ルーブリックの意義とその導入・活用 · 3.1....

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ルーブリックの意義とその導入・活用 (要旨) 高等教育機関における FD 活動は、すでに学生の授業評価や公開授業の実施という初期 導入段階を過ぎ、高等教育開発センターの設立などを経て、本格的な活動に移行している。 本稿では、平成 20 12 24 日に公表された中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』 のポイントをまとめ、その中でも特に本格的導入を期待されている「単位制度の実質化」 と「成績評価の厳格化」について「ルーブリック」の導入・活用という観点から論じる。 (キーワード) 中央教育審議会答申、能動的学習(active learning)、成績評価の厳格化、ルーブリック Rubrics)、絶対評価と相対評価 1. 序論 1.1. 中央教育審議会答申と FD 活動 平成 20 12 24 日の中央教育審議会(以下、中教審と略す)答申『学士課程教育の構 築に向けて』の公表以降、各高等教育機関において、FDSD の実施および「単位制度の 実質化」(それに伴う評価の厳格化)に向けた努力が加速している。各機関における推進の ほか、その連携による横断的な活動も活発化している。授業評価、公開授業などの初期導 入的な時期はすでに過ぎ、単位制度の実質化や成績評価の厳格化など、さらに踏み込んだ 本格的な FD 活動への移行が進んでいる。 本稿の目的である成績評価の厳格化について検討する前に、中教審答申の主要点を整理 しておこう。 まず、中教審答申の高等教育改革に向けての主要な提言内容は、大きく分けると、以下 の三点に集約される。「学位の授与、学修の評価」、「教育内容・方法等」、「高等学校との接 続」の三分野である。この各分野において、改革に向けた「方針」が示されている。そこで、 本稿と関わりの深い「学位の授与、学修の評価」と「教育内容・方法等」に関して、その 中心的課題およびキーワードを整理する。 1.2. 単位制度の実質化と成績評価の厳格化 まず、「学位の授与、学修の評価」に関して最も重要なキーワードが、「学習成果」(learning 高等教育開発センターフォーラム Vol.1: 125-135, 2014 − 125 −

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Page 1: ルーブリックの意義とその導入・活用 · 3.1. ビジネス・コミュニケーションbの授業概要(2012年度) 筆者の前任校・関西外国語大学での担当科目の一つであるビジネス・コミュニケーショ

高等教育開発センターフォーラム

ルーブリックの意義とその導入・活用

田 宮   憲

(要旨) 高等教育機関における FD 活動は、すでに学生の授業評価や公開授業の実施という初期導入段階を過ぎ、高等教育開発センターの設立などを経て、本格的な活動に移行している。本稿では、平成 20 年 12 月 24 日に公表された中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』のポイントをまとめ、その中でも特に本格的導入を期待されている「単位制度の実質化」と「成績評価の厳格化」について「ルーブリック」の導入・活用という観点から論じる。

(キーワード)中央教育審議会答申、能動的学習(active learning)、成績評価の厳格化、ルーブリック

(Rubrics)、絶対評価と相対評価

1. 序論

1.1. 中央教育審議会答申と FD 活動

 平成 20 年 12 月 24 日の中央教育審議会(以下、中教審と略す)答申『学士課程教育の構築に向けて』の公表以降、各高等教育機関において、FD・SD の実施および「単位制度の実質化」(それに伴う評価の厳格化)に向けた努力が加速している。各機関における推進のほか、その連携による横断的な活動も活発化している。授業評価、公開授業などの初期導入的な時期はすでに過ぎ、単位制度の実質化や成績評価の厳格化など、さらに踏み込んだ本格的な FD 活動への移行が進んでいる。 本稿の目的である成績評価の厳格化について検討する前に、中教審答申の主要点を整理しておこう。 まず、中教審答申の高等教育改革に向けての主要な提言内容は、大きく分けると、以下の三点に集約される。「学位の授与、学修の評価」、「教育内容・方法等」、「高等学校との接続」の三分野である。この各分野において、改革に向けた「方針」が示されている。そこで、本稿と関わりの深い「学位の授与、学修の評価」と「教育内容・方法等」に関して、その中心的課題およびキーワードを整理する。

