従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/pak_eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究...

18
従来のイノベーション・イノベーターに関する研究 朴英元、木戸冬子、阿部武志 1.はじめに 日本は戦後、ユニークな技術革新の仕組みを培うために、産業復興を第一に優先する大企 業を中心に、1950 年代後半から中央研究所を次々に立ち上げた。その結果、もっぱら欧米 の技術革新に頼ってきた日本企業も独自のイノベーションを数多く生み出すことに成功し ている。しかし、1990 年代バブル経済が弾いた以降、日本企業の国際競争力を危惧する声 が高まっている。こうした現状を乗り越えるために、グローバル競争優位を発揮するため にグローバルビジネスを担うイノベーション創出人材育成が重要となりつつある。しかし、 日本における競争優位なイノベーション創出とイノベーター人材育成のあり方について明 確なソリューションが提示されていないため、日本が得意とする技術を活かしたイノベー ション創出の機会が活性化されていないのも否めない事実である。そのため、本セクショ ンでは、既存の企業を活性化して日本の国際競争力を強化し得る、なおかつ欧米の模倣・追 従ではなく、組織の中で独自のイノベーションを起こした人材、あるいは将来そういった イノベーションを起こすことを目指すイノベーター人材のあり方について模索している。 こうした研究テーマを探るために、このセクションでは、「日本におけるイノベーター人材 育成のあり方:日本型『イノベーション創出人材』育成方法論に関する研究」というテー マを設定し、最初の理論研究として、従来のイノベーションおよびイノベーター研究をレ ビューし、日本に合ったイノベーター人材に関する研究フレームワークを提示することに 焦点を合わせる。 2.イノベーションとイノベーターに関する既存研究 各社は自社のコア・コンピタンス(core competence)を基盤とした事業領域を決めて、組織 の情報を俊敏に活用することによって競争力を構築することが重要である。ここでは、従 来のイノベーションとイノベーターに関する研究をレビューする。 Shumpeter (19341942)から始まったイノベーション論議は、Kuhn(1970)のパラダイムシ フトを経て、イノベーションに対する需要側と供給側の両側面から多様な研究が成り立っ ている。一般的なイノベーション研究の流れを検討すると、 (1)インクリメントルイノベー ションとドミナントデザイン、(2)経路依存性とネットワーク外部性、(3)破壊的イノベー ション、 (4)イノベーション拡散、 (5)オープンイノベーション、 (6)バリューイノベーショ ン、 (7) 利益獲得イノベーション戦略などを理解する必要がある(Park&Hong, 2012)。ここ では、7つのイノベーション関連研究を考察し、イノベーターとの関係について分析する。

