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講演2肝がんの多くは慢性肝炎から進展し,発症する.慢性肝炎の約70%はC型肝炎ウイルス(HCV)に起因することから,HCVの持続感染を制御・終息させることが肝がん制圧の最重要課題であろう.ことにHCVに対する抗ウイルス療法はインターフェロン(IFN)を用いた治療が長年の中心であったが,近年では新規抗ウイルス薬の開発が進み,まさに日進月歩である.本稿では,HCVに対する抗ウイルス療法の最新情報と薬剤耐性を考慮した治療戦略について概説するとともに,肝がん制圧のために医療従事者が取り組むべき課題について提言する.
キーワード
肝がん,C型肝炎ウイルス(HCV),C型肝炎,抗ウイルス療法,インターフェロン(IFN),直接作用型抗ウイルス薬(DAAs),IFN-basedtherapy,nullresponder,IFN-freetherapy,薬剤耐性
東京医科歯科大学消化器内科/大学院肝臓病態制御学講座教授
朝あさ
比ひ
奈な
靖やす
浩ひろ
C型肝炎治療の最前線!肝がんの制圧に向けた新たな戦い
炎ウイルス(HepatitisCVirus;HCV)に起因するC型肝がんであることから,C型肝炎対策は,わが国の肝がん抑止のために極めて重要であると言えます(図1). C型慢性肝炎は,HCVの持続感染によって引き起こされる肝臓の持続炎症です.推定持続感染者数は約150万人と,わが国の最大の慢性感染症です.HCVに感染すると約70%が慢性肝炎へと移行し,その後,30〜40年の年月をかけて徐々に肝線維化が進み,肝硬変に進展します.そして,最終的には肝がんへと病変が進行します.肝線維化の進展に伴って発がん頻度は増加し,線維化ステージF1(血小板数18万)における肝がん発症率は
肝がん制圧に向けて—日本のC型肝炎を取り巻く現状
わが国における肝がんの患者数は約5万人1)と先進国の中で最も多く,年間約3万人2)が死亡しており,肝がんの制圧は日本の最重要課題の一つと考えられます.肝がんの原因として,近年ではアルコール性肝疾患(alcholic liverdisease;ALD)や非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholicsteatohepatitis;NASH)[P29参照]などの生活習慣病に起因するものが増加傾向にあります.しかし,依然として全体の約7割を占めるのはC型肝
2000-2004(n=108)
2005-2008(n=110)
2009-2013(n=113)
東京医科歯科大学消化器内科での検討(n=331)
17%8% 12%
79% 80% 69%
5% 14% 19%■ HBV
■ HCV
■ ALD
■ NASH
■ AIH
■ PBC
■不明
図 1 肝細胞がん初発例における原因の変遷
年率0.4%,F2(血小板数15万)では年率1.5%,F3(血小板数13万)では年率3〜4%,F4(肝硬変:血小板数10万以下)では年率6〜8%と高値です(図2).従って,肝がんの制圧のためにはHCVの持続感染を制御・終息させ,C型肝炎による肝線維化を抑制することが重要と言えます. わが国のC型肝炎患者の特徴の一つとして,高齢化が挙げられます.以前,東京で行ったウイルス肝炎検診(2002年4月〜2006年11月)の自験データでは,受診者の年齢が高くなるにつれてC型肝炎陽性率は上がり,特に70歳以上で上昇する傾向が認められました.この傾向は日本全国で同様に見られることから,わが国のC型肝炎患者は非常に高齢であると言えます.これは他国の感染状況とは異なる点です. C型肝炎患者の肝がん発症リスク因子を解析したわれわれの報告3)では,発がんハザードは年齢とともに上昇し,特に65歳以上で急激な増加が認められました(図3).さらに多変量解析の結果,年齢は肝がんの独立因子であることが示されました.つまり,わが国におけるC型肝炎患者の多くは高発がんリスク症例であると考えられ,早期の治療介入が必要と考えられます.
C型肝炎における抗ウイルス療法の治療変遷
C型肝炎の治療目標は肝がんの発症ならびに肝疾患関連死(肝不全など)を防止することであり,その達成のために抗ウイルス療法が行われます.
