サテライトイブニングセミナ-...第23回 日本運動器科学会...
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第23回 日本運動器科学会サテライトイブニングセミナ-
「日本運動器リハビリテーション学会」から「日本運動器科学会」と名称変更後初めての学
術集会が7月8~9日の会期で朱鷺メッセ(新潟県)で開催された。7月8日のサテライトイブニ
ングセミナーでは,変形性膝関節症(膝OA)に関するパネルディスカッションが行われ,大規模
疫学研究ROAD Studyの結果や運動療法,装具療法に関するさまざまな知見が発表された。
また特別講演においては藤野圭司氏が,急速に進展した高齢化が日本社会に与える影響につ
いて分析しつつ,これから整形外科医療が担うべき役割について展望を述べた。
パネルディスカッション
「運動器病の現状と今後」
座長 : 大森 豪 氏 新潟大学研究推進機構超域学術院 教授 津村 弘 氏 大分大学医学部整形外科 教授
2011年7月8日朱鷺メッセ(新潟県)
「変形性膝関節症の病態と 運動・装具療法のアプローチ」
1
2
3
我が国における変形性膝関節症の疫学(ROAD Studyから) 吉村 典子 氏 東京大学医学部附属病院22世紀医療センター関節疾患総合研究講座 特任准教授
変形性膝関節症の運動療法としてのアプローチ 千田 益生 氏 岡山大学病院総合リハビリテーション部 教授
変形性膝関節症の装具療法としてのアプローチ 出家 正隆 氏 広島大学大学院保健学研究科保健学専攻心身機能生活制御科学講座 教授
特別講演
パネルディスカッション
特別講演
大森 豪 氏 津村 弘 氏
吉村 典子 氏
千田 益生 氏
出家 正隆 氏
伊藤 博元 氏 藤野 圭司 氏
座長 : 伊藤 博元 氏 日本運動器科学会 理事長藤野 圭司 氏 日本臨床整形外科学会 理事長
alcare_110920.indd Sec1:1alcare_110920.indd Sec1:1 11.9.27 9:47:29 AM11.9.27 9:47:29 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
第2次世界大戦後,わが国の平均寿命は急激に伸張
し,現在では世界一の長寿国となりました。一方,骨・関節
の機能的な寿命は平均寿命の延びに対応し切れていま
せん。整形外科の入院手術数は,50歳代以降に急激に増
加しており,中でも膝関節の手術は第3位を占めています
(平成21年度厚生労働科学研究費補助金政策科学推進
研究事業「包括払い方式が医療経済および医療提供体制
に及ぼす影響に関する研究」)。また要支援・要介護になっ
た理由の約2割が,関節疾患や骨折・転倒であると報告さ
れており,要介護状態への移行を防ぐためには,膝OAを
はじめとする骨関節疾患の予防が重要です。
われわれは骨関節疾患の疫学的な特性を理解し,効果
的な予防につなげること,そして治療の標的分子を同定す
ることを目標とした大規模調査ROAD Studyを2005年か
ら行っています。対象者は,都市型(東京都板橋区)コホー
トから1350人,山村型(和歌山県日高川町)から864人,漁
村型(和歌山県太地町)から826人,計3,040人です。参加
者の平均年齢は70歳で,3分の2が女性です。400項目以
上の問診票調査,医師による診察(全身所見,局所所見,
認知機能,骨密度測定など),単純X線,血液尿検査とゲノ
ム用解析用検体採取を行いました。
疾患の有無の診断は「Kellgren and Lawrence分類(KL
分類)」を用いて行いました。これは単純X線において,関
節の棘突起や狭窄,関節裂隙の狭小化・骨硬化などを基
準として,0~4の進行度で評価する方法で,今回は2度
2
要介護となる要因の約2割を骨関節疾患が占めている
膝OAの有病率とリスクは女性が有意に高い
わが国における変形性膝関節症の疫学(ROAD Study から)東京大学医学部附属病院22世紀医療センター関節疾患総合研究講座 特任准教授
吉村 典子氏
変形性膝関節症の病態と運動・装具療法のアプローチ
パネルディスカッション
図1
(Yoshimura N, et al. J Bone Miner Metab 2009; 27: 620-628より作成)
