肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 · ことがある。 3)肝切除の臨床...

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山梨医大誌2(3),81~93,1987 肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 山梨医科大学副学長・病院長 出梨医科大学第1外科回教室* はじめに 肝臓外科の対象疾患は肝臓の外傷,膿瘍,腫 瘍,肝内胆石であり,適応に応じて肝切除術を 施行することにより治療目的が達せられる。生 体内最大の臓器である肝臓は血管網の塊である ので,手術操作により出血,感染への適切な対 策がたてられようもないまま,手術侵襲の及ば ない臓器とされていた。1800年代の後半から医 学全般の進歩とともに,1900年に入ると肝区 域,肝再生,肝臓の機能的予備力など,肝臓外 科の基本となる研究が進歩し,また肝切除術も 手術手技の工夫や機器の導入により安定した術 式として評価され普及したのが現状である。今 日の肝臓外科ほどハイテクノロジーが導入さ れ,日常化した臨床領域は少ない。治療技術は 肝癌に対する肝切除術を中心とした集学的治 療,肝不全時の人工肝臓の開発や肝移植術にま で拡大されてきた。 また外科侵襲による生体反応としての肝臓機 能の変化の評価もようやく体系化したのが現状 であり,肝機能の評価なく手術侵襲は行い得な い程普及し日常化した。 本稿では,肝臓外科の歴史を概説し,先人の 築いた肝臓外科への挑戦の連続を知る基盤と し,また先人の鋭い洞察力と観察力を再認識し て,将来への飛躍の原動力となることを期待し たい。またこの機会に創立以来6年を経過した 第1外科学教室での消化器外科の柱の1つであ *〒409-38山梨県中巨摩郡玉穂町下河東1110 受付:1987年5月14H る肝臓外科の現状と将来の課題などについても ふれたい。 1.外国の肝臓外科の歴史と現況 肝臓外科の歴史は古代から1800年頃迄が,第 1期,それ以後第2次世界大戦迄が第2期,臨 床医学が急速に進歩した1970年頃迄が,第3期 であり,ハイテクノロジーの臨床医学への導入 と応用が日常的となった現在は第4期となろ う。 第1期と第2期は,産業革命後の技術革新に よる麻酔,細菌学に基づく滅菌の概念の普及に より,待機手術が可能となったことにより境界 されよう。第3期は情報交換の迅速化に基づく 産業の近代化の時期であり,医学情報も世界的 規模のもとに交換され,外科臨床も幅広い基礎 研究に支えられ,肝臓外科も当然ながらその影 響を充分に受けた。第4期は電子工学と材料工 学の進歩による各種画像診断技術の革命的な進 歩,手術機器の開発と改良が極めて急激な時期 である。わずか10数年前は腹部腫瘍を触知し て,その起源臓器を診断し,乏しい切除例が経 験されるにすぎなかった肝臓の腫瘍の臨床は, 腫瘍マーカーの開発と普及に従って著しく変貌 した。更に腫瘍マーカーのみならず,最近は画 像診断が駆使され臨床期以前の肝癌が診断さ れ,治癒切除のみならず,集学的治療にまで治 療計画が拡大され,その成果が期待されつつあ る。肝臓外科の飛躍的進歩は医学のほか,周辺 科学の進歩を受入れ易い臓器であったことに起 因しよう。

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Page 1: 肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 · ことがある。 3)肝切除の臨床 !9世紀末までの肝切除の対象は肝外傷が中心 であり,死亡率も高く,Tilton(1906年差による

