固有ベクトル空間フィルタリングの連続空間への拡張-91( 1)-...

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91 1)- GIS -理論と応用 Theory and Applications of GIS, 2012, Vol. 20, No.2, pp.1- 12 【原著論文】 固有ベクトル空間フィルタリングの連続空間への拡張 村上大輔 Eigenvector spatial filtering for continuous space Daisuke Murakami* Abstract: Eigenvector spatial filtering (ESF) is a relatively new technique that considers spatial autocorrelation. It is a practical technique that can be easily implemented using standard statistical software packages and can be easily combined with other statistical methods such as general linear model, mixed effect model and so on, and so, applications of ESF is expanding more and more. However, ESF is restrictive in that it cannot consider continuity of space, and therefore, it cannot be applied to spatially continuous variables consistently. In this study, we extend ESF so as to consider the continuity of space. The extended method is practical as same as conventional ESF. To confirm the effectiveness of our method, our method, linear regression model, and kriging (a geostatistical method) are compared using a case study of land price modeling. Keywords: 固有ベクトル空間フィルタリング(Eigenvector spatial filtering),空間的相関 Spatial autocorrelation),連続空間(Continuous space),空間内挿(Spatial inter- polation),実用性(Practicability1.はじめに 空間データの利活用が活発化した近年において, 空間データを柔軟にモデル化することのできる手 法の必要性が高まりつつある.これまでに,空間 データの基本的な性質の一つとして知られる空間 的相関(Spatial autocorrelation),即ち空間的に近接 したデータが相互に類似した傾向を示す性質,を 考慮した柔軟な手法が空間統計学(Spatial statistics例えば Cressie, 1993)や空間計量経済学(Spatial econometrics;例えば LeSage and Pace, 2009)で提案 されてきた.しかしながら,両分野の手法は標準的 な統計パッケージを用いた実装ができない点や他の 統計モデルと直ちに組み合わせることができない点 などで実用性に課題も残されている.今後,空間デー タの利活用がより一層広がりうることを鑑みると, 空間データを表現するための柔軟かつ実用的な手法 を構築することは喫緊の課題といえよう. 空間的相関を考慮する比較的新しいアプローチ に,空間情報を元に抽出された変数の線形和で空 間的相関を説明しようという空間フィルタリング Spatial filtering)がある.これまでに,空間的なク ラスターの検定統計量である Getis G 統計量に基 づいた手法(Getis, 1990)や空間的相関の検定統計量 であるモラン I 統計量に基づいた固有ベクトル空間 フィルタリング(ESFEigenvector Spatial FilteringGriffith, 1996)などが空間フィルタリングのための 手法として提案されており,中でも,ESF は空間的 相関をモデル化するための標準的な手法の一つとな りつつある(Pace et al., 2011). ESF の最大の長所は実用性である(Griffith, 2003). ESF の基本モデルは通常の線形回帰モデルと同一で あり,標準的な統計パッケージを用いて実装でき る(Griffith, 2003).また,一般化線形モデル(Nelder and Wedderburn, 1972)や混合効果モデル(Laird and Ware, 1982)といった,その他の統計モデルと容易 に組み合わせることができる.なお,空間統計学や 空間計量経済学の手法は以上の性質を持たない. ESF の別の長所に柔軟性がある.空間統計学や空 * 学生会員 筑波大学大学院システム情報工学研究科(University of Tsukuba305-8573 茨城県つくば市天王台 1-1-1 E-mail[email protected]

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Page 1: 固有ベクトル空間フィルタリングの連続空間への拡張-91( 1)- GIS-理論と応用 Theory and Applications of GIS, 2012, Vol. 20, No.2, pp.1-12 【原著論文】

-91 (1)-

GIS-理論と応用Theory and Applications of GIS, 2012, Vol. 20, No.2, pp.1-12

【原著論文】

固有ベクトル空間フィルタリングの連続空間への拡張村上大輔*

Eigenvector spatial filtering for continuous space

Daisuke Murakami*

Abstract: Eigenvector spatial filtering (ESF) is a relatively new technique that considers spatial autocorrelation. It is a practical technique that can be easily implemented using standard statistical software packages and can be easily combined with other statistical methods such as general linear model, mixed effect model and so on, and so, applications of ESF is expanding more and more. However, ESF is restrictive in that it cannot consider continuity of space, and therefore, it cannot be applied to spatially continuous variables consistently. In this study, we extend ESF so as to consider the continuity of space. The extended method is practical as same as conventional ESF. To confirm the effectiveness of our method, our method, linear regression model, and kriging (a geostatistical method) are compared using a case study of land price modeling.

Keywords: 固有ベクトル空間フィルタリング(Eigenvector spatial filtering),空間的相関(Spatial autocorrelation),連続空間(Continuous space),空間内挿(Spatial inter-polation),実用性(Practicability)

1.はじめに空間データの利活用が活発化した近年において,空間データを柔軟にモデル化することのできる手法の必要性が高まりつつある.これまでに,空間データの基本的な性質の一つとして知られる空間的相関(Spatial autocorrelation),即ち空間的に近接したデータが相互に類似した傾向を示す性質,を考慮した柔軟な手法が空間統計学(Spatial statistics;例えばCressie, 1993)や空間計量経済学(Spatial

econometrics;例えばLeSage and Pace, 2009)で提案されてきた.しかしながら,両分野の手法は標準的な統計パッケージを用いた実装ができない点や他の統計モデルと直ちに組み合わせることができない点などで実用性に課題も残されている.今後,空間データの利活用がより一層広がりうることを鑑みると,空間データを表現するための柔軟かつ実用的な手法を構築することは喫緊の課題といえよう.空間的相関を考慮する比較的新しいアプローチに,空間情報を元に抽出された変数の線形和で空

間的相関を説明しようという空間フィルタリング(Spatial filtering)がある.これまでに,空間的なクラスターの検定統計量であるGetisのG統計量に基づいた手法(Getis, 1990)や空間的相関の検定統計量であるモラン I統計量に基づいた固有ベクトル空間フィルタリング(ESF:Eigenvector Spatial Filtering;Griffith, 1996)などが空間フィルタリングのための手法として提案されており,中でも,ESFは空間的相関をモデル化するための標準的な手法の一つとなりつつある(Pace et al., 2011).

