ブータン王国 ティンプー市のごみ処理 - jica...(3)statistical yearbook of...

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都市と廃棄物 Vol. 44. No. 2(2014) −27− 注目を浴びた。これは,「物質主義と精神主義の バランスをどのように維持するか」という問いか けであり,「先進国に対しては,経済成長だけが グローバルスタンダードではないと訴え,途上国 には開発や援助による国づくりが必ずしも万能で はないのでないか,人々が貧しくとも心豊かであ ればそれなりの幸福感のある社会が実現できる」 との問題提起であった。しかし,「欲望は人間が 受け取る情報量と比例して増大する」との指摘(第 4代国王)の通り,平成11(1999)年のテレビ放送 やインターネットの全面解禁に伴い,GNH の考え 方も徐々に変容し,憧れと物欲が猛烈な勢いでこ の国を変えつつあることが指摘されている。 ティンプー市は,ブータン西部,ヒマラヤ山脈 の南東にある盆地の底に位置しており,人口約10 万人,ブータンの首都である。近年農村を離れた 多くの若者が集まり,平成12(2000)年に4万3 千人だった人口が,平成23(2011)年には10万6 千人を超えたという 。このことからもごみの性 状や量が大きく変化し,適正な処理が困難になる ことが懸念されている。 1.ブータン王国とは ブータン王国は,北側を中国,東西南の3方を インドに囲まれた,面積約3万8千㎢,人口60万 人強の小国である(図表1)。主要産業は農林業で あるが,国家収入の多くはインドへの売電による 水力発電によっている。歴史的にインド,遡れば イギリスとの関係が深い(図表2)。日本とは,昭 和39(1964)年に派遣された農業技術者西岡京治 氏の貢献,平成元(1989)年の昭和天皇の大喪の 礼への第4代国王の参列などを通じて良好な関係 が続いていたが,平成23(2011)年11月の第5代 国王夫妻の来日を機にわが国においては一種の ブームのような盛り上がりを見せている。ブータ ンが注目される最も大きな要因はGNP(Gross National Product)に対極する考え方としてGNH (Gross National Happiness)を打ち出しているこ とである。GNHは,昭和51(1976)年のコロンボ における第5回非同盟諸国会議後の記者会見で, 第 4 代 国 王 が,「Gross National Happiness is more important than Gross National Product.」と 発言 し,さらに平成10(1998)年のUNDPのア ジア太平洋地域会議の席でのスピーチで国際的な ブータン王国 ティンプー市のごみ処理 まえがき 2013年9月17日から11月14日までの約2か月間,JICA 草の根プロジェクトの一環と して,ブータン王国ティンプー市においてごみ処理の現状に関する実態調査を行った。本稿 は,その結果の概要をまとめたものであるが,ブータンという国そのものがまだ十分に知ら れていない面があるので,巻末にブータン日本語学校の経営者ならびに教師に対してインタ ビューした結果を掲載した。 (一財)日本環境衛生センター技術顧問  大澤 正明

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都市と廃棄物 Vol. 44. No. 2(2014) − 2 7 −

注目を浴びた。これは,「物質主義と精神主義のバランスをどのように維持するか」という問いかけであり,「先進国に対しては,経済成長だけがグローバルスタンダードではないと訴え,途上国には開発や援助による国づくりが必ずしも万能ではないのでないか,人々が貧しくとも心豊かであればそれなりの幸福感のある社会が実現できる」との問題提起であった。しかし,「欲望は人間が受け取る情報量と比例して増大する」との指摘(第4代国王)の通り,平成11(1999)年のテレビ放送やインターネットの全面解禁に伴い,GNHの考え方も徐々に変容し,憧れと物欲が猛烈な勢いでこの国を変えつつあることが指摘されている。 ティンプー市は,ブータン西部,ヒマラヤ山脈の南東にある盆地の底に位置しており,人口約10万人,ブータンの首都である。近年農村を離れた多くの若者が集まり,平成12(2000)年に4万3千人だった人口が,平成23(2011)年には10万6千人を超えたという3。このことからもごみの性状や量が大きく変化し,適正な処理が困難になることが懸念されている。

1.ブータン王国とは

 ブータン王国は,北側を中国,東西南の3方をインドに囲まれた,面積約3万8千㎢,人口60万人強の小国である(図表1)。主要産業は農林業であるが,国家収入の多くはインドへの売電による水力発電によっている。歴史的にインド,遡ればイギリスとの関係が深い(図表2)。日本とは,昭和39(1964)年に派遣された農業技術者西岡京治氏の貢献,平成元(1989)年の昭和天皇の大喪の礼への第4代国王の参列などを通じて良好な関係が続いていたが,平成23(2011)年11月の第5代国王夫妻の来日を機にわが国においては一種のブームのような盛り上がりを見せている。ブータンが注目される最も大きな要因はGNP(Gross National Product)に対極する考え方としてGNH1

(Gross National Happiness)を打ち出していることである。GNHは,昭和51(1976)年のコロンボにおける第5回非同盟諸国会議後の記者会見で,第 4 代 国 王 が,「Gross National Happiness is more important than Gross National Product.」と発言2し,さらに平成10(1998)年のUNDPのアジア太平洋地域会議の席でのスピーチで国際的な

ブータン王国ティンプー市のごみ処理

まえがき

 2013年9月17日から11月14日までの約2か月間,JICA草の根プロジェクトの一環として,ブータン王国ティンプー市においてごみ処理の現状に関する実態調査を行った。本稿は,その結果の概要をまとめたものであるが,ブータンという国そのものがまだ十分に知られていない面があるので,巻末にブータン日本語学校の経営者ならびに教師に対してインタビューした結果を掲載した。

(一財)日本環境衛生センター技術顧問 大澤 正明

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図表1 ブータン国ティンプー市の概要

ブータン(1) 近隣国(1)

