ホモロジー群によるアルファベットの分類...ホモロジー群によるアルファベットの分類...

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ホモロジー群によるアルファベットの分類 数学教育専修 2511018 佐々木 康英 序論 ホモロジー群とは,トポロジーの研究でしばしば用いられる不変量である.幾何的対象 の各次元に存在する「穴」を代数的に表現したものがホモロジー群である.近年,ホモロ ジー群はトポロジーの研究分野の他に,工学分野のセンサーネットワークや生命科学の分 野などへの応用もされている. 本研究は,身近な図形である文字をホモロジー群で分類可能かに着目した.文字そのも のの各次元の「穴」の数に着目すれば分類結果は明らかで,多くの文字を分類することは できない.そこで,第 2 章で紹介する方法でさらに詳細な文字の分類を試みる. 第1章 §1 オイラー数 オイラー数はトポロジーの不変量として最初に発見され,かつ最も重要なものの 1 つで ある.点と直線からなる単純な図形である平面グラフを考察することで,オイラー数の概 念をまとめる.平面上,または球面上の連結平面グラフをの頂点の数を(),辺の 数を(),面の数を()とするとオイラーの公式 () − () + () = 2 が成り立つ.オイラーの公式の応用として,格子点上に成り立つ格子多角形の面積を求 められるピックの公式に,証明を与えている.そして,種数の閉曲面上のオイラー数を 定義し,向き付け可能,または不可能閉曲面の性質について確認する. §2 回転数 単位円周 1 からそれ自身への連続写像全体の集合をホモトピーという関係で類別した 集合は,回転数という数で分類できることを示す.その応用として,代数学の基本定理や 任意の連続写像: 2 2 は不動点をもつというブラウアーの不動点定理,そして,連続 写像: 2 2 に対し, (−) = ()となる点2 が存在するという,ボルスク・ウラム の定理に証明を与える. また,曲面上のベクトル場の考察から,向き付け可能閉曲面上のベクトル場の孤立特異 点の指数和は,向き付け可能閉曲面のオイラー数と一致するという,ポアンカレ・ホップ の定理を導く. §3 単体的ホモロジー群 ホモロジー理論において,中心的な役割を果たす加群の性質をまとめる. 次に,幾何の性質を代数的に扱うために単体を定義する.は単体の次元を表す.この

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Page 1: ホモロジー群によるアルファベットの分類...ホモロジー群によるアルファベットの分類 数学教育専修 2511018 佐々木 康英 序論 ホモロジー群とは,トポロジーの研究でしばしば用いられる不変量である.幾何的対象

ホモロジー群によるアルファベットの分類

数学教育専修 2511018

佐々木 康英

序論

ホモロジー群とは,トポロジーの研究でしばしば用いられる不変量である.幾何的対象

の各次元に存在する「穴」を代数的に表現したものがホモロジー群である.近年,ホモロ

ジー群はトポロジーの研究分野の他に,工学分野のセンサーネットワークや生命科学の分

野などへの応用もされている.

本研究は,身近な図形である文字をホモロジー群で分類可能かに着目した.文字そのも

のの各次元の「穴」の数に着目すれば分類結果は明らかで,多くの文字を分類することは

できない.そこで,第 2章で紹介する方法でさらに詳細な文字の分類を試みる.

第 1章

§1 オイラー数

オイラー数はトポロジーの不変量として最初に発見され,かつ最も重要なものの 1つで

ある.点と直線からなる単純な図形である平面グラフを考察することで,オイラー数の概

念をまとめる.平面上,または球面上の連結平面グラフを𝐺,𝐺の頂点の数を𝑉(𝐺),辺の

数を𝐸(𝐺),面の数を𝐹(𝐺)とするとオイラーの公式

𝑉(𝐺) − 𝐸(𝐺) + 𝐹(𝐺) = 2

が成り立つ.オイラーの公式の応用として,格子点上に成り立つ格子多角形𝑃の面積を求

められるピックの公式に,証明を与えている.そして,種数𝑔の閉曲面上のオイラー数を

定義し,向き付け可能,または不可能閉曲面の性質について確認する.