C型肝炎に対する抗ウイルス療法は,1992年にインターフェロン(interferon;IFN)[P30参照]単独24週療法が承認されたことから始まりました.しかし,Genotype[P30参照]1b高ウイルス量例(難治性C型肝炎)に対する自験例における著効率(SVR)は9%(25/276)と高いものではありませんでした.その後,IFNとリバビリン(ribavirin;RBV)[P30参照]の併用療法(2001年),ペグインターフェロン(pegylatedinterferon;Peg-IFN)とRBVの併用療法(2004年)と,治療法の進歩とともに治療成績は段階的に向上していき,Peg-IFN+RBV併用療法におけるSVRは43%(316/736)となりました.さらに,2011年にわが国で初めての直接作用型抗ウイルス薬(directactingantivirals;DAAs)として,第1世代プロテアーゼ阻害剤であるテラプレビル(TPV)が登場したことにより治療成績は飛躍的に向上し,Peg-IFNとRBVを加えた3剤併用抗ウイルス療法におけるSVRは84%(185/221)に至りました.
F4
F3
F2
F1
F0403020100
年0.4%年1.5%
年3~4%
年6~8%
感染してからの年数
慢性肝炎の進行度
(肝硬変)
肝がん
感染
血小板数10万以下
血小板数13万
血小板数15万
血小板数18万
100
80
60
40
20
0(years)70605040
After adjustment for:Gender, stage of fibrosis, BMI, response to IFN treatmentAge at IFN Initiation
Hazard Ratio for HCC
Risk Ratio
95%CI
図 2 HCV 感染後の経過
図 3 C 型肝炎患者における年齢と発がんリスクの関係
文献3)より引用
9 10 2015 No.85 2015 No.85
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C型肝炎治療の最前線!肝がんの制圧に向けた新たな戦い
講演 2
100
80
60
40
20
0TGTT GG
SVR12達成率
(%)
(67/73) (15/22) (2/5)
p<0.001n=100
92%
68%
40%
TVR/Peg-IFN/RBV 3剤併用療法
*rs8099917
図5 IL28BにおけるSNP*別治療効果�―ITT解析―
規定されてしまう点は,IFN-based therapyにおける一つの限界と言えるでしょう.②アドヒアランス IFNにはインフルエンザ様症状,血球減少,精神症状,自己免疫減少,間質性肺炎,心筋症,眼底出血といった特有の副作用が存在します.そのため治療を途中で中止せざるを得ないケースもあり,アドヒアランスの確保が困難です. 自験例において,第2世代のプロテアーゼ阻害薬であるシメプレビル(SMV)とPeg-IFN,RBVそれぞれのアドヒアランスを比較したところ,SMVでは89%(89/100)の患者で95%以上の薬剤投与量が確保できた一方,Peg-IFNとRBVにおいて80%以上の薬剤投与量が確保できた患者の割合はそれぞれ71%(71/100)と59%(59/100)でした.IFN-based therapyによる治療には,Peg-IFNとRBVの投与量を的確にコントロールして副作用による脱落を最小限にとどめて治療を完遂させることが重要です.