日本(1) ティンプー市インド タイ

人口             (千人) 635 1,210,193 60,916 127,768 107(2)

面積               (㎢) 38,394 3,287,263 513,120 377,930 −人口密度           (人/㎢) 18 360 131 337 52乳児死亡率(人/1000人) 男 42.3 46.9 12.6 2.7 −

女 33.5 49.0 10.1 2.4 −一人あたりGDP(米ドル) 1,783 1,075 3,894 39,864 −電話ライン数(100人あたり) 3.6 2.9 10.1 31.9 10.0(3)

携帯電話契約者数(100人あたり) 54 61 10.1 95 −(1)世界統計年鑑(2010)(2)ANNUAL DZONGKHAG STATISTICS(2011)(3)Statistical Yearbook of Bhutan(2013)から算出

図表2 ブータン略年表

1907年 ウギェン・ワンチャックが初代国王となり,世襲王制確立

1910年清の脅威に備え,イギリスとプナカ条約を締結。これにより,英領インドとの関係が密接になった

1926年 第2代国王ジクメ・ワンチャック即位1949年 インド・ブータン条約締結1952年 第3代国王ジグメ・ドルジェ・ワンチャック即位1955年 ティンプが恒久首都に1958年 中尾佐助,学術調査のため入国

1964年西岡京治が海外技術協力事業団(現・国際協力機構)のコロンボ・プランの農業指導者として赴任

1972年 第4代国王ジグメ・センゲ・ワンチャック即位1974年 第4代国王載冠式,最初の団体観光客が入国する1989年 第4代国王,昭和天皇の大喪の礼参列のため来日1998年 国王自ら行政権を放棄し,立憲君主制へ移行1999年 国内テレビ放送開始。インターネットの使用を許可

2006年第4代国王が譲位し,第5代国王ジクメ・ケサル・ナムギェル・ワンチャックが即位

2008年 初の総選挙を経て議会制民主主義国家へ。新憲法発布

2011年東北大震災の翌日に国王主催の供養祭が挙行され,その後義援金100万ドルが贈られた11月,第5代国王がペマ王妃とともに来日

参考資料:今枝由郎、ブタンに魅せられて、岩波文庫

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写真1 ヒマラヤ山脈パロ空港を飛び立つとすぐ北方にヒマラヤが見える。この国がヒマラヤの麓にあることを実感できる

写真2 ティンプー市東側山麓から見た市街地。四方を山に囲まれた狭い地域なので,中心部だけならば2・3時間で一通り見て歩くことができる

写真3 交差点ティンプー市といえば手信号の交差点。街のイメージを高めるだけではなく,渋滞の緩和に大きく貢献している

写真4 GNHHappyあるいはHappinessという言葉は私たちが思うほど人々の口の端にのぼることはない。国民の間に当然のこととして根付いた考え方なのかもしれない。

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2. ティンプー市のごみ処理事業の  現状と課題

 本市におけるごみ処理関係のデータは,平成21(2009)年に作成されたアジア開発銀行の調査報告4などいくつかの既存資料があるが,本稿ではそれらの結果を踏まえ,今回独自に収集したデータを中心にまとめることとする。

2.1 ごみ排出量 本市は基本的に混合収集であるが,一部UNDPのモデル事業として有機系廃棄物の分別収集を実施している地域があり,さらに野菜市場から排出された野菜くずもコンポスト処理を行っている。 2013年1月から8月までの排出量を図表3に示した。一般ごみとコンポスト対象ごみを合わせた日排出量は20〜25t/日程度であり,うちコンポスト対象ごみは増加傾向にあるものの1t/日程度である。 収集率を80%と仮定して排出原単位を求めたところ293g/人・日となった(図表4)。ただし,本データには埋立地に直接搬入される事業系ごみは含まれておらず,また,後に述べるように,さらに民間企業によって回収された10%程度の資源ごみ量は含まれていない。 なお,本市にはごみ量を計量する設備がないため,以下の手順でごみ排出量を推計した。

 調査時点において,収集運行記録台帳に記録されている一般ごみ用収集車は23台であり,コンポスト対象ごみ収集車は2台である。それらの寸法を実測し,見掛比重(一般ごみは0.17t/㎥,コンポスト対象ごみは0.73t/㎥とした:図表5)を乗じて,収集車毎の積載重量を求めた。なお,収集車の寸法は外部から内径を類推したものであり,見掛比重も本調査結果から求めたものであり,今後の継続的な精査が必要である。

図表3 ごみ排出量(2013.1〜8)

図表4 ごみ排出量原単位推計

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2.2 ごみ質 一般ごみとコンポスト対象ごみについてごみ質分析を行った。一般ごみについては,ホテルや商店街が立ち並ぶ〈メイン・ストリート〉と,主に〈住宅街〉の2検体のごみを対象とし,コンポスト対象ごみについては,UNDPモデル事業対象地域

〈Chubachhu〉と野菜市場〈Sunday market〉の2検体のごみを対象とした。

(1)一般ごみ 2検体ともに,比重が0.17t/㎥と非常に軽いごみであり,一方では有機系ごみが50%を超える等,相反する特徴を有している。前者は消費生活が進展した先進諸国の特徴であり,後者は発展途上国の特徴である。このような傾向が生まれた要因としては段ボールや包装紙を中心とした紙ごみの発

生量が多くかつ分別リサイクルが十分に進展していないことが考えられる。また,両地域ともにプラスチックの発生量も多い。 また,〈メイン・ストリート〉については,商店街が多いという地域性を反映してか特に段ボールの発生量が特に多く,〈住宅街〉については,紙おむつの発生が目立つ。

