する。そして、航空輸送に加えて旅行期間中の宿泊施設、陸上輸送、その他適切な設備を含み、公示料金で一般に提供される。包括的ツアーでは、予め決められた期間に対して、また、予告された単一目的地や複数目的地に対して、出発前に料金が支払われるのが一般的である。 パッケージ・ツアーでは、航空輸送よりもむしろ陸上輸送を含む場合もある。こうしたパッケージは、ツーリストが各自で休暇を企画する手間を減らすだけでなく、旅行料金も引き下げることになるのが一般的なので、このためマス・ツーリズムの育成に重要な役割を果たしてきた。ツアー・オペレータはマーケット(アウトバウンド向けのツアオペの場合)ないし目的地(インバウンド向けツアオペの場合)のどちらかを拠点とすることが多い。マーケットにおいてはその他の事業も観光から恩恵を受けることがある。すなわち、銀行(外貨交換)、保険会社(旅行保険)、店舗(カメラやフィルム、運動着や運動器具、旅行用品---)などである。 様々な観光部門の範囲と国内での多様性とを考えると、相対的な規模と各部門の重要性とを一般化することは困難である。表2.1は目的地における投資費用をいくつか示したものである。各部門における投資は事業ごとに異なっているが、宿泊施設とインフラは一般的に最も大きい支出を必要とする。だが、マーケットとシステムの輸送部分を考慮に入れると、異なった構造が浮かび上がってくる。表2.2(省略)はイギリスの旅行代理店で販売された包括旅行の平均的な費用構造を示している。これによれば、費用の4分の3を少し

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下回ったところが休暇自体の実質的費用に相当し、これらの費用は輸送と宿泊にほぼ等しく分けられる。マーケティング費や経営費(マーケティング、管理費、オペレーターのマージン、旅行代理店の手数料)は包括旅行の残りの28%を占める。だが、後者の要素は他の観光形態(例えば、自家用車による別荘や親戚友人宅へのインフォーマルな国内・国際旅行)においては存在しないか、あるいは、無視しうる程度である。こうした観光における旅行費用と滞在費はまた、表2.2(省略)で示されたものとは異なる。 成功を収める観光開発は大抵、こうした部門内や部門間を適切なかたちで融合させ続けたものである。自然アトラクションや歴史アトラクションは、リゾートの魅力を増大させたり、既存のマーケットへの投資を実施したりするために、目的をもって人為的につくられたアトラクションで補完される(スキー場のアフタースキー、ロングリートハウスのライオン、ナイアガラの滝のろう人形館など)。また、リゾートにおける様々な宿泊施設は、単一マーケットへの依存を減らすようになっていくだろう。部門間のバランスは質と量に換算して表される。例えば、平凡なアトラクションにトップランクの宿泊施設を提供するというのは、実現しそうにない。ある施設が料金面で過度に高かったり、あるいは、過少利用であったりしない限り、各部門の許容量は比較可能なはずである(もちろん、非ツーリストによる利用もある程度考慮に入れて)。用法という点についていえば、観光商品は他の多くの商品とは異なり備蓄がきかないし、また、後日それを再度販売することもできないが、この点に留意することが重要である。昨晩の売れ残ったホテル客室や昨日の航空機の空席に対する需要は発生しないのである。さらに、多くの商品と同様に需要に変化が起きても、大半の観光施設は空間に固定されているので、移動したり新たなマーケットに向けて発送したりすることができない。ツアー・バスと航空機の場合にはルート変更や計画変更も可能だが、ホテルのような観光施設の場合では移転は不可能である。したがって、施設の初期立地は非常に重要な要素となる。

開発主体 これまで概観したところによれば、ツーリストは様々なサービスと施設を捜してそれを利用するが、解説した六つの主要部門でみられたように相当その中身は多様性に富む。この一つの結果が、これらのサービスと施設の提供に関しては、様々な開発主体が固有に含まれているということである。このうちのいくつかは、主としてツーリストの需要に直接見合うものであるが、大抵の国でこれはもっぱら民間部門がその役割を果たしてきた。その他にも開発を促進、管理、あるいは制限する場合もあるが、一般的には基本的なインフラの提供や企画、制度化といった手段をとることが多い。こうした活動は通常公共部門の担当であり、公益を擁護するのに様々な水準でその責務を負う政府が、集団と個人に直接費用の多くを負担させられない財やサービスを提供する。また、機関の多くも(特に国際機関と政府間で設置されたような機関)多くの場所で観光開発の育成に重要な役割を果たしている。

民間部門 観光開発に対する民間部門の主要関心事は、利益の捻出である。民間部門による参入の規模と性格はこの基本目標によって、また、既出したように多面的で地理学的に複雑な観光固有の特性によって影響される。しばしば関心は目立ったディベロッパーやツアー・オペレーター、多国籍ホテルチェーン、航空会社に寄せられるものの、これらは多数の中小規模のツアー・オペレーターや業者によって補完されているのであり、特にアトラクションとサービス部門において顕著である。アメリカにはホリデイ・インやアメリカン・エキスプレスのような巨大多国籍企業が存在するが、アメリカの旅行産業の99%は小規模経営に区分される、とリヒターは指摘している。一方ヒーリーは、イギリスの観光レジャー産業で働く200万前後のうち10%は自営であり、これは「独立した小規模業者が数的に優勢であることを立証する統計値」としている(Heeley 1986b p.76)。だがやはり、マーケットの優位と当該産業における主導権は、大企業に握られている、とも指摘している。

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 大・小規模の企業やツアー・オペレーターの組み合せは、先にみた観光部門内や部門間に存在する様々な機会に基本的に派生する。ある種の事業や企業では、資本、ノウハウ、企業上の技術という点で他(資本集約的で投資回収期間が比較的長期に及び、高度な技術や経営的知識を必要とするもの)よりもあまり要求が厳しくない。例えば、宿泊施設部門ではキャンプ場、ベッド・アンド・ブレックファースト、モテルは大型ホテルよりも個人事業者によって多くの場合経営される。休暇用施設の開発は、独立家屋を建設・改修する際に個人の有する主導権がどの程度の大きさであるか、あるいは、少数の大規模不動産会社によって実施される大型コンドミニアム開発によって特徴づけられる。航空輸送は通常大企業の領域であるのに対して、目的地内での輸送は小規模輸送業者による場合が多い。先進国では国内観光旅行は圧倒的に自家用車によることが多い。他の会社の商品を販売し、独自の商品を販売しない旅行代理店もまた、小規模操業に向いている。アトラクション部門では(おそらくすべての部門の中で最も多様性に富んでいると考えられる)、地元のペダルボート業者やモーターボートの運転手から大型スキー場、テーマパークに至るまで娯楽のニッチは幅広い。 小規模事業者にも参加のチャンスは許されていたとしても、利益という動機によって(他の経済領域同様に観光でも)、大規模経営とそれに伴う企業規模の増大という方向に流れは加速してきた。このような大規模化の要因は技術改良にもよる。例えば、航空機がDC3からジャンボ・ジェットに変わったことで、旅行費用が相対的に下がっただけでなく、こうした変化をフルに利用する余裕があり、かつ利用することのできる大規模ツアー・オペレーターの出現も促されることになった。大規模な観光企業が成長したその多くは、非常に競争の激しい多くの観光マーケットと目的地の中から、また、マーケット・シェアの拡大と規模の経済に向けた血のにじむような努力から、生まれたものである。 観光産業内部における事業規模の拡大と集中は、水平的ないし垂直的統合によってもたらされるのが一