Upload: others

Post on 08-Jun-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

朴英元、木戸冬子、阿部武志

1.はじめに

日本は戦後、ユニークな技術革新の仕組みを培うために、産業復興を第一に優先する大企

業を中心に、1950 年代後半から中央研究所を次々に立ち上げた。その結果、もっぱら欧米

の技術革新に頼ってきた日本企業も独自のイノベーションを数多く生み出すことに成功し

ている。しかし、1990 年代バブル経済が弾いた以降、日本企業の国際競争力を危惧する声

が高まっている。こうした現状を乗り越えるために、グローバル競争優位を発揮するため

にグローバルビジネスを担うイノベーション創出人材育成が重要となりつつある。しかし、

日本における競争優位なイノベーション創出とイノベーター人材育成のあり方について明

確なソリューションが提示されていないため、日本が得意とする技術を活かしたイノベー

ション創出の機会が活性化されていないのも否めない事実である。そのため、本セクショ

ンでは、既存の企業を活性化して日本の国際競争力を強化し得る、なおかつ欧米の模倣・追

従ではなく、組織の中で独自のイノベーションを起こした人材、あるいは将来そういった

イノベーションを起こすことを目指すイノベーター人材のあり方について模索している。

こうした研究テーマを探るために、このセクションでは、「日本におけるイノベーター人材

育成のあり方:日本型『イノベーション創出人材』育成方法論に関する研究」というテー

マを設定し、最初の理論研究として、従来のイノベーションおよびイノベーター研究をレ

ビューし、日本に合ったイノベーター人材に関する研究フレームワークを提示することに

焦点を合わせる。

2.イノベーションとイノベーターに関する既存研究

各社は自社のコア・コンピタンス(core competence)を基盤とした事業領域を決めて、組織

の情報を俊敏に活用することによって競争力を構築することが重要である。ここでは、従

来のイノベーションとイノベーターに関する研究をレビューする。

Shumpeter (1934、1942)から始まったイノベーション論議は、Kuhn(1970)のパラダイムシ

フトを経て、イノベーションに対する需要側と供給側の両側面から多様な研究が成り立っ

ている。一般的なイノベーション研究の流れを検討すると、(1)インクリメントルイノベー

ションとドミナントデザイン、(2)経路依存性とネットワーク外部性、(3)破壊的イノベー

ション、(4)イノベーション拡散、(5)オープンイノベーション、(6)バリューイノベーショ

ン、(7) 利益獲得イノベーション戦略などを理解する必要がある(Park&Hong, 2012)。ここ

では、7つのイノベーション関連研究を考察し、イノベーターとの関係について分析する。

Page 2: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

2.1 ドミナントデザインとインクリメントルイノベーション

Tushman and Anderson(1986)は、技術変化は漸進的変化と断続的な非連続性に特徴づけら

れるし、そういった非連続性には既存の企業が中心を担う能力増強型の非連続性と新しい

新規参加企業が中心を担う能力破壊型の非連続性があり、両者はすべて不確実性や成長可

能性などの環境の属性に影響を与えると思った。

また、Tushman and Rosenkopf(1992)の場合も、技術変化は技術の内的要因だけではなく、

非技術的要素(組職間の関係、組職を選択することができる選択事項) などによって規定さ

れると考えたのである。彼らは、特定技術の発展に関係する利害関係者集団を「コミュニ

ティ」と定義している。それから、

技術ライフサイクルと社会的影響の大きさの相互作用を提示しており、技術の 4 段階とし

て、技術の不連続性(technological

discontinuities)、発酵期・不安定期(eras of ferment)、ドミナント・デザイン、安定

期(eras of incremental)に分けており、製品のコンポネントの分解可能の可否とコンポ

ネント間の相互依存性の観点から製品の複雑性を大きく「非組立製品(nonassembled

products;一つの製品がいくつかのサーブコンポネントで構成されるが、生産は一つのコ

ミュニティで実施)」と「単純組立製品(simple assembled products;下部組織が分解可

能で、単一企業で実施するとか、オープン・クローズドに分けるのが可能)」に分けた。

一方、Abernathy & Utterback(1978)は、イノベーションの進化過程は生産を担当する組職

の競争戦略、生産能力、組職構造への依存などと密接な係わり合いを持っていると考えて

おり、プロダクトイノベーションとプロセス(工程)イノベーションを提唱した。初期の

流動期にはまだどんな技術が有力かよく分からないため、乱立している状態である。規模

の経済性の效果がないので、小さな改善が效果を生み出す小規模組職に有利である。一方、

固定期では有力な製品がドミナントデザインに確定されて、生産工程の技術的改善によっ

て、コストの削減と性能の向上が達成されると考えたのである。このステージでは、規模

の経済が重要である故、大規模の組織化が成り立つが、その結果需要や技術変化に脆弱に

なる。彼らによると、産業は流動期(fluid stage)、移行期(transition)、固定期(specific

stage)といった3つのステージを経て変化する。

プロダクトイノベーションの発生率は、登場した初期のステージが一番高くて、流動期→

移行期→固定期に移動しながら低下されていく。しかし、プロセスイノベーションの発生

率は登場初期から徐々に上昇して、移行期に至って頂点に到逹した後、固定期では低下す

るという。こうしたプロセスイノベーションの時期に、今までの製品はユーザーの要求を

満足させるのに最も相応しい形態を持っており、市場のテストを経って検証された形態や

デザイン、あるいは法的規制や調整によって認められた標準規格に合わせて標準的なデザ

インに取って代られる。固定期のステージに至った産業や製品はコスト、量、生産能力が

極端的に重視される。そして、製品イノベーションとプロセスイノベーション(innovation)