1.2. 単位制度の実質化と成績評価の厳格化

 まず、「学位の授与、学修の評価」に関して最も重要なキーワードが、「学習成果」(learning

高等教育開発センターフォーラムVol.1: 125-135, 2014

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ルーブリックの意義とその導入・活用

outcomes)の具体化・明確化である。つまり、「何を教えるか」よりも「何ができるようにするか」に力点を置いた授業構成・内容が求められている。この発想が教育現場への「コンピテンシー概念」の導入を促進しているのである。 次に、「教育内容・方法等」での最も重要な中心的課題が、「単位制度の実質化」であり、それに伴う「成績評価の厳格化」である。中教審が平成 20 年 3 月 25 日に公表した『学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)』に見られるように、再三にわたって、「成績評価の厳格化」が高等教育機関に対して要請されている。 では、「成績評価の厳格化」とは、何か。多くの教員が、私は厳しい評価をしている、あるいは容易に単位を与えず、落第も多い、と話すが、その評価の判断基準は評価者以外にとって、わかりにくい場合が多い。成績評価の厳格化を実施する前に注意すべきことは、中教審の指摘にもあるように「教員間の共通理解の下、成績評価基準を策定し、その明示について徹底する」ということである。 日本の高等教育機関の成績評価は、上述のような、判断基準の公表・共通認識なしに厳しい評価を行うという問題点と、逆に、容易に単位を出し、高めの成績評価(grade

inflation)を付与するという問題もある。両者とも、容易に改まる問題ではないが、その一つの回答として、まず、評価規準・評価基準 1)の明確化が必要となろう。そのツールの一つが本稿のテーマである「ルーブリック」である。日本では、初等・中等教育において、ルーブリックを用いた評価方式やその事例集が充実しつつあるが、高等教育レベルでのこの種の論文は少ない。 次章以降、ルーブリックの権威であるダネル・スティーブンス教授(本学客員教授)の著書 2)を参考に、その効用や問題点、実際の授業における試案例等を示す。

2. 能動的学習を促進させるルーブリックの意義とその導入

2.1. 授業改善なくして厳格な成績評価なし

 序論で整理したように、学士課程の諸問題の改革・改善を行うためには、「教職員の職能開発」と「質保証システムの整備」が喫緊の課題となる。その実現に向けて、いわゆる「FD・SD の推進」と「単位制度の実質化」(それに伴う成績評価の厳格化)を教員は意識せざるを得ない状況となっている。しかし、成績評価の厳格化だけを独立して行うのは難しい。中教審の提言の一つにもあるように、「学生が本気で学び、社会で通用する力を身につけるよう、きめ細かな指導と厳格な成績評価」が必要とされており、前者の「きめ細かな指導」を行うことなく、「厳格な成績評価」を付与することは、なされるべきではない。教員が授業改善や指導戦略を考えずに、成績だけを引き下げていく(grade deflation)ことにつながりかねない。つまり、授業改善や指導方法の省察なくして、厳格な成績評価は成り立たないと言えるのである。 では、授業改善に関して、教員が行うべきことは何か。FD 自体、外来の思想を取り入れ

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ているため、定義がわかりにくい用語も多いが、FD の進展に伴い、現在、以下に列挙する項目が教員の実践課題となっている。授業改善および指導方法の修正に関して重要なことは、学習目標の明示とその達成度の測定、詳細なシラバスおよびティーチング・ポートフォリオ(教育業績)の提示、授業哲学(teaching philosophy)の明示、評価規準・評価基準の改善および修正、学生の能動的学習を促すためのラーニング・ポートフォリオ(学習過程の記録)作成の義務化、などである。これらの項目を勘案した授業構成の再検討が必要であり、目に見える形(evidence-based)で各項目を提示し、その修正に継続的に努めることが授業改善につながるということである。

