野菜に病原性を示す sclerotium-3-...

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ISSN 1344-1159 Masaharu Kubota [NARO Institute of Vegetable and Tea Science, National Agriculture and Food Research Organization] Sclerotium species pathogenic to vegetable plants. MAFF Microorganism Genetic Resources Manual No. ( ) MAFF Microorganism Genetic Resources Manual No. ( ) 野菜に病原性を示す Sclerotium 属菌 1. はじめに Sclerotium S. rolfsii Sacc. S. cepivorum Berk. S. hydrophilum Sacc. Sclerotium sp. NIAS Sclerotium oryzae-sativaes Sawada Rhizoctonia oryzae-sativae (Sawada) Mordue Ceratobasidium setariae (Sawada) Oniki, Ogoshi & T. Araki Sclerotium Sclerotium µm 表1.Sclerotium 属菌による野菜の病害 a) S. rolfsii S. cepivorum S. hydrophilum Sclerotium sp. a)

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ISSN 1344-1159

Masaharu Kubota [NARO Institute of Vegetable and Tea Science, National Agriculture and Food Research Organization]Sclerotium species pathogenic to vegetable plants. MAFF Microorganism Genetic Resources Manual No.32 (2012)

微生物遺伝資源利用マニュアル (32)(2012)

MAFF Microorganism Genetic Resources Manual No.32 (2012) 

野菜に病原性を示す Sclerotium属菌

窪 田  昌 春

農業・食品産業技術総合研究機構 野菜茶業研究所

1. はじめに本邦において野菜の病害を引き起こす Sclerotium 属菌としては,S. rolfsii Sacc.,S. cepivorum Berk. と S.

hydrophilum Sacc. が報告され,日本植物病名目録第 2 版(日本植物病理学会・農業生物資源研究所,2012)

に記載されている(表 1).Sclerotium sp. によるアスパラガス褐色菌核根腐病も報告されているが,本病

菌の所属は不確定であり(鈴井・鎧谷,1963),関連する菌株も農業生物資源(NIAS)ジーンバンクに登録

されていないため,本病菌に関する記述は割愛したい.また,野菜として扱われることもあるマコモでは, Sclerotium oryzae-sativaes Sawada による褐色菌核病が報告されている(日本植物病理学会・農業生物資源

研究所,2012).しかし,本病菌は,現在は Rhizoctonia oryzae-sativae (Sawada) Mordue,もしくはその完

全世代の Ceratobasidium setariae (Sawada) Oniki, Ogoshi & T. Araki として扱われているため,本稿では

触れない.

Sclerotium は胞子形成が認められず,茶~黒色,光沢があり,形がほぼ一定で菌糸から分離しやすい菌核

を形成するという,形態学的定義に基づく菌類の無性生殖時代(不完全世代)に対する属名であり(小林ら,

1992),属として進化系統学的に単一な群ではない.Sclerotium 属菌の菌糸は細く,概ね幅が 8µm 以下とさ

れる.

表1.Sclerotium 属菌による野菜の病害

菌種 病名 宿主科 a) 宿主作物

S. rolfsii 白絹病 セリ アシタバ,ニンジン,ハマボウフウ

ウリカボチャ,キュウリ,スイカ,ニガウリ,マクワウリ,

メロン,ユウガオ

ナス トマト,ナス,ピーマン・トウガラシ

キク フキ,ヤーコン,レタス

バラ イチゴ

ウコギ ウド

アカバナ ヒシ

ヤマノイモ ヤマノイモ

ユリ タマネギ,ニラ,ニンニク,ネギ

S. cepivorum 黒腐菌核病 ユリ タマネギ,ニラ,ニンニク,ネギ,ラッキョウ

S. hydrophilum 葉腐病 スイレン ハス

Sclerotium sp. 褐色菌核根腐病 ユリ アスパラガス

a) 日本植物病名目録第2版(日本植物病理学会・農業生物資源研究所,2012)による.