山梨医大誌2(3),81~93,1987

総  説

肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況

菅  原  克  彦

山梨医科大学副学長・病院長

出梨医科大学第1外科回教室*

はじめに

 肝臓外科の対象疾患は肝臓の外傷,膿瘍,腫

瘍,肝内胆石であり,適応に応じて肝切除術を

施行することにより治療目的が達せられる。生

体内最大の臓器である肝臓は血管網の塊である

ので,手術操作により出血,感染への適切な対

策がたてられようもないまま,手術侵襲の及ば

ない臓器とされていた。1800年代の後半から医

学全般の進歩とともに,1900年に入ると肝区

域,肝再生,肝臓の機能的予備力など,肝臓外

科の基本となる研究が進歩し,また肝切除術も

手術手技の工夫や機器の導入により安定した術

式として評価され普及したのが現状である。今

日の肝臓外科ほどハイテクノロジーが導入さ

れ,日常化した臨床領域は少ない。治療技術は

肝癌に対する肝切除術を中心とした集学的治

療,肝不全時の人工肝臓の開発や肝移植術にま

で拡大されてきた。

 また外科侵襲による生体反応としての肝臓機

能の変化の評価もようやく体系化したのが現状

であり,肝機能の評価なく手術侵襲は行い得な

い程普及し日常化した。

 本稿では,肝臓外科の歴史を概説し,先人の

築いた肝臓外科への挑戦の連続を知る基盤と

し,また先人の鋭い洞察力と観察力を再認識し

て,将来への飛躍の原動力となることを期待し

たい。またこの機会に創立以来6年を経過した

第1外科学教室での消化器外科の柱の1つであ

*〒409-38山梨県中巨摩郡玉穂町下河東1110

受付:1987年5月14H

る肝臓外科の現状と将来の課題などについても

ふれたい。

1.外国の肝臓外科の歴史と現況

 肝臓外科の歴史は古代から1800年頃迄が,第

1期,それ以後第2次世界大戦迄が第2期,臨

床医学が急速に進歩した1970年頃迄が,第3期

であり,ハイテクノロジーの臨床医学への導入

と応用が日常的となった現在は第4期となろう。

 第1期と第2期は,産業革命後の技術革新に

よる麻酔,細菌学に基づく滅菌の概念の普及に

より,待機手術が可能となったことにより境界

されよう。第3期は情報交換の迅速化に基づく

産業の近代化の時期であり,医学情報も世界的

規模のもとに交換され,外科臨床も幅広い基礎

研究に支えられ,肝臓外科も当然ながらその影

響を充分に受けた。第4期は電子工学と材料工

学の進歩による各種画像診断技術の革命的な進

歩,手術機器の開発と改良が極めて急激な時期

である。わずか10数年前は腹部腫瘍を触知し

て,その起源臓器を診断し,乏しい切除例が経

験されるにすぎなかった肝臓の腫瘍の臨床は,

腫瘍マーカーの開発と普及に従って著しく変貌

した。更に腫瘍マーカーのみならず,最近は画

像診断が駆使され臨床期以前の肝癌が診断さ

れ,治癒切除のみならず,集学的治療にまで治

療計画が拡大され,その成果が期待されつつあ

る。肝臓外科の飛躍的進歩は医学のほか,周辺

科学の進歩を受入れ易い臓器であったことに起

因しよう。

Page 2: 肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 · ことがある。 3)肝切除の臨床 !9世紀末までの肝切除の対象は肝外傷が中心 であり,死亡率も高く,Tilton(1906年差による

82 菅 原 克 彦

 1. 第1期(創生期)

 古代バビロニア(B.C.2000)では,いけにえ

の動物の肝臓の形態から運命が占われ,大英博

物館の羊肝臓モデルが示すように,肝臓の形態

研究は宗教的行事の一環として進歩した。肝臓

の部分切除後の再生能はギリシャ神話にすでに

みとめられており,ZeusはPrometheusが人

類に火を与えたことに対する罰として,彼の肝

臓の1部を毎日鳥についばませたが,肝臓は一

夜にして旧に復し死に至らなかったという伝説

がある。Hyppocrates(B. C.5C)は肝外傷の重:

症度を,Celsus(B. C.4C), Galen(A. D.2C)

は栄養貯蔵庫としての肝臓の役割を記述してい

る。

 Glisson(1654年)は肝臓の脈管系の基本的解

剖を示し,Zambeccaris(1680年置は動物を用い

た肝切除の系統的研究の緒を開いたが,賛同者

はなかった。文献上最初の肝切除はBerta(1716

年置による肝右二部分切除であり,肝包虫症,

アメーバ赤痢による肝膿瘍,肝外傷に対する外

科治療が散発的に施行されている。Thompson

(1810年)は戦争による肝外傷を報告し,Cooper

(1846年)は腹腔に漏出した胆汁は必ずしも致命

的でないとし,Tillman(1879年)は肝切除許容

量の限界に研究を進めたが,出血,感染のため

肝臓は外科治療が極めて困難とされた。

 2.  第2期 (月台密期)

 Billroth(1881年)による胃切除, Langenbuch

(1882年)による胆嚢摘除が報告され,ドイツ国

を中心とした腹部外科の黎明期が幕開けされ

た。肝臓外科も解剖,病理,生理の研究に支え

られ,外傷時の救急的外科治療から肝腫瘍に対

する待機的な手術療法へと歩んだ。

 1)肝再生

 肝再生は生物学的現象であり,肝切除は肝再

生を前提とした治療法で,肝切除許容量の限界

は肝機能予備力の把握により推定される。

Glack1)(1883年)やPon飴k(1889年)は動物の肝

臓の70~80%を切除しても生存し得,ヒトでも

同様である可能性を示唆したほか,von Meister

(1894年)は肝切除後の肝重:量は比較的早期に回

復することを,動物を用いて確認した。その後

Mann2)(1940年)の研究を経て,今日に至るまで

肝再生を支配する神経性,体液性因子の研究は

極めて旺盛であり,多くの実験モデルが創案さ

れているが,肝再生は未だに論争点のみ多く神

秘のベールに包まれた謎の現象である。

 2)肝臓の臨床解剖

 Glissonの報告以来200年を経て,肝区域に関

する研究成果が相次いだ。ドイツの解剖学者

Rex(1888年)は哺乳類の肝内脈管分布に基づく

肝区域について詳述し,イギリスのCanthe3)

(1898年)は肝臓を胆嚢床と下大動脈を結ぶ線に

より機能的右葉と左葉に分界し,従来からの左

・右の境界を鎌状間膜とする形態的見解を否定

した。中国囚人を剖検して知見を得たCantlie

は,肝切除時に出血に悩む外科医に対し,肝門

部で切除葉にいたる脈管を結紮することで目的

が達せられることを論述した。 「グリソソ系脈

管は肝門部から分岐し,肝静脈により分界され

る区域に流入する」のが肝区域の基本的概念で

あるが,個々の肝区域の分界や呼称には差がみ

られ,日米では主としてHealey4)(1953年),ラ

テン系国ではCouinaud5)(1952年)による呼称

が用いられている。一般に肝臓外科では疾患の

局在部位や切除範囲は区域を用いて表現するこ

とが多いので,国際学会は時に混乱がみられる

ことがある。

 3)肝切除の臨床

 !9世紀末までの肝切除の対象は肝外傷が中心

であり,死亡率も高く,Tilton(1906年差による

と44%などであったが,第2次世界大戦では

Madding(1946年)の報告では27%にまで低下し

たG

 肝腫瘍に対する肝切除はCousins(1874年)が

最初とされ,その後Lius(1886年)により腺腫,

Garr6(1888年)による肝包虫症性の嚢胞の摘除

などがみられる。Keen(1892年)は霜葉の嚢胞

腺腫,左葉の原発性肝癌(1899年)を切除してい

るが,原発性肝癌に対する肝切除は:脆cke

(1891年)が最初ともいわれている。その症例は

Page 3: 肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 · ことがある。 3)肝切除の臨床 !9世紀末までの肝切除の対象は肝外傷が中心 であり,死亡率も高く,Tilton(1906年差による

肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 83

病理組織的な所見に疑点を残すが,8年後に再

発死した記載がみられる。Keen(1899年)は全

世界の文献から76例の肝切除症例を集計した

が,その大部分は原発性肝癌で,梅毒性ゴム

腫,肝包虫症性嚢胞などがみられる。米国でも

Elliot(!896年), Yeomans6)(1909年,1915年)

の報告が相次ぎ,16例の原発性肝癌切除例のう

ち手術死は4例で,6例が2ケ月から8年以内

に死亡したが,6例は3年から7年にわたり生

存中とした。

 肝切除時の最大の障害である出血に対して

は,手技的には集束結紮術(1896年差のほか,圧

挫器具,焼灼器,マグネシウム板の使用が検討

されている。さらに,予め肝門島で切除側へ流

入する血管を圧迫することがAnsch薮tz(1903

年)により記載され,Pringle7)(1908年)の用手

自脈十二指腸間膜圧迫は現在なお有用されてい

る。

 現在に連なる画期的な手術法はWende18)

(191!年)による44歳女性の肝譲葉に存在した腺

腫(9年後の剖検で肝細胞癌と診断)に対する右

葉切除術である。肝曲部で右肝動脈,右肝管が

結紮,切離されているが,血栓形成を危惧して

門脈処理は施行されていない。この出血量の軽

減を考慮し,肝門部で流入血管を予め処理する

方法は,Cantlieの提言とは無関係であり,当

時の医学情報伝達がいかに遅いか,また研究者

は独自に系統的研究を進めたかを物語る事実で

ある。1880~1920年における肝臓外科の進歩は

著しく,Bruns(1888年)は初めて転移性肝癌を

切除し,Pascha1(1879年)は肝膿瘍を誘導し,

von Eiselbαg(1893年)は肝心葉の血管腫(470

g)を切除したほか,肝癌類似病変に対する外

科治療が行われている。Grif6th(1918年)は小

児肝腫瘍を集計した。

 Egge1(1901年)は文献上の163例の原発性肝

癌を集計して結節型(64.6%),塊状型(23%),

ひまん型(12.4%)の肉眼分類を提II涌し,今日ま

でなお慣用されているQまた山極によるmali-

gnant hepa沁ma, malignant cholangiomaの呼

称は,現在なお一般的である。Warvi(1944年)

による肝腫瘍の分類はWHOの肝腫瘍分類の

基盤として評価されている。

 3。第3期(発展期)

 第2次世界大戦の終結とともに肝区域,定型

血肝切除などに関する情報は他の医学情報と同

様に迅速に交換され,CantlieとS6r6ge(1901

年)がほぼ同じ時期に無関係に,同様の内容を

発表した時期は過去となった。

 1)肝外傷

 肝外傷の治療は朝鮮戦争における経験から基

本的治療方針に進歩がみられた。肝裂傷の程

度,部位が関係するがresectioRal d6bridement

と完全な止血後の適切なドレナージの必要性が

強調された。肝静脈系からの出血を軽減する目

的で下大静脈カニューレ法,積極的切除が提唱

され,良い結果が報告された10)。

 2)定型的肝切除

Wende1により提唱された肝門部で切除葉に

いたる血管を結紮・切離して手術野の出血を少

なくし,肝実質を切り離すcontrolled hepatec-

tomyが普及するようになった。この方法は:しortat-Jacob and Robert(1952年)1正)により42

歳女性の転移性肝癌に対して施行されたとされ

ているが,Capiro(1931年置, Donovan(1944年)

らの報告もみられる。FiReberg(1956年)は右葉

切除症’例を集計したが,我が国のHonjo12)に

よる結腸癌肝転移例も記載されている。この定

型蘭燈切除は胆嚢癌に対しPack(1952年),原

発性肝癌にたいしてΩuattelbaum(1952年)ら

が相次いで施行した。

 台湾の:Lin13)は肝門部に近接した肝内で,切

除葉にいたる血管を指尖を用いて肝実質を破砕

することにより把握し結紮・切離する,いわゆ

る丘nger fracture methodを発表した。心葉

切除48例,左葉切除34例を経験し,1ケ月以内

の手術死12.1%,5生率19%の好成績を得,そ

の後独自の肝臓鉗子を試用した。

4.第4期’囁(飛躍期)