100
80
60
40
20
0
男性 女性
(%)
60~69歳50~59歳40~49歳39歳以下 70~79歳 80歳以上
膝OAの有病率図2
50
40
30
20
10
065~74歳
75~84歳85歳以上
男性
女性
(%)
ROAD Study(山村,漁村),65歳以上
〔提供:吉村典子氏(第23回日本運動器科学会発表より)〕
要介護移行率(%)の性・年代別分布
alcare_110920.indd Sec1:2alcare_110920.indd Sec1:2 11.9.27 9:47:31 AM11.9.27 9:47:31 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
3
以上を膝OAありと定義しました。
膝OAの有病率は年齢に依存して高くなり,80歳以上で
は男性が約50%,女性が約80%でした。この割合を日本
全体の性年齢別人口に相当させると,40歳以上の男性約
800万人,女性約1,700万人,計約2,500万人の方の膝に
OA変化があると推定されます。また,すべての年代で女
性の有病率が男性よりも高く(図1),年齢を補正して解析を行うと,女性は男性の3倍膝OAのリスクが高いとい
う結果になりました。
地域特性を見ると,山村住民では都市住民より,膝OA
のリスクが約2.6倍高い一方で,漁村住民と都市住民の間
には差はありませんでした。また,職業動作別では,立つ,
坂道を上る,重い物を持つ,などの動作が多い職業の方
が,膝OAの有病率が高い傾向にありました。
2007年のベースライン調査の3年後, 2010年に2回
目の調査を行いました。初回調査時にKL分類が0あるい
は1だった人が,3年後に2度以上に移行している場合を
「発生」と定義して,膝OAの発生率を推定したところ,女
性で発生率が高く,年齢依存的に増加していました。
また,ROAD Study対象者の中で山村,漁村の65歳以上
の参加者の要介護移行率の性・年代別分布を見てみると,
年齢と比例して要介護認定を受ける割合が増加していまし
た(図2)。一方2007~10年の膝OAの発生は70歳以上の女性に多く認められました(図3)。膝OAの発生と要介護移行率との関連を見ると,性,年齢,体重を調整しても,膝
OAを発生した者は未発生者の約5.7倍要介護に移行する
リスクが高いことが分かりました。
メタボリックシンドローム(METS)と膝OAの関係を見た
ところ,肥満,脂質異常症,高血圧,高血糖などMETSの構
成要因の保有数が多いほど,膝OAの有病率・発生率が高
まることが判明しました。ところで,要支援・要介護状態に
移行する原因のトップは脳卒中ですが,METSは脳卒中の
リスク要因でもあります。脳卒中と膝OAの危険因子が共
通していることは注目すべきです。また,認知障害の有病
者は,未発生者と比較して膝OAの有病率が約2倍高いと
いう結果でした。
以上の結果を見ると,膝OAの有病率,発生率には性別
や職業特性のみならず,METSや認知障害などさまざまな
要因が絡み合っています。このため,膝OA予防・治療には
疾病特異的な視点だけではなく,総合的健康の視点から
のアプローチが不可欠であると考えます。膝OAの有病率,発生率はMETSや認知障害と関連している
図3
50
40
30
20
10
065~69歳 70~74歳 75~79歳 80歳以上
男性 女性
(%) ROAD Study(山村,漁村),65歳以上
〔提供:吉村典子氏(第23回日本運動器科学会発表より)〕
膝OAの累積発生率 (%/3年)
TKA(全人工膝関節置換術)は膝OAの一般的な治療法
で,年間7万件以上施行されています。しかし,TKAでは膝
膝OAにおける運動療法は投薬治療と同等の有効性が認められている
の屈曲も100度程度までしか改善されず,人工膝関節は
15~20年程度で劣化してしまいます。また,入院費用や期
間,半永久的な通院などに対する懸念もあり,当科の患者
ではTKAを希望しない方がほとんどです。そこで手術に頼
変形性膝関節症の運動療法としてのアプローチ岡山大学病院総合リハビリテーション部 教授
千田 益生氏