は小幅で漸進的に現われるようになる。時間の変化によって、繰り返されるイノベーショ

Page 3: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

ンとコストや売上げによってそのデザインが洗練され標準化されていく。その後、消費需

要が安定して、ドミナントデザインが完成されると、商品の成熟期にいたり、激しい競争

が起きる。ドミナントデザインの代表的な製品としては、コンピューターでは IBM360、自

動車では T型フォード、ジェット機ではボーイング 747等が挙げられるだろう。ドミナン

トデザインがその産業の標準的な製品仕様になると、ラディカルイノベーションはほとん

ど起きないし、基本仕様を中心に差別化を試みるようになる。

Clark (1985)も、Abernathy & Utterback (1978)の A-Uモデルをベースにして、技術発

展の方向とタイミングを説明した。技術の自然発生論理や消費者の論理だけでは不十分で

あり、設計の選択と顧客の選択は階層的な相互作用の関係にあると考えたのである。すな

わち、イノベーションの階層に注目しつつ、プロダクトイノベーションからプロセスイノ

ベーションへの移行過程で、何故、どんな製品で特定分野のイノベーションが起きるかど

うかを個人の行動原理で考察した。これを通して、イノベーションの意思決定には階層性

が影響していると思った。設計エンジニアはどの外的要因を要因として判断するかに悩む

が、消費者(顧客)はどの機能に焦点を合わせるかに関心を持っており、両者の相互作用が

重要になってくる。これを受けて、Henderson and Clark(1990)はスモール技術変化によっ

て企業が失敗してしまう理由として、製品構成要素間の関係性やそれに基づく組職の知識

体系の本来の姿勢が成功可否を決めるため、これをアーキテクチャーイノベーションとし

て理解した。彼らはこうした区分によって、インクリメンタル (Incremental)、モジュラ

ー(Modular)、アーキテクチャル(Architectural)、ラディカル(Radical)イノベーションに

区分した。Henderson(1991)は半導体の露光装置のケースを分析して、技術変化のパターン

を考察した。技術進歩のパターンは技術自体の物理的法則(限界) だけではなく、技術が置

かれている社会的・組織的背景を考察することも重要であると主張した。ドミナントデザ

インによる連続的な技術進歩も社会的顧客能力、相互補完技術、要素技術などと相互作用

すると考えたのである。

一方、Pinch and Bijker(1987)は科学的知識の社会的構成のように、技術に対しても社会

的構成から考察できると考えた。彼らは、自転車のタイヤを取りあげて、初期には自転車

の前タイヤの大きいタイプがあったが、多様なグループの要望を受け入れて、今日のよう

なドミナントデザインの形態に統一されたが、これを社会的構成だと呼んでいる。これに

比べて、Abernathy & Clark (1985)は技術と市場のマトリクスによって、4つのイノベー

ションを分類している。すなわち、アーキテクチャル(Architectural;新規市場+新規技

術)、ニッチクリエイション(Niche Creation; 新規市場+既存技術)、レギュラー

(Regular;既存市場+既存技術)、レボリューショナリー(Revolutionary;既存市場+新

規技術)イノベーションに分けている。4つのイノベーションは他の進化パターンと経営環

境を生む。

2.2 イノベーションと経路依存性

経路依存性は相互依存関係にある技術の制約を受けるという意味であり、このメカニズム

Page 4: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

によって、すぐれた技術が成功できない場合もある。David(1985)の経路依存性(Path

Dependance)と Kats and Shapiro(1985)のネットワーク外部性がイノベーションに影響を

及ぼすと言われている。David (1985)は、経路依存性(Path Dependance)の概念を利用して、

QWERTY 配列が支配的地位を獲得する過程を歴史的経緯から解き明かした。すなわち、これ

を通じて経済的要因(コスト、便益) 以外の要因があると主張した。すなわち、キーボード

の配列が現在の「QWERTY」方式に決まったところには経路依存性という要因が作用してい

る。初期の機械式タイプライターではタイピング速度が速ければタイプバー同士が互いに

絡んでしまうので、これを阻むためにタイピング速度を遅らせる配置をしたという主張で

ある。ところが、今日のデジタルコンピューター時代には、キーボードがモジュールとし

て分離が可能であり、頻繁に連続してタイピングする文字をわざわざ遠く配置する必要が

ないにもかかわらず、現在はそのまま使っている。何故なら、タイプライターの使用者が

「QWERTY」配列に慣れており、それ以外の配列への変更が好きではなかったという背景が

ある。すなわち、こうした経路依存性のため新しいイノベーションが起きても易しく受け

入れられない場合がある。かつての人類の歴史にもこうした現象が頻繁に起きており、天

動説から地動説への変化、真空管からトランジスターへの変化のような大きなパラダイム

の変化には劇的な社会・組織的な変動が伴われる必要がある(Kuhn、1970)。

Arthur (1988)も経済学とイノベーションとの関係について論じながら、収獲逓増モデルは

均衡点が複数存在すると主張した。とくに、すぐれた技術ではないのに、どうして特定技

術が生き残るかどうかについてネットワーク外部性を用いて経済学的に説明している。

Shapiro&Hal(1999)も標準化競争について触れながら、技術互換性の規格統一に関する競

争を説明した。他社に先立って販売するとか口コミを広げることで顧客の期待をコントロ

ールするとか、他社技術に遅れないように、技術の開発経路やロードマップを確立してお

くことが重要であると考えたのである。

2.3 パラダイムのシフトと破壊的イノベーション

こうしたパラダイムの変化を引き起こすイノベーションを破壊的イノベーション

(disruptive innovation)である (Christensen、1998)。かつてのインクリメントルイノ

ベーションより画期的で、既存の秩序を破壊するイノベーションである。

社会経済や企業の競争に大きな衝撃をもたらすことは、こうした破壊的なイノベーション

が働くからである。人々がイノベーションの成功ストーリーに魅かれる理由は、これを主

導したイノベーター(企業家たち)の成功ストーリーこそ破壊的イノベーションによる創

造的破壊を伴うからであろう。

2.4 イノベーションの普及

イノベーションの成功とその普及(diffusion)には、ターゲットリーダーの設定が重要であ

るという事実である。Rodgers (1983)はイノベーションの普及に対しては、コミュニケー

Page 5: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

ションチャンネル、社会システム、時間などが要因として存在しており、それが影響を与

えて時間の経過とともに普及率は S字曲線を描くと主張した。Rodgers (1983)は新商品を

採択する手順によって消費者の類型を、イノベーター(Innovators)、アーリーアダプター

(Early Adopters)、アーリーマジョリティ(Early Majority)、レイト マジョリティ(Late

Majority)、ラガード(Laggards)のように 5つに区分した。Rodgers (1983)は、ベルカーブ

を商品普及の累積度数分布曲線である S 字カーブと比べて、イノベーターとアーリーアダ

プターのようなオピニオンリーダー(opinion leader)の割合を足した 16%のラインが S 字

カーブが急激に上昇するラインとほとんど一致するという事実から、オピニオンリーダー

への普及が商品普及のポイントであると指摘し、普及率 16%の論理を提唱したのである。

5つのグループの中で最も先に新製品を購入する人はイノベーターである。彼らは全体の

潜在需要の 2.5%にあたる少数として冒険心は強いものの、価格に敏感ではなく、全般的に

社会規範に従わない傾向がある。一方、アーリーアダプターは全体需要の 13.5%を構成し、

所属グループからは尊敬を受けながら大きな影響力を行使するオピニオンリーダーである。

彼らは周りの人たちより先に製品の情報に接して製品を購入、評価を下し、周辺の人々に

伝える傾向を示しているという点で一つの製品に囚われすぎるマニアとは異なる特徴を持

っている。

図 1 イノベーションの普及曲線

Source : Rodgers (1983)

von Hippel(1986)もリードユーザーの重要性を強調した。ニーズが一般化する前に、その

ニーズを強く持っているユーザーであるリードユーザーに焦点を当てた市場の調査が必要

であると指摘した。彼らを分析することで、過去の市場の調査ではカバーすることができ

なかった新製品に関する市場の調査が可能になる可能性があると主張している。新製品は

必ず企業主体によって造られるのではなく、ユーザー主導で新製品のアイディアが出たり

するので、彼らの声は重要であると分析した。

Page 6: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

Foster (1986)と Foster & Kaplan (2001)は技術進歩は S カーブを描いて、やがて限界に

至ると考えたのである。企業はこうした限界を予測して、新しい投資を実施する必要があ

ると主張している。

2.5 オープンイノベーション

ビジネス環境の変化は非常に激しく、外部環境に対する対応速度もそれに合わせて急速な

変化が求められている。こうした視点で Chesbrough(2004)は、クローズド イノベーショ

ンからオープンイノベーションへの移行が不可欠であると分析している。オープンニス

(Openness)とは、イノベーションのために知識をプルリングすることを現わして、知識の

貢献者が他人のインプットにアクセスすることは可能であるが、そのアウトプットとして

のイノベーションに対する排他的な権利は発揮することができないということを前提にす

る(Chesbrough and Appleyard、2007)。

図 2 オープンイノベーションのタイプ

Source: Chesbrough (2007)

