脊髄痛覚伝達における遊離脂肪酸受容体 - kagoshima...

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日薬理誌(Folia Pharmacol. /pn.)146,309~31 脊髄痛覚伝達における遊離脂肪酸受容体 GPR40/FFAR1の関与 要約:Gprotein-coupled receptor 40/free fatty acid receptor 1(GPR40/FFAR1)は,インスリン分泌細胞 である膵ランゲルハンス島β細胞に高発現するGタン パク質共役型受容体として発見され,その後の機能解 析から,遊離中・長鎖脂肪酸刺激によるグルコース依 存性のインスリン分泌促進作用に関与することが判明 し,低血糖リスクの少ない新たなインスリン分泌促進 薬創薬の標的として注目されている.一方,GPR40は 中枢神経系にも発現が知られているが,その機能につ いては未解明な点が多い.我々は,マウス脊髄に GPR40が発現していることを確認すると共に,一次知 覚神経節および脊髄後角神経細胞に発現していること を見出し,さらに末梢での炎症および神経障害に伴い, これらの組織においてGPR40タンパク質発現レベル が上昇することを見出した.続いて,マウス炎症性疹 痛モデル(カラゲニンモデル,完全フロイントァジュ バントモデル)および末梢神経障害性疹痛モデル (L4/5脊髄神経結紮モデル)を用い,機械刺激あるい は熱刺激に伴う疹痛様行動に対するGPR40作動薬の 効果を検討したところ,くも膜下腔投与により疹痛様 行動が減弱すること,その減弱効果はGPR40拮抗i薬 により拮抗されることを見出した.一・方,GPR40拮抗 薬を単独でくも膜下腔投与すると,アジュバントおよ び神経障害モデルにおいて,機械刺激に対する疹痛様 行動が惹起された.GPR40作動i薬の鎮痛効果の作用 機序を検討するため,脊髄スライス標本を作製し,後 角膠様質神経細胞から自発性EPSCsを記録した. GPR40作動薬は,疹痛モデルマウスにおいて自発性 EPSCsの平均振幅には影響を与えなかったが,平均発 生頻度の有意な抑制効果を示した,以上の結果は, GPR40が鎮痛薬開発の新規ターゲットとして有望で あることを示唆する. 1.はじめに 慢性疹痛は,炎症や神経障害等種々の原因で発症 し,日常診療においても非常に多く遭遇する疾患であ る.慢性疹痛の治療としてNSAIDsおよびオピオイド 等の鎮痛薬が広く用いられているが,難治であること も多く,長期投与による副作用対策に次第に難渋する ことになる.今後急速に高齢化社会を迎える本邦にお いて,有効な疹痛コントロール法の確立は社会的急務 であり,慢性疹痛発症・維持のメカニズム解明,なら びに副作用の少ない新規鎮痛薬開発が強く求められて いる(1,2). 疹痛情報を伝達・修飾する分子としてこれまで,ア ミノ酸アミン,ペプチドなど多くの重要分子の機能 が判明してきている.脂質メディエーターと疸痛の関 連性に関しても,エイコサノイド類とその受容体群を 代表に古くから検討がなされているが,近年見出され た遊離脂肪酸受容体およびそれらに作用する内因性脂 肪酸類と疹痛の関連性に関しては不明な点が多い. GPR40(G protein-coupled receptor 40/ receptor 1:公式にはFFAR1と呼ばれるようにな きたが,以下本稿ではGPR40で統一する)は遊離中・ 長鎖飽和および不飽和脂肪酸を内因性リガンドとする Gタンパク質共役型受容体と考えられ,膵臓ランゲル ハンス島β細胞においてはグルコース刺激性インスリ ン分泌に関与し,2型糖尿病などの代謝疾患の有望な 創薬標的として注目されている(平澤の項参照).一 方,GPR40は,特にヒトにおいて,中枢神経系におけ る発現の可能性が当初より示唆されてはいたが,神経 機能との関連性に関しては現在でも不明な点が多い. キーワード:神経障害性疹痛,炎症性疹痛,脊髄後角膠様質,アロディニア,痛覚過敏 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科生体情報薬理学分野(〒890-8544鹿児島県鹿児島市桜ヶ丘8-35-1) E-mai1:t㎞phmlO@m.k血1.kagoshima-u.ac.jp原稿受領日:2015年8月5日,依頼原稿 Title:Involvement of free fatty acid receptor GPR40/FFARI in the regulation of sp Author: Takashi Kurihara, Atsuro Miyata 鎖脂 Presented by Medical*Online

