食道癌および噴門癌術後の消化吸収と 形成胃管の機能について...

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日消外会議 10(4):393~ 403,1977年 食道癌 お よび噴門癌術後 消化吸収 形成 胃管 機能に ついて と くに Vagotomyの 影響 / 久 留米大学医学部第1外科教室 (主任 :脇坂順 教授) 平山長 青山 雄三 ON THEIN■ ■STINAL DIGESl肛 ON AND ABSOWTION OF PATttNぼ S AFTER OPERAIION OF CARDIAL OR ESOPHAGEAL CANCE【 ESPECIALLY,ON THEINFLUENCE OF VACOTOMY.THE DYNAMIC FUNCT10N OF SU■ STr「 UTED ESOPHAGUS BY GASTRIC TUBE Tetsuzo INOCUCHI,Cho北 hむo HIRAYAMA and Yuzo■ AOYAMA lst Dcpartmcnt OF Surgery2 Kurumc Univcrsity School (Director: Pron J.■ 7AKISAKA) 食道 お よび噴 門癌術後 消化吸収に関与す る諸因子や形成 胃管 の機能 について ,迷切 との関連を中心 に 検討 した .膵の外分泌機能は酵素系を除けばそれほ ど障害を受けていなかった。術後の消化吸収障害は脂 において著 しく,蛋白質がこれにつ ぎ,糖質では障害をみない。再建経路別消化吸収 の検討では,B‐ I 法が B‐I法型 に比 優れてお り, B‐ I法型における 消化吸収不全 の 重要 な 困子は Pancreatico‐ cibal asynchronyと 考 え られ る.食道再配に用い られた形成 胃管 の外分泌能はほ とん ど喪失 してい る.大弯側寄 りに細長 く形成 された 胃管 内圧勾圧は,胸腔内および後縦隔経路 に再建 された場合 ,食道 の生理的条件 にほぼ近か った 。 素引用語 :① 形成胃管,② VagOtOmy,① 術後 消化吸収,④ 術後膵機能,⑤ PanCreatico‐ cibal ttchroェ は じめに 食道癌 お よび噴 門癌術後 では上部消化管 の欠損 ,吹置 による消化吸収面積の減少 ,熙下食物通過時間の短縮 , 墜落排 出や迷切 に よる消化液分泌能 の低下 ,腸運動不全 な ど種 々の困子により,生理的な消化吸収が妨げられて お り,術後 の栄養管理を困難 にしている。 したが って ,術後 栄養改善を計 るには ,まず術後 消化吸収 に関与す る諸因子を解 明 してお くこ とが必要 あろ う.根治手術に伴い勝ちな迷走神経離断 の術後消化 吸収 にお よばす影響や代用食道 としての 形成 胃管の 機能 に関 しては,未解決 多 くの 問題 を残 してい る。当教室 では昭和39年 以降 ,術後 の消化吸収や栄養管理 について の研究をすすめてきた.この 環 として ,われわれ は食道 お よび噴 門癌術後 の消化吸収について,術後膵外 分泌機能や再建経路 と迷切 との関連,さらには食道再建 に用いた形成 胃管 の機能 について ,実験的 ,臨床的検討 を行 い,若子の知見を得たのでここに 報告する。 I 基 礎的研究 術後消化吸収不全 の原因 としては ,上述 の ような消化 液分泌不足,腸管運動不全な のほかに鴎下食物と消化 液混和 の時間的ずれ, すなわち, P a n C r e a t i c o ‐ cibal asI 配honyが あげられる。この m e c h a n i s m に , 迷 切およ

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日消外会議 10(4):393~ 403,1977年

食道癌および噴門癌術後の消化吸収と

形成胃管の機能について

一 とくに Vagotomyの 影響一

/ 久留米大学医学部第 1外科教室 (主任 :脇坂順一教授)

猪田 轟 三 平 山長一朗 青 山 雄 三

ON THEIN■ ■STINAL DIGESl肛 ON AND ABSOWTION OF PATttNぼ S

AFTER OPERAIION OF CARDIAL OR ESOPHAGEAL CANCE【

ESPECIALLY,ON THEINFLUENCE OF VACOTOMY.THE

DYNAMIC FUNCT10N OF SU■ STr「 UTED ESOPHAGUS

BY GASTRIC TUBE

Tetsuzo INOCUCHI,Cho北 hむ o HIRAYAMA and Yuzo■ AOYAMA

lst Dcpartmcnt OF Surgery2 Kurumc Univcrsity School of MCdicine

(Director: Pron J.■7AKISAKA)

