解き放て!意地でも引けな い理由 「那須 さん 、...

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9720 220 8調FAA20195FAA使18 o vol.43 17 超音波光探傷装置むプロジェクトチームメンバー 本社三条工場)。 写真前列 航空機器事業部 技術部 部長 / プロジェクトリーダー 那須 竜太郎時計回りに島津エアロテック 田中 篤志 当時航空機器事業部 事業企画部 企画G グループ)、 基盤 技術研究所 脳五感ユニット 感性計測G 主任 吉田 康紀 当時基盤技術研究所 ロボティクスユニット センシングG)、 航空機器事業部 技術部 試験検査システムG グループ堀川 浩司基盤技術研究所 先端分析ユニット 分光計測G 主任 畠堀 貴秀 当時基盤技術研究所 新事業開発室 新事業推進G)、 航空機器事業部 技術部 試験検査システムG 係長 岡本 弘文航空機器事業部 技術部 試験検査システムG 主任 杉本 ( 当時航空機器事業部 技術部 制御システムG)航空機器事業部 航空機器営業部 名古屋支店営業課 課長 冨士 智之 超音波伝搬状況撮像する技術により表層付近空隙亀裂などのれた異常可視化データする超音波光探傷装置 MIV- 500 卓上検査イメージ島津製作所 | v vo o 島津 島津 島津 津製 作所 製作 製作 コミュ o ol l.43 .43 ケー

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Page 1: 解き放て!意地でも引けな い理由 「那須 さん 、 もういいでしょう。ここ は勝負するべきです 」 「 いや 、 僕はやっぱりこだわりたい