2.2. ルーブリックとは何か

 ここまでの議論を整理すると、教員の課題は、学生の能動的学習を促し、学習目標を明確に提示し、学習成果を目に見える形で達成させるような授業構成に基づく指導を行う、ということになる。そして、その学習成果を判断する厳格な成績評価をアカウンタビリティに耐えるレベルで公表しなければならない、ということになろう。 これら一連の作業をスムーズに進める第一歩として、本稿で取り上げるルーブリックの導入と活用が最適である、と筆者は考える。 ルーブリックの基本形は、評価したい観点および評価規準を縦軸にとり、評価基準を横軸にとった形となっている。一例として、筆者の担当授業におけるルーブリック(末尾に掲載)を参照していただきたい。評価観点・評価規準・評価基準とも項目の増減は担当教員の裁量により自由に設定できるが、学生への素早いフィードバックと採点時間のムダを省くため、筆者は多くの評価規準の中から 25 項目に絞り、一般的な GPA への対応も考え、評価基準は 5 段階に設定した。

2.3. ルーブリックの効用

 本節では、成績評価の便利なツールであるルーブリックの主要な効用についてまとめる。

(1)評価観点・評価規準・評価基準を明確に提示することにより、授業および成績評価に対するアカウンタビリティを確保できる。

(2)教員の意図をはっきりと示すことができる(学習目標の明示化)。(3)採点のぶれが少なくなる(公正な評価、評価の一貫性)。(4)採点時間の短縮を図れる。(5)学生への素早いフィードバックに適している。(6)学習目標と到達レベルを学生が把握しやすいため、能動的学習の促進に適している。(7)増加傾向にある学生参加型授業での評価に適している。(8)教員間の情報共有に適した形態である。

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ルーブリックの意義とその導入・活用

(9)自らの成績評価の盲点を知ることができる(同僚教員・学生からの指摘や示唆によって、より彫琢された形に修正できる)。

 このように、学生を能動的学習に導くのに適しており、さらに、同僚教員とのコミュニケーションツールにもなりうるので、授業改善や授業構成の修正、成績評価方法の改善・修正を実施しやすくなるであろう。 また、時間を効率的に使えるという長所も大きい。Rucker と Thomson の研究(2003)が明らかにするように、フィードバックまでの時間の短縮が、能動的学習の促進に寄与する重要な要素の一つと言える。時間の制約上、学生への素早いフィードバックやコメントをできなかったため、学生のモチベーションに悪い影響を与えたと感じる場合も多いので、ルーブリックを用いた素早いレスポンスは、クラスの活性化にもつながると考えられる。 従って、作成時間はかかるが、結果的には、学習目標の一覧を示し、学生の能動的学習を促し、フィードバックや採点の時間も節約でき、かつアカウンタビリティも満たす非常に合理的なツールと言えるのである。

3. 担当授業におけるルーブリックの導入試案

3.1. ビジネス・コミュニケーション Bの授業概要(2012 年度)

 筆者の前任校・関西外国語大学での担当科目の一つであるビジネス・コミュニケーション B(以下、BCB と略す)におけるルーブリック試案を末尾に示した。本節では、まず、このルーブリックによる採点を試験的に導入した BCB の授業概要をまとめておく。 BCB は、関西外国語大学国際言語学部・国際ビジネスコミュニケーションコースの 3・4

年生向けの科目で、履修人数は 60 名程度である。他コースの履修者もいるため、経済・経営系の専門的知識の習得というよりもプレゼンテーション・ディスカッション・ディベートを中心とした授業構成をとった。具体的な学習目標は、2 つのテーマに関して、ディベートおよびコンテストを課すことによって、ビジネス・コミュニケーション能力の向上を目指している。TBL(Team-based learning)の手法を用いて学習成果を示すという形式をとっているので、履修者を 6 ~ 8 のチームに分け、相互に競い合う形で、チーム作業中心に授業を進めている。 2012 年度のテーマは、「英語社内公用語化の是非」および「クールジャパン」である。まず、これらのテーマに関する英文記事(The Nikkei Weekly)を配布し、そこから論点の抽出、論拠の明示、それを補強するデータ・資料の収集、プレゼンテーションの作成、そしてディスカッションおよびディベート(またはコンテスト)をチームベースで実施し、この 2 つのテーマに関する簡略版のラーニング・ポートフォリオの提出を履修者全員に義務づけている。 通常のペーパー・テストやレポートを実施しないので、成績評価にぶれや偏りが起こら

