エスニックツーリズムが 尐数民族に与える利益と損...

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エスニックツーリズムが 尐数民族に与える利益と損失 ―タイ北部のカレン民族、ラフ民族、 アカ民族を事例に- 国際地域学部国際地域学科 国際地域専攻 卒業論文(2013 12 月提出) 1810100174 (指導教員:杉田映理准教授)

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エスニックツーリズムが

尐数民族に与える利益と損失

―タイ北部のカレン民族、ラフ民族、

アカ民族を事例に-

東 洋 大 学

国際地域学部国際地域学科

国際地域専攻

卒業論文(2013 年 12 月提出)

1 8 1 0 1 0 0 1 7 4

高 坂 明 日 香

(指導教員:杉田映理准教授)

Page 2: エスニックツーリズムが 尐数民族に与える利益と損 …エスニックツーリズムが 尐数民族に与える利益と損失 ―タイ北部のカレン民族、ラフ民族、

国際地域学科国際地域専攻卒業論文(2013 年 12 月提出用)要旨 指導教員:杉田映理准教授

エスニックツーリズムが

尐数民族に与える利益と損失

―タイ北部カレン民族、ラフ民族、アカ民族を事例に-

1810100174 高 坂 明 日 香

<論文構成>

第 1 章 序論

1−1 リサーチ・クエスチョンと研究背景 1−3 調査方法 1−4 論文の構成

第 2 章 エスニックツーリズムとは

2−1 観光とは 2−2 観光の歴史とエスニックツーリズムの誕生

2−3 エスニックツーリズムとは

第 3 章 タイの観光政策と山岳尐数民族

3−1 タイの概要 3−2 タイの観光政策 3−3 タイ北部の山岳尐数民族

3−4 調査対象の尐数民族 3−5 調査地概要

第 4 章 タイ北部の尐数民族に関する調査

4−1 尐数民族に関するインタビュー調査の調査方法 4−2 尐数民族に対する質問内容

4−3 チェンダオの調査結果 4−4 メーリムの調査結果

4−5 タイ北部の尐数民族の調査結果に関する考察

第 5 章 ツアー会社に関する調査

5−1ツアー会社に関するインタビュー調査の調査方法 5−2ツアー会社に対する質問内容

5−3 ツアー会社の調査結果 5−4 ツアー会社の調査結果に関する考察

第 6 章 考察

6-1 エスニックツーリズムにおける利益と損失の関係性

6−2 尐数民族がエスニックツーリズムにより受けている利益

6−3 尐数民族がエスニックツーリズムにより受けている損失

第 7 章 まとめ

7−1 結論 7−2 提案

参考文献

付属資料

謝辞

<要約>

本論文はタイ北部の山岳地帯に暮らすカレン民族、ラフ民族、アカ民族を事例に、尐数

民族がエスニックツーリズムにより受ける利益と損失について調査し、考察したものであ

る。エスニックツーリズムとは「ある地域に住む民族の独自の生活文化を対象とした観光」

のことで、タイ北部においては山岳尐数民族の村を訪問するツアーや民芸品の販売などが

多く行われている。こうした地域ごとの特性を活かした観光産業は、観光客にとって魅力

的であるだけでなく地域の活性化としても注目されてきた。しかしその一方で、現地の人々

の生活を顧みない観光開発が伝統的な文化の損失や環境破壊などを引き起こすというケー

スもあり問題視されている。

Page 3: エスニックツーリズムが 尐数民族に与える利益と損 …エスニックツーリズムが 尐数民族に与える利益と損失 ―タイ北部のカレン民族、ラフ民族、

筆者はかねてより各国の多様な民族やその文化に触れる観光に魅力を感じており、観光

産業が尐数民族に与える影響が必ずしも良い影響ではないのならば、実際にどのような利

益と損失があるのかを明確にしたいと考えた。そこで、本論文のリサーチ・クエスチョン

を「尐数民族はエスニックツーリズムによりどのような利益と損失を受けるか」と設定し、

国や観光客ではなく尐数民族にとっての利益と損失を明らかにすることを目的に調査を行

った。調査方法は文献調査と現地でのインタビュー調査である。

2013 年 10 月 12 日から 20 日にタイ北部チェンマイ県で行った現地調査では、チェンダ

オとメーリム 2 つの村で尐数民族に関するインタビュー調査を行い、チェンマイ市内でツ

アー会社に関するインタビュー調査を行った。調査対象は 2 つの村に住むカレン民族、ラ

フ民族、アカ民族各 5 人の計 30 人と、尐数民族の村訪問ツアーを開催しているツアー会社

16 社である。

調査の結果、筆者は尐数民族が経済、文化、アイデンティティ、生活環境に関する以下

のような利益と損失を受けると結論づけた。まず経済に関する利益は、「安定した収入を得

られるようになる」ということである。これは単に観光関連産業による現金収入が得られ

ることだけでなく、政府から教育費の補助を受け就学したり観光関連産業を通して英語を

習得したりすることで、職業の選択肢が広がることも意味している。次に文化に関する利

益は「伝統文化の保護と継承に繋がる」ということである。近年では民族衣装ではなく洋

服で過ごす尐数民族が増えているが、民芸品として織物や刺繍を施した小物などを販売す

ることで、そうした技術が途絶えずに継承されている。そしてアイデンティティに関する

利益は、「民族としての誇りや自信の回復に繋がる」ということある。自分が尐数民族であ

ることに引け目を感じている人もいる中で、彼らの文化が魅力的な価値あるものとして認

められることで、自民族に対する誇りや自信の回復に繋がるのではないかと考えた。そし

て生活環境に関する利益は「観光対象の一部として村周辺の自然が保存される」ことであ

る。ただしこれは必ずしもよい影響とは言えず、自然を残さなければならない地域が明確

になることで、逆にそれ以外の地域で自然を軽視した開発が進んでしまう恐れがある。

一方、一部の地域で行われた観光開発の影響で、「地域格差が生じてしまう」ことや、尐

数民族の子どもに無闇にお金を渡す観光客がいるため尐数民族の「自分の力でお金を稼い

で生きる力が損なわれてしまう」といった経済面の損失も生じている。文化に関する損失

は「伝統文化が変容してしまう恐れがある」ということで、尐数民族の文化を知らない観

光客の振る舞いが、彼らの伝統的な習慣を乱してしまうことがある。アイデンティティに

関する損失は「民族としての誇りや自信の損失に繋がる」ということで、観光客の中には

尐数民族を対等な存在として見ずに無礼な態度をとる人がいるため、こうした問題が起こ

っている。そして最後に、尐数民族は「生活環境が損なわれる」という損失も受けている

ことがわかった。調査の結果、山の自然や静けさを好む尐数民族の方々がいることを知っ

たが、大声で騒いだりゴミを捨てたりする観光客がいることでこうした生活環境が損なわ

れてしまう。上記が「尐数民族はどのような影響を受けるか」という問いに対する筆者の

解である。

また筆者は本研究を通して、尐数民族がエスニックツーリズムから受ける利益を保持し

損失をなくすため「尐数民族とツアー会社がコミュニケーションをとること」「尐数民族全

体への影響を考慮した上で観光開発を行うこと」「エスニックツーリズムに携わる人々が尐

数民族に敬意を払って接すること」の必要性を感じた。

タイの観光は国の重要産業の 1 つとして位置づけられ、今後益々成長を続けることが予

想されている。その中で、国、地域、観光客、尐数民族が互いに豊かな発展を続けること、

そして何より尐数民族が自民族や文化に誇りと自信を持って生きられる環境の実現を、心

から願っている。

〈キーワード〉エスニックツーリズム、尐数民族、タイ、伝統文化、利益、損失

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目次

要旨

目次

第 1 章 序論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

1−1 リサーチ・クエスチョンと研究背景・・・・・・・・・・・・1

1−2 調査方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

(1)文献調査

(2)インタビュー調査

1−3 論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

第 2 章 エスニックツーリズムとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

2−1 観光とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

2−2 観光の歴史とエスニックツーリズムの誕生・・・・・・・・・4

2−3 エスニックツーリズムとは・・・・・・・・・・・・・・・・5

第 3 章 タイの観光政策と山岳尐数民族・・・・・・・・・・・・・・・・・6

3−1 タイの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6

3−2 タイの観光政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7

3−3 タイ北部の山岳尐数民族・・・・・・・・・・・・・・・・・8

3−4 調査対象の尐数民族・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9

(1)カレン民族

(2)ラフ民族

(3)アカ民族

3−5 調査地概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10

(1)チェンマイ

(2)チャンダオ

(3)メーリム

第 4 章 タイ北部の尐数民族に関する調査結果・・・・・・・・・・・・・13

4−1 尐数民族に関するインタビュー調査の調査方法・・・・・・・13

4−2 尐数民族に対する質問内容・・・・・・・・・・・・・・・・13

4−3 チェンダオの調査結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・13

(1)1ヶ月の平均収入と収入源についての回答結果

(2)1 ヶ月の平均支出と支出項目についての回答結果

(3)観光についての回答結果

(4)生活環境についての回答結果

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ii

(5)自文化についての回答結果

(6)その他の回答結果

4−4 メーリムの調査結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19

(1)1ヶ月の平均収入と収入源についての回答結果

(2)1 ヶ月の平均支出と支出項目についての回答結果

(3)観光についての回答結果

(4)生活環境についての回答結果

(5)自文化についての回答結果

(6)その他の回答結果

4−5 タイ北部の尐数民族の調査結果に関する考察・・・・・・・・24

(1)収入と収入源に関する考察

(2)支出と支出項目に関する考察

(3)観光に関する考察

(4)生活環境に関する考察

(5)自文化に関する考察

第 5 章 ツアー会社に関する調査結果・・・・・・・・・・・・・・・・・28

5−1 ツアー会社に関するインタビュー調査の調査方法・・・・・・28

5−2 ツアー会社に対する質問内容・・・・・・・・・・・・・・・28

5−3 ツアー会社の調査結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・29

(1)人気のツアーに関する質問

(2)ツアーの構成員に関する質問

(3)ツアー時間に関する質問

(4)村での行動に関する質問

(5)ツアー料金に関する質問

(6)ツアー企画に関する質問

(7)尐数民族への謝礼に関する質問

(8)観光客、尐数民族へのリクエストに関する質問

(9)ツアーが尐数民族に与える良い影響に関する質問

(10)ツアーが尐数民族に与える良くない影響に関する質問

(11)エスニックツーリズムの変化に関する質問

(12)その他のインタビュー結果

5−4 ツアー会社の調査結果に関する考察・・・・・・・・・・・・33

第 6 章 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35

6−1 エスニックツーリズムにおける利益と損失の関係性・・・・・35

6−2 尐数民族がエスニックツーリズムにより受ける利益・・・・・35

(1)経済に関する利益

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(2)文化に関する利益

(3)アイデンティティに関する利益

(4)生活環境に関する利益

6−3 尐数民族がエスニックツーリズムにより受ける損失・・・・・37

(1)経済に関する損失

(2)文化に関する損失

(3)アイデンティティに関する損失

(4)生活環境に関する損失

第 7 章 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40

7−1 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40

7−2 提案・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41

参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42

付属資料

付属資料① 尐数民族に関するインタビュー結果

付属資料② ツアー会社に関するインタビュー結果

付属資料③ 価格調査結果

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第1章 序論

1-1 リサーチ・クエスチョンと研究背景

本論文は「尐数民族はエスニックツーリズムからどのような利益と損失をうけるか」とい

うリサーチ・クエスチョンの基、タイ北部の山岳尐数民族であるカレン民族、ラフ民族、ア

カ民族を事例に、尐数民族がエスニックツーリズムから受ける影響を明確にすることを目的

とする。

まず筆者がこのリサーチ・クエスチョンを設定した動機は、かねてより各国の多様な民族

とその文化に魅力を感じ、現地の文化に触れることを目的とした観光産業に関心が高かった

ことである。地域ごとの特性を活かした観光産業は、外国からの観光客にとって魅力的であ

るだけでなく、地域の活性化としても注目されており、国家の経済開発の一部として観光振

興に力を入れる国も存在する。しかしその一方で、現地の人々の生活を顧みない観光開発が

伝統的な文化の損失や環境破壊といった問題を引き起こすケースもあり、「ある地域に住む

民族の独自の生活文化を対象とした観光(宮本 2011)」というエスニックツーリズムの定義に

反し、現地の独自性が損なわれる矛盾も生じているのが現状である。

筆者にとって尐数民族とは、その生活や思想、信念、彼らの生み出す芸術などが感動や幸

福感、時には問題提起など、心に多様な豊かさをもたらす大切な存在であり、観光はそんな

彼らに近付くことができる貴重な経験である。しかし観光産業が尐数民族に与える影響が必

ずしも良い影響ではないのならば、実際にどのような利益と損失があるのかを明確にし、結

果的に観光産業が彼らの生活を豊かにしているのか否かを知りたいと考えた。

また、単に「どのような利益と損失を受けるか」と考えるのでは漠然としており、様々な

視点の利益と損失の中から偏った視点での考察になってしまう可能性がある。そのため本論

文では利益と損失を経済、文化、アイデンティティ、生活環境という4つのカテゴリーに分

けて考察することとした。利益と損失については国家経済やツアー会社の視点ではなく、あ

くまで尐数民族の視点を考察するものとした。

エコツーリズムやメディカルツーリズムなど尐数民族が関わる多様な観光形態がある中

で、あえて「観光産業」ではなく「エスニックツーリズム」に限定した理由は、民族そのも

のに焦点のあてられた観光形態であるため、尐数民族の受ける影響が大きいと判断したため

である。またその一方で、民族が自らの意思を反映できる可能性も大きいのではないかと期

待した。事例としてタイを選んだ理由は、タイ北部を訪れた際の自身の体験が、上記のよう

なエスニックツーリズムへの疑問に繋がっているためである。最終的に本論文では、リサー

チ・クエスチョンへの結論を受けて今後のエスニックツーリズムに求められるものを考察、

提案したい。

1-2 調査方法

本論文は、タイの観光政策に関する調査、タイ北部の山岳尐数民族に関する調査、タイの

ツアー会社に関する調査を基に構成する。タイの観光政策に関する調査については書籍や論

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文、Webサイトを利用した情報収集を行い、尐数民族とタイのツアー会社に対しては、現地

を訪問しインタビュー調査を行った。

(1) 文献調査

文献調査では、書籍、論文、Webサイトを利用して以下の項目についての情報を収集した。

まずタイの観光政策に関する文献調査では、国の政策がエスニックツーリズムにどのような

影響を及ぼすのかを検討するため、タイにおける観光政策の変遷を中心に調べた。次に、タ

イ北部の山岳尐数民族についての文献調査では、各尐数民族の基本情報と彼らの住む地域に

関する情報について調査した。

(2) インタビュー調査

インタビュー調査は、各山岳尐数民族30名と、尐数民族に関連するツアーなどを実施し

ているタイの旅行会社16社に対して行った。まず山岳尐数民族に対しては、現地のツアー

会社にガイドを頼んで各民族の村を訪問し、英語の通じる人に関しては直接インタビューを

行い、通じない人に対してはガイドに通訳を頼み行った。調査方法は全ての民族に対して共

通の半構造化インタビューで、山岳民族の識字率が高くないことから、全ての回答は私が書

き取って記録した。

質問内容は、1世帯あたりの1ヵ月の平均収入と平均支出、収入方法の内訳(観光産業によ

る収入、出稼ぎしている家族の収入など)、お金を出して買っているものと自給自足している

ものなど支出項目の内訳、観光客に対する印象や意見などを質問項目として設けた。

タイのツアー会社に対するインタビュー調査は、タイ北部でどのようなエスニックツーリ

ズムが展開されているのかを知るため、現地で尐数民族に関連するツアーなどを実施してい

るツアー会社に対して、ツアー内容や料金についての調査を実施した。質問内容は、ツアー

内容(行程表があればそれも含める)、料金とその内訳、尐数民族が旅行会社から受け取る利

益はあるか、どのように尐数民族とコンタクトを取りツアーを企画するのかなどである。

1-3 論文の構成

本論文では、まず次の第2章で本論文の重要なキーワードであるエスニックツーリズムに

ついて、観光産業の歴史とエスニックツーリズムが登場した背景を中心にまとめる。次に第

3章では、本論文の対象地域と対象民族に関する調査として、タイの観光政策や各尐数民族

について述べる。第4章では現地調査として行った尐数民族に関するインタビュー調査の結

果を、第5章ではツアー会社に関するインタビュー調査の結果をそれぞれ考察と共に示し、

この2つの調査結果を受けて第6章では尐数民族がエスニックツーリズムから受ける利益と

損失についての総合的な考察を行う。最後に、第7章で本論文の結論を述べ今後のエスニッ

クツーリズムに対する提案を行う。

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第2章 エスニックツーリズムとは

本章では、論文中重要なキーワードとなる「エスニックツーリズム」の定義付けを行う。

そのためにまず、観光とは何か、その歴史の中でどのようにしてエスニックツーリズムが登

場してきたのかを明らかにする必要がある。また、本論文における「観光」と「エスニック

ツーリズム」の定義を明確にした上で、これまでエスニックツーリズムに期待されてきたこ

と、問題視されてきたことを整理したい。

2-1 観光とは

まず観光の定義を考える前に、「旅」と「旅行」という言葉について触れておきたい。旅

とは「一時的に住み慣れた土地を離れること」(At Home 2001)を指し、旅行は旅をするこ

とである(新村 2006)。旅の歴史は古代にまで遡ることができ、宗教や交易など生きるため

に必要な旅から、軍隊の遠征など戦のための旅、そして自ら好んでする旅へと大別して 3つ

の段階を経て発展してきた。この「自ら好んでする旅」が観光にあたる。近代化により経済

が発展した国々では、生きるためや戦のためではなく、楽しむための旅ができるようになり、

これが観光の始まりとなったのである(岡本 2004)。

では「観光」とは具体的に何を指しているのか。ここからは、諸説ある観光の定義からい

くつか例を挙げ比較することで、本論文における定義を設定する。まず、広辞苑や新明解国

語辞典といった辞典には、観光とは「他の土地を視察すること、また、その風光などを見物

すること」、「ふだん接する機会のない風光・名所などを見物すること」(中尾 2009 p.4)と

書かれている。風光とは景色や眺めのことであり(新村 2006)、どちらの辞典も観光におけ

る具体的な行動は「見物すること」と捉えているのがわかる。しかし筆者は、現代の観光の

あり方は見物することだけに停まらず、むしろ体験、体感といった要素が強まっているので

はないかと感じる。

そこで次に、より広域的な定義として日本の観光庁が定めたものを例に挙げると、ここで

は観光を「余暇時間の中で、生活圏を離れて行う様々な活動であって、触れ合い、学び、遊

ぶということを目的とするもの」(観光政策審議会 1995)としている。これは各辞典による

定義に比べて観光の具体的な行動内容が広く捉えられているだけでなく、旅行者と観光の対

象(観光地や人、物など)の距離をより現状に近い形で表現しているといえるだろう。なぜ

なら、「見物」という言葉は旅行者が観光の対象との間に一線を引いて眺めているような表

現であるのに対し、「触れ合い」という言葉は、旅行者と観光の対象との距離が近く、体験

や体感型といった現代の観光を表すのにより適しているためである。しかし本論文では、修

学旅行や体験学習といった一部余暇時間外の活動も観光に含めるものとして考えたい。この

ような学校行事は余暇時間を利用して旅行する人々と似通った活動をする場合があるため

だ。

次に、スイスのカスパール氏(C. Kaspar)が定めた定義から、観光は「旅行および滞在

から生じる諸関係および諸現象の総体を意味する」という部分を抜き出して参考にしたい

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(中尾 2009 p.5)。旅行者は自身が自覚している観光の目的(例えば城を見る、祭りに参加す