般的である。水平的統合は観光産業の特定部門内で発達する。例えば、ホテルチェーンの拡大や別の航空会社の路線吸収がそうである。他方、垂直的統合はある組織内で別の観光産業部門を吸収することで実施され、例えば、航空会社がホテルを吸収したり、ツアー・オペレーターが旅行代理店を開業したりする場合がこれに該当する。新商品の出現で統合は内的に起きるが、企業による既存の資源を用いた会社設立によって、あるいは、外的な吸収や他企業の支配を通じても統合は起きうる。 他の産業同様に統合による事業の拡大を通じて、一般的な技術面と資金面で利点がもたらされる。規模の拡大で、企業がコンピューター化の恩恵をフルに受けられる(予約に関する限り観光では重要な配慮である)場合もあろう。あるいは、競争相手に対して優位を与える研究部門を大企業は設置することもできよう。例えば、大量買付けや一人当たりの固定費を引き下げるといったことで、規模の経済は達成されることになるが、これによって消費者は低料金を享受できる。さらに、大規模になることで他の事業者と取り引きする場合により大きい影響が発生する。例えば、ホテルでの客室や旅客機の座席を、ピーク時にあるいは低料金で確保することができる。低いマージンで大量のツーリストを扱うことでも料金の引き下げは可能だが、これによって大型マーケットの開発が促進される。 水平的統合によって、企業が上記のような一般的目標を達成できるようになるだけでなく、観光の地理学的次元にも十分に対応できるようになる。例えば、海浜地域や山岳地域における観光会社を吸収すれば、スタッフの季節的移動も可能になり、資源の年間を通じたより効率的利用も可能になる。支線も主要定期路線の本数を拡大するために吸収される場合がある。また、周遊旅行が重要なところでは、ホテルチェーンはあるホテルから別のホテルに客を振り分けることで、事業の内部的展開が可能になる。マーケットによっては、エキゾチックな目的地に評価の高いブランド・ホテルがあれば、見知らぬところでホテル探しをする際の基本である、安全性と親しみやすさが得られることになる。

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 また、垂直的統合によって観光の地理的特性を克服することも可能になるが、同時に観光経験を構成するサービスと活動の「輪を閉じる」ことにもなる。初期において海浜リゾートは、新規事業を創出しようとする鉄道会社によって開発されることが多かった。カナダ太平洋鉄道は主要ホテルディベロッパーだったが、日本でも鉄道会社は観光開発の上で重要な役割を果たした。後に国際的な航空会社はホテル子会社を確保し

(パンナムとインターコンチネンタル・ホテル、トランスワールド航空とヒルトン・ホテル、JALとニッコー、エール・フランスとメリディアン)。そうすることの動機はかなり様々である。 こうした動機は、航空旅客用の宿泊施設を提供する必要からであったり、交通権を獲得すべく目的地との連絡路を確立するためであったりする。他にも旅客の動きを管理しようという願望からであったり、あるいは、利潤の大きいホテル・マーケットを先取しようという自国の投資家による願望からであったりする。さらに、この動機が間接投資の性格をより強く示している場合もあるが、これは利潤が大きく急拡大するマーケットに入りたい、という願望のあらわれである。 ここで指摘した取り合わせのうちいくつかは消滅してしまった(規制緩和後パンナムはインターコンチネンタルをグランド・メトロポリタンに売却、イギリスのレジャー・不動産業のコングロマリットであるラドブロウクは、ユナイテッド航空の前身アレジスから1987年にヒルトンを取得している)。しかし、他は密接な繋がりを依然有している。1985年にJALを通じたホテル予約のほぼ半数は、35カ国に120ある関連ホテルチェーンに配分されている。他の航空会社は、関連ホテルに旅客が泊まるのは、質と料金とが合致している場合だけであるという。 垂直的統合は特にパッケージ・ツアー業界において顕著である。規模の大きいツアー・オペレーターは輸送部門(航空会社の管理)から目的地(ホテルの所有や管理)にいたるまで、料金を引き下げ、座席とベッドを確保して、マーケット(小売店)のあらゆる次元と部門を急速に取り込むことで、質の管理を図ってきた。もともとヨーロッパにおける多くのパッケージ・ツアー

は、旅行代理店(小型飛行機をチャーターしてそれに見合うホテル客室数を予約していた)が取りまとめていた。チャーター航空機のマーケット競争が激化するにつれ、利ざやが急速に縮小していくと、存続の可能性は大勢の輸送客を扱うかどうかにかかってきた。航空機が大型化すると一層大規模経営化は加速し、いくつかの主要なツアー・オペレーターが台頭しはじめるようになる。1970年代後半までにツアー・オペレーター上位6社で、イギリスにおけるチャーター航空機需要の75%を占めるようになり、最大規模のトムソンは1年間に100万人以上の旅客を扱っている。主なチャーター航空会社のうちのいくつかは、ツアー・オペレーターに吸収されている。また、ツアー・オペレーターによっては目的国のホテル業界で所有権を獲得している。規模の増大と統合によって非常に競争力をつけた会社も中にはあり、こうした会社による低料金で多人数を扱うという戦略は、西欧の休暇旅行者の間で好評を博した。だが、規模だけではツアー・オペレーターを救うことができないのも事実である。 観光事業と観光会社はまた、主要関心事が経済活動の他部門にある企業やコングロマリットによって吸収されることがある。観光に事業拡大するのは、多くの地域で成長していた部門に経営を多角化していくことのあらわれである。あるいは、販売部門を確保するために、ビール・飲料品会社がホテルを吸収するのにみられるように、統合が別の形態であらわれる場合もある。多くの観光投資がそうであるように、資本回収に時間がかかることを考えれば、非観光部門からの資本投下は歓迎されるものであろう。広域的な企業と結べば、季節的な制約のある観光会社のキャッシュ・フロー面での問題解決にも役立つことだろう。ホテル及びコンドミニアム開発は不動産会社にとって魅力的であろうが、それは長期的な不動産収入だけでなく、こうした利潤の高い不動産がもたらす、大衆によるイメージの向上という点でもそうである。エコノミストがヒルトン・ホテルの売却に関して記事の要約をしており、それによれば次のとおりである(Economist 5 September 1987, p.68)。 ヒルトン・ホテルチェーンが向こう5年間の税引き