意地でも引けない理由

 「那須さん、もういいでしょう。ここ

は勝負するべきです」

 「いや、僕はやっぱりこだわりたい」

 2019年7月、航空機器事業部

の一室。新規事業の方向性を決める議

論が熱を帯びていた。同事業部の技術

部部長でプロジェクトリーダーの那須

竜太郎がこだわっていたその新製品は

「超音波光探傷装置」だ。文字通り超音

波と光で傷を探す装置。航空機器事業

部としては久しくリリースしていな

かった自社オリジナル製品だ。

 この会議から遡ること3年、基盤技

術研究所(以下基盤研)の畠堀貴秀は、

超音波を物体に当てたときの振動の伝

わる様子を光で見る実験に没頭してい

た。超音波光探傷装置の元となったア

イデアだ。超音波は病院のエコー検査

変革期にあった。これまで官民の航空

機の部品等をメインとしてきた長い歴

史があるなか、民間市場へのさらなる浸

透へと大きく舵を切り始めていたのだ。

だが、新規の拡大分野では先行する他

社との競争は厳しく、なかなかよい結

果はもたらされず、ここ数年頭の痛い

課題を突きつけられていた。収益を上

げるには魅力ある製品を核にした新事

業を立ち上げる必要があった。

立ちはだかる規制の壁

 何かいいアイデアはないか。那須らは

とにかく市場参入の糸口を探した。挑

戦する分野に航空機整備という市場を

選んだ。一般財団法人日本航空機開発

協会の予測によると、世界の旅客機数

は2010年の時点で約25000

機だが、2030年には約50000

機まで増えると見られていた。20年で

2倍の増加だ。当然、整備士の数も2

倍必要になるが、この20年で人口が倍

になる可能性は低い。整備の現場に技

術革新が必要なことは明白だった。

 2018年の初夏、那須らは一冊の

カタログを自作した。整備の現場にどん

なニーズがあるかを調査するための整

備用装置の仮想カタログだ。「こんなこ

とができたらどうですか」と顧客に尋

ねるためのもので、論文などを参考に

掲載した技術の出元は社内も社外も

問わなかった。

 その活動のなかで、整備の現場から

「あ、これいいね」という声が多かったの

が超音波光探傷装置だった。高高度、

極低温、振動などにさらされる飛行機

の機体は、常に亀裂、割れ、剥離といっ

た材料劣化のリスクがつきまとう。安

全運航を何よりも重視するエアライ

ン各社にとって、微細な傷も見逃すこ

とはできず、いち早く検知して対策す

る必要があった。

 実際、整備の現場では熟練の検査員

が目視で検査し、ハンマーで機体を叩い

てわずかな音の異状から目視では判

別できない機体パネルの剥離を探り当

てるという高い技量が必要な検査が行

われていた。それゆえに、属人性が極め

て高いことが、整備のボトルネックとも

なっていた。

 「新しい技術を開拓している部署の

方からは、とてもよい反応がもらえま

した。近い将来必ず必要になる。その言

葉にはとても勇気付けられました」と

那須は振り返る。

 だが、東京支社の民航部営業グループ

のマネージャー八木寛は、大手航空会社

を回るなかで違う印象を覚えた。

 「いいねとはいってくださる。でも、整

備には厳密なマニュアルがあって、その通

りに進めるようアメリカ連邦航空局

(FAA)によって定められているので、

実績のない検査方法の導入には、どう

しても慎重にならざるを得ないのです」

 名古屋支店営業課課長の冨士智

之は、胴体などを製造するメーカー

を歩いた。

 「『実現できるのは、いつになるだろ

うね』とお客様から問われるくらい、や

はり規制の壁の厚さを感じないわけに

はいきませんでした」

初めてづくしの製品開発

 とにもかくにも、整備市場への投入

を目指して開発はスタートした。

 基盤研の畠掘は京都本社の那須の

部隊に呼び寄せられ、専従で開発に当

たることになったが、研究現場と開発

現場の違いに驚きを感じていた。

 「本社に来てから関わる人が急に増

えました。製造部門や技術、営業、マー

ケティング、それぞれの担当者がすぐ

近くにいて、現実的なモノづくりの世

界が一気に広がった感じでした」

 開発に当たる技術部のメンバーにとっ

ても、初めてづくしだった。

 「類似製品がない。そんなチャレンジ

は初めてのことで、サイズもスペックも

我々が提案しないといけない。これは難

しかったですね」(試験検査システムグ

ループ長 堀川浩司)

 「設計がほぼ完成した後に、これを

追加してほしい、やっぱりあれはいらな

いなど、いろいろ注文が入る。これまで

の案件とは進め方が大きく違い、かな

り大変でした」(試験検査システムグ

ループ係長 岡本弘文)

 類似製品がないということは、出て

くる画像が何を意味しているか評価す

る手段もないということ。当時、畠掘と

同部署に所属していた基盤研の吉田

康紀は、途中からチームに加わり、評価

手法の構築と画像処理の改善に明け

暮れた。

 「サンプルを預かっては検査して、画

像と実際のサンプルを見比べて、レポー

トにまとめる。コンクリート、金属部品、

航空機部品それぞれ特徴も違いますし、

試行錯誤の連続でした」

 戸惑いを抱えながらも全員が持て

る力を発揮して、2019年5月に試

作品が完成した。まだ技術を詰め込ん

だだけの武骨な外観だったが、機能は

しっかりと果たした。それをもって航

空各社を歩いたが、やはり厳しい意見

が聞かれた。

 「欠陥が本当に判別できるか。現場の

人間が判断できるか。何よりFAAに認

めてもらえるのか。そう言われると我々

も黙るしかありませんでした」(八木)