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Page 1: 脊髄痛覚伝達における遊離脂肪酸受容体 - Kagoshima Upharmaco/Kurihara_in_JPS.pdf日薬理誌(Folia Pharmacol. /pn.)146,309~314(2015) 脊髄痛覚伝達における遊離脂肪酸受容体

日薬理誌(Folia Pharmacol. /pn.)146,309~314(2015)

脊髄痛覚伝達における遊離脂肪酸受容体       GPR40/FFAR1の関与

要約:Gprotein-coupled receptor 40/free fatty acid

receptor 1(GPR40/FFAR1)は,インスリン分泌細胞

である膵ランゲルハンス島β細胞に高発現するGタン

パク質共役型受容体として発見され,その後の機能解

析から,遊離中・長鎖脂肪酸刺激によるグルコース依

存性のインスリン分泌促進作用に関与することが判明

し,低血糖リスクの少ない新たなインスリン分泌促進

薬創薬の標的として注目されている.一方,GPR40は

中枢神経系にも発現が知られているが,その機能につ

いては未解明な点が多い.我々は,マウス脊髄に

GPR40が発現していることを確認すると共に,一次知

覚神経節および脊髄後角神経細胞に発現していること

を見出し,さらに末梢での炎症および神経障害に伴い,

これらの組織においてGPR40タンパク質発現レベル

が上昇することを見出した.続いて,マウス炎症性疹

痛モデル(カラゲニンモデル,完全フロイントァジュ

バントモデル)および末梢神経障害性疹痛モデル

(L4/5脊髄神経結紮モデル)を用い,機械刺激あるい

は熱刺激に伴う疹痛様行動に対するGPR40作動薬の

効果を検討したところ,くも膜下腔投与により疹痛様

行動が減弱すること,その減弱効果はGPR40拮抗i薬

により拮抗されることを見出した.一・方,GPR40拮抗

薬を単独でくも膜下腔投与すると,アジュバントおよ

び神経障害モデルにおいて,機械刺激に対する疹痛様

行動が惹起された.GPR40作動i薬の鎮痛効果の作用

機序を検討するため,脊髄スライス標本を作製し,後

角膠様質神経細胞から自発性EPSCsを記録した.

GPR40作動薬は,疹痛モデルマウスにおいて自発性

EPSCsの平均振幅には影響を与えなかったが,平均発

生頻度の有意な抑制効果を示した,以上の結果は,

GPR40が鎮痛薬開発の新規ターゲットとして有望で

あることを示唆する.

1.はじめに

 慢性疹痛は,炎症や神経障害等種々の原因で発症

し,日常診療においても非常に多く遭遇する疾患であ

る.慢性疹痛の治療としてNSAIDsおよびオピオイド

等の鎮痛薬が広く用いられているが,難治であること

も多く,長期投与による副作用対策に次第に難渋する

ことになる.今後急速に高齢化社会を迎える本邦にお

いて,有効な疹痛コントロール法の確立は社会的急務

であり,慢性疹痛発症・維持のメカニズム解明,なら

びに副作用の少ない新規鎮痛薬開発が強く求められて

いる(1,2).

 疹痛情報を伝達・修飾する分子としてこれまで,ア

ミノ酸アミン,ペプチドなど多くの重要分子の機能

が判明してきている.脂質メディエーターと疸痛の関

連性に関しても,エイコサノイド類とその受容体群を

代表に古くから検討がなされているが,近年見出され

た遊離脂肪酸受容体およびそれらに作用する内因性脂

肪酸類と疹痛の関連性に関しては不明な点が多い.