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属内における種の同定は,菌糸の色,菌核の形態の違い等によって行われる.S. cepivorum はネギ属作物

の地際部や根を水浸状に腐敗させ,罹病部に黒色で径 0.5mm ほどの菌核を生じ,黒腐菌核病の病名がつけら

れている(岸・我孫子,2002;岸,1998;日本植物病理学会・農業生物資源研究所,2012).本種がネギ属以

外の野菜に病害を引き起こした報告はなく,宿主範囲が限られている.一方,S. rolfsii と S. hydrophilumは多犯性である.S. rolfsii は 24 種類の野菜に対し(日本植物病理学会・農業生物資源研究所,2012),茎

などの地際部の表面から侵して,水浸状から褐色に腐敗,病変させ,苗立ち枯れにまで至る病害を引き起こ

す.罹病部の表面や近傍の土壌表面に茶~茶褐色,1 ~ 2mm で球状の菌核を形成する.また,罹病部位に白

色,絹糸状の菌糸束が認められる場合があり,これらの病害には白絹病の病名が付けられている(図 1).S. hydrophilum は野菜ではハスの浮葉に褐色不整形病斑を形成して葉腐病の病原となるが,イネを含むイネ科

植物の葉鞘下部の黄化から枯れをもたらす球状菌核病も引き起こす(岸,1998;日本植物病理学会・農業生物

資源研究所,2012).罹病部に形成される菌核は,褐色で径 0.5mm 以下である.

S. rolfsii については,2012年現在,ジーンバンクに 125菌株が登録・公開されており,そのうち 38菌株が

野菜からの分離菌株である(表 2).これら野菜由来株のうち 8 菌株については,それぞれの分離源植物に対

する病原性が,ジーンバンクの特性評価により確認されている.S. cepivorum のジーンバンク登録菌株は 1

菌株のみで,ネギからの分離菌株である.同じく登録されている S. hydrophilum は 8 菌株あり,7 菌株がイ

ネから,1菌株が土壌からの分離菌株であるが,これらのハスに対する病原性は確認されていない.

2. 菌の分離,培養と接種

S. rolfsii,S. cepivorum,S. hydrophilum は,いずれも罹病植物上や土壌表面に菌核を形成するため,定

法通り,菌核を 70% エタノール,1% 次亜塩素酸ナトリウムで表面消毒して水洗後,素寒天に静置し,20 ~

25℃で培養することで容易に分離できる.素寒天に,30% 乳酸,200ppm クロラムフェニコールあるいはスト

レプトマイシンを加えると細菌が増殖しにくくなる.クロラムフェニコールはオートクレーブ前に加えても有

効である.ここからの移植の際に,単菌糸分離を行うとよい.ただし,土壌表面の菌核等から分離した場合,

栄養培地上で Trichoderma 属菌と思われる緑色の菌寄生菌が後に生じる場合があるため,単菌糸分離を多め

に行う必要がある.

これらの菌は PSA(20% ジャガイモ煎汁,2% 蔗糖,1.5% 寒天),PDA(20% ジャガイモ煎汁,2% グルコー

図 1. トマト白絹病の病徴(写真は寺見文宏氏提供)

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表 2.農業生物資源ジーンバンクに登録されている野菜由来の Sclerotium 属菌

