タングステン酸化物ウィスカーの生成とその評価bulletin.soe.u-tokai.ac.jp/vol48no1_2008/03_07.pdffig.1...
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東海大学紀要工学部 Vol.48, No.1, 2008, pp.55-62
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1 章 緒言
金属酸化物は基礎物性から実用化研究まで幅広
く行なわれている。例えば身近には、二酸化ケイ素
(SiO2)は窓ガラス材料であり、また、電子デ
バイスであるLSIには優秀な絶縁膜として使用
されている( 1 )。また、古くは亜酸化銅整流器(C
u2O)( 2 )、最近では酸化銅(CuO2)を利用し
た超伝導材料( 3 )、二酸化スズ(SnO2)は透明
電極、チタン酸バリウム(BaTiO3)などは優
秀な強誘電体材料 ( 1 )としてそれぞれ使われてい
る。また、酸化アルミニウム(Al2O3)は宝石
のルビーやサファイアの母石としてだけでなく、電
解コンデンサ材料( 4 )としても使われている。さら
に、アルミニウム製品上に酸化皮膜を形成する事で、
耐食性および耐摩耗性を向上させる事ができる( 1 )。
二酸化チタン(TiO2)はインク顔料やペイント
剤として使用されているが、近年では、光触媒活性
を有する事が見出された(5 )。光触媒材料は、様々
な抗菌、抗カビなどとして応用され注目を集めてい
る。他にも金属酸化物は、金属と同程度の導電率を
有する電子伝導体、半導体、熱電変換素子、圧電体
など、その物性と用途は多岐にわたる。 以前、筆者らは、水(H2O)とアルコールを原
料として、カーボンナノファイバー(CNF、黒色、
Fig.1(a))の合成過程で、CNFとは違う
青紫色のファイバーを見出した(Fig.1(b))。
この青紫色のファイバーを走査型電子顕微鏡(SE
M)とX線回折法(XRD)で評価をしたところ、
タングステン酸化物であるWO2 .7 2の柱状結晶で ある事が判明した。タングステン酸化物はWO3が、
*1 工学研究科電気電子システム工学専攻 修士課程
*2 電子情報学部 学部生
*3 工学部電気電子工学科 教授
可視光応答型の光触媒材料( 6 )、n型半導体材料( 7 )、
キャパシター材料( 8 )、エレクトロクロミック材料( 9 )などへの応用研究が報告されており、その他の
タングステン酸化物であるWO2、WO2 . 7 2、W
O2 . 9についての研究報告はほとんどない。 本研究の目的は、熱フィラメントCVD法( 1 0 )
(a) SEM image of Carbon Nano Fibers (×5000)
(b) SEM image of Blue Whiskers (×5000)
Fig.1 SEM images of Carbon Nano Fibers and Blue Whiskers
タングステン酸化物ウィスカーの生成とその評価 宮崎龍平*1、細野浩平*1、飯田敏博*2、金澤祐一*2、広瀬洋一*3
Growth of Tungsten Oxide Whisker and its Characterization by
Ryohei MIYAZAKI*1, Kohei HOSONO*1, Toshihiro IIDA*2, Yuichi KANAZAWA*2 and Yoichi HIROSE*3
(Received on March 6 , 2008 & accepted on June 5 , 2008)
Abstract Tungsten oxide whiskers have been prepared by HF-CVD (Hot Filament Chemical Vapor Deposition). The tungsten
filament (W) is the starting materials of the tungsten oxide whiskers. When tungsten filament is heated at 1400―2400℃ in a mild oxidation atmosphere, the heated tungsten filament is oxidized, and then WO2, WO2.72 and WO2.9
whiskers are grown on the substrate. For making a mild oxidation atmosphere, water vapor is used as oxidizer, and alcohol vapor or hydrogen are used as reducer, respectively. The obtained whiskers have been characterized by XRD( X-ray Diffraction ), SEM ( Scanning Electron Microscopy ) and TEM ( Transmission Electron Microscopy ). The growth mechanism of WO2 whisker is proposed.