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前利益を年間15%成長させるという目標を達するとしても、10億ドルの正札でヒルトン・インターナショナルは、税引き前の利益10%未満というホテルを明け渡すことになるだろう。ユーロ債ならば同期間でもはるかに高い利益を生み出すはずである。しかし、人々は必ずしもこのような冷徹な計算でホテルを買うわけではない。ユーロ債には地階にディスコなどないのであるから。 統合は企業がその活動を様々な国に広げるまで続くであろうし、その結果事業活動は多国籍で国境を越えたものになっていく。国際観光に関わる多国籍投資の最も客観的で包括的研究は、センター・オン・トランスナショナル・コーポレーションズ(Centre on Transnational Corporations 1982)のものである。本研究の目的として、多国籍企業を次のように定義している。すなわち、「特定のホスト国において直接投資を行う外国企業というだけにとどまらず、あらゆる主要な契約や企業をホスト国で有する企業である」(p.2)。多国籍企業には主要なタイプが三つ確認・考察されている。すなわち、ホテル、航空会社、それにツアー・オペレーターである。後二者は先にみたとおりであるが、ホテルがここでは詳細に扱われている。 世界的にみた多国籍系ホテルの分布を概観したものが表2.3(省略)であり、3分の2のホテルが航空会社とは無関係となっているのに対して、4分の1強が航空会社関連のものであることが示されている。1978年時点でみると、ホテルは先進国(特にカナダとヨーロッパ)と途上国(特にアジア)とでほぼ均等に分布している。米国系ホテルチェーンは世界的にみた場合客室の56%を占め、フランス系チェーンは13%、イギリス系は12%となっている。途上国におけるチェーンは、多国籍企業が所有する全客室中わずか4%にすぎないのに対して、有力な国内チェーンは多くの途上国でも認められる(例えば、メキシコのエル・プレジデンテ、マレーシアのマーリン)。ホスト国における多国籍ホテルは、相対的な重要性という面でかなりの相違が生じている(アメリカ 0.6%、マルティニーク島 67.2%)。ニュージーランドという例外はあるが、全体の比率が10%以上なのは途上国や途上地域である。一般的には

次のように確認されている(p.20)。 特定の国でホテル産業の絶対規模が大きくなればなるほど、外資の参加率は低くなる傾向にある。これとは逆に、ホテルがリゾートに集中している国よりも中心都市に集中している国のほうが、外資の参加率は高くなる傾向にある。これは多国籍企業が、観光向けホテルよりもビジネス向けホテルのほうに関与する傾向が高いからである。 動機という点でセンター・オン・トランスナショナル・コーポレーションズは、次のように結論づけている

(p.47)。 世界的にみてホテル事業が多国籍化していくその基本的要因は、多国籍企業全体によって創出される利益のほうが個々のホテルのものよりも大きいということである。結局これは規模の問題や、地理的な多様性、多国籍企業の事業戦略という問題、あるいは、広報や一流の訓練施設の提供、上位の管理者と技術者に就ける昇進の見通し、大量購入とマーケティング(コンピューター化された世界的システム)などと結びついた規模の経済の問題にも帰せられる。 他方で同センターでは次のような指摘もしている。 国内ホテルは中央管理的な多国籍企業に比べて、事業面で柔軟性に富む場合が多く、このため潜在的に現地の状況にかなり適応できる可能性を秘めている。これは事業経費の低さや、ホテルによって提供されるサービスの幅が広いことに起因するものであり、--- 現地組織の経済的・社会的・文化的目標を満たす能力(例えば、現地の下請け業者から輸入品を調達する、現地の資材を最大限用いて地元の建築様式を打ち出すためのホテル設計をする、現地の管理者を採用するなど)が大きいことに起因するものである。 こうした論点はさらに後続の章で検討していくことにする。 より一般的に言えば、統合には限界があり、特に観光のようなサービス産業においてそうである。よりよい個人向けサービスは必ずしも事業規模の増大によって保証されるわけでなく、むしろ規模が増大することでそれは失われる場合もある。ホテルの標準化で、一定のレベルとタイプのサービスが提供されるようになった

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かもしれないが、また、パッケージ・ツアーによって以前には外国に出かけたことのない多くの人々が外国旅行できるようになったかもしれないが、観光需要がそれほど均一でないのであれば、こうした戦略は誰にでも魅力的であろう。それどころか、多様性と個人向け休暇とは次第に重要性を増してきているので、中小企業

(このような多様性とサービスによく応えてくれる)が消滅する運命にあるとは考えにくい。また、観光アトラクションが本来多様性に富んでいることも、中小企業が大企業の関与になかなか応じてこなかった一因である。 観光事業への直接的関与と並んで民間部門はまた、多くの技術を開発の過程(マーケット・リサーチ、建築デザイン、建設など)において投入しており、さらに観光投資向けに大量の株式を発行している。 利潤追求が民間部門での原動力であるのに対して、健全な経済的合理性を特徴とせず、観光産業の強い魅力に惹かれた個人経営者による努力や経営者の気まぐれに強く影響されたり、あるいは、何かを創造しようとする願望や単なるスキーへの情熱に影響されていたりするような企業もある。個人の別荘所有者は、各自のレジャーへの欲求を充足しようという願望同様に、投資物件を育成・獲得しようという動機に基づいている場合もある。個人による非営利の組織も観光に間接的に関与している場合があり、例えば、文化的・歴史的組織は美術館や博物館、あるいは、史跡・建造物の保存を担当しているが、この場合がそうである。

公共部門 大抵の国の中央政府や連邦政府は、地域的に小さな地方自治体(町村や郡)を擁している。多くの国で政府との中間的な繋がりをもつ団体も存在しており、例えば、北米における州政府やフランスにおける県がそれである。さらに、中央政府は多くの異なった機関や部局から成り立っており、それらは観光開発計画に関与する可能性も高い。その多様な活動は国家観光機関が調整している場合もある。こうした様々な次元の政府が参加するかどうかは、その計画の性格と規模に依存するが、この三者がそれぞれの計画に固有の方法で参

