foss4gを用いた歴史的農業環境閲覧システムの構築 · - 83 -...

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83 GIS -理論と応用 Theory and Applications of GIS, 2009, Vol. 17, No.1, pp.83-92 【データ論文】 FOSS 4 G を用いた歴史的農業環境閲覧システムの構築 岩崎亘典・デイビッド S. スプレイグ・小柳知代・古橋大地・山本勝利 Development of the Historical Agro-Environment Browsing System constructed by FOSS4G Nobusuke IWASAKI, David S. SPRAGUE, Tomoyo KOYANAGI, Taichi FURUHASHI and Shori YAMAMOTO Abstract: The Rapid Survey Maps are the first modern cartographical map series of Japan. These maps were surveyed in early Meiji Era. Especially, in the map series of the Kanto Plain, land use is shown by color. These maps provide valuable information about traditional landscapes, hazard assessment, biodiversity conservation, and agricultural land use in early modern Japan. We developed a Web-GIS System to publicize the Rapid Survey Maps of the Kanto Plain using FOSS4G. We named this system the Historical Agro-Environment Browsing System HABS. First, we mosaiced and georeferenced 900 maps of the Rapid Survey Maps. The HABS provides two ways to browse map data. One is a web-based interface, the other is a KMZ file for Google Earth. In the web-based interface, we use GeoServer as the GIS server and OpenLayers as the client. We also use GeoWebCache to improve performance. We use GDAL2Tiles to generate tile files and the KMZ file for Google Earth. Keywords: 迅速測図(rapid survey map),FOSS 4 GFree Open Source Software for Geospatial), Web-GIS 1.はじめに 迅速測図とは,三角点による測量網が出来る前の 簡易的な測量法の名称であるとともに,それにより 作製された地図の総称でもある(財団法人日本地図 センター,2003).作製年代は明治 10 30 年代にわ たり,作製範囲は,断片的ながらも北海道の岩見沢 周辺から,鹿児島の鹿児島市周辺まで,全国におよ ぶ(井口, 2001). このうち「第一軍管地方二万分一迅速測図」(以 下,迅速測図)は,関東平野と三浦,房総の両半島を 測量範囲(図 1)とし明治 13 年から 19 年の間に作製 されたものである.この迅速測図はその後日本全国 岩崎:〒305 - 8604 茨城県つくば市観音台3-1-3 独立行政法人 農業環境技術研究所 National Institute for Agro-Environmental Sciences 3 - 1 - 3 Kannondai, Tsukuba, Ibaraki 305 - 8604 , JAPAN. TEL029 - 838 - 8226 Email[email protected] 図1 「迅速測図」の測量範囲と含まれる都市

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GIS-理論と応用Theory and Applications of GIS, 2009, Vol. 17, No.1, pp.83-92

【データ論文】

FOSS4G を用いた歴史的農業環境閲覧システムの構築

岩崎亘典・デイビッド S. スプレイグ・小柳知代・古橋大地・山本勝利

Development of the Historical Agro-Environment Browsing System constructed by FOSS4G

Nobusuke IWASAKI, David S. SPRAGUE, Tomoyo KOYANAGI, Taichi FURUHASHI and Shori YAMAMOTO

Abstract: The Rapid Survey Maps are the first modern cartographical map series of Japan.

These maps were surveyed in early Meiji Era. Especially, in the map series of the Kanto

Plain, land use is shown by color. These maps provide valuable information about traditional

landscapes, hazard assessment, biodiversity conservation, and agricultural land use in early

modern Japan. We developed a Web-GIS System to publicize the Rapid Survey Maps of the

Kanto Plain using FOSS4G. We named this system the Historical Agro-Environment Browsing

System (HABS).

First, we mosaiced and georeferenced 900 maps of the Rapid Survey Maps. The HABS

provides two ways to browse map data. One is a web-based interface, the other is a KMZ

file for Google Earth. In the web-based interface, we use GeoServer as the GIS server and

OpenLayers as the client. We also use GeoWebCache to improve performance. We use

GDAL2Tiles to generate tile files and the KMZ file for Google Earth.

Keywords: 迅速測図(rapid survey map),FOSS4G(Free Open Source Software for Geospatial),

Web-GIS

1.はじめに 迅速測図とは,三角点による測量網が出来る前の簡易的な測量法の名称であるとともに,それにより作製された地図の総称でもある(財団法人日本地図センター,2003).作製年代は明治10~30年代にわたり,作製範囲は,断片的ながらも北海道の岩見沢周辺から,鹿児島の鹿児島市周辺まで,全国におよぶ(井口,2001). このうち「第一軍管地方二万分一迅速測図」(以下,迅速測図)は,関東平野と三浦,房総の両半島を測量範囲(図1)とし明治13年から19年の間に作製

されたものである.この迅速測図はその後日本全国

岩崎:〒305 -8604 茨城県つくば市観音台3 -1 -3 独立行政法人 農業環境技術研究所 National Institute for Agro-Environmental Sciences 3 - 1 - 3 Kannondai, Tsukuba, Ibaraki 305 -8604 , JAPAN. TEL:029 -838 -8226 Email:[email protected] 図1 「迅速測図」の測量範囲と含まれる都市

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を対象として整備される五万分の一地形図より大縮尺であること,土地利用毎に彩色されており判読が容易なこと,さらに森林などには「松」,「椚」のように樹種が記載されている場合もあること(図2)が特徴としてあげられる.また,図2にも見られるように,図郭外部には当時の景観や構造物などの視図が描かれていることがあり,植生や土地利用を復元するのに重要な情報源となる.一方で小椋(1996)で指摘されているように,土地利用や植生の区分が十分統一されていなかったり,Sprague et al. (2007)が指摘しているように,図葉内に測量誤差が認められる場合もある.しかし,これらの点を考慮して使用すれば,近代化以前の関東平野の土地利用や景観を復元する貴重な資料として利用可能である.これらの図群は,1991年に「明治前期手書彩色關東實測圖:第一軍管地方二万分一迅速測圖原圖覆刻版」として日本地図センターより復刻され(迅速測図原図復刻版編集委員会,1991),様々な研究に用いられている(小椋,1996;スプレイグほか,2000;別所ほか,

2001;白井,2002;岩崎・スプレイグ,2005).しかしこれらの研究は,土地利用の復元が半定量的であることや,対象地域が限定的であることから,明治初期の関東平野の景観構造や土地利用特性の全体像が明らかになったとは言い難く,今後も迅速測図を活用した研究の進展が期待される. さらに迅速測図は,学術的な分野以外での活用も期待される.例えば近年,農村周辺の里地里山の利用の変化と,生物多様性の減少が指摘され(環境省,2007),NPOや NGO等による里地里山の保護・管理活動が行われている.これらの活動においても,里地里山の源景観の復元や変遷を評価するための資料として活用が期待できる.また長岡(1991)は,現在の地形図との比較により,防災等にも活用できると指摘している. しかし実際には,迅速測図の利用が広く進んでいるとは言い難い.これは,「覆刻版」の発行部数が160部と極めて少数かつ高価であり,入手が困難であることがあげられる.また,現在は関東平野の西半分について再度復刻されているが,千葉県と茨城県については大半が復刻対象外であり,利用できる範囲が限られている.さらに,正規の測量成果に基づいていないため地理座標が与えられておらず,現在の地理空間情報との比較が困難なことも一因といえる.特に一般の利用を促進するためには,Web-

GISなどを活用して,利用や閲覧が容易な形で迅速測図を公開することが必要である. 加えて,迅速測図を含めた歴史的地図を電子媒体として公開することは,紙媒体の原版が経時変化により劣化が進む中で,デジタル・アーカイブとしての機能も期待されるだろう. さて近年,地理空間情報を巡る社会的情勢は大きく変わりつつある.平成19年5月に地理空間情報活用推進基本法が制定され,平成20年4月には地理空間情報活用推進基本計画(国土地理院,2008)が閣議決定された.これらは,地理空間情報の整備と公開が,社会的にますます求められていることを示している.また,「Google Maps」等の公開により,インターネット上での地理情報の活用や公開も活発になっている.

図2 �茨城県牛久市牛久沼周辺の「迅速測図」.拡大すると,樹種や土地利用が記載されている.

(国土地理院所蔵,第一軍管地方二万分一迅速測圖原圖より作製)

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 この様な状況を受けて,企業や公的な主体だけでなく,個人や NPO,NGO等の様々な主体によるWeb-GISを利用した地理空間情報の提供も始まりつつある.例えば国土地理院の電子国土を利用した情報の公開の試み 1)や,民間企業である Googleでも「Google Maps」や「Google Earth」の NPOによる利用を促進している 2). 一方で,この様な外部のサービスを利用する場合,個人情報や犯罪発生等のセキュリティーに関わる情報については,情報管理の観点から利用が限られるだろう.さらに,サービス自体の継続性や,メンテナンスによるシステムの停止の可能性等により,継続的かつ確実な情報発信が保障されない点も問題である.しかしこれまで,独自にWeb-GISシステムを構築することは,ソフトウェア的にもハードウェア的にも多大な投資と高度な技術が必要とされ困難であった. ここで,FOSS4G(Free Open Source Software for

Geospatial)と呼ばれるオープンソースの GISソフトウェアを活用することは,有効な手段であると考えられる.FOSS4Gの特徴としては,ライセンス料がかからないので導入時のコストを低く抑えられること,ソースコードが公開されておりプログラムの改良が可能なこと,改良したプログラムの再配布が可能なことが挙げられる.これらのソフトウェアは,国際連合食糧農業機関(FAO)による GeoNetwork

の開発 3)と利用 4)や,国連環境計画(UNEP)の GEO

Data PortalにおけるMapServerの採用 5)等,国際機関による利用も進んでいる.国内では特定非営利活動法人 BigMapが開発している「マップ deコミュニケーション」6)や,(社)全国地質調査業協会連合会,(NPO)地質情報整備・活用機構,日本情報地質学会の協同開発事業で開発された「Web-GIS版電子納品統合管理システム」7)の例があるが,十分に認知が得られているとは言い難い.そのため,より多くの主体による地理空間情報の発信が可能になるためには,日本国内における FOSS4Gの有効性の検証や活用事例の蓄積が必要になる. そこで本研究では,FOSS4Gを用いたWeb-GIS

システムである「歴史的農業環境閲覧システム(略

称:HABS)」を構築することにより,迅速測図を一般に利用しやすい形で公開するとともに,システムの構築にあたっての問題点や FOSS4Gの有効性を検証する事を目的とする.

2.歴史的農業環境閲覧システムの構築 Web-GISシステムの構築にあたっては,目的,用途,想定するユーザーによってシステムの設計が異なる.本研究では,特殊な技能を持たず一般的なインターネット閲覧程度の技能を持ったユーザーによる利用を想定した.そのため,Webブラウザーを使用し,ユーザーが別途ソフトウェアを導入しなくても迅速測図を利用,閲覧できることを必要要件とした. また公開にあたっては,迅速測図を単体ではなく,現在の地理空間情報との比較が可能な方が利便性が高いと考えられる.そこで,現在と過去の位置を比べるために道路と水涯線を,土地利用を比較するために国土数値情報の1997年の土地利用1/10細分メッシュをシステム上で閲覧可能とすることとした.一方で,1/10細分メッシュは一辺が約100mであり,細かい土地利用の比較は困難である.そこで,外部サービスではあるが,Google Earth上での迅速測図の閲覧も可能とすることにした. 以下に,本システムで使用したデータの作製手順と,システムの構築について述べる.

2.1.迅速測図データの作製 迅速測図は国土地理院の測量成果にあたるため,利用には国土地理院に対する利用申請 8)が必要である.本システムでは,「測量成果の複製承認申請」を行い,使用許可を得た. デジタルデータの作製にあたっては,まず迅速測図の全図幅を150dpiでスキャンした.次にこの画像に地理座標を与え幾何補正する必要があるが,先にも指摘したように迅速測図には位置情報が与えられていない.Sprague et al. (2007)では二段階の幾何補正手法を提案しているが,これはベクター・データについての手法であり,今回は適用できない.さらに,都市化や区画整理などにより土地利用

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や道路区画などが大きく変化している場合,幾何補正を行うための基準点を見つけることが困難である.そこで,本研究では以下の手順で幾何補正を行った. 関東地方の迅速測図は,皇居の富士見櫓を原点として,一図葉の測地面積が東西4km,南北5kmである(迅速測図原図復刻版編集委員会,1991).そこでまず,各図葉の四隅に測量原点からの距離を与えて幾何補正を行った.なお一部図葉の測量範囲は,隣接する図幅と重複する部分が100mとられている場合がある(図3).その場合は4km×5kmの格子をしめす内側の赤線と,100mの重複部を示す外側の黒線のうち,明瞭な方を用いて幾何補正を行った.また,通常の測地面積に比べ,それぞれ南北に二分割,東西に二分割,東西南北に四分割されている図葉もある.これらの場合,分割にあわせて測量原点からの距離を算出し,幾何補正を行った.図郭外部については,幾何補正を行う際に削除した.なお,本システムでは図郭外部の視図を扱うことができなかったが,公開方法を検討する必要があるだろう. 次に,幾何補正済みの図幅を,測量原点からの距離に基づき一枚の画像に合成した.この合成した画像について,数値地図25000(地図画像)のデータを参照として GCPを与え,JGD 2000測地系,UTM54

帯に幾何補正した.これらの作業を終了した時点で

のデータ容量は GeoTiff形式で約9 .6GBであった.

2.2.その他の地理空間情報の作製 道路および水涯線については,株式会社オークニーが販売している Orkney GIS Datapack 2007を使用した.このデータは都道府県単位で1/2 .5万地形図相当の道路,水涯線,鉄道等のデータが shp形式で記録されている.また,国土地理院より一括して使用許諾を取っているので,Web-GIS上での公開が可能である.このデータのうち島嶼部を除く関東地方一都六県の道路と水涯線について,それぞれ一つのファイルに結合して使用した.なお道路については,幅員が6m以上のものと実幅道路を使用した. 土地利用図は,国土数値情報ダウンロードサービス 9)からダウンロードした1997年の土地利用1/10

細分メッシュを使用して,道路・水涯線と同様に島嶼部を除いた関東一都六県について土地利用図を作製した.これらのデータは JGD2000測地系,経緯度座標系で作製した.

2.3.Web-GIS サーバーの構築 サーバーの構成概要を表1に示す.サーバーにはOSとして CentOS10),Webサーバーとして Apache

HTTP Server11),Java開発環境として JDK612),Java

実行環境に Apache Tomcat13)をインストールした. さて,Web-GISシステムは二つの部分から構成される.一つは,データを蓄積し,リクエストに応じてデータを送信する機能を持つ GISサーバーと,送信されたデータを利用,表示するためのクライアントである.本研究では,GISサーバーとしてGeoServer14),クライアントとして OpenLayers15)を使用した. GeoServerは Java言語により作製された GIS

サーバーであり,OSに依存せず利用が可能であ

図3 �図葉の重複部の例 赤線が4km×5kmの外郭の線,その外側が重複部になる.

(国土地理院所蔵,第一軍管地方二万分一迅速測圖原圖より作製)

ハードウェア CPU Pentium4 631 (3.0GHz)メモリー 1GB内蔵HDD 73GB

ソフトウェア OS CentOS (Ver. 5.1)httpサーバー Apache HTTP Server (Ver. 2.2.3-11)Java開発環境 JDK6 (Ver. 1.6.0_04)Java実行環境 Apache Tomcat (Ver. 6.0.16)Web-GISサーバー GeoServer (Ver. 1.6)

表1 サーバーの構成概要

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る.GISのデータベース・サーバーとしての機能と,データの送信サーバーとしての機能を持っており,GeoTiffや Shape等の一般的な GISソフトで入出力に対応しているファイル形式を利用できる.また,地理空間フォーマットの国際標準化団体であるOGC (Open Geospatial Consortium)により承認されたWeb-GIS用標準インターフェイスであるWMS

(Web Map Service),WFS (Web Feature Service),WCS (Web Coverage Service)に対応している.WMSについては,Version 1 .1 .1まで対応しており,Google Earthや ArcGIS,オープンソースのデスクトップ GISである uDigや Quantum GIS等からもGeoServer上のデータを表示できる. OpenLayersは JavaScriptで作製されたWeb-GIS

クライアントで,Webブラウザー上で動作する.Ajax技術を利用して縮尺や表示範囲を動的に変更でき,WMS,WFS等のサービスを利用できる.さらに Google Maps等のインターネット地図サービスをレイヤーとして表示することも可能である.本システムでは,WMS 1 .1 .1を利用してデータのやり取りを行うこととした. さて,WMSではクライアントからサーバーに対して表示するデータ範囲について要求が送信され,それに応じてサーバーが表示用の PNG形式等の画像ファイルを動的に生成し,その画像がクライアントに表示される.そのために,大容量データを扱う場合やデータ生成の要求が多い場合,サーバーの反

応速度が低下する事が問題点としてあげられる.そこで本システムでは,生成した画像ファイルを静的に保持し,クライアントからの要求に対して画像を送信する機能を持った GeoWebCache16)を使用することとした. また,GeoServerは登録されているデータをGoogle Earth上で表示するための KMLファイルを生成する機能を持っているが,これもリクエストに応じて画像ファイルを生成するため,サーバーに負荷がかかることになる.そこで,GDAL2Tiles17)

を使用して Google Earth 上で表示するためのファイルを生成し,これを公開することとした.GDAL2Tilesは Pythonで作製されたスクリプトであり,地理空間データ変換ライブラリーであるGDAL(Geospatial Data Abstraction Library)18)を使用して,Google Earth,Google Maps等の表示用ファイルを作製できる. なお,GeoWebCacheや GDAL2Tilesのように生成したファイルを静的に保持する場合,サーバーにかかる負荷は低減するが,表示レイヤーの凡例等を動的に変更することが困難である.また,ファイルを保持するためのディスク容量が必要になるので,システムの構築や運用にあたっては,これらの点に留意する必要がある. 導入したアプリケーション間のデータの流れを図4に示す.Google Earthの場合,HTTPサーバーである Apacheにリクエストを出し,直接データを取

図4 システムにおけるデータ処理の流れ

WMS対応GIS

OpenLayers

Google Earth

Apache

Google Earth表示用ファイル

GeoWebCache

GeoServer GISデータ

① データを要求 ② データを要求

③ データを送信④ データを送信

①’ データを要求②’ データを要求

③’ データ生成を要求④’ 表示用データ

を生成

① ’’データを要求 ② ’’データ生成を要求

③’’表示用データを生成

⑤’データを送信⑥’データを送信⑦’データを送信

④’’データを送信⑤’’データを送信

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得する.Webブラウザーから OpenLayersを利用する場合,Apacheを経由して GeoWebCacheにデータを要求し,ファイルがあった場合にはそれが送信される.ファイルがなかった場合には GeoWebCache

が GeoServerに表示用画像の生成をリクエストし,そのリクエストに基づき,表示用ファイルが生成される.このファイルが GeoWebCacheに保持され,OpenLayersに表示されるとともに,同じリクエストがあった場合にも表示に用いられる.WMS

に対応した GISソフトウェアを利用する場合には,Apacheを経由して GeoServerに表示用ファイルがリクエストされ,それに応じたファイルが生成,表示されることになる.

2.4.公開用データの作製とサーバーへの登録 作製した迅速測図等の GISデータはそのままでも GeoServerに登録可能であるが,GeoWebCache

で使用するには座標系変換が必要である.また,巨大なファイルは運用上望ましいものではない.そこで,サーバーに登録するにあたって以下の処理を行った. まず,迅速測図のデータを GeoWebCacheやGDAL2Tilesで利用可能なWGS 84測地系の経緯度座標系にリサンプルした.このファイルに対してGDAL2Tilesを使用して Google Earth表示用ファイルを作製し,サーバー上にアップロードした.次に,リサンプル後のデータを東西約23km,南北約

30kmに分割した.分割後の一枚の画像データサイズはおおよそ275MBになった.分割後のファイルを GeoServerの ImageMosaic pluginを利用して一枚の画像データとして登録した.なお,リサンプル前の JGD2000測地系,UTM54座標系のデータも,WMS経由で GISソフトから利用することを想定し,同様に分割後 ImageMosaic pluginを使用してGeoServerに登録した.また,国土数値情報から作製した土地利用図と,水涯線および道路のデータもWGS84測地系に変換して GeoServerに登録した. 本システムではこれらのデータを OpenLayersを用いてWebブラウザー上で表示するが,本来はレイヤー毎に表示の有無を切り替えられることが望ましい.その際,透過 PNG画像を用いて道路などのベクター・データを出力するのが一般的である.しかし,現在最も利用されているWebブラウザーである Internet Explorerバージョン6では,透過 PNG

画像を正しく処理できない 19). そこで,GeoServer上で迅速測図や土地利用図と水涯線・道路を重ね合わせた統合レイヤーを作製し,これをブラウザー上の表示に用いることとした.この場合,道路や水涯線の表示の有無を切り替えることはできないが,Internet Explorerバージョン6でも重ね合わせて表示することができる.この統合レイヤーを GeoWebCacheに登録し,OpenLayersでの表示に用いることとした.以上の一連のデータ処理および登録の流れを図5に示した.

合成画像をJGD2000,UTM54帯に幾何補正

WGS84,緯度経度座標系

に変換

GeoServerにデータを登録

ファイルを分割

国土数値情報より土地利用図を作製

モザイクプラグインを使用

GDAL2Tilesを使用してGoogle Earth用

データを作製

富士見櫓からの距離に基づき迅速測図を幾何補正

図郭外を切り取り一枚に合成

島嶼部を除く一都六県の水涯線データを抽出

島嶼部を除く一都六県の幅員6m以上および実幅の

道路データを抽出

Webサーバーに

登録

一つのファイルに結合

一つのファイルに結合

WGS84,緯度

経度座標系に変換

迅速測図と道路・水涯線の結合レイヤーをGeoWebCacheに登録

図5 データの作製と登録までの処理

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3.歴史的農業環境閲覧システムの利用法 以上のシステムは2008年4月21日より「歴史的農業環境閲覧システム」として一般に公開した. Webブラウザーで利用する場合は,「http://habs.

dc.affrc.go.jp」にアクセスすると,図6に示すトップページが表示される.この画面で,中段左の地図上の地名をクリックするか,中段右の地名をクリックすると,選択した地点の周辺が拡大表示される(図7).地図の表示範囲や縮尺の変更は,左上の矢印やスケールバーを使うか,ドラックやマウスのホイールを使用する.また,地図が表示されている枠の右上の「+」記号をクリックすると,迅速測図を表示するか,1997年の土地利用図を表示するか選択できる.迅速測図や土地利用図の凡例については,「歴史的農業環境閲覧システム FAQ」にて確認できる. Google Earthで利用する場合,トップページもしくは地図表示ページで Google Earth表示用の KMZ

ファイルをダウンロードし,このファイルを開くとGoogle Earth上に迅速測図が表示される.Google

Earthでは図8に示すように道路等の情報と重ね合わせて表示ができるとともに,レイヤーの透過度を変更することもできる.そのため,高解像度衛星画像が整備されている地域では,より詳細に土地利用の比較が可能である. WMS対応の GISソフトウェアからの利用については,サーバーへの負荷やユーザーが限られていることから,問い合わせがあった場合に利用方法を連絡することとした. 本システムの使用や画像の二次利用については制限を設けていない.しかし,例えばWeb-GISのレイヤーとして使用する場合などは,国土地理院への申請 8)が別途必要である。

4.考察4.1.迅速測図の幾何補正精度 今回作製したデータは,迅速測図の全範囲を公開するために,簡便に,かつ広範囲を一括して幾何補正する手法を用いた.そのため,Sprague et al (2007)のように図葉単位で幾何補正した場合に比べ,誤差が大きいと考えられる.

図6 歴史的農業環境閲覧システムのトップページ

図7 Web ブラウザーによる表示例

図8 Google�Earth 上での表示例

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 また,一枚の画像に合成する際に図葉間でずれがみられる場合があった.図9に埼玉県所沢市中富地区周辺 20)の例を示す.ここは四枚の図葉の境界であるが,東西の図葉間では大きなずれが見られないが,南北の図葉間にはずれが認められた.同様のずれは他にも認められる.本手法では,各図葉の測量範囲が測量原点を中心にした南北5km,東西4km

の格子状であると仮定している.しかし,この様なずれは,測量範囲が格子に一致しない場合があることを示している.そのため,格子と図葉のずれがどこで認められるのかを確認し,位置精度を向上させることが望まれる. しかし,土地利用や景観変化の概要の把握などの用途であれば,十分に活用できるだろう.さらに,迅速測図の全域について現在の地理空間情報と比較が可能となったことは,迅速測図の利用の促進にあたって重要である.本システムは,これらの点を考慮すれば,明治時代初期の環境を復元するための有効な資料として利用できると考えられる.

4.2.システムの利用傾向 本システムでは,Webブラウザーを利用して閲覧する方法と,Google Earthを利用して閲覧する方法を用意した.一般公開した2008年4月21日から2008年7月20日までの三ヶ月間の利用は,Webブラウザーによる利用が約11400回,Google Earthでの利用が約3900回であり,Webブラウザーでの利用者の方が多かった.このことは,特定のアプリケーションに依存せず,一般に用いられるWebブラウザーでの閲覧が可能な方が,利用が促進されることを示している. 次に,利用されたブラウザーの比率は,Internet

Explorerが約8200,Firefoxが約2100,残りの約1100がその他のブラウザーであった.Internet

Explorerのバージョンは,約5100がバージョン6,約2900がバージョン7,残りの約200がその他のバージョンであった.このように PNGの透過表示が出来ない Internet Explorerバージョン6の利用が全体のほぼ半数を占めていた.データとしての迅速測図を利用するには,道路や水涯線と迅速測図を

別レイヤーとしWebブラウザー上で表示の有無を切り替えられる方が望ましい.しかし,現時点では透過 PNGの表示が可能なWebブラウザーの普及が進んでいないため,この機能を使用すると利用者の利便性が低下するため,この機能は採用しなかった.今後,Webブラウザーの利用の変化を見て,レイヤーの表示切り替えを可能にする予定である.

4.3.�FOSS4Gを用いたWeb-GISシステムの有効性 Web-GISシステムを構築・運用する際に最初に問題となるのは,導入時におけるハードウェアとソフトウェアのコストであろう.本研究で構築したシステムのハードウェアは,農林水産研究情報総合センターのバーチャルラボシステムにより提供頂いたサーバーを利用しているが,そのスペックは一般的な PCと同程度のものであり,ワークステーションのような高価なハードウェアではない.また,サーバーに導入した OSやアプリケーションはオープンソースのものであり,ソフトウェアの導入にはコストはかからなかった.つまり同様のシステムを構築する場合,ハードウェアを新たに調達するのであればそのコストが必要となるが,それ以外にはコストはかからず安価にシステムの構築が可能である.このことは,Web-GISシステムを構築するにあたって,重要な利点の一つである. 次に,システムの構築にあたって専門的な技能や

図9 図葉間に認められるずれの例 (埼玉県所沢市中富地区付近)

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知識がどの程度必要になるかも重要である.本システムの構築にあたっては,Cent OS,JDK6,Apache

HTTP Server,Apache Tomcatのインストールと設定は農林水産研究情報総合センターの技術協力を受け,GeoServer等のインストールと設定,データの作製やサーバーへの登録,Web表示用インターフェイスの作製は著者らが行った.これらの技能を客観的に評価するのは困難であるが,少なくとも簡易な作業とは言い難いだろう.そのため,設定済みのソフトウェアやシステムの利用やインストールができる LiveDVDを利用して,より容易にWeb-GISシステムの構築を可能とすることが必要である.また,本システムはWindows等の他の OSでも構築可能なので,一般に利用が進んでいる OSでの運用も選択肢の一つだろう. さらに,本システムでは10GB近くの大容量のラスター・データを公開した.WMSを用いてデータを提供しているため,サーバーへの負荷が大きくレスポンスの低下が懸念されたが,GeoWebCache等を活用することにより,Webブラウザーや Google

Earthでの閲覧では十分な速度を確保でき,安定して運用されている. このようにFOSS4Gを用いたWeb-GISシステムは,構築にあたって一定の技術が必要になるものの,地理空間情報の発信にあたって有効な手段である. ただし,インストールや設定等の技術的側面以外にも,改善が期待される点もある.例えば,WMS

経由でデスクトップ GISへデータを提供する場合,現状ではサーバーへの負荷やレスポンスが遅いなどの問題点がある.一方で,FOSS4Gをはじめとするオープンソース・ソフトウェアは,有志により改良が進むことが特徴であり,今後,GISでの利用も改善されることが期待される. また本システムでは,Google Earthでの表示を可能にしたことにより,独自の基礎的地図を用意しなくても土地利用の比較が容易に行えるようになった.この様なシステムを構築する場合,基礎的地図の整備にもコストがかかるので,そこを削減するには有効な手段だといえる.ただし,Googleによるサービスの継続性や,Google Earth画像の位置精度

が保証されていない点に注意が必要である.そのため,現在整備が進んでいる基盤地図情報や,環境省により公開されている自然環境 GISなどを活用することにより,より詳細な比較が可能な基礎的地図を独自に作製する必要があるだろう.一方で,今回使用した KMZ形式を含む KMLファイル形式は,2008年4月に OGCによりオープンスタンダードの地理空間情報規格として採用された 21).これにより,他のサービスやアプリケーションでも KML形式のデータが利用可能になり,本システムの活用も進むことが期待される.

5.まとめ 本論文では FOSS4Gを用いてWeb-GISシステムを構築し,迅速測図の公開を行い,その有効性を検証した. 本システムは利用者を広く一般と想定し,可能な限り簡素で,直感的な利用が出来るシステムとすることを心がけた.全ての場合に簡素なシステムが望ましいとはいえないが,利用者の視点に立ったシステムの設計が必要である. データの提供にあたっては,オープンスタンダードであるWMSを使用した.これにより,アプリケーションに制限されない利用が可能となり,これまでに今昔マップ2(谷・鈴木,2008)などで利用されている.この様に,データの相互活用を促進する意味でも,オープンスタンダードに準拠してデータを提供することが望ましいと考えられる. また,専門家のみならず,個人の blogでも言及されており,今後,迅速測図の利用が様々な場面で進むことが期待される. さらに本研究で構築したシステムは,ハード,ソフトの両面で,学術研究機関や公的機関のみでなく,NPO等の主体でも利用可能なものである.今後,FOSS4Gの活用により,より広範な主体により様々なデータが公開・共有され,地理空間情報のさらなる利活用が進むことを期待したい.

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謝辞 本研究の実施にあたっては,科研費(17780190)の助成を受けた.本システムのファシリティは,農林水産研究計算センターの提供する デジタルコミュニティシステムを利用した.記して感謝します. また,OSGeo財団,OSGeo財団日本支部,GeoServer

User Mailing Listの各位,そして FOSS4Gをはじめとするオープンソース・ソフトウェアの開発者各位に心より感謝します.

注 1) http://www.jmc.or.jp/Howto/maplink.html

2) http://www.google.com/nonprofits/

3) http://geonetwork-opensource.org/

4) http://www.fao.org/geonetwork/srv/en/main.

home

5) http://geodata.grid.unep.ch/

6) http://www.bigmap.org/home/tool.php

7) http://www.gupi.jp/web-gis/

8) http://www.gsi.go.jp/LAW/2930 -index.html

9) http://nlftp.mlit.go.jp/ksj/

10) http://www.centos.org/

11) http://httpd.apache.org/

12) http://www.java.com/

13) http://tomcat.apache.org/

14) http://geoserver.org/display/GEOS/Welcome

15) http://openlayers.org/

16) http://geowebcache.org/

17) http://www.klokan.cz/projects/gdal2 tiles/

18) http://www.gdal.org/

19) 水涯線を透過表示にしたものが以下である. http://habs.dc.affrc.go.jp/water.html?zoom= 13

&lat= 35 .68&lon=139 .75&layers=B0T

Internet Explorer 6で閲覧すると透過部が灰色に表示されるので利用に適さない.

20) http://habs.dc.af frc.go.jp/habs_map.html?

zoom=15&lat=35.81933&lon=139.49023&layers=

B0

21) http://www.opengeospatial.org/standards/kml/

参考文献井口悦男(2001)『明治期迅速測図の基礎的研究』,私家版.岩崎亘典・デイビッド スプレイグ(2005)房総半島のニ

ホンザル生息拡大地域における土地利用変遷に関する研究.「農村計画論文集」,7,1 -6.

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biodic.go.jp/cbd/pdf/nbsap_3 .pdf>.国土地理院(2008)地理空間情報活用推進基本計画,

<http://www.gsi.go.jp/WNEW/PRESS- RELEASE/

2008/0414/01 .pdf>財団法人日本地図センター(2003)『新版 地図と測量の

Q&A』,財団法人日本地図センター.白井豊(2002)明治10年代における下総台地西部の土地利用と薪炭生産-迅速測図と『偵察録』の分析を通して.「歴史地理学」,44(5),1 -21.

迅速測図原図復刻版編集委員会(1991)『明治前期手書彩色關東實測圖:第一軍管地方二万分一迅速測圖原圖覆刻版』,財団法人日本地図センター.

谷謙二・鈴木允(2008)時系列地形図閲覧ソフト『今昔マップ2』(首都圏編・中京編・京阪神圏編)の開発.「2008

年人文地理学会大会研究発表要旨」,152 -153.デイビッド スプレイグ・後藤巌寛・守山弘(2000)迅速測図の GIS解析による明治初期の農村土地利用の分析.「ランドスケープ研究」,63(5),771 -774.

長岡正利(1991)明治前期の手書彩色関東実測図 -第一軍管地方二万分一迅速測図解題-.「国土地理院時報」,74,22 -32.

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with Japan's oldest topographic maps: georeferencing

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Journal of Geographical Information Science, 21(1), 83 - 95 .

(2008年9月24日原稿受理,2009年4月21日採用決定,2009年6月8日デジタルライブラリ掲載)