GPR40(G protein-coupled receptor 40/free fatty acid

receptor 1:公式にはFFAR1と呼ばれるようになって

きたが,以下本稿ではGPR40で統一する)は遊離中・

長鎖飽和および不飽和脂肪酸を内因性リガンドとする

Gタンパク質共役型受容体と考えられ,膵臓ランゲル

ハンス島β細胞においてはグルコース刺激性インスリ

ン分泌に関与し,2型糖尿病などの代謝疾患の有望な

創薬標的として注目されている(平澤の項参照).一

方,GPR40は,特にヒトにおいて,中枢神経系におけ

る発現の可能性が当初より示唆されてはいたが,神経

機能との関連性に関しては現在でも不明な点が多い.

キーワード:神経障害性疹痛,炎症性疹痛,脊髄後角膠様質,アロディニア,痛覚過敏鹿児島大学大学院医歯学総合研究科生体情報薬理学分野(〒890-8544鹿児島県鹿児島市桜ヶ丘8-35-1)

E-mai1:t㎞phmlO@m.k血1.kagoshima-u.ac.jp原稿受領日:2015年8月5日,依頼原稿Title:Involvement of free fatty acid receptor GPR40/FFARI in the regulation of spinal nociceptive transmission

Author: Takashi Kurihara, Atsuro Miyata

長鎖脂肪酸受容体Φτ田』OおよびΦτ刀誌Oを介した生体作用3

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310 栗原  崇,宮田 篤郎

2.研究のきっかけ

 筆者らは最初からGPR40と脊髄痛覚伝達の関連性

に狙いを定めて研究を開始したわけではない.我々は

各種電位依存性Caチャネルと様々な痛覚情報伝達の

関係について検討する中で,N型Caチャネル欠損マ

ウスにおいては,末梢神経損傷に伴う神経障害性疹痛

の発症が著明に減弱していることを見出した(3).そ

こで野生型およびN型チャネル欠損マウスに末梢神

経障害を加え,一次知覚神経節(dorsal root ganglia:

DRGs)および脊髄など中枢神経各部位において発現

変動を受ける遺伝子産物をcDNAマイクロアレイ法に

より比較することで,末梢神経障害性疹痛発症および

維持に重要と思われる遺伝子を検索してきた(4-7).

PPARγ(peroxisome proliferator-activated receptorγ)

もそのような遺伝子の1つであったが,PPARγ作動薬

(ロシグリタゾン,ピオグリタゾンなどのチアゾリジ

ンジオン類)の鎮痛作用に関しては,他の研究グルー

プによって先に報告されてしまった(8,9).PPARγは

核内転写調節因子であり,その作動薬は様々な副作用

に関する懸念もあるが,2型糖尿病治療に適応を持っ

ている.PPARγ作動薬の鎮痛作用も,遺伝子発現変化

に伴うものであると考えられたが,我々は当初よりその

鎮痛作用が早い時間経過(くも膜下腔投与後30分以

内)で認められることに疑問(遺伝子発現変化を介す

るには早すぎるのではないか?)を感じていた(図1)、

PPARγ作動薬の鎮痛作用を最初に報告した米国の

Taylorらのグループもその鎮痛効果発現までの時間経

過(すなわちnongenomic mechanism)に言及してお

り,最近の報告では,くも膜下腔(intrathecal:i.t.)投

与後5分で観察されると記載している(10).

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で一

工ω●」工一一恒ミ一〇」唱工已≧

[コロシグリタゾン(100pmol)(n=8)國■ロシグリタゾン(100pmol)+GWIIOO(100 pmol)(n=7)

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図1ロシグリタゾンの早期鎮痛作用はGPR40拮抗eS GWIlOOによって拮抗されるCFAモデルマウス(CFA投与後3日)における機械的痛覚過敏(CFA投与側:右後肢,lpsDはPPARγ作動薬ロシグリタゾン(100 pmol)のくも膜下腔(Lt.)投与により数時間にわたって抑制されたが(上図で

は投与後1時間までのデータを示す),GPR40拮抗薬GW1100(100 pmol)の同時くも膜下腔投与により早期(0.5時間)の抑制作用は

有意に拮抗された値は全て平均値±SE.M.で表わした.***P〈0.001,###ρ<0.001.