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ないように、学習目標を明示した評価規準・評価基準をどう設定するかが問題となる。学習目標の設定は、教員の授業哲学に大きく依存するが、結局は、学生に何を習得してほしいかということを明示することであり、それをどの程度まで達成できたかが学習成果であるため、何ができるようになったかを目に見える形で残すことが重要となる。そのため、チーム内での共同作業を Evernote という一覧性に優れたソフト上で行うように指導し、クラス外での学生のパフォーマンスを定期的に観察している。

3.2. BCB におけるルーブリック試案

 ルーブリックを作成するには、まず、教員が重要だと考える能力をリストにする必要がある。そこで、筆者がルーブリックを作成する上で、最も重要と考えた評価規準を以下に列挙しておく。

(1)「チーム作業への取組状況」では、以下の 5 点の評価規準を設定した。

 ①協働意識(コミュニケーション能力、計画立案能力など) ②役割分担(タスク達成のためのチームとしての効率的運営能力) ③役割に対する個人の達成度(個人のチームへのフィードバック能力) ④情報の共有(収集した資料・データを Evernote で共有・集約) ⑤ 情報の活用(集約した情報を取捨選択し、適切なプレゼンテーション・ディベートを

準備する能力)

(2)「プレゼンテーション」では、以下の 6 点の評価規準を設定した。

 ①外形的要素(話し方、態度、わかりやすさ等) ②説得力(ロジカルな説明およびエモーショナルな表現) ③明確な論点の提示 ④論拠の提示 ⑤適切な事例・ストーリーの選択 ⑥配布資料(適切なデータ・資料の選択)およびパワーポイントなどの適切な活用

(3)「ディスカッション」では、以下の 2 点の評価規準を設定した。

 ①外形的要素(返答時の話し方、態度、わかりやすさ等) ②質問に対する適切な返答(論理的で、わかりやすい返答を心がけているか)

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ルーブリックの意義とその導入・活用

(4)「ディベート」では、以下の 6 点の評価規準を設定した。

 ①チームとしての参加姿勢 ②外形的要素(話し方、態度、わかりやすさ等) ③ロジカルな側面から見た説得力(ロジックに破綻はないか) ④ エモーショナルな側面から見た説得力(オーディエンスに訴えかけるエモーショナル

な表現・例が用いられているか) ⑤相手の論点・論拠の不備を指摘する能力 ⑥相手の指摘に対応する能力

(5)「簡略版ラーニング・ポートフォリオ」では、以下の 6 点の評価規準を設定した。

 ①テーマに関する書籍・資料・データを収集できている。 ②収集した資料などをもとに、テーマに関するエッセイをまとめることができる。 ③チーム作業における反省点・改善点をまとめることができる。 ④改善に向けた計画を設定できる。 ⑤改善に向けた計画を実行できる。 ⑥自己評価・自己改善できる。