るなど)以外の、移動や食事、道中出会った人々との交流など様々な活動を通じて外部に影響

を与えているため、そうした旅行者の活動を包括的に捉える必要があるだろう。

最後に、カナダのスミス氏(Smith, S.)の定義を見ると、

Virtually all the definitions of tourism can be grouped into three categories:

demand-based, supply-based, and integrated (Smith, 1990). 〔中略〕

Supply-based definitions focus on the provision of services to tourist. From this

perspective, tourism is defined as “the aggregate of all businesses that directly

provide goods or services to facilitate business, pleasure, and leisure activities

away from the home environment”(Smith, 1988, p.183). (Xie 2001 p.5)

と、旅行者をもてなす側の人間(宿泊施設や観光地で働く人など)の行動も観光の一部とし

て考えていることが分かる。本論文ではこの視点も観光の定義の一部として採用したい。な

ぜなら、尐数民族がエスニックツーリズムから受ける影響を考える際は、その影響が全て外

部の人間から与えられるものとは限らず、尐数民族自身が観光産業に従事することで生活に

変化をもたらし影響を受けている可能性も考えられるからだ。

以上の考察を踏まえて、本論文での観光の定義を「旅行者が日常生活圏を離れて行う触れ

合いや学び、遊びといった様々な活動。また、旅行者に対してサービスを供給すること。こ

れらの活動によって生じる諸関係および諸現象の総体。」と設定する。

2-2 観光の歴史とエスニックツーリズムの誕生

2-1 で述べたように、交易や戦争ではなく楽しむための旅ができるようになったことが観

光の始まりであった。ここでは、近現代の観光の歴史の中でどのようにしてエスニックツー

リズムが誕生したのか、その概略を述べる。1960 年代、大戦から復興した先進諸国では、

観光が大衆化し大量の旅行者が発生するマス・ツーリズムが始まった。ジャンボジェット機

の登場も影響し、豊な先進国の旅行者が3つのS(sun:太陽、sand:海辺、sex:セックス)を

求めて貧しい途上国へ大量に押し寄せるようになったのだ。しかし、1970 年代にはこうし

たマス・ツーリズムによる影響として、犯罪や売買春の発生、環境の汚染や破壊、そして観

光地の生活や文化の変容、破壊といった問題が顕著に現れるようになっていった(宮本

2011)。

こうした問題を受けて、1980 年代末、それまでのマス・ツーリズムに代わる新しい観光

のあり方、つまり観光地の自然や生活、文化を破壊しない観光のあり方として、「持続可能

な観光(sustainable tourism)」という考え方が登場する。その後もマス・ツーリズムの拡

大は続くが、1990 年代以降になると持続可能な観光が具体的に実践され始めるようになっ

ていった。観光地の自然と共存する持続可能な観光のあり方としてエコツーリズムが、そし

て観光地に暮らす人々の生活や文化と共存する持続可能な観光のあり方として、エスニック

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ツーリズムが誕生したのだ。(岡本 2004)

現在、持続可能な観光というとエコツーリズムを例に挙げることが多いが、観光の歴史の

中で持続可能な観光が必要とされたその経緯を追ったことで、本来は自然との共存のみに囚

われない、より幅広い意味合いをもった言葉であることが理解できるだろう。「持続すべき

もの」は地域や状況によって異なるため、観光地に暮らす人々や文化に焦点を当てたエスニ

ックツー

リズムもまた、持続可能な観光として注目すべき一つの観光形態であるといえるのだ。

2-3 エスニックツーリズムとは

最後に、本論文の重要なキーワードとしてエスニックツーリズムの定義付けを行う。まず、

文化人類学者のファン・デン・ベルゲは、「エスニック・ツーリズムとは、先住民(native)

のエキゾチックな文化によって形成されたものが観光客への主な出し物である観光(朝水

2001 p.43)」と定義している。確かに本論文で扱うエスニックツーリズムも、外国人の観光

客は尐数民族の独特な文化を期待し観光に訪れていると予想されるが、筆者はエスニックツ

ーリズムの対象が必ずしも先住民とは限らないと考える。例えば、筆者が本論文の調査対象

としたタイ北部の山岳尐数民族は、元々タイに暮らしていた民族もいれば隣国からの移民も

いる。しかし、いずれも個々の民族として独自の文化を持って、その独自性を活かした観光

が行われているのである。また、エキゾチックという言葉は「異国的」という意味を表して

おり、対象となる地域の単位が国である。しかし本論文では異国的な文化ではなく、ある地

域に暮らす民族の独自な文化を対象と定めたい。

そこで、本論文では観光の対象となる人々の範囲がより広い定義として「ある地域に住む

民族の独自の生活文化を対象とした観光(宮本 2011)」という定義を使用する。観光の対象は

国単位の文化ではなく、対象となる民族の居住地域とし、先住民、移民に関わらず独自の文

化を育む民族を対象とすることとする。

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第3章 タイの観光政策と山岳尐数民族

本章では、タイの概要とタイ政府の行ってきた観光政策について述べる。タイにおける観

光産業の位置付けやその特徴を整理することで、北部の山間部に住まう尐数民族が観光産業

において重要な役割を担っていることを確認したい。また、調査の対象となったタイ北部の

尐数民族(アカ民族、カレン民族、ラフ民族)の概要にも触れる。

3−1 タイの概要

本論文中では「タイ」と省略して表記するが、日

本語で正式な国名を記載する際は「タイ王国」とな

る。国は東南アジアの中心に位置し、国土面積は約

51万4000平方キロメートルと、日本の約1.4倍に

あたる(タイ国政府観光庁2011)。人口は約6千万

人のため、日本の総人口の半分弱である(総務省統

計局 2013)。民族的には、タイ族が約 85%、中華

系が 10%と大部分を占め、その他にモーン・クメ

ール系、マレー系、ラオス系やインド系、そして今

回調査の対象となる山岳部の諸尐数民族が暮らし

ている(タイ国政府観光庁 2011)。言語は主にタイ

語が話されているが、尐数民族はそれぞれが独自の

言語を持っている。宗教は仏教が 95%、イスラム

教が3.8%、キリスト教0.5%、ヒンドゥー教0.1%、

その他が 0.6%で、尐数民族は精霊信仰などやはり

独自の伝統的な文化を持っている(「地球の歩き方」

編集室 2011)。

図 3-1 上の星印で示したバンコクが首都であり、

この都市に多くの人口が集中している(「地球の歩

き方」編集室 2011)。自然が豊かで伝統的な町並み

も多く残っているタイではあるが、バンコクにはビ

ルが建ち並び車の交通量も多いのが印象的だ。筆者が現地調査を行ったのは地図の上部に黒

枠で囲ったチェンマイという町である。

通貨は主にバーツを使用し、2013 年 10 月5日現在1バーツ=3.1円で取引されている

(MBH Media 2013)。実質GDP成長率は2010年から2012年にかけて+7.8、+0.1、+

6.5と年々上昇しているが(JETRO 2013)、国全体が成長していても地域別の世帯平均収入

には依然として大きな差があり、東北部の世帯平均収入はバンコクの3分の1以下となって

いる(綾部 2003)。

図3-1 タイ全土の地図

(出典:Thailanding(2009)より筆者作成)

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3-2 タイの観光政策

観光立国として50年以上の歴史を持つタイだが、その政策方針は 2008 年アシビット政

権発足後、転換期を迎えることとなった(NTT DATE 2011)。近年のタイの観光産業にとっ

て、尐数民族がいかに重要な役割を担っているのかを確認するため、これまでのタイの観光

政策の流れを整理する。

タイ政府は、1997 年に起こったアジア通貨危機の後、経済回復の手段の一つとして観光

産業に着目してきたが(大塚 2002)、これはあくまで経済成長を重視しより多くの外国人旅

行客から外貨を取得することを目的したリゾート開発中心の観光政策であった。2001 年か

ら6年間続くタクシン政権でもこの方向性は受け継がれ、中流階級の健康な退職者にターゲ

ットを絞ったリゾートによる「ロングステイ観光政策」で、集中的に外貨を取得しようと試

みられてきた。政府はこの政策を推進するために民間企業とも協力し、宿泊施設や不動産の

紹介、タイでの生活に関する相談や情報提供などを行う組織も設立している(NTT DATE

2011)。

しかし 2011 年にアシビット政権が発足すると、それまで行われてきたリゾート開発型の

観光政策から、地域独自の資源を活かした持続可能な観光政策へと移行することになってい

く。同年、タイ政府は「タイランド・ゴー・グリーン」というプロジェクトを推進すること

に決定し、地域経済と環境のバランスを考えた観光開発が始まったのである。(NTT DATE

2011)

タイ政府が考える持続可能な観光の具体的な内容は表3−1で示した通りであるが、グリ

ーンツーリズムに分類される4つの観光形態を見ると、尐数民族に関わる観光が含まれてい

ることがわかる。山岳尐数民族を観光対象とするカルチュラルツーリズム(本論文における

エスニックツーリズムに同義)はもちろんのこと、自然や農林水産業といったテーマにも尐

数民族の生活と深い関わりがあるのだ。それ故、近年タイ国内で行われているツアーには、

単に自然の中を歩いたり川下りをしたりするだけでなく、トレッキングの中に尐数民族の村

を訪れるプランを組み込んだものや、尐数民族の村で農作業の体験をするものなどが増えて

きている(タイ国政府観光庁 2011)。タイで土産物を見に行くと、尐数民族の衣装を真似た

ような鮮やかな布地や模様の雑貨などを多く目にするが、これは観光客側もそうした尐数民

族の伝統的な文化に魅力を感じていること、その需要の現れなのではないだろうか。

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表3-1 タイ政府が取り組む持続可能な観光の構成

大分類 小分類 推進している内容等

グリーンツーリズム

エコツーリズム アドベンチャーツーリズムで自然を体験し、環境保護と地域住民の

生活の質を配慮することを学ぶ

ネイチャーツーリズム 自然を楽しみ、自然を保護する取組みを学ぶ

カルチュラルツーリズム 体験教育とホームステイを通じて文化を学ぶ北部高地の尐数民族と

の出会い

アグロツーリズム 果物栽培や漁業等の体験とホームステイにより、現地の農林水産業

への理解を深め輸出につなげていく

ヘルス

ツーリズム

ウェルネス(癒し) マッサージ、スパなど

医療ツーリズム 緊急手術、歯科治療、美容外科手術、慢性疾患治療(例:人工透析、

リウマチ)等の患者、総合定期健診受診者の海外からの受け入れ

(出典:NTT DATE(2011)より筆者作成)

3-3 タイ北部の山岳尐数民族

タイ北部の山岳地帯には様々な尐数民族が生活しており、独自の言語や服装などそれぞれ

が異なる文化持っている。1997 年に行われたタイの内務省地方行政局中央登録事務所の統

計によると、人口の多い順にカレン、モン、ラフ、アカ、ヤオ、リス、ティン、ルア、カム、

ムラブリの 10 民族が山岳民族として記録されている。彼らの多くは元々タイ国内で生活し

ていた訳ではなく、近隣の国から移住して来た人々であり、タイ人としての国籍を所有して

いない。また、土地権や森林使用権、市民権などの権利も認められていないため、生活の中

心である森林での活動や農業を行う土地でさえ、(法律上は)彼らの自由にできないのであ

る(綾部 2003)。近年、自分たちの権利を求めて大規模なデモを行う民族が出てきたことや、

国連、国内外のNGOなどが山岳地帯の開発に携わったり国籍取得の支援を行ったりし始め

たことにより、政府も尐数民族の国籍問題を無視できない状態になってきている(ミラー財

団 2010)。しかし、国籍取得にはタイ語での申請が必要となるため、学校に通えずタイ語を

学ぶことのできない人々にとっては依然として国籍の取得が困難な状況である(地域市民

ACTかながわ 2010)。

元は狩猟や採集などを中心とした自給自足の生活をメインに送っていた山岳尐数民族で

あるが、政府が森林保護の目的で尐数民族の伝統的な農法であった焼畑を禁止したことや、

一部の民族にとって現金収入の主な手段であった麻薬栽培を禁止したことなどから生活が

苦しくなっている人々もいる(地域市民ACTかながわ 2010)。また、高地に住んでいる尐

数民族の麻薬栽培を取り締まることは困難だと考えた政府は、対象となる民族に対し低地へ

の移住を強制した(ミラー財団 2010)。しかし、自分の民族の言語しか読み書きできない(あ

るいは文字を持たない)尐数民族にとって、低地に移住して仕事に就くことは難しく、就職

できても賃金の安い肉体労働しかできないなどの問題も抱えている。

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3-4 調査対象の尐数民族

今回の調査ではアカ、カレン、ラフ民族を対象にインタビューを行った。民族によって居

住地の環境や生活様式が異なるため、ここで簡単にその特徴をまとめる。また、ここで示す

人口や生活様式はタイ国内にいるアカ、カレン、ラフ民族を対象としたもので、近隣諸国に

暮らす同尐数民族は含めないものとする。

(1)カレン民族

人口35万2295人で、山岳尐数民族の47%を占めている。標高500メートルほどの地帯

に住み、スゴウ・カレン民族、ポー・カレン民族、パダウン民族などいくつかの分派がある

(世界民族博覧会 2013)。未婚の女性は白い服を着ており、パダウン民族は別名の首長民族

で知られているように女性が首にコイルのようなものを巻いている。主に核家族で、他の山

岳民族と異なり母系社会が根付いているため、結婚すると男性が女性側の家に入ることにな

る。一夫一婦制である(地域市民ACTかながわ 2010)。土地が枯渇しないように7年〜10

年の周期で農地を移動させていたが、政府による規制で焼畑が行えなくなってしまった民族

の一つである。しかし他の民族よりも低地に住んでいるため、タイ語の教育を受けていたり

国籍をもっていたりと、安定した生活を送っている人々もいる(ミラー財団 2010)。

(2)ラフ民族

人口8万4414人で山岳尐数民族の11%を占めている。800〜1200メートルの高地に多く住

み、高床式の住居で、家の下には豚や鶏を放し飼いにしている。黒を基調とした衣装を着る

ラフ・ナ民族と、赤、緑、青などのカラフルな服を着るラフ・ニ民族がいる。「ラフ」とは

狩人、勇気のあるという意味である(世界民族博覧会 2013)。ラフ族の伝統信仰は、一つの

神の存在と万物に宿る精霊の存在を認める一神教精霊崇拝であったが、ここ100年の間に

大きな変化があり、現在ではほとんどのラフ民族がキリスト教に改宗している。ラフ民族の

中での最高神は「ウーシャー」と呼ばれ、キリスト教に改宗した人々も、このウーシャーを

神(イエスキリスト)として崇拝している場合が多く存在する。山岳民族の中では唯一、男

女平等の社会を持っており、遺産も息子と娘が平等に分けることになっている。とても厳格

で正義感が強い民族という性格もあるという(ミラー財団 2010)。

(3)アカ民族

人口5万6061人で、タイの山岳尐数民族の内7.5%を占めている。1000〜1500メートル

の山の山頂付近の斜面に家を建てて暮らしており、家の中は男女で部屋が分かれている(世

界民族博覧会 2013)。服装は黒を基調とした生地に美しい装飾をあしらった衣装を着ており、

女性は体に悪霊が入るのを防ぐため頭に兜を冠って、寝る時もこれを外さないという(地域

市民ACTかながわ 2010)。彼らの言語はチベット・ビルマ言語グループのロロ-イー派と

いうものに属しているが、独自の文字は持っていない。ただ、キリスト教を信仰している村

にはローマ字を変化させたような文字があり、彼らが使う聖書もこの文字で書かれている。

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アカ民族はこの文字を誇りにし、宗教のリーダーは子どもたちに文字の読み方や聖書の読み