(2)コンポスト対象ごみ 〈Chubachhu〉と〈Sunday market〉のごみ質には大きな違いが見られる。比重は,前者は0.73t/㎥と非常に重いのに対し,後者は0.44t/㎥と有機系ごみとしては比較的軽い。これは,前者は排出されてから数日間経過していることや,調理くずや食べ残しが中心のごみであるのに対し,後者は売れ残りの比較的新鮮なままのごみがそのまま排出されていることによるものと考えられる。また,

図表5 ごみ質実態調査結果

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不 純 物 の 量 に 大 き な 違 い が 見 ら れ る。〈Chubachhu〉については,不純物が12.1%ときわめて多く,特に軟プラスチックの割合が非常に高い。これは,家庭からの厨芥を分別収集する宿命と言えなくもないが,コンポスト施設における異物除去作業が過酷な労働環境に置かれていることもあり,今後,分別・収集方法の改善が必要である。

〈Sunday market〉については,不純物がわずかに0.7%であり,分別が極めて良好に行われている。

2.3 収集・運搬 〈メイン・ストリート〉ならびに〈住宅街〉を収集する収集車2台に同乗して収集状況を観察した。

(1)収集車は,警笛を鳴らすことによって住民に収集車が来たことを知らせ,住民はそれぞれ容器を持ち出し,補助員の指示によって直接収集車に投入する。補助員はその段階でビンやPETボトルなどの資源ごみを選り分ける。ごみを排出する住民の姿が見えなくなった段階で次の収集ポイントに移動する。

(2)目視で1人当たりのごみの排出量を類推したところ,図表6に示したように,住宅街は平均2〜3kg程度であり,〈メイン・ストリート〉はホテルや飲食店が多いために5kgであった。排出者によって持ち出すごみの量は大きく異なり,中には部屋のごみ箱をそのまま持ってきて廃棄する程度の少量排出者も見られた。これは,

実質的に排出料金が無料であることが原因であろうと思われる。つまり,家庭内に必要量を貯留するという排出者側の意思が希薄であり,逆にいえば行政側の過剰収集サービスともいえる。

(3)住民の排出容器の種類は,図表7に示したように,地域によって大きく異なる。〈メイン・ストリート〉は黒色の大型バケツが多いが,他の地域では地域の特色を反映した様々な容器が採用されている。

(4)1地点あたり要する時間は4〜7分であるが,地点により大きく異なる。なお,PETボトルを梱包しトラックの上に積み上げるまでに10分程度の時間を要している。

(5)途中,車両の燃料を補充するために給油に戻り,その間1時間程度の時間をロスしていた。事前に燃料のチェックを徹底するシステムの整備が必要である。

(6)ごみ収集に関する料金体系については,図表8に示したように,1992年時点で〈住宅用ビルディング〉〈一般住居〉〈商業施設〉別に,規模に応じて月額料金が定められているが,実質的に は 十 分 に 機 能 し て い な い。 現 在 はWater charges は 別 途 徴 収 し,Garbage collection chargesとStreet lighting chargesを合わせて年に一回徴収している。Buildingsからは実質的に20%程度,commercialからは5%程度の徴収にとどまっているという。

図表6  収集状況

調査月日 20/09/2013 24/09/2013地域 Main street North area*

収集車の能力 (t) 2.8 1.1収集地点数 (ヵ所) 27 31所要時間 (min) 187 202排出者数  (人) 545 384一人あたり排出量 (kg) 5 2.8一人あたり所要時間 (min) 0.3 0.3一地点あたり所要時間 (min) 6.9 6.5

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図表8  サービス料金 (1992年8月から有効)

図表7 排出容器

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写真6 排出風景5

左は大阪市における1965年当時の排出風景であり,右は現在のティンプー市の排出風景である。収集車に直接持ち込む様子がよく似ている。収集車の到来を告げるピーポー音はさほど不快ではないが,地域によってはクラクションの乱れ打ちというケースもあり,これは神経に触る。環境庁長官に就任して間もない石原慎太郎氏が「感覚的な暴力なくしたい」と題して朝日新聞〈声〉欄で「ゴミ集めのチャイムは非音楽的である」と指摘したのは昭和51(1976)年12月30日のことである。ピーポー音を聞きながら,そのことを思い出した。

写真7-① PETボトルの回収(その一) 写真7-② PETボトルの回収(その二)

写真5 収集車本市の収集車運行記録台帳に記載された収集車は,調査時点で23台であるがそのうち16台は,札幌市,横浜市,広島市,横須賀市などから寄贈されたものであり,残り7台はインドからのものである。日本からの収集車はその性能面からも主力として活躍しているが,故障時における部品の入手が困難であることが課題である。

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2.4 処理・処分 中間処理施設としてコンポスト施設があるが,処理量としてはごく僅かであり,多くは直接埋立処分されている。埋立処分場は東方の古都プナカへ通じる国道沿いの急峻な山間部にある。オープンダンピング方式であり,以下のような大きな問題を抱えている。・覆土が不十分なため不衛生でかつ汚水が複数箇

所から垂れ流しの状況である。・国道側の急斜面は地崩れの恐れがある。・搬入されるごみの中には,医療廃棄物も含まれ

ており,場内作業員に対する健康影響が懸念される。

・本施設の残余能力は3年と見込まれているが,新施設の建設に関して,建設候補地の選定や,搬入量の推計,基本構造の策定,環境影響評価など今後詳細な検討が必要な事項について未だ一切手付かずの状況である。また,急峻な山間部が多く,かつ自然環境保護に熱心な地域性から,建設候補地を確保することは極めて困難な状況である。

写真7-③ PETボトルの回収(その三)

写真8 郊外の排出風景排出されたごみは収集作業員が投入するのではなく,排出者が自らの手で投入する。押込板の操作は収集作業員が行っているが,やはり事故が気になる。

写真7-④ PETボトルの回収(その四)① 収集車の投入口で収集補助員がPETボトルを選

り分ける② 籠がいっぱいになったら袋に入れる③ 袋を収集車の上に乗せる④ 埋立場に保管し,一定量がたまった段階で資源回

収業者に引き渡す

写真9 収集車が来るのを待つ排出者ごみ収集車が来るのをジッと待っている排出者。1ヵ所の停車時間は4〜7分であるから,2・3ヵ所前から待機しているとかなりの時間になる。しかし,誰も文句を言う者はいない。