加するということは一般的ではない。 公共部門では次のように色々な理由から、直接的・間接的に観光に関与することになる。

経済的理由 多様な経済的要因によって、公共部門は観光開発を育成するだろう。

国際収支の改善。地域開発。経済制度の多様化。所得水準の向上。州歳入(税金)の増大。新規雇用の確保。非観光投資の刺激。

第1章で指摘したように、観光は「特別な機能」を有しており、地方自治体にとって特定の利益を提供してくれる、と認識される場合もある(必ずしも正しいわけではない)。例えば、限られた投資額で多くの外貨獲得と雇用創出を期待するというように。

社会的・文化的理由 社会的配慮もまた重要である。ヒューズは「社会的利益」(「いかなる種類の休暇であろうと、そこで提供される娯楽や休息は、より安定した社会を築くことと同時に、より安定した文明的、文化的社会を構築するのに役立つ」)という点から、また、「恩恵に乏しい」(市民の低所得や無知ゆえに、各自の福利に重要な役割を果たす財やサービスを享受できない)という点から、社会的配慮を考察している。こうした配慮が多くのヨーロッパ諸国において、「ソーシャル・ツーリズム」政策を引き起こすことになった。州ではまた一般的に、個人の社会的・経済的安寧を保護するという責任がある。例えば、健康規定や消費者法規の制定や、あるいは、観光などの開発による社会的な反作用を最小化する場合がそうである。州は(特に多文化社会では)文化面における市場担当者として、また、文化的な調停者として重要な役割を果たすとウッドは示唆している。

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環境的理由 物理的・文化的両方の点で、環境を保護し保存するという責任が、通常公共部門にはある。しかし、個人や企業による責任も等しく論ずるべきであろう。

政治的理由 国際観光は国から国への人々の移動を含むので、政府は観光開発をさらに政治的な目的から促進しようとすることがある。スペイン政府の場合には、フランコ体制に対する政治的支持を広げようとして、いくつかの政策の中でも観光開発を政府が支援したとカルスは指摘している。イスラエルでは、観光開発は同国に対する政治的共感を呼び起こし、国家の士気を高めるために寄与するところが大きかった。フィリピンでは、マルコスが自分の目指す「新社会」建設という政治的必要性を充足するために、積極的に観光を利用した。「正統性、国際的影響力、外国からの投資、役職の授与及び個人資産は高度な政治的関心事であるが、体制側ではこれらを国債や想像力、そしてフィリピン人のホスピタリティを巧みに使って獲得したのである」。リヒターはさらに続ける。「他の国でも特に韓国や台湾では、国際旅行の政治的利益は過度に賞賛されすぎるきらいのある経済的利益と同じくらい実りあるものなのかもしれない」。さらに、どこでも「国内観光もまた国民統合や国民の誇りのような、政治的・文化的目標を達成するのに役立つ」とする。社会主義体制でも観光開発はイデオロギーの追求に合致すると認めている。 また、観光開発における公共部門による投資は、様々な政策の一つとして、あるいは、介入の一部として実施されるのが一般的である。観光は外貨流入の拡大手段として奨励されたり、あるいは、観光自体が目標というよりも、むしろ政治目標達成のためであったりする。公共投資の規模は国によって異なり、また、その大部分が政策や政府の一般的理念によって決定される。自由競争の理念を特徴とする西側自由主義諸国では、観光における公共投資への関与は、ソビエト陣営及び多くの途上国でみられる中央統制の計画経済よりも、少ないという傾向にある。 また、政府による介入の程度は、観光の一般的な規模

と特徴によっても異なる。多くの先進国では農業や製造業に伝統的に重点をおいているが、これらの産業は観光のようなサービス産業では得られない、政府からの多大な支援を獲得することが多かった。リヒターは

「サービス産業がアメリカで次第に優勢になりつつあり、都市における歳入と雇用を増大させる分野ではあっても、当該産業は政府や経営側からの関心を引くことはなかったし、また、製造業が享受してきたような学術研究の対象になることもなかった。政府は依然として、二度と競争力をもてないような廃れた産業を保護することに執着している --- 」。さらにリヒターは、

「政治的に無視」されることの多いアメリカでの観光の特徴をいくつも解説している。

― 観光により雇用された人 (々主に女性やマイノリ  ティ)は、顕著な有権者ではない。― 観光は政治的重要性に欠けており、本来圧倒的に国  内向けであると認識されている。― 観光産業は断片的であり、政治力に乏しい。

 だが、必ずしもすべての西側先進国が、アメリカと同じような経験をしているわけではない。例えば、フランス政府は観光への介入には長い歴史を有しており、その中には世界でも最大級の観光開発である、ラングドック・ルシヨン海岸の開発に対する直接的な参加も含まれている。 ジェンキンスは途上国政府の場合には、観光における「積極的介入」の事例に当る、と主張している。 観光投資に資金が要求されるような場合、政府はその資金を投入ないし保証できる唯一の機関であることが多い。マクロレベルでみると、政府は資金配分と特定の部門における資源配分に関して究極的な役割を有している。観光に影響を及ぼす規則や融資を決定するのは政府の役割である ---。 観光開発に中央政府が参加する場合に、最も直接的で明確なかたちを示すのは、一般的に国家観光機関

(National Tourism Administration;NTA)である。NTAは世界観光機関(WTO)によって、「国家レベルで観光開発の任に当る、中央行政当局やその他の機関」(どこ

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でもNTO ― 国家観光機関、ないし、GTO ― 政府観光局<Government Tourist Office>として知られている)というように規定されている。100のNTAに対するWTOによる1978年の調査からは、その3分の2が部局という形態をとるか、部局の一部となっていることが明らかにされている。残りの3分の1は独自の法人格を与えられており、例えば、政府系企業というかたちをとる場合もある。しかし、中央政府の監督のもとにあったり、中央政府と強い繋がりがあったりする。調査したNTAの活動と職責には相当に違いがあるが、以下のものが最も一般的に確認されている。

観光の振興と情報調査、統計、立案観光資源一覧の作成と資源保護の方策観光施設の開発人材育成観光会社、職業の規制旅行の促進観光の国際協力

 NTAの活動が観光開発の過程において直接的な影響を与える一方で、別の中央政府機関によって行使されるその他の一般的・間接的な権力も、顕著な、あるいは、おそらくより強大な影響が及ぶものと考えられる。特に、州は数多くの地域(観光需要や開発に影響を及ぼす)を規制する権力を有する。民間輸送に関わる規制

(定期・不定期<チャーター>運航の双方とも)は、アクセスの上で、また、観光需要の水準とパターンとを決定する上で、非常に重要な役割を果たす。これと同時に、税関と入国管理も国際観光移動を促進したり、阻害したりすることになる。酒販免許や販売店規則もまた観光活動のパターンを規制することになろう。保存のための法規は国家の自然資源や歴史遺産を保護する。この対策は各資源の短期的な搾取に対する対抗策であるが、長期的にみれば国家及び観光産業の安定に寄与するものである。政府による財政政策も観光開発を促進したり、抑制したりする。為替レートの調整は、マーケットと目的地の