食道および噴門癌術後の消化吸収に関与する諸因子や形成胃管の機能について,迷 切との関連を中心に

検討した.膵 の外分泌機能は酵素系を除けばそれほど障害を受けていなかった。術後の消化吸収障害は脂

質において著しく,蛋 白質がこれにつぎ,糖 質では障害をみない。再建経路別消化吸収の検討では,B‐I

法がB‐I法型 に比べ優れており, B‐I法型における消化吸収不全 の重要 な困子は Pancreatico‐cibal

asynchronyと考えられる.食 道再配に用いられた形成胃管の外分泌能はほとんど喪失している.大 弯側寄

りに細長く形成された胃管の内圧勾圧は,胸 腔内および後縦隔経路に再建された場合,食 道の生理的条件

にほぼ近かった。

素引用語 :① 形 成胃管,② VagOtOmy,① 術 後の消化吸収,④ 術 後膵機能,⑤ PanCreatico‐

cibal ttchroェァ

はじめに

食道癌および噴門癌術後では上部消化管の欠損,吹 置

による消化吸収面積の減少,熙 下食物通過時間の短縮,

墜落排出や迷切による消化液分泌能の低下 ,腸運動不全

など種々の困子により,生 理的な消化吸収が妨げられて

おり,術 後の栄養管理を困難にしている。

したがって,術 後の栄養改善を計るには,ま ず術後の

消化吸収に関与する諸因子を解明しておくことが必要で

あろう.根 治手術に伴い勝ちな迷走神経離断の術後消化

吸収におよばす影響や代用食道としての形成胃管の機能

に関しては,未 解決の多くの問題を残している。当教室

では昭和39年以降,術後の消化吸収や栄養管理について

一連の研究をすすめてきた.こ の一環 として,わ れわれ

は食道および噴門癌術後の消化吸収について,術 後膵外

分泌機能や再建経路と迷切 との関連,さ らには食道再建

に用いた形成胃管の機能について,実験的,臨 床的検討

を行い,若 子の知見を得たのでここに報告する。

I 基 礎的研究

術後消化吸収不全の原因としては,上 述のような消化

液分泌不足,腸管運動不全などのほかに鴎下食物と消化

液混和の時間的ずれ,す なわち,PanCreatico‐cibal asI

配honyが あげられる。この mechanismに, 迷切およ

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36(394) 食道癌および噴門癌術後の消化吸収 日消外会議 10巻 4号

図 1 膵 液の上部空腸への排出状態 (75se‐SelenO‐methionineによる)

手術に伴 う迷切,と くに幹迷切が膵の外分泌機能にど

のような影響をおよばすかを観察する目的で,主 に胃で

食道を再建した場合,い わゆるB‐I法型 の再建経路を

とった症例を主な対象 として (鴎下食物が術後に十二指

腸を通過するように消化管再建を行った場合を,以 下,

B‐I法型 とよぶ ことにする), PancreozrninttSecretin

te車(以下 P,S testと略)を 術後 3~ 5週 間目頃に27例

について行った。重炭酸塩は NatelsOnの 微量ガス分析

法つで, ア ミラーゼ は BluettStarch法けで, リパーゼ はCherry‐Crandall変法

6で` ,そ れぞれ測定した。

2.消 化吸収試験

術後 に聴下食物 が,十 二指腸 を通過 す る吻合様式

(B‐I法型ヨース)と ,十 二指腸を通過せず直接空腸に

流入するヨース (B‐1法 型)と の問者間の術後消化吸

収の相違を観察する目的で,以 下のような実験群に分け

て研究を行った。

前者 の主 な象対としては,食 道切除術後食道胃頚部

吻合 (胸腔内再建ヨース)38例 , 胸壁前食道胃吻合4

例,胸 骨後食道胃吻合14例,胸 骨後食道一緒腸一目吻合

2例 ,後 者の主な対象 としての腹腔内食道空腸吻合 15

例,胸 雄内食道空腸吻合4例 に対して,術 後30~50日頃

に糖質の消化吸収を D‐Xylose負 荷試験で,蛋 白質のそ

れを1311RIsAで

,脂 肪を 1911。Triolein試験で,それぞ

れ行った。なお,40~ 60歳の健常者15人の成績を対照と

した。

3.形 成胃管の分泌能

近位側胃切除兼食道胃場合術 お よび食道の大半を形

成胃管で再建した37症例 を主 な対象 とし,術 後30日以

上経過した時点で, 胃液検査を hiStamine負荷試験,Hollander試 験りでそれぞれ行った.な お,形 成胃管作

びB‐I法 とB‐■法による食物の通過経路の相違が, どのような影響をおよぼすのであろうか。これらの一端を

解現する目的で,膵 によく取 り込まれる 75seSSCienome_

thionine(以下五75sebmethと

略)を 用い, 次のような実

験を行った。

A,実 験対象および方法

体重14~18kgの 雑種成犬 9頭 を用 い,B‐ I法 十迷

切 , B‐I法 十逃切を行い,腸 痩単独作成群を対照 とし

た。なお残胃は細長く形成し胃管様とした。術後腸管の

運動 が 回復する24~48時間後に, 体重あたりl μCiの7Sse‐methを 静注し,膵 に高濃度集積 す る2時 間日頃にめ

,Butierめの方法に準じて試験食を投与し,投与前,

直後およびその後10分毎に60分まで計 8回 にわた り,試

験食と混和した腸液を Oettel氏腸療ゆより採液し,各

々の RIを 測定し, CPm/mIで 表現した。

B.実 験成績

1. 対 照群

対照群における時間毎 の平均値は,前 液223cPm/ml,

試験食投与直後528cPm/ml,lo分後341.5cPm/ml,20分後286.5cPm/ml,30分後288.3cPm/ml,40分後331.8cPm/ml,