3.PPARγ作動薬の早期鎮痛作用はGPR40を 介する

 PPARγ作動薬の鎮痛作用に関してはプライオリ

ティーを失ってしまったため,その鎮痛メカニズムに

関する検討はしばらくお蔵入りとなってしまったが,

ずっと気にはなっていた.ある時,チアゾリジンジオ

ン類はGPR40にも作用するという話を聞き,文献検

索を行ったところ,GPR40が中・長鎖脂肪酸により活

性化されることを最初に報告した3つの論文(同時期

に報告されている)のうちの1つに,ロシグリタゾン

のGPR40活性化作用が記載されていた(11).

 また,タイミング良くGPR40拮抗薬GW1100が市

販されたので,ようやくこの問題にけりをつけること

ができるようになった.図1は,炎症性疹痛モデルマ

ウス(8~10週齢の雄性C57BL/6Jの右後肢に,

Freundの完全アジュバントCFA 25 plを皮下注射)に

対するロシグリタゾンの効果を示したものである.

CFA(complete Freund’s adjuvant)を投与すると後肢

に炎症が生じ,1~2週間持続する疹痛を生じる.図1

では,CEA投与後3日の時点において,機i械的刺激に

対する逃避閾値の低下,すなわち機械的痛覚過敏が右

後肢(Ipsi)に生じていることがわかる.このマウス

にロシグリタゾン(100pmol)をi.t,投与すると,投与

後30分で顕著な鎮痛作用(逃避閾値の上昇)が観察さ

れ,1時間後には健側(反対側;Contra)と遜色のな

いレベルまで回復するが,GWl lOO(100 pmo1)を同

時投与すると,30分後の有意な鎮痛作用は見られなく

なる.一方,1時間後の鎮痛作用には影響しない.以

上の結果から,ロシグリタゾンの鎮痛作用は,GPR40

を介した早期のnongenomic actionとそれに続く

PPARyを介したgenomic actionの2成分からなること

が示唆された.そこで,脊髄痛覚伝達におけるGPR40

の役割に関して,本格的な検討を進めることとなった

(12).以下にその要点を述べる.

4.一次知覚神経節および脊髄におけるGPR40

 の発現

 まず我々は,雄性C57BL/6Jマウス(8~10週齢)を

用いて,一次知覚神経節(DRGs)および脊髄におけ

るGPR40の発現を検討した.脊髄における発現も,

GPR40が中・長鎖脂肪酸により活性化されることを

最初に報告した3つの論文のうちの1つにおいてヒト

脊髄におけるmRNAレベルの発現検討がなされ,検討

された他の中枢神経各部位(全18部位)と比較しても

上位(第3位)に位置(すなわち高発現)していた(13).

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縮脊髄痛覚伝達とGPR40/FFAR1 311

また,神戸学院大の徳山らのグループもマウス(ddY

系)脊髄において発現(タンパク質レベル)を確認し

ていたが(14),GPR40を発現する細胞種や疹痛の影響

などの検討はなされていなかった.また,DRGsにお

ける検討もこれまでなされていなかった.

 検討にはGPR40に対する2種類の抗体を用いた.

両抗体とも抗原ペプチドによる免疫活性の吸収を確認

しており(図2Aでは一方の抗体のデータを示した),

また両者で同様の実験結果が得られている.疸痛モデ

ルには,C57BL/6Jマウス後肢に,カラゲニンあるい

はCFAを投与することにより,それぞれ急性炎症(カ

ラゲニンモデル)あるいは遷延性炎症(CFAモデル)

を誘発させるモデルを用いた.また,末梢神経障害性

疹痛モデルには,第4/第5腰髄脊髄神経結紮(L4/5

spinal nerve ligation:L4/5 SNL)モデルを用いた.

 GPR40は,正常DRGおよび脊髄においておもに神

経細胞にタンパク質発現が確認され(図2B),炎症

(カラゲニン投与後6時間,およびCFA投与後3日)

あるいは末梢神経障害(障害後14~21日)を与えても

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L3・5

図2 一次知覚神経節および脊髄におけるGPR40の発現A)ウエスタンプロットによるGPR40の発現確認(3]kD近辺)と抗原ペプチドによる吸収試験正常C57BL/6Jマウス(雄性,8~10週齢)の腰部脊髄(1個体分t50μg)を2レーン(各レーン別個体)ずつ各プ