双方において、観光旅行を抑制したり促進したりする。スペインのような国では、通過の頻繁な切り下げを通じて競争力を維持しようと試みている。また、政府は外国からの投資や利益の本国送還に対して、法的規制を行う場合もある。さらに、借款や助成、税金を通じても観光に対する投資を奨励したり、抑制したりすることも可能であり、あるいは、特定の地域にそうした投資を振り分けることも可能である。例えば、1980年代前半にトルコ政府は観光育成のための一連の対策を講じ、これによって重点を観光振興から外国投資促進に移し変えている。外国人投資家に対する助成は次のようなものであった。

長期間の低利貸付け建設・不動産税の5年間免除低料金で99年間観光計画に対し国有地を提供観光開発地域における国家による基本的なインフラの供与

また、空席のあるチャーター便への助成やリラの切り下げを通じて、ツアー・オペレーターを支援するといった対策も講じられている。 国家はまた土地所有者や資源管理者として重要な役割を果たす。特に、ツーリストや観光開発業者が特別な関心を示す場所(例えば海岸や山岳部など)が公有地になっている新世界の国々ではそうである。ロッキー山脈のあるコロラド州の場合、公有地がもっぱら連邦機関によって管理されており(高木限界から頂上までであることが多い)、ニュージーランドの南アルプスは高地の大半が英連邦公有地である。多くの場合こうした土地の管理は、その主要任務が森林や土壌保全、非観光活動であったり、その政策や方針が観光開発を促進ないし阻止したりする機関の役割となっている。アメリカ、カナダ、ニュージーランドといった国では、主要観光アトラクションになっている国立公園の管理には、自然保護とレクリエーション利用の相互のバランスを維持していく、という役割も含まれている。 公有地における責務は、区、郡、市のような政府の下位行政区画でも発生している。地域政府や州政府も規

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制力を有しており、下位自治体も条例を制定し建築規制や区画規制を導入することができる。物理的な開発という意味では、建築許可を発行したり見合せたりする下位自治体の行政力は、最も重要な機能であろう。大型プロジェクトは中央政府からの支援を要請することになろうが、多くのインフラを提供することも(インフラの存否によって開発は育成されたり抑制されたりする)、小域的・広域的自治体の責務であることが多い。また、振興と立案もこのレベルで実施される。事実、マーフィーも次のように論じている。「(観光)産業によって提供される好機と、その急速な開発から発生する問題とは、コミュニティ・アプローチを通じて、最もよく検討・解決されるものである」。 しかし、「公共部門」は決して明確な責務をもった単一の存在ではないし、観光開発に対してはっきりした政策をもっているわけでもない。むしろ、公共部門は、観光に対する関心がしばしば広範な責務の周辺部にある、多くの機関や団体を通じて、いくつもの理由から様々なレベルにおいて様々な手法で観光に関与している。この結果、調整の著しい欠如や不必要な競争、ある領域における努力の真似、他の存在の無視といったことが頻繁に起きている。 例えば、北アイルランドでは観光に関与する主要機関は、経済開発局や北アイルランド観光局、それに地方自治体である。自治体の場合には教育局、あるいは、農業局の森林課といったように様々な箇所で担当している。 「法で定められた観光関連機関に対し、それが果敢な戦略をもった機関へと脱皮できるような方向づけをしようとしても」効果的な組織構造がなければ失敗に終わる、とスミスは結論づけている。これと同じようにスコットランドではヒーリーが、「はっきりと明快なかたちで責任を分割していない」と指摘し、「三つの開発機関(Scottish Tourist Board, Highlands and Islands Development Board そして Scottish Development Agency)に対し政府が明確な指示を出し、芸術、文化遺産、観光分野を横断する場合の政府活動を調整すること」を要求している。イギリスにおける観光行政の再編が近年起こったが、これによって観光の担当は貿易産

業省から雇用省に移り、新組織(British Tourist Board)が旧組織(English, Scottish and Welsh Tourist Boards)の機能を引き継いでいる。

団体 観光開発においては、数多くの団体もまた様々なレベルで重要な役割を果たしている。これらは本質的に政府間レベルのものであったり、官民双方の意見と利害とをとりまとめたものであったりする。その中には開発一般に関与するものもあれば、単一目的や主要目的として観光を取り扱うものもある。 国際的な団体や機関は、経済開発の手段として国際観光を促進する上で(特に途上国の場合)顕著な役割を果たしてきた。ウッドが指摘するように、「低開発国では、外貨を獲得できる確実な方法としてだけ観光を見出したのではない --- 1950年代後半に出されたチェッチ報告に始まって、こうした国々の政府は国際観光拡大のためのアドバイスと支援とを着実な流れの中に位置づけている」。国際観光は「特別な機能」を有するというように比較的早い段階からみなされてきた。そして、国際観光は上手に利用されてきたが、積極的に次のような機関や団体によって促進されてきた。すなわち、世界銀行、米州開発銀行、国連開発計画、米州機構、そして最近ではECである。 途上国における国際観光は、次の三つの主要な方法で促進されてきた。技術的支援、特に観光開発計画の策定主要インフラ整備のための借款個人所有の観光施設(特にホテル)に対する融資や株式

投資 技術的支援や計画の策定は政府間の機関で強調されてきたが、例えば、米州機構の場合ではその加盟国に対して多くの観光計画を整えてきた。ベリーズの場合、観光10カ年計画はベリーズ公共投資計画(同国が独立を目指したところから国連開発計画が主導した)を構成する一連の特別計画の一つである。支援機関は観光インフラと施設とを、投融資のための適切な計画として認定している。表2.4(省略)は世界銀行グループによ