50分後143.OCPm/mi,60分 後208.6cPm/mlで あった。

2. B‐ I法群

前液256.1●pm/ml,試 験食投与直後692.4cPm/ml,lo

分後 576.3cPm/ml,20分 後 912.5cPm/ml,30分 後764.8

CPm/1,40分後755.8cPm/ml,50分 後839.9cPm/ml,60分

後604,8cPm/miで 試験食投与直後より上昇し,20分 目

で最高に達し,他 の実験群よりも高値を示した。

3. B‐ 工法群

前液279.8cPm/ml,試 験食投与直後 141.3cPm/ml,lo

分後 186.2cPm/ml,20分 後 409。lcPm/mI,30分 後 671.6

CPm/ml,40分 後574.2cPm/ml,50分 後490。3cPm/mI,60

分後511.7cPm/mIで 試験食投与後約30分頃 にやっと最

高値を示した。

以_との結果からすると,B‐ Ⅱ法後 で迷切を加えたも

のでは,と くに asynchronyが著しく,こ れに比べB‐I

法後では,試 験食投与後,膵 液分泌の反応は速く,熙 下

食物 との混合状態も良好と思われた (図 1).

H 臨 床的研究

A.研 究対象および方法

食道および噴門痛患者87症例に対して,術 前後に下記

の諸検査を行った。

1. 膵 外分泌機能検査

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37(395)1977年 7月

図 2 Pancreozymin‐Secretin test

形成胃管による食道再建後 (食道癌および噴門痛)

Mox HCOs Amytq● eV o l u m e

m l 配8 / R 3 い      岬

u

2 0 0 0 0

成にあたり殆どの症例で幽門形成術は行っていない.

4.形 成胃管の内圧勾配

代用食道としての形成胃管の運動機能を観察する目的

で,食 道亜全摘後に細長く形成した胃管を用い,頚 部で

吻合した症例を主な対象 として内圧勾配を測定し,再 建

経路別に比較検討した。なお形成胃管作成時,幽 門形成

術は行っていない。その内訳は胸壁前経路食道胃吻合 2

例,胸 骨後経路食道胃吻合4例 ,胸 腔内および後縦隔t8_

路食道胃吻合26例である。内圧測定は OPen tip法めで行

った。すなわち,低 圧型圧カトランスデューサー LPU‐

0・1型 (日本光電製)を 用い,水 で充したポリエチレン

の three open tipped tubeを介して,形 成胃管内圧を静

止圧および熙下圧について記録した。

B.成 績

1.膵 外分泌機能

総排液量は27例中3例 に軽度低下を認め,全 症例では

平均129.48±61.51mlで ぁった。体重 あた りの排液量

は4例 に軽度低下を認めたが, 平均2.85±1.42mlで ぁ

った.

最高重炭酸塩濃度は27例中2例 に軽度低下 を認 めた

が,全 症例では平均92.84±30。94mEq/Lで ぁった。

総アミラーゼ排出量は27例中15例に異常値を認め,そ

のうち8例 は極端に低値を示した。全症例での子均値は

13,231.29±10,642.91Uで あった.体 重 あた りの排出

量は,14例 に異常値を認めたが,平 均291.82±217.06U

であった。

リパーゼ結性値は,14例 で測定したが,平 均17.4土

10.8Uで あった (図 2).

以上のことより,酵 素系排出量低下は,総排液量,重

炭酸塩濃度に比べ明らかであった。これは手術に伴 う迷

切の影響によるものと考えたい。

2.術 後の消化吸収

対照例では,D‐Xylose尿 中排泄率 は20~50%で ,平

均34.1±10%,1311nRISA糞 便中排泄率は1.5~8%で ,

平均3.76±2.2%,1311_Triolein糞便中排泄率は0.2~5

%,平 均2.4±2,1%で あった。

a.B‐ I法型の場合

1)D‐ Xァlose尿中排泄率

食道胃頚部吻合例では,平 均27.22±15。15%,胸 壁前

食道胃吻合例 で は,平 均25.85±8.23%,胸 骨後食道胃

吻合例では,平 均22.54±8.37%で あり,全 症例での平

均値は26.68±12.40%で あった。

2)1311_RISA糞 便中排泄率

食道胃頚部吻合例では,平 均7.53±6,11%)胸 壁前食

道胃吻合例では,平 均9.23±3.28%,胸 骨後食道胃吻合

例では,平 均10.49±5。42%で あり,全 症例での平均値

は9.14±5,9%で あった.

3)1311_Triolein糞便中排泄率

食道胃頚部吻合例 で は,平 均9,7±7.72%,胸 壁前食

道胃吻合例 で は,平 均17.5±3.7%,胸 骨後食道胃吻合

例では,平 均15。18±8.65%,胸 骨後食道一結腸―胃吻

合例では,平 均10.8±2.6%で あり,全 症例での平均値

は13.3±8.03%で あった。

b・B`I法 型の場合

1)D‐ Xァlose尿中排泄率

腹腔内食道空腸吻合例では,平 均30.56±11.97%,胸

o口 tpu!

