スケッチにみられる篠原一男の構想段階におけるかたちの創 …久我山の家...

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久我山の家 久我山の家 その2 谷川俊太郎さんの家 狛江の家 茅ヶ崎の家 から傘の家 大屋根の家 土間の家 花山北の家 朝倉摂氏の家 白の家 地の家 山城さんの家 鈴庄さんの家 花山南の家 未完の家 篠さんの家 直方体の森 同相の谷 海の階段 空の矩形 久ヶ原の住宅 東玉川の住宅 成城の住宅 直角 3 角柱 谷川さんの住宅 軽井沢旧道の住宅 糸島の住宅 上原通りの住宅 花山第 3 の住宅 愛鷹裾野の住宅 上原曲がり道の住宅 DOM 本社屋計画案 花山第 4 の住宅 後藤さんの住宅 高圧線下の住宅 日本浮世絵博物館 東玉川コンプレックス ハウス イン ヨコハマ 第 2 国立劇場 東京工業大学百年記念館 花山の病院 テンメイハウス ハネギコンプレックス 「パリ、建築とユートピア」出展作 ホテルインユーラリール計画 アガディア・コンヴェンションセンター K2 ビルディング 熊本北警察署 同相の谷 増築計画 日本浮世絵博物館 新館 未完の家 増築計画 ハンブルグ都市開発ワークショップの計画 ヘルシンキ現代美術館 「横浜港国際客船タミナル国際建築設計競技」入選案 蓼科山地の初等幾何 作品との対応不明 展示計画 その他本の表紙 , 風景等家具 作品名 竣工年 表2. 篠原一男の図面資料の作品別一覧表(枚) 発表 表2注:一枚の資料に複数の作品が描かれている場合は作品ごとに重 複して数える。実作品では竣工年を、計画作品は発表年を記載。 1954 1958 1958 1960 1960 1961 1961 1963 1965 1966 1966 1966 1967 1968 1968 1970 1970 1971 1971 1971 1971 1972 1973 1973 1974 1974 1975 1976 1976 1977 1977 1978 1980 1980 1981 1981 1982 1982 1984 1986 1987 1988 1988 1988 1989 1990-92 1990 1990 1990 1991 1992 1992 1993 1993 1995 小原邸 佐野邸 中井邸 鈴木邸 原島邸別邸 兼岡邸 タイトルなし(住宅) 篠さんの家 増築 花山南の家 増築 北広アパート 花山マンション 京都桃山マンション 田澤ビル 田中ビル 国際フォーラム 神奈川大学 計(枚) 設計図書 建物、工作物の 製作や施工の実 施のために必要 な図面その他の 書類の総称。 原図 基本設計を図面化したものの原本。配置図、平面図、立面図、その他必要に応じて種々の 検討結果を示す図面などが含まれる。実作品と対応した、実務的情報が記載されている。 青焼き図および青焼き製本  原図の青焼き。原図が残っていないものもある。詳細図、リストなどを含み、設計された 建築の細部に至るすべてを把握できるようになっている。 発表用図面 雑誌や書籍、展覧会等での作品発表のために作成された図。省略された図、詳細図等もある。 スケッチ 設計活動の過程で構想を発展させる、またはまとめる目的で作成された図。必ずしもフリーハンドで描 いたものとは限らない。原図のコピーや平面模型の上に図を描き足したものもある。 表 1. 篠原一男の図面資料の内訳 0 0 0 0 3 35 6 5 0 0 31 7 0 0 70 52 149 623 スケッチ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 1 1 3 51 65 0 11 75 52 143 20 73 63 14 51 50 87 30 36 31 41 230 25 179 23 16 43 60 6 160 56 827 3598 9 55 設計図書 青焼 原図 10 9 22 10 13 12 12 0 32 10 22 32 10 14 29 13 24 14 21 19 35 23 24 20 15 42 19 38 22 43 24 27 0 28 12 26 47 32 176 0 125 79 92 1 0 0 0 48 57 29 68 