1)肝区域

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84 菅 原 克 彦

 肝区域の概念は現在の肝臓外科では超音波診

断(US), Computed tomography(CT)の普及

に従い急速に普及したが,肝臓には肉眼的に直

視し得る隔壁がある訳ではないので,各区:域の

境界,亜区域(subsegme簸t)についてはなお統

一した見解には至っていない。特に尾状葉の取

り扱いについては論議が多いが,日本肝癌研究

会の肝区:域は外側区域,内側区域,前区域,後

区域,尾状葉区域とし,尾状葉を除く各区:域に

亜区域を設定した14)。

 2)肝癌の診断

 腹部腫瘤として認識される大型の肝癌に僅か

の外科的治療の余地を見出した時期は過去とな

った。腫瘍マーカー特にα一fetoprotein(AFP),

画像診断の進歩と普及によって臨床期以前の小

型肝癌の診断が可能となり,直径2cm以下の

細小肝癌の診断に多くの努力が向けられてい

る。US, CTにより肝臓の限局性病変の診断が

容易となり,肝臓の脈管造影法の改良,特に

lipiodolの併用は小腫瘍の診断精度の向上に貢

献した。

 3)系統的肝切除

 定型的肝切除は金葉切除,左葉切除に止まっ

たが,更に術中にUSを頻回に使用することに

よる肝内の脈管分布の認識に基づいた,また脈

管内野瘍塞栓の除去を重視した系統的区域・亜

区域切除が可能となった。術中の過量出血を避

けるための機器としてレーザーメス,Cavitron

Ultrasonic Aspiration System(CUSA),Micro-

wave tissue coagulator(Microtase)が使用さ

れ,術中のUSの頻用とあいまって不慮の血管

損傷による過量出一下は殆ど経験されなくなり,

術後の合併症も激減したのが現状である。

 4)集学的治療法の開発

 肝癌の栄養動脈に経皮的に血管カテーテルを

挿入して塞栓物質及び抗癌剤を注入する治療法

(TAE)が開発され,普及した。肝癌の切除療

法の前後にTAE,放射線療法,免疫養子療法

などを併用する集学的治療法が施行されてい

る。我が国の肝細胞癌の80%前後は肝硬変を併

存しており,手術療法にともなう血行動態の変

化のため合併する食道静脈瘤の破綻が起こり得

るので,内視鏡的硬化療法が食道静脈瘤の病態

に従って施行されている。

 肝不全の治療には血漿交換のほか,人工肝補

助装置の開発が緊急に望まれている。

 5)肝臓移植

 Starzl(1963年)は48歳の肝硬変が併存した肝

細胞癌患者に同所的肝移植術を施行し,たが,22

日後に肺合併症,敗血症などを併発して死亡し

た。肝移植の適応疾患,臓器の獲得と保存,免

疫不全など多くの課題がある。Cyclosporine A

の登場により移植成績が向上したのは事実であ

る。現在までに世界の4大拠点病院のほか若干

の施設で,すでに1000例以上の肝疾患患者が肝

移植の恩恵を受けている。Pittsburghグループ

の最近の成績は1生率65%,3生率55%である。

適応疾患15)は図1に示すように現在の治療法で

表1肝移植の適応疾患15)

疾  患  名 症 例 数

腫瘍       i肝細胞癌     }

 胆管細胞癌 その他の原発性腫瘍

 転移性腫瘍     …肝顧       iアルコ_ル性   1原難胆汁性  i続発四三   i

 壊死後性・慢性活動性肝炎後性i

 Cryptogenic              ;

新生児黄疸          1

嬰道鷹  iSclerosi箆g cholang量tis        i

代謝賭       l arアンチトりプシン欠損症  i

ウ・ルソン病  1 そ の 他      iその他         ;B。d&Chi。.i症候群   1

 急性肝不全      1              … そ  の  他

139

235

90

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52387

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肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 85

表2日本外科学会の肝臓関係学薯数及び講演数の全原著数及び全講演数に対する割合

年劇・一・・1・・一2・2・一3・i3・一4・14・一5・15・一6・i6・一7・17・一8・1(8・一85)

% 1.1 2.3 1.8 2。7 3、2 3。4 3.1 6.0 (6.8)

表3Jpn.」. Surgeryにおける肝臓外科関係論文数と総論文数の関連

VoL 1  2  3  4  5 67891011121w141 計

職関係論蜘・・35・・6・24・・34・・15・(7.5%)総論文壇342・262426243542495782789589} 681

は限界のある肝疾患である。

II.我が国の肝臓外科の歴史と現況

 1. 日本外科学会

 日本外科学会雑誌における肝臓に関する基礎

的研究,肝臓の限局性疾患,肝臓機能に関する

講演数と原著数を集計した。表2に肝臓に関す

る丁数と原著数の和と全講演数の和の比を10年

毎(但し81~85回のみ5年間)に示した。この比

は逐年的に高くなっており,世界的に肝臓外科

を回顧した際の第2期の終わりに当たる第44回

(昭和18年,1943年)から肝臓に関する演題及び

原著が増え始めている。肝臓に関する演題原

著の内容を分析すると,第30回(1942年)までに

原発性肝癌に関するものは,僅:か3題に過ぎ

ず,肝膿瘍,肝包虫症が多い。最近では,良性

疾患では肝血管腫,肝内結石が肝膿瘍より多

い。

 宿題報告は第41回(1940年)の肝臓機能と外科

的疾患(今永一),第56回(1955年)の肝広汎切

除(三上二郎)があり,第76回(1975年)のシンポ

ジウム肝切除,第78回(1977年)のパネルディス

カッション硬変合併肝癌の治療などがあり,ほ

ぼ1年おきに肝臓に関する主題がみられる。

 一方,Jp. J. Surgefyの肝臓関係の論文数

と総論文数を表3に示した。最初の2年間に両

者の比は1.9%であったが最後の2年間に7.6%

となり次第に増加していることが示されてい

る。内容は肝癌関係11編,転移性肝癌5編,肝

良性腫瘍3編,肝内結石4編,黄疸8編,肝機

能研究7編,実験的研究!3編である。

 先人の業績をみると,肝臓に関する最初の記

載は第3回,明治34年(1901年)の中川越郎によ

る「肝膿瘍二就テ」であり,経験した20症例の

中にスクリバ博士執刀による肝膿瘍と誤認した

46歳女性の肝臓癌剖検例が記述されている。そ

の後真性肝臓嚢腫の知見補遣などが発表されて

いるが,第39回(1938年)に大野良蔵は「肝臓腫

瘍摘出治験工就イテ」17)を発表している。その

後石山福二郎,石野琢二,本庄一夫らの発表が

みられる。

 肝外傷については第36回(1935年)鈴木重大

の「肝臓皮下断裂三治験例二巴イテ」の報告18)