Keywords: Tungsten Oxide, Whisker, Hot Filament CVD, Oxidation, SEM, XRD, Characterization
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タングステン酸化物ウィスカーの生成とその評価
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を用いて、WO2、WO2 . 7 2、WO2 . 9の組成を
もつタングステン酸化物結晶の生成方法、最適な実
験条件および結晶の形状をSEM観察、結晶構造を
XRDと電子線回折を用いて評価を行い、最後に成
長メカニズムの検討と応用について述べる。 2章 タングステン酸化物の概要と生成方法
Table 1 に主なタングステン酸化物の色と
結晶構造を示す。タングステン酸化物は4種類が知
られており、二酸化タングステン(WO2)は褐色
の単斜晶系、WO 2 . 7 2 は青紫色の単斜晶系、W
O2 .9は青色で結晶構造は不明、三酸化タングステ
ン(WO3)は白黄色の斜方晶系である( 1 1 )( 1 2 )。
通常、タングステンを酸化させると、白黄色のW
O 3 が生成する 事は良く 知られている。WO 2 、
WO2 . 7 2、WO2 . 9に関しては、固体炭素、窒素
ガス、水素ガスを用いてWO3を還元する過程にお
いて、これらの酸化物が生成するという特許( 1 3 )
はあるが、この方法では、赤外線照射加熱炉の使用、
生成までに長時間の反応が必要などの欠点がある。
筆者らはタングスンテン金属を穏やかな酸化雰
囲気中で酸化させるという簡単な方法で、タングス
テン酸化物を生成するのを見出した。上記のWO3
を還元する反応( 1 3 )と本方法は逆である。タング
ステン酸化物結晶の研究をスタートさせるきっか
けとなった酸化剤にH2O、還元剤にアルコールを
使ったWO2 . 7 2の生成について詳細に述べる。
3章 WO2.72柱 状結晶の生成とその評価 3-1.実験方法
WO2 . 7 2柱状結晶の生成には、酸化剤に水、還
元剤にアルコールを用いた。使用したアルコールは、
メタノール(CH3OH)、エタノール(C2H5O
H)、1-プロパノール(C3H7OH)、2-ブタ
ノール(C4H9OH)である。全てのアルコール
でWO2 . 7 2柱状結晶の生成を確認したが、ここで
は、再現性の高い1-プロパノールを使用した実験
結果を述べる。実験装置の概略をFig.2に示す。
パイレックス製のガラス反応管内(直径30mm、
長さ200mm)の中央部に原料であるWフィラメ
ント(0.3mmφ)を設置する。Wフィラメント
を囲うように金属メッシュ基材(ここではNi金属
網、100メッシュ)を配置する。この基材上にW
O2 . 7 2が生成する。反応空間内の空気を完全に排
除した後、水と1-プロパノールを2:8~9:1
の比で混合した溶液を加熱し気化させ、反応空間内
を満たす。もし、ここで反応空間が水蒸気100%
になるとWO3のみが生成し、一方、1-プロパノ
ール100%では固体炭素のみが生成する。次にW
フィラメントに通電加熱し(通常は電圧12V、電
流11A)、1400~2400℃まで加熱する。
そうすると、加熱されたWフィラメントは、水蒸気
により酸化され、一方、1-プロパノールの蒸気が
酸化を抑制し、結果として反応空間全体が穏やかな
酸化雰囲気の反応場となる。すなわち、WからW
O2 . 7 2の反応が空間で進行し、基材であるNiメ
ッシュ上に堆積、成長する。反応時間はWフィラメ
ントが断線するまでとした。反応圧力は常圧(76
0Torr)である。 3-2.実験結果および評価
基材上に堆積した青紫色の生成物のFE-SE
M写真(電界放出型走査型電子顕微鏡)をFig.