alcare_110920.indd Sec1:3alcare_110920.indd Sec1:3 11.9.27 9:47:36 AM11.9.27 9:47:36 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
(Handschin C, et al. Nature 2008; 454: 463-469 を基に作成)
運動不足による慢性疾患発症のメカニズム5
全身の慢性炎症
無活動 肥満
脂肪細胞
グルコース
免疫細胞 脳細胞 全身または局所におけるサイトカイン濃度の上昇
・インスリン抵抗性・2型糖尿病
・アテローム性 動脈硬化症
・アルツハイマー病・ハンチントン病・パーキンソン病
・がん
運動するとPGC1αという物質が放出され,慢性炎症を制御する
療法は,大腿四頭筋訓練,ハムストリング訓練,股関節周
囲筋訓練などがあります(図4)。
では,なぜ膝OAに対して運動療法が有効なのでしょう
か。Larsonらは65歳以上の1,740人を対象とし,週3回以
上運動療法を行う群と週3回未満運動療法を行う群に
割り付けて,認知症の発症率を見たところ,前者群の発症
率は1.3%, 後者群は1.97%でした。この結果から,Larson
らは定期的な運動が認知症やアルツハイマー病の発症
遅延と関連していると述べています(Larson EB, et al. Ann
Intern Med 2006; 144: 73-81)。また,Friedenreichは運動
療法はがんの予防効果がある可能性があると述べてい
ます(Friedenreich CM. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev
2001; 10: 287-301)。
なぜ運動療法によって認知障害やがんの発症が抑制さ
れるかという点についてHandschinらは転写調整因子の
4
らない膝OAの治療法が望まれますが,その1つとして運
動療法が挙げられます。
海外の臨床試験においてはエアロビック運動,抵抗運
動,等運動性訓練,漸増運動などが,膝OAに対して有効
であったと報告されています(Ettinger WH, et al. JAMA
1997; 277: 25-31/ Maurer BT, et al. Arch Phys Med Rehabil
1999; 80: 1293-1299/ Petrella RJ, et al. J Rheumatol 2000;
27: 2215-2221)。 日本においては2006年に日本整形外科
学会によって,膝OAの運動療法の有効性に関する多施設
ランダム化比較試験(RCT)が行われました。この試験で
は,大腿四頭筋訓練とSLR運動(膝を伸ばしたまま足を上
げる)を行った群と,NSAIDs(非副腎皮質ステロイド抗炎
症薬)を投与した群を比較したところ,JKOM(機能評価),
WOMAC(膝痛評価),SF-36(QOL評価),VAS(疼痛評価)
の4つの評価尺度において,運動療法がNSAIDsと同等の
効果を示したという結果が出ました。
また,膝OAに対して関節内注射によって薬剤を投与す
る治療法と運動療法の効果を調査したスタディでは,関
節内注射群の52例中21例がドロップアウトしましたが,
運動療法群ではドロップアウトはありませんでし
た(Karatosun V, et al. Rheumatol Int 2006; 27:
277-284)。
肥満の患者では,運動療法を行うことで膝の痛
みが生じたり,痛みが増悪することがありますが,
このような場合には,水中でのエクササイズが有
効だったという報告もあります(Lim JY, et al. PM R
2010; 2: 723-731)。
このほか,RCTによって有効性が認められた運動
膝OAに対して運動が良いのはなぜか?認知障害やMETSにも運動は有効である
パネルディスカッション
有効性が認められた運動療法4
(提供:千田益生氏)
● 大腿四頭筋訓練(坐位,臥位)● ハムストリング訓練● 股関節周囲筋訓練● 足関節底背屈訓練● 腹筋・背筋訓練● 上腕二頭筋・大胸筋訓練● スクワット・CKC exercise● 等速性運動による訓練● セラバンドを用いた訓練● 歩行● 自転車● 水中運動 (18 RCTから)