以来第43回(1942年)黒田孝重は45例を集計報告

している。

 2. 日本消化器外科学会

 日本消化器外科学会雑誌によると肝臓に関す

る演題数の総演題数に対する比は最初の2年間

は5.3%であるが,昭和57,58年は9.8%となっ

ている。シンポジウムは第2回総会(!969年)の

「肝内結石症に対する治療方針」から第30回

(1987年)の「肝癌の集学的治療法の選択」まで

毎回主題などに肝臓外科関係の課題が選択され

ている。

 3. 日本肝臓学会

 日本肝臓学会の第1回総会(1965年)に「肝癌

の治療」のシンポジウムが行われて以来,肝臓

の病態面からみた肝臓外科の特異性,早期の肝

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86 菅 原 克 彦

癌を診・断ずるための努力が主題に選択され,東

部会,画部会でも総会に匹敵する実際的な肝臓

外科に関する主題が取り上げられている。

 4. 日本消化器病学会

 日本消化器病学会では第61回総会(1975年)特

別講演「肝癌の治療」珊の他,最近10年間の肝

臓外科に関する主題は第71回総会(1986年)にシ

ンポジウム「原発性肝癌治療法の選択」をはじ

め13課題がみられている。

 5. 日本肝癌研究会

 肝腫瘍に関する研究の進歩,知識の普及を図

ることを目的として1967年に設立された日本肝

癌研究会の事業の1つとして2年毎に原発性肝

癌の集計と追跡調査が行われている。表4は

1983年までの集計を示す。最初の10年間の集計

とその後の集計を比較すると,肝癌の診断が腫

瘍マーカー,画像診断によって容易となり臨床

上多くの関心がむけられていることが明白に理

解でぎる。また直径2cm未満の単発した肝癌

は第4回調査では臨床で8例,第5回調査では

臨床で33例,第6回調査では82例に達している。

III.教室での肝臓外科の経験

 第1外科学教室は人目80万の小県に新設され

た医:たの1外科教室にすぎないため,外科学研

究の伝統はなく今後積み重ねられるものと思わ

れる。開院以来現在でようやく3年を経過した

が,私共の辿った道はこれまで肝臓外科医が存

在しなかった地方都市での教育病院としての軌

跡でもある。

 甲府市は東京から僅か100km離れているに

すぎない小都市であるが,四方を山に囲まれた

盆地の中心であり,他の地方都市とは異なる特

殊環境下にある。すなわち1950年代まで日:本住

血吸虫の浸田地として認識され,現在でも多く

の60歳以上の水田農業従事経験者の肝臓に石灰

化した日本住血吸虫卵が認められ,食道静脈

瘤,脾腫などの臨床症状がみられることであ

る。日本住血吸虫症と肝細胞癌の発症の関連に

関する疫学的研究はすすめられているが,山梨

県は東日本では数少ない肝細胞癌多発地帯であ

ることを考慮すると,両者の間に何等かの関連

があることは否定できない。このように注目さ

れるべき2大疾患があるにもかかわらず専門病

院の開設にいたらなかったことは菓京に近いと

いうことと,人口が少なすぎたためと思われ

るQ

 現在のところ主要消化器疾患の入院患者が増

加しているので肝臓外科をライフワークとして

基礎・臨床研究に遽進ずるスタッフが教室の主

な柱の1つとなるよう教室づくりが進行してい

る。教室員は1大学2~3名の集合体であるの

で,これらの間隙を埋める本学第1回卒業生の

入局により本格的な臨床研究活動が開始された

といえよう。

 開院後に入院してきた肝癌患者は東京大学割

1外科ではじめて肝臓外科研究班を創設した頃

施  設  数

表4 日本肝癌研究会の臨床集計(原発性肝癌に関する追跡調査:臼本肝癌研究会)20)

   1-968一堕一i・978π・979生_.1遡一瓢一.⊥_墜避

       155                246                405                429

画面型腫他明

胞胞

 細合芽の

細管

肝胆混肝そ不

2411

268

 58

 69

 23

1202

1047

 93

 9 16

 33

1198

2038

148

 33

 30

 33

2372

4031 2396 4658

2054

!18

 22

 11

 39

3316

5567

Page 7: 肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 · ことがある。 3)肝切除の臨床 !9世紀末までの肝切除の対象は肝外傷が中心 であり,死亡率も高く,Tilton(1906年差による

肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況

とほとんど類似しており,肝癌の局所進展が高

度な上腹部腫瘤を触知し得るか,圧迫症状が高

度のため紹介されてきた患者が主であった。

USを用いた病態診断は極めて重要であるの

で,これらの進行癌のUS所見を徹底的に研究

し,CTおよび動脈造影所見と対比検討してい

る。

 一方第1外科に配分された病床数は40である

が,重症患者収容のための諸設備を完備した5

床を設置しているので,常時稼動可能な病床数

は35となる。肝癌治療に必須である集学的治療

を施行するためには大学病院のみに依存するこ

とは不可能であり,今後早期に解決すべき重大

な側面である。

 著者が現在までの約30年近くに関与した大型

肝癌の切除から小型肝癌の切除にいたる肝臓外

科の臨床例とほぼ同様の症例をわずか3年の短

期間にほとんど経験した。他の大病院ではもは

や体験できないような進行肝癌の症例の紹介も

依然として多い。いわゆる関連病院が充実しき

れないことのほか,内・外・放射線科の医師が

一一 フとなって治療し得る肝癌治療センター的設

備がないために,一貫した方針での肝癌治療は

なお期待し難く,各診療科の完全な協力下に治

療し得るまでには多少の時日を必要とする。

n

ユ5

10

5

14

〈stage 男旺〉

8

10

14

46

O

stage l H IH IV t・tal

  最近3年聞の原発性肝癌切除症例

87

 1. 臨床例の概略

 1986年10月末までの3年間に経験した肝切除

例は77例で,原発性肝癌は第1年目9例,第2

年目13例,第3年目24例と逐次増加傾向にあ

る。肝癌に対する肝切除は46例(52.8%)であ

る。その間の入院患者数は936名で原発性肝癌

など外科治療の対象.となる症例は77例(8.2%)

となる。この間に肝内結石,胆嚢癌胆管癌の

ため病巣区域切除,右葉ないし3区:域切除が施

行されているがそれぞれの臨床的意義が異な

り,別に論ずべきであるので今回は割愛した。

46例の原発性肝癌のうち41例が肝細胞癌で肝硬

変は40例に併存し(97.5%),全体としては86.9

%に併存した。日本住血吸虫症は46例中!1例

(23。9%),H:B、抗原陽性は10例(21.7%),輸

〈直径分類〉

n0

1716

5

n0

5

1

0

直径2cm< 2cm≦ 5cm≦ 10cm≦; 15cm≦     <5cm <10cm  <15cm

 一多発性のものは最大直径の和とする一

図1 最:近3年聞の原発性肝癌切除症例

血歴は11例(23.9%)であった。男性36例,女性

10例で年令は50歳代19例,60歳代15例,70歳代

11例,40一代6例である。肝切除例のStage分

類14)と各腫瘍の直径を示したのが図1で,Stage

I症例とStage IV症例が同数であり,直径2

cm以下の症例がなく,5cm以上が27例で特に

直径10cm以上の大型肝癌は12例(26%)にみら

れている。癌結節が多発しているものは18例

(39.1%)で直径2cm未満の細小肝癌はHB

キャリアーである肝硬変症例の経過観察中に診

断しえた1例のみである。しかしこの例では外

Page 8: 肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 · ことがある。 3)肝切除の臨床 !9世紀末までの肝切除の対象は肝外傷が中心 であり,死亡率も高く,Tilton(1906年差による