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38(396) 食道痛および噴門癌術後の消化吸収 日消外会議 10巻 4号

1311_RISA糞便中排泄率

N=44 N=86

図 5 1311_Trioiein糞 便中排泄率

N = 8 6 N = , 9

3. 残 冒および食道再建に月いた形成胃管の分泌能

図6に示すように,食道の1/8とんどを大弯側寄 りの細

長い形成胃管で再建したものおよび近位側胃切除兼食道

胃吻合術後の酸分泌状態は,hiStamine負志でもinsuェine

腔内食道空腸吻合例では,平均28.19±5,38%で あり,

全症例での平均値は29.38±6.25%で あった.

2)1311RIsA糞 便中排泄率

腹腔内食道空腸吻合例 で は,平 均11.82±5。92%,胸

腔内食道空腸吻合例では,平 均15。23±2.98%で あり,

全症例での平均値は12.67±5.71%で あった。

3)1911‐Triolein糞便や排泄率

腹腔内食道空腸吻合例は,平 均20,22±8.17%,胸 腔

内食道空腸吻合例は,平 均30.85±13.78%で あり,全 症

例合の平均値は25。54±10,34%で あった。

以上より,D‐Xylose尿中排泄率は,B‐ I法型とB‐I

法型の間に有意差 を認めない (P<o.8)力 ,`1311_RISA

糞便中排泄率 (P<0.05)お よび 1鋭工Triolein糞便中排

泄率 O<0.001)合 は, B‐ I法型がB‐I法型より良好であった (図3,4,5).

これらのことから,糖 質の消化吸収は良好で,術 式別

にも差を認めないが富白質 お よび脂防の吸収障害を認

め,と くに脂肪 の吸収障害 が著明で,術 式別の検討で

は,蛋 白質,脂 肪とも経目的に摂取した食餌が十二指腸

を通過するB‐I法型が, 直接空腸に流入するB‐I法型

に比べ良好 といえる.

図 3 D‐ Xァ1。se尿 中排泄率

図 4

胸 胸 胸

座 壁 骨

内 前 後

?止 塙場合(強神) 食道空 陽吻合

胸 胸 胸

座 壁 骨

内 前 後

食道 空腸 吻 合

胸定内

和電功

一身後一徳N=86

N■ 2t Ni3o

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1977年 7月

近 位 側

遠 位 側

39(397)

図 6 食 道再建に用いた形成胃管の分泌状態 (胃液酸度)

i5′ 5γ 4y げ

8 食生騒

図 7

呂:稚摺酷玲器舎韮r行権揚

図 8 形 成胃管による再建食道の静止内圧

再建コース別の比較

形成胃管による食道再建時の各部位の静止内

(胸座内及び後縦隔ヨース)

6 ,o CmH20

● .●

0 ●

・●

●●

●●

十 卜f

・:: : L i・

f :・

負荷後でも,各分画とも平均値15Cl.Uを 越えるものは

なく,総 酸度の上昇はほとんど認められず,遊 離塩酸も

極端に低値を示した。これは胃液分泌面積の減少や迷切

の影響によるものと推察される。

4.食 道再建に用いた形成冒管の内圧勾配

静止圧では,全例に上部内圧上昇帯を認めた。これは

正常食道の入田部付近に一致する部位である。また,正

常な食道での噴門田側寄 りに一致する下部内圧上昇帯,

ここは形成胃管の場合では,幽 門輪の日側寄 りの部分で

あるが,こ こでも32例中29例に圧上昇帯を認めた.図 7

1~ネキーモキ‐―K屯

は胸腔内および後縦隔経過に再建された症例の各部位の

静止圧を観察したものであるが,中 間部では低く,上 部

および下部では比較的高く,生理的圧勾配に近い傾向を

示している。

図8は再建各経路別の静止内圧を比較検討したもので

あるが,上 部内庫 卜昇帯は,胸 腔内および後縦隔経路で

は平均12.12±6.68cmH20,胸 骨後経路では平均15.25土

2.49cmH20,胸 壁前経路では平均21.5±7.2cmH20で

あった。中間部圧は,胸 腔内お よび後縦隔経路では平

均3.55±4.82cmH20,胸 骨後経路では平均12.00±5.89

CnH20,胸 壁前経路では平均15,15±2.05cnH20で あ

った。幽門輪口似」寄 りの内圧上昇常は,胸 腔内および後

縦隔経路では平均11・62±4.21cmH20,胸 骨後経路 では

平均 10・5±0.87cmH20,胸 濃前経路 で は平均 15.85土

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40(398) 食道痛および噴門痛術後の消化吸収 日消外会誌 10巻 4号