alcare_110920.indd Sec1:4alcare_110920.indd Sec1:4 11.9.27 9:47:38 AM11.9.27 9:47:38 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
足底板による膝関節疼痛の減少効果6
(提供:出家正隆氏)
膝関節疼痛(VAS)
(広島大学大学院保健学研究科保健学専攻心身機能生活制御科学講座の臨床試験結果)
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
(mm)
通常歩行
**
****:P<0.01
従来型 新型one-way ANOVA
56.66±14.14 33.33
±14.14
26.11±14.95
活性化補助因子で,運動によって体内に放出されるPGC1
αに着目しています。PGC1αは慢性炎症の抑制作用があ
りますが,運動をしないとPGC1αが放出されないため,
無気力状態や肥満となり,慢性炎症が体内で起こります。
その結果,体内の器官や細胞に悪影響が及び,これによっ
て糖尿病や動脈硬化,アルツハイマー病やパーキンソン
病,がんが引き起こされると主張しています(図5)。 PGC1αは糖尿病や加齢によるミトコンドリアの機能
5
今回は膝OAの中でも症例の多い内側型変形性に対す
る装具療法についてご紹介します。内反膝OAでは,内側
関節面への荷重が増加することによる内反モーメント(膝
関節を内反させようとする力)や,lateral thrust(荷重時に
膝関節が外側へシフトする)の増加が変形や疼痛の生体
学的因子であり,治療においてはこの2つをいかに減少
させるかが重要です。そのため治療用装具には,内反モー
内反膝OAの治療では内反モーメントとlateral thrustの減少が重要
変形性膝関節症の装具療法としてのアプローチ
メントと相関する床反力とモーメントアームの減少,荷重
初期の外方へのぶれの防止という役割が求められます。
現在KL分類の3度以上の重症で手術的治療が必要な
患者を除くと,薬物療法や温熱治療を行う軽症の患者か
ら,手術の回避を希望する重症の患者まで,幅広く装具療
法が行われています。実際に多く臨床現場で使用されて
いるのは,足底板と膝の外反装具の2種類です。
足底板は踵骨を外反させ,下肢の機能軸を直立化し,
モーメントアームを短縮させることで,疼痛の軽減を可能
にします。Fisherらは,異なる傾斜を付けた靴や固い足底
板を挿入した靴を履いた群で内反モーメントが減少した
と報告しています(Fisher DS, et al. J Orthop Res 2007; 25:
540-546)。また,われわれの施設で行った試験では,足底
板による外反矯正力が下腿に伝導されやすくなるように
改良された距骨下関節固定付きの足底板を装着した群
が,通常歩行群や従来型の足底板を装着した群と比較し
て立脚期膝関節内反モーメントを有意に減少しました。膝
関節疼痛の減少では,従来型群と距骨下関節固定型群と
の有意差はなかったものの,足底板を装着した2群では
通常歩行群と比較して,有意に膝関節の疼痛を減少しまし
た(図6)。
足底板は踵骨を外反させ,下肢の機能軸を直立化内反モーメント減少や疼痛の軽減に寄与
低下により誘発されなくなります。認知障害とMETSは,膝
OAの有病率と関連しています。このため,認知障害や生
活習慣病に有用な運動療法は,膝OAにも有効であると考
えられます。
以上のように,運動療法についてのさまざまな知見を
かんがみると,膝OAに対して運動療法が効果的である可
能性は高いと思います。
変形性膝関節症の装具療法としてのアプローチ広島大学大学院保健学研究科保健学専攻心身機能生活制御科学講座 教授
出家 正隆氏
alcare_110920.indd Sec1:5alcare_110920.indd Sec1:5 11.9.27 9:47:39 AM11.9.27 9:47:39 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
軽量化した機能的膝外反装具装着による膝関節最大内反モーメントと疼痛の変化
8
(提供:出家正隆氏)
80
70
60
50
40
30
20
10
0
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