88 菅 原 克 彦

側区域に2ケの直径2cm以下の腫瘤がみとめ

られ,多発性として取り扱つかった。

 経験例では未だに肝癌は早期の病態すなわち

Stage Iで診断される例は14例(30.4%)と少な

かった。当地では肝癌発症の高危険群に対して

定期的に厳重な経過観察が実際に行われている

施設は少ないようである。診療対象となった腫

瘤は恐らくslow growingであったものとも推

定される。当地方で経験する日本住血吸虫症例

では肝臓の形態的変化とともに石灰化した虫卵

のためにUSによる肝癌のスクリーニングは極

めて困難となる。しかしながら,医大が新設さ

れて現在までのごく僅かの期間ではあるが,多

くの医師の努力が傾注されているので,この成

果がやカミて実り臨床期以前の肝癌の治療が日常

的になることが期待される。

 術前の臨床血液および生化学検査でプロトロ

ンビン活性値80%以下が22例(47。8%),血小

板数10万/mm3以下が21例(45.7%),白血球

数2000/mm3以下が11例(23.9%)のほかICG

15分停滞率20%以上は22例(47.8%),75g経口

糖負荷試験による血糖曲線が直線型であるもの

は121列(26.1%)にみられた。またS-GOTが

100国際単位以上がU例(23.9%)で術前の肝機

能検査値からみると肝臓の機能的予備力が少な

い症例がおおく,手術療法は慎重を要した。

 肝硬変の程度は軽度でも門脈圧冗進症状を呈

することが多いので,内視鏡による食道静脈瘤

の観察を行い,経脾的門脈シソチグラフィーを

施行し彷前に門脈側副血行路を把握するよう努

めている。食道静脈瘤合併例では肝臓の機能的

予備力.食道静脈瘤の部位,色調,形態,鰯油

行路を考慮して追腹的食道離断術と血行遮断術

を肝切隊と同時か熱時に施行するか,あるいは

内視鏡餉硬化療法のみを選択するかを判断して

いる。

 肝切隙前にTAEを施行することは原則とし

て行わない方針を採択している。腫瘍が大型で

ある際には多少の退縮効果を,また慢性肝炎活

動期に非癌部がある例ではTAEを施行して肝

機能が好転する適期にいたるまで待って肝切除

を行う際には価値が認められている。またUS

を用いて癌部が肝被膜から少なくとも2cm以

上離れた深填に存在する際はTAE施行により

癌部が壊死となっても腹腔に破綻することは考

えられないので,TAEの効果を期待しえる。

切除例からの経験ではTAEによる血管周囲炎

は特に肝門部での血管の露出を困難にするので

教室の方針としては切除術前には施行せず,術

後に一定の間隔で再発防止の目的で施行するの

を原則としている。

 肝切除範囲は図2に示すように2区域以上20

例(43.4%),1区:域以上2区域以内11例(23.9

%)であり,依然として肝葉レベルの切除例が

多い。手術手技の基本はUSを用いた系統的肝

切除術である。胆嚢は術後にTAE施行のため

摘除を原則としている。肝切離の方法は肝興部

で切除葉,区域ないし亜区:域にいたる脈管,胆

管を結紮,切離し肝実質は部分的にCUSA,

Microtaseを用いて切離し,出血量の軽減に努

めている。手術時間は5~6時間は13例,6~

7時間9例,4~5時間7例,3~4時間7例,

7~8時間6例,2~3時間2例,1~2時間2例である。出血量は500~1000m互が12例,

1000~1500m1が12例,1000~!500m19例,

1500~2000m18例,2000~3000 ml 7例,200~

500m17例,200 ml以下3例である。輸血を

行わないで終了した症例は10例であり,外科医

の手技の熟練により血液は用意しても使用しな

いですむ症例が更に増すものと思われる。

 図3は経験例の累積生存率を示した。1ケ月

以内の手術死は2例(4.3%)で半年以内の死亡

は4例(8.6%)であった。術後成績を論ずるに

はなお数年を要するのは当然であるが,現時点

での1年,2年累積生存率は75%,50%であり,

日本肝癌研究会の全国平均の48%,36%に比べ

ると,わずかの期聞の臨床成績であるが,比較的

好結果と考えられる。教室例ではStage田, W

の症例が多い他,Stage Iは他臓器重複癌が3

例のほか肝癌破裂例や高度肝障害例があり,母

集団に不確定要素が多い。山梨医大赴任前に得

た集学的治療を施行した52切除例の2年生存率

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肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 89

1}

」5

10

5

0

肝切除量:Hro Hrs

14

9

5

4 4 4

3

2

1

卜lr! }{r l Hr 1< 狂lr 2 卜互r 2 iヨr2<」トlr 3

(L)(その他)くHr2(A.P)(ML)くHr3

図2 最近3年間の原発性肝癌の肝切除量

 L:外側区域

 M:内側区域

 A:前区域 P:後区域HrO:亜区域切除にいた   らない切除HrS :丑穣ヌニ域切除

Hr!:1区域切除Hr 2:2区域切除

Hr 3:31ヌ1域切除

斜線は2区域切除以上を

示す

100

50

(%)

韓’.●●”齢一●8幽’ 秩怐恬ル一1

         :

_1

stage l慧

願鮪願●齢O」葡■辟●聯騨鴨騨一

・stage 1

over all

Hega穫

宅S

stage iv

0 100 200 300 400 500 600 700 800 900

      術後H数図3 原発性肝癌の肝切除症例の累積生存率

90.3%の成績22)には及ばないが,

づけるよう努力を重ねたい。

この成績に近

 2.集学的治療を行う根拠となる研究

 集学的治療を施行する理論的・実験的根拠を

得るために臨床上の肝切除標本のミトコソドリ

ァーDNA(Mt-DNA)の解析を行った。 Mtは

エネルギー産生に重要な役割を果たす細胞内小

器官であるが,自身の酵素の一部をコードする

独自のDNAを有する。 Mt-DNAの変異がエ

ネルギー産生系の変化を介して,癌細胞の増殖

に関与する可能性を検討するため癌部と非癌部

のMt-D:NAを抽出してサザンプロットハイブ

リダイゼーショソ法を用いて比較検討した。表

Page 10: 肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 · ことがある。 3)肝切除の臨床 !9世紀末までの肝切除の対象は肝外傷が中心 であり,死亡率も高く,Tilton(1906年差による

90 菅 原 克 彦

表5MレDNAを検討した症例の内訳

症例

19翻3

年齢性癌醗試論

58岡+59{Fi

 i i701Fl

娼58

5  62

6 71

MMM

十十

術 前    手術術式TAE

7 59

8 17} igi47

測61 ■ _.『「

MMMM

十  十

 十15年前

DPL十

DDPPLL

十十

前 前 前

+年}+年}+年

戸O  

1  3

1  

2  4

1ヨ翫2(LM)1- 奄g・2(L・M)

    i ①B:rS(P)/  一…②(Hr1(L脾摘)

      HrO(P)     (      胃亜全摘,脾摘

 十LPD i Hr2(LM)    i  -  l Hr2(AP)

i     :

1+LPDI H。S(P)i     l

i - i Hr3(PAM)

i十LPD i HrO(A)HrO(P)

      H:r2(A.P).「1.._.__「____.「_

考備問期存生瓶稀 n

理s。類.