と同じ仕組みで、物体を切断したりす

ることなく内部の様子を映し出すこと

ができるため、建築物の劣化診断など

にも使われている。しかし、表面からす

ぐの浅いところを観察するのは、実は

苦手だった。

 「超音波の伝搬を光で見るという仕

組みを作ることができれば、塗装に覆

われて外から見えない表面近くの細か

なひびや剥離を検知することができる。

橋やビルなど大きな構造物の経年劣

化を検査するような装置が作れたら

と試行錯誤を繰り返していました」

実験では良好な成果が見られてい

た。しかし、実際に大型建築物を検査

するには、どういう仕様が必要か。そ

もそも顧客はどこにいるのかといった

事業化プランを立てるところで、ゴー

ルが見えないでいた。

 一方、航空機器事業部はいままさに

18 o vol.43 17

超音波光探傷技術で新市場を開拓

超音波光探傷装置を囲むプロジェクトチームメンバー(本社三条工場)。写真前列(左)航空機器事業部 技術部 部長 /プロジェクトリーダー 那須 竜太郎、時計回りに島津エアロテック 田中 篤志(当時:航空機器事業部 事業企画部 企画G グループ長)、基盤技術研究所 脳五感ユニット 感性計測G 主任 吉田 康紀(当時:基盤技術研究所 ロボティクスユニット センシングG)、航空機器事業部 技術部 試験検査システムG グループ長 堀川 浩司、基盤技術研究所 先端分析ユニット 分光計測G 主任 畠堀 貴秀(当時:基盤技術研究所 新事業開発室 新事業推進G)、航空機器事業部 技術部 試験検査システムG 係長 岡本 弘文、航空機器事業部 技術部 試験検査システムG 主任 杉本 賢 (当時: 航空機器事業部 技術部 制御システムG)、航空機器事業部 航空機器営業部 名古屋支店営業課 課長 冨士 智之

「世の中にない新しい製品に挑戦する」

そのチャレンジが、眠っていた力を目覚めさせた。

自らくびきを解き、新たな荒野に駆け出した航空機器事業部の奮闘の記録。

超音波の伝搬状況を撮像する技術により、表層付近の空隙や亀裂などの隠れた異常を可視化・データ化する、超音波光探傷装置MIV-500(卓上検査イメージ)

解き放て!

前代未聞の大転換

 そしてついにチーム内で意見が割れた。

ニーズはある。現場での使い勝手を考え

たら、小さく持ち運べるものにして、ワ

イヤレスでデータを送受信する仕組み

も必要だが、そのくらいのことは、もち

ろんできる。しかし、できたからといって、

規制を乗り越え、本当に使ってもらえ

るものになるのか。

 それとも航空機にこだわらず販路

を拡大して、他の市場で勝負するのか。

航空関連産業各社にはある程度島津

の名前は知られてはいる。しかし、それ

以外の整備市場では文字通りの新規

参入となる。

 那須は長年携わってきた航空機産

業への誇りから、開発中の新製品を当

まだ見ぬものを見たい

その思いに応える

 方向を定めた後も、さまざまな業種

の現場に試作を運んでいった。その度に、

「これは見えるか」「こんな使い方はでき

るか」と目を輝かせるお客様が増えて

いった。そのぶん、改善要望も次から次

へと増えていったが、仕様書通りの開発

では決して得られなかった高揚感がそ

こにはあった。

 そして2020年2月、ついに〝新生〞

航空機器事業部初となる自社オリジナ

ル製品「超音波光探傷装置」が完成し

た。ある程度予想はしていたが、発売と

ともにあらゆる産業から引き合いが殺

到した。

 そのなかで、とりわけ大きく期待さ

れたのが新材料の進歩が著しい自動車

産業だった。2019年10月に名古屋

支店が企画した自動車・航空機業界向

けセミナーの中でこの装置の事前紹介

を行った際に、自動車産業から良好な

反応を得ていたことからも予測できる

結果だった。

 「こちらも安全が第一な産業ですか

ら、新しい材料が開発されれば、その

評価方法も同時に開発しなければな

りません。そこに我々の商品がフィッ

トしたわけです。八木や冨士の見立て

が正しかったのは間違いありません」

と那須は頭を掻く。

 激論を繰り広げたおかげで、事業部

内に思わぬ副産物も産まれていた。

 「今回、僕らは新市場を開拓すると

いう仕事を喧嘩も辞さず、熱くチャレン

ジしてきた。それを見て若手の目の色

が変わってきている。新しい風が吹き始

めているんです」(那須)