ロットで検討した.B)同マウス腰部脊髄後角および一次知覚神経節(L4 DRG)におけるGPR40の発現(Aで用いた抗体を使用).二重免疫組織化学による検討で、NeuN(神経細胞のマーカー)で染色される細胞に共存することが示されている.一次知覚神経節では,ほぼ全ての

神経細胞に発現していた.スケールバー:20μm(上図),100 pm(下

図)LC)一次知覚神経節における末梢神経障害の影響L4/5SNL(L4/5脊髄神経結紮:L4/5 spinal nerve ligation)後14~21日の

DRGで検討した.障害を受けた(lpsi)L4/5 DRGsにおけるGPR40の発現レベルに変化はなかったが,隣接するlpsi L3 DRGでは有意な発

現上昇が認められた.lpsi L3 DRGほど顕著ではないが,反対側(Cont)L3-5 DRGsでも有意な発現上昇が認められた.値は全て平均値±S.E.M.で表わした.*P<0.05,**P<0.01 vs. Sham lpsi L3-5.

(文献12より一部抜粋)

アストロサイトやミクログリアに有意な発現は誘導さ

れなかった.一方,DRGs・脊髄共に,これらの処置

によりタンパク質発現レベルの有意な上昇を認めた.

SNLモデルに関しては少し説明が必要である.発現

上昇が認められるDRGsは障害が与えられるL4およ

びL5ではなく,隣接するL3 DRGsであり,L4/5 DRGs

における発現レベルに有意な変化は認められなかった

(図2C).また,同側隣接L3 DRGsほどではないが,

反対側DRGs(L3-5)にも有意なGPR40発現上昇が認

められた.これらの発現上昇メカニズムに関しては,

現時点では不明な点が多い(文献12の考察を参照).

5.痔痛モデルマウスにおけるGPR40作動薬および拮抗薬の効果

 カラゲニン(2%溶液)を右後肢(Ipsi)に皮下投与

(25μ1)すると,数時間かけて熱刺激に対する後肢の

逃避潜時が徐々に短縮していき(熱性痛覚過敏が生じ

ている),5~6時間後にピークに達することが古くか

ら知られ,抗炎症薬の検定によく用いられてきた.カ

ラゲニン投与後6時間後にGPR40作動薬(MEDICAI6

あるいはGW9508)をi.t投与すると,濃度依存的(1~

30pmol)に熱性痛覚過敏を抑制し,その抑制効果は

GPR40拮抗薬GW1100(100 pmol)の同時投与よって

有意に拮抗された(図3A). CFAモデルではCFA投与

後3日目に,SNLモデルではSNL処置後14~21日目

に,後肢の機械的刺激に対する逃避閾値を測定すると,

処置側(右側;Ipsi)に機i械的痛覚過敏を検出できた.

両疹痛モデルマウスにMEDICA16をi.t投与すると,

濃度依存的(1~100pmol)に機械的痛覚過敏を抑制

し,その抑制効果はGW1100(100 pmol)の同時投与

よって有意に拮抗された(図3B, C). SNLモデルに

おいて興味深いのは(CFAモデルでもその傾向が認め

られるが),100pmolのMEDICA16は,反対側の閾値

も有意に上昇させることである.上述した反対側

DRGsでのGPR40発現上昇の寄与が考えられるかも

しれない.一方,GW1100(100 pmol)の単独i.t.投与

は,カラゲニンモデルでは疹痛行動に影響を与えな

かったが,CFAおよびSNLモデルでは左側健側(反

対側;Contra)の機械的痛覚過敏反応を引き起こした

(図3D~F).また,正常マウスにおいては, GPR40作

用薬(MEDICA16あるいはGW9508)をi.t.投与して

も,機械的刺激に対する逃避閾値および熱刺激に対す

る逃避潜時に影響は与えなかった.