(N•m/BW) (mm)
最大内反モーメント
VAS
* †
t検定Wilcoxon符号順位検定
*:P<0.05†:P<0.01
膝外反装具非装着軽量化した機能的膝外反装具
軽量化した機能的膝外反装具装着による膝関節外部内反モーメントの推移
7
(提供:出家正隆氏)
*:P<0.05
two-way ANOVA各点でt検定を実施
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
-0.1100 20 30 40 50 60 70 80 90 10017% 40%
立脚期歩行周期
膝関節モーメント
(N・m/BW, 内反:+)
**
**
53%23%
17~23%,40~53%の間で有意に減少
軽量化した外反装具外反装具非装着
(%)
足底板や外反装具を長期間使用した場合の効果につ
いては,さまざまな臨床試験で有効性が示されています
が,一方で長期使用による問題点もあります。外反装具は
長期間の装着で皮膚状態が悪化し,愁訴を訴える例が多
いと,いくつかの試験で報告されています。
また,われわれの施設で行った試験ではコントロール
群,足底板群,外反装具群に分け,効果を比較検討する試
験を行いましたが,コントロール群と足底板群では12カ
月後に脱落した例が20%以上となり,治療の継続性が問
題となりました。また同試験では,外反装具群で,長期使
用によって,股関節に負担がかかり,内部股関節外転モー
メントが減少しました。このため,外反装具の長期使用に
関しては,股関節の外転運動などの運動療法との併用が
効果的である可能性があります。
以上のような,長期使用における注意点に留意してい
ただくことで,膝OAに対する装具療法をより効果的に行う
ことができると思います。
6
足底板や膝装具を病期により選択することでより効果的な治療が可能になる
膝装具の中でも,軟性膝装具は手軽に使用できるメリッ
トはありますが,膝関節の安定化は期待できません。一
方,機能的膝外反装具(硬性装具)は,外反矯正,内反モー
メントの減少,疼痛の減少,歩行能力の向上に対する有効
性がさまざまな臨床試験で報告されています。しかし,重
量感があり装着が比較的面倒である点が,治療を継続し
てもらうに当たっては不利といえます。
オズール社の硬性装具(商品名:アンローダーワン)は
従来型の約半分に軽量化し,かつ装着も簡素化していま
す。われわれの施設で,この硬性装具を装着した群と未装
着の群の歩行解析を行ったところ,膝の関節可動域の制
限に有意差は認められませんでした。一方で,膝関節内外
反角度は立脚期歩行周期1~34%の間で,膝関節外部内
反モーメントは立脚期歩行周期17~23%,40~53%の
間で,装着群で有意に減少しました(図7)。また最大内反モーメントと疼痛も有意に減少しました(図8)。
軽量かつ脱着が簡便な機能的膝外反装具でも有効性が示されている
パネルディスカッション
alcare_110920.indd Sec1:6alcare_110920.indd Sec1:6 11.9.27 9:47:39 AM11.9.27 9:47:39 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
においては高齢化が急速に進んだことで,生理的寿命の
進展と高齢者の社会的役割の創出との間にタイムラグが
生まれ,社会問題を生じた,と同氏は述べています。
高齢化が生み出した問題の1つが介護保険料の増加で
す。2000年開始当初の3.6兆円と比較し,2010年度は2倍以
上の7.9兆円となっており,介護保険が国家財政に与える負
担は莫大です。
要介護を減らすためには,要介護・要支援状態に移行す
る大きな要因である骨関節疾患や骨折・転倒を防ぐ必要
があります。運動器は随意的に動かさないと急速に退化,
脆弱化します。その結果,運動器不安定症となり,転倒リス
クが高まります。転倒の結果,骨折したり外傷を負ったりす
ると,さらに運動器の機能低下を招くという悪循環を引き
起こします。
このため運動器疾患については予防が重要ですが,従
来運動器疾患の領域には疾患概念しかなく,予防治療の
重要性を訴えることのできる概念はありませんでした。そ
こで考え出されたのが,運動器疾患による要介護状態あ
るいは要介護リスクの高い状態を指す「ロコモティブシン
