鑑別診断検査法の現状と将来像...lamp法の臨床診断への応用...
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木村 宏 先生 名古屋大学大学院医学系研究科 分子総合医学専攻 微生物・免疫学講座ウイルス学 教授
HSV・VZV鑑別診断検査法
VZV・HSV感染症の診断Session 3
単純疱疹や帯状疱疹は、通常、臨床所見から診断できる場合が多い。しかし、非典型例、免疫不全宿主や新生児ヘルペス(中枢神経型)およびヘルペス脳炎などで皮膚所見を伴わない場合は、病原診断が求められる。HSVおよびVZVの鑑別診断検査法には、ベッドサイドで実施可能なTzanck testやイムノクロマト法がある。また、実験室で実施する診断法としては、ウイルス分離、蛍光抗体法による抗原検出、核酸増幅法(PCR法、LAMP法)がある。
real-time PCR法の臨床診断への応用
PCR法とはポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)によりDNAを検出する方法で、ごく微量のDNAから、必要とするゲノムの領域を一対のプライマーと耐熱性DNAポリメラーゼによって増幅し、電気泳動あるいはハイブリダイゼーションによってゲノムを検出・同定する。定性的PCR法であるsingle PCRは簡便だが感度が低く、nested PCRは感度は高いがコンタミネーションの危険性も高い。一方、定量PCR法であるreal-time PCR法は感度に優れ再現性が高いだけでなく、コンタミネーションの危険性も低い。このreal-time PCR法では、ウイルスDNAに特異的なプライマーと蛍光標識プローブを反応させ、最終的に蛍光標識プローブをレーザーで検出することでウイルスを同定する。同時にウイルス量を定量することもできるため、治療前後のウイルス量の推移から治療効果を評価することもできる。 単純ヘルペス脳炎および新生児ヘルペスの診断にもPCR法による髄液中のHSV-DNA検出がゴールドスタンダードとなっている。単純ヘルペス脳炎では、新生児では髄液からHSV-DNAが検出されるが、年長児や成人から分離されるのは稀である。抗ヘルペスウイルス薬による治療後は、HSV-DNAは徐々に陰性化するため、治療開始前の検体を用いることが重要である。また、発症直後は偽陰性になることがあるため、臨床的に疑わしい場合は、治療を開始するとともに再検査する必要がある。HSV-DNA量は予後と関連することが海外で報告されており1)、定量化することは臨床的に意味がある。さらに、単純ヘルペス脳炎では髄液中のウイルス量が少ないため、鋭敏な検査法が望ましい。したがって、HSV-DNAを検出する際には、nested PCR法あるいはreal-time PCR法が推奨されている。なお、単純ヘルペス脳炎および新生児ヘルペス患者の髄液と血清検体を用いて、nested PCR法とreal-time PCR法を比較した報告では、両検査法の感度・特異度は一致することが確認されている2)。
LAMP法の臨床診断への応用
LAMP法(loop-mediated isothermal amplification)は、標的遺伝子の6つの領域に対して4種類のプライマーを設定し、鎖置換反応を利用して一定温度で反応させる検査法で、感度に優れ再現性が高い。しかし、単純ヘルペス脳炎の髄液検体を用いてLAMP法とnested PCR法を比較すると、LAMP法の感度はnested PCR法
鑑別診断検査法の現状と将来像
2007年に国立感染症研究所感染症情報センターが報告した感染症発生動向調査によると、急性脳炎・脳症の原因は、15歳以上では病原体不明を除くとHSVが最も多く、15歳未満の小児では最多のインフルエンザウイルスに次いでヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)および7型(HHV-7)、そしてHSVが多かった。インフルエンザ脳症は、咽頭ぬぐい液からのウイルス抗原検出による病原診断が可能であり、必ずしも髄液中からウイルスDNAが検出されるわけではない。一方、HHV-6・HHV-7およびHSVの場合は、髄液または血清から病原診断を行わなければ診断できないという問題がある。そこで、我々はHSV-1、HHV-6BおよびHHV-7の3種のウイルスを対象に、Multiplex real-time PCR法を用いた病原診断を実施した3)。Multiplex real-time PCR法では、real-time PCR法の機器と3色の蛍光色素を用いて、1つのチューブ内で3種のウイルスDNAを同時に検出することができる。この検査法を用いて、2000~2008年に臨床的にウイルス性の脳炎・脳症が疑われた小児患者151名(生後1カ月から15歳)の髄液中(105名)および血清中(46名)のウイルスDNA検出率とウイルスDNA量を検討した。髄液中の各ウイルスDNA検出率は、HSV-1は6.7%(7名)、HHV-6Bは9.5%(10名)、HHV-7は1.9%(2名)であり、合計18.1%(19名)で確定診断に至った。また血清中の各ウイルス検出率は、HSV-1は4.3%(2名)、HHV-7は0%であったのに対し、HHV-6Bでは26.0%(12名)で検出された。さらに、HHV-6Bの血清中のウイルスDNA量は、髄液中の300倍程度に上昇していた 4)。これらのことから、HSV-1とHHV-7によるものは髄液中にのみウイルスが認められる「局在性の脳炎」であるのに対し、HHV-6Bでは必ずしも局在性の脳炎ではなく、全身性の感染症であり、インフルエンザ脳症と同様の発症メカニズムによって「脳症」が発症しているのではないかと考えられた。 単純ヘルペス脳炎や新生児ヘルペスの診断には高感度が要求され、治療経過・予後判定のために定量が重要であり、複数のウイルスを同時に検出することが望ましい。そのため、real-time PCR法が有用と考えられる。