方を教えている(ミラー財団 2010)。生活の中心は稲やトウモロコシなどの栽培をする農業

で、料理には多様なハーブをつかう。年長者や家族の絆、祖先を大切にする民族で、若者に

とって村の高齢者層の意思は絶対だという(ミラー財団 2010)。

3-5 調査地概要

(1)チェンマイ

タイ北部最大の都市。首都バンコクからはバスで9〜11時間だが、チェンマイ国際空港が

あるため海外から直接この都市に入国することも可能である。図3-2で示したように、チェ

ンマイ県は 24 の郡(日本でいう市のようなもの)で構成されており、一般的に「チェンマ

イ」や「市内」と言った場合は、県庁所在地であるチェンマイ郡を指している(「地球の歩

き方」編集室 2011)。本論文においても、「県」と表記しない場合はチェンマイ郡を指すこ

ととする。

チェンマイ県はタイ国内で5番目に人口が多く、2012年現在で市内には14万人の人が集

まっている。また、大学などの教育機関が揃っていることや、ラオス、中国、ミャンマーな

どの近隣諸国からの玄関口としての機能もあり、バンコクに次ぐタイ第2の都市と言われて

いる。(在チェンマイ日本国総領事館 2012a)

県内にはタイ最高峰のインタノン山をはじめとする山々が連なり多くの山岳尐数民族が

暮らしているため、尐数民族の村を訪れるツアーやホームステイなどが行われている(「地

球の歩き方」編集室 2011)。これに加えトレッキングやエレファントライディング、ラフテ

ィングなどのアクティビティも充実しているので、市内には多くのツアー会社がカウンター

を設けている。また、観光地としての魅力は山岳地帯に限らず、市内にはかつての王朝が築

いた都市の名残として堀に囲まれた旧市街ある。北部から流れるピン川や点在する寺院、ナ

イトバザールなどの観光スポットも多く、2010 年には年間 169 万人以上の観光客が訪れた

という観光都市である(在チェンマイ日本国総領事館 2012b)。

図3-2 チェンマイ県の地図

(出典:旅行のとも、ZenTech(2013))

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(2)チェンダオ

チェンマイ県内にある群の一つ。市内から80kmほど北上した地点にあり、車で約2時間

弱の距離である。市内のように高いビルなどの立っていない静かな町で、周辺は山々に囲ま

れている。観光地としてはあまり有名ではないが、タイで3番目に高い山、チェンダオ山が

あり、山登りを目的に訪れる人がいる(チェンマイ・田舎・新明天庵だより 2012)。また、

町から尐し離れた山の中に温泉があることも知られている(らくだジャーナル 2013)。観光

客向けのゲストハウスなど多尐宿泊施設もあるが、市内に比べ圧倒的に尐ない。観光客が尐

ないことから、主要な交通手段であるソンテオ(乗り合いタクシー)も尐なく、料金も高め

に設定されている。

町から車で 30 分ほど山の中に入ると尐数民族の暮らす地域があり、カレン民族、ラフ民

族、アカ民族、リス民族が図3-3のように隣り合って村を形成している。町からの道は道幅

が狭く、舗装されていない砂利道である。また村の周辺の山の斜面には田畑が作られ、農作

物が収穫されている。アカ民族とラフ民族の村の間には図3-4のような小さな小学校があり、

この学校には4つの民族の子ども達が一緒に通っている。

(3)メーリム

チェンマイ県内にある郡の一つ。市内から 20〜30km ほど西に位置しており、車で約 45

分の距離である。市内からのアクセスが良いこともあり、ワニ園やトラ園、バンジージャン

プや射撃場など様々なアクティビティが体験できる地域で、市内からの日帰りツアーで訪れ

る観光客が多い。また、裕福なタイ人の別荘が点在しており、所々で高級車を目にすること

もある。

メーリムには観光スポットの 1 つとして、2005 年に政府及びメーリム郡によって作られ

たBaan Tong Luang(バーン・トン・ルアン)という尐数民族の観光村がある。村の敷地

内にはカレン民族、ラフ民族、パロン民族、モン民族、カヤ民族(首長族)、アカ民族、ヤ

図3-4 小学校の建物と校庭

(出典:筆者撮影)

図3-3 屋根の低いリス民族の住居(左)と

高床のアカ民族の住居(右)

(出典:筆者撮影)

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オ民族が民族ごとのエリアを持って暮らしており、観光客は入村料の 500THB を払うこと

で敷地内のどの民族のエリアも自由に見て回ることができるようになっている。敷地内では

図3-5や図3-6のように各尐数民族が民芸品を並べて販売しているほか、田畑、木造の簡単

な休憩所、協会などがある。

図3-5 民芸品を売るアカ民族の女性

(出典:筆者撮影)

図3-6 織物をするカレン民族の女性

(出典:筆者撮影)

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第4章 尐数民族に関する調査

本章では尐数民族に関する現地調査の結果をまとめる。まず始めにタイ北部のチェンダオ

とメーリム(両村ともカレン民族、ラフ民族、アカ民族が混住)で行ったインタビュー調査

の結果をそれぞれ示し、村ごとの傾向や特徴を明らかにする。次に各村の調査結果を比較す

ることで、タイの尐数民族に関する調査全体としての結果を示すこととする。

4−1 尐数民族に関するインタビュー調査の調査方法

筆者は 2013年 10月 12日から 20日の 8日間、本研究の現地調査を目的にタイのチェン

マイを訪れた。尐数民族に関する調査はチェンマイ県内のチェンダオ郡とメーリム群にある

尐数民族の村で、タイ人のガイドの方に村への案内と通訳を協力していただき行った。調査

対象は各村のカレン民族、ラフ民族、アカ民族に 5 人ずつ、計 30 人である。家庭の支出入

などに関する質問項目があるため子どもは調査対象から外し、家事や民芸品の販売を行って

いる20歳〜82歳の大人に対してその場で調査協力を依頼した。

尐数民族は民族ごと独自の言語を持っているが、最近では自民族の言語に加えタイ語を話

せる人も多く、筆者の話す日本語をガイドがタイ語に訳してインタビューを行った。ただし、

尐数民族の中でも高齢者はタイ語の教育を受けておらずガイドのタイ語がそのままでは通

じないため、筆者の日本語をガイドがタイ語に訳し、それをタイ語の話せる若い尐数民族が

自民族の言語に訳してインタビューを行うケースもあった。

インタビュー内容は事前に用意した 11 の質問項目を中心にしているが、会話の中で筆者

が詳しく聞きたいと思った事柄については用意した質問項目に囚われず自由に質問を行っ

た。4−3以降は各村のインタビュー結果を質問内容ごとにまとめて記載するが、調査対象30

人の全回答結果詳細は巻末の付属資料①の通りである。質問項目によっては回答を得られな

かった人もいるため、質問内容によって「15件中何件」「13件中何件」と回答者数が変動す

る場合がある。また、回答結果は個人情報のため氏名は民族名にアルファベットを足した仮

名(例:カレンA氏、アカF氏など)で表記する。

4−2 尐数民族に対する質問内容

尐数民族に対するインタビューとして事前に用意した質問項目は、名前、年齢、家族構成、

収入源、1 ヶ月の平均収入、支出項目、1 ヶ月の平均支出、自文化について思うこと、観光

客が村に来ることについて思うこと、今の村で暮らし続けたいか、その場所で暮らしたい理

由、の11項目である。

4−3 チェンダオにおける調査結果

(1)1ヶ月の平均収入と収入源についての回答結果

まず尐数民族がどのような経済状況にあり、それに対して観光産業がどのような影響を与

えているのかを知るため、1ヶ月の平均収入と収入源について質問した。また、全ての世帯

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を比較できるよう家族の人数で収入額を割り、一人当たりいくらの収入になるのかを算出し

た。2世帯が同居している場合などは、同一家計内で生活している場合1家族とみなし、家

計が別の場合は家族の人数に含めないものとした。なお、チェンダオにおいて家族の平均人

数は4.2人であった。タイの物価を把握するための参考として行った価格調査の結果は、巻

末の付属資料③のとおりである。

調査の結果、1 ヶ月の 1 人当たり平均収入は最も低い家庭で 400THB、最も高い家庭が

7,660THBであった。市場で白米を買うと400THBで11kg、7,660THBで213kgに相当す

る。家庭ごとの収入の差は大きいが、収入について調査結果の得られた 14 件を平均すると

2,759THBになる。民族ごとに収入差の傾向は見られなかった。

表 4−1で示した収入源を見ると14件中 9件で農業を行っており、米やトウモロコシ、豆

などを生産し販売している(他の仕事と兼業の場合もある)。観光関連産業の収入があるの

は3件で、民芸品の販売という回答であった。その他は畜産業や籠作り、メイド、大工など

といった仕事が挙がった。全体としては村の中で働いている人が多く、村の外に仕事を持っ

ているのは本人がホテルで働き妻がメイドのカレン C 氏、衣料品の販売をしているラフ A

氏、農作物の買い付けと販売をしているラフE氏の3件のみである。なお、チェンダオのカ

レン民族とラフ民族はこれまで民芸品の販売を行ってこなかったが、カレン A 氏とラフ B

氏はアカ民族の夫と結婚したため現在は民芸品を販売することがあるそうだ。

図4−1は1ヶ月の一人当たり平均収入を黒い棒グラフで、その内の観光関連産業による収

入を斜線の棒グラフで表している。これを見ると観光関連産業による収入が最も高いのはア

カA氏、次に収入が高いのはラフE氏であった。アカA氏は村の入り口に個人営業の売店

を持っており、ラフE氏は村の農作物を買い付けて市内で販売している。

観光関連産業の収入を得ている3人を見ると、どれも1,000THB以下で民芸品の販売はそ

れほど収入が高くないことが分かる。アカD 氏、ラフD 氏の話によると、以前は 1 日に 3

台のバスが観光客を連れて来ていたが、6 年ほど前から週に 3〜4 日、数人が来るだけにな

ったそうだ。観光客の減尐で以前よりも収入が得られなくなったという意見もあり、チェン

ダオでは観光関連産業のみで生計を立てるのは難しいのが現状である。

名前 収入源 名前 収入源 名前 収入源

カレン A 農業、

民芸品の販売 ラフA 衣料品の販売 アカA

農業、 個人営業の売店

カレンB 農業、籠作り ラフB 民芸品の販売、

大工 アカB

民芸品の販売、 家族の仕事は不明

カレンC ホテルでの仕事、 メイドの仕事

ラフC 農業、畜産業 アカC 農業

カレンD 農業、畜産業 ラフD 農業 アカD 農業、

民芸品の販売

カレン E 農業 ラフ E 農作物の

買い付けと販売 アカ E 農業

表4−1 チェンダオにおける3民族の収入源

(出典:調査結果を基に筆者作成)

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(2)1ヶ月の平均支出と支出項目についての回答結果

尐数民族がどのようなことにどれだけお金を使っているのかを知るため、主要な支出項目

と1ヶ月の1人当たり平均支出を調査した。その結果、平均支出が最も低い家庭は500THB、

最も高い家庭は3,000THB、14件の平均が1,486THBであった。

支出項目は主に食費と交通費で、子どものいる家庭では養育費や教育費が挙った。幼稚園

は 1 ヶ月 1,000THB、小学校は 1 ヶ月に 625THB の学費がかかっており、中学校に通う子

どもを持つ家庭は 2、3 件あったが、奨学金で通っていた。村の道路沿いまでは電線が引か

れており、裕福な家庭ではテレビや冷蔵庫を所有しているが、調査対象になった 14 件の内

電気代を支出項目に挙げたのは3件のみであった。

インタビューの中で特に負担になっている支出項目として挙ったのは、乳幼児用の粉ミル

クとガソリン代である。粉ミルクをスーパーマーケットで買うと、1箱 600g入り 182THB

で、13〜14 食分になる。ガソリンの値段には変動があるが、筆者が現地で価格調査をした

際は、1ℓ入れるのに安いもので33.48THB(約104円)かかっていた。尐数民族の村からチ

ェンダオの町やチェンマイ市内に出る際は車やバイクが必要になるため、ガソリン代だけで

月に2,000THBかかっている家庭もある。ただし、全ての家庭が車やバイクを所有している

わけではなく「車があれば市内に物を売りにいけるのに」と話している人もいた。

図4−2は1ヶ月の1人当たり平均収入を示した黒い棒グラフに、平均支出を示す灰色の棒

グラフを重ねたものである。つまり収入が支出を上回る場合のみ黒い棒グラフが見えている。

これを見ると 14件中 9件で収入が支出を上回り、残り 5件は収入の範囲内で生活を遣り繰

りしていることがわかった。全体的に見ると、収入が多い家庭がその分お金を使いきる訳で

はなく、1,000〜2,000THB の支出で収まっている家庭が多い。支出の 3.5 倍収入を得てい

るカレンC氏は、余ったお金は将来のために貯金していると話していた。

図4−1 チェンダオにおける3民族の平均収入と観光産業の影響

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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(3)観光についての回答結果

チェンダオへやって来る観光客は以前に比べ減尐しているようだが、そもそも尐数民族は

観光客が村に来ることについてどう感じているのかを調査した。質問内容は「観光客が来る

ことについてどう思うか」「何か困っていることなどはないか」の 2 点である。前者の質問

だけでは、外国から来た筆者に気を使い悪い印象の回答を避けられてしまう可能性があると

考え、後者の質問を加えた。

表 4−2は質問に対する 13 人の自由回答の内容を筆者がまとめ、該当する人数を表したも

のである。回答内容を見ると、全体を通して観光客に対して悪いイメージを持っている人は

いないようであった。「家庭や村の収入になるため嬉しい」「観光客が減ったので、収入が減

った」という回答から、尐数民族は観光客に収入源としての期待を持っていることがわかる。

また、インタビューの中で観光客の村での滞在時間を尋ねたところ、15分〜長くても30分

程度と短時間の滞在であることがわかった。

観光客は村の中を眺めたり写真を撮ったり

するだけで、民芸品を販売する尐数民族以外

とのコミュニケーションはあまり取らない

という。質問への「特に困ることはない」「気

にしていない」という回答は、こうした観光

客と尐数民族の関わりの浅さも関係してい

るのではないだろうか。

(4)生活環境についての回答結果

観光客は観光の対象として「山の中で昔な

がらの生活をしている尐数民族」を期待して

いるかもしれないが、尐数民族自身はどう考えているのだろうか。生活環境について、「こ

観光客が来ることについてどう思うか(複数回答)

特に困ることはない 8人

嬉しい(内4人は「家庭や村の収入になるから」と回答)

6人

気にしていない 2人

観光客が減ったので、収入が減った 2人

もっと観光客が増えるといい。 1人

観光客はマナーもよく、優しい 1人

観光客は眺めて行くだけ 1人

図4−2 チェンダオにおける3民族の平均収入と平均支出

(出典:現地調査を基に筆者作成)

表4−2 チェンダオにおける観光客に関する回答結果

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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れからもこの村で暮らして行きたいか、村を出て市内などで暮らしたいか」と、そう考える

理由について質問した。

調査の結果、15人の内11人が「この村で暮らしたい」、4人が「市内で暮らしたい」と回

答した。表4−3は回答理由と人数についてまとめたものである。村で暮らしたいという意見

については、「村は自然があって涼しいから」など自然環境を気に入っていることを理由に

挙げた人が 4 人、「現在の村でよい収入を得られているから」という理由が 1 人、その他に

村以外で暮らすことを難しいと考えている人たちが4人いた。一方、市内で暮らしたいとい

う意見については、「市内の方が収入がよいから」「農業は大変だから市内でウエイトレスな

どをしたいから」という理由や、「市内にタイ民族の夫がいるから」という理由が挙った。

ただし「市内で暮らしたいが、文化が合わないかもしれない」という意見もあり、タイ民族

との文化の違いに不安を感じている人もいることがわかった。また、村で暮らしたいという

回答者は20代〜80代まで幅広い年代であったが、市内で暮らしたいという回答者はそれぞ

れ20、23、28、34歳と比較的若い年代という傾向が見られた。

この村で暮らしたい 市内で暮らしたい

村の自然環境が気に入っている 4人 市内の方が収入がよいから 1人

村でよい収入を得られているから 1人 農業は大変だから 1人

他の場所へ行っても収入がないから 2人 市内の方が便利だから 1人

市内は生活費がかかるから 1人 夫が市内にいるから 1人

他に行く場所がないから 1人

特に理由はない 2人

(5)自文化についての回答結果

尐数民族が自分たちの文化についてどのように考えているのかを知るため、自文化の好き

な点や誇りに思うことについて質問した。その結果、自文化について思うことや好きな点が

ある人は 15 人中 6 人、キリスト教に改宗したため尐数民族の伝統文化は捨てたという回答

が5人、自文化について特に思うことはないという回答が 4人いた。

収入源で民芸品の販売を行っていると答えた 3 人の内 2 人はキリスト教に改宗しており、

1 人は自文化について特に思うとこはないと回答した。このことから、民芸品の販売は自民

族の文化に深い思い入れなどがあって行っている訳ではなく、単純に収入を得るための 1手

段として捉えていると推測できる。

ⅰ)伝統的な信仰からの改宗について

まず、インタビューの中で明らかになった尐数民族の現在の信仰についてまとめる。現在、

チェンダオに住むカレン民族の約 50%はキリスト教に、残りの約 50%が仏教に伝統的な信

仰(アニミズム)から改宗している。この村のラフ民族にキリスト教徒はいないが、多くが

表4−3 チェンダオにおける3民族の生活環境に関するインタビュー結果

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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仏教に改宗、アカ民族は村の 86%がキリスト教、残りの 14%が仏教に改宗している。どの