まず最初に術後の消化吸収に影響をおよばす膵外分泌

機能について考察してみよう。胃切除術後の膵外分泌機

能について,MCLeanlつは正常と述べ,Warren19は 胃切

除による膵外分泌機能の低下は,余 り問題にならないと

報告し, 田代1°はB‐I法およびB,I法 を行った症例に

P,S testを行った結果,排 液量,重 炭酸塩,酵素群とも

対照群に比べやや高値を示したとし,こ れは代償性機能

元進によるものと推察した。

これに対し,鎌 田lDらは上腹部手術後膵外分泌機能は

低下するとし,膵組織損傷の程度とも相関するという。

許山1°

らも P‐S testで検討し,術 後の膵機能低下を指

摘し, とくにB‐I法および迷切後に異常例 が多かった

と述べている。

このB‐I法後 の膵機能低下 につ い て,福 島1のは,

B‐I法で膵酵素分泌が少ないのは,生 理的 な 胃十二指

腸通過機構が手術により変更されるためとし,胃 内停滞

時間が短かく,し かも食餌が十二指腸を通過しないこと

によると述べ,白 相1°は十二指腸砿置による内因性膵刺

激因子の欠如に基づくと述べている。すなわち,十 二指

腸粘膜刺激欠如 に よる PancreOzymin,Secretin分泌不

足 ,ひ きつづく膵液や胆汁の腸管内排出不足が要因と思

われる。したがって,生 理的な十二指腸通過をゆるす術

式が,膵 液,胆汁などの消化液分泌の面,ひ いては後述

する消化吸収の面から理想的であるといえよう。

次に迷切の意義について考察してみよう。食道および

噴門癌では癌浸潤がしばしば迷走神経にもおよがため,

根治手術に際し,そ の離断の避けられぬ場合が多い。し

たがって,迷 切による何らかの影響を受ける可能性が推

察される。Crinthlりゃ HattnS2いらは迷切後の膵液,

胆汁分泌量の低下 と腸管運動抑制をあげ,Ballinger2めら

は,迷 切のあとその神経支配下にある消化管系臓器の流

血量は著しく減少するとし,遠 藤2う

も迷切によるBIm流

量の減少のため,蛋 白合成のはげしい膵臓はとくに影響

を受けると述べている。迷切後の膵液量減少,酵 素量低

下を指摘 する報告 は多 い。竹村2めはリパーゼの低下を

Magee2つは膵液量,蛋 白量 の低下 を報告している。田

官2らは胃全摘犬の膵外分泌機能低下には,神 経性機序が

最も強 く関与すると述べ,福 島1'は

胃管形成食道再建術

例において膵外分泌機能低下を認め,と くに膵合併切除

後が著明であったといい,迷 切の影響も指摘している,

これらに対し,友 田20は

横隔膜下で両4Rl迷走神経が切

断されている胃全摘犬でも,術後30~50日経過すると食

餌摂取の場合,体 液性機転で正常に近い膵液分泌が行わ

図9 形 成胃管による食道再建症例の鴎下時内圧変動

班 内ぇげ偽監吊

殉舛後

胸奮加

中 間 部 遠 位 側

2 0 拘 4 0 5 0 c m

6.05cmH20で ぁった。

再建食道の鴎下時内圧変化は,胸 腔内および後縦隔経

路 と胸壁前経路との間に著 しい相違がみられる。すなわ

ち,前 者では上部内圧上昇帯は後者に比べそれ程高くな

く,中 間部では低く,幽 門輪日側寄 りで再び軽度上昇を

示した。一方,後者では中間部の圧は前者に比べ高かっ

た.な お胸骨後経路に再建した際には,両 者の中間的経

過を示した。上部内圧上昇帯でみた陽性波の高さは胸壁

前再建経路にはぼ近く,こ の圧は再建食道の中間部以後

に下降してくるように思われた (図9).

以上,形成胃管の内圧勾配を静止圧および隠下時圧に

ついて観察しそ結果,前 者では上部内圧上昇帯および下

部昇圧帯を認め,中 間部では比較的低圧であった。鴎下

時の内圧勾配もほぼ同様の傾向を示し,正 常食道類似の

陽性波を呈し,と くに胸控内および後縦隔経路による再

建法が生理的圧勾配に近く,理 想的であるように推察さ

れた。

III 総括ならびに考察

食道癌および噴門癌手術の再建臓器としては,空腸,

胃,結 腸などが好んで用いられ,再建経路 として,胸 壁

前,胸 骨後,胸腔内,後 縦隔コースによる再建様式が採

用され,吻 合法も種々検討がなされ,こ れらの術後消化

吸収状態の研究も中山めらをはじめとして, 数多く報告

されl°1め

,こ の方面の発展に大きく寄与している。

しかしながら,冒頭に述べたように,術 後の消化吸収

におよばす諸因子についての解明はいまだ充分 とはいい

がたい。われわれは食道および噴門痛術後の消化吸収お

よび形成胃管の機能について,臨 床的,実 験的に観察を

行い,こ れらと迷切 との関連性についても検討 を試 み

た.以 上,こ の成績をもとにいささか考察を加えてみた

い.

ヤ▼_― ″ 内」υ内申`

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1977年7月

れていると述べ,ROutiey2のは迷走神経の膵外分泌に対す

る役割は局所反応を促進したり, 抑制した りする tOnus

mehanismで ぁって,迷 切は本質的な変化を膵に与えな

いとの実験結果を報告している.わ れわれの食道および

噴円癌術後息者の P'S testによる検討 で は,膵酵素排

出量の低下が主な所見であり,膵 排液量,重 炭酸塩濃度

については,従 来いわれている程の denervationの影響

を認めなかった。

以上を要するに,胃 切除術あるいは胃全摘,迷 切後の

膵外分泌機能については,そ の低下を指摘する者が大

多数で, とくにB‐正法後での低下 が著明であるとの報

告を多くみる。しかし,迷 切がどのような機序で際の機

能に影響をおよばすかについては,い まだ決定的な説明

はみないようである。

さて,術 後に消化液分泌調節機構失調 のあ る場合で

は,消 化吸収障害,と くに脂肪の吸収不全,あ るいは脂

肪性下痢が招来される。

次に,術 後の消化吸収に関し再建ヨース別に,ま た迷

切の影響をも加味して考察 をす す めてみよう。本稿で

は手術症例をB'I法 コースとB‐I法 ヨースの2つ に大

別し,そ れ ぞれ についてXD‐XァIose,1311sRISAぉょ

び 1311_Tri。lein消化吸収試験を行い,検 討 を加えてみ

た.