ESFの最大の長所は実用性である(Griffith, 2003).ESFの基本モデルは通常の線形回帰モデルと同一であり,標準的な統計パッケージを用いて実装できる(Griffith, 2003).また,一般化線形モデル(Nelder

and Wedderburn, 1972)や混合効果モデル(Laird and

Ware, 1982)といった,その他の統計モデルと容易に組み合わせることができる.なお,空間統計学や空間計量経済学の手法は以上の性質を持たない.

ESFの別の長所に柔軟性がある.空間統計学や空

* 学生会員 筑波大学大学院システム情報工学研究科(University of Tsukuba)      〒 305-8573 茨城県つくば市天王台 1-1-1  E-mail:[email protected]

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間計量経済学のモデルが距離(近接性を表す変数)関数を用いて空間的相関を表現するのに対し,ESF

は近接行列の固有ベクトルを用いて空間的相関をモデル化する.このようなアプローチを用いることで,地域毎の空間相関構造の差異(例えば都心部には強い空間的相関が存在し,郊外部にはそれが存在しないなど)や階層的な空間相関構造(例えば都道府県レベルの空間的相関,市町村レベルの空間的相関の2階層など)のような,距離だけでは説明することのできない空間相関構造も表現できる(Oblet and

Creutin, 1986; Dray et al., 2006).空間データを柔軟に表現するための方法論は,空間的に連続なデータ(例:気温,地価)を対象に,特に活発に議論されてきた(例えば堤・瀬谷,2010).これは,空間的に連続なデータを対象地域内の全地点で観測することは一般に困難であり,有限のデータを用いて,データの持つ連続的な空間構造を精度よく再現することのできる手法(例:補間法,空間パターンの分析法)が必要とされることが多かったためである.上述のようにESFは柔軟でありデータの持つ空間構造のモデル化に向いている.しかしながら,ESFは離散空間を前提とするため空間的に連続なデータの空間構造のモデル化には向かない.そこで本研究では,ESFを,連続空間を明示的に

考慮する手法へと拡張する.第2章でESFについて議論し,第3章ではESFを連続空間に拡張する.第4章では拡張された手法を地価関数の推定に適用することでその有用性を検証し,第5章で本研究の結論と今後の課題について議論する.

2.固有ベクトル空間フィルタリング(ESF)空間的相関の代表的な検定統計量としてモラン I

統計量(Imoran)が知られている.I n n nmoran = ′ − ′ − ′ ′ − ′y I 11 C I 11 y y I 11 y( / ) ( / ) / ( / ) (1)

nはデータ数,yは空間的相関を検定する変数からなるn×1のベクトル,Iはn×nの単位行列,1は1

を要素に持つn×1のベクトル,Cはn×nの近接行列である.簡単のため,以降ではCを隣接行列に限定して議論を進める.Imoranは–1から1までの値をとり,1に近いことはyが強い正の空間的相関を持つ

こと,–1に近いことはyが強い負の空間的相関を持つことを,それぞれ表わす.モラン I統計量は近接性を (I–11'/n)C (I–11'/n)で定義した統計量である.

ESFとは (I–11'/n)C (I–11'/n)の固有ベクトル(2)式を用いて空間的相関を考慮するアプローチである.{ , , } [( / ) ( / )]E E E I 11 C I 111 2 n evec n n= − ′ − ′ (2)

ここで,evec[ ]は括弧内の行列の固有ベクトルを与える演算子である.E1は最大の固有値を持つ固有ベクトルであり,モランI統計量で説明可能な最も大域的な空間パターンを表す.E2は2番目に大きな固有値を持つ固有ベクトルであり,E1と無相関,かつモランI統計量で説明可能な最も大域的な空間パターンを表す.同様に,Enはn-1番目までの全ての固有ベクトルと無相関,かつモランI統計量で説明される最も大域的な空間パターンを表す.ここで,各固有ベクトルは,先行研究(例えばGriffith and

Paelinck, 2011)に倣い大文字で表記することとした.ESFの基本式は(3)式で与えられる.

y x E Ns s k kk

s l ll

s s= + +∑ ∑, , ~ ( , )β γ ε ε σ 0 2 (3)

sは地点を表す.kは説明変数,lは固有ベクトルの添え字であり,ys,xs,k,εsは,地点 sの,被説明変数,k番目の説明変数,攪乱項をそれぞれ表す.Es,lは(2)式より与えられる第 l固有ベクトルの第 s要素である.βk,γl,σ2はパラメータを表す.(3)式の右辺第1項はysのトレンド,右辺第2項はysの空間パターンを表す(Tiefelsdorf and Griffith, 2007).(3)式に投入する固有ベクトルは,(i)最初にモラン I統計量が0.25以上の固有ベクトルを予め抽出し,(ii)次にステップワイズ等を用いてそれらの中から選定することで,決定できる(Griffith, 2003).各固有ベクトルについて,モラン I統計量の降順と固有値の降順は完全に一致する.従って,(i)は固有値の大きな固有ベクトルを抽出することを意味する.また,変数選択(ii)は,自由度調整済み決定係数の最大化や,残差のモランI統計量の最小化等に基づいて行うことができる.前者は精度の良いモデルの特定に,後者は空間的相関の除去に有効である.空間計量経済学や空間統計学のモデルは,空間的相関を考慮した結果として共分散が距離の関数で与

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えられることとなり,共分散が0というガウス―マルコフ定理の仮定を満たさなくなるため,通常最小二乗推定が適用できない.一方で,ESFの基本式(3)式は通常線形回帰モデルと同一であり,その共分散は0であるため通常最小二乗推定が適用できる.