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る、1979年までの観光に関わる関与の規模と分布を示したものである。世銀とそのソフト・ローン(訳注:貸し付け条件の緩やかな借款)及び国際開発協会を通じた、観光施設の開発に対する支援とホテル投資への一連の融資によって、観光インフラは整えられてきた。一方、国際金融公社(IFC)では民間所有を促してきた。観光における同公社の投資の4分の3はホテルに対するものであり、八つの主要多国籍企業(インターコンチネンタル、ホリデイ・インなど)によって管理や顕著な所有がなされている。ロメⅢ会議のもとでECは、観光を特にアフリカ、カリブ、太平洋諸国の支援手段として認定したが、これは欧州開発基金及び欧州投資銀行からの無償資金供与や借款を通じたものとなっている。ECではまたカリブ、太平洋、インド洋諸国の観光に関わる育成とマーケティングを、地域的協力を得て推進している。しかし、経済開発の一助として国際観光を促進することと並んで、こうした機関では主に特別なかたち(インフラや施設への重点投資と、多くの非現地資本による参加とを含む大規模計画に基づく)での観光開発も奨励している。ただ、このような計画は、必ずしも経済的利益や、自立に繋がることを保証するわけではない。この点を考慮するので、関係する機関は必ずしもすぐに関与してこない。もっとも、世銀とユネスコが共同で、観光の社会的・文化的影響に関する初めての本格的調査に出資している点には、触れておかなければならない。 それでも、一般的な政府間の機関による観光活動のすべてが、途上国向けに実施されているのではない。例えば、OECDは観光と環境についての主要調査と政策策定によって、加盟国と途上国の観光及び経済成長に関する、初期的なセミナーを開催している。OECDはまた、加盟国が観光開発を調査できるような、統計情報と政策の論評を定期的に刊行している。観光を協力計画の目標にするということに加えて、ECではまた観光政策を加盟国内で展開している。近年の報告と調査書は、EC域内の観光に対する明確で熱心な認識を反映しており、また、ヨーロッパ統合の重要性は雇用創出の役割を補完している。当該分野におけるECによる活動の目標には、次のようなものがある。すなわ

ち、域内の観光を促進、観光の季節的・地理的分布を向上、財源の活用を図る、ツーリスト保護と彼ら向けの情報の提供、観光産業の労働環境を向上させる、観光面における問題点の認識を向上させる、コンサルタントとの協力の組織化などである。また、これまでの活動の大半は、欧州地域開発基金を通じて実施されてきた。特に、観光に関連した世界最大の政府間の機関は世界観光機関(WTO)である。かつてのInternational Union of Official Travel Organizations(IUOTO)を1975年に改組して、WTOはマドリードに本部を置く。100を超える政府系観光機関の加盟を得るほか、その他の観光関連機関とも多数提携している。WTOの活動の中で最も知られているのは、毎年の観光統計の発行であり、観光成長の傾向を追跡している。こうした統計の編纂と普及は、活発な調査と技術的支援計画によって補われている。特定の任務に加えて、このような活動結果はセミナーや会議、あるいは、幅広い刊行物(観光開発の技術水準を向上させ、観光に対する取り組みにも影響を及ぼす)を通じて公表されている。WTOではまた観光を世界に向けて促進するという一般的目標を有しており、1980年の世界観光会議であるマニラ宣言では、地球規模での観光問題について言及している。 その他の国際観光機関は地域に重点をおいており、例えば、NTA欧州旅行委員会(European Trave l Commission)がある。これはヨーロッパの国家観光機関(NTA)を統合するもので、「マーケティング活動を通じて、ヨーロッパ域外からのツーリストの拡大を図る」ことを目指す。マーケティングはまた、民間部門(特に主要旅行業者)及びNTAからの加盟で構成される、アジア太平洋旅行協会(Pa c i fi c A s i a T r a v e l Association;PATA)の重要な眼目でもある。特に、PATAは主要マーケットにおいて、個々の加盟団体の管轄範囲を超える集約的なマーケット調査計画を実施している。PATAではさらに観光開発に向けた技術支援を行っているが、中でも各国や各地域にミッションを派遣することがよく知られている。 また、国家、地域、そして地元といった様々なレベルでの観光機関は、大抵の国で設置されている。その多くはおのおの区分されていて、特定のグループの関心に応

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えるようになっている(例えば、New Zealand Tourist Industry Federation の場合、各部門からの代表を集め、強力な意見を集約して発言し、マーケティングや振興、企画、調査といった共同事業を実施している)。こうした強調的行動は、観光産業のもつ多面的・分断的性格や、官民双方の多岐にわたる役割と機能を考慮すれば特に重要である。例えば、観光に関する公共政策の形成に対して効果的な情報を投入する場合を考えてみても、一貫した熟考された意見を育み、表明できるような場がないとそれは困難である。

官民の参加 多様な要素を提供する場合に、大抵の観光開発では様々な開発主体が混じりあうことになる。これにはインフォーマルかフォーマルか、競争するのか協調的にするのか、というように色々な方法がある。そして、主導権は官民のいずれからでも発生しうる。どのような次元でも政府は、インフラの提供や開発計画、資金的な誘因を通じて、民間からの投資と開発を招こうとする。あるいは、地方自治体では事業家からの圧力に応じて公共施設を拡張したり、都市計画の改善を迫られたりすることになる場合もある。 また、ある程度は共通する役割と責務とが認識されている。例えば、開発の規模と共有財産を拡大するためにはインフラを提供するが、これは自治体に広く受け入れられている責務である。だが、例外も発生しており、ニュージーランドの場合スキー場へのアクセス道路は、これを民間ディベロッパーが建設・維持している。同様に孤立したリゾートでは、その上下水道施設は独自でまかなうのが一般的である。国際振興・マーケティングもまた共有財産の提供とみなされており、このためこれらはNTAの主要機能の一つになっている。しかし、民間部門(特に国際線をもつ航空会社)でもこうした活動に多額の投資を行っている。自然資源とある程度は歴史遺産もそうであるが、これらを保護・保存・強化することは公的部門の主要関心事であり、その中でも最もよく知られているのは国立公園である。 あらゆる部門が含まれているにせよ、民間企業は宿泊施設と関連施設、さらに特殊なアトラクションの提

供に関しては、最も活発に活動している。また、ホテル部門では政府系ホテル・チェーン(ニュージーランドのTourist Hotel Corporation、スペインのパラドールなど)も国家的な参加を行っている。 官民とさらに団体の関与が複合するような場合には、多くの要素に依存することになるが、その中には計画の規模と性格、開発段階、私企業と国家の関与に関する一般的政策といったものが含まれる。カゼスによれば、我々は19世紀的状況(すなわち、個々の活動の緩やかな集団的状態)から出発して、より制度的、準制度的組織(私企業が観光施設及び関連サービスを提供する一方で、中央政府が計画を策定し基本的なインフラを開発する)に移行していると言う。だが、おそらくこれは北米やその他西側諸国(あまり型にはまらず、明確な組織をもたない、競争による経済発展が標準的な傾向である)よりも、ヨーロッパの一部の国及び特定の途上国についてよく当てはまる現象であろう。さらに、先にスコットランドと北アイルランドのところで指摘したように、異なる公共機関の役割は必ずしも明言されてはいないし、また、調整されてもいない。 責務の制度化と様々な開発主体の調整とは、計画の規模が増大するにつれて頻繁に行われるようになる。こうした事例はラングドック・ルシヨン開発でみられた。本開発は1960年代はじめに開始され、ローヌ河口からスペイン国境までの地中海岸180キロを対象とした。明確で協調的な責任分担が、このような大型計画を遂行するには必須であった。どの組織もすべてを自由にできるような資源や資金を持ち合わせていたわけではなかった。しかし、事業の成功はあらゆる局面で入念に調整された開発に依存していた。したがって、国家や現地当局、地域当局の役割及び民間部門の役割は、当初から適切に規定されていた。