民族もキリスト教への改宗はそれまでの信仰を捨てなければならないが、仏教に改宗した場

合はアニミズムの信仰も多尐残っているそうだ。

キリスト教徒になったアカ C 氏、アカ D 氏は、改宗の理由を「伝統的な信仰(アニミズ

ム)には決まり事が多くて面倒だから」と回答し、仏教徒になったラフ A 氏、アカ B 氏は

その理由を「現在の生活に伝統的な習慣は合わないと思うから」と回答した。チェンダオで

キリスト教に改宗する人が出始めたのが8年前頃で、6年前頃から伝統的な竹作りの家がな

くなり始め、同時に観光客も減尐したという。ここ 10 年ほどでライフスタイルや信仰など

に変化が見られたようだ。

ⅱ)自文化について思うこと

次に、自文化について思うことや好きな点があると回答した 6人の話をまとめる。6人の

内3人は、特別な理由がある訳ではないが自分の今の文化や暮らしに満足していると回答し、

残りの3人は自民族の習慣について好きな点があると回答した。

後者 3人の内カレンC氏(28歳、男性)の好きな習慣は、年に 2回(2月と 8月)右手

の手首に紐を巻くお祓いである。これはアニミズムの信仰を残している人たちだけが行って

いる習慣で、手首に紐を巻くと運が良くなると言われている。同様の習慣はラフ民族にも見

られ、こちらでは紐は目上の人や親戚などが巻いてくれるもので、赤ん坊の頃から巻く習慣

があるという。両民族で今でも広く行われている習慣だが、その一方で、タイ民族と結婚し

チェンマイで働いているラフ A 氏は、「こうした伝統的な習慣はタイ民族の生活には合わな

いため、市内にいるときは自民族の習慣を出さないようにしている」と話していた。同じ紐

をずっと巻いているのは汚いため、タイ民族である夫やその家族によく思われないだろうと

考えているようだった。

次にラフ E 氏(80 歳、男性)の好きな習慣は、毎年1月に行われるギン・ウォーという

米の収穫を祝う祭りである。ギンは食べる、ウォーは新年という意味で、民族衣装を着たり

村の周りで踊ったりしている。収穫祭のため、米は収穫してすぐ食べるのではなく、この祭

りが終った後に餅を薄くスライスした煎餅のようにして食べるそうだ。ラフE氏はこうした

ラフ民族の習慣を、これからもずっと守っていきたいと話していた。

最後に、アカB氏(57歳、女性)が好きな習慣は、年に 1度(10月 15日)村の運気が

悪くならないように行われているお祓いである。アカ民族は村に良くないことが起こったり、

誰かが病気にかかったりするのは「意思をもつ身の回りのもの」が良くない状態を作ってい

るためであると考えている。そのため、まじない師が家や木など身の回りのもの(これらに

は意思があると考えている)に言葉で交渉し、悪さをしないように頼むのである。このお祓

いは家庭ごとに行われ、同じ村に住む者同士であっても他の家族のお祓いに関わってはいけ

ないとされている。また、同様のお祓いはラフ民族でも行われているが、ラフ民族の場合は

まじない師を介さず各自が直接身の回りのものに交渉している。

伝統的な信仰や習慣を残していきたいと考える人々がいる一方で、働き方や他民族との関

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わり方が変化するにつれ、そうした習慣が生活に合わなくなってきた人々もいるようである。

(6)その他の回答結果

各尐数民族へのインタビューをする中で、質問項目とは別に筆者が詳しく聞きたいと感じ

た事柄への回答を2つ抜き出してまとめる。

ⅰ)観光産業を通じた言語習得とチェンダオのホームステイ

まず1つ目は、カレンD氏がかつてトレッキングのガイドをしていたことに関する話であ

る。現在72歳のカレンD氏は農業と畜産業で生計を立てているが、以前は観光客を相手に

トレッキングのガイドをして収入を得ていた。仕事を初めたばかりの頃はベテランガイドの

補助として観光客の荷物持ちなどをしていたが、観光客の話を聞いたり自分で勉強したりす

るうちに英語を話せるようになり、独立して仕事をするようになったという。また、身につ

けた英語を活かして自宅でホームステイの受け

入れをするようになり、さらに多くの観光客から

収入を得ることができていた。現在は村に来る観

光客が減りホームステイの受け入れは行ってい

ないようだが、図4−3のように 1度に30人もの

観光客が寝泊まりできる広い部屋が残っている。

観光産業を通じて言語を身に付けたことが仕事

の幅を広げたということ、かつてはチェンダオに

も多くの観光客が訪れ現地での滞在を楽しんで

いたこと、この2点が伺える貴重なお話であった。

ⅱ)ラフ民族の伝統行事と観光客

2つ目はラフ民族の伝統行事、ギン・ウォーについての話である。毎年 1月に米の収穫を

祝って行われるこの祭りでは、民族衣装を着て踊ったり餅から作った煎餅を食べたりするラ

フ民族の伝統的な習慣を垣間見ることが出来る。現在、チェンダオのラフ民族は普段から洋

服で過ごしているが、民族衣装を着た彼らを見られることもり、ギン・ウォーの時期には観

光客がやって来ることもある。お話ししてくださったラフE氏によると、ギン・ウォーを見

に来る観光客は写真を撮ったり子ども達にお菓子や玩具を配ったりするが、チップなどお金

を渡してくることはないという。また、観光客が来ることに対して得に困っていることはな

く、楽しく過ごせていると話した。

4−4 メーリムにおける調査結果

(1)1ヶ月の平均収入の収入源についての回答結果

調査の結果、1ヶ月の1人当たり平均収入は最も低い家庭で1,200THB、最も高い家庭が

4,250THBであった。市場で白米を買うと1,200THBで33kg、4,250THBで118kgに相当

図4—3 ホームステイに使われていた部屋

(出典:筆者撮影)

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する。収入について調査結果の得られた13件を平均すると2,235THBになる。民族ごとに

収入差の傾向は見られなかった。

表 4−4で示した収入源を見ると 13件全てで民芸品の販売を行っており、家族も観光関連

産業(ここでは象使い、エレファントキャンプ)に就いている家庭が5件であった。表中エ

レファントキャンプと表記したのは、象使いではないがエレファントキャンプ内で掃除など

の仕事をしている場合を指している。その他は病院務め、メイド、カメラマン、大工、建築

士といった仕事が挙った。メーリムに住んでいる尐数民族も農作物を作っているが、インタ

ビュー回答者の中で販売用として農業を行っている家庭はなかった。

全体としては、妻が村の中で民芸品の販売をし、夫や子どもが村の外で働いているという家

庭が多い。市内に近い上、この尐数民族の村周辺にも観光スポットが集まっていることが村

の外での就職に繋がっていると推測できる。稀に夫婦で民芸品の販売をしている家庭を見か

けたが、夫婦共に高齢の家庭にそのような働き方が見られるようだった。

図4−4は1ヶ月の一人当たり平均収入を黒い棒グラフで、その内の観光関連産業による収

入を斜線の棒グラフで表している。これを見ると最も収入が高いのはアカJ氏、次に収入が

高いのはラフ H 氏だが、この 2 つの家庭は夫婦のみで生活しているため養育費などがかか

らず一人あたりの収入が高い計算結果になっている。その他の1人あたり平均収入を見ると

1,500〜2,500THBの家庭が多く、1,000THBを下回る家庭は出なかった。

観光関連産業の収入を見ると、収入の50%以上が観光関連産業からの収入になっている家

庭は13件中9件、その内8件は収入の100%を観光関連産業から得ていることが分かった。

また補足として、カレンH氏は民芸品の販売を行っているが、インタビュー時はメーリムの

村に越してきたばかりだったため収入はあまりなく、図中のグラフには民芸品の売上げが反

映されていない。

名前 収入源 名前 収入源 名前 収入源

カレン F 民芸品の販売、

象使い ラフ F 民芸品の販売 アカ F

民芸品の販売、 エレファントキャンプ

カレンG 民芸品の販売、 病院勤め

ラフG 民芸品の販売、

仕送り アカG

民芸品の販売、 象使い

カレンH 民芸品の販売、

メイド ラフH

民芸品の販売、 エレファントキャンプ

アカH 民芸品の販売、

大工

カレン I 民芸品の販売 ラフ I 民芸品の販売、 カメラマン

アカ I 民芸品の販売、

エレファントキャンプ

アカ J 民芸品の販売、

建築士

表4−4 メーリムにおける3民族の収入源

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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(2)1ヶ月の平均支出と支出項目についての回答結果

調査の結果、1人あたりの平均支出が最も低い家庭は900THB、最も高い家庭は3,000THB、

13 件の平均が 1,821THB であった。支出項目は主に食費と養育費や教育費などで、その他

には交際費、医療費、お賽銭代などが挙った。

教育費は毎月 800THB 政府から支給されるため、残りを自分たちで支払っている。イン

タビューした中では子どもを市内の学校に通わせている家庭や、チェンライにある専門学校

に通わせている家庭があったが、市内の中学校は1ヶ月 3,000THB、チェンライの専門学校

は1ヶ月2,000THBの学費がかかるという。医療費については、診察代よりも薬代が高く家

計の負担になっているという意見があった。胃が悪く国立の病院に通っているラフH氏は、

1 回の診察料が 50THB、胃薬代が 1,000THBかかっている。その他熱や風邪の際に必要と

なる沈痛解熱剤や咳止めの値段は、参考として巻末の付属資料③に記載している。また、村

には組合があり、収入が尐なく生活費がまかなえない場合はこの組合から借金をすることが

できる(食費、医療代、農薬代、石鹸代など)。

図4−5は1ヶ月の1人当たり平均収入を示した黒い棒グラフに、平均支出を示す灰色の棒

グラフを重ねたもので、収入が支出を上回る場合のみ黒い棒グラフが見えている。これを見

ると 13件中 7件で収入が支出を上回り、残り 6件は収入の範囲内で生活を遣り繰りしてい

ることがわかった。全体的に見ると、支出額は 1,000〜3,000THB とばらつきがあり、収入

が多い家庭はそれなりにお金を使っているため貯金などの余剰があまり多くない傾向にあ

る。

図4−4 メーリムにおける3民族の平均収入と観光産業の影響

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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(3)観光についての回答結果

メーリムで「観光客が来ることについてどう思うか」「何か困っていることなどはないか」

という質問について回答を得られたのは4人であった。表4−5はそれぞれの回答内容を示し

ている。メーリムにおいても、回答者の中には観光客が来ることに対して困っていることが

ある人はいなかった。また、観光客を意識して民族衣装を着ていることに関しての回答があ

るが、3 民族とも民芸品の販売をする人は毎日民族衣装を着ているが、学校に通う子どもた

ちや村の中で民芸品の販売をしない人は洋服を着ている。ただし、ラフ民族は毎週金曜日が

文化の日と決まっており、この日は民族衣装を着て学校に通っているという。

観光客が来ることについてどう思うか

困ることは特にない。 自身も自分で作った民族衣装を着ているところを見せ、観光客に買ってもらえるよう工夫している。

困ることは特にない。

今は商業が大事だと思う。

観光客がいないときも民族衣装を着るようにしている。

(4)生活環境についての回答結果

生活環境について「これからもこの村で暮らして行きたいか、村を出て市内などで暮らし

たいか」と、そう考える理由について質問した。調査の結果、12 人の内 9 人が「この村で

暮らしたい」と回答し、その他「山で暮らしたい」、「ミャンマーとの国境付近で暮らしたい」、

「暮らすのはどこでもいい」という回答が1人ずつであった。市内で暮らしたい」と回答し

た人が1人もいなかった。

図4−5 メーリムにおける3民族の平均収入と平均支出

(出典:現地調査を基に筆者作成)

(出典:現地調査を基に筆者作成)

表4−5 メーリムにおける観光客に関する回答結果

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表4−6は回答理由と人数についてまとめたものである。村で暮らしたいという意見につい

ては様々な回答理由があったが、「村でよい収入を得られているから」「他の場所へ行っても

収入がないから」「市内は生活費がかかるから」という経済的な理由を挙げた人が合わせて5

人いた。また「畑は重労働だから」という回答には、観光地化されたメーリムの村であれば

民芸品が安定して販売できるため商売のために田畑で働く必要がないことを意味している

と推測できる。各回答結果に民族ごとの傾向は見られなかった。

この村で暮らしたい(複数回答あり) 山で暮らしたい

市内は暑いから 1人 特に理由はない 1人

村でよい収入を得られているから 2人 ミャンマーとの国境付近で暮らしたい。

他の場所へ行っても収入がないから 2人 親戚がいるから 1人

市内は生活費がかかるから 1人 暮らすのはどこでもいい

この村には友達がいるから 1人 特に理由はない 1人

畑は重労働だから 1人

この村に来たばかりだから 1人

特に理由はない 2人

(5)自文化についての回答結果

自文化の好きな点や誇りに思うことについて質問した結果、メーリムでは民族ごとに似通

った回答をする人がいた。まずカレン民族の回答は、「田畑で作業をするのが好き」と答え

た人が3人、「自然の中での暮らしが好き」「織物をするのが好き」と答えた人が各1人ずつ

であった。次にラフ民族の回答は、「ラフ民族の踊りやお正月が好き」と答えた人が 3人、「田

畑の作業が好き」と答えた人が1人、「ラフ民族の文化に好きな所はないが、キリスト教に

改宗したことは満足している」という回答が 1 人であった。最後にアカ民族では、「織物や

刺繍をするのが好き」と答えた人が 4 人、「自民族について特に思うことはない」と答えた

人が1人であった。

(6)その他の回答結果

カレンF氏によると、民芸品として販売している織物は1枚作るのに約10日かかってい

る。材料費は200THBで、これを800THBで販売している。また、刺繍を施したポーチは

作るのに2日かかり、材料費は50THB。150THBで売っている。織物と刺繍の技術を合わ

せて作られる民族衣装は作るのに1ヶ月もかかり、これを2,500THBで販売しているという。

織物や刺繍の作業は民芸品を販売しながら行っており、インタビュー時はカレン民族の言語

で行われているラジオ放送を聞きながら刺繍や紡糸作業を行っていた。

表4−6 メーリムにおける3民族の生活環境に関するインタビュー結果

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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4−5 タイ北部の尐数民族の調査結果に関する考察