3に示す。写真から、典型的な大きさは、一辺10
0nm、長さ10μmの角柱状の結晶が密集して成
長している事が確認される。さらに、この角柱状結
晶はASTMデータとXRD結果(Fig.4)を
比較したところ、WO2 .7 2である事が確認された。
Fig.5とFig.6に透過型電子顕微鏡(TE
M)像と電子線回折の結果をそれぞれ示す。TEM
観察から角柱状結晶のc軸方向に原子が非常に綺
麗に配向しており、層構造をとっている事も分かっ
た。さらに、電子線回折からもスポットが強く出て
いる事から、結晶性が非常に良く単結晶である事、
また、層構造を反映する線状のストリークも観察さ
れた。 次に、WO2 . 7 2の生成条件を検討するために、
1-プロパノールへの水の添加量(vol%)とW
フィラメント温度の関係を調べた。Fig.7にW
W WO2 WO2.72 WO2.9 WO3 Color Light gray Brown Indigo purple Blue Lemon yellow
Crystal structure
Body-Centered Cubic lattice Monoclinic Monoclinic Unknown Orthorhombic
Table 1 Properties of Tungsten Oxide
Water vapor and Alcohol vapor
Exhaust
Heated W filament
Glass tube
Substrate
(Ni wire net)
Fig.2 Schematic illustration of hot-filament CVD
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O2 . 7 2ウィスカーの成長領域を示す。図中の○は
ウィスカーの成長が良く観察され、△は少量の観察、
×は成長が見られない事を意味している。枠の領域
内 で 青 色 の 生 成 物 を 確 認 す る 事 が 出 来 た 。 W
O2 . 7 2柱状結晶の生成が最も良かった条件は、W
フィラメント温度2000℃、水の添加量50%で
ある。フィラメント温度が比較的低い1600℃で
は、水の添加量を70~80vol%に増やしても、
穏やかな酸化雰囲気が保たれる。一方、フィラメン
ト温度を2400℃の高温にすると、酸化が激しく
なる傾向にあり、水蒸気量を少なくする必要がある
事が分かった。酸化プロセスを考えると当然の結果
でもある。
4章 WO 2 針状結晶の生成とその評価 4-1.実験方針と実験方法
3章で酸化剤に水、還元剤にアルコールを用いた
穏やかな酸化雰囲気において、Wを加熱すると、W
O2 .7 2柱状結晶が生成する事が分かった。しかし、
還 元 剤 に ア ル コ ー ル を 使 用 し て い る た め 、 W
O2 . 7 2以外にも微量ではあるが固体炭素(C)の
煤も同時に生成してしまうという問題点がある。本
章では、炭素を含まない強い還元剤として知られて
いる水素ガス(H2)を用い、反応空間をさらに穏
やかな酸化雰囲にし、酸化度の低いWO2結晶の生
成を試みた。実験装置と方法はFig.2と基本的
に同じであるが、アルコールの代わりにH2を用い
たところが異なっている。ガラス管の底に水5ml
を入れ、ガラス反応管に水素流量200cc/mi
nで10分間流し続けると、空気は完全に排除され
る。この時、反応空間は水蒸気(酸化の役目)と水
素(還元の役目)で満たされており、非常に弱い酸
化雰囲気となっている。Wフィラメントを180
0℃まで加熱すると、Wは水蒸気により酸化される
が、水素がこの酸化を抑制するため、非常に穏やか
な酸化雰囲気の状態で、Wフィラメトの酸化が始ま
る。そして、基材であるNi金属メッシュ上に褐色
の生成物が堆積する。反応時間は20分間である。
なお、Wフィラメント温度を2000℃から180
0℃に下げた事も酸化を抑制する効果を持つ事は
常識の範囲で理解できる工夫である。
4-2.実験結果および評価 Fig.8に基材上に堆積した褐色の生成物のX
RD測定結果を示す。測定結果より生成物はWO2
であり、結晶構造は単斜晶系である。WO2の形状
を調べるためにSEM観察を行なった。Fig.9
に得られたWO2結晶のFE-SEM写真を示す。
SEM写真から、WO2は先端部が針状に尖った長
さ約10μmの結晶がほぼ均一に成長している様
子が観察される。原子配列と結晶の質を評価するた
Fig.3 SEM image of WO2. 72 whiskers
0
500
1000
1500
2000
10 30 50 70 902θ(°)
Inte
nsi
ty(c
ps)
Fig.4 XRD pattern of WO2. 72 whisker
Fig.5 TEM image of WO2. 72 whisker
Fig.6 Electron diffraction image of WO2. 7 2 whisker
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タングステン酸化物ウィスカーの生成とその評価
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めにTEMおよび電子線回折を行なった。Fig.
10にTEM像、Fig.11に電子線回折の結果
をそれぞれ示す。TEM観察から針状結晶のc軸方
向に原子が非常に綺麗に配向している事、また、電
子線回折からも、スポットが強く出ている事から、
結 晶 性 が 高 い 単 結 晶 で あ る 事 も 分 か っ た 。 W
O2 .7 2との違いは層構造を持っていない事である。
以上より、水蒸気と水素の混合ガス中では、アルコ
ール蒸気を用いた時よりも非常に穏やかな酸化雰
囲気がつくれ、そのため、WはWO2 . 7 2にならず
WO2の針状結晶が生成したものと考えられる。し
かしながら、非常に弱い酸化雰囲気にすると、もは
やWは酸化されず、基材上に何も堆積しない結果を
得ている。したがって、WO2を作る条件は、酸化
と還元雰囲気の調整が非常に難しい。
1200
1400
1600
1800
2000
2200
2400
20 30 40 50
60 70 80 90
○ ○ ○○ ○
×
△
×
×
× ×
△ ×
○
△△
○
○
○
△
× △
○
△△
△△△
○
○
○
×
×
×
×
×
× W f
ilam
ent
tem
pera
ture
(℃
)
Growth region of WO2.72 whisker
Fig.7 Growth region of WO 2 . 7 2 whisker. ○ Growth of WO2 . 7 2 , △ small quantities growth of WO2 . 7 2 , × non-growth.