28 0 0 0 0 0 0 9 0 0 10 38 18 29 22 42 41 13 15 24 15 28 13 18 31 39 42 32 21 14 35 23 39 29 48 24 72 0 31 13 40 59 31 50 0 71 92 23 28 0 27 0 110 136 41 71 0 0 0 0 0 0 0 102 0 13 15 16 14 0 24 0 0 0 22 185 102 10 16 0 0 0 0 0 0 10 0 0 0 3 0 84 114 29 0 0 0 1838 2029 5 0 0 0 2816件3558枚 1838件1838枚 71件2029枚 枚数未確認 1. 序 建築家・篠原一男(1925-2006)は 1954 年に最初の建築作品を発表し、以降約半 世紀の間、住宅を中心に建築作品とその設計論を展開させ、多くの建築家に影響を与え た。篠原の作品は既往の研究や論考で多く取り上げられてきたが、そこで用いられる資 料は建築専門誌や作品集で公表されたものであった。本研究では、東京工業大学に残さ れた、篠原一男の設計活動に関する資料 注1) (以下、篠原一男資料)のうち、未発表資 料を含む図面資料(原図、青焼き図、発表用図面およびスケッチ)を整理・分析し、そ の中でも篠原の真筆のスケッチについて、各作品の描画の内容を検討したうえで、最終 案のアイデアに至る以前と以降に分類する。特に最終案に至る以前の設計案について意 匠論的観点から考察することで、これまで明らかにされていない構想段階における設計 案のかたちの創出について捉えることを目的とする。 2. 篠原一男の図面資料の総体 篠原一男の図面資料をスケッチ、設計図書、発表用図面から捉え、それぞれの点数 注 2) を整理した(表1)。さらに、図面資料のうちスケッチと設計図書について、作品の対 応を確認することで 注 3) 作品別の図面資料の枚数を明らかにした(表2)。なお、作品 については、建築作品であるか否か、および書籍や展覧会などで発表されているか否か で分類している。発表されている作品に着目すると、設計図書は年代に偏りなく存在す るのに対し、スケッチは 1973 年竣工の「東玉川の住宅」 注 4) 以前のものは確認されて おらず、第3の様式以降に数の偏りがあることがわかった。こうしたスケッチの偏りか らは資料が篠原によって意図的に選定された可能性が推察される 注 5) 。また、12 の未発 表の建築作品に関する設計図書がみられ、そのなかには発表されている作品の別の計画 案も確認された。 3. 篠原一男のスケッチ 本章では図面資料のうち、スケッチ 3558 枚について、用紙 の種類とサイズから形式的特徴を、描画の種類と点数から内容 的特徴をそれぞれを確認し、スケッチに関する基礎情報を整理 する(図1)。 3-1. スケッチ全般の特徴  まずスケッチの形式的特徴につ いて整理したところ、用紙の種類はトレーシングペーパーが多 く、用紙のサイズではA3が多かった(表3)。トレーシングペー パーは基本的には1枚ずつの紙であるが、それを折り曲げたり、 重ねたりしてスケッチを描き足しているものもあった。また、 用紙の種類としては、旅先でスケッチしたと推測されるホテル のメモ帳等も 2 割程度みられた。次に、スケッチにおける描 画の種類について、平面図のみ、立面図もしくは断面図のみ(以 下、立・断面図)、平面図と立・断面図の併記された図、およ びそれら以外に分類した(表 4)。その結果、スケッチの数は 平面図と立・断面図ではほぼ同数であった。さらに、スケッチ に描かれている最小単位を図と設定し、その点数を整理した。 そして、描画の種類と描画点数の関係について検討すると、平 面図においては 1 点のみ描いているスケッチが多かった。一 方、立・断面図においては、一点のみ描いているスケッチが多 いものの、4点以上描いているスケッチも多くみられた。こう した立・断面図を4点以上描くスケッチは、類似した形状の立・ 断面図を複数点描き、図の内部の開口や架構の検討を行ってい ると推測されるものが多かった。さらにスケッチには階段や家 具など建築の具体的な部位や部材の描き込みがみられたため、 それを[具体表記]とし、その有無を、図面の具体性の指標と した。 3-2. 作品ごとの特徴 本節では発表された建築作品のうち 10 枚以上のスケッチが残る 27 作品に着目し、該当するスケッ チ(2525枚)について、前節で検討した描画の種類、 [具体表記] の有無を整理した(表 5)。また、日付の記載の有無も検討し ている。まず日付の記載の有無を確認したところ、日付の記載 されたスケッチは少なかった。記載された日付については、ど の作品も竣工年付近の日付が記載されていた。次に、図面の種 類について住宅作品か否かで比較すると、住宅作品のスケッチ は平面図のみで構成されていることが多いのに対し、非住宅作 品ではスケッチが立・断面図のみで構成されている傾向にある。 また[具体表記]の有無についても、住宅作品か否かで比較し たところ、住宅作品では[具体表記]のあるスケッチが多くみ られ、非住宅作品では[具体表記]のないスケッチが多くみら れる傾向にある。こうした傾向に対して、「上原曲り道の住宅」 表5注:枚数が1枚以下の5作品は分類しない。「「パリ、建築とユートピア」出展作」 と「横浜港国際客船ターミナル国際建築設計競技」入選案」は作品名が長いため、作品名の 前半のみ記載する。 具体表記 なし あり 描画の種類 立,断面 平面 平面+立,断面 糸島の住宅 上原通りの住宅 愛鷹裾野の住宅 上原曲がり道の住宅 DOM本社屋計画案 花山第4の住宅 後藤さんの住宅 高圧線下の住宅 日本浮世絵博物館 東玉川コンプレックス ハウス イン ヨコハマ 第2国立劇場 東京工業大学百年記念館 花山の病院 テンメイハウス ハネギコンプレックス 「パリ、建築とユトピア」 ホテルインユラリル計画 アガディア・コンヴェンションセンタK2ビルディング 熊本北警察署 同相の谷 増築計画 日本浮世絵博物館 新館 未完の家 増築計画 ヘルシンキ現代美術館 「横浜港国際客船タミナル」 蓼科山地の初等幾何 51 65 11 75 52 143 20 73 63 14 51 50 87 30 36 31 41 230 25 179 23 16 43 60 160 56 827 日付あり 日付の記載 表5. 作品ごとの内容の内訳 作品名 表4注平面図、立・断面図には、その描画以外にパースや不明図を含む場合もある。スケッ チブックに記載された文書等は描画のないスケッチとして分類する。 *描画なし:57 表4. 描画点数と描画の種類の関係(枚/ 計3558枚) 平面図+立・断面図 その他 1131 470 461 684 176 85 186 427 247 117 141 84 55 163 86 119 675 443 平面図のみ 1252 立・断面図のみ 1点 1252 593 376 1280 2点 3点 4点 描画点数 :1点 平面図のみ 立・断面図のみ 描画点数 4点以上 図2. 具体表記の有無(枚/ 計2525枚) 具体表記 家具、ドア、階段の 具体的な描き込み あり 735 なし 1790 ドア 家具 階段 凡例 上原通りの住宅 (平面図) 表3. 用紙の種類とサイズ(枚/ 計3558枚) 44 B3以上 2138 A3 136 A4 341 B4 374 B5以下 525 不整形 2502 72 733 232 トレーシングペーパー 普通紙 スケッチブック、メモ帳 上記以外 図1. 篠原一男のスケッチの例 作品名 蓼科山地の初等幾何 日付 あり 描画の種類 平面+立・断面図 用紙の種類 用紙サイズ A3 描画点数 4点以上 具体表記 なし トレシングペ パ 日付 立面図 その他 平面図 用紙の種類 用紙のサイズ スケッチにみられる篠原一男の構想段階におけるかたちの創出 篠原一男の図面資料に関する研究 Conceptual Implications in the Architectural Sketches of Kazuo Shinohara: A Study of the Kazuo Shinohara Drawing Collection 奥山研究室 11M30351 藤本 章子 (FUJIMOTO, Akiko) keywords : 篠原一男、 図面資料、 スケッチ KAZUO SHINOHARA, drawing collection, sketches

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Page 1: スケッチにみられる篠原一男の構想段階におけるかたちの創 …久我山の家 久我山の家 その2 谷川俊太郎さんの家 狛江の家 茅ヶ崎の家

久我山の家久我山の家 その2谷川俊太郎さんの家 狛江の家茅ヶ崎の家から傘の家大屋根の家土間の家花山北の家朝倉摂氏の家白の家地の家山城さんの家鈴庄さんの家花山南の家未完の家篠さんの家直方体の森同相の谷海の階段空の矩形久ヶ原の住宅東玉川の住宅成城の住宅直角 3 角柱谷川さんの住宅軽井沢旧道の住宅糸島の住宅上原通りの住宅花山第 3 の住宅愛鷹裾野の住宅上原曲がり道の住宅DOM 本社屋計画案花山第 4 の住宅後藤さんの住宅高圧線下の住宅日本浮世絵博物館東玉川コンプレックスハウス イン ヨコハマ第 2 国立劇場東京工業大学百年記念館花山の病院テンメイハウスハネギコンプレックス

「パリ、建築とユートピア」出展作ホテルインユーラリール計画アガディア・コンヴェンションセンターK2 ビルディング熊本北警察署同相の谷 増築計画日本浮世絵博物館 新館未完の家 増築計画ハンブルグ都市開発ワークショップの計画ヘルシンキ現代美術館

「横浜港国際客船ターミナル国際建築設計競技」入選案蓼科山地の初等幾何

作品との対応不明

展示計画その他(本の表紙 , 風景等)家具

作品名竣工年

建築作品

発表

未発表

非建築

表2. 篠原一男の図面資料の作品別一覧表(枚)

発表

表2注:一枚の資料に複数の作品が描かれている場合は作品ごとに重複して数える。実作品では竣工年を、計画作品は発表年を記載。

1954195819581960196019611961196319651966196619661967196819681970197019711971197119711972197319731974197419751976197619771977197819801980198119811982198219841986198719881988198819891990-92199019901990199119921992199319931995

小原邸佐野邸中井邸鈴木邸原島邸別邸兼岡邸タイトルなし(住宅)篠さんの家 増築花山南の家 増築北広アパート花山マンション京都桃山マンション田澤ビル田中ビル国際フォーラム神奈川大学

計(枚)

設計図書建物、工作物の製作や施工の実施のために必要な図面その他の書類の総称。

原図 基本設計を図面化したものの原本。配置図、平面図、立面図、その他必要に応じて種々の検討結果を示す図面などが含まれる。実作品と対応した、実務的情報が記載されている。

青焼き図および青焼き製本 原図の青焼き。原図が残っていないものもある。詳細図、リストなどを含み、設計された建築の細部に至るすべてを把握できるようになっている。

発表用図面 雑誌や書籍、展覧会等での作品発表のために作成された図。省略された図、詳細図等もある。

スケッチ 設計活動の過程で構想を発展させる、またはまとめる目的で作成された図。必ずしもフリーハンドで描いたものとは限らない。原図のコピーや平面模型の上に図を描き足したものもある。

表 1. 篠原一男の図面資料の内訳

00003

356500

31700

7052

149623

スケッチ000000000000000000000020113

5165

0117552

1432073631451508730363141

23025

17923164360

6160

56827

3598

955

設計図書青焼原図

109

2210131212

0321022321014291324142119352324201542193822432427

02812264732

1760

1257992

1000

4857296828

0000

00900

103818292242411315241528131831394232211435233929482472

0311340593150

071922328

027

0110136

4171

00000

00

102 0

13151614

024

000

22185102

1016

00

0000

1000030

84114

29000

1838 2029

50

00

2816件3558枚

1838件1838枚

71件2029枚

枚数未確認

1. 序 建築家・篠原一男(1925-2006)は 1954 年に最初の建築作品を発表し、以降約半

世紀の間、住宅を中心に建築作品とその設計論を展開させ、多くの建築家に影響を与え

た。篠原の作品は既往の研究や論考で多く取り上げられてきたが、そこで用いられる資

料は建築専門誌や作品集で公表されたものであった。本研究では、東京工業大学に残さ

れた、篠原一男の設計活動に関する資料注1)(以下、篠原一男資料)のうち、未発表資

料を含む図面資料(原図、青焼き図、発表用図面およびスケッチ)を整理・分析し、そ

の中でも篠原の真筆のスケッチについて、各作品の描画の内容を検討したうえで、最終

案のアイデアに至る以前と以降に分類する。特に最終案に至る以前の設計案について意

匠論的観点から考察することで、これまで明らかにされていない構想段階における設計

案のかたちの創出について捉えることを目的とする。

2. 篠原一男の図面資料の総体 篠原一男の図面資料をスケッチ、設計図書、発表用図面から捉え、それぞれの点数注 2)

を整理した(表1)。さらに、図面資料のうちスケッチと設計図書について、作品の対

応を確認することで注 3)作品別の図面資料の枚数を明らかにした(表2)。なお、作品

については、建築作品であるか否か、および書籍や展覧会などで発表されているか否か

で分類している。発表されている作品に着目すると、設計図書は年代に偏りなく存在す

るのに対し、スケッチは 1973 年竣工の「東玉川の住宅」注 4)以前のものは確認されて

おらず、第3の様式以降に数の偏りがあることがわかった。こうしたスケッチの偏りか

らは資料が篠原によって意図的に選定された可能性が推察される注 5)。また、12 の未発

表の建築作品に関する設計図書がみられ、そのなかには発表されている作品の別の計画

案も確認された。

3. 篠原一男のスケッチ  

 本章では図面資料のうち、スケッチ 3558 枚について、用紙

の種類とサイズから形式的特徴を、描画の種類と点数から内容

的特徴をそれぞれを確認し、スケッチに関する基礎情報を整理

する(図 1)。

3-1. スケッチ全般の特徴  まずスケッチの形式的特徴につ

いて整理したところ、用紙の種類はトレーシングペーパーが多

く、用紙のサイズでは A3 が多かった(表 3)。トレーシングペー

パーは基本的には1枚ずつの紙であるが、それを折り曲げたり、

重ねたりしてスケッチを描き足しているものもあった。また、

用紙の種類としては、旅先でスケッチしたと推測されるホテル

のメモ帳等も 2 割程度みられた。次に、スケッチにおける描

画の種類について、平面図のみ、立面図もしくは断面図のみ(以

下、立・断面図)、平面図と立・断面図の併記された図、およ

びそれら以外に分類した(表 4)。その結果、スケッチの数は

平面図と立・断面図ではほぼ同数であった。さらに、スケッチ

に描かれている最小単位を図と設定し、その点数を整理した。

そして、描画の種類と描画点数の関係について検討すると、平

面図においては 1 点のみ描いているスケッチが多かった。一

方、立・断面図においては、一点のみ描いているスケッチが多

いものの、4点以上描いているスケッチも多くみられた。こう

した立・断面図を 4 点以上描くスケッチは、類似した形状の立・

断面図を複数点描き、図の内部の開口や架構の検討を行ってい

ると推測されるものが多かった。さらにスケッチには階段や家

具など建築の具体的な部位や部材の描き込みがみられたため、

それを[具体表記]とし、その有無を、図面の具体性の指標と

した。

3-2. 作品ごとの特徴  本節では発表された建築作品のうち

10 枚以上のスケッチが残る 27 作品に着目し、該当するスケッ

チ(2525 枚)について、前節で検討した描画の種類、[具体表記]

の有無を整理した(表 5)。また、日付の記載の有無も検討し

ている。まず日付の記載の有無を確認したところ、日付の記載

されたスケッチは少なかった。記載された日付については、ど

の作品も竣工年付近の日付が記載されていた。次に、図面の種

類について住宅作品か否かで比較すると、住宅作品のスケッチ

は平面図のみで構成されていることが多いのに対し、非住宅作

品ではスケッチが立・断面図のみで構成されている傾向にある。

また[具体表記]の有無についても、住宅作品か否かで比較し

たところ、住宅作品では[具体表記]のあるスケッチが多くみ

られ、非住宅作品では[具体表記]のないスケッチが多くみら

れる傾向にある。こうした傾向に対して、「上原曲り道の住宅」

表5注:枚数が1枚以下の5作品は分類しない。「「パリ、建築とユートピア」出展作」と「横浜港国際客船ターミナル国際建築設計競技」入選案」は作品名が長いため、作品名の前半のみ記載する。

具体表記なしあり

住宅非住宅

描画の種類立,断面平面 平面+立,断面 他

糸島の住宅上原通りの住宅愛鷹裾野の住宅上原曲がり道の住宅DOM本社屋計画案花山第4の住宅後藤さんの住宅高圧線下の住宅日本浮世絵博物館東玉川コンプレックスハウス イン ヨコハマ第2国立劇場東京工業大学百年記念館花山の病院テンメイハウスハネギコンプレックス「パリ、建築とユートピア」ホテルインユーラリール計画アガディア・コンヴェンションセンターK2ビルディング熊本北警察署同相の谷 増築計画日本浮世絵博物館 新館未完の家 増築計画ヘルシンキ現代美術館「横浜港国際客船ターミナル」蓼科山地の初等幾何

5165117552

1432073631451508730363141

23025

17923164360

16056

827

日付あり日付の記載

表5. 作品ごとの内容の内訳

作品名 枚数

表4注:平面図、立・断面図には、その描画以外にパースや不明図を含む場合もある。スケッチブックに記載された文書等は描画のないスケッチとして分類する。

*描画なし:57

表4. 描画点数と描画の種類の関係(枚/ 計3558枚)平面図+立・断面図 その他1131

470461

68417685

186

427247117

1418455

163

86119

675 443平面図のみ 1252立・断面図のみ1点 1252

593376

1280

2点3点4点~

描画点数:1点平面図のみ 立・断面図のみ 描画点数:4点以上

描画点数

図2. 具体表記の有無(枚/ 計2525枚)

具体表記家具、ドア、階段の具体的な描き込み

あり735

なし1790

ドア

家具

階段

凡例上原通りの住宅

(平面図)

表3. 用紙の種類とサイズ(枚/ 計3558枚)

44B3以上2138A3

136A4341B4374B5以下 525不整形

250272

733232

トレーシングペーパー普通紙スケッチブック、メモ帳上記以外

図1. 篠原一男のスケッチの例

作品名蓼科山地の初等幾何

日付あり

描画の種類 平面+立・断面図

用紙の種類

用紙サイズ A3

描画点数 4点以上

具体表記 なし

形式

内容

トレ-シンク ベ ー゚ハ ー゚

日付 立面図その他 平面図

用紙の種類 用紙のサイズ

スケッチにみられる篠原一男の構想段階におけるかたちの創出篠原一男の図面資料に関する研究

Conceptual Implications in the Architectural Sketches of Kazuo Shinohara:A Study of the Kazuo Shinohara Drawing Collection

奥山研究室 11M30351 藤本 章子 (FUJIMOTO, Akiko)

keywords : 篠原一男、 図面資料、 スケッチ

 KAZUO SHINOHARA, drawing collection, sketches

Page 2: スケッチにみられる篠原一男の構想段階におけるかたちの創 …久我山の家 久我山の家 その2 谷川俊太郎さんの家 狛江の家 茅ヶ崎の家

や「花山第4の住宅」のように住宅作品ではあるものの[具体

表記]のない抽象的なスケッチが多くみられた作品もあった。

4. 構想段階のスケッチにみられるかたち  4-1. 図の選別  本章では表 5 に挙げられている作品のうち、

50 枚以上のスケッチが残っている住宅 6 作品に着目して、検

討する。スケッチにおける全ての図を通覧したところ、最終的

な設計案に類似した図もあれば、異なる図もあった。そこで、

最終案に至る以前の図を〈構想図〉、最終案が決定した後の図

を〈確定図〉と定義した(図 3)。各作品ごとに〈構想図〉と〈確

定図〉の点数の比について注目すると(図4)、「高圧線下の住

宅」は他の作品と比べて、確定図の割合が高い。これは敷地の

条件が厳しく、最終案である高圧線規制によって決定した屋根

形状の確定が早かったためと推測される。

4-2. 構想段階における設計案のかたち  本節では最終案

と検討の方向性が異なると推察される図である〈構想図〉に着

目することで検討を進める。〈構想図〉は作品ごとに、同じよ

うなアイデアの方向性を持った図同士にまとめることができる

( 図3)。この共通した案のまとまりの特徴を〔スキーム〕と定

義した。〔スキーム〕は平面図、立・断面図ごとに、外形に影

響を与えるもの、図の内側で操作が行われるものの計 8 タイ

プで捉えることができた。

 次に各作品の〔スキーム〕を検討するために、平面図と立・

断面図に各作品ごとに〔スキーム〕のまとまりを振り分け、図

6 に示した。立・断面図よりも平面図の割合が大きい作品は「糸

島の住宅」、「上原曲り道の住宅」であり、立・断面図の割合が

大きい作品は「花山第4の住宅」である。まず、「糸島の住宅」

では平面に複数の〔スキーム〕が見られ、特に対になる2つの

ボリュームの配置について多くの図がみられた。これは建築面

積に余裕のある敷地において、建物のボリュームの配置を検討

するものである。一方、「上原曲り道の住宅」は、都心で敷地

の面積が制限されていても敷地平面の分割の検討と建築の外形

に対する試行をおこなっていた。また、「上原曲り道の住宅」

は平面図に比べて、立・断面図の図の点数が少ないが、3つの

〔スキーム〕が検討されている。次に、「ハウスインヨコハマ」

では平面図、立・断面図ともに同程度の〔スキーム〕がみられた。

「ハウスインヨコハマ」のスケッチには平面図にも立面図にも、

複数の図形の組合せから、多様な外形輪郭をつくるといった、

他の作品にはみられない「ハウスインヨコハマ」に固有の [ ス

キーム〕がみられた。「高圧線下の住宅」では〔スキーム〕の

種類はあまり見られなかった。「上原通りの住宅」では、平面

図でのに〔スキーム〕の種類は多くなかったが、立面で架構と

キャンチレバーが整合性を持つように検討されている。これは

「上原通りの住宅」の立面に開口の配置を検討している〔スキー

ム〕と架構とキャンチレバーの組合せが決定し、屋根をのせる

ことなどで付加的にバリエーションを検討していた〔スキーム〕

の比較からも推察することができる。「上原通りの住宅」だけ

でなく篠原のスケッチには、頻繁に架構の配置がみられる。「花

山第4の住宅」では立・断面図について、大半の図に具体的な

架構の検討がみられた。また、「上原曲り道の住宅」と「高圧

線下の住宅」では外殻を支える架構の〔スキーム〕が見られた。

作品を越えて共通するスキームとしては、図形や開口部等の要

素が配置される〔スキーム〕や面を分割することで、ボリュー

ムの検討等を行う〔スキーム〕も作品を越えてみられた。

5. 結  以上、篠原一男の構想段階におけるスケッチの方向性に

ついて、作品ごとに整理することで、篠原一男のかたちの創出

について考察した。その結果、「上原曲り道の住宅」と「高圧

線下の住宅」の平面図にみられるような変化しない建築の外形

について架構を構想する図のまとまりから捉えられる、作品を

越え共通するアイデアの方向性や「ハウスインヨコハマ」の平

面図と立面図でみられる、図形の組合せによる外形の検討と

いった、作品固有のアイデアの方向性があることを明らかにし

た。このように、篠原一男はかたちの創出に対して、架構の配

置や面の分割、要素の配置といった頻繁にしようするデザイン

の手法と作品に固有のデザインを並走させ多様な方向性を模索

していたというデザインの手法を見出した。

図6. 各作品における平面図、立・断面図ごとのスキームの種類

図3. 分析例 図4. 構想図と確定図 図5. スキームの種類

1)

2)

3)

4)

5)

■既往論文

■参考文献

篠原一男の設計活動に関する資料は平面に描かれた図面資料と書籍や写真、家具

等の図面資料以外からなる。

資料数の数え方は、図を表す最小単位を「点」、図面1枚を「枚」とし、青焼き製

本等の冊子については、ひとつのまとまりをもった単位を「件」とする。

スケッチと作品との対応は、設計図書や敷地の表記、メモ等を参考に決定した。

建築作品の作品名や基本的な情報は『篠原一男』(篠原一男 ,TOTO 出版 ,1996 年

7 月)の巻末「作品データ」を参考にしている。

スケッチは生前に篠原が自身で選定したもので、遺族からの連絡により保管され

ている

早坂環 , 太記祐一 ; 篠原一男の建築作品における形態構成の変遷 ー後期の大規模建

築についてー , 日本建築学会九州支部研究報告 , 第 47 号 2008 年 3 号

林直樹 , 土井義岳 ; 篠原一男の「亀裂」 その時代を語るキーワードとして , 日本

建築学会九州支部研究報告 , 第 46 号 2007 年 3 号

梅田武宏 , 末包伸吾他 ; 篠原一男の独立住宅作品における空間構成とその手法に関

する研究 ー室の構成と集合形式に注目してー , 平成 18 年度 日本建築学会近畿支

部 研究報告集

『篠原一男』( 篠原一男 , TOTO 出版 , 1996 年 7 月 )、『アフォリズム・篠原一男の

空間言説』( 鹿島出版会 0403)、『篠原一男 住宅図面』( 彰国社 0801)、『建築家・

篠原一男 幾何学的想像力』(多木浩二 , 青土社 , 2007 年 7 月)

立・断面図 発表図発表図 平面図

5

193 356

5974

4570 25

4379

2062

2192

172

42

71

167

36

15

Sv1-2/14

Sh2-2/10 Sv3-6/14Sv2-1/2Sv1-2/5Sh1-5/15 Sh3-5/16

Sh1-7/20

Sh1-3/9 Sh2-3/8 Sv1-2/37

Sv1-3/53 Sv2-3/51 Sv3-2/4 Sv5-3/11 Sv6-3/3 Sv9-1/5Sv7-1/3 Sv8-1/4

Sv2-2/8 Sv3-2/9 Sv4-8/12

Sv2-6/28 Sv3-1/6Sv1-3/8

Sv3-3/24Sv1-1/4 Sv2-1/4

Sv4-5/12Oh-1/5

Oh-1/4

Ov-1/4

Ov-1/5

Ov-2/21

Ov-1/4

Ov-1/1

Oh-1/1

Oh-1/4

Sh1-4/31 Sh2-2/9 Sh3-4/8 Sh4-1/5 Oh-2/6

敷地平面の分割と架構の配置

Sh1-4/18

矩形平面でのプランニング

矩形平面での架構の配置

T字平面でのプランニング

敷地形状に順応した形と架構

敷地形状と分離した形と架構

ボリュームが浮遊した形と架構

ボリュームが浮遊した形と架構

矩形内の架構 矩形内の架構 家型内の架構 要素の配置ボリュームの反復と架構

片側キャンチレバーと架構の整合

両側キャンチレバーと架構の整合

門型ボリュームと架構の整合

要素の配置矩形平面でのプランニング

外殻を支える架構

要素の配置 要素の配置

異なる形の組合せ

要素の配置 要素の配置

Sh2-3/7

図形の組合せ

Sh3-1/5

異なる形の組合せ

Sh4-4/12

異なる形の組合せ

矩形平面での架構の配置

2つの対になるボリュームの配置

単一ボリュームの変形

ボリュームの複数分割

ボリュームの複数分割

単一ボリュームの分割

敷地平面の分割

外殻を支える架構

放射状のパタン 面の分割

架構の配置

面の分割

面の分割

架構の配置

要素の配置

糸島の住宅

上原曲がり道の住宅

ハウスインヨコハマ

高圧線下の住宅

上原通りの住宅

花山第4の住宅

キャンチレバー と架構によるスペース

キャンチレバー と2本の方杖

外殻を支える柱

外殻を支える柱

高圧線によって規定された外形

5

25

4

30

27

3

(87・51)

(122・65)

(86・75)

(227・143)

(97・73)

(90・51)

糸島の住宅

上原通りの住宅

上原曲り道の住宅

花山第4の住宅

高圧線下の住宅

ハウスインヨコハマ

確定図の判別(平面)

確定図の判別(立・断面)

(図の点数・スケッチ総枚数)

82 59 15 8

97 21 71 5

82 45 25 12

197 5 167 25

70 20 42 8

87 43 36 8

平 立断他総

構想図(点)作品名 確定図(点) スキームの種類

スキームの種類

総数

架構の一部30

3

15

15

外形3

1

10

外部の立方体軸線 5

柱,階段の位置12

図の選別

スキームの抽出

立・断面図

構想図(97点)

構想図:最終的な設計案に至る    以前の図。

確定図:最終的な設計案に至る    以降の図。

スキーム:同じ方向性をもった     図のあつまり。

確定図(25点)

( スケッチ 65 枚 )上原通りの住宅

Sv1-2/37Sv1凡例

スキームの種類数

スキーム名(平面図 :h、立・断面図 :v)

図の点数共通点をもつ

まとまり

片側キャンチレバーと架構の整合

両側キャンチレバーと架構の整合

門型ボリュームと架構の整合

要素の配置

その他(O)

外11

内27

平面(15)

複数ボリュームの配置

図形の組合せ

架構の配置

図形の組合せ

要素の配置

要素の配置 面の分割

架構の配置

立・断面(23)

面の分割

架構の配置

3

1

8

3

1

6

3

139 28