4. ルーブリックによる成績評価から得られた知見

 上記のような観点からルーブリックを作成し、成績評価に用いたが、その実施において確認できた諸問題を本章で整理しておこう。 まず、今回は学習目標や評価観点に意識を向けてもらうため、各学生に他チームのプレゼンテーションやディベートをルーブリックに基づいて評価してもらった。この学生相互評価によって、学生の集中力が高まっている様子を確認できた。記名式で他チームの評価を実施したので、評価者という責任感をもって、採点にあたる学生が多く、非常にしっかりとしたコメントも見られた。評価されたチームには、集計した結果やコメントを提示したので、誰が、どのような評価を下したかはわからないように配慮した。 このように責任感の醸成や集中力、学習目標の理解には、ある程度有効であったと考えられるが、このルーブリック自体への関心を高めることや評価を受け取ったあとの省察を促すことはできなかった。今後はルーブリックをもとに、学生が向上させるべき能力をどのように獲得していくかということに授業時間の一部を割り当てることが必要であると実感した。また、ラーニング・ポートフォリオに「評価に対する検討」(つまり省察)を含むよう配慮するつもりである。 次に、教員側の効用と限界について感じたことをまとめる。第 2 章 3 節において整理し

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高等教育開発センターフォーラム

た一般的に考えられるルーブリックの効用と比較する形で、以下に整理する。

(1)ルーブリックの作成により、学習目標の明示化と公正な評価、そのアカウンタビリティは示せたと感じるが、採点時間の短縮や素早いフィードバックは、難しかった。この問題点は、ルーブリックの作成の仕方に大きく依存するであろう。評価規準の絞り込みを考えないと、煩雑になり、採点時間の短縮や素早いフィードバックを図れないことがわかった。集計する手間が意外とかかったことも原因の一つである。

(2)ルーブリックの改善・修正に関しては、まさに作成したその瞬間から気になる個所が多く、常に修正しなければ、満足できるルーブリックを作れないと実感した。継続的に同じ授業で適用し続ければ、その問題点の発見や改善をできると思うが、一つ一つの授業に対する学習目標の設定を教員自身が明確に把握しないと、有効なルーブリック作成に失敗する可能性すらあると感じた。そういった意味で、繰り返し作成する経験が必要で、同僚教員や学生からのフィードバックを促す工夫も考えなければならない。

(3)ルーブリックは絶対評価のツールであるため、相対評価(ある意味、正規分布的な評価を求めるもの)の導入との整合性をどう考えるかが、今後は重要なポイントとなるだろう。また、アカウンタビリティを満たすための評価基準の作成については、成績評価における4 と 3、あるいは、もっと重大な 1 と 0 の差は何か、という問いへの答えを常に準備しておかなければならない。このような「絶対評価・相対評価問題」と「境界問題」は、どのような成績評価手法を採ろうとも起こりうるので、教員にとって、永遠の課題であると言える。

5. おわりに

 本稿では、ルーブリックの効用と限界について、概説的な整理を行った。授業改善と成績評価の厳格化の実施において、ルーブリックの作成が、そのささやかな第一歩になることをご理解いただけたと思う。 高等教育機関の教員の多くは、筆者も含め、残念ながら、教育学・教育方法論の素人であり、授業実践上の工夫や成績評価のあり方などに関心を示さない場合も多い。それは、現場体験を営々と積み重ねているため、何らかの経験知や実践知を持っておられる方が多いからであろう。それゆえに、独自のカンとコツで乗り切る成績評価にこだわり続け、ルーブリックを作成することの効用を軽く考えてしまうのかもしれない。ただ、この種のカンやコツは、学生や同僚教員との共有が難しいので、それだけでは、成績評価に関するアカウンタビリティを果たせない可能性が高くなるであろう。 成績評価のためのルーブリックの作成自体は、比較的簡単である。ウェブ上や書籍に多くの評価規準・評価基準のモデルケースがあるので、そう苦労はしない。しかし、どの項

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ルーブリックの意義とその導入・活用

目に重点を置くかということに関しては、教員の価値観を反映するため、その部分のアカウンタビリティを満たすには、授業哲学、詳細なシラバス、ティーチング・ポートフォリオなどの明示も必要になるだろう。そのため、芋づる式に教員が果たすべきタスクが増えていき、こういった作業に一体何の意味があるのか、という懐疑的な意見が多くなるのも理解できる。とはいえ、大学(もちろん教員も)のアカウンタビリティに対する社会的要請や学生の要求は、ますます大きくなっており、積極的に取り組まねばならない状況に変わりはない。 結局、私たちは教員としての職責を再認識し、アカウンタビリティを果たすための様々な教育的業績の提示を怠ってはならない、ということであろう。そのために、ささやかな一歩ではあるが、ルーブリックの作成を通じて、評価規準・評価基準の修正を常に行えば、自ずと、継続的な授業改善につながると前向きに考えたい。 本稿では、関西外国語大学の BCB におけるルーブリックの導入について考察したが、ご興味をもたれた方から問題点および修正点に関して、多くのご指摘をいただければ、ありがたい。