 事業部も基盤研もヒットの予感に沸

き立つ中、新規事業の立ち上げを最初

から牽引してきたマーケティング部門の

田中篤志(現島津エアロテック)は、兜の

緒を締め直す。

 「いま多くの引き合いをいただけてい

るのは、率直に言えば珍しいものだか

らというところもあります。お客様に

はこれまで見えなかったものが、これな

ら見えるかもしれないという期待があ

る。それにお応えできるよう性能をもっ

と高めなければならないし、それぞれ

の業種の現場でより使いやすいものに

改良していく必要もあるでしょう。勝負

はまだ始まったばかりなんです」

 那須にも反省がある。

 「顧客視点に立って新事業を立ち上

げようと始まったプロジェクトで、仮想

カタログまで作ってニーズを調査しまし

たが、結果的に社内のシーズをもとにし

た製品になった。しかも当初想定してい

なかった顧客から反響が寄せられて事

業化にどうにかこぎつけた。今回はツキ

が味方しただけなのかもしれません。

シーズにこだわらず、ウォンツを起点に

して製品をつくる。そういうプロセスを

きちんと確立しなければいけません」

 航空機器事業部の挑戦は、いま入り

口に立ったところだ。

初の予定通り、航空産業の現場で使え

るものにまで高めてリリースしたい

という考えを持っていた。一方、民航

部営業の八木は、ラボでの研究用途に

とどめようと主張。八木とて航空畑で

育ってきたことに変わりはないが、市

場に横たわるさまざまな課題を肌で

感じ、いきなり本丸を目指すより、周

辺市場でテストマーケティング的に

スタートしようと考えたのだ。

 「研究用途で航空機以外の幅広い産

業で使ってもらうという八木さんの

考えももちろん悪くない。でも、航空

機器事業部の名前を冠している以上、

航空の市場で勝負したい。航空一筋で

ものを作ってきた部下たちの思いを

代弁したつもりでした」

 那須は意地でも引けなかった。

 連日チーム内で喧嘩も辞さない激

論が続き、ついに上司の藤野寛上席専

務が割って入った。

 「ラボで使ってもらう製品に仕上げ

て、先ずはこの新しい技術を世に問う

てみよう」

 大転換だった。

 「設計審査会まで通して、全社で承

認を得たものが、コンセプトからひっく

り返る。他の事業部でもまず聞いたこ

とがありません」(那須)

 「試作ができあがってからチームに

加わったのですが、そこから構造設計

を2回やり直しました。自分的にも前

代未聞です」(試験検査システムグルー

プ主任

杉本

賢)

島津製作所 |v 島津製作所 |vo 島津製作所 |o 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | コミュo コミュol コミュl.43 コミュ.43 ニケーション誌