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2.5 リサイクル 本市のごみリサイクルの多くは,民間企業のgreener wayに委ねられている。ここでは,同社から提供された資料をもとに本市のリサイクルの状況を述べる。

(1)資源回収実績と潜在資源量 2013年8月〜9月の資源回収実績を平均した結果を図表9に示した。ビール瓶を除く総計は64.5t/月であり,ビール瓶を1本40gとすれば総計65.1t/月になる。種類別に発生源をみると,PETボトルについては,学校からの回収が多く,最終処分場からの回収を上回っているのが大きな特徴である。逆に,段ボールは学校や埋立地からの回収が極めて少ない。 PETボトルについては,同社は2011年の初め頃から回収を開始しているが,図表10に示したように,本年に入ってから急激に伸びている。PETボトルの学校回収に対する同社の指導は徹底している。特に回収結果を公表し優秀校に賞金が与えられる制度については,学校側の評価・関心も高い。

(写真11) 本市には資源の再生工場がないので,回収された資源の多くはインドで売却されている。なお,greener way は今後NPOと連携した上で資源再生事業に取り組む意向を持っている。また,市内

に は, 和 紙 と 似 た 技 法 に よ る 伝 統 製 紙 工 場(Jungshi Handmade Paper Factory)が あ る が,同社は事務用紙の再生事業に意欲を持っている,現時点で機器トラブルが発生し,今後の対応に苦慮している。同社に対するインタビューの概要を図表12にまとめた。 以上の結果とごみ質分析結果から,潜在資源量を求めたところ,図表11に示したように,さらに資源化が可能な物質がかなり含まれている。特に,すでに資源化のルートが確保されている品目としては段ボール,資源化のルートがまだ確保されていない品目として軟プラスチックならびにガラスのリサイクルの推進を図ることが望まれる。

図表9 排出源別資源回収量

写真10 埋立処分場埋立処分場は,かって野犬の収容所となっていたこともあり,200匹とも300匹とも言われる野犬が4つのグループに分かれて棲みついている。収集車が搬入すると,ウェイスト・ピッカーと餌を求める野犬と牛がいっせいに集まってくる。

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図表11 ごみ中の潜在資源量

品  目ごみ中の潜在資源量

%1) t/month2)

資源化ルートが確保されているもの

PET bottle 0.6 4Cardboard box 5.6 41Newspaper 1 7Metal 0.25 0.7

資源化ルートの開発が期待されるもの

Soft Plastic 8.5 62Glass 6.1 44

1)<main street>と<Houses>の分析結果を平均した。2)ごみ発生量を724t/monthとした

写真11 校舎の一角に設けられたペットボトル置場

図表10 ペットボトル回収量の推移

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図表12 インタビュー(Jungshi Handmade Paper Factory)

Date 17/10/2013対象者 Jungshi Handmade Paper Factory: Norbu Tenzin, proprietorQ:ブータンは,日用製品の多くを輸入に頼っていますから,それを梱包するための紙が海外からやって

きますが,その古紙を利用する工場がないために紙ごみが多く発生するという問題があります。従って,古紙を再生利用する工場が建設される事は大きな意義があると思っています。

A:私たちは,島根県で日本の和紙製造技術を学び,ブータン固有の紙を製造する技術を持っています。この再生工場は,ブータンから発生する古紙を利用する技術を開発するために,中国から機器を購入し,この3月から稼働を開始しました。生産能力は1〜2t/dayです。

Q:原料はどんな紙ですか?A:事務用紙とか学校で使うノートなどです。新聞も原料になります。Q:どのような製品になりますか?A:本のカバーとか,掛け軸や地図の入れ物になりますし,漂白をもう少し徹底すれば新聞用紙にもする

ことができると考えています。Q:古紙の供給と製品の需要はどうですか?A:まず,原料の問題はまったくありません。古紙を利用する工場はいまブータンには全くありません。

製品については,工場ができる前から,話は来ています。今はインドから買っているのですから,近くにできれば買うと言われています。すでに値段も決めています。

Q:製紙の工程は?A:原料を溶かし,漂白します。漂白剤はH2O2ですから,公害を発生する事はありません。しかし,紙の

巻き取り部分でムラができて,製品とならないという問題が生じ,現在機械を動かすことはできません。中国から技術者を呼べばさらに100万Nuかかりますが,銀行から借りる事も出来ない状況ですから,困っています。

Q:この機械を放っておく事はできませんね。時間が経てば腐食しますし,現在動いている部分も動かなくなります。

A:それを一番心配しています。親戚とかいろいろなところで金策をお願いしていますがうまくいっていません。これを買うために銀行にお金を借りていますが,それを返すこともできません。

Q:当時日本の製品は買えなかったのですか。A:日本の製品はこの10倍でした。中古をくれるという話もあったのですが,実現しませんした。無料で

日本から持ってきたら,この機械を外国に売って,それを使う事ができるのですが。

写真12  Jungshi Handmade Paper Factoryの経営者(右)

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(2)物質収支 以上の結果から,本市におけるごみ資源化・リサイクルに関する物質収支を図13に示した。ごみ排出量の92%が市の収集・処理体系に入り,そのうち86%が最終処分され,6%がコンポスト処理される。また,資源回収率は,8%である。日本における資源回収率は約20%であるので,資源化率が低いように見えるが,ごみ排出量が圧倒的に少ない状況の中では,かなり資源化・リサイクルが進んでいると評価することができる。