Chesbrough (2007)は、オープンプロセスを通じて創造された価値に関する時点は公共財の

時点と似たり寄ったりであり、その価値を消費することができるが、他のユーザーを排除

することができないという特徴を持っている。

Chesbrough and Appleyard(2007)によれば、Openness の価値は(1)ユーザー側がアイデア

とコンテンツを直接提供することで製品の品質が改善する方法、(2)ネットワーク效果を利

用する方法がある。MySpace、YouTube、Wikipedia、Linux などのオープン イノベーショ

ン製品は、伝統的な経営戦略とは違い、価値を創造する資源に対する所有権が特定プレー

ヤーに帰属せず、主に外部に存在している自発的な貢献者に寄り掛かっているという事実

Page 7: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

と、製品を模倣することで他のユーザーを排除することができないという点で

Porter(1985)の経営戦略を適用できない。例えば、Googleや Yahooは同じサーチエンジン

産業で競争する技術が多数存在するが、相変らず高い利益を享受している。Microsoft は

Google の急速な成長を沮止することができなかった。過去の戦略論では所有権、参入障壁、

スイッチングコスト、産業間競争といった点が、主な論議の焦点になって来たが、オープ

ンイノベーションで示される個人の自発的な参加の誘発、コミュニティ参加の役目、イノ

ベーションネットワークの構築、イノベーションのエコーシステムといった概念を理解す

ることは難しい。

イノベーションプロセスに関わるある企業がイノベーションプロセスを閉鎖して、知的財

産に対する権利を主張することでイノベーションから発生する価値を獲得することができ

る。例えば、Microsoftの OSのソースコードなどの場合、生成された価値の相当な部分は

特定個別企業の手に入って行くようになるが、その企業を取り囲んでいるエコーシステム

が獲得する価値も存在する。したがって、オープンイノベーションによって創造された価

値を調整するために重要なことは散在している他の知識をまとめる基礎になるアーキテク

チャである。また、システムがどのように運営されれば良いかに関する判断力がなければ、

オープン知識は有用なソリューションを提供することができなくなる。

また、オープンイノベーションで戦略的に重要な事実は個人やコミュニティ、さらにはエ

コーシステムの構成員を疏外させず、価値を創造、獲得、持続させる方法である。実際に、

非常に高くモチベーションされた個人またはコミュニティがオープン・イニシアティブを

持つ仕事もあり得るが、価値獲得や価値の持続可能性を追い求めるためにオープンイノベ

ーションを実施する企業も多い。

2.6 バリューイノベーション

バリューイノベーションという戦略の考え方がある。ブルーオーシャン戦略を提案した

Kim & Mauborgne(2005)は、これまでどの企業も参入していない市場を開拓して、競争な

い市場を作り出す戦略が求めれて主張した。彼らは、バリューイノベーションとは「買い

手に対していまだかつてない価値を提供しつつ、利益の上がるビジネスモデルを構築する

ことによって既存市場の境界を再定義すること」であると定義している。簡単に言えば製

品の差別化と低コストを同時に実現することである。Porter(1985)の基本戦略の中の差別

化と低コスト戦略は、トレードオフ関係にあり、同時に実現できないとされていたが、バ

リューイノベーションによって差別化と低コストが同時に実現できると主張している。具

体的に、ブルーオーシャンを創造するためには、コストを下げながら、同時に買い手にと

っての価値を高めていく必要がある。こうすると、企業(売り手)と買い手双方にとって

の価値を飛躍的に高められる。買い手にとっての価値は、売り手の提供する効用と価格に

よって決まり、売り手によっての価値は価格とコスト構造に応じて決まるため、効用、価

格、コストの動きすべてが足並みを揃えてはじめて、バリューイノベーションが実現する

と考えている。具体的なバリューイノベーションの実例は、Nintendo DS が挙げられた。

Page 8: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

Nintendo DS はそれまでのゲーム機の高性能化という競争要因を重視しないことによって

開発コストを低くすることに成功した。またそれまでゲームをしなかった女性や年配の層

にも楽しめる“脳トレ”などのソフトで差別化を行い、爆発的なヒットを記録したのであ

る。しかし、こうした任天堂も浮沈を経験しており、持続的なバリューイノベーションが

いかに難しいかを示してくれる。

従来の製品イノベーションなどほかのイノベーションは、全社戦略に影響を与えずに、部

分的な取り組みによって成し遂げられると考えたのである。たとえば、製造プロセスのイ

ノベーションは、かりにコストリーダーシップ戦略の一環としてコストを低減につながっ

たとしても、顧客にとっての効用に変化をもたらさない場合が多い。この種類のイノベー

ションは、既存の市場空間で足場を築くには、あるいはそれをより確かなものにするには

役立つかもしれないが、全社を巻き込まない部分的な取り組みでは、決してブルーオーシ

ャンという新しい価値を生み出すことができないと捉えた。そのため、バリューイノベー

ションは、単なるイノベーションとは異なり、すべての企業活動を巻き込んだ戦略である

と見たのである。

従来のイノベーションを代表するレッドオーシャン戦略では、「構造主義(Structuralist)」、

「環境決定論(environmental determinism)」などと呼ばれる考え方をベースにしている

が、バリューイノベーションは、市場の境界も業界構造も一定ではなく、そこで活動する

企業などの行動や発想次第で変わるという「再構築主義(Reconstructionist)」の見方をベ

ースにしていると主張している。

これを実現するために、6つのリスクを回避する必要があると指摘している。第一に、探

索リスク(Search Risk)の回避である。市場の境界を引き直すことによって、探索リスクを

回避し、代替産業の幅間にバリュー・イノベーションの機会を生み出すべきだと考えたの

である。具体的な手法として、(1)代替材や代替サービスを提供する業界に目を向ける、(2)

様々な戦略グループを見渡す、(3)従来とは異なる買い手グループに目を向ける、(4)補完

財や保管サービスを見渡す、(5)機能志向あるいは感性志向を問い直す、(6)時間軸を長く

するなどを挙げている。

第二に、プランニング・リスク(Planning Risk)を低減させる必要があると主張している。

細かい数字は忘れ、森全体を見られるように、4つのステップの戦略策定プロセスを提案

している。すなわち、いかにして競争を避けるかという大きな方向性から検討を始める必

要があるとされている。

第三に、規模のリスク(Scale Risk)の低減である。新たな需要(潜在顧客)を掘り起こし、

ブルー・オーシャンを大きくする需要をかき集めることがキーである。

第四に、ビジネスモデルにまつわるリスク(Business Model Risk)の低減である。戦略を

組み立てる手順を詳しく追い、新しい事業領域で自社と顧客とともに利益を得られるよう

にするための、効用、価格、コスト、導入といった項目を抑えた正しい順序で戦略を考え

る必要があると主張する。

第五に、戦略実行においての組織面のリスク(Organizational Risk)へ対処法である。ブル

Page 9: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

ーオーシャン戦略を実行するうえでの組織面のハードルを乗り越えるために、いかに組織

を動員していくかという、ティッピングポイントリーダーシップの重要性を説明している。

そのためのハードルとして、1)従業員の意識、2) 経営資源(人モノカネ)の不足、3) 従

業員の士気、4) 社内利害関係(政治)などがあげられており、障害を克服できるようにす

ることあ重要になっている。

第五に、戦略実行においてのマネジメントリスク(Management Risk)の低減である。人は成

果と同じぐらい、成果に至るプロセスを気にかける。そのため、公正なプロセス(手続き

的正義)が保たれれば、成果への献身と満足も大きくなる。こうした公正なプロセスを支

える 3つのEは、1) 関与(Engagement)、2) 説明(Explanation)、3) 明快な期待内容(clarity

of Expectation)が挙げられた。

2.7 利益獲得のイノベーション戦略

利益創出イノベーションと利益獲得のイノベーション戦略もある(延岡、2006;榊原&香

山、2006)。榊原&香山(2006)は、日本のイノベーション戦略を考える際に、重要な課題

として6つを挙げている。第一に、オープン志向のイノベーションの重要性である。行き

詰まった企業内部のイノベーションを活性化するために、オープン志向が重要になってく

る。企業の内部と外部の能力を結合して、内部資源と現在・将来の顧客ニーズと利用可能

な技術の間の適合性を最適化することが求められる。したがって、オープン志向のイノベ

ーションによって内外の資源を結合・統合することがより重要になってくのである。

第二に、タイムスパンの長い高度な戦略性が重要であることである。10 年あるいは、それ

以上のスパンで、ビジネスプロセス全体で利益獲得につながるイノベーション能力の構築

と、それを担う人材が求められるのである。

第三に、国際化による従来の限界のブレークスルーである。上記のオープン志向とつなが

るが、国際的な視点でのコラボレーションが重要になってくる。

第四に、産業技術を支えるサイエンス(科学)の知見の重要である。近年、重視されてい

る「サービスサイエンス」や「複雑系の科学」「自己組織化」「エマージェンス(創発)」な

ど、異質と思われる領域で発展してきた多様な「サイエンス」を発展的に活用することが

重要であると指摘している。

第五に、イノベーション戦略や科学的知見の活用を図る上で、イノベーションを起こす人

材の獲得・蓄積・育成が重要になってくると指摘した。HDD産業において、シーゲートのよ

うに M&A 戦略でグローバルマネジャーを多数獲得した事例や、日本電産が被買収企業の経

営幹部を活用する事例などがあげられる。

第六に、技術と経営との信頼関係の構築であると指摘しているが、価値創出を価値獲得に

つなげるイノベーションにするためには、技術と経営をいかに融合・統合していくかが重

要になってくる。なお、両サイドを結合させていく役割の人材が求められる。いわゆるハ

イブリッド人材が重要になってくると考えられる。

第七に、ボリュームゾーン市場を目指す戦略である。ソニーのブラウン管 TV事業を中心的

Page 10: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

に担い、それを世界一の事業に育てた立役者である中村末廣は、「イノベーションは、新し

い技術を基盤として大規模な市場を創造することであり、このように見ればイノベーショ

ン本質はコモディティ化である」といっている。

2.8 イノベーションとイノベーターとの関係

最後に、イノベーションとイノベーターとの関係を考察してみよう。先述した

Rodgers(1983)のイノベーターと von Hippel(1986)のリードユーザーは、イノベーション

を起こす過程で影響を及ぼす企業外部のユーザーの視点からイノベーターという用語がつ

かわれたが、ここではイノベーションを起こすプレーヤーとしてのイノベーターについて

考察してみよう。とくに、ここでは、イノベーションと企業(起業)者との関係を紹介す

る。

イノベーションと企業者(経営者)との関係は非常に重要である。企業者の判断は、想像

力、「センスの良さ」、自信、その他の個人的資質の組み合わせ以上のものをかなり含んで

いる(Penrose, 1995)。それは、企業内の情報収集組織やコンサルティング体制とも密接

に関係し、企業成長に対するリスクと不確実性の影響、さらには企業成長における期待の

役割といった大きな問題につながっていく。この問題の各々の側面は、成長プロセス分析

の一つの不可欠な部分となる。なぜなら、企業の「期待」、すなわち、企業が「環境」をど

のように解釈するかは、企業の内部資源や活動の関数であるとともに、企業者の個人的資

質の関数でもあるからである。次に、イノベーションとそれを生み出す場との関係を検討

することにする(奥・朴・柊、2011)。

資源依存理論(リソース・ベースト・ビュー)においてはダイナミックな視点が重要であ

り、そうした変化の方向性には、活用および探索の累積的な効果が影響を与える(Collis,

1991)。本来イノベーションは組織能力の更新を促す活動であるといえる(Eisenhardt and

Martin, 2000; Helfat and Raubitschek, 2000)。たとえば、Penrose(1959)において、組

織能力(resources)は組織変革(organizational renewal)の基礎であり、組織能力の蓄

積は発展の方向性と可能性に影響を与えると議論した。つまり、イノベーションの方向は

ランダムではなく、既存の組織能力に依存することになる。さらに、こうした組織能力は

固定されているのではなく、ダイナミックに変化していく(Teece et al., 1997)。つまり、

変化する環境に対応するために、組織能力を更新することを意味する。このような組織能

力の更新は、経路依存性の影響を強く受けるし、組織能力の蓄積は、過去の組織能力の蓄

積の結果としての現在の組織能力の束の影響を受ける(Collis, 1991)。

次に、こうしたダイナミックイノベーションと場の関係をみてみよう。場(場所)の論理

は、一つの思いを人々が共有し、情熱的な行動を通じて、革新的な思考を共創・協同(協

奏)してイノベーションを実現していく深層心理であり、思想・手法でもある(山田、2005)。

一方、Porter(1998)が提唱するダイヤモンドモデルの4つの要素(要素条件、需要条件、

企業戦略および競争環境、関連・支援産業)の考え方は、企業にイノベーションを刺激し、

同時に支援する要因として、重要であるとされている。知識(資産)には、個人が持つス

Page 11: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

キルやノウハウ、製品コンセプトやブランド、マニュアルや特許、組織の文化・風土など

が含まれるが、客観的に定量化でき、ITで処理できる「形式知」以外に、主観的で、定性

的で、ドキュメント化することのできない「暗黙知」がある(石倉、2003)。知識を創造し

ていくためには、「形式知」と「暗黙知」という相互補完的な2つの知識を常に変換する「相

互変換作用」が重要である。これが、いわゆる SECIモデル(①共同化(Socialization)、

②表出化(Externalization)、③連結化(Combination)、④内面化(Internalization)と

いう4つのモードのスパイラル)(野中・竹内、1996)の考え方である。

一方、こうした SECIモデルを通して知識創造活動を推進するためには、経験を共有したり、

対話ができる「場」(物理的および仮想的)が必要である。企業における知識創造の「場」

を、国家の政策形成過程に適用しようという動きも見られる(野中他、2003)。とりわけ、

異なった価値観を持つ個人が対話する「場」の重要性が指摘され、企業・国家において知

識を変換する「良い場」の条件として、①挑戦的な意図・方向性・使命を持つ自己組織化

された時空間、②開かれた境界、③多様な背景、視点を持つものとの弁証的対話、④時間・

空間のみならず自己をも超越することが挙げられる。

これまでの経営は知識を実体として扱ってきた。しかし、これからは知識を実体ではなく、

日常の過程、すなわちルーティン(Routine)として理解する必要があると思われる(Nonaka

et al., 2008)。言い換えれば、日常的にほかの人の知識と関係を結ぶ過程の中で、知識は

創造され、利用されることになる。そのため、知識は具体的に企業経営の中で具体的な問

題解決に利用されないとその価値を失ってしまうのである。Mintzberg(2007, 2011)は、競

争優位の源泉は、正確な分析能力にあるのではなく、常に変化する現実に適応する能力で

あると指摘している。したがって、経営は科学ではなく、洞察力(insight)、ビジョン、

経験に依存する芸術に近い(Nonaka et al., 2008)。予期せぬ事態に迅速・正確に対応す

る能力こそ、21世紀の超不確実な環境に置かれている企業に求められる最も重要な組織能

力であろう。そのためには、こうした組織知をいかに組織全体で共有するかも非常に重要

な課題の一つである。先述したように、グローバル環境の変化に対応できる強い組織、グ

ローバルで統合された全員参加、全員力の組織力の増強のためには、日本の独特な暗黙知

によってマネジメントされてきた組織マネジメントを、ITを活用することによって形式知

に表出させ、形式知をより効率的で効果的に組み合わせることが求められる。

3.イノベーター研究に関する新しいフレームワークの提案

3.1 人材育成と製品・組織アーキテクチャ

ある地域・国の競争優位性は、長い歴史の中で特定地域の土壌の中で進化を遂げてきたコ

ア・コンピタンス(組織能力)の産物である(藤本、2003a)。コア・コンピタンス(組織

能力)は、外から手軽に購入することは難しく、地道に構築する必要があるが(Barney、

1986)、意図しなかった経路で「創発」「進化」する過程で生まれる場合も多い(藤本、1997)。

そのため、国際的競争優位性を考える際に、その地域独特のコア・コンピタンスの歴史的

形成プロセスを理解する必要がある。とりわけ、このようなコア・コンピタンスの形成に

Page 12: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

主導的な働きをするのがその地域の中で育った人材である。一方、国・地域・組織の競争

優位性に大きく影響すると言われているのが、製品アーキテクチャのコンセプトである。

製品アーキテクチャとは、製品の要求機能をどのように展開し、製品をどのような部品に

切り分け、機能をどのように分配し、部品間の接合部分(インターフェース)をどのように

設計するかなどに関する基本ルールであり、アーキテクチャの選択によってこのルールが

決まってくる(藤本、 2003b)。代表的な分け方としては、「モジュラー型」と「インテグラ

ル型」の区別、また「オープン 型」と「クローズ 型」の区別がある (Ulrich, 1995; Fine,

1998; Baldwin and Clark, 2000; 藤本、2001)。ここでは、藤本理論(2003a)に基づき、

人材育成と製品・組織アーキテクチャとの関係を検討する。まず人材の中でエンジニアに

絞って先行研究を考察すると、研究開発に関連した高度知識人材に関する研究としては、

組織行動論によるモチベーションやモラールに関する研究(Peltz and Andrews、1966)、

プロフェッショナル研究の一環としての志向性やコミットメントに関する研究

(Kornhauser、1962;Allen、1977)が挙げられる。こうした研究開発に関連した高度知識

人材に関する研究は、そもそも研究開発という職務特性や高度専門職特有の志向性により、

一般的な人事労務管理が適用しにくいとされる(都留・守島、2011)。一方、人材マネジメ

ント論においてもキャリアに関する研究、業績と人事管理手法の関連に関する研究、専門

能力の早期陳腐化や限界年齢意識問題、能力開発に関する研究、管理職ポスト不足と専門

職制度の問題などが中心的に取り上げられてきた(都留・守島、2011)。その中、都留・守

島(2011)の研究は、東アジアの製品開発と人材育成にフォーカスを置いて、日本・韓国・

中国企業の比較分析を行ったことに大きな意義があるだろう。とりわけ、この研究の特徴

は、人材育成と製品アーキテクチャとの関係を分析したことにある。具体的に、聞き取り

調査に基づき、製品アーキテクチャと人材マネジメントに関しては、「インテグラル型=内

部育成重視・長期的視点の能力開発・インセンティブ付与」、「モジュラー型=中途採用重視・

短期的視点からのインセンティブ付与」という補完関係があることを確認しているが、開

発組織と人材マネジメントとの補完関係は明確には確認できなかったとされる。さらに、

聞き取り調査でもアンケート調査でも、日本企業では長期雇用とインテグラル型アーキテ

クチャが対応し、中国企業では短期雇用とモジュラー型アーキテクチャが対応しているこ

とが確かめられた。韓国企業ではそうした対応関係が希薄であったとされる。日本企業に

関する調査結果は、藤本(2003a)、楠木・チェスブロウ(2001)の主張とも整合性がある。

藤本(2003b)は、進化論的な組織能力論とアーキテクチャ論の接合を試み、調整能力仮説

を日本企業に応用した。具体的には、戦後日本企業がインテグラル型アーキテクチャの製

品、例えば自動車において競争優位を持つ傾向があった理由として、調整能力の高さと、

調整負荷の高いインテグラル・アーキテクチャの間の適合関係を指摘した。戦後日本の能力

構築環境の中で、長期雇用・長期取引を基礎とした統合型ものづくりの組織能力が発達した

結果、国際的に見ても日本企業に調整能力が偏在するに至り、これと適合的なインテグラ

ル型アーキテクチャの製品で設計上の比較優位を持つ傾向があると論じた。都留・守島

(2011)でも、日本企業には,インテグラル型アーキテクチャと機能部門横断的なプロジ

ェクト組織、モジュラー型アーキテクチャと機能部門組織との補完関係が明確であり、ま

Page 13: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

た前者の場合に重量級プロジェクトマネージャーが存在するという一貫したパターンがみ

られると報告している。こうした先行研究を踏まえると、クローズド・インテグラルアー

キテクチャでは、長期的能力構築とインセンティブ、内部昇進重視と適合性があり、オー

プンモジュラーアーキテクチャでは、短期的能力構築とインセンティブ、外部人材のリク

ルートと整合性があると言えよう。

3.2 コア・コンピタンスと製品・組織アーキテクチャの適合性

本稿では、コア・コンピタンスを、3つのコンピタンスに分類し、外部顧客を探索する能

力をカスタマーコンピタンスと定義し、彼らのテクノロジーコンピタンスのように社内の

技術を活用する能力をテクノロジーコンピタンスと定義する。さらに、カスタマーコンピ

タンスとテクノロジーコンピタンスの2つのコンピタンスを連結する能力をリンケージコ

ンピタンスと定義する(詳細は、朴他(2011)参照)。日本企業の弱点は「高機能・ハイク

オリティーを実現する能力」であるテクノロジーコンピタンスより、新しいマーケットへ

のアクセスを可能にするカスタマーコンピタンスの欠乏にあると言える。また、日本企業

の課題は「アイデアを形にする能力」であるリンケージコンピタンスの能力低下にあると

言える。

図 3. コア・コンピタンスと製品・組織アーキテクチャの関係性

こうした製品アーキテクチャと3つのコンピタンスとの関係を示したのが、図 1である。

クローズドインテグラルアーキテクチャ製品は技術を重視するため、テクノロジーコンピ

タンス優位になりがちである。一方、オープンモジュラーアーキテクチャ製品は、製品ラ

イフサイクルが急激に変化するため市場変化に敏感でありカスタマーコンピタンスに頼ら

ざるを得ない。また、デジタル化によりグローバルビジネス環境はクローズドインテグラ

ルからオープンモジュラーアーキテクチャへの転換を加速化させ製品開発のスピードが勝

負となる。そのため、自社の技術を素早く市場ニーズに合わせていくリンケージコンピタ

ンスが重要になる。

Page 14: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

3.3 リンケージコンピタンスを持つハイブリッド人材の育成

製品アーキテクチャ視点のアーキテクチャ分析は競争優位なものづくりを目指した分析評

価モデルである。したがって、国際競争力のあるビジネスモデルづくりを構築するために

は、アーキテクチャ分析で形式化した情報連鎖を有効に活用出来るハイブリッド人材が必

要となる。ハイブリッド人材を核とした競争優位なビジネスモデル進化のロードマップを

図4に示す。ハイブリッド人材とは、起業家のマインドを持った技術者(スーパーエンジ

ニア)や技術の感性をもって最終利用者(消費者)と接する現地のマーケティングリサー

チャー、営業マンを指す。言い換えれば、ハイブリッド人材とは「カスタマーコンピタン

ス」と「テクノロジーコンピタンス」の両方のコア・コンピタンスを持つ人材である。少

なくとも「マネジメント」にはスピーディーな意思決定が行えるハイブリッド人材が求め

られる。

図4.競争優位なビジネスモデル進化のロードマップ

4.まとめ

本稿では、イノベーションとイノベーターに関する既存研究を考察することで、イノベー

ター研究に関する新しいフレームワークを提案することを試みた。本稿の意義としては、

コア・コンピタンス戦略と製品・組織アーキテクチャの視点で人材育成との関係を考察し

た点と、競争優位なビジネスモデルを創造するための要素やフレームワークの考察やその

有効性を考察した点である。具体的に、本稿では、ビジネスモデルづくりの課題解決のた

めのハイブリッド人材育成の必要性について提案した。グローバル市場で勝負出来るビジ

ネスモデルづくりには、企業競争力の源泉となる「カスタマーコンピタンス」と「テクノ

ロジーコンピタンス」の両方のコア・コンピタンスを持つ人材が必須で、アーキテクチャ

分析で形式化した情報連鎖をもとに起業家マインドを持った技術者(スーパーエンジニア)

や技術感性をもったマーケットリサーチャーや営業マンの育成の重要性を示した。今後、

このフレームワークに基づき、リンケージコンピタンスる持つハイブリッド人材の特徴を

Page 15: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

検証していく。

参考文献:

Allen,T.J. (1977) Managing Flow of Technology, Cambridge, MA:The MIT Press,(中村

信夫訳『技術の流れ管理法―研究開発のコミュニケーション』開発社,1984).

Baldwin, C. Y. and K. B. Clark(2000), Design Rules: The Power of Modularity,

Cambridige, MA: MIT Press.

Barney,J.B.(1986) “Strategic factor markets : Expectations , luck , and

business strategy.”Management science,32,10,pp.1231-1241.

Barney, J. B. (2002) Gaining and sustaining competitive advantage, Pearson Education,

Inc.

Choen, Alan R. and Bradford, David L. (1990) Influence without Authority, John Wiley

& Sons (邦訳:高嶋香,高嶋成愛訳(2007)「影響力の法則-現代組織を生き抜くバイブル」,

税務経理協会)

Christensen, C. M., Verlinden, M., Westerman, G. (2002) “Disruption, disintegration

and the dissipation of differentiability,” Industrial and Corporate Change,

Vol.11, No. 5, pp.955-993.

Clark, K.B. and Fujimoto,T.(1991) Product Development Performance, Boston: Harvard

Business School Press.

Collis, D. J. (1991) “A Resource-Based Analysis Of Global Competition - The Case

Of The Bearings Industry”, Strategic Management Journal, Vol. 12, Special Issue,

pp. 49-68.

Danneels, E. (2002) “The Dynamics of Product Innovation and Firm Competences,”

Strategic Management Journal, Vol. 23, pp. 1095–1121.

Dougherty D. (1995) “Managing your core incompetencies for corporate venturing,”

Entrepreneurship Theory and Practice, Vol. 19, No. 3, pp.13-135.

Dougherty, D. and Heller, T. (1994) “The illegitimacy of successful product

innovations in established firms,” Organization Science, Vol. 5, pp.200-218.

Eisenhardt, K. M. and Martin, J. A. (2000) “Dynamic capabilities: What are they?”,

Strategic Management Journal, Vol. 21, No. 10-11, pp. 1105-1121.

Eisenhardt, K.M. (2000) “Paradox, spirals, ambivalence: the new language of change

and pluralism (introduction to special topic forum)”, Academy of Management Review,

Vol. 25, No. 4, pp. 703–705.

Fine, C. H.(1998) Clockspeed: Winning Industry Control in the Age of Temporary

Advantage, Reading, MA: Peruseus Books.

Fujimoto, T. (2003) Noryoku kochiku kyoso (Capability-building competition),

Chukousinsyo (in Japanese). English translation: Competing to be really good

Page 16: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

(translated by Miller, Brian), Tokyo: International House of Japan, Tokyo.

Hamel, G. and Prahalad, C. K. (1990) “The core competence of the

corporation,”Harvard Business Review, Vol. 68, No. 3, pp.79-91.

Hamel, G. and Prahalad, C.K. (1994) Competing for the Future, Harvard Business School

Press.

Hamel, G. and Prahalad, C.K. (1995) 『コア・コンピタンス経営』日経ビジネス人文庫。

Helfat, C. E. and Raubitschek, R. S. (2000) “Product sequencing: Co-evolution of

knowledge, capabilities and products”, Strategic Management Journal, Vol. 21, No.

10-11, pp. 961-979.

Helfat, C., Finkelstein, S., Mitchell, W., Peteraf, M., Singh, H., Teece, D. and

Winter, S. (2007) Dynamic Capabilities: Understanding Strategic Change in

Organisations, Blackwell Publishing, Malden.

Henderson, R.M. and Clark, K.B. (1990) “Architectural innovation: the

reconfiguration of existing product technologies and the failure of established

firms,” Administrative Science Quarterly,35, 9-30.

Kim, W. Chan & Mauborgne, Renee (2005), Blue Ocean Strategy: How To Create Uncontested

Market Space And Make The Competition Irrelevant, Harvard Business School Press.

Kornhauser,W.(1962) Scientists in Industry: Conflict and Accommodation, University

of California Press,(三木信一訳『産業における科学技術者』ダイヤモンド社,1972).

Kuhn, T. (1970) The Structure of Scientific Revolutions, Chicago,IL, University of

Chicago Press(中山茂訳『科学革命の構造』 みすず書房,1971).

Leonard-Barton, D. (1992) “Core capabilities and core rigidities: A paradox in

managing new product development,” Strategic Management Journal, Vol. 13, No. 1,

pp.111-125.

March, J. G. (1991) “Exploration and exploitation in organizational

learning,”Organization Science, Vol. 2, No. 1, pp.71–87.

Mintzberg, H. (2007) Mintzberg on Management, Free Press. (ヘンリー・ミンツバーグ

『H. ミンツバーグ経営論』DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー編集部, 2007)

Mintzberg, H. and Waters, J. A. (1985) “Of Strategies, Deliberate and Emergent,”

Strategic Management Journal, Vol. 6, pp. 257-272.

Mintzberg, H., Ahlstrand, B., and Lampel, J. Strategic Safari. Free Press, 1998.

(ヘンリー ミンツバーグ・ジョセフ ランペル・ブルース アルストランド『戦略サファ

リ―戦略マネジメント・ガイドブック』東洋経済新報社,1999)

Morone, J. (1993) Wining in high tech markets, Boston: Harvard Business School Press.

Nonaka, I., Hirata, T., and Toyama, R. (2008) Managing Flow - A Process Theory of

the Knowledge-Based Firm, Palgrave Macmillan.

Nonaka, I., and Takeuchi, H. (1995), The Knowledge-Creating Company-How Japanese

Companies Create the Dynamics of Innovation, Oxford Univ. Pr., (邦訳:梅本勝博

Page 17: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

訳(1996)「知識創造企業」東洋経済新報社)

Park, Y. W. and Hong, P. (2012) Building Network Capabilities in Turbulent Competitive

Environments: Theory and Practices of Global Firms from Korea and Japan, Taylor

& Francis LLC.

Peltz, D.C. and Andrews, F.M.(1966) Scientists in Organizations, John-Wiley,(兼子

宙監訳『創造の行動科学』ダイヤモンド社, 1971).

Penrose, E. T. (1959) The Theory of the Growth of the Firm, Basil Blackwell and Mott,

Oxford.

Peters, T. and Waterman, R. (1982) In Search of Excellence, HarperCollins, New York.

Porter, M. (1987) From competitive advantage to corporate strategy, Harvard Business

Review, May/June, pp.43–59.

Porter, M. and Takeuchi, T. (2002) Japanese Competitive Strategy, Diamond Press.

Quinn, L., and Dalton, M. (2009)“Leading for sustainability: implementing the

tasks of leadership,” Corporate Governance , Vol. 9, No. 1, pp.21-38.

Ritter, T. and Gemunden, H. G. (2003) “Network competence: Its impact on innovation

success and its antecedents,” Journal of Business Research, Vol. 56, No. 9, pp.

745-755.

Rumelt, R. (1984) “Towards a strategic theory of the firm,” In Lamb, R. B. (ed.)

Competitive strategic management, Englewood Cliffs, NJ: Prentice Hall. pp.556-570.

Shumpeter, J. A. (1934) The Theory of Economic Development, Cambridge, MA, Harvard

University Press(塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳『経済発展の理論:企業者利

潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究』 岩波文庫,1977).

Shumpeter, J. A. (1942) Capitalism, Socialism and Democracy, New York, NY, Haper &

Row (中山伊知郎・東畑精一訳『資本主義・社会主義・民主主義』 東洋経済新報社,1962).

Teece, D. (1986) “Profiting from technological innovation: Implications for

integration, collaboration, licensing and public policy,” Research Policy, Vol.15,

pp.285-305.

Teece, D. J., Pisano, G. and Shuen, A. (1997) “Dynamic capabilities and strategic

management”, Strategic Management Journal, Vol. 18, No. 7, pp. 509-533.

Ulrich, K. T.(1995)“The Role of Product Architecture in the Manufacturing Firm,”

Research Policy, vol. 24, pp.419-440.

延岡 健太郎・伊藤 宗彦・森田 弘(2006)「第 1章 コモディティ化する価値獲得の失敗:

デジタル家電の事例」『イノベーションと競争優位:コモディティ化するデジタル機器』

NTT 出版、pp.14-48.

榊原 清則・香山 晋編(2006)『イノベーションと競争優位:コモディティ化するデジタル

機器』NTT出版

山田善教(2005)『場所の論理による事業改革―イノベーションへの西田哲学の応用』白桃

書房

Page 18: 従来のイノベーション・イノベーターに関する研究c-faculty.chuo-u.ac.jp/~jafee/papers/Pak_Eigen2.pdf従来のイノベーション・イノベーターに関する研究

新宅純二郎・天野倫文(2009)「新興国市場戦略論―市場・資源戦略の転換―」MMRC ディス

カッションペーパー277.

杉田泰生(2009)「グローバル戦略の進化-日本企業のトランスナショナル化プロセス」,

有斐閣

石倉洋子(2003)「企業から見たクラスターの意義と活用」, pp.75-127, 石倉洋子・藤田

昌久・前田昇・金井一頼『日本の産業クラスター戦略―地域における競争優位の確立』

有斐閣

都留康・守島基博(2011)「東アジアにおける製品開発と人材マネジメント : 日本・韓国・

中国企業の比較分析」『Fukino Project Discussion Paper Series』No.24, pp.1- 17.

藤本隆宏(2001)「アーキテクチャ産業論」藤本隆宏・武石彰・青島矢一編『ビジネス・ア

ーキテクチャ』有斐閣.

藤本隆宏(2003)「能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか」, 中央公論新社

楠木建・ヘンリーW.チェスブロウ(2001) 「製品アーキテクチャのダイナミック・シフト」,藤

本隆宏・武石彰・青島矢一編著『ビジネス・アーキテクチャ』有斐閣, 263-285.

朴英元・阿部武志・大隈慎吾(2011) 「コア・コンピタンスとアーキテクチャ戦略-商品戦

略分析のためのフレームワーク-」MMRC Discussion Paper, No.376, pp.1-42.

野中郁次郎・永田晃也・泉田裕彦(2003)『知識国家論序説―新たな政策過程のパラダイム』

東洋経済新報社

野中郁次郎・遠山亮子・平田透(2010), 「流れを経営する-持続的イノベーション企業の

動態理論」東洋経済新報社, pp28-42

野中郁次郎・竹内弘高(1996)『知識創造企業』東洋経済新報社