Page 2: 解き放て!意地でも引けな い理由 「那須 さん 、 もういいでしょう。ここ は勝負するべきです 」 「 いや 、 僕はやっぱりこだわりたい

意地でも引けない理由

 「那須さん、もういいでしょう。ここ

は勝負するべきです」

 「いや、僕はやっぱりこだわりたい」

 2019年7月、航空機器事業部

の一室。新規事業の方向性を決める議

論が熱を帯びていた。同事業部の技術

部部長でプロジェクトリーダーの那須

竜太郎がこだわっていたその新製品は

「超音波光探傷装置」だ。文字通り超音

波と光で傷を探す装置。航空機器事業

部としては久しくリリースしていな

かった自社オリジナル製品だ。

 この会議から遡ること3年、基盤技

術研究所(以下基盤研)の畠堀貴秀は、

超音波を物体に当てたときの振動の伝

わる様子を光で見る実験に没頭してい

た。超音波光探傷装置の元となったア

イデアだ。超音波は病院のエコー検査

変革期にあった。これまで官民の航空

機の部品等をメインとしてきた長い歴

史があるなか、民間市場へのさらなる浸

透へと大きく舵を切り始めていたのだ。

だが、新規の拡大分野では先行する他

社との競争は厳しく、なかなかよい結

果はもたらされず、ここ数年頭の痛い

課題を突きつけられていた。収益を上

げるには魅力ある製品を核にした新事

業を立ち上げる必要があった。

立ちはだかる規制の壁

 何かいいアイデアはないか。那須らは

とにかく市場参入の糸口を探した。挑

戦する分野に航空機整備という市場を

選んだ。一般財団法人日本航空機開発

協会の予測によると、世界の旅客機数

は2010年の時点で約25000

機だが、2030年には約50000

機まで増えると見られていた。20年で

2倍の増加だ。当然、整備士の数も2

倍必要になるが、この20年で人口が倍

になる可能性は低い。整備の現場に技

術革新が必要なことは明白だった。

 2018年の初夏、那須らは一冊の

カタログを自作した。整備の現場にどん

なニーズがあるかを調査するための整

備用装置の仮想カタログだ。「こんなこ

とができたらどうですか」と顧客に尋

ねるためのもので、論文などを参考に

掲載した技術の出元は社内も社外も

問わなかった。

 その活動のなかで、整備の現場から

「あ、これいいね」という声が多かったの

が超音波光探傷装置だった。高高度、

極低温、振動などにさらされる飛行機

の機体は、常に亀裂、割れ、剥離といっ

た材料劣化のリスクがつきまとう。安

全運航を何よりも重視するエアライ

ン各社にとって、微細な傷も見逃すこ

とはできず、いち早く検知して対策す

る必要があった。

 実際、整備の現場では熟練の検査員

が目視で検査し、ハンマーで機体を叩い

てわずかな音の異状から目視では判

別できない機体パネルの剥離を探り当

てるという高い技量が必要な検査が行

われていた。それゆえに、属人性が極め

て高いことが、整備のボトルネックとも

なっていた。

 「新しい技術を開拓している部署の

方からは、とてもよい反応がもらえま

した。近い将来必ず必要になる。その言

葉にはとても勇気付けられました」と

那須は振り返る。

 だが、東京支社の民航部営業グループ

のマネージャー八木寛は、大手航空会社

を回るなかで違う印象を覚えた。

 「いいねとはいってくださる。でも、整

備には厳密なマニュアルがあって、その通

りに進めるようアメリカ連邦航空局

(FAA)によって定められているので、

実績のない検査方法の導入には、どう

しても慎重にならざるを得ないのです」

 名古屋支店営業課課長の冨士智

之は、胴体などを製造するメーカー

を歩いた。

 「『実現できるのは、いつになるだろ

うね』とお客様から問われるくらい、や

はり規制の壁の厚さを感じないわけに

はいきませんでした」

初めてづくしの製品開発

 とにもかくにも、整備市場への投入

を目指して開発はスタートした。

 基盤研の畠掘は京都本社の那須の

部隊に呼び寄せられ、専従で開発に当

たることになったが、研究現場と開発

現場の違いに驚きを感じていた。

 「本社に来てから関わる人が急に増

えました。製造部門や技術、営業、マー

ケティング、それぞれの担当者がすぐ

近くにいて、現実的なモノづくりの世

界が一気に広がった感じでした」

 開発に当たる技術部のメンバーにとっ

ても、初めてづくしだった。

 「類似製品がない。そんなチャレンジ

は初めてのことで、サイズもスペックも

我々が提案しないといけない。これは難

しかったですね」(試験検査システムグ

ループ長 堀川浩司)

 「設計がほぼ完成した後に、これを

追加してほしい、やっぱりあれはいらな

いなど、いろいろ注文が入る。これまで

の案件とは進め方が大きく違い、かな

り大変でした」(試験検査システムグ

ループ係長 岡本弘文)

 類似製品がないということは、出て

くる画像が何を意味しているか評価す

る手段もないということ。当時、畠掘と

同部署に所属していた基盤研の吉田

康紀は、途中からチームに加わり、評価

手法の構築と画像処理の改善に明け

暮れた。

 「サンプルを預かっては検査して、画

像と実際のサンプルを見比べて、レポー

トにまとめる。コンクリート、金属部品、

航空機部品それぞれ特徴も違いますし、

試行錯誤の連続でした」

 戸惑いを抱えながらも全員が持て

る力を発揮して、2019年5月に試

作品が完成した。まだ技術を詰め込ん

だだけの武骨な外観だったが、機能は

しっかりと果たした。それをもって航

空各社を歩いたが、やはり厳しい意見

が聞かれた。

 「欠陥が本当に判別できるか。現場の

人間が判断できるか。何よりFAAに認

めてもらえるのか。そう言われると我々

も黙るしかありませんでした」(八木)