§2 回転数

単位円周𝑆1からそれ自身への連続写像全体の集合をホモトピーという関係で類別した

集合は,回転数という数で分類できることを示す.その応用として,代数学の基本定理や

任意の連続写像𝑓: 𝐷2 → 𝐷2は不動点をもつというブラウアーの不動点定理,そして,連続

写像𝑓: 𝑆2 → 𝐑2に対し,𝑓(−𝑎) = 𝑓(𝑎)となる点𝑎 ∈ 𝑆2が存在するという,ボルスク・ウラム

の定理に証明を与える.

また,曲面上のベクトル場の考察から,向き付け可能閉曲面上のベクトル場の孤立特異

点の指数和は,向き付け可能閉曲面のオイラー数と一致するという,ポアンカレ・ホップ

の定理を導く.

§3 単体的ホモロジー群

ホモロジー理論において,中心的な役割を果たす加群の性質をまとめる.

次に,幾何の性質を代数的に扱うために𝑛単体を定義する.𝑛は単体の次元を表す.この

Page 2: ホモロジー群によるアルファベットの分類...ホモロジー群によるアルファベットの分類 数学教育専修 2511018 佐々木 康英 序論 ホモロジー群とは,トポロジーの研究でしばしば用いられる不変量である.幾何的対象

単体は,2 次元の 3 角形を一般の次元に拡張したものである.そして,有限個の単体から

なる集合𝐾が,1)𝑠を𝐾に属する単体とするとき,𝑠の面はまた𝐾に属する.2)𝑠,𝑠′を𝐾に属

する 2つの単体とし,𝑠 ∩ 𝑠′が空でないとき,𝑠 ∩ 𝑠′は𝑠の面であると同時に𝑠′の面でもある.

の1)2)を満たすとき,𝐾を単体複体という.

単体に向きをつけ,チェイン群𝐶𝑞(𝐾)を定義すると,向きの付いた単体の境界を代数的

に表現できる.たとえば,向きの付いた𝑞単体⟨𝑠⟩ = ⟨𝐴0𝐴1 … 𝐴𝑞⟩の境界𝜕(⟨𝑠⟩)を

𝜕(⟨𝑠⟩) ≔ ∑(−1)𝑞

𝑞

𝑖=1

⟨𝐴0𝐴1 … 𝐴𝑖−1𝐴�̂�𝐴𝑖 … 𝐴𝑞⟩

と定めると準同型写像

𝜕: 𝐶𝑞(𝐾) → 𝐶𝑞−1(𝐾)

を得る。この準同型写像𝜕をバウンダリー作用素という.バウンダリー作用素は 2 度続け

ると零写像になる.単体複体𝐾に対して

𝑍𝑞(𝐾) ≔ ker(𝜕: 𝐶𝑞(𝐾) → 𝐶𝑞−1(𝐾) )

𝐵𝑞(𝐾) ≔ im(𝜕: 𝐶𝑞+1(𝐾) → 𝐶𝑞(𝐾) )

と定める.𝑍𝑞(𝐾)は境界のない𝑞次元図形,𝐵𝑞(𝐾)は𝑞 + 1次元図形の境界となっている𝑞次

元図形と思える.そして,𝑍𝑞(𝐾)と𝐵𝑞(𝐾)の差を表す剰余群または商群

𝐻𝑞(𝐾) ≔ 𝑍𝑞(𝐾) 𝐵𝑞(𝐾)⁄

を単体複体𝐾の𝑞次ホモロジー群という.次の定理は,ホモロジー群はオイラー数より豊富

な情報をもっていることを示唆している.

定理 オイラー・ポアンカレの公式

χ(𝐾) = ∑(−1)𝑞rk (𝐻𝑞(𝐾))

𝑛

𝑞=0

χ(𝐾)は単体複体𝐾のオイラー数,rk (𝐻𝑞(𝐾))は加群𝐻𝑞(𝐾)の階数で,𝐾の𝑞次ベッチ数とい

う.

第 2章

§1 概要

アルファベットの大文字をホモロジー群で分類可能かを調べることにする.分類する文

字のフォントはMicrosoft Wordの「Century」「MS明朝」「MSゴシック」「HGS創英角

ポップ体」「HGP教科書体」とする.しかし,単にホモロジー群を調べるだけでは,多く

の文字が分類できないのは明らかであるため,特別な分類方法を与える.そして,ホモロ

ジー群が変化する様子で文字を分類可能か調べる.このとき,次の命題がいえる.