ここではチェンダオとメーリムの調査結果を質問項目ごとに比較する。観光地化されてい

ない村と、観光の為に作られた村の違いを考察し、尐数民族がエスニックツーリズムからど

のような影響を受けているのかを知る手がかりとする。

(1)収入と収入源に関する考察

2 つの村で行った収入と収入源に関する調査結果をみると、観光産業で収入を得ている人

はチェンダオで14人中3人、メーリムで13人中13人全員であった。また、チェンダオで

得られている1ヶ月の 1 人あたり観光産業の収入額を平均すると 764THB、メーリムでは

1,821THBと、メーリムで得られる観光産業の収入はチェンダオの2倍以上であることがわ

かった。観光客が全く訪れない訳ではないが、観光地化されていないチェンダオで観光産業

の収入だけで生活することは難しいように感じられる。一方、図4−6は1ヶ月の1人当たり

平均収入を黒い棒グラフで、その内の観光関連産業による収入を斜線の棒グラフで表してい

るが、これを見るとメーリムでは観光産業の収入のみで生活している人が8人もいる。

また、観光産業だけでなく収入全体をみると、チェンダオの平均収入は2,759THB、メー

リムでは2,235THBとチェンダオの方が高くなっているが、チェンダオは家庭ごとの収入差

が大きく開いている。一方メーリムはチェンダオに比べ収入差のばらつきが尐なく、1ヶ月

の1人あたり平均収入が1,000THB以下の家庭はなかった。収入が尐なく生活費に足りない

場合は村の組合に借金ができることもあり、メーリムでは最低限の収入が確保された生活を

送れていることがわかった。

2 村の尐数民族の働き方を比較すると、チェンダオでは村の中で働いている人が多いのに

対して、メーリムでは妻が村の中で民芸品を販売し、夫や子どもが村の外で働いているケー

スが多かった。また、メーリムでは病院務めやカメラマン、建築士、軍人など専門知識や技

術が必要な職に就いている人たちがいた。市内には様々な就職先があるだけでなく、専門学

校や大学も揃っており、生活費は山の暮らしと変わらずに市内の側で暮らせることは尐数民

族にとってもメリットが大きいと感じた。

メーリムの観光村が出来たのは 2005 年、チェンダオに観光客が来なくなり始めたのは

2007 年頃という。時期が完全に一致しているわけではないが、市内からのアクセスがよい

土地に尐数民族の村があるならば、わざわざ遠くの山まで行く必要がなくなったのは事実で

ある。チェンダオの観光客が減尐した理由の1つとして観光村の登場も関係している可能性

が考えられるだろう。

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(2)支出と支出項目に関する考察

支出項目に関する調査の結果、チェンダオ、メーリム両方の村で主に食費と養育費、教育

費が挙げられた。両村とも農作物は自分たちで収穫しているため、たまに肉や魚を買ってい

る。教育費については、チェンダオに住むアカ民族の子どもが奨学金でチェンライの中学校

に通っているのに対し、メーリムのアカ民族の子どもは市内の中学校に通い1ヶ月あたり

2,200THB(3,000 から政府支給の教育費援助を引いた額)の学費がかかっていた。また、

専門学校に通う子どもがいるなど、メーリムに住む人の方が教育費にお金をかけている印象

であった。

図4−7は1ヶ月の1人当たり平均収入を示した黒い棒グラフに、平均支出を示す灰色の棒

グラフを重ねたもので、収入が支出を上回る場合のみ黒い棒グラフが見えている。この図を

見ると、2 村の収入差ほど支出額に差がないことがわかった。1ヶ月の1人あたり平均支出

を村ごとに見ると、チェンダオの平均は1,486THB、メーリムは1,821THBである。これを

村ごとの平均収入の考察と合わせて考えると、チェンダオはメーリムに比べ平均収入が多く

平均支出は尐ないといえる。またチェンダオは収入を使い切らず貯金する傾向にあった。チ

ェンダオとメーリム両方のインタビューで、歳をとると農作業が大変になるというという話

を聞いたが、民芸品の販売はあまり動かず体力も必要ないため、メーリムはチェンダオほど

高齢になってからの収入減尐に対する心配がないのかもしれない。実際にメーリムで民芸品

の販売をしている方々の中には多くの高齢者がいた。

図4−6 2村における3民族の平均収入と観光産業の影響

(チェンダオ:カレンA〜アカE氏、メーリム:カレンF〜アカJ氏)

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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(3)観光に関する考察

「観光客が来ることについてどう思うか」「何か困っていることなどはないか」という質

問に対して、「困っていることがある」と回答した人は 2 村で 1 人もいなかった。チェンダ

オでは「家庭や村の収入になるため嬉しい」「観光客が減ったので、収入が減った」という

回答があり観光客に収入源としての期待を寄せていることがわかったが、それ以外では特に

観光客に対しての感想をもっていないようであった。

(4)生活環境に関する考察

「これからもこの村で暮らして行きたいか、村を出て市内などで暮らしたいか」と、そう

考える理由について質問した結果、2 村とも「今暮らしている村でこの先も暮らしたい」と

回答した人が最も多かった。回答理由は村の自然環境が気に入っていることや、他所では収

入を得られないからといった意見が挙った。

2村の違いは、「市内で暮らしたい」と回答した人がチェンダオでは4人いたのに対し、メ

ーリムでは 1 人もいなかったことである。回答理由を見ると「市内の方が収入がよいから」

「市内の方が便利だから」という意見があるが、メーリムは市内に近く、家族が村の外でよ

い収入を得ている場合があるためこうした意見がでなかったとも考えられる。

(5)自文化に関する考察

自文化の好きな点や誇りに思うことについて質問した結果、チェンダオでは 15 人中 9 人

が「改宗したため民族の文化は捨てた」若しくは「自文化について特に思うことはない」と

回答し、3 人が「今の暮らしは好きだが特に理由はない」と回答した。それに対しメーリム

で同様の回答をしたのは 15 人中 2 人のみで、ほとんどの人が自文化について好きな点など

を話してくださった。メーリムにおいてもキリスト教に改宗した尐数民族は暮らしているが、

図4−7 2村における3民族の平均収入と平均支出

(チェンダオ:カレンA〜アカE氏、メーリム:カレンF〜アカJ氏)

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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信仰を変えても民族衣装を着て日々伝統的な民芸品を作り続けていることや、伝統文化を期

待した多くの観光客との接触があるため、より自文化を意識して生活しているのではないか

と考えられる。自文化の好きな点ではそれぞれの村で伝統的な習慣や織物、刺繍などが挙げ

られた。

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第5章 ツアー会社に関する調査結果

本章ではツアー会社に関する現地調査の結果をまとめる。まず始めに質問項目ごとに全ツ

アー会社の回答を示し、その後調査全体を通しての考察を行った。これを前章の「尐数民族

に関する調査結果」と照らし合わせることで、尐数民族、ツアー会社双方の視点からみた尐

数民族とエスニックツーリズムの関係性を考察することが目的である。

5−1 ツアー会社に関するインタビュー調査の調査方法

ツアー会社へのインタビューは、チェンマイ市内のツアー会社 16 社を対象に英語で行っ

た。尐数民族の村訪問ツアーを開催しているツアー会社を探し、ツアーカウンター(ツアー

の予約などをする事務所の受付)で調査協力を依頼した。インタビュー内容は事前に用意し

た 18 の質問項目を中心にしているが、会話の中で筆者が詳しく聞きたいと思った事柄につ

いては用意した質問項目に囚われず自由に質問を行った。5−2以降はインタビュー結果を質

問内容ごとにまとめて記載するが、調査対象 16 社の全回答結果詳細は巻末の付属資料②の

通りである。質問項目によって未回答のツアー会社がある場合は、回答結果が 16 社分ない

場合がある。また、調査にご協力くださったツアー会社の社名はA〜P社という仮名で表記

する。

5−2 ツアー会社に対する質問内容

ツアー会社に対するインタビューとして事前に用意した質問項目は以下のとおりである。

1. 尐数民族に関連するツアーの中で最も人気のあるツアーは何ですか。

2. 1.について、なぜそのツアーが人気なのだと思いますか。

3. 一回のツアーで参加する旅行客の人数は平均して何人くらいですか。

4. ツアーに同行するスタッフの人数と構成を教えてください。

5. 尐数民族の村でどれくらいの時間滞在しますか。

6. 観光客は尐数民族の村でどんなことができますか。

7. 観光客は尐数民族の村で自由時間を持つことができますか。

8. ガイドは尐数民族と観光客の通訳をすることができますか。

9. ツアー料金とその内訳を教えてください。

10. ツアーを企画する前に尐数民族と日程などの交渉をしていますか。

11. 交渉している場合はその内容を、していない場合はその理由を教えてください。

12. 御社は村の入場料以外で尐数民族やその村にお金を払っていますか。

13. 払っている場合はその内容を、払っていない場合はその理由を教えてください。

14. ツアー中観光客にお願いしている注意点などがあればその内容を教えてください。

15. 尐数民族に対してお願いしていることがあればその内容を教えてください。

16. このツアーは尐数民族にどんな良い影響を与えると思いますか。

17. このツアーは尐数民族にどんな良くない影響を与えると思いますか。

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18. ツアーは何年前から行っていますか。当初と今でツアーや観光客、尐数民族の生活に変

化があれば教えてください。また、なぜ変化したと思いますか。

5−3 ツアー会社の調査結果

(1)人気のツアーに関する質問

「尐数民族に関連するツアーの中で最も人気のあるツアーは何ですか」、「なぜそのツアー

が人気なのだと思いますか」という質問に対して、16社全社が最も人気なツアーは首長族の

村訪問を含むツアーと回答した。その理由として「他の尐数民族も独自の民族衣装を着てい

るが首が長いのは彼らだけだから」「首長族は移民ではないためタイにしかいないため」と

いう意見が多く挙った。タイ北部の尐数民族は隣国から移住してきた人々が多いため、隣国

の山岳部でも会うことが出来るが、首長族は元々タイに住んでいる民族のためタイでしか合

うことが出来ない。そのためせっかくの機会だからとこのツアーを選ぶ人が多いようである。

(2)ツアーの構成員に関する質問

「1 回のツアーで参加する旅行客の人数は平均して何人くらいですか」、「ツアーに同行す

るスタッフの人数と構成を教えてください」という質問に対して、旅行客は 20 人くらいま

でという回答が1社、10〜13人という回答が11社、それより尐人数のプライベートツアー

が多いという回答が 3社であった。また1社はプライベートツアーと 10〜20人のツアーが

多いと回答した。スタッフの人数は、運転手とガイドの 2 人という回答が 12 社、ガイドが

運転手も兼任して1人という回答が4社であった。プライベートツアーの場合はスタッフが

1人になることが多いようである。

(3)ツアー時間に関する質問

「尐数民族の村でどれくらいの時間滞在しますか」、「観光客は尐数民族の村で自由時間を

持つことができますか」という質問に対して、滞在時間は40分〜1時間という回答が10社、

30 分〜1 時間が 1 社、30 分〜2 時間が 1 社であった。プライベートツアーの場合は観光客

の希望によって時間を延長できるため最大で2時間のツアー会社もある。

自由時間については自由時間があるという回答が 10 社、自由時間は尐々あるという回答

が2社、ガイドについて行くのみで自由時間はないという回答が3社であった。滞在時間の

長さと自由時間の有無に関係性はみられなかった。

(4)村での行動に関する質問

「観光客は尐数民族の村でどんなことができますか」という質問に対しては、民芸品の購

入、写真撮影、尐数民族の生活の様子を見る、ガイドの説明を聞くなどといった回答が挙っ

た。また、「ガイドは尐数民族と観光客の通訳をすることができますか」という質問につい

ては、全社がタイ語と英語の通訳は可能と回答し、その内4社はガイドの一部が尐数民族の

言葉も通訳可能と回答した。また、1 社はガイドの半数は尐数民族の言葉も通訳可能と回答

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した。現在はタイ語を話せる尐数民族も多いため、タイ民族のガイドは基本的に英語が話せ

れば観光客との通訳が可能になっている。

(5)ツアー料金に関する質問

「ツアー料金とその内訳を教えてください」という質問に対して、最も料金の安いプライ

ベートツアーは1人あたり2,250THB、最も高いものが5,000THBであった。団体ツアーは

最も料金が安いものが700THB〜1,000THB、最も高いものが3,350THBで、回答の得られ

た団体ツアー13社の平均額は1,268THBであった。

料金の内訳は、ほとんどのツアーで尐数民族の村への入村料と昼食代、ガソリン代などす

べて込みとなっていたが、昼食代は別途必要なツアーが 2社、入村料が別途必要なツアーが

1 社あった。料金が高ければ尐数民族の言語を話せるガイドがつくなど、料金とサービスの

関係性に傾向は見られなかった。

(6)ツアー企画に関する質問

「ツアーを企画する前に尐数民族と日程などの交渉をしていますか」、「交渉している場合

はその内容を、していない場合はその理由を教えてください」という質問に対して、ツアー

実施前に尐数民族とコンタクトを取っているツアー会社は 16 社中 1 社のみで、交渉ではな

いがお礼として民芸品や農作物を買っている。その他の 15 社は特に尐数民族とコンタクト

を取ることはなく、交渉などをしない理由は「入村料を払っているから事前に交渉などは必

要ないから」「尐数民族は観光客が来ると(商売ができて)助かるので、交渉などは必要な

いから」「尐数民族はいつも観光客が来ることを知っているから」などであった。

(7)尐数民族への謝礼に関する質問

「御社は村の入場料以外で尐数民族やその村にお金を払っていますか」、「払っている場合

はその内容を、払っていない場合はその理由を教えてください」という質問に対し、払って

いるという回答が3社、お金以外の物を渡しているという回答が1社、払っていないという

回答が 9 社であった。お金や物で謝礼をしているツアー会社は、「場合によってチップなど

を払っている」「新年など特別なときに、食料品などを持って行く」「スイーツなどのお土産

を持って行くことがある」「村に手数料を払っている」という回答した。入村料以外のお金

などを渡していないツアー会社はその理由を「入村料を払っているから他は必要ないから」

「尐数民族には仕事をあげているから必要ないから」と述べた。また、(6)のツアー企画

に関する質問で「ツアー実施前にお礼として民芸品を買ったりしている」と回答したツアー

会社は入村料以外に払っている物はないと回答した。

(8)観光客、尐数民族へのリクエストに関する質問

「ツアー中観光客にお願いしている注意点などがあればその内容を教えてください」とい

う質問に対して注意点があると回答したのは 16 社中 6 社であった。注意点の内容は「露出

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度高い服装をしない」「ドラッグを買わない、売らない」「尐数民族の子どもにお金を渡さな

い」「写真を撮る前に尐数民族に一言かける」などで、「注意事項はあるがツアーに同行する

ガイドしか内容を知らない」というツアー会社が2社あった。

次に、「尐数民族に対してお願いしていることがあればその内容を教えてください」という

質問に対しては、1 社のみお願いしていることがあると答えた。内容は「家を綺麗にしてお

くように」「犬が観光客に近寄らないように」などである。このツアー会社は(6)の質問

で「ツアー実施前にお礼として民芸品を買ったりしている」と回答したツアー会社であった。

(9)ツアーが尐数民族に与える良い影響に関する質問

尐数民族の村訪問ツアーについて「このツアーは尐数民族にどんな良い影響を与えると思

いますか」と質問した所、民芸品の販売などで現金収入が得られる点を挙げたツアー会社が

9社(内1社は「現金収入で教育を受けられるようになる」と回答)であった。また、「外国

人と接する経験が得られる」「英語がしゃべれるようになる」と回答したツアー会社もあっ

た。実際、筆者がメーリムでインタビュー調査を行った際は、4〜5歳と見受けられる尐女が

民芸品の販売を手伝っており、値段交渉の簡単な英語が身に付いていた。

この質問に対しG社は「観光客が貧しい人たちの現状を知り、自分たちがどれだけ恵まれ

ているのか考える機会になれば、尐数民族や貧しい人たちの生活にもよい影響を及ぼすかも

しれない。」と回答した。また同社は、実際にツアーに参加した観光客が何かのアクション

を起こした訳ではないが、世界には貧しい人や観光客のように普段の生活の中で様々な機会

を持つことの出来ない人たちがいるということを知れば、こうした現状を変えるアクション

のきっかけになるかもしれないとも話してくださった。

(10)ツアーが尐数民族に与える良くない影響に関する質問

「このツアーは尐数民族にどんな良くない影響を与えると思いますか」という質問に対し

て、「良くない影響は特にないと思う」という回答が4社、「文化が変わってしまう」という

回答が3社、「村が煩くなったりゴミを捨てられたりする」という回答が2社、「観光客が来

なければ収入がなくなってしまう」という回答が 2 社、「尐数民族にプライベートの生活が

ない」という回答が1社であった。

この質問に対して、G社は3つの良くない影響を挙げた。まず1つ目の影響は「尐数民族

に自分で努力してお金を得るという力がなくなってしまう可能性があること」である。観光

客の中には尐数民族の子どもたちに無闇にお金を渡す人がいるが、写真を撮ってチップをボ

ックスに入れるならいいが、何もしていない子ども達に「貧しそうだから」といってお金を

渡すことは、子ども達に「お金を得ることは簡単だ」という意識を植え付けてしまう恐れが

ある。そうして観光客からお金をもらって育ってしまうと、将来自分で何も出来ない大人に

なってしまうかもしれない。

2 つ目の影響は「観光客が尐数民族の文化を知らずに村を訪れることで、彼らの習慣を壊

してしまう可能性があること」である。例えば、観光客の男性が写真を撮る為に尐数民族の

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女性の肩に腕を回したり頬をくっつけたりすることがある。しかし尐数民族によっては、女

性に抱きついたりすることは結婚を意味しており、軽々しくしていいものではない。観光客

のこうした行為は尐数民族の文化を破壊する恐れがあるのである。

3 つ目の影響は「観光客の無礼な振る舞いが、尐数民族の自信や誇りの損失に繋がる可能

性があること」である。G社のインタビュー回答者によると、観光客の中には尐数民族を同

じ人間だと思っていないような無礼な振る舞いをする人もいるという。珍しい、奇妙な存在

を見て写真を撮って友人に見せることばかりに興味がある人もいるけれど、尐数民族は対等

な人間として扱われず面白がられて写真を撮られるだけでは、自身や誇りを傷つけられてし

まう。

(11)エスニックツーリズムの変化に関する質問

「ツアーは何年前から行っていますか」、「当初と今でツアーや観光客、尐数民族の生活に

変化があれば教えてください。また、なぜ変化したと思いますか」という質問に対する回答

を得られた11社の回答内容は表5−1の通りである。

開始年 当初と今でツアーや観光客、少数民族の生活の変化

4年前 中国、韓国からの観光客が増えている。

4年前 近年は不況の影響で、観光客があまりツアーに行きたがらない気がする。

8年前 変化はない。

10年前 当初と比べてバイクや綺麗な家を持つようになった。村へ行く大きな道路も作られた。子ども達は学校に通うようになった。

10年前 中国人の観光客が増えた。

10年前

・10年前は少数民族の村を訪れるだけのツアーを行っていたが、今は少数民族に合いに行くだけでは満足しない人が多いのか、トレッキングやエレファントライディング、バンブーラフティングなどを組み合わせたツアーにしなければ人が集まらない。 ・少数民族の暮らす観光用の村ができたため、観光客にとっては過ごしやすい環境が整ったかもしれないが、その村での少数民族の生活はリアルではない。彼らは電気製品を使って、洋服を着て、文化が変化している。観光用に作られた村は国境付近よりもずっと市内に近いため、市内の文化の影響を受けているのではないだろうか。 特に、若い世代は伝統的な文化を嫌がるようになっている。自分がマイノリティーであるという意識からタイ民族でないことを隠したがっている。市内で就職しようとしても、タイ民族と少数民族がいればタイ民族が採用される。これはタイ民族の「経験も教育もタイ民族の方がある」という固定概念のような」ものの影響である。

