新しいヒストン修飾「水酸化」の発見...smyd3メチル化酵素 +...

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ヌクレオソーム(ヒストン八量体+DNA)に施さ れるさまざまなエピジェネティック修飾の模式図 遺伝子Xの発現をオンにせよ! 遺伝子Yの発現をオフにせよ! (破綻すると病気になる) ユビキチン化 DNAメチル化 メチル化 アセチル化 リン酸化 ヒストン ヒストン ヒストン ヒストン DNA ヒストンH4 + + + GST-JMJD6 - IB: 抗ヒストンH4抗体 IB: 抗JMJD6抗体 ① UHRF1とJMJD6は結合する ② JMJD6はヒストンと結合する ③ UHRF1とJMJD6は核内で共局在する U H R F 1 D A P I ( D N A ) M e r g e J M J D 6 GST-UHRF1 GST-JMJD6 + + + 免疫沈降 抗UHRF1抗体 IB: 抗UHRF1抗体 IB: 抗JMJD6抗体 免疫沈降 抗JMJD6抗体 ヒストンのリジンの 水酸化? ヌクレオソーム) U H R F 1 J M J D 6 メチル化 アセチル化 他の修飾との関係は? (注1)リジンはヒストンタンパク質を構成するアミノ酸の1つ。 新しいヒストン修飾「水酸化」の発見 研究代表者: 鵜木 元香 (生体防御医学研究所) 研究の背景 私たちの体を構成するすべての細胞はまったく同じ DNA(ジェネティックな情報)を持っています。それにも 関わらず、細胞は種類によって異なる形態を持ち、異なる役割を担っています。これは「ジェネティックな情報」 のうち、どの情報を使うかが細胞によって異なるためです。どの情報を使うかの目印になっているのが DNA の メチル化修飾やヒストンタンパク質(以下ヒストン)に施される各種の修飾で、「エピジェネティックな情報」と 呼ばれています。現在「エピジェネティックな情報」の制御機構の全貌解明に全世界の研究者が取り組んでいます。 研究の目的 今回、私たちはエピジェネティックな情報制御機構の中心的タンパク質である UHRF1 が、JMJD6 というリ ジン(注 1)の水酸化酵素と結合することを見出しました。UHRF1 はヒストンのエピジェネティックな修飾を 認識する他、ヒストンの修飾酵素と複合体を形成することなどが知られているため、私たちはヒストンのリジン が JMJD6 の基質になるのではないかと考え、これまで誰も成功したことがなかったヒストンの水酸化修飾の検 出に挑戦しました。

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Page 1: 新しいヒストン修飾「水酸化」の発見...SMYD3メチル化酵素 + 非修飾ヒストンペプチド 反応時間 (分) SMYD3メチル化酵素 + 水酸化ヒストンペプチド

ヌクレオソーム(ヒストン八量体+DNA)に施されるさまざまなエピジェネティック修飾の模式図

遺伝子Xの発現をオンにせよ! 遺伝子Yの発現をオフにせよ!

細胞種特異的な形態・役割の形成と維持

(破綻すると病気になる)

ユビキチン化 DNAメチル化

メチル化

アセチル化

リン酸化 エピジェネティック修飾からの指令

ヒストン

ヒストン

ヒストン

ヒストン

DNA

ヒストンH4 + + + GST-JMJD6 -

IB: 抗ヒストンH4抗体

IB: 抗JMJD6抗体

① UHRF1とJMJD6は結合する ② JMJD6はヒストンと結合する

③ UHRF1とJMJD6は核内で共局在する

UHRF1

DAPI (DNA)

Merge

JMJD6

GST-UHRF1 GST-JMJD6

+ + +

免疫沈降 抗UHRF1抗体

IB: 抗UHRF1抗体

IB: 抗JMJD6抗体

免疫沈降 抗JMJD6抗体

ヒストンのリジンの水酸化?

ヌクレオソーム)

UHRF1

JMJD6

メチル化

アセチル化

他の修飾との関係は?