6.脊髄スライス標本を用いた検討

GPR40作動薬の脊髄痛覚伝達制御メカニズムを検

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312

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栗原  崇,宮田 篤郎

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図3GPR40作動薬MEDlCA16の鎮痛効果,およびGPR40拮抗薬GWIlOOの発痛効果急性炎症モデル(カラゲニンモデル:AおよびD),遷延性炎症モデル(CFAモデル:BおよびE)および末梢神経障害モデル(L4/5 SNLモ

デル:CおよびF)における検討,カラゲニンモデルでは,カラゲニン(Car)投与6時間後にMEロICA16(A)あるいはGW1100(D)をくも膜下腔投与(i.t.)した. CFAモデルではCFA投与3日後, SNLモデルでは術後14~21日後にまず機械的刺激に対する逃避閾値の測定を行

い,処置側(lpsi)に過敏応答(閾値の低下)が検出されるか確認し(o h),その後MEDIcA16あるいはGwllooをi.t。投与した.値は全て平均値±S.E.M.で表わした,*P<0.05,**P〈O.01,***P<OOol vs。薬物投与前のデータ.#P<0.05,##P〈0.01,###P<0.001 vs.対応する時

点のデータ(Aでは30 pmol, BおよびCでは100 pmolグループのデータ.(文献12より抜粋)

討するため,各疹痛モデルマウスより後根付き脊髄横

断スライスを作製し,脊髄後角;i5 ll層(膠様質)神経

細胞にブラインドホールセルパッチクランプ法を適用

することで,自発性興奮性シナプス後電流(sEPSCs)

および後根を電気刺激することで誘起される単シナプ

ス性興奮性シナプス後電流を記録した(後根誘起

EPSCsに関しては,予備的検討段階ではあるが).各

疹痛モデルにおいて,MEDICAl6(10μM)あるいは

GW9508(30μM)の灌流適用は, sEPSCsの平均振幅

に影響を与えなかったが,平均発生頻度を有意に低下

させた(記録した神経細胞の8割以上において).ま

た,特にCFAおよびSNLモデルにおいては,正常マ

ウスでは困難であるH層からのAβ線維誘起単シナプ

ス性EPSCs記録の成功確率が上昇するが, GPR40作

動薬はAβ線維誘起単シナプス性EPSCsには影響せず

(図4A, B), Aδ線維あるいはC線維誘起単シナプス

性EPSCsの振幅を有意に抑制した(図4C, D).一方,

コントロール動物脊髄(正常ナイーブ,およびカラゲ

ニンモデルに対しては生理食塩水投与群,CFAモデル

に対しては不完全アジュバント投与群,SNLモデルに

対してはSham手術群)において, GPR40作動薬は

sEPSCsに対して一定の効果を示さず(記録した神経

細胞の約半数はsEPSCsの平均発生頻度を抑制したが,

増強,変化なしもそれぞれ1/3から1/4程度観察され

た),後根誘起EPSCsに対しても有意な効果を示さな

かった.

 後根誘起単シナプス性EPSCsを記録の際一部の神

経細胞では連続する2回の後根刺激に対するシナプス

応答の比率(paired pulse ratio, PPR=2回目のEPSC

の振幅/1回目のEPSCの振幅)を, GPR40作動薬投

与前後で測定した(図4E).一次知覚神経一H層神経

細胞間のシナプスは,Aδ線維刺激強度を用いて後根を

50ms間隔で2回電気刺激すると,2発目のEPSCの振

幅が小さくなる(PPRは1より小さくなる)paired

pulse depressionを示す.しかし, MEDICAI6(10μM)

灌流適用下では,Aδ線維誘起単シナプス性EPSCsの

振幅を低下させると共に,paired pulse depressionで

はなくpaired pulse facilitation(PPRは1より大きくな

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罐㌘脊」髄痛覚f云達とGPR40/FFARl 313

ACFA3d AIS fiber-evoked monosynaptic EPSCs i        -Control

← ピ -1…iiiii鞠

 ㍑}弍゜pA

  lBSNL15d Aβfiber-evoked monosynaptic EPSCs

         -Control         -M16(10μM)           M16(301」M)         -Wash(10min}         -Wash(15min}   」・・pA

   10ms

DCarrageenan Aδfiber・evoked monosynaptic EPSCs

    一 Control    -M16(10μM}       4~5min       7~8min

」     Wash   20pA  5~6 min

10ms

EPaired pulse test

Control

  lCSNL15d Aδfiber and C fiber・evoked monosynaptic EPSCs

         -Control        -M16{10pM)           M16{30 pM}         -Wash(8 min)      」       50pA

     10ms

MEDICAI6(10pM) 一First

  Second

」・・pA

10ms

図4GPR40作動薬の後根誘起単シナプス性興奮性シナプス後電流(EPSCs)に対する効果各種痙痛モデルマウスから脊髄スライス標本を作製し,第U層(膠様質)神経細胞にブラインドホールセルパッチクランプ法を適用した.GPR40作動薬のMEDICA16(M16)およびGW9508は灌流適用した. AからDの各トレースは,10回の誘起EPSCsを平均したものである,詳細は本文第6節参照.