ドローム(運動器症候群)」という概念です。
7
運動器疾患のリハビリテーションを取り巻く状況は近年
大きく変化しています。
1989年に設立された,当学会の前身である「日本理学診
療医学会」は,運動器疾患治療の一翼を担う存在としての理
学療法の重要性と学問体系を再度見直し,学術研究と臨床
研修を充実させることを目的としていました。2004年に「日
本運動器リハビリテーション学会」と名称変更しましたが,
これは骨関節疾患患者の病態,運動障害,生活機能の解明
を進め,新しい治療理論の構築と実践を通して,医療制度改
革にも役立てるということを趣意としたものです。これは同
時に整形外科医が運動器リハビリテーションに主体的に参
画する意志の宣言でもありました。「運動器科リハビリテー
ション」が自立的な存在として発表されたことによって,2年
後には診療報酬の「リハビリテーション料」から「運動器リハ
ビリテーション料」が独立して設定されました。
さらに本年「日本運動器科学会」と名称変更されました。リ
ハビリテーションのみならず疾患予防,早期診断,運動機能
維持,障害予防,介護予防を含めた運動器疾患の総合的な
医療システムを構築する必要性や,新たな治療パラダイムを
築き,地域社会への浸透を目指すことがうたわれています。
以上のような変化は高齢化の進展と密接に関係してい
ます。わが国は,全人口の21%を65歳以上が占めるという
世界一の超高齢社会となっており,2050年には約40%が高
齢者となることが予想されています。また,日本の場合,超
高齢社会に至るまでの高齢化がかなり急速に進みました。
茨城県自然博物館館長の中川志郎氏は,「生態的寿命」と
「生理的寿命」という2つの寿命について興味深い見解を
述べています。自然界に生きる動物は,老いて身体能力が
衰え,獲物を捕獲することができなくなることが死を意味し
ます。すなわち社会的役割の消失が生体の死に等しい「生
態的寿命」です。これに対し人間の寿命は生理的限界に限
りなく等しい「生理的寿命」です。さらに人間は寿命を限り
なく生理的寿命に近づけると同時に,生態的寿命を生理的
寿命に近づけようするところに特徴があります。しかし日本
日本臨床整形外科学会 理事長
藤野 圭司 氏
急激な高齢化の進展が生み出す社会的問題生態的寿命=健康寿命の伸張が求められている
早期からの適切な運動療法の導入が重要高齢者に対しても積極的に運動療法を
運動器病の現状と今後特別講演
ロコモティブシンドロームのセルフチェック項目9
(提供:藤野圭司氏)
★ 運動器の機能不全によって要介護リスクが高まった状態★ 運動器の機能不全によって要介護となった状態
ロコチェック
ロコモティブシンドローム(運動器症候群)
1) 片脚立ちで靴下が履けない2) 家の中でつまずいたり滑ったりする3) 階段を上るのに手すりが必要である4) 横断歩道を青信号で渡り切れない5) 15分くらい続けて歩けない6) 2kg程度の買い物(1Lの牛乳パック 2個程度)をして持ち帰るのが困難である7) 家の中のやや重い仕事(掃除機の使用,布団 の上げ下ろしなど)が困難である
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特別講演
大腿骨頸部骨折地域連携パス浜松方式11
(提供:藤野圭司氏)
骨折予防期
●ロコモ・運動器不安定症→ロコトレ●骨粗鬆症治療●薬剤管理(坑うつ薬・安定剤・睡眠薬等)
骨折治療 ●手術●急性期リハ急性期病院
術後機能訓練 ●歩行訓練●ADL訓練
具体的内容
回復期リハ病院等
●ロトコレ●骨粗鬆症治療●薬剤管理
評 価再骨折の有無QOLの評価
転倒・骨折予防診療所
パススタート
パスなし
急性増悪(再骨折・内科疾患等)
パス適応者の標準化
再骨折予防 ADL訓練・QOL診療所 デイケア
Phase1
急性期(骨折)Phase2
回復期Phase3
再骨折予防期Phase4
パス
パス
ロコモティブシンドロームのスクリーニングは7項目の
セルフチェックから成る「ロコチェック」(図9)で行います。1つでも該当したら専門医による診察を受け,ロコモ
ティブシンドロームと診断された場合,軽症の場合はホー
ムエクササイズ(ロコトレ)の指導,重症の場合は医療施
設でのリハビリテーションを処方するという流れです。