(注)1) 初等・中等教育の現場における絶対評価の指針づくりとして、「何を子どもが学習すべきかの目

標をあらかじめ定めた評価規準を作成するとともに、他方では、同時に、実際に子どもがどこまで達成したか、その学習の実現状況を判断するための指標としての評価基準をあらかじめ設定しておく必要」が述べられている。(高浦勝義(2004)77 ページ)

2) ルーブリックの作成および効用に関しては、Stevens, D. D. & Levi, A. J. (2005). Introduction to Rubrics: An Assessment Tool to Save Grading Time, Convey Effective Feedback and Promote Student Learning. Stylus Publishing, LLC. を参照。

(参考文献)

(邦文文献)◯  清水亮・橋本勝・松本美奈(編著)(2009)『学生と変える大学教育 ― FD を楽しむという発想』

ナカニシヤ出版 .◯  高浦勝義 (2004)『絶対評価とルーブリックの理論と実際』黎明書房 .◯  中央教育審議会大学分科会 制度・教育部会(編)(2008)「学士課程教育の構築に向けて」  URL:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1217067.htm◯  土持ゲーリー法一 (2011)『ポートフォリオが日本の大学を変える ― ティーチング/ラーニング

/アカデミック・ポートフォリオの活用』東信堂 .◯  土持ゲーリー法一 (2009)『ラーニング・ポートフォリオ ー 学習改善の秘訣』東信堂 .◯  同志社大学教育開発センター(編)(2008)『文部科学省特色ある大学教育支援プログラム「情

報環境の整備と成績評価の厳格化」シンポジウム 「成績評価の厳格化とその支援システム」報告書』同志社大学教育開発センター .     

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高等教育開発センターフォーラム

(英文文献)◯  Fink, L. D. (2003). Creating Significant Learning Experiences: An Integrated Approach to Designing

College Courses. John Wiley & Sons, Inc. (土持ゲーリー法一監訳 (2011)『学習経験をつくる大学授業法』玉川大学出版部)

◯  Rucker, M. L., and Thomson, S. (2003). Assessing student learning outcomes: An investigation of the relationship among feedback measures. College Student Journal, 37(3), 400-405

◯  Stevens, D. D. & Levi, A. J. (2005). Introduction to Rubrics : An Assessment Tool to Save Grading Time, Convey Effective Feedback and Promote Student Learning. Stylus Publishing, LLC.

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ルーブリックの意義とその導入・活用

評価規準/評価基準

A(4)

B(3)

C(2)

D(1)

F(0)

チーム作業への取組状況

(5つの評価規準)