国家 第一に国家は全体的な開発計画を策定する際、その責任を負う。国家はその計画に則って事業のあらゆる段階を、小さいながら重要な調査チームを通じて、管理・監督する。第二に国家は前述のように、事業が計画通り進行するよう必要な土地すべてを取得する。第三

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に主要な基盤整備(道路網、港湾、植林、水道、蚊の駆除など)の着手に責任を負う。最後に国家財政によって、他の公共機関がその責務を果たすことが可能になる。 また、行政改革によって国家の事業は促進される。1963年にDATAR(Délegation à l’Aménagement du Territoire et à l’Action Régionale)の下で政府間委員会が設置され、関係省庁(財務、内務、開発、農業及び観光)からの代表が参集している。委員会は驚くほど小さいもので、その業務の大半は調査小班(10人程度から成る)の担当とされた。その役割は非常に協調的なものであり、多くの初期的研究と実際の開発事業の大半が、適切な政府部局によって実施された。そして、委員会の基本財源からは必要資金が出資されている。

小域・地域行政当局 管轄区域の行政当局では、地域事業に対する補足的出資を行ってきた。さらに、四者から成る混合経済企業を設置して、新規リゾートの開発にも直接参加している。例えば、SADH(Société d’Aménagement de l’Hérault)はラ・グラン・モットとカルノンの開発を担当したが、大株主としてエロー県と三つの地元自治体が参加している。その他の株主として、次のような様々な政府系機関が参加している。SCET(Société Centrale pour l ’Equiepment Tour i s t ique) 、CNABRL( Compagnie Nationale d’Aménagement du Bas-Rhône Languedoc)、そしていくつもの商工会議所。四者から成るそれぞれの混合経済企業は、新規主要リゾート向けに国家から取得した土地を開発して、必要物資を提供する役割を負っていた。その土地を再区分し必要なサービス(水道、電気、下水、道路、駐車場、電話など)を施したうえで、これらの会社は初期投資を回収できる価格で民間企業に土地を分譲している。

民間部門 したがって、計画が確立され必要なインフラが整備されるようになって、初めて民間部門はホテルやアパート、別荘、キャンプ場、店舗、娯楽などの施設を建設するために、開発の過程で参加したわけであった。特定プロジェクトはそれぞれ、確立された計画と適切な設

計担当長の指示に従わざるをえなかった。しかし、価格や売却か賃貸かの決定は個々の業者によって決められていた。地域の企業はそこで重要な役割を演じており、特にアパートの建設と販売についてはそうであった。ラ・グラン・モットとカルノンでのアパート建設のおよそ6割は、そして実質的にポー・カルマーグのこのような開発のすべては、ガール、エロー、オードの三県の業者によって実施されている。また、英独日の各資本は新規ホテルの建設(仏側の関心をほとんど引かなかった)に向けられた。 技術的な観点からは、ラングドック・ルシヨン事業はかなりの成功を収めた。一定の方向目指して団結したことや責任分担、それに事業の包括的性格がこの結果をもたらしたわけである。開発はかなり一貫して秩序だったものであったが、マーケティングやプロモーション、販売に関して十分な責任をもたせることに失敗したのは、予測を下回る成長率に起因する。 その他にも多くの観光開発が可能になったのは、明らかに多様な開発主体が先述した要素を配給するのに様々な方法で合体、競争したためである。しかし、こうした開発主体は空虚に行動しているわけではない。観光が発達する状況をよく認識することは、観光開発の過程(どこでも結果的にその影響が及ぶことになる)を理解する上で必須である。

開発の状況 第1章で述べたように、観光は実に多様な物理的、社会・文化的、政治的、経済的状況において発達する。状況的特徴を考慮することは(観光が発達する場所の性格)重要である。というのも、状況は観光の発展の仕方に影響し、観光が及ぼす影響を規定するようになるからである。こうした影響によって、結果的にその場所は変わってしまうし、また、地域特性や地形も再定義されることになるだろう。 環境的背景も観光開発に様々な意味で影響する。最も重要なのは、気候や景観といった環境的属性が地域的魅力(発達する観光のタイプに影響する)に大きな意義をもつという点である。環境的な特徴はまた、色々な交通機関によるアクセスを容易にしたり、制限したり

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する。ツーリストに魅力のある環境(山岳地帯、海岸、熱帯の島)は、バランスがツーリストや開発によってかなり阻害されている、特にそれは動きの激しい、あるいは、もろい地域である場合が多い。ピアスとカークは次のように指摘している。 海岸(特にビーチ)は最も不安定で、地形システムが物理的に最も変化しやすいものの一つである。ビーチは柔らかい堆積物が水辺に押し上げられて、また、波や潮流が堆積物を再分散・形成してできるものである。自然現象であれ、人為的であれ、こうした堆積物やその堆積量、消失量、そして(あるいは)波の力による分散状況、時空間における潮流を変えてしまうような要因は、海岸線の位置と形状とに影響を及ぼすことになるだろう。 これと同様に、ホスト社会の社会的・文化的特徴も、ツーリストに対する魅力や開発過程、影響の性格と程度を左右する。まったく異なる文化は、特定の旅行者グループにとって魅力的な場合もあり、その場合には多くの可能性が存在する。例えば、過去の文化の面影(マヤ遺跡の寺院、エジプトのピラミッド)、遠く離れたエキゾチックな文化(ポリネシアの民族舞踊)、地理的に限定されたまったく異なる社会(ランカスター郡のアーミッシュ)などである。階級構造や政治構造もまた観光開発の様式を決定する。ウッドによれば、東南アジア諸国の豪華なホテル開発に多国籍企業が関与する理由の一つは、「多国籍企業の共同出資によって、強固な経済基盤がない政治的支配階級が、経済的(あるいは民族的)支配階級である競争相手に対して、優位に立つことを可能にするからである。これはマレーシアやインドネシア、タイといった国でみられる要素であり、これらの国々では多国籍企業との提携によって、華人と事業をする必要性を回避できる」と言う。影響という点ではモーラーは次のように指摘する。 よくあることだが、特に観光の浸透による影響を受けたインドネシアの少数民族文化(歴史文化的理由からかなり強い抵抗力を育み、多分に保護的な立地条件にある)を、むき出しで無防備の小さなハワイやバハマ島のもろく弱い文化と比較するのは、正しくない。 一般的に、大方の関心は文献をみても経済的状況に