×100 (vol %)
H2O+C3H7OH
H2O
0
50
100
150
200
250
300
350
10 20 30 40 50 60 70 80 90
2θ(°)
Inte
nsity(
cps)
Fig.8 XRD pattern of WO2 whisker
Fig.9 SEM image of WO2 whiskers
Fig.10 TEM image of WO2 whisker
2600
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4-3.タングステン酸化物結晶の成長と基材の
材質依存性 これまでのタングステン酸化物結晶の生成は全
てNi金属メッシュを基材として用いていた。3-
1、4-1でも説明したが、Ni金属が特別の触媒
効果を持っているのか、それとも無関係なのかを調
べるために色々な材質の基材を用いて、タングステ
ン酸化物結晶の成長を調べた。ここでは、シリコン
(Si)、石英ガラス(SiO2)、鉄(Fe)、ス
テンレス(Fe-Ni-Cr合金)、モリブデン(M
o)の5種類を基材として用いた。全ての基材上に
WO2針状結晶とWO2 . 7 2柱状結晶の生成を確認
する事が出来た。この事から、タングステン酸化物
の生成においては、基材材質の依存性はない事が分
かった。すなわち、基材はタングステン酸化物の成
長時(堆積時)における受け皿の役割を果たしてお
り、基材の融点が加熱されたWフィラメントの輻射
熱に耐えられるものであれば、金属、半導体、絶縁
体の種類を問わず何でも良いと思われる。
4-4.WO2針状結晶の成長メカニズムの検討
Fig.12にWO2針状結晶の成長メカニズム
を示す。Wの沸点は5400℃である。Wフィラメ
ントは1800℃までにしか加熱しないので、タン
グステンは弱く酸化され、反応空間内でWO2クラ
スターが生成され、Niメッシュ基材上にWO2の
種結晶核が堆積、成長する。WO2クラスターが基
材上に供給され続け、基材上のWO2濃度が過飽和
になり、c軸方向の種結晶核のみが徐々に成長し始
める。最終的には、c軸方向に成長したWO2は長
さ10μmの針状結晶(ウィスカー)に成長したと
考えられる。 5章 WO 2 . 9 中空円柱状結晶の生成と評価
5-1.実験方針と実験方法
4章で還元剤に水素を用い、フィラメント温度1
800℃で、酸化度の低いWO2の生成について説
明した。そこで、フィラメント温度を上げると、よ
り酸化程度の高いWO 2 . 9が生成する事が予想さ
れる。実験装置と実験方法は4-1と同じである。
4-1と異なるのは、Wフィラメント温度を200
0℃にした事である。これによって、Wの酸化が進
み、4-1の実験環境よりも少し強い酸化雰囲気で
のWの酸化反応が起こったと考えられる。その結果、
予想通り、Ni金属メッシュ上に青色の生成物であ
るWO2 . 9が堆積した。
5-2.実験結果および評価
Fig.13とFig.14に青色の生成物のX
RD測定結果とFE-SEM観察写真をそれぞれ
示す。XRDで観察されるピークを同定したところ、
生成物はWO2 . 9結晶である事が分かった。また、
SEM写真より、中空になった円柱状の形状をした
Fig.11 Electron diffraction image of WO2 whisker
Tungsten Filament 1800℃
WO2 ClusterWO2 Cluster
Fig.12 Growth mechanism of WO2 whiskers
Ni wire net (substrate) WO2 nucleation
WO2 whisker
H2O vaporhydrogen
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タングステン酸化物ウィスカーの生成とその評価
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結晶が観察され、典型的な寸法は長さが約10μm、
直径は1μm、中空の穴の直径は300nmであっ
た。全てのWO2 .9結晶は中空になっているが、中
空になる成長メカニズムについては不明である。
6章 応用の検討
ここでは2つの事項について検討を行なった。ゼ
ーベック効果の実験からタングステン酸化物結晶
がn型半導体である事、また、その特異な形状から
電子エミッタ材料への応用が考えられる( 1 4 )。こ
こでは、鏡面研磨されたn型シリコン基板上にWO
2 .7 2柱状結晶を堆積させたものを電子エミッタ特
性の測定試料として用いた。アノード電極(正電圧
に印加)は透明電極(ITO)、カソード電極(負
電圧またはアース)はシリコン基板とした。ITO
とシリコン基板間の距離は960μmとした。測定
装置内の真空度を10- 8Torr程度の高真空に
した後、負バイアスされたWO2 . 7 2柱状結晶の先
端から放出された電子は正バイアスに印加された
アノード電極に達する。その時に流れる電流値を測
定する。WO2 . 7 2柱状結晶の電子放出特性をFi
g.15に示す。立ち上がり電界に着目すると、1.