①協働意識

②役割分担

③個人の達成度

④情報の共有

⑤情報の活用

問題解決に向けて、一致団結

できている。

効率的運営のための役割分

担が、適性に応じて、形成さ

れている。

個人は割り振られた役割を

完全に果たし、全体的な作業

も先導している。

情報の集約・共有が十分に達

成されている。

情報を取捨選択し、プレゼ

ン・ディベートに向けた活用

が十分に行われている。

問題解決に向けて、十分に協

働できている。

効率的運営のための役割分

担が形成されている。

個人は、割り振られた役割を

十分に果たし、全体的な作業

にも積極的に参加している。

情報の集約・共有がほぼ達成

されている。

情報を取捨選択し、プレゼ

ン・ディベートに向けた活用

が概ね行われている。

問題解決に向けて、協働しよ

うとするが、不十分なところ

もある。

役割分担をしているが、効率

的にタスクを達成できてい

ない部分がある。

個人は、割り振られた役割を

概ね果たしている。

情報の集約・共有ができてい

ない部分が多い。

情報を十分に活用できてい

ない部分が多い。

問題解決に向けて、協働しよ

うとするが、不十分なところ

が多い。

役割分担できず、特定の個人

にタスクが集中し、チーム運

営に参加しない学生がいる。

個人は、割り振られた役割を

あまり果たしていない。

情報の集約・共有がほとんど

達成されていない。

情報の活用がほとんどでき

ていない。

問題解決に向けて、協働する

意識がない。

役割分担できず、個人はタス

クを果たさず、チーム運営に

取り組む姿勢がない。

個人は、割り振られた役割を

まったく果たしていない。

情報の集約・共有がなされて

いない。

情報の活用ができなかった。

プレゼンテーション

(6つの評価規準)

①外形的要素(態度など)

②説得力

③明確な論点の提示

④論拠の提示

⑤適切な事例・ストーリー

⑥配布資料およびパワー

ポイントなどの活用

話し方、態度、わかりやすい

説明等、必要な外形的要素を

すべて十分に満たしている。

十分に説得力をもったプレ

ゼンを展開できた。

論点が明確に示されており、

十分にわかりやすい形で提

示されている。

論点をサポートする論拠の

整理ができており、非常に論

理的に提示されている。

オーディエンスの共感を得

られる素晴らしい事例・スト

ーリーの提示ができた。

配布資料およびパワーポイ

ントの活用によって、説得力

のあるプレゼンができた。

話し方、態度、わかりやすい

説明等、必要な外形的要素を

概ね満たしている。

概ね説得力をもったプレゼ

ンを展開できた。

論点が示されており、比較的

容易に理解できる。

論点をサポートする論拠を

整理できているが、少し理解

しにくいところがある。

適切な事例・ストーリーの提

示ができた。

配布資料およびパワーポイ

ントの活用が十分にプレゼ

ンをサポートしていた。

必要な外形的要素に不十分

なところがあった。

一部説得力に欠けるプレゼ

ンだった。

論点を提示しているが、一部

わかりにくい表現がある。

論点と論拠の関係が一致し

ていないことがある。

事例・ストーリーを提示でき

たが、オーディエンスへのア

ピールに失敗した。

配布資料およびパワーポイ

ントを活用して、プレゼンを

行った。

必要な外形的要素がほとん

ど満たされていなかった。

プレゼンを行ったが、ほとん

ど説得力がなかった。

論点を提示しているが、テー

マとの関係性が希薄である。

論拠が曖昧で、何を説明しよ

うとしているのか、わからな

い。

事例・ストーリーの提示が不

十分である。

配布資料およびパワーポイ

ントの活用がプレゼンに活

かされなかった。

必要な外形的要素が見られ

ない。

プレゼンの体裁をなしてい

ない。

論点がわからない。

論拠が提示されていない。

事例・ストーリーの提示をで

きなかった。

配布資料およびパワーポイ

ントの活用がまったくプレ

ゼンをサポートしなかった。

① ② ③ ④ ⑤ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥

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高等教育開発センターフォーラム

ディスカッション

(2つの評価規準)

①外形的要素(返答、態度、

わかりやすい説明等)

②質問に対する適切な返答

必要な外形的要素をすべて

十分に満たしている。

質問に完全に対応できてい

る。

必要な外形的要素を概ね満

たしている。

質問に十分対応できている。

必要な外形的要素に不十分

なところがあった。

質問に対して、ところどころ

返答に窮している。

必要な外形的要素がほとん

ど満たされていなかった。

質問に対して、有効な返答を

することができない。

必要な外形的要素が見られ

ない。

質問を無視する。沈黙する。

ディベート

(6つの評価規準)