DAAsの薬剤耐性 一方,DAAsには薬剤耐性の問題が指摘されています.DAAsは1本鎖RNAウイルスであるHCVが肝細胞内で増殖するために必須の蛋白であるNS3/4A,NS5A,NS5B領域を標的としており,それぞれはプロテアーゼ活性,ウイルスゲノム複製複合体形成,RNA依存性RNAポリメラーゼ活性を有しています.DAAsはこれらの領域を直接阻害することでウイルス増殖を速やかに,かつ強力に阻害します.しかし,DAAsを用いた治療は標的蛋白の
耐性変異(resistance-associatedvariants;RAVs)に影響を受けます. 自験例において,3剤併用抗ウイルス療法(IFN-basedtherapy)の治療成績を見てみると,DAAsに対する耐性ウイルスの有無にかかわらず治療成績はほぼ同程度でした.つまり,一般的にはIFN-basedtherapyの場合は,治療前の耐性ウイルスの存在は治療効果に大きな影響が無いと考えられています. しかし,自験例においてIFNの反応性と耐性ウイルスが治療効果に与える影響を次世代シーケンサーを用いて
図 6 NS3 耐性変異の有無と治療効果
図 7 IFN 無効例における viral�breakthrough
100
80
60
40
20
0with RAVs at NS3
n=8
(%)
25
p=0.062
Deep sequence:Cut-off value 0.2%*TVR triple therapy
without RAVsn=2
100
Null responder
100806040200with RAVs at NS3
n=5
(%)
80
p=0.506
without RAVsn=2
100
Naive
■ non SVR■ SVR
100806040200with RAVs at NS3
n=7
(%)
71
p=0.207
without RAVsn=4
100
Relapser
876543210
(Log IU/mL)
0 1 7 14 28days
Stop treatment
post 16Wks
HCV RNA
SMV100mg/day
68y Female IL28B TG Core 70/91 M/M Null responder
Peg-IFN180ug/RBV800→1,000mg/day
■ wild ■ V36A ■ Q80L ■ Q80R ■ A156T ■ D168V ■ D168A ■ D168T
97.8% 98.7% 85.5% 82.5%
0.3%0.3% 0.2%
1.4%
11.2% 12.3%
0.9%2.3% 4.8%
1.4%3.7%0.2%
0.25%0.77%
また,2014年にはプロテアーゼ阻害薬であるアスナプレビル(ASV)とNS5A阻害薬であるダクラタスビル(DCV)の併用療法が認可されたことで,DAAsを2種類以上組み合わせたIFN-free therapyが行われるようになり,近年注目を集めています(図4).
IFN-based therapy C型肝炎に対するTPVを用いた3剤併用抗ウイルス療法の治療期間は24週で,はじめの12週はTPV+Peg-IFN+RBVを3剤併用で投与し,その後の12週はPeg-IFN+RBVを2剤併用で投与します.本治療は非常に
高い治療成績を示す一方で,この治療をはじめとするIFN-based therapyではいくつかの問題点が挙げられています.①IFNに対する無効例(null responder) 長い間C型肝炎治療の中心となっていたIFNですが,一部に無効例(nullresponder)が存在します.自験例においてTPV+Peg-IFN+RBV3剤併用抗ウイルス療法のSVRを過去のIFNに対する治療効果別に検証したところ,部分的治療反応例(partialresponder)ではSVRが67%(4/6)と有効であったのに対し,null responderにおいては14%(1/7)と治療効果はあまり得られませんでした. では,IFNに対する反応性は何で決定されるのでしょうか.これにはヒト19番染色体の短腕上に存在するIL28B遺伝子近傍の遺伝子多型(SNP)が大きく関与しており,このSNPを調べることによって,IFNに対する治療効果が予測できることが分かっています.IL28B遺伝子の特定の箇所(rs8099917)の塩基がT(チミン)からG(グアニン)に置換されているとIFNに対する治療効果があまり期待できません.自験例において,TPV+Peg-IFN+RBV3剤併用抗ウイルス療法における治療成績を遺伝子多型別に比較したところ,IL28B遺伝子上にメジャーアレル(TT)をもちマイナーアレルが存在しない患者のSVR12達成率は92%(67/73)であるのに対し,マイナーアレルが存在するTGの場合だと68%(15/22)まで,GGの場合は40%(2/5)まで低下することが認められました(図5).このように,治療成績が患者さんの遺伝子に
(自験例)
(自験例)
テラプレビル+Peg-IFN+RBV
シメプレビル+Peg-IFN+RBV
バニプレビル+Peg-IFN+RBV
【IFN-based therapy】
ダクラタスビル+アスナプレビル
パリタプレビル/オムビタスビル
テラプレビル
NS4ANS3NS2 NS4Bp7E2E1C
シメプレビル
バニプレビル
アスナプレビル
パリタプレビル
ダクラタスビル
NS5A
オムビタスビル
レジパスビル ソホスブビル
NS5B
ソホスブビル
ソホスブビル+レジパスビル
ソホスブビル+リバビリン
Genotype 1・2
3’-UTR5’-UTR
Genotype 1
Genotype 1
Genotype 1b
Genotype 1
Genotype 1
Genotype 2
【IFN-free therapy】
図 4 C 型肝炎ウイルスに対する DAAs を用いた抗ウイルス療法
11 12 2015 No.85 2015 No.85
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詳しく調べると,IFN無効例ではRAVsの存在が治療成績を大きく落としていることが分かりました(図6). 1例をご紹介しますと,図7に示しますIFNの反応性が極めて乏しい症例では治療開始直後にはウイルス量の減少が見られたものの,1週間後にはウイルス量の再上昇(viralbreakthrough)を起こして治療は失敗に終わりました.この症例の各時点におけるHCVの耐性プロファイルを見ると,治療前には1.4%と少数派であった耐性ウイルスが,viralbreakthrough後は多数派となってかなりの割合を占めてしまいました. 図8は,IFNおよびDAAsの作用点を模式化したものです.IFNは体内で抗ウイルス蛋白あるいは免疫を誘導することでウイルスを抑制します.そのため,RAVsの有無にかかわらず治療効果が期待される反面,患者の体質に
よっては無効例が存在します.一方,DAAsはウイルスの蛋白を直接阻害するために患者の体質に影響されることなく強力な抗ウイルス作用を持っています.その反面,標的蛋白にRAVsが生じた場合にはその薬剤は効かなくなるという欠点があります. つまり,IFN-based therapyにおいてIFNに応答性が無い症例や,次に述べますIFN-freetherapyでは少数でも耐性ウイルスが存在した場合,それを完全に排除することができず,やがてそれらが顕在化することで治療成績が大きく低下する懸念があります.
IFN-free therapy IFN-free therapyとしては,NS3/NS4Aを標的とするASVとNS5A阻害薬であるDCVを併用して治療を行うDCV/ASV併用療法がGenotype1b型のC型肝炎に対して2014年に承認されて以降,次世代DAAsを組み合わせたIFN-free therapyが新たな選択肢として次々と登場してきています.ちなみにDCV/ASV併用療法の治療期間は24週間です.本療法により,従来,IFN-based therapyが困難であったIFN不適格・不耐容例やIFN無効例に対する治療介入が可能となりました.しかし一方で,多剤耐性ウイルスの問題がクローズアップされています.①多剤耐性ウイルス HCVは,わずかな遺伝子変異を持った小さなウイルス集団の寄せ集まりで(quasispecies)形成されています.通常,抗ウイルス療法を開始すると,薬剤に感受性のあ
るウイルス集団は排除され,総ウイルス量は減少します.しかし,薬剤に耐性を示す少数のウイルス集団が存在すると,それらは排除されず,次第に増殖し,最終的にはviralbreakthroughを生じ,耐性ウイルスが優勢な集団になってしまいます. IFN-freetherapyにおけるさらなる問題点は,耐性ウイルスに効果の無い薬剤を使用することによって,ウイルスがさらなる多剤耐性を獲得して
C型肝炎治療の最前線!肝がんの制圧に向けた新たな戦い
講演 2
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80
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0L28M
(%)
Deep sequence:Cut-off value 0.2%
4333
R30Q
52
33
L31M
29
5
Q54H
90
43
P58
100
Y93H
86
19
Deep seq. vs. Direct seq.
■ deep■ directn=21
10,000
1,000
100
10
1
(mean fold change in EC50)
(Wild type=100)0 50 100 150 200Relative fitness
Resistance
L31V+Q54H+Y93H
L31V+Y93HL31M+Y93H
L31V
Q54H+Y93HL31MWildQ54H/N
Y93H
図 10 NS5A 耐性変異のアミノ酸部位別の頻度図 11 �NS5A 阻害剤耐性バリアントの相対適応度と�
薬剤耐性強度�−DCV における検討−
8.0
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
(log IU/mL)
(日)pre 1 2 4 7 14 28治療期間
HCV RNA
TVRSMVASV/DCV
図9 IFN-based�therapyとIFN-free�therapyの治療効果
しまうことです.DCV/ASV併用療法を例にとると,治療不成功例にはNS5A領域のみならずNS3/NS4A領域にも変異が出現します.すると,同じクラスのDAAsを用いた次世代の治療に対しても効果が得られにくくなる懸念が生じてきます.つまり,IFN-freetherapyでは標的蛋白に耐性を持つウイルスが存在していると治療は不成功に終わり,そのことでウイルスが多剤耐性を獲得してしまう懸念があるのです.このような多剤耐性は細菌分野で非常に問題になっており,肝炎治療においても重大な問題と考えられています.②IFN-free therapyの治療成績と留意点 自験例においてIFN-based therapyとIFN-freetherapyのウイルス減衰曲線を見ると,IFN-freetherapyではIFN-based therapyと同程度の治療効果が得られていることが分かります(図9). また,DCV/ASVの第Ⅲ相臨床試験4)では,治療開始後24週における治療成績は初回治療例では89%(106/119),再燃例では95%(21/22)でした.これはIFN-basedtherapyに匹敵する,あるいはそれ以上の非常に高い治療成績です.一方で,HCVにおける治療前のNS5A耐性変異の出現頻度は18%(23/129)でした.また,これらの症例に対してDCV/ASV併用療法を施行した場合のSVR12は48%(11/23)でした.NS5A耐性変異が無ければ9割近くの治療成績が期待できる治療法ではありますが,標的蛋白にRAVsが生じることで治療成績は5割以下に低下するのです.そして,治療不成功例では複数のアミノ酸部位に耐性を生じた多剤耐性ウイルスが高頻度に惹起されます. 自験例において治療前にNS5A耐性変異を有する症例の頻度を調査したところ,directsequenceでは21%,deepsequenceでは81%と非常に高頻度でした.さらに,アミノ酸部位別の頻度を見ると,Q54Hの変異が高頻度で存在していることが分かります(図10).
Q54H変異は単独で存在する場合は,臨床的にあまり問題にはなりません.しかし,他部位に変異が共存することで強い耐性を獲得することが分かっています. 図11は,DCVにおけるNS5A耐性のアミノ酸変異部位別に,相対適応度(増殖能力)と薬剤耐性強度を表したものです.野生株の相対適応度を100,薬剤耐性を1とした場合,自然界で認められるNS5A耐性であるY93Hの耐性強度は野生株の24倍強い一方で,増殖能力は4分の1と非常に弱いことが分かります5).しかし,治療不成功により多剤耐性変異が生じたと考えられるL31V+Q54H+Y93Hでは耐性強度が野生株の2万倍であり,これらのウイルス増殖は高濃度の薬剤下においても抑制不可能であると考えられます.さらに,高増殖能を有していることから,非常に厄介なウイルスであることが分かります.一度このような高度耐性かつ高複製能が獲得されてしまえば,今後の治療が全て無効となる危険があります.従って,現在のDAAsを用いた治療を行う場合は耐性ウイルスを測定してから治療すべきと考えています.
C型肝炎治療の今後の展開 C型肝炎に対する薬物治療の進歩は目覚ましく,次 と々新薬の発売が控えています.NS5AとNS3/NS4Aをそれぞれ標的とするDAAsであるオムビタスビル,パリタプレビルとリトナビルとの配合剤が,Genotype1型の患者を対象として2015年2月に製造承認申請され,2015年8月現在で厚生労働省により優先審査中です.国内の臨床試験6)
の結果における本剤のSVR12は98%(104/106)と報告されており,大きく期待されています. さらに,NS5Aを標的とするレジパスビル(LDV)と,新たにNS5Bを標的とするソホスブビル(SOF)との配合剤がGenotype1型の患者を対象として2015年7月に製造承認を
(自験例) 文献5)より作成
図 8 IFN および DAAs の作用点
• プロテアーゼ阻害剤•ポリメラーゼ阻害剤• NS5A阻害剤
プロテアーゼ
ポリメラーゼ
NS5A
インターフェロン(注射)
HCV直接阻害剤(新薬・飲み薬)
抗ウイルス蛋白を誘導
免疫を誘導
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C型肝炎治療の最前線!肝がんの制圧に向けた新たな戦い
講演 2
取得し,発売を控えています(2015年7月現在)※.SOFの活性代謝産物はウラシル誘導体であり,HCVの複製時にウラシルの代わりにアデニンに相補的に結合してチェーンターミネーターとして作用することで,RNAの伸長を停止させます.Genotype1型の患者を対象とした国内臨床試験7)において,LDV/SOFの12週間投与によるSVR12は初回治療群,再治療群共に100%(78/78,79/79)と報告されています.なお,SOFはGenotype2型に対してはすでに臨床使用されており,RBVとの併用治療におけるSVR12は96.7%(148/153)と高い治療成績を示し8),C型肝炎治療ガイドライン(第3.5版)ではGenotype2型に対する第一選択薬として推奨されています.
※2015年9月発売開始(ハーボニー®配合錠)
患者スクリーニングの重要性 一方で,上記のようにSVRが100%に近い薬剤が続々と開発されているだけでは,肝がんや肝疾患関連死はあまり減少しません. 図12はHCV感染関連疾患に関するオーストリアのシミュレーションで,今後より効果的な治療法が開発された場合,あるいは効果的な治療法の開発に加えて適切な患者の掘り起こしによって治療率が向上した場合を想定した,それぞれにおける肝がんおよび肝疾患関連死の数を2030年まで予測したものです.効果的な治療法の開発のみでなく,徹底したC型肝炎スクリーニング,さらにそこで見つかった患者を適切な治療につなげていくことで初めて,肝がんおよび肝疾患関連死は減少に傾くということが示されています9). 献血や内視鏡,術前検査をはじめとして,HCV抗体測
定の機会は日常診療で頻繁にありますが,肝臓専門医以外の先生方はHCV抗体値をあまり重要視していない場合もあるかもしれません.しかしながら,HCV抗体を持った患者には肝がんや肝硬変のリスクがあります.そして,現在C型肝炎は適切な治療を施せば100%に近い治療成績が得られるようになってきているのです. こうした背景の中で,臨床検査部においてHCV抗体を検出した際に,各診療科に対してアラートを発するシステムを構築している施設もすでに多いと思います.多くのHCV感染患者を拾い上げて,肝臓専門医の下で適切な治療に結びつける——肝がんの制圧のために臨床検査部の担う役割は大きいと考えます.
薬剤費について C型肝炎治療を受けるにあたっては薬剤費の問題があります.LDV/SOF配合剤を例に挙げると,米国では1錠約15万円で販売されています.1コース12週間,わずか3カ月の治療で,薬剤費だけで1,200万円以上もかかるのです.わが国では薬価未収載(2015年7月現在)であり,米国と比較して6割程度になると予想されていますが,150万人のHCV感染者全員に投与することを想定すると莫大な金額になります.肝がんや肝疾患関連死を未然に防ぐために,治療適応のあり方や財源の確保について社会全体で議論する必要があると考えます.
肝がんの制圧に向けて必要なこと C型肝炎治療の最終目的はHCVを体内から排除する
ことだけではなく,あくまでも肝がんの発症ならびに肝疾患関連死(肝不全など)を防止することであり,それによる生命予後やQOLの改善です. ウイルス排除で得られる発がん抑制効果に関する我々の検討10)によると,65歳以上の高齢者ではウイルス排除後も一定期間において治療不成功例と同程度の発がんリスクが認められました(図13).つまり,HCVの排除後,直ちに肝がんの発生率が減少するわけではないため,長期予後改善のためには,特に高齢者のような高発がんリスク例に対するエコーやCT,MRIといった肝発がんスクリーニング検査が必要でしょう.また,早期発見,早期治療介入によって,より高い発がん抑止効果が得られることが示されていると思います. 今後は,HCV排除後における肝がん発症のリスク因子についての研究が盛んに行われると考えています.自験例において多変量解析を行った結果では,高齢者,男性,線維化進行例,肝脂肪化が抗ウイルス療法後の高発がんリスク因子であることが示されました.さらに注目すべきは,HCV排除後にもかかわらず,ALT値が40U/L未満,あるいはAFP値が6ng/mL未満に下がらない症例において,抗ウイルス療法後の累積発がん率が高いことが分
かってきました11).従って,ALT値やAFP値をはじめとした検査値を発がんリスクマーカーとして捉え,将来の発がんを予想することが今後必要になると考えています. また,IFNは抗腫瘍効果を有することが知られており,IFN-basedtherapyにおける発がん抑制効果はメタアナリシスで明らかになっています12).一方で,IFN-freetherapyによってHCV排除ができた場合の,治療後の肝発がん抑制効果のエビデンス構築については今後の課題です. ここまで,肝がんの制圧に向けたC型肝炎の最新治療について解説してきました.わが国のC型肝炎患者は,高齢化に伴って高い発がんリスクを持っています.近年画期的な新薬が開発されている一方で,新薬による治療の際には薬剤耐性を十分考慮する必要があります.そして,肝がん制圧に何より大事なのは,感染者の掘り起こしと,それらに対する適切な治療介入です.C型肝炎治療において,HCVの排除イコール病気の治癒ではなく,あくまで肝がん発症リスクが一定程度減少したことに過ぎないため,抗ウイルス療法後のフォローも必要です. わが国から肝がんを制圧するためには,臨床検査室や肝臓専門医といった医療従事者間の連携が大事になってくると考えています.
30
20
10
0
65歳未満
SVR(n=467) 1.2% 3.3% 3.3%Non-SVR(n=859) 3.6% 10.9% 15.5%
5yrs. 10yrs. 15yrs.
Cumulative incidence of HCC(%)
0 2 4 6 8 10 12 14 16Year
Logrank test:p<0.001
Non SVR
SVR
30
20
10
0
65歳以上
SVR(n=94) 6.0% 11.0% 11.0%Non-SVR(n=298) 14.1% 25.5% 31.1%
5yrs. 10yrs. 15yrs.
Cumulative incidence of HCC(%)
0 2 4 6 8 10 12 14 16Year
Logrank test:p=0.02
Non SVR
SVR
180160140120100806040200
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肝がん
BasecaseIncreased Efficacy OnlyIncreased Efficacy&Treatment
160
140
120
100
80
60
40
20
0
肝疾患関連死
BasecaseIncreased Efficacy OnlyIncreased Efficacy&Treatment
(case) (case)
図 13 ウイルス排除で得られる発がん抑制効果
図 12 肝がんおよび肝疾患関連死のシミュレーション(オーストリア)
文献10)より引用
文献9)より引用
参考文献
1) 2015年のがん統計予測,国立がん研究センターがん対策情報センター(http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/short_pred.html)
2) 厚生労働省人口動態調査(http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html) 3) Yasuhiro A, et al.: Hepatology. 2010; 52: 518-27. 4) Chayama K, et al.: The 65th Annual Meeting of the American Association for
the Study of Liver Diseases: The Liver Meeting 2014.02014 : 1135A 5) Fridell RA, et al.: Hepatology. 2011; 54: 1924-35. 6) 茶山一彰ら:第51回日本肝臓学会総会.2015 7) Mizokami M, et al.: Lancet Infect Dis. 2015; 15: 645-53. 8) Omata M, et al.: J Viral Hepat. 2014; 21: 762-8. 9) Wedemeyer H, et al.: J Viral Hepat. 2014; 21: 60-89. 10) Asahina Y, et al.: Hepatology. 2010; 52: 518-27. 11) Asahina Y, et al.: Hepatology. 2013; 58: 1253-62. 12) Morgan RL, et al.: Ann Intern Med. 2013; 158: 329-37.
略歴 朝比奈靖浩(あさひな やすひろ)
1988年 滋賀医科大学医学部 卒業 同年 東京医科歯科大学医学部第二内科 入局1996年 東京医科歯科大学 医学博士 同年 米国コネチカット大学医学部消化器科 博士研究員1998年 武蔵野赤十字病院消化器科 副部長2009年 武蔵野赤十字病院消化器科 部長2010年 滋賀医科大学 客員教授(併任)2012年 東京医科歯科大学消化器内科/大学院肝臓病態制御学講座 教授現在に至る
15 16 2015 No.85 2015 No.85
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