おかれてきた。特に重点をおかれているのが途上国の経済特性であり、それがいかに観光開発を行う決定に影響し、その開発効果を左右したかという部分である。しかし、観光文献では先進国と途上国や社会主義経済との間の差異を、体系的に分析しようとした試みは稀であり、いずれかの体制内での国内的相違を説明しようとした研究もほとんどない。その例外はヤングによる研究で、彼女は観光の3類型(総合性、豪華さ、プランテーション)と3構造(環境、経済、政治)との相関関係をカリブの事例を通じて検証している。 そこで説明されたそれぞれの要素が結びついて、観光開発が行われるあらゆる状況を想定している。これは島嶼部における観光の事例でみられるものであるが、島嶼部では小規模性と孤立性とが結びついて空間構造が創出されており、大抵の大陸国や目的地よりも明確な開発過程を呈している。島嶼部における観光施設は、多くの海岸区域か主要都市(ないしその近辺)、あるいは、国際空港近辺に集中する傾向にある。太陽と海という観光が優勢であるということは(特に熱帯と亜熱帯)、孤立性及びその他の観光資源が限られていることを、直接反映したものである。比較的低価格で土地取得ができにくいので、可能なマーケットの幅と開発のタイプは制限される。そして、このパターンは限られた現地需要(島自体のマーケット規模と面積の狭さに起因する)によって補完されることになる。航空機を利用する旅行と外国人ツーリスト向けの制度化された休暇は、空港や主要都市に近いホテルの建設を促すだけでなく、島嶼観光産業が外部ディベロッパーによって管理されるという傾向をも加速する。島嶼部におけるこうした要素の影響は、比較的低い経済開発水準(これは広義の政治経済的状況と同時に、様々な小規模性と孤立性の結果である)によってさらに増大する。 観光開発の環境的影響という意味で、島嶼部における環境システムの脆弱性も指摘されている。すなわち、島嶼部は資源に恵まれないことが多く、この結果酷使されやすいと言う。マヨルカ島で上水道が塩化したのがまさにこれである。さらに、孤立して境界が画定された空間には、特殊な動植物群が生まれる傾向にあるが、これらは環境の変化(特に外因的圧力によるもの)に概

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文化情報学 第 13 巻第 2 号(2006)

して弱い。 また、ヤングがカリブの分析で示したように、状況的要因によって島嶼内でかなりの多様性が生ずる可能性がある。「一般的な観光は雨量の少ない島(一般的にツーリストにとって雨量の少なさが魅力となる)でみられる --- 豪華な観光は良好な全天候型道路システムを有する比較的平坦な島でみられることが多い。プランテーション観光は大規模農業を営む島でみられる傾向にある」。ヤングはまたプランテーション観光は、統制色の濃い政府と密接な関係があることを見出している。バレアレス諸島では、ビッソンがマヨルカ島だけの優位(島のもつ規模の大きさと資源の豊かさ、それに国際航空便が早くから発達したことによる)を説明しているが、これについて警告を発している。より正確に言えば、彼は農業構造と不動産の所有構造を強調するというように、顕在化していないその他の要因を指摘している。すなわち、1960年代前半にマヨルカ島へのチャーター観光が「離陸した」際に、多数の相続人の間でかつて大土地であったところが分割され、そのことによって生まれた負債の結果、カルビア集落における海岸の大半は、既に金融会社と不動産開発会社の手に落ちていたのであった。こうした状況によって海岸の宅地化が一段と進行するようになった。これとは対照的にメノルカ島での観光開発は、非常に保守的な土地所有制度のため遅れることになったが、これは相続が単独相続人であったことと大土地に小作農が一般的であったことによるものである。メノルカ島ではまた工業が比較的重要な役割を果たしていたので、さらに観光への経営転換が遅れることになった。

結論 観光開発には広範なサービスと施設を提供することが含まれる。そして、これらは様々な関心や役割、責務をもった色々な官民の開発主体によって、直接的・間接的に提供される。このような観光開発の複合的・多面的性格は、おそらく観光開発の最も顕著な部分であろうし、それゆえ他の一般的特徴を説明するのが困難になるのである。観光開発における官民双方の関与ではおのおのに共通する点も確認されている。例えば、民間部

門の関心事は利益の創出であり、公共部門では多様な責務を負うというようにであるが、両者の関心は分かれている。そしてそれは、民間部門のほうでは、宿泊施設と合目的につくられたアトラクションの面で優位にあるのに対して、公共部門のほうではインフラを提供したり、自然や文化遺産を保護したりする役割を負う、という点に象徴されている。だが、こうした傾向は決して普遍的なものではなく、多くのはっきりした例外が先に指摘したように存在しており、開発が実施される状況にもよる。さらに、官民両部門の取り組み方が極めて混成的になることもある。観光会社の規模が増大する傾向も確認されているが、これも観光産業のサービス的性格と様々な部門が数多くあるため、大企業と並んで小企業にも活動の余地が確保されているものと考えられる。 観光は複合的、多面的性格を有するので、観光開発の別の側面を検討するには、要素分析アプローチをはじめに用いる場合が多い。これによって特定の場所、あるいは、特定の観光形態に関する開発の主体と要素が確認され、また、それらの相関性も見出されている。第3章ではこれに基づき、観光開発に関する一般的過程と類型とを構築することを目指す。第4章では様々な観光需要について、また、第5章では広範な資源(ツーリストの有する可能性を総合的に評価し、観光現象を評価手法に照らして説明する)を検討していく。また、影響評価

(第6章)と観光計画(第7章)に対して、よりバランスのとれた包括的アプローチをするのであれば、観光のもつ複合的性格と開発に関わる主体の多様性を認識することも不可欠である。

<訳注>*この翻訳は、Douglas Pearce, Tourist Development, Longman, Essex, England, 1989. の第2章分を訳出したものである。先に訳出した第1章の後続部分に当たるものである。前回同様に図表等割愛した部分もあるが、テキスト部分はそのまま翻訳してある。第2章は特に開発の主体について触れられており、そのため国家間の様々な組織などが事例としてあげられている。この点でやはり固有名詞が古くなっていることは否めない

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(ECなどはその典型)。あるいは、国家体制の面でも社会主義国の記述もみられ、やはり古めかしい印象を受けることは否めない。しかし、基本部分は、例えば、観光の発展過程をみてもわかるように、今日でも変わらずに適用が可能である。なお、ここで触れられたピアスの要素、主体、背景に関する論考は、それぞれその後彼の個々の論文において、発展的に事例が検証されている。