①チームとしての参加姿勢

②外形的要素

③ロジカルな側面から見

た説得力

④エモーショナルな側面

から見た説得力

⑤相手の論点・論拠の不備

を指摘する能力

⑥相手の指摘に対応する

能力

多くのメンバーが活発にデ

ィベートに参加した。

必要な外形的要素をすべて

十分に満たしている。

十分に論理的説得力をもっ

たディベートを展開できた。

十分に感情的説得力をもっ

たディベートを展開できた。

相手の論点・論拠の不備を鋭

く指摘できた。

相手の指摘に対して、全く問

題なく対応できた。

約半数のメンバーが活発に

ディベートに参加した。

必要な外形的要素をおおむ

ね満たしている。

概ね論理的説得力をもった

ディベートを展開できた。

概ね感情的説得力をもった

ディベートを展開できた。

相手の論点・論拠の不備をか

なり指摘できた。

相手の指摘に対して、概ね対

応できた。

3人程度のメンバーのみ活

発にディベートに参加した。

必要な外形的要素に不十分

なところがあった。

一部論理的説得力に欠ける

ディベートだった。

感情的説得力に乏しいディ

ベートだった。

相手の論点・論拠の不備を若

干、指摘できた。

相手の指摘に対して、不十分

な対応があった。

1~2人の特定のメンバー

しかディベートに参加しな

かった。

必要な外形的要素がほとん

ど満たされていなかった。

ほとんど論理的説得力がな

かった。

んど感情的説得力がな

ほと

かった。

相手の論点・論拠の不備をほ

とんど指摘できなかった。

相手の指摘に対して、対応で

きない場面が多かった。

チームとして、何の準備もせ

ず、ディベートにほとんど関

与できなかった。

必要な外形的要素が見られ

ない。

ディベートの体裁をなして

いない。論理力がない。

ディベートの体裁をなして

いない。共感がなかった。

相手の論点・論拠の不備を指

摘できなかった。

相手の指摘に対して、ほとん

ど対応できなかった。

簡略版ラーニング・ポート

フォリオ

(6つの評価規準)

①データ等の収集

②エッセイの提出

③チーム作業の省察

④改善計画

⑤改善の実行

⑥自己評価と省察

テーマに関するデータ等を

多角的に豊富に収集できた。

十分に説得力のあるエッセ

イをまとめた。

反省点・改善点を十分に検討

し、提示できた。

改善に向けた計画を十分に

検討し、提示できた。

改善に向けた計画を十分に

実行できた。

自分の行動を省察し、具体的

な改善を実行できた。

テーマに関するデータ等を

十分に収集できた。

概ね適切なエッセイをまと

めることができた。

反省点・改善点を適切にまと

めることができた。

改善に向けた計画を適切に

まとめることができた。

改善に向けた計画の大半を

実行できた。

自分の行動を省察し、適切な

改善を実行できた。

テーマに関するデータ等を

ある程度収集できた。

テーマに関するエッセイを

まとめることができた。

反省点・改善点をまとめるこ

とができた。

改善に向けた計画をまとめ

ることができた。

改善に向けた計画を一部実

行できた。

一自分の行動を省察したが、

部しか改善できなかった。

テーマに関するデータ等を

あまり収集できなかった。

エッセイをまとめたが、不十

分な点が多い。

反省点・改善点を提示した

が、不十分な点が多い。

改善に向けた計画を提示し

たが、不十分な点が多い。

改善に向けた計画をほとん

ど実行できなかった。

省察、改善とも、不十分であ

テーマに関するデータ等を

ほとんど収集できなかった。

エッセイをまとめたが、全く

適切ではない。

反省点・改善点を検討した様

子が見られない。

改善に向けた計画を検討し

た様子が見られない。

改善に向けた計画を実行し

なかった。

省察、改善とも、ほとんどで

きなかった。

① ②① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥

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Page 12: ルーブリックの意義とその導入・活用 · 3.1. ビジネス・コミュニケーションbの授業概要(2012年度) 筆者の前任校・関西外国語大学での担当科目の一つであるビジネス・コミュニケーショ

ルーブリックの意義とその導入・活用

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