Multiplex real-time PCR法によるウイルス脳炎・脳症の診断
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1) Domingues RB et al. J Clin Microbiol. 36(8)2229(1998)2) Kawada J et al. Microbiol Immunol. 48(5)411(2004)3) Wada K et al. Microbiol Immunol. 53(1)22(2009)4) Kawabe S et al. J Med Virol. 82(8)1410(2010)5) Kimura H et al. Med Microbiol Immunol. 194(4)181(2005)6) 川名尚 他. 産婦人科の実際. 61(1)119(2012)
鑑別診断検査法の現状と将来像
〈HSV感染症〉 単純ヘルペス脳炎や新生児ヘルペスの診断には、主にreal-time PCR法が用いられているが、保険適用ではなく、体外診断用医薬品もないため、real-time PCR法の本邦での普及と保険適用が今後の課題である。性器ヘルペスなどの皮膚・粘膜疾患の診断に用いられる蛍光抗体法は保険適用があるが、簡便性に欠け、感度が低いといった問題がある。また、イムノクロマト法は体外診断用医薬品として2011年に承認され、現在、保険適用を申請中※であるが、より高感度なイムノクロマト法の開発が必要である。LAMP法は感度が高く簡便であるが汎用性に乏しいため、より簡便性が高く汎用性のあるLAMP法の開発が望まれる。角膜ヘルペスの診断には、イムノクロマト法が保険適用であるが、今後はより高感度なイムノクロマト法の開発やLAMP法の保険適用が期待される(図1)。
〈VZV感染症〉 脳炎や脳梗塞などの中枢神経系感染症や、水疱を伴わない免疫不全患者の水痘の診断には主にreal-time PCR法が用いられている。高感度であり定量も可能だが、保険適用ではなく、体外診断用医薬品もない。皮膚・粘膜の水疱性疾患の診断には、蛍光抗体法による抗原検出が体外診断用医薬品として承認されており、保険適用である。また、PCR法(定性、定量)およびLAMP法も用いられるが、体外診断用医薬品はなく、保険適用外である。今後は、中枢神経系感染症や水疱を伴わない水痘にはreal-time PCR法の普及と保険適用が期待される。さらに、皮膚・粘膜の水疱性疾患には高感度のイムノクロマト法やLAMP法・PCR法の体外診断用医薬品の開発が望まれる(図2)。
図1 HSV感染症における鑑別診断検査法の現状と将来像
図2 VZV感染症における鑑別診断検査法の現状と将来像
単純ヘルペス脳炎/新生児ヘルペス● real-time PCR法- 感度が高く、定量可能- 体外診断用医薬品はない- 保険適用外
性器ヘルペスをはじめとする皮膚・粘膜疾患● 蛍光抗体法- 簡便性に欠け、感度が低い- 保険適用
● イムノクロマト法- 必ずしも感度は高くない- 体外診断用医薬品として承認され、保険適用を申請中※
● LAMP法- 感度が高く簡便であるが、汎用性に欠ける
角膜ヘルペス● イムノクロマト法- 感度が低い- 保険適用
現状
単純ヘルペス脳炎/新生児ヘルペス● real-time PCR法の普及と保険適用
性器ヘルペスをはじめとする皮膚・粘膜疾患● より感度の高いイムノクロマト法の開発● より簡便性・汎用性のあるLAMP法の開発
角膜ヘルペス● より感度の高いイムノクロマト法の開発● LAMP法の開発と保険適用
将来像
中枢神経系感染症(脳炎・脳梗塞)
水疱を伴わない水痘(免疫不全宿主)● real-time PCR法- 感度が高く、定量可能- 体外診断用医薬品はない- 保険適用外
皮膚・粘膜の水疱性疾患● 蛍光抗体法- 体外診断用医薬品として承認されている。保険適用- 簡便性に欠け、感度が低い
● PCR法(定量/定性)、LAMP法- 充分な感度を有する- 体外診断用医薬品はなく、保険適用外
現状
中枢神経系感染症(脳炎・脳梗塞)
水疱を伴わない水痘(免疫不全宿主)● real-time PCR法の普及と保険適用
皮膚・粘膜の水疱性疾患● 感度の高いイムノクロマト法の開発● LAMP法もしくはPCR法の体外診断用医薬品の開発
将来像
に対して81%(21/26)、特異度は100%(43/43)で、感度はそれほど高くないと考えられた5)。同検体を用いてreal-time PCR法との比較も行ったところ、real-time PCR法で検出されたウイルスDNA量が少ない症例では、LAMP法で陰性となる傾向があり、ウイルス量が少ない症例ではLAMP法で検出することは難しいことが示唆された5)。近年、PURE-LAMP法(procedure for ultra rapid extraction-LAMP法)というピペット操作が不要で、より簡便かつ迅速に核酸抽出が可能な検査法が開発された。従来のLAMP法よりも感度が高く、HSV-1とHSV-2の型別判定も可能である。実際に、川名らの報告によると、性器ヘルペスの臨床検体を用いてPURE-LAMP法を評価した結果、1時間30分程度でHSV-DNAが検出され、HSV-1/2の型別判定が可能で、ウイルス分離よりも感度が高いことが確認されている6)。 性器ヘルペスをはじめとする皮膚・粘膜のHSV感染症では、感度よりも迅速性が要求され、施設内で実施できることが望ましく、定量は必ずしも必要としない。そのため、より迅速で簡便なLAMP法が望ましいと考えられる。
※2013年7月に免疫クロマト法による単純ヘルペスウイルス抗原定性(性器)は保険適用となりました。