2.6 道路清掃 メイン・ストリートにおける道路清掃状況ならびに歩道上のごみ箱の設置状況について外観調査を実施した。 道路清掃については,3人の女性sweeperと1人の男性collectorがチームを形成し,6時から8時頃までの間に主要道路の清掃を実施する。sweeperは主に車道を掃除し,状況によっては歩道の目立つごみも掃除する。collectorは,土砂・ごみ・PET bottleの3種に分け,土砂は道路脇の地面に投棄し,ごみは最終地点で歩道上に設置されたごみ箱に投棄される。歩道のごみ清掃は建物の所有者に委ねられているようであるが,場所によっては意識の違いが明確に認められる。道路の清掃に熱心な住民も散見されるが十分に行きわたっておらず,歩道上の散乱ごみはかなり目立つ状態である。 歩道上に設置されたごみ箱の設置状況を観察したところ,ごみの投棄状況,ごみ箱の破損状況に大きな差異が認められ,一部ごみが溢れ,大きく破損しているごみ箱も見られた。

 なお,道路清掃と,歩道上のごみ箱の管理は,別部署(前者は道路管理部門,後者は環境部)が実施しており,相互の連携は特にない。

図表13 ごみ発生処理物質収支(2013.8時点)

写真13 道路脇の散乱ごみ道路脇の側溝や植え込みへのプラスチックの散乱が多い。夕刻近くになると,歩道上に放置された散乱ごみがかなり目立つ。

写真14 住民の自主的な清掃活動このような早朝の清掃活動がごく稀に行われている。しかし,この少年にしても清掃したごみを川に掃き捨てている。行政側のルール作りが望まれる。

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2.7 普及啓発 普及啓発,環境教育の現状を把握するために,小学校(Changzamtog Lower Secondary School)ならびに寺院(Tango University)でヒアリング調査を行った。

(1)学校教育 学校教育の場では,積極的な環境教育が実施されており,小学校の4年生まではEVS(Environmental Science)の中で,その後はScienceという教科の中でごみ問題を扱っている。Scienceの教科書では,ごみの適正処理,リサイクルまで踏み込んで記述されているが,それに対する生活様式の点までは触れられていない。行政側からの副読本は提供されておらず,その提供を期待する意見がある。

写真16 歩道に設置されたごみ箱3割強のごみ箱は,ごみが溢れていたり,容器が破損している

写真17 路上のネズミネズミの死骸は道路によく見られる。鳥が死肉に喰らいついている

写真15 道路早朝の道路清掃。3人の女性sweeper(左)。その後ろから男性collectorがごみを回収する。土や砂はプラスチック袋に入れ,適宜道路脇の地面に捨てる。

写真18  Changzamtog Lower Secondary Schoolで子ども達の表情は明るい。校舎全体も自由で明るい雰囲気が感じられた。衛生教育に特に熱心な印象を受けた。

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(2)寺院 Tango Universityは僧侶の教育を担う大学としてブータンで最も有名な教育機関である。同大学の指導僧にインタビューしたところ,輸入品の増加によるごみ問題の深刻化,散乱ごみの問題等市

民のマナーの低下を憂い,それに対する仏教思想の影響力を示唆する意見が得られた。今後,環境教育に対する仏教界との連携を模索することは可能であろうと思われた。 インタビュー内容の概要を図表14にまとめた。

図表14 インタビュー(Tango University)

Date 04/10/2013対象者 Kinzang Thrinlery, Tango University, Lecturer,

Rinzin Dorji, Talo Gompa, School CaptainQ:ごみ問題というのは人の心の問題でもあるので,僧侶の方々からのご指導はその対策に大きな影響を

与えると思われます。また,参道に多くのごみ箱(Use Me)が置かれており,環境保全に熱心な指導者がいらっしゃると思い,お話を伺いにやって来ました。

A:当大学は学生数350人,教師15人であり,大学の中だけでも,ごみ問題は深刻な問題になりつつあります。ごみの発生が人間や自然に悪影響を与えることはすでに分かっていることです。ごみが増加することによって,まず人の健康に影響を与え,そのことによって心の平和を乱すことになり,自然や動物に対しても悪影響を与えることになります。

Q:ティンプーの問題として,人口が急激に増加し,ごみも大きく増えています。また,1999年にTVやコンピューターが解禁されて,人々のライフスタイルが変わるということが懸念されています。

A:人口が増えているのはそのとおりで,1999年の問題も大きい。新しいものを欲しがり,食べ物や着るものも,海外のものも欲しがるようになってきました。また,インターネットが普及して,それを廃棄する時も大きな問題になります。

Q:環境マナーの点で問題と思うことはどんなことがありますか。A:ドマの問題もあるし,ごみの散乱の問題については,一般人だけではなく僧侶もやっています。しかし,

昔と比べると良くなっています。たとえば10年前から比べるとずいぶん良くなっているように思いますが,しかし,まだ十分ではありません。

Q:ブータンはGNHで世界的に有名な国です。GNHの根底にある考え方は,「欲しい」と思う気持ちを抑えるということではないかと思います。そのような気持ちを抑えるということは,宗教の力が大きいのではないでしょうか。その点についてはどのように考えられますか。

A:GNHという思想と僧侶の考え方はよく一致しています。僧侶が望む考え方は心の平和ということです。欲しいものが一杯になったら心が平和になりません。僧侶は自分自身の夢とか欲望ということは考えません。人の幸せのために何ができるかを考えます。心の毒,たとえば,もっともっと欲しいとか,怒るとか,それを私たちは持っていません。

図表12 市内の教育機関で見かけたスローガン(The Early Learning Centre)

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2.8 今後の課題 これらの現状調査結果をもとに,今後の適正処理の在り方として以下の10項目を提案した。今後,それぞれの効果を示した上で,長所・短所に明らかにし,導入の是非を議論する予定である。