胃切除術後,胃 全摘後の消化吸収状態は,一般に脂肪

の吸収障害が最も多く,蛋 白質の吸収不良は少なく,程

度も軽く,糖質の吸収はあまり侵されないといわれてい

る14)23).

食道および噴門癌術後では,葛 西2りは,酸 化クローム

標識法による消化吸収試験で,空腸移植例と食道胃吻合

例を比較し,空 腸移植例では,蛋 白質,脂肪吸収率とも

良好な成績であったと報告している。しかし,全 般的に

みると,糖 質,蛋 白質に比ぺ,脂 防の吸収障害が著しい

とする報告が多い1'30.ゎれわれの検討症例でも諸家の

報告と同様に,脂 肪の吸収障害が第 1で ,蛋 白質がこれ

につぎ,糖 質ではほぼ正常であった。

一方,鴎下食物の消化管内通過経路の検討では,糖質,

蛋白質は,B‐ I法型 とB‐I法型の間に差 を認めなかっ

たが, 脂肪の消化吸収は有意の差をもってB‐I法型が

B‐I法型より良好であった。これについて,EversOn3め,

友田2め

,中 山3り

も胃全摘術後において 同様 のことを述

べ,肝 付3め

も上部消化管術後 の検討 で, B‐I法群 で

の,1311_Triolein糞便中排泄率がB‐I法群に比べ高いと

報告している.教 室の吉村S'も 14cでラベルした脂質を

41(399)

用い,こ のことを確認している。

術後における蛋白質の消化吸収は,十 二指腸通過の有

無にそれほど強い影響を受けないようであるが,脂肪の

消化吸収は十二指腸を通過するかしないかが,決 定的な

要因となるようである.そ して,こ の現象は腸管におけ

る脂肪酸の吸収不全によるものでなく,十二指腸を通過

しないための脂肪の消化,分 解不足と食餌と消化液の混

合時間のずれとが主役と考えられる。

次に,食 道および噴門痛根治術に伴いがちな幹迷切の

術後消化吸収におよばす影響についてであるが Javid'め,

Fox30,Harkins2のらは,胃 部分切除,前 庭部切除,幽 門

形成術や胃腸吻合例を対象 とし,山 岸3分は幽門洞切除,

胃広範切除例を,石 上Sめは胃全摘と胸腔内食道胃吻合例

を主な対象として調査し,術 後の脂肪吸収障害を指摘し

ている.教 室の吉村8り

も14cを

用い,こ れを実験的に確

認している。

これに反し,WelbOm39)の ように消化吸収面への影響

はないとするものもある。しかし,一 般には,切 除後の

脂肪吸収障害を支持する報告が圧倒的に多い.そ して,

食道癌の場合では,と くに,形 成胃管の幽門形成例で,

この傾向が強いようである404D.ゎれわれの動物実験お

よび臨床例の成績からすると, B‐Ⅱ法型 で迷切を加え

たものに術後の消化吸収障害が高頻度にみられた。

上部消化管術後の消化吸収不全,下 痢については,従

来,上 部消化管 の欠損,砿 置による消化吸収面積の脱

落,鴎 下食物通過時間の短縮,貯 溜機構欠如による腸管

への墜落排出,酸 度の低下による細菌叢の移動,迷切に

よる消化液分泌不足,腸 運動不全 な どが指摘されてき

ブそ1 .

われわれの術後膵外分泌機能検査の結果からすると,

膵排液量,重炭酸塩濃度に比べ,消 化酵素分泌量の低下

がみられた。それは,と くに迷切に影響されるようにも

思われた。しかし,こ の程度の膵酵素の低下のみでは術

後の脂防消化吸収不全を充分に説明できないように思わ

れる。 したがって, B‐I法型にみられる消化吸収不全

は,摂 取食物と消化液 との混和の時間的ずれ,す なわ

ち, Brain4のらのいう PanCreatico‐cibal asynchrony4りが

その主役であると考えたい。すなわち,鴎 下食物が十二

指腸を通過しないといった hadicaPと迷切による空腸粘

膜刺激インパルスの消化酵素分泌への伝達障害をその因

子として挙げたい。これに関しては 75se‐methを 使用し

た実験 でも証明することができたと考えている。しか

し,一方,迷 切が自律神経系の失調を招来し,種 々の外

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42(400) 食道癌および噴門痛術後の消化吸収 日消外会議 10巻 4号