菌種 MAFF 番号 分離源病原性 確認 a) 元の菌株名 分離年 採集地

S. rolfsii 103049 トマト ○ Lyco-10 1985 茨城県つくば市

103050 トマト ○ Lyco-11 1985 茨城県つくば市

103052 ナス ○ Sola-2 1985 茨城県つくば市

103053 ナス ○ Sola-3 1985 茨城県つくば市

238054 イチゴ SS11 1995 香川県善通寺市

238637ヤマノイモ

(ジネンジョ)○ A-1-1 1998 佐賀県鳥栖市

238938ヤマノイモ

(ジネンジョ)○ A-2-1 1998 佐賀県鳥栖市

241385 レタス 大野原1 2007 香川県観音寺市

241386 レタス 大野原2 2007 香川県観音寺市

241387 レタス 木之郷1 2007 香川県観音寺市

242761トウガラシ

(シシトウ)シシトウ1 2010 香川県丸亀市

242762 ニンニク 10tuda-1-1 2010 香川県さぬき市

242763 ニンニク 10tuda-1-2 2010 香川県さぬき市

242764 ニンニク 10miki-1 2010 香川県さぬき市

242765 ニンニク 10saka-1 2010 香川県坂出市

242766 ニンニク 10koto-1-1 2010 香川県琴平町

242767 ニンニク 10ono-1-1 2010 香川県観音寺市

242768 ニンニク 10ono-2-1 2010 香川県観音寺市

242769 ニンニク 10kan-1 2010 香川県観音寺市

242770 ネギ 10ネギ tuda-1 2010 香川県さぬき市

306284 イチゴ S-10 1988 栃木県津湯上村

306285 イチゴ NI91-01 1991 栃木県二宮町

306286 トウガラシ 47-1 1989 タイ

306494 スイカ W1 1994 香川県善通寺市

306495 ヤーコン ○ Y1 1994 香川県善通寺市

328230 トマト S-38/Co-Ly-1 1994 東京都日野市

328247 ゴボウ S-66 1995 埼玉県熊谷市

328249 ネギ S-70 1998 富山県氷見市

328252 ウド S-36/CoAr-1 1992 東京都立川市

328253 ウド S-41/ ウド白絹病01 1993 栃木県大田原市

726501 ゴボウ ○ 90-01 1990 三重県津市

726587 フダンソウ ○ 1973 広島県福山市

S. cepivorum 239143 ネギ   S-1 2003 千葉県松戸市

a) ジーンバンクにおける特性評価によって確認された.

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ス,1.5% 寒天)上でよく生育し,菌叢による保存も,斜面培地ならば室温で 1 年程度は可能である.ただし,

他の糸状菌病原菌と同様に,継代培養の繰り返しにより病原性を失う場合がある.その場合,菌叢生育初期の

菌糸束の形成が認められなくなり,気中菌糸を伴う一様な菌叢となるとともに,菌叢拡大速度も遅くなり,菌

核形成能も弱くなる.菌核を含まない菌叢よりも,菌核を植え継いだ方が,病原性を喪失しにくくなる.ま

た,他の糸状菌と同様に,PDA よりも PSA で培養した方が,病原性を喪失しにくい.ジーンバンクでは,他

の真菌類と同様に,10% グリセロール水溶液中に寒天ブロックごと打ち抜いたこれらの菌叢を浸した上で,

液体窒素の気相(蒸気)中で保存している.

これら 3種とも栄養寒天培地上で菌核を形成するため,その菌核を宿主植物に接触させる,あるいは株元に

散布して,菌の生育適温付近の温度条件に置くことで発病させることができる.寒天培地での培養菌叢片を宿

主植物に接触させる,フスマ・籾殻培地(フスマ・籾殻を等量混和し,水に浸す)等で培養して土壌に混和し,

宿主植物を植え付けるなどの方法でも接種できる.

3. Sclerotium rolfsiiS. rolfsii は培地上での生育が速く,30℃ならば培養開始から 3 日ほどで,直径 9cm のシャーレ全面に菌叢

を拡げる.PSA,PDA 上では白色の菌糸束を含む菌叢となり,培地上で菌核も形成する(図 2).素寒天で培

養した菌糸を顕微鏡観察するとかすがい連結が認められる.菌核は 2mm 以下の球状で,その表皮は薄く茶~

褐色に着色する.菌核の内部は無色柔組織状の細胞で,表皮から剥離することはない.一方,同様の色調で大

型,不整形の菌核を形成し,S. delphinii Welch や S. rolfsii var. delphinii (Welch) Boerema & Hamers と