04V/μmに達すると、1.5×10- 9Aとな
ると電子を放出し始め、電流の急激な立ち上がりを
観測する事が出来る。そして、1.4V/μmで1.
06×10- 5Aまでの電子放出を確認することが
出来た。すなわち、わずか0.4V/μmの電界の
増加で約104倍の電流増加が認められた。1.0
4V/μmの立ち上がり電界の値はC.N.Tの特
性と比較するとほぼ同等の値であり、今後に期待で
きる特性を持っていると考えられる。 もう一つの応用として光触媒材料がある。Ti
O2と同様にWO3も光触媒効果を持つ事が報告さ
れている( 5 )( 6 )。したがって、WO2、WO2 .7 2、
およびWO 2 . 9も同様に光触媒材料への応用が期
待される。既に実用化されているTiO2粉末と本
実 験 で 得 ら れ た W O 2 、 W O 2 . 7 2 、 お よ び W
O2 .9材料を別々の容器に入れ、メチレンブルーを
用いた色素の脱色反応を行なった。紫外線照射を行
い、約60分でTiO2の入ったメチレンブルー溶
液はほぼ完全に透明になっていたが、一方、3種類
のタングステン酸化物の入った溶液の青色は変化
が見られなかった。以上の事から、今回用いたタン
グステン酸化物結晶には光触媒効果はないと判断
される。
0
500
1000
1500
2000
2500
10 20 30 40 50 60 70 80 90
2Θ(°)
Inte
nsi
ty(c
ps)
Fig.13 XRD pattern of WO2. 9 whiskers
Fig.14 SEM image of WO2. 9 whiskers
Fig.15 Electron emission characteristic of WO2. 72 whiskers
Em
issio
n C
urr
ent
(A)
10-4
10-5
10-6
10-7
10-8
10-9
10-10
0 0.5 1 1.5
Electric Field (V/μm)
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宮崎龍平・細野浩平・飯田敏博・金澤祐一・広瀬洋一
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7章 まとめ
本研究は、熱フィラメントCVD法を用いて、W
O2、WO2 . 7 2、WO2 . 9の組成をもつタングス
テン酸化物結晶の生成方法、最適な実験条件および
結晶の形状をSEM観察、結晶構造をXRDと電子
線回折を用いて評価を行い、成長メカニズムの検討
と応用について述べたものである。以下に得られた
結果をまとめる。
①酸化剤(水蒸気:H2O)と還元剤(水素:H2、
またはアルコール蒸気)を混合した穏やかな酸化
雰囲気中で、金属タングステン線を加熱すること
により、3種類のタングステン酸化物ウィスカー
を作る事が出来る。 ②酸化雰囲気の強弱により、タングステン酸化物ウ
ィスカーの形状と色がそれぞれ異なり、WO2は
針 状 で 褐 色 、 W O 2 . 7 2 は 柱 状 で 青 紫 色 、 W
O2 . 9は中空円柱状で青色である事が分かった。
Fig.16にそれぞれのタングステン酸化物ウ
ィスカーのSEM写真を示す。 ③生成したタングステン酸化物ウィスカーは結晶
性が非常に高い。特に、WO2 . 7 2は層構造を持っ
ている事が特徴である。 ④タングステンの酸化はWフィラメント線の加熱
温度に依存しており、1800℃で弱い酸化反応
が起こりWO2が、2400℃で少し強い酸化反
応が起こりWO2 . 9がそれぞれ生成する。 ⑤タングステン酸化物ウィスカーの生成において
は、基材材質の依存性はない事が分かった。 ⑥WO 2 針状結晶の成長メカニズムについて提案
を行なった。 ⑦得られたタングステン酸化物結晶は全てn型半
導体の電気伝導性を示し、かつウィスカーの特異
な形状を持っており、I-V特性を測定した結果、
電子エミッタ材料への応用の可能性が大きい事
も分かった。 ⑧本方法の特長は、簡単な装置とプロセスで結晶性
の高いタングステン酸化物ウィスカーを生成す
る事が出来る。
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Fig.16 SEM images of Tungsten Oxide Whiskers
(a) WO2 (b) WO2.72 (c) WO2.9
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