と同じ仕組みで、物体を切断したりす

ることなく内部の様子を映し出すこと

ができるため、建築物の劣化診断など

にも使われている。しかし、表面からす

ぐの浅いところを観察するのは、実は

苦手だった。

 「超音波の伝搬を光で見るという仕

組みを作ることができれば、塗装に覆

われて外から見えない表面近くの細か

なひびや剥離を検知することができる。

橋やビルなど大きな構造物の経年劣

化を検査するような装置が作れたら

と試行錯誤を繰り返していました」

 実験では良好な成果が見られてい

た。しかし、実際に大型建築物を検査

するには、どういう仕様が必要か。そ

もそも顧客はどこにいるのかといった

事業化プランを立てるところで、ゴー

ルが見えないでいた。

 一方、航空機器事業部はいままさに

前代未聞の大転換

 そしてついにチーム内で意見が割れた。

ニーズはある。現場での使い勝手を考え

たら、小さく持ち運べるものにして、ワ

イヤレスでデータを送受信する仕組み

も必要だが、そのくらいのことは、もち

ろんできる。しかし、できたからといって、

規制を乗り越え、本当に使ってもらえ

るものになるのか。

 それとも航空機にこだわらず販路

を拡大して、他の市場で勝負するのか。

航空関連産業各社にはある程度島津

の名前は知られてはいる。しかし、それ

以外の整備市場では文字通りの新規

参入となる。

 那須は長年携わってきた航空機産

業への誇りから、開発中の新製品を当

まだ見ぬものを見たい

その思いに応える

 方向を定めた後も、さまざまな業種

の現場に試作を運んでいった。その度に、

「これは見えるか」「こんな使い方はでき

るか」と目を輝かせるお客様が増えて

いった。そのぶん、改善要望も次から次

へと増えていったが、仕様書通りの開発

では決して得られなかった高揚感がそ

こにはあった。

 そして2020年2月、ついに〝新生〞

航空機器事業部初となる自社オリジナ

ル製品「超音波光探傷装置」が完成し

た。ある程度予想はしていたが、発売と

ともにあらゆる産業から引き合いが殺

到した。

 そのなかで、とりわけ大きく期待さ

れたのが新材料の進歩が著しい自動車

産業だった。2019年10月に名古屋

支店が企画した自動車・航空機業界向

けセミナーの中でこの装置の事前紹介

を行った際に、自動車産業から良好な

反応を得ていたことからも予測できる

結果だった。

 「こちらも安全が第一な産業ですか

ら、新しい材料が開発されれば、その

評価方法も同時に開発しなければな

りません。そこに我々の商品がフィッ

トしたわけです。八木や冨士の見立て

が正しかったのは間違いありません」

と那須は頭を掻く。

 激論を繰り広げたおかげで、事業部

内に思わぬ副産物も産まれていた。

 「今回、僕らは新市場を開拓すると

いう仕事を喧嘩も辞さず、熱くチャレン

ジしてきた。それを見て若手の目の色

が変わってきている。新しい風が吹き始

めているんです」(那須)

 事業部も基盤研もヒットの予感に沸

き立つ中、新規事業の立ち上げを最初

から牽引してきたマーケティング部門の

田中篤志(現島津エアロテック)は、兜の

緒を締め直す。

 「いま多くの引き合いをいただけてい

るのは、率直に言えば珍しいものだか

らというところもあります。お客様に

はこれまで見えなかったものが、これな

ら見えるかもしれないという期待があ

る。それにお応えできるよう性能をもっ

と高めなければならないし、それぞれ

の業種の現場でより使いやすいものに

改良していく必要もあるでしょう。勝負

はまだ始まったばかりなんです」

 那須にも反省がある。

 「顧客視点に立って新事業を立ち上

げようと始まったプロジェクトで、仮想

カタログまで作ってニーズを調査しまし

たが、結果的に社内のシーズをもとにし

た製品になった。しかも当初想定してい

なかった顧客から反響が寄せられて事

業化にどうにかこぎつけた。今回はツキ

が味方しただけなのかもしれません。

シーズにこだわらず、ウォンツを起点に

して製品をつくる。そういうプロセスを

きちんと確立しなければいけません」

 航空機器事業部の挑戦は、いま入り

口に立ったところだ。

初の予定通り、航空産業の現場で使え

るものにまで高めてリリースしたい

という考えを持っていた。一方、民航

部営業の八木は、ラボでの研究用途に

とどめようと主張。八木とて航空畑で

育ってきたことに変わりはないが、市

場に横たわるさまざまな課題を肌で

感じ、いきなり本丸を目指すより、周

辺市場でテストマーケティング的に

スタートしようと考えたのだ。

 「研究用途で航空機以外の幅広い産

業で使ってもらうという八木さんの

考えももちろん悪くない。でも、航空

機器事業部の名前を冠している以上、

航空の市場で勝負したい。航空一筋で

ものを作ってきた部下たちの思いを

代弁したつもりでした」

 那須は意地でも引けなかった。

 連日チーム内で喧嘩も辞さない激

論が続き、ついに上司の藤野寛上席専

務が割って入った。

 「ラボで使ってもらう製品に仕上げ

て、先ずはこの新しい技術を世に問う

てみよう」

 大転換だった。

 「設計審査会まで通して、全社で承

認を得たものが、コンセプトからひっく

り返る。他の事業部でもまず聞いたこ

とがありません」(那須)