同定されている菌株(以下,「delphinii タイプ」と表記)がある(図 2C,F).この delphinii タイプの菌株

は海外で多く認められているが,国内ではヒメツルニチソウとクローバーの白絹病菌が S. delphinii と同定

されている(日本植物病理学会・農業生物資源研究所,2012).また,野菜類から分離されたジーンバンク登

録菌株中では,ウドから分離された MAFF 328252 と 328253 が S. rolfsii var. delphinii と同定されている.

delphinii タイプと S. rolfsii について岡部(2002)が詳細な比較を行った結果,分類の基準とされている菌核

の形態は S. rolfsii も含めた菌株間で連続的に変化しており,培養条件によりそれぞれの菌株においても変化

することが示された.また,S. rolfsii と delphinii タイプの菌株間では菌糸融合が認められ,遺伝的にヘテロ

カリオンになっていると考えられる場合も認められた.以上より,delphinii タイプも S. rolfsii と生物的には

同一種と考えられる.日本植物病名目録(日本植物病理学会・農業生物資源研究所,2012)では野菜類の白絹

病菌は全て S. rolfsii と同定されている.

S. rolfsii は PS(2% 蔗糖加用 20% ジャガイモ煎汁)等の液体培地で培養すると多糖と思われる物質を分泌し,

液体培地の粘性が高まり,取り扱いにくくなる.DNA 等の成分を抽出する場合は,可能ならば液体培養せず

に,固形培地上で旺盛に生育する菌糸体や菌核を集めて行う.

S. rolfsii の種内変異やその分布等を検討する際には,オートミール寒天培地上で菌株を対峙培養したとき

の菌糸体和合群(MCG)による分類が有効である.不和合な菌株間では菌叢の接触部の菌糸が融合しないか,

融合した部分から広範囲にわたって菌糸が壊死するため,対峙培養した菌叢の境目に線ができる(図 2I).た

だし,異なる MCG 菌株間においても,RAPD(random amplification of polymorphic DNA)解析によると

その遺伝的な差異は非常に小さいとされている(岡部,2002).

S. rolfsii の生育適温は 30℃付近であり,10℃以下と 40℃以上ではほとんど生育しない.delphinii タイプ

の菌株では生育適温がやや低く,28℃となる場合もある(岡部,2002).

S. rolfsii の完全世代についての報告は少なく,国内では Goto(1930)がタマネギ煎汁培地上で担子器と担

子胞子を形成させて報告した以後は認められない.Goto(1930)は S. rolfsii の完全世代を,その形態から担

子菌類の Corticium rolfsii Curzi とした.しかし,その後,海外で Athelia rolfsii (Curzi) C.C. Tu & Kimbr.と転属して報告され(Tu and Kimbrough, 1978; Xu et al., 2010),現在ではそれが受け入れられている.

糸状菌類の種分類には 5.8S リボソーム DNA を含む internal transcribed spacers 領域(ITS 領域)の塩基

配列が利用されることが多い.本菌の場合は, White et al.(1990)の ITS1と ITS4のプライマーを用いれば,

同領域の増幅断片が得られる.ホモカリオンの場合には,他の糸状菌と同様に,同領域の塩基配列がダイレク

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トシークエンスによって決定できる.しかし,delphinii タイプと S. rolfsii との関連性で触れたように,本菌

ではヘテロカリオンとなっている場合がある(岡部,2002).また,delphinii タイプ,S. rolfsii それぞれの 1

菌株中でも複数の異なる配列が共存している場合があり,この場合,ダイレクトシークエンスでは容易に配列

決定ができない(岡部,2002).  2012年 8月現在,National Center for Biotechnology Information (NCBI: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)

から,S. delfinii,A. rolfsii, C. rolfsii も含めると多数の S. rolfsii の ITS 領域の塩基配列が検索でき,それら

の間の BLAST による相同性は概ね 80% 以上である.また,同菌に関しては,分子分類に利用できると考え

られるβ - チューブリン,elongation factor 1 α遺伝子が数多く検索でき,ITS 領域以外のリボソーム関連遺

図 2. S. rolfsii の培養形態MAFF 238638,30℃,暗黒下で培養した菌叢;A:PSA,1週間,B:PSA,3週間,D:PDA,1週間,E:PDA,3週間.

delphinii タイプ(MAFF 238931),30℃,暗黒下で 3週間培養した菌叢;C:PSA,F:PDA.