14年前 以前よりも生活が良くなっている。

20年前 少数民族の家は伝統的なものから変わった。大きな道路も出来た。

− 以前はヨーロッパの観光客が多かったが、最近は中国人が多い。 少数民族の文化は変わっていないと思う。

− 以前に比べて収入が入るようになったので生活は良くなっていると思うが、民族衣装ではなく Tシャツを着るようになった。

− 収入が増えて生活がよくなっていると思う。

(12)その他のインタビュー結果

・政府の関与について:政府は観光地化した村に対して、民芸品の販売方法などのトレーニ

ングをする費用を払っている。

(出典:現地調査を基に筆者作成)

表5—1 エスニックツーリズムの変化

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・観光客について:カナダ人やアメリカ人が、尐数民族の子ども達に本やペン、飴などをあ

げることがある。そういった人たちは「尐数民族はとても貧しい」と思っている。

・観光客について:近年中国からの観光客が多くなったのは、「Lost in Thailand」というチ

ェンマイを舞台にした映画が中国国内で大ヒットしたからである。

・ツアーガイドについて:ガイドになる為にはライセンスが必要で、そのための試験がある。

・エスニックツーリズムについての意見:観光客の中には「メー・リンのように観光のため

に作られた村に行くのは、本来の彼らの生活ではないため嫌だ」という人もいるが、観光客

が来ることを前提とせず普通に尐数民族が暮らしている村に行くのは失礼だと思う。現地の

人の生活の中に入って行って、子ども達と写真を撮ったり、川で裸で遊んでいる子ども達を

勝手に写真に撮ったりするのも嫌ではないだろうか。観光地化されていない村に行きたいと

いうのは観光のエゴだと思う。なので、観光地化されていない村へはあまり観光客を連れて

行きたくない。

・尐数民族について:尐数民族の中には、自分がタイ民族でないことに引け目を感じている

人もいる。そのせいで市内に出てくるのが嫌だと思うこともあるようだ。

5−4 ツアー会社の調査結果に関する考察

ツアー会社へのインタビュー調査では、尐数民族に関連するツアーの実態やツアー会社側

の尐数民族に対する認識などを調査した。まずツアーに参加する観光客の人数や尐数民族の

村での滞在時間を見ると、1グループ 10 人程度の観光客が約 1 時間滞在し、先導するガイ

ドは1人のみという結果であった。また村の中で観光客の自由時間を設けるツアーが多かっ

たが、ガイド 1 人ではバラバラに行動する 10 人に目が届かない状況が予想できる。それに

加え、観光客に対して事前にツアー中の注意事項などを述べていないツアー会社が多かった

ことから、簡単な注意事項で防げる問題がガイドの目の届かない所で起きている可能性があ

ると考えた。

例えば、ツアー会社の考えるツアーが尐数民族に与えている良くない影響の内に「尐数民

族の子どもに無闇にお金を渡すこと」や「尐数民族の文化でタブーとされていることを知ら

ずに行ってしまう」といった事柄が挙げられたが、こうした問題はツアー前に注意を促せば

発生を防げる可能性がある。騒音やゴミの問題などもこれに同様である。

また、質問項目外のインタビューでは、ツアー会社の中には観光地化されていない村への

ツアーは尐数民族にとって迷惑になると考える会社もあることがわかった。しかし前章で観

光地化されていない村であるチェンダオのインタビュー結果を示した通り、尐数民族側はも

っと多くの観光客が来ることを望んでいる。筆者はこうしたツアー会社と尐数民族側の考え

の食い違いが、両者のコミュニケーション不足から生じているのではないかと考えた。なぜ

ならツアー会社への調査ではツアー実施前に尐数民族とコンタクトを取っている会社は1社

のみで、入村料以外に謝礼などを渡している会社も尐数であることがわかった。たま、ツア

ー実施中ガイドは観光客の対応をするため、通訳以外で尐数民族と会話することはあまりな

いように見受けられた。これらの事実を考えると、ツアー会社が尐数民族の観光に関する考

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えを知る機会はあまりないのではないかと考えた。

インタビューを通じて「自分がタイ民族でないことに引け目を感じている人もいる」「観

光客の無礼な振る舞いが、尐数民族の自信や誇りの損失に繋がる可能性がある」という話も

耳にしたが、ツアー会社で働くタイ民族や外国人観光客が尐数民族の文化に対する敬意をき

ちんと示さなければ、こうした状況は改善できないと感じた。なぜなら「引け目」や「自信、

誇りの損失」は、自分と比較対象になる「相手」や、自分を認めてくれる・認めてくれない

「相手」がいるからこそ起こりうる感情だと考えるからである。そしてこの場合その「相手」

とは、タイ民族であり外国人である。そのためエスニックツーリズムに関わる全ての人は、

尐数民族がエスニックツーリズムを通じて、「自分たちが単に特異な存在として観光の対象

になっているのではなく、その文化が魅力的で価値あるものと認められているから観光の対

象になるのだ」と実感できるような態度で彼らと向き合うことが重要なのではないだろうか。

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第6章 考察

本章では、尐数民族に関する調査とツアー会社に関する調査から明らかになった事柄を基

に、尐数民族がエスニックツーリズムから受ける利益と損失にはどのようなものが挙げられ

るかを考察する。なお、本論文では利益と損失を経済、文化、アイデンティティ、生活環境

という4つのカテゴリーに分けて調査したため、本章の考察もカテゴリー毎にまとめること

とする。

6-1 エスニックツーリズムにおける利益と損失の関係性

まず始めに、筆者が本研究を通して感じたエスニックツーリズムにおける利益と損失の関

係性について述べる。研究当初、筆者は本論文のリサーチ・クエスチョンを「尐数民族がエ

スニックツーリズムから受ける利益は、その損失を上回るか」と設定していた。利益が損失

を上回るのならば、「エスニックツーリズムは尐数民族の生活を豊かにするものである」と

言い切れるのではないかと考えていたためである。

しかし研究を進めるにつれこの考えは変化していった。なぜなら、たとえ尐数民族がエス

ニックツーリズムにより受ける利益がその損失を上回ったとしても、損失そのものが消える

わけではないと気がついたからである。また、どんなに利益が大きくても損失となる問題を

無視してよいことにはならないはずである。それ故、利益と損失のどちら大きいかを知るこ

とよりも、「そもそもどんな利益と損失がなぜ生じるのか」を知ることの方が重要であると

考えるようになった。こうした経緯を経て、本論文のリサーチ・クエスチョンは「利益は損

失を上回るか」から「どのような利益と損失を受けるか」に変更され、尐数民族が受ける影

響そのものに焦点を当てた調査を行うこととなったのである。

6-2 尐数民族がエスニックツーリズムにより受ける利益

(1)経済に関する利益

経済に関する利益について、尐数民族はエスニックツーリズムにより安定した収入を得ら

れるようになる可能性があることがわかった。これは単に民芸品の販売など観光関連産業に

よる直接的な現金収入があることだけでなく、安定した収入のある仕事に就くための機会や

経験を得られるということも影響している。現金の直接的な利益の裏付けとしては、観光地

化されていないチェンダオで観光関連の仕事をしていた人は回答者の20%、観光関連の収入

を村で平均して 764THB であった。それに対し、観光地化されたメーリムでは観光関連の

仕事をしている人が100%、観光関連の収入を村で平均すると1,561THBとなった。観光関

連の職業で見るとメーリムはチェンダオの約2倍の収入を得ているのである。また、安定し

た収入を得る仕事に就くための機会として、メーリムには観光産業により得たお金で子ども

を専門学校に通わせることが出来た人もいる。

メーリムのように観光の為に作られた場所では、政府から教育費の援助があることで生活

費の負担が軽減されていることや、市内に近く村の周辺に観光スポットが集まっていること

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から、村の外での仕事に就きやすいことなども利益の1つとして挙げられる。さらに、エス

ニックツーリズムでは高齢になっても収入を得続けられるという利点がある。尐数民族への

インタビューでは2村共に「農作業は重労働である」と回答した人がいるが、民芸品の販売

やホームステイの受け入れなどは高齢になっても継続することができ、やはりこれも安定し

た収入に繋がっているといえる。

(2)文化に関する利益

次に文化に関する利益として、エスニックツーリズムが尐数民族の伝統文化の保護と継承

に繋がることがかわった。その理由の1つは、観光客が訪れる場所では民芸品を販売できる

ため、普段から織物や刺繍、木彫りなどの伝統技術を使う機会があるからである。観光客の

ほとんど来なくなったチェンダオにおいては民芸品の販売による収入が見込めないため、尐

数民族は農業や町での仕事に専念しなければならない。実際に、チェンダオで民芸品を販売

していた人達の持っていた商品の品数は尐なく、作ってから長い間売れずに時間が経ってい

るような汚れたものも入っていたため、毎日民芸品を作り足さなくても事足りている様子で

あった。それに対して観光客の多く訪れるメーリムにおいては、民芸品を作っている様子を

見せることも村の見どころの1つとなっているため、接客をしながら常に織物や刺繍などを

している状態である。伝統技術と向き合う機会の多さを比べると、2 村で大きな差があるよ

うに感じる。

また、エスニックツーリズムが尐数民族の伝統文化の保護と継承に繋がると考えたもう 1

つの理由は、観光客の目があることで尐数民族はより自文化を意識するようになるからであ

る。

例えば、メーリムで行ったインタビューの中には「観光客に自分の作った織物を売るために

自身も民族衣装を着るようにしている」と回答した人がいた。これは観光客が期待する尐数

民族の姿(つまり伝統的な文化の中で暮らしている姿)を再現する過程で、尐数民族が自文

化の伝統と向き合うことになった一例である。2 村で行った自文化に関する質問に対する回

答結果を見ても、チェンダオで自文化を意識した回答をした人が回答者の内40%なのに対し、

観光客に見られる生活をしているメーリムでは約87%であった。これらの理由から、エスニ

ックツーリズムは尐数民族の伝統文化の保護と継承に繋がるといえるであろう。

(3)アイデンティティに関する利益

アイデンティティに関する利益としては、エスニックツーリズムは尐数民族の誇りや自信

の回復に繋がると考えられる。なぜなら、尐数民族の中には自分がマイノリティーであるこ

とに引け目を感じている人もいるが、エスニックツーリズムを通じて自文化が魅力的で価値

あるものだと認められることで、民族の違いを肯定的に受け止めることができるのではない

かと考えたからである。「(2)文化に関する利益」で述べたとおり、尐数民族が多くの観光

客にその生き方、文化を見られる対象となっているメーリムでは、自文化に対して好きな点

や誇りに思う点を挙げた人が多かった。それは、自分の作った織物や刺繍が多くの観光客に

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売れることで、自分たちの伝統技術は価値あるものだと実感できているからではないだろう

か。

このように尐数民族はエスニックツーリズムを通じてこうした機会の中で、尐数民族が

「自分たちの文化は他の民族にない素晴らしいものである。それ故観光客が会いに来るので

ある。」と実感することができれば、民族という違いがあることは寧ろ誇らしいことである

と、自民族を認めることができるのではないだろうか。

(4)生活環境に関する利益

最後に、生活環境に関する利益として、尐数民族の居住地域周辺の自然が保護されること

が挙げられる。なぜならタイ北部におけるエスニックツーリズムでは「自然の中で伝統的な

生活を送っている尐数民族」が観光の対象として注目されているため、彼らの村が観光地化

されることで周辺の自然も保護されることになるからである。尐数民族に対するインタビュ

ーでは、山の自然や静けさを好む尐数民族がいることがわかったが、こうした人々にとって

は生活区域の自然が保護されることは利益になると言えるだろう。

ただし、観光地化され自然を残さなければならない範囲が明確になるということは、同時

に自然を残さずともよい範囲が明確になってしまうことではないだろうか。つまり「ここは

観光地のため自然を残さなければいけません」と明言されることで、それ以外の地域は「こ

こは尐数民族の観光村ではないので自然を残さなくてもよい」と捉えられ開発が進んでしま

う恐れがあるのである。実際に、筆者がメーリムへ調査に行った際はメーリムの観光村周辺

のみ自然が残され、そこに辿り着くまでの道のりは着々と開発が進められているところであ

った。よって、尐数民族の村が観光地化されることが一概に彼らの生活環境に良い影響を及

ぼすとは言えないのである。

6−3 尐数民族がエスニックツーリズムにより受ける損失

(1)経済に関する損失

6-2 では尐数民族がエスニックツーリズムから受ける利益として、安定した収入を得られ

るようになる点を挙げたが、すべての尐数民族が一様にこうした利益を受けるわけではない。

なぜなら、ある地域で行われた観光開発が他の地域の観光産業の衰退に繋がる可能性があ

るからである。チェンダオのインタビューでは「観光客が減ったため収入が減尐した」とい

う話を何度かお聞きしたが、チェンダオでの観光客の減尐は、メーリムに観光村ができたこ

との影響も尐なからず受けていると考えられる。

メーリムの観光村が出来たのは 2005 年、チェンダオに観光客が来なくなり始めたのは

2007 年頃で、時期が完全に一致しているわけではないが、市内からよりアクセスがよい土

地に尐数民族の村があるならば、ツアー会社にとっても観光客にとっても便利であることは

確かである。また、尐数民族の伝統的な文化を期待する観光客にとって、民族衣装を着て民

芸品を作っている様子が見られるメーリムと、洋服を着て農作業をしている様子が見られる

チェンダオでは、前者に人が流れる可能性は十分にあるだろう。

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また、観光産業による収入を得ている村においてもネガティブな影響を受けている場合が

ある。なぜなら尐数民族の子どもに無闇にお金を渡す観光客がいることで、尐数民族に努力

してお金を稼ぐ力が育たなくなってしまう可能性があるからである。働きに対する見返りと

してお金を渡すのでなく、何もしていない子ども達に「貧しそうだから」といってお金を渡

すことは、子ども達に「お金を得ることは簡単だ」という意識を植え付けてしまいかねない。

そしてこうした意識は、いずれ自分の力でお金を稼いで生きて行かなければならない子ども

達に対して、努力して安定した仕事に就き、働いて収入を得ることへの意欲を削ぐ結果にな

る恐れがある。

(2)文化に関する損失

次に文化に関する損失として、エスニックツーリズムを通じて尐数民族の伝統文化が変容

してしまう恐れがあることがわかった。なぜなら尐数民族の文化を知らない観光客の振る舞

いが、彼らの伝統的な習慣を乱してしまうことがあるからである。調査の中で耳にした例を

挙げると、「女性に抱きつくことは結婚を意味しているため、軽々しくしてはいけない」と

いう考えを持った尐数民族の村で、観光客の男性が写真を撮る為に尐数民族の女性の肩に腕

を回したり頬をくっつけたりすることがあるという。村のタブーを観光客がおかしてしまう

ケースである。

これに対して、尐数民族が「観光客は私たちの習慣を知らないのだからしょうがない」と

割り切って考えれば、彼ら自身の文化が変わってしまうことはないと考える人もいるかもし

れない。しかし筆者は、例え尐数民族が自分たちの習慣と観光客の行いを切り離して考えて

いたとしても、こうした行為は伝統文化の損失に繋がると考える。なぜなら伝統や習慣とは

「それが必要なことだと信じられていること」によって守られるものだと考えるからである。

上記の例で考えると、結婚していない女性に男性が抱きつくと誰かが死んでしまうわけで

はないし、重い罰が科せられるわけでもない。それでもこの習慣を守っているのは、「これ

は村にとって必要な決まり事である」とその村の尐数民族が信じているからである。しかし

観光客が軽々しくこの決まりを破ってしまえば、尐数民族は次第に「なぜ結婚していない女

性に抱きついてはいけなかったのか」と、決まり事の必要性に疑問を感じ始めてしまうので

はないだろうか。習慣の必要性があやふやになれば、これを守らない人が出てくる可能性も

ある。次第に伝統的な習慣は薄れる。筆者は観光客が尐数民族の習慣を守らないこと自体が

文化の破壊なのではなく、そのことによって尐数民族が自分たちの習慣に疑問を持ってしま

うことが伝統文化の損失に繋がると考えた。

(3)アイデンティティに関する損失

尐数民族が受けるアイデンティティに関する損失として、民族としての誇りや自信の損

失に繋がるケースがあることがわかった。観光客の中には尐数民族を対等な存在として見ず

に無礼な態度をとる人がいるため、このような問題が起こっている。インタビューを通して、

尐数民族を見て珍しい奇妙な存在として写真を撮って、友人に見せることばかりに興味があ

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る観光客もいることがわかったが、面白がられて写真を撮られるだけでは、尐数民族の自身