は両側迷切によって,長 期にわたり胃管内酸度が低下す

ることを指摘している。工藤5のは胸壁前挙上胃による食

道再建術後と胸腔内食道胃吻合術後を比較し,胸 腔内吻

合例は退院時,6カ 月以内,6カ 月以降の遠隔時でも全

例無酸を示し,残 目の分泌機能の回復は少ないが,胸 壁

前吻合例では6カ月以降になると遊離塩酸の存在が見ら

れ,負 荷試験陽性例が出現,分泌機能回復の兆しがみえ

たと述べている。加治佐5のは胃管の酸度は術後初期にお

いて,ほ とんどの症例で,低 酸,無 酸であるが,経 過 と

とも円酸度の上昇がわずかに見られ,胃 管の長い群に遊

離酸度が,比較的高い傾向が示されたと報告している。

われわれの成績でも再建胃管は,低 酸 お よび無酸を示

し,そ の外分泌機能はほとんど喪失しているものと推察

された。これは胃液分泌面積減少と迷切に因るものであ

ろう。H01lander試験からも形成胃管の denervationが

充分に行われている事が確かめられた。

これらの成績から推す限 り,大弯側寄 りに細長く形成

された胃管は,鴎 下食物の輸送には役立っても,消 化に

は関与 せず,代用胃として の働きはないものと思われ

る。術後の症例で,逆 流性食道炎を招いた症例をみなか

ったのも,こ のような理由からして充分にうなづけると

ころである。

最後に,食道再建に用いた形成胃管の内圧勾配につい

て触れておこう。

食道は熙下食物の巧みな運搬機能を営むだけでなく,

同時に生理的な内圧勾配により,そ の逆流をも防いでい

る。しかし,こ の機構も迷切により失調する.HWang5り

は犬の実験で,両 側迷走神経を高位切断すると食道機能

障害が招来されることを確かめた,食 道癌根治術後,こ

とに形成胃管の2JH合では,そ の運動は減弱し,食 物の移

送は主として,そ の重力と鴎下圧によって行われ,内 容

の排出時間も遅延すると考えられている。胃管作成にあ

たり術式の改善などにより,どれだけ旧食道に近い生理

的状態を保てるかは, 1つ の懸案である。石上3りは胃管

に迷走神経を埋め込んだ症例で,そ の運動機能の良好な

成績をおさめている,

食道および噴門癌術後の静止圧について,西瀬戸5りは

後縦隔経路に再建した形成胃管で検討し,全 例に上部昇

圧帯は認められたが,胃 管内食道内の静止圧は部位によ

る差がなく,ほ ぼ同じ値を示すものが多かったといい,

坂西5の

,伊 藤りは,胸 腔内食道胃吻合例 の静止圧曲線

で,挙 上胃管は陽圧であるが,こ れが胸腔内食道へ移行

すると陰圧に下降するとし,逆流性食道炎を招きやすい

部環境の変化に対する耐容度を低下せしめ,消 化吸収障

害および下痢の誘因となり得ることも否定できないであ

ろう。

従来,術 後 の消化吸収障害や dumPing症状をはじめ

とする種々の愁訴を軽減 させる対策 として,再 建臓器

や再建術式についてェ夫改善がなされてきた。胃全摘後

の消化吸収に関しては,す でに友田2°

,中 山3り

,梶谷4o

らの優れた業績がある,再 建様式との関連では,第 73回

日本外科学会総会 で行われた冒全摘 の手術適応 と再建

術式に関するシンポジウムの中で,西4Dは double tract

法,空 腸移植法がB‐Ⅱ法よりも消化吸収の面 で優れて

いるといい,僚 田40は

熙下食物 が十二指腸 を通過 す

る ile。‐cOIOn代用胃は消化吸収面のみならず,食 道への

逆流防止にも有利であると述べた。また,榊 原4のは空腸

移植とβ吻合とを比較し,前 者が脂肪,蜜 白の消化吸収

では優れているとし,近 藤4りは6字型腸移植による再建

術式を強調し,こ れら講演のまとめの中で梶谷は,胃 全

摘後の代用胃による再建,す なわち,熙 下食物が十二指

腸を通過する再建コースが好ましいと述べている。この

意見は,食 道癌根治術後の再建様式の選択にも,当 ては

まる事柄である。再建臓器として形成胃管が好んで用い

られるのも,消 化呼収面からして合理的なように思われ

る.内 山3のは旧食道位を通す後縦隔経路胃管形成食道再

車術を,石 上3りは迷走神経胃管壁内埋込み胸腔内食道胃

吻合術を考案し,そ れぞれ良好な成績をおさめている。

以上を要約するに,術後の消化吸収面からみる限 りで

は,迷 切の影響や消化液分泌の観点から考えて,嫌 下食

物が直接十二指腸を通過するような術式が,膵液,胆 汁

などの消化液との混和の上からも生理的であり,好 まし

いようE8わ れる。さらに,逆 流性食道炎,dumPing症

状をおこさず, 1回食餌量が正常人に近いところまで回

復しうる術式が理想的といえよう。

次に食道再建に用いた形成胃管の分泌状態について考

察してみよう,従 来,迷 切によって胃酸分泌が障害され

ることが知られている。

中山4のは食道再建に用いた日の酸度を測定し,ま た胃

粘膜生検を行い,酸 度は正酸ないし過酸で粘膜も正常で

あり,胃 機能は何ら失われていないといい,岡 出9は食

道癌に対する空腸有基移植術後の胃分泌機能について調

べ,遊 離塩酸の欠如するものは少なく胃相分泌を認め,