 醜

病㎞分

 £  …

ヒti…巨

  …

 H~HI l2年7ケ月生存

  H    26日肝不全死

①皿一②Hi2回騰勢

1

H

1~H

H

王~

1年6ケ月瀕死

1年5ケ月生存

1年8ケ月生存

1年7ケ月生存

1年7ケ月生存l        iil年11ケ月生存ii          i

2回当切除

胃癌併存

前立腺癌併存

5ケヌ租TAE:肝動脈塞栓術:LPD:経動脈的に1ipiodolと抗癌剤注入例

Hrなどは図2参照

5に示すように切除した肝細胞癌10例について

検討した。症例2は単葉切除を施行した59歳女

性で黄疽を主訴とし胆管内に腫瘍塊,血栓を認

めた。Mt-DNAは癌部,非癌部ともに図4に

示すように30kb断片の2番目の大きさのバン

ドが他の症例と比較して約60bp大きくなって

いた。この変化は三部と非二部で同様に認めら

れた。遺伝子構成をみるとunknown reading

frame 5(URF 5), tRNA篇euをコードする領

域である。この変化がMtの機能維持に影響す

ることは少ないが,癌の増殖に影響を与えてい

る可能性があり得る25)。遺伝子組み換え実験を

行い塩基配列の決定を行う必要があろう。

 症例3(図5)は70歳女性で異時性に後下区:域

と外側区域に腫瘍が発生し,2回にわたり肝切

除が施行されている。この症例では癌腫の分化

度が異なる,doubling timeが56.6日と37.7日

と差があること,癌の発生部位が脈管分布から

離れていることから多中心性発癌22)と考えた。

図6に示すように2度目の摘出下部Mt-DNA

の3.4kb断片の2番目の大きさのバンドの幅

が広く.濃度も濃く,このバンドの1部に変異

が生じているものと考えられた。この領域は遺

伝子構成をみるとCO H, UR:F 6:L, tRNALys

をコードする部分である。

 癌部,非癌部をバンドとして比較しえた他の

4例に変異はみられなかった。

 なお,術後の生存期間は表5に示したが観察

期間も短く有意差は認められなかった。

 一般に細胞の癌化を遺伝子の面からみると多

段階発症説によりイニシエーション過程とプロ

モーション過程からなると考えられている。す

なわちイニシエーション過程で化学発癌物質に

より遺伝子DNAが不可逆的修飾をうけ,そ

の結果として癌遺伝子は活性化される23)。さら

にプロモーターの作用を受けて発癌過程が促進

されるようである。Mt-DNAがchemical car-

cinogenの影響を受け,変異を生ずるとこれら

遺伝子から合成される酵素の機能に変化がおき

る可能性が高い。症例3は日時性に後下区域と

外側区域に癌腫を認める多中心性発癌と考え

た。

 DNAに変化を与える因子として二部への血

行遮断,TAEなどがあり得るが,バンドとして

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肝臓外科の歴史と教室の肝臓外科の現況 91

症例    3

    L H    一

 2L H

kb

2.9一

1.4一

0.91一

0.659一

鵯傷

蜘,

勤鮮-難轍、

雛「恥

9讐’L:丁丁部

H:癌部

図4 ヒトMt DNA 3.Okb断片のH:inf I消化物のサザンプロット

  法による解析

検出しえた症例との間に差は見られなかった。

 これらの教室の最近の研究成績からMt-

DNAの変化がエネルギー産生系の変化を介し

て癌細胞の増殖に関与する可能性が示唆され

た。多中心性発癌,再発例はMt-DNAに変異

がみられ,悪性度も高いので綿密な集学的治療

法を計画的に行うことが良好な切除成績に連な

るものと思われた。

おわりに

 肝臓外科の歴史を回顧し,古代から始まる肝

臓の形態の研究からハイテクノロジーが導入さ

れて診断治療技術に革命的進歩がもたらされ

た現在までを4期に分けて各期の主要な事柄を

記述した。

 1900年前後の旺盛な研究心と鋭い洞察力には

心から敬服せざるをえない。同じ病態肝を治療

する現在の外科医はすぐれた環境にあるので,

さらに進歩が期待されるところである。創意と

病歴

 昭和58年4月

    9月

 昭和59年6月

肝硬変,汎血球減少症

CT:SOL(一)

CT:SOL(十)

      doubling time 56.6日

9月  後下亜区域切除術

   φ3cm,索状型, Edmondson m型

   10月  CT:SOL(一)

昭和60年4月  CT:SOL(+)

doubling time 37.7日

5月  外側区域切除術,脾摘

   φ3cm,索状型, Edmondson II型

HBsAg(一), Ab(十),肝硬変があり,輸血歴もある

     図5 症例3 70歳 女性:

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92 菅 原 克 彦

L①H②H

kb

1.4一

0.91一

0.659一

0.52一

磁●6繕-・縫●.ぐ一

撃鱒 轍6

d二二 L  非癌部

①H 初回切除肝癌部

②H 2回目切除肝癌遠

図6症例3のMt-DNA 3.4kb断片のHinf I消化物のサザンプロット  法による解析

工夫により肝臓の悪性腫瘍に対しては,根治性

を高めるよう努力すべきである。

 次に教室の過去3年間の肝臓外科症例につい

て述べた。

 1) 入院患者総数は936名で肝臓外科の対象

となる疾患は77例(18.2%)で肝切除を施行し

た。そのうち46例が原発性肝癌患者である。

 2) 進行肝癌が多く,手術死亡は2例(4.3

%)で累積2年生存率は50%であった。

 3) 肝癌の切除標本の癌部,非癌部のMt-

DNAについて検討し, Mt-D:NAの変化がエ

ネルギー産生系の変化を介して,癌細胞の増殖

に関与する可能性が示唆された。Mt-DNAに

変異がみられた症例は,遠隔成績を向上させる

ためには治癒切除を施行後さらに綿密な集学的

治療を行う必要が示唆された。

 資料を提供して頂いた山梨医大山本正之講師

に謝意を表します。

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