G:MAFF 238638の菌糸のかすがい連結.H:MAFF 238638 の菌核断面.

I:オートミール寒天培地で培養;(a)MAFF 238931,(b)MAFF 328252,(c)MAFF 102023,(d)MAFF 238638の対峙培養において,同菌株(同 MCG)間の菌叢境界は不明瞭となる.

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伝子の塩基配列も幾つか登録されている.また,わずかではあるが,デンプンや糖の代謝に関わる遺伝子の配

列の登録もある.

4. Sclerotium cepivorumS. cepivorumのPSA上における菌叢は白色から時間が経つと緑~オリーブ色に着色し,菌核を形成する(図

3).菌核は最大で径 1mm 程度であり,球から楕円形,ときに融合したものが認められ,黒色で光沢がある.

菌核表皮は薄く黒色に着色する.生育適温は 20℃付近であり,5 ~ 30℃で生育するとされているが,MAFF 239143 では 30℃のもとで 1 週間では生育が認められなかった.また,25℃で菌叢の着色が著しくなった.菌

糸のかすがい連結は認められない.

図 3.S. cepivorum(MAFF 239143)の培地上における形態A:PSA,20℃,1週間培養.B:PDA,20℃,1週間培養.C:PSA,25℃,1週間培養.D:PSA,20℃,3週間培養.

E:PDA,20℃,3週間培養.F:表皮付近の菌核断面.G:分生子柄.H:分生子.

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本菌は宿主植物に感染した際に生じる気中菌糸に分生子を形成する(桑田,1982).通常の培地を用いた

培養では分生子は形成されないとされているが,PDA 上で分生子を形成した報告もある(守川ら,1985).

MAFF 239143 では,PSA,PDA 上の気中菌糸において分生子の形成が認められた(図 3G,H).分生子柄は

菌糸細胞から生じ,分枝して房状となり,フィアライドとなる.分生子は分生子柄の先端から求基的に形成さ

れて塊となる.分生子は無色,球形,単胞で径約 3µm で油滴を持つ.これらの形態は Myrioconium 属に一

致するとされている(桑田,1982).また,本菌でも種内分化の検出には MCG が用いられている(Earnshaw & Boland, 1997).本邦における S. cepivorum に関する情報は少ないが,世界的にはネギ属作物の重要病害であり,その生態,

病原因子,薬剤防除について多くの報告がある.微生物資材を用いた防除試験の対象病原としてもよく用いら

れている.PDA 培地を用いた薬剤耐性検定も行われている.環境耐性に関する研究の多くは,PDA 等の培地

上で形成させた菌核を,各種の処理を施した土壌等に混ぜ,一定時間後に回収して発芽率を調査する方法で行

われている.

本菌の分子生物学的な手法による検出技術としては,Haq et al.(2003)が,ITS 領域中に設定した特異的

プライマー(SCAF: 5’- GTC CAC AGA TTA AGT GGT ATG -3’,ITS2SCR: 5’- TTA GGT TTT GAC AGA AGC ACA T -3’,アニーリング温度 60℃)を用いた PCR により,罹病植物から同菌の検出を行っている.

NCBI における本菌の ITS 塩基配列は,2012 年 8 月現在,10 菌株由来のデータが登録されていて,その相

同性は 100 または 99% であり,種内における配列の保存性は高いようである.相同性が 98% 以下のものとし

ては Sclerotinia sclertiorum (Lib.) de Bary が高率で検索される.ribosomal DNA large subunit(LSU)の

塩基配列情報も考慮することによって,本菌の完全世代は子のう菌である Sclerotinia または Stromatinia 属

に近縁であるとされている(Xu et al., 2010).上述の Myrioconium 属も Sclerotinia sclerotiorum の近縁菌

類の不完全世代とされている.