(注1)リジンはヒストンタンパク質を構成するアミノ酸の1つ。

新しいヒストン修飾「水酸化」の発見研究代表者:鵜木 元香(生体防御医学研究所)

■ 研究の背景 私たちの体を構成するすべての細胞はまったく同じ DNA(ジェネティックな情報)を持っています。それにも関わらず、細胞は種類によって異なる形態を持ち、異なる役割を担っています。これは「ジェネティックな情報」のうち、どの情報を使うかが細胞によって異なるためです。どの情報を使うかの目印になっているのが DNA のメチル化修飾やヒストンタンパク質(以下ヒストン)に施される各種の修飾で、「エピジェネティックな情報」と呼ばれています。現在「エピジェネティックな情報」の制御機構の全貌解明に全世界の研究者が取り組んでいます。

■ 研究の目的 今回、私たちはエピジェネティックな情報制御機構の中心的タンパク質であるUHRF1が、JMJD6というリジン(注 1)の水酸化酵素と結合することを見出しました。UHRF1はヒストンのエピジェネティックな修飾を認識する他、ヒストンの修飾酵素と複合体を形成することなどが知られているため、私たちはヒストンのリジンが JMJD6の基質になるのではないかと考え、これまで誰も成功したことがなかったヒストンの水酸化修飾の検出に挑戦しました。

Page 2: 新しいヒストン修飾「水酸化」の発見...SMYD3メチル化酵素 + 非修飾ヒストンペプチド 反応時間 (分) SMYD3メチル化酵素 + 水酸化ヒストンペプチド

■ 研究方法 質量分析法がタンパク質の修飾を検出する方法として一般的ですが、この方法では細胞から抽出したヒストンに含まれる水酸化リジンを検出できませんでした。諦めかけていたところ、理化学研究所の堂前直先生と益田晶子先生が高感度のアミノ酸組成解析法を開発され、この方法を用いて理化学研究所と九州大学の共同研究で世界で初めてヒストンに含まれる水酸化リジンの検出に成功しました。

アミノ酸組成解析法の原理

 解析したいタンパク質を塩酸で加水分解して、アミノ酸単位にバラバラにします。バラバラにしたアミノ酸を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)という方法で、アミノ酸ごとに分離してピークを検出します。その際に、合成した各種アミノ酸を標準品としていっしょに分析することで、検出したピークがどのアミノ酸に相当するかがわかります。今回は、合成した水酸化リジンもいっしょに分析し、解析サンプルに水酸化リジンが含まれるかを評価しました。

■ 研究成果 ①  世界で初めてヒストンから水酸化リジンを検出し、その責任酵素が JMJD6 であることを発見しました。

野生型マウス胚から抽出したヒストン Jmjd6ノックアウトマウス胚から抽出したヒストン

ヒストンには水酸化リジンが含まれ、JMJD6がその責任酵素である(アミノ酸組成解析)

野生型 Jmjd6ノックアウト(注2) Jmjd6 mRNAの相対的発現量 (RT-PCR法)

野生型マウス胚 Jmjd6ノックアウトマウス胚

#1 #2 #1   #2

5.0 mm

胎生14.5日マウス胚の形態

22 22.5 23 23.5 24 24.5 25 25.5

LU

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9

Fluorescence intensity / arb. unit

時間 (分)

  WT#1_H3/H4   WT#2_H3/H4   WT#1_H2A/H2B   WT#2_H2A/H2B

水酸化リジン

22 22.5 23 23.5 24 24.5 25 25.5

LU

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9   KO#1_H3/H4

  KO#2_H3/H4   KO#1_H2A/H2B   KO#2_H2A/H2B

時間 (分)

水酸化リジン

組織・細胞 ヒストンH2A/H2B ヒストンH3/H4

マウス精巣 0.24% 0.05%

マウスES細胞 0.05% 0.02%

Jmjd6 野生型マウス胚(胎生14.5日) 0.08% 0.05%

Jmjd6 ノックアウトマウス胚(胎生14.5日) 0.01% 0.00%

ヒトT-Rex 293 コントロール細胞 0.05% 0.02%

ヒトT-Rex 293 JMJD6 安定発現細胞株 0.15% 0.07%

各組織・細胞における水酸化リジンの含有量 (%: 水酸化リジン/全リジン)

(注2)Jmjd6ノックアウトマウスは生医研の福井宣規先生から御提供頂きました。

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Page 3: 新しいヒストン修飾「水酸化」の発見...SMYD3メチル化酵素 + 非修飾ヒストンペプチド 反応時間 (分) SMYD3メチル化酵素 + 水酸化ヒストンペプチド