や誇りは傷つけられてしまう。

また筆者は、「(2)文化に関する損失」で述べた様な相手の文化や習慣への関心の薄さも、

尐数民族の誇りや自信の損失に繋がると考える。相手の大切にしているものや習慣として受

け継いできたものを理解しようとする姿勢は敬意の表れであり、それを軽視することは相手

自身を軽視することではないだろうか。そもそも尐数民族の中には自分がマイノリティーで

あることに引け目を感じている人たちがいることを論文中何度か指摘したが、エスニックツ

ーリズムは場合によってその劣等感を強くさせてしまう可能性があると考えた。

(4)生活環境に関する損失

最後に、尐数民族がエスニックツーリズムから受ける生活環境に関する損失として、マナ

ーの悪い観光客がいることで生活環境が損なわれるという問題があることがわかった。尐数

民族へのインタビュー調査では、チェンダオ、メーリムの両方で「自然が好き」「自分たち

の民族は静かな暮らしができて好き」といった回答が得られたが、一部の観光客は村の中で

騒いだりゴミを持ち帰らなかったりと、尐数民族の生活環境に害を及ぼしているのである。

また、ツアー会社へのインタビューでは「ツアー開催前に観光客に対して特に注意事項を言

っていない」という会社が多いことが分かったが、こうした基本的なマナーを守らせること

はツアー会社の果たすべき役目の1つであると考えられる。現状ではその役目が果たされて

いないこと、観光客の尐数民族の生活に対する配慮が足りないことから、尐数民族は生活環

境についてもエスニックツーリズムから損失を受けているといえる。

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第7章 まとめ

本章では、尐数民族がエスニックツーリズムによりどのような利益と損失を受けるのか、

考察を基に結論をまとめる。また、調査を通じて得た気付きや結論を受けて、今後のエスニ

ックツーリズムの展開について提案をしたい。

7-1 結論

本論文では、「尐数民族はエスニックツーリズムによりどのような利益と損失を受けるの

か」というリサーチ・クエスチョンを設定し、これに対する調査と考察を行った。その結果、

筆者は尐数民族が経済、文化、アイデンティティ、生活環境に関する以下のような利益と損

失を受けると結論づけた。

まず経済に関する利益は、「安定した収入を得られるようになる」ということである。こ

れは単に観光関連産業による現金収入が得られることだけでなく、政府から教育費の補助を

受け就学したり観光関連産業を通して英語を習得したりすることで、職業の選択肢が広がる

ことも意味している。次に文化に関する利益は、「伝統文化の保護と継承に繋がる」という

ことである。近年では民族衣装ではなく洋服で過ごす尐数民族が増えているが、民芸品とし

て織物や刺繍を施した小物などを販売することで、そうした技術が途絶えずに継承されてい

る。アイデンティティに関する利益は、「民族としての誇りや自信の回復に繋がる」という

ことである。自分が尐数民族であることに引け目を感じている人もいる中で、彼らの文化が

魅力的な価値あるものとして認められること、だからこそ観光の対象になるということを実

感することで、自民族に対する誇りや自信の回復に繋がるのではないかと考えた。そして生

活環境に関する利益は「尐数民族の村周辺の自然が保護される」ということで、観光対象の

一部として村周辺の自然が保存されることである。ただし筆者はこれが必ずしもよい影響と

は言えず、自然を残さなければならない地域が明確になることで、逆にそれ以外の地域で自

然を軽視した開発が進んでしまう恐れがあると考えた。

一方、一部の地域で行われた観光開発の影響で、他の地域に暮らす尐数民族がそれまでの

収入を得られなくなってしまう「地域格差が生じる」ことや、尐数民族の子どもに無闇にお

金を渡す観光客がいるため尐数民族の「自分の力でお金を稼いで生きる力が損なわれてしま

う」といった経済面の損失も生じている。文化に関する損失は「伝統文化の変容に繋がる」

ということで、尐数民族の文化を知らない観光客の振る舞いが、彼らの伝統的な習慣を乱し

てしまうことがある。アイデンティティに関する損失は「民族としての誇りや自信の損失に

繋がる」ということで、観光客の中には尐数民族を対等な存在として見ずに無礼な態度をと

る人がいるため、こうした問題が起こっている。そして最後に、尐数民族は「生活環境が損

なわれる」という損失も受けていることがわかった。調査の結果、山の自然や静けさを好む

尐数民族の方々がいることを知ったが、大声で騒いだりゴミを捨てたりする観光客がいるこ

とでこうした生活環境が損なわれてしまう。

このように、尐数民族がエスニックツーリズムにより受ける影響はポジティブなものばか

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りでなくネガティブな影響もあるのである。上記が「尐数民族はどのような影響を受けるか」

という問いに対する筆者の解である。

7-2 提案

筆者は本研究を受けて、尐数民族がエスニックツーリズムから受ける利益を保持し損失を

なくすためには3つの事柄に対する改善が必要だと感じた。まず1つ目に「尐数民族とツア

ー会社がもっとコミュニケーションをとること」が必要である。なぜなら、現在尐数民族と

ツアー会社の間には観光に対する認識の差が生じており、これが尐数民族にとっての損失に

繋がっているからである。また、観光客の行動や態度は文化、アイデンティティ、生活環境

など様々な面で尐数民族に影響を与えているため、両者の橋渡しとなるツアー会社が尐数民

族とコミュニケーションをとり理解を深めることはとても重要な役割であると考えられる。

次に2つ目の改善点として「尐数民族全体への影響を考慮した上で観光開発を行うこと」

が挙げられる。ある地域での観光開発が他の地域の尐数民族にどのような影響を与えるのか

を事前に検討し、損失が生まれるのならば何か代案や損失への対応策を講じる必要があるだ

ろう。

最後に、3つ目の改善点として「エスニックツーリズムに携わる人々が尐数民族に敬意を

払って接すること」が必要である。筆者これは観光客だけでなくツアー会社、政府など様々

な面で尐数民族と関わる全ての人に求められる重要な改善点であると考える。そもそもエス

ニックツーリズムとは尐数民族の独自の文化や伝統を対象にした観光産業であり、彼らがそ

の独自性を、自信を持って受け継いでいくことができなければ、この観光形態自体の継続も

困難になる。尐数民族の伝統的な文化や習慣、彼らの存在自体に敬意を払い接していくこと

は、尐数民族にとって、そしてエスニックツーリズムにとっての豊かな発展に繋がると信じ

ている。

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参考文献

朝水宗彦 (2001)『多文化社会オーストラリアにおけるエスニック・ツーリズム形成過

程に関する研究』第3章エスニック・ツーリズムに関する従来の研究

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No. 名前 地域 年齢 性別 信仰 家族構成 平均収入/月一人あたりの平均収入/月

平均支出/月一人あたりの平均支出/月

収入源 支出項目 その他

1 カレンA チェンダオ 20歳 女ー

5人(本人、夫、2歳の子、両親) 5,000THB 1,000THB 8,000THB 1,600THB

民芸品の販売農業

食費など(ミルク代が高い)

・元々カレン民族であるが、アカ民族の男性と結婚・民芸品は1日250THBほど売れるが、雨の日は1つも売れない・自分たちで作る農作物があるので、たまに肉などを買う

2 カレンB チェンダオ 23歳 女− 3人(本人、夫、子) 10,000THB 3,333THB 6,000THB 2,000THB

農業(トウモロコシ、豆)籠作り

食費、交通費、養育費など

・子どもはスクールバスで幼稚園に通っている。幼稚園の費用は1ヶ月1,000THBかかる。・植物を編んで籠(お皿として使う)を作っている。

3 カレンC チェンダオ 28歳 男仏教・

アニミズム5人(本人、妻、4ヶ月の子、両親 21,000THB 4,200THB 6,000THB 1,200THB

ホテルでの仕事、メイドの仕事

食費、チェンマイでの家賃、交通費、電気代、借金返済など

・本人はチェンマイ市内のホテルでランドリーの仕事をし、残業などもある。月に13,000THBの収入・妻はチェンマイ市内でメイドの仕事をしており、月に8,000THBの収入・チェン・ダオに戻ってきている時は農業をしている。

4 カレンD チェンダオ 72歳 男

キリスト教 3人(本人、妻、子)5,000THB

(農業のみで) 1,667THB 5,000THB 1,667THB農業(トウモロコシ)畜産業 食費、交通費など

・農業の他に家畜の肉を売って収入を得るときもある。 豚1匹2,500THB、牛1頭26,000THB×5頭所有している。・かつてはトレッキングのガイドをしていた。ホームステイも受け入れていた。

5 カレンE チェンダオ 80歳 男ー

4人(本人、妹2人、親戚) 2,000THB 500THB 収入の範囲内 (500THB)

農業(トウモロコシ、豆)

服、食費、洗剤など ・米、白菜、小松菜などを自分たちで食べるように作っている・収入は4人で暮らすには少ないけど、節約してどうにかやっている

6 ラフA チェンダオ 23歳 女 仏教・アニミズム 3人(夫、子) 10,000THB 3,333THB 5,000THB 1,666THB 衣料品の販売

食費、交通費、養育費など

・衣料品販売の仕事は市内でしているため、たまにこの村に帰って来る。・夫はタイ人で、市内で生活している。

7 ラフB チェンダオ 28歳 女ー

4人(本人、夫、1ヶ月の子、5歳の子) 9,000THB 2,250THB 5,625THB 1406THB

民芸品の販売、大工

食費、電気代、学費、交通費など

・元々ラフ民族だか、アカ民族の男性と結婚・民芸品の利益率は約50%

8 ラフC チェンダオ 34歳 女 仏教・アニミズム

4人以上(本人、夫、子2人) 16,600THB 4,150THB 6,000THB 1,500THB

農業(トウモロコシ、豆、米)、畜産業 食費、交通費など

・豚3匹、鶏60羽飼っている。・農業だけでは生活が成り立たないので、子ども達が畑掃除のアルバイトなどをしている。

9 ラフD チェンダオ 38歳 女アニミズム

4人(本人、夫、10歳くらいの子、それ 2,500THB 625THB 5,250THB 1,313THB

農業(トウモロコシ、豆) 食費、交通費、養育費など

10 ラフE チェンダオ 46歳 男仏教・

アニミズム5人(本人、夫、両親、1歳の子) 33,300THB 6,660THB 9,000THB 1,800THB

農作物の買い付けと販売 食費、交通費など

・米、トウモロコシ、豆などを自分たちで食べる用に作っている。・米など農作物を買い取って市内で売っている。

11 アカA チェンダオ 37歳 女キリスト教 5人 38,300THB 7,660THB 15,000THB 3,000THB

個人営業の売店、農業(トウモロコシ、 食費、交通費、教育費など・自宅とは別に個人営業の売店を持っている。

12 アカB チェンダオ 57歳 女 仏教・アニミズム 8人

3,000THB(民芸品の販売

のみで) ー 4,000THB ー民芸品の販売、家族の仕事は不明 食費など ・家族の収入は不明

13 アカC チェンダオ 62歳 男キリスト教

6人(本人、夫、両親、子2人) 6,600THB 1,100THB 5,150THB 858THB

農業(トウモロコシ、豆) 食費、電気代、養育費など

・電気代は1ヶ月で100〜200THBかかっている。水道はない。・子ども達は幼稚園に通っている。

14 アカD チェンダオ 69歳 女キリスト教 2人(本人、子) 3,500THB 1,750THB 2,300THB 1,150THB

民芸品の販売、農業 食費など

15 アカE チェンダオ 83歳 男キリスト教 2人 800THB 400THB 2,300THB 1,150THB

農業(トウモロコシ、豆) 食費、交通費など

・ガソリン代に月2,000THBかかっている。・子どもがバンコクで働いている。

付属資料① 尐数民族に関するインタビュー結果 チェンダオ1

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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1 カレンA チェンダオ 20歳 女民族として特に思うことはないが、今の生活が幸せ。結婚した当初はアカ民族の言葉が話せず苦労したが、段々慣れてきた。(タイ語で話していた)

商売ができて嬉しい。困ることは特にない。 市内に住みたい。

農業は大変だから、市内でレストランのウエイトレスがしたい。

2 カレンB チェンダオ 23歳 女自民族ついて思うことは特にない。

個人的に観光客に対する商売はしていないが、商売できる人たちがいるから嬉しい。 この村で暮らしたい。 自然があっていいから。

3 カレンC チェンダオ 28歳 男 年に2回右手の手首に紐を巻くお祓いがいいと思う。(仏教の影響を受けたアニミズムを持っている人だけがやっているので、キリスト教徒のカレン民族はやらない。)

以前は観光客が来ていたが、今はあまり来ないので観光では収入を得られなくなってしまった。観光客が来なくなったのは、6年ほど前から村の家が昔ながらの竹の家から、きれいな木の家に変わりつつあるからだと思う。 市内に住みたい。 市内の方が収入がいいから。

4 カレンD チェンダオ 72歳 男自民族について特に好きなところがある訳ではないが、クリスマスが好き。

観光客はマナーもよく、優しい。チップも貰えるので嬉しい。 ずっとこの村で暮らしたい。

市内は車が多くてうるさいから。この村では涼しいしさわやかで良く眠れるから。

5 カレンE チェンダオ 80歳 男自民族ついて誇りなどは特にないが、この村でのんびり田畑を作っているのが好き。

観光客はただ眺めて行くだけなので困ることもないし、気にしていない。 この村で暮らしたい。

6 ラフA チェンダオ 23歳 女アニミズム残ってはいるが、タイ人の生活には合わないため市内にいるときはその習慣を出さないようにしている。アニミズムの習慣を出しては、夫の家族とも価値観が合わなくなってしまうと思う。

ー市内で家を買って暮らしたい。夫も市内にいるから。

7 ラフB チェンダオ 28歳 女ラフ民族はほとんどの人がキリスト教なので好きだった。アカ民族との生活も好き。言葉はあまり通じないため、タイ語で会話している。

観光客が来るのは好き。困ることは特にない。 この村で暮らしたい。 市内は生活費がかかりすぎるから。

8 ラフC チェンダオ 34歳 女仏教徒ではあるが、アニミズムも残っている。民族衣装は暑いため普段は着ない。

ーお金があれば、市内で暮らしたい。

市内の方が便利だから。でも文化が合わないという心配もある。

9 ラフD チェンダオ 38歳 女自民族ついて思うことは特にない。 困ることは特にない。 この村で暮らしたい。 涼しいから。

10 ラフE チェンダオ 46歳 男村長や村の人たちと協力してこれからもラフ民族の文化を守っていくつもりである。

困ることは特にない。もっと観光客が増えればいいと思う。 この村で暮らしたい。 今の生活で良い収入を得られるから。

11 アカA チェンダオ 37歳 女キリスト教に改宗したためアカ民族の文化は捨てた。 困ることは特にない。 この村で暮らしたい。 他の場所へ移っても仕事がないから。

12 アカB チェンダオ 57歳 女まじない師を通じてお祓いをするなどアニミズムの習慣が好きだが、今の生活に伝統的なアニミズムは合わないと思う。

嬉しい。困ることはない。観光客が来ない時は民族衣装着ない。 この村で暮らす。 他に行く場所もないから。

13 アカC チェンダオ 62歳 男4年前にキリスト教に改宗したため、アカ民族の文化は捨てた。改宗した理由は伝統的な信仰が面倒くさいから。

観光客が来るのはカレン民族の村がほとんどだからあまり気にしていない。 この村で暮らしたい。 市内は暑いから。

14 アカD チェンダオ 69歳 女キリスト教に改宗したためアカ民族の文化はもうない。

観光客が来ることは好きだったが、最近はあまり来ないので収入が減ってしまった。 この村で暮らしたい。

仕事がないから。(車があれば市内で民芸品を売りたい)

15 アカE チェンダオ 83歳 男アニミズムは習慣がうるさいからキリスト教に改宗した。キリスト教はお祈りすることで個人が直接神様に願い事を出来る点がよいと考えている。 困ることは特にない。 この村で暮らしたい。 理由は特にない。

付属資料① 尐数民族に関するインタビュー結果 チェンダオ

2

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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名前 地域 年齢 性別 その他

カレンA チェンダオ 20歳 女 ー

カレンB チェンダオ 23歳 女 ー

カレンC チェンダオ 28歳 男

【カレン民族の文化について】 年に2回(2月と8月)右手の手首に紐を巻くお祓いの習慣がある。これはアニミズムを持っている人だけの習慣で、キリスト教に改宗した人たちは行っていない(仏教の影響を受けてもアニミズムの残っている人はしている)。紐を巻くと運が良くなると言われている。

【カレン民族の信仰について】 この村のカレン民族は仏教徒とキリスト教徒が約50%ずづである。

【仕事について】 チェンマイとチェンダオを行ったり来たりしながら生活している。チェンダオに戻ってきているときは農業をしている。

【家について】 竹ではなく木の家を建てるのにかかるお金は、簡単な家なら40,000THBほど.カレンC氏の家は大きいため100,000THBした。必要な木を自分で山から切ってくればこの値段だが、木が用意できない場合は200,000THBかかる。

【結婚について】 結婚する際は新婦の親に60,000THB渡すため、結婚資金がかかる。カレンC氏は親戚にお金を借りて結婚式を挙げたため、現在も返済している。昔は親同士で決めた相手と結婚していたが、今では自由に結婚している。