脊髄後角第U矯

(蹴. 7ξ・

@○

Inflammation

&Nerve injury

  糠

図5脊髄後角第H層(膠様質)におけるGPR40を介した鎮痛メ力ニズム仮説GPR40作動薬(MEDICA]6, GW9508)は,一次知覚神経一膠様質神経細胞間,および膠様質介在神経細胞間の炎症性あるいは末梢神経障害性痙痛伝達に関与するグルタミン酸作動性興奮性神経伝達を,シナプス前性に調節することで鎮痛作用をもたらす可能性が示唆された.膠様質

におけるシナプス後作用に関しては,今後の検討課題である,

る)が観察された.以上の結果から,GPR40作動薬の

疹痛モデルマウス脊髄くも膜下腔投与後に認められる

鎮痛作用の少なくとも・部は,脊髄後角第H層におけ

る炎症性あるいは末梢神経障害性疹痛伝達に関与する

グルタミン酸作動性興奮性シナプス伝達を,シナプス

前性に抑制することに起囚することが示唆された(図5).

7.考察と今後の展望

 GPR40作動薬の電気生理学的作用は,正常ナイーブ

マウスを含めたコントロールマウスでは認められない

(鎮痛作用も認められない)ため.炎症および末梢神経

障害によって駆動される何らかの影響が,脊髄GPR40

シグナル伝達に可塑的変化をもたらしたことが示唆さ

れる.しかし,i.t.投与されたGPR40作動薬は上位脳

にも作用しうるので,疹痛行動学試験においては脳内

GPR40を介した鎮痛メカニズムの関与を併せて観察

している可能性はト分考えられる(中本の項参照).

 免疫組織化学的検討結果から,GPR40作動薬のシナ

プス後作用の存在の可能性も十分考えられる.実際

CFAおよびSNLモデル脊髄スライスにおいては,シ

ナプス後作用(GPR40作動薬による外向き電流誘起)

がしばしば記録され(コントロールおよびカラゲニン

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314 栗原  崇,宮田 篤郎

モデルではこれまでのところ有意な応答は記録されて

いない),抑制性シナプス後電流に対する影響も含め

て今後詳しく解析する予定である.

 興味深いことに,CFAおよびSNLモデルでは,

GPR40拮抗薬GW 1100のi.t.投与後,反対側後肢に痛

覚過敏が誘発された.この結果は,炎症や末梢神経障

害後の疸痛が長期化すると,GPR40に作用する内因性

遊離脂肪酸産生が充進し,DRGsや脊髄における

GPR40自体の発現上昇と併せて1種の内因性疹痛抑

制機構が作動することを示唆している可能性があり,

今後検討すべき仮説と考えている.疹痛制御に特異的

に関与する遊離脂肪酸が存在するか否かに関しては今

後の検討に委ねられるが,徳山らはCFAによる後肢の

炎症に応答して,視床下部においてDHA(ドコサヘキ

サエン酸)の産生・遊離が増加し,このDHAが視床

下部GPR40に作用することでド行性疹痛抑制系を賦

活することを示唆している(15).以上の結果・考察か

ら,GPR40作動薬は脊髄および上位中枢両者に作用す

る新規鎮痛薬として有望であることが示唆される.

謝辞:本研究を行うにあたり,多大なるご支援を賜った有

田和徳教授(鹿児島大学大学院脳神経外科),吉村恵教授

(熊本保健科学大学保健科学部),塩田清二教授(星薬科大学

先端生命科学研究所)に深く感謝申し上げます.また本研

究プロジェクトに関与された全ての方々に心から感謝いた

します.そして,本稿執筆の機会を与えて頂いた日本薬理

学会の関係委員の皆様に御礼申し上げます.

著者の利益相反:開示すべき利益相反はない,

文 献

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