■ 研究成果 ②  ヒストンの水酸化は、試験管内で既知のヒストン修飾と拮抗することを発見しました。

■ 研究の要約 高感度のアミノ酸組成解析法を用いて JMJD6 が生体内でヒストンを水酸化することを発見しました。また、ヒストンの水酸化は、既知のアセチル化やメチル化修飾と拮抗的に働く可能性を見出しました。今後は、この修飾が生体内でどのような役割を果たしているのかを解明し、エピジェネティック制御機構の理解を深め、臨床応用につながる研究をしたいと考えています。

JMJD6

BSA

アセチル化ヒストンペプチド(注4)

ヒストンのアセチル化とメチル化はJMJD6による水酸化を阻害する (試験管内酵素反応-質量分析)

BSA

非修飾ヒストンペプチド H49-23 me1 + BSA

100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0

100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0

Mass (m/z)

Mass (m/z)

BSA

JMJD6

メチル化ヒストンペプチド(注5) H49-23 + BSA 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0

100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0

Mass (m/z)

Mass (m/z)

BSA

非修飾ヒストンペプチド

ヒストンの水酸化はアセチル化およびメチル化を阻害する (試験管内酵素反応)

アセチル化アッセイ

BSA + ペプチド

p300アセチル化酵素 + 非修飾ヒストンペプチド

p300アセチル化酵素 + 水酸化ヒストンペプチド(注3)

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反応副産物 (CoA)の濃度

(µM)

メチル化アッセイ

アセチル化酵素GCN5の酵素活性ドメイン

リジン側鎖

SAM

ヒストンペプチド

メチル化酵素SETD7/9の酵素活性ドメイン

CoA

ヒストンペプチド

リジン側鎖

水酸化部位

"

(注3)水酸化ヒストンペプチドは、ペプチド中のすべてのリジンを水酸化リジンに置換したものです。

Mass (m/z)

JMJD6

H42-24 Ac + BSA H42-24 + BSA

+16 Da +32 Da

Mass (m/z) Mass (m/z)

Mass (m/z)

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!" %!" '!" (!"トリチウムラベルしたメチル基の

取り込み量 (nM)

SMYD3メチル化酵素 + 非修飾ヒストンペプチド

反応時間 (分)

SMYD3メチル化酵素 + 水酸化ヒストンペプチド

+16 Da +32 Da

H49-23 + GST-JMJD6

JMJD6 H49-23 me1 + GST-JMJD6 H42-24 Ac + GST-JMJD6

JMJD6 H42-24 + GST-JMJD6

水酸化による分子量の増加なし

水酸化による分子量の増加なし

(注4)アセチル化ヒストンペプチドは、ペプチド中のすべてのリジンをアセチル化リジンに置換したものです。

(注5)メチル化ヒストンペプチドは、ペプチド中のすべてのリジンをモノメチル化リジンに置換したものです。

水酸化部位

Page 4: 新しいヒストン修飾「水酸化」の発見...SMYD3メチル化酵素 + 非修飾ヒストンペプチド 反応時間 (分) SMYD3メチル化酵素 + 水酸化ヒストンペプチド

研究課題:ヒストンのリジン残基 「水酸化」の責任酵素同定と生理的意義の解明研究組織:生医研、エピゲノム制御学分野 審査部門:医療系 採択年度:H24 整理番号:24331 種目:D-1タイプ(教育拠点システム教育改革プログラム)代表者 :鵜木 元香(生体防御医学研究所 助教)

Discovery of a novel histone modification “lysyl hydroxylation”

■ Summary   We found that a lysyl hydroxylase JMJD6 binds to UHRF1, which recognizes histone modifications and also interacts with various histone modification enzymes. We hypothesized that JMJD6 might hydroxylate histone lysyl

residues. First, we developed ultra sensitive amino acid composition analysis to detect hydroxylysine in histones

collaborating with Drs. Naoshi Dohmae and Akiko Masuda (RIKEN). Using this method, we detected

hydroxylysines in histones purified from wild-type mouse embryos, but did not detect those from Jmjd6 knockout

mouse embryos. Therefore, we not only succeeded to detect hydroxylysine in histones for the first time in the

world, but also show that Jmjd6 is responsible for the hydroxylation.

Reference: Unoki et al., Lysyl 5-Hydroxylation, a novel histone modification, by Jumonji domain containing 6

(JMJD6). J. Biol. Chem. 288, 6053-6062 (2013)

Project leader: Motoko Unoki (Medical Institute of Bioregulation)

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