ESFの基本式(3)式は空間計量経済の代表的なモデルである空間ラグモデル(4)式から導出できる(Tiefelsdorf and Griffith, 2007).

y w y x Ns s s ss

s k kk

s s= + +′ ′′∑ ∑ρ β ε ε σ, , ~ ( , ) 0 2 (4)

ここで,s'は地点,ws,s’は地点間の近接性,ρはパラメータを表す.(4)式は,誘導型とした後にレオンチェフ展開を適用することで(5)式となる.

y x w xs s k kk

ks sm

s k k skm

s= + +

+∑ ∑∑ ′

, , ,β ρ β ε ε

               ε σs N~ ( , )0 2 (5)上式内の空間的相関を説明する項である右辺第2項はxs,kに依存する成分とそれ以外の成分から成ることがわかる.一方,Es,lは対象地域内で生じうる空間的相関の成分とみなすことができ,その線形和はxs,k

の空間的相関を説明する成分とそれ以外の空間的相関を説明する成分に分解できる.以上より,(6)式が近似的に成り立つ(Tiefelsdorf and Griffith, 2007).

E w xs l ll

ks sm

s k k skm

, , ,γ ρ β ε∑ ∑∑≈ +

(6)

(6)式を空間ラグモデル(5)式に代入することで,ESFの基本式(3)式と同一となる.従って,ESFは,空間ラグモデルの特殊形とみなすことができる.

3.固有ベクトル空間フィルタリング(ESF)の連続空間への拡張

3.1.ESFの連続空間上での定式化3.1.1.固有値・固有ベクトルの解析解いま,X軸方向にP個,Y軸方向にQ個のメッシュが敷き詰められた長方形の空間(図1)を考える.この空間上の隣接行列Cを,隣接する4メッシュに等しい重み1を与えることで定義した場合,Cの固有値は(7)式となる(Griffith, 2000).

λπ π

p qpP

qQ, cos cos=

+

+ +

2

1 1 (7)

p={1,2...P},q={1,2...Q}であり,両変数の取り方に応じてp×q通りの固有値が算出される.固有値が最大となるのはp=q=1の時である.各固有値λp, qに対応した固有ベクトルの第 s要素(第 sメッシュでの実現値を表わす)は(8)式で解析的に与えられる.

EP Q

p pP

q qQs p q

s s, , ( )( )

sin sin=+ + +

+

21 1 1 1

π π (8)

ps={1,2...P}及びqs={1,2...Q}はメッシュ sのX軸及びY軸方向のメッシュ番号を表す.なお,近接行列C

を隣接8メッシュに等しい重みを与えることで定義した場合についても,その固有ベクトルは(8)式で与えられることが知られている(Griffith, 2003).ここで,(7),(8)式はCの固有値,固有ベクトルの解析解であり,従来のESFで用いられる (I–11'/n)

C(I–11'/n)の固有値,固有ベクトルの解析解ではない.しかしながら,(9)式を用いることで,Cの固有ベクトルEp,q(PQ×1)は,(I–11'/n)C(I–11'/n)の固有ベクトルE*

p,qに変換できる(Griffith, 2000).

E1

I 11 Ep qp q p q

n if p qk n otherwise,

*

, ,

( / )( / )

∝= =

− ′

1 1 (9)

kp,qはEp,qの標準偏差の逆数,(I–11'/n)はEp,qを平均0

のベクトルに変換するための行列(PQ×PQ)である.以降では,p=q=1以外の各固有ベクトル,即ち,第1固有値以外の固有値に対応した各固有ベクトルを非第1固有ベクトルと呼ぶこととする(8),(9)式を用いることで,固有ベクトルの算出のために通常必要となる特性方程式の解の導出(O(n3))が不要となり,計算量は大きく軽減される.ただし,データが格子状に分布していない限りこの解析解は適用できない.

s

X 1 2 3 ・・・・・・ P

Q ・ ・ ・ ・ 3 2 1

ps = 2, qs = 3

Y

図 1 メッシュの敷き詰められた空間

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3.1.2.固有値・固有ベクトルの解析解の連続空間への拡張

本研究では,図1に示す空間内の各メッシュを極限まで細分化することで連続空間(図2)を定義し,同空間上でESFを再定式化する.そのために,まず,PとQを極限まで大きくすることでP (∞),Q (∞)とする.その結果,極限まで細分化されたメッシュ間についての隣接行列C(∞)(P (∞)×Q (∞))の固有値は(10)式,固有ベクトルは(11)式でそれぞれ与えられる.

lim cos cos( , ) ( , )

( )( ) ( ), ,P Q p q p q

pP

qQ→ ∞ ∞

∞∞ ∞= =

+

λ λ π π2

(10)

lim sin sin( , ) ( , ) , , , ,

( )

P Q s p q s p q s sE E p p q q→ ∞ ∞

∞= ∝ ′( ) ′( )π π (11)ここで,∝は比例の演算子である.(11)式のp's{=ps/

P (∞)}は,長方形空間の,X軸方向の総長に占める,X軸の始点から地点 sまでのX軸方向の長さの割合,q's{=qs/Q

(∞)}はY軸方向の同割合である.p,qは任意の自然数で与えられ,それらの取り方に応じて固有ベクトルと固有値が算出される.

(I–11'/n)C(∞)(I–11'/n)の固有ベクトルは,理論的には,(9)式を用いてC(∞)の固有ベクトルを変換することで求めることができる.しかしながら,C(∞)の各固有ベクトルのサイズはP (∞)Q (∞)×1,即ち(無限)×1となるため,(9)式をそのまま適用することはできない.Griffith(2000)は,P,Qの両方を大きくしていくと,Cの各非第1固有ベクトルの要素の平均値は,漸近的に0に収束することを示した.従って,C(∞)の各非第1固有ベクトルの要素の平均値もまた0

となるため,要素の平均を0とするための行列 (I–11'/

n)を用いることなく,C(∞)の固有ベクトル(11)式を(I–11'/n)C(∞)(I–11'/n)の固有ベクトルに置き換えることができる.以上と(9),(11)式より,(I–11'/n)C(∞)(I–11'/

n)の固有ベクトルの第s要素は(12)式となる.

Eif p q

p p q q otherwises p qs s

, ,( )* ( / )

sin sin∞ ∝

∞ = =′( ) ′( )

1 1 1π π

(12)

ここで,(9)式で各固有ベクトルに掛かっていた定数kp,qは比例の演算子(∝)により消滅したが,各固有ベクトルは(3)式のパラメータ γlでスケーリングされることとなるため,パラメータ推定への影響はない.(12)式で与えられる各固有ベクトルは,モラン I統計量で説明可能な空間パターンを表し,各ベ

クトルは長方形空間内で直交かつ無相関となる.(12)式より与えられる各非第1固有ベクトルのX・

Y軸方向の各空間スケールは,(12)式内の sin(p' pπ)

と sin(q' qπ)の波長を求めることで,それぞれ(13),(14)式で定義できる.

2( ) /max minpX pX p− (13)2( ) /max minpY pY q− (14)

pXmax,pXmin及びpYmax,pYminは,長方形空間のX座標の最大値・最小値,及びY座標の最大値・最小値である.ここで,(13),(14)式だけでなく,両式内のpとqもまた空間スケールの指標と解釈できる.例えば,{p, q}={4, 6}の固有ベクトルは,長方形空間のX軸方向の総長の1/2倍,Y軸方向の総長の1/3

倍のスケールの空間パターンをそれぞれ説明することが(13),(14)式より確認できる.参考までに,{p,

q}={3, 2},{4, 6},{15, 15}に対応する各固有ベクトルの空間分布を図3に示す.なお,C(∞)の固有値(10)式はpとqのみ依存するため,固有値(10)式もまた固有ベクトルの持つ空間スケールの指標である.

3.1.3.固有ベクトルの選択従来のESFに倣い,(i)モラン I統計量が0.25以上

の,即ち,大きな固有値を持つ (I–11'/n)C(∞)(I–11'/n)

の非第1固有ベクトルを抽出し,次に,(ii)抽出された固有ベクトルの中から変数選択を用いてモデルに投入する非第1固有ベクトルを絞り込むこととする.本節では,(i)を行う方法を議論する.

(I–11'/n)C(∞)(I–11'/n)の非第1固有ベクトル((12)式2段目)はC(∞)の非第1固有ベクトル(11)式に等しいため,その固有値はC(∞)の固有値(10)式を用いて比較することとする.C(∞)の固有値は,理論的

X

1, 2, 3 ・・・ a・・・ P (∞)

Q (∞)

・ ・ b ・ ・ 3 2 1

Y

s

ps = a, qs = b

p's = a / P (∞), q's = b / Q (∞)

図 2 メッシュが極限まで細分化された空間

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には-4から4までの値をとりうる.しかしながら,p,qに何らかの有限の定数を与えた場合,p/P (∞)とq/

Q (∞)は(有限数)/(無限数)=0となり(10)式は必ず4となる.2章1節と前節で述べたように,固有値は固有ベクトルの持つ空間スケールの指標である.従って,固有値が一様に4となることは,各固有ベクトルの空間スケールが同一であることを表す.しかしながら,図3からもわかるように,各固有ベクトルの空間スケールは実際には同一とはならない.そこで,極限操作で消失した固有ベクトルの空間的なスケールの情報を復元するために,固有値(10)式を,マクローリン展開を用いて下式に展開する.

λπ

p q Pp q

m,( )

( ) ( )!∞

∞ ∞= − +

+

2 2 2

2

22

2

2

    π 4

44

4

44! ( ) ( )Pp q

m∞ ∞+

(15)

m(∞)=Q(∞ )/P(∞ )=(pYmax‐pYmin)/(pXmax‐pXmin)で あ る.ここで,Cの固有値の解析解(7)式をマクローリン展開した後にPとQの極限をとった場合にも(15)式が得られる.(15)式は(16)式に展開できる.

λπ

p q PP p q

m,( )

( )( )

( )!∞

∞∞

∞= − +

+

2 222

22

22

2

   π 4

24

4

44! ( ) ( )Pp q

m∞ ∞+

  ∝ − +

π 22

2

22p q

m( ) (16)

(16)式第1行目の2/P (∞ )2と2P (∞ )2は,全ての固有値について同一の値を示すため比例の演算子により消滅し,また,大括弧内の第三項以降は,各項にかかる1/P (∞ )が漸近的に0となるため消滅した.(16)式第2行目が大きい(負に小さい)ことは固有値が大きいことを意味するため,同式を用いて固有値の大きさが比較できる.

次に,固有値の比較を通して抽出する固有ベクトルの数について議論する.一般に,メッシュr(=1,2,...R)が1列に並んだ1次元空間においては,2cos(rπ/(R+1)) >0.50を満たす rで定義された固有ベクトルであることが,固有ベクトルのモラン I統計量が0.25以上となることの必要十分条件であり(Griffith, 1996),これを満たす固有ベクトルの数はメッシュの総数Rの0.4196倍となることが解析的に確認できる.このことは,欠損を仮定しない(即ち,R=データ数の)通常のESFを1次元空間に適用した場合,0.4196×データ数個の固有ベクトルが抽出とされることを意味する.ここで,非第1固有ベクトル(12)式2段目は,X軸方向の空間パターンを表す固有ベクトル sin(p's pπ)と,Y軸方向の同固有ベクトルsin(q's qπ)の積から成る(Griffith, 2000).そのため,従来のESFに基づけば,両軸方向について0.4196×データ数個の固有ベクトルを抽出することが望ましい,以上より,本研究では0.4196×データ数個の固有ベクトルを抽出することとする.但し,ここでの議論は必ずしも理論的に厳密ではないため,今後,精緻化が必要である.

3.1.4.モデルの構築(12)式で与えられる非第一固有ベクトルをESF

の基本式(3)式に代入すると(17)式となる.

y x p p q qs s k kk

s s p qqp

s= + ′( ) ′( ) +∑ ∑∑, ,sin sinβ π π γ ε

              ε σs N~ ( , )0 2 (17)(17)式の右辺第2項は,対象地域を包含する長方形空間上の空間パターンを表す.(17)式は従来の線形回帰モデルと同一であり,最小二乗法が適用できる.(17)式の推定は,最初に前節の方法で有限の固有ベクトルを抽出し,次にそれらを(17)式に投入

{p, q}={3, 2}の場合 {p, q}={4, 6}の場合 {p, q}={15, 15}の場合

図 3 (12)式より得られる固有ベクトルの空間分布

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した上で変数選択を行うことで実装できる.変数選択は(i)自由度調整済み決定係数や説明変数の有意水準,(ii)モラン I統計量といった基準に基づいて行うことができる.(i)は精度良いモデルの構築,(ii)は残差の空間的相関の除去に有効である.変数選択にあたっては,固有ベクトル間の共線性に配慮する必要がある.これは,(17)式内の固有ベクトルは長方形空間上のP (∞ )×Q(∞ )個の要素から成る互いに無相関なベクトルであり,そのデータ観測点についての実現値のみから成るサブベクトルが互いに無相関となるとは限らないためである.(17)式を長方形以外の形状の地域に適用するためには,同地域を包含する長方形空間の取り方が分析結果に及ぼす影響を検証する必要がある.Eubank and Spechman(1991)は,線分上で定義された sin(rs',rπ)(r:座標値,rs':線分の総長に占める,線分の始点から地点 sまでの線分の長さの割合)の線形和の精度が,線分の両端付近で低くなりうることを示した.(17)式もまたX・Y軸方向の各空間パターンを同様の sin関数の線形和で表現するため,そのままでは長方形の境界付近の精度が低くなる恐れがある.この問題に対し,彼らは座標値 rに基づいた低次の項(r,r2,r3・・・)を sin関数の線形和に追加することで,データの分布形や観測位置によらず,モデルの精度が線分上で漸近的に一様となること,即ち線分の両端で精度が低下するという問題が解消できることを示した.そこで,(17)式についても座標値に基づいた低次の項を導入することで,長方形の境界付近の精度低下を防ぐこととする.その結果,(17)式は(18)式に修正される.

y x p p q qs s k kk

s s p qqp

= + ′( ) ′( )∑ ∑∑, ,sin sinβ π π γ

+ +∑ r Ns m mm

s s, ~ ( , )θ ε ε σ0 2 (18)

rs,mは trend surfaceを表わすm番目の項の地点sにおける実現値,θmはパラメータである.rs,mは地点sのx座標値やy座標値,あるいはそれらの冪乗で与えることができる.なお,(18)式を用いることで長方形の取り方による影響は緩和されるものの,その影響は完全に排除されるわけではない点に注意されたい.(18)式のような三角関数を説明変数とした回帰

は,一般にharmonic regression(例えばWilks, 2006)と呼ばれる.従って,harmonic regressionに基づいた空間フィルタリングのアプローチである提案手法はHSF(Harmonic spatial filtering)と呼ぶこととする.

3.2.Harmonic Spatial Filtering(HSF)の性質3.2.1.ESFとの関係

HSFは,従来のESFと同様に,実装や拡張が容易である点,距離に依存しない空間相関構造をモデル化できる点を長所に持つ(詳しくは第1章).一方で,ESFが空間的に離散なデータ(例:市町村別人口)を対象とするのに対し,HSFは空間的に連続なデータ(例:気温,地価)を対象とする.HSFは,長方形空間内の任意地点のデータが(18)式に従うという前提の下で構築されたため,観測データから推定されたパラメータと同空間上の任意地点の説明変数を(18)式に代入することで,データの補間や空間パターンの分析に容易に適用できる(詳しくは第4章).また,HSFが解析解を用いて固有ベクトルを算出するのに対し,ESFでこの解析解が適用できるのは,データが格子状に配置されている場合のみである.この解析解は物理計算量の削減に有効である.従って,計算量の観点からは,HSFはESFよりも優れている.また,解析解を用いた結果として行列演算が不要となり,HSFで必要となる,変数選択までの全ての計算は表計算ソフトなどでも実装可能である(図4).筆者の知る限り,空間的相関を考慮し,かつこのような性質を持つ手法は存在しない.従って,HSFは実用的な手法である.一方で,HSFの適用にあたっては(ESFも同様で

あるが)多数の固有ベクトルが説明変数の候補となりうるため,時間計算量の削減のためには変数選択の効率化が必要である.また,HSFはESFとは異なり長方形空間の仮定が必要となるため,長方形空間の取り方が分析に与える影響を検証することもまた,今後の重要な課題といえよう.

3.2.2.空間計量経済モデルとの関係HSFは,ESFと同様に空間ラグモデルから導出で

きる.従って,HSFは,離散空間を前提に議論の行

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われてきた空間計量経済モデルを連続空間上に拡張した手法の一つとみなすことができる.具体的には,ESFと同様の展開(第2章参照)を行うことで,HSF

の基本式(17)は近似的に(19)式となる.

y w y x zs s s ss

s k k s m mmk

s= + + +′∞

′′∑ ∑∑ρ β θ ε,

( ), ,

              ε σs N~ ( , )0 2 (19)ここで,ws s,

( )′

∞は長方形空間上の地点(極小メッシュ)sとs'の隣接の有無を表す.(19)式より,HSFは,隣接地点への空間波及を仮定することで連続空間上の空間的相関を考慮する手法とみなすことができる.

3.2.3.空間統計モデルとの関係空間統計学の代表的な手法に,(20)式を用いて連続空間上の空間的相関をモデル化するkrigingがある.

y x N c ds s k kk

s s s s= +∑ ′, ,~ ( , ( ))β ε ε 0 (20)

c (ds,s')は,共分散関数と呼ばれる地点sとs'の間のユークリッド距離ds,s'の関数である.krigingについて詳しくはCressie(1993)を参照されたい.

HSFは実装性・拡張性・柔軟性でkrigingに勝る.krigingは,共分散に関数を仮定する点で線形回帰モデルと異なるため,HSFとは異なり,標準的な統計パッケージを用いて実装することや,線形回帰モデルに基づいたその他の統計モデルと直ちに組み合わせることはできない.また,krigingが定常性(データの持つ空間過程の期待値と分散が移動不変,かつ

共分散が距離のみの関数で与えられるという性質)の仮定に基づいているのに対し,HSFはこれを仮定しない.従って,データが定常でない場合にも定式化の誤りを生じない点でHSFはより柔軟といえる.但し,定常の仮定が妥当なデータも数多く存在することから,必ずしもHSFの精度がkrigingの精度を上回るとは限らない点に注意されたい.

HSFは長方形空間の仮定を必要とする点でkriging

に劣る.さらに,ECSFは固有ベクトル毎にパラメータを与える必要があるために自由度の浪費の観点からもkrigingに劣る.空間統計学には,直交基底(HSFの場合は sin(p's pπ)

sin(q's qπ))の線形和を用いて空間的相関を表現するHSFに類似した手法も存在する(例えばOblet and

Creutin, 1986; Stepherson et al., 2005).しかしながら,空間統計学の手法が共分散行列を分解することで直交基底を定義するのに対し,HSFはモラン I統計量が仮定する隣接行列を分解することで直交基底を定義する点で異なる.空間統計学の多くの手法は長方形空間の仮定が不要である点でHSFに勝る.一方で,それらを連続空間上に適用するためには直交基底を数値的に求めなくてはならず(Sampson, 2010),実装性・計算量でHSFに劣る.

3.2.4.Trend Surface Modelとの関係trend surface model(例えば,Chorley and Haggett,

1965)とは,緯度経度に基づいた多項式を用いて空

[手順 1] 各データ観測点について ps,qsを算出する(下表2, 3列目). [手順 2] pとqを下表1,2行目以下のように並べ(ここではp, qの最大値を3として並べた),各p, qの組み合わせに対応

する固有値を(16)式を用いて算出する(下表3行目).次に,固有値の大きさに順位をつける(下表4行目). [手順 3] 固有値の大きな地点数×0.4196(今回は2)個の非第一固有ベクトル(下表5, 7列目)を(12)式を用いて抽出する.

p 1 2 3 1 2 3 1 2 3 q 1 1 1 2 2 2 3 3 3

固有値 λ1,1(∞) λ2,1

(∞) λ3,1(∞) λ1,2

(∞) λ2,2(∞) λ3,2

(∞) λ1,3(∞) λ2,3

(∞) λ3,3(∞)

(大きさの順位) 1 2 5 3 4 7 6 8 9 地点

s ps qs 第一固有ベクトル

非第一固有ベクトル (地点数5×0.4196≒2のため,固有値の大きな2つの固有ベクトルを(12)式より抽出)

1 p1 q1

計算不要

sin(2psπ) ×

sin(qsπ) 計算不要

sin(psπ) ×

sin(2qsπ) 計算不要

2 p2 q2 3 p3 q3 4 p4 q4 5 p5 q5

図 4 固有ベクトル抽出のための表計算ソフトへの入力の例(データ数が 5の場合)

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間パターンを表現するモデルであり,緯度経度自体の多項式を用いる方法が最も一般的である.また,緯度経度をフーリエ変換することで得られる(21)式の線形和を用いるJames(1966)の手法も存在する.sin sin cos cos

sin co

′( ) ′( ) + ′( ) ′( ) +

′( )p p q q p p q q

p ps s s s

s

π π γ π π γ

π1 2

ss cos sin′( ) + ′( ) ′( )q q p p q qs s sπ γ π π γ3 4

(21)γ1~ γ4はパラメータである.(21)式は(12)式2段目の一般形である.但し,彼の手法は,その他のtrend surface modelと同様に,空間的相関,ひいてはその元となる定理である地理学第一定理(Tobler,

1970)に基づいていない点でHSFとは異なり,また,その結果として,cos関数のかかる項を持つ点や変数選択の方法などもまたHSFとは異なる.HSFは地理学第一定理と整合する形で James(1966)を再定式化した手法の一種とみなすことができる.

4.提案手法の実データへの適用4.1.分析の概要

HSF(HSF),線形回帰モデル(Non-Spatial),及びkriging(Kriging)を地価関数の推定と地価の補間に適用する.なお,ESFは連続空間上のデータへの適用には向かないため(第1章参照),ここでは比較対象から外した.本実証では,国土交通省のWebサイト,国土数値

情報ダウンロードサービス(http://nlftp.mlit.go.jp/ksj/

index.html)で公開されている2007年度住宅地公示地価データと都道府県地価調査データを使用する.対象地域は東京都,埼玉,千葉,神奈川,及び茨城県南部とする(図5).対象範囲内の標本数は9,245

である.また,補間の対象は同地域内の26,357の町丁目とした.被説明変数は公示地価(万円 /m2)の自然対数,説明変数は表1に示す各変数である.なお,土地利用毎の面積を表す変数間の完全な多重共線性を防ぐため,土地利用分類のうちの一つである「建物用地」は説明変数から除外した.

HSFとKrigingで必要となる空間座標は平面直角座標系新日本測地系第9系で定義した.HSFについては,同測地系に基づいて対象地域のX,Y座標の

最大値と最小値を計測し,それらで囲まれる長方形の空間から固有ベクトルを抽出した.第3章1.2節の議論に倣い,抽出する固有ベクトルの数は3,879

(=9,245×0.4196)とする.また,HSFの zs,mにはX

座標値とY座標値の2変数を用いることとする.推定にあたっては,まずステップワイズ法(5%有意水準で有意な説明変数のみを抽出するという前提に基づいた変数増減法)を用いて説明変数を選択する.次に,VIF(Variance Inflation Factor)(22)式を用いて多重共線性を持つ説明変数を除外する.

VIFrkk

=−1

1 2 2( ) (22)

ここで,VIFkはk番目の説明変数のVIF,rk2はk番

目の説明変数を被説明変数,それ以外の各説明変数を説明変数とした線形回帰モデルの決定係数である.VIFが10以上であることが多重共線性の基準とされることが多く,本研究でもこの基準を用いる.

Non-SpatialとHSFのパラメータ推定には通常最小二乗法,Krigingのパラメータ推定には,その代表的な推定手法であるWLS&EGLS法(例えば,Cressie,

図 5 地価の実測値

表 1 説明変数の概要説明変数 出典・年度 概 要

東京距離Yahoo!路線情報(2009)

最寄り駅から東京,新宿,池袋,渋谷,品川のいずれかの駅までの最短所要時間 (分)

駅距離 国土数値情報 (2007)

最寄り駅までの距離(km)

市街化区域 市街化区域であれば1 (ダミー変数)

土地利用別の面積(10項目)

国土数値情報(2006)

各土地利用種別 (田 , その他農地,森林,荒地,交通用地,その他用地,河川,海浜,海水域,ゴルフ場)の,1km2あたりの面積 (m2 / km2)

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1993)を適用する.ここで,Non-SpatialとHSFに適用する通常最小二乗法は,誤差項が独立同分布に従うという強い仮定に基づいている点に留意されたい.以上の計算にはフリーの統計ソフトウェアの

「R」,地図の描画にはESRI社の「ArcGIS」を用いる.

4.2.分析結果4.2.1.パラメータ推定結果ステップワイズ法とVIFに基づいた変数選択を

HSFに適用した結果,491の固有ベクトルが有意と推定された.HSFから抽出された地価の空間パターン,即ち推定された固有ベクトルの線形和の空間分布を図6に示す.ここでは,第2~405固有ベクトル(第405固有ベクトルはX・Y軸方向の両波長が概ね

20kmとなる固有ベクトルにあたる)で説明される大域的なパターンを左図に,第406~3879固有ベクトルで説明される局所的なパターンを右図に,それぞれ示した.図6より,首都圏の地価は,大域的には東京都心及び西部を中心とした同心円状の空間パターンが,局所的には鉄道ネットワークに沿って高い値を示す空間パターンが,それぞれ支配的であることが確認できる.以上のようなスケール毎の空間パターンはNon-SpatialやKrigingでは抽出できない.固有ベクトルを除く各説明変数のパラメータ推定結果を表2に示す.表中の東京距離(負),駅距離(負),市街化区域(正),田(負),その他農地(負),森林(負),河川(負)は各モデルについて1%水準で有意あり,各推定値の符号は直観と整合的である.一方で,荒

第2~第405固有ベクトルから抽出されたパターン 第406~第3879固有ベクトルから抽出されたパターン

図 6 HSFで抽出された地価の空間パターン

表 2 パラメータ推定結果

Non–Spatial Kriging HSF 説明変数 推定値 t 値 推定値 t 値 推定値 t 値

定数項 12.7 597 *** 1) 11.3 548 *** 11.1 744 ***

東京距離 -1.92×10-2 -101 *** -4.61×10-3 -13.4 *** -3.34×10-3 -21.4 ***

駅距離 -6.01×10-2 -23.1 *** -1.06×10-1 -33.8 *** -1.11×10-1 -76.5 ***

市街化区域 4.55×10-1 29.1 *** 5.91×10-1 59.2 *** 5.40×10-1 80.5 ***

田 -1.07×10-6 -33.9 *** -2.92×10-7 -14.0 *** -1.70×10-7 -11.5 ***

その他農地 -7.55×10-7 -23.4 *** -2.34×10-7 -10.3 *** -1.88×10-7 -12.1 ***

森林 -4.21×10-7 -13.2 *** -2.70×10-7 -11.9 *** -1.79×10-7 -12.0 ***

荒地 -9.32×10-7 -7.15 ***

交通用地 5.90×10-7 3.64 *** 3.60×10-7 5.27 ***

その他用地 -4.87×10-7 -11.9 ***

河川 -4.30×10-7 -8.92 *** -2.48×10-7 -8.70 *** -1.86×10-7 -8.95 ***

海浜 1.89×10-6 2.89 ***

ゴルフ場 -3.33×10-7 -3.49 ***

Partial-sill 2.15×10-1

Nugget 3.05×10-2

Range 80.2

推定値 z 値 推定値 z 値 推定値 z 値 残差のモランI統計量 2.31×10-1 305 *** 2) 2.33×10-2 3.38 ***

1) ***は1%,**は5%,*は10%水準で有意であることを表す 2) Krigingの残差は必ず0となるため残差のモランI統計量は計算できない

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地(負),その他用地(負),海浜(負),ゴルフ場(負)はNon-Spatialのみでは有意であるものの,これは空間的相関を無視したことにより生じたバイアスである可能性がある.なお,HSFで投入したX座標値とY座標値はいずれも変数選択により除外された.ここで,誤差項に独立同分布を仮定する通常最小二乗推定の適用にあたっては,残差の空間的相関は,t値の過大評価を招くことが知られている.そこで,Non-SpatialとHSFの残差の空間的相関を,モランI統計量を用いて検定した(表2).その結果,HSFの残差から検出された空間的相関のz値はNon-Spatial

のz値の100分の1程度であり,HSFを用いることで残差の空間的相関が相当程度除去されたことが確認できる.しかしながら,HSFの残差の空間的相関は1%水準で有意である.その原因の一つに変数選択の基準が考えられる.本実証で適用した有意水準に基づく変数選択は,精度の良いモデルを特定するという点で優れている一方で,必ずしも残差の空間的相関を除外しきれるとは限らない.空間的相関をより適正に除去するためには,モラン I統計量の最小化に基づいて変数を選択することが望ましい.

4.3.補間結果5-foldクロス-バリデーションを用いることで,即ち,データをランダムに5分割し,そのうちの4

つのデータを用いた残りの1つの予測を5回繰り返すことで,各モデルの予測能力を検証する.各モデルの予測精度は平均二乗平方根誤差(RMSE:Root

Mean Square Error)を用いて評価する.

RMSES

y ys si

m

= −=∑1

0

2

1( ˆ ) (23)

ここで,S0は予測地点の数である.RMSEの計算結果を表3に示す.この表より,

HSFとKrigingのRMSEはNon-Spatialの半分程度であり,空間的相関を考慮することが補間精度の向上に資することが確認された.また,HSFの補間精度はKrigingを上回っており,HSFの精度の良さもまた確認された.HSFとKrigingの精度の差異は,HSFが非定常な空間構造(例えば,図6右で示した鉄道路線沿線の異質性)を考慮できるのに対してKrigingはこ

れを考慮できないために生じた可能性がある.次に,地点毎に誤差率を算出することで,各モデルの精度をより詳細に比較する.

誤差率 =−

×ŷ y

ys s

s

100 (24)

誤差率の要約統計量を表4に示す.誤差率の平均値と中央値より,HSFの誤差率がNon-SpatialとKrigingよりも小さいことが確認できる.一方で,誤差率の標準偏差より,HSFの誤差率のばらつきはKrigingよりも大きいことがわかる.次に,両モデルの誤差率の差のプロットを図7

に示す.図7の白い地点は,HSFの誤差率がNon-

Spatial,あるいはKrigingの誤差率よりも小さな地点を表しており,黒い地点はその逆である.図7より,HSFの補間精度は,対象地域全域でNon-Spatial

を上回っていること,郊外部の比較的多くの地点でKrigingを上回っていること,都心部の比較的多くの地点でKrigingの精度を下回っていることが,それぞれ確認できる.HSFの精度は,全体の75.5%にあたる6,978地点でNon-Spatialを上回り,全体の46.0%

にあたる4,253地点でKrigingの補間精度を上回った(全体の54.0%にあたる4,647地点で下回った).

Krigingはデータ間の近接を明示的にモデル化するために,データの密集した地域の補間精度は,一般に良好となる.一方で,HSFはデータ間の近接を明示的にはモデル化しないため,データが密集した地域であったとしても精度が良好となるとは限らない.このような差異のために,都市部においてはKrigingの精度がより良好となった可能性がある.また,データの多くは都市部に分布しているために,全体として,Krigingの精度がHSFを上回る地点の

表 3 RMSEの算出結果(万円 /m2の対数値) Non-Spatial Kriging HSF

RMSE 3.79×10–1 1.67×10–1 1.50×10–1

表 4 誤差率の要約統計量

Non-Spatial Kriging HSF 平均 2.44×10-2 9.01×10-3 8.88×10-3 中央値 1.80×10-2 6.58×10-3 5.31×10-3 標準偏差 2.45×10-2 9.23×10-3 1.20×10-2 最大値 2.63×10-1 1.25×10-1 1.53×10-1 最小値 1.41×10-6 2.78×10-6 5.92×10-7

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数が多くなった可能性がある.最後に,KrigingとHSFの両補間結果を図8に示す.この図より,HSFとKrigingの補間結果は類似していることがわかる.一方で,郊外部(特に北部)におけるHSFの補間結果は,鉄道路線から離れるに伴う地価の下落がより急激であることが確認できる.これは,図6右で示したように,鉄道路線沿線の非定常な空間構造がHSFで考慮されたためであると考えられる.郊外部におけるHSFの精度はKrigingに比べて良好であったことから(図7),同地域の補間結果の差異は,HSFを用いて非定常な空間構造することの有益性を示すものといえよう.

5.おわりに本研究では,まず,空間的相関を考慮する手法の一つであるESFを連続空間に拡張することでHSF

を提案した.次に,HSFの特性を,関連分野の手法と比較することで整理した.最後に,地価関数の推

定にHSFを適用することで,その有用性を確認した.HSFは空間的に連続なデータのモデリングに適した手法であるとともに,ESFと同様に拡張が容易である点や距離で説明されない空間相関構造も捉えることができる点を特性に持つ.また,変数選択までの全ての計算が表計算ソフトなどでも実装可能である点で,HSFは実用的である.一方で,HSFで仮定する長方形空間の取り方や変数選択の候補とする固有ベクトルの数が分析結果に及ぼす影響の検証は,今後の重要な課題である.また,多数の固有ベクトルが説明変数の候補となるため,変数選択の効率化もまた重要である.今後は,時空間データをモデル化する手法としてのHSFの拡張や,一般化線形モデルや混合効果モデルといった線形回帰モデルに基づいたモデルのHSFへの援用もまた,今後検討すべき課題である.

Kriging HSF

図 8 内挿結果

HSF – Non-Spatial HSF – Kriging

図 7 誤差率の差のプロット

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謝辞本稿の作成にあたり,2名の匿名の査読者の方か

ら示唆に富むご指摘・ご助言を多数頂いた.また,筑波大学堤盛人准教授からは,本稿作成当初からの長きに渡りご指導頂いた.ここに記して感謝申し上げる.なお,本研究は(財)日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費)の成果の一部である.

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2012年9月21日デジタルライブラリ掲載)