 「試作ができあがってからチームに

加わったのですが、そこから構造設計

を2回やり直しました。自分的にも前

代未聞です」(試験検査システムグルー

プ主任

杉本

賢)

20 o vol.43 19

航空機器事業部 民航部 営業G(東京支社)マネージャー 八木 寛

島津製作所 |v 島津製作所 |vo 島津製作所 |o 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | 島津製作所 | コミュo コミュol コミュl.43 コミュ.43 ニケーション誌

新型コロナウイルス検出試薬キット

PCR検査用の検査試薬が不足している状況を受けて、今年に入って新型コロナウイルス検出試薬キットの開発に着手。4月20日には、従来の約半分の時間で検査できる試薬キットを発売しました。これは、ノロウイルスの検査等に提供していた当社独自のAmpdirectTM技術を用いたもので、従来のPCRに必須だったRNA抽出・精製工程を省くことを可能にし、検査時間を従来の約2時間から約1時間に短縮しました。また、鼻や喉の奥から採取する検体だけでなく、唾液中に存在するウイルスの検出も可能になるなど、検査時間の短縮と、医療従事者の負担や感染リスクの軽減、さらにはコスト低減も実現しています。

分析用試薬で治療薬の開発を支援

フランスのグループ会社であるAlsachim SASは、新型コロナウイルス感染症治療薬の候補である6種の既存薬向けに安定同位体試薬を開発しました。この安定同位体試薬や、液体クロマトグラフ質量分析計をはじめとする分析装置によって、治療薬の開発に尽力する製薬企業や研究機関の支援に力を入れています。

回診用X線撮影装置

ベッドサイドや ICU(集中治療室)で利用可能な移動型のX線撮影装置は、新型コロナウイルス感染症の肺炎診断に活用できるため、世界中の医療機関から装置を求める声が急増しました。当社ではグループをあげて3月から増産体制を整え、従来の2倍以上の生産量を確保し、ひっ迫する医療現場への迅速な提供を続けています。また、すでに医療現場で稼働している装置についても、稼働頻度が急増している状況を踏まえ、メンテナンスやサポート体制を拡充しています。

島津テクノリサーチが京都市衛生検査所に

国内のグループ会社である島津テクノリサーチが、6月に京都市から新型コロナウイルスのPCR検査を行うための衛生検査所として登録され、PCR検査事業を開始しました。新設した検査室に、リアルタイムPCR装置や遠心機など必要機材を設置。当社製の「新型コロナウイルス検出試薬キット」を使用し、1日当たり最大300件の検査能力を有しています。

2020

 新型コロナウイルスの感染拡大

が、社会に対して前例のない被害

をもたらし、人々の健康や生活を

脅かすなか、いまだ多くの医療従

事者や研究者の方々が最前線に

立ち、事態の収束に向けて尽力さ

れています。

 島津製作所では科学技術の力

を信じ、創業以来の「科学技術で

社会に貢献する」という社是に則

り、PCR検査キットをはじめとす

る当社の技術力を最大限に活用

し、新型コロナウイルスと闘う皆

様を支援するさまざまな取り組み

を進めています。

 また、5月には「知的財産に関す

る新型コロナウイルス感染症対策

支援宣言」の趣旨に賛同し、発起人

としてこの宣言に参画しました。同

宣言は、特許権や意匠権などの知

的財産権が感染症対策の障害と

なる場合には、権利行使を行わな

いことをうたったもので、効果的な

対策がいち早く普及できることを

後押ししています。

新型コロナウイルス感染症に対する取り組み

ポスト・コロナの世界のために

※掲載内容は2020年6月時点のものです。▼ https://www.shimadzu.co.jp/covid-19/

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