命題

𝐾:平面図形を構成する単体複体

𝐻𝑞(𝐾) = 0(𝑞 ≥ 2)

Page 3: ホモロジー群によるアルファベットの分類...ホモロジー群によるアルファベットの分類 数学教育専修 2511018 佐々木 康英 序論 ホモロジー群とは,トポロジーの研究でしばしば用いられる不変量である.幾何的対象

§2 結果

Microsoft Wordの 5種類のフォント「Century」「MS 明朝」「MSゴシック」「HGS創

英角ポップ体」「HGP 教科書体」を分類した結果,すべて分類不可能であった.分類でき

なかった文字は次の表に示す通りである.

ホモロジー群が一致した文字を(A, B),(A, b)のように示す.大文字同士の組は,1 種類

のフォント内で分類できなかった場合で,大文字と小文字の組は,2 種類のフォントでホ

モロジー群が一致したもの同士を表す.つまり,Century「A」とMS明朝「B」が分類で

きなかった場合,(A, b)と表す.また,両方のフォントでホモロジー群が一致した場合は,

括弧無しで示す.表より,ポップ体以外の「U」と「V」が分類できなかったことがわか

る.そして,MS ゴシック,HGS 創英角ポップ体,HGP 教科書体では分類できなかった

文字が増えたことから,フォント特有のとめやはねなどが,ホモロジー群の計算に影響を

与えていることがわかった.

次に,手書きの文字の分類を試みた.30人の手書きの文字の分類を行ったが,全て分類

できない結果となった.しかし,既存のフォントで分類できなかった「U」と「V」が,

30人中 22人で分類可能となっていた.一方,様々な文字のホモロジー群が一致する中で,

特に「S」と「X」とホモロジー群が一致する場合が多かった.

以上の結果によりホモロジー群は,既存のフォントと手書きの文字の分類には不適切で

大 Century 明朝 ゴシック ポップ体 教科書体

Century (J, Z)(U, V)

C, F, I, L, N, O,

P, T, U, V, Y, Z

(J, Z, z)

(U, V, u, v)

I, O

(J, Z, s)

(J, Z, c, g, s, x, z)

(O, d, o, p)

C, O

(J, Z, s, z)

明朝 (U, V)

I, O

(O, d, o, p)

(Z, s)

(Z, c, g, s, x, z)

C

(O, d, o, p)

(Z, s, z)

ゴシック

(D, O, P)

(U, V, Y)

(L, T)

D, O, P, Q

(S, c, g, s, x, z)

(F, i, l)

D, O, P, S

(S, s, z)

ポップ体

(C, G, S, X, Z)

(D, O, P)

(I, L)

(J, V)

D, J, O, P, S, Z

(I, L, f)

教科書体

(D, O, P)

(H, N)

(I, T, L)

(U, V, Y)

(S, Z)

Page 4: ホモロジー群によるアルファベットの分類...ホモロジー群によるアルファベットの分類 数学教育専修 2511018 佐々木 康英 序論 ホモロジー群とは,トポロジーの研究でしばしば用いられる不変量である.幾何的対象

あることがわかった.特に,手書きの文字の方が,ホモロジー群が一致する文字が増えて

しまい,分類困難であった.

今後の研究課題としては,既存のフォントを斜め方向からも計算することが考えられる

が,「U」と「V」の結果は一致してしまうことが予想される.そこで,計算方向を 360度

方向から行い,ホモロジー群が変化する瞬間の様子から分類が考えられる.また,文字の

出現率と合わせて分類できるかも考えられる.たとえば,「S」と「X」は本研究では同じ

ホモロジー群となったが,ホモロジー群が変化するタイミングは異なる.ホモロジー群が

一致した他の文字も,出現率によって差があることが考えられるため,出現率と合わせた

分類が考えられる.そして,本研究の方法でアルファベット小文字や平仮名等,他の文字

を分類できるかが課題として考えられる.

参考文献

枡田幹也,『代数的トポロジー』,朝倉書店,2002.

瀬山士郎,『トポロジー:柔らかい幾何学』,日本評論社,1988.

田村一郎,『トポロジー』,岩波全書,1972.

河原英介,『レタリング日本字・英字』,ビジネス社,1981.