本菌については,いくつかの病原性に関与する遺伝子(ploygalacturonase1,3,5,6,oxaloacetate acetylhydrolase,transcription regulator PAC1,aspartyl protease)や細胞内シグナル関連遺伝子(heat shock protein 60,calmodulin,ornithine decarboxylase,glyceraldehyde 3-phosphpate dehydrogenase)(Andrew et al.,2012;Guevara-Olvera et al.,1997)の塩基配列が NCBI に登録されている.

5. Sclerotium hydrophilum S. hydrophilum の情報は非常に少なく,世界的にもイネにおける新病害としての報告がほとんどである.

Hu et al.(2008)は,イネの罹病葉鞘において,ITS 領域中に設定した特異的プライマー(PS-F: 5’- CAC CTG GCC ACT TTG CTA A -3’,PS-R: 5’- TCG CTG GCC GTC TCT GG -3’,アニーリング温度 58℃)を用

いた PCR によって,本菌による病害の診断を試みている.

S. hydrophilum は PSA 上で白色菌叢となり,球状の菌核を形成する.PDA 上の菌叢はやや淡褐色に着色

する.菌核は径が約 0.5mm 以下(平均約 0.4mm)であり,黒~茶褐色で光沢がある(図 4).また,菌核は

柔らかく,圧力をかけると容易につぶれ,その表皮は 2 層で 5 ~ 10µm,内部は無色で径約 5µm の菌糸から

なる(内田,1980).生育適温は 30℃付近であり,3 日程で菌叢が直径 9cm のシャーレ全体に拡がる.本菌は

15 ~ 35℃で生育する(内田,1980).イネから分離された MAFF 237359 では 10℃でもわずかに菌叢生育し,

35℃や 20℃以下における 1 週間の培養では菌核形成が少なくなった.また,同菌株では,菌糸のかすがい連

結は認められなかった.

本菌の完全世代は,その形態,LSU と ITS 領域の塩基配列から,担子菌である Ceratorhiza 属であるとさ

れている(Xu et al., 2010).NCBI における本菌の ITS 塩基配列は,2012 年 8 月現在,14 菌株のものが登録されていて,その相同性は

88% 以上である.

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6. 引用文献Andrew, M., Barua, R., Shot, S. M. and Kohn, L. M.

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図 4.S. hydrophilum(MAFF 237359)の培地上における形態A:PSA,30℃,1 週間培養.B:PDA,30℃,1 週間培養.C:表皮付近の菌核断面. D:PSA,30℃,3 週間培養.E:PDA,30℃,3 週間培養.

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生 物 研 資 料

平成 24年 12 月

December, 2012

微生物遺伝資源利用マニュアル(32)

2012 年 12 月 24 日 印刷

2012 年 12 月 25 日 発行

独立行政法人農業生物資源研究所

National Institute of Agrobiological Sciences

〒 305-8602 茨城県つくば市観音台 2-1-2

編集兼発行者

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微生物遺伝資源利用マニュアル (32)

 

野菜に病原性を示す Sclerotium属菌

窪 田  昌 春

農業・食品産業技術総合研究機構 野菜茶業研究所

目 次

1.はじめに …………………………………………………………………………………………………… 1

2.菌の分離,培養と接種 …………………………………………………………………………………… 2

3.Sclerotium rolfsii ………………………………………………………………………………………… 4

4.Sclerotium cepivorum …………………………………………………………………………………… 6

5.Sclerotium hydrophilum ………………………………………………………………………………… 7

6.引用文献 …………………………………………………………………………………………………… 8

2012年 12月

編集兼発行者 独立行政法人 農業生物資源研究所