【所有物について】 洗濯機、車、バイク2台、テレビ、冷蔵庫を持っている。

カレンD チェンダオ 72歳 男

【観光関連の仕事をしていたことについて】 昔はトレッキングのガイドをしていた。始めのうちは英語が話せなかったため、観光客の荷物持ちをしていたが、人の会話を聞いたり自分で勉強して話せるようになった。自宅でホームステイの受け入れもしていた。30人ほど受け入れ可能な大きな部屋がある。

【入れ墨について】 両肩と腕に入れ墨をしている。昔は入れ墨が男らしさの象徴で、これがなければ「男らしくない」と言われていた。「今の世代にも入れ墨の習慣は継承された方がよいと思いますか」という問いに対しては、「今は入れ墨というとあまり良い印象を受けない(不良などのイメージ)ので、しない方がいいと思う。」と回答した。

カレンE チェンダオ 80歳 男【民芸品の販売について】 この村のカレン民族は観光関連の商売はしていない。たまに観光客が来ると、隣の村のリス民族が民芸品を売りに来る。

ラフA チェンダオ 23歳 女 ー

ラフB チェンダオ 28歳 女 ー

ラフC チェンダオ 34歳 女 ー

ラフD チェンダオ 38歳 女

【ラフ民族の文化について】 アカ民族と似ている部分があり、身の回りのものに対するお祓いもしている。アカ民族と異なる点は、まじない師を介さず自分の言葉でお祓いをすること。物は用いずすべて言葉だけで行われる。右手の手首に開運のための紐をまいている。

【観光客について】 最近は週に3〜4回、数人の観光客が来る。この村のラフ民族は観光関連の商売をしない。

ラフE チェンダオ 46歳 男

【ラフ民族の文化について】 右手の手首に巻く紐は、目上の人や親戚などが巻いてくれるもので、赤ん坊の頃から巻く習慣がある。米は収穫してすぐに食べず、餅を作ってお祝いする決まりがある。毎年1月にはギン・ウォー(ギンは食べる、ウォーは新年という意味)という祭りがあり、民族衣装を着たり村の周りで踊ったりする。この祭りが終ると餅を薄くスライスして煎餅のようにして食べる。

【観光客について】 ギン・ウォーの時期に観光客が来ることもある。民族衣装を着たラフ民族の人たちを写真に撮ったりしているが、特にチップなどが支払われることはない。ただ、お菓子や玩具などを子ども達に配る外国人はいる。ラフE氏は伝統行事に観光客が来ることについては、特に問題もなく楽しいと感じている。

【所有物について】 800,000THBの車や高そうな金色の時計などを持っている。

アカA チェンダオ 37歳 女 ー

アカB チェンダオ 57歳 女

【一族について】 アカBさんの一族は中国の戦時中にタイへ避難してきたため中国系の少数民族である。本人のとても幼い頃というので50年以上前のことであると推定される。

【アカ民族の文化について】 年に1度村、村の運気が悪くならないようにお祓いをする(10月15日)。まじない師が家や木など身の回りのもの(これらには意思があると考えている)に言葉で交渉し、悪さをしないように頼む。村に良くないことが起こったり、誰かが病気などをするのは、「意思をもつ身の回りのもの」が良くない状態にさせるためであると考えている。このお祓いは各家庭ごとに行われ、同じ村に住む者同士であっても他の家族のお祓いに関わってはいけない。

【信仰の変化について】 昔はアニミズムが信仰されていたが最近ではキリスト教か仏教を信仰している人がほとんどになったのは、アニミズムには細かいルール(生活上の制約)が多く、現代の生活が段々とこの考え方に合わなくなってきたからだとアカBさんは考えている。例えば「鶏と豚を殺してはいけない」、「寝るときも帽子を外してはいけない」など。現在は鶏も豚も食べられている。また、昔からの習慣で村の祭事には雄と雌の鶏が1羽ずつ殺される。

アカC チェンダオ 62歳 男【信仰について】 この村にいるアカ民族50件中7件が仏教に、それ以外はキリスト教に改宗している。

アカD チェンダオ 69歳 女【観光客について】 以前は、1日に3台ものバスが観光客を乗せてこの村に来ていた。

アカE チェンダオ 83歳 男 ー

付属資料① 尐数民族に関するインタビュー結果 チェンダオ

3

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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No. 名前 地域 年齢 性別 信仰 家族構成 平均支出/月一人あたりの平均支出/月

収入方法 支出項目 収入源 支出項目 その他

16 カレンF メーリム58歳

女ー

5人(本人、夫、子3人) 8,000THB 1,600THB 6,000THB 1,200THB

民芸品の販売、象使い 食費など ・夫が象使いをしている。

17 カレンG メーリム

62歳

ー8人(本人、夫、子、孫) 10,000THB 1,250THB10,000THB以上(1,250THB以上)

民芸品の販売、病院勤め 食費、交通費、教育費など

・自分たちで食べる用に米や野菜を育てている・収入が足りない分は村の組合に借金している(食費、医療代、農薬代、石鹸代など)・教育費は毎月800THB政府から支給されるため、残りを自分たちで支払っている。

18 カレンH メーリム64歳

女キリスト教

5人(本人、夫、子3人)

6,000THB(娘の収入の

みで) 1,200THB 収入の範囲内 (1,200THB)民芸品の販売、メイド 食費、交際費など

・この村に移ってきたばかりで、まだ民芸品の収入はそれほどない。夫は焼き物屋をしていたが退職し、娘がメイドの仕事で稼いでいる。

19 カレンI メーリム64歳

女仏教 1人 2,500THB 2,500THB 収入の範囲内 (2,500THB) 民芸品の販売 食費、お賽銭など ・夫が亡くなったため1人だが、家族は近くに住んでいる。

20 カレンJ メーリム68歳

女ー 5人(本人、子4人) 8,000THB

- - -民芸品の販売、メイド 食費など

21 ラフF メーリム50歳

女ー 2人(本人、夫)

4,000THB(夫婦だけで) 2,000THB 収入の範囲内

(2,000THB)民芸品の販売、仕送り 食費など ・既婚の子ども(2人)がお金を入れてくれる時もある。

22 ラフG メーリム53歳

女キリスト教 2人(本人、夫) 5,000THB 2,500THB 3,000THB 1,500THB

民芸品の販売、仕送り 食費など

・バンコクで働いている25歳の子どもが2,000THBの仕送りをくれる。・チェンマイにいる21歳の子どもは老人ホームで働いている。

23 ラフH メーリム54歳

女ー 2人(本人、夫) 6,000THB 3,000THB 収入の範囲内 (3,000THB)

民芸品の販売、エレファントキャンプ 食費、医療費など

・夫はカレン民族で、エレファントキャンプで働いている。・胃が悪く病院に行くが、国立の病院は1回の診察料が50THBで、薬代が1,000THBである。

24 ラフI メーリム56歳

女ー 2人(本人、夫)

4,000THB(夫婦だけで) 2,000THB 6,000THB 3,000THB

民芸品の販売、カメラマン 食費など

・娘はカメラマンの仕事で1ヶ月に6,000THBの収入がある。・「1日に200THBも使ってしまう」と笑っていたため、生活に必要最低限の金額が200THBではないとも推測できる。

25 ラフJ チェンライ

64歳

ー 1人 2,500THB 2,500THB 収入の範囲内 (2,500THB)農業(トウモロコシ、米) 食費など

・2012年まではメーリムで暮らしていたが、夫が亡くなったため2013年からチェンライにいる娘たちの側で暮らしている。(インタビュー時はメーリムにいる友人のところに遊びに来ていた。)・息子は軍人で1ヶ月に15,000THBの収入がある。インタビュー時は母と共にメーリムに来ていた。

26 アカF メーリム

23歳

ー4人(本人、夫、2ヶ月の子、2歳の子) 10,500THB 2,625THB 3,600THB 900THB

民芸品の販売、エレファントキャンプ 食費、養育費など

・夫はエレファントキャンプで働いており、1ヶ月に7,000THBの収入がある。・高齢者を雇って民芸品の帽子を作ってもらうこともあるので、その際は支出が増える。

27 アカG メーリム32歳

女ー

4人(本人、夫、10歳の子、14歳の子) 7,500THB 1,875THB 6,000THB 1,500THB

民芸品の販売、象使い 食費、教育費など

・夫は象使いで、1ヶ月に5,000THBの収入がある。・14歳の子どもは市内で学校に通っており、1ヶ月に3,000THBかかる。

28 アカH メーリム34歳

女ー

4人(本人、夫、子2人) 8,000THB 2,000THB 4,500THB 1,125THB

民芸品の販売、大工 食費、教育費など

・夫はメーリムの大工で、1ヶ月に5,500THBの収入がある。・子どもは市内で学校に通っている。

29 アカI メーリム

36歳

ー4人(本人、夫、17歳の子、10歳の子) 9,000THB 2,250THB 6,000THB 1,500THB

民芸品の販売、エレファントキャンプ 食費、教育費など

・夫はエレファントキャンプで働いており、1ヶ月に6,000THBの収入がある。・チェンライの専門学校に通っている17歳の子どもがおり、1ヶ月に2,000THBかかる。

30 アカJ メーリム52歳

女ー 2人(本人、夫) 8,500THB 4,250THB 6,000THB 3,000THB

民芸品の販売、建築士 食費など

・アカG氏の母・夫は建築士で1ヶ月に5,500THBの収入がある。・3人の孫におやつなどを買ってあげるので、お金がかかっている。

付属資料① 尐数民族に関するインタビュー結果 メーリム

1

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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No. 名前 地域 年齢 性別 自文化について 観光客が来ることについて 今の村に住み続けたいか そこに住みたい理由

16 カレンF メーリム58歳

女織物をするのが好き

織物を手作りで工夫して売れるように心懸けている。 ずっとこの村で暮らしたい。 友達がいるから。

17 カレンG メーリム

62歳

田畑に行って作業するのが面白くて好き

困ることは特にない。自身も自分で作った民族衣装を着ているところを見せ、観光客に買ってもらえるよう工夫している。 この村で暮らしたい。

市内は暑いし、この村でなら収入があるから。

18 カレンH メーリム64歳

女私たちの文化は静かだから好き。畑に行くのが面白い。 困ることは特にない。 この村で暮らしたい。 この村に来たばかりだから。

19 カレンI メーリム64歳

女自然の中で暮らせるの好き。

ー山の中で暮らしたい。 理由は特にない。

20 カレンJ メーリム68歳

女畑に行くのが好き。

ーずっとこの村で暮らしたい。 畑は重労働だから。

21 ラフF メーリム50歳

女ラフ民即の踊りとお正月が好き。

ーこの村で暮らしたい。 理由は特にない。

22 ラフG メーリム53歳

女ラフ民族の文化で好きな所はないが、キリスト教だけには満足している。親はアニミズムを信仰していた。 今は商業が大事だと思う。 この村で暮らしたい。 理由は特にない。

23 ラフH メーリム54歳

女畑が大好き。

観光客がいないときも民族衣装を着るようにしている。 この村で暮らす。 他に畑を作れる土地も持っていないから。

24 ラフI メーリム56歳

女ラフ民族の踊りや民族衣装が好き。

ー ー ー

25 ラフJ チェンライ64歳

女お正月は家族か全員村に帰って来るから好き。

ー暮らすのはどこでもいい。

26 アカF メーリム23歳

女刺繍や織物をするのが好き。

ーこの村で暮らしたい。 収入があるから。

27 アカG メーリム32歳

女畑に行ったり刺繍をするのが好き。

ー ー ー

28 アカH メーリム34歳

女刺繍することと、ブラン時に乗ることが好き。

ーこの村で暮らしたい。 他は生活費が高いから。

29 アカI メーリム36歳

女刺繍するのが好き。

ー ー ー

30 アカJ メーリム52歳

女自民族について特に思うことはない。

ーミャンマーとの国境付近で暮らしたい。 親戚がいるから。

(出典:現地調査を基に筆者作成)

付属資料① 尐数民族に関するインタビュー結果 メーリム

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名前 地域 年齢 性別 その他

カレンF メーリム

58歳

【民族衣装について】 未婚の女性は白い服を着て、既婚の女性は赤い服を着る。

【民芸品の織物について】 織物を1枚作るのに約10日かかる。材料代は200THBで、1枚800THBで売っている。 【前の居住地について】 3年前にミャオ・ソン県から引っ越してきた。

カレンG メーリム

62歳

【この村に住んでいる理由】 教育費などを政府から援助してもらえることと、観光客が来るので民芸品の販売で収入を得られることが決め手でこの村に移り住んだ。本人曰く「貧しい人はこの村に住んでください」と政府がお金を出してくれたそう。

【タイのラジオについて】 少数民族の各言語で放送されるラジオ番組があり、インタビュー時はカレン民族の音楽が流れていた。

カレンH メーリム64歳

女 ー

カレンI メーリム64歳

女【昔と今の違いについて】 自分の小さい頃は教育を受けなかったけれど、今の子ども達は教育を受けられる。また、昔は車が通らなかったので簡単に渡れた道が、今は車が通るので通れなくなった。

カレンJ メーリム68歳

女 ー

ラフF メーリム

50歳

【ラフ民族の服装について】 若い子ども達は洋服を来て学校に通ったり生活しているが、毎週金曜日は文化の日なので民族衣装を着ている。お年寄りは毎日民族衣装だが、寝るときは洋服を着ている。

【遊びにきていた孫の話】 中学生くらいの女の子。将来は警察になりたい。山はお化けがいるからチェンライの町に住みたい(お化けの声が聞こえるから)。

ラフG メーリム53歳

女 ー

ラフH メーリム54歳

女【ラフ民族の衣装について】 観光客がいないときや寝るときも民族衣装を着ている。

ラフI メーリム56歳

女【民芸品について】 販売する民族衣装は1着作るのに1ヶ月かかる。2500THBで販売する。

【ラフ民族の文化いついて】 お正月の祭りではお酒を呑む。

ラフJ チェンライ64歳

女【ラフ民族の文化について】 お正月には宴会があり、豚を殺しておせち料理をつくる。 ラフ民族の男性は狩りが好き。

アカF メーリム

23歳

【アカ民族の文化について】 民族衣装を着たまま寝るが、帽子はとる。 アカ民族の男性は狩りが好き。

【民芸品について】 刺繍を施したポーチは作るのに2日かかり、材料費は50THB。150THBで売っている。

【自由時間について】 自由な時間ができたら読書するのが好き。

アカG メーリム32歳

女【自由時間について】 自由な時間ができたら薪を拾いに行ったりする。

アカH メーリム34歳

女 ー

アカI メーリム36歳

女【自由時間について】 自由な時間ができたら刺繍したり薪拾いに行ったりする。

アカJ メーリム52歳

女 ー

付属資料① 尐数民族に関するインタビュー結果 メーリム

3

(出典:現地調査を基に筆者作成)

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(出典:現地調査を基に筆者作成)

付属資料② ツアー会社に関するインタビュー結果1

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(出典:現地調査を基に筆者作成)

付属資料② ツアー会社に関するインタビュー結果

2

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(出典:現地調査を基に筆者作成)

付属資料② ツアー会社に関するインタビュー結果

3

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(出典:現地調査を基に筆者作成)

付属資料③ 価格調査結果

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コンビニ トイレットペーパー ティッシュ 生理用品 おむつ 個人薬局 石鹸 歯磨き粉6ロール:62THB 3箱:95THB 22個:85個 20個:139THB 1個:13THB 90g:12THB

固形石鹸 洗濯用液体洗剤 洗濯用粉洗剤 食器用液体洗剤ショッピングモール A4ノート 鉛筆 ボールペン

4個:22.5THB 500ml:59THB 120g:10THB 800ml:47THB 1冊:16THB 12本:37THB 3本:15THB

お米 大豆油 粉ミルク ←13.6食分 市場 生魚 肉団子 エビ 生魚袋詰め

5kg:169THB 1ℓ:53THB 600g:182THB 1kg:100THB 1kg:100THB 1kg:320THB 1袋:60THB

コンビニ2 洗濯用粉洗剤 ボールペン A4ノート 食塩 さやえんどう いんげん プチヴェール 青梗菜120g:9THB 2本:9THB 1冊:6THB 85kg:10THB 1袋:20THB 1袋:20THB 1袋:20THB 1株:10THB

卵 飲料水 タマネギ トマト 乾麺(米) 米10個:60THB 2ℓ:13THB 1袋:10THB 1袋:10THB 500g:17THB 1kg:36THB

ドラッグストア 歯ブラシ 歯磨き粉 鶏肉 豚肉 卵1本:47THB 90g:30THB 1羽:120THB 1kg:130THB 10個:40THB

(出典:現地調査を基に筆者作成)

付属資料③ 価格調査結果

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謝辞

本論文を作成するにあたり、インタビュー調査のご協力をいただいたタイ北部に居

住しているカレン民族、ラフ民族、アカ民族の方々、ツアー会社の方々、尐数民族の

方々へのインタビュー時、通訳をしてくださいましたガイドの方々に感謝致します。

また、指導教官である杉田映理准教授には細部に渡るまで熱心なご指導をいただき、

心よりお礼申し上げます。

2 年間にわたり互いに切磋琢磨してきた優しく努力家なゼミ生をはじめ、ご協力い

ただきました皆様に心から感謝の気持ちを申し上げたく、謝辞に代えさせていただき

ます。