リハビリテーションを実施する場合は明確な目標を設
定して戦略的に行う必要があります。このためリハビリ
テーションプログラムの作成に当たっては「傷害の分析」,
「正確な診断」,「目標設定」が重要です。
「傷害の分析」は,具体的にどのような日常動作が行え
なくなったのかという分析です。「診断」は,機能障害を来
している原因を把握する必要がありますが,多くの場合,
いくつかの要素が複合的に絡み合っています。
また「目標」は,短期,中期,長期に分けて具体的に設定しま
す。リハビリテーションそれ自体が目的となってしまってはいけ
ません。目標が達成されたらリハビリテーションは卒業です。
アスレチックリハビリテーションプログラムを組む場
合,柔軟性,筋力,持久力,固有感覚,敏しょう性の「五大要
素」を取り入れる必要があります。高齢者の場合,持久力
や固有感覚,敏しょう性を鍛えても効果がないと思われる
傾向がありますが,高齢者でもこれらについてのトレーニ
ングが有効であることが知られています。
特に,虚弱高齢者に対しては運動療法を回避しがちです
が,その効果は健康人よりも虚弱高齢者において,より高く
発現する傾向があります。このため,高齢者に対しても,積
極的に運動療法を実施していただきたいと思います。
厚生労働省の調査によると,日本における大腿骨頸部
骨折の患者は年々増加しており,今後も増加していくこ
とが予想されています(図10)。大腿骨頸部骨折を一度起こした60歳代女性が,5年間に再度骨折を起こすリス
クが,大腿骨頸部骨折のない同年代の女性と比較し約
16.9倍上昇したという報告があります(Johnell O, et al.
Osteoporos Int 2004; 15: 175-179)。
われわれは浜松市において,まず大腿骨頸部骨折の予
防と治療効果の向上を目指した地域連携パスを作成しま
した(図11)。現在,参画しているのは計画管理(急性期)病院が8病院,連携保険医療機関(回復期病院)が14施設,
連携診療所が66施設です。2010年の診療報酬改定で,回
復期病院から診療所へのパス,また診療所から急性期病
院へのパスに加算されるようになったことで,地域連携の
サイクルができました。患者さんには地域連携パス委員会
で作成した「ロコトレ手帳」をお渡しし,骨粗鬆症治療薬の
服薬や在宅リハビリテーションの継続についてチェックし
てもらいます。診療の際には,医師が手帳をチェックし,継
続していない患者に対しては再度啓発,指導を行うように
しています。
この地域連携パスには大腿骨頸部骨折に関するデータ
ベースの構築という目的もあります。治療薬や運動療法,
QOL評価などさまざまな項目についてデータを蓄積しま
す。このデータベースは,日本運動器科学会が管理し,地
域連携パスを立ち上げた地域に無料で使用許可します。
将来的に予想されている要介護者の増加への対策は
国家的な課題ですが,要介護者を減らす,あるいは介護保
険適用を遅らせるためには,高齢者の健康寿命を伸張さ
せることが不可欠です。そしてこの使命に対して,最も重要
な役割を果たすのは,われわれ整形外科医療に携わるス
タッフなのです。
発行:アルケア株式会社編集・制作:株式会社メディカルトリビューン2011年10月作成
浜松方式大腿骨頸部骨折地域連携パスデータベースは無料で利用可能
日本における大腿骨頸部骨折患者数予測10
〔厚生労働省科学研究「長寿科学総合研究事業一大腿骨頸部骨折の発生頻度及び受傷状 況に関する全国調査」(主任研究者:荻野浩/鳥取大医学部整形外科)より老健局老人保 健課において作成〕
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
0
(人)
(年)
82,156
22,8672000 2010 2020 2030 2040 2050
121,376
32,031
159,877
40,853
191,529
46,385
200,691
46,907
198,519
46,287
alcare_110920.indd 8alcare_110920.indd 8 11.9.27 9:47:25 AM11.9.27 9:47:25 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック