イオン液体中での光化学反応によって生成するラジカル対の拡散...

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イオン液体中での光化学反応によって生成するラジカル対の拡散運動 矢後友暁 【序】イオン液体は、カチオンおよびアニオンから分子からなる常温で液体の物質であり、その 物性を明らかにするため、現在様々な研究が進められている。埼玉大・若狭研究室においては、 イオン液体中での化学反応の反応機構を明らかにするため、分子間の光化学反応に対する磁場効 果の研究を行ってきた [1,2] 。イオン液体 N,N,N-trimethyl-N-propylammonium bis(trifluoro- methanesulfonyl) imide (TMPA TFSI) 中では、粘度(K)が 1-10 cP 程度の均一溶媒中で観測される 磁場効果と比べ、非常に大きな磁場効果が観測された。しかし、 TMPA TFSI と同様の粘度(K = 55 cP)を持つアルコール溶媒中では、磁場効果はほとんど観測されず、TMPA TFSI 中で観測された 大きな磁場効果は、イオン液体のマクロな粘性では説明できないことがわかった。これらの結果 をもとに、我々はイオン液体中の化学反応モデルとして Cage モデルを提唱してきた。これは、光 化学反応が溶媒によって形成される籠(Cage)中で効果的に進行するため、反応中間体の拡散運 動が強く抑制されるというモデルである。本研究においては、観測された磁場効果を stochastic Liouville equation (SLE)を用いてシミュレーションし、Cage モデルの妥当性を検討した。 【光化学反応に対する磁場効果】光化学反応に対する磁場効果は、量子力学的な原理に基づいて いる。不対電子をもった二つの分子(ラジカル)間で化学結合が形成される場合、不対電子スピ ンの向きが異なっている(一重項状態)必要がある。二つの不対電子スピンの向きがそろってい る(三重項状態)場合には、Pauli の排他原理により化学結合が形成されない。図 1 に、励起三重 項状態のベンゾフェノン( 3 BP*)とチオフェノール(PhSH)間の水素引き抜き反応の反応収量に 対する磁場効果の原理('g 機構)を示す。磁場効果は以下の段階をふんで発現する。 1) 水素引き抜き反応により、二つのラジカルが近接した接触ラジカル対が生成する。反応の 前駆体が励起三重項状態であるため、接触ラジカル対のスピン状態は純粋な三重項である。 このような、二つのラジカルが近接した状態では、不対電子スピンが強く相関しておりス ピン状態は変化せず、Pauli の排他原理より再結合反応も進行しない。 2) 溶液中の拡散運動によりラジカル間の距離は徐々に離れていき、遠隔ラジカル対(ラジカ ル間距離 r 1 nm)が生成する。遠隔ラジカル対においては、不対電子スピン間の相関が 弱く、外部磁場によってラジカル対のスピン状態が変化する。この反応系においては、三 重項のラジカル対の一部が、磁場印加により一重項のラジカル対に変換される。 図1 'g 機構による磁場効果の原理。 R a R b R a R b R a R b r 1 nm Triplet Singlet Triplet Singlet Triplet Singlet 再結合 遠隔ラジカル対での磁場に依存したスピン変換 接触ラジカル対の生成 一重項接触ラジカル対からの再結合 拡散 拡散

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イオン液体中での光化学反応によって生成するラジカル対の拡散運動

矢後友暁

【序】イオン液体は、カチオンおよびアニオンから分子からなる常温で液体の物質であり、その

物性を明らかにするため、現在様々な研究が進められている。埼玉大・若狭研究室においては、

イオン液体中での化学反応の反応機構を明らかにするため、分子間の光化学反応に対する磁場効

果の研究を行ってきた [1,2]。イオン液体 N,N,N-trimethyl-N-propylammonium bis(trifluoro-

methanesulfonyl) imide (TMPA TFSI) 中では、粘度( )が 1-10 cP程度の均一溶媒中で観測される

磁場効果と比べ、非常に大きな磁場効果が観測された。しかし、TMPA TFSIと同様の粘度( = 55

cP)を持つアルコール溶媒中では、磁場効果はほとんど観測されず、TMPA TFSI中で観測された

大きな磁場効果は、イオン液体のマクロな粘性では説明できないことがわかった。これらの結果

をもとに、我々はイオン液体中の化学反応モデルとして Cageモデルを提唱してきた。これは、光

化学反応が溶媒によって形成される籠(Cage)中で効果的に進行するため、反応中間体の拡散運

動が強く抑制されるというモデルである。本研究においては、観測された磁場効果を stochastic

Liouville equation (SLE)を用いてシミュレーションし、Cageモデルの妥当性を検討した。

【光化学反応に対する磁場効果】光化学反応に対する磁場効果は、量子力学的な原理に基づいて

いる。不対電子をもった二つの分子(ラジカル)間で化学結合が形成される場合、不対電子スピ

ンの向きが異なっている(一重項状態)必要がある。二つの不対電子スピンの向きがそろってい

る(三重項状態)場合には、Pauliの排他原理により化学結合が形成されない。図 1に、励起三重

項状態のベンゾフェノン(3BP*)とチオフェノール(PhSH)間の水素引き抜き反応の反応収量に

対する磁場効果の原理( g機構)を示す。磁場効果は以下の段階をふんで発現する。

(1) 水素引き抜き反応により、二つのラジカルが近接した接触ラジカル対が生成する。反応の

前駆体が励起三重項状態であるため、接触ラジカル対のスピン状態は純粋な三重項である。

このような、二つのラジカルが近接した状態では、不対電子スピンが強く相関しておりス

ピン状態は変化せず、Pauliの排他原理より再結合反応も進行しない。

(2) 溶液中の拡散運動によりラジカル間の距離は徐々に離れていき、遠隔ラジカル対(ラジカ

ル間距離 r ≥ 1 nm)が生成する。遠隔ラジカル対においては、不対電子スピン間の相関が

弱く、外部磁場によってラジカル対のスピン状態が変化する。この反応系においては、三

重項のラジカル対の一部が、磁場印加により一重項のラジカル対に変換される。

図 1 g機構による磁場効果の原理。

Ra Rb Ra Rb Ra Rb

r ≥ 1 nm Triplet Singlet

Triplet Singlet

Triplet Singlet 再結合

遠隔ラジカル対での磁場に依存したスピン変換 接触ラジカル対の生成 一重項接触ラジカル対からの再結合

拡散 拡散

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(3) その後、溶液中の拡散運動により二つのラジカル間の距離が小さくなると、再結合反応が

進行する。再結合反応は一重項ラジカル対のみから進行し、遠隔ラジカル対でのスピン変

換を反映する。そのため、反応収量に対する磁場効果が発現する。一方で、拡散運動によ

りラジカル対は散逸し、孤立ラジカルとなる。

この原理から、磁場効果の大きさが、溶液中でのラジカルの拡散運動に強く依存することが分か

る。例えばラジカルの拡散が速く、磁場によるスピン変換速度よりラジカル対の散逸速度が速け

れば、磁場効果は発現しない。大きな磁場効果は、ミセル中などナノメートル程度の空間にラジ

カル対の拡散が束縛されている反応系において観測されている。これは、遠隔ラジカル対でのス

ピン変換と接触ラジカル対からの再結合反応が効率よく起こるためである。

【結果と考察】図 2 にイオン液体中

(BP-PhSH系)で、実際に観測された

磁場効果を示す。磁場効果は、ナノ秒

過渡吸収測定によって、ベンゾフェノ

ンケチルラジカル(BPH・)の収量を

評価することによって得た。印加磁場

の増加に伴い、BPH・の収量は減少し

た。これは、三重項ラジカル対が磁場

印加により一重項ラジカル対に変換さ

れたためである。また、この BPH・の

収量の減少は、1 T程度で飽和した。通

常の均一溶媒中では、20-30 T程度の磁

場で磁場効果が飽和することが知られ

ている[3]。1 T程度での磁場効果の飽和は、

イオン液体中で磁場によるスピン変換お

よび再結合反応が非常に効率よく起こっていることを示している。10-30 T領域での BPH・の収量

の減少は緩和機構によるものと考えられる。

得られた実験結果を SLE計算によりシミュレーションした。SLE計算においては、ラジカル対

の拡散運動、スピンダイナミクスおよび再結合反応を考慮した。ラジカル対の拡散運動は単純な

ブラウン運動と仮定し、球形の Cageからある確率でラジカル対が散逸するモデルを用いた。スピ

ンダイナミクスおよび再結合反応に関与するパラメータは既知であるため[4]、SLE計算における

フィッティングパラメータは、Cage からの散逸する確率および Cage の大きさである。図 2 の実

線で示されるように得られた実験結果は、SLE計算により再現された。この磁場効果は、Cageが

ない条件(均一溶媒モデル)では、再現できず、イオン液体の高い粘性の効果のみでは説明でき

ないことが確認された。SLE計算より、イオン液体中ではラジカル対の拡散が Cage効果により、

強く抑制されていることが明らかになった。詳細は当日議論する予定である。

[1] M. Wakasa J. Phys. Chem. B 111 (2007) 9434. [2] Hamasaki et al. J. Phys. Chem. B 112 (2008) 3375.

[3] Wakasa et al. J. Am. Chem. Soc. 121 (1999) 9191. [4] Hamasaki et al. submitted to J. Phys. Chem. B.

図2:励起三重項状態のベンゾフェノン(3BP*)とチオフェノ

ール(PhSH)間の水素引き抜き反応の反応収量に対する磁場効

果(黒丸)。データは磁場がない条件での収量に規格化されて

いる。実線は SLE計算によるシミュレーション。

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有機 E L 発光過程の磁場・共鳴マイクロ波効果

(独)理化学研究所 坂口喜生

有機 E L 発光は、有機固体中の電荷再結合反応で生じた励起状態からの発光現

象である。有機固体中の電気伝導はバンドモデルで説明できるが、実際のところ

電荷は分子またはポリマーの一単位に局在し、それがホッピングしながら移動す

ると見なして良い。有機分子では2価イオンを作るのはエネルギー的に損なので、

1価イオン、すなわちスピンを伴うラジカルイオンが伝導の主役である。従って、

電荷再結合過程はラジカルイオン対の再結合過程と同等で、外部磁場や共鳴マイ

クロ波の効果が期待できる。

しかし、溶液中の通常のラジカル対またはラジカルイオン対の反応とは以下に

示す3つの点で大きく異なっている。1)ラジカルイオンが動くのではなく、電

荷とスピンだけが移動する。これは、核スピン状態が保存されないこと、拡散運

動がおよそ一定の距離を単位としで起きることなどが溶液系との差である。2)

正・負のラジカルイオンがそれぞれの電極で別個に生成されるため、ラジカルイ

オン対に初期スピン相関が存在しない。光化学反応でも散逸ラジカルの磁場効果

は同様だが、反応の始めから相関がないところに特徴がある。3)発光現象を見

ているため、反応生成物は励起状態が対象になり、励起一重項の生成の方が三重

項より不利になる。これは、発光を見る場合は溶液でも同じである。

また、もともと絶縁体に近い有機物に通電して発光させるため、材料の厚さは

たかだか 1 0 0 n m である。この狭い領域に、発光を利用できるほどの励起分子が

集中するため、発光せず長寿命の三重項状態に由来する、二重項-三重項、三重

項-三重項型の磁場効果も現れ、その磁場効果は研究すべきことが多い。

これまで、低分子 E L 材料として A l q 3(アル

ミニウムのキノリノール錯体)、高分子では P P V

(ポリフェニレンヴィニレン)系を調べて来た。

以下、正孔の移動が容易と考えられている P P V

系について紹介する。図1は E L 素子に右端に示

したピーク電圧を持つパルスを加えた場合の発

光強度の時間変化である。バンドモデルからす

れば、バンドギャップより大きな電圧を加えれ

ば電流が流れ、発光が観測されることになるが、バンドギャップよりかなり大き

な電圧をかけないと十分な強度の発光が得られない。バンドギャップ以上の電圧

は電力の無駄遣いであり、 E L 材料に電流が流れ込み易い構造が重要なことが分

かる。また、低電圧で発光の立ち上がりが遅いのは、正孔や電子の移動速度が電

図1 発光応答の電圧依存性

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場の強さに依存するため、再結合の起きる位置まで移動するのに時間がかかるた

めもあるが、それだけでは説明できないと言われている。

発光強度に対する磁場効果は図2のようになる。

どの電圧においても、磁場とともに発光強度が増

加することが分かる。磁場依存性からは h f c 機構

が推測されるが、通常、散逸ラジカルから磁場に

より増加する生成物は散逸生成物、つまり三重項

状態なはずである。実験結果は一重項が増えるこ

とを示しており、逆である。これは、生成物が励

起状態であるため、一重項励起状態の生成の方が

困難であることを反映し、スピン変換を阻止しな

いと、一重項ラジカルイオン対が三重項に抜けて

しまうことを意味している。図3に 1 0 V 通電時の

R Y D M R スペクトルを示したが、 g = 2 近辺でこれが

撮れることは、磁場効果の主因がラジカルイオン

対にあることを支持する。また、図の様に電流量

に対しても共鳴マイクロ波効果があり、磁場効果

も観測できるが、ラジカルイオン対のみでは電流

量が変化する理由を直接には説明できない。現在のところ励起三重項状態の収量

が原因ではないかと考えている。

図2に示したように、磁場効果の大きさはかけた電圧に依存し、電圧が高くな

ると小さくなる。これは、研究紹介で述べる、電圧遮断後の共鳴マイクロ波効果

の増大と合わせ、ラジカルイオン対間の交換相互作用が電場とともに増大し項間

交差が起こりにくくなるためと結論した。このように、現状では有機 E L の発光

過程のスピン化学には分からないことが山積している。

R e f . “F r a c t i o n s o f s i n g l e t a n d t r i p l e t e x c i t o n s g e n e r a t e d i n

o r g a n i c l i g h t - e m i t t i n g d e v i c e s b a s e d o n p o l y p h e n y l e n e v i n y l e n e

d e r i v a t i v e” , Y . I w a s a k i , T . O s a s a , M . M a t s u m u r a , Y . S a k a g u c h i , a n d

T . Suzuki , P h y s . Rev. B , 2 0 0 6 , 7 4 , 195209.

“M a g n e t i c f i e l d e f f e c t a n d R Y D M R o n t h e e m i s s i o n o f a n

o r g a n i c e l e c t r o l u m i n e s c e n t m a t e r i a l , A l q 3” , Y . S a k a g u c h i , Y .

I w a s a k i , H . O k i m i , K . F u k u n o , M . A s a h i a n d M . M a t s u m u r a , M o l . P h y s . ,

2 0 0 6 , 1 0 4 , 1719 - 1 7 2 5 .

“R e s o n a n t M i c r o w a v e I r r a d i a t i o n E f f e c t o n t h e E m i s s i o n

P r o c e s s o f a n O r g a n i c E l e c t r o l u m i n e s c e n t M a t e r i a l” , H i r o s h i O k i m i ,

Y o s h i o S a k a g u c h i , K o h e i A s a d a , a n d M a s a h i k o H a r a , B u l l . C h e m . S o c .

J p n . 2 0 0 8 , 8 1 , 469 - 4 7 7 .

図2 発光強度の磁場依存性

図3 R Y D M R スペクトル

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ヒドロシリル化法を用いたメソポーラスシリカの有機修飾 帝京科学大学 釘田 強志

表面に Si-H 基を導入したメソポーラスシリカとオレフィンとのヒドロシリル化反応によ

り,細孔内の有機修飾が可能であることを見いだした。そこで本法を用いて,種々の有機

基の導入を行った。導入した有機基はシリカ表面と直接 Si-C 結合しているため,高い耐加

水分解性を有しているこが明らかとなった。 1.緒 言 規則性シリカ多孔体に有機官能基を導入し,触媒や吸着剤として利用する試みが盛んに行

われている。有機修飾にはおもに一置換トリアルコキシシランが用いられているが,固体

表面とシロキサン(Si-O-Si)結合を挟んで存在しているため,加水分解により官能基が遊

離しやすい。辰巳らは,グリニア試薬との反応で,表面 Si 原子に直接有機基を導入できる

ことを明らかにしている1)。Si-C 結合はより高い水熱安定性が期待できる。我々は,もう

ひとつの代表的な Si-C 結合形成反応である,ヒドロシリル化反応でシリカ表面への有機修

飾を検討している。この方法は容易に入手可能な種々のオレフィンを利用できるため,グ

リニア法と比較して導入できる有機基の種類が豊富で,取り扱いが容易かつ副生成物が少

ないといった利点がある。ここでは,これまで検討してきたヒドロシリル化法でのシリカ

表面有機修飾についてまとめる。 2. 実 験

MCM-41 をメタノールで処理し表面シラノール基をメトキシ化した後,水素化リチウムア

ルミニウムで還元することにより水素化 MCM-41 (HSi-MCM-41)を得た。次に

HSi-MCM-41 と,種々のオレフィンとのヒドロシリル化反応を行った。オレフィンとして

は,スチレン,各種末端,内部アルケン,種々の官能基を有するアリル誘導体を用いた。

また,得られた有機修飾 MCM-41 の一部は,さらなる処理を行い,固体触媒合成のための

酸性基ならびに塩基性基の導入を試みた。各試料のキャラクタリゼーションは XRD,N2

吸着,IR,13C CP/MAS NMR 等により行った。 また,有機基導入量は,元素分析ならび

に IR スペクトルより行った。 3.結果と考察 その導入量をまとめた。アルケンの鎖長が長くなるほど,またハロアルケンや内部オレフ

ィンの方が導入量は少ない。ただし,これはほぼ同じ反応条件(120℃)での結果であり,よ

り厳しい条件で行えば高濃度の導入も可能であろう。 図1に,ヘキシル基を導入した試料の水吸着測定の結果の一部を示す。グラフティング法

によりヘキシル基を導入した試料との吸着等温線の比較では,低蒸気圧領域では大きな差

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0

100

200

300

400

500

600

700

800

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

hydrosilyl 1st.hydrosilyl 2nd.grafting 1st.grafting 2nd.

P/P0

図 1.ヘキシル基を導入 MCM-41 の水吸着等温線

は無かったが,高圧部ではグラフティング法による試料でのみ毛管凝集が観測された。ま

た,乾燥後再度同様な測定を試みたところ,グラフティング法による試料では水吸着量が

増加した。一方,ヒドロシリル化法による試料では一回目とほぼ同じ値であった。このこ

とは,ヒドロシリル化法で導入した有機基が高い耐加水分解性と疎水性を有していること

を示す。 スチレンやメチルアクリレーとの反応で導入した有機基はその後の酸処理によって,それ

ぞれスルホ基やカルボキシル基に変換でき,固体酸を得ることも可能である。(図2) 一方,アミドやアンモニウムイオンの導入にも成功している。

表1.オレフィンと導入量

オレフィン mmol/g styrene 1.20 ethylene 0.97 1-hexycene 0.93 1-octnene 0.78 1-decene 0.72 1-dodecene 0.70 1-tetradecene 0.65 1-hexadecene 0.35 1-octadecene 0.31 1-icosene 0.34 C4F9CH=CH2 0.35 BrCF2CF2CH=CH2 0.24 t-BuCH2=CH2 0.75 trans-5-decene 0.28 trans-4-octene 0.27 2-octene 0.62 cyclohexene 0.46

050100150200chemical shift / ppm 150020002500300035004000

Wavenumber/cm-1

Abs

orba

nce/

a.u.

Ph-C2H

4-MCM-41

HSO3-Ar-C

2H

4-MCM-41

図2HSO3-C6H4-MCM-41 の NMR ならびに FT-IR スペクトル

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研究報告 2008/08/30 阿部 俊貴 磁性光触媒の合成 序論 光触媒反応はラジカルイオン対が生成する電子移動反応と類似しているので、磁場の影

響を受けると考えられる。これまでの研究で光触媒反応の磁場効果が調べられている。ま

た磁性光触媒として反応後、磁気を利用して回収する方法が見出されている。そこで磁性

光触媒を合成し、磁性光触媒反応の磁場効果を検討する。今回、磁性光触媒の合成を報告

する。 実験と結果 この合成方法は文献を参考とした 1) 試料 ・FeCl3無水物 (関東化学株式会社製) ・CoCl2 6H2O (和光純薬工業株式会社製) ・NaOH (和光純薬工業株式会社製) ・ポリエチレンイミン(PEI)平均分子量 1800 (和光純薬工業株式会社製) ・チタニウムテトライソプロポキシド(TTIP) (和光純薬工業株式会社製) 1.CoFe2O4の合成

0.11MのFeCl3、0.055MのCoCl2の混合水溶液100mlを、沸騰している0.725MのNaOH水溶液 200ml に 2 時間かけて攪拌しながら滴下した。滴下終了後、反応溶液を冷まし、Membrane Filter(MILLPORE 0.1μm)を使用して吸引ろ過を行った。ろ物(CoFe2O4)を蒸留水、エタノールで洗浄し、10時間真空乾燥を行った。 表 1 試料 試料 算出の量/g 実際の使用量/g FeCl3無水物 0.892 0.89902 CoCl2 6H2O 0.654 0.64770 NaOH 5.80 5.83501 実験 1では、滴下すると黒色に近い茶色の粒子が生成した。CoFe2O4を合成し、Membrane Filter 0.1μmでろ過した。このとき完全にろ別できず、Membrane Filterを通過しなかったのは、真空乾燥後の重量測定から 99.6%以上であることがわかった。 2.CoFe2O4の PEI処理 合成した CoFe2O4を 1vol%の PEI水溶液 50mlに加えて 30分超音波にかけ、1時間攪拌し分散させた。5時間落ち着かせて上澄み液を除去し PEI/CoFe2O4を得た。 3.TiO2/CoFe2O4の合成

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得られた PEI/CoFe2O4はモル比 10:1のエタノールと水の混合水溶液に加え塩酸で pH5‐6に調整して分散させ、攪拌しながら TTIP0.603gとエタノール 30mlの混合溶液マイクロピペッターでゆっくり滴下した。このとき色が白い茶色に変化し、攪拌中、だんだん分

散系溶液に粘性が現れた。滴下終了後、攪拌を 10時間行った。 攪拌終了後、遠心分離機を使用してエタノールで 5回洗浄し、吸引ろ過でろ物を得て 10時間真空乾燥をした。 4.焼成 乾燥後、合成物質を軽く砕いて25分かけて447℃に上げて1時間保持して焼成を行った。このとき異臭は感じなかったが焼成後の TiO2/CoFe2O4の色が緑がかった茶色に変化した。 5.評価 合成した TiO2/CoFe2O4は SEM とエネルギー分散型X線分光法(SEM-EDX)を使用して評価した。(倍率:200x、加速電圧:15.0kV、イメージサイズ:512x384)

Fig1 SEM image Fig1 の(a)は合成した TiO2/CoFe2O4をメタノールで分散させ乾燥させたものを観察した。

また(b)は(a)の中から選んだ。いくつもの粒子が凝集していることがわかる。(a)からランダムに選択したほかの粒子も大きさ、形状は異なるが粒子の凝集が確認できた。 今後の予定 ・ 粒子サイズを制御、粒子の core部分を調製 滴下速度の調節をすること、焼成温度を調節することを考えている。TiO2 の結晶がアナタ

ーゼ型にするため論文には 450℃としているがもっと高温にする必要があると考えている。 ・ 光触媒反応の磁場効果を検討 元素マッピングから表面の確認できたので、合成した TiO2/CoFe2O4での光触媒反応を行う。

反応が磁場の影響を受けることを調査する。 文献 (1 W.Fu, H.Yang, M.Li, N.Yang, and G.Zou, Materials Letters 59 3530-3534(2005)

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夏の研究会 2008/08/30 岡田 倫英

イオン液体中での光化学反応における磁場効果 [序論] ベンゾフェノンは光励起すると励起三重項状態になり水素供与体から水素引

き抜き反応をする。この反応ではラジカル対ができるので、イオン液体が通常

の均一溶媒と異なる特性を持っていれば、磁場を印加することで均一溶媒中と

は異なる磁場効果を観測できると考えられる。 これまでの研究で、チオフェノールからの水素引き抜き反応をイオン液体(T

MPA TFSI)中で行い、その磁場効果は報告されているがイオン液体中でのフェノールやアルコールからの水素引き抜き反応はまだ報告されていない。

よって、本研究ではイオン液体中でフェノールやアルコールからの水素引き抜

き反応における磁場効果を観測し、それをチオフェノールでの系や均一溶媒中

での系と比較、検討することを目的とする。今回の報告は、フェノールより立

体障害の大きい 2,6‐ジ‐tert‐ブチルフェノールとベンゾフェノンの、水素引き抜き反応について報告する。 [実験および結果] (1)UV測定 ベンゾフェノンをアセトニトリル溶媒中で UV 測定したところ 355nm での

Absobanceは 20mMで約 1.9であった。また 2,6‐ジ‐tert‐ブチルフェノールをUV測定したところ、355nmでの吸収は無いことを確認した。この結果から355nmの光を励起光源として使えることがわかった。 (2)過渡吸収スペクトルの測定 ベンゾフェノンの濃度 20mM、2,6‐ジ‐tert‐ブチルフェノールの濃度50mMでアセトニトリル溶媒中での過渡吸収スペクトルを測定した。 このスペクトルを見ると最大吸収波長が時間の経過とともに長波長側へシフ

トしている。これは励起三重項ベンゾフェノンが水素引き抜き反応をして、ベ

ンゾフェノンケチルラジカル(吸収極大波長 545nm)が生成していると考えられる。

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夏の研究会 2008/08/30 岡田 倫英

BP&2.6-di-t-butylphenol in AN

0.00

0.05

0.10

0.15

0.20

0.25

0.30

370 400 430 460 490 520 550 580 610 640 670

波長/nm

Abs    、

0.01 us

0.05 us

0.10 us

0.20 us

0.30 us

0.80 us

(3)decay解析 520nmでの吸光度の時間変化 A(t) を見てみると A(t)曲線は早い成分と 遅い成分からなる。早い成分は励起 三重項ベンゾフェノンの減衰で,遅い 成分はベンゾフェノンケチルラジカ ルの減衰である。励起三重項ベンゾ フェノンの寿命は 134nsであった。 また、アセトニトリル溶媒中での励 起三重項ベンゾフェノンの寿命は 14usなので、2,6‐ジ‐tert‐ブチル フェノールから水素引き抜き反応していると考えることができる。 [今後の予定] (1)³BP*の減衰速度についてフェノールの濃度を変えて濃度依存性を見る。 (2)TMPA TFSI溶媒中で、フェノールとの水素引き抜き反応の磁場効果を測

定し、チオフェノールの系と比較する。 (3)DTBP(2,6)についての濃度依存性を測定し、また TMPA TFSI溶媒中

で磁場効果を測定し、フェノールの系と比較する。

at 520nm

0.00

0.05

0.10

0.15

0.20

0.25

0.30

0.00 0.50 1.00 1.50 2.00

Time/us

Abs ,

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8/30 坂野 宏行

Co/Ge/有機複合微粒子の気相作成と微粒子ワイヤーの作成 【目的】 本研究は、コバルトトリカルボニルニトロシル(Co(CO)3NO)、アリルトリメチルシラン(ATMeSi)テトラエチルゲルマニウム(Ge(C2H5)4)を気相中で混合し、光照射により複合超微粒子を作製し、解

析・その応用方法を検討する。さらに微粒子ワイヤーの作製・制御へとつなげていく。 【実験結果】 ・生成物の形態 Co(CO)3NO + Ge(C2H5)4 + ATMeSi 0.71 + 0.55 + 0.77 Torr 凹レンズを用いて光強度を変化させ生成物の形態を観測した。 照射条件 ① YAG laser 355nm 310mW ② YAG laser 355nm + 凹レンズ f = - 120 mm 210mW ③ YAG laser 355nm + 凹レンズ f = - 40 mm 70mW Table 1 平均粒径

(参考 Co(CO)3NO + ATMeSi 1.8 + 2.4 Torr)

① ×10,000 ② ×50,000 ③ × 30,000 Fig. 1 生成物の SEM画像(左 光強度 310mW、中 210mW、右 70mW) 直照射の場合は今までの②成分系と同じく綿状の生成物となったが、光強度が弱くなるほど粒径が増大

していった。これは、光強度を弱めるほど照射面積は増大していたので、反応した生成物がより長く励

起光に当たっていたため周囲の生成物と融着して大きくなっていったためと考えられる。また、粒径が

2成分系よりも小さくなっていることに関しては、まず Co(CO)3NO の分圧が下がったこと、さらにGe(C2H5)4が入ったことにより Co(CO)3NO同士の反応が阻害されたことが考えられる。

光強度(mW) 310 210 70

平均粒径(nm) - 60 120

光強度(mW) 350 70

平均粒径(nm) - 550

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0 10 20 30 40 50 60

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

A/A

0

Irradiation time / min

Co(CO)3NO 2108 cm-1 ATMeSi 854 cm-1

Ge(C2H5)4 570 cm -1

0 10 20 30 40 50 60

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

A Co(CO)3NO 2108 cm-1

B Co(CO)3NO 1823 cm-1

C ATMeSi 854 cm -1

D ATMeSi 1254 cm -1

A/A

0

Irradiation time / min

0 10 20 30 40 50 60

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0 A Co(CO)

3NO 2108 cm-1

B Co(CO)3NO 1852 cm-1

C Ge(C2H5)4 567 cm-1

C

B

A/A

0

Irradiation time / min

A

0 10 20 30 40 50 600.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

A/A

0

Irradiation time / min

Ge(C2H

5)

4 567 cm-1

・各気体試料の反応の変化 Fig.2 バンド強度変化 Fig.3 バンド強度変化 (Co(CO)3NO + Ge(C2H5)4 + ATMeSi ) (Co(CO)3NO + ATMeSi ) Fig.4 バンド強度変化 Fig.4 バンド強度変化 (Co(CO)3NO + Ge(C2H5)4) (Ge(C2H5)4)

Table 2 反応速度 Fig.2~5にバンド強度変化を Table 2に反応速度を示す。まず Co(CO)3NOは照射開始 20秒で約 60%が消費され、1分でほぼ消費しつくされてしまった。分圧が違うので一概に比較できないが、光強度が 70mWから 300mW と増加したため反応が開始直後から盛

んに行われたためと考えられる。さらに、反

応速度を見ると2成分系から3成分系へと試料を増やした場合でも Co(CO)3NOの反応速度には大きな違いはなかった。これは Co(CO)3NOの反応が急速に起きているため、巻き込まれる側である ATMeSi、Ge(C2H5)4が影響を与える前に反応がほぼ終了して

しまったためと考えられる。Ge(C2H5)4、ATMeSi の場合は取り込まれる量は増えているが、それ以上が分解反応により消費されていると考えられる。どちらも光強度 70mW では数%しか消費されておら

ず、また Fig.5より Ge(C2H5)4純気体の場合もほぼ消費されていないことからも今回消費されたものが

とりこまれずに分解されていることが考えられる。

Co(CO)3NO Ge(C2H5)4 ATMeSi 2108 cm-1 567 cm-1 854 cm-1

Fig.2 3.1 1.38 -

Fig.3 2.7 - 0.32

Fig.4 3.1 1.38 0.29

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研究会 要旨 青木 優 08/8/30

ケイ素ポリマーを含む発光性微粒子の作製 1. 実験目的 ケイ素ポリマーの一つである Poly (dimethylsilane) (PDMS)粉末に、直接レーザー照射をすることで発光性微粒子を作製し、さらに粒子化の際に周囲の反応性

分子との反応により化学構造を変化させることで、粒子の発光特性を変化させ

ることを試みる。 今回は反応性有機分子として allyltrimethylsilane (ATMeSi)を用いて封入量5Torr、20Torr の 2 種類の実験を行い気体分子の濃度に対する生成物の変化を調べた。 2. 実験方法 四面十字セル(縦 132 mm、横 132 mm)内のカバーガラス上に PDMS粉末(0.4g)を入れたアルミ製の箱を置き、上から YAGレーザー3倍波(355nm)を5分×3回照射した。

3. 実験結果 収量は ATMeSi の封入量が多いほど多く得られた。また生成物の蛍光スペクトが ATMeSi の封入量が多いほど短波長側にシフトしていることが確認できた。このことは今後、測定点を多くして調べていく必要があると考えられる。

PDMS粉末

YAGレーザー3倍波

(355nm) ATMeSi

プリズム

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実験装置

2008年8月29日 夏の研究会

高粘性アルコール溶媒中での磁場およびマイクロ波による光反応制御

早瀬裕子

【緒言】

ラジカル対を経由する反応でラジカル対の拡散が

抑制される時,外部磁場の印加により生成物の収

量に変化が生じる。これはラジカル対機構による磁

場効果で説明される。また,三重項ラジカル対から

の反応では,ゼーマン分裂に相当するエネルギー

のマイクロ波を照射することで,三重項状態間での

スピン変換を選択的に制御することが出来る。本研

究では,高粘性溶媒中でのベンゾフェノンの光反応

に対して磁場およびマイクロ波の効果を適用

し,生成物の収量の変化を検討した。

【実験】

ベンゾフェノンを,2-プロパノール(2.04 cP)とシクロヘキサノール(41.07 cP)を混合し,粘度を調製した

混合溶媒(25.7 cP)に溶解し,溶存酸素の影響を無くすためにアルゴン置換した後,以下の図のような実

験装置を組み、Nd:YAG レーザー(第三高調波:355nm)を用いて光を照射した。光反応後,反応溶液に内

部標準としてビフェニルを加え,高速液体クロマトグラフィー(逆相系,移動相:アセトニトリル/水)によって

定量した。

実験装置概略図

ベンゾフェノンの光反応機構

ラジカル対への磁場とマイクロ波の効果

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0.70

0.80

0.90

1.00

1.10

1.20

1.30

1.40

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

測定回数

相対比

benzpinacol BP-PrOHBP-HexOH

0.70

0.75

0.80

0.85

0.90

0.95

1.00

1.05

1.10

1.15

1.20

0 1 2 3 4 5

run

R(0.35T)

benzpinacol

BP-PrOH

BP-HexOH

図 1 磁場効果測定結果

図 2 マイクロ波効果測定結果

【結果と考察】

光照射により,ベンズピナコール,ベンゾフェノンケチルラジカルと 2-ヒドロキシプロピルラジカルとの

カップリング生成物(BPH-PrOH),ヒドロキシシクロヘキシルラジカルとのカップリング生成物

(BPH-HexOH)が生成した。

図 1 に,各生成物のゼロ磁場に対する

0.35 Tでの相対収量(R(0.35 T))を示した。

散逸生成物であるベンゾピナコールの相対

収量が磁場の印加により増加し,再結合生

成物(BPH-PrOH,BPH-HexOH)の相対収量

が減少している。 これは,溶媒の粘性が

増加したことによりラジカル対の散逸速度

が遅くなり,それによって生成物の収量に

磁場効果が

現れたためであると解釈できる。

図 2 に,光反応中に一定のマイクロ

波と磁場を作用させたときの,マイク

ロ波印加による生成物の相対収量

(R(Microwave))を示した。選択的なマ

イクロ波と磁場を適用させたことで,

磁場のみを印加したときに比べて散

逸生成物であるベンゾピナコールの

相対収量が減少し,再結合生成物の

相対収量が増加している。 これは、

マイクロ波によってスピン変換が促進

された結果であると考えることが出来,

マイクロ波を作用させることで生成物の収量を制御することができることが確認された。

【今後の予定】

マイクロ波の効果が最も強く現れるように、マイクロ波の強さや照射時間を振っていきたい。

磁気同位体濃縮を行う為に、時間分解 ESR の測定によるスペクトルの測定とマイクロ波の照射位置(磁

場)の決定と同時に、得られた試料についての解析方法を考えていきたい。

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2008年 夏の研究会 博士前期課程 2 年 田中 深雪

- 1 -

図1.磁性イオン液体[bmim]FeCl4

磁性イオン液体

ネオジウム磁石

光化学反応に対する磁場効果をプローブとした

磁性イオン液体の構造・物性の解明

【研究概要および背景】

イオン液体とはアニオンとカチオンのみから構成される室温で

液体のイオン性物質である.また,磁性イオン液体とはアニオン

部位に常磁性金属元素を含むイオン液体である(図1).近年,

種々の常磁性金属元素を含む磁性イオン液体が合成され物性や

X 線結晶構造解析が報告されているが,液体状態でのアニオンと

カチオンの物性や構造に関する研究例は少ない.

これまでの研究により,光化学反応に対する磁場効果は反応

環境場の構造・特性や光化学反応の種類に依存することが明ら

かにされている.そこで,磁性イオン液体を用いた光化学反応に

対する磁場効果と,有機均一溶媒・ミセル水溶液中における磁場効果の比較・検討を行うことで磁性イオン液体の

構造・物性についての知見が得られることが示唆される.本研究では“光化学反応に対する磁場効果をプローブ

とした磁性イオン液体の構造・物性の解明”を最終目的とし,現時点までで反応環境場である磁性イオン液体の

合成とプローブとする光化学反応系の検討を行った.

【反応環境場:磁性イオン液体の合成・測定】

常磁性種としてFe(Ⅲ)を含む磁性イオン液体,1-Butyl

-3-methylimidazolium Tetrachloroferrate( [bmim]FeCl4 )の合成・

精製を行い[1,2],紫外‐可視吸収測定及び磁化率の測定を行った.

[bmim]FeCl4 は可視領域に Fe(Ⅲ)の d-d 遷移による吸収と

300-400nmの領域に電荷移動吸収,250nm付近にイミダゾリウム

環による吸収を持つという結果を得た(図2).また,磁化率の測

定から (40.1±0.8)×106 cm3g-1 の結果を得た.

【光化学反応系の検討】

[bmim]FeCl4 を反応環境場として過渡吸収法により磁場効果を

観測することを想定した場合

1)反応環境場の光吸収が弱い([bmim]FeCl4希釈時)400nm以

上の光を励起光及び観測光とする

2)反応中間体としてラジカル対を含む

という2条件が光化学反応系に対する要請である.

これらの条件を満たし得る光化学反応系として,チオベンゾフェ

ノン(TBP)の水素引き抜き反応に着目した.

TBPは可視領域に吸収を持ち(図3),同族体のベンゾフェノンと

同様に水素引抜き反応が起こるとする報告例があるが[3],TBP の

反応性の高さ故に確固とした実験結果はなくその詳細については

未だ確立されていない.そこで,ナノ秒過渡吸収測定法によりチ

オベンゾフェノンの励起三重項状態からの光反応機構について検

討した.

0

2

4

200 400 600 800Wavelength/nm

Abs

orba

nce

purediluted ※

図2. [bmim]FeCl4の

紫外‐可視吸収スペクトル ※ CH3CNにより2×10

4倍希釈

0

2

4

200 400 600 800Wavelength/nm

Abs

orba

nce

12.4 mM0.22 mM

in EtOH

SS

図3.チオベンゾフェノンの

紫外‐可視吸収スペクトル

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2008年 夏の研究会 博士前期課程 2 年 田中 深雪

- 2 -

試料には TBP(3.7-19.2mM)のベンゼン溶液,BP(4.3mM)の2-プ

ロパノール溶液,TBP(5mM)の SDS(ミセル濃度;5mM)の溶液を用

いた.

図4にベンゼン溶液中におけるTBPの過渡吸収スペクトルを,

図5に TBP の光照射(Nd:YAG laser 第2高調波)後に観測される

515nm における過渡種の時間変化の様子を示す.515nm における

吸収は3TBP*のTn←T1吸収に帰属される(図4).515nmにおける過

渡種の時間変化から3TBP*の寿命は有機均一溶媒中とSDSミセル

水溶液中では著しく異なり,また,ベンゼン溶液中では TBP 濃度が

高いほど3TBP*の寿命は短いという結果を得た(表1).

これらの結果を考察する.

1) TBP分子をミセル中に封じ込めた溶液,すなわちTBP分子同

士の衝突を作意的に防止した状況下では 3TBP*の寿命が延

びた

2) 反応環境場に存在するTBP分子数が多いほど3TBP*の寿命

は短くなった

3) ベンゼン及び 2-プロパノールは水素供与効率が異なるにも

関わらず,両溶媒中において 3TBP*の減衰過程は1次の指

数関数で近似でき,3TBP*の溶媒からの水素引抜き反応によ

り予測されるラジカルの生成が確認できなかった

という3つの実験結果とチオケトンの励起三重項状態は自己消光を

起こすという報告[3] から,チオベンゾフェノンの励起三重項状態から

の反応は①自己消光②溶媒からの水素引き抜き反応の過程が考え

られるが,均一有機溶媒中ではTBPの自己消光速度が3TBP*の溶

媒からの水素引抜き反応速度に比べ著しく大きく,その結果,水素

引き抜き反応を観測することができなかったのではないかと考察し

ている.

今後は,まず,イオン液体中でのチオベンゾフェノンの励起三重

項状態からの動的挙動の観測を行い,チオベンゾフェノンの光反応

が磁性イオン液体中での磁場効果の測定に適しているか否かの検

討を行う.

【参考文献】

1)Paul J.Dyson,Martin C.Grossel,Narmatha Srinivasan,Tracey

Vine,Thomas Welton,,David J.Williams,Andrew J.P.White and

Theodore Zigras, J.Chem.Soc.Dalton Trans.(1997)3465

2)Satoshi Hayashi and Hiro-o Hamaguchi,

Chem.Lett.33(2004)1590

3) Andraej Maciejewski , Chem.Rev.93(1993)67

図4.TBPのベンゼン中における

過渡吸収スペクトル

0.00

0.05

0.10

0.15

400 450 500 550

wavelength/nm

Absorbance 60ns

100ns170ns250ns

表1.3TBP*寿命

濃度/mM life time/ns

3.73 35.87.93 28.210.71 21.314.87 15.919.24 12.9

TBP in benzen

-0.01

0.05

0.10

0.15

0 100 200 300 400

Time/ns

Absorbance

3.7mM19.2mM

SDSミセル水溶液

-0.01

0.05

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0Time/μs

Absorbance

TBP in 2-propanol

0.00

0.05

0.10

0 200 400

Time/ns

Absorbance

図5.過渡種の減衰曲線

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GOHDO Masao 2008/08/30 @ いわき 高速光化学反応に対する磁場効果を検討するため、これに適した反応系の探索を継続中であ

る。現在実験中の反応系である、先行研究のある光 Fries 転移反応と、電荷移動錯体の光誘起電子移動反応に関するトピックスを紹介する。 光 Fries 転移反応に対する磁場効果 酢酸1-ナフチル(NaphAc)の光Fries転移反応に対する磁気同位体効果が中垣らによって報告されている(R. Nakagaki, et al., J. Phys. Chem. 1985, 89, 3222)。この報告では hfc機構により散逸生成物の生成量が 13C 同位体では 12C 同位体に比べて減少することが、アセトニトリル中、定常光照射による生成物分析の結果から明らかにされている。一方、磁場効果に関しては過渡吸収測定におい

ては観測できなかったとされている(~0.65 T)。 そこで、磁場効果の直接観測をナノ秒 Nd:YAGレーザー(266 nm, fwhm~7 ns, 8 mJ/pulse)を用いたナノ秒過渡吸収法により試みた。これは磁気同位体効果が反応初期過程で起こっているなら

ば、hfc 機構による磁場効果が観測され得るためである。図 1 に過渡吸収スペクトルを示す。次に、ナフトキシルラジカルの吸収に帰属される 410 nmにおいて磁場を印加して過渡吸収の時間変化を、n-ヘキサンまたはアセトニトリル中において測定した。図 2 に零磁場と磁場(1.65 T)を印加したときの過渡吸収の時間変化を示す。過渡吸収の吸収強度が弱く、アセトニトリル中、n-ヘキサン中(図 2)ともに磁場効果は明確でなかった。磁場依存性についても実験を行ったが、S/Nに対する磁場効果が小さく十分な検討ができていない。 これらの実験を踏まえて、S/Nの改善し実験精度をあげるため、励起光源を Nd:YAGレーザー第 4高調波(266 nm)から N2レーザー(337 nm)へと変更することを検討している。励起波長を被励起分子の吸光度の小さな波長へ変更することにより大幅な過渡吸収強度の増大が予想され、明確な磁

場効果の直接観測が期待できる。尚、NaphAcのモル吸光係数は 266、337 nmにおいてそれぞれ 4.25×103、2.4 M-1cm-1 である。以上の改善を行った上で、磁場効果の磁場依存性を測定、磁場効果の機構を確認することとする。残念ながら、本系に対する ps-Nd:YAG を用いたピコ秒過渡吸収法の適用は難しいと考えられる。

-0.05

0.00

0.05

0.10

0.15

0.20

300 350 400 450 500 550 600Wavelength / nm

Abs

orba

nce

0.1 us1.0 us5.0 us10 us15 us

-0.05

0.00

0.05

0.10

0.15

0.20

-5 0 5 10 15 20 25 30 35

Time / us

Abs

orba

nce

0 T

1.65 T

図 1 過渡吸収スペクトル(NaphAc 0.5 mM) 図 2 過渡吸収の時間変化(410 nm)

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0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

200 300 400 500 600 700 800Wavelength / nm

Abs

orba

nce

/ Arb

. Uni

t

TCNE

TCNE-MKMK

図 3 紫外可視吸収スペクトル(ベンゼン中)

電荷移動錯体の光誘起電子移動反応に対する磁場効果 これまでの磁場効果の研究の中で電荷移動(CT)錯体を対象とした研究例は報告例がほとんどなく、十分な検討がなされているとはいえない。そこで電子供与体-電子受容体(EDA)錯体に関して、その光化学と、光誘起電子移動反応をさせた際の磁場効果を検討することとした。 ミヒラーケトン (4,4’-bis(dimethylamino)benzophenone; MK)とテトラシアノエチレン(TCNE)は様々な溶媒中でEDA錯体を作ることが知られている。図 3にベンゼン中でのMK、TCNE、TCNE-MK 混合溶液の紫外可視吸収スペクトルを示す。TCNE溶液とMK溶液の混合により新たに生じた CT吸収帯はベンゼン中で 630 nm付近にブロードな吸収をしめす。TCNE-MK錯体は溶媒を変えることで錯形成構造が変わることが報告

されている(図 4)。 そこで、本系に対して光誘起電子移動反

応に対する磁場効果を研究し、錯体構造の違いに

よる電荷分離状態の錯体の異方性の違いによる磁

場効果の変化を観測したい。また、通常の光誘起

電子移動反応との違いは、基底状態準位、励起一

重項準位、励起三重項準位に加え、CT 準位が加わっていることであり、この CT 準位は溶媒の極性によりコントロールすることが可能である。三

重項準位と CT 準位は比較的近く、これらの間の相互作用を磁場を用いてプローブできればと考え

ている。

図 4 溶媒による CT錯体構造の違い (S. Spange et al., J.Phys.Org.Chem., 1999, 12, 547.)