塩酸分泌は低酸であるが存在すると述べている。

これに対し,海 津5,は

胃液酸度は低下し,と くに幽門

形成術施行例では,著 明に低下していると述べ,石 上3ゆ

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1977年7月

機序のあることを指摘した。また,日 中5のは下部高圧帯

について,食 道胃接合部が切除されると存在しなくなる

とし,食道胃接合部での機能が正常の場合,下 部高圧帯

を認めると述べている。この他,伊 藤ゆは食道癌手術例

で有茎空腸移植を行ったものの静止内圧曲線は,正 常の

それときわめて近似していると報告している。

また,鴎下時内圧変化について,坂 西Sゆ

,伊 藤Dは

腔内食道胃吻合例では,鴎下にもかかわらず挙上冒管内

に運動波発生を全 く認めず,上 方食道の運動波は胃管内

に伝達されなかったと述べ,西 瀬戸5Dも

術後 7年以上経

過した 1症例に陽性波にひきつづいた内圧変化を認めた

のみであるといっている.

われわれの成績では,静止圧としての上部昇圧帯と横

隔膜裂値上の下部昇圧帯を認め,中 間部 では低圧 であ

り,熙 下圧でもほぼ同様の圧内勾配を示した.こ の傾向

はとくに胸腔内および後縦隔経路に再建された場合の圧

勾配であり,生 理的圧勾配に近い状態といえよう.こ れ

は,ま た,パ リウムの通過状態 ともよく一致 した。 ま

た,逆 流性食道炎などの愁訴もとくに認めなかった.

これは胃管を細長く形成したこと,幽 門形成術をほと

んどの症例で行っていないこと,旧食道位であるための

胸控内圧の影響,吻 合法および吻合部の差果によるもの

と推察される.

さて,形 成胃管を食道再建に用いた場合に,幽 門形成

術をすべての症例に行うべきか否かは問題の多いところ

である。このドレナージ手術は再建食道内圧勾配の改善

と鴎下食物の停滞時間短縮,通 過状態改善に役立つ.し

かし,反 面では Wastel14の4めゃ B。確rSりが指摘するよう

な脂肪吸収障害および下痢を招くことがある。とくに,

この傾向は迷切の加味された場合にみられやすい.わ れ

われの症例でも幽門輪口が著しく大きく形成されたもの

では,パ リウム透視での墜落排出がみられ,臨 床症状 と

しての脂肪性下痢のほか,時 によりd― Ping症状がみ

られた。石上3め

らも幽門形成による鴎下食物の墜落排出

の術後消化吸収におよぼす影響は無視できないと考えて

いる。しかし,肝 付3りのように幽門形成によって著しい

消化吸収障害を招くとは考 え られ ないとする意見もあ

る.こ のような形成胃管内通過改善を促し,食 物摂取の

増大を計るための幽門形成の妥当性を支持する意見が支

配的であるように思われる.

われわれの教室では,以 前 Kirschner一中山式形成胃

管を用いた頃では幽門形成術を行っていたが,大 弯側寄

りに形成する細長い胃管を用いるようになってからは,

43(401)

一部の例外を除き幽門形成術をあえて行っていない。し

かし,術 後の消化吸収面および内圧勾配,鴎 下食物の通

過状態とも良好であり,何 の不都合も感じられない.こ

の詳細については,ま た,男」の機会に述べてみたい。

結 語

食道および噴門癌術後の消化吸収状態を迷切との関連

を中心に検討した。また,食道再建に用いた形成胃管の

機能についても検討を加え,下 記のごとき知見を得た。

1)術 後の膵外分泌機能検査では,ア ミラーゼ排出量

の軽度低下が主な所見であり,膵 排液量,重 炭酸塩濃度

はほぼ正常で,迷 切の影響は予想外に軽度であるように

思われた。

2)術 後の消化吸収試験では,脂 質の消化吸収が最も

障害されており,蛋 白質がこれにつぎ,糖 質では吸収障

害をみなかった。

3)食 道再建経路別にみた消化吸収 の検討 では,糖

質,蛋 白質では差を認めないが,脂 質については,有 意

の差をもってB‐I法型が,B‐ 亜法型より優れていた。

4)B白 工法型における術後消化吸収不全 の重要な困

子は,熙 下食物と消化液 との混和の時間的ずれ,す なわ

ち,PanCreatico‐cibal asynchlo■yで ぁり,迷 切もこの

mechanismに 関与しているものと推察された.

5)形 成胃管の酸分泌能はほとんど喪失していた。

6)食 道再建に用いた大弯側寄 りの細長い形成胃管の

内圧勾配は,胸 腔内および後縦隔経路に再建された場合

では,食 道の生理的条件にほぼ近い状態を示した.

7)術 後の消化吸収面からみる限 りでは,食道癌術後

の再建様式としては,熙 下食物が十二指腸を通過するヨ

ースが最も好ましい。すなわち,工 えされた胃管による

再建が生理的条件を充すものと思 う。

稿を終るに臨み, ご校閲を賜つた恩師脇坂順一教授に

深謝する。

なお,本 論文の要旨は,第 35,36,37画 日本臨床外科

学会総会,第 11回術後代謝研究会,第 16回日本消化器病

学会合同秋季大会において発表したも

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