提言1 収集料金の徴収はチケット制へごみ収集料金の徴収は不可欠。野犬が多いことを考えればプラスチック指定袋制は困難。粗大ごみ収集で実績があり,排出者に処理責任を意識させることができる「チケット制」が適当。

提言2 PETボトルと段ボールの分別回収をPETボトルと段ボールの分別収集を実施し,資源回収量の増加,回収資源の品質向上を図る。

提言3 最終処分場 ・・・・・ 「安全」から「安心」への転換を既存埋立処分場のリスク対策を実施し,将来的により安心できる新施設への取り組みを開始する。

提言4 地域特性に合致した処理方式の採用を都市部と山岳部が混在した地域性を考慮し,適正な自家処理を含む柔軟な処理方式の検討を。

提言5 行政と民間の適切な連携を適切な行政の管理の下で,民間企業を育成・活用することは不可欠。

提言6 ごみ処理事業から差別の撤廃をごみ処理事業に対する差別をなくすることが,ごみ問題と市民を結び付ける第一歩となる。

提言7 住居の周りの清掃を自らの責任で行う習慣を住居周辺の清掃を自ら実施する習慣を作ることは,清掃事業に対する市民の自覚を高めることに。

提言8 寺院と連携した環境教育を環境教育の場としては学校教育が最適であるが,本市の場合は寺院との連携が大きな力になる。

提言9 データの収集・解析と廃棄物処理事業の一元化をごみ排出量と質のデータを管理する部署の一元化と様々な廃棄物対策の状況を関係者が共有できる場の確保を。

提言10 Sanitary Committeeの効果的な運用を廃棄物対策は市民活動に密接につながったものであり,行政の考え方が市民と乖離することを防ぐためにも,第三者の意見を聞くシステムを構築していくことが必要。

写真19  Tango Universityで(左がKinzang師)参道を30分ほど登るとタンゴ寺に着いた。大学でもあるので,お寺の周辺に学生僧の寄宿舎が点在していた。お寺でもごみ問題は深刻で,収集車が来ない遠隔地でもあるので,その処理に苦慮していた。

Q:そういう心境に私たちが到達するにはどのようにしたらよいでしょうか。A:私たちは,お釈迦様のこととか仏教の基本的な勉強をした後は3年間瞑想の期間を持ちます。それに

よって気持ちの持ち方が変わります。瞑想の役割は大きいです。一般の人も20分か30分瞑想したら,心の平和が得られるようになります。ですから私は瞑想することを奨めます。さらに,10才から仏教の世界に入って大学が終わる20数才くらいまで,私たちは人や鳥や森のことまで私たちの回りにあるすべてのことを考えます。私たちの回りにあるすべての心配ごとや苦しみがなくなることを考えます。そのことを続けると心の平和が得られます。

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3.ブータンを語る

 The Bhutan Center for Japanese Studies は2011年4月に開設され,現在まで2年半で約300人の受講者を得ている。国際交流基金の調査結果をもとに人口1万人あたりの日本語学習者数を算出した結果6によると,第1位が韓国で174.4人,次いでオーストラリア(133.2人),台湾(101.1人)インドネシア(36.4人),タイ(18.8人)の順になるという。人口約10万人のティンプー市でわずか2年半で300人の学生を得たということは大いに評価されてしかるべきだろうと思う。この事業に深く係ってこられた3人の女性に,ブータンへの思いを語っていただいた。

宗教・家族・自然大澤:青木さんが初めてブータンに来られたのは

1992年ということですが,個人旅行だったんですか。

青木:仏画が好きだったので,最初はチベットに行こうと思っていたんですが,ちょうどその頃チベットが中国との関係でツアー中止になったのでブータンに変更しました。私は美術大学出ているんですが,大学にチベット仏教に詳しい友達がいて,「チベットに行っても,漢民族のガイドはちっともチベット仏教に対する興味を持っていないから面白くないよ,ブータンの方が面白いよ」っていうんです。そういえば,家の書

棚に,中尾佐助7先生とか梅原猛先生とかの本があったなあと。父は広島山岳会の古い会員だったのですが,ブータンは山岳家の憧れの場所らしいですよ。

大澤:その時にブータンのとりこになった。青木:あの頃はほんとうに何もなくて,高さがせ

いぜい3階くらいまでの小さな建物が200メートルくらい並んでいるだけで,町全体が暗くて,電灯がボワーンボワーンという感じに,電圧が変わるたびに明るさが変わるんです。木がトンネルのようにかぶさってくる感じで,まるでトトロの世界でした。こんな国ってどこにもないなあ,自分の好きな世界が初めて分かったっていう思いでした。

大澤:藤原さんは,日本語学校が開設されてすぐに来られて,3年目ということですね。

藤原:大学の先輩の紹介です。赴任前に一度来てみたのですが,初めて開設される日本語学校に参加できるということと,街全体が山に囲まれているというのがよかったんです。

大澤:ブータンの魅力というのはどんなところでしょうか。

藤原:私が好きなところは2つです。ボワッとした印象なのですが,ここが好きだなあというのが2つあります。ひとつは宗教が体に染み付いて,自然に出てくることです。この間感動したのは,PETボトルの蓋を開けて飲む前にちょっと水を地面に垂らした学生がいたんです。私は最初PETボトルの蓋の部分にゴミでも付いていたのだろうかと思っていたのですが,その後聞いてみると

「その一滴は神様に捧げる一滴なのだ」と言うんです。それは,ご飯でもそうで,食べる前にポイッとやるんだそうです。そういうことはブータン人にとって普通のことだと思うのですが,私はいちいち感動しています。深い,面白い国だなぁと。もうひとつは,家族との関係とか友人との関係が何よりも一番だということです。家族がどこかに行くから見送りに行かなくちゃいけないとか,友だちの奥さんが出産するから僕も行かなくちゃとか。「あなたは行かなくていいでしょう」と思うんですけれど(笑)。一番大事なものが仕事とかじゃなくて,人

青木薫さん:1992年に初めて旅行でブータンを訪れる。1995年ブータン人男性と結婚し,1999年からティンプー市に住む。旅行業を営むかたわら,2011年4月から日本語学校を経営。

藤原由衣子さん:大阪外国語大学国際文化学科日本語専攻を卒業後,日本語学校開設間もなく日本語教師としてティンプー市に住む。

吹野博子さん:大阪外国語大学国際文化学科日本語専攻を卒業。一般企業で就業後,2013年2月から日本語教師としてティンプー市に住む。

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との関係というのが素晴らしいと思うんです。

大澤:吹野さんはこちらに来てまだ数ヶ月ですね。吹野:日本語教師になりたくて5年間勤めた会社

を辞めて職を探していた時に声をかけてもらいました。

大澤:吹野さんにとってブータンの魅力はどんなところでしょうか。

吹野:行動は無駄だらけなんですけれど,彼らはそれを無駄だとは思っていなくて,それを大切にして楽しんでいる。たとえば,友だちの家に行って,なんだろうこの時間?と思うことがあるんです。とりたてて大事なことを話すわけでもなく,みんなでお茶を飲んでいるだけなんですけれど,不思議に心地いい。それと,チョルテンって知っていますか。

大澤:仏塔ですね。メモリアル・チョルテン8には行ったことがあります。

吹野:多くの人々が,ただグルグル回るだけで,なんだろうこれはと最初は思っていたんです。念仏を唱えながら,マニ車を回しながら,ただグルグル廻るだけで,なんて無駄な行動なんだろうと思っていました。

大澤:マニ車というのは,内部に経文が納められていて,右回りに1回すと経文を1回読んだことになるという。

青木:私の(日本にいる)母は,「ズルじゃないの?」とい言いますけれど。

吹野:そこに魅かれる。(笑)大澤:僧侶が連れ立って街を散策しているのをよ

く見かけますが,暇つぶしという感じでちょっと嫌な感じがします。

青木:私は嫌いじゃない。ほほえましい感じがするし。

大澤:日本人は尊敬したくて来ているようなところがありませんか。お坊さんに,禁欲的なところとか,世俗を超越したところを求めてしまうような。

青木:私も最初そう思っていたので,偉いお坊さんに聞いたら,「僧侶というのは悟りを開きたいと思って歩んでいる人であって,悟りを開いた人じゃないんだ」というんです。私がブータン人の好きなところは,白黒はっきりつけずにグレーのままでもいいやというところなんです。日本人は白黒はっ

きりつけすぎなんじゃないかと思います。

大澤:青木さんは,本業は旅行業ですね。

青木:そう。日本語学校はボランティアのようなものです。

大澤:旅行者にとって,この国の魅力はなんでしょうか。

青木:人と自然。まずは人ですよね。特に日本人の場合はネイチャー型のツアーよりは,いわゆる体験型のツアーが好きですから,まずは人でしょう。日本人のことを肯定的に見てくれるし,無条件に大切にしてくれる。だいたいあんないい顔して笑っていないでしょう,日本の子どもたち。

大澤:たしかに子供の表情は全然違う。弾けるような,いい表情をしています。

青木:私がお客さまをお寺にお連れするのは,そこにいる人を見てもらいたいからです。この国の人たちが大事にしているお寺でどんな表情をしているか。いろんな年代の人たちがいますからね。

この国で死にたい大澤:私は出張で来ていますから,毎日レストラ

ンで食事をするのですが,ウェートレスは愛想がない。愛想笑いに慣れている身としては戸惑いがあります。

藤原:ホスピタリティがないんでしょうね(笑)。車と車がすれ違って,それが友達同士だと窓を開けたまま平気で話し込んでいますよね。後ろからクラクションを鳴らされても平気で話し込んでいる。

大澤:店で買い物をしていても平気で割り込んでくる。

藤原:そうですね。でも,私は日本人は他人の事を気にしすぎなのだと思うことにしています。

大澤:青木さんはこちらの生活が長いのですが,文化衝突ということはまだありますか。

青木:いつも。大澤:まだですか(笑)青木:あんまりこだわりはないんですが,たとえ

青木薫さん

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ば時間の感覚はいまだに駄目ですね。旅行業としてはお客様がおいでになる2週間前には,ホテルリストとガイドの名前と携帯番号と車とドライバーの名前を送りたいんですよ。それはプロとして最低限のことだと思うんですけれど,ブータンの人は3日前に送ればいいんですっていう。それでいつも喧嘩しているんです。ブータンで過ごすことによって,逆に,日本の良さが分かることがあります。たとえば,約束を守る,たとえ損しても約束を守る。恩を忘れないとか。でも,私はここで死にたいと思っています。ここのお葬式で死にたいと。

大澤:どういう葬式なのですか。青木:まず,ご遺体を作るんです。座禅を組んだ

ように,仏陀のような,仏様がお座りなっているような形に組んで,それを親族が遺体を浄めて布で巻いてくれる。そして槇を組んだ台の上にちょこんとご遺体を座らせて,友だちや家族が火をつけてくれるんです。それを何回か見て,もうこれしかないと思っています。家族にとって,愛する人が燃えるのが見えるわけじゃないですか。きれいに燃えるかどうか気にしてくれるんですよ。それって,素敵でしょ。この間なんか,若い女性だったんで,人から見えないように手前で香木を炊いて気を遣うわけです。一応電気窯はあるんですが,ブータンの人たちはあれで焼かれると来世がないと信じています。あれで焼かれるのは外国人だけです。

ショッピング考大澤:インドネシアやタイやベトナムなど他のア

ジアの国々と比べて違和感を持つのは,日本の臭いが全然しないということです。「マンガ」もないし,「おしん」もいないし,

「AKB」もいない。青木:それはブータンにとっていいことではない

でしょうか。ブータンにはブータンの文化があるのですから。嵐の相葉君がいないのは寂しいですが(笑)

大澤:東南アジア特有の喧騒というか猥雑さも感じません。どうにか這い上がってやろうというギラギラした部分が感じられません。貧乏なはずなのに,みんな胸を張って貧し

さを感じさせない。青木:ティンプーは貧乏じゃないから。貧乏って

いうのは,たとえば小学校の子どもたちが弁当箱が買えないから,ビニール袋にご飯詰めてくる。靴を買えないから裸足だったり。私の主人も,貧乏でビニールサンダルを2人で1つしか持っていなかったから,姉と二人で片方ずつ履いて,学校に着いたらサンダルは姉に渡して,自分はずっと裸足だったそうです。でも,彼は「あの頃が一番幸せだった」っていう。何の心配もなくって。つまり,貧しいことが不幸だって思うのは,日本人の考え方だと思います。

大澤:行きつけのレストランのウェートレスが,「今日はショッピングで疲れた」と言っているのを聞いて,違和感を持ったことがあります。この国のどこでショッピングができるんだって思ったんです。ウィンドウ・ショッピングができる店はないし,衣類を売っている店も品数が少ないから迷うほどのことはない。

青木:野菜を買いに行ったのじゃないですか。ここでは,野菜市場に行くのもショッピングって言いますから(笑)

大澤:私は,たぶん日本のショッピングモールをイメージしていたんでしょうね。

何故,ポイ捨てするのか大澤:こっちの人は何でポイ捨てするんでしょう

か。青木:やっぱり教育でしょうね。大澤:歩道に真っ赤なドマ9を吐き散らかすのを

見ていると,彼らは「清潔が気持ちがいいことだ」という概念がないのではないかと思う時があります。ならば,身の回りをきれいにしましょうと教えるのは大きなお世話ではないかと懐疑的な気分になるのですが,でも,小学校に行ったら,衛生教育は熱心でした。先日はクロックタワー10で小学生が集まって手を洗おうキャンペーンをやっていました。

青木:小学生はちゃんとやっています。でも,大人はもう手遅れでしょう。

大澤:先日,収集車に乗って実態調査をしました。年配の運転手は英語が話せませんでしたが,会話が成立しないのに心が通うというのが

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気持ちよかったです。青木:ごみ収集車のスタッフは給料が安すぎます

よ。ペットボトルを売らなければ,それなりの稼ぎにならないのは変です。上げてやるべきですよ。

大澤:分けて出してくれる人もいるんです。青木:そうそう,ペットボトルがお金になるって

みんな知っているんですから,分けて集めればいいんですよ。それともっと格好いいユニホームを着せてやればイメージが変わるのに。

大澤:排出者が直接収集車にごみを入れる方式なので,事故が起こらないか心配です。

青木:私たちのは入れてくれますよ。いつもありがとうって言っているからかなあ。

藤原:私たちのところの人は,ニコニコ笑っているんだけれど,目が笑っていない。

青木:ちょっと照れ屋さんって感じの人だよね。大澤:収集作業員の顔を覚えているというのはす

ごいことですねぇ。日本ではそういうコミュニケーションはない。

後記 このインタビューをしたことが縁で,日本語学校の学生さん達にごみ問題を話す機会をいただいた。約束の時間を終えて帰ろうとしたとき,駆け寄ってきた女性の言葉が印象に残っている。「私はきっといつか日本に行きたいんです。日本に行って,見て,聞いて,話して,食べて,いろんな経験をしてみたいんです」と,たどたどしいのだけれど懸命に話してくれた。彼女は日本のどのような部分を見たいのだろうか,そして,私たち日本人はそれに応えることができるのだろうか。少なくとも,繁栄の様を見せることで,彼女の期

待に応えることはできないのだろうと思う。

1 GNHの4本柱として,「持続可能で公平な社会経済開発」「環境保護」「文化の推進」「良き統治」が挙げられ,その指標として「心理的な幸福」「国民の健康」「教育」「文化の多様性」「地域の活力」

「環境の多様性と活力」「時間の使い方とバランス」「生活水準・所得」「良き統治」の9つの分野が挙げられている。

2 出典は「平山修一著:現代ブータンを知るための60章, 明 石 書 店,2005」。 但 し,The Bhutan Centre for Japanese Studiesの青木薫氏によると,ブータン国内ではすでに1972年に第4代国王が言及していることが知られている。また,他に1979年にハバナで行われた第6回非同盟諸国首脳会議の帰途,インドのメディアからのインタビューを受けた時の発言との説もある。

3 変わるブータン「幸せ」の裏側,Aera,2012.7.24 COMPLEHENSIVE MASTER PLAN OF SOLID

W A S T E M A N A G E M E N T S Y U S T E N THIMPHU

5 大阪市の環境事業120年の歩み,大阪市,20006 searchina,2013/07/097 植物学者。アジア・アフリカを広く学術探検調査

し栽培植物の起源とその伝搬に関連する生活文化を総合的に研究した。「秘境ブータン」で日本エッセイストクラブ賞受賞。

8 1972年に亡くなった第3代国王が生前発願したものを引き継ぎ1974年に完成させた。終日多くの信者がマニ車を手に持ちこの仏塔の周りを歩いている。

9 ビンロウの種子をキンマという葉でくるみわずかな石灰と一緒に噛む。ニコチンと同様の興奮・刺激作用があるのだという。噛んでいると唾液の混ざった真っ赤な汁が口の中に溜まるのだが,これを飲み込むと胃を痛めるとかで場所をかまわず吐き捨てるので,歩道には真っ赤な汁がくすんだまま点々と見られる。

10 市の中央にあるイベント広場。シンボルの時計台の針はいつも微妙に狂っている